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第1回公益財団法人公正取引協会主催平成26年度「独占禁止法研究会」
不当な取引制限 I-合成樹脂積層板カルテル判決、シャープ審決-
I 不当な取引制限の禁止
カルテル・談合は、独禁法上、不当な取引制限に該当する場合に違法となる。不当な取
引制限は、その要件が2条6項に定められ、3条(後段)によって禁止されている。
2条6項は、不当な取引制限の要件を、複数の事業者が、共同して、相互にその事業活
動を拘束することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に
制限することと定める。
共同してとは、「意思の連絡」ないし合意(申し合わせ)のことである。「意思の連絡」
ないし合意は、明示のものでなくとも、黙示(暗黙)のものでも足りる。価格カルテルの
事案であれば、価格につき一斉値上げのような複数の事業者間に同一行動があっても、そ
れが「意思の連絡」ないし合意に基づくのでなければ、不当な取引制限として違法とする
ことはできない。複数の事業者間に価格に関する意思の連絡ないし合意があれば、共同し
ての要件を満たすとともに、通常、複数事業者間で価格決定に係る事業活動を相互に拘束
することから、相互拘束の要件も満たすことになる。
一定の取引分野は、市場と言い換えることができるが、基本的に需要者からみた代替性
の観点から、補完的に供給者からみた代替性の観点から画定される。この点では、私的独
占の場合にも、企業結合の場合にも共通する。競争を実質的に制限することとは、画定さ
れた市場において、その意思で当該市場の価格、品質等をある程度自由に左右することが
できる(市場を支配することができる)状態をもたらすことである。この要件を満たすか
否かは、意思の連絡ないし合意に参加する事業者のシェアがおおむね過半を超えるか否か
が一応の目安となる。
もっとも、従来、実務上、「違反者のした共同行為が対象としている取引及びそれによ
り影響を受ける範囲を検討し、その競争が実質的に制限される範囲を画定して『一定の取
引分野』を決定するのが相当である。」(社会保険庁シール談合刑事事件東京高裁判決平
成5年12月14日、審決集40巻776、778頁など)とし、価格カルテルや談合を
当然違法的に取り扱ってきた。しかし、このような取扱いは、多摩談合事件最高裁判決(平
成24・2・20、審決集58巻(第2分冊)146頁、判例時報2158号36頁、本
判決に係る調査官解説である古田孝夫・ジュリスト1448号89、93~94頁)によ
って否定されたものとみられる(公取委による本件の上告受理申立の理由においても、一
定の取引分野の要件につき、不当な取引制限の成立が問題となる本件談合においても、企
業結合規制や排除型私的独占の場合と基本的に共通することを述べている(民集66巻2
号796、860頁))が、実務上の取扱いに変化は必ずしもないようにもみえる。
上記の意味における競争を実質的に制限する「意思の連絡」ないし合意が成立すれば、
通常、不当な取引制限は成立し、「意思の連絡」ないし合意の実施は不当な取引制限の成
立要件ではない(石油価格カルテル刑事事件昭和最高裁判決昭和59・2・24、審決集
30巻244頁、判例時報1108号3頁)。
前記石油価格カルテル刑事事件では、価格カルテルであっても、適法な行政指導に従い
これに協力して行われる範囲においては、公共の利益に反しないものとしてその違法性が
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阻却されると判示され、公共の利益に反してという要件の有用性が示されていた。しかし、
近年では、不当な取引制限と実質同じ行為が事業者団体によって行われた場合には、8条
1号には公共の利益に反してという要件がなくとも同じ判断がなされる必要があること、
また、排除型私的独占ガイドライン(公取委平成21年10月28日)(第3の「2 競
争の実質的制限」「(2) 判断要素」「エ 効率性」「オ 消費者利益の確保に関する
特段の事情」)が、効率性や消費者利益の確保に関する特別の事情を、公共の利益に反し
てという要件ではなく、競争の実質的制限の要件との関係において考慮する(独禁法の目
的に照らして、目的の合理性とその目的達成の相当性の観点から「正当化事由」として考
慮する)ことが示されていることから、公共の利益に反してという要件の重要性は失われ
ているようにみえる。
不当な取引制限は、価格カルテル・談合の事案であれば、「対価に係るもの」として、
売上額の原則10%の課徴金の納付が命じられる(7条の2第1項1号)。課徴金賦課の
趣旨は、基本的に、不当利得(法に定める計算方式に従い擬制された不当利得)を剥奪し
