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修士論文 LaB 6 単結晶を用いた熱陰極直流型電子銃の エミッタンス測定 東北大学大学院理学研究科 物理学専攻 秋山 和士 平成  19

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修士論文

LaB6単結晶を用いた熱陰極直流型電子銃のエミッタンス測定

東北大学大学院理学研究科

物理学専攻

秋山 和士

平成  19年

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LaB6単結晶を用いた熱陰極直流型電子銃のエミッタンス測定東北大学大学院理学研究科物理学専攻学籍番号 A6SM2001 秋山 和士

東北大学理学研究科附属原子核理学研究施設ではテラヘルツ光源として期待される自由電子レーザーの一つである、Smith Purcell Backward Wave Ocillator Free

Electron Laser(SP BWO FEL)に利用可能な熱陰極直流型電子銃の開発を行っている。本研究の目的はこの電子銃からのビームの重要なパラメータのエミッタンス測定の装置の開発を行い、エミッタンスを測定することである。現在までのシミュレーション結果より、SP BWO FEL発振のためには 100 mA

以上のビーム電流、70 keV以下のビームエネルギー、また 1 π mm mrad 以下という従来の熱電子銃では実現されない超低エミッタンスが要請される。このような性能を得るために、本研究の電子銃では構造に次のような特徴を持たせている。1),高い放出電流密度をもつ単結晶の LaB6小径陰極を用いている。2),陰極と陽極の間を 15 mmに狭めることで、50 kVの低い引き出し電圧でありながら、高い電界強度での加速を可能としている。3),エミッタンスの悪化の要因となるグリッド電極を用いない。4),陰極とウェネルト電極間のバイアス電圧で陰極付近の電場を調節可能な構造としている。この電子銃のエミッタンス測定をソレノイドスキャン測定法とダブルスリット

測定法で行った。ソレノイドスキャン測定法はソレノイド磁場を変化させながら電子ビームのサイズを下流で測定することで、エミッタンスを求めるものである。また、ダブルスリット測定法では2つのスリットを用いて、2点でビームを切り出すことにより、最初の位置での電子の位置と角度広がりを求め、エミッタンスを求めることができる。ソレノイドスキャン測定法での測定結果を示す。図 1はソレノイド電磁石の中心

磁場が 647 Gのときの、電流密度分布の測定結果である。左側のピークが水平方向の密度分布であり、右側が垂直方向の密度分布である。中心磁場を変化させながら測定した電流密度分布に、ソレノイド磁場の転送行列から求まる関数のあてはめを行った結果を、図 2に示す。これより規格化エミッタンスは水平方向で 2.56 ± 0.92 [π mm mrad]、垂直方向

で 2.82 ± 1.33 [π mm mrad] という結果が得られた。ダブルスリット測定法で得られた水平方向の位相空間分布を図3に示す。図 3で

はバックグラウンドを差し引いているが、まだノイズが多く残っていると分かる。このノイズはエミッタンスに重大な影響を与える。そこで、解析ではバックグラウンドの影響の補正方法を検討した。この結果水平方向で 2.01 ± 0.22 [π mm mrad]、

1

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1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

015 20 25 30 35

図 1: 電流密度分布の測定結果:左側が水平方向の密度分布、右側が垂直方向の密度分布である。

1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2

]2

[

m

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5-6

10×

σ2

図 2: ソレノイドスキャン測定結果

垂直方向で 1.76 ± 0.06 [π mm mrad]という、エミッタンスが得られた。ソレノイドスキャン法とダブルスリット法による独立な測定を行った結果、誤

差の範囲内で一致する結果を得ることができた。しかし、今回得られた値は精度が十分でなく、より信号とノイズ比の良い測定を行うために、測定システムを改善していく必要がある。

x [ mm ]-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4

x’ [

mra

d ]

-30

-20

-10

0

10

20

30

図 3: 水平方向の位相空間分布

2

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目 次

第 1章 序論 6

1.1 背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

1.2 本研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

第 2章 高輝度電子銃 8

2.1 高輝度電子ビームとは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

2.2 高周波電子銃 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

2.3 直流型電子銃 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.3.1 空間電荷制限電流 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.3.2 Pierce型電子銃 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

2.3.3 三極管構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

2.3.4 高輝度直流型電子銃 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

第 3章 ビームの運動とエミッタンス測定の原理 14

3.1 粒子ビームの運動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

3.1.1 フレネ-セレ曲線座標系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

3.1.2 粒子ビームの運動方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

3.1.3 転送行列とTwissパラメータ . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

3.1.4 エミッタンス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

3.2 エミッタンス測定法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.2.1 ソレノイドスキャン測定法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.2.2 ダブルスリット測定法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

第 4章 低エミッタンス熱陰極直流型電子銃 28

4.1 電子銃とビーム輸送系の設計 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

4.1.1 電子銃の構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

4.1.2 単結晶 LaB6陰極 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

4.1.3 ビーム輸送系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

4.1.4 ソレノイド電磁石 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

4.2 電子銃の特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

4.2.1 電流電圧特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

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第 5章 エミッタンス測定 40

5.1 測定系について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 40

5.2 ソレノイドスキャン測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

5.2.1 測定系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

5.2.2 測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

5.2.3 エミッタンス解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 46

5.3 ダブルスリット測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 48

5.3.1 測定系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 48

5.3.2 測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 49

5.3.3 エミッタンス解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 52

第 6章 まとめと今後 63

謝辞 65

参考文献 66

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第1章 序論

1.1 背景加速器における電子源は通常電子銃と呼ばれている。電子銃は電子加速器で加

速される電子ビームを供給する装置である。現在加速器で用いられている電子源はその多くが、三個の電極を持つ三極構造

の電子銃である。この構造の元は 1940年頃にA. R. B. Wheneltが考案した二極構造の電子銃にある。この電子銃は J. R. Pierceによって技術的に確立さたため、通常 Pierce型電子銃と呼ばれる。

1930年代より研究が続けられてきた電子線形加速器がスタンフォードで1966年に運転を開始している。この線形加速器は電子銃に Pierce型、高周波源としてクライストロンを使用し、加速構造として進行波型加速管を採用するなど、その構造は現在まで電子線形加速器の基準とされている。この加速器は様々な研究の分野で多くの成果をあげて、かつ現在でも一線級の活躍をしている。東北大学理学研究科附属原子核理学研究施設(核理研)においても、1967年には 300 MeV 電子線形加速器が完成し、今日に至るまで原子核、放射化学などの実験に利用されている。さらに、1970年代には半導体陰極に偏極光を照射し光電効果によって偏極電子

を得る偏極電子銃 [1]の開発などが開始され、1970年代後半には実用化されるにいたった。しかし、1980年代に入り、電子銃に対する要求が高くなるにつれてPierce

型電子銃の限界も指摘されるようになった。高エネルギー物理学の将来計画であるリニア・コライダーでは二つの相対する

線形加速器が発生する電子・陽電子ビームを衝突させその反応を研究する。そこではほとんどの電子・陽電子は相手に衝突することなく素通りしてしまうが、ある確率で電子と陽電子の衝突反応が生じる。この反応の頻度はビームの位相空間上での広がりを表すエミッタンスというパラメータに逆比例するために、よりエミッタンスの小さいビームを作ることが必要になっている。また将来の高輝度光源と期待される、ビームと光の相互作用により高い強度の光

を発生させる自由電子レーザー [2]、また短波長・干渉性の高い光をめざすエネルギー回収リニアック [3]においては、いずれもビームエミッタンスにおいて、1πmm

mrad以下という極めて平行度が高く大きさも小さいビームが必要とされる。そのようなビーム生成を目指し高周波空洞内に陰極を取り付け、引き出された電子が広がらないうちにすみやかに相対論的運動量まで加速するという高周波電子銃の

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アイデアが提唱され研究開発が行われてきた。高周波電子銃では既に多くの研究開発が行われているが、一方でさまざまなタ

イプの電子銃の開発も盛んに行われている。高周波電子銃に固有な比較的大きな初期エミッタンス、高周波空洞端部でのエミッタンスの増大などの問題を指摘し、陰極に光陰極を用いた直流型の電子銃でその克服をめざすもの、また熱陰極電子銃で平行度の高い高品質ビーム発生を目指すものなど様々ある [4]。

