10
221 Figs. 1 and 2),地形的には遅沢川の左岸の谷壁の一部 にあたる。露頭の大部分は淘汰の悪い流れ堆積物から成 り,それを降下火砕堆積物と黒色土壌の互層が覆う。こ こで記載を行った露頭 36° 3334.9″,138° 3343.8″) 工事現場の南端に位置し,全体の厚さは約 6m である Figs. 2-2 and 4-1)。 2-2.降下火砕堆積物 本露頭では Fig. 3 の柱状図に示した堆積物が認められ る。上方より黒色土壌,降下軽石堆積物 X,黒色土壌, 降下軽石堆積物 Y,黒色土壌,降下軽石堆積物 Z,火山 灰互層,風化火山灰層,流れ堆積物である。本露頭では 流れ堆積物の下位の堆積物は認められないため,流れ堆 積物の基底部は国道の高さより下にあるものとみられ 1 .はじめに 草津白根火山の南東麓の国道 292 号線 (草津道路) 沿 いで 20132014 年に拡幅工事が行われた際に,大規模 な地層断面が露出した。一般に大規模露頭の観察機会は 多くはないため,こうした人工露頭は火山の形成史を知 る上で貴重である。本報文では,この露頭で見られた厚 い流れ堆積物とそれを覆う降下火砕堆積物の産状記載を 行い,流れ堆積物の起源を検討する。 2 .露頭の記載 2-1.露頭の全体像 今回観察した露頭は,洞 ほらぐち 口の北方約 1.5km 付近から長 さ約 500 m,標高差約 60 m にわたる大規模なもので 安井 真也 ・高橋 正樹 ・河田 倫明 ・金丸 龍夫 A large-scale outcrop at the southeastern foot of Kusatsu-Shirane Volcano, Gunma prefecture, could be seen during the road construction along Route 292 in 2013 and 2014. Most of the deposit cropping out was poorly sorted and covered with alternating pyroclastic fall deposits and black humus soil. Since mega-blocks and deformed soft blocks characterize the heterogeneous matrix, the poorly sorted deposit is considered to be a debris avalanche deposit. The weathered ash and overlying thick pumice fall deposit is the 1.3ka Tsumagoi pumice fall (YPK) from neighboring Asama Volcano. The blocks contained in the debris avalanche deposit are mostly andesitic lava fragments. The bulk-rock major element com- positions of the blocks in the debris avalanche deposit show similar K 2 O contents to rocks from Kusatsu-Shirane Volcano, and higher than those exhibited by rocks from Asama Volcano. The chemical compositions of the blocks are similar to those of the late-stage of the Matsuozawa Volcano, which is a small-scale stratovolcano that formed in the early stage of Kusatsu-Shirane Volcano. Although Matsuozawa Volcano is topographically dissected and covered by younger deposits on its eastern flank, a horseshoe-shaped depression can be recognized on the southern upper flank suggesting past sector collapse. The buried debris avalanche deposit described in this study is considered to be the deposits of this sector col- lapse of Matsuozawa Volcano. Keywords : Debris Avalanche Deposit, large-scale outcrop, Kusatsu-Shirane Volcano 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 The Buried Debris Avalanche Deposit Discovered on the Southeastern Foot of Kusatsu-Shirane Volcano Maya YASUI , Masaki TAKAHASHI , Michiaki KAWATA , and Tatsuo KANAMARU Accepted November 11, 2015日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.51 2016pp.221 230 145 Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan. 日本大学文理学部地球システム科学科: 156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

─ ─221 ( )

