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2011 年 5 月 31 日,米国最高裁は Global-Tech Appliances v. SEB S.A. の事案において自らの見 解を発表した。最高裁は,米国特許法 271条(b) (35 U.S.C. §271(b))に基づく侵害教唆(誘引侵害)が 成立するには誘引された行為が特許侵害に相当す るという認識が必要であるとの判断を示したが,そ れと同時に,その認識は「故意の認識回避」(will- ful blindness)に基づいて立証することができる と判示している。 1.事件の背景 最高裁は Global-Tech Appliances v. SEB S.A. の事案において上告を認め,米国特許法 271条(b) (35 U.S.C. §271(b))に基づく積極的な特許侵害 教唆について有責性を立証するために必要な「意 思の要件」に関する判断基準を示した。 1) この上 告は,米国連邦巡回控訴裁判所の判決を不服とし て提起されたものであり,控訴審判決では原告 Global-Tech は特許侵害教唆について有責である と判示されていた。 2) 本件の紛争は,Global-Tech Appliances の子会 社である Pentalpha が被告SEB の特許を侵害 する深型揚げ鍋(ディープフライヤー)を考案し たことに端を発している。SEB は深型揚げ鍋を 製造する競業者であった。侵害教唆に関する事実 審の分析にとって重要だったのは,Pentalpha が 香港において SEB の深型揚げ鍋を購入し,その 特徴の一部をコピーすることによって自社の侵害 している揚げ鍋をデザインしたことであった。そ の後,Pentalpha は自社の揚げ鍋を米国市場で発 売する準備を進め,米国の特許弁護士から侵害は 存在しないとする鑑定書を入手した。この鑑定書 は,Pentalpha の揚げ鍋はいかなる米国特許も侵 害しないと明言していた。だが Pentalpha は,自 らが市場に提供されている他社製品の特徴をコピー することによって自社の揚げ鍋をデザインしたと いう事実を当該弁護士に伝えていなかった---この 事実が開示されていれば,弁護士は SEB の特許 の存在を突き止めることができたかもしれない。 Pentalpha は,SEB が特許権を行使し,提訴する まで,SEB の特許のことを知らなかった。 3) 2.地裁の判例 SEB はニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所 に訴訟を提起した。陪審は直接侵害と侵害教唆の 両方について Global-Tech を有責と認定した。後 に争点として最高裁が判断を求められることにな るのは,教唆に関する訴のみである。 侵害教唆に関する SEB の主張は,Pentalpha 製深型揚げ鍋を Sunbeam,Montgomery Ward, Fingerhut 等の小売業者に販売したという Glob- al-Tech の行為に基づいている。それら小売業者 が後に当該揚げ鍋を米国に輸入し,販売すること によって SEB の特許を侵害した,と SEB は主張 した。 DSU Med. v. JMS 4) に示された連邦巡回訴裁判所大法廷の見解を踏襲したとされる地裁は, 侵害教唆を立証するには「侵害被告が故意に侵害 AIPPI(2012)Vol.57 No.5 米国最高裁は特許侵害教唆の立証について高い基準を示し,認識もしくは 故意の認識回避を要求しているが,地裁はいかにしてこの判断に従うのか? Peter J. Stern * , Kathleen Vermazen Radez ** 事 務 局(訳) ( 2 ) ( 274 ) * Partner, Morrison & Foerster LLP San Francisco office ** 前 Associate, Morrison & Foerster LLP San Francisco Office ;現 Law clerk to Justice Goodwin Liu of the California Supreme Court

米国最高裁 は特許侵害教唆 の立証 について 高い基 …...売する 準備 を進め, 米国 の特許弁護士 から 侵害 は 存在 しないとする 鑑定書

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2011 年 5 月 31 日,米国最高裁は Global-TechAppliances v. SEB S.A.の事案において自らの見解を発表した。最高裁は,米国特許法 271 条(b)(35U.S.C. §271(b))に基づく侵害教唆(誘引侵害)が成立するには誘引された行為が特許侵害に相当するという認識が必要であるとの判断を示したが,それと同時に,その認識は「故意の認識回避」(will-ful blindness)に基づいて立証することができると判示している。