1.2 本研究の目的ミリ波と赤外線の中間の周波数帯に位置するテラヘルツ帯の電磁波は従来は発

生が困難で未開拓の周波数領域であった。しかし、この周波数帯の特徴を生かしたイメージング、非破壊検査、医学への利

用など、多くの分野でテラヘルツ光の応用の可能性が広がってきている。核理研では、大強度では波長可変なテラヘルツ光源として期待される自由電子

レーザーの一つである、Smith Purcell 後進波共振型自由電子レーザー(SP BWO

FEL)[5, 6]に利用可能な電子銃の開発を行っている [7]。シミュレーション結果 [8]によると、この SP BWO FELの発振のためには 100

mA以上のビーム電流、数 10 keVのビームエネルギー、従来の熱陰極電子銃では実現できない 1π mm mrad以下という超低エミッタンスの電子ビームの生成が必要となる。ビームの初期のエミッタンスは陰極の直径に比例する。そのため、陰極の直径を

1.75mm と非常に小さくしている。その上で、十分な電流量を得るために陰極の材質には高い電流放出密度を持つLaB6単結晶を採用している。また、電子ビームの空間電荷力によるエミッタンスの悪化が問題となる。そのため、従来の電子銃では約 100 kVから 200 kVという加速電圧を印加することで、陰極と陽極間の電界強度を高めて電子ビームが広がる前に加速を行っている。しかし、開発中の電子銃では SP BWO FEL のために加速電圧を 50 kVとしている。このような、比較的低い加速電圧でありながら高い電界強度を持たせるために、陰極と陽極間の距離を 15 mmと狭めている。さらにパルス的な加速電圧で電流を制御することで、エミッタンスの悪化の要因となるグリッド電極を用いていない構造をしている。また、この電子銃は核理研での電子銃の更新も考慮して設計されている。本研究の目的はこの開発中の電子銃に対して、重要なパラメータであるエミッ

タンスを測定するための装置の開発を行い、エミッタンスを評価することである。

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第2章 高輝度電子銃

2.1 高輝度電子ビームとは輝度とは単位面積、単位立体角、単位時間に占める電子数として定義される。加

速器で用いられる、ビーム電流 I、エミッタンス εを用いると、輝度はBは

B =2I

π2ε2(2.1)

として表される [9]。式(2.1)から分かるように、輝度とはビームの電流量に比例し、エミッタンス

の二乗に逆比例している。電子顕微鏡などでは、非常に小さいビームサイズが必要となり、加速器に用いられる電子銃に比べ非常に低い電流値で用いられています。そのため電子同士の空間電荷力が抑えられ、非常に小さな大きさのビームを得ることはできるが、低い電流量のために高い輝度を得ることは難しい。また従来の電子加速器に用いられてきた熱陰極電子銃では、高い電流値を得ることはできるが、電子同士の空間電荷力の影響が大きくなってしまうために、エミッタンスが約 100π mm mradと十分小さくすることができなかった。そのため十分な輝度を得ることは難しくなってしまう。しかし、第1章でも述べたように高輝度電子ビームの生成が非常に重要になっ

てきている。そのため、十分な出力電流で低エミッタンスの電子ビームを出力することができる電子銃が求められている。このような電子銃として、陰極から出た電子を高い電界で加速し、ビームの広

がりを抑える高周波電子銃が研究され、実際に利用されてきている。その一方で従来の直流型電子銃とは異なった構造で、より高輝度な電子ビーム

を生成する直流型電子銃の研究も行われてきている。

2.2 高周波電子銃1980年代半ばに、定在波型高周波空洞内壁で電子を直接発生させる高周波電子

銃が米国 Los Alamosの研究者によって提唱・製作された。高周波電子銃は熱電子放出を用いる熱陰極型高周波電子銃と、レーザーの光電効果による光電子放出をもちいる光陰極型高周波電子銃とにわかれる。

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高周波電子銃において陰極表面で発生した電子は空洞内の高周波加速電場によりただちに数MeVという相対論的運動量まで加速される。そのため、電子同士の斥力による、エミッタンスの増加を低減することができる。図 2.1は高周波電子銃の動作原理を表したものである。高周波電子銃は通常とな

りあうセルに立つ共振モードの位相差が πの定在波型共鳴空洞が用いられる。高周波の管内波長を λとしたとき、最初の陰極を含むセルの長さは λ/4として

いる。これにより、陰極表面に強い電場が誘起され、発生した電子が電子同士の斥力により発散しないうちに相対論的エネルギーまで加速される。しかし、より小さいエミッタンスを目指すと高周波電子銃では、加速高周波に

よるエミッタンスの増大、電子同士の斥力によるエミッタンスの増大、そして熱エネルギーによる初期エミッタンスが問題となってくる。

λ/4 λ/2

図 2.1: 高周波電子銃。定在波型高周波共鳴空洞の壁面に陰極をとりつけた構造となっている。

2.3 直流型電子銃2.3.1 空間電荷制限電流直流型電子銃では陰極から電子が放出され、かけられている直流電場によって、

陽極孔からビームとして取り出される。熱陰極銃のように、電子ビームが陰極から陽極まで移動するより長いバンチ長を発生させる場合、電子銃のある部分をみると常に同量の電子が空間内に存在している状態とみなせる。このように個々の電子の運動ではなく、準静的な状態として電子ビームを記述できることを空間電荷制限状態という。

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このとき、陰極・陽極間の電場は次のように考えることができる。簡単のため、陰極と陽極を平行平板として考えると、空間電荷のない状態では図 2.2(a)に示してあるように、陽極から出た電気力線は全て陰極へ到達している。図 2.2(b)は陽極から出た電気力線の一部が空間電荷で終端される様子を表している。空間電荷が存在することにより、陰極近傍の電場が低下しているのが分かる。その後、陰極・陽極間の電位差を一定として空間電荷の量を増やしていくと図

2.2(c)に示されているように、全ての電気力線が空間電荷により終端され、陰極へは到達しなくなる。この状態ではいくら電子が放出されてもビームとして取り出せないので、陰極から取り出せるビーム電流には限界が存在することになる。この限界に相当する電流を空間電荷制限電流という。この空間電荷制限状態での最

図 2.2: 空間電荷による電場の低減の様子

大電流値はChilds-Langmuirの法則 [9]に従い、電流値は電子銃の加速電圧の二分の三乗に比例している。加速電圧に対するビーム電流の変化を図 2.3に示す。

図 2.3: 熱電子銃から得られるビーム電流の加速電圧による変化

低い加速電圧では上で述べたようにビーム電流はビーム自身が作る電場によって制限されるため空間電荷制限と呼ばれる。この領域では電流が陰極からの放出

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量ではなくて加速電圧により制限されているので、陰極の温度に対して電流は変化しない。さらに電場を上げていくと、電場に対して電流は飽和する。この領域では電流

は陰極からの放出電流により制限されているために、陰極の温度により電流も変化する。この領域を温度制限領域という。

2.3.2 Pierce型電子銃

一般に直流型電子銃は電子の走行時間に比べ長いパルス幅で使用される。従って定常解であるポアソン方程式を解けば、電子の軌道が分かる。

1939年にWheneltと Pierceは空間電荷制限電流領域の熱陰極電子銃において、高い輝度を実現するための電子銃の設計法を考案した。その原理に基づく電子銃を Pierce型電子銃といい、現在の加速器の電子源として広く用いられている。図 2.4にPierce型電子銃の電場の様子を表す。Pierce型電子銃では陰極周辺に電

場整形用の電極を持たせている。この電極は発案者の一人であるWheneltにちなんで、ウェネルト電極と呼ばれている。このウェネルト電極に角度を持たせて設置することで、電子同士の空間電荷力、ビームのつくる電場による加速電場の歪み補正し、空間電荷制限領域において平行なビームを引き出すことを目指した構造となっている。

図 2.4: Pierce型電子銃内の電場の様子。平行電子流を つくるための電場の等電位線がいくつか描かれている。

10

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2.3.3 三極管構造熱陰極電子銃では高温に熱した熱陰極から発生する熱電子を電子源として用い

る。熱陰極からビームは連続的に発生するので、パルス状のビームを得るためには陰極近傍に制御用の電極を設置して陰極との電位差を変えることによってビームの発生を制御している。いわゆる三極管構造である。ビームのパルス幅はグリッドに印加する電気パルス幅により決定されるため熱陰極電子銃だけでは 1nsよりも短い時間幅のビームをつくることは困難である。しかし、この制御電極の利点は、陽極にかけた高電圧ではなく制御電極にかけた電圧を少し変化させるだけで、ビーム電流を制御できるという点にある。このように陰極、陽極、制御電極により構成される電子銃を三極管電子銃という。この制御電極はその形状から、グリッドと呼ばれている。グリッド構造の例を