(Figs. 1 and 2),地形的には遅沢川の左岸の谷壁の一部

にあたる。露頭の大部分は淘汰の悪い流れ堆積物から成

り,それを降下火砕堆積物と黒色土壌の互層が覆う。こ

こで記載を行った露頭 (36°33′34.9″,138°33′43.8″) は

工事現場の南端に位置し,全体の厚さは約 6mである

(Figs. 2-2 and 4-1)。

2-2.降下火砕堆積物

本露頭ではFig. 3の柱状図に示した堆積物が認められ

る。上方より黒色土壌,降下軽石堆積物X,黒色土壌,

降下軽石堆積物Y,黒色土壌,降下軽石堆積物Z,火山

灰互層,風化火山灰層,流れ堆積物である。本露頭では

流れ堆積物の下位の堆積物は認められないため,流れ堆

積物の基底部は国道の高さより下にあるものとみられ

1.はじめに

草津白根火山の南東麓の国道292号線 (草津道路) 沿

いで2013~2014年に拡幅工事が行われた際に,大規模

な地層断面が露出した。一般に大規模露頭の観察機会は

多くはないため,こうした人工露頭は火山の形成史を知

る上で貴重である。本報文では,この露頭で見られた厚

い流れ堆積物とそれを覆う降下火砕堆積物の産状記載を

行い,流れ堆積物の起源を検討する。

2.露頭の記載

2-1.露頭の全体像

今回観察した露頭は,洞ほらぐち

口の北方約1.5km付近から長

さ約500m,標高差約60mにわたる大規模なもので

安井 真也*・高橋 正樹*・河田 倫明*・金丸 龍夫*

A large-scale outcrop at the southeastern foot of Kusatsu-Shirane Volcano, Gunma prefecture, could be seen during the road construction along Route 292 in 2013 and 2014. Most of the deposit cropping out was poorly sorted and covered with alternating pyroclastic fall deposits and black humus soil. Since mega-blocks and deformed soft blocks characterize the heterogeneous matrix, the poorly sorted deposit is considered to be a debris avalanche deposit. The weathered ash and overlying thick pumice fall deposit is the 1.3ka Tsumagoi pumice fall (YPK) from neighboring Asama Volcano. The blocks contained in the debris avalanche deposit are mostly andesitic lava fragments. The bulk-rock major element com-positions of the blocks in the debris avalanche deposit show similar K2O contents to rocks from Kusatsu-Shirane Volcano, and higher than those exhibited by rocks from Asama Volcano. The chemical compositions of the blocks are similar to those of the late-stage of the Matsuozawa Volcano, which is a small-scale stratovolcano that formed in the early stage of Kusatsu-Shirane Volcano. Although Matsuozawa Volcano is topographically dissected and covered by younger deposits on its eastern flank, a horseshoe-shaped depression can be recognized on the southern upper flank suggesting past sector collapse. The buried debris avalanche deposit described in this study is considered to be the deposits of this sector col-lapse of Matsuozawa Volcano.

Keywords : Debris Avalanche Deposit, large-scale outcrop, Kusatsu-Shirane Volcano

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物

The Buried Debris Avalanche Deposit Discovered on the Southeastern Footof Kusatsu-Shirane Volcano

Maya YASUI*, Masaki TAKAHASHI*, Michiaki KAWATA*, and Tatsuo KANAMARU*

(Accepted November 11, 2015)

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要

No.51 (2016) pp.221-230

145

*Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan.

