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四川省ブン川地震における都江堰市内の断層近傍における被害と地盤特性 鍬田泰子 1 ,齊藤 1 ,宮田隆夫 2 ,洪 景鵬 3 ,付 小方 4 Yasuko KUWATA 1 , Sakae SAITO 1 , Takao MIYATA 2 , Jingpeng HONG 3 and Xiaofang FU 1 神戸大学大学院工学研究科 2 神戸大学大学院理学研究科 3 神戸大学都市安全研究センター 4 四川省地質調査院 2008512日に中国四川省で発生した汶 ぶん 川地震の震源断層は,四川省の四川盆地と龍門山の境界に沿 って3本の断層が並走する龍門山断層(帯)といわれている.龍門山断層(帯)に隣接する都江堰市内に も断層が横断していると考えられているが,現在の活断層地図には断層線は描かれておらず,今後これら の調査が急務であるといえる.本研究では,地震後に被害の集中した地域を対象に地震被害の現地調査と 表面波探査を用いた地盤調査を行った.とくに,都江堰市北側では,地層が破砕されていることが確認で き,被害の帯の延長には世界遺産である都江堰公園につながっていることが確認できた. キーワード:汶川地震,表面波探査 1.はじめに 20085121428分(中国現地時間)に中国四川省 汶川県(Wenchuan)で汶川地震が発生した.震源断層は, 四川省の四川盆地と龍門山(Longmen shan)の境界に沿っ 3本の断層が並走する龍門山断層(帯)である.龍門山 断層とは別に並走・斜交する断層がこの断層周辺に多数存 在し,それらの断層でも今回の地震において断層による地 表変位が現れたことが確認されている.龍門山断層(帯) に隣接する都江堰(Dujiangyan)市内にも断層が横断して いると考えられているが,現在の活断層地図には断層線は 描かれておらず,今後これらの調査が急務であるといえる. これまで活断層の評価手法としてはトレンチ調査のよ うな地質・地形学的な方法が中心であったが,近年では人 工振動源を用いた地下構造の反射探査,電磁気的方法によ る地下の比抵抗探査といった物理学的な手法も取り入れ られている. 著者らは2009621日から27日までの期間において, 中国四川省地質調査院と神戸大学との共同研究のもとで 都江堰市内にある断層を特定することを目的に地盤探査 を行った.現地調査では,表層20m程度の浅層地盤のS速度構造を調査できる表面波探査と表層10m程度の浅部 地下構造を電磁波の反射から調査できる地中レーダ探査 を同じ測線上でそれぞれ測定した.都江堰では北側の山地 境界と西側の山地に近い平野部を中心に行った.また,彭 州市の白鹿鎮や小魚洞鎮でも2m近くの地表断層変位が観 測された地域 1) でも同様に調査を行っている 2),3) .本稿では, 断層近傍の被害と地盤構造について現地調査から得られ たことを整理するとともに,都江堰市内における表面波探 査の測定結果について述べる.また,表面波探査による断 層評価の適用性について明らかにすることを目的とする. 2.汶川地震の概要 汶川地震の震源位置は北緯 30.986°,東経 103.364°であ り,震源深さは 19km と比較的浅い 4) .地震のマグニチュ ードは Ms8.0Mw7.9USGS))であり,死傷者は四川省 を中心に死者約 69,195 人,負傷者 374,177 人,行方不明者 18,403 人(以上,2008 6 30 日現在)と報告されてい 5) .本地震は 1970 年に約 20 万人の死者を出した海原 Haiyuan)地震(マグニチュード 8.6), 1976 年に 24 2 千人の死者を出した唐山(Tangshan)地震(マグニチュー 7.8)に次いで,過去 100 年間に中国で発生した甚大被 害地震の一つとなった. 龍門山断層(帯)は,四川盆地とチベット高原との地形 境界を形成しており,断層の幅は約 60km である.四川盆 地の南西側には康定断層(帯)がほぼ南北に延び,チベッ ト高原の東縁を限っている.後者は長さ 1,400km にも及 ぶ横ずれ断層で,青海省から四川省を通って雲南省まで伸 びている 6) .図 1 に示すように康定断層(帯)でマグニチ ュード 7 以上の歴史地震が多発しており,龍門山断層(帯) よりも活動度は高いため 7) ,四川地域では主に康定断層 (帯)に注目して地震動危険度評価が進められてきた.し かし,龍門山断層(帯)周辺でも 1933 年にマグニチュー 7.5 の地震, 1973 年に松藩でマグニチュード 7.2 の地震 が発生しているので地震のない地域ではない. 3.都江堰市内の調査地域 都江堰市は本地震の震源断層である龍門山断層(帯)に 隣接した大都市である.図 2 に示すように地震断層の周辺 には多くの断層が存在している.龍門山断層(帯)は横す べり成分をもつ逆断層であり,断層帯中央にある北川-秀断層(BYFBeichuan-Yingxiu fault)と並走する汊旺断 第3回近年の国内外で発生した大地震の記録と課題に関するシンポジウム 47