図 2.5に示す。グリッドは二極管内でつくられる等電位面に沿って、そこでの電位と同じ電位に保たれる。したがって、グリッドを挿入することで電位分布は影響を受けない。しかし実際にはグリッドは有限の太さを持っているため、電場が歪んでしまい、高輝度の電子ビーム生成においてはエミッタンスを増大させてしまう問題を有している [10]。

図 2.5: グリッド構造の例

2.3.4 高輝度直流型電子銃高輝度ビームを得るための電子銃としては高周波電子銃以外にも、従来とは違っ

た構造を用いた直流型電子銃の開発も行われている。理化学研究所・播磨研究所では、軟X線自由電子レーザー計画(SCSS計画)を

進めており、1 π mm mrad以下というエミッタンスを目標としている。

11

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この電子銃では、直径 3 mmの CeB6単結晶を陰極に用い、5 cmの陰極と陽極間に 500 kVの高電圧を印加し、さらにグリットを持たない構造にすることで、エミッタンスの増加を抑制している。現在まで得られている実験結果ではビーム電流が 1 Aの時に、規格化エミッタ

ンスが 1.1π mm mradという、従来の加速器で得られていた値の 100分の 1の超低エミッタンスが実現されている [11]。

12

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第3章 ビームの運動とエミッタンス測定の原理

3.1 粒子ビームの運動3.1.1 フレネ-セレ曲線座標系まず、加速器内で運動する粒子を扱う場合の座標系と、運動方程式について述べ

る [12, 13]。加速器の中では通常の直交座標系で粒子の運動を記述するより、ビーム軌道に沿った座標系を用いた方が便利な場合が多い。図 3.1のように、ビームの理想軌道 �r0(s)に沿った軸を s軸とおく右手曲線座標

系 (x, y, s)を考える。ここで、sは理想軌道上での長さである。理想軌道に対しての接線方向の単位ベクトル sは

s =d�r0(s)

ds(3.1)

とおける。このとき、理想軌道中の位置 sにおける曲率半径を ρ(s)とおくと、この接線の主法線ベクトル xは

x = −ρ(s)ds(s)

ds(3.2)

となる。そして、右手座標系となるように単位ベクトル y(s)を次式のようにおく。

s(s) = x(s)× y(s) (3.3)

この座標系はフレネ-セレ曲線座標系と呼ばれ、この座標系では、単位ベクトルx, y, sに次のような関係がある。

dx(s)

ds=

1

ρ(s)s + τ(s)y(s),

dy(s)

ds= −τ(s)x(s) (3.4)

ここでは、ひとつの平面内に理想軌道がある場合を考えるため、τ(s) = 0とする。このとき、理想軌道の周りの粒子の軌道は

�r(s) = �r0(s) + xx(s) + yy(s) (3.5)

と表わされる。

13

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xy

s

図 3.1: フレネ-セレ曲線座標系

3.1.2 粒子ビームの運動方程式

荷電粒子の運動量を �p = γm0�v、速度を �v = d�r/dt、電荷を qとし、磁場 �Bのみを考えたとすると運動方程式は

d�p

dt= q�v × �B (3.6)

となる。ここで、磁場 �Bは各成分を用いて

�B = Bxx + Byy + Bss (3.7)

とおくことができる。また、相対論的な運動を行っている粒子の質量をm = m0γとすると、式(3.6)

の運動方程式は

md2�r(t)

dt2= q

(d�r(t)

dt× �B

)(3.8)

と変形できる。ここで、式(3.1)から式(3.5)を用いると位置 �rの時間微分は

d�r

dt=

dx

dtx +

dy

dty +

(1 +

x

ρ

)ds

dts (3.9)

のように表せる。また、式(3.7)、(3.9)を用いると式(3.8)の x成分 y成分はそれぞれ

d2x

dt2−(

1 +x

ρ

)1

ρ

(ds

dt

)2

=q

m

dy

dsBs − q

m

(1 +

x

ρ

)ds

dtBy 

d2y

dt2=

q

m

(1 +

x

ρ

)ds

dtBx − q

m

dx

dsBs

(3.10)

14

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のように表すことができる。ここで、独立変数を時間 tから設計軌道 sに変換することを考える。いま、曲

率半径 ρと理想軌道上のビームの移動距離 dsから、理想軌道に対する角度変化dθを ds = ρdθと定義する。このとき、ビームの進行方向の速度を vsとおくと、dθ = vsdt/(ρ + x)とおける。この関係より、

dt =ρ + x

vsρds (3.11)

が導かれる。この式を(3.10)に代入すると

x′′ − ρ + x

ρ2=

qBs

p

(1 +

x

ρ

)y′ − qBy

p

(1 +

x

ρ

)2

y′′ =qBx

p

(1 +

x

ρ

)2

− qBs

p

(1 +

x

ρ

)x′

(3.12)

となる。ここで、x′, y′は x, yに対する sの微分を示している。これがフレネ-セレ曲線座標系 (x, y, s)で表した電子ビームの (x, y)平面内での運動方程式である。加速器では偏向電磁石、四極電磁石、六極電磁石、ソレノイド電磁石などが用

いられるが、荷電粒子に対して運動方程式が線形に取り扱える電磁石は理想的には四極電磁石までの電磁石であり、それ以上の高次の多極電磁石では運動方程式が非線形になる。しかし多くの場合には線形な範囲で運動を考えても十分であるので、偏向電磁石と四極電磁石の磁場だけが存在する場合を考える。磁力線の向きが y方向の偏向電磁石と四極電磁石を用いるとすると、電子ビー

ムの軌道上の磁場の各成分は

Bx =∂Bx

∂yy, By = B0 +

∂By

∂xx, Bs = 0 (3.13)

と表すことができる。ここで、B0は偏向電磁石の磁場である。また、∂By/∂x,

∂Bx/∂yは磁場の勾配を表しており、四極電磁石ではこの勾配が理想軌道上付近で一定になるように設計される。つまり、理想軌道付近では∂Bx/∂y = ∂By/∂xの関係が成り立つようになっている。ここで、B1 = ∂Bx/∂yとおき、式(3.13)を式(3.12)の運動方程式に代入し、x, yの 1次の項までで式を展開すると

x′′ + Kx(s)x = 0, Kx = 1/ρ2 + K1(s)

y′′ + Ky(s)y = 0, Ky = −K1(s)(3.14)

と変形できる。ここで、K1(s) = B1/B0ρとなっている。さらに水平方向と垂直方向をまとめた形で、この運動方程式は

u′′(s) + K(s)u(s) = 0 (3.15)

15

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と表せる。ここで、u(s)は x(s), y(s)を表した座標記号である。この運動方程式に従う水平および、垂直面内の振動をベータトロン振動と呼ぶ。一般的にK(s)は円形加速器の周長をLとしたとき、周期関数として

K(s + L) = K(s) (3.16)

となる。線形加速器などではL→∞として扱える。式(3.15)のような、周期性をもつ線形な二階微分方程式はHillの方程式と呼ば

れるものであり、例えばK(s)が位置 sに関係なく定数ならば、調和振動を表す微分方程式と同じになり、その解は

u(s) =

⎧⎪⎨⎪⎩

a cos(√

Ks + b), K > 0,

as + b, K = 0,

a cosh(√−Ks + b), K < 0,

(3.17)

となる。振動の定数 a, bは初期値 u(s0), u′(s0)で決定する。

3.1.3 転送行列とTwissパラメータいま、u(s), u′(s)をまとめて

uuu(s) =

(u(s)

u′(s)

)(3.18)

とおくと、式(3.15)の解は転送行列M(s|s0)を用いて、

uuu(s) = M(s|s0)uuu(s0) (3.19)

と表すことができる。式(3.15)のように一階微分の項を含まないときには転送行列M(s|s0)の行列式は detM = 1となっている。式(3.17)より自由空間と四極電磁石の転送行列はそれぞれ

M(s|s0) =

⎧⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎨⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎪⎩

(cos√

Kl 1√K

sin√

Kl

−√K sin√

Kl cos√

Kl

)K > 0(

1 l

0 1

)K = 0(

cosh√|K|l 1√

|K| sin√|K|l

−√|K| sin√|K|l cos√|K|l

)K < 0

(3.20)

となる。ここで、l = s− s0とした。また式(3.20)は上から順にビームを水平方向に収束させる四極電磁石、自由空間、垂直方向に収束させる四極電磁石の転送

16

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行列である。四極電磁石において√

Klを一定に保ったまま、l → 0となるような薄肉近似を仮定すると、転送行列は

Mfocusing =

(1 0

− 1f

1

), Mdefocusing =

(1 01f

1

)(3.21)