て違反行為を抑止するところにあることから(制裁的側面も含まれているが(7条の2第
7項・8項))、上記意思の連絡ないし合意の実施が必要である(ほとんどの事件で、お
おむね価格が維持ないし引き上げられている事実が認定されている)。
不当な取引制限は、犯罪にもなり(89条、95条)、刑事告発の対象にもなる(74
条、96条)。最近でもベアリング価格カルテル事件が、告発・起訴され、すでに有罪判
決が出ている(東京地裁判決平成24年12月18日審決集59巻(第2分冊)419頁、
同平成25年2月25日同422頁)。
II 合成樹脂積層板カルテル判決
1 事件の概要
本件は、紙基材フェノール樹脂銅張積層板又はこれと同等の製品である紙基材ポリエス
テル樹脂銅張積層板(両製品を合せて「本件商品」という。)の製造販売業者8社(日立
化成、松下電工、住友ベークライト(以下「大手3社」という。)、利昌工業、鐘淵化学、
新神戸電機、三菱瓦斯化学、東芝ケミカル)による昭和62年6月ないし7月に行ったと
される価格引上げカルテル事件である。
本件商品は、主としてテレビ、ビデオテープレコーダー等の民生用機器のプリント配線
板の基材として使用され、その販売数量は、そのプリント配線板に用いられる銅張積層板
の総販売数量の大部分を占めている。8社は、熱硬化性樹脂製造業者によって組織される
合成樹脂工業会に加入し、その品目別部会の1つであり、各社の担当役員級の者で構成さ
れる積層板部会(以下「部会」という。)に所属していた。昭和62年当時、8社の本件商
品の国内向け供給量の合計は、日本における本件商品の総供給量のほとんどすべてを占め
ており、大手3社が、約70%のシェアを占め、大手3社の動向がプリント配線板銅張積
層板業界に大きな影響を与える状況にあった。
本件商品は、他のプリント配線板用銅張積層板に比べ、量産品で製品差別化の程度が小
さいため、製造販売業者間の価格競争が激しく、また、最終需要者である家電製品等のセ
ットメーカーの力が強かった。本件商品の販売価格のうちは、輸出価格は昭和60年以降
の円高により採算が悪化し、国内需要者向け価格についても、円高により輸出不振の家電
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製品等のセットメーカー等からの値引きの要求が強く、下落傾向を続けていた。そのため、
8社とも本件商品の販売価格の下落防止のみならず引上げを強く必要とする状況にあっ
た。東芝ケミカルは、昭和62年当時、東証第2部へ株式上場申請の予定であったため、
経営予算を計画どおり達成し、継続的に収益の確保を図れるようにする必要があった。
東芝ケミカル以外の7社は、昭和62年初めころから同年6月10日までの間に、定例
ないし臨時の部会や業務委員会を開催し、本件商品を含むプリント配線板用銅張積層板の
販売価格の下落防止、その引上げ等について情報交換や意見交換を行ってきた。東芝ケミ
カルの担当者もそのうちの一部について争いはあるものの、右会合に出席していた。8社
は、昭和62年6月10日の臨時部会の後に、本件商品の価格引上げの実施のためそれぞ
れの社内で指示等を行い、需要者らに対しても右価格引上げを通知して、その了承方を要
請した。
2 検討
本件は、東芝ケミカル事件として有名であるが、その理由の1つは、手続的な点にあっ
た。すなわち、本件は、本件カルテルへの参加を争った東芝ケミカルが審決取消訴訟を提
起し、東京高裁が、本件審査において審査部長として関与していた者(A)が、その後、
委員として審決(平成4年9月16日)に加わったことが、手続き上公正を欠くとして審
決を取り消し(平成6年2月25日審決集40巻541頁)、事件が公取委に差し戻され
たことから、公取委が改めて下した審決(平成6年5月26日審決集41巻11頁)に対
する取消訴訟に係るものである。2回目の審決には、A は加わっていなかったが、当初の
審決に委員として加わっていたBが再び委員として加わっていたことが公正を欠くのでは
ないかということが争点となった。本判決は、公正確保の観点から望ましくはないが、8
2条1項2号にいう審決を取り消すべき法令違反には当たらないと判示している。
本件が東芝ケミカル事件として有名であるより重要な理由は、本件判決が、不当な取引
制限の「共同して」の要件に係る基本先例となる判決を下したからである。
かつて、独禁法は、同調的価格引上げに対する理由報告制度を置いていたことがあった
が、カルテル規制の厳格化(カルテルに対する、課徴金算定率の原則6%から10%への
引上げや課徴金減免制度の導入)に伴い、平成17年独禁法改正において削除されている。
この制度は、競争関係にある複数事業者によるものであっても、同調的価格引上げだけで