1.事件の背景

最高裁は Global-Tech Appliances v. SEB S.A.の事案において上告を認め,米国特許法 271 条(b)

(35 U.S.C. §271(b))に基づく積極的な特許侵害教唆について有責性を立証するために必要な「意思の要件」に関する判断基準を示した。1)この上告は,米国連邦巡回控訴裁判所の判決を不服として提起されたものであり,控訴審判決では原告Global-Tech は特許侵害教唆について有責であると判示されていた。2)

本件の紛争は,Global-Tech Appliances の子会社である Pentalpha が被告人 SEB の特許を侵害する深型揚げ鍋(ディープフライヤー)を考案したことに端を発している。SEB は深型揚げ鍋を製造する競業者であった。侵害教唆に関する事実審の分析にとって重要だったのは,Pentalpha が香港において SEB の深型揚げ鍋を購入し,その特徴の一部をコピーすることによって自社の侵害している揚げ鍋をデザインしたことであった。その後,Pentalpha は自社の揚げ鍋を米国市場で発売する準備を進め,米国の特許弁護士から侵害は

存在しないとする鑑定書を入手した。この鑑定書は,Pentalpha の揚げ鍋はいかなる米国特許も侵害しないと明言していた。だが Pentalpha は,自らが市場に提供されている他社製品の特徴をコピーすることによって自社の揚げ鍋をデザインしたという事実を当該弁護士に伝えていなかった---この事実が開示されていれば,弁護士は SEB の特許の存在を突き止めることができたかもしれない。Pentalpha は,SEB が特許権を行使し,提訴するまで,SEB の特許のことを知らなかった。3)

2.地裁の判例

SEB はニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起した。陪審は直接侵害と侵害教唆の両方について Global-Tech を有責と認定した。後に争点として最高裁が判断を求められることになるのは,教唆に関する訴えのみである。

侵害教唆に関する SEB の主張は,Pentalpha製深型揚げ鍋を Sunbeam,Montgomery Ward,Fingerhut 等の小売業者に販売したという Glob-al-Tech の行為に基づいている。それら小売業者が後に当該揚げ鍋を米国に輸入し,販売することによって SEB の特許を侵害した,と SEB は主張した。DSU Med. v. JMS 4)に示された連邦巡回控訴裁判所大法廷の見解を踏襲したとされる地裁は,侵害教唆を立証するには「侵害被告が故意に侵害

AIPPI(2012)Vol.57 No.5

論 説

米国最高裁は特許侵害教唆の立証について高い基準を示し,認識もしくは故意の認識回避を要求しているが,地裁はいかにしてこの判断に従うのか?

Peter J. Stern*, Kathleen Vermazen Radez**

事 務 局(訳)

( 2 )

( 274 )

* Partner, Morrison & Foerster LLP San Franciscooffice

** 前 Associate, Morrison & Foerster LLP SanFrancisco Office;現Law clerk to Justice GoodwinLiu of the California Supreme Court

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を誘引し,他の者の侵害を促そうとする明確な意図を有していたこと」と教唆者が「その特許のことを現実に知っていたか,知っていたと推定されること」を証明する必要があると判示した。5)ところが,Global-Tech は SEB が提訴するまで問題の特許のことを実際に知らなかったにも関わらず,裁判所は侵害教唆(及び侵害)に関する陪審の認定を覆そうとはせず,「『侵害を誘引しようとする明確な意図及び行為』を立証する証拠は十分である」と述べている。6)

3.連邦巡回控訴裁判所への控訴

当事者双方は本件を連邦巡回控訴裁判所に控訴した。連邦巡回控訴裁判所は自らの所見の冒頭で,DSU Medical 事件の大法廷判決に基づき,「自らの行為が現実の侵害を誘発するであろうことを侵害被告が現に知っていたか当然知っているべきであった,という点を原告は立証しなければならない」と認めている。その証明には,「侵害被告が当該特許のことを認識していたという要件が必然的に含まれる」7)。だが,認識という要件に注目した連邦巡回控訴裁判所は,被告が「[原告が]保護を求める特許を有しているという既知のリスクを意図的に無視していた」場合,「侵害被告が係争中の特許のことを現実に知っていたことを示す直接証拠を特許権者が提出していなくても」,侵害教唆の訴えは成立しうるとの判断を示した。8)