四川省ブン川地震における都江堰市内の断層近傍における被 …library.jsce.or.jp/Image_DB/eq04-07/proc/02002/2010-0047.pdf(帯)に注目して地震動危険度評価が進められてきた.し

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四川省ブン川地震における都江堰市内の断層近傍における被害と地盤特性

鍬田泰子1,齊藤 栄

1,宮田隆夫

2,洪 景鵬

3,付 小方

4

Yasuko KUWATA1, Sakae SAITO

1, Takao MIYATA

2,

Jingpeng HONG3 and Xiaofang FU

1 神戸大学大学院工学研究科 2 神戸大学大学院理学研究科 3 神戸大学都市安全研究センター 4 四川省地質調査院

2008年5月12日に中国四川省で発生した汶ぶん

川地震の震源断層は,四川省の四川盆地と龍門山の境界に沿

って3本の断層が並走する龍門山断層(帯)といわれている.龍門山断層(帯)に隣接する都江堰市内に

も断層が横断していると考えられているが,現在の活断層地図には断層線は描かれておらず,今後これら

の調査が急務であるといえる.本研究では,地震後に被害の集中した地域を対象に地震被害の現地調査と

表面波探査を用いた地盤調査を行った.とくに,都江堰市北側では,地層が破砕されていることが確認で

き,被害の帯の延長には世界遺産である都江堰公園につながっていることが確認できた.

キーワード:汶川地震,表面波探査

1.はじめに 2008年5月12日14時28分(中国現地時間)に中国四川省

汶川県(Wenchuan)で汶川地震が発生した.震源断層は,

四川省の四川盆地と龍門山(Longmen shan)の境界に沿っ

て3本の断層が並走する龍門山断層(帯)である.龍門山

断層とは別に並走・斜交する断層がこの断層周辺に多数存

在し,それらの断層でも今回の地震において断層による地

表変位が現れたことが確認されている.龍門山断層(帯)

に隣接する都江堰(Dujiangyan)市内にも断層が横断して

いると考えられているが,現在の活断層地図には断層線は

描かれておらず,今後これらの調査が急務であるといえる. これまで活断層の評価手法としてはトレンチ調査のよ

うな地質・地形学的な方法が中心であったが,近年では人

工振動源を用いた地下構造の反射探査,電磁気的方法によ

る地下の比抵抗探査といった物理学的な手法も取り入れ

られている. 著者らは2009年6月21日から27日までの期間において,

中国四川省地質調査院と神戸大学との共同研究のもとで

都江堰市内にある断層を特定することを目的に地盤探査

を行った.現地調査では,表層20m程度の浅層地盤のS波速度構造を調査できる表面波探査と表層10m程度の浅部

地下構造を電磁波の反射から調査できる地中レーダ探査

を同じ測線上でそれぞれ測定した.都江堰では北側の山地

境界と西側の山地に近い平野部を中心に行った.また,彭

州市の白鹿鎮や小魚洞鎮でも2m近くの地表断層変位が観

測された地域1)でも同様に調査を行っている2),3).本稿では,

断層近傍の被害と地盤構造について現地調査から得られ

たことを整理するとともに,都江堰市内における表面波探

査の測定結果について述べる.また,表面波探査による断

層評価の適用性について明らかにすることを目的とする.