は、不当な取引制限に該当しないことを前提とするものであったが、価格カルテルと同調
的価格引上げとが密接に関連することをも示すものでもあった。
すでに、独禁法制定初期の合板入札価格協定事件審決(昭和24年8月30日審決集1
巻62頁)が、「共同して」の要件につき、「単に行為の結果が外形上一致した事実があ
るだけでは、十分でなく、進んで、行為者間に何等かの意思の連絡が存することを必要と
するものと解する」と述べていたが、本件判決が改めてこれを確認し、さらに、3分類説
といわれる(實方謙二『独占禁止法[第4版]』(有斐閣 1998)181頁、金井=川
濱=泉水編著『独占禁止法[第4版]』(弘文堂 2013)50~51頁)「意思の連絡」
の存在を推認するルールを定式化したのである。
3分類説とは、「意思の連絡」の存在を推認するための間接証拠を、事前の連絡・交渉、
連絡・交渉の内容、事後の行動の一致の3つに分類して整理するものである。本件では、
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8社が事前に情報交換、意見交換の会合をもっていたこと、交換された情報、意見の内容
が本件商品の価格引上げに関するものであったこと、その結果としての本件商品の国内需
要者に対する販売価格引上げに向けて一致した行動がとられたことが認められた。原告(東
芝ケミカル)は、本件商品につき、同業7社の価格引上げの意向や合意を知っていたもの
であり、それに基づく同業7社の価格引上げ行動を予想したうえで、昭和62年6月10
日の決定と同一内容の価格引上げをしたものであって、右事実からすると、原告(東芝ケ
ミカル)は、同業7社に追随する意思で右価格引上げを行い、同業7社も原告の追随を予
想していたものと推認されるから、本件の本件商品価格の協調的価格引上げにつき「意思
の連絡」による共同行為が存在したというべきであると判示している。
しかし、本件審決の後に出されたエレベータ保守料金協定事件審決(平成6年7月28
日審決集41巻46頁)では、エレベータ保守料金の引上げについて大手保守業者間で合
意が成立したか否かが争われ、公取委が特定の日時、場所において成立したと主張する合
意の内容(サービスの種類ごとの料金の値上げ幅)が、その後の大手保守業者の実際の行
動とは異なっていたこと等から、合意の立証が不十分であるとされた。合意を成立を否定
する論拠として「各社は、(本件協定の参加者)間との料金協定を前提とすることなく個
別に自社の改定案を調整したものと考える余地もある」ことも挙げていたことから事前の
連絡交渉の内容について反証の余地のない程度までの立証を要求し訴追側の立証責任を厳
格にしたものとも評価できる。そこで、東芝ケミカル事件判決とエレベータ保守料金協定
事件審決との関係が問題となる。
1つの見方は、従来の公取委の審決では、暗黙の合意を認定するに当たっては、事前の
連絡交渉で情報交換が行われた事実に加えて、その過程で、ある程度「具体的な基準」(た
とえば値上げ幅や実施時期など)が提示され、それに対する各事業者の対応などから、他
の事業者の出方などについての、ある程度具体的な予測が可能となった場合に、暗黙の「合
意」の成立を推認できるというのが、実際の運用原則であり、東芝ケミカル事件も、情報
交換の過程での「具体的な基準」の提示があった事例であるのに対し、エレベータ保守料
金協定事件は、事前の情報交換の過程での「具体的な基準」の提示の要件が欠けていた事
例と評価できる。このように評価すれば、エレベータ保守料金協定事件と東芝ケミカル事
件とを整合的に理解できるという見方である(前記實方182~183頁)。
これに対し、両事件の後に、価格カルテル事件において、そもそも、合意の日時、場所
を具体的に特定する必要性を否定するポリプロピレン価格カルテル事件審決(平成19年
8月8日審決集54巻207頁)、種苗価格カルテル事件東京高裁判決(平成20年4月
4日審決集55巻791頁)が出されており、もはや三分類説はすべての場合に当てはま
るものではないという見方もある(前記金井=川濱=泉水55頁)。この見方によれば、
多様な類型のカルテルごとに、同じ類型のカルテルであってもその形成と実施の過程の多
様性に対応して合意ないし「意思の連絡」の存在を推認するための間接証拠を整理し積重
ねて行くことになろうか。結局、東芝ケミカル事件東京高裁判決が一般論として判示した
「対価引上げがなされるに至った前後の諸事情を勘案して事業者の認識及び意思がどのよ
うなものであるかどうかを検討し、事業者間相互に共同の認識、認容があるかどうかを判
断すべきである。」ということになりそうである。
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III シャープ審決
1 事件の概要
