8
地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を目指す長門市の取り組み ~地場産品や観光資源など「地域そのもの」の売り込みを模索~ ◆はじめに 長門市は2013年に「ながと成長戦略行動計 画」を策定し、その重点施策の一つとして、市 内の農業・漁業・畜産業の一次産品や加工品の 大都市圏への販路拡大を打ち出した。翌年には 全国でも前例の少ない地域商社「ながと物産 合同会社」(以下、ながと物産)を設立。同社 を司令塔として、地場産品を地域外に売り込 む「地産外消」を推進する体制の構築に取り組 んできた。今年10月には、道の駅への登録を目 指す仙崎地区交流拠点施設「センザキッチン」 の直売所・レストラン棟がオープンする。いま 長門市では、「センザキッチン」の経営にも参 画するながと物産を軸に、行政、事業者や関係 団体、市民が力を結集した「チームながと」が、 地場産品のみならず観光資源等を含めた「地域 そのもの」を県内外に売り込むことで、地域の 稼ぐ力を強化する機運が高まっている。 ◆全国でも前例の少ない地域商社の設立 長門市では、安定した温暖な気候の下、山口 県産オリジナル柑橘「長門ゆずきち」をはじめ とする特色ある農産物が生産されている。また、 古くから漁業が盛んで、山口県でも屈指の水揚 げ高を誇る仙崎漁港を中心に14もの漁港が点在 し、複雑な海底地形と激しい潮流の中で育っ た「仙崎ぶとイカ」等がブランド化されている。 漁業の発展とともに、獲れすぎた水産資源を活 用して、「仙崎かまぼこ」に代表される水産加 工業が発展。さらに、水産加工で発生する魚の アラを飼料として利用した養鶏業が栄え、同市 には全国的にも珍しい養鶏専門の協同組合であ 図表1 長門市の産業 (資料)長門市「仙崎地区交流拠点施設事業計画書」(2016年10月) 2│やまぐち経済月報2017.8 report 調査 report

調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を目指す長門市の取り組み~地場産品や観光資源など「地域そのもの」の売り込みを模索~

◆はじめに 長門市は2013年に「ながと成長戦略行動計画」を策定し、その重点施策の一つとして、市内の農業・漁業・畜産業の一次産品や加工品の大都市圏への販路拡大を打ち出した。翌年には全国でも前例の少ない地域商社「ながと物産合同会社」(以下、ながと物産)を設立。同社を司令塔として、地場産品を地域外に売り込む「地産外消」を推進する体制の構築に取り組んできた。今年10月には、道の駅への登録を目指す仙崎地区交流拠点施設「センザキッチン」の直売所・レストラン棟がオープンする。いま長門市では、「センザキッチン」の経営にも参画するながと物産を軸に、行政、事業者や関係団体、市民が力を結集した「チームながと」が、地場産品のみならず観光資源等を含めた「地域

そのもの」を県内外に売り込むことで、地域の稼ぐ力を強化する機運が高まっている。

◆全国でも前例の少ない地域商社の設立 長門市では、安定した温暖な気候の下、山口県産オリジナル柑橘「長門ゆずきち」をはじめとする特色ある農産物が生産されている。また、古くから漁業が盛んで、山口県でも屈指の水揚げ高を誇る仙崎漁港を中心に14もの漁港が点在し、複雑な海底地形と激しい潮流の中で育った「仙崎ぶとイカ」等がブランド化されている。漁業の発展とともに、獲れすぎた水産資源を活用して、「仙崎かまぼこ」に代表される水産加工業が発展。さらに、水産加工で発生する魚のアラを飼料として利用した養鶏業が栄え、同市には全国的にも珍しい養鶏専門の協同組合であ

図表1 長門市の産業

(資料)長門市「仙崎地区交流拠点施設事業計画書」(2016年10月)