2.汶川地震の概要 汶川地震の震源位置は北緯 30.986°,東経 103.364°であ

り,震源深さは 19km と比較的浅い 4).地震のマグニチュ

ードは Ms8.0(Mw7.9(USGS))であり,死傷者は四川省

を中心に死者約 69,195 人,負傷者 374,177 人,行方不明者

18,403 人(以上,2008 年 6 月 30 日現在)と報告されてい

る 5).本地震は 1970 年に約 20 万人の死者を出した海原

(Haiyuan)地震(マグニチュード 8.6),1976 年に 24 万 2千人の死者を出した唐山(Tangshan)地震(マグニチュー

ド 7.8)に次いで,過去 100 年間に中国で発生した甚大被

害地震の一つとなった. 龍門山断層(帯)は,四川盆地とチベット高原との地形

境界を形成しており,断層の幅は約 60km である.四川盆

地の南西側には康定断層(帯)がほぼ南北に延び,チベッ

ト高原の東縁を限っている.後者は長さ 1,400km にも及

ぶ横ずれ断層で,青海省から四川省を通って雲南省まで伸

びている 6).図 1 に示すように康定断層(帯)でマグニチ

ュード 7 以上の歴史地震が多発しており,龍門山断層(帯)

よりも活動度は高いため 7),四川地域では主に康定断層

(帯)に注目して地震動危険度評価が進められてきた.し

かし,龍門山断層(帯)周辺でも 1933 年にマグニチュー

ド 7.5 の地震,1973 年に松藩でマグニチュード 7.2 の地震

が発生しているので地震のない地域ではない.

3.都江堰市内の調査地域 都江堰市は本地震の震源断層である龍門山断層(帯)に

隣接した大都市である.図 2 に示すように地震断層の周辺

には多くの断層が存在している.龍門山断層(帯)は横す

べり成分をもつ逆断層であり,断層帯中央にある北川-映秀断層(BYF:Beichuan-Yingxiu fault)と並走する汊旺断

第3回近年の国内外で発生した大地震の記録と課題に関するシンポジウム

47

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層(HF:Hanwang fault)が滑動したといわれている.し

かし,都江堰市内を通る図 2(a)の地殻断面線 AB の断面図

(図 2(b))8)から分かるようにこれらの断層に並走する安

具-灌具断層(AGF:Anxian-Guanxian fault)は基盤部で重

なっており,逆断層成分を持っている. これまで中国における断層図では,都江堰市内に横断す

る断層線は描かれていなかったが,断面図からも都江堰付

近では龍門山断層帯の安具-灌具断層が走向していると考

えられる.とくに,この安具-灌具断層は逆断層構造であ

ることから平地から斜面に変わる地形の境界周辺で現わ

れ,白亜紀,ジュラ紀の下にある三畳紀の地質とジュラ紀

または白亜紀の地層が隣接し,平面的には断層を境に地層

図 1 中国における地震活動歴(過去 4,600 年)7)

(a) 龍門山断層(帯)と都江堰周辺の地殻断面線 AB (灰色線:2008 年の汶川地震断層,星印:震央)

(b) 線 AB の断面図

(灰色線:2008 年の汶川地震断層,二重丸:震源,Pc:先

カンブリア時代の地層,Pz:古生代の地層,T:三畳紀の地

層,J:ジュラ紀の地層,K:白亜紀の地層)

図 2 都江堰周辺の断層と断面図 8)

