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梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症 であるとの報告もあります(図1 )。一方で,最近では認知機能 低下のリスク,認知症新規発症リスクとしての糖尿病が注目 されています。 そこで本日は,本テーマに造詣の深い 3人の先生にお越しいただき,これから の糖尿病治療の在り方について考えてい きたいと思います。 アルツハイマー型認知症と糖尿病治療 講演1 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長 櫻井 孝 先生 糖尿病が認知症のリスクであることは既に知られています が,2型糖尿病患者さんはたとえ認知症を発症していなくて も記憶障害や注意力が低下しており,その症状の程度は血 糖値に依存していると報告されています。糖尿病と認知症 との疫学的関連データでも,糖尿病患者さんの認知症発症 リスクは約1.6倍も高いとの報告があります 1) 糖尿病患者さんの脳機能が低下する機序については,高 血糖に伴うさまざまな代謝異常や血管障害に加え,最近で 糖尿病患者における脳機能低下の機序 Opening Remarks 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える 急速な高齢化に伴い,介護を要する認知症 患者が急増しており,今や社会問題化してい る。さらに,糖尿病をはじめとした生活習慣 病は,認知症発症のリスク因子であることが 示されており認知症急増の背景には人口の高 齢化の他に生活習慣病の増加が関係している と考えられる。 そこで,認知症および糖尿病のエキスパー トにより,【認知症/認知機能低下と糖尿病の 関係を考える】をテーマに座談会が開催され た。座長は名古屋大学大学院医学研究科 地 域在宅医療学老年科学 講師の梅垣宏行先生 が務められた。 梅垣 宏行 先生 名古屋大学大学院医学研究科 地域在宅医療学老年科学 講師 櫻井 孝 先生 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長 河村 孝彦 先生 中部ろうさい病院 副院長 大河内 昌弘 先生 おおこうち内科クリニック 院長 ディスカッサー 司会 梅垣 先生 1 使用期間:2014年●月~2015年1月 2014年1月25日 於. 名古屋市内

認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

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Page 1: 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて

いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

であるとの報告もあります(図1)。一方で,最近では認知機能

低下のリスク,認知症新規発症リスクとしての糖尿病が注目

されています。

 そこで本日は,本テーマに造詣の深い

3人の先生にお越しいただき,これから

の糖尿病治療の在り方について考えてい

きたいと思います。

アルツハイマー型認知症と糖尿病治療

講演1

国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長 櫻井 孝 先生

 糖尿病が認知症のリスクであることは既に知られています

が,2型糖尿病患者さんはたとえ認知症を発症していなくて

も記憶障害や注意力が低下しており,その症状の程度は血

糖値に依存していると報告されています。糖尿病と認知症

との疫学的関連データでも,糖尿病患者さんの認知症発症

リスクは約1.6倍も高いとの報告があります1)。

 糖尿病患者さんの脳機能が低下する機序については,高

血糖に伴うさまざまな代謝異常や血管障害に加え,最近で

糖尿病患者における脳機能低下の機序

Opening Remarks

認知症/認知機能低下と糖尿病の関係を考える

 急速な高齢化に伴い,介護を要する認知症患者が急増しており,今や社会問題化している。さらに,糖尿病をはじめとした生活習慣病は,認知症発症のリスク因子であることが示されており認知症急増の背景には人口の高齢化の他に生活習慣病の増加が関係していると考えられる。 そこで,認知症および糖尿病のエキスパートにより,【認知症/認知機能低下と糖尿病の関係を考える】をテーマに座談会が開催された。座長は名古屋大学大学院医学研究科 地域在宅医療学老年科学 講師の梅垣宏行先生が務められた。

梅垣 宏行 先生 名古屋大学大学院医学研究科 地域在宅医療学老年科学 講師櫻井 孝 先生 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長河村 孝彦 先生 中部ろうさい病院 副院長

大河内 昌弘 先生 おおこうち内科クリニック 院長

●ディスカッサー

●司会

梅垣 先生

1使用期間:2014年●月~2015年1月

2014年1月25日 於. 名古屋市内

201406_000082REMINYL_Nagoya.indd 1REMINYL_Nagoya.indd 1 2014/07/22 15:292014/07/22 15:29プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

