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127 施肥管理の異なる長期連用畑圃場における 土壌中炭素・窒素貯留量の推定と作物生産持続性の評価 Effects of different fertilizer managements on the carbon and nitrogen accumulationin the soil and crop production in the long-term experiments on uplands Achieving high productivity using organic manure as a source of N offers new soil management possibilities in intensive agriculture. Our objective was to study the growth response of winter wheat ( Triticum aestivum) to different fertilization regimes and soil fertilities in long-term experiments. Grain nitrogen concentration, a major determinant of grain quality in wheat, was exacerbated under intensive manure application. Our results suggested that too much organic manure was applied, i.e., more than was required to optimize grain nitrogen concentration, when manure application was designed to produce a grain yield equivalent to that in conventional fertilizer management. The experiments also suggested that the growth pattern of wheat under intensive manure application should be modified to favor biomass production during the post- anthesis stages. In order to confirm the above implication, we tested the effects of (1) crop thinning at heading and (2) double-row planting (compared with equidistant row spacing) on kernel weight and yield of modern Japanese wheat cultivars under different levels of soil fertility. Elimination of aboveground competition for radiation by thinning increased yield by up to 32%, mainly due to increased kernel weight. The result suggests that insufficient assimilation after heading is the major constraint on wheat yield potential in central Japan. Double-row planting increased kernel weight significantly (by 4%–10%) without yield loss, suggesting that the modification of planting geometry would partly improve grain quality of wheat under high soil fertility. 略 歴 カトウ 藤 洋 ヨウイチロウ 一郎 2002年3月 東京大学農学部卒業 2004年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科修士 課程修了 2005年4月 日本学術振興会特別研究員(DC2) 2007年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科博士 課程修了 博士(農学) 2007年7月 東京大学大学院農学生命科学研究科助教 共同研究者 森塚 直樹 (京都大学大学院農学研究科・助教) 田島 亮介 (東北大学大学院農学研究科・助教)

加藤 洋一郎asahigroup-foundation.com/academic/support/pdf/report/...2. Kato Y, Osawa M. Double-row planting increases kernel weight of winter wheat grown under fertile conditions

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施肥管理の異なる長期連用畑圃場における土壌中炭素・窒素貯留量の推定と作物生産持続性の評価

Effects of different fertilizer managements on the carbon and nitrogen accumulationin the soil and crop production in the long-term

experiments on uplands

Achieving high productivity using organic manure as a source of N offers new soil management possibilities in intensive agriculture. Our objective was to study the growth response of winter wheat (Triticum aestivum) to different fertilization regimes and soil fertilities in long-term experiments. Grain nitrogen concentration, a major determinant of grain quality in wheat, was exacerbated under intensive manure application. Our results suggested that too much organic manure was applied, i.e., more than was required to optimize grain nitrogen concentration, when manure application was designed to produce a grain yield equivalent to that in conventional fertilizer management. The experiments also suggested that the growth pattern of wheat under intensive manure application should be modified to favor biomass production during the post-anthesis stages. In order to confirm the above implication, we tested the effects of (1) crop thinning at heading and (2) double-row planting (compared with equidistant row spacing) on kernel weight and yield of modern Japanese wheat cultivars under different levels of soil fertility. Elimination of aboveground competition for radiation by thinning increased yield by up to 32%, mainly due to increased kernel weight. The result suggests that insufficient assimilation after heading is the major constraint on wheat yield potential in central Japan. Double-row planting increased kernel weight significantly (by 4%–10%) without yield loss, suggesting that the modification of planting geometry would partly improve grain quality of wheat under high soil fertility.

