34
現代日本における貧困問題 ―増加する若者の貧困に着目して― 学籍番号:13152175 名:猪股 夏子 指導教員:飯國 有佳子 卒業予定:2017 3

現代日本における貧困問題 - daito.ac.jp · 最後に、若者の貧困を通して日本全体の貧困問題とこれからの課題について考察してい く。

  • Upload
    others

  • View
    7

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

現代日本における貧困問題

―増加する若者の貧困に着目して―

学籍番号:13152175

氏 名:猪股 夏子

指導教員:飯國 有佳子

卒業予定:2017年 3月

目次

序章 はじめに ...................................................................................................................... 1

第 1節 研究目的 ............................................................................................................... 1

第 2節 研究方法 ............................................................................................................... 1

第 3節 論文の構成 ........................................................................................................... 1

第 1章 貧困基準と日本における貧困の現状 ....................................................................... 2

第 1節 貧困基準と日本における貧困 .............................................................................. 2

第 2節 社会状況の変化と貧困の歴史 .............................................................................. 4

第 3節 貧困の現状と要因 ................................................................................................ 7

第 2章 貧困化する若者 ........................................................................................................ 9

第 1節 高度成長期の若者 ................................................................................................ 9

第 2節 1990年代以降の若者 ......................................................................................... 10

第 3節 若者ホームレスの実態 ........................................................................................ 11

第 4節 増加する若者ワーキングプアの実態 ................................................................. 12

第 3章 若者支援について .................................................................................................. 15

第 1節 これまでの主な若者支援政策 ............................................................................ 15

第 2節 若者支援の効果 .................................................................................................. 16

第 3節 若者移行政策と民間支援団体の活動例 .............................................................. 18

第 4章 社会保障制度をめぐる問題 ................................................................................... 22

第 1節 日本型生活保障の特徴 ....................................................................................... 22

第 2節 若者の抱える現代社会のリスク ........................................................................ 24

第 3節 生活保護制度と若者 ........................................................................................... 25

終章 おわりに .................................................................................................................... 28

第 1節 各章概要 ............................................................................................................. 28

第 2節 結論 .................................................................................................................... 29

参考文献表 ............................................................................................................................ 31

