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10 1/2008 複十字 No.319 非結核性 抗酸菌症 (1) “Yellow bacillus”により死亡した重症の2例」の 抗酸菌症の剖検例を詳しく報告し注目されたので す。今でいえば 菌症の2例です。この報告 の後,世界中からさまざまな非結核性抗酸菌症の 症例が報告されました。菌の種類はさまざまだし, しっかりした分類がなかったので「未分類抗酸菌症」 とか,「無名抗酸菌症」,「非定型抗酸菌症」,「結核 菌以外の抗酸菌,Myocobacteria other than  tuberculosis,MOTT」,あるいは,「環境中の日 和見抗酸菌症,environmenntal opportunistic mycobacteriosis」などさまざま名称で呼ばれまし た。それぞれ理由のある名称ですが,論理的に正 しくない名前もあり,最近では世界中で「非結核性 抗酸菌症,non tuberculosis Mycobacteriosis, NTM症」と呼ばれるようになっています。 NTMには120種以上の菌種があり,菌種の同定 は困難なことも少なくないので,実用的にこれら を「Runyon分類」と呼ばれる4群に分類した段階 でとどめておき,必要に応じて菌種まで決めるこ とにしている場合も少なくありません。 Runyon分類は昭和31年(1956年)に提唱された 分類ですが,今もしばしば使われています。  Runyon分類ではNTMを先ず発育の早さにより, 遅発育菌slow growersと迅速発育菌rapid growers の2つに分けます。迅速発育菌は培養すると7日以内 にコロニーを作ってくる菌です。この中には現在確 立している菌種だけでも60種以上ありますが,ヒト の病気の原因になる菌は            などごく僅かな菌だけで,あとは環 境中に住む雑菌といってよいでしょう。 遅発育菌は,培養中に光をあてた時の反応によ り次の3群に分けられます。第1群は光発色菌で, 真っ暗な孵卵器の中に置いてある試験管を取り出 して1時間程電灯にあて,その後再び孵卵器に戻 して培養を続けるとコロニーが美しいレモン色 シリーズ かたき病  結核(10) 結核菌の仲間――抗酸菌 結核予防会 会長 青木 正和 フランスの軍医ヴィユマン(Villemin,J.A)が 結核患者の空洞の膿を兎の耳に接種して結核が感 染することを示したのは今から143年前の慶応元年 (1865年)3月6日のことでした。その前の2月,彼 は結核に罹患した牛の病巣を兎に接種すると,遙 かに急性で重症な結核になること,つまり牛型菌 の家兎に対する毒力は結核菌よりはるかに強いこ とも観察していました。 1882年,明治15年にコッホ(Koch,R)は結核 菌の培養,染色,感染実験のすべてに成功し,結 核菌の発見が確認されましたが,間もなく結核菌 には牛型菌,トリ型菌,恥垢菌その他,多くの仲 間があることも明らかになりました。どれも色素で 染色しようとすると染まり難く,一度染色される と,今度は酸でもアルカリでも脱色され難いし, 酸にもアルカリにも強い菌なので抗酸菌属と呼ば れるようになりました。その多くは土壌,淡海水 ,動物体表面などの環境中に居り,今では120種を 超える菌種にのぼっています。 非結核性抗酸菌症の概念の確立まで これらの菌がヒトの病巣から分離されることも 時にはありました。しかしこれは極めて稀なことだ ったので,「たまたま混入したに過ぎない」,あ るいは例外的な「偶発例」に過ぎないと考え無視 されてきました。 それから時間がたちました。1930年代になると 結核菌の仲間の抗酸菌で病気が起こることもある ので,この場合は典型的な結核菌と違う抗酸菌, つまり結核菌以外の定型的でない抗酸菌で起こっ た病気なので「非定型抗酸菌症」と呼ぼうという意 見が有力になりました。ところが,戦後の昭和28 年(1953年),になって,米国の著明な病理学者 ビューラー(Buhler,V.B)とポラック(Pollak,A) の2人が連名で「明らかに結核菌とは違う抗酸菌, Runyon(ラニヨン)分類 M.kansasii M.fortuitum M.abcessus,M.chelonae,

非結核性 抗酸菌症(1)1/2008 複十字 No.319 11 結核菌の仲間である抗酸菌属にはこのようにさ まざまな菌があります。大部分は土壌などの環境

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Page 1: 非結核性 抗酸菌症(1)1/2008 複十字 No.319 11 結核菌の仲間である抗酸菌属にはこのようにさ まざまな菌があります。大部分は土壌などの環境

10 1/2008 複十字 No.319

非結核性抗酸菌症(1)