本件において Global-Tech は自社製品がコピーを元に考案されたという事実を自らの弁護士に開示しなかったのであるから,前記の基準は満たされている,と連邦巡回控訴裁判所は判示している。9)

4.最高裁判決

最高裁は侵害教唆に関する当初の陪審評決を支持したが,連邦巡回控訴裁判所の「意図的な無関心」(deliberate indifference)という基準を否定し,「故意の認識回避」(willful blindness)に基づく別の基準を提唱した。

最高裁は,8 名の判事の代表として Alito 判事

が書いた判決の中で,まず「271 条(b)に基づく侵害教唆は,教唆により誘発された行為が特許侵害に相当するという認識を要件とする」との判断を示している。10)最高裁は問題の特許法の規定を吟味し,教唆者が有責とされるために知っている必要がある事柄が何であるかという点が曖昧であると考えた。11)同様に,1952 年に 271 条(b)が制定される前の寄与侵害に関する判例法も曖昧である,と最高裁は認定している。12)

271 条(b)と 271 条(c)の 2 つの規定はともに寄与侵害に関する 1952 年以前の解釈をルーツとしているのであるから,271 条(b)は 271 条(c)と整合する形で解釈すべきだ,と最高裁は結論づけている。過去の最高裁判例 Aro Manufacturing v.Convertible Top Replacement 13)では,271 条(c)は侵害された特許の存在を認識していることを要求しているとの解釈が最高裁により示されている。ゆえに,271 条(b)についても同じ認識要件が適用されることになる。14)

しかしながら最高裁は,271 条(b)の要件を満たすにあたって教唆者が現実に侵害を認識していることは必ずしも要求されないと明言している。自らが誘発した行為が特許侵害に相当する可能性を認識することを教唆者が故意に避けていたという事実を立証すれば十分だ,と最高裁は判示したのである。最高裁は刑法で用いられる「故意の認識回避」の法理を援用し,次のような判断基準を示している:「(1)特定の事実が高い確率で存在すると被告が主観的に信じていなければならず,且つ,(2)意図的にその事実を知るのを避けるような行動をとっていなければならない」。15)

つまり,この基準は「無謀さや過失を超える,適正に制限された範囲」を持っていることになる。16)誘発された行為が侵害に相当するという

「既知のリスク」が存在するだけでは認識を立証するに不十分であり,且つ,単なる意図的な無関心という基準は「問題の行為の侵害性について知ることを避けようとする教唆者の積極的努力を要求していない」という理由で,最高裁は「既知のリスクに対する意図的な無関心」という連邦巡回控訴裁判所の基準を斥けている。17)

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最高裁は連邦巡回控訴裁判所の判断基準を斥けたにも関わらず,連邦巡回控訴裁判所の判決を支持した。最高裁の見解によれば,「Pentalpha は自社が Sunbeam に実施を促した販売の侵害性に対して故意に目をつぶっていた」と陪審が認定するに十分な証拠が明らかに存在していたからである。18)

これに関連する問題,すなわち故意の認識回避という基準は誘発された行為(侵害に相当する行為)の発生にまで及ぶか否かという問題を最高裁は採り上げていない。Pentalpha は自社の顧客が自社製品を米国市場で販売しているという事実を

「知っていたという点については疑いの余地がない」のであるから,本件においては上記の問題は存在しないと最高裁は説明している。19)

単独で少数意見を書いた Kennedy 判事であれば,「故意の認識回避」という基準を拒絶していたことだろう。20)

5.「故意の認識回避」という基準が今後の特許訴訟に適用されることで,侵害教唆の成立要件が緩和されることがありうる

Global-Tech 事件からおよそ 6 ヶ月を経た時点で,一審(事実審)及び控訴審で 30 件を超える判決が同事件の判例を引用している。これらの判決に関わる訴訟事情はそれぞれ異なるため,下級審がどのように Global-Tech 判決を適用するかという一般化を行うことは困難である。21)とはいえ,これまでの判決が示唆するところによれば,侵害教唆の立証を妨げるハードル─特に侵害被告に要求される認識のレベルに関するハードル─は実際には Global-Tech 判決の文言が示唆していたほど高くはないかもしれない。