1

序章 はじめに

第 1節 研究目的

以前参加したフィリピンの孤児院へのボランティアで、「貧困」にふれたことで格差や貧

困について考えることが増えた。そしてある時、日本のホームレス支援団体のスタッフとお

話をする機会があり、若者ホームレスが増加していることを知った。これまでホームレスは

中高年のイメージであったため驚いたが、若者の貧困には現代の様々な社会問題が密接に

関わっているのではないかと考えた。また、この若者問題は私たちのこれからにも影響する

のではないかと思ったことがこの論文の研究動機である。

報道番組で、子どもの貧困、貧困女子、老後破産、下流老人などといった言葉を耳にする

ことが増えた。これらは弱い立場の人々を指し、注目されることが多いが、若者支援は「最

近の若者は情けない」「自己責任だ」という意見も根強く、不要不急とされやすい。

しかし、厚生労働省の研究会の推計結果によると、18歳男性が 2年間の就労支援後、65

歳まで正社員として働くと、生涯で納める税金と社会保障料は最大で計5115万円となるが、

一方で、65 歳まで生活保護を受けた場合は最大で 6347 万円となり、就労支援をすること

で一人当たり最大 1億円の「投資効果」があることが分かっている。さらに、フリーター、

ニートが全て生活保護の受給者に回るとすると、福祉コストは年間 6 兆円に上る[大津

2011:160-161]。

このことからも、社会全体で貧困や格差をどうなくしていくかがもっと議論されるべき

であり、日本社会の未来のためにも若者支援は重要であると考える。そこで、本論文では、

若者の貧困の実態、特に若者ホームレス・ワーキングプアに視点を置くことで見えてくる日

本の貧困問題とその課題について考察することを目的とする。なお、本論文で扱う「若者」

とは、厚生労働省が若者として定めている、15歳~35歳未満とする。

第 2節 研究方法

文献調査を中心に行い、毎年 4月に開催されているアースデイ東京で認定NPO法人ビッ

グイシュー基金の出展ブースを訪れて得た資料の他、2015 年 6 月に開催された認定 NPO

法人自立生活サポートセンター・もやいによるもやいセミナー、同年 10月に特定非営利活

動法人 TENOHASIによる夜回りに参加して得たフィールドワークの情報を活用する。

第 3節 論文の構成

第 1章は、「貧困基準と日本における貧困の現状」と題し、どの状態からが貧困と考えら

れるかを述べ、日本における貧困の定義付けをする。さらに、社会状況の変化と貧困の移り

変わりを述べた上で、近年の貧困の現状と要因を明らかにする。

2

第 2 章は、「貧困化する若者」と題し、高度成長期から現在に至る若者の立場の変化と、

現在弱い立場にある若者の実態を明らかにしていく。

第 3章は、「若者支援について」と題し、政府によるこれまでの若者支援政策について述

べ、政策の具体例から若者支援の効果を考察する。また、若者移行政策の観点から、必要な

支援を考え、民間支援団体の活動例を見ていく。

第 4章は、「社会保障制度をめぐる問題」と題し、日本型生活保障の特徴が、若者が現代

社会でリスクを抱える要因になっていることを明らかにする。また、生活保護制度の問題点

についても述べていく。

最後に、若者の貧困を通して日本全体の貧困問題とこれからの課題について考察してい

く。

第 1章 貧困基準と日本における貧困の現状

第 1節 貧困基準と日本における貧困

貧困とは、人間としての尊厳を維持するのに最低限必要な衣食住などが満たされていな

い状態を指す。貧困と聞くと、途上国などの飢餓やスラムなどのイメージが強いだろう。日

本のホームレスの場合、所得はアフリカの最貧国の平均所得を上回っているだけでなく、国

連が「絶対的貧困」だという1日1ドル1以上の所得を得ている人は、少なからずいる[湯

浅 2008:76]。では、先進国で豊かな日本では「貧困」は存在しないと言えるのかという

と、必ずしもそうではない。つまり、どの状態からが貧困であるのかという、貧困の境界は

一つに定まっているわけではないため、この価値判断をめぐって多くの議論がある。そこで

本節では、貧困ラインとして主要だと考えられている、主観的な貧困、絶対的貧困、相対的

貧困の定義を述べながら、日本における貧困について考えていく。

まず、主観的な貧困とは、それぞれの人がどの程度の生活費を「最低」だと考えるかを、

アンケート調査で調べるものである。例えばイギリスには、「貧困でなく暮らすために、あ

なたは1週間に税引き後の収入で何ポンド必要ですか」、「その基準と比べて、あなたの世帯

は上ですか、下ですか」という質問で貧困度を把握する試みがある。一般に主観的貧困の考

え方は、自分が貧困であるか否かは当事者が一番知っているという考えに基づいている。し

かし実際には、その当事者に貧困の自覚がない場合も少なくない[岩田 2007:46]。

次に、絶対的貧困とは、必要最低限の生活水準を維持するための食料・生活必需品を購入

できる所得・消費水準に達していないことである。いわゆる、日本人が貧困と聞いて最初に

1 世界銀行は 2015年 10月以降、絶対的貧困のラインを 1日 1.25ドルから、1.90ドルに

改訂した。

3

思い浮かぶであろう、スラムやアフリカの飢餓がそれにあたる。スラムやアフリカの飢餓は、

明らかに生活水準が低いだけでなく、その住まいにせよ、食べ物や仕事、生活習慣にせよ、

全てが普通の人々の生活とは明瞭に違って見えるものだと説明できる[岩田 2007:36]。

生存できるか否かが人の生死に関わるという絶対的貧困に対して、相対的貧困という考

えは、社会の生活様式との相対的な関係の中に貧困の境界を求めたものである。イギリスの

貧困学者ピーター・タウンゼントは、貧困とはそれらの習慣や様式を保つために必要な生活

資源を欠いている状態だと定義している。ここで生活資源というのは、暮らしていくための

食料やその他の必要なもの、諸サービスを購入する収入や資産、社会保障給付などを意味し

ている。そこでタウンゼントは、具体的な貧困の境界を測るモノサシとして、標準的な生活

様式からの脱落、すなわち社会的剥奪という概念を用いることにした。剥奪というのは、社

会で標準になっているような生活習慣の下で暮らしていくことが奪われている、というよ

うな意味合いである。これには食事の内容、衣類、耐久消費財の保有や友人たちとのつきあ

い、社会活動への参加など、さまざまな社会生活における剥奪が含まれる。ここからアメリ

カのホームレスが途上国の普通の人より多くのモノを持っていても、アメリカ社会で貧困

であることには変わりないということが説明できる[岩田 2007:41-44]。

この相対的貧困の考え方は、OECD2が利用している境界値(相対所得貧困基準)として

国際比較でよく用いられている。まず世帯所得を家族数や構成の違いを考慮して、どの世帯

の所得も比較できるような等価所得というものに調整する。この等価所得を低い方から高

い方に並べ、ちょうど真ん中にある世帯の等価所得の半分である 50%水準3を貧困ラインと

して使うというものである。国際比較をする場合、それぞれの国の最低生活費や生活様式を

考慮に入れるのは難しい。ここから、収入だけで判断できる相対的な貧困ラインは役立って

いると言え、収入データと世帯人員、家族構成が分かれば使えるので、簡便に利用できると

いうメリットもある[岩田 2007:47-48]。これを基に 2012年での日本の貧困ラインを計

算してみると、中央値は 244万円(月 20万円程)であり、その半分である 122万円(月 10

万円)以下の人は 16.1%となり、国民の 6 人に 1 人が貧困状態であると言える[もやい

2015:9]。

こうした貧困の定義の他に、貧困か否かの境界線を、国などが制度として定めた貧困基準

によって決めていく場合もある。最近になって日本でも OECDによる基準が使われるよう

になったが、日本では収入がいくら以下の水準だと貧困とみなすというような貧困指標が

存在しない。そのため、憲法 25条に基づいて生存権を保障している生活保護法の定める基

準が、国の最低ラインを画する最低生活費として機能している。つまり、生活保護基準は生

活保護受給者が毎月受け取る金額であると同時に、国全体の最低生活費でもある。したがっ

て、日本における「絶対的貧困」とは、生活保護基準を下回った状態で生活することを指す

2 経済協力開発機構のこと。 3 この指標を日本も採用しているが、EU諸国では 60%に満たないものを相対的貧困とし

ている[山田篤 2014]。

4

[岩田 2007:48;湯浅 2008:99]。

第 2節 社会状況の変化と貧困の歴史

前節では、生活保護基準を下回る状態で生活することが、日本における「絶対的貧困」と

なることを示したが、本節では高度経済成長期から現在に至る社会状況の変化と貧困の移

り変わりについて述べる。

戦前や敗戦直後には、路上のホームレスは貧困の主要なタイプのひとつであった。高度経

済成長期やバブル経済期の日本にも、ホームレスはもちろん存在しており、1970 年代のオ

イルショック直後には、「寄せ場4」(日雇労働者5の仕事の斡旋がなされる場所や簡易宿泊所

などが立ち並ぶ地区の呼称)周辺に野宿する日雇労働者が増えたことが問題になった[岩田

2007:99-100]。こうした「寄せ場」では、手配師と呼ばれる人が求職者を集め、日雇仕事

を斡旋するということが日常的に行われていた6。違法・不当な労働環境で社会保険や労災

にも入れないことが多いが、安定した仕事に就けない、頼れる身寄りもいないなどの理由で、

そのような労働を求めざるをえない人も少なくなかった。高度経済成長期にはこの日雇労

働者たちが、日本の建築ラッシュの現場の担い手として活躍した。しかし、バブル経済の崩

壊以後、日本経済は一気に悪化し、建築ラッシュの終焉を受けて多くの日雇労働者が仕事を

失った。仕事がなくなり、貯えも生活の保障もない、家族もいなければドヤ7に泊まる金も

ない。そうした人々が駅や公園、河川敷などにテントを張ったり小屋を建てたりして「ホー

ムレス」として住むようになった[もやい 2015:12]。

国や自治体は当初、彼らを排除しようとした。新宿では 1992年頃から、仕事がなくなっ

た日雇労働者たちが地下通路にダンボールハウスを作って住み始めたが、都は 1994 年と

1997 年にこのダンボール村を強制排除した。行政による排除とそれに対抗する当事者、支

援者の運動が盛んになった。しかし、1998 年にダンボール村で火災が起こる。彼らは日本

の高度経済成長を支えてきたにもかかわらず、いったん仕事がなくなると、この様な危険で

劣悪な居住環境に身を置かざるをえない状況にあることが浮き彫りになった。こうした流

れを受けて 2000年、東京都は初めてのホームレス対策として「自立支援センター」8を設立

した。その後も徐々に支援体制が整えられるようになり、2002 年には「ホームレスの自立

の支援等に関する特別措置法」が国会で成立し、ホームレス問題の解決が国家の責任である

ことが明記された[もやい 2015:12-13]。

4 東京では山谷地域、大阪は釜ヶ崎、横浜は寿町、名古屋は笹島などが有名。 5 建設・港湾・運輸などにおける不熟練労働で、比較的危険な仕事であることが多い。 6 現在も一部で行われている。 7 宿(ヤド)の逆さ言葉であり、日雇労働者が多く住む簡易宿所。これらが多く立ち並ぶ

場所をドヤ街という。 8 働く意欲のあるホームレス状態の人が一定期間入所でき、宿泊場所と食事が提供され、

入所期間中に就労して自立することが求められる。

5

2000年代に入ると、日本の雇用環境は大きな変化を迎える。2004年に派遣法の改正が行

われ、派遣労働が可能になった製造業9において、工場で期間を定めた派遣労働者を雇うこ

とが常態化した。さらに公的機関などでも、これまでは正規職員が担っていた仕事を派遣労

働者や契約社員などが担うなど、不安定な働き方・働かせ方が一般化し、「ワーキングプア」

と呼ばれる、働いているが貧困な人たちの存在が顕在化した。そして、インターネットや携

帯電話の普及により、寄せ場でマッチングしていた日雇労働の仕組みも、日雇派遣、登録型

派遣などといった形式で一部合法化されていく。そのため、寄せ場に行く必要がなくなった

ことでドヤ街は衰退する一方、繁華街の 24時間営業のネットカフェやサウナ、ファストフ

ード店などで寝泊りしながら日々の糧をえる「ネットカフェ難民」と呼ばれるような人たち

が増加した[もやい 2015:13]。

2008 年には、同年秋に起きたリーマンショックによる影響で、派遣労働者が大量に雇止

めにされる事態となり、年末年始には労働組合やNPO団体が東京千代田区の日比谷公園に

「年越し派遣村」を開設し、約 500人の失業者が訪れた。派遣村では、シェルター設営、炊

き出しや生活・就業相談などが行われ、年明けにはその 4~5割が生活保護を申請した。派

遣労働の雇用の不安定さや、契約が切れると同時に住まいまで失ってしまう問題について

は、「年越し派遣村」の活動などを通じて社会に認識されるようになった。時代の変化とと

もに雇用・家族・住まいのあり方が変容する中で、若年層にこのような「新しい貧困」が拡

大していると考えられている[もやい 2015:13]。

こうしたなか 2013年には、「脱法ハウス」の存在が明らかになった。「脱法ハウス」とは、

レンタルオフィスや貸倉庫として公には届けられているものの、実際にはフロアが 2~3畳

の小さなスペースに区切られ、住居用として貸し出されているシェアハウスである。ネット

カフェやサウナなどで寝泊りしている人のほかに、アパートを借りるまでの資金や収入は

ないが、何らかの仕事をしていて月単位で住居スペースを借りたいという生活困窮者の受

け皿として、この様な悪質な住環境を提供するビジネスが都市部を中心にみられるように

なった。こういった貧困ビジネスは、様々な形態で拡大している[もやい 2015:13-14]。

以上のことをまとめたものが表 1 である。また、貧困問題やホームレス問題だけではな

く、社会の様々な課題が可視化され法整備がなされた状況をまとめたものが表 2である。

9 主に自動車メーカーや電機メーカーなど。

6

表 1 社会状況の変化と貧困の移り変わり

社会状況 貧困の状況

戦後~ 寄せ場、ドヤ街に日雇労働者が集まる

~1970年代 高度経済成長期 日雇労働者が建設ラッシュの現場の担

い手

1990年代 バブル崩壊 ホームレスの増加

2000年 自立支援センターの設立(東京

都)

2004年 ホームレス自立支援法、派遣法

の改正

派遣労働者や契約社員が一般化し「ワー

キングプア」の存在が顕在化

2006年~ インターネットや携帯電話の

普及、ドヤ街の衰退

日雇派遣・登録型派遣などといった形式

に、「ネットカフェ難民」の増加

2008~09年 リーマンショック 派遣労働者が大量に雇い止め(派遣切

り)、「年越し派遣村」

2010年~ 貧困ビジネスの拡大

(出典)認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015 『貧困問

題レクチャーマニュアル』を元に筆者作成。

表 2 社会問題への法整備

2000年 介護保険制度が始まる、児童虐待の防止等に関する法律

2001年 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律

2002年 ホームレス自立支援法

2004年 東京都「ホームレス地域生活移行支援事業」(~2009年)

2006年 自殺対策基本法、障害者自立支援法

2009年 第二のセーフティーネットが始まる

2012年 社会保障制度改革推進法

2013年 子どもの貧困対策基本法、生活保護法改正及び基準引き下げ、

生活困窮者自立支援法成立

2015年 生活困窮者自立支援制度が始まる、住宅扶助の一部引き下げ

(出典)認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015 『貧困問

題レクチャーマニュアル』を元に筆者作成。

7

第 3節 貧困の現状と要因

以上、日本社会における社会状況の変化と貧困問題を明らかにしたが、本節では、貧困の

現状として「ホームレス」と「ワーキングプア」が、日本社会でどの様に位置付けられてい

るのかを明らかにする。また、それらの主たる要因についても述べる。

「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(2002年 8月)によれば、「ホームレ

スとは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営

んでいる者をいう」(2条)。また、この法律を受けて制定された厚生労働省の「ホームレス

の自立の支援等に関する基本方針」(2003年 7月)には、ホームレスになるおそれがある者

への対策の必要性が謳われている[湯浅 2008:118]。

しかし、この法律ではホームレス=路上生活者という狭義のホームレス状態の人しか当て

はまらない。前節で述べたようなネットカフェやファストフード店など、アパートでもない

が路上でもないという中間形態10で暮らす、広義のホームレス状態の人を含んでいないのだ。

厚生労働省は、ネットカフェに対価を支払って滞在している「ネットカフェ難民」は「故な

く」に当たらないなどの理由で、法の定める「ホームレス」ではないと言っている。これに

対し、EU 加盟国では、「路上生活者に加え、知人や親族の家に宿泊している人、安い民間

の宿に泊まり続けている人、福祉施設に滞在している人なども含む」となっている[飯島・

佐野 2010:2;湯浅 2008:118]。

したがって、ホームレス状態といっても、一人ひとりの状況は違い、一概に定義できるも

のではないと言える。国の定義での「ホームレス」は年々減少しているが(図 1)、これは

日中に目視でカウントしたものであり、この現象とは裏腹に「ネットカフェ難民」などのホ

ームレス状態の人は増加している。

図 1 ホームレス概数の年次推移

(出典)認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015

『貧困問題レクチャーマニュアル』を元に筆者作成。

10 サウナ、カプセルホテル、派遣会社の寮、帰来先のないことによる社会的入院、ドヤ、

飯場、宿泊所、居候など。

25,296

18,564

15,759

10,890

7,508 6,541

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

2003 2007 2009 2011 2014 2015(年)(人)

8

以上、ホームレスの位置付けを概観したが、これに対し「ワーキングプア」とは、働いて

いるか、働ける状態にもかかわらず、憲法 25条で保障されている最低生活費(生活保護基

準)以下の収入しか得られない人たち11のことを指す[湯浅 2008:iii]。

1990 年代半ば以降に刊行された OECD による各国の所得分配に関する一連の調査報告

は、就労していても相対的貧困率が高いという日本の特徴を明らかにし、国際比較の観点か

らも、社会扶助と最低賃金との関係を改めて検討することの重要性を示した。例えば OECD

の 2009 年の報告書では、日本のワーキングプア率の高さが明らかにされている。図 2 は

2005年前後における、OECD加盟国におけるワーキングプアの状況を概観したものである。

これによると、北欧諸国、オーストラリア、チェコ、イギリス等のワーキングプア率12が 4%

未満である一方、日本は 11%であり、OECD平均の 7%より 1.5倍ほど高く、G7の中では

アメリカの 12%に次ぐ高さとなっている。また、稼働年齢世帯主世帯の構成員(世帯主を

含む)で相対的貧困に陥っている人々の中で、このワーキングプアが占める比率は日本では

83%と、OECD平均 63%より、20ポイント高い。つまり、日本では相対的貧困にある稼働

年齢世帯主世帯の構成員の大部分がワーキングプアと重なる[山田篤 2014:11-12]。

図 2 世帯主が稼働年齢にある世帯に属する人々のワーキングプア率およびそのシェア

(2005年前後)

(出典)山田篤裕・布川日佐史・「貧困研究」編集委員会(編)『最低生活保障と社会扶助基

準:先進8ヶ国における決定方式と参照目標』P.12より抜粋。

11 主に、年収 200万円以下の人たちを指し、現在は 1000万人を超える。 12 ワーキングプア率はここでは「世帯主が稼働年齢(18~64歳)で、かつ就労者が 1人

以上いる世帯に属する人々(世帯主を含む)の中で、所得が中位等価可処分所得の 50%未

満(=相対的貧困)の人々の割合」と定義されている。

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

ノルウェー

チェコ

オーストラリア

デンマーク

イギリス

フィンランド

スウェーデン

ベルギー

オーストリア

ハンガリー

フランス

ドイツ

スロバキア

オランダ

アイルランド

アイスランド

OE

CD

平均

韓国イタリア

ルクセンブルク

ニュージーランド

ギリシャ

カナダ

スペイン

ポルトガル

日本アメリカ

ポーランド

メキシコ

トルコ

ワーキングプア率(左目盛)