2│やまぐち経済月報2017.8

report 調査report

Page 2: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

る深川養鶏農業協同組合が存在するほか、ブロイラー生産量は西日本有数である。人口1万人あたりの焼き鳥店の店舗数は全国トップクラスで、「焼き鳥のまち」として独自の食文化を育んできた。 しかし、長門市は農業・漁業・畜産業の各分野で強みや特色をもちながら、人口減少や他産地の安価品との競合もあって、市内における地場産品の消費が低迷。また、消費地である大都市圏から遠い上、少量多品目生産される産品が多く、個々の生産者や経営資源の乏しい中小企業が単独で販路を開拓するのは難しい状況が続いた。その結果、生産者の事業収入は低迷し、一次産品を利用する食料品製造業者においても付加価値の高い商品開発や販路開拓を思い通りに展開できないケースがみられ、担い手不足や高齢化の進展によって基盤産業の一つである第一次産業が衰退するという悪循環に陥っていた。 そうした課題を解決するべく、2014年5月、市と市内の3つの生産者団体(長門大津農業協同組合、深川養鶏農業協同組合、山口県漁業協同組合)が、共同出資でながと物産を設立。

長年にわたって培ってきた信頼と販売ルートをベースに、ながと物産が窓口となって大都市圏を主なターゲットとした「地産外消」で、地域の一次産品やその加工品の販路を開拓する各種取り組みがスタートした。 政府は地方創生の一環として、地域商社の設立を支援しており、2020年までに全国100 ヶ所に地域商社を設立する方針を示している。山口県においては㈱山口銀行が地域商社を今秋に立ち上げることを発表し、全国でも設立の動きが相次いでいるが、長門市はいち早く、地域商社を活用した地場産品の売り込みに注力してきた。 なお、地域商社について、一般的に明確な定義があるわけではないが、㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所のレポート1によると、地域商社を「地域で地域産品のマーケティングを担う地域発の主体・プロジェクト」と定義し、地域商社に求められる3機能(3つの力)として、①ビジネスモデルの創出(事業の企画力)、②外貨の獲得(売り込む力)、③経済循環の促進(巻き込む力)を挙げている(図表2)。

図表2  地域商社の3機能(3つの力)

(資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社    機能強化による産業活性化調査」(2017年4月) 1  「域内商社機能強化による産業活性化調査」(2017年4月)

やまぐち経済月報2017.8│3

Page 3: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

◆マーケットインの視点で大都市圏への販路拡大 ながと物産は、会社の形態を合同会社とすることで迅速な意思決定を可能とし、小回りが効いて機動性に富む事業運営を行う。市は同社の執行責任者(COO)を全国公募し、112人の中から大阪府出身の山本桂司氏が選ばれた。山本COOは、地域のしがらみのない「よそ者」ならではの視点で、各出資団体の思いや慣習等にとらわれすぎることなく、地域の抱える課題の解決に取り組む。ながと物産の設立以前も、商工会を中心に物産展への出展や産地直売等の販路開拓は行われていたが、同社は「生産・開発してから売る」という商材ありきではなく、生産から流通・販売までを一貫して見据えたマーケティングを重要視することで、地場産品をできるだけ高く買い取って高く売るという、新たな商流の構築にチャレンジしてきた。 山本COOは就任当初、地場産品を売り込むための土台づくりとして、まず各商材の特性や生産量、一次産品の生産者の属性を把握することに努めた。その上で、愛媛県今治市のタオル美術館「ICHIHIRO」に勤務していた頃に培った人脈を活用するなどして、山口県にゆかりのある東京のホテルや飲食店を中心に地道な営業活動を展開。農協による農産物共同販売以外の確固たる販路が確立されていなかった「長門ゆずきち」を看板商材に掲げ、売り込みの実績を少しずつ積み重ねることで生産者らの信頼を高め、今では代表的な地場産品の多くを取り扱う(図表3)。また、深川養鶏農業協同組合との連携で各種展示会や商談会での売り込みも行うなどして、営業を通じて得られたニーズと地場産品の仕入先のマッチングを進め、設立当初に10社程度だった出荷先が2016年度には約120先に増加。現在では中規模量販店、問屋・卸売業者とも取引を行い、取引先のうち東京都が全体の約5割を占めている。売上高は規模こ