1)起こりうる侵害の認識ではなく係争中の特許の認識を重視した判決

Global-Tech 判決の裁判所所見は,侵害教唆に適用される認識要件は誘発された行為が特許侵害に相当する可能性に適用されるものであるという

点を強調しているが,Global-Tech 判決以後の下級審判決は,被告が係争中の特許の存在に関して故意の認識回避を行っていたと認定しうるか否かという点を大いに重視しているように思われる。

たとえば,テキサス州東部地区の地裁は Syn-Qor v. Artesyn Technologies の事案において,原告が以下の 3 点を立証した場合,陪審は侵害教唆を認める評決を答申するに十分な証拠を有しているとの判断を示した:(i)原告の製品に係争中の自社特許が表示されていること;(ii)当事者双方が競合している業界では競合他社の製品をモニターするのが普通であること;(iii)当業者のエンジニアであれば当該製品が特許によって保護されていることを特許表示から理解できたであろうと思われること。22)同裁判所は,このことが,問題の特許について,訴訟前の事実認識を陪審が認定するに足るものであると判示した。同裁判所は訴訟前の認識に関する陪審の事実認定を裏付ける新たな証拠を検討したが,そこから更に一歩進んで侵害誘発の可能性に関して認識もしくは故意の認識回避が存在したか否かを判断するには至らなかった。23)

2)訴答の要件はいまだに不鮮明であるGlobal-Tech 事件が提起した 1 つの問題は,侵

害教唆の訴えを請求棄却の申立から守るために原告は訴状の中でどのような事実を主張すべきなのかということである。連邦裁判所においては,訴状は,「文面上明らかに妥当な(plausible on itsface)」24)救済の請求を提示するための十分な事実を主張するとともに,「被告が違法行為をなしたという単なる可能性以上のもの」25)を示していなければならない。換言すれば,侵害教唆をめぐる問題とは,「被告が[原告の]特許について知っており,自らの製品が当該特許を侵害することを認識していたと裁判所が推論するに足る……十分な事実を[原告が]請求項(「これもまた明らかに妥当でなければならない」26))の中で主張しているか否か」ということである。だが,証拠開示(ディスカバリー)がまだ行われていないのに,どうすれば主観的な認識を十分に主張できる

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のだろうか?この要件を扱った 2 件の判例は,この未解決の問題について相容れない見解を示している。

イリノイ州北部地区の地裁は Trading Tech-nologies v. BCG Partners の事案において,「被告が[原告の]特許について知っていたと推論するための十分な事実を主張することによって原告は訴答について Global-Tech 判決に基づく立証責任を果たしているとの判断を示した。27)被告らが係争中の特許を知っていたという一般的な主張は,それだけでは十分なものとは言えないだろう。が,被告らが原告の同業者であり,原告は自社製品に特許番号を表示しており,しかも被告らは実際に通知を受け取った後も訴訟の継続中も侵害被疑製品を販売し続けていたという事実を原告は主張しており,それにより原告は自らの立証責任を果たしたと裁判所は判断したのである。28)

これに対しデラウェア州の地裁は,Eon v. FloTV の事案において,原告は訴答に関する責任を果たしていないと判断した。この原告は,被告が関連市場における「積極的で業界慣れした市場参加者」であるという理由だけでなく,一部の被告は第三者とライセンス契約を結んで係争中の特許を先行技術として引用した特許に関わる権利を取得していたという理由からも,被告らは係争中の特許を「知っていたか当然に知っているべきであった」と主張していた。29)第三者とのライセンス関係は,問題の特許に関する認識の推定を裏付けるには「あまりにも薄弱」だと同裁判所は考えたのである。30)同様に,競争市場を通じて認識を推定することもできるだろうという原告の提言を同裁判所は斥けている。31)

3)市場参入を含む状況証拠による認識の推定いくつかの判決は,Global-Tech 判決に基づく

認識を立証するにあたって状況証拠で十分とされる場合もありうるという点を明らかにしている。32)

たとえば,ヴァージニア州東部地区の地裁はMeadWestvaco v. Rexam PLC の事案において,Global-Tech 判決の基準に基づき略式判決の申立を却下し,重大な事実に関わる真正な争点は被告