稼働年齢世帯主世帯の構成員の貧困に占めるワーキングプアのシェア(右目盛)(%)

9

このようにホームレスやワーキングプアの人々を生む貧困の主たる要因として確認され

てきたのは、次の二つである。一つは失業や就業条件の悪化など、経済構造から生み出され

たマクロ経済的な要因である。こうした要因が人々の収入を途絶えさせたり、低下させたり

することで貧困に陥ることとなる。今日のワーキングプア問題の根底にも、こうした経済構

造の変化がある。「ワーキングプア」増加の最大の要因は、日本の企業が正社員の数を減ら

して、派遣社員や契約社員、嘱託社員、パートタイマー、アルバイトといった、いわゆる非

正社員の数を増やしていることである。厳しい国際競争に直面する日本の企業は、景気が回

復するなかにあっても、コスト削減のために人件費のかかる正社員の数を抑制して、人件費

の安価なパートやアルバイトなど非正社員の数を増やそうとしているのだ[岩田 2008:

138;門倉 2006:22]。

もう一つは、子どもの養育などによる生活費の増加や定年退職による収入の減少など、生

きていく上で多くの人が遭遇する生活の変化が貧困を生む、というものである。これらはい

わば予測可能で、決まった一定の型で捉えることができる。したがって、その出現をあらか

じめ予測して貧困を予防しようとする雇用保険や年金保険、児童手当などの社会保障が、多

くの国で制度化されてきた。しかし貧困は、こうした予測可能な要因だけから生み出される

のではない。最近ではカード破産など多重債務の問題もある。また、長期にわたる病気や事

故によって働けなくなったり、多額の治療費で生活が苦しくなることもある。アルコール依

存など、一見個人的な出来事が貧困に結びつくこともある。他人の保証人になって失敗した

人、詐欺にあった人、ギャンブルでの失敗、DVや家族関係の悪化からの家出等々、貧困は

様々な要素と結びついて生まれてくる[岩田 2008:138-139]。

第 2章 貧困化する若者

以上、第 1章では、日本における「絶対的貧困」を定義付けし、近年の貧困の現状と要因

について述べた。そこで本章では、若者の貧困の現状を理解するため、高度成長期の若者と

1990年代以降の若者を比較し、現在の困難な若者の立場を明らかにする。

第 1節 高度成長期の若者

日本社会の若者の研究を行う社会学者の山田昌弘は、戦後の高度成長期から 1990年頃ま

では、若者(戦後~1960 年代生まれ)は相対的に「強者」と見てよかったとする。特に高

度成長期は、親の多くが農業や零細自営業など生産性の低い仕事に従事し続ける一方、新た

に学校を卒業した若者は、相対的に生産性の高い工業やサービス業を営む企業に正社員と

して安易に就職することができた。当時は、新卒で企業に就職して給料を貰ったら、親より

10

も収入が多いということはよくあることだった[山田昌 2013:11]。

高度成長期には都会や工場がある町に出てきた若者が「金のたまご」と呼ばれ、企業に大

切にされた。そこには、経済負担が少ない寮や社宅などが整備されていた。そして、都会に

就職した息子や娘が地方在住の親に仕送りをすることは、一般的だった。男性であれば卒業

後、正社員として就職し、終身雇用と年功序列による昇進が期待でき、親に頼らずとも若い

うちに結婚して妻子を養う生活を営むことができた。そして多くの女性も、そのような正社

員と結婚することができ、家事や子育てに専念する生活に入ることができた。それゆえ、日

本の社会政策は、高齢者をどの様に処遇するか、特に、子どもに頼らないでいかに生活でき

るようにするかを中心に行われてきた。その結果、不安定な零細自営業を保護し、年金制度

や介護保険制度などが整えられていった。逆に、相対的に強者であった若者は放置しても困

らなかった。正社員としての就職、女性は正社員男性との結婚が容易なので、親はもちろん、

政府も社会もサポートする必要がなかったのである[山田昌 2013:11-12]。

当時でも、学卒後定職に就かない若者、結婚しない女性は存在していた。しかし、彼らに

は「特別な理由がある」と周りの社会はみなしたのである。その特別な理由には二つのタイ

プがあった。一つは、定職に就けるにもかかわらずあえて定職に就かない、結婚できるのに

もかかわらず独身を貫くという若者である。もう一つは、病気など「特段の事情」があって

働けなかったり結婚できない若者である。社会は、前者は「勝手にやっている」人々とみな

して放置する。放置されても生活などに心配がないから、あえて定職に就かなかったり、結

婚しないでいるという解釈が成り立つ。一方、後者に対しては一定の支援を要するとし、政

府は生活保護など福祉で対応したのである[山田昌 2013:12]。

ここから、現在の問題は、「勝手にやっている」人でもなく、「特段の事情」がない若者で

も、定職に就けない若者、定職についている男性と結婚ができない女性が多数出現するよう

になったことであると山田は言う[山田昌 2013:12]。次にこうした若者が多数出現する

ようになった 1990年以後を見てみたい。

第 2節 1990年代以降の若者

1990 年代初めにバブルが崩壊して以来、日本社会は大きく変貌した。この変貌がもたら

した問題については、さまざまな角度からすでに検討されてきたが、その一つはいうまでも

なく「若者問題」である。1990 年代以降、成人期への移行に困難を抱える若者が増加した

のは、青年期から成人期への移行を規定する社会システムが、学校、企業、家族、地域社会

の変容のなかで機能マヒを起こした結果であったと考えられる。バブル崩壊後、まず高卒者

の労働市場が悪化し、卒業時に就職先が決まっていない者や、フリーターになる者が増加し

た。学ぶ意欲が失われ、中退者が増加し、若者の社会的訓練の場は脆弱な状態となった。

1990 年代末になると大卒者の労働市場も悪化し、その結果 2000 年代には若年雇用問題が

深刻化した。これらの現象と平行して、正社員ではないため結婚に踏み切れない若者や結婚

11

しても一人の稼ぎで食べていけない人々が増えたことで、婚姻率の低下と出生率の低下が

進行した。若者の社会的地位とライフコースは大きな変容を遂げたのである[岩田 2011:

56;ビッグイシュー基金 2015:2]。

つまり、これまで就職による生活保障と親による養育・扶養の担保によって吸収されてい

たリスクが吸収されなくなっているのである。それに加えて、非婚や離婚などの新しいライ

フスタイルに伴うリスクがそれらと結合しているため、不安定化を増幅しているともいえ

る。しかも、成人期への移行が長期化し、不安定な時期が長引くようになると、経済的に頼

れる親をもった若者とそれがない若者、難局を打破できる情報力を持った若者と持たない

若者というように、若者のなかでも二極化が見られるようになった。その結果、「条件に恵

まれない若者」が安定した生活基盤を築くことは、以前よりも難しくなっている[宮本みち

子 2011:106-107]。

以上、高度成長期と 1990年代以降の若者を比較し、現代の若者の立場が不安定化してい

ることを明らかにした。次節からは、不安定化した若者の実態を知るため、若者ホームレス

とワーキングプアへの聞き取り調査や取材による証言を取り上げる。

第 3節 若者ホームレスの実態

ビッグイシュー基金13では、2007 年以降若い販売者が増加していることから、その実態

を知るため、2008年 11月から 2010年 3月までの 2年間にわたって 40歳未満の若いホー

ムレス 50人に聞き取り調査を行った。東京と大阪のビッグイシュー販売者から聞き取りを

始め、夜回りや炊き出しなどで出会う人たちにも調査の輪を広げていった。以下は、その調

査結果をまとめたものである。

対象者は 20~39 歳の 50人で、平均年齢は 32.3 歳と 30代が7割を占めた。路上にいた

期間は半数以上が 6ヵ月未満と比較的短い傾向にあった。路上へ出た理由は、退職、派遣切

り、倒産など約 7 割が仕事に関するものであった。寮に住み込んでの製造業派遣や飯場で

の日雇仕事など、職を失うと同時に家を失うといったケースだけでなく、リストラされた末、

家賃を払えなくなり、路上へ出て行かざるを得ないケースも出てきている。また、アルバイ

トを転々とする不安定な就業状態の中、家族との確執を深めたり、多額の借金をし、迷惑を

かけたことで実家に居づらくなり路上に出る人もいる。さらに約半数が消費者金融等から

借金を抱えている、あるいは抱えた経験がある。話の辻褄が合わなかったり、自身の置かれ

た現状について認識できていない人など、何らかの障害が疑われる人もいた[飯島・佐野

2010:3]。

路上のみで過ごすという人はごく少数に限られ、大半がネットカフェ、マンガ喫茶、ファ

13 『ビッグイシュー』は 1991年にロンドンで生まれた雑誌で、日本では 2003年 9月に

創刊された。この販売をホームレスの人に仕事として提供し、自立を応援する事業であ

る。

12

ストフード店、サウナ、コンビニエンスストアなど、終夜営業店舗と路上の行き来を繰り返

していることが明らかになった。食事や寝床より、身なりが気になるという人も多く、炊き

出し等は利用しないという人もいた。自殺を考えるような深刻なケースから、時々落ち込む

ことがあるというものまで、程度は様々だが抑うつ的傾向にある人が約 4 割いた。路上生

活が長期に及ぶほど、抑うつ傾向は高まっていく傾向であることも分かった。また、いざと

いう時に頼れる友人や、困ったときに相談ができる仲間がいると答えた人は、ごく少数にと

どまっている[飯島・佐野 2010:4]。

半数が両親に育てられている一方、3人に 1人は片親に育てられており、理由は様々だが

養護施設で育った人も 6 人いた。半数以上が経済的に不安定な家庭で育ち、生活保護受給

世帯で育った人もいた。7割を超える人が家族と連絡が取れない、または取らない状況にあ

り、理由としては「勘当された状態なので家に連絡を取れない」、「借金をしており家族に迷

惑がかかるので、帰ることはできない」などが挙げられている。また、学歴は相対的に低く、

中卒(高校中退を含む)の割合が高い[飯島・佐野 2010:5]。

8割以上が正社員を経験したが、その後 6割近くが「別の可能性を探るため」と仕事を辞

めている。一方で、会社の倒産やリストラ、派遣切り、過酷な労働に耐えられず退職した人、

職場の人間関係やいじめが原因で退職した人もいる。半数以上が 5回以上の転職14を経験し

ている。また、解雇、倒産を経験した人が 4割を超えることからも、厳しい環境で働いてき

た人が多いことが分かる[飯島・佐野 2010:6]。

彼らが自立していくには多くの問題が存在し、全員が自立をしたいと思っているにもか

かわらず、4人のうち 3人は就職活動をしていないという現状も明らかになった。住所、本

人確認書類、携帯電話、保証人がいないために、就職活動をしても採用段階で断られてしま

うことや、トラウマのせいで仕事への意欲を失っていた人もいる。また、生活保護を申請し

たくても、「若くて働けるひとは申請できない」、「申請が受理される前に職がないと通らな

い」と誤った情報を伝えられたなど、水際作戦によって申請すらできなかった人もいる[飯

島・佐野 2010:7]。

第 4節 増加する若者ワーキングプアの実態

以上、前節では若者ホームレスの実態を明らかにした。経済評論家の門倉貴史の著書『貧

困大国ニッポン』には、ワーキングプアやワーキングプアすれすれの生活をしている人たち

への取材をもとに、貧困にあえぐ人々の証言が収録されている。本節では、若者ワーキング

プアの実態を知るため、その証言の中からいくつか事例として抜粋し紹介する。

証言① 日雇い車中生活者(東京都江東区の 33歳男性・派遣スタッフ)

