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Kawaijuku Guideline 2016.78 73 高校生の 進路選択える 第2回 CONTENTS 東京大学大学院教育学研究科 本田由紀 教授 ������������� p74 “ 職業的意義のある教育 ”の展開が求められる 将来についてほとんど考えていない生徒がいる一方、非 常に狭い範囲に絞り込む生徒がいることが、高校での進 路指導・キャリア教育を難しくしている 高校では、学校での学びと仕事とのレリバンス(関連性) が感じられる、“職業的意義のある教育 ” が求められる “職業的意義のある教育”には「適応」と「抵抗」の2 つの側面がある 「適応」は、仕事を遂行するために必要な分野別の知識 とスキル、経済・社会全体の中での各分野の位置付け や変化を理解すること 「抵抗」は、不当な働かせ方や労働条件、非効率的・不 合理な仕事を是正していくための知識とスキル 東京大学大学院教育学研究科 両角亜希子 准教授 ����������� p77 高校卒業時に全てを決めなくても、 大学進学後にも将来を模索できる 大学の授業改善は進んでいるが、学生の学習行動が変 わらなければ、効果は出ない 学生の学習行動は周囲の影響を受ける。どのような学 生がいるのかにも注目して大学を選びたい 将来の見通しが明確な学生でも、大学教育の影響(イ ンパクト)を受けて、進路の希望は変わっていくこと がある 自分の適性を考え、実践し、考えを深め、将来につい て考える時間を持てることも大学の魅力 大学に入ってからさまざまな経験をする中で、いろい ろなことを決めていけば良い このコーナーでは、社会の変化がこれまで以上に 急速になり、また高大接続改革が進む中で、これか らの高校生の進路選択は、高校での進路指導はどの ように変わっていくのか、高校生の進路選択に関わ る方々へのインタビューやアンケートから考えてい きます。 今回は、教育社会学者で、『若者と仕事――「学校 経由の就職」を超えて』(東京大学出版会)や『教育 の職業的意義――若者、学校、社会をつなぐ』(ちく ま新書)などの著書がある本田由紀先生に、現在の 進路指導・キャリア教育の課題と、今後求められる 指導の在り方についてうかがいました。 また、高等教育の研究者で、「全国大学生調査」の 分析などにも関わってきた両角亜希子先生に、調査 の分析結果も踏まえながら、大学選びで注目しても らいたいポイントや、将来について高校までに考え てほしいことなどについて、アドバイスをいただき ました。

高校生の進路選択を考えるKawaijuku Guideline 2016.7・8 73 高校生の進路選択を考える 第2回 CONTENTS 東京大学大学院教育学研究科 本田由紀教授

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  • Kawaijuku Guideline 2016.7・8 73

    高校生の進路選択を考える第2回

    CONTENTS

    東京大学大学院教育学研究科 本田由紀教授 ������������� p74

    “職業的意義のある教育”の展開が求められる

    ▶将来についてほとんど考えていない生徒がいる一方、非常に狭い範囲に絞り込む生徒がいることが、高校での進路指導・キャリア教育を難しくしている

    ▶高校では、学校での学びと仕事とのレリバンス(関連性)が感じられる、“職業的意義のある教育”が求められる

    ▶“職業的意義のある教育”には「適応」と「抵抗」の2つの側面がある

    ▶「適応」は、仕事を遂行するために必要な分野別の知識とスキル、経済・社会全体の中での各分野の位置付けや変化を理解すること

    ▶「抵抗」は、不当な働かせ方や労働条件、非効率的・不合理な仕事を是正していくための知識とスキル

    東京大学大学院教育学研究科 両角亜希子准教授 ����������� p77

    高校卒業時に全てを決めなくても、大学進学後にも将来を模索できる

    ▶大学の授業改善は進んでいるが、学生の学習行動が変わらなければ、効果は出ない

    ▶学生の学習行動は周囲の影響を受ける。どのような学生がいるのかにも注目して大学を選びたい

    ▶将来の見通しが明確な学生でも、大学教育の影響(インパクト)を受けて、進路の希望は変わっていくことがある

    ▶自分の適性を考え、実践し、考えを深め、将来について考える時間を持てることも大学の魅力

    ▶大学に入ってからさまざまな経験をする中で、いろいろなことを決めていけば良い

     このコーナーでは、社会の変化がこれまで以上に

    急速になり、また高大接続改革が進む中で、これか

    らの高校生の進路選択は、高校での進路指導はどの

    ように変わっていくのか、高校生の進路選択に関わ

    る方々へのインタビューやアンケートから考えてい

    きます。

     今回は、教育社会学者で、『若者と仕事――「学校

    経由の就職」を超えて』(東京大学出版会)や『教育

    の職業的意義――若者、学校、社会をつなぐ』(ちく

    ま新書)などの著書がある本田由紀先生に、現在の

    進路指導・キャリア教育の課題と、今後求められる

    指導の在り方についてうかがいました。

     また、高等教育の研究者で、「全国大学生調査」の

    分析などにも関わってきた両角亜希子先生に、調査

    の分析結果も踏まえながら、大学選びで注目しても

    らいたいポイントや、将来について高校までに考え

    てほしいことなどについて、アドバイスをいただき

    ました。

  • 現状の進路指導、キャリア教育は十分な効果を上げられていない

    ——高校での進路指導やキャリア教育の現状についてどのようにお考えですか。 まず、進路指導とキャリア教育の

    概念について整理しましょう。国立

    教育政策研究所の「『自分を社会に

    生かし、自立を目指すキャリア教

    育』-高等学校におけるキャリア教

    育推進のために-」によると、「進路

    指導は、定義・概念としてはキャリ

    ア教育との間に大きな差異は見られ

    ず、その取組は、キャリア教育の中

    核をなすということができます」と

    いう記述