と簡単にできる。ここで、焦点距離 f は

f = liml→0

1

|K|l (3.22)

で与えられている。

加速器でよく用いられるTwissパラメータ α, β, γを用いて転送行列を表すと、

M =

(cos Φ + α(s) sin Φ β(s) sinΦ

−γ(s) sin Φ cos Φ− α(s) sin Φ

)(3.23)

となる。ここで、β(s)はベータ関数と呼ばれ、√

β(s)は xまたは y平面でのビームエンベロープを表す。また、転送行列Mは detM = 1の関係をもっているので、

γ(s) =1 + α(s)2

β(s)(3.24)

の関係が成り立つ。この式(3.15)は Floquetの定理 [14]より、

u = a√

β(s) cos(Φ(s) + Φ0) (3.25)

の解を持つことが知られている。ここで aは定数、Φ(s)はベータトロン振動の位相の進みを、Φ0は初期位相を表している。

3.1.4 エミッタンスベータトロン振動の振幅にかかるパラメータ aは a =

√εの形で表され、この ε

はCourant-Snyder不変量と呼ばれ、

C(u, u′) =1

β

[u2 + (αu + βu′)2

]= γu2 + 2αuu′ + βu′2 = ε (3.26)

とおける。この εをエミッタンスと呼び、初期条件 (u0, u′0)によって与えられる粒

子の位相空間上の運動の軌跡は図 3.2のC(u, u′) = εとなるような楕円になり、その楕円の面積は πε となる。

17

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u

u'

γ ε

ε/β

β ε

ε/γ

Slope = − γ/α

Slope = − α/β

図 3.2: Courant-Snyder不変量で表される粒子の位相空間での運動の軌跡

実際のビームのエミッタンスとは、この単一粒子におけるCourant-Snyder不変量を多数の粒子で統計平均した量であり、確率分布関数をW (u, u′)とおいたとき、平均値、分散を

< u >=

∫uW (u, u′)dudu′, < u′ >=

∫u′W (u, u′)dudu′ (3.27)

σ2u =

∫(u− < u >)2W (u, u′)dudu′, σ2

u′ =

∫(u′− < u′ >)2W (u, u′)dudu′

σuu′ =

∫(u− < u >)(u′− < u′ >)W (u, u′)dudu′

(3.28)

のように定義すると、rmsエミッタンスは次のように定義される。

εrms =√

σ2uσ

2u′ − σ2

uu′ (3.29)

また、ローレンツ因子 β, γ を用いると、粒子の垂直方向の運動量は pu = pu′ =

mcβγu′で与えられているため、エミッタンスはビーム軌道方向の運動量に反比例する。そのため、ローレンツ因子 β, γを用い

εn = βγε (3.30)

となるように、規格化を行う。εnを規格化エミッタンスと呼び、ビームの運動量に依存しない値となり、異なるビームエネルギーを持つビームのエミッタンスを同一の指標で比較することができる。

18

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3.2 エミッタンス測定法エミッタンスの測定には様々な方法があるが、ここでは本研究で行ったソレノ

イドスキャン測定法 [15, 16]とダブルスリット測定法 [17]について説明する。

3.2.1 ソレノイドスキャン測定法ソレノイドスキャン測定法ではエミッタンス測定として広く用いられている四

極電磁石スキャン測定法を利用し、エミッタンスの算出にソレノイド磁場中での転送行列を用いて、エミッタンスを求めている。まず、一般的な四極電磁石スキャン測定法を説明する。そして、ソレノイド電磁石を用いたエミッタンス測定の説明する。

四極電磁石スキャン測定法

式(3.28)に示した分散はエミッタンスを求めるために重要なパラメータとなる。この各分散を行列として

σσσ =

(σ11 σ12

σ12 σ22

)=

(σ2

u σuu′

σuu′ σ2u′

)(3.31)

とおく。ここで σ12 = σ21となっている。σσσをシグマ行列といい、式(3.18)を用いると

σσσ =< (uuu− < uuu >)(uuu− < uuu >)† > (3.32)

の形でも書ける。ここで、uuu†はuuuの転置行列である。転送行列M(s|s0)を用いると、このシグマ行列の変化は

σσσ(s) = M(s|s0)σσσ(s0)M(s|s0)† (3.33)

と記述できる。

今、エミッタンス測定のために図 3.3のような測定系を考える。ビームを収束させる四極電磁石と、ビームサイズを測定するスクリーンを用いている。ここでは簡単のため四極電磁石の長さを自由空間の長さに比べ十分短いと仮定する。四極電磁石の位置を s0、スクリーンの位置を s1とし、自由空間の長さを L =

s1 − s0とおくと、式(3.20)、(3.21)より四極電磁石、自由空間を通過する転送

19

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図 3.3: 四極電磁石を用いたエミッタンス測定法:四極電磁石を通ったビームの大きさをスクリーンで測定する。ここでは四極電磁石の厚みを十分薄いものとしている。

行列は、

M =

(1 L

0 1

)·(

1 0

− 1f

1

)

=

(1− L

fLd

− 1f

1

)(3.34)

となる。式(3.33)この転送行列を代入すると、スクリーン位置での電子ビームの位置の

分散 σ11(s1)は四極電磁石での各分散 σ11(s0), σ12(s0), σ22(s0)を用いて

σ11(s1) =σ11(s0)L

2

f 2− {σ11(s0) + σ12(s0)L}2L

f+ σ11(s0) + σ12(s0)L + σ22(s0)L

2

(3.35)

と書き表せる。式(3.35)は焦点距離 1/f の二次関数の形になっていると分かる。σ11(s1)はスクリーンの位置でのビームサイズの二乗であるので、四極電磁石の強さ(=焦点距離)を変えてビームサイズを求めることで、式(3.35)の多係数の値が求まる。そして、式(3.29)から、四極電磁石位置でのエミッタンスを算出することができる。次に、これをソレノイド磁場に適用する。

ソレノイド磁場内での運動方程式

フレネ-セレ曲線座標系 (x, y, s)において、ポテンシャルV をテーラー展開すると

V (x, y, s) = −p

e

∑p,q≥0

Apq(s)xp

p!

yq

q!(3.36)

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となる。ここで、Apqは n(= (p + q))次の 2n極成分のベクトルポテンシャルである。ソレノイド内では、横への偏向を受けないので、ニ極成分は A10 = A01 = 0

となる。このとき四極成分は、式 (3.36)とラプラス方程式から求まる漸化式 [18]

より、A20 + A02 = −A′′

00 (3.37)

となる。ここで、A′′ = d2A/ds2である。今 x、yに関して磁場の対称性からA20 =

A02なので、A20 = A02 = −1

2A′′

00 (3.38)

とおける。これを用いると、ソレノイド内でのポテンシャル Vsは式 (3.36)より、

Vs(x, y, s) = −p

eA00 − 1

4A′′

00(x2 + y2) (3.39)

と変形できる。よって、式 (3.39)とB = −∇V (x, y, s)より、それぞれの磁場の成分は、線形近似で

Bs =p

eA′

00

Bx = −p

e

1

2A′′

00x = −1

2B′

sx (3.40)

By = −p

e

1

2A′′

00y = −1

2B′

sy

とできる。式(3.37)、(3.40)の 2式により、四極成分による横方向の磁場Bx, By

とビーム軸方向の磁場Bsが結び付いていると分かる。ここで、横方向の磁場の成分は図 (3.4)に示すような、ソレノイドの外縁領域

で s軸方向の磁場 Bsが変化するときに表れる磁場である。このときの磁場BBB =

(−12B′

sx,−12B′

sy, Bs)を用いて、運動方程式を立てると、

x′′ =e

p(vvv ×BBB)x

=e

p(Bsvy −Byvs)x

=e

pBsy

′ +1

2

e

pB′

sy (3.41)

y′′ =e

p(vvv ×BBB)y

=e

p(Bxvs − Bsvx)y

= −1

2

e

pB′

sx−e

pBsx

′ (3.42)

とおける。ここで、ソレノイドの場の強さとして、g(s) = epBsとおくと、上の運

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図 3.4: ソレノイド磁場

動方程式は

x′′ − g(s)y′ − 1

2g′(s)y = 0

y′′ + g(s)x′ +1

2g′(s)x = 0 (3.43)

と表せる。

ここで、複素表示で座標回転を

R = (x + iy)e−iφ(s) (3.44)

と定義する。式 (3.43)を複素表示で表すと、

(x + iy)′′ + ig(s)(x + iy)′ + i1

2(x + iy) = 0 (3.45)