実家は寿司屋を営んでおり、長男である彼は後継者として期待されていたが、当時は音楽

14 正社員でのキャリアアップではなく不安定就労を繰り返していくものである。

13

への気持ちが熱かったため、親の反対を振り切って高校を卒業して上京し、東京の風呂なし

アパートで生活を始めた。カラオケボックスでアルバイトをしながら路上で歌い、オーディ

ションがあればすべて応募したという。2年も経つ頃には、自分の才能の限界が分かり音楽

への情熱が薄れていくとともに、アルバイトの疲ればかりを感じるようになっていった。そ

のため、24 歳のとき実家に帰り寿司屋を継ごうと修行を始めたが、また音楽への淡い夢を

描き始め、親に思いのたけを話してみたところ、激怒され家を追い出されてしまった。所持

金は財布の中にあった 4000 円と、「当分は帰ってこないで」と言われ母から渡された 3 万

円だけであった。東京に戻るが家を借りる金もないため、運送会社の友人に空きトラックに

住んでも良いと言われ、昼は日銭稼ぎに派遣の仕事をし、夜はトラックで寝る生活をしてい

る。最後に、自己責任といえば自己責任だが、もう帰る実家もなく、当分は今の暮らしを続

けるしかないと、彼は言う[門倉 2008:31-34]。

証言② 残飯難民(大阪市の 24歳女性・アルバイト)

中古車販売会社の事務として就職するため岡山県から大阪に来たが、仕事が面白くなく、

手取りも 12万円と少ないため 1年半で辞めてしまう。その後、梅田のカフェでアルバイト

を始め、そこで彼氏に出会い、同棲をするため借りていたアパートも引き払った。家賃を払

う必要がなくなり生活は楽になったが、しばらくすると彼氏の浮気に気付き喧嘩になり家

を追い出されてしまう。当初は友人の家にいたが、1週間も経つうちに気まずくなり、ネッ

トカフェに行った。所持金は 2 万円くらいしかなく、フリーターであるため家も借りられ

ず、ネットカフェで生活をするようになった。フェイスタオル 1 枚でトイレにある石鹸を

泡立てて体を洗い、使ったタオルは絞ってパソコンの裏に置いておくと、ファンの熱で 2時

間もあればカラカラに乾くという。また、専用のごみ箱に捨てず、カップラーメンをスープ

が入ったままドリンクバー付近に置きっぱなしにする客がおり、お金がないときはそれを

集めて飲んで飢えをしのいでいた。最後に、早くこの生活から抜け出したいけど、お金がな

いから今はアルバイトをしながら、なんとか一緒に住めそうな彼氏を探していると、彼女は

言う[門倉 2008:18-20]。

証言③ 食費 1万円台主婦(和歌山県の 26歳女性・主婦)

夫は不動産会社のサラリーマンで、手取りは 20万円弱、世帯年収は 320万円である。分

譲マンションに住んでおり、ローンが月 7 万円で、車のローンと維持費が 4 万円、光熱費

や携帯電話代、保険代、夫のお小遣いを差し引くと、全く余裕がないという。月に 2万円程

しか貯金できず、これは 2 人の子どもの将来のために手を付けない。そのため節約できる

のは食費しかなく、家族 4人で毎月の食費は 1万 8000円に抑えている。閉店間際のスーパ

ーで、値引きシールが貼ってある肉や魚などをまとめ買いし、小分けにして冷凍保存する。

その際、食材を小分けにするためのラップは買っておらず、トレーについているラップをき

れいにはがして再利用している。1 枚のラップを洗って 10 回は使うという。また、夫の会

14

社の社員食堂は、ご飯のおかわりが自由であるため、タッパーで夕食用のご飯をこっそり持

って帰ってきてもらうことで米代を大幅に節約している。最後に、年収 300 万円前後の家

庭の主婦は、みんなこれくらいの家計でやりくりしているのではないかと、彼女は言う[門

倉 2008:56-59]。

証言④ 食料パラサイト夫婦(東京都墨田区の 24歳男性・正社員)

大学時代はアルバイトが忙しく、就職は「正社員で雇ってくれるならどこでもいい」とい

うのが本音であった。入社前の 3 月に妻が妊娠し、入社後 2 か月で結婚して妻の実家近く

の賃貸アパートで暮らし始めたが、結婚生活は不安定なものであった。初任給は手取り 17

万円で、妻の実家から食料を分けてもらいながら、なんとかやりくりをして生活をしていた。

仕事の方は 1年目から残業や休日出勤もあり、1年目の 10月には残業代という名目で 5万

円の手当が付くも、妻の実家の援助がなければ結婚生活は成り立っていないという。11 月

には子どもも生まれ、将来の養育費や中古の戸建てを買う夢のために今はせっせと貯金し

ている[門倉 2008:113-115]。

以上、派遣スタッフやアルバイトとして働いてはいるが安定した生活ができるほどの収

入がない者、正社員ではあるが少ない収入にあえいでいる者の事例を取り上げた。証言①と

証言②のような独身の若者ワーキングプアの特徴として、家がないことで定職に就けず、そ

の結果、非定住から抜け出せない生活に陥ってしまうということが指摘できる。夢や仕事の

ために上京するも上手くいかず、地元に帰ろうにも帰れないため、とりあえずネットカフェ

で過ごそうと一度足を踏み入れてしまい、抜け出すことが難しくなるケースも多々ある。こ

のような非定住者の多くは家族と良好な関係を結べていない問題があることもうかがえる。

さらに、証言③と証言④のような正社員であっても、非正社員と変わらない程の収入しかな

く、家族を養うには厳しいことが明らかなケースもある。

また、若年層の「ワーキングプア」の場合には、収入が少なくても何とか暮らしていける

ようなバッファーとして「パラサイト・シングル」という生き方がある。「パラサイト・シ

ングル」とは、社会人になっても独立せず親と同居し続け、衣食住などの基礎的な生活条件

を親に依存する独身の若者を指す言葉である。「パラサイト・シングル」は、住居費など親

から独立した際にかかる基礎的諸費用が節約でき、将来所得が減少したときに備えて貯蓄

をする必要がないため、所得が少ない非正社員であっても余裕をもって暮らしていけると

いうことがある。また、健康保険の家族として、あるいは家族が国民年金料を負担すれば、

そのかぎりで社会保険の受給者となることができる。30歳、40歳になっても、家族が子ど

もとして扶養していく可能性があるかぎり、若者の失業や貧困は隠されている。ただし、親

が年金生活に入るなどして、この様なライフスタイルが持続不可能になったとき、突如とし

て「ワーキングプア」の問題が表面化してくる恐れがある[門倉 2006:143-144;岩田

2011:61]。

15

第 3章 若者支援について

前章では、現在困難な立場にある若者について述べた。そこで本章では、政府によるこれ

までの若者支援政策とその具体例の他、貧困研究による「若者移行政策」の観点から民間団

体による活動例を見ていく。

第 1節 これまでの主な若者支援政策

日本で成人期への移行に対する社会的関心が高まったのは、若年雇用問題の発生、非婚化

による急激な出生率の低下という二つの現象からであった。両者は国の行方を左右する大

きな社会的課題と認識され、取り組みが本格化した。これと並行して、長期不登校、ひきこ

もり、ニートが増加し、自立困難に陥っている若者の増加が顕著になり、当事者任せに出来

ないところまできていた。これらの問題は縦割り行政のなかで、長いこと別々に論じられ、

全く異なる部局で扱われていたが、2000 年代に入って若者問題の取り組みが進むにしたが

って、改めて相互に密接に関係していると認識されていった[宮本みち子 2015:23]。

2000年以降の若者支援に関する一連の法律や施策をまとめたものが表 3である。

表 3 主な若者支援施策

2003年 4月 4省庁大臣の「若者自立・挑戦戦略会議」開催

2003年 6月 若者自立・挑戦プランの策定

2004年 全国にジョブカフェ設置、若者の就職支援開始

2005年 全国 20ヵ所で若者自立塾が開設

2006年 全国 25ヵ所で地域若者サポートステーション開設

2008年 リーマンショック

2009年 子ども・若者育成支援推進法成立、翌年実施→子ども・若者ビジョンへ

生活困窮者と社会的孤立者支援の開始

2011年 求職者支援制度開始

2013年 6月 子どもの貧困対策法成立(2015年 4月実施)

2013年 12月 生活困窮者自立支援法成立(2015年 4月実施)

2015年 4月 勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案(青少年の雇用の促進等に

関する法律)成立(2015年 10月~2016年 4月実施)

(出典)宮本みち子(編)2015『すべての若者が生きられる未来を:家族・教育・仕事から

の排除に抗して』P.24より抜粋。

政府が若者の雇用問題について包括的な支援計画を打ち出したのは、2003年 4月に「若

者自立・挑戦戦略会議」が開催され、6月に「若者自立・挑戦プラン」が制定されてからで

ある。このプランの目標は、「フリーターが約 200万人、若年失業者・無業者が約 100万人

16

と増加している現状を踏まえ、当面 3年間で、人材対策の強化を通じ、若年層の働く意欲を

喚起しつつ、全てのやる気のある若年者の職業的自立を促進し、もって若年失業者等の増加

傾向を転換させることを目指す」というものであった。また、プランの中には、キャリア教

育・職業教育、日本版デュアル・システム15、インターンシップ、トライアル雇用16、若者

自立塾、ジョブカフェ17、就職機会の創出などの項目があがり、2004 年からこれらの施策

が開始された[宮本みち子 2015:23-24]。

「若者自立・挑戦プラン」は当初 3年間の計画だったが、2008年のリーマンショックな

どにより若者の雇用状況が好転しなかったため、緊急人材育成・就職支援基金事業18は、2011

年 10 月より求職者支援制度19となり恒久的な制度となった。雇用保険に加入していない求

職者に、職業訓練の機会を与えるもので、低所得者には経済給付もある。ただし、厳しい財

政状況から、政府はこれを雇用保険制度の付帯事業の一つとして位置付け、雇用保険を財源

とし、国庫負担は二分の一と定めたため使用者側の反発は強く、予算に制約があるため、に

わかに就職することが困難と見込まれる若者は対象から外された[宮本みち子 2015:24]。

2010 年以後は、生活困窮者への取り組みが始まり、増加する経済的困窮者と社会的孤立

者への支援が始まった。その背景に、生活保護受給者がこの 10年間で急増し、放置すれば

さらに増加し、財政負担が大きな問題となりつつあったからである。特に若年層を含む現役

世代における増加が懸念されるため、「福祉から就労へ」の積極的福祉政策に転じようとし

ている。また、就労可能な者に対して生活保護受給に至る前の段階から早急に就労・教育相

談支援等を行うことにより、生活困窮状態からの脱却を可能にすることを目指す生活困窮

者自立支援法が 2013 年 11 月に成立した。同年 6 月には子どもの貧困対策法も成立し、両

法律に基づく取り組みが 2015年から全国で始まった。それらの事情のなかで、生活保護世

帯や生活困窮世帯の子どもに対する自立支援の取り組みも始まっている[宮本みち子

2015:25]。

第 2節 若者支援の効果

以上、政府による主な若者支援政策について述べた。その中から、「地域若者サポートス

テーション」(サポステ)の取り組みを例に、支援が若者に対してどのような効果を与えて

いるのかを本節で取り上げる。

15 フリーターの職業訓練のこと。 16 労働者と会社が 3ヵ月以内の有期雇用契約を結び、契約期間が終了したときに会社が採

用したい場合には正社員として採用する制度である。 17 地域の実情に合った若者の能力向上と就職促進を図るため、若年者が雇用関連サービス

を 1ヵ所でまとめて受けられるようにした就職支援のワンストップサービスのこと。 18 平成 21年度の第一次補正予算により創設され、雇用保険を受給できない人々に対して

