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卒業論文 インドの債務児童労働 20627214 谷田川あゆみ 牧田東一ゼミ 1

卒業論文 インドの債務児童労働...第1章 インドの児童労働の実態 本章では、インドの債務児童労働についての概要とその発生原因を明らかにしていく。

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Page 1: 卒業論文 インドの債務児童労働...第1章 インドの児童労働の実態 本章では、インドの債務児童労働についての概要とその発生原因を明らかにしていく。

卒業論文

インドの債務児童労働

20627214 谷田川あゆみ 牧田東一ゼミ

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Page 2: 卒業論文 インドの債務児童労働...第1章 インドの児童労働の実態 本章では、インドの債務児童労働についての概要とその発生原因を明らかにしていく。

目次 序 章 ・・・・・・3 ページ 第 1 章 インドの児童労働の実態 1 節 インド債務児童労働について ・・・・・・4 ページ 2 節 債務児童労働の分野と影響 ・・・・・・6 ページ 3 節 債務児童労働発生の原因 ・・・・・・8 ページ 第 2 章 インド債務児童労働に対する取り組み 1 節 インド政府の取り組みと成果 ・・・・・・12 ページ 2 節 国際機関の取り組みと成果 ・・・・・・14 ページ 第 3 章 NGO と企業の取り組み 1 節 日本 NGO の取り組み ・・・・・・16 ページ

2節 現地での取り組み ・・・・・・18 ページ 3節 企業の取り組み ・・・・・・23 ページ

終 章 ・・・・・・27 ページ

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序 章 筆者が児童労働に興味を持ち始めたのは、高校生の頃に「JICA」という雑誌で児童労働

について読んだことがきっかけであった。それから、途上国の状況を自分の目で確かめた

い、児童労働について学びたいという思いで、2008 年の 2 月にインド国際協力研修に参加

した。実際に働いている子どもたちと深く話すことは出来なかったが、研修中様々な場所

で、物乞い、売り子、レストランの掃除をしている子どもたちを見かけた。事前に勉強し

てきているにも関わらず、子どもたちを目の当たりにして衝撃を受けた。日本の子どもと

インドの子どもとの差に愕然とし、インドの子どもたちが、子どもらしい生活をしている

とは思えなかった。 このような経験から以前より一層児童労働に興味を持ち、講義を受ける中で、インドは

児童労働が も多い国で、1100 万人~1億人以上とも言われていることを知った。その中

でも強制労働、人身売買、子ども買春、子ども兵など、 悪の形態の中で労働に従事して

いる子どもたちが存在し、精神的にも肉体的にも限界まで働かされている。先進国側がよ

り安価な商品や子ども買春を望むことが、途上国における債務児童労働や人身売買がなく

ならない1つの原因でもある。特に私たちの身近にある衣服、じゅうたん、サッカーボー

ル、シルクなどの製造過程に債務児童労働が関わっているかも知れないと学び、インドの

債務児童労働について詳しく調べていきたいと考えるようになった。 本論文のテーマである債務児童労働とは、借金返済のために子どもを奴隷状態で働かせ

ることである。借金は子どもの親戚や親によるものが多く、1500 円~20000 円と小額で、

病気の治療費、結婚持参金などの他に、単に食べるために借金をしてしまう。子どもたち

は長時間にわたって働き、低い賃金と高額の利子のために借金を返し終わることはない。

インドには少なくとも 1500 万人の債務児童労働者がいると言われている。ほとんどの子ど

もは学校に行くことができないので読み書きすら出来ず、何らかの病気や障害に苦しんで

いるのが現状である〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:20-23〕。 筆者は論文を書く中で、インドの債務児童労働を詳しく考えていきたい。第1章では債

務児童労働の原因を供給側と需要側から考察していき、子どもたちが置かれている状況を

把握する。第 2 章ではインドの制度の実態を明らかにし、インド政府や国際機関等の取り

組みについて取り上げる。第 3 章では、NGO の取り組みと企業の取り組みについて考察し

ていく。 終的に、新しい取り組みとして企業と児童労働との関わりを基に解決方法を探

っていきたい。

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第1章 インドの児童労働の実態 本章では、インドの債務児童労働についての概要とその発生原因を明らかにしていく。 一言で児童労働といっても、各国によって「労働基準」「児童期」などの範囲は異なるた

め基準は定まっていない。そこで、まず第 1 節では、ILO の 138・182 号条約を基に、子ど

もの仕事・児童労働・ 悪な形態の児童労働を定義していき、債務児童労働の位置づけを

行なう。次に、第 2 節では、インドの債務児童労働が行なわれている分野と、そこで従事

している子どもへの身体的・精神的影響を明らかにしていく。第 3 節では、インドの債務

児童労働が発生する原因を明らかにする。債務児童労働の原因は多岐に亘り、複雑に絡み

合っている。特に、農村では伝統(カースト制度、土地)、貧困、債務労働は密接に関係し

ているが、どのような背景が存在しているのかを把握していく。また、雇用主、企業さら

にはインド及び全ての消費者が関わっており、今や児童労働は国際的な問題と言えよう。

インドに古くからある神話をとりあげ、インド市場、世界市場との関係から原因を把握し

ていく。 1.インドの債務児童労働について 1) 子どもの仕事・児童労働・ 悪な形態の児童労動

子どもの仕事 「子どもによって行われる仕事」と言っても子どもの成長の助けとなるような有益な仕

事もあり、18 歳未満のこどもによる仕事がすべて児童労働とされるわけではない。一般的

に、「子どもの仕事 Child Work」とは、成長過程に適した仕事をすることで責任感を養い

ながら、技術を身につけ、家族や自分自身の生活の糧を得ながら、自分たちの国の経済に

貢献していくような仕事をいう〔フリー・ザ・チルドレン・ジャパン HP 2008,10.9〕。ILO第 138 号条約においても、児童労働には、家や田畑での手伝い、小遣い稼ぎのアルバイト

などは含まれていない〔ILO HP 2008,10.9〕。 児童労働 「児童労働」とは、子どもによる容認しがたい形態をとる仕事のことであり、原則 15 歳

未満の子どもが、大人のように働く労働のことである。特に、「子どもの仕事」と異なる点

は、教育を受ける権利が奪われるだけでなく、子どもの健康面や、身体的、精神的発達を

阻害する危険性があるということだ。 ILOの第 138号条約では、児童労働の廃止を目的に、就業の 低年齢を 15歳としている。

(開発途上国の場合は、14 歳も可能)。 若者の健康、安全、道徳を損なうおそれのある職

業については、 低年齢は 18 歳に引き上げられる。軽い労働については、13 歳以上 15 歳

未満の者の就業を認めることができる(途上国の場合には 12 歳以上 14 歳未満)。児童労働

は、少なくとも鉱業・土石採取業、製造業、建設業、電気・ガス・水道事業、衛生事業、

運輸・倉庫・通信業、農業的企業など様々な場所で使用され、これらの分野に従事してい

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る子ども全てに適用される〔ILO HP 2008,10.9〕。このように児童労働は、過酷な労働

を家族と離れた場所で行うことによって、子どもの健康を損ね、教育機会を奪われ、彼ら

は子どもらしい生活を失ってしまう。

表1 ILO138号条約 が定める就業 低年齢 低年齢 簡易労働 危険な労働 15 歳 13 歳 18 歳

・ 義務教育修了年齢を下回

らない(原則) ・ 途上国は 14 歳とするこ

とが出来る

・ 途上国は 12 歳とするこ

とができる ・ 健康、安全、道徳が保護

され、適切な訓練を受け

る場合は 16 歳でも可能

(〔ILO 駐日事務所 HP 2008,10.9〕より筆者作成)

悪な形態の児童労働 も受け入れがたい児童労働として、「 悪の形態の児童労働」が挙げられる。 悪の形

態の児童労働とは、子どもの人身売買、子ども兵、奴隷労働またはそれに類似した行為 、子どもを利用した売春や不正な経済活動への使用、そして、有害労働が含まれている。こ