*日本大学文理学部地球システム科学科: 〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

Page 2: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫

─ ─222( )146

る。 Fig. 2-2の画面右手の地点 (Fig. 4-1) では流れ堆積物

より上位を観察できる (Fig. 4-2)。降下軽石堆積物Xは

茶褐色軽石から成り,岩片はほとんど含まれない。軽石

の径の最大平均 (大きい方から 3つの粒子の長径の平

均)は 6cmで,繊維状の発泡形態の軽石粒子が多い。

降下軽石堆積物Yは層厚,軽石の粒径とも堆積物Xに比

べ小さく,黄褐色の軽石から成り,火山灰サイズの粒子

に富む。軽石の径の最大平均は1.9cmである。岩片はほ

とんど含まれない。降下軽石堆積物ZはX,Yと比べ層

厚,軽石の粒径ともに大きい。黄白色の粗粒な軽石 (~

5cm) から成り,少量の灰白色の緻密な岩片を含む。上

位は直接黒色土壌と接しているが,局所的にレンズ状に

風化火山灰から成る部分 (幅数m,厚さ最大50cm) が

認められた。この部分は円磨された軽石と基質火山灰か

ら成るレキ支持の産状を呈し,谷埋め状であることか

ら,軽石流堆積物の縁辺部であるとみられる。Fig. 4-5

画面左下の犬走り沿いでは谷状の地形の断面が明瞭に見

られ (Fig. 2-2, 4-5),降下軽石堆積物Zが同様の厚さで

斜面を覆うマントルべッディングの産状が見られる。降

下軽石堆積物Zの直下では厚さ 1cm前後の火山灰層が

互層しており,それぞれ色調が異なる (Fig. 4-3)。この

火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

浅間火山の北北東には約1.3万年前に噴出した嬬恋降

下軽石が分布する。これは草津白根火山の南東麓も厚く

覆うことが知られ,浅間―草津黄色軽石 (YPK) とも呼

ばれる。本露頭で見られた降下軽石堆積物Zの層厚は約

90cmであり,YPKの分布図 (早川,1983の図 7) におい

ては100cmの等層厚線のすぐ外側に位置する。また全

体に粗粒で黄白色の軽石から構成されるという岩相も浅

間火山の北鹿で認められるYPKと共通する。以上より

堆積物ZはYPKに対比される。一方,早田・他 (1988)

は草津白根火山東麓の群馬県六く に

合村の熊倉遺跡におい

て,YPKの上位の黒ボク土中に「草津白根―熊倉軽石

層 (略称:KS-Ku)」を見出した。このKS-Kuの噴出年

代は,下位の浅間火山起源の六合軽石 (As-Kn) (約5,400

年前) や鬼界アカホヤ火山灰との層位関係から, 約5,000

年前と推定されている (早田・他,1988)。YPKの上位に

土壌をはさんで褐色の軽石に富む褐色風化テフラ層が 2

枚認められるという熊倉遺跡での層序 (早田・他,1988)

は,本露頭の記載と同様であることから,本露頭の堆積

物Xは草津白根火山の熊倉軽石,堆積物Yは浅間前掛火

山の六く に

合軽石にそれぞれ対比が可能とみられる。なお観

Kusatsu Motoshirane -san

Komenashi yama

Horaguchi Volcano route

R292

1 km

Ishizu

Agatsuma river Haneo

Outcrop

Fig.9

Fig. 1 Map showing the southern part of the Kusatsu-Shirane Volcano. Locality of the outcrop described in this study is shown by a circle in the figure. An area of Fig.9 is also shown.

Page 3: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

─ ─223 ( )