新たなセーフティーネットとして、職業訓練の拡充と、「訓練・生活支援給付」制度を内

容とした事業である。 19 職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律のこと。

17

まず、「地域若者サポートステーション」とは、2006年度から開始された取り組みである。

15~39 歳までの働くことに悩みを抱えている若年者を対象に、厚生労働省からの委託を受

けた若者支援の実績やノウハウのあるNPO法人、株式会社、学校法人などが社会的自立に

向けた支援を行う。具体的には、支援対象者の把握を行い窓口に導入し、相談業務を実施し、

そして地域の若者支援機関や教育、福祉、経済団体などと連携して、就労・進学などの進路

に結び付ける支援である。ハローワークなどの就労支援機関に直接足を運ぶことにためら

いがある若者が対象であることから、その対人不安や自信の欠如といった障壁を取り払う

ために就労準備トレーニングが実施されている。それぞれのサポステ実施団体はひきこも

り支援団体、精神保健機関、人材育成企業など多様であるが、その成り立ちや地域性の違い

もあり、様々な就労支援プログラムが工夫されてきている[佐藤 2015:73]。

2014 年 3 月に実施されたサポステの利用者調査20は、2012 年 10 月から 2013 年 2 月の

新規登録者をランダムに選択した計 1140 名(計 12 か所のサポステ)を対象に、若者の属

性および半年後の変化について、職員が記入したものである。

対象者の男女比は 7対 3で、男性が多い。年齢層は、10代 11%、20代前半 31%、20代

後半 26%、30代前半 19%、30代後半 10%である。家庭状況は、親の離婚・死別経験があ

る者が 20%、家族に精神疾患や障害がある者が 10%、困難な家庭背景や家族状況21を持つ

者が 43%と、様々な家庭の困難を抱えていることが分かる。また、経済状況が困窮してい

る家庭が 11%、生活保護を受給している家庭は 6%であるが、親と同居しているため、個人

の困窮が把握されにくいという特徴も浮き彫りになった。また、本人に発達障害の診断があ

る者は 8%、疑いがある者は 26%、精神疾患の診断がある者は 28%、疑いがある者は 25%

と、精神疾患の診断や疑い22が 4割あった[ビッグイシュー基金 2015:25]。

学歴については、四大卒以上が 23.9%を占める。次に高卒以上が 21.4%、専門・短大卒

が 13.1%、高校在学が 9.2%と続く。ここから、サポステの利用者は高卒、専門・短大卒、

四大卒と、高等教育を受けた者が多いことが分かる。しかし、学校でいじめられていた経験

がある者が 25%、不登校の経験がある者が 37%、成績が悪かった者が 17%であることか

ら、学校での負の経験がその次の社会移行の妨げになっていると考えられる[ビッグイシュ

ー基金 2015:25]。

就労経験については、サポステ来所前に就労経験がなかった者が29%、非正規のみが50%、

正規が 21%と、8割が正規雇用を経験していない。また、サポステ来所時点での無業期間23

20 2014年 12月に開催された「若者政策提案書・案」発表シンポジウムで、NPO法人文

化学習協同ネットワークの佐藤洋作と原未来が発表した。 21 親の離婚・死別、DV・虐待経験、家族の精神疾患・障害、ケアを要する家族、家族関

係不和などその他の問題の 6項目に該当する者。 22 「疑いあり」は、発達障害では手帳が取得できそうであること、精神疾患では通院して

いるが明確な診断が出ていない場合や何らかの症状から通院した方がよいと判断される場

合に選択。 23 在学者は除く。

18

は、半年以下が 30%、半年以上が 11%、1年以上が 14%、2年以上が 35%であった。無業

状態からすぐに就労できる人と、長期化する人とで二極化しやすくなるといえる[ビッグイ

シュー基金 2015:26]。

そして、利用者の半年後の変化としては、来所時点で継続的に参加する場がなかった 720

人の内 34%に参加する場ができた。また、家族以外の継続的な他者関係がなかった 494人

の内、9.5%が 1 人、15.8%が 2 人以上の関係ができるなど、3 人にひとりが継続的に関わ

る場ができたことになる[ビッグイシュー基金 2015:26]。

次に、対人関係面での変化として、来所時点で二者関係すらつくることができなかった

296 人の内 23.6%に二者関係が、8.1%に集団関係ができた。つまり、3 人にひとりが二者

関係を作れるようになったことになる。生活維持機能面では、来所時点で身辺処理の乱れが

あった 49人の内 14.3%、生活管理に乱れがあった 261人の内 28.4%に問題がなくなった。

3 割ほどの者に生活管理の乱れが改善される変化が見られたという[ビッグイシュー基金

2015:26]。

就労については、来所時点で無業だった 837人の内、正規雇用 7.5%、アルバイト 26.9%、

職業訓練 6.5%、就学 1.3%と、33.4%の者が職に就くことができた。その他に、新たに就

労機関や民間支援団体、福祉機関や医療機関など、つながり先が増えたことで、自己肯定感

など数字に出ない変化も見られた[ビッグイシュー基金 2015:26]。

以上の調査結果のデータから、利用者である若者が重複した困難や複合的なリスクを抱

えていることが明らかになった。そして 6ヵ月のプログラムを経た後に、3分の 1の若者に

就労や人間関係の改善がみられていることから、若者に対しての支援は、特に大きな効果の

見込まれる重要なものであると言える。

第 3節 若者移行政策と民間支援団体の活動例

以上、前節では若者支援の重要性と支援により高い効果が認められることを示したが、本

節では、「若者移行政策」の観点から具体的に必要な支援を考えるため、民間支援団体の活

動例を見ていく。

まず、「若者移行政策」とは、2007年に日本学術振興会24から科学研究費を得て編成され

たチーム25が 7年にわたる共同研究・活動を継続した結果、名付けた社会政策のことである。

人生のスタートの段階で逡巡する多くの若者たちが、適切な支援の手もないまま放置され

ている状況を変え、いかなる境遇にある若者も自分自身の生活基盤を築くことができ、社会

24 独立行政法人日本学術振興会法に基づき、学術研究の助成、研究者の養成のための資金

の支給、学術に関する国際交流の促進、その他学術の振興に関する事業を行うため、2003

年 10月 1日に設立された文部科学省所管の独立行政法人のこと[日本学術振興会

HP]。 25 このチームは、大学研究者と若者支援に従事する民間実践者、地方自治体職員とで編成

されている。

19

のメンバーとして参加できるためにはどのような制度や社会資源、その他の環境条件が必

要であるか。このような課題に応える社会政策が、「若者移行政策」である[宮本みち子

2015:vii]。

この「若者移行政策」は 4つの柱で構成されている。1つ目は、学校教育の改革とオルタ

ナティブ26な「学び」の場を作ること。2つ目は、若者の社会参加を支える「つなぐ」仕組

み作ること。3 つ目は、若者が生きていく生活基盤作りのための「生活支援」をすること。

4 つ目は、「出口」である働く場・多様な働き方を増やすことである。これらをまとめたも

のが、表 4 である。若者移行政策の大枠は、自立に向う若者に特有のニーズを理解し、教

育、雇用、福祉、保健・医療などの包括的な環境整備を目指すことである[宮本みち子 2015:

241-242]。

そこで次に、この若者移行政策の観点から民間団体の取り組みを見ていく。

表 4 若者移行政策を構成する 4つの柱

学び

学校教育の改革とオルタナティブな学びの場

(1)「生きていくための」力をつける学校教育へ

①実社会と向き合うための教育

②学校と職場を媒介する新しい教育の仕組み

③自分の人生を築く「主体」としての成長促進

④やり直しができる柔軟な教育システム

(2)オルタナティブな学びの場とコミュニティ

①貧困から脱出するための学び(直し)

②居場所と学びのネットワークづくり

つなぐ

若者の社会参加を支える仕組み

(1)学校から社会へのつなぎを強化する

(2)若者の多様な社会参画の推進

(3)ユースセンターとユースパーソナルサポーター

の設置・常設

(4)自治体に「若者担当窓口」の設置

(5)若者支援の専門職が活躍できる場

(6)若者支援を地域のインフラに

生活支援

若者が生きていく生活基盤づくり

(1)若者のニーズに応じた支援

(2)教育や職業訓練の保障

(3)若者向けの社会的、公的住宅の整備

(4)生活困窮・社会的養護下にあった若者への生活

支援

(5)経済支援と並ぶ多様な継続支援

(6)福祉と就労の一体化、家族支援との一体化

出口

働く場・多様な働き方を増やす

(1)公的職業訓練の拡充・訓練機会の保障

(2)中間的就労事業の育成

(3)社会的就労事業の育成

(4)グレーゾーンの若者を雇用する企業・事業所の

キャパシティ向上

(5)地方活性化と連動した若者の雇用の創出

(出典)認定 NPO法人ビッグイシュー基金(編)2015 『若者政策提案書:若者が未来社

会をつくるために』P.17より抜粋。

26 オルタナティブとは、英語の「二者択一」という意味から転じ、現在あるもののかわり

に選び得る新しい選択肢、代替案のこと。

20

活動例① NPO法人ブラストビート(東京都杉並区)