のような形態に従事する子どもは、健康はもちろん身体的にも心理的発達にも破壊的な影

響を及ぼし、生命の危険すら伴う場合もある〔OECD 2005 15-16〕。ILO の第 182 号は、

1999 年に採択され、165 カ国というとても多くの国が批准した。その中では、18 歳未満の

児童による 悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃を確保するための即時の効果的な措置を

求めている。 また、批准国には、決められた期間内に児童労働廃止に向けた措置を講じ

るよう求められている。さらに、条約の実施に伴い国際機関が監視するような仕組みを設

置することや、 悪の形態の児童労働を優先的に撤廃するための行動計画の作成・実施も

求められている〔ILO HP 2008,10.9〕。 ILO の統計によると、2000 年には約 2 億 4600 万人(5-17 歳)の児童労働者が存在し

ていたが、2004 年には約 2 億 1800 万人に減少している。しかし、依然として数は多く、

世界中の子どもの 6 人に 1 人が児童労働をしている計算になる。その内、危険で有害な労

働をしている子どもは 1 億 7100 万人(うち 15 歳未満:は1億 1100 万人)いるとされ、

無条件に 悪の労働をしている子どもは、840 万人に上る。あくまでもこの数値は控えめな

数値となっており、特に無条件に 悪の労働は低めに設定されている。信頼できない国の

数値は統計に入っていないため、実際はこの数倍とみることも出来るだろう。 地域別に見てみると、アジアが も多く1億 2230 万人、サハラ以南のアフリカでは 4930

万人、ラテンアメリカカリブ諸島 570 万人とされ、アジア周辺に児童労働が広がっている

ことが分かる〔ILO HP 2008,10.9〕。

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2)インドの債務児童労働債務 インドにおける債務奴隷の名称はいくつも存在しているが、ILO では「労働者が労働市場

に入る自由を持っていない奴隷形態であり、不特定の借金を長期間にわたって返済するた

めに行なわれていると定義されている。債務奴隷は労働者に対する支配とコスト削減のた

めに利用され続けている〔初岡 1998〕。

また、インドは世界で も多くの児童労働者がいる。その数は 6000 万から1億 5000 万

人とも言われている。特に、この中で親の借金により奴隷状態で働いている子どもたちは

少なくとも 1000 万~1500 万人存在するとされる。多くの債務児童労働者は、平均して約

35 ドルの借金と引き換えにされる。少額であっても、1ドル以下で生活している人が多い

ため、インドの貧困層はこの金額の融資を受けることで命を繋いでいる。困窮した人々は

地元の金貸しに融資を受けざる終えなくなる。金貸しは、借金の担保として、労働力(借

金した本人かその子ども)を差し出すように約束させ、前払い金を払う。 こうして、債権者(雇用主)と両親の双方によって債務労働・債務児童労働が作り出さ

れる。子ども自身は契約の際に意見を言うことはできず、親の言うことを受け入れるしか

ない状態に陥る。コントロールしやすく、安価な賃金で雇うことができる子どもを標的に

し、子どもは商品のように扱われてしまう。さらに、借金は一括で返さなければならない

ので、そのお金が貯まらなければ子どもが解放されることはない。子どもたちは借金のた

めに長時間、何年にもわたって働くことになり、労働に明け暮れ、教育の機会を奪われた

子どもたちは、成人しても貧しいままに置かれ、その子どもたちもまた働きに出なくては

ならない〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:45-51〕。 2. 債務児童労働の分野と影響 1) 債務児童労働の従事する分野 インドの大多数の債務児童労働者は農業分野に従事している。そのほかにも宝石加工や

カーぺット産業などの製造業でも多く見られ、性産業、レストラン、ドライブイン、喫茶

店、住み込みの家事手伝い等のサービス業などに従事している場合もあり、インドでは多

くの分野で債務児童労働が使用されている。 農業:農業分野は、他の産業をはるかに凌ぐ程の債務労働者が存在し、プランテーショ

ン、サトウキビ畑や穀物畑、牛や羊の世話など様々な場所で従事している。インドの労働

人口の約 64%、債務労働者の 85%、債務児童労働の 52~87%が従事しており、債務労働

の中でも農業分野の労働条件は極めて悪い。長時間労働できつい仕事にも関わらず報酬は

僅かである。また、インドでは、古くから農業分野と奴隷、また、農業分野とカーストが

密接に関係しており、依然としてカースト制度は農村に根強く存在している。 ビディー:ビディーはインド内で消費されているインド製タバコのことである。ビディ

ーはインドの重要な国内産品の1つでもある。ビディー産業の契約は一般の債務労働の契

約とは異なる。一般的に、地主(雇用主)が前払い金を支払うことで労働者から子どもを

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買う。しかし、ビディー産業では、児童労働を確保するための「前払い金」は、子どもの

労働を「利息」とするために使用される。 銀の装飾品:債務労働が行なわれる要因をとして、熟練の生産力の高い労働力を維持し

たいという雇用者の思惑がある。親方は、子どもたちが市場で稼げるように「訓練」をす

るとして、前払い金はすぐには渡されない。 合成宝石:近年 1987 年代に合成宝石産業が導入され、女性労働者が約 95 パーセント存

在し、その中には債務を伴っている女性も多い。特にイミテーション宝石産業の債務児童

労働者は、8000~1万人と言われ、ほとんどが低カーストの子どもである。雇用主は労働

者の財政的なニーズを利用すると共に、宝石市場を操作して儲けを得ている。 シルク産業(サリー等も含む):インドでは、世界第 2 位の絹の生産国であり、インド国

内でも重要な産業の 1 つである。この分野では雇われている児童労働者の内、債務を伴っ

ている子どもは 100%と言われている。シルクの生産工程(巻き取り、糸より、染色、機織

り)の全てにおいて債務児童労働者が関わっている。 皮製品:インドの革製品は、国内向けと輸出向けに生産されており、今や革製品は重要

な輸出品である。特に下請けの小さい工場や家で靴のパーツ作りをしている。少人数だけ

雇うことで規制を免れ、また、家族であると言うことで児童労働法から免れている。 カーペット:インドの高級カーペット製造には 30 万人の子どもが従事しており、その内

の 90%が債務労働者である。インドで も利益を得ているこの産業は、子どもたちの犠牲

の上に成り立っている。主に、出稼ぎ児童労働者、地元の債務労働者、賃金を得ている労

働者の3つに分類され、力づくや詐欺により誘拐され強制労働させられている子どもが多

くいると推測されている〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:91-181〕。 2) 子どもに与える身体的、精神的影響 子どもたちは、生理的・心理的に大人と異なるため、健康面において大人よりも一層敏

感であり、悪影響を受けやすい。また、子どもたちは精神的に未熟であるため、職業上のリ

スクについても認識が低い。子どもの健康と発達における有害な環境での影響は破壊的と

いえるほどで、身体的に負担のかかる仕事の影響、たとえば重たい荷物の運搬や不自然な

姿勢を強制される作業は、成長過程にある身体を永続的に歪めたり、機能不全につながる。 さらに、女子には 6 つの傾向があると指摘されている。1)男子よりも幼い年齢で働き始

める、2)同じ仕事に対して男子よりも賃金が低い、3)低賃金・長時間労働で特徴づけら

れる部門や分野に集中している、4)隠された規制の及ばない産業で働き、搾取や虐待にあ

いやすい、5)健康・安全・福祉の面で、過度に危険な産業に集中している、6)教育から

排除されるか、家事・学校・経済活動の三重の負担に苦しむとされている〔ILO HP 2008,10.9〕。

次に、分野別の身体的影響を挙げる。

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ビディー:長時間不自然な体勢でいるので、しばしば通常の成長を妨げる。成長が止まっ

たり、身体に歪みが生じたりする。その子どもが大人になると、体が弱っているために仕

事が限られてくる。腰の痛みと共に手や手首の痛みを伴う。一番の健康障害は肺の病気で

ある。結核、喘息、肺の障害などである。 銀加工:指、足、腕等の切り傷や火傷を伴い、また、チェーンを切る作業やはんだ付けは

何の防御するものもない中作業を行うため目にとても負担をかける。長期的には、結核、

身体の歪みを引き起こす。 合成宝石:視力のダメージが大きい。20 歳にもなると老眼のために眼鏡が必要になるとい

う。 シルク産業:熱湯に手を入れ続けるため、子どもの手は皮がむけ、ひび割れ、膿んだりす

る。皮膚の病気や呼吸器の病気に悩まされる。 カーペット産業:閉め切った環境と毛糸に触れ続けるために、皮膚や呼吸器の病気、目や

消化器の病気も蔓延している〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:91-181〕。 3.債務児童労働発生の原因 1) 貧困 貧困は債務児童労働の大きな要因でもあり、そのような労働を生み出す背景にもなって