の意思として存在しているとの判断を示した。33)

この際に裁判所は,被告の行為に関する証拠(原告の特許が発行される前に当該特許の迂回設計を試みたことを含む)に注目している。34)更に,自社が使っている製造者の工程に被告の被用者が「完全に無知」であったことが「[被告の]信憑性に関する疑いを生じさせるため,合理的な陪審であれば[被告は]自社の製造者の侵害行為に意図的に目をつぶっていたと結論しうるであろう。」35)

これに対し,ヴァージニア州東部地区の地裁がePlus v. Lawson Software の事案で示した別の判決は,陪審評決に続く事実審理後の被告の救済を拒絶するために被告が知っていたことを示す十分な状況証拠を発見しようとする原告の努力に注目している。この事案では,特許が表示されていた上に業界内部で公表されていたことや,被告が競業者としての原告を知っていたことを示す証拠を原告が提出し,裁判所はこれを十分な証拠と認定した。36)

ePlus 事件の判決は,侵害教唆の訴訟において,市場での活動が侵害を主張された特許に関する主観的認識を推定する根拠となりうる可能性を示している。Trading Technologies 事件の裁判所も同様に,原告が自社製品に特許番号を表示していたケースで請求棄却の申立を却下し,「被告らが[原告の]競業者であり,[原告]及び他の競業者に対し発行された特許に常に目を配っていたと推定することは,拡大解釈とは言えない」との判断を示している。37)

4)弁護士の鑑定書が存在しないことは,侵害教唆の認識もしくは意思の立証にとって重要なものとなりうるか

潜在的な被告にとって最大の重要性を持つのは,教唆の推定を避けるための積極的な措置を以上の判決が要求しているように思われることだ。これら判決の焦点となっているのは,弁護士の鑑定書なのである。こうした鑑定書は,被告が故意侵害の主張から逃れるための防壁として伝統的に利用されてきたが,最近のいくつかの判決が示唆するところでは,Global-Tech 判決の後ですら,鑑定

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書が存在しないことも原告が教唆を立証するための武器として利用しうるのである。

たとえば,ネヴァダ州の地裁は Halo Electron-ics v. Pulse Engineering の事案において,教唆の意思という争点にとって鑑定書の不存在は重要であると考えている。Halo 事件の原告は訴訟提起前に被告宛に 2 通の書簡を送付していた。最初の書簡は原告の関連特許に言及し,ライセンス取得に対する被告の興味を喚起するものであった。38)

第 2 の書簡は,被告の製品が前記特許の保護範囲に該当するか否かについて原告が「まだ決定的な判断を下してはいない」と述べた上で,侵害と断言するまでには再度至らなかった。39)被告は,侵害が存在しないとした鑑定書を一度も入手していなかった。被告は,係争中の特許を知っていたことは認めたものの,侵害の認識や自社の顧客に当該特許の侵害を教唆しようとの意図があったという主張には異を唱えた。被告が弁護士の鑑定書を入手しなかったことは侵害教唆の意思を示す「証拠となりうる」ものであり,従って,被告が侵害を誘発せんとする明確な意図を持って故意に侵害を教唆したか否かをめぐる真正な争点を生じさせる,と裁判所は判断した。40)

同様にカリフォルニア州南部地区の地裁は,DataQuill Ltd. V. High Tech Computer Corp.の事案において,被告が「自社が[係争中の特許を]侵害していないとする適正な鑑定書を訴訟提起前に入手していたことを示す証拠を提出しなかった」41)

という点に特に注目し,請求棄却の申立を却下している。この事案で裁判所は,鑑定書の有無は侵害の認識というよりも意思に関係しているという点を明確にしている。

6.結 論

多くの最高裁判決と同様,Global-Tech 判決で示された「故意の認識回避」という基準の意味は,概ね連邦地方裁判所と連邦巡回控訴裁判所の判断に委ねられている。それでも,若干のパターンが現れてきている。