が逆転している現象がみられる.図 3 には都江堰周辺の地

質図 9)を示している.都江堰の北側ならびに西側の斜面地

で白亜紀(K)とジュラ紀(J)の地層が隣接する周辺に

図 2 に示す安具-灌具断層が地表に現れる箇所があると考

えられる. そこで都江堰市内で現地踏査を行い,表層の地盤変位も

しくは断層と考えられる地域として,図 4 に示す南西部の

南華村(Nanhuacum),北部の都江堰の堰近傍で測線を決

定した.今回の調査で用いた表面波探査装置は応用地質

(株)の McSEIS-SXW10)である.調査した測線は表 1 に示す

5 カ所 7 測線である.測線は地域によって D1~D5 の測線

番号を与えている.24 個のジオフォンを測線上に固定展

開した 46m の測線が 4 本あり,12 個のジオフォンを移動

展開させた測線が 3 本ある. 図 5,図 6 に都江堰市南西部,北部の調査箇所の概略図

を示している.図中の D1~D5 は測線番号である.市内南

西部にある南華村では地震後に地盤の隆起が見られた 3地点で表面波探査を行った.測線 D1N(D1 の北(North)),測線 D1S(South)は隣接する測線であり,D4 は南華村の

仮設住宅内に位置する.都江堰市北部では世界遺産である

都江堰の堰近傍 2 地点で測線 D3N,D3S の表面波探査を

行った.測線 D3N,D3S の東側でもアスファルト路面に

亀裂が入り,低層住宅の村が壊滅的な被害を受けていた.

また,建設中の RC 構造物が大きな被害を受けていた金叶

宴では 2 地点で測定し,測線 D2,D5 が斜面に対して平行

な位置に設定した.

図 3 四川省龍門山断層周辺の地質図 10)

図 4 都江堰市内の調査地域の場所

チベット高原

康定断層(帯) 震央

四川盆地

龍門山断層(帯)

AGF; Anxian-Guanxian fault,

PGF; Pengxian-Guanxian (Pengguan) fault,

HF; Hanwang fault, BYF; Beichuan-Yingxiu

fault, LF; Longquan fault, MWF; Maosian-Wenchuan

(Maowen) fault, PQF; Pingwu-Qingchuan

fault

都江堰市内の北側と

の西側にあるジュラ

紀(J)と白亜紀(K)の

地層

K J

48

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表 1 測線概要

N ED1N 南華村1 46 30°58’10.5” 103°35’33.3”D1S 南華村2 46 30°58’10.5” 103°35’33.3”D4 南華村仮設住宅 72 30°58’38.1” 103°35’47.4”D3S 都江堰1 46 31°00’26.4” 103°36’29.5”D3N 都江堰2 46 31°00’30.2” 103°36’25.8”D2 金叶宴1 92 31°00’36.4” 103°37’9.2”D5 金叶宴2 72 31°00’71.2” 103°37’26.6”

測線 観測箇所 探査距離(m)測線起点

図 5 都江堰市南西部(南華村)の測線

図 6 都江堰市北部(都江堰公園と金叶宴)の測線

4.都江堰市南西部(南華村)の調査結果

(1) 南華村(測線 D1N,D1S)

南華村は,都江堰市街地の外れにある農業集落である.

市街地の中層鉄筋コンクリート構造の住宅と比べ,平屋ま

たは二階建ての戸建住宅が多く,鉄筋コンクリート柱が入

っていない焼レンガの組積造住宅もある. 図 7 に調査箇所の概略図を示す.測線 D1N,D1S は舗

装されていない農道上にある.住民の話によると,地震時

には測線上に地盤の隆起や亀裂が見られた.地震から 1年が経ち,路面上の亀裂は埋め立てられていたが,測線

D1N の 40m の位置で道路を横断するように亀裂が入り,

わずかではあるが亀裂箇所周辺やさらに道路上の北側で

も山側が隆起していることを確認した.その延長線上では

西側に位置する住宅の基礎(A 点)にも亀裂が伸展し(写

真 1),1 階南側の部屋にのみせん断亀裂が入っていた.建

物のせん断亀裂の状況から,北側地盤が南側に押し出すよ

図 7 調査箇所(測線 D1N,D1S)

写真 1 住宅直下の亀裂 写真 2 地盤の隆起

(図 7中 A点) (図 7中 B 点)