そ小さいながらも、設立当初の目標額を3年連続で上回る実績を残し、継続的に成果を出している。今後、市からの補助金が無くなる2019年度までに黒字へと転換し、自立運営を目指している。 ながと物産は「地域の物産総合商社」として、魚、野菜、肉や米といった様々な食材や加工品を小ロットでまとめて取引できる点を強みとする。「少量でもいいので質の高いものが欲し

図表3:ながと物産の主な取扱商品

水産物

キジハタ仙崎ぶとイカ仙崎トロあじ仙崎だるま鯛アカモク

農産物

田屋なす(萩たまげなす)白オクラ長門ゆずきち長門ゆずきち小町自然栽培米「ながとのこめ」

畜産物長州黒かしわ長州地どり長州ながと和牛

水産加工品

仙崎かまぼこちりめん一夜干し魚串

(資料)ながと物産ホームページ

(出所:ながと物産ホームページ)

▲仙崎ぶとイカ

▲長州黒かしわ

▲白オクラ

▲仙崎かまぼこ

4│やまぐち経済月報2017.8

report

Page 4: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

い」という、食材にこだわりをもつホテルや飲食店を主な取引先とし、「白オクラ」「田屋なす(萩たまげなす)」といった長門市ならではの伝統野菜、日本海で水揚げされる旬の魚など一次産品を中心に、地場産品を一元的に集荷して市場を通さずに直接出荷し、決済や問い合わせへの対応等も担う。また、ボイルした野菜や活け締めした魚など、一次産品を加工して出荷するケースも多く、取引先からの要望にきめ細やかに対応することで信頼関係を築いてきた。なお、仕入先が加工に対応できない場合、市内外の加工業者にOEM生産を依頼している。 このようにながと物産は、生産者など仕入先と取引先・消費者を直につなぐパイプ役として間に入り、「ニーズを踏まえた食材の提供、商品の開発」というマーケットインの視点を大切にした取引を心掛ける。流通の中間コストを省くことで市場よりも高い価格で仕入れるのみならず、取引先や消費者の生の声を産地にフィードバックし、一次産品の品質向上、生産者の出荷価格の上昇につながる事例も出てきている。また、東京の飲食店から提案を受け、規格外の「長門ゆずきち」を使った業務用の手搾り果汁(生産者の手摘みで皮ごと搾ったもの)を開発し、果汁を使ったシャーベットや飲料、ポン酢等を業務用だけでなく小売用にもOEM生産している。その他、消費者に魚を気軽に食べてほしいとの思いを形にして、串に魚の切身を刺した「魚串」(レトルト加工した常温食)を商品化するなど、一次産品の新たな活用にも貢献している。

◆売れる商品づくりを目指す「ながとラボ」 こうしたマーケットインの視点で事業を展開するながと物産の機能を補完するため、市は今年4月、売れる商品づくりに向けた拠点施設と位置付ける「ながとラボ」(以下、ラボ)を開

設した。ラボは地方創生関連の交付金(地方創生加速化交付金)を活用して整備した施設で、やむなく廃棄されたり、うまく用いられていなかったりする一次産品の付加価値を高めるため、生産者および事業者のニーズやアイデアを踏まえ、六次産業化を支援している。食肉加工室(下写真)や総菜加工室、会議を行うワーキングスペースを一般開放し、ラボの会員に登録して所定の料金を支払えば、六次産業化に取り組む人など誰でも利用可能となっている。 ラボの運営を担うのが、市内の農業、漁業、畜産業、飲食店等の経営者が2014年に設立した長門産ネットワーク協同組合だ。同組合がこれまでに取り組んできた六次産業化の実績を活かし、ラボの施設長のほか、外部から招聘した市

▲ながとラボの外観(出所:当研究所撮影)

▲ながとラボの食肉加工室(出所:当研究所撮影)