略 歴加カトウ

藤 洋ヨウイチロウ

一郎2002年3月 東京大学農学部卒業2004年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科修士

課程修了2005年4月 日本学術振興会特別研究員(DC2)2007年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科博士

課程修了 博士(農学)2007年7月 東京大学大学院農学生命科学研究科助教

共同研究者

森塚 直樹(京都大学大学院農学研究科・助教)

田島 亮介(東北大学大学院農学研究科・助教)

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1.はじめに

 農業が有する様々な機能が近年クローズアップされている。とりわけ炭素貯留および物質循環に対する役割に大きな期待が寄せられている。このような背景には、地球温暖化の進行から、各産業分野で温暖化対策を進める必要が生じていることがある(第1図)。このため、持続的農業の推進にあたって、農耕地の炭素貯留機能を向上する肥培管理を確立していくことが重要である。とくに堆厩肥等の有機物の施用は、土壌への有機炭素貯留の促進を通じて地球温暖化防止に有効であると考えられる。また、国内の窒素循環(マスフロー)をみると、化学肥料として年間49万トンの窒素が使用される一方、畜産廃棄物として年間61万トンもの窒素が排出され、環境への大きな負荷となっている。これらの窒素廃棄物を堆厩肥として農地へ積極的に還元していけば、効率的な窒素資源循環が期待できる。このように、化学肥料の施用を減らし、堆厩肥の適切な施用を推進することで、作物生産機能だけでなく、炭素貯留機能、物質循環機能など、農耕地が有する公益的機能の効果が総合的に高まると考えられる。

 

 しかし、堆厩肥施用を中心とする有機栽培や減化学肥料栽培を長期継続した場合、作物生産の安定性に関して注意が必要である。有機物の施用は地力増進に有効であると期待されるが、温暖化の下で生じる地温変動は、有機物分解および養分供給を不安定にし、作物の収量へ影響を及ぼす可能性がある。 コムギはイネ、トウモロコシと並ぶ世界の3大作物の1つである。我が国では、1960年代まで最大で80万ヘクタールの耕地で栽培され、自給率も40%程度であった。しかしその後栽培面積が急激に低下し、現在では自給率は15%以下である。我が国の食糧安全保障、品質面での食の安全、また農耕地の有効活用(耕地利用率の向上)のいずれをとっても、冬作物であるコムギの安定生産に関する研究が必要であると考えられる。 以上から、本研究では、日本の代表的畑土壌である黒ぼく土において、減化学肥料施用および堆厩肥施用を含む、異なる施肥管理の継続が土壌や作物へ及ぼす影響を明らかにするため、一連

第1図 1995年から2008年における冬季(12-2月)の地下10cmにおける平均地温の経年変化(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構)。近年では10年間で約1.7℃の冬季地温の上昇が認められる。

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の圃場試験を行った。加えて、温暖化に伴う温度環境変動下での持続的農業確立のため、堆厩肥施用下で(温度変動の影響の少ない)より安定的な作物生産をあげるための栽培方法を検討した。

2.異なる施肥管理下の黒ぼく土圃場の土壌化学性とコムギ生産性

 東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構(東京都西東京市)では、畑圃場(普通黒ぼく土・50 アール)において異なる施肥管理(堆厩肥施用(以下、OM区)、化成肥料多施用(慣行法;以下、SF区)、化成肥料半減(以下、LF区))を設計し、1993年よりコムギ(冬)―トウモロコシ(夏)輪作体系の長期連用試験を実施している(植物体残渣は全て持ち出している)(第1表)。また、2007年よりSF区の一部の区画では化成肥料の投入を停止した試験区を設けている(以下、NF区)。トウモロコシ供試品種はKD720(2009年まで)あるいはKD731(2010年以降)、コムギ供試品種は、きぬの波(2010年まで)あるいはさとのそら(2011年以降)である。各試験区の反復数を4として、各年11月中旬に80 kg ha-1の割合でコムギを播種した。

 本研究では3種の異なる施肥管理のフィールドから作土(0-20cm)を採取し、土壌化学性の分析を行った。すなわち、土壌サンプルを微粉砕後、乾式燃焼法により全窒素・炭素を測定し、さらに、基本的なパラメータ(EC、pH、硝酸態窒素、可給態リン酸、可給態窒素)については風乾砕土を用いて定法によって測定を行った。また、コムギ栽培期には定期的に地上部植物体サンプルを採取し、乾物重を測定するとともに、完熟期に収量および収量構成要素を計測した。さらに、2008-09年では、OM区の各反復中に、出穂期に中央の2条を残して隣接する両側2条を地際で刈り取った領域(2条×5m:間引き処理)を設け、登熟期間中の生育の推移を追跡したのち、完熟期に収量および収量構成要素を計測した。植物体は器官別に分けて微粉砕したのち、乾式燃焼法によりそれぞれの窒素含有量の計測を行った。 まず、土壌化学性の結果を第2表に示した。EC、pH、全窒素、全炭素、硝酸態窒素、アン

第1表 本研究の長期継続圃場試験における施肥管理の概要(1993年試験開始).