写真 3 亀裂延長線上の 写真 4 風化による稜線の

住宅被害 沈降

写真 5 測線 D1N(0m 側から) 写真 6 測線 D1 探査

(A 点から)

うな力が加わったと考えられる.また,測線 D1N の東側

の畑 B 点にも地盤の北側が 30cm ほど隆起(写真 2)して

いた.この地盤の隆起は北東方向にも伸展し,50m ほど

離れた低層のレンガ組積造住宅も全壊していた(写真 3).一方で,亀裂が横断している住宅の南西方向延長線上(C点)では山の稜線が急激に沈降している(写真 4).地盤

隆起による亀裂の延長線上にあることから,延長線上に断

層があると仮定すれば,破砕帯のように風化しやすい地質

が間に入り込んでいる.そのため,山の破砕帯部分が先に

風化して形成された稜線であると考えられる.以上のこと

から,亀裂を横断するように,2 測線で表面波探査を実施

した(写真 5,6).測線 D1N,D1S の始点をそれぞれ

D1N-16m,D1S-28m の位置とし,測線の長さは 46m とし

た.また,測線上に見られた地盤の亀裂・隆起箇所はそれ

ぞれ D1N-40m,D1S-46m の位置である.

49

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測線 D1N,D1S の 2 次元の S 波速度構造を図 8,図 9に示す.位相速度分散曲線を比較すると,低周波数で位相

速度にややばらつきがあるものの,高周波数域ではほぼ同

じ形状をしている.S 波速度構造を比較すると 10m 以浅

の地盤ではほぼ同じ速度構造を有しているが,10m 以深

ではいずれの測線についても深度 12m 付近で測線の北側

で S 波速度の速い硬質地盤の層が隆起している.速度構

造の変化の位置は D1N-37~43m,D1S-47~63m の位置で

あり,調査で確認した測線上の地表地盤の隆起の位置とほ

ぼ一致している.地表で確認できた隆起変位は 20~30cm程度であるが,深度 12m 付近では 1,2m程の隆起である.

したがって,古い地層が隆起したまま地表に新しい地盤が

堆積した地盤構造であり,地震による地盤亀裂については,

元々速度の速い硬質地盤の層に断層により隆起しており,

今回の地震でも僅かであるが北側地盤が隆起して表層に

現れたものと考えられる.

(2) 南華村仮設住宅(測線 D4)

次に南華村の仮設住宅の測定場所について述べる.この

仮設住宅は,南華村の自宅被災住民のための住宅で,測線

23 21 19 17 15 13 11 9 7 5 3 1

Depth

(m)

17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59 61(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.12

0.16

0.20

0.23

0.27

0.30

0.34

Scale = 1 / 526

図 8 S 波速度構造(測線 D1N)

23 21 19 17 15 13 11 9 7 5 3 1

Depth

(m)

29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59 61 63 65 67 69 71 73(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.13

0.17

0.21

0.25

0.29

0.33

0.36

Scale = 1 / 526図 9 S 波速度構造(測線 D1S)

N

20m

開水路

仮設住宅

N5W

D4-197m

D4始点D4-0m

(N30°58'38.1'',E103°35'47.4'')

高速

道路

入口

段丘

D4-125m

D4-154m

D4-158mD点

測線D4

図 10 調査箇所(D4)

D1 の測定地点よりも北東(D4 地点)に位置する(図 5参照).元々,更地であった所に地震後に宅地が建設され

ている.調査地域の概略図を図 10 に示す.測定箇所に選

定した理由として,近年建設された高速道路の盛土が,測

線D1で観測された南華村で亀裂の延長線と交差する範囲

でのみ亀裂が入っていたこと(図 5 参照)が地元住民によ

って証言され,現地では補修した跡がみられた.また,仮

設住宅の西側に測線D1の地盤亀裂の延長線上にみられた

山の稜線の沈降部(写真 4)の方向に低い段丘(D 地点:

写真 7)があり,北側地盤が隆起していることから仮設住

宅内にも断層が通っているのではないかと考えられたた

めである.測線 D4 は N5W の方向に仮設住宅中央の舗装

道路に沿って設定した(写真 8).測線 D4 の始点(一般道

からの距離)を D4-125m,測線長を 72mとした.測線中

央(D4-154~158m)に開水路があり,その南側で(D4-162~167m)で軽微な地盤の隆起が確認できた. 図 11 に測線 D4 の S 波速度構造を示す.S 波速度構造

に顕著な地層の隆起は見られないが,隆起していた地盤で

175~180m にかけて基盤層でも隆起していることが確認

できた.測定現場は地震時には更地であり,測線上で地盤

亀裂等の被害があったことは確認できていない.また,測

線D1で確認できた地盤亀裂の延長線からは少し外れてい

ることから断層があるとは断定できない.ただし,段丘が

周辺にあることからも,表面波探査で得られた S 波速度

の地盤の変化は微地形による影響と考えられる.

5.都江堰市北部の調査結果 (1) 都江堰公園(測線 D3N,D3S)

世界遺産である都江堰では汶川地震により堰本体に被

害があったことは報告されていないが,公園内の廟や関連

設備が多くの被害を受けた.調査地域の概略図を図 12 に

示す.震災直後,公園内の中島の塀の一部(図 6 中の E点)に倒壊が見られ(写真 9),中島の 3m 近くある高さ

の石柱(図 6 中の F 点)が転倒していた.また,被害を

受けた塀や石柱とほぼ同一線上の G 点にある廟の建造物

が崩壊した(写真 10).その南側では長さ 2m を超える巨

石が落石していた.落石岩盤の周辺では,岩盤の地層が北

60°に傾斜していることからこの周辺に断層があること

が考えられる.そこで,周辺被害が集中していた廟の周辺

写真 7 道路(図 10D 点) 写真 8 仮設住宅内の測線 D4

からみた段丘 (0m 側から)

23 21 19 17 15 13 11 9 7 5 3 1

Depth

(m)

1 11 21 31 41 51 61 71(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.25

0.29

0.34

0.38

0.43

Scale = 1 / 58 図 11 S 波速度構造(測線 D4)

50

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で表面波探査を行った.廟の改修工事中で周辺が柵で覆わ

れていたため,工事中施設の内側と外側で測線を分けて測

線 D3N と D3S を設定した.測線の始点をそれぞれ

D3N-103m,D3S-1m とし,測線長を 46m とした.建物の

崩壊は D3N-103~121m の位置である. 測線 D3S,D3N の S 波速度構造を図 13,図 14 に示す.

測線 D3S では,測線周辺の山肌が滑った形跡もなく,測

図 12 調査箇所(測線 D3N,測線 D3S)

写真 9 塀の倒壊 写真 10 建物の倒壊

(図 6の E点) (図 6,図 11 の G 点)

23 21 19 17 15 13 11 9 7 5 3 1

Depth

(m)

1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.23

0.27

0.30

0.34

0.38

0.42

0.45

Scale = 1 / 526 図 13 S 波速度構造(測線 D3S)

23 21 19 17 15 13 11 9 7 5 3 1

Depth

(m)

1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41 45(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.24

0.28

0.32

0.36

0.40

0.45

0.49

Scale = 1 / 526 図 14 S 波速度構造(測線 D3N)

線上にも地盤の亀裂や隆起は確認できなかった.一方,測

線 D3N では廟の南端のあたり(D3N-144~148m)に比較

的柔らかい層が他の周囲と比べて厚く堆積している.測線

D3N-150m と D3S-0m の間には 6m があることから図 13の速度構造の右端から図 14の速度構造の左端まで 10mの

速度構造は評価できず欠けている.しかし,これらの地層

は連続していると考えれば,D3N-140~148m において S波速度の速い層が北側で隆起しており,断層があると考え

られる.また,表層は平坦で,周辺には歴史的な建造物も

あることから,S 波速度の速い層の隆起は古い時代におけ

るものと考えられる. (2) 金叶宴(測線 D2,測線 D5)