いる。貧困層がお金を借りる手段はとても限られている。困窮した人々には、ローンを組

むための担保や保証すらないため、銀行や協同組合から資金を調達するのは難しい。公の

金融機関で借りられない場合、月 20%以上の利子を付ける地主、地元の金貸し、雇用主か

ら借りなければならない。債務労働の場合、さらに利率は高くなるが、労働よって支払わ

れるため、いっそう把握するのが困難になる。地主からの借金が返済不可能となった結果、

債務労働者となってしまう。さらに借金返済のため、子どもを債務労働者として働かせる

のである。インドの貧しい家庭では、子どもの収入を家計の補助的なものとして当てにし

ているため、子どもが働くことは珍しくない。 また、債務労働者は、わずかな賃上げ要求や劣悪な環境への要求といった取り組みでさ

え困難な状況にある。それは、そのような試みによって雇用主側が暴力的反応を示す結果

になるからである。雇用主の機嫌を損なうようなことをすれば、暴力を受けるだけでなく、

命の危険性もある〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004〕。

2) カースト制度 インドの農村を覆う貧困は、カースト制度と密接な関係がある。カースト制度とは、司

祭階層であるブラフラフマン、戦士階層であったクシャトリア、庶民(商人階層)のヴァ

イシャ、農民・職人階層のシュードラ、その下に不可避民であるアチュートといった被差

別カーストから成る身分制度のことである。紀元前 1500 年前にアーリア人から発祥したこ

の制度は、インドではヴァルナ制度と呼ばれている。この 5 つの身分は大枠であるため、

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実際には 2000~3000 のジャーティと呼ばれる集団に細分化されている。ジャーティは「生

まれ」を意味する言葉で、特定の職業を受け継ぎ、その集団の中で結婚でき、共に食事が

できる身分的社会集団のことを言う。現在の人口比率から、ブラフマン、クシャトリア、

ヴァイシャの上位のカーストが 20%、シュードラが 55%、被差別カーストが 25%となっ

ており、人口の約 80%の人々が差別され、貧困に陥っている[初岡・荒木 1997]。 現在、カースト制度はインドの法律で禁止されているが、低カーストの間では職業カー

ストの要素が根強く残っている現状である。指定カーストや指定部族に対しては、留保制

度といった政策で大学や公務員等に指定枠が設けられ、社会的地位を得る人も増えてきて

はいる。しかし、以前として農村地域では、差別や偏見が残っており、カースト制度が蔓

延している[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004]。このようなカースト制度が実際にはな

くならないために法が適用されず、債務児童労働がなくならないという実態は深刻な問題

である。

3) 奴隷制や土地制度といった伝統 インドには、歴史的な流れとしてカースト制度と共に土地制度や奴隷制といった制度が

とられ、その余波が現在にも根強く残っている。特に、カーストと土地制度は農村部では

密接に関係している。 そもそもインドでは、土地の実質的な所有者は耕作者であったが、イギリスの植民地化

に伴い、「地主=土地所有者」というザミーンダリー制が施行された。この制度によって少

数の大地主と大多数の土地なし農民というインド農村部の基本的な構造が形成された。シ

ュードラを労働力として、ブラフマン、クシャトリア、ヴァイシャ、の上位 3 カーストが

権利を持っており、地主的地位を固めていった。下位カーストの社会では、貨幣を使用せ

ず、直接物を交換しあうシステムを取っていた。しかし、植民地支配下の商品・貨幣経済

の浸透により、被差別カーストを含むジャーティは農業労働中心の生活に陥る結果となっ

た。さらに、農業に従事する労働者が増え、小作条件の悪化、報酬低下を招いた。このよ

うなカースト関係と土地制度により、両親の負債のために地主から奴隷として働かされる

者が増え、「債務労働者」が特異な問題として発生したのだった。 奴隷制が始まったのは、少なくとも 1500 年前だとされている。1843 年に反奴隷法が制

定されたが、奴隷という肩書きが永久債務労働者へ変わっただけであった。その後も、た

びたび法改正されてきたが、債務労働者も奴隷も、雇用主に対して服従しなければならい

点は変わらず、雇用主は、奴隷・債務労働者の家族への権力も握っていた。虐待・拷問の

対象になるのを恐れ、労働を拒否することもできない状況が 1500 年続いているのである。

現在では、奴隷禁止や債務労働を禁止する法ができ、低カーストや部族グループ等の NGO組織が反対する動きも出てきている。それにも関わらず、インド社会では、多くの人々が

債務労働をごく当たり前の働き方として認識している[ヒューマン・ライツ・ウォッチ

2004 52-53]。このような伝統意識が変化することが重要であると思われる。

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4) 教育 インドの憲法では 1900 年に 6 歳から 14 歳までを義務教育の年齢としている。つまり、

インドの子どもたちには、教育を受ける権利が国で補償されているということである。し

かし実際は、費用が払えない子どもがいたり、親が教育の必要性を感じないために行けな

い子どもたちが多く存在している。実際には子どもの約 50%は学校に通っていない。小学

校1学年に入学した子どものうち、男の子の約 50%、女の子の約 58%が、5 学年になるま

でにドロップアウトしてしまう。つまり、小学校 1 学年に入学した子どものうち、3 分の 1しか 8 学年に在学していないということになる。このようなことから、以前と比べれば改

善されてきているものの、一部の困窮した家庭では、学校に通わせることが困難になって

いるといえよう[ユニセフ子ども白書 2007]。特に長時間労働を強いられている場合、子ど

もは通学することができず、知識を得たり健全に成長する機会が奪われる事になる。それ

は、結局、重要な職種に就く事を困難にし、低賃金の職に就かざるおえなくなるため生活

基盤はよくならないという結果をもたらす。 また、親の教育の有無もとても重要な位置を占める。なぜなら、親が教育の重要性を理

解していなかったり、読み書きが出来ないために、契約書の内容を知る事もないまま子ど

もを労働へ追いやる場合も少なくないからだ。主に、貧困や教育を受けていないというこ

とから、そうするしか選択肢がない場合、様々な理由のために労働が子どもに悪影響を及

ぼすということを無視する場合、そして働かせることが子どもにとって良い事だと考えて

おり、子どもが悪条件の下従事していることに気づかない場合に、この親は子どもを雇用

者へと引き渡すと考えられている[OECD 2005:34]。

5) 身体的特徴・・・「器用な指先」といった神話 インドには、児童労働を正当化するような神話が多く見られる。このような神話が一般

的に広く信じられていることが、多くの児童労働者を生み出す要因の1つでもある。「子ど

もには小さく『素早い』指を持っているため、ある特定の職に就くのに適している」、「内

職を子どもが手伝うのは当然であり、望ましい」などさまざまな神話が語られている。例

えば、素早い指についての神話は、カーペット、シルク、ビディー、銀細工など産業でも

適用されている。子どもの小さく素早い指によって 高級の商品が作られるとされ、毛糸

の小さな結び目を結ぶことができ、茹でた繭から糸をうまく引くことができ、小さな銀の

花をハンダ付けすることができるとされている。児童労働者は従順で扱いやすく、安い賃

金で雇うことができるために、搾取しやすい。このような神話は、雇用主側に都合の良い

状況を作り続けている[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:55-56]。 6) グローバリゼーション

経済活動も児童労働に影響を及ぼすとされる。 2006 年のインドの総輸出額は 1280 億

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ドルで、GDP8,7%の伸びを達成し、続いて 2007 年の輸出額は 1 兆 5900 億ドルにも達し

た。今やインドは経済大国といっても過言ではない。しかし、目覚しい発展と経済成長の

中、インドの大多数を占める貧困・労働者階級がどのような恩恵を受けたかははっきりと

していない[外務省 HP 2008,10.27]ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004 45-46]。 特に、先進国の企業及び消費者さらにインド国内の企業や消費者は、より安いコストで

商品を求めようとするため、途上国で原料や部品を作っている従業員の賃金は低くなる。

このような、実態が今日の児童労働がなくならない1つの要因でもある。また、雇用主も

従業員をより低賃金で雇い、また、債務児童労働者を使用することで、自分の利益を増や

そうとする状況が未だに多く見られる。このようにして債務児童労働者が生産した製品は、

世界中で販売され、日本もけして他人事ではない[OECD 2005]。 特に、現在の世界労働市場は競争が激しく、企業は少しでも生産コストを下げようと

力を注いでいる。安い労働力の需要が高まり、先進国は、途上国への進出を進めている。

途上国内も、コスト削減のためより安価な工場に委託し、どんどんその商品の作られる

工程が複雑になってきている。このように、今や1つの商品を作るのに何カ国もの工場

を経由しているため、商品として出来上がったときには、児童労働の実態を把握するの

が困難になっていると言えよう。

7) 政府・農村による腐敗政治 インドでは、法律上債務児童労働は禁止されているにも関わらず、労働者が地元の警察

に訴えても雇用主から連絡があると強制的に送り返す。また、村では、逃亡したり、借金

を返済せずに働くのをやめれば罰金等を課す場合もある。このように、都市でも農村でも

地元の警察までも協力して債務児童労働を斡旋しているのである。つまり、インド全体に

おいて都市農村を問わず貧困層のための小規模融資がないこと、病気から守りうる社会福

祉制度が確立されていないこと、教育制度が義務化されておらず不平等であること、大人

の就職機会や生活費を得ることができないことといった、社会基盤をインド政府がきちん

と施行できていないことも要因の1つであると言えよう[ヒューマン・ライツ・ウォッチ

2004:140-142]。

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第 2 章 インド債務児童労働に対する取り組み

この章では債務児童労働に対するインド政府、国際機関の取り組みを取り上げ、どの

程度改善されてきたのかを検証していきたい。 1. インド政府の取り組みと成果 1)インド国内法 インドでは、古くから債務児童労働を禁止する法律が定められている。特に債務労働法

