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大阪市立科学館研究報告 21, 11 - 14 (2011)
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外磁場中での方位磁石結晶
斎 藤 吉 彦*
概 要
三角格子 2 次元方位磁石結晶は強磁性を,正方格子の場合は反強磁性を示す.2 次元方位磁石
結晶で,三角格子と正方格子との間で変形させることができるものを大阪市立科学館で展示しているが,
外磁場の影響を強く受け,磁性の観察が困難な状況にある. 2 次元双極子結晶の数値解析は次のこ
とを示唆した.すなわち,2 次元方位磁石結晶に格子欠陥を適当に与えるか,あるいは外磁場の小さな
場所への移設が磁性観察を容易にする.
1.はじめに
2 次元双極子結晶は,三角格子の場合は強磁性1,
正方格子の場合は反強磁性 2となる.著者は方位磁
石群でこれらの磁性を可視化した3,4,5 ,6.ただし,方位
磁石同士の相互作用が外磁場の作用より充分大きい
ことが必要で,そうでない場合は,ほとんどの方位磁石
が外磁場の方向を指す.大阪市立科学館では,1999
年から三角格子 2 次元方位磁石結晶を展示している
(図 1).この展示は南部陽一郎博士の理論,「自発的
対称性のやぶれ」を具現するものでり3 ,4,南部博士の
ノーベル賞受賞時(2008 年)に各方面で報道された.
図 1 三角格子方位磁石結晶の展示
*大阪市立科学館 中之島科学研究所
saito[at]sci-museum.jp
三角格子と正方格子とで磁性が全く異なることは非
常におもしろい現象であり,三角格子と正方格子との
間で磁性がどのように変化するかは,さらに興味をひく
問題である5 ,6.そこで,この磁性の変化を観察する展
示を 2010 年に製作した.これは 2 次元方位磁石結晶
が三角格子と正方格子との間で自由に変形するもの
である(図 2).大阪市立科学館で公開しているが、外
磁場の影響が強く,磁性の変化を観察するのは困難
な状況にある.
図 2 可変方位磁石結晶の展示
本稿では2次元双極子結晶の数値解析7をもとに上
記の展示装置の改善策を講じる.2章では無限に配
列した2次元双極子結晶の基底状態を,3章で有限
系の場合の数値計算結果を,4章で外磁場に対する
磁化を与え,5章で可変方位磁石結晶の展示方策を
講じる.
2.2次元双極子結晶の基底状態
次章以降の議論のために,2 次元平面に双極子が
無限に規則正しく配列した 2 次元双極子結晶の基底
状態について述べる.
斎藤 吉彦
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結晶格子が三角格子の場合は,双極子が全て同じ
方向にそろった場合が基底状態となる.その向きは結
晶軸の方向に依存せず任意で,基底状態は連続無
限に縮退している1 .すなわち,三角格子の場合は強
磁性である.図 1 は三角格子方位磁石結晶で,局所
的にこの基底状態を実現していることが分かる.
結晶格子が正方格子の場合は反強磁性であり,こ
の場合も連続無限に縮退している.すなわち,基底状
態は図 1 の(a),(b)と,これらの双極子の任意の線形和
である2 .(c)は(a)と(b)との 1:1 の線形和である.図 4 は
正方格子 2 次元方位磁石結晶で,境界では(a),(b)が,
中央では(c)の基底状態が実現している.
(a) (b) (c)
図3.正方格子方位磁石結晶の基底状態.(c)は(a)
と(b)の 1:1 の線形結合.
図4 正方格子 2 次元方位磁石結晶
3.有限系 2 次元双極子結晶
有限系 2 次元双極子結晶の安定解を与える.
図5は三角格子結晶で,左が基底状態,右がエネル
ギー極小の状態である.局所的に無限系の基底状態
と類似の状態が実現し,磁区が生成する.図 6 は正方
格子結晶で,左が基底状態 ※,右がエネルギー極小
※図 4 の方位磁石結晶は図6左の基底状態に対応さ
せて強制的に配列させたものである.外場や振動など
でかく乱させた場合,様々な安定解と思われる状態が
実現し,図4の状態が実現したことはない.
の状態である.局所的に無限系の基底状態と類似の
状態が実現し,反強磁性における「磁区」が生成する.
三角格子も正方格子も,どちらともエネルギー極小の
安定解が多数存在し,表面エネルギーを緩和するよう
に,磁力線が外に出ない構造で磁区あるいは「磁区」
を生成する.
図5 有限系三角格子双極子結晶の安定解
図6 有限系正方格子双極子結晶の安定解
図7および図8は基底状態にある三角格子結晶を正
方格子へ変形させた時の様子である.この変形は,単
位 格 子 軸 a=(1,0) を 固 定 し , b =(1, θ ) の 偏 角 θ を
120°から 90°まで回転させたものである.ここで,単
位格子軸を局座標表示で与えた.図7 は左上部と右
下部で反強磁性領域が成長する様子を示している.