NPO 法人ブラストビートは、5~10 名前後の多様なメンバーによるチームで、音楽イベ

ントを企画・運営する体験プログラムを行っている。「ブラストビート」とは、2003年にア

イルランドで始まった教育プログラムであり、その後、イギリス、アメリカ、南アフリカで

も活動が始まり、日本では 2009年夏に有志が立ち上げた。それから 4年の間に、約 20高

校・50大学から 300人以上がプログラムに参加し、首都圏各地に加えて、宮城、福島、石

川、愛知、京都、大阪、沖縄でも活動実績がある[NPO法人ブラストビート HP;社会的

困難を抱える若者応援ネットワーク委員会 2014:17]。

参加費は無料で、厳密な年齢制限はないが、10 代後半が中心に参加しており、多様な参

加者がカギのプログラムであるため、障害があっても可能な限り受け入れられる。「ミニ音

楽会社」を立ち上げ、イベントのコンセプト、呼びたいアーティスト、会場、日時、スポン

サーなどをすべて決め作り上げる。また、イベントで得た利益の 25%以上を寄付すること

で、社会の中で働く実感を得て、その結果得た利益を必要とする人に寄付という形で手渡す

ことで、社会に循環させている。やるべきことを考え、実行に移すのは参加者自身というス

タンスであるため、ビジネス体験とともに寄付という社会貢献活動を通して仲間と出会い、

「生きる力」が育まれる[社会的困難を抱える若者応援ネットワーク委員会 2014:17]。

この活動例は、普通の職業訓練とは違い、音楽イベントという多くの若者が興味を持ち挑

戦したくなるようなプログラムであることが特徴である。若者の多様な社会参画や寄付活

動を通じて地域に貢献していることから、若者移行政策の 2つ目の柱である「つなぐ」仕組

みを作る支援の一つの形であると言える。

活動例② 一般社団法人自由と生存の家(東京都新宿区)

自由と生存の家は、フリーター全般労働組合の住宅部会を中心に、非正規雇用で働く仲間

が安心して住める住居を確保しようと始まった活動である。対象年齢は不問で、通常の賃貸

アパート入居時に必要な保証人や入居資金がないために、住まいの確保が困難な不安定就

労の状況にある人も入居可能である。都内の便利な立地に物件があり、低家賃、保証人不要、

敷金は 2 年間の分割払いで、通常の不動産会社にはできない相談もできるという特徴があ

る。また、単なる住宅の賃貸事業ではなく、改修工事や管理も自分たちで行ったり、住民同

士の交流の一環として季節の行事がある。その他にも、生協や農家の協力を得て有機・低農

薬野菜の販売をするなど、長期で仕事が見つからない人が参加できる仕事の機会もある[社

会的困難を抱える若者応援ネットワーク委員会 2014:22]。

この活動例は、若者が生きていく生活基盤づくりとして低家賃の住宅を提供するもので

あり、若者移行政策の 3つ目の柱である「生活支援」にあてはまるものだといえる。また、

住宅だけでなく、社会参加の機会も提供している点も重要である。

21

活動例③ NPO法人さいたまユースサポートネット(埼玉県さいたま市)

NPO法人さいたまユースサポートネットは、高校中退、通信制高校通学、不登校やひき

こもりの経験、障害で生きづらさを感じているなど、この社会に居場所がなかなか見つから

ない子ども・若者たちを無償で支援する NPOである[さいたまユースサポート HP]。

ここでは主に 4つのプログラムを実施している。1つ目は、同世代のボランティアと遊び

や学習をして、安心して過ごせる場所を提供する「たまり場」である。「交流の場」と「学

び直しの場」があり、安心していられる居場所が欲しい人、人とのつながりを持ちたい人、

学校に行っていない人、自分のペースで学び直しをしたい人が利用しており、年齢は不問で

ある。行事やイベントもあり、利用者とボランティアの垣根を越えた若者のコミュニティが

でき、生きがいや役割、社会性、生きる意欲を見出すことが目的である[社会的困難を抱え

る若者応援ネットワーク委員会 2014:73]。

2つ目は、さいたま市委託事業の「若者自立支援ルーム」である。生きにくさを抱え、居

場所のない、さいたま市内在住者の中学・高校生から 30代の若者に対して居場所を提供し、

若者のコミュニティづくりを応援し、自立を支援する。年齢や抱えている課題に合わせ、地

域のお手伝い、英会話の講座、料理などの様々なプログラムが用意されている[社会的困難

を抱える若者応援ネットワーク委員会 2014:74]。

3つ目は、さいたま市委託事業の「生活保護学習支援教室」である。さいたま市内で生活

保護を受給している世帯の中学・高校生を対象に、教育や福祉を学んでいる現役大学生が、

宿題から受験対策まで学習をサポートする[社会的困難を抱える若者応援ネットワーク委

員会 2014:75]。

4つ目は、厚生労働省委託事業の「地域若者サポートステーションさいたま」である。様々

な困難を抱えて、就職や将来に悩んでいる 15 歳から 39 歳の男女を対象に、自立・就労を

サポートする。創作活動、グループミーティングなどを通じて人と関わるプログラムや、ビ

ジネスマナー講座、就労体験、面接練習などの実践的なプログラムがある[社会的困難を抱

える若者応援ネットワーク委員会 2014:73]。

この活動例は、居場所と学びのネットワークづくり、若者の社会参加を支える仕組み、自

立支援、職業訓練の支援がなされており、若者移行政策 4 つの柱にすべて当てはまる形で

ある。また、NPO法人さいたまユースサポートネットの最大の特徴は、福祉・教育・労働

など各分野の専門家、行政、学校、民間団体、地域企業、地域の人々がネットワークをつく

り、連携して子ども・若者を支えていることである。その点で理想的な支援例であるといえ

るだろう。

22

第 4章 社会保障制度をめぐる問題

前章では、国の若者支援政策とその具体例、民間支援団体で行われてきた支援にはどのよ

うなものがあるのか等について述べてきた。そこで本章では、本来機能すべき社会保障制度

は現状に見合っていないものであると考え、制度の特徴を捉えながらその問題点について

明らかにしていく。

第 1節 日本型生活保障の特徴

政治学者で福祉政策の研究を行っている宮本太郎は、日本型生活保障27の 5つの特徴を次

のように述べている。

第 1に、国の社会保障への支出は小さかったという特徴がみられる。社会保障・福祉分野

の支出指標とされる OECD の社会的支出の大きさを見ると、1990 年代末までは先進工業

国のなかでは最低の水準であった。2005 年の GDP 比を見ると、18.6%とようやく小さな

福祉国家の代表格であるアメリカの 15.9%などを抜くに至ったが、それでも 25%を超える

水準の西欧諸国には及ばない[宮本太郎 2009:40]。

にもかかわらず、これまでは社会保障に代えて雇用の実質的な保障によって、格差が相対

的に抑制されていたという点を第 2に指摘できる[宮本太郎 2009:40]。

図 3 各国の再分配前と後のジニ係数

(出典)宮本太郎 2009 『生活保障:排除しない社会へ』P.41より抜粋。

27 雇用と社会保障を結びつける言葉で、人々の生活が成り立つためには、一人ひとりが働

き続けることができて、また、何らかのやむを得ぬ事情で働けなくなった時に、所得が保

障され、あるいは再び働くことができるような支援を受けられる、というような条件が実

現することを指す。

0.276

0.245

0.224

0.326

0.309

0.36

0.347

0.376

0 0.1 0.2 0.3 0.4

日本

ドイツ

スウェーデン

アメリカ

1980年代半ば

再分配前 再分配後

0.31

0.254

0.224

0.326

0.362

0.393

0.375

0.42

0 0.1 0.2 0.3 0.4

日本

ドイツ

スウェーデン

アメリカ

2000年代半ば

再分配前 再分配後

23

各国のジニ係数28を、税金や社会保険料を徴収し再分配する前と後で比べると、1980 年

代半ばの日本では社会保障支出が小さかったために、再分配の前と後で所得格差の違いは

あまり大きくなかった(図 3)。つまり所得再分配効果は限定されていたことになる。しか

し、同時に注目できるのは、日本のジニ係数は、再分配前の段階から相対的に小さかった、

ということである。つまり、雇用がそれなりに行き渡ることで、所得が著しく少ない世帯数

が抑制されていたことになる。そしてこれが 2000年代半ばになると、再分配前のジニ係数

が大きくなっている。再分配効果は多少改善されているものの、結果的に格差拡大が生じて

いるのである[宮本太郎 2009:40-42]。

第 3 の指摘は、現役世代の生活保障が雇用と家族に委ねられたゆえに、相対的に小さな

社会保障支出は、会社に頼れなくなり家族の力も弱まる人生後半にシフトした、ということ

である。日本の社会保障支出の内訳は、年金、遺族関連、高齢者医療などに集中しており、

日本の社会保障支出のうち現金給付の部分を、高齢者のための支出と現役世代に対する支

出に分けて比較すると、2003年の GDP比で高齢者向けが 8.2%で現役世代向けが 1.5%で

ある。スウェーデンでは高齢者向けが 8.0%で現役世代向けが 7.4%、OECDの平均でも前

者 7.1%に対して後者 4.8%であるのと比べると、日本における高齢者向け支出の比重の高

さが窺える。逆に、現役世代の支援、例えば積極的労働市場政策29への公的支出は、GDP比

で 0.3%と OECD 平均の半分ほどである。失業の増大にもかかわらず、日本はこの分野で

の支出が小さく、とくに失業者への公的職業訓練のための支出の GDP 比(2005 年)は、

日本ではわずか 0.04%と、OECD平均(0.17%)の 4分の 1しかない[宮本太郎 2009:

42-43]。

第 4 に、家計補完型で低賃金の非正規労働市場の存在が挙げられる。現役世代への住宅

や教育での公的支援が弱かったことが一つの背景となり、多くの家計では住宅ローンや学

費への支出が嵩んだ。男性稼ぎ主の給与では十分ではなく、主婦が非正規のパート労働に出

る必要があり、学生のアルバイトも、就学中の所得保障の弱さを補うという意味があった。

しかしながら、現行の税制や社会保険は男性稼ぎ主が妻や子を扶養することを想定して設

計されており、妻や子の所得が一定水準を超えると、税制上の控除が受けられなくなったり、

社会保険における被扶養者の地位を失って保険料の拠出を求められる。つまり、家計を補完

するために稼がざるを得ないが、稼ぎすぎても損をすることになる。このことから、日本の

非正規労働市場の低賃金構造が生み出された。こうした構造は、今日、非正規労働者の増大

によって貧困や格差が増大しているとされる背景でもある。つまり、男性稼ぎ主の所得を補

完するための雇用条件が、家計の主な担い手の雇用条件になってしまったのである。その結

果、現役世代は大きな低所得リスクに直面するが、社会保障は人生後半に偏っているため、

28 所得の格差を 0から 1の間の数で表す数値。1に近いほど格差が大きい。 29 職業訓練、職業紹介、カウンセリングなど、失業者を積極的に仕事に就けていくための