とでき、式 (3.44)より

(x + iy)′ = R′eiφ + iφ′Reiφ (3.46)

(x + iy)′′ = R′′eiφ + 2iφ′R′eiφ + iφ′′Reiφ − φ′2Reiφ (3.47)

となるので、式 (3.45)は

R′′ − [g(s)φ′ + φ2]R + i2[φ′ +1

2g(s)]R′ + i[φ′′ +

1

2g′(s)]R = 0 (3.48)

とおける。さらにソレノイド場の始点を s0とし、回転角 φ(s)を

φ(s) = −1

2

∫ s

s0

g(s)ds (3.49)

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とすると、φ′(s) = −12g(s)、φ′′(s) = −1

2g′(s)となるので、式 (3.48)は

R′′ +1

4g(s)R = 0 (3.50)

と単純な運動方程式で表せる。そして、R = v + iwとおくと、線形な運動方程式、

v′′ +1

4g2(s)v = 0

w′′ +1

4g2(s)w = 0 (3.51)

ができる。式 (3.51)は四極磁場での方程式と同じなので、収束関数K(s) = 14g2(s)と

して、ソレノイド電磁石の長さLsol = s1−s0での転送行列MMM solはφ(s) = 12g(s)Lsol

とおくと、

MMM sol(s|s0) =

⎛⎜⎜⎜⎝

cos φ 2gsin φ  0 0

−g

2sin φ cos φ 0 0

0 0 cos φ 2gsin φ 

0 0 −g

2sin φ cos φ

⎞⎟⎟⎟⎠ (3.52)

となる。これよりソレノイド電磁石、自由空間を通過する転送行列MMM は

MMM =

⎛⎜⎜⎜⎝

1 Ld 0 0

0 1 0 0

0 0 1 Ld

0 0 0 1

⎞⎟⎟⎟⎠ ·

⎛⎜⎜⎜⎝

cos φ 2gsin φ  0 0

−g

2sin φ cos φ 0 0

0 0 cos φ 2gsin φ 

0 0 −g

2sin φ cos φ

⎞⎟⎟⎟⎠

=

⎛⎜⎜⎜⎝

cos φ− gLd

2sin φ Ld cos φ + 2

gsin φ 0 0

−g

2sin φ cos φ 0 0

0 0 cos φ− gLd

2sin φ Ld cos φ + 2

gsin φ

0 0 −g

2sin φ cos φ

⎞⎟⎟⎟⎠

(3.53)

とおける。ここで、シグマ行列を

σσσ =

⎛⎜⎜⎜⎝

σx11 σx12 0 0

σx12 σx22 0 0

0 0 σy11 σy12

0 0 σy12 σy22

⎞⎟⎟⎟⎠ (3.54)

とおく。式(3.53),(3.54)を用いて、式(3.33)を解く。ここで、s軸に対して

23

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円筒対称なビームを仮定しすると、σx11 = σy11となり、u = x, yとすると

σu11(s1) =σu11(s0)(cosφ− gLd

2sin φ)2

+ 2σu12(s0)(cosφ− gLd

2sin φ)(

2

gsin φ + Ld cos φ)

+ σu22(s0)(2

gsin φ + Ld cos φ)2 (u = x, y) (3.55)

と書ける。ここで、φ = 12gLsolとおいており、式(3.55)は φのみの関数になる。

従って、四極電磁石スキャンと同様に磁場の強度を変えながら s1の位置でのビームサイズを測定することにより、各パラメータσ11, σ12, σ22が求まり、式(3.29)より、エミッタンスを求めることができる。

3.2.2 ダブルスリット測定法ダブルスリット測定法ではビームライン上に設置されたスリットで電子ビーム

を切り取り、その下流でさらにビームを切り出すことで、電子ビームの位相空間分布を測定し、エミッタンスを算出する方法である。まず、ダブルスリット測定法を位相空間分布上で説明する。図 3.5にダブルスリッ

ト測定法による、位相空間の切り出しの様子を示す。図に入っている、縦線、斜線はスリットにより切り出されるビームレットである。今、説明のため図では位相空間分布を楕円と仮定している。第1スリットの位置で、図 3.5の左図のような位相空間があるとする。まず赤色の領域で示される第1スリットで切り出した電子ビームレットが自由

空間 Lを移動することで、右図のように変化する。さらにその電子ビームレットを切り出し、電荷量を測定する。こうして、上流と下流のスリットをスキャンしながら電荷量を測定することで、第1スリット上の位相空間分布を再現することができる。ダブルスリット測定法では図 3.6のような測定系を考える。第1スリット位置を s0、第2の位置を s1とおき、その間の自由空間の長さ Lを

L = s1 − s0とおく。ダブルスリット測定法ではまず、第1スリット位置でビームを切り出すことに

より、第1スリットの位置 s0でのビームの位置 u(s0)を決める。その後、下流にある第2スリットでビームを切り出すことで、第2スリットの位置 s1でのビームの位置 u(s1)と、切り出されたビームの電荷量Qを測定する。

u′ = du/dsの関係式から、2地点でのビームの位置 u(s0), u(s1)を用いて、第1スリットの位置でのビームの角度広がり u′(s0)は

u′(s0) = arctanu(s1)− u(s0)

L(3.56)

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図 3.5: 位相空間分布上での電子ビームの切り出し:赤色の領域は第1スリットで切り出される電子ビーム、緑色は第2スリットで切り出される電子ビーム

として、求めることができる。それぞれのスリットを走査し、第1スリットの位置 u(s0)、角度広がり u′

(s0)を得ることで、第1スリットでのエミッタンスを求めることができる。エミッタンスの算出では、式(3.27)、(3.28)を用いるが、測定により得られる

値は離散的になるために、各平均、分散の算出には次式を用いる。

< u >=

∑i uiQi∑i Qi

, < u′ >=

∑i u

′iQi∑

i Qi

(3.57)

σ2u =

∑i(ui− < u >)2Qi∑

i Qi

, σ2u′ =

∑i(u

′i− < u′ >)2Qi∑

i Qi

σuu′ =

∑i(ui− < u >)(u′

i− < u′ >)Qi∑i Qi

(3.58)

測定から求められた各分散を式(3.29)に代入することでエミッタンスを算出することができる。

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u( )

L

s

u'( )

u( )

s1s0

s1

s0

s0

図 3.6: ダブルスリット測定法

26

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第4章 低エミッタンス熱陰極直流型電子銃

4.1 電子銃とビーム輸送系の設計シミュレーション結果 [8]より SP BWO FELのためには、数 10 keV程のビー

ムエネルギー、100 mA以上のビーム電流、また 1 π mm mrad 以下のエミッタンスが要請される。さらに、核理研で現在使用している電子銃との交換も視野に入れているため、ビーム電流値が 300 mA以上、パルス幅が 1 ∼5 μsec、繰り返しが300 ppsという性能が要求されている。電子銃の仕様を表 4.1に示す。

ビームエネルギー 50 keV (Max.)

最大ビーム電流 > 300 mA

パルス幅 1∼5μsec

繰り返し 300 pps (Max.)

規格化エミッタンス <1 π mm mrad

表 4.1: 電子銃の仕様

この仕様を満たすために、本研究の電子銃では通常の熱陰極電子銃で用いられるような Pierce型電子銃とは異なった構造を持たせている。

4.1.1 電子銃の構造図 4.1に示すように、本研究の電子銃では、一般的なPierce型電子銃のもつウェ

ネルト電極の形状をしていない。その代わり、平行平板型のウェネルト電極の形状を用いている。

Pierce型電子銃では横方向の空間電荷力を打ち消すように、ウェネルト電極に傾斜角を設けて陰極表面近傍に集束電場を作る。しかし、陰極の取付誤差や熱歪による位置の変化によって、陰極中心がビーム軸からずれた場合、集束電場がビームに対して軸対称に作用しなくなり、場合によってはエミッタンス増大に繋がる恐れがある。

27

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φ

図 4.1: 陰極周辺部の構造図 4.2: 電子銃電源ブロック図

また、加速器を運転する上でビーム電流を広い範囲に渡って変化させる必要性が出てくることが予想される。陰極は温度制限領域において動作させており、Pierce

型電子銃から小電流のビームを発生する場合、ビームが過集束してしまうためビーム軌道の調整が困難になることが予想される。平行平板型のウェネルト電極では過集束することはない。しかし、無限平行平板ではないために等電位面が平行にならず、さらに電子ビー