Page 2: 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

は高インスリン血症(インスリン抵抗性)が注目されています。

 この他にも,重症低血糖の回数の増加は認知症発症リス

クの増加につながるとの報告2)(図2)や,血糖変動幅と認知

機能は逆相関するとの報告3)もあることから,低血糖および

血糖変動幅についても注目する必要があります。 

 アルツハイマー型認知症を発症する25年も前から脳の代

謝異常が進行していることが,近年のアミロイドイメージン

グの検討で明らかにされています。例えば,70歳でアルツハ

イマー型認知症を発症した患者さんは,40~50歳代のころ

から脳代謝機能の低下が始まっています。また,この時期は

糖尿病の好発時期と重なるという報告もあります4)。この点

については,J-EDIT試験のサブ解析結果からHbA1cは認知

障害のリスクとしての関連の可能性が示唆されていますし,

久山町研究でも糖負荷後2時間血糖高値はアルツハイマー

型認知症,血管性認知症のリスクが高いことが示されていま

す。

 一方,認知症を発症した糖尿病患者さんの治療について

は明確なエビデンスはありませんが,海外のガイドラインな

ども参考に血糖コントロールの目安を健常高齢者では

HbA1c 7.0±0.5%,虚弱高齢者では同 8.0±0.5%とすること

が適切だと思います。

 しかし,糖尿病と認知症の合併例の治療は難渋します。

認知症によって糖尿病治療のコンプライアンスが低下し,そ

の結果,血糖値が上昇することによって認知機能が低下す

るという悪循環に陥ってしまいますし,認知症に伴うアパ

シーや過食などのBPSD(Behavioral and Psychological

Symptoms of Dementia)がさらに治療を困難にします。

 アルツハイマー型認知症と診断された2型糖尿病患者さ

んの病態を,HbA1c 7.0%未満群,同 7.0%以上群および非

糖尿病群の3群で検討しました。

 Apolipoprotein E4(apoE4)は,非糖尿病群,HbA1c 7.0%

以上群に比して同 7.0%未満群で低値でした。また,脳血流

シンチグラフィーによる検討では頭頂側頭連合野・後部帯

状回の低下の割合が,同 7.0%未満群で有意に低値でした。

この結果から,良好に血糖値がコントロールされている患者

群の中に,アルツハイマー型認知症以外の変性性認知症が

紛れ込んでいる可能性が考えられました。BPSDをDBDス

ケールを用いて評価すると,HbA1c 7.0%以上群では,他の

2群に比べてその平均値が高いという結果でした。また,

DBDスケールの下位尺度では,HbA1c 7.0%以上群でアパ

シーが強い,昼寝が多い,やる気がない,周囲に関心がない,

間食が多くいつも何か食べている,などの平均値が高いとい

う結果でした5)。さらにその病態別にアディポネクチン値を

検討したところ,HbA1c 7.0%以上群で有意に低値であり,

25-hydroxyvitamin Dでも同様の結果でした6)。これらの結

果からも,糖尿病とアルツハイマー型認知症の合併例の病

糖尿病と認知機能の密接な関連糖尿病とアルツハイマー型認知症合併例の病態

2

登録された2型糖尿病患者16,667例のうち,受療を必要とした低血糖例における認知症発症リスクを検討した

低血糖経験の有無別に見た認知症発症リスク図2

800

600

400

200

0低血糖経験あり

566.8×1.44

低血糖経験なし

327.6Ref

1回

491.7×1.26

2回

低血糖経験回数

2型糖尿病患者16,667例:平均年齢65歳

761.8×1.80

3回以上

755.5×1.94

(/10,000人年)

認知症発症率・発症リスク

(Whitmer RA, et al. JAMA 2009; 301: 1565-1572より作図)

心疾患 3.2%

脳血管疾患24.1%

衰弱13.1%

関節疾患7.4%

骨折・転倒9.3%

その他22.4%

わが国の世帯および世帯員から介護保険法の要介護者を抽出し,要介護の原因となる疾患を調査した

認知症20.5%

要介護となった主な原因図1

(平成22年国民生活基礎調査)

REMINYL_Nagoya.indd 2REMINYL_Nagoya.indd 2 2014/07/22 15:292014/07/22 15:29プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