任天堂は、シャープから長年にわたって液晶ディスプレイズを購入していたところ、DS
用液晶モジュールについても、開発段階からシャープに依頼し、技術仕様を開示し、評価
試験を経て、平成16年9月頃、シャープとの間で、DS 用液晶モジュールを購入するこ
とについて合意し、シャープは、任天堂に対し、同月頃から DS 用液晶モジュールを販売
するに至った。任天堂は、同年12月、DS の販売を開始した。任天堂は、開発段階から、
競争により価格を下げるため、DS 用液晶モジュールを複数社から購入することとしてい
たが、日立ディスプレイズ(以下、「日立 DP」という。)に対する開発依頼を行った時
期は、シャープに対する依頼時期より遅れたため、日立 DP は、任天堂に対し、評価試験
を経て、平成17年2月頃から DS 用液晶モジュールを販売するに至った。その後、任天
堂とシャープ及び日立 DP は、原則として四半期に一度、おおむね同じ時期に交渉して液
晶モジュールの価格及び購入数量を決定するようになった。
審決によれば、部長級のシャープの A と日立 DP の B は、DS 用液晶モジュールの販売
開始に当たり、任天堂が他社の価格を示して価格の引き下げを求めることへの対応等のた
め、現行価格や提示価格に関する情報交換を開始し、その後も価格低落を防止するため、
この情報交換を継続していた。そして、シャープと日立 DP は、これらの情報交換を踏ま
え、平成17年10月6日、DS 用液晶モジュールの平成17年度下期価格について、1
900円を100円を超えて下回らないようにする合意(3号事件合意)をし、また、平
成18年11月7日頃、DS の後継機種の DSLite 用の液晶モジュールの平成19年第1四
半期価格について、キット3、390円を目途とする合意(1号事件合意)をした、とい
うのである。そして、1号事件には排除措置命令のみが、3号事件には課徴金納付命令(2
億6107万円)のみが発出されている。
本件では、日立 DP が1番目の課徴金減免申請を行っているが、シャープは申請を行っ
ていない。しかし、シャープは、3号事件で早期離脱により課徴金が2割軽減されている。
なお、日立 DP は、当初、シャ-プとともに、不服申立を行い、審判請求を行っていたが、
途中で取り下げている。その理由は定かではない。
シャープは審決取消訴訟を提起せず、本件審決は確定している。
2 検討
2-1 1民間事業者の調達と独禁法
1公共団体(国又は自治体)の調達は、原則的に、法律上、競争入札の方法よることが
義務付けられていることから、当然に、独禁法の保護対象となる市場となる。これに対し、
1民間事業者の調達は、どのような方法を採用するかは、経営判断の原則の下にあり、原
則的に自由である。1民間事業者の調達において、調達先である複数社のカルテルや受注
調整を許容することも、経営判断の原則の下で、自由であり、この場合には、独禁法の保
護対象となる市場とはならないはずである。1民間事業者の調達においては、当初、調達
先である複数社の競争を期待・希望していても、後にその期待・希望を撤回することも、
自由なはずである。
このように、1民間事業者の調達は、本来、私的領域に属し、少なくとも、当然には、
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独禁法という公的な保護対象となるわけではない。そうだとすると、私的領域に属する1
民間事業者の調達が、いつどのような条件の下で独禁法の保護対象となるかが問題となる
はずである。
本件審決は、「任天堂は、開発段階から、競争により価格を下げるために、DS 用液晶モ
ジュールを複数社から購入することとしていた」と述べる。任天堂が求めたから独禁法を
適用するのであろうか。本件では、任天堂は、2社間の競争を求めるだけではなく、同時
に、調達先を2社確保することも重要な方針(2社に液晶モジュールの開発段階から協力
を依頼している)であるはずであり、そうだとすると、後者の方針は、独禁法の適用を控
えることを求めることにならないのであろうか。
2-2 価格決定権者でない者の間の情報交換と事業者間の「意思の連絡」ないし合意
本件では、価格決定権者でない者の間の情報交換から2社間の「意思の連絡」ないし合
意の存在を推認している。
従来、同様の問題が提起された事件に、モディファイヤー価格カルテル事件審決(平成
21年6月30日)、ポリプロピレン価格カルテル事件東京高裁判決(平成21年9月2
5日)がある。前者では、課長は、需要者との営業を担当していなかったとしても、各営
業担当者からからの報告により需要者との交渉状況を熟知する立場にあったこと、社内規
定により価格決定権がなくとも、権限を有する者からの授権又は承認に基づいて価格決定