・下級審の判決は,起こりうる侵害の認識ではなく係争中の特許の認識について,Global-Tech 判決に示された判断基準を適用する傾向がある。

・Global-Tech 判決に基づく訴答の要件は未だに不鮮明であるが,初期の判例は,原告が乗り越えるべき障害の優位な増大を示唆するものではない。

・下級審は,市場参加を含む様々な形の状況証拠に基づいて,認識を推定しようとしているように思われる。

・鑑定書は従来から故意の不存在を証明するものとして抗弁に用いられてきたが,鑑定書がないという事実は侵害教唆の意思,ひいてはその認識を示すものであるという原告の主張に対し,裁判所は次第に理解を示すようになるかもしれない。

以上の判例が示唆するところによれば,Glob-al-Tech 判決の意図は「意図的な無関心」という過去の判断基準よりも高い基準を原告に課すことだったかもしれないが,その結果として実際には,教唆の主張と対峙する被告にとって更に厳しい法的基準がもたらされる可能性がある。

(注)1)35 U.S.C. §271(b)は次のように規定している:

「特許侵害を積極的に教唆(誘引)した者は侵害者としての責任を負うものとする。」

2)Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S.A.,131 S. Ct. 2060, 2064 (2011)。連邦巡回控訴裁判所の見解は,594 F.3d 1360 (2010)の判例に示されている。

3)Brief for Petitioner at 6, Global-Tech, No.10-6 (Nov. 29, 2010)

4)DSU Med. Corp. v. JMS Co. Ltd., 471 F.3d1293 (Fed. Cir. 2006) (en banc)

5)SEB S.A. v. Montgomery Ward & Co., No. 99Civ. 9284, 2007 U.S. Dist. LEXIS 80394, at**8-9 (S.D.N.Y. Oct. 9, 2007)(内部引用省略)

6)同上 at *10(引用判例:DSU Med. Corp., 471F.2d at 1305)

7)SEB S.A. v. Montgomery Ward & Co., Inc.,594 F.3d 1360, 1376 (Fed. Cir. 2010)(引用判

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例:DSU Med., 471 F.3d at 1304)8)同上 at 13779)同上10)Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S.A.,

131 S. Ct. 2060, 2068 (2011).11)同上 at 206512)同上 at 2065-6713)377 U.S. 476 (1964)14)Global-Tech, 131 S. Ct. at 2067-68.15)同上 at 2070(引用出典は省略)16)同上 at 207017)同上 at 2071(強調箇所は筆者による)18)同上。最高裁は,最高裁の基準に基づく再審のた

めの差戻しを求めた Pentalpha の請求を棄却した。Pentalpha は連邦巡回控訴裁判所において,陪審への説示に対する異議を唱えていなかったからである。同上。at 2071 n.10

19)同上 at 207020)同上 at 2072-74(Kennedy, J.反対意見)21)本稿で検討する判例は 3 つの異なる訴訟段階にお

いて発生している。すなわち,請求棄却の申立,略式判決の申立,法律問題としての判断を求める申立である。連邦民事訴訟規則(以下「ルール」と称する)12(b)(6)に基づく請求の趣旨不十分を理由とする事実審理前の請求棄却の申立を検討する裁判では主張の真実性が推定され,原告の訴訟を進捗させることが認められるか否かは訴状を隅々まで調べただけで判断される。ルール 56 に基づく事実審理前の略式判決申立は,重大な事実に関わる真正な争点が存在しないという理由から法律問題としての判断を求めるものである。裁判所は,当該訴訟について提出された文書証拠(訴答,証言録取記録,宣誓供述書を含む)その他の証拠開示を検討し,申立を行っていない当事者に最も有利な視点からすべての事実を考量する。ルール 50 に基づく法律問題としての判断を求める申立については,略式判決申立の場合と同じ基準が適用されるが,事実審理の段階もしくは事実審理後の段階で提出されるため,事実審理において認められた証拠に基づいて判断されなければならない。一般的な事項については Moore’ s Federal Practice § 50.03

(Matthew Bender 3rd Ed.)を参照。22)SynQor, Inc. v. Artesyn Techs., Inc., No.

2:07-CV-497, 2011 U.S. Dist. LEXIS 91668,at **11-12 (E.D. Tex. Aug. 17, 2011).

23)同上 at **13-35.24)Bell Atlantic Corp. v. Twombly, 127 S. Ct.

1955, 1974 (2007).

25)Ashcroft v. Iqbal, 129 S. Ct. 1937, 1949(2009).