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モニア態窒素、無機態窒素、可給態窒素、可給態リン酸のいずれも、施肥管理によって異なる傾向を示した。EC、全窒素、全炭素、可給態リン酸については、OM区が最も高く、ついで、SF区、LF区の順であった。興味深いことに、pHは、堆厩肥施用によって上昇する一方、化成肥料の投入増加により低下する傾向が認められた。無機態窒素、可給態窒素についてはLF区とSF区で明瞭な差異は認められなかった。SF区と比較すると、NF区では、化成肥料の投入打ち切り後、CN比は上昇、可給態リン酸は減少する傾向が認められたが、無機態窒素、可給態窒素について違いは明らかではなかった。この結果、NF区では、化成肥料投入打ち切り後、コムギの生産量は急減していき、施肥中止後5年目では、対照と比べてバイオマス生産力が1/3となった。

第2表 土壌採取試料の化学性

第2図 NF区における化成肥料投入打ち切り後のコムギバイオマスの推移.

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 ところで、堆厩肥の連用によってOM区の土壌肥沃度が高まっていることはわかったが、必ずしもコムギの生産安定性向上や増収をもたらしたわけではなかった(第3表)。子実収量は、3 シーズンともSF区とOM区で差がなかった。OM区では乾物重がSF区より13-21%高かったが、収穫指数はSF区より13-25%低かった。OM区ではSF区より穂数、粒数は27-57%高かったが、1粒重はSF区よりも21-35%軽かった。3 シーズンの試験の結果、OM区では1粒重および収穫指数が収量制限要因であることが示された。また、OM区ではコムギ子実のタンパク含有率が不安定となりやすいことも明らかとなった(Kato, 2012)。家畜排せつ物(畜産廃棄物)由来の堆厩肥を積極的に用いて化学肥料施用を節減していくことは、資源循環型農業の要をなすが、高収量・高品質のコムギを安定的に達成するのは容易ではないことがわかった。

 一方で、OM区において出穂期に間引き処理を行った結果、粒数への影響はなかったが、1粒重は45%、乾物重は17%、収穫指数は20%増加し、子実収量は37%増加した(第4表)。このことから、登熟期間中のコムギの生育環境、特に群落内部の環境の改善は、粒重増加を通じて増収に寄与すると考えられた。有機物施用を主体としたコムギ栽培において高収量かつ高品質を達成するには、穂数・粒数の確保よりも出穂期以降の生長を高める栽培管理ないし品種選択が不可欠である。この傾向は、特に地力養分の発現が促進される温暖年・温暖化の下でより重要な課題となると推察された。

第3表 SFおよびOMにおける小麦の乾物重、収量および収量構成要素.

第4表 OMにおいて出穂期の間引きがコムギの乾物重、子実収量および収量構成要素に及ぼす影響(2008-09).

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3.暖冬化に対応した新しいコムギ栽培法の検討:播種列の配置が子実収量へ及ぼす影響