と児童労働(禁止及び規則)法は多くの債務児童労働者に対して適用されうるだろう。 まず、債務労働制(廃止)法とは、1976 年に制定され、インド内で続いてきた債務労働

制による負債協定や債務を廃止することを掲げている。労働者の債務状況として、名目賃

金とは 低賃金以下のもの、もしくは同一地域において同じ、または類似の仕事をしてい

るにも関わらず、 低賃金さえ貰えていない、また通常より低賃金しか支払われていない

ものと定義しており、子どもによるものも含めた全ての債務労働のことを指す。また、政

府の介入(労働者の解放、債務帳消し、協定の禁止、社会復帰等)も義務付けられている。 しかし、この法自体には、社会復帰がどういうものであるべきかは記されておらず、そ

の履行は州政府に一任され、全ては県行政長官により決定される。県行政長官は、自分の

担当県で起こる全ての債務労働の摘発、労働者の解放、労働に対する告発、借り入れ先の

保証を促す責任があり、県レベルでの監視委員会の設立と参加も求められている。さらに

加えて、行政や 50~60 に分かれる課を監督することも含まれている[ヒューマン・ライツ・

ウォッチ 2004 66,70-74]。 続いて、児童労働(禁止及び規制)法は 1987 年に制定され、2006 年に改正された。子

どもを「14 歳以下の者」と定義し、25 種類の危険な産業1での子どもの雇用を禁止または

労働条件を規制している〔ACEHP 2008,12.03〕。しかし、この法律は全ての児童労働を

禁止するものではなく、また、子どもの雇用 低年齢を決定づけるものでもなかった。 この法が遵守されるには、各州によって具体的な規則を制定する必要があるが、多くの

州では、何も実施されていないのが現状である。また、労働監督官に課された責任が重す

ぎることに加え、インドの工場と監督官たちの腐敗によって、違法な児童労働を削減する

ような期待は持てない。仮に監督が信頼できるものであっても、児童労働法には抜け穴が

1 ビディー巻き、カ-ペット織り、セメント製造、布地の印刷・染色・製織、マッチ、爆発

及び花火製造、マイカ切断と分割、シェラック製造、石鹸製造、皮なめし、羊毛洗浄、建

築・建設業、ストレート鉛筆製造、めのう製品製造、生産過程において有毒金属及び物質

を使用する産業、工場法第78条に規定される危険な作業、工場法第2条に規定される印

刷業、カシュー及びカシューナッツ加工、はんだ付け作業、鉄道輸送、燃え炭拾い、鉄道

構内における灰だめの清掃または建築作業、鉄道駅での呼び売り、港湾労働、爆竹及び花

火の販売[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:87]

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存在するために、法の適用を容易に免れてしまうのである。 例えば、全ての職場に対し特定の作業工程で児童労働を禁止しているが、「所有者が自分

の家族の手助けを得ている職場」は例外とされている。インドの児童労働の多くが農業や

家内工業に従事しており、雇い主の多くは自分の子どもと他の子どもとを一緒に働かせて

いる。したがって、この条件だけでも児童労働法の適用を免れることができるのである。 さらに、児童労働者の年齢証明についても 1 つの抜け穴となっている。通常子どもの年

齢を証明する義務は雇用主が負うとされているが、児童労働法の場合は州政府にその責任

を負わせており、労働監督官が医者と一緒に生産拠点を訪問し、査定しなければならない。

このような査定は稀であり、また、先ほどにも述べたように、医者、監督官自体が買収さ

れていることが多いとされている。 この 2 つの保護法に加え、同じような保護規定をふくむ児童(担保労働)法にも違反し

ている。その他にも、工場法、ビディー及び葉巻労働者(雇用条件)法、指定カースト・

部族残虐行為防止法、州間移住労働者(雇用規則及び使用条件)法、契約労働者(規制及

び禁止)法、 低賃金法、農園労働法、徒弟法、商店及び事務所法などが挙げられる[ヒュ

ーマン・ライツ・ウォッチ 2004:76-83]。

2)インド政府の政策 実際にインド政府が直接債務児童労働に取り組むことはなく、インド政府は主に児童労

働や債務労働に関するプログラムの立案、監督を行っている。その結果、債務児童労働は、

2 つの労働分野から抜け落ち、政府の文書・計画に含まれることがほとんどないのが現状で

ある。

児童労働に対する政策 初めて児童労働削減の具体的な目標を定めたのが、1994 年当時の P・V・ナラシマ・ラ

オであった。2000 年までに 200 万人の児童労働者を有害労働から減らすと表明した。 実施区域としては、11 州 132 県が選ばれ、全国児童労働局も設立された。この労働局の

活動として、特に危険な業種の児童労働への政策方針とプログラムの策定、モニタリング、

インド各省におけるプロジェクト実施調整といった機能が含まれている。プログラムの内

容としては、参加した子どもの各家族へ 100 ルピーを支給することで、児童労働者が

仕事から離れ、ノンフォーマル教育や職業訓練が受けられるようにすることであった。

この 100 ルピーを家庭へ与える支援は、1987 年の児童労働国家政策(NCLP)で導入

されたものであり、児童労働廃絶プログラムはその延長線上にあるといえよう。1995 年時

点では 7,000 人の子どもが支援を受けている。 しかし、資金不足の問題と共に 6000 万から1億 1500 万人いるとされる児童労働数にも

関わらず、政府目標を 200 万人としている。インド政府自身が発表している児童労働数は

2000 万人だが、10%しか取り組まないということになる。児童労働数がきちんと把握され

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ていない事やプログラムがうまく実施されていないことは、政府の関心の欠如を物語って