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物

147

2-3.流れ堆積物の産状

本露頭にみられる流れ堆積物は全体に淘汰が悪く,基

質は全体に不均一で,構成物や色調が露頭の位置により

変化する (Fig. 4-4, 4-6)。基質には火山灰から成るソフ

トブロックがしばしば認められる (Fig. 5-1~5-3)。ソフ

トブロックは不規則な形態を示し,変形が著しい場合も

ある。また色調の異なる粘土質層が互層し,弱い成層構

造が認められる部分もある (Fig. 5-4)。ブロックは拳大

から25cm程度の大きさのものが多く,大きなものは

60cmを超える (Fig. 6-1)。ブロックは緻密な亜角レキが

多い。ブロックの種類は確認した限りすべて火山岩で

(Fig. 6-2),変質しているものも多い。斑状の灰白色安

山岩質の溶岩片が多いが,赤褐色の基地に暗灰色のレン

ズを含む溶結構造を示すものや,粗大な輝石斑晶の目立

つものも見られる。同一種の角レキの濃集したメガブ

ロックも認められる (Fig. 6-1, 6-3)。クラックがみられ

るブロックもある (Fig. 6-3, 6-4)。以上の岩相上の特徴

のうち,特にソフトブロックやメガブロックの産状や不

均質な基質は,この流れ堆積物が土石流や泥流などの固

液混相流に由来するのではなく,岩屑なだれ(固気混相

流)の堆積物であることを示している。

3.岩屑なだれ堆積物中のブロックの全岩化学組成

本露頭の岩屑なだれ堆積物に含まれる火山岩ブロック

の全岩主化学組成分析を行った。分析は,東京大学地震

察地点では堆積物Xの上位は黒色土壌が覆っていたが

(Fig. 4-1),土壌層は工事現場の南端の地表斜面を形成

していた。それより標高の高い部分では人工的に露頭が

被覆されていたため (Fig. 2),本露頭の最上部の様子は

確認できなかった。

草津白根火山の山頂部周辺では湯釜火口や本白根火砕

丘群の活動でもたらされた降下火山灰の堆積物が分布す

る (早川,1983,宇都・他,1983など)。最近,亀谷・他

(2015) は,山頂火口周辺で詳しい記載を行い,降下火

砕堆積物の多くが本白根火砕丘群に由来すると考えた。

本報告で記載した露頭は湯釜火口から約8.2km離れてお

り,本地点にはこれらの火山灰層が到達していないか,

もしくは微量すぎて地質単位としては保存されていない

のかもしれない。本露頭では熊倉降下軽石に対比可能な

堆積物Xより上位の堆積物が確認できなかったため,よ

り新しい時代の堆積物の評価は難しい。

1

2

Fig. 2 Photographs of the outcrop taken in 2014. 1: The northern part of Fig. 2-2. 2: The southern end of

the area of the road construction.

Deposit X

Deposit Y

Deposit Z

Fig. 3 A columnar section of the outcrop.

Page 4: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫

─ ─224( )148

As-YPK

1

3

2

6

5

4 YPK

YPK

YPK

Soil

Loam

Soil

Loam

Soil

KS-Ku

As-Kn

As-YPK

Fig. 4 Photographs of the upper part of the outcrop. 1: Whole view of the southern end of the outcrop. 2: Pyroclastic fall deposits of KS-Ku, As-Kn, and As-YPK and intercalated black soil layers. 3: Close-up of YPK and underlying alternation of ash fall layers. 4: Debris avalanche deposit and overlying weathered ash. 5: YPK covers the debris avalanche deposit. Typical occurrence of mantle-bedding is seen here. 6: Debris avalanche deposit and overlying weathered ash.

Page 5: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

─ ─225 ( )

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物

149

1 2

3 4

Fig. 5 Photographs of the matrix part of the debris avalanche deposit. 1, 2, and 3: Soft blocks composed of loose ash. Note their deformed shape. Scale: 1m. 4: Weakly stratified part consists of the alternation of gray fine ash and coarser ash.

Page 6: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫

─ ─226( )150

1 2

3 4

Fig. 6 Photographs of the block of the debris avalanche deposit. 1: Mega-block of grayish massive lava. Scale: 1m. 2: Blocks with altered surface are contained. 3: Cracked block. Scale: 39 cm. 4: Cracked block.

Page 7: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

─ ─227 ( )

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物

151

黒斑火山末期の岩屑なだれ堆積物中のブロックよりも高

いK2O量を示し,草津白根火山岩類のそれとよく一致

する (Fig. 7)。これにより本露頭の堆積物が浅間黒斑火

山の応桑岩屑なだれ堆積物に由来する可能性は否定さ

れ,草津白根火山由来であることが示される。

3-2.草津白根火山の噴出物との比較

本露頭の岩屑なだれ堆積物中のブロックが草津白根火

山岩のどのユニットと全岩化学組成が類似しているかを

調べるために,既存の草津白根火山の噴出物の組成デー

タ (高橋・他,2010) との比較を行った。本露頭の岩屑

なだれ堆積物中の安山岩質ブロックは,旧期および新期

草津白根火山岩類よりも低いMgO値を有し (Fig. 8),

K2Oに富む傾向がある。またMgOにやや乏しいカルク

アルカリ系列に属し,草津白根火山の最初期の松尾沢火

山の活動の後期の火山岩類の特徴 (高橋・他,2010) と

同様である。

研究所の蛍光X線分析装置 (RIGAKU ZSX Primus II) を

用いた。分析方法は,谷・他 (2002) に従い,6倍希釈

のガラスビードにより測定を行った。分析誤差は,SiO2

± 0.079wt.%,TiO2± 0.030,Al2O3±0.023,MnO±

0.001,MgO±0.009,CaO±0.013,Na2O±0.010,K2O±

0.001,P2O5±0.006である。

SiO2含有量の幅は55~62wt.%で,すべて安山岩で

あった (Table 1)。これらの安山岩質ブロックの起源に

ついて以下に検討を行う。

3-1.浅間火山の岩屑なだれ堆積物との比較

浅間黒くろ

斑ふ

火山末期の約2.6万年前に大規模な山体崩壊

が発生して,岩屑なだれが山麓の広範囲にもたらされた

(Aramaki, 1963)。岩屑なだれは北麓では吾妻川に突入

して火山泥流となって関東平野まで到達した (竹本・久

保 (2003) など)。この時の岩屑なだれは規模が大きいた

め,吾妻川の支流に沿って逆流,遡上した可能性があ

る。本報告の対象露頭は吾妻川の支流の遅沢川の谷壁で

あるため,本露頭の岩屑なだれ堆積物が浅間黒斑火山末

期の岩屑なだれの堆積物である可能性も検討する必要が

ある。ここでは本露頭の岩屑なだれ堆積物に含まれる安

山岩質ブロックと,浅間黒斑火山末期の岩屑なだれ堆積

物に含まれるブロック (応桑,塩沢および塚原岩屑なだ

れ堆積物,高橋・未公表データ) および草津白根火山の

火山岩類の全岩化学組成 (高橋・他,2010) との比較を

行った。

浅間火山と草津白根火山の火山岩類は,K2O量によっ

て識別が可能である。草津白根火山の最初期に活動した

松尾沢火山の一部を除くと,草津白根火山岩類のK2O

量は浅間火山岩類よりも系統的に高い値を示す。本露頭

の岩屑なだれ堆積物に含まれる安山岩質ブロックは浅間

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

50 55 60 65 70

K2O(

wt%

SiO2(wt%)

K2O 浅間黒斑火山

岩屑なだれ

草津白根火山

本研究

Low K

Middle K

High K

Fig. 7 The SiO2-K2O diagram showing comparison among the blocks contained in the debris avalanche deposit in this study, the eruptive products of Kusatsu-Shirane Volcano, and blocks from the debris avalanche deposit of neighboring Asama-Kurofu Volcano.

Table 1 Whole-rock major element composition of the blocks contained in the outcrop.

Sample No. SiO2 MgO K2O TiO2 Al2O3 FeO* MnO CaO Na2O P2O5 Total

1 59.01 3.31 1.51 0.60 18.27 7.70 0.12 6.83 2.52 0.13 1002 56.13 3.91 1.05 0.59 18.21 9.44 0.16 7.99 2.40 0.12 1003 59.49 3.07 1.64 0.54 18.43 7.28 0.12 6.59 2.71 0.13 1004 58.60 3.42 1.31 0.59 19.83 7.45 0.13 6.08 2.45 0.14 1005 61.75 2.51 1.71 0.49 19.03 6.22 0.09 5.34 2.74 0.11 1006 58.03 3.38 1.47 0.57 17.83 8.52 0.13 7.36 2.60 0.12 1007 58.30 3.50 1.45 0.57 17.87 8.30 0.13 7.05 2.68 0.14 1008 58.45 3.32 1.56 0.57 17.96 8.50 0.13 6.81 2.58 0.11 1009 60.85 3.79 1.75 0.72 16.31 7.42 0.13 6.26 2.62 0.15 100

10 61.97 3.62 1.91 0.70 16.74 6.44 0.12 5.73 2.62 0.15 10011 58.09 4.12 1.39 0.73 17.65 7.78 0.14 7.33 2.61 0.16 10012 59.55 3.77 1.59 0.71 16.75 7.77 0.14 7.01 2.58 0.14 10013 58.69 3.96 1.37 0.75 17.72 7.72 0.14 6.91 2.58 0.15 10014 60.21 3.77 1.71 0.71 16.50 7.72 0.14 6.58 2.53 0.14 100

Page 8: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫

─ ─228( )152

を呈し,その内側に底径900m,比高約240mのドーム

状の地形 (標高1,855m) が認められる (Fig. 9~11)。遠

望観察によれば,崩壊地形の内側の壁の上方 3分の 2に

は厚い火山角礫岩あるいは凝灰角礫岩が見られるが,下

方の 3分の 1は柱状節理の発達する厚い緻密な溶岩の断

面が露出しているように見える (Fig. 11)。

3-2で前述したように,本露頭の岩屑なだれ堆積物に

含まれる安山岩質ブロックは,松尾沢火山の後期の噴出

物と全岩主化学組成とよく類似するため,本露頭の流れ

堆積物は松尾沢火山の後期の山体構成物を主体とする岩

屑なだれ堆積物である可能性が高い。松尾沢火山の山体

南部に認められる馬蹄形の崩壊地形は,山体崩壊の痕跡

である可能性ある。以上からは,松尾沢火山の活動の後

4.岩屑なだれ堆積物の起源

上述の全岩主化学組成の傾向からは,本露頭の岩屑な

だれ堆積物中の安山岩質ブロックは,草津白根火山最初

期の松尾沢火山の山体に由来することが示唆される。松

尾沢火山は,2~1Ma頃に活動した (早川,1983),底面

の直径約 3km,比高約400m程度の小型の安山岩質成層

火山である (Fig. 9)。西側の山腹斜面では溶岩流の地形

が多く認められるが (Fig. 9),山体の東側は本白根火砕

丘をはじめとする新しい時代の火砕丘や溶岩流に覆われ

ている。本白根火砕丘の西方約1.2kmの標高2,031mの

ピークの南側に,南に開いた崩壊地形が認められる

(Figs. 9 and 10)。この崩壊地形は約950mの径の馬蹄型

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

55 60 65 70

MgO

(wt%

)

SiO2(wt%)

MgO 松尾沢

旧期

白根

鏡池

本白根

本白根西

本研究

Fig. 8 The SiO2-MgO diagram shows the comparison among the blocks contained in the debris avalanche deposit in this study and the eruptive products of Kusatsu-Shirane Volcano.

N

Komenashi yama Lava flows

Assumed Summit crater

Lava dome

Horseshoe-shaped crater

Fig. 9 Topographic feature of Matsuozawa Volcano. Fig.3 of Takahashi et al, (2010) is slightly modified.

Fig. 10 A pair of the aerial photographs showing collapsed area of Matsuozawa Volcano. These photographs were taken by the Forestry Agency.

Page 9: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

─ ─229 ( )

草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物

153

が多数もたらされ,さらに降下火砕堆積物が山麓斜面を

覆うことで岩屑なだれ堆積物の原面は完全に埋没したも

のとみられる。火山地質図 (宇都・他,1983) では,本

露頭は80万年前に噴出したとされる太子火砕流堆積物

の範囲にあるが,本露頭では火砕流堆積物は認められな

かった。これまで松尾沢火山と太子火砕流堆積物の層位

関係は確認されていなかったが,長井・他 (2015) は米

無山南方約 8km付近の干ほしまた

俣で掘削されたボーリングコ

ア試料の観察から太子火砕流堆積物が松尾沢火山の堆積

物を覆うことを示した。太子火砕流の流下時に岩屑なだ

れ堆積物の流れ山が地形的高まりとなって,火砕流が流

期に,南部斜面で山体崩壊が起きたことが考えられる。

早川・由井 (1989) も松尾沢火山後期に山体の南部が崩

壊したことを示唆したが,明確な根拠は示されていな

い。草津白根火山で実際に岩屑なだれ堆積物が見出され

たのは,おそらく今回が初めてである。より新しい時代

の噴出物に埋没した岩屑なだれ堆積物が道路工事によっ

て出現したことの意義は大きい。

空中写真 (林野庁撮影) を用いて地形判読を行うと,

松尾沢火山の位置から今回の露頭位置までの南東麓斜面

には,流れ山地形は認められない。岩屑なだれ堆積物の

原面の上に,その後の噴出物 (旧期溶岩,新期溶岩など)

Lava dome Horseshoe-shaped crater 1

2

Columnar joints

Fig. 11 Photographs of Matsuozawa Volcano taken from the south. 1: Whole view of the weastern half of the Matsuozawa volcano seen from the volcano route. 2: Close-up of the collapsed crater wall. Thick volcanic breccia and/or tuff breccia is seen. Columnar joints are recognized on the lower part of the cliff.

Page 10: 草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物 · 互層しており,それぞれ色調が異なる( Fig. 4-3)。この 火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。

安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫

─ ─230( )154

る。これらのことは,松尾沢火山で山体崩壊があったこ

とを示唆する。草津白根火山ではこれまで岩屑なだれ堆

積物の報告例がなく,その活動形成史の復元の上でも,

今回は貴重な露頭観察の機会であったといえる。

謝辞

山梨県富士山科学研究所の吉本充宏博士には露頭情報を提

供いただき,また草津白根火山の降下火砕堆積物についてご

教示いただいた。また東京工業大学火山流体研究センターの

寺田暁博士には露頭観察のための便宜を図っていただいた。

海洋研究開発機構 (JAMSTEC) のAlexander Nichols博士には英文要旨の不備を指摘していただいた。以上の方々に感謝

いたします。

れ山の周囲を埋めるように堆積したと考えれば,本露頭

で太子火砕流堆積物が岩屑なだれ堆積物の上位に認めら

れないことの説明は可能であろう。こうした可能性の検

証のためには,地質調査をさらにすすめる必要がある。

5.まとめ

草津白根火山南東麓の国道沿いでの工事現場におい

て,降下火砕堆積物や土壌等の下位に埋没した岩屑なだ

れ堆積物が見出された。岩屑なだれ堆積物に含まれるブ

ロックは,草津白根火山の活動初期に活動した松尾沢火

山の形成後期の岩石と同様の全岩化学組成を示す。松尾

沢火山には山体の南部に馬蹄形の崩壊地形が残ってい

Aramaki, S. (1963) Geology of Asama Volcano. J. Fac. Sci. Univ. Tokyo, Sect. 2, 14, 229-443.

宇都浩三・早川由紀夫・荒牧重雄・小坂丈予(1983)草津白根火山地質図火山地質図.地質調査所3.

早川由紀夫(1983)草津白根火山の地質.地質学雑誌,89, 511-525.

早川由紀夫・由井将雄(1989)草津白根火山の噴火史.第四紀研究,28,1-17.

亀谷 伸子・石崎泰男・濁川 暁・吉本充宏・寺田暁彦・上木賢太(2015) テフラ層序からみた草津白根火山の最近5000年間の噴火活動.日本火山学会秋季大会予稿集,103.

長井雅史・上木賢太・水野勇希・田中祐樹・乾睦子・野上健

治・棚田俊收(2015)草津白根山干俣火観測施設井の岩石コア試料の層序と年代.日本火山学会秋季大会予稿

引用文献

集,113.早田勉・能登健・新井房夫 (1988) 草津白根火山起源.熊倉軽石の噴出年代.東北地理,40,272-275.

高橋正樹・河又久雄・安井真也・金丸龍夫(2010)草津白根火山噴出物の全岩主化学組成―分析データ306個の総括―.日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要,45,205-254.

竹本弘幸・久保誠二(2003) 浅間火山,応桑岩屑なだれ堆積物のテフラ層序.日本大学文理学部自然科学研究所研究

紀要,38,55-64.谷 健一郎・折橋裕二・中田節也(2002)ガラスビードを用いた蛍光X線分析装置による珪酸塩岩の主微量成分分析:3倍 6倍11倍希釈ガラスビード法の分析精度の評価.東京大学地震研究所技術報告,8,26-36.