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6 *01 03 イの研究者を招へいして、エビの生態や飼育に必要な 塩分濃度や温度などの諸条件について指導を仰ぎ、そ の指標をもとに一歩ずつ開発を進めていった。例えば、 水質のコントロールでは、アンモニアや亜硝酸を濾過 材で取り除くが、きれいになり過ぎるとかえってスト レスになることがわかり、最適化に苦心した。また、 濾過材に有機物が濃縮される結果、ユスリカの大量発 生が起き、日に 1 kg もの量を処分していた時期もあっ た。施設内にはユスリカを食べるクモが増え、クモを 食べるカエル、さらにはヘビまでが現れてしまったと いう。 閉鎖循環式陸上養殖を実現させた“世界一”のデータ こうした課題1つひとつに向き合い研究を重ねるこ とで、不純物を取り除くフィルターや脱皮殻の自動収 集装置、酸素濃度管理を備えた閉鎖循環型システムを 構築することができた。高密度でもストレスを与えな い飼育方法は抗生物質などの薬品を一切必要としない。 自然に近い環境で波に揉まれて適度に鍛えられたエビ は、ぷりぷりと身が引き締まり旨味がある。このよう にして従来の養殖エビよりも高品質のエビを安定して 近年の魚食ブーム。海外でも健康食として脚光を浴び ている魚介類の生産は、畑作から植物工場へと次世代 農業が発展してきたのと同じように、環境非依存型の 漁業、つまり閉鎖循環式陸上養殖にシフトしつつあ る。世界初のエビの閉鎖循環式陸上養殖技術を確立し、 日本の陸上養殖の最先端を走る株式会社アイ・エム・ ティーの専務取締役の野原節雄氏と主任研究員の伊熊 公章氏に話を伺った。 魚食指向の中で高まる陸上養殖の重要性 現在主流となっている養殖方法は、海上のいけすな ど限られた空間で高密度に飼育する海面養殖である。 しかし、食べ残しの餌や排泄物、死骸等による水質悪 化を起こすため環境負荷が大きく、赤潮発生の原因と もなる。さらに高密度な飼育は魚病発生のリスクを高 めるため抗生物質等の薬を含む餌の使用が欠かせない。 魚食ブームと相まって、これら海面養殖の課題に対応 した、閉鎖循環式陸上養殖による新たな魚介類の生産 方法の確立と普及に寄せられる期待は大きい。 ゼロからのシステム開発 アイ・エム・ティーが陸上養殖の開発をするにあた りエビに着目したのは理由がある。日本は、世界第 2 位のエビの大量消費国であり年間約 25 万トンを消費し ているが、その約 9 割を輸入に頼っているため陸上養 殖で育てられた安心で安全な国産エビの需要が見込め ると考えたからだ。また、魚よりも成長が早いという メリットに加え、ウイルス性の病原菌をもたない稚エ ビの入手が比較的容易であることから、バナメイエビ を開発のターゲットとした。日本にはエビの陸上養殖 について十分な知識をもった研究者がいないなか、養 殖システムの開発はまさに手探りの状態だった。ハワ 世界初、エビ 閉鎖循環式 陸上養殖システム 株式会社アイ・エム・ティーの専務取締役 野原節雄氏(右)と 主任研究員 伊熊公章氏(左)。実証試験を終えたプラント第 1 号が稼働する妙高雪国水産株式会社にて。

世界初、エビ 陸上養殖システムimteng.co.jp/files/AgriGARAGE003.pdf*0103 7 供給することができるようになったのだ。これにより、 アイ・エム・ティーら(他、独立行政法人国際農林水