いる。 債務労働に対する政策 債務労働は、債務労働制法が制定されるまで禁じられていなかった。長い年月を経て出

来上がった法の内容でさえ、債務労働に関する政府の政策とプログラムしか書かれていな

い。法に基づいた法的な義務を州政府が果していないこと、県レベルでの監視委員会が設

置されていないことが、法の執行率が低く、債務児童労働がなくならない主な原因である

とされている。 また、債務労働者数は 6,500 万人とされているが、児童労働と同じく統計が正確ではな

い。債務労働に対する政府の役人の努力がほとんどなされていないことは、子どもたちが

一生奴隷として過ごさなければならないことにつながるため、取り組みがなされないのは

深刻な問題である〔ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:203-208〕。

2.国際機関の取り組みと成果 1) ILO ILO により 1992 年から IPEC(ILO 児童労働撤廃国際計画)が 88 カ国で実施されてい

る。IPEC は ILO の技術協力プログラムであり、「 悪な形態の児童労働」の削減に重点を

置きながら、 終的にはすべての児童労働をなくすことを目標にしている。IPEC の活動は、

政府、労働者・使用者団体、NGO(非政府組織)、学校、メディアなどとのパートナーシッ

プの下、児童労働の予防と解放、国の能力強化、特に教育制度の問題に取り組まなければ

ならないと示されている〔ILOHP 2008,12.03〕。 特に、インドでは、政府と協力して元児童労働者の帰還、教育、職業訓練、健康や社会

的保護などが行なわれている〔ACEHP、2008,12.01〕。 1992年5月に世界 初の IPEC加入国となったインドでは、1992年から1997年までに、

120 の事業と 68 の小事業が IPEC の事業として実施された。総額 513 万ドルを使用し、イ

ンド国内の 100 の NGO、5 つの大規模労組、使用者団体、政府機関等が IPEC 資金を受け

た。 さらに、第 2 段階の IPEC 事業として、1998 年から 1999 年までの 2 年間の期間に 432

万ドルの予算で局地的なアプローチの事業計画を打ち立てた。児童労働の危険性と搾取性

に焦点を当て、7 つの児童労働の多発地域を選択し、インド中央政府児童労働撲滅事業とし

て実施された〔JIFHP 2008,12.01〕。 さらに、IPEC のプロジェクトとして撤廃期限付きプログラム(TBD)が開始されている。

このプロジェクトは、各国が第 182 号条約の義務を達成するための行動計画を立てる枠組

みである。期限を作り、その中で国内の 悪な形態の児童労働を減らすような政策とプロ

グラムのことを指している。現在、世界の 23 カ国で実施されているが、インドではまだ実

施に至っていない〔IPEC 2006〕。

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2)アメリカ政府

2004 年からインド政府とアメリカ労働省の資金によって INDUS 政策が行なわれている。

この政策は、インド 5 州 21 県の特定の分野(タバコ・マッチ、採石、シルク等)を対象と

したプロジェクトである。活動内容としては、1.児童労働者の特定、2.児童労働者の教

育・職業訓練の支援、3.児童労働の予防、4.児童労働者の家族の収入向上、5.モニタリ

ング、法律の施行である。 この取り組みにより、これまでに 98,606 人の児童労働者が救出され、リハビリを受けて

いる。また、家族の収入向上のための取り組みとして、母親を対象にマイクロ・ファイナン

ス・プロジェクトを実施しており、自助グループを作り、地域に適した経済活動を支援し

ている。 課題として、インドの児童労働問題の大きさに対して予算が少なく、すべての対象者に

行き届かないこと、仕事を求めて移動するコミュニティの子どもの教育支援の方法、需要

に見合った職業訓練を行うこと、働きながら学校に行っている子どもたちが教育の機会を

失わないよう支援すること、家庭内で働く子どもたちのモニタリングなどが挙げられる

〔ACE HP 2008,12.01〕。

3) UNICEF 児童労働に関して、ユニセフでは、Bal Adhikar Pariyojana(BAP)プロジェクトを支

援し、児童労働の防止と根絶をめざした活動を行っている。1997 年 10 月に始まったこの

プロジェクトは段階的に活動が進められており、現在は第 3 期に入っている。第 1 期は 1997年 10 月、第 2 期は 1999 年 1 月、そして第 3 期は 2000 年 6 月に始まっている。バドヒや

ミルザプールというじゅうたんの 2 大製造地において、州内の 3 つのプロジェクトに属す

る 450 以上の村々、あわせて 110 万人以上の住民が対象になっている。 そのうちユニセフが支援しているのは、コミュニティ、地域レベルで人々の意識を変革

していくための環境づくり、正規の学校と学校に替わる学習センターでの質の高い教育を

促進するための技術的・物質的支援、自助グループを通じた女性のネットワーク形成と運

営、プロジェクトの実施状況のモニタリングといった領域である。 その結果、2000 年 7 月には、教育省との協力で本格的な村単位のキャンペーンが展開さ

れ、300 の村々で学校に通っていなかった子ども 3,683 名を、正規の小学校に入学させるこ

とに成功した。また、質の高い教育への期待に応えるため、6~12 歳の子ども 5,185 名を代

替学習センター(ALC)に通わせている。また、子どもを学校から中退させないために、

Shikshan Sahyog Kendras(教育サポートセンター)を実験的に開設している。 BAP プロジェクトが成績をあげ、また好ましい影響を与えていることから、政府および

その他の援助機関も、児童労働の問題の解決と予防に向けて、BAP プロジェクトと同じよ

うにコミュニティ主体のアプローチを採用しつつある〔UNICEF HP 2008,12.01〕。

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第 3 章 NGO と企業の取り組み この章では、ACE という児童労働の廃絶に取り組んでいる NGO 活動を取り上げ、また

児童労働に対する企業の CSR の可能性を探っていきたい。 1.日本の NGO の取り組み 1)ACE の概要 特定非営利活動法人 ACE(Action against Child Exploitation)は、1997 年 12 月に設立さ

れた。ACE は、子どもの権利が保障され、すべての子どもが希望を持って安心して暮らせ

る社会を目指している。その実現のために、ACE は市民と共に行動し、児童労働の撤廃・

予防に取り組むことを使命として活動している。現在では、啓発事業、政策提言事業、ネ

ットワーク構築事業、国際協力事業の 4 つの事業を行っている〔ACEHP 2009,10.21〕。 啓発事業 啓発事業は、新規教材開発、学校との連携促進、参加者対象別学習プログラムの作成等

を通じて、啓発活動を担う市民、ボランティアを増やし、支援者や会員へと育成すること

を目指している。 啓発事業の活動内容としては、講師派遣、開発教育の教材開発、資料室・論文ネットラ

イブラリ、学習会・セミナーの開催、チャリティフットサル大会、キャンペーンの実施 、各種イベントへの出展・参加・協力、ウェブサイトの運営、メールマガジンの発行、メデ

ィアとの連携等が挙げられる〔ACEHP 2009,10.21〕。 政策提言事業

政策提言事業では、日本政府、企業、その他組織・団体による児童労働改善・予防の取

り組みを増やすことを目的としている。方針として、情報収集を行い、企業や政府に対す

る提言へとつなげていく。また、児童労働の予防策として、企業のサプライチェーン管理、

労働基準の遵守を推進していく。 活動の内容としては、アドボカシー戦略の策定、企業と児童労働に関する調査・情報収

集・情報提供、児童労働予防・改善を目的とした CSR 促進のためのセミナー実施、児童労

働改善の成功事例紹介、教育協力 NGO ネットワーク、「世界中の子どもに教育をキャンペ

ーン」を通じて日本政府の援助政策・施策への提言、ワーキングペーパーの発行等の活動

を行っている。2008 年 2 月、ミニストップ株式会社と協働し、フェアトレードカカオを使

ったチョコソフトクリームの開発・販売を行った〔ACEHP 2009,10.21〕。 ネットワーク構築事業 ネットワーク構築事業では、児童労働の予防・改善へ向け、連携・協力できる団体・組

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織を増やし、政策提言・啓発活動に活かすという目的で活動している。 活動方針としては、これまで参加してきた、各種ネットワークへの参加のあり方および

ACE のアドボカシー活動への活用の仕方を再検討し、具体的な政策提言へと結びついてい

く土台づくりを行うことや、2008 年の日本での G8 サミット、TICAD 開催を契機に、児童

労働に関する世論を高めるために、G8NGO フォーラムにおける分科会の開催について検討

し、準備を行うことである。 主な活動内容としては、児童労働ネットワーク、NGO-労組国際協働フォーラム、教育協

力 NGO ネットワーク、世界中の子どもに教育をキャンペーン、2008 年 G8 サミット NGOフォーラム、児童労働に反対するグローバルマーチ等である〔ACEHP 2009,10.21〕。 国際協力事業

国際協力事業では、児童労働を直接予防・改善することを目的としている。活動内容と

しては、インド「子どもにやさしい村」プロジェクト、ガーナ・カカオ産業の児童労働調

査・プロジェクト準備、インド・コットン産業の児童労働調査、インドスタディツアーの

実施、2008 年度インド・ビハール州での洪水被害地域における子どもの人身売買の防止プ

ロジェクト緊急支援等である〔ACEHP 2009,10.21〕。 2)インド児童労働者に対する活働 インド「子どもにやさしい村」プロジェクト概要 「子どもにやさしい村」は、インドのパートナーNGO、BBA/SACCS とともに、貧しい

農村で児童労働がなくなり、すべての子どもたちが学校で質のよい教育が受けられるよう

になるための活動である。 BBA 全体では、2004 年末までにインドの 9 つの州の 53 の村と 6 つの区でこのプロジ

ェクトを実施してきた。ACE は 2002 年からウッタル・プラデシュ州メーラト県の 4 つの

農村を支援してきた。ACE では、直接子どもたちを児童労働から保護し、予防する取り組

みとして、インドで「子どもにやさしい村」プロジェクトを実施している〔ACEHP 2009,10.26〕。 インド・コットン産業の児童労働調査

ACE は、2007 年からインド南部、アンドラ・プラデシュ州のコットン種子生産地域児童

労働の状況について調査を行っている。これまで行ってきた調査では、児童労働、教育、

健康に関する現状や、現地の NGO や国際機関、行政が行っている対策の現状を調査してお

り、支援が必要な地域の特定やニーズの確認などを行ってきた。 さらに、ACE は、インドのコットン種子生産地における児童労働の状況について、これ

まで講演会などを通じて情報発信している。これまで行ってきた調査の結果、現地では児

童労働が深刻な状況にあり、改善に向けた取り組みが必要であることがわかった。そのた

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め ACE による今後の取り組みとして、ACE は現地の NGO とともに、2010 年からプロジ

ェクトを実施するとしている。現在は、現地の団体と協議を進めプロジェクト実施に向け

た準備を行っており、国内では、資金集めや協力者を募っている状況である〔ACEHP 2009,10.26〕。 インドで子どもに会って考える旅 インドスタディツアー ツアーでは、児童労働を考える NGO、ACE(エース)が支援する「子どもにやさしい村」