やまぐち経済月報2017.8│5

Page 5: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

内旅館の料理長等の専門家が適宜サポートにあたる体制となっている。食肉加工室にはリキッドフリーザー(液体凍結機)、総菜加工室にはフリーズドライ(真空凍結乾燥)装置といった高価な設備を導入。様々な地場産品を使った新商品の企画・開発から製造・販売までを低価格で実現可能としているほか、販路開拓、商品のブラッシュアップ、パッケージのデザイン変更等も支援する。現在、ラボでは、市内で養殖されている「岩ガキ」、高い栄養価をもち花粉症やダイエット等に効果があると注目を集めている海藻「アカモク」等を使った加工品の開発を進めている。 今後のラボ運営にあたっては、ながと物産と連携し、同社が収集した取引先や消費者のニーズのほか、ラボ会員のアイデアや課題、販売状況等を集約・蓄積して、ニーズとターゲットを明確にした上で、付加価値を高めてストーリー性をもたせるなど、売れる商品の開発を一体的に行っていく方針だ。ラボブランドの新商品も開発し、ながと物産の販路に加え、今年10月にオープンする「センザキッチン」の農林水産物等直売所(下イメージ図)を中心に販路拡大を図り、2年後には自立採算による運営を目指す。 なお、ラボを安定的に運営するにあたって、

当面の収益事業として、市内の焼き鳥店向けの串打ち、食品スーパー向けのローストビーフの加工作業を請け負っているほか、深川養鶏農業協同組合から仕入れる山口県産オリジナル地鶏「長州黒かしわ」の解体処理加工も行う。

◆課題は一次産品の生産体制の構築 今後、ながと物産を中心として地場産品を一段と売り込むには、一次産品の品質向上、ラボや商工団体・事業者を巻き込んだ売れる商品の開発が大切となるとともに、その前提として一次産品の生産体制の構築も不可欠となる。しかし、一次産品の生産は自然条件に左右される上、販売先を確保したとしても生産者の意向によっては必要な量を確保できるとは限らない。そこで、ながと物産は、出口(販売)戦略の確立と同時に、同戦略に見合った生産体制の構築を図るべく、取引のある生産者との連携強化はもちろん、意欲の高い生産者の掘り起こしを進め、ネットワークを着実に形成しつつある。 また、一次産品の生産体制の構築に向けて、生産者自身が生産品目の品質に見合った適正な値決めを行って経営基盤を強化するなど、生産から加工、流通、販売まで一体となった稼ぐ仕組みづくりを志向した意識醸成も大切となる。

▲仙崎地区交流拠点施設「センザキッチン」の農林水産物等直売所・レストラン棟の完成イメージ図(出所:長門市役所提供)

6│やまぐち経済月報2017.8

report

Page 6: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

そうした観点から地元生産者らの期待を集めているのが、仙崎地区交流拠点施設「センザキッチン」(下説明参照)で、今年10月に第1期工事を終え、農林水産物等直売所・レストラン棟がオープンした後、来年4月、休憩所・情報発信施設棟の完成でグランドオープンし、道の駅登録を目指す。ながと物産は「センザキッチン」の指定管理者として経営に参画し、直売所の運営、テナント管理、広報・企画、情報発信等を担う。 「センザキッチン」には、長門市の食の魅力が結集する。市内の生産者や食料品製造業者にとって地場産品の新たな販売拠点となるだけでなく、地元市民や観光客向けのアンテナショップとしても位置付けられ、商品開発・テストマーケティング拠点として大都市圏展開につながる地場産品創出の苗床となり得る。例えば、ながとラボで開発された商品を「センザキッチン」で試験的に販売し、評判が良ければ生産体制を拡充して、ながと物産の販路で大都市圏等

へ売り込みを図ることが考えられる。また、ながと物産は直売所で入手した地場産品に対する評価等のマーケットデータと、大都市圏等への販路開拓を通じて獲得したマーケットニーズを掛け合わせ、双方向でフィードバックするなどして両事業の相乗効果を高めることができる。「センザキッチン」をハブとして生産者や食料品製造業者を巻き込み、地場産品の品質や付加価値を向上させ、長門市の食や食文化の新たな魅力を創造することが期待される。