政策のことで、失業手当の給付など直接には雇用につながらない消極的労働市場政策と区

別される。

24

現役世代への十分な支援は行われないのである[宮本太郎 2009:43-44]。

第 5 に、以上のような生活保障の仕組みを全体として捉えると、そこでは企業や業界ご

との雇用保障に、職域ごとに区切られた年金や健康保険が組み合わされて、「仕切られた生

活保障」ともいうべき形が出来上がっているという点を指摘できる。生活保障は、その仕切

りのなかで、公共事業予算を確保する族議員、弱い経営を守ってくれる所管官庁などの庇護

を受けながら実現していたのである[宮本太郎 2009:44]。

第 2節 若者の抱える現代社会のリスク

以上、日本型生活保障の 5 つの特徴を明らかにしたが、前節で述べた日本型生活保障に

は、3つの社会経済的条件がある。それは、①持続的な経済成長を背景とする完全雇用、②

豊富な労働力人口と低い高齢者比率という人口構造、③高い婚姻率・低い離婚率と男性世帯

主の賃金収入によって支えられた安定度の高い家族、である。この 3 つの条件が崩れたこ

とと、若者の新しい社会的リスクの出現は密接に関係している。それは、次の 3点で整理で

きる[宮本みち子 2015:5]。

第 1は、リスクの多様化である。現在、安定した雇用と家族を前提に安定していた社会保

障システムが機能しなくなっているため、従来からの疾病・老齢・失業というような典型的

なリスクに、社会保障の網をかぶせるだけでは十分とはいえない。つまり、若者が直面する

困難は従来の社会保障の枠を超えるものが多くなったため、社会保障システムは多様なリ

スクに対処することが求められている。この現象は今後も続くことが予想されるため、リス

クの固定化とみることもできる[宮本みち子 2015:5]。

第 2 は、リスクの階層化である。リスクに対処する力には社会階層によって歴然とした

差がある。若者によっては、生まれ育った家庭の社会階層とみてよいだろう。とくに、親の

仕事の不安定さが子供の成育過程に不利をもたらし、それが子どもたちの将来の不安定雇

用につながるという貧困の世代間連鎖が生まれ、子ども世代でより悪化している。なかでも、

高学歴社会のなかで、義務教育のみで、または高校中退で学校を去る者は、過去とは比べも

のにならないほど不利な状況に立たされている[宮本みち子 2015:5-6]。

第 3は、リスクの普遍化である。生活の安定を担保していた完全雇用と、稼ぎ手としての

男性世帯主がいる核家族という構造が不安定になったことが、成人期への移行のプロセス

にある若者にリスクをもたらしている。しかも、これらのリスクは幼少期に生じていること

が少なくない[宮本みち子 2015:6]。

このようなリスクをもたらす構造のなかで、学校から仕事へとつながる安定したトラッ

クから脱落した若者は、それ以後の人生トラックにおいて複合的なリスクをかかえる状況

に陥っている。

以上これまで、社会保障の弱さを明らかにしたが、次節では、国が保障する「健康で文化

的な最低限度の生活」のためにつくられた生活保護制度についても見ていきたい。

25

第 3節 生活保護制度と若者

生活保護制度とは、「資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困

窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を

助長する制度」である。厚生労働省が発表した 2015 年 10 月の速報値では、生活保護の被

保護実人員は 2,166,019 人、被保護世帯は 1,632,321 世帯で、保護率は 1.71%であった。

2011 年に過去最高を更新して以降、生活保護受給者および受給世帯は増加傾向が続いてい

るが、近年、国の財政悪化とともに費用の削減案が議論されてきた。実際に、自民党政権に

交代後の 2013年より生活保護基準の引き下げがなされ、引き下げ額は平均して約 6%、約

1000億円がカットされた[厚生労働省 HP;もやい 2015:29]。

ごく普通に生活していても、病気や事故、高齢や離婚などが原因で収入が減ることは誰に

でも起こりうることであり、また、社会の経済状況の悪化から失業するなど、外からの影響

で収入が絶たれることもある。生活保護制度とは、そのような生活に困窮し、一定程度以下

の収入や資産の状況に陥ってしまった場合に、誰でも利用できる最後のセーフティーネッ

トであり、4つの優れた点がある[高城 2014:16]。

1 つ目は、「権利」として生活保護の受給が保障されていることである。生活を維持でき

なくなったとき、一定の条件を満たせば権利として利用できる。2 つ目は、「無差別平等原

理」に基づいていることである。生活保護申請にあたり、生活困窮に陥った原因は問われず、

原因が病気であっても失業であっても保護の対象になる。また、生活困窮の状況も問われず、

住居を失っていても、収入を得ていても対象となり、困窮の状況に応じた保護が受けられる。

3 つ目は、憲法に明記された生存権の保障に基づいていることである。「健康で文化的な生

活」を保障するため、生活保護費では生活費だけでなく医療や介護、教育などにかかる費用

も必要に応じて保障される。4つ目は、「最低生活の保障」だけでなく、「自立の助長」を制

度の目的としていることである。この二本柱を掲げていることは、単に金銭面で生活保護か

らの脱却を目指すのではなく、その人らしく社会生活に参加できるようにサポートするた

めの制度であることを示している[高城 2014:16-17]。

しかしながら、この生活保護制度には多くの問題点が指摘されており、捕捉率30に注目す

るとその問題点が見えてくる。表 5 を見ると分かるように、日本の捕捉率は各国に比べ低

く、15~30%にとどまる。言い換えれば、70%の人は漏給31の状態であるといえる。

30 制度を本来利用できる人のなかでどのくらいの人が実際に利用しているかの割合。 31 本来なら生活保護を支給されるべき人に支給がなされないこと。

26

表 5 各国の公的扶助利用率・捕捉率の比較

日本 ドイツ フランス イギリス スウェーデン

人口 1億 2700万人 8177万人 6503万人 6200万人 942万人

生 活 保 護

利用者数 216万人 794万人 372万人 525万人 42万人

利用率 1.6% 9.7% 5.7% 9.27% 4.5%

捕捉率 15.3~32% 62.6% 91.6% 47~90% 82%

(出典)認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015 『貧困問

題レクチャーマニュアル』P.34より抜粋。

この捕捉率の低さには次のような理由がある。

1 つは、生活保護利用を恥ずかしいと思ってしまう、近所の人に知られたくないなどの、

恥の意識や偏見が、本人や周囲の人、社会全体に根強いスティグマ性32をもたらす点である。

本人がどれだけ努力しても貧困に陥る社会構造があるにもかかわらず、日本では自己責任

論が根強いためである[もやい 2015:34;朝日新聞 2016.9.17]。

2つ目は、扶養義務の問題で、家族や親族に知られたくない、迷惑をかけてしまうと思い

申請をためらってしまうことである。生活保護を申請すると、扶養照会といい、家族や親族

に「あなたを養えないか」という連絡がいく。そのため、家庭事情などによりどれほど生活

が苦しくても申請に消極的になる人が多くいる[もやい 2015:34]。

3つ目は、申請時の福祉事務所による「水際作戦」である。厚生労働省は各自治体に対し

窓口での運用を指導しており、生活保護の相談に訪れた人がいれば、適切に制度の説明を行

い、制度利用に向けて援助・誘導していくことが望ましいとしている。しかし、「まだ若い

から生活保護は利用できない」、「家族がいる場合は実家に帰る決まりになっている」、「住所

がない人は申請できない」などと言い、生活保護の申請を窓口で違法に妨げられることがあ

る。水際作戦が横行する背景には、生活保護のマイナスイメージの社会的浸透がある[もや

い 2015:34]。

生活保護といえば不正受給・暴力団といったアンダーグラウンドのイメージが広まって

いる他、生活保護受給者は税金を支払っていないのに、最低賃金で働くワーキングプア層や

年金生活者よりも所得が高いのはおかしいという「不公平感」、生活保護を受けるような人

間は「二等市民」であるという差別意識まで、生活保護に対するマイナスイメージの拡散は

幅広く多様な角度から展開されている。そして、このような市民感情を背景に、政府は生活

保護費の圧縮を計画しており、それが現場の締め付けに反映して水際作戦をもたらすとい

う悪循環をなしている[湯浅 2008:179]。

32 他者や社会集団によって、個人やある属性に対して押し付けられた負の烙印(レッテ

ル)のこと。押し付けられた側には、不名誉や屈辱の感情をもたらすほか、社会の中にそ

の人への差別的感情をもたらす。

27

4 つ目は、生活保護をめぐる誤解が多いことである。「持ち家だから無理」、「車を売らな

いといけない」、「若いから無理」など誤った知識や価値観にとらわれて制度利用をためらっ

てしまうことや、不正受給が多いとして制度や利用者全般に対するバッシングが起きてい

る。2012年にお笑い芸人の母親が生活保護を利用していたこと33が明らかになったことで、

後に判明した詳細によれば違法性は全くなかったにもかかわらず、国会でもそのことが追

及されるなど、マスコミによる報道で生活保護へのバッシングが過熱した[もやい 2015:

34]。しかし、本当に不正受給が横行しているのか。

表 6 不正受給件数、金額等の推移と不正内容(2009年度)

年度 不正受給件数(件) 金額

(千円)

1件当たりの

金額(千円)

2003 9,264 5,853,929 632

2004 10,911 6,203,506 569

2005 12,535 7,192,788 574

2006 14,669 8,978,492 612

2007 15,979 9,182,994 575

2008 18,623 10,617,982 570

2009 19,726 10,214,704 518

(出典)認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015 『貧困問

題レクチャーマニュアル』P.32より抜粋。

33 2012年春、高額所得者のお笑い芸人の母親が生活保護を受給していたことが、まるで

不正受給であるかのような報道がなされたことにより、謝罪会見や保護費返還を余儀なく

された。

内訳 実数(件) 構成比(%)