 2.において我々は、地球温暖化、特に冬季地温の上昇の結果、堆厩肥連用下の冬コムギの生育が過剰気味となり、収量が不安定となってきていることを示した。とくに麦粒の小粒化による品質劣化が著しく、温暖化に対応させて栽培法を改良し、開花後の群落微気象環境を改善する必要が示唆された。そこで過去2年間の予備試験において生育改善が期待される複2条植を取り上げ、OM区において、コムギを2通りの播種様式(慣行の条間30cm[1条植]・狭畦+広畦の組合せ[複2条植];播種量は80 kg ha−1)で栽培し、複2条植による収量と品質の改善効果を検証した(Kato and Osawa, 論文投稿中)。主要な生育段階でサンプリングを行い、植物体乾物重および器官別の窒素含有量を計測した。 複2条播によって、期待通り、OM区では最高茎数および出穂期の葉面積指数が抑制され、過剰な栄養成長と粒数を制御することができた。また、広い条間では群落下層まで日射が到達しており、開花直後は群落微気象環境が改善された(データ省略)。しかし、稈の屈地・湾曲のため、登熟中期には播種列の配置が植物群落内の光環境へ及ぼす影響は明確ではなくなった。この結果、播種列の配置の効果は、OM区における穂数および粒数の増減とシンク・ソースバランス(粒数とバイオマス生産量の関係)の改変による粒重の増減に限定され、収量は1条播、複2条播で違いはなかった

(第5表)。以上から、播種方法(播種列の様式・空間配置)によって、コムギの粒張りが良くなって1粒重が向上し、子実タンパク含有率が安定化する結果、コムギ品質が改善されることがわかった。一方で、栽培管理方法によるコムギの発育と収量形成の制御には限界があることがわかり(増収には寄与しない)、地力を高めた黒ボク土畑において高収量を達成するためには、強稈直立穂重型品種の開発が期待される。

×

第5表 施肥管理の異なる圃場において1条播、2条播したコムギ収量(2009-10年).

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4.黒ボク土畑の地力維持に関与する作物生育特性と土壌化学性

 これまで我々は、資源循環型農業における堆厩肥の積極的な活用と作物生産上の課題について検討してきた。しかし持続的作物生産を考えるとき、系外からのインプット(有機物や養分)の効果だけでなく、それぞれのフィールドにおける地力の持続性についても検討しなければならない。系外からのインプットが無い場合、収量の違いは作物生育のいかなる要因、また土壌化学性のいかなる要因の影響を強く受けるだろうか。2.において、我々は化学肥料投入の打ち切り後の黒ぼく土畑において、作物生産性と土壌化学性の経年変化を追跡した。興味深いことに、そこでは無施肥後3年目からフィールド内の作物生育の変異(バラつき)が顕著になっており、地力維持に関する土壌の性質が変化してきていると考えられる。ここでは、無施肥処理後4年目と5年目のフィールドにおいて、コムギ・トウモロコシの生産性の空間変異を解析するとともに、これに関する土壌要因を検討することを目的とした。この目的のため、NF区の中央の列において、6m間隔で合計11地点に定点目印を設置し、同一地点から継続的にコムギ(2010年・2011年)およびトウモロコシ(2010年)の収量を調査した。植物体サンプルは前述の方法で窒素含有率を測定した。また、同地点から作土層(0−20cm)の土壌を採取し、上記と同様に土壌化学性の分析を行った。さらに、2011年コムギ栽培では、それぞれの定点目印より80cm離れた地点にサブプロットを設け(以下、NF追肥区)、播種時に硫安で14 g m−2の窒素を与え、完熟期に収量を調査した。 コムギ、トウモロコシ栽培におけるNF区内の子実収量の空間変異の結果は第6表の通りであった。変動係数は極めて高く42-52%であったが、窒素追肥を充分に与えることでこの変異はほぼ消滅した(変動係数7%)。作物生育側の要因を見ると、コムギ、トウモロコシのいずれも、面積あたり粒数、窒素吸収量の変動係数が大きい一方、1粒重、子実窒素濃度の変動係数は小さく非常に安定した形質であった。このことから、系外からのインプットが無い条件では、地力のバラつきは子実品質よりも子実収量に強く反映されると考えられる。また、興味深いことに、コムギでは乾物重の変動係数が高く、収穫指数の変動係数は低いが、トウモロコシではその反対であった。これは、コムギでは地力のバラつきが植被率や栄養生長量に反映され、開花期(4月)までの生長量が収量に大きく影響していたのに対し、トウモロコシでは地力のバラつきが植被率よりも絹糸抽出期から開花期直後(8月)の生長量が収量に大きく影響していたためであった(データ省略)。 NF区内の子実収量や窒素吸収量の空間変異は、年次が異なっても(第3図)、また作物種や栽培季節が異なっても(第4図)密接に保たれていたことから、変異の要因は気象条件や植物に特異的な要因ではなく、土壌側にあると考えられた。さらに、窒素追肥を充分に与えたサブプロットの収量は、元々の収量の空間変異と全く関係が無くなったこと、無施肥プロットと追肥プロットにおける窒素吸収量の差(ΔN)は無施肥プロットの窒素吸収量と負の相関を示したことから(第3図)、土壌からの窒素養分供給に関する要因が、NF区内の子実収量の空間変異に関係していることが示唆された。しかし、土壌中全窒素、硝酸態窒素、アンモニア態窒素、無機態窒素、可給態窒素、可給態リン酸のいずれもNF区内の子実収量の空間変異を説明することはできなかった(データ省略;この点について解析を継続中であるが、土壌化学性をパラメータとした収量の空間変異を説明する回帰式は見つかっていない)。