で子どもや住民に話を聞いたり、子どもたちのリハビリ施設を訪ね、児童労働をしていた

子どもたちの生活がどのように変化したのか確かめる。国際労働機関(ILO)やフェアトレ

ード団体などを訪問しながら、児童労働の問題を解決するためにできることを考えること

を目的としている〔ACEHP 2009,10.26〕。 2.現地での取り組み インドの NGO、BBA との取り組み

BBA は 25 年以上に亘り児童労働の特定、救出からリハビリテーション、家族との統合

を行ってきたインドの市民により立ち上げられた NGO である。BBA(Bachpan Bachao Andolan)とは、ヒンディー語で「子ども時代を救え運動」を表す。インドでは、過去 26年で 7 万 6 千人の児童労働者を救出してきた〔ACEHP 2009,10.26〕。 ACE は BBA と 2003 年から「子どもにやさしい村」プロジェクトにおけるパートナーシ

ップを結び、スタディーツアーやモニタリングで現地を訪れるなど、関係を築いてきた。 上でも述べた通り、「子どもにやさしい村」プロジェクトとは、児童労働をなくすための

国際協力事業の一環であり、村から児童労働をなくし、子どもたちが継続的に学校に通え

るよう支援する事業である。数ある ACE の活働の中でも、日本 NGO と現地 NGO が共同

で活働しているとして、「子どもにやさしい村」プロジェクトをピックアップしていく。 活働目標 ・ すべての子どもたちが、学校に通えるように親や住民に働きかけていき、子どもの権利

に関する意識を向上させ、教育を妨げられたり、暴力や搾取により子どもの権利を侵害

されないようにしてく。 ・ 村民の参加を促進することで、村の子どもの教育に関する意識を高め、住民組織や自助

グループを組織して、住民が「子どもにやさしい村」づくりに協力する体制づくりを行

う。 ・ 村に子ども村議会を設立する。子ども自身が子ども村議会議員の選挙に参加することで、

民主主義や社会参加について学び、子どものリーダーシップを育成してく。 ・ 児童労働者の 2/3 は女子であるため、男女差別を解消し平等を推進していく。 ・ 教員の欠席や校舎などの学校設備や教材の不足など、教育に関わる問題の解決と教育の

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質を向上させる。 ・ すでにある行政のしくみを使って学校設備などのインフラを整備するほか、貧困者への

補助制度や収入向上のための行政の支援制度などを活用し、貧困家庭の児童労働がなく

なるような手助けを行う。 ・ インドのパンチャヤット制を活用し、村議会や子ども議会による民主的な問題解決を促

進する。また地域の住民の中から活動家を訓練し、さまざまなノウハウや知識・知恵を

地域に根づかせ、地元の人たち自身の力で問題解決できるように支援することで、「子

どもにやさしい村」が持続するための仕組みをつくっていく〔ACEHP:2009,10.26〕。 ガンゴール村の概要 2006 年度事業では、2005 年 6 月~2006 年 5 月にインド、ウッタル・プラデシュ州ガン

ゴール村の支援を実施した。ガンゴール村の総人口は、12,488 人(うち就学年齢の子ども

6,488 人)であり、主な産業は農業である。各世帯の平均収入は約 30 ルピー(約 75 円)/日である。児童労働の状況として、家計を助けるために、日常にクリケットボールやサッ

カーボールを縫い付ける仕事を行っていた。 表 1 ガンゴール村の成果 ガンゴール村の成果 学校への通学 児童労働者 83 人が通学。学校に通いながら働いていた 386 人も定期的

に通学。 教育問題の質の

改善 新たに 4 つの教室(以前は4つ)が作られ、教員も 5 人から9人に増

員。 村議会 教育委員会が組織され、子どもの通学のモニタリングを行うようにな

った。子ども議会は毎月1回会議を開き、問題についてはなしあって

いる。 自助グループ 子どもの教育に熱心な男女 127 人が参加して、青年グループや地区委

員会、自助グループ(SHG)2を作った。政府の支援制度(Swarna Jayanti Swayam Rozgar Yojana/the Golden Jubilee Self Employment Scheme)を活用し、サッカーボール製造を自助グループ

の事業として立ち上げた。 (ACEHP 2009,10.26 より筆者作成) 今後の課題

2自助グループとは、例えば収入向上などの同じ目的を持つ人たちが集まって作るグループ

で、困った時に共同で助け合うための仕組みである。貯蓄をして、急な支出が必要な時に

お金を借りることができたり、共同で新しい事業を起こすことが可能になる。

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村の中にはまだこの活動に参加していない住民もたくさんいるため、さまざまな効果を

持続させ、さらに村の改善を進めていくためには、今後もこの活動に協力する人をもっと

増やしていくことが課題となっている。また、下水が整えられたのはごく一部で、不衛生

な水溜りはポリオなどの病気の原因になっている。今後も村の衛生環境は改善する必要が

ある。村の人口の 60%以上が指定カースト・部族で貧困層が多いため、収入源の確保が課題

となっている〔ACEHP 2009,10.26〕。 ラジャスタン州のクンダラヤ村、バマンバス村

2007 年度事業として、2006 年 11 月~2007 年 12 月にインドのラジャスタン州バマンバ

ス村・クンダラヤ村の支援3を実施した。また、プロジェクト終了後 1 年間、フォローアッ

プ活動も実施した。このプロジェクトは、花王ハートポケット倶楽部からの寄付を活用し

ている。 クンダラヤ村

クンダラヤ村の人口は約 1,000 人で、就学年齢の子ども(6-14 歳)は 152 人である。主

な産業は、農業(穀物や野菜の栽培)である。 表 2 クンダラヤ村の成果 クンダラヤ村の成果 学校への通学 家事、家畜の世話、畑作業などをして働いていた子ども 37 人が通学。こ

れにより子ども約 110 人全員が小学校(1-5 年生)に通うようになった。 教育問題の質の

改善 かつての小学校教員は教員免許をもっておらず問題であったが、政府か

ら資格のある新たな教員 2 名が雇われ、教育の質が大幅に改善された。 子ども村議会 5 名。不足している教室が増設され、トイレが建てられた。 自助グループ 女性グループが組織された。貯金をして収入向上を図ったり、幼児婚や

ダウリー(持参金制度)の習慣がなくす活動を行ってる。 保健センターが立てられた。予防接種、研修、情報収集ができるように

なった。 (ACEHP 2009,10.26 より筆者作成) バマンバス村(2007 年 10 月) バマンバス村の人口は約 2,500 人で、就学年齢(6-14 歳)の子どもは 430 人である。主

な産業は農業(穀物や野菜の栽培)、カーペット織りである。

3 2005 年度チャリティフットサル大会の収益金、チャイルドフレンドリー基金への寄付、

花王株式会社および花王ハートポケット倶楽部からの寄付、味の素株式会社「あしたの素

クリック募金」からの寄付より実施された。

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表 3 バマンバス村の成果 バマンバス村の成果 学校への通学 農業やカーペット織りの仕事のために未就

学だった子ども 36 名(うち 31 名が女の子)

が全員小学校に通うようになった。 教育問題の質の改善 通学路となる道が土砂と水溜りで歩きにく

く子どもたちの通学を妨げていたが、村議会

が政府から建設費用を得て舗装。 村議会 8 名。学校にトイレが建てられた。 自助グループ 女性グループは幼児婚やダウリー(持参金制

度)の習慣をなくす活動や幼児の予防接種行

っている。また青年グループは、違法森林伐

採の監視に取組んだ。 (ACEHP 2009,10.26 より筆者作成) 今後の課題 教育においては小学校を卒業した子どもたちがさらに進学(6 年生以上)できるようにす

ることや、不足している教員の数を増やすことと教育の質を高めること。村全体としては

手動ポンプや病院施設のニーズがあるため、これらについての改善が必要である。 フォローアップ活働によって プロジェクトを行った 2 つの村では、住民の教育への意識が高まり、子どもたちが毎日