稼働収入の無申告 9,891 50.1

稼働収入の過少申告 1,983 10.1

各種年金等の無申告 4,022 20.4

保険金等の無申告 742 3.8

預貯金等の無申告 483 2.4

交通事故等に係る収入の無申告 292 1.5

その他 2,313 11.7

計 19,726 100.0

28

厚生労働省の資料(表 6)によると、2009年の段階で、不正受給は全国で 1年間に 19,726

件、金額でいうと約 102 億円である。これは、生活保護にかかる費用全体から見るとわず

か約 0.38%である。件数自体は増加傾向にあるが、これは生活保護利用者の総数が増えて

いるためで、1件当たりの金額はむしろ減っている。

また、不正の内容に関しては、収入の無申告や過少申告が 8割を占めている。この無申告

や過少申告には、意図して悪意を持って行った不正受給と、単に忘れてしまったというもの

や、申告34をしなければいけないことを知らなかった、間違ってしまったといった悪意のな

いものとが含まれている。例えば、障害を持つ人が作業所で働いた工賃を申告しなければい

けないと知らずに不正受給となってしまったり、母子世帯で母親が生活保護利用中である

と子どもに伝えておらず、子どもがアルバイトで得たお金を申告しなかったという事例な

どは、悪意ある「不正受給」とは一線を画す[もやい 2015:33]。

これらはいずれも、生活保護や社会保障の仕組みへの正しい知識や、私たち一人ひとりが

持っている権利に対する理解が不足していること、また社会全体がそれを共有できていな

いところからきていると考えられる。

終章 おわりに

第 1節 各章概要

本論文では、若者の貧困の実態、特に若者ホームレス・ワーキングプアに視点を置くこと

で見えてくる日本の貧困問題とその課題について考察した。

第 1 章では、貧困基準と日本における貧困の現状を明らかにした。貧困ラインとして

主要だと考えられている、主観的な貧困、絶対的貧困、相対的貧困の定義を述べた上で、生

活保護基準を下回る状態で生活することが日本における「絶対的貧困」となることを示した。

さらに、社会状況の変化と貧困の移り変わりにより、貧困が若年層にも拡大していることを

述べた。また、ホームレスとワーキングプアに着目し、貧困が拡大している現状は経済構造

から生み出されるもの、予測不可能な生活の変化から生み出されるものと、2つの要因が確

認されると述べた。

第 2 章では、高度成長期から現在に至る若者の立場の変化と、現在弱い立場にある若者

の実態を明らかにした。高度成長期の若者は、正社員として就職し、終身雇用と年功序列に

よる昇進ができ、相対的に「強者」であった。しかし、1990 年代初めにバブルが崩壊して

以降、労働市場が悪化し、若者の社会的地位とライフコースは大きな変容を遂げ、「若者問

34 生活保護利用中は、給料の金額、一時的なアルバイトや仕送り、ネットオークションな

どで品物を売った収入も原則として申告しなければならない。

29

題」が浮き彫りになった。そこで、ホームレスとワーキングプアの実態を、若者に視点を置

き追究した。

第 3章では、前章までに明らかにした「若者問題」に対して、政府によるこれまでの若者

支援政策と民間支援団体の活動例を見ていった。政府の政策による若者支援の活動例とし

て、「地域若者サポートステーション」を取り上げ、若者に対しての支援は、特に大きな効

果の見込まれる重要なものであると述べた。さらに、貧困研究で提言されている「若者移行

政策」の観点から、民間団体による支援の活動例をいくつか紹介した。

第 4 章では、本来機能すべき社会保障制度は現状に見合っていないものとし、日本型生

活保障の特徴を明らかにした上で、その特徴が若者の現代社会のリスクを抱える原因にな

っていると述べた。また、捕捉率の低さに注目して生活保護制度の問題点を指摘し、日本の

社会保障の弱さと、若者が制度を利用しにくい現状を明らかにした。

第 2節 結論

「男性は正社員として、終身雇用と年功序列により昇進でき所得が保障される企業に就

職し、女性は家で家事と育児に専念する。そして、社会保障は、男性が働けなくなった、人

生後半部分の年金制度や介護保険制度といったところに集中する」というものが日本の社

会システムである。言い換えれば、社会保障が人生後半に集中していることで、若者や現役

世代を対象とする社会保障制度が十分にないということになる。

しかし、本論文で何度も述べているように、1990 年代初めにバブルが崩壊して以降、労

働市場が悪化した結果、若年雇用問題が深刻化した。就職先が決まらず、フリーターになる

者が増加したり、働くことができたとしても派遣などの非正規雇用により不安定化した若

者が増加した。このような不安定化した若者とそうでない者とを比較した場合、もちろん前

者の生涯所得は後者に比べ低くなる。個人による税や社会保障費用の支払いも減少する。さ

らに、生活保護を受けた場合も考えると、国の財政負担は増大する。つまり、近年の「若者

問題」を放置してしまうと財政は悪化し、国民の生きる基盤を整え、社会が上手く回る仕組

みは崩壊するだろう。

そこで重要なのは、不安定化した若者への「投資」であると考える。若者や現役世代を対

象とする社会保障制度を充実させ、若者が利用しやすい支援サービスを確立させるべきで

ある。例えば、ヨーロッパのいくつかの国で行われているような、低賃金の社会住宅の供給

や、低所得者向けの住宅手当、公的家賃保障などにより住宅保障を充実させ、若者の貧困や

自立、世帯形成の困難に対応するといったものである[宮本みち子 2015:245]。また、

日本はとくに若者への経済給付の制度が確立していない。政府は最近になりようやく、大学

進学者を対象とした、返還不要な給付型奨学金を本格的に導入することを決めたところで

ある。さらに、今年 12月 2日に成立したばかりの休眠預金活用法に注目したい。この法に

より、公益活動をする団体への助成や融資が行われることになるが、これを若者支援にも有

30

益に活用していくべきである。

これらの制度に加え、第 3 章 3 節で述べた若者移行政策にあるような社会政策を充実さ

せ、若者が力強く生きるための基盤ができるまで、社会全体で支える仕組みを確立させるべ

きである。現在、少子高齢化や財政難が深刻化しているが、人生前半期の社会保障を充実さ

せるといったことは、第 4章 2節で触れたような若者の社会的リスクを減らすことになり、

結果的に将来の日本社会の担い手を確保する「投資」となるのである。

最後に、近年の報道で子どもの貧困、ワーキングプア、老後破産といった言葉を耳にする

ことが増えている一方で、人々の日本における貧困への理解が不十分であると感じる。以前

から続く、生活保護受給者へのバッシングに加え、「貧困たたき」が近頃問題になっている。

例えば、今年 9月のNHKの「貧困」報道で、母子家庭の女子高校生がパソコンを買うお金

がないことや、進学を諦めかけていると伝える映像の中で、自宅にアニメグッズや高価な画

材が映っていたとして、散財しているのだから報道はやらせだと女子高校生への中傷が広

まったのである[朝日新聞 2016.9.14]。ここから分かることは、相対的貧困への理解が進

んでいないことや、格差が拡大する中で、人々の生活への不安が、公的支援を受けている貧

困層へのバッシングに繋がっているということである。こういった市民感情も相まって、公

的支援の利用を躊躇ってしまうのは、非常に悪循環である。貧困への理解のためにも、社会

保障の仕組みについての正しい知識や、私たち一人ひとりが持っている権利に対する理解

を学校教育の時点でより深く教えていくべきである。その中で、もし自分が困難な立場に陥

ってしまったときに、どう助けを求めるべきか、その窓口はどこなのかを早いうちに知るこ

とが大事である。

社会は全ての人々の支えで成り立っている。このことを再認識し、早急に「若者問題」へ

の社会整備を行い、それを利用した若者が将来の日本を担っていくことのできる社会をつ

くるべきである。

31

参考文献表

文献

・雨宮処凛・中島岳志・宮本太郎 他 2009 『脱「貧困」への政治』(岩波ブックレット

754)岩波書店

・飯島裕子・佐野未来(編)2010 『若者ホームレス白書:当事者の証言から見えてきた問

題と解決のための支援方策』特定非営利活動法人ビッグイシュー基金

・岩田正美 2007 『現代の貧困:ワーキングプア/ホームレス/生活保護』ちくま新書

・岩田正美 2011 「家族と福祉から排除される若者」 宮本みち子・小杉礼子(編)『二

極化する若者と自立支援:「若者問題」への接近』明石書店

・大津和夫 2011 「新たな社会保障に向けて:若者の生活を守るためには」宮本みち子・

小杉礼子(編)『二極化する若者と自立支援:「若者問題」への接近』明石書店

・門倉貴史 2006 『ワーキングプア:いくら働いても報われない時代が来る』宝島社新書

・門倉貴史・賃金クライシス取材班 2008 『貧困大国ニッポン:2割の日本人が年収 200

万円以下』宝島社新書

・佐藤洋作 2015 「学校から仕事への移行を支える:学び直しの場をつくる」宮本みち子

(編)『すべての若者が生きられる未来を:家族・教育・仕事からの排除に抗して』岩波

書店

・産経新聞大阪社会部 2008 『生活保護が危ない:「最後のセーフティーネット」はいま』

扶桑社

・社会的困難を抱える若者応援ネットワーク委員会 2014 『社会的不利・困難を抱える

若者応援プログラム集』認定NPO法人ビッグイシュー基金

・鈴木大介 2014 『最貧困女子』幻冬舎新書

・髙城一馬 2014 『よくわかる生活保護』文芸社

・特定非営利活動法人 TENOHASI 2015 『TENOHASI 地球と隣のはっぴい空間池袋

会報誌』No.31

・認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい(編)2015 『貧困問題レク

チャーマニュアル』認定特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい

・認定NPO法人ビッグイシュー基金(編)2015 『若者政策提案書:若者が未来社会をつ

くるために』認定NPO法人ビッグイシュー基金

・西川潤 2008 『データブック 貧困』(岩波ブックレット 730)岩波書店

・松下祥子・佐野未来(編)2012 『若者ホームレス白書2:他者とつながって生きられる

社会へ』特定非営利活動法人ビッグイシュー基金

・宮本太郎 2009 『生活保障:排除しない社会へ』岩波新書

・宮本みち子 2011 「若者の自立保障と包括的支援」宮本みち子・小杉礼子(編)『二極

化する若者と自立支援:「若者問題」への接近』明石書店

32

・宮本みち子 2015 「移行期の若者たちのいま」宮本みち子(編)『すべての若者が生き

られる未来を:家族・教育・仕事からの排除に抗して』岩波書店

・みわよしこ 2013 『生活保護リアル』日本評論社

・山田篤裕 2014 「日本の社会扶助:国際比較から観た生活保護基準の目標性」

山田篤裕・布川日佐史・「貧困研究」編集委員会(編)『最低生活保障と社会扶助基準:先

進8ヶ国における決定方式と参照目標』明石書店

・山田昌弘 2013 『なぜ日本は若者に冷酷なのか:そして下降移動社会が到来する』

東洋経済新報社

・湯浅誠 2008 『反貧困:「すべり台社会」からの脱出』岩波新書

・NHK スペシャル『ワーキングプア』取材班 2007 『ワーキングプア:日本を蝕む病』

ポプラ社

新聞記事

・朝日新聞 2015年 6月 30日(朝刊)「生活保護のこれから」

・朝日新聞 2015年 7月 3日(朝刊)「脱困窮 問われる自治体」

・朝日新聞 2016年 7月 10日(朝刊)「ひもとく子どもの貧困 乳幼児から親も含めた支

援を」

・朝日新聞 2016年 9月 14日(朝刊)「NHK報道めぐり貧困たたきなぜ起きた」

・朝日新聞 2016年 9月 17日(朝刊)「誰でもホームレスになりうる」

・朝日新聞 2016年 9月 28日(朝刊)「低年金 届かぬ生活保護」

・朝日新聞 2016年 10月 3日(朝刊)「生活保護の人と隠れた貧困層の深い溝」

インターネット資料

・NPO法人ブラスビート「http://blastbeat.jp/」2016年 11月 3日(最終アクセス)

・厚生労働省社会・援護局保護課「www.mlit.go.jp/common/001117458.pdf」2016年 10月

31日(最終アクセス)

・さいたまユースサポートネット「http://www.saitamayouthnet.org/」2016年 10月 26日

(最終アクセス)

・生活保護制度/厚生労働省

「http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seika

tuhogo/」2016年 10月 31日(最終アクセス)

・日本学術振興会「https://www.jsps.go.jp/」2016年 9月 14日(最終アクセス)

・一般社団法人自由と生存の家「http://freeter-jutaku.org/」2016年 10月 26日(最終アク

セス)