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第4図 NF区内におけるコムギ収量とトウモロコシ収量の関係.

第3図 NF区内における生育量の年次間比較および追肥区と無追肥区の生育量比較.(A)収量、(B)窒素吸収量.ΔN;追肥区の窒素吸収量-無追肥区の窒素吸収量.

第6表 NF区における作物収穫量関連形質の空間変異。

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5.低投入農法における、農耕地の炭素貯留機能と作物生産機能の関係

 フィールドにおける地力の持続性については、土壌管理履歴の影響を強く受けることがしばしば指摘されてきた。とりわけ、堆厩肥などの有機物の施用は、地力の増進につながることが示唆されてきた。本試験地においても、堆厩肥を長期連用したフィールドでは、施用中止後の数シーズンにわたって、作物収量と窒素吸収量が高く保持され、土壌肥沃度が持続されることが示唆された(垣内洋次郎・山岸順子、東京大学、私信;2010年度日本作物学会講演会札幌大会で発表)。この原因として、堆厩肥中の有機物(炭素)が土壌の窒素供給量の持続性に影響を及ぼしたことが考えられる。そこで、我々は、化学肥料に代わる資材として、炭素/窒素比(CN比)の異なる有機物を投入し、その後の数シーズンにわたる作物生産へ及ぼす影響を明らかにするためのフィールド実験を設計した。投入窒素量と作物の持出し窒素量、土壌窒素量を長期的に観測することにより、耕地生態系における作物生産と窒素収支の関係を明らかにすることを最終的な目的とした。この目的のため、トウモロコシ―コムギ輪作体系の長期フィールド実験において、トウモロコシ栽培時(夏季)に、1)混合化成肥料(CN比0)、2)醗酵鶏糞(CN比8)、3)バーク堆肥(CN比35)を、全窒素含有量ベースでトウモロコシ収穫による持ち出し分と等量となるように窒素9gm-2を予め投入する試験区を設計した。対照区として、4)無作付(裸地)を設けた。以上の処理区で冬季にコムギ(供試品種・ユメシホウ)を無施肥で一様に栽培し、有機態炭素の投入が作物生産と窒素吸収量に及ぼす影響を検討した。もし農耕地の炭素貯留機能が生産持続性へ影響を及ぼさないのであれば、処理によってコムギ収量に違いは無いはずである。 これまでに得られた結果では、夏季にバーク堆肥を投入すると、夏季のトウモロコシ生育に土壌窒素飢餓の影響が出るだけでなく、その残効は冬季のコムギ栽培まで続くことがわかった(第5図)。興味深いことに、夏季に無作付とすると、窒素補填をしていないにもかかわらず、コムギの収量は窒素補填を行った化成肥料区の収量と同等となった(第5図)。すなわち、コムギ収量から判断すると、夏季に休閑することにより(メカニズムは不明であるが)少なくとも9gm-2の窒素投入分に相当する土壌養分供給が起こったことが示唆された。このように、農耕地の炭素貯留機能と作物生産機能の関係は作付体系や有機物投入の影響を強く受けると考えられ、地力発現パターンの耕種的制御が持続的農業におけるキーポイントとなるであろう。今後もフィールド実験は継続して行い、同一処理を数年以上継続して行うことで経年効果を検証していく予定である。

第5図 夏季の栽培管理および施肥管理が冬季のコムギ栽培における収量に及ぼす影響.休閑;夏季無作付、化成肥料・鶏糞・バーク;それぞれ、窒素9g m-2

に相当する量の化成肥料、鶏ふん、バーク堆肥を夏季に投入してトウモロコシを栽培.窒素補填;コムギ栽培時に、夏季のトウモロコシ栽培での窒素持ち出し分の量を硫安で補填、窒素無補填;無施肥でコムギを栽培.