通学しているかを住民がモニターし、学校に来ない子どもがいたら家族を説得するように

なった。その他、子どもの安全確保のために学校に校門を設置したり(クンダラヤ村)、学

校で子どもたちの健康診断や予防接種を行ったり(バマンバス村)、住民自身が考えた方法

で、子どもの教育環境や生活環境の改善が続けられている。また、子ども村議会が中心に

なって活動が継続して行われていた。バマンバス村では、途中までしか舗装されていなか

った通学路が、 後まで舗装されたことが確認されている。今後は、子どもたちが継続的

に通学するよう徹底したり、取り組みはじめた教育環境や健康の改善、収入向上など、各

村の課題の解決に引き続き取り組んでいく〔ACEHP 2009,10.26〕。 チタウリ村とスラジブラ村

2008 年度事業としては、2007 年 12 月からインド、ラジャスタン州ジャイプル県チタウ

リ村・スラジプラ村で支援4を実施した。新しく活動を始めたチタウリ村、スラジプラ村は、

4 株式会社フェリシモの mama.f スマイリー基金からの寄付(1 村分)、2007 年度チャリテ

ィフットサル大会の収益金と寄付、マンスリーサポーターやチャイルドフレンドリー基金

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それぞれ村の人口が 2,000~2,500 人の大きな村である。就学年齢の子どもたちは、それぞ

れ約 600 人、約 450 人で、そのうち 40~50 人くらいが、農業や牧畜、石造作りやカーペ

ット織りなどの労働に従事していた。村の小学校にはトイレがなかったり、教員が不足し

ているため、質の低い教育しか受けられないのが現状であった。 表 4 チタウリ村とスラジプラ村の成果 チタウリ村の成果 スラジプラ村の成果 学校への通学 これまで学校に通えなかっ

た子どもたちが 20 人小学校

に通うようになった。

学校に通えなかった子ども

たちが 13 人小学校に通うよ

うになった。 村議会 8 名(男子 5 名、女子 3 名)

の子ども村議会ができた。 女子 7 名による子ども村議

会ができた。 自助グループ 女性グループ、青年グループ

ができ、子どもの教育や健康

の改善に取り組んでいた。

女性グループ、青年グループ

ができ、女性グループは貯金

活動をするようになった。

(ACEHP 2009,10.26 より筆者作成)

1 年間のフォローアップ活働によって以下の成果が挙げられる。 1)これまで石砕き、カーペット織り、農業、家事手伝いなどの仕事をしていた子どもたち、

女子だからという理由で学校に通えなかった子どもたちが学校に通うようになった。(チタ

ウリ村では 49 人、スラジプラ村では約 30 人)。 2)子ども村議会(チタウリ村は男子 4 人と女子 4 人の 8 人、スラジプラ村では女子 7 人)

の話し合いによって、チタウリ村ではこれまで学校が 1-8 年生までしかなかったが、州政府

に要請し認可を得て、2008 年 9 月から 9 年生への進学ができるようになった。今後は、女

子トイレの建設や、教室の増設、教師の増員に取り組む予定である。また飲料水用のタン

クが汚かったために病気になる人がいたので、タンクの清掃を行い、学校に医者を呼んで

健康診断を行うようになった。 スラジプラ村では、教育局に対し、学校の敷地に塀を作るよう要請した。今後は、現在 8年生までの学校しかないため、12 年生までの学校の開設に向けて取り組む予定である。 3)チタウリ村では、子ども婚をやめさせたり、貯金活動、女子のための手刺しゅうの職業

訓練を開始した。スラジプラ村では、女性のための識字教育や健康診断、貯金活動を行っ

ている。また、銀行の融資を受けて、牛乳やスナックを販売する新しい事業を開始した。 4)青年グループは、子ども村議会の活動や貧困家庭をサポートする活動などを行っている。

スラジプラ村では、さまざまな政府の制度を活用して、貧困家庭が医療費の補助や食料の

への寄付などを活用

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配給を受けたり、雇用保障制度を活用して住民が仕事を得られるようになった〔ACEHP 2009,10.26〕。 「子どもにやさしい村」プロジェクトは、2004 年から 2008 年にかけて、インドで 500

人以上の子どもを児童労働から解放した実績があり、児童労働の廃絶に効果的なプログジ

ェクトであると感じた。また、フォォローアップ活働を加えたことは、村民自身で持続し

ていく過程を作っていくのにとても有効であったと思う。しかし、ここで終わりしてはな

らない。児童労働がなくなる環境を定着させるには、5 年 10 年と見守っていくことが必要

である。いったん支援をしたのであれば、すぐに他の地域に移行するのではなく、1年間

のフォローアップ期間の延長や半年ごとに地域訪問し継続しているか調査すべきなのでは

ないか。 3、企業の取り組み 第 2 章で、企業と政治の癒着や、役人の関心の低さなどが、債務児童労働がなくならな

い原因の 1 つであるとした。筆者は、企業のあり方・行動で、児童労働・債務労働の廃絶

に一歩近づくのではないかと考えた。第 3 節では、企業のあり方として CSR の可能性につ

いて調べていきたい。

CSR の概要 現在では、大企業に対して国家によるコントロールすら効きにくくなっているという状

況がある。私たちがより安全で安定した世界を築くためには、企業の力がこれまで以上に

重要である。こうした背景を踏まえ、企業では、CSR の意識が高まっている〔CSR 経営研

究所 HP 2009,11.1〕。 まず、CSR とは Corporate Social Responsibility の略で、「企業の社会的責任」と訳され

る。具体的には、コンプライアンス(法令遵守)、コーポレートガバナンス(企業統治)、

ディスクロージャー(情報開示)など、一般に企業が社会に対して果たすべき「責任」と

捉えられている。単に責任を取るだけならば、企業の内部だけでもできることだが、消費

者、従業員、取引先、地域住民など幅広いステークホルダー(利害関係者)との双方向コ

ミュニケーションがあってはじめて信頼を得ることができる〔CSR 経営研究所 HP 2009,11.1〕。 ある部品の製造過程に、「児童労働がある」「有害物質が使用されている」ことがわかっ

たとき、「我が社で製造した部品ではない」では済まされず、その部品を調達した責任をも

問われるようになってきた。これは自社のCSR調達が進めばよいということではなく、

「CSR調達」を通じてサプライチェーン5全体のCSRの促進が求められるということである。

5 サプライチェーンとは、一つの商品が消費者の手元に届くまでの鎖のようにつながった取

引の過程のこと。

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それぞれの過程の中で、環境配慮はなされているか、人権配慮はなされているか、法令は

守られているか、CSR活動を行っているか、といった事柄がサプライヤーである中小企業

に求められる〔CANPAN HP 2009,11.1〕。 CSR と児童労働の関係性 欧米では、1980 年代に児童労働が社会問題として取り上げられるようになり、現在では、

環境問題や消費者保護と並び、重要な取り組み項目となっている。かつて児童労働が指摘

された企業は、スポーツシューズメーカーのリーボック、ジーンズのリーバイ・ストラウ

ス、スポーツ用品のナイキ、コーヒーショップのスターバックス、マクドナルド、小売世

界 大大手のウォルマート、家具のイケア、総合食品のネスレなど、グローバル企業が並

んでいる〔奈良林 2008:89-91〕。 では、日本ではどうだろうか。世界第 2 位の多国籍企業数をほこる日本は、各企業が環

境面では積極的な取り組みを進めた結果大きな成果を生んでいる。しかし、労働・人権面

においては欧米と比較し取り組みが少ないのが現状である。グローバル経済の中で労働者

の権利を保護することを信頼性や透明性を保ちながら行うための統一規格であるSA80006を取得している事業所 1112 件のうち、日本企業の取得は小売業のイオンなど 2 社のみに留

まっている〔ACE HP 2009,11.3〕。 また、表 5 によると、企業の取り組みとしては、「個人情報の保護への対応」75.1%、「環

境に配慮した企業活動の展開」66.6%などが高いのに対し、「児童労働に関与している企業

との取引拒否などの規定」は 14.1%に過ぎない。現在の日本では、児童労働は遠い国の話

だと思いがちだ。しかし、グローバル化が進む中、原材料の調達、製造、販売に至るサプ

ライチェーン(商品供給の流れ)のどこかで児童労働が発覚したならば、 終メーカーや

販売会社は何らかの責任を問われる状況になりつつある〔奈良林 2008:89-91〕。 表 5 企業の社会的責任の取り組み状況 個人情報の保護への対応 75.1%

男女の平等な扱い 69.9%

高齢者、障害者の雇用 67.7%

環境に配慮した企業活動の展開 66.6%

セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメントについて

の対応 65.4%

コンプライアンス(法令遵守)への取り組み 64.9%

製品・サービスに対する危機管理体制の整備 61.8%

6 SA は Social Accountability の略。労働面に重きを置いた、アメリカ発の国際規格。

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育児・介護をしやすい職場環境の整備 61.5%

国際規格に関連した取り組み 59.2%

社是や社内規程などで、方針を定め、担当部署を設置 52.4%

勤務時間のシフト、時短勤務、希望地域・部署への異動など多

様な労働形態 52.2%

社会貢献活働の実施 42.4%

同和問題の解決に向けた取り組み 31.5%

外国人に対する平等な取り扱いや配慮 29.7%

取り組みの公開 22.8%

バリアフリー、ユニバーサルデザインへの対応 21.3%

児童労働に関与している企業との取引拒否などの規定 14.1%

その他 0.8%

(2007 年 8~9 月調査、従業員 50 人以上の 12000 社対象、有効回答率 30.5%) 人権教育啓発推進センター「企業における人権及び企業の社会的責任(CSR)に関する調

