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1. はじめに コンピュータは我々の「創造性」を強化し得るのだろ うか。最近ではIBMのアプリケーション「シェフ・ワト ソン」が、ヒトの発想しえなかった料理のメニューを計 算・提示し、我々は料理のアイデアにおいて新たな気づ きを得ることができた。ヒトの「創造的な」仕事には、 多くのコストがかかる一方、コンピュータはデザインの 類型やバリエーション、あるいは複合した要素との組み 合わせや融合の検討を簡易化し得る。では「創造的な」 仕事のコストを低減させるインターフェースを提案する ことは可能だろうか。転じて、我々ヒトの「創造性」と される能力・性質は、提案するインターフェースを用い た作業・処理・そこから生じる結果から強化可能である のだろうか。本研究では、任意の対象のモノの新規的な 造形の生成を行うための、対話型遺伝的アルゴリズムを 用いたインターフェース(図1)を開発した。 2.「創造性」と対話型遺伝的アルゴリズム Csikszentmihalyiらは、「既成の意味にとらわれずに ものごとを見ることができる技能」を「知覚」という言 葉で説明し、ヒトの学習と進化に必要な「創造性」と位 置付けた* 1 。本研究ではこの論理に基づき「創造性」と いう概念を扱う。対話型遺伝的アルゴリズムは、「突然 変異」等、一部に乱数的処理が含まれ、これによるモノ の造形の生成の手続きは、偶発性にパターン創出を委ね るジェネラティブデザインの側面を見せる。しかし、イ ンターフェースが提示する個体、すなわちモノの造形に 対し、操作者が「適応度」を評価・入力するため、最終 的に出力される造形のパターンは全く偶発性に頼ってい るものではない。この一連の手続きを通し、 Csikszentmihalyiらの論じる「知覚」を、操作者に促す ことを目的に、対話型遺伝的アルゴリズムをインター フェースの処理に実装した。 3.「Project_IGA_type07_x」 「Project_IGA_type07_x」* 2 は、本論文で扱う、任意 のモノの新規的な造形の生成を行うために開発されたイ ンターフェースである。インターフェースの提示する仮 想空間において、対象のモノの造形を示す個体群は、「遺 伝子」配列に加え、その表現型として主に「肉」「関節」 の概念が付与された描画オブジェクトから構成され、個 体が「進化」を繰り返すことで造形の創出が行われる(図 2)。同アルゴリズムが用いられる代表的な芸術作品とし てKarl Simsの「Galápagos」* 3 があるが、そのシステム の個体の「進化」が、「小進化」的であるのに対し、本 研究のインターフェースでは、操作者にとって飛躍的な デザインを生成するため、個体の「進化」は「大進化」 1 対話型遺伝的アルゴリズムを用いた造形研究 Designing with Interactive Genetic Algorithm 5115E022-2 望月 純 指導教員 長 幾朗 教授 MOCHIZUKI Jun Prof. CHOH Ikuro 概要 : 本研究では、モノのデザインにおける初期の造形において、新規的な形態を創出をするためのインターフェース の開発を行った。開発したインターフェース「Project_IGA_type07_x」のシステムには、対話型遺伝的アルゴリズム が用いられており、乱数的な処理でもって造形を生成しつつも、その造形に対しヒトの感性による評価が取り入れら れ最終的な形態を決定していくものとなっている。インターフェースの提示する仮想空間において、対象のモノは「遺 伝子」とその表現型となる「肉」「関節」を持ち、「進化」を繰り返すことで、造形が創出される。 キーワード : ジェネラティブデザイン, 対話型遺伝的アルゴリズム, プロダクトデザイン. Keywords: Generative Design, Interactive Genetic Algorithm, Next Product Design. 図1. モノの造形を生成するインターフェース 「Project_IGA_type07_x」の「RATING」表示モード。椅子を生成中のもの。 図2. 個体(椅子)の「進化」 この例ではある程度椅子としての機能を期待する「突然変異」が設定されている。