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6.低投入型持続的農業の今後に向けて:農耕地の全フローラを有機態炭素として活用するモンスーンアジア型資源循環農法の提案

 地球温暖化対策の点から、近年、農耕地の炭素貯留機能が注目を集めている。環境保全型農業の展開においても、農耕地の炭素貯留機能を向上させる栽培管理を確立することが期待されている。このような問題意識の下、本研究では黒ぼく土の長期試験圃場において、堆厩肥の継続的な投入が土壌化学性や作物の生産安定性へ及ぼす影響の観測を行った。 ところで、農耕地への有機物投入は単に炭素貯留量を高めるだけなく、土壌を介した炭素・窒素循環の促進によって生態系の物質循環機能を高めている。一般に、有機態炭素に富む土壌では、土壌微生物量やその活性が高い傾向にあり、土壌炭素・窒素のターンオーバーは早まる。すなわち、窒素などの必須元素が「作物への養分」として働くのに対し、有機態炭素は土壌の新陳代謝を高める

「土壌への養分」としての役割が期待される。このように農耕地における有機物投入の意義は盛んに強調されてきたが、今後の課題はこれをいかに持続的な形で行うか、すなわち、系外からの人為的な投入を最小限にした自立的な資源循環農法をいかにして実現するか、ということである。 今日広まっている持続的農業の原型は、三圃式農法に代表される、ヨーロッパの伝統的畑輪作体系にある。そこでは冷涼乾燥気候のため資源循環が活発ではなく、系外からの有機物投入(家畜排泄物)が不可欠であった。これとは対照的な農業を、熱帯/温帯湿潤気候において全フローラを資源循環に活用するゼロインプットの焼畑農法に見ることができる。ゼロインプットでも耕地生態系の炭素貯留機能・物質循環機能を高めるためには、“雑草”として扱われる半自然植生の管理方法が鍵を握る。すなわち、雑草を単なる生物的ストレス因子とは見做さず積極的に活用できるのではないだろうか。これは、温暖湿潤のため高い雑草バイオマスが期待出来ること、また四季が存在するため、草種間のフェノロジーの違いを利用した雑草管理が出来ることという、モンスーン性温暖気候条件においてこそ成立する発想である。系外からの投入が無い場合、収穫物の分だけ農耕地からの資源損失は避けられない。しかし、ゼロインプットの究極的な持続的農業とは、物質移動を出来るだけ静めるのではなく、逆に大気―植物―土壌間の資源循環を活発にすることで系内外の物質収支の均衡を保ち、生態系の変化に対するレジリアンスを高める動的な農法であると我々は考える。低投入型の持続的農業において、農耕地の全フローラを有機態炭素として積極的に活用するモンスーンアジア型資源循環農法に新たな可能性があるように思われる。

7.謝 辞

 本研究の遂行にあたり、東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構技術部に協力を頂いた。本研究の一部は、アサヒビール学術振興財団研究助成金によって行われた。ここに記して謝意を表する。

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8.発表文献リスト

1. Kato Y. 2012. Grain nitrogen concentration in wheat grown under intensive organic manure application on Andosols in central Japan. Plant Production Science 15, 40-47.

2. Kato Y, Osawa M. Double-row planting increases kernel weight of winter wheat grown under fertile conditions in Japan. Field Crops Research 論文投稿中.

3. 加藤洋一郎 2011. 播種列の配置が黒ボク土畑におけるコムギの子実収量へ及ぼす影響:出穂期間引き処理による潜在的効果の推定と実際の効果.日本作物学会紀事80(別1):290-291.

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