査結果」より筆者作成

CSR に関して日本はアメリカ・ヨーロッパなどの先進国から遅れており、特に児童労働

分野に関しては、立ち遅れている状況にある。消費者と生産者の仲介役である企業は、ア

プローチできる重要な役割と責任を持っている。そのため、今後 CSR 調達において、環境

面だけではなく、労働面の促進をすることは、児童労働者、債務児童労働者の廃絶の可能

性を秘めていると考えられ、日本において推進されるべきだと考える。実際に、日本で児

童労働の商品が問題になったことはない。しかし、それは児童労働に対する日本人の関心

が低いため、調べられることもなく、商品が輸入されるからではないどろうか。インド製

のじゅうたんや、エスニック雑貨店で販売されている商品が本当に児童労働によって作ら

れた商品でないと断言することはできるのだろうか。 次に CSR 調達を促進するプロジェクトとして ACE の活動を取り上げたい。 ACE は児童労働を予防する企業と市民のあり方追求プロジェクトを実施している。企業

の社会的責任が問われる中、CSR 調達の必要性も認識されてきた。ACE は、児童労働問題

についても、CSR 調達が推進されることで企業がサプライチェーン管理を進め、児童労働

を予防することができると考え、企業への情報提供、また協働により CSR 調達を推進する

ことを目標に掲げている〔ACE HP 2009,10.26〕。 日本が児童労働の使用された製品を生産・調達・販売・消費しなくなるために、ACE は、

日本企業が以下の事項に取り組むことを促進している。1.児童労働を直接雇用しないとい

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う原則の徹底、2.サプライチェーンにおける児童労働の抑止、3.国際規格などの取得、

より積極的・自律的な調達などの仕組み形成の促進、4.既に児童労働がある産業における

子どもの保護である。 ACE では、まず児童労働を直接雇用しないという原則の徹底(コンプライアンス)のた

めに、児童労働禁止を行動規範、方針などに明記する企業の数を増やすことをめざし、企

業情報を整理し、企業への働きかけを行う。特に、既に児童労働が存在すると指摘されて

いる産業については子どもの保護が促進されるような提言を行うことを目的としている。 また、具体的な取り組みとして企業が国際規格を取得することなどを促進するため、そ

の基礎調査やセミナー開催などを行い、それらの取り組みにより CSR 調達を推進すること

で、児童労働を使わないことに価値を生み出し、児童労働を予防する。また、企業の投資

が与える児童労働への影響を考え、それに配慮した投資が行われるような環境整備を目指

す。さらに、企業の先行している取り組み例は積極的に紹介し、日本の消費者が子どもに

優しい製品が選べるよう、様々な情報を提供していくことを ACE は企画している〔ACE

HP 2009,10.26〕。 CSR とフェアトレード

企業の CSR を推進していく上で、「フェアトレード」はとても有効な手段となっている。

フェアトレードとは、より公平な条件下で国際貿易を行うことを目指す貿易パートナーシ

ップである。特に、弱い立場にある生産者や労働者に対し、より良い貿易条件を提供し、

彼らの権利を守ることにより、持続可能な発展に貢献する。つまり、フェアトレード製品

は児童労働が行われていないことが前提となっている。フェアトレードの認証マークもあ

り、企業の中でも、CSR の一環としてフェアトレード商品を通して、貧困問題や社会的問

題に取り組む動きが出てきている〔Fairtrade Label Japan HP 2010,1.9〕。 ここで企業の具体的な取り組みを取り上げたい。 良品計画では、フェアトレード商品としてコーヒーと紅茶を販売している。例えば、紅

茶は、インドのターミナルナドゥ州やアッサム州で作られている。開発途上国の小規模農

家や農園労働者に対して、市場が著しく下落しても、持続可能な生産と、生活に必要なフ

ェアトレード価格を保証し、収入の安定と将来の投資の基礎として、長期契約を結ぶこと

を目指している。取引時には必要に応じて生産者に前払いされる。

また、良品計画では、生産者と貿易業者での売買の際、フェアトレード価格の他にプレ

ミアム(奨励金)が取引量に応じて生産者・農園労働者の委員会へ支払われることになっ

ている。そのお金で、地域の社会開発のためになるよう、委員会自ら民主的に決め、自分

たちの必要な施設(井戸、学校、その他設備等)を手に入れることが可能である。さらに、

良品計画では、直接生産者への訪問活働も行っている〔良品計画 HP 2010,1.9〕。 身近に「フェアトレード製品」が増えるということは、より一層消費者に非児童労働製

品に関心を持ってもらえるための宣伝に繋がる。それと同時に、フェアトレードや CSR に

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ついての理解を深めていく活働をしていくことで、私たちの「CSR」「フェアトレード」に

対する意識が、「支援」から「責任」に変わる時が来るのではないか。 終 章 これまでの論文の中で、第1章では、債務児童労働の定義づけを行い、原因やそれに伴

う結果を記述してきた。そこには、神話や奴隷制度、カースト制度など伝統的な原因や、

村や国での腐敗政治、さらにはグローバリゼーションといった様々な原因が重なりあって、

債務児童労働を覆い隠してきた現実が見えてきた。 第2章では、インド政府、国際機関の取り組みについて調べた。インドの憲法には、児

童労働廃止や債務労働禁止が義務付けられているが、債務児童労働に対する禁止法はない。

政治家は債務児童労働に関心が薄く、企業(下請け工場も含む)では、安価で扱いやすい

子どもを手放すことなどせず、隠そうとする傾向にある。さらに、インドの役人が債務児

童労働に関心を持たなければ、賄賂など不正が続く危険性がある。これから、さらに発展

し、インド自身で持続的な支援を行うとなった時に、役人に対するなんらかの措置をする

必要があると思った。 第3章では、NGO と企業の取り組みについて調べた。児童労働廃絶のために活動してい

る NGO、ACE について調べた。ACE とインドの NGO とが共同で取り組んでいる支援で

は、議会やグループを作ることによって、子ども、女がエンパワーメントされ、結果とし

て、生活の質の向上に繋がっていると感じた。また、企業の取り組みとして、CSR につい

て調べた。日本でも「CSR」は広まってきたが、環境面での影響が強い。日本の企業は、

まだ児童労働に関する関心や取り組みが少ないことも分かった。CSR を推進することで、

日本に児童労働商品を使わないことに価値を見出すことが可能になるのではないだろうか。

日本人が、児童労働に興味を持ち、児童労働製品を購入することで児童労働に間接的にで

はあるが、責任ある形で関っていることを自覚することが、児童労働・債務労働がなくな

る第一歩になると思う。 今回は、企業に対して直接 CSR や児童労働に関するインタビューをすること、インドの

債務児童労働者に会いインタビューすることができなかったので、次回は調査してより具

体的な数値が出せるようにしたい。

参考文献 藤野敦子 (1997) 『発展途上国の児童労働〜子だくさんは結果なのか原因なのか』 明石書

籍 初岡昌一郎(1997)『児童労働~廃絶に取り組む国際社会~』 ヒューマン・ライツ・ウォッチ(2004)甲斐田万智子・岩附由香監訳 国際子ども権利セ

ンター訳『インドの債務児童労働-見えない鎖につながれて』明石書店

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木曽順子 (2003) 『インド 開発のなかの労働者』 日本評論社 奈良林和子 (2008) 「グローバル企業が陥る「児童労働」のリスク」『エコノミスト』 OECD 編著・豊田英子訳 (2005) 『世界の児童労働~実態と根絶のための取り組み~』

明石書籍 押川文子 (1990) 『インドの社会経済発展とカースト』 アジア経済研究所 Human Rights Watch(2004) “small change” IPEC(2006) “Implementation Report” 参照 HP ACE:http://acejapan.org/ CSR 経営研究所: http://www.csr-i.jp/csr/index.html CANPAN: https://canpan.info/index_view.do Fairtrade Label Japan:http://www.fairtrade-jp.org/index.html ILO 駐日事務所:http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/#top JETRO:http://www.jetro.go.jp/indexj.html 良品計画:http://ryohin-keikaku.jp/ UNICEF:http://www.unicef.or.jp/

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