◆求められるのは「地域そのもの」の価値向上 これまで見てきた通り、長門市では地域商社であるながと物産を軸に地場産品の販路拡大を進め、市外からの外貨獲得によって地域の稼ぐ力を強化することで、地元生産者・事業者の所得向上や雇用の創出を目指している。しかし今後、各地で地域商社が設立され、ローカル・ブランドの売り込み競争は一段と激しさを増すことが予想される。長門市が地域間競争に勝ち

■仙崎地区交流拠点施設「センザキッチン」

・2015年3月に策定した「仙崎地区グランドデザイン基本計画」に基づき、市が仙崎地区に整備する交流拠点施設で、近隣に暮らす人や市外からの観光客など、誰もが集うことのできる「リビング・ダイニング・キッチン」をコンセプトとする。

・仙崎地区は、海上アルプス・青海島への遊覧船の発着場となるなど、長門観光の中心地となっており、「食べる」「遊ぶ」「つなぐ」場をコンセプトとする「センザキッチン」を機能させ、広域観光の拠点施設として観光客を市内各地へ誘導することを狙う。

・農林水産物等直売所・レストラン棟には、レストラン・カフェ、パン屋、鮮魚・干物店、かまぼこのセレクトショップのほか、購入した食材をその場で味わえる海小屋(バーベキュー施設)を併設する。

・休憩所・情報発信施設棟には、寿司屋、焼き鳥店等の飲食テナントが6店舗入居。来年4月には、「長門おもちゃ美術館(仮称)」がオープンする。東京おもちゃ美術館の姉妹館で、現地のおもちゃ学芸員が地元の木に囲まれた海と山をつなぐ子育て空間を演出する。木のおもちゃ船で仙崎の海を遊覧することも可能な多世代が楽しめる交流型ミュージアムで、市が進める「木育」の推進拠点施設としても位置付けられる。

・開業3年目の目標を、年間利用者42万人、年間売上4億7千万円と設定している。

(資料)長門市「仙崎地区交流拠点施設事業計画書」等から当研究所作成

やまぐち経済月報2017.8│7

Page 7: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

残っていくには、「食」の分野だけでなく、「自然」「文化」「歴史」「伝統」といった長門ならではの地域資源・個性を総動員して、「内からの地域経済活性化」を図るべく、「地域そのもの」を丸ごと売り込むことによる地域価値の向上、地域のブランディングに目を向けることが大切となる。 幸いにもここ数年、観光面を中心に長門市の注目度は高まっている。2015年に米国のニュース専門局・CNNの「Japan's 31 most beautiful places(日本の最も美しい場所31選)」に選定されたことをきっかけに、元乃隅稲成神社(右写真)への観光客数が急増し、同神社は一躍長門観光のシンボル的存在となった。2016年12月には、長門湯本温泉を代表する旅館「大谷山荘」を舞台に日露首脳会談が開催され、世界中から注目を集めた。そうした追い風が吹く中、市は積極的な情報発信に取り組んでいる。SNSを活用した広告配信のほか、ブランディングサイト「Nagato is calling」を立ち上げ、動画や画像を駆使して観光コンテンツの魅

■長門市観光コンベンション協会

・2011年に第三種旅行業登録の一般社団法人として設立され、長門市における観光振興の舵取り役として機能している。会員は市内の32業種265事業所。

・同協会の誘客業務の中核を担う事務局次長(兼業務課長)を外部から公募し、民間のノウハウを活用して各種事業を展開している。

・旅行会社や学校等への営業活動のほか、「ながとの地域旅」として、漁船に乗船しての夜焚イカ釣り、油谷湾でのシーカヤック、JR美祢線イベント列車等の様々な体験メニューをはじめ、古民家再生やながと移住体験ツアーおよび「村田清風記念館」や「金子みすゞ記念館」での地元交流型プログラム等を商品化。また、今年は「センザキッチン」という新たな滞留拠点を意識した商品も初夏から企画・販売している。

