9
214 1.報告の目的 中華人民共和国(香港,マカオ,台湾は除く。 以下「中国」という。)向けの技術関連ライセン スでは,他の発展途上国との技術取引と同様,特 許に基づくライセンス取引よりも,法により独 占的・排他的権利として認知されないノウハウ を主体にした取引が多いといわれる。これには, 中国での特許の審査の遅延が深刻であり出願か ら相当年数を経ても権利化できないという事情 があるため,技術をノウハウのまま,すなわち 特許権化せずに利用する例が多くみられること による。近年は特許審査のスピードも格段に アップしており,日本企業の中国での特許出願 は大幅に増加している。中国国家知識産権局が 公表する統計によると,2010年の日本企業の中 国での特許出願件数は約3万4000件であり前年 比10%以上の増加であった。そのため,今後は ノウハウライセンスに加えて,特許ライセンス の活用が増加することが益々予想される。 本報告は,中国の現行の技術移転管理規制を 読み解くとともに,特に,特許またはノウハウ ライセンス契約をはじめとする技術輸出入契約 に関する中国企業(ライセンシー)との締結交 渉,政府当局での技術輸出入契約の登記手続等 において,外国企業が直面する実務上の問題点 を指摘した上で,それに対する対策や見通しを 述べることを目的とする。 日本でも,「外国為替及び外国貿易法 1 」(外為 法)において,安全保障上国境を越えた技術取 引について輸出管理規制がなされている。中国 では,「安全保障」という観点に加えて,中国企 業が先端的な技術を積極的に外国企業から吸収 し産業発展の基礎を固めるという国家政策が強 く意識された輸出入管理が実施されている。 日本企業等の外国企業が中国企業に対して契 約により「技術」を移転する場合,中国企業の 技術輸入にあたり,「技術輸出入管理条例 2 」の 適用を受ける。 まずは,中国の技術輸出入管理の基本的な仕 組みを概観していきたい。 2.技術輸出入管理の基本的仕組み 中国では,技術ライセンスに関しては,「契約 3 」において技術契約の類型として規定されて おり,一般的にはライセンサー側への制約が強 いが,中国企業の産業政策的な保護を主な目的 として, 「技術輸出入管理条例」ではそれが一層 強化されている。 2001年12月の中国の WTO 加盟に合わせる形 で, 「技術輸出入管理条例」が2002年1月1日よ り施行された。本条例の実施により,従来の「技 術導入契約管理条例」(1985年施行。以下,「旧 条例」という。)及び「技術導入契約管理条例施 行細則」(1987年施行)は廃止された。また,本 条例に関して,対外貿易経済合作部(以下 日韓比較・国際知的財産法研究⑼ 中国における技術移転管理 実務的観点からの問題点の提起若林 耕 * * アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士

中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

214

1.報告の目的

 中華人民共和国(香港,マカオ,台湾は除く。以下「中国」という。)向けの技術関連ライセンスでは,他の発展途上国との技術取引と同様,特許に基づくライセンス取引よりも,法により独占的・排他的権利として認知されないノウハウを主体にした取引が多いといわれる。これには,中国での特許の審査の遅延が深刻であり出願から相当年数を経ても権利化できないという事情があるため,技術をノウハウのまま,すなわち特許権化せずに利用する例が多くみられることによる。近年は特許審査のスピードも格段にアップしており,日本企業の中国での特許出願は大幅に増加している。中国国家知識産権局が公表する統計によると,2010年の日本企業の中国での特許出願件数は約3万4000件であり前年比10%以上の増加であった。そのため,今後はノウハウライセンスに加えて,特許ライセンスの活用が増加することが益々予想される。 本報告は,中国の現行の技術移転管理規制を読み解くとともに,特に,特許またはノウハウライセンス契約をはじめとする技術輸出入契約に関する中国企業(ライセンシー)との締結交渉,政府当局での技術輸出入契約の登記手続等において,外国企業が直面する実務上の問題点を指摘した上で,それに対する対策や見通しを述べることを目的とする。

 日本でも,「外国為替及び外国貿易法1」(外為法)において,安全保障上国境を越えた技術取引について輸出管理規制がなされている。中国では,「安全保障」という観点に加えて,中国企業が先端的な技術を積極的に外国企業から吸収し産業発展の基礎を固めるという国家政策が強く意識された輸出入管理が実施されている。 日本企業等の外国企業が中国企業に対して契約により「技術」を移転する場合,中国企業の技術輸入にあたり,「技術輸出入管理条例2」の適用を受ける。 まずは,中国の技術輸出入管理の基本的な仕組みを概観していきたい。

2.技術輸出入管理の基本的仕組み

 中国では,技術ライセンスに関しては,「契約法3」において技術契約の類型として規定されており,一般的にはライセンサー側への制約が強いが,中国企業の産業政策的な保護を主な目的として,「技術輸出入管理条例」ではそれが一層強化されている。 2001年12月の中国の WTO 加盟に合わせる形で,「技術輸出入管理条例」が2002年1月1日より施行された。本条例の実施により,従来の「技術導入契約管理条例」(1985年施行。以下,「旧条例」という。)及び「技術導入契約管理条例施行細則」(1987年施行)は廃止された。また,本条例に関して,対外貿易経済合作部(以下

日韓比較・国際知的財産法研究⑼

中国における技術移転管理─実務的観点からの問題点の提起─

若林 耕 *

* アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士

Page 2: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

215

「MOFTEC」という。現商務部)の部門規則として,「輸入禁止輸入制限技術管理規則」,「輸出禁止輸出制限技術管理規則」が本条例と同日に施行された。更に,自由類技術に関する技術輸出入契約の登記手続を規定した「技術輸出入契約登記管理規則」(2009年改正版)は,2009年3月3日から施行されている。 本条例は,技術を分類して管理する体制をとっている。すなわち,禁止類技術については輸出入を禁止し(同条例第9条,第32条),制限類技術の輸出入については許可証管理を実施し

(同条例第10条,第33条),自由類技術の輸出入については契約登記管理制度を実施する(同条例第17条,第39条)ものとされた。 本条例を受けて,商務部による「輸入禁止・輸入制限技術目録」(2007年第二次改正版)と,MOFTEC と科学技術部による「輸出禁止・輸出制限技術目録」(2008年改正版)が公布されている。 なお,中国では,技術契約に関して「技術契約法」(1987年11月1日施行)及び「技術契約法実施条例」(1989年3月15日施行)が制定されていたが,その後「契約法」に技術契約に関する改正条項が組み込まれたことにより,「技術契約法」,「技術契約法実施条例」は廃止された。「契約法」によれば,「法律,行政法規に技術輸出入契約または専利,専利出願の契約について別段の定めがあるときは,その規定に従う。」(同法第355条)と規定されているため,外国企業から中国企業に対する技術ライセンスについては,

「技術輸出入管理条例」が優先的に適用される。 また,技術契約に関して,最高人民法院から

「技術契約紛争案件の審理の適用法律に関する若干問題の解釈4」が出されており,同司法解釈は,裁判所における審理において参照される。 留意が必要なのは,特許ライセンスの場合,技術移転管理とは別に,中国国家知識産権局が特許ライセンスに関する管理を行うことを目的として,「特許実施許諾契約届出管理規則5」が施行されており,同規則の適用も受けることである。すなわち,中国で登録された特許に関して

特許ライセンス契約を締結する場合には,同規則に従い,中国国家知識産権局に対して届出手続を行うことが義務付けられる。なお,届出の結果,中国国家知識産権局から交付される「特許ライセンス契約届出証明書」は,商務主管部門から技術移転契約について交付される「登記証」と同じく,銀行におけるロイヤルティの外貨送金のための必要書類となるため,ライセンサーとしてはライセンシーにその取得を義務付ける必要がある。

3.技術移転規制の変遷

 中国の WTO 加盟から,2011年12月で10年の節目を迎えた。中国の技術移転規制は,WTO加盟を境に,大きく様変わりしたといえる。 「技術輸出入管理条例」の施行前の技術導入契約管理体制においては,中国への技術移転は現在以上に厳格に管理され,技術ライセンス契約をはじめとする技術移転契約は厳しい規制下にあった。 まず,技術移転契約に対し MOFTEC またはその地方の授権機関による審査認可が要求され,しかも先進的な技術でなくては導入許可が下りなかった。当該審査認可には,政府当局の広範な裁量が認められていた。また,技術移転の期間が原則として最長10年に制限され,契約終了後の受入側(技術譲渡の場合の譲受人,技術使用許諾の場合の被許諾者などを含む。以下,便宜上「ライセンシー」という。)による継続的技術使用を制限できないなど,外国企業が中国への技術導入を踏みとどまりたくなるような問題が多く,その改正が待ち望まれていた。2001年12月11日の WTO 加盟を機に,中国はその加盟議定書において承諾した通り,従来の「技術導入契約管理条例」を廃止し,新たに「技術輸出入管理条例」を公布して,技術輸出入分野において大きな規制緩和を行なった。 現在の技術輸出入管理制度の下では,移転対象の技術を自由類,制限類,禁止類の三種類に分けて異なる管理が実施され,特に自由類の技

Page 3: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

216

術移転については,政府当局の審査を経ずに契約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国国際電子商務ネットワーク上で登記を行い,技術輸出入契約書の副本等の書類を,管轄する商務主管部門に届け出て行う。)のみで行うことが可能となった。なお,旧法下では技術導入契約には政府当局の認可が必要とされており,認可を経て初めて効力が生じるものとされていたが,現行制度においては契約の登記は契約の効力発効要件とはされていない。 現行の「技術輸出入管理条例」は,2002年1月1日から施行されているが,「技術輸出入契約登記管理規則」等の部門規則に細かな修正があった点を除いて,本条例自体についてはその時点から現在に至るまで1回の修正も行われていない。中国においては,法の制定・改廃は日本以上に頻繁であり,特に「技術輸出入管理条例」については,後述するように,外国企業にとって不利な点が多く,外国政府・企業からの強い修正圧力が常に存在するにもかかわらず,中国がこれまで1度も修正を行っていないのは,中国が現行の技術輸出入管理が中国にとってその狙い通りに運用されていることの示唆であろう。 それでは次に,外国企業が技術輸出入管理において直面する代表的な問題点を検討していきたい。

4.技術輸出入管理の対象となる技術移転契約の範囲

 「技術輸出入管理条例」には,その適用範囲について,「『技術輸出入』とは,中華人民共和国の国外から中華人民共和国の国内に向けて,又は国内から国外に向けて,貿易,投資又は経済技術協力の方式により技術を移転する行為をいう。」と定め,その例として,「特許権の譲渡,特許出願権の譲渡,特許の実施許諾,技術ノウハウの譲渡,技術サービス契約及びその他の方式による技術移転」(同条例第2条)を挙げている。しかし,実際の守備範囲は更に広く,外国

企業が中国企業に対して無体財産,知識,労務,サービスを提供する一切の契約が含まれていると考えられる。 「技術輸出入管理条例」に基づき,国家外貨管理局が公布した「技術輸出入契約に対する外貨の売渡,対外支払の管理強化についての通知6」によれば,次の契約が例として挙げられている。 1)特許権譲渡契約 2)特許出願権譲渡契約 3)特許実施許諾契約 4)専用技術許諾又は譲渡契約 5)コンピューターソフトウェア使用許諾契

約 6)特許又は技術専用許諾の内容を含む商標

使用許諾契約又は譲渡契約 7)技術サービス契約 8)技術コンサルティング契約 9)共同デザイン契約 10)共同研究契約 11)共同開発契約 12)共同生産契約 注意が必要なのは,実務では,「技術」について,政府関連当局間でも解釈が明確には一致していないという点である。例えば,外貨送金を取り扱う外貨管理局は,技術輸出入契約を上記通知のように比較的限定して解釈するのに対し,技術契約の登記管理を行う商務主管部門は,「技術」について極めて広範な解釈を行っている。当職が取り扱ったある案件においては,「技術」とは何ら関係がないと思われる製品の企画・デザインの提供についても,「技術」移転に含まれるとして,商務主管部門における契約の登記を要求されたという事例がある。商務主管部門と外貨管理局との明確な統一見解があるわけでもないため,銀行(特に外資系銀行)としては対政府当局との関係から保守的な運用を行わざるを得ず,送金金額の多寡にもよるが,基本的に銀行としても無形資産の移転に関する多くの契約について商務主管部門での登記を要求することが多い。

Page 4: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

217

 その他にも,建築設計図面提供契約,(経営ノウハウ・指導に関する)ノウハウ提供契約,コンサルティング契約など,実務上は「技術」移転に該当するかの判断は明確でないことがあり,ロイヤルティを銀行で外貨送金しようとした時点で,銀行または外貨管理局から技術移転規制に服する旨の指摘を受けるといった事態も散見される。そのうち多くの場合,既に技術移転が完了しているため,技術移転契約を商務主管部門で登記するために,中国企業(ライセンシー)と再度契約交渉をすることは,手間と根気を要する。ライセンサーに有利な内容で一旦締結された契約を商務主管部門での登記手続のためとはいえライセンサーに大幅に不利に修正することについて,ライセンサー側の会社としての意思決定が得られず,結局いつまで経ってもロイヤルティの送金を受けることができないという事態も起こりうる。 誤解のないように申し上げると,技術移転契約は商務主管部門での登記がないと発効しないということもなく,また未登記の場合に契約当事者に罰則等が課されることもない。両者の実務上の相違点は,未登記の場合,ロイヤルティの外貨送金を行うことができないという点に存在する。

5.技術輸出入管理条例に関する強制規定

 「技術輸出入管理条例」においては,下記で説明するように,いくつかの強行法規定が置かれている(同条例に定められる強行規定については,本稿の最後に添付する。)。外国企業側の代理人として実務を取り扱う中で感じることは,技術移転契約のドラフティング,交渉,商務主管部門での登記手続においては,これらの強行法規定の趣旨を十分理解した上で,同条例の許容する範囲内でライセンサーとなる外国企業の権利を最大限プロテクトしようとする意識が重要であるということである。 中国企業に対して,技術ライセンスを行う場

合,法律上及び実務上ハードルとなり得るのは,主として①中国企業との契約交渉段階,②技術輸出入契約を商務主管部門で登記する段階,③実際にロイヤルティを外貨送金しようとする段階である。①については,「技術輸出入管理条例」に基づく中国企業との契約条件交渉となる。②については,当事者間で合意された契約が商務主管部門においてそのまま登記できるのか,いわば,商務主管部門の係官との交渉となる。技術ライセンス契約の登記にあたっては,本来形式的審査しかなしえないはずの係官が,契約に「技術輸出入管理条例」に反する事項が含まれると判断して,契約内容の修正について指導をするケースがしばしば見られる。また,時に,①の契約交渉の際,商務主管部門での登記を担当する中国企業から,商務主管部門から要求であること(かかる要求に従わなければ契約登記を行うことができないこと)を理由として挙げられることがありうる。中国企業が政府当局からの指導に基づくことを理由として外国企業に修正を求めるのは交渉手法として頻繁にありうるのであって,場合によっては,ライセンサーとしても商務主管部門での契約登記申請に立ち会うといった対処も必要である。

⑴ 原材料,部品等の購入義務 技術移転に必要不可欠ではない技術,原材料,製品,設備又は付帯サービスの購入を義務付ける条項(同条例第29条1号),譲受人が購入する原材料,部品,製品または設備のルートまたは供給源を不合理に制限する条項(同条例第29条5号)については「技術輸出入管理条例」に違反(して無効)とされている。 「不合理」性の判断としては,実務上解釈が分かれるが,契約対象たる技術の効用を保証することや,商標と合わせてライセンスする場合にその商標の信用を保持することが,特定の原材料等の購入によってしか達成できない場合には,「技術移転に不可欠」として同号違反とはならないのではないかと考えられる。ライセンシーが技術を習得するまではライセンシーとし

Page 5: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

218

ても当該条項を問題視することは少ないが,ライセンシーが一旦技術を習得すれば原材料等の現地調達への切換えを希望することも多く,後日ライセンシーから問題提起されるケースが多いのが特徴である。

⑵ 契約期間中の競合技術の採用制限 「技術輸出入管理条例」には,「譲受人がその他のルートから譲渡人が提供する技術と類似する,或いはそれと競合する技術を得るのを制限する」条項を規定してはならないとの条項がある(同条例第29条4号)。同条にはその他ライセンシーの権利を制限する条項の取扱いに関する規定が存在するが,例えば販売価格の制限については「不合理に」制限する条項が同法違反とされているのに対し,競合技術の採用制限については「不合理に」という文言がなく,法律文言上,競合技術の採用制限は内容の合理性如何に関わらず同条例違反とされている。この点は,中国の「技術輸出入管理条例」が,中国が技術を積極的に吸収し産業発展の基礎を固めるという国家政策を実現するための法律であり,競合技術の採用制限が技術の発展を阻害する典型的な条項であるとして厳しく扱うという姿勢の現れともいえる。

⑶ 供与技術の改良 ライセンサーが提供した技術情報を現地でそのまま使用することが必ずしも現地の技術使用環境やユーザーの要求に合致するとは限らないので,現地事情に合わせて許諾技術を改良する必要が生じる場合がある。ここにいう「改良」とは,一般的には,許諾技術と技術的に関連性が深く,許諾技術の構成要素を変更し,または追加してその利用価値を高めることといわれる。ライセンサーのライセンシングポリシーによっては,ライセンシーによる改良を全く認めないという企業も多いが,中国企業への技術ライセンスの場合には,「技術輸出入管理条例」が,「ライセンシーがライセンサーの供与した技術を改良することを制限」する規定を設けることを禁

止している(同条例第29条3号)。 ライセンシーによる改良技術の開発は,ライセンサーの許諾技術の貢献により得られた技術といえる。しかしながら,日本の独占禁止法における考え方と同様に,中国でも,ライセンシーによる改良技術の使用を制限することになる規定を設ける場合には,一定の注意が必要となる。 日本において,「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上のガイドライン」は,ライセンシーによる改良発明,応用発明等についてライセンサーにその権利自体を帰属させる条項(アサインバック条項),独占的ライセンスを付与させる条項(独占的グラントバック条項)について,黒条項,すなわち独占禁止法に違反する「不公正な取引方法」に該当するおそれが強い条項として取り扱っている。 一方,中国の「技術輸出入管理条例」においても,「技術輸出入契約の有効期間内に行った技術改良の成果は,改良を行った側に属する」との規制,及び,技術輸出入契約において「譲受人が譲渡人の提供する技術を改良することを制限すること,又は,その改良した技術を使用することを制限すること」を規定してはならない旨の条項が存在する。これらの条項からすれば,アサインバック条項や,改良発明の主体たるライセンシーに一切実施を認めない前提での独占的グラントバック条項については同条例違反とされる可能性が高いと考えられる。ライセンシーの改良発明のライセンサーへの非独占的ライセンスを義務付ける条項の違法性については,直接的にこれを規制する規定は見当たらない。この点,最高人民法院の司法解釈である「技術契約紛争案件の審理の適用法律に関する若干問題の解釈7」によれば,改良技術の交換条件が不平等な場合,「不法に技術を独占し,技術進歩を妨害する」として無効と認定するとの判断が示されている。これは司法解釈に過ぎず,中国の裁判所以外の仲裁廷等が司法解釈に拘束されることはないが,同司法解釈を参考にすれば,ライセンサーがライセンシーの負う義務(改良発明についての非独占ライセンス付与義務)と同

Page 6: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

219

様の義務を負担しない場合には,契約法に違反するとして無効と判断される可能性もある。 実務上は,技術移転契約においてライセンサーがライセンシーに個別の対価を支払うことを条件に,ライセンサーに対する改良技術の非独占的ライセンスを規定することが多く,またかかる内容の契約登記も問題なくなされている。実際,改良技術に関するライセンス条件は中国企業が強く関心を寄せる契約条項の一つであり交渉が長引くポイントの一つでもある。 なお,ライセンシーが改良を行うことを認めるにしても,許諾技術がライセンサーに帰属していることはかわりがなく,ライセンサーとしてはその許諾権利の改変の事実を適時に把握する必要がある。また,ライセンシーから改良技術のライセンスを受けることを予定する場合には,当該ライセンスの機会を確保する観点から,ライセンシーに改良に関する通知義務を負わせ,実務上も履行を確保する必要がある。通知時期は,改良開始時,改良中,改良完成時等が考えられる。

⑷ ライセンサーの技術目標達成保証 「技術輸出入管理条例」第25条は,ライセンサーがライセンシーに対して当該技術が完全で,瑕疵がなく,有効で,契約所定の目的を達成することができることを保証しなければならないと規定する。同条所定の技術目標達成に関するライセンサーの保証責任は,法規としては多分に抽象的な規定であり,一旦事故や製品の品質上のトラブルが発生した場合には,ライセンサーに過大な保証責任が課される可能性がある。また,先端技術について,ライセンサーが係る保証をすることが不可能または不適当な場合もある。 それでは実務的にこの点はどのように対処すべきであろうか。 技術ライセンス契約においては,製品の品質上のトラブルがライセンサーにまで及ぶリスクを可及的に少なくするため,ある程度明確なメルクマールをもって技術目標達成に係るライセ

ンサーの保証責任を解除し,これ以降の品質上の責任をすべてライセンシーに負担させることを規定することが多い。例えば,実務上よく見かけるのが,一定段階で品質検査を行わせ,それに合格したことによる品質検査確認証の発行というメルクマールをもって,技術目標達成に係るライセンサーの保証責任を解除し,これ以降の品質上の責任をすべてライセンシーに負担させるという取決めを行うことがある。また,品質検査に合格したかの判断は主観的であるため,①技術目標が何であるかを契約に明確に記載すること,②技術目標達成の前提条件を明確に記載すること,③技術以外の製造に関する諸条件

(インフラ,技術者や製造にたずさわる人間の質,設備,原材料など)を明確に記載することをすすめている。このようなライセンサーの責任の限定が「技術輸出入管理条例」の強行規定に反して無効とならないかは一応問題となるが,上記のように合理的・明確な基準が予め契約に規定されているのであれば,当該条項が無効と判断される可能性は低いと思われる。

⑸ 権利侵害に関するライセンサーの責任 「技術輸出入管理条例」においては,「技術輸入契約の譲受人が譲渡人の供与した技術を契約の定めに従って使用し,第三者の合法的権益を侵害した場合,譲渡人が責任を負う。」(同条例第24条3項)と規定されている。一方,「契約法」においては,「譲受人が約定に従って特許を実施し,ノウハウを使用することにより,他人の合法的権益を侵害したときは,譲渡人が責任を負担する。但し,当事者間に別途定めがある場合を除く。」と規定されている(同法第353条)。

「契約法」においては,権利侵害に関する責任については当事者間で別途合意が可能とされているが,「技術輸出入管理条例」では当事者間で別途合意することは「不可」とされている点については,「内外格差」として外国政府・企業から大きな批判を招いている。 「第三者の合法的権益」の内容は明らかではなく(例えば,知的財産権以外の権利を含むの

Page 7: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

220

か),「譲渡人が責任を負う」という意味も明確ではない。一方で,ライセンサーの責任を限定する合意は無効であり,実務上,ライセンサーの賠償責任の上限を定めたとしても,無効と考えられている。そのため,中国で技術ライセンスを行なう場合には,事前に出願による権利化はむろん,供与技術が第三者の権利を侵害しないかの入念な調査を行っておくことが大前提となる。 外国企業が中国企業に対し,技術を提供し,それが例えば,当該技術が他人の中国で登録された特許を侵害するものであったときは,ライセンサーは技術提供によって得た利益の額を,特許権者が被った損害額として賠償しなければならないリスクは避けられない。現に,最近の裁判例では,武漢晶源環境工程有限公司(原告・特許権者)が,富士化水工業株式会社(被告・ライセンサー),華陽電業有限公司(被告・ライセンシー)に対し両被告の特許侵害による賠償を求めた特許権侵害訴訟においては,最高人民法院は,原告の経済損失5061.24万人民元について両被告に対し共同で賠償責任を命じた例もある。 我々弁護士が契約をドラフティングする際には,ライセンシーに対し,対象技術について第三者から権利侵害のクレームを受けた場合には,直ちにライセンサーに通知するとともに,ライセンサーの防御活動に必要な協力を行うことを義務付ける規定を必ず置くようにアドバイスしている。 このようなライセンサーの保証責任を負わされることを避ける実務的な方法としては,ライセンサーの中国現地法人経由で技術供与を行うとともに,技術ライセンス契約において,ライセンサーの権利侵害責任の免除を合意しておくことが考えられる。また,中国企業が海外現地法人を有する場合に,同現地法人経由で技術供与を行うという方法もあり得るが,実際に技術情報の受渡が中国内で行われ,また日本から中国に技術者が派遣されるという実態がある場合,

「技術輸出入管理条例」の適用を免れるかについ

ては解釈が分かれている。

⑹ ロイヤルティ料率 旧法である「技術導入契約管理条例」に基づく技術ライセンス契約に関わる許認可制度も,旧法が廃止されたことにより,原則として撤廃され,制限類に該当しないものについては登記すればよいこととなった。したがって,ロイヤルティの料率については,「技術輸出入管理条例」においても特段の規制はなく,原則として契約当事者の自由意思により設定することができるというのが,少なくとも法の建前である。 しかしながら,技術ライセンス契約の登記にあたっては,本来形式的審査しかなしえないこととなったはずの係官が,ロイヤルティの料率が不適切といった指導をするケースがしばしば見られるのが実状である。 実は,ロイヤルティの料率については,旧法下の許認可制度の執行のために商務主管部門の内部文書として存在した「技術導入契約の締結及び審査認可の指導原則」(以下「指導原則」という。)において具体的な定めがあった。指導原則によれば,ランニングロイヤルティの計算方法について,「……ランニングロイヤルティの基準額は,一般に契約製品の純販売額に基づいて計算する。純販売額とは,市場販売額から包装費,保険費,保管費,輸送費,値引き金額,設備据付及び税金等の費用を控除した金額をいう。……純販売額をランニングロイヤルティの基準とするときは,ランニングロイヤルティの料率は,一般に5%を超えてはならない。……」との定めがあった。 旧法に基づく指導原則も旧法の廃止とともに失効するはずであるが,実際は現在でも,指導原則の基準が参照されるケースも存在する。実務上運用は一律ではないが,商務主管部門の料率に対するチェックは概して厳しい。親子会社等の特定関連会社間の技術ライセンスにおいて,不当なロイヤルティを定めると移転価格の問題が生じるが,商務主管部門の係官の事実上の指導には移転価格の問題意識が含まれていること

Page 8: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

221

が多い。商務主管部門と税務当局は異なる行政機関であるが,商務主管部門の係官の指導に従わずに登記を進めたとしても,多くの場合商務主管部門から税務当局に通知が届き,税務当局が移転価格調査を行うことになっているとも聞く。 以上のとおり,ランニングロイヤルティの料率は,地域やその他の要素によっても若干異なるが,一般的に5%が上限基準とされており,それを超える場合には,商務主管部門から,ロイヤルティの適正さについての説明を求められる可能性もある(なお,5%以上の料率での登記が認められているケースも存在する。)。実務的には,5%以上のロイヤルティ料率を合意する場合,事前に管轄の商務主管部門で事前確認を行っておくことが通常である。 なお,「技術輸出入管理条例」に基づき,技術移転契約の登記手続について規定する「技術輸出入契約登記管理弁法8」が制定されている。同弁法によれば,①技術輸出入経営者は,契約の発効後から60日以内に契約の登記手続を行わなければならないが,支払方法をランニングロイヤルティとする契約は除く,②支払方法をランニングロイヤルティとする契約については,技術輸出入経営者は,初回のランニングロイヤルティ基準金額が形成された後60日以内に,契約の登記手続を履行し,かつ,これ以降,ランニングロイヤルティ基準金額が形成されるたびに,契約の変更手続を行わなければならないと規定されている。しかし,実際の登記手続は,同弁法に厳格に従う形では行われておらず,また各地域によって異なるので注意が必要である。例えば,上海市においては,契約締結後,商務主管部門で登記を行い,登記時点で1年間分の見込み支払額の「枠」を確定し,その枠の範囲内であれば,商務主管部門で都度登記を行うことなく,銀行ベースで送金を行うことが可能という実務である。しかし,売上が急激に拡大し,枠を超えるという場合,商務部門で当該枠を拡大しなければならないが,実務ではほとんど認められていないようである。他方,枠を設定する

場合,多めの枠を確保しようとしても拒否されることもある。中国においては,このような形式的な手続部分での原因によりロイヤルティの送金が受けられないという事態が発生する可能性もあるため,実際の手続を十分把握しておく必要がある。

6.まとめ

 中国企業に対して,技術ライセンスを行う場合,幾つかの留意点がある。本報告で述べたように,中国の技術輸出入管理規制に基づくライセンサーの責任についてきちんと理解した上で,ライセンス契約においてできる限りリスクを軽減する条項を盛り込んでおくことが肝要となる。また,本報告では詳しくは触れていないが,供与技術の秘密保持をどのように図るかという点も重要な点である。特に,中国ではライセンシーの技術者従業員の転職等により技術情報が漏洩するリスクが高い。

「技術輸出入管理条例」における強行法規定(抜粋)

第2条1.本条例にいう技術輸出入とは,中華人

民共和国域外から中華人民共和国域内に向けて,又は中華人民共和国域内から中華人民共和国域外に向けて,貿易,投資又は経済技術協力の方式により技術を移転する行為をいう。

2.前項に規定する行為には,特許権の譲渡,特許出願権の譲渡,特許の実施許諾,技術ノウハウの譲渡,技術サービスおよびその他の方式による技術移転を含むものとする。

第18条 自由輸入に該当する技術を輸入する場合には,国務院外経貿主管部門で登記手続を行い,かつ下記の文書を提出しなければならない。

Page 9: 中国における技術移転管理 - さくらのレンタルサーバwin-cls.sakura.ne.jp/pdf/33/16.pdf216 術移転については,政府当局の審査を経ずに契 約の登記手続(ライセンス契約の発効後,中国

222

 ⑴ 技術輸入契約の登記申請書 ⑵ 技術輸入契約の副本 ⑶ 契約の双方当事者の法的地位に関す

る証明書第24条1.技術輸入契約の譲渡人は,自身が提供

する技術の合法的保有者或いは譲渡,許可を行う権利を有する者であることを保証しなければならない。

2.技術輸入契約の譲受人が契約の約定に照らして譲渡人の提供した技術を使用し,第三者に権利侵害で告発された場合,譲受人は直ちに譲渡人に通知しなければならない。

3.譲渡人は通知を受けた後,譲受人に協力して障害を排除しなければならない。

4.技術輸入契約の譲受人が契約の約定に照らして譲渡人の提供した技術を使用し,他人の合法的権益を侵害した場合,譲渡人が責任を負う。

第25条 技術輸入契約の譲渡人は,その提供する技術が完全であり,誤りがなく,有効で,約定の技術目標を達成することができることを保証しなければならない。第26条1.技術輸入契約の譲受人,譲渡人は,契

約で約定した機密保持範囲及び機密保持期間内において,譲渡人が提供した技術中の未公開な機密部分について守秘義務を負わなければならない。

2.機密保持期間において,機密保持技術が守秘義務を負う側自身の原因以外により公開された後は,その負うべき守秘義務は即時終了する。

第27条 技術輸入契約の有効期間内に行った技術改良の成果は,改良を行った側に属する。第28条 技術輸入契約の期限満了後,技術の譲渡人及び譲受人は,公平合理的な原則に照ら

し,技術の継続使用について協議を行う。第29条 技術輸入契約には,以下に列挙する制限的条項を含んではならない。 ⑴ 技術輸入に必要不可欠でない付帯条

件の受け入れを譲受人に要求すること。必要でない技術,原材料,製品,設備或いはサービスの購入を含む。

 ⑵ 特許権の有効期間満了或いは特許権の無効を宣告された技術のために,使用料の支払或いは関連する義務を負うよう譲受人に要求すること。

 ⑶ 譲受人が譲渡人の提供する技術を改良することを制限する,或いは譲受人がその改良した技術を使用することを制限すること。

 ⑷ 譲受人がその他のルートから譲渡人が提供する技術と類似する,或いはそれと競合する技術を得るのを制限すること。

 ⑸ 譲受人が購入する原材料,部品,製品或いは設備のルート或いは供給源を不合理に制限すること。

 ⑹ 譲受人が生産する製品の数量,品種或いは販売価格を不合理に制限すること。

 ⑺ 譲受人が輸入した技術を利用して生産する製品の輸出ルートを不合理に制限すること。

1 昭和24年12月1日法律第228号2 2001年12月10日公布,2002年1月1日施行,

国務院令第331号3 中華人民共和国主席令第15条,1999年3月15

日公布,1999年10月1日施行4 法釈[2004]20号5 2001年12月17日公布,2002年1月1日施行6 外経貿技発[2002]50号7 2005年1月1日施行8 2009年2月1日公布,2009年3月3日施行