“Yellow bacillus”により死亡した重症の2例」の

抗酸菌症の剖検例を詳しく報告し注目されたので

す。今でいえば 菌症の2例です。この報告

の後,世界中からさまざまな非結核性抗酸菌症の

症例が報告されました。菌の種類はさまざまだし,

しっかりした分類がなかったので「未分類抗酸菌症」

とか,「無名抗酸菌症」,「非定型抗酸菌症」,「結核

菌以外の抗酸菌,Myocobacteria other than 

tuberculosis,MOTT」,あるいは,「環境中の日

和見抗酸菌症,environmenntal opportunistic

mycobacteriosis」などさまざま名称で呼ばれまし

た。それぞれ理由のある名称ですが,論理的に正

しくない名前もあり,最近では世界中で「非結核性

抗酸菌症,non tuberculosis Mycobacteriosis,

NTM症」と呼ばれるようになっています。

 NTMには120種以上の菌種があり,菌種の同定

は困難なことも少なくないので,実用的にこれら

を「Runyon分類」と呼ばれる4群に分類した段階

でとどめておき,必要に応じて菌種まで決めるこ

とにしている場合も少なくありません。

 Runyon分類は昭和31年(1956年)に提唱された

分類ですが,今もしばしば使われています。 

Runyon分類ではNTMを先ず発育の早さにより,

遅発育菌slow growersと迅速発育菌rapid growers

の2つに分けます。迅速発育菌は培養すると7日以内

にコロニーを作ってくる菌です。この中には現在確

立している菌種だけでも60種以上ありますが,ヒト

の病気の原因になる菌は           

      などごく僅かな菌だけで,あとは環

境中に住む雑菌といってよいでしょう。

 遅発育菌は,培養中に光をあてた時の反応によ

り次の3群に分けられます。第1群は光発色菌で,

真っ暗な孵卵器の中に置いてある試験管を取り出

して1時間程電灯にあて,その後再び孵卵器に戻

して培養を続けるとコロニーが美しいレモン色

シリーズ かたき病  結核(10)

結核菌の仲間――抗酸菌

結核予防会 会長 青木 正和

 フランスの軍医ヴィユマン(Villemin,J.A)が

結核患者の空洞の膿を兎の耳に接種して結核が感

染することを示したのは今から143年前の慶応元年

(1865年)3月6日のことでした。その前の2月,彼

は結核に罹患した牛の病巣を兎に接種すると,遙

かに急性で重症な結核になること,つまり牛型菌

の家兎に対する毒力は結核菌よりはるかに強いこ

とも観察していました。

 1882年,明治15年にコッホ(Koch,R)は結核

菌の培養,染色,感染実験のすべてに成功し,結

核菌の発見が確認されましたが,間もなく結核菌

には牛型菌,トリ型菌,恥垢菌その他,多くの仲

間があることも明らかになりました。どれも色素で

染色しようとすると染まり難く,一度染色される

と,今度は酸でもアルカリでも脱色され難いし,

酸にもアルカリにも強い菌なので抗酸菌属と呼ば

れるようになりました。その多くは土壌,淡海水

,動物体表面などの環境中に居り,今では120種を

超える菌種にのぼっています。

非結核性抗酸菌症の概念の確立まで

 これらの菌がヒトの病巣から分離されることも

時にはありました。しかしこれは極めて稀なことだ

ったので,「たまたま混入したに過ぎない」,あ

るいは例外的な「偶発例」に過ぎないと考え無視

されてきました。

 それから時間がたちました。1930年代になると

結核菌の仲間の抗酸菌で病気が起こることもある

ので,この場合は典型的な結核菌と違う抗酸菌,

つまり結核菌以外の定型的でない抗酸菌で起こっ

た病気なので「非定型抗酸菌症」と呼ぼうという意

見が有力になりました。ところが,戦後の昭和28

年(1953年),になって,米国の著明な病理学者

ビューラー(Buhler,V.B)とポラック(Pollak,A)

の2人が連名で「明らかに結核菌とは違う抗酸菌,

Runyon(ラニヨン)分類

M.kansasii

M.fortuitumM.abcessus,M.chelonae,

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111/2008 複十字 No.319

 結核菌の仲間である抗酸菌属にはこのようにさ

まざまな菌があります。大部分は土壌などの環境

中にいます。これらの菌には,現在菌種として独

立していると認められる菌が121種ありますが,こ

れについてヒトの病気を中心に考え,類似した菌

種をまとめて示すと表のとおりです。

抗酸菌属

になる菌です。この中には先にBuhlerらがyellow

bacillusと呼んだ     や皮膚の病気の原因と

なる     があります。     症はわが

国のNTMの10~20%を占めています。

 遅発育菌の第2群は暗発色菌とよばれるグループ

で孵卵器のなかに置きっぱなしで光をあてないで

も,コロニーが毒々しい橙色に着色する菌です,

こ の 群 で ヒ ト の 病 気 を 起 こ す 主 な 菌 は

       や などです。何れも稀な

病気です。

最も多いのは第3群菌で「光不発色菌」と呼ばれ

るグループです。培養中に光に当てても当てなくて

も,結核菌と同じようにコロニーは灰白色をし,

色はつきません。この群に属する (トリ型

菌)と の2つが日本では最もしば

しば見られ,2つあわせるとわが国のNTM症の約

70%となります。

 と  は非常に似た菌で鑑

別が難しい菌種です。その上,診断,経過,治療,

予後は互いに大きくは違いません。そのため,日

常臨床では か の何れか

わざわざ鑑別する必要もないので,   

complex,MACと呼ばれ,この2つは区別しない

で扱われることがしばしばあります。

M.kansasiiM.marinum M.kansasii

M.szulgaiM.scrofulaceum

M.aviumM.intracellurare

M.avium M.intracellurare

M.avium M.intracellurare

M.avium