ム自身のつくる電場などのため、等電位面に歪みが生じてしまう。その電場を補正するため、図 4.2に示すように、ウェネルト電極にバイアス電圧を印加できる構造とした。ウェネルト電極にバイアス電圧を印加することで陰極との間に電位差を生じ、陰極付近の電場を調節可能とした。また、陰極と陽極間を 15 mmと狭めることで、50 kVの比較的に低い引き出し

電圧でありながら高い電界強度で加速することができ、ビームの広がりを抑制できる。さらに、グリッドによる電場の歪みがエミッタンス悪化させるため、陰極にパルス的な加速電圧を印加することでグリッドを持たないものとした。

4.1.2 単結晶LaB6陰極

小さなエミッタンスのビームを生成するには、後述するように、初期のエミッタンスを小さく抑えるために陰極も小径のものが望ましい。しかし、陰極の径を小さくしてしまうと、十分な電流量を得ることが難しくなる。そのため、陰極には高い電流密度をもつ物質が必要となる。熱陰極において高い電流密度を得るには、仕事関数が低く、高い運転温度で使

用可能な物質が求められる。このような性質を持つ物質として希土類ホウ化物が知られている。希土類ホウ化物には12種類存在するが、特に高い電流密度が得ら

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れるものとしてLaB6やCeB6が挙げられる [19, 20, 21]。LaB6とCeB6の性質はほぼ同様で、電子顕微鏡の分野などでは広く使用されている物質である。そのため、本研究の電子銃では LaB6を陰極に使用し、陰極の直径を 1.75 mm

とした。また、陰極の寿命も長く現在までに 4000 時間以上の運転において安定した電流値を得られている。図 4.3に使用している LaB6陰極の写真を示す。

図 4.3: LaB6単結晶陰極

さらに、単結晶のLaB6を用いることで、電子ビームの広がりを抑制した。多結晶のLaB6の場合、表面構造に凹凸があり陰極から出た電子が、単結晶の表面から出た電子に比べ広がってしまう [22]。

陰極温度の測定

LaB6陰極は図 4.2に示すようにヒーター電源を用いて、陰極を加熱している。熱陰極を用いる際、陰極温度は熱エミッタンスや電流量に関係する重要なパラメータである。陰極温度はCHINO社製 IR-CAS3CSの放射温度計を用いている。この放射温度計は測定精度として±2 %、測定範囲が 900 Kから 3200 K、分解能が 0.5

Kとなっている。この陰極にかけたヒーター電流値とそのときの陰極の放射温度を図 4.4に示す。

29

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1000

1200

1400

1600

1800

2000

4 5 6 7 8 9 10

[ K

]

[A ]

図 4.4: ヒーター電流と陰極温度

熱エミッタンス

陰極表面から放出された熱電子は乱雑な熱運動を行っており、この熱運動によるエミッタンスを熱エミッタンスと呼んでいる。陰極表面に対し、平行な方向のエネルギーEは

E =4πm(kT )3

Nh3e(− φ

kT) (4.1)

とおける。ここでm = γm0は電子の質量、T は陰極温度、φは仕事関数、kはボルツマン定数、hはプランク定数となっている。また、ここで陰極から放出される熱電子数N は

N =4πm(kT )2

h3e(− φ

kT) (4.2)

として表せるので、

E = kT (4.3)

となる。このエネルギーEは円筒座標系における半径方向のエネルギーであるので、これより直交座標系における横方向(x方向)のエネルギーExは、電子ビームが xと yに対して対称に分布していると仮定すると、

Ex =kT

2(4.4)

となる。

30

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いま、運動量 pxは γ = 1と近似できるので、

px =

√2Ex

m0c2(4.5)

となり、横方向のエミッタンス εxは

εx = σxpx = σx

√kT

m0c2(4.6)

と与えられる。ここで、σxはビームの x軸への射影の標準偏差である。陰極表面での電子分布は分かっていなが、電子分布は陰極よりも大きくはなら

ないので、陰極半径をRとし σx = R2 とおき、式(4.6)を

εx =R

2

√kT

m0c2(4.7)

とおく。この式を用いると、本研究のの電子銃では陰極半径は 1.75/2=0.875 mmとなっ

ているので、陰極温度が 1900 Kのとき、熱エミッタンスは 0.25 π mm mradとなる。後述するように、仕様の 300 mAを得るための陰極温度は 1800 K以下で十分であり、従って熱エミッタンスはさらに小さいものとなる。

陰極の設置

陰極の設置にはレーザー変位計と 2軸ステージを用いて行っている。レーザー変位計にはKEYENCE社製LK-G80を用いている。このレーザー変位計は分解能が 0.01 μm、測定精度が± 5%となっている。陰極部をステージでスキャンしてレーザー変位計で表面までの距離を測ることで、陰極とウェネルト面の平坦度を計測し、組み立てを行った。この方法により、ウェネルト電極の表面に対して±50

μm以下の平坦度になるように陰極を設置した。図 4.5に使用した変位計を図 4.6に設置されたの写真を示す。また、陰極はウェネルト電極に対して中心に設置している。顕微鏡により±100

μm以下の精度で設置されている。図4.7に顕微鏡により観察した陰極の様子を示す。

31

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図 4.5: レーザー変位計と 2軸ステージ

図 4.6: ウェネルト電極に固定された陰極の様子

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図 4.7: 顕微鏡により観察した陰極の様子

4.1.3 ビーム輸送系

図 4.8に電子銃とビーム輸送系、また図 4.9 に測定系を含めた写真を載せる。陰極、陽極間で加速されたビームは陽極通過後すぐにソレノイド電磁石で収束

され、その後CTにおいて全電流の測定を行っている。CTには bergoz社製のFast

Current Transformer(FCT-DN100/38x22.4)を用いている。このCTは立ち上がり時間が 300 psec、平均最大電流値が 2.8 A、得られる電圧に対する電流値の変換係数が 2.5 V/Aとなっている [23]。

図 4.8: 低エミッタンス熱陰極直流型電子銃

33

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図 4.9: 電子銃と測定系

4.1.4 ソレノイド電磁石

使用したソレノイド電磁石の形状を図 4.10に示す。コイルの巻き数は 300巻きとし、ヨークには純鉄を用いた。幅 14 mmのコイルをヨークで覆い、さらにヨークの先端を斜めに切り取ることで磁束を集中させ、陰極周辺にまで磁場の影響が及ばない構造になっている。図 4.11はソレノイド電磁石の磁力線を示したものである。今回、ソレノイド電

磁石の磁場計算には POISSONという、計算プログラムを用いている。POISSON

は Los Alamos Accelerator Code Group(LAACG)で開発された 2 次元の磁場解析コードである [24]。図 4.12に例としてソレノイド電磁石の電流値が 1 Aのときの s 軸上でのビーム

軸方向の磁場の強さBsの分布を示す。ここでは、ソレノイド電磁石の中心を原点としている。今、陽極とソレノイドの中心は約 35 mm離れている。poissonでの結果より、陰極と陽極間での磁場の強さは 0.4 G以下となっている。この結果を用いて、磁場の実効長を求める。ある位置 sでの磁場の強さをBs(s)、

磁石の中心磁場をBs0とおいたとき、磁場の実効長 leff は一般的に

leff =

∫Bs(s)ds

Bs0(4.8)

と表される。図 4.12の計算結果から、磁場の実効長 leff は

leff =

∑n Bs(sn)× 1

Bs0

∼ 20.2[mm] (4.9)

と求まった。

34

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図 4.10: ソレノイド電磁石の形状図 4.11: ソレノイド電磁石の磁力線:POISSONの出力結果

また、図 4.12より、ソレノイド電磁石の中心 s = 0のとき得られる磁場の強さは 184 Gなので、ソレノイド電磁石に流す電流値を I としたとき、その流した電流値での中心磁場の強さBs0I

Bs0I[G] = 184I[A] (4.10)

となる。

35

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s [ mm ]-60 -40 -20 0 20 40 60

Bs

[ G

]

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

図 4.12: ソレノイド電磁石の磁場分布

4.2 電子銃の特性陰極温度 1800 K、加速電圧 50 kVにおける陽極を出た直後に得られたオシロス

コープ波形を図 4.13に示す。測定は陽極直後にファラデープレートを設置しビームの全電流を測定している。約 3 μsecのパルス幅において、陰極温度 1800 Kで仕様の 300 mAを大きく越える電流値を得ることができた。また加速電圧 50 kVは平坦部でグラウンドレベルのふらつきの範囲で安定した電圧を保っており、ビーム電流は約 5 %以下の安定度を得ている。