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イの研究者を招へいして、エビの生態や飼育に必要な

塩分濃度や温度などの諸条件について指導を仰ぎ、そ

の指標をもとに一歩ずつ開発を進めていった。例えば、

水質のコントロールでは、アンモニアや亜硝酸を濾過

材で取り除くが、きれいになり過ぎるとかえってスト

レスになることがわかり、最適化に苦心した。また、

濾過材に有機物が濃縮される結果、ユスリカの大量発

生が起き、日に 1kgもの量を処分していた時期もあっ

た。施設内にはユスリカを食べるクモが増え、クモを

食べるカエル、さらにはヘビまでが現れてしまったと

いう。

閉鎖循環式陸上養殖を実現させた“世界一”のデータ

 こうした課題1つひとつに向き合い研究を重ねるこ

とで、不純物を取り除くフィルターや脱皮殻の自動収

集装置、酸素濃度管理を備えた閉鎖循環型システムを

構築することができた。高密度でもストレスを与えな

い飼育方法は抗生物質などの薬品を一切必要としない。

自然に近い環境で波に揉まれて適度に鍛えられたエビ

は、ぷりぷりと身が引き締まり旨味がある。このよう

にして従来の養殖エビよりも高品質のエビを安定して

近年の魚食ブーム。海外でも健康食として脚光を浴び

ている魚介類の生産は、畑作から植物工場へと次世代

農業が発展してきたのと同じように、環境非依存型の

漁業、つまり閉鎖循環式陸上養殖にシフトしつつあ

る。世界初のエビの閉鎖循環式陸上養殖技術を確立し、

日本の陸上養殖の最先端を走る株式会社アイ・エム・

ティーの専務取締役の野原節雄氏と主任研究員の伊熊

公章氏に話を伺った。

魚食指向の中で高まる陸上養殖の重要性

 現在主流となっている養殖方法は、海上のいけすな

ど限られた空間で高密度に飼育する海面養殖である。

しかし、食べ残しの餌や排泄物、死骸等による水質悪

化を起こすため環境負荷が大きく、赤潮発生の原因と

もなる。さらに高密度な飼育は魚病発生のリスクを高

めるため抗生物質等の薬を含む餌の使用が欠かせない。

魚食ブームと相まって、これら海面養殖の課題に対応

した、閉鎖循環式陸上養殖による新たな魚介類の生産

方法の確立と普及に寄せられる期待は大きい。

ゼロからのシステム開発

 アイ・エム・ティーが陸上養殖の開発をするにあた

りエビに着目したのは理由がある。日本は、世界第 2

位のエビの大量消費国であり年間約 25万トンを消費し

ているが、その約 9割を輸入に頼っているため陸上養

殖で育てられた安心で安全な国産エビの需要が見込め

ると考えたからだ。また、魚よりも成長が早いという

メリットに加え、ウイルス性の病原菌をもたない稚エ

ビの入手が比較的容易であることから、バナメイエビ

を開発のターゲットとした。日本にはエビの陸上養殖

について十分な知識をもった研究者がいないなか、養

殖システムの開発はまさに手探りの状態だった。ハワ

世界初、エビの閉鎖循環式陸上養殖システム

株式会社アイ・エム・ティーの専務取締役 野原節雄氏(右)と主任研究員 伊熊公章氏(左)。実証試験を終えたプラント第 1号が稼働する妙高雪国水産株式会社にて。

Page 2: 世界初、エビ 陸上養殖システムimteng.co.jp/files/AgriGARAGE003.pdf*0103 7 供給することができるようになったのだ。これにより、 アイ・エム・ティーら(他、独立行政法人国際農林水

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供給することができるようになったのだ。これにより、

アイ・エム・ティーら(他、独立行政法人国際農林水

産業研究センター、独立行政法人水産総合研究センター

増養殖研究所)は、2009 年の第 7回産学官連携功労者

表彰において農林水産大臣賞を受賞した。

 実証プラント第 1号を導入している、新潟県にある

妙高雪国水産株式会社では「妙高ゆきエビ」が生産さ

れている。県内や都内の飲食店、さらには通信販売の

かたちで流通しており、陸上養殖生まれの「妙高ゆき

エビ」ファンを着実に獲得している。

 開発を始めてから 10年以上が経過した今も、より完

成度の高いシステムの構築に向けて意欲的に研究デー

タを蓄積し続けている。例えば、日に 4回の掃除によ

り得られる食べ残しや死骸量の日内変動のデータは、

陸上養殖だからこそ容易に手に入れられる貴重なもの

だ。同社の高い陸上養殖技術の裏には、“世界一”を自

負する質の高い様々な研究結果の積み重ねがある。現

在も、60万匹の稚エビのうち 30万~ 40万匹という出

荷効率を 45万匹まで上昇させることを目標に研究開発

が行われている。

広がる陸上養殖技術の可能性

 水をふんだんに使うイメージの陸上養殖だが、実は

牛や豚、鶏などの畜産や米や小麦といった畑作よりも

水の消費量が少ない食料生産技術であることに驚く。

牛枝肉1kgあたりに消費する水の量が 72,300 Lと試算

されるのに対して、陸上養殖エビ 1kgは 315 Lである。

野原氏のもとには、遠くアフリカからも技術指導の依

頼が届く。日本のODAで掘った井戸から高塩濃度の

水が出て飲用できないため、その井戸を利用して陸上

養殖による食料生産ができないかというものだ。この

ように、世界的な人口増加や魚食ブームが続くなか、

陸上養殖技術が魚介類の生産に不可欠な技術となるこ

とは間違いない。現在、陸上養殖単独ではイニシャル

コストが高く収益性の低いビジネスではあるが、かつ

て植物工場がそうであったように、6次産業化や観光

資源など他の目的も合わせて普及させていく段階にあ

るといえる。アイ・エム・ティーが構築してきた世界

初のエビの閉鎖循環式陸上養殖技術と世界一のノウハ

ウをもとに、そのハードだけではなくソフトも含めて

国内外へ展開されることが期待される。

特集:環境非依存型生産技術

▲株式会社アイ・エム・ティーの屋内型エビ生産システム(ISPS:Indoor Shrimp Production System)