Page 3: 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

まとめ

態を把握するためには,適切な指標が必要と思われます。

 認知症は人生最後の合併症との考え方もあります。

認知症を高齢者の病気として捉えるのではなく,成年期

から糖尿病治療の延長上と考えることが重要です(「先

制医療」,図3)。認知症患者の糖尿病治療薬の選択に

おいては,低血糖の発現頻度が低く,血糖変動も少ない,

高血糖を抑制する薬剤の選択が重要です。

 糖尿病の病態において,高血糖,低血糖,さらにはインス

リン作用異常などのさまざまな機序を介して起こる血管障害

が,認知機能障害にもつながっていると考えられます。

 血管障害は全身の小血管に起こりますが,腎臓では慢性腎

臓病(CKD)に,脳では脳卒中,白質病変(WMH),無症候性

脳梗塞(SBI)や微小出血,さらには神経変性にもつながりま

す。しかも,腎臓と脳は血行動態が解剖学的に近似している

ことから,脳腎連関に注目しています7)(図4)。

 そこで動脈硬化との関連について,高齢糖尿病患者にお

けるSBIの合併の有無と可溶性接着分子(ICAM-1,VCAM-

1)レベルについて検討したところ,SBI合併例で有意に高い

という結果であり,ICAM-1の変化とSBIの進展との関係を検

討した結果では,ICAM-1はSBI持続群でベースライン時,3

年後ともに高値であり,脳卒中発症群のベースライン時でも

高値でした。一方,高感度C反応性蛋白(hs-CRP)はSBIでは

有意な変化はありませんが,脳卒中発症例で有意に高いとい

う結果でした8)。

 さらに,MRIで見られる脳小血管病変のSBI,脳室周囲病

変(PVH),深部WMHの変化をベースライン時,3年後,6年

後の血清ICAM-1で検討したところ,脳小血管病変の進行例

ではICAM-1がいずれの観察時期においても高値でしたが,

hs-CRPは進行例でもさほど高くはないという結果でした8)。

 また,認知機能との関連について6年後の認知機能とベー

スライン時のICAM-1,hs-CRPの関係で検討しましたが,

ICAM-1高値群ではDSST(Digit symbol substitution test)は

有意に低値でしたがhs-CRPとの関連はなく,MMSE(Mini

Mental State Examination)はICAM-1,hs-CRPともに有意な

差はありませんでした8)。

 脳腎連関において尿中アルブミンは血管障害の指標として

糖尿病患者における脳腎連関―各種マーカーによる検討―

糖尿病患者における腎機能と認知機能

脳腎連関からみた認知機能障害

講演2

中部ろうさい病院 副院長 河村 孝彦 先生

3

認知症は糖尿病の最後の関門図3

肥満IGT 高血圧

病気の進行

加齢

認知症

脂質異常血管合併症

糖尿病

環境因子遺伝因子

糖尿病合併症

(Sakurai T. Nihon Rinsho 2014; 72: 692-696より改変)

腎臓と脳における血行動態の類似性図4

糖尿病,高血圧,脂質異常症,加齢など

血管内皮障害NOの低下 他

潜在性炎症酸化ストレス

全身性小血管病変

血行動態の類似性・低血管抵抗・高血流

慢性腎臓病・eGFR低下・アルブミン尿・シスタチンC増加

脳腎関連

認知機能障害

神経変性

脳小血管病変

腎臓小血管病変

・脳卒中・白質病変

・無症候性脳梗塞・微小出血

(Cardiol Res Pract 2011,Neurobiology of Aging 2013,J Am Soc Nephrol 2013より改変)

REMINYL_Nagoya.indd 3REMINYL_Nagoya.indd 3 2014/07/22 15:302014/07/22 15:30プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

Page 4: 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

まとめ

有用であり,微量アルブミン尿があると脳卒中発症のリスク

が高いと報告されています9)。

 実際にわれわれの検討では,2型糖尿病における脳卒中の

リスク因子として,SBIあり,血圧,血清クレアチニン,

ICAM-1が有意な項目であり,脳卒中発症率を正常アルブミ

ン尿群,微量アルブミン尿群,顕性アルブミン尿群で検討し

たところ,顕性アルブミン尿群で脳卒中発症率が有意に高い

という結果でした。一方,正常アルブミン尿群は微量アルブ

ミン尿群よりわずかに脳卒中発症率が高いという結果でした

が,これは微量アルブミン尿群の約4割に使用されていたレ

ニン・アンジオテンシン(RAS)系薬剤が影響したと考えられ

ます。また,テント上Branch Atheromatous Disease(BAD)