世界遺産である都江堰の堰近傍にある金叶宴は斜面地

に位置し,新築住宅の団地が建設されている.本地震によ

り建設中の 3 階建 RC 建築物に甚大な被害を受けた(写真

11).被害は震動の影響もあるが,地盤の不等沈下による

影響が大きいと考えられる.道路南側の平地にある既存住

宅地区と比べても本地域の被害は顕著であった. 図 15 に調査箇所の概略図を示す.急な斜面地に建築物

が建設されていることから,安定した基礎のために非常に

高い鉛直壁が斜面に沿って建設されている.現地調査によ

り被災構造物の鉛直壁背後にある基礎地盤(H 点)に北東

に 42°傾斜した三畳紀の砂岩層と黒色泥岩層とが露出し

ており(写真 12),さらにその南側 I 点では 3m 近くある

鉛直壁の直下に露頭している北に 42°傾斜した白亜紀の

鉛直壁

N

H

L

白亜紀地質

の露頭(I点)

J

K

鉛直壁

D2-28m

D2-120m

D5-102m

D5-30m

D2始点D2-0m

(N30°00'36.4'',E103°37'9.2'')

D5始点D5-0m

(N30°00'71.2'',E103°37'26.6'')

D5-40m

D2-75m

RC建物の被害

三畳紀の砂岩礫岩に狭在

する黒色泥岩

I

測線D2N34W

N52W

測線D5

N10W

20m

図 15 調査箇所(測線 D2,測線 D5)

写真 11 RC 造の被害状況 写真 12 三畳紀の砂岩礫岩

に挟まれる黒色泥

岩(H点)

写真 13 白亜紀の赤色砂岩 写真 14 測線山側の表層の

層の露頭(I点) 礫層(K点)

51

Page 6: 四川省ブン川地震における都江堰市内の断層近傍における被 …library.jsce.or.jp/Image_DB/eq04-07/proc/02002/2010-0047.pdf(帯)に注目して地震動危険度評価が進められてきた.し

写真 15 表層近くの黒色 写真 16 鉛直壁の前傾

泥岩(J点) (L 点)

24

20

16

12

8

4

0

-4

-8

Depth

(m)

29 39 49 59 69 79 89 99 109 119(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.24

0.27

0.30

0.33

0.36

0.39

0.42

Scale = 1 / 666 図 16 S 波速度構造(測線 D2)

地層(写真 13)が確認できた.また,写真 14,15 は K,

J 点における地盤掘削現場の地層を示しているが,いずれ

の地点も H 点と同様に砂岩礫岩の中に黒色泥岩が狭在し

ている.つまり,古い地層と新しい地層が逆転しているこ

と,地層が傾斜して破砕されていること,破砕帯に泥岩地

質があること,これらの 3 点から地層が破砕している地盤

境界地域には断層があると判断できる. そこで,斜面に沿って測線 D2 を取り,表面波探査を実

施した.測線長を 92m,始点を D2-28mの位置とした.ま

た,白亜紀地層の直上にある鉛直壁の位置は測線上で

D2-40m 付近である.次に,D2 に対して東側約 400m の位

置の道路斜面上に測線 D5 を決め,表面波探査を行った.

測線長は 72m,始点は D2-30m である.また,測線 D5-40mの位置(図 15 中 L 地点)には I 地点の擁壁とは別の鉛直

壁があり,現地観察時には前傾していることが目視で確認

できた(写真 16). 測線 D2,D5 の S 波速度構造を図 16,図 17 に示す.層

厚はやや異なるが,いずれの測線についても S 波速度の

値はほぼ一致しており,測線間において地盤構造に連続性

があることが確認できる.しかし,調査により確認した断

層面のような変化は表面波探査による S 波速度構造には

見られなかった.測線 D2 については黒色泥岩が確認でき

た位置に速度構造の変化が期待されたが,深度 22m まで

の S 波速度構造に顕著な地層の起伏は現れなかった.し

かし,測線 D5 では中央部分に硬い基盤層の起伏がみられ

た.測線 D2 は,黒色泥岩が見られた鉛直壁よりも河川側

にあり,測線の地表は目視した黒色泥岩の層よりも低いた

め,これらの破砕されている地盤がよく評価できなかった

と考えられる.しかし,表面波探査では小規模ながら地層

変位が読み取れるので,地形や現地の地盤の状態,地震の

被害などから総合的に判断して断層があると考えられる. 斜面上の建物が他の地域に比べて損傷していたことは,

不均質に混ざっている黒色泥岩によって地震時に地震動

が増幅する,もしくは部分的な地盤の変形・沈下により柱

が基礎に被害があったと考えられる.写真 11 の建築物被

害も写真手前側の地盤が沈下することにより,下層の柱が

損傷している. 南華村や都江堰でみられた表面波探査による速度構造

の変化は地中レーダ探査においても周辺地層に変化が見

られることが確認されており,今後はこれらの調査結果を

精査して分析していくことが必要である.

36

32

28

24

20

16

12

8

4

0

Depth

(m)

1 11 21 31 41 51 61 71(m)

Distance

Surface-wave method

(km/s)

S-velocity

0.21

0.24

0.26

0.29

0.31

0.34

0.36

0.39

0.41

0.44

Scale = 1 / 526 図 17 S 波速度構造(測線 D5)

6.結論 本研究では,中国汶川地震の震源断層近傍にある都江堰

市内の断層を特定することを目的に,表面波探査を用いた

地盤調査を行った.本稿の結論は以下の通りにまとめられ

る. 都江堰北側の金叶宴では地層が破砕され,その周辺で

地質が逆転していることからも断層があることが現

地調査で確認することができた.表面波探査において

は,S 波速度がやや速い層において上盤地盤が隆起し

ていることが確認できた.この延長線上には世界遺産

である都江堰があるため,今後も調査分析が必要であ

る. 都江堰南西側の南華村では,地盤の亀裂や隆起,建物

の倒壊などが空間的に直線上に発生し,S 波速度がや

や速い層において,北側地盤が隆起していることが探

査の結果から確認することができた. 今後は,表面波探査の結果だけでなく,地中レーダ探

査によって同じ測線の地盤構造を比較・検証していく

ことにより,とくに表層に断層変位が現れた地区の結

果についても検討していく予定である.

参考文献

1) 高田至郎,鍬田泰子,上野淳一,東俊司,劉中元,有村源

介:汶川地震における震源近傍の地表断層変位とライフラ

イン被害,建設工学研究所論文報告集,第 50 号,pp199-216,2008

2) 鍬田泰子,齊藤栄,武市淳,宮田隆夫,洪景鵬,付小方,

侯立玮:地表断層近傍の表面波探査による地盤構造 -中

国汶川地震の事例-,建設工学研究所論文報告集,第 51 号, pp.117-130,2009

3) Miyata, T., Hirai, A., Kuwata, Y., Hong, JP., Fu, XF., Hou, L.W.: Assessment of Hidden Fault, Using GPR and Surface Wave Methods, in Dujiangyan Scenic Area, Damaged in the Wenchuan Earthquake, China, AOGS2010,SE11-A008, India, 2010

4) USGS :http://earthquake.usgs.gov/eqcenter/recenteqsww/Quakes/us2008ryan.php, 2008

5) 中華人民共和国中央政府:地震の死者数,http://www.gov.cn/jrzg/2008-06/30/content_1031428.htm

6) 東京大学地震研究所:2008 年四川地震の速報,http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/topics/china2008/

7) China National Geography:中国国家地理,2008 年 6 月号 8) Miyata, T., Hong, J.P. and Fu, X.F., Ground-penetrating radar

imagery of the co-seismic rupture in Wenchuan Earthquake, Sichuan, China, AOGS2009, CD-Rom, 2009

9) 星球地図出版社・中国科学院地理科学与資源研究所編:汶

川地震区域簡明地図冊,地質構造,星球地図出版社,2008 10) 応用地質株式会社:高精度表面波探査マニュアル,2004

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