500

400

300

200

100

0

-100

-3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6

0

50

25

[ μs ]

[ m

A ]

[ k

V ]

図 4.13: オシロスコープでの加速電圧とビーム電流の波形

36

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4.2.1 電流電圧特性電子銃の加速電圧に対する、放出電流量の測定を行った。この測定では図 4.14の

ように、陽極に電子の放出孔を開けず、陽極に届く全電流を測定する方法で行った。このとき用いた陽極の直径は98 mmであり、このとき陽極材には銅を用いている。陽極直径に比べ陰極は 1.75 mmと非常に小さく、また陰極と陽極間も 15

mmと狭いことから、陰極から放出された全電流を検出できる。

図 4.14: 放出電流値測定のブロック図

図 4.15にそれぞれの陰極温度での電子銃の電流-電圧特性を示す。陰極温度 1650

K、1800 K、1920 Kで測定を行った。1800 K以下の領域では加速電圧 50 kV付近で放出電流量は加速電圧に対しては安定であるが、陰極温度に依存した電流量を持つことが分かる。そのため、エミッタンス測定では陰極にヒーター電流を流した後、熱平衡状態になるまで時間を置き、ビーム電流値にふらつきが見られないように測定を行っている。この測定より陰極は 50 A/cm2もの電流放出密度を持っていると分かる。また、

陰極温度は 1800 K以下で電子銃に対する要求である電流 300mAを達成できる。

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0 10 20 30 40 500

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

図 4.15: 放出電流値と加速電圧

38

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第5章 エミッタンス測定

5.1 測定系についてエミッタンスの測定にはダブルスリット測定法とソレノイドスキャン測定法を

用いた。また、どの測定法の際でも電子ビームの繰り返しを 5 pps、パルス幅を約3 μsec に設定し測定を行った。測定は加速電圧 50 kVで行っているので、ローレンツ因子はそれぞれ、

β = 0.413, γ = 1.098

となるので、規格化エミッタンス εnは

εn = βγε = 0.453ε

として求まる。

次に使用したスリットについて説明する。スリットは図 5.1に示す構造になって

図 5.1: 実験に用いたスリット

いる。スリット板の素材には強度を上げるためにタングステンを用い、厚さを 50

μmとしている。この1枚のタングステン板に垂直方向、水平方向に幅 100 μmの2本のスリットを設けている。測定の際、このタングステン板を図のように斜め45度の角度で走査することで、1度の走査で電子ビームを垂直方向と水平方向両方で切り出すことができる。

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下部に開けている直径 15 mmのホールを使用することで、電子ビームをそのまま通過させることができる構造としている。また、このスリットの可動にステッピングモーターを用いており、制御をコン

ピュータにより行っている。このステッピングモーターによるスリットの最小の移動量は 10 μmとなっている。ソレノイドスキャン測定法、ダブルスリット測定法どちらでも、スリットのステップを 100 μmとして測定を行っている。図 5.2に測定に用いた測定機器の結線図を示す。CT、ファラデープレートから

得られる電荷量はオシロスコープで測定し、GPIBインターフェースを用いて測定用パソコンに測定値を保存している。また、スリットの可動のためのステッピングモーターはモーターコントローラーにより制御を行い、ステッピングモーターの移動距離を測定用パソコンに保存している。

図 5.2: 測定機器の結線図:オシロスコープにより、CT、ファラデープレートの電荷量を測定。モーターコントローラによりステッピングモーターを制御している。

スリットにより切り出された電子ビームは下流にて、ファラデープレートを用いて電荷量を測定している。図 5.3に使用したファラデープレートの写真を示す。このファラデープレートには厚さ 300 μm、直径 30 mmの銅板を使用し、オシロスコープを用いて電荷量を読み出している。図 5.4にオシロスコープで得られた波形を示す。図中 (a)100 μsの点により得ら

れる電荷量をグラウンドレベルとし、図中 (b)600 μs の点により得られる電荷量との差を読み取っている。また、今回、測定では水平方向を x軸、垂直方向を y軸として扱っている。

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図 5.3: 使用したファラデープレート:直径 30 mm、厚さ 300 μmの銅板を使用している。

-0.06

-0.04

-0.02

0

0.02

0.04

0.06

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

Volt

age

[ V

]

time [ μs ]

(a) (b)

図 5.4: オシロスコープによる信号の取得:電荷量を読み取る際、(a)点の電圧と(b)点の電圧の差を測定している。

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5.2 ソレノイドスキャン測定5.2.1 測定系

図 5.5にソレノイドスキャン測定法での測定系を示す。ソレノイドスキャン測定法では、ビームサイズはスリットによって切り出された電子ビームを、直後にあるファラデープレートで電荷量を得ることで、測定している。ソレノイド電磁石からスリットの位置までの自由空間の距離は 130 mmとなっ

ている。また、この測定はビーム電流 480 mAで行った。

s [ mm ]0 50 100 150 200 250

図 5.5: ソレノイドスキャン測定法での測定系

5.2.2 測定結果図 5.6中 (a)にソレノイド電磁石の中心磁場 647 Gにおける、ビームサイズの測

定結果を示す。2つ存在するピークは、水平方向と垂直方向2つのスリットによって電子ビー

ムが 2度切り出されるためである。図中 (1)はビームの水平方向の電流密度分布を示しており、(2)は垂直方向の電流密度分布を示している。得られた測定結果含まれるバックグラウンドを差し引くため、スリットを電子

ビームを切り取らない位置(スリット位置 50 mmの点)に移動させ、得られる電荷量の平均値を測定結果全体から差し引いた。図 5.6中 (b)はこのバックグラウンドを差し引いた後の結果である。同様にソレノイド電磁石の磁場を変化させ、各磁場の強さでの電流密度分布の

測定を行った。

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この測定ではソレノイド電磁石の電流値は 2.9 Aから 3.9 Aまで変化させた。対応するソレノイド電磁石の中心磁場は式(4.10)より、535 Gから 721 Gまでの値をとる。このとき得られた各中心磁場での電流密度分布の測定結果を図 5.7に示す。

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

015 20 25 30 35

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

015 20 25 30 35

図 5.6: ビーム電流密度分布の測定結果。(横軸はスリットの移動距離、縦軸はビーム電流である。):(a)バックグラウンド除去前、(b)バックグラウンドを差し引いた後

いま、陰極の設置は第 4章に述べた方法で行っている。測定結果に見られる、水平方向の電子ビームの分布と垂直方向の電子ビームの分布の形の違いは、陰極の設置誤差によりビームの中心軸に対してわずかにずれているため、水平方向と垂直方向とで異なった集束力を受けたと考えている。

43

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15 20 25 30 350

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

15 20 25 30 350

0

15 20 25 30 350

15 20 25 30 35

15 20 25 30 350

15 20 25 30 350

1

2

3

4

5

6

7

8

10

9

図 5.7: 各磁場の強さでの電流密度分布の測定結果:(a)中心磁場 535 G、(b) 中心磁場 573 G、(c)中心磁場 610 G、(d)中心磁場 647 G、(e)中心磁場 684 G、(f)中心磁場 721 Gとなっている。全てバックグラウンドは差し引いてある。

44

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5.2.3 エミッタンス解析図 5.7により得られた、電流密度分布を元にソレノイド電磁石の入口での各分散

を求める。表 5.1にこのとき得られた、ビームサイズの測定結果を示す。

ソレノイド磁石の ビームサイズ [ π mm mrad ]

中心磁場 [ G ] 水平方向 σx 垂直方向 σy

535 2.03 2.13

573 1.62 1.70

610 1.02 1.08

647 0.912 0.970

694 1.14 1.16

721 1.56 1.87

表 5.1: ビームサイズ測定結果

図 5.8に表 5.1から得られたビームサイズを二乗を縦軸にとり、測定時の中心磁場Bsと自由空間の長さ Lsolから磁場の強度 φ = 1

2gLsol = e

2pBsLsolを横軸にとり、

測定結果をプロットしている。ここではを式(3.55)を用いて最小2乗法によりフィッティングを行っている。こうして得られた、各分散の値は水平方向で、

σx11 = (3.07± 0.12)× 10−7, σx12 = (1.98± 0.08)× 10−5,

σx22 = (1.38± 0.05)× 10−3

また、垂直方向で

σy11 = (3.19± 0.15)× 10−7, σy12 = (2.08± 0.10)× 10−5,

σy22 = (1.47± 0.06)× 10−3

の値をもつ。いま、測定は一回のみ行われており、各測定値に測定誤差は含まれていない。そのため、関数のあてはめを行う際はそれぞれの測定値に均等な誤差を与えている。あてはめられた関数と測定値の差から得られる誤差を均等に与えている。これより規格化エミッタンスは水平方向で εn,x = 2.56± 0.92[π mm mrad]、垂