26)Trading Technologies Int’l v. BCG Partners,Inc., No. 10-C-715 consolidated, 2011 U.S. Dist.LEXIS 99415, at **13-14 (N.D. Ill. Sept. 2,2011) (強調は原文のまま) (引用 Iqbal, 129 S. Ct.at 1949).

27)Trading Technologies, 2011 U.S. Dist. LEXIS99415, *14.

28)同上 at **14-15.29)Eon Corp. IP Holdings LLC v. FLO TV Inc.,

No. 10-812, 2011 U.S. Dist. LEXIS 74586, at**11-13 (D. Del. July 12, 2011).

30)同上 at *15.31)同上32)参照:Acorda Therapeutics Inc. v. Apotex

Inc., No. 07-4937, 2011 U.S. Dist. LEXIS102875, at *40(D.N.J. Sept. 6, 2011)(「状況証拠による意思の立証は可能である」)(引用判例:Vita-Mix Corp. v. Basic Holding, Inc., 581 F.3d1317, 1328 (Fed. Cir. 2006);Data Quill Ltd.V. High Tech Computer Corp., No.08cv542,2011 U.S. Dist. LEXIS 138565, at *27 (S.D.Cal. Dec. 1, 2011)(「原告は,教唆に関わる意思の要素を状況証拠により立証することができる」)(引用判例:Lucent Techs., Inc. v. Gateway, Inc.,580 F.3d 1301, 1322 (Fed. Cir. 2009));Syn-qor, 2011 U.S. Dist. LEXIS 91668, at *11(特許を認識していたことは,直接証拠もしくは状況証拠によって立証することができる);Halo Elecs.,Inc. Pulse Eng’g, Inc., No. 2:07-CV-00331, 2011U.S. Dist. LEXIS 100122, at *77 (D. Nev. Sept.6, 2011)(「意思を示す証拠は必要であるが,直接証拠が要求されるわけではない;むしろ,状況証拠で十分な場合もありうる」(引用判例:MEMCElec. Materials, Inc. v. Mitsubishi MaterialsSilicon, 420 F.3d 1369, 1378 (Fed. Cir. 2005))

33)MeadWestvaco Corp. v. Rexam PLC, No.1:10cv511, 2011 U.S. Dist. LEXIS 92947, at**46-48 (E.D. Va. Aug. 18, 2011)

34)同上 at *4735)同上 at **47-4836)ePlus, Inc. v. Lawson Software, Inc., No.

3:09cv620, 2011 U.S. Dist. LEXIS 89950, at*16 (E.D. Va. Aug. 11, 2011)

37) Trading Technologies , 2011 U.S. Dist .LEXIS 99415 **14-15

38)Halo Elecs., Inc. v. Pulse Eng’g, Inc., et al., No.

米国最高裁は特許侵害教唆の立証について高い基準を示し,認識もしくは故意の認識回避を要求しているが,地裁はいかにしてこの判断に従うのか?── ──

Page 7: 米国最高裁 は特許侵害教唆 の立証 について 高い基 …...売する 準備 を進め, 米国 の特許弁護士 から 侵害 は 存在 しないとする 鑑定書

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AIPPI(2012)Vol.57 No.5( 280 )

2:07-CV-00331, 2011 U.S. Dist. LEXIS 100122,at *5 (D. Nev. Sept. 6, 2011)

39)同上 at **5-640)同上 at *78 (citing Broadcom Corp. v. Qual-

comm Inc., 543 F.3d 683, 699 (Fed. Cir. 2008)41)DataQuill Ltd. v. High Tech Computer Corp.,

No. 08cv542, 2011 U.S. Dist. LEXIS 138565,at *32 (S.D. Cal. Dec. 1, 2011)

(原稿受領日 平成 24 年 2 月 26 日)

米国最高裁は特許侵害教唆の立証について高い基準を示し,認識もしくは故意の認識回避を要求しているが,地裁はいかにしてこの判断に従うのか?── ──

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げます。5.掲載号 10 冊ご送付致します。また,ご希望であれば抜き刷り(50 部以内)も作成致します。6.著作権の許諾:掲載された記事の著作権は原則として著者に帰属しますが、これら著作物

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