に関与することは可能であったことなどから、課長の出席する会合で販売価格の引上げ額
を決定する合意を認定することは妨げないとされている。後者では、値上げにつき自ら決
定する権限がない者であっても、会合に出席して、値上げについての情報交換をして共通
認識を形成し、その結果を持ち帰ることを任されているならば、その者を通じて「意思の
連絡」は行われ得るということができると判示している。これらの先例によれば、情報交
換を行った者が価格決定に関与し得る立場にあったか否かを個別・具体的に検討する必要
があるということになる。
2-3 3分類説との関係
本件審決は、事前の情報交換の内容とその後の提示価格又は妥結価格が一致しなかった
としても合意の認定を妨げるものではないとする。このような取扱いは、「意思の連絡」
の存在の推認ルールを定式化した3分類説からは逸脱しているのであろうか。
3分類説は、①事前の連絡・交渉、②連絡・交渉の内容、③事後の行動の一致の3つに
分類して整理したものであるが、通常は、②の内容と③の行動とが一致することを想定し
ているものとみられるが、どこまで具体的な一致を求めることになるのかということが問
題となる。逆にいえば、②と③との不一致は、それぞれが他社の行動と無関係に独自の判
断によって行動したのかということが問題となる。
もっとも、本件の1号事件では、DSLite 用液晶モジュールの平成19年第1四半期価格
について、キット3、390円を目途とする旨合意をし、3号事件では、DS 用液晶モジ
ュールの平成17年度下期価格について、1900円を100円を超えて下回らないよう
にする旨合意をしたというのであり、事前の情報交換の内容とその後の提示価格又は妥結
価格が一致しなかったとしても、これらのような合意の存在を推認するのに妨げとならな
いということになるのであろうか。結局は、東芝ケミカル事件判決が一般論として判示し
たように、「対価引上げがなされるに至った前後の諸事情を勘案して事業者の認識及び意
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思がどのようなものであるかどうかを検討し、事業者相互間に共同の認識、認容があるか
どうかを判断すべきである。」ということになりそうである。
2-4 一定の取引分野の画定
本件審決は、一定の取引分野の画定に当たって、上述のように多摩談合事件最高裁判決
担当の調査官がまさに否定した社会保険庁シール談合刑事事件東京高裁判決を援用して、
従来からの実務上の取扱いを維持することを明らかにしている。しかし、後述のように競
争の実質的制限については、多摩談合事件最高裁判決を援用しながら、競争の実質的制限
を判断する前提となる一定の取引分野の画定につき、多摩談合事件最高裁判決が否定した
とみられる社会保険庁シール談合刑事事件東京高裁判決を援用することは許されるのであ
ろうか。
公取委が多摩談合事件の上告受理申立の理由及びこれを受けた多摩談合事件最高裁判決
に従えば、基本的には需要者からみた代替性の観点から、補完的に供給者からみた代替性
の観点から一定の取引分野を画定することになるが、このような画定の仕方によれば、あ
るいは、より広い範囲の一定の取引分野が画定される(任天堂の特定機種である DS、DSLite
用ごとの液晶モジュールより広い用途の液晶モジュールを含め、また、供給者にも2社以
外の現実の又は潜在的な事業者を含めるなど)ことになったかもしれない。そうなると、
競争の実質的制限、すなわち市場の価格をある程度自由に左右することができる状態をも
たらすか否かの判断にも影響を与えることになったかもしれない。
2-5 競争の実質的制限
本件審決は、競争の実質的制限については、多摩談合事件最高裁判決を援用して、本件
のような価格カルテルの場合には、その当事者である事業者らがその意思で、当該市場に
おける価格をある程度自由に左右することができる状態をもたらすことをいうとして、任
天堂が強力な交渉力、参入圧力、情報の操作等により、シャープと日立 DP の2社との取
引において価格等を自由に決定していたことを理由に、2社が価格をある程度自由に左右
できる状態をもたらしたことを否定することはできないとする。
郵便区分機談合事件(東京高裁判決平成20年12月19日審決集55巻974、99
5頁)においても同様の問題が提起されたが、本件審決と同様に退けられている。しかし、
同事件のような公の入札の場合には、発注者には法律上の制約を受け自由裁量度が限定さ
れているが、1民間事業者の場合には、発注者に法律上の制約はなく自由裁量度が大きく、
発注者の強大な価格決定力が受注側の価格支配力を大きく減殺し、価格を「ある程度」自
由に左右することができなくなることもあり得ることから、より慎重な精査が必要ではな
いかとも考えられる。