磁壁の不安定な部分から反強磁性領域が成長するこ
とが分かる.θが 97.6°を超えると強磁性領域が消失
し全てが反強磁性となる.ただし,このθの値は系の
形状やサイズ,初期条件に依存する.例えば,図8の
ように正 6 角形状の三角格子結晶を変形させる場合
は,θが 92.6°まで強磁性状態を保ち,それを超える
と反 強 磁 性 となる.無 限 系 の 場 合 は, 120°≥θ≳
100°で強磁性,θ≲100°で反強磁性が優勢である.
したがって,θ≈100°では強磁性と反強磁性とが混在
した安定な状態が期待される.図9はθ=105°での安
定解で,強磁性と反強磁性が共存しているように見え
る.
このようなθに対する磁性の変化を観察するために,
可変 2 次元方位磁石結晶の展示を製作したが(図 2),
三角格子近傍で外磁場の影響が強くなり,この観察
は困難な状況にある.
外磁場中での方位磁石結晶
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θ= 120° θ=97.6°
θ= 97.7°
図 7 有限系菱形双極子結晶の変形
θ= 120° θ=92.6°
θ= 92.7°
図 8 有限系六角形型双極子結晶の変形
図9 有限系六角形型双極子結晶(θ= 105°)
4.外磁場中での有限系 2 次元双極子結晶
図 10 は有限系三角格子2次元双極子結晶の外磁
場を x 軸方向に徐々に強くした結果である.ここで,次
の双極子間の相互作用と双極子と外磁場との相互作
用それぞれにおいて,格子間隔を1,双極子の大きさ
mを1とした.
Vd = m1・m2/r 3 -3(m1・r)(m2・r)/r
5
VB = -m・B
図 10 の左は完全結晶で,右が格子欠陥(空孔)を 5
個与えたものである.図11は外磁場に対する磁化曲
線で,縦軸は双極子のx軸成分(mx/m)の平均である.
外磁場が大きくなるに従って,完全結晶の場合は x 軸
方向に磁化した磁区が成長し,磁壁が移動し,双極
子群の渦の中心が左上へ移動する.この渦の中心の
B = 0
B = 0.1
B = 0.2
B = 0.3
図 10 強くなる外磁場中の三角格子双極子結晶
斎藤 吉彦
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移動は外磁場の変化に対して離散的であり,このこと
により外磁場―磁化曲線が階段状なるのであろう.格
子欠陥がある場合(図 10 右)は,B=0.2 までは磁壁は
格子欠陥に妨げられ移動しない.そして,0.20≦B≦
0.21 で磁壁が格子欠陥を乗り越え(図 12),磁化が急
激に増加する.また,0.27≦B≦0.28 では,左下と右
上で境界壁が破れ,さらに渦の中心部が広がり,磁化
が急激に増加する(図 13).完全結晶では 0.17≦B≦
0.18 で境界壁が破れ,磁化が急激に増える(図 14).
図 11 有限系双極子結晶の外磁場―磁化曲線
5.まとめ
現在,可変方位磁石結晶(図 2)を大阪市立科学
館で公開しているが,外磁場の影響を強く受け,来館
者が磁性観察を容易に行うことができない状態にある.
展示場所での外磁場は,B=0.45 に相当し,外磁場
の影響を強く受けることは数値計算結果(図 11)と一
致する.方位磁石結晶に欠陥を入れることで,若干の
効果は予想されるが,市民の磁性観察を容易にする
ことまでは期待できない.一方,三角格子方位磁石結
晶(図 1)は外磁場の影響をほとんど受けていない.展
示場所の外磁場は B=0.1 に相当し,さらに欠陥が適
当に存在しているので,外磁場の影響をほとんど受け
ないのであろう.4章の数値計算結果は、可変方位磁
石結晶は外磁場が B≦0.2 ならば,格子欠陥 5 個を与
えることで,市民が磁性観察を容易にできる展示となる
ことを示唆している.
謝辞
可変方位磁石結晶の展示制作においては,(有)ア
クセスの早野治朗氏に多大な支援をいただきました.
数値解析には西松毅先生が製作されたソフトウェアを
使用させていただきました。また,本研究は財団法人
日本科学協会の笹川科学研究助成によって実施した
ものです.ここに謝意を表します.
1 V.M.Rozenbaum, V.M.Ogenko, and A.A.Chuiko, Sov.Phys.Usp.34,883(1991) 2 K.De’Bell, A.B.MacIsaac, N.Booth, and J.P. Whitehead, Phys.Rev.B55, 15108(1997) 3 Y.Saito and K.Yasue, Frontier Perspectives, Vol.10(1)2001,28 4 斎藤吉彦: 物理教育 Vol.53-2,103(2005) 5 T.Nishimatsu, U.V.Waghmare, Y.Kawazoe, B.Burton, K.Nagao, and Y.Saito 大阪市立科学館研究報告 17, 1
(2007) 6 斎藤吉彦,西松毅:近畿の物理教育第 14 号 2-7 2008 年 3 月 7 西松毅:http://loto.sourceforge.net/compasses/
B = 0.20 B = 0.21
図12 格子欠陥を越える磁壁の移動
B = 0.27 B = 0.28
図13 境界壁の破れと渦の中心部の広がり
B = 0.17 B = 0.18
図 14 完全結晶の境界壁の破れ