における脳梗塞巣の容積拡大と尿中アルブミン量の関係に

ついて検討したところ,尿中アルブミン量の増加に伴い梗塞

部位は拡大しました10)。

 さらに,認知症の原因疾患としてアルツハイマー型認知症

と血管性認知症が重なる状態が多いのではないか,糖尿病

患者さんの場合は特に血管性因子が大きく関与しているので

はないかと考えて検討してきました。実際にPVH,WMHの

進行例では認知機能の低下が顕著であると報告されていま

すし11),われわれの検討でも同様の結果が得られています12)。

 また,高齢糖尿病患者さんにおけるCKDと認知機能障

害の関係については,尿中アルブミンがある群で認知機能

が有意に低いという結果が得られていますし,The

ONTARGET/TRANSCEND Studiesでは,尿中アルブミ

ンの変化は認知機能の変化に影響すること13),ACCORD

MIND Studyでもアルブミン尿の悪化・出現が認知機能の

低下と関係することが示されています14)。

 そこで,われわれは高齢者糖尿病の3年間の腎臓の障害

の変化と認知機能の変化を見てみました。アルブミン尿が出

現した群では,アルブミン尿が増えれば増えるほど記憶再生

のスコア(Zスコア)がどんどん下がっていくという,非常に強

い相関が認められました。また,注目する点は,アルブミン

尿がない群です。通常は30mg/gCr未満であればアルブミン

尿はなしとしますけれども,同じアルブミン尿のない群でも

アルブミン尿が増加している群で認知機能が低下しているこ

とがわかります。すなわち,アルブミン尿によってその病態

が脳の病態とかなり関連することがわかりました(図5)15)。

このように,糖尿病患者さんにおける腎障害の病態が脳の病

態とかなり関連することを示唆する結果が,われわれの検討

も含めて報告されています16)。

認知症/認知機能低下と糖尿病の関係を考える

4

 RENAAL & IDNT trialでは,尿中アルブミン量の減

少によって心血管イベントは減少することが明らかにさ

れています。また,久山町研究の結果から,食後2時間

血糖高値とインスリン抵抗性が認知機能の低下につな

がっている可能性が示唆されていますし,血糖日内変動

と認知機能が関連するとの報告もあることからも,食後

高血糖,血糖日内変動が認知機能の低下に大きく影響し

ていることが示唆されています17)。

 血圧,脂質,血糖(食後過血糖,日内変動)のコントロー

ルやインスリン抵抗性を改善する治療が重要です(図6)。

高齢者糖尿病患者における3年間のアルブミン尿の変化と認知機能(記憶再生)の変化との関係

図5

2

1

0

-1

-2

-3

-4

記憶再生の変化(Zスコア)

●アルブミン尿なし ●アルブミン尿消褪 ●アルブミン尿出現 ●持続アルブミン尿

Y=-0.126-0.904Xr2=0.226P<0.0001

アルブミン尿の変化( logアルブミン)-1.5 -1.0 -0.5 0 0.5 1.0

(Kawamura T, et al. J Diabetes Investing 2014 in press)

悪化

低下

認知機能障害とその成因図6

Glycation, Oxidative stress, Endothelialdysfunction, Increased activity of polyol pathway

Microangiopathy

HypertensionDyslipidemia

Macroangiopathy(cerebrovascular

disease)

Insulin resistance

Insulin deficiency

Abnormal insulinaction

Cognitive impairment

Vascularcongnitiveimpairment

Alzheimer’sdisease

Hypoglycemia

Younger Older

Depression

Aging

Genetic factors(APOE ε4 allele)

Daily habits Smoking Diet Exercise Stress

HyperglycemiaGeneral factors

(Kawamura T, et al. J Diabetes Investig 2012; 3: 413-423)

REMINYL_Nagoya.indd 4REMINYL_Nagoya.indd 4 2014/07/22 15:302014/07/22 15:30プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

Page 5: 認知症/認知機能低下と 糖尿病の関係を考える梅垣 認知症の患者さんは400万人を超えていると推計されて いますし,常時介護が必要となった原因疾患の2割が認知症