Designing with Interactive Genetic Algorithm...Designing with Interactive Genetic Algorithm 5115E022-2 望月 純 指導教員 長 幾朗 教授 MOCHIZUKI Jun Prof. CHOH Ikuro 概要

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1. はじめに  コンピュータは我々の「創造性」を強化し得るのだろうか。最近ではIBMのアプリケーション「シェフ・ワトソン」が、ヒトの発想しえなかった料理のメニューを計算・提示し、我々は料理のアイデアにおいて新たな気づきを得ることができた。ヒトの「創造的な」仕事には、多くのコストがかかる一方、コンピュータはデザインの類型やバリエーション、あるいは複合した要素との組み合わせや融合の検討を簡易化し得る。では「創造的な」仕事のコストを低減させるインターフェースを提案することは可能だろうか。転じて、我々ヒトの「創造性」とされる能力・性質は、提案するインターフェースを用いた作業・処理・そこから生じる結果から強化可能であるのだろうか。本研究では、任意の対象のモノの新規的な造形の生成を行うための、対話型遺伝的アルゴリズムを用いたインターフェース(図1)を開発した。

2.「創造性」と対話型遺伝的アルゴリズム  Csikszentmihalyiらは、「既成の意味にとらわれずにものごとを見ることができる技能」を「知覚」という言葉で説明し、ヒトの学習と進化に必要な「創造性」と位置付けた*1。本研究ではこの論理に基づき「創造性」という概念を扱う。対話型遺伝的アルゴリズムは、「突然変異」等、一部に乱数的処理が含まれ、これによるモノ

の造形の生成の手続きは、偶発性にパターン創出を委ねるジェネラティブデザインの側面を見せる。しかし、インターフェースが提示する個体、すなわちモノの造形に対し、操作者が「適応度」を評価・入力するため、最終的に出力される造形のパターンは全く偶発性に頼っているものではない。この一連の手続きを通し、Csikszentmihalyiらの論じる「知覚」を、操作者に促すことを目的に、対話型遺伝的アルゴリズムをインターフェースの処理に実装した。

3.「Project_IGA_type07_x」  「Project_IGA_type07_x」*2は、本論文で扱う、任意のモノの新規的な造形の生成を行うために開発されたインターフェースである。インターフェースの提示する仮想空間において、対象のモノの造形を示す個体群は、「遺伝子」配列に加え、その表現型として主に「肉」「関節」の概念が付与された描画オブジェクトから構成され、個体が「進化」を繰り返すことで造形の創出が行われる(図2)。同アルゴリズムが用いられる代表的な芸術作品としてKarl Simsの「Galápagos」*3があるが、そのシステムの個体の「進化」が、「小進化」的であるのに対し、本研究のインターフェースでは、操作者にとって飛躍的なデザインを生成するため、個体の「進化」は「大進化」

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対話型遺伝的アルゴリズムを用いた造形研究 Designing with Interactive Genetic Algorithm

5115E022-2 望月 純 指導教員 長 幾朗 教授 MOCHIZUKI Jun Prof. CHOH Ikuro

概要 : 本研究では、モノのデザインにおける初期の造形において、新規的な形態を創出をするためのインターフェースの開発を行った。開発したインターフェース「Project_IGA_type07_x」のシステムには、対話型遺伝的アルゴリズムが用いられており、乱数的な処理でもって造形を生成しつつも、その造形に対しヒトの感性による評価が取り入れられ最終的な形態を決定していくものとなっている。インターフェースの提示する仮想空間において、対象のモノは「遺伝子」とその表現型となる「肉」「関節」を持ち、「進化」を繰り返すことで、造形が創出される。

キーワード : ジェネラティブデザイン, 対話型遺伝的アルゴリズム, プロダクトデザイン. Keywords: Generative Design, Interactive Genetic Algorithm, Next Product Design.

図1. モノの造形を生成するインターフェース 「Project_IGA_type07_x」の「RATING」表示モード。椅子を生成中のもの。

図2. 個体(椅子)の「進化」 この例ではある程度椅子としての機能を期待する「突然変異」が設定されている。

的である。モノの造形を「大進化」させるシステムは、William Lathamの芸術作品「Mutator」*4及び「Form Synth」*5の理論を基に実装した。そのため、個体の構成は改めて「ユニット組織」(図3)と定義される単位オブジェクトグループでまとめられ、それらに対応する「遺伝子」に、主に5種類の「突然変異」が一定の確率で生じることで、個体の造形は変化していく。当インターフェースにより生成されたモノの造形の例を図4に示す。当インターフェースにより生成される造形は、3Dプリント用ファイルにエクスポート可能であり、実空間で模型を 手 に 取 る こ と が で き る ( 図 5 ) 。 な お 、「Project_IGA_type03」のインターフェースでは、実寸大ペーパープロトタイピング用設計データもエクスポート可能(図6左)。

4.実験  「Project_IGA_type07_x」には、個体を突然変異させるにあたり、複数の突然変異率が設定パラメータとして用意されており、例えば、椅子の造形の創出を期待する場合には、どのような突然変異の組み合わせが有効かを検討する必要がある。組織の増加・変形・消失のランダムな変異に加え、椅子の例では、「地の適当な座標に向けて足の組織を発達させる」等のオプショナルな突然変異処理も有効にすることで、短時間で必要な、しかし操作者の想定の範囲から飛躍するような造形の創出を達成することができる。乱数的処理と連立し、ある程度期待

する造形の生成を促す処理の有効性を検討する実験が行われた。

5.デザインの原型として  インターフェースを用い生成されるモノのデザインは、そのまま完成型とするよりは、その造形から、前述の、操作者による「知覚」を必要とする。その意味で、生成される造形は、デザインの粗形・原型として扱う必要がある(図6右)。

6.参考文献 [1] Mihaly Csikszentmihalyi, Eugene Rochberg-Halton: モノの意味 大切な物の心理学 ; 誠信書房 , p230, p321 (2011).

[2] Daniel Shiffman: NATURE OF CODE Processing で始める自然現象のシミュレーション ; 株式会社ボーンデジタル (2014). [3] 若林恵 他 : WIRED Vol 20; コンデナストジャパン (2016). [4] Jean Baptiste de Panafieu: 骨から見る生物の進化 EVOLUTION; 河出書房新社 (2011). [5] Pamela McCorduck: コンピュータ画家アーロンの誕生 芸術創造のプログラミング; 紀伊國屋書店(1998).

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図3. 「遺伝子」とその表現型の「ユニット組織」 kMuscle, fMuscle, jointなど各名称はシステムが扱う描画オブジェクトの変数

名やプロパティ。連結したユニット組織群が個体の造形となる。

図4. 生成されたモノの造形の例 椅子、住空間、自動車(初期個体)のデザインの原型。

図5. 3Dプリントされた造形の例 椅子、スタンドライト。スタンドライトは「Project_IGA_type_03」のもの。

図6. デザインとしての応用 左は「Project_IGA_type03」を用いて生成された実寸大のスタンドライト。右は「Project_IGA_type07」を用いて生成されたソファのデザイン案スケッチ。

*1: Csikszentmihalyi 他. 「モノの意味 大切な物の心理学」. *2: C++ のソフトウェアフレームワーク「openFrameworks」を用いて作られたデスクトップアプリケーション. *3: Karl Sims. Galápagos(1997). 対話型GAを処理に用いたインスタレーション作品。コンピュータディスプレイの中で仮装生物が進化する. *4: William Latham. Mutator(1987-1990) . 仮装生物が進化する映像作品. *5: William Latham. Form Synth(1984). プリミティブ型の図形を一定のルールに基づき変形していく理論と絵画.