・俵山地区や青海島島内(仙崎・通地区)等においては体験型教育旅行(修学旅行、民泊体験)の受け入れを行ってきたが、昨今の教育旅行ニーズへの対応に向け、今年4月には「ながとふるさと体験受入協議会」を設立して新たな3地域にも協力を求め、受入体制強化を目指す。

・来年4月からは「センザキッチン」に事務所を移転し、休憩所・情報発信施設棟の運営を担うとともに、各種体験型観光の発着点として「センザキッチン」を活用していく方針。

(資料)ヒアリング等から当研究所作成

▲長門市の観光ポスター「元乃隅稲成神社」(出所:長門市観光コンベンション協会提供)

力を国内外に訴求し、2016年の観光公式サイト「ななび」の訪問者数は約103万人で前年の約3倍に増加した。また、観光振興の司令塔である

8│やまぐち経済月報2017.8

report

Page 8: 調査 地域商社を軸に地域の稼ぐ力の強化を ... · 図表2 地域商社の3機能(3つの力) (資料)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所「域内商社

一般社団法人長門市観光コンベンション協会(8ページ下説明参照)を中心として、着地型観光の取り組みも広がりをみせており、長門観光の玄関口となる「センザキッチン」のオープンによって、地域発で観光需要を喚起する体制が一段と強化されそうだ。 さらに、2019年には㈱星野リゾートが長門湯本温泉に高級旅館「界」の開業を予定している。宿泊客数の低迷が続く同温泉だが、市は同社の提案を基に「長門湯本温泉観光まちづくり計画~地域のタカラ、地域のチカラで湯ノベーション~」を策定し、景観整備をはじめとする温泉街のリノベーションに着手している。㈱星野リゾートの進出によって、温泉街全体の魅力やブランド力の向上に大きな期待が寄せられており、首都圏やインバウンドといったこれまで十分訴求できていなかった顧客層に対し、観光地としての価値を発信できる。温泉街の活性化を契機として、地場産品の域内取引を増加させ、宿泊業や飲食業の稼ぎを第一次産業や食料品製造業に循環させることができれば、長門市の強みである「食」「観光」の両輪で地域全体を支える仕組みが構築される。イタリアやフランスのように、スローフードやガストロノミー(美食学)の考え方を地域に根付かせることで、豊かな食文化を基盤として各種イベントや着地型観

光を盛り上げ、新たな「ながとファン」や新産業の創出、域外からの投資の呼び込みにつながることが一つの理想的な形だろう。

◆おわりに 以上のように長門市では、地域商社であるながと物産やながとラボが自主自立を目指して、マーケットと向き合いながら地場産品の販路開拓・高付加価値化に力を注ぐとともに、「パブリックマインド」による共存共栄の精神で、第一次産業をはじめとする基盤産業が稼ぐ仕組みを構築できるよう模索している。地方創生の実現には、行政をはじめとする各プレーヤーの主体性が必要だが、特に民間主導で地域にあるもの(地域にしかないもの)を磨き上げ、「地域そのもの」の魅力をブランディングしていくことが大切になると考えられる。長門市における地方創生にビジネスの視点を取り込んだ取り組みはまだ緒についたばかりだが、20年後、30年後を視野に入れ、様々なプレーヤーが新たなまちづくりの仕組みづくりに参画して取り組みの裾野が広がれば、将来にわたって国内外に誇ることのできる地域へと価値が向上するに違いない。

(安岡 和政)

(参考資料)長門市『加工品等開発体制「ながとLab」整備計画書』(2016年3月)長門市『長門湯本温泉観光まちづくり計画』(2016年8月)長門市『仙崎地区交流拠点施設事業計画書』(2016年10月)地方財政『地域商社を核としたマーケットイン地場産業構築・強化によるしごと創生』(2016年12月)㈱日本政策投資銀行・㈱日本経済研究所『域内商社機能強化による産業活性化調査』(2017年4月)九州経済調査月報(城戸宏史)『「一村一品運動」が示唆する地方創生と地域ブランディング』(2017年8月)

▲湯本温泉の将来像(出所:㈱星野リゾートホームページ)

やまぐち経済月報2017.8│9