大河内 接着分子などのマーカーによる検討結果を,実臨

床でどのように生かすことができますか。

河村 接着分子を臨床応用することはできませんので,臨

床では接着分子と関係するアルブミン尿で検討しました。

梅垣 糖尿病における認知機能障害や認知症の発症につい

 インスリン抵抗性が強いほど,中高年のときからの脳の萎

縮が進行しやすいことが報告されています(図7)。われわれ

は,認知症の客観的な指標として早期AD診断支援システム

(VSRAD;Voxel-Based Specifi c Regional Analysis System

for Alzheimer’s Disease)を用いて検討を行っています。2

型糖尿病患者さんの海馬領域の脳萎縮を,健康人を対照に

検討したところ,健康人に比べて糖尿病患者さんは海馬領

域の萎縮が有意に多いことを確認しました。そして海馬領

域の萎縮に相関する因子として,細小血管合併症,罹病期

間,HbA1cや食後高血糖,血糖日内変動幅を抽出しました。

この点については,基礎研究報告や久山町研究などの報告

て,櫻井先生にコメントをお願いします。

櫻井 糖尿病の脳血管病変では,ラクナ梗塞や白質病変な

どの小血管病が多いといわれています。アルツハイマー型

認知症との合併も多く,診断に苦慮することも少なくありま

せん。アルツハイマー型認知症の簡便なバイオマーカーの

開発が待たれます。

から,食後高血糖,高インスリン血症,インスリン抵抗性や

低血糖,血糖変動がアルツハイマー型認知症に悪影響を及

ぼしていることが明らかにされています。

 GLP-1は血液脳関門を容易に通過する,GLP-1受容体は脳内

の記憶に関連する領域などに豊富に存在する,GLP-1受容体

欠損マウスは海馬の障害による記憶・学習障害を発症するが,

海馬へのGLP-1受容体の遺伝子導入によりその障害が改善す

る,などGLP-1と認知症は密接に関係することが明らかにされ

ています18)。 

 櫻井先生からもご紹介がありましたよう

に,2型糖尿病患者のアルツハイマーの状

態では脳内のインスリンの相対的な不足に

よる影響で認知症が発症していることが多

くの報告から明らかにされており,インス

リンの補充に経鼻インスリンによる治療が

検討されています。インスリンの経鼻投与

については,鼻と脳の間に血液-脳関門が

ないことから高濃度インスリンが脳中に移

行してインスリンの効果を発揮しやすいこ

と,さらに経鼻投与したインスリンは末梢

に移行しないため低血糖を来さないという

利点があります。

 現在海外では,アルツハイマー型認知症

の治療において経鼻インスリン療法が非常

に注目されており,経鼻インスリンの21日

Discussion

糖尿病患者における海馬領域の萎縮

GLP-1と認知症の関連性

高齢者糖尿病患者と脳の萎縮

講演3

おおこうち内科クリニック 院長 大河内 昌弘 先生

5

インスリンの相対的な不足と認知症

中高年におけるインスリン抵抗性と脳萎縮進行の関連図7

40~65歳の認知機能正常372例4年後のMRI画像

灰白質の萎縮部インスリン抵抗性と灰白質体積の変化量

中高年の認知機能正常者にMRIを行い,登録時のインスリン抵抗性と4年後の灰白質体積の変化との関係を検討した。

0.20

0.10

0

ー0.10

ー0.20

ー0.50 0 0.50HOMA-IR(log10)

R2=0.037

1.00 1.50

(Willette AA, et al. Diabetes Care 2013; 36: 443-449)

REMINYL_Nagoya.indd 5REMINYL_Nagoya.indd 5 2014/07/22 15:292014/07/22 15:29プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

