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慢性肝炎診療のための ガイドライン 慢性肝炎診療のための ガイドライン 平成 19 年度

慢性肝炎診療のための ガイドライン日本肝臓学会では,1995年から急激に増加している肝がん死亡率を減少させ るため肝がん撲滅運動を推進してまいりました.これまでに「肝がん白書」,「C

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慢性肝炎診療のためのガイドライン

慢性肝炎診療のためのガイドライン

平成 19 年度

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日本肝臓学会では,1995 年から急激に増加している肝がん死亡率を減少させ

るため肝がん撲滅運動を推進してまいりました.これまでに「肝がん白書」,「C

型肝炎に起因する肝がんの撲滅を目指して」,「肝がん撲滅のために」「慢性肝炎

理解のための手引き」「慢性肝炎診療のためのガイドライン」等を刊行し,ウイ

ルス性肝炎および肝がんについてご理解頂くように努めてまいりました.また,

厚生労働省に働きかけ,平成 14 年からは老人健康保険法に基づき慢性肝炎の病

因ウイルスである C型肝炎ウイルスおよび B型肝炎ウイルスの感染者の洗い出

しを節目検診および節目外検診で行い,新たな感染者を明らかにするとともに,

感染者の方には適切な治療が行われるように努めてまいりました.しかし,実際

には適切な慢性肝炎の診療が行われている割合は必ずしも高いものではありませ

ん.今後も,日本肝臓学会としては市民公開講座を都道府県単位で開催し,慢性

肝炎の適切な診療を受けて頂くよう努めてまいります.

C型慢性肝炎および B型慢性肝炎は肝硬変まで進展すると高率に肝がんを発

症するため,本邦から肝がんを減らすためには慢性肝炎の段階で治療を行うこと

が必要です.C型慢性肝炎に対しては 1992 年からインターフェロン治療が行わ

れています.単独治療ではウイルスの排除率は高いものではありませんでしたが,

ペグ・インターフェロンにリバビリンを併用することにより高いウイルス排除率

を得ることができました.B型慢性肝炎においても従来のインターフェロン治療

に加えて,各種核酸誘導体による抗ウイルス治療が可能になり治療効果は改善さ

れました.しかし,適切な治療を行って頂くためには,慢性肝炎の病態・診断に

ついて患者様にご理解頂く必要があります.

今回,企画広報委員会の岡上 武委員長にお願いしまして,既に刊行されてお

りました「慢性肝炎診療のためのガイドライン」を,B型および C型慢性肝炎

における病態・診断・経過・感染予防のその後の進歩を加えて大幅に改定して頂

きました.是非,本パンフレットをご覧頂き,慢性肝炎の最新の診断・治療につ

いてご理解頂ければ幸いです.

平成 19 年 12 月

社団法人 日本肝臓学会

理事長 林 紀夫

は じ め には じ め に

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はじめに 林  紀夫(社団法人日本肝臓学会 理事長)

第1章 日本の慢性肝炎の現状

吉澤 浩司(広島大学大学院 疫学・疾病制御学)……(4)

第2章 慢性肝炎の診断

清澤 研道(長野赤十字病院)

田中 栄司(信州大学消化器内科)………………………(6)

第3章 慢性肝炎の経過観察

山田剛太郎(川崎医科大学附属川崎病院肝臓・

消化器病センター)…………………………(7)

第4章 肝炎ウイルスの感染予防

福沢 嘉孝(愛知医科大学医学部医学教育センター

同病院消化器内科)

各務 伸一(愛知医科大学医学部)………………………(9)

第5章 慢性肝炎の治療

岡上  武(大阪府済生会吹田病院)……………………(12)

あとがき 岡上  武(社団法人日本肝臓学会 企画広報委員会委員長)

目   次目   次

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1.C型肝炎ウイルス(HCV)感染の広がり

HCV は,このウイルスに感染している人(ほとんどはHCVキャリア)の血液を介して感

染する.まれに,HCV キャリアの血液成分が混入した(炎症性の)浸出液などを介して感

染が起こることもある.

HCVに感染すると,30%前後の人は一過性の感染で治癒するが,残りの 70%前後の人

では持続感染状態に陥いる(キャリア化する)という特徴がある.

このため,閉鎖集団の中で注射のまわし打ちなどの危険行為が繰り返されると,HCV キ

ャリアが次第に累積し,最終的にはその集団内で HCV の感染爆発(アウトブレイク)がお

こることが知られている.

1990 年に厚生省(当時)の薬務局から出された「麻薬・覚醒剤使用概況」という報告

書を見ると,「覚醒剤取締法」によって覚醒剤の使用が非合法化された1950年代のわが国

では,当時の 15歳から 25歳の若い年齢層を中心に静注による薬物の乱用が横行し,ピー

ク時の 1954 年には検挙者数は 5万 5千人,常用者数は 55万人,違法に使用した人の数

は200万人にのぼったと記録されている.

わが国では,この集団の中に累積したHCV キャリアが感染の起点となって,衛生環境の

整備がすすんでいなかった1960年代から 1970年代にかけて,様々な経路を介したHCV

感染の悪循環が,一般市民を巻き込んだ形で起こったと考えられている.

この状態は,わが国のその後の社会,経済状態の改善に伴って徐々に解消され,1990

年代に入ってからは HCV キャリアの新たな発生はほとんどみられない状態となり,今日に

至っている.

2.自覚しないままの状態で潜在するHCVキャリア数

2002 年 4 月から 2006 年 3 月までの 4 年間に HCV 検診を受けた 690 万人における

HCV キャリア率(全体を平均すると 1.2 %:厚生労働省老人保健課による)と,この期間

における HCV 検診の対象年齢に該当するわが国の 40 歳から 75 歳人口(5,736 万人:

2006 年 3月 1日現在,総務省統計局による)をもとに積算すると,この年齢集団の中に

潜在しているHCVキャリア数は68万 9千人となる.

4 慢性肝炎診療のためのガイドライン

第1章 日本の慢性肝炎の現状

吉澤 浩司(広島大学大学院 疫学・疾病制御学)

Ⅰ.C型肝炎

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なお,この中には 75 歳以上,および 40 歳未満の年齢層における HCV キャリア数,お

よびC型慢性肝疾患患者数は含まれてはいない.

3.今後の新規感染者の数はどのように予測されるか

現在のわが国の社会,経済状態が保全されている限り,今後は,HCV の新規感染者数の

大幅な増加を見込む必要はほとんどないといってよい.

1.B型肝炎ウイルス(HBV)感染の広がり

HBV は,このウイルスに感染している人(ほとんどはHBVキャリア)の血液を介して感

染する.まれに,HBV キャリアの血液成分が混入した浸出液,体液などを介して感染が起

こることもある.

HBV は,主として出生時の母子感染(垂直感染)により継代され,人類の長い歴史とと

もに共存してきたと考えられている.

なお,3歳以下の乳幼児期に HBV に感染(水平感染)した場合には,キャリア化するこ

とがある.

2.感染者はどれくらいか

年齢別のキャリア率と年齢別の人口構成をもとに概算すると,わが国における HBV キャ

リア数はおおよそ150万人にのぼると推定されている.

3.新規感染者数は

わが国では,1986 年以降,出生時のHBV 母子感染予防が全国規模で行われており,垂

直感染に起因する HBV キャリア数の減少に伴って,これ以降に出生した世代を中心に,乳

幼児期における水平感染に起因するキャリア数も減少し,現時点における20歳未満の年代

におけるキャリア率は0.02~ 0.04 %にまで減少していることが明らかとなっている.

一方,近年,若い世代を中心に性的交渉に伴う急性 HBV 感染が目立つようになり,懸念

されるようになってきている.

5慢性肝炎診療のためのガイドライン

Ⅱ.B型肝炎

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1.ウイルス検査は何を見るか

慢性肝炎を診断する場合,ウイルス検査では最初に HBs 抗原(精密測定が望ましい)と

HCV抗体を測定する.HBs 抗原が陽性である場合 B型肝炎と診断される.HBs 抗原のみで B

型肝炎の診断が出来ない場合もあるので,必要に応じてHBc 抗体検査も行い,HBc 抗体陽性

で他の原因が特定出来ない慢性肝炎では,高感度の HBV DNA 検査を実施することが望まし

い.C型肝炎を疑う場合はまずHCV抗体を測定する.HCV抗体陽性の場合は,さらに高感度

のHCV RNA検査やHCVコア抗原検査を行い,ウイルス血症が確認されるとC型肝炎の診断

が確定する.

B型慢性肝炎の治療方針の決定や効果判定には,HBe 抗原・HBe 抗体およびHBV DNA量

の測定が有用である.一般に HBe 抗原陽性例では HBV の増殖は盛んで血清中ウイルス量は

多く,HBe抗体陽性例はこの逆の傾向を示す.HBe抗原・HBe 抗体にかかわらずHBV DNA

量が十分低下しない症例では注意が必要である.HBV 遺伝子型やプレコア・コアプロモータ

ー変異株の判定は治療効果の予測に有用であることが報告されている.

C型慢性肝炎の治療方針を立てる上で,ウイルス量の測定と遺伝子型の判定は必須である.

ウイルス量は,血清中HCV RNA 量またはHCVコア抗原量を測定して判定する.遺伝子型の

判定には血清学的方法と遺伝子工学的方法がある.前者は,塩基配列の差を抗原性の差に置き

換え判定する方法で,1型と 2型の判定が可能である.HCV 群別(グルーピング)の名称で

保険適応がある.後者では,型特異的なプライマーを用いる方法などが報告されており,亜型

まで判定可能であるが保険適応はない.

2.肝機能検査の選択はどうするか

AST(GOT),ALT(GPT)は肝細胞中に多く含まれる酵素である.これらは,肝細胞の変

性・壊死に伴い逸脱し,血中で上昇するため,慢性肝炎の診断,肝炎活動性の評価,治療効果

判定などに用いられる.慢性肝炎では,AST や ALT の上昇に加えポリクローナルな免疫グロ

ブリンの上昇とこれに伴う膠質反応(ZTT,TTT)の上昇がみられる.この上昇は,活動性肝

炎や肝硬変で顕著となる.

肝細胞障害で黄疸が出現する場合は一般に直接型ビリルビンが優位となる.慢性肝炎の急性

増悪や肝硬変で血清ビリルビンが上昇する場合は肝不全状態を示唆する.肝臓での蛋白合成能

低下は肝細胞機能不全を鋭敏に反映する.アルブミンは血中半減期が長く(数週),肝硬変な

6 慢性肝炎診療のためのガイドライン

第2章 慢性肝炎の診断

清澤 研道(長野赤十字病院)田中 榮司(信州大学医学部消化器内科)

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どによる慢性肝不全の評価に用いられる.血液凝固因子(プロトロンビン時間,など)は血中

半減期が短く(数時間)リアルタイムに変化するため,慢性肝炎の急性増悪を含む急性肝不全

の評価にも威力を発揮する.

3.肝線維化の指標はなにか

肝線維化は組織学的に評価するのが最も正確であるが,肝生検を必要としないより簡便性な

マーカーも開発されている.肝線維化マーカーとしては,Ⅲ型プロコラーゲンペプチド,Ⅳ型

コラーゲン,ヒアルロン酸,などが使用されている.血小板数も肝線維化の程度を鋭敏に反映

する.血小板数は簡便で入手しやすいデータであるため,日常診療で汎用されている.

4.肝生検組織からどのような情報が得られるか

針生検による肝の病理組織学的検討は,慢性肝炎の診断のみならず,線維化や壊死・炎症所

見,脂肪沈着や鉄蓄積の程度の把握に有用である.

肝組織所見は,線維化と壊死・炎症所見に分けて評価することが一般に行われている.新犬

山分類では前者を F0から F4に,後者を A0から A3に分類している(表1).

1.日常診療において進展を予測し得る指標として何を選ぶか

日常診療における慢性肝炎の進展の予測は肝生検の線維化ステージ診断(F0 ~ F4)によ

るのが理想である.しかしながら,侵襲を伴う検査を出来るだけ減らすためには定期的な血液

生化学検査と画像検査により,ステージの進展を予測する必要がある.末梢血液検査では白血

球数,血小板数はステージの進展に伴って減少する.特に C型慢性肝炎では肝線維化の進展

7慢性肝炎診療のためのガイドライン

第3章 慢性肝炎の経過観察

山田剛太郎(川崎医科大学附属川崎病院肝臓・消化器病センター)

壊死・炎症所見の程度線維化の程度

AO:壊死・炎症所見なしA1:軽度の壊死・炎症所見A2:中等度の壊死・炎症所見A3:高度の壊死・炎症所見

FO:線維化なしF1:門脈域の線維性拡大F2:線維性架橋形成F3:小葉のひずみを伴う線維性架橋形成F4:肝硬変

表1 肝組織の新犬山分類

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につれて血小板数は段階的に減少する(表).生化学検査では AST(GOT)/ALT(GPT)比は

慢性肝炎では ALT > AST であるが,進展につれて 1.0 に近くなり,肝硬変では AST > ALT

と逆転する.総蛋白,アルブミンは慢性肝炎ではよく保たれるが,肝硬変では減少する.

ICG15 分停滞率の増加も線維化進展の指標となる.また,線維化マーカーではヒアルロン酸,

Ⅳ型コラーゲンの血中濃度の上昇が進展の予測に有用である.

肝線維化の進展を予測するための画像診断としては腹部エコー検査が有用である.ステージ

の軽い慢性肝炎では特徴的所見に乏しいが,線維化の進展につれて,肝辺縁の鈍化,肝実質エ

コーの不均一化,肝内脈管の不明瞭化,軽度の脾腫の出現などが見られる.

2.肝硬変の良い指標は何か

慢性肝炎から肝硬変への進展の指標としては腹腔鏡下肝生検による結節形成の確認がゴール

ド・スタンダードであるが,日常診療では理学所見のクモ状血管腫,手掌紅斑,女性化乳房,

腹壁静脈怒張などの出現に加えて,血小板数 10万以下,AST/ALT 比の逆転(1以上),血清

蛋白・アルブミンの減少,γ-Gl 高値,総コレステロールやコリンエステラーゼの減少,

ICG15 分停滞率 25 %以上,さらには線維化マーカーのⅣ型コラーゲンの高値,特に血清ヒ

アルロン酸の著明な上昇などが診断のよい指標となる.画像診断も肝硬変診断の指標として欠

かすことは出来ない.腹部エコーでは肝右葉の萎縮・左葉の腫大,肝表面の不整・波打ち様凹

凸不整,肝実質エコーの粗造化,肝内脈管系の狭小化,中度から高度の脾腫や門脈本幹の拡張,

腹水などの所見は肝硬変への進展を示唆する.CT でも同様に肝表面の凹凸不整や右葉の萎

縮・左葉の腫大などの観察や,MRI での再生結節の出現は診断の有用な指標となる.

3.肝細胞癌のスクリーニングをどうするか

慢性肝炎,肝硬変患者では肝細胞癌の発生に備えた定期的な画像検査と腫瘍マーカーによる

フォローアップが最も重要となる.特に C型慢性肝炎では線維化の進展とともに発癌率が高

まり,進展に応じたスクリーニング計画が必要である.腹部エコー検査は肝細胞癌の早期発見

に最も役立ち,原則として慢性肝炎では 6ヵ月毎の,ハイリスクグループである肝硬変では

3カ月毎の熟練した術者による丹念な検査が必要である.また,早期発見のためには定期的な

ヘリカル CT やダイナミツクMRI による検査も有用である.腫瘍マーカーでは AFP,PIVKA-

II,AFP 高値の場合の AFP一レクチン(L3)分画の測定が肝細胞癌の早期発見に有用である.

8 慢性肝炎診療のためのガイドライン

n 血小板数(×104/μl)線維化ステージ

1338322114394

22.0 ± 4.718.3 ± 4.915.7 ± 4.812.8 ± 3.910.2 ± 3.6

F0F1F2F3F4

表 C型慢性肝炎の肝生検組織の線維化ステージ別血小板数

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1.感染経路について

主なヒト肝炎ウイルスは,現在 A型から E型までの5種類が知られている.A型と E型は,

飲食物を介して経口感染し,B型,C型と D型は,血液や体液を介して感染する.特に,非

衛生的環境下での経静脈的薬物乱用(覚醒剤など)や刺青,ピアスにも十分に注意を要する.

2.家族内感染予防について

A 型と E 型はともに経口感染であることから,生水,生ものの摂取に十分注意するととも

に,患者排泄物や衣類(特に下着)の取り扱いを厳重に注意する(注 1).最近,E型肝炎は

人獣(畜)共通感染症との見方が強まっているため,生肉(ブタ,イノシシ,シカなど)を十

分に加熱することが予防に有効である.手洗い,うがいなどの励行に心掛ける.A型の特異的

感染予防には A型肝炎ワクチン(A型肝炎対策ガイドライン参照)が使用されている.HAV

の常在する地域への旅行者は事前に予防接種を受けることが望ましい.E型でも HEV ワクチ

ンの開発が進められており,最終段階にある.

B型および日本では感染例が殆どない D型は,日常生活(食事,入浴など)では感染しな

い.しかし,患者の血液や体液が付着しないように取り扱いには十分注意する.積極的予防策

としてHBワクチンが使用されており,その対象は第 1に HBV キャリアー妊婦よりの新生児

である.HBe 抗原陽性例では高率にキャリアー化が見られ,HBe 抗体陽性例でも一過性なが

ら肝炎を発症しうる.現在,母児感染予防には保険診療が可能であり,出生時の母子感染対策

事業により,1994年以降全国的に激減している.第 2は HBV キャリアーの家族,医療従事

者である.なお,成人での感染は性的交渉によるもので,B型急性肝炎のほとんどを占め,輸

血などの医療行為による感染は極めて低い.特に,最近では遺伝子型 A(ヨーロッパに多い型)

による感染が目立っている.

C型肝炎は,日常生活での感染は殆ど心配ないが,母児感染や性的交渉による感染が頻度こ

そ低いものの起こりうるので,患者の血液や体液が付着しないように十分注意する.C型肝炎

に対する特異的予防法は今のところない.

3.医療施設内での感染予防について

感染経路としては,医療従事者による患者採血後の注射針による針刺し事故の頻度が最も高

い.医療を介しての患者から患者への感染も軽視できない.例えば,肝炎ウイルスキャリアー

の内視鏡検査後の洗浄・消毒の問題などが挙げられる(注2).

9慢性肝炎診療のためのガイドライン

第4章 肝炎ウイルスの感染予防

福沢 嘉孝(愛知医科大学医学部医学教育センター 同病院消化器内科)各務 伸一(愛知医科大学医学部)

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HBV 暴露後,少なくとも 48 時問以内(24 時間以内が望ましい)の投与を原則とし,抗

HBs ヒト免疫グロブリン(HBIG)を筋肉注射し,さらに HBワクチンを直後,1ヵ月および

6ヵ月後に接種する.3回目接種のブースター効果でより高い HBs 抗体価が得られる.6ヵ

月後まで毎月1回および 1年後にHBs 抗原・抗体を検査する.ただし,上記対策が必要とな

るのは,被暴露者がHBs 抗原・抗体をともに有していない場合を原則とする.

暴露前の感染予防が最も望ましいので,医療従事者は両者ともに陰性の場合,ワクチン接種

によりHBV に対する免疫をつくっておくことが重要である.また,手袋の使用,リキャップ

の禁止,安全装置付き注射針の使用により感染暴露を防止することが確実な肝炎対策である.

HCV 感染に対しては,現在確立した有効な暴露後の予防対策はない.暴露前のワクチンも

なく,γ-グロブリンも感染防御に有効でない.暴露後,HCV抗体(可能ならHCV-RNA の測

定が望ましい)の有無と肝機能異常の確認を行う.その後 6ヵ月まで,毎月 1回程度の肝機

能とHCV抗体検査(可能ならHCV-RNA も含めて)を実施する.陰性の場合でも1年後に再

度行うと確実性が増す.HCV感染が成立した場合はC型急性肝炎として対処する.

なお,HCV感染成立後の IFN治療の適応については未だコンセンサスが得られていない.

最後にHBV/HCV 感染事故時の対応マニュアルを表に示した.

(注1) HAV の処理について

60 ℃,10 時間処理では全く不活化せず,80 ℃,10 分(1M,MgCl2 存在下)でも感染

性が保持され,100℃,10分以上の処理で完全に不活化される.高圧滅菌,ホルマリン処理,

紫外線照射,塩素処理などにより,失活し感染性を失う.従って,飲料水の加熱滅菌や,患者

排泄物,衣類(特に下着)の高圧滅菌,ホルマリン処理,紫外線照射,塩素処理などを行う.

(注 2) 肝炎ウイルスキャリアーの内視鏡消毒について(Gastroenterol Endosc 1999;

41:220~ 222参照)

確実な消毒薬として,高水準殺菌スペクトルを有するアルデヒド系;グルタラール(グルタ

ルアルデヒド)(R2 ~ 3.5 %ステリハイド,ステリゾールなど)が有効で,通常 15 分以上

浸漬する.

ただし,適用後の内視鏡に対しては,十分な水洗(リンス)が必要である.

10 慢性肝炎診療のためのガイドライン

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11慢性肝炎診療のためのガイドライン

1)事故発生原因;注射針,メス刃,血液付着など

2)報告書(EPINet ;エピネット)の提出;サーベイランスの確立

3)応急処置;速やかに以下の処置を行う(慌てず冷静に).● 針・メス刃などによる,刺し傷や切り傷の場合は,石けんを使い流水下で受傷部を搾り出すように十分洗浄する.細菌感染防止のため,イソジン液や消毒用エタノールなどで消毒する.

● 眼などに血液・体液が飛んだ時は,直ちに多量の水による洗浄とともに,ポリビニールアルコールヨウ素剤 (イソジン点眼10%希釈) による消毒を行う.

● 口腔粘膜などには,直ちに多量の水ですすぎイソジンガーグルを使用する.● 無傷の場合でも,手指などが血液・体液などに触れた場合は,流水で十分に洗い,消毒用エタノールで消毒する.

★患者血が HBs 抗原陽性の場合;直後の対応診療担当医の診察を受け,48時間以内 (24時間以内が望ましい) に抗HBs ヒト免疫

グロブリン(HBIG)接種および HB ワクチンの接種の必要性の有無について判断を仰ぐ.事故後の感染予防と経過観察は,各施設の医療事故マニュアルに準拠する.

★HCV 感染事故の場合;直後の対応 診療担当医の診察を受け,感染血および受傷者双方のHCV 抗体,HCV-RNA (必ず感度

が一番良い定性検査であること)および肝機能検査を行う.事故直後のグロブリンや IFNは感染防止に有効ではないが,感染発症時には IFN 治療が有効である.針刺し後の感染の確認は,定期的に 1 年後まで実施(肝機能検査,HCV 抗体検査,HCV-RNA 検査)する.事故後の感染予防と経過観察は,各施設の医療事故マニュアルに準拠する.

表 針刺しなど血液事故発生時の対応マニュアル

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B 型,C 型肝炎ともにここ数年で治療法が格段に進歩し,特に C型では完治する例が増加

し,現在も新しい治療法の開発が進んでいる.

C型肝炎の治療の基本はインターフェロン(IFN),ペグインターフェロン(PEG-IFN)あ

るいは PEG-IFN とリバビリン(Riba)併用療法である.特に,ウイルス量が多い患者さんに

は PEG-IFN/Riba 併用療法が第 1選択である.IFN(PEG-IFN)あるいは PEG-IFN/ Riba 併

用によりウイルスが排除されるだけではなく,ウイルスを排除できなくても肝炎の鎮静化(肝

機能の改善)が期待できる.IFN(PEG-IFN)がうつ病などの副作用から使用できない場合や

IFN,PEG-IFN/Riba 併用療法で肝炎の鎮静化が得られなかった場合には,肝炎を抑えること

によって肝病変の進展を抑制することが大切である.このために,IFN 少量長期投与,グリチ

ルリチン製剤(SNMC など),胆汁酸製剤(ウルソデオキシコール酸),瀉血などによって肝

炎の鎮静化に努める.これら療法によって肝細胞癌(HCC)への進展を抑えることができる.

一方,B型肝炎に関してはウイルスを完全に排除できる治療法はないが,IFN や核酸アナロ

グ(内服薬)でウイルスの増殖を抑制して肝炎を沈静化させることができる.特に,近年保険

に認可された核酸アナログ(特にエンタカビル)は副作用が少なく,使用しやすい薬剤である.

いずれにしても IFN,PEG-IFN/Riba,核酸アナログなどの治療は長期的にみて B型および C

型肝炎ウイルスによるHCCの発生率を低下させる

1.治療選択に肝生検は必要か

肝組織所見は炎症の程度と線維化の程度の両面から評価される.C型肝炎は進行性疾患で,

主に線維化の程度と炎症の程度が予後を決定する.線維化の程度は血小板数,ヒアルロン酸値,

γ-グロブリン量などと相関し,炎症の程度は ALT 値と相関する.線維化の程度は画像診断を

加えれば,肝生検なしでもある程度予測可能である.これに対して,B型肝炎は自然経過で著

明に改善することがあり,また逆に短期間に悪化することもあり,血液検査のみで肝病変の進

展度や炎症の程度を知り得ないことがあり,肝生検の必要性は高い.

2.治療に年齢は関係するか

IFN,PEG-IFN/Riba 治療は,高齢者(65 歳以上)では副作用発現の頻度が高くなるが,

身体的条件,線維化の程度,炎症の程度,ウイルスの性質などを考慮して,高齢者でもこれら

の投与を行うこともある.IFN,PEG-IFN/Riba 以外の治療は年齢に関係ない.

B型肝炎は 25歳頃までに自然経過で大変よくなることが多く,治療に際しては年齢が重要

な因子になる.

12 慢性肝炎診療のためのガイドライン

第5章 慢性肝炎の治療

岡上  武(大阪府済生会吹田病院)

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3.臨床症状の有無は治療にとって重要か

C型肝炎の場合,症状がないことが多く症状の有無は治療選択に関係はない.しかし,B型

肝炎では急性増悪時には黄疸,全身・怠感,食欲低下などの症状を伴い,重症化,劇症化する

ことがあり,また,このような症例は急速に肝病変が進展する可能性が高く,このような例に

は核酸アナログ(エンテカビル,ラミブジンなど)を投与し,重症化を防止する.

4.治療にウイルス量を考慮するか

C型・ B型肝炎共にウイルス量が多い場合には IFN に対する反応性は悪かった.しかし,C

型では PEG-IFN/Riba 治療の登場により,いわゆる難治性といわれてきた遺伝子型 1bでウイ

ルス量の多い例でも 1 年間治療で 50 %以上は完治し,それ以外の例では 24 週間治療で

90%近く完治する.

一方,B型肝炎では従来 IFN では効果がなかったような高ウイルス量例でも核酸アナログ

(エンテカビル,ラミブジン)投与でウイルス増殖が著明に抑制でき,治療法は格段に進歩し

た.ウイルス量が少ない例には IFN が有効である.ただ,B型肝炎は C型肝炎と異なり,自

然経過でウイルスの増殖が低下し,肝機能が著明に改善する例(特に 25 歳未満で HBe 抗原

陽性,ALT 高値の若年者)があり,治療を受ける前に,肝臓専門医に治療適応の有無を正し

く評価していただくことが大切である.

5.治療にウイルスの遺伝子型を考慮するか

C 型肝炎では IFN 療法の効果が遺伝子型に大きく左右される.遺伝子型 1b に比べて 2a,

2b は治りやすい.しかし,上記のような治療法の進歩で遺伝子型 1b 高ウイルス量例(難治

性C型肝炎)でもPEG-IFN/Riba 48 週間治療で50%前後は完治し,遺伝子型2(2a,2b)

高ウイルス量例では PEG-IFN /Riba 24 週治療で 90%近くは完治し,ウイルス量が少ない

例では IFN 単独治療でも高率に完治するため,治療法の選択に際して遺伝子型を検査するこ

とは大切である.

B型肝炎も遺伝子型により自然経過や IFN治療に対する反応に差があるが,B型肝炎ウイル

スの遺伝子型の測定は保険の適用外である.なお,核酸アナログ治療では遺伝子型により効果

に差はない.

6.小児での IFN治療はどう考えるか

一定の見解は得られていないが,年齢と肝炎の活動性を考慮して適用を考える.

7.肝機能正常例(ALT正常例)の対処

ALT の正常値は 30IU/L 以下と考えるべきである.ALT が正常(30IU/L 以下)であっても

肝線維化が進展している例(血小板数減少を伴う)があり,C型ではそのような例からは肝癌

が発生する危険性がある.したがって,肝機能が正常であっても血小板数が低下している例

(血小板 15 万未満)では,PEG-IFN/Riba あるいは IFN 治療の対象になる例がかなりある.

可能なら肝生検を受けることが望ましいが,不可能な場合は線維化マーカーを測定し,線維化

の程度を評価し,治療が必要か否か判断する.ウイルスに感染していることが大変気になる患

者さんにはこれとは関係なく抗ウイルス療法(PEG-IFN/Riba,IFN)を施行する.

13慢性肝炎診療のためのガイドライン

Page 14: 慢性肝炎診療のための ガイドライン日本肝臓学会では,1995年から急激に増加している肝がん死亡率を減少させ るため肝がん撲滅運動を推進してまいりました.これまでに「肝がん白書」,「C

B 型肝炎では肝機能正常者には抗ウイルス療法(IFN,核酸アナログ)は行わず,経過観察

する.

8.食事療法は大切か

C型肝炎の患者さんの約 40%には肝臓に過剰に鉄が沈着しており(血清フェリチン高値),

過剰な鉄は肝臓に癌が発生する危険性を高くするため,鉄分の多い食事は避ける.過剰な鉄蓄

積のある例には瀉血を行い,その後は鉄制限食を継続する.

9.急性肝炎は治療の対象となるか

C 型急性肝炎の 30 ~ 40 %は自然に治癒し,60 ~ 70 %は慢性化(キァリア化)する.

したがって発症後 3か月以上経過してもウイルスが消失しない場合は慢性化が予測されるた

め,抗ウイルス療法を考慮する.

成人の B型急性肝炎はほとんど慢性化しないが,ヨーロッパに多い遺伝子型 Aの B型急性

肝炎は 10 %近く慢性化するため,慢性化の可能性が高い場合(発症後 8週間経過してもウ

イルス量が低下しない場合)には核酸アナログ(エンテカビル,ラミブジン)を使用する.

14 慢性肝炎診療のためのガイドライン

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あ と が きあ と が き

慢性肝炎診療のためのガイドライン

日本肝臓学会は増加し続ける肝がんからの死亡者を減らし,国民の健康保持に

役立てるべく,一般の方々にウイルス性肝炎や肝がんの診療の基本的な知識の普

及に努力してきました.

わが国の肝がんの 90 %近くは C型肝炎ウイルス(HCV),B型肝炎ウイルス

(HBV)持続による慢性肝炎や肝硬変からです.慢性肝炎の多くは HCV,HBV

持続感染が原因ですが,中年女性には自己免疫性肝炎もあります.

本書は,この様な患者さんが日常どのようなことに注意し,またどのような検

査や治療を受ければ肝硬変への進展や肝発癌予防につながるのかについて,平成

19 年 11 月時点での最新の情報を解説したものです.本書をご覧いただければ,

慢性肝炎の治療法や日常生活,食事などについての最新の知識が得られるものと

思っています.皆様のお役に立てれば幸いです.

平成 19 年 12 月

社団法人 日本肝臓学会

企画広報委員会委員長 岡上 武

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慢性肝炎診療のためのガイドライン

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2007 年 12 月 1 日 発行