直方向で εn,y = 2.82± 1.33[π mm mrad] となる。誤差は誤差伝播の法則 [25]より次の式を用いて算出している。

σ2ε =

(∂ε

∂σ11

)2

σ2σ11

+

(∂ε

∂σ12

)2

σ2σ12

+

(∂ε

∂σ22

)2

σ2σ22

(5.1)

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φ

1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2

]

2

[ m

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5-6

10×

φ

1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2

]

2

[ m

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5-6

10×

σ2

σ2

図 5.8: ソレノイドスキャン測定結果:横軸は φ = e2p

BsLsolをとり、縦軸には図5.7の各中心磁場でのビームサイズの二乗をとっている。

ここで、σεはエミッタンスの誤差、σσ11, σσ12

, σσ22は関数のフィッティングにより

求まる各係数の誤差となっている。いま、磁場の強度 φは座標の回転の大きさも表しているが、円筒対称形のビー

ムを仮定しているため軸の回転の影響は考えていない。そのため各方向において平均をとると、規格化エミッタンスは εn = 2.69± 0.81[π mm mrad]となる。ソレノイドスキャン測定法では線形なソレノイド磁場の転送行列を用いてエミッ

タンスを算出しているが、実際に使用しているソレノイド電磁石の磁場は非線形性を含んでしまっているために転送行列の形が変わってしまう。そうすると、エミッタンスの算出に用いた式(3.55)と実際の関数の形も変わってしまう。そのため、求められたエミッタンスの誤差はそのために大きくなってしまって

いると考えている。

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5.3 ダブルスリット測定5.3.1 測定系

図 5.10にダブルスリット測定法での測定系を示す。ダブルスリット測定法では、ソレノイドスキャン測定法での測定系の下流に2番目のスリットを組み込んでいる。第1スリットと第2スリットの距離が近すぎてしまうと、自由空間で十分ビームが広がらず、電子の角度広がりを精度良く測定できない。逆に離れすぎてしまうと、第2スリットでビームが広がりすぎてしまい、得られる電荷量が小さくなりすぎて第2スリットで測定が行えなくなる。そのため測定では第1スリットから第2スリットの位置までの自由空間の距離は150 mmとした。このとき、スリットの構造と自由空間の距離より、位置の分解能は 0.1 mm、角度広がりの分解能は2× arctan 0.0001

0.150× 1000 ∼ 2× 0.665 = 1.33 mradとなる。

図 5.9: 電子ビームの位置と角度広がりの分解能:分解能はスリット幅とスリット間の距離に依存する。

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s [ mm ]0 50 100 150 200 250 300 350

図 5.10: ダブルスリット測定法での測定系

5.3.2 測定結果図 5.11にビーム電流値 500mAのときの、ビームの水平方向の測定結果を示す。ソレノイドスキャン測定法と同様に、スリットの位置から水平方向の電子の位

置 x に変換し、さらに式(3.56)を用いて電子の角度広がり x′を求める。また、バックグラウンドについてもソレノイドスキャン測定法と同様に、全て

の電子ビームがスリットを通過してこない位置にスリットを移動させ、得られる電荷量の平均値を測定結果全体から差し引いた。このとき測定したバックグラウンドノイズの分布を図 5.12に、またそのときのオシロスコープの波形を図 5.13に示す。このノイズの影響はオシロスコープの電気的なふらつきと、またタングステン

板とビームパイプのすき間から反射された電子の測定よるものと考えられる。

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[ mm ]

18 19 20 21 22 23 24 25 26

[ m

m ]

16

18

20

22

24

26

図 5.11: 2つのスリットから切り出されたビームの分布:第1スリットの位置と第2スリットの位置を軸にとり、そのときの電荷量を点の密度として表示している。

Q [ mV ]-0.5 0 0.5 1 1.5 2

coun

t

0

10

20

30

40

50

60

70

80

図 5.12: 測定したバックグラウンドノイズの分布:横軸がオシロスコープから得られる電荷量となっている。

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0.015

0.02

0.025

0.03

0.035

0.04

0.045

0.05

0.055

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

Vol

tage

[ V

]

time [ μs ]

(a) (b)

図 5.13: オシロスコープから得られたバックグラウンドノイズの波形:電荷量を読み取る際、(a)点の電圧と (b)点の電圧の差を測定している。

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5.3.3 エミッタンス解析測定結果より、得られた水平方向の位相空間分布を図 5.14に示す。同様に、垂

直方向の位相空間分布を図 5.15に示す。図中、左下と右上の空白の領域は測定できなかった領域である。それぞれの位相空間分布では端部において非線形性が見られる。測定は水平方向、垂直方向とも5回ずつ行い、そこから得られたエミッタンスの標準偏差をエミッタンスの誤差としている。図 5.14、5.15から水平方向と垂直方向の位相空間分布を見ると、バックグラウン

ドを差し引いても、まだノイズが多く残っていると分かる。定義より、エミッタンスは位置と角度広がりの分散により決まる。分散はノイ

ズの影響を大きく受けてしまうので、エミッタンスも同様にノイズの影響を強く受けてしまう。このノイズによるエミッタンスの増大を評価するために、測定結果からバックグ

ラウンドを差し引いたものから、さらに電荷量の差し引きを行う。この差し引くカットレベルを変化させていき、そのときのエミッタンスの変化を考察してゆく。

x [ mm ]-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4

x’ [

mra

d ]

-30

-20

-10

0

10

20

30

図 5.14: ビームの水平方向の位相空間分布

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y [ mm ]-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4

y’ [

mra

d ]

-30

-20

-10

0

10

20

30

図 5.15: ビームの垂直方向の位相空間分布

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バックグラウンドを差し引いた時の全電荷量を基準とし、その電荷量に対してカットレベルを変化させていった。このカットレベルを変化させていった時の、位相空間分布の変化を図 5.16に示す。図より、確かにカットレベルを上げてくことで、周辺のノイズを差し引いていっていることがわかる。エミッタンスの変化を図 5.17に示す。図より、カットレベルが約 60 %の点においてエミッタンスの変化の傾向が大きく変わっていることが分かる。

x [ mm ] -4 -3 -2 -1 1 2 4

x’

[ m

rad

]

-30

-20

-10

0

10

20

30

30

x [ mm ] -4 -3 -2 -1 1 2 4

x’

[ m

rad

]

-30

-20

-10

0

10

20

30

30

x [ mm ] -4 -3 -2 -1 1 2 4

x’

[ m

rad

]

-30

-20

-10

0

10

20

30

30

x [ mm ] -4 -3 -2 -1 1 2 4

x’

[ m

rad

]

-30

-20

-10

0

10

20

30

30

x [ mm ] -4 -3 -2 -1 1 2 4

x’

[ m

rad

]

-30

-20

-10

0

10

20

30

30

(a). 0 % (b). 20 %

(c). 40 % (d). 60 %

(e). 80 %

図 5.16: カットレベルを変えたときの水平方向の位相空間分布の変化:図中の百分率は全電荷量に対するカットした電荷量の割合(測定結果)。(a)カットを行っていない時、(b)全電荷量の 20 %のカット時、(c)全電荷量の 40 %のカット時、(d)

全電荷量の 60 %のカット時、(d)全電荷量の 80 %のカット時

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しかし、図 5.16、5.17からでは、どこまでノイズが影響しているかを決めることができず、ノイズの影響を含まないエミッタンスを算出できない。そのため、測定条件と同じビーム電流 500 mAでのシミュレーションから得られた位相空間分布を用いて、ノイズの影響を考察する。

[ % ]0 20 40 60 80 1000

2

4

6

8

10

12

14

[ π

mm

mrad

n,x

図 5.17: カットした電荷量と水平方向の規格化エミッタンスの変化。図中エラーバーは 5回行った測定の標準偏差である。

シミュレーション結果から得られた、位相空間分布を図 5.18に示す。図の uは電子の位置を示し、u′は角度広がりを示している。シミュレーション結果ではノイズは含まれていないので、測定したバックグラウンドの分布を図 5.12を用いて、シミュレーションの結果にノイズを加えた。シミュレーション結果にノイズを加える際、図 5.17よりノイズの影響が全電荷

量の 60 %まで及んでいると推測し、シミュレーション結果に対して 60 %のノイズを加えた。このようにしてノイズを加えた位相空間分布を図 5.19に示す。

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