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まとめ

間投与で認知症の有意な改善と,Aβ低下効果が報告され

ています。また,2011年に米国では既に多施設共同研究の

結果も公表されています19)。

 糖尿病による認知症はいろいろな病態が重なっていま

す。治療法の模索もされています。それらの治療が今

後の患者さんの予後改善につながることを期待したいと

思います。

梅垣 約3万人の2型糖尿病患者さんのコホート研究で,

その背景因子と認知症発症リスクを検討したExaltoらの報

告によると,糖尿病患者さんの認知症の発症リスクとして,

年齢,教育歴,細小血管障害,大血管障害や低血糖などを

定義してスコア化しており,スコアの合計点が上がるにつ

れて認知症発症リスクが増加することが示されています21)。

例えば70歳の患者さんがもし糖尿病性腎症をすでに発症し

ていればリスクスコアは6点で,認知症発症リスクは8倍に

なりますし,さらにその方に重症低血糖の既往があるとリス

クスコアは8点,認知症発症リスクは13.6倍に跳ね上がりま

櫻井 私どもの外来でも糖尿病を放置されていてアルツハイ

マー型認知症として来院される例は大変多いようです。糖尿

病の地域での発見が基本的にとても大事だと思っています。

河村 Gaoらの報告を詳細に見ますと,糖尿病未治療の方の

認知症発症リスクは高いですが,糖尿病の治療をされてい

る方は決して高くありません20)。このデータを正しく理解し,

適切な糖尿病治療を行うことが必要です。

梅垣 糖尿病を早期に発見して適切な治療を受けていただ

くということが大切ですね。

す。さらにこの論文では,この患者さんの10年間の認知症

の発症リスクは49.9%と非常に高リスクであると指摘してい

ます(図8)。

 先生方からお話しいただきましたように,より早期から糖

尿病の包括的な治療を行うこと,血糖変動幅を小さく,低

血糖を来さない治療が,糖尿病患者さんの脳を守る上で非

常に重要であることを,糖尿病治療に携わる先生方にも認

識いただきたいと思います。本日は,どうもありがとうござ

いました。

■ 文献 1) Cukierman T, et al. Diabetologia 2005; 48: 2460-2469.

2) Whitmer RA, et al. JAMA 2009; 301: 1565-1572. 3) Rizzo MR, et al. Diabetes Care 2010; 33: 2169-2174. 4) Jack CR Jr, et al. Lancet Neurol 2010; 9: 119-128. 5) Sakurai T, et al. Geriatr Gerontol Int 2014;14 Suppl 2: 62-70.

6) Annweiler C, et al. J Alzheimers Dis 2013; 33: 659-674.

7) Mogi M1, et al. Cardiol Res Pract 2011; 2011: 306: 189.

8) Umemura T, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2011; 82: 1186-1194. 

9) Lee M, et al. Stroke 2010; 41: 2625-2631.10) Umemura T, et al. Stroke 2014; 45: 587-590.11) McGuire S, et al. Neurology 2013; 81: 729-735.12) Imamine R, et al. Diabetes Res Clin Pract 2011; 94: 91-99.

13) Barzilay JI, et al. Arch Intern Med 2011; 171: 142-150.

14) Sullivan MD, et al. JAMA Psychiatry 2013; 70: 1041-1047.

15) Kawamura T et al. J Diabetes Investig 2014 in press.

16) Kawamura T, et al. J Diabetes Investig 2012; 3: 413-423.

17) Matsuzaki T, et al. Neurology 2010; 75: 764-770.18) Bomfim TR, et al. J Clin Invest 2012 ; 122: 1339-1353.

19) Craft S, et al. Arch Neurol 2012; 69: 29-38.20) Gao L, et al. BMC Public Health 2008; 8: 54.21) Exalto LG, et al. Lancet Diabetes Endocrinol 2013; 1: 183-190.

Discussion

Closing Remarks

認知症/認知機能低下と糖尿病の関係を考える

6

2型糖尿病患者29,661名を対象としたコホート研究より背景因子別にスコア化し,認知症発症リスクを検討した

糖尿病患者の背景因子と認知症発症リスク図8

認知症発症リスク

リスクスコア合計点

年齢 60~64歳   65~69歳   70~74歳   75~79歳   80~84歳   85歳以上大学以上卒業高校までの卒業細小血管障害

糖尿病足病変

脳血管疾患

心血管疾患

低血糖

うつ

0点3点5点7点8点10点ー1点0点1点0点1点0点2点0点1点0点2点0点1点0点

ありなしありなしありなしありなしありなしありなし

40

30

20

10

0ー1

Ref

0

1.4

1

2.0

2

2.5

3

2.9

4

4.5

5

5.2

6

8.0

7

9.7

8

13.6

9

18.0

10

21.2

11

24.0

12

37.1

(Exalto LG, et al. Lancet Diabetes Endocrino 2013; 1: 183-190)

企画・発行:武田薬品工業株式会社編集・制作:株式会社メディカルトリビューン

REMINYL_Nagoya.indd 6REMINYL_Nagoya.indd 6 2014/07/22 15:292014/07/22 15:29プロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック