11

浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。
Page 2: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

浦安や春の遠さの白魚鍋�

  秋櫻子

『晩華』

 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

永井龍男、車谷弘、安藤鶴夫、円地文子、中村汀

女など久保田万太郎を囲む句会で兼題は「冬の食

品一切」。この句のもとともいうべき作は「浦安や

冬白魚も小鍋物」。それを時間をかけて掲句とした

手腕はさすがというほかはない。万太郎の有名な

「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」はその折の

句。逝去五ヶ月前の絶唱である。

小野恵美子

Page 3: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

 德田千鶴子

Page 4: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

パレットに残るみづいろ雪降り来

Page 5: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

炉明りや太き柱の手斧跡

古民家の広き板の間そぞろ寒

露座佛の影の触れゐる冬ざくら

明けゆくや冬の満月山の端に

神さびる白銀の富士初日の出

一尾づつ焼く鯛焼の「天然もの」

波郷忌の散歩ここまで雪婆

リハビリに励む句友や冬至梅

若菜野や病晴れせし盟友と

二月集

Page 6: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

鎮魂の湖沼いだきて山眠る

甘露煮の艶に食思や夜のしぐれ

産声を待つや窓辺に冬芽満ち

にびいろの沖波はしる鮟鱇鍋

曾孫生る山茶花垣の夕あかり

夕あかり

葦刈の腰立て直す葦の中

結界へ枝垂れて風の白式部

余命など忘れてをりぬ栗の飯

軒深く風音呼んで干大根

うたた寝の母居るやうな小春かな

 

蔵町より移す避寒の千の鯉

這松に小屋の蒲団の干されあり

兵火知る仏頭の眼よ冴えにける

城跡の木の間にひかる鴨の湖

炉話を聞くや長押に火縄銃

懸巣鳴き沼に影おく白骨樹

落葉の香沼はいよいよ碧たたへ

山葡萄熟れきつて海真つ平ら

崖の鵜に沖の時雨の横なぐり

大漁旗掲げて浦の七五三

Page 7: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

諸手挙げ抱つこをねだる雪起し

野面より上がる湯けむり野兎走り

滝行のごと打たせ湯に年惜む

冬満月残し露天湯去りがたし

極楽と言ひつ温泉宿の甲羅酒

湯けむり

関越えの風にまぎるる秋燕

独り居にものの殖えゆくそぞろ寒

酒米の稲架や豊かな日の溢れ

夫の椅子かの日のままに冬立ちぬ

酔芙蓉よふも酔はぬも共に揺れ

そぞろ寒

春小袖京紅あはく語りだす

赦すべく決めしやすらぎ冬珊瑚

忍なるは母の一生よ龍の玉

残り世はけぶりゆくがに冬桜

残月の余光ほのかに冬木立

紅差して無口となりぬ七五三

木枯へ胸筋あらは仁王像

仕込蔵の櫂干されあり冬深し

今更の初恋告ぐる冬銀河

Page 8: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

冬立つや鯉くろがねの身を重ね

豆腐屋の巨き庖丁冬に入る

気落ちせし昨日はきのふ鳥渡る

大根引く愛宕颪に腰据ゑて

冬空へ声のひしめくフラミンゴ

河馬沈む小春の水を裏返し

黒豹と玻璃一枚の寒さかな

ひととせの禍福沈むる冬至風呂

握手して手の冷たさを言はれけり

誰も居ぬ茶園の傾斜冬隣

無人駅枯野の夕日届かせて

研き終ヘカップを仕舞ふ棚の冷

残照に粗き影置く冬欅

縄飛の大波乗れぬ教師かな

預かりし子のよく笑ふ縁小春

鱈ちりや衝立越しに能登訛

入り舟に残る夕日や雁渡る

万両の実の青々と翁の忌

尼寺の夕べは早し落葉焚く

枯山の映りて大河しづかなり

落ち際の白極まれり秋の滝

露けしや墓碑に幼き齢ありて

頼らるることも幸せ野紺菊

腰籠へ夕日の色の林檎もぐ

積み上げし薪の切口冬構

大綿の自在夕日へまぎれけり

己が影啄みうがつ寒鴉

火掻棒くべて終りの落葉焚

山門の四角の風や銀杏散る

読む夫と繕ふ吾や夜の長き

落葉道梵字一つの僧の墓

鬼灯を鳴らし昭和の子となりぬ

 

あきる野

今井 吉子

佐藤 保子

北元 多加

二俣和歌子

市村 明代

川内谷育代

米山のり子

須﨑 淑子

馬醉木集

德田千鶴子 選

Page 9: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

馬醉木集

選後反芻

德田千鶴子

 去りゆく日々の早さに戸惑いながらも、来る年への抱負に身の引き締まる思いです。

 三月二十四日から六月十日まで開催の「水原秋櫻子展」(北上市日本現代詩歌文学

館)は、馬酔木会員のご協力をいただき、学芸員の方々の真摯な対応、企画委員高野

ムツオ氏のアドバイス等で、必ずや見応えのある展覧会になると思います。挙ってご

来展下さいますよう、願っております。三つほど吟行を兼ねて企画をしています。そ

れ以外にもご都合の許す範囲で見ていただければ。秋櫻子に面した事のない方には是

非、その肉声に触れて欲しいのです。と、ついつい熱く書きました。

 揺るがぬ伝統と革新の気持を大切に、進んでいきます。

 豆腐屋にとって当り前の様子かも知れないが、季語「冬に入る」と中七「巨き庖丁」

が響きあう。この方の句には、少しさめた客観性がある。春だって夏だって同じ景に

違いないのだが、季語の「冬」でこその一句。

 やはり上十二がいい。冬至風呂と云えば柚子が付き物だが、此の句は「禍福沈むる」

の措辞。そこがいいと思う。

 お孫さんだろうか、余所さまのお子さんなら猶の事、泣かれては困る。機嫌よく笑

う縁側に、十一月の穏やかな日差。子供の笑顔から沢山のパワーをもらったに違いな

今井 吉子

ひととせの禍福沈むる冬至風呂

佐藤 保子

預かりし子のよく笑ふ縁小春

二俣和歌子

Page 10: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

い。私も孫を預かれるよう、やさしくしっかりしたバーバでありたい。

 高い枝の林檎を捥ぐのは、梯子に乗り、一個一個大切に腰の籠に収穫するのだと思

う。中七「夕日の色の」に惹かれた。太陽の光を沢山浴び、風に育まれた林檎は、歯

応えのある甘さに育ったのでは。

 中七の「は」は文語にすれば「の」に置き換えられるかもしれない。最近は口語調

も多いが、句の内容次第、基本的には文語にしたい。下五の「子盗ろ唄」が効いた。

紫色の通草が裂けて、沢山の種子がのぞく。その姿に「子盗ろ唄」を重ねたのが、意

外だし想像力を刺激する。この作者は、取合せの離れ方がいいと思う。

 前句、「眠る」のリフレイン。どつしりとした山の景が見える。中七には作者の心

情も重なっているかもしれない。後句、発想の意外性。身近な名も知られない山。そ

こから冬が始まるという、私には逆転の考え方だが、新鮮だった。

 いささか個人的かも知れないが、些か編物をしていた私には、実にわかる句だ。毛

糸を買う時は、デザインを決めてゲージをとり玉の数を決める。その折必ず言われる

のは、足りなくならないように一玉余計に求めること。同じ品番でも釜の違いで微妙

川内谷育代

夕されの通草は裂けて子盗ろ唄

天野 惠子

地図になき低き山より眠りける

松本 幸子

山眠る重荷をおろすごと眠る

松本 晴美

佐久問尚子

Page 11: 浦安や春の遠さの白魚鍋 · 2018-02-27 · 浦安や春の遠さの白魚鍋 秋櫻子 『晩華』 前年の暮「銀座百点」句会で詠まれたものの改作。

に発色が変わるから、後から買い足す事のないようにという注意。私も沢山の一玉の

毛糸を、納戸にしまってある。もう編む事はないだろうが捨てられないのだ。

 菊人形展示のテーマは、大河ドラマや地元の武将や姫。そのストーリーを知ってこ

その興味と思う。安政から明治までは、菊細工が盛んだったが、近年は曾ての勢いは

ない。が、昨年見た松江城や西本願寺で見た菊花展は久し振りの為か新鮮な印象だっ

た。「嘆き」と「香」の取合せに共感した。

 心の傷は受けた方は勿論、傷つけた人にも消せない傷として残ると思う。というよ

り忘れてはならない。意図があって述べたのなら、そんなに後悔しないだろう。思い

がけず、その一言で傷つけたと知っての自己嫌悪は、よくわかる。言葉の使い方の難

しさ。焚いて消えるならいいけれど……。

 咳や発熱の為にぐずる幼子。抱いてあやす媼(?)。やっと寝息がきこえてきてほっ

とする。と共に腕の中の子にいとしさが溢れる。伝わってくるものがある。

 何故だかわからないが、店で零余子を見ると買ってしまう。とても好きというつも

りはないのに。その素朴な味に懐しさがあって炊いてしまう。上十二に、人との温か

い交わりが感じられる。気心の知れた同士、何度聞いても笑ってしまうとは、どんな

話だろう。

堀口 信子

菊人形嘆きは強き香となりぬ

山村 幸苑

傷つけし記憶をくべぬ落葉焚

博田未由紀

那須 重子

風邪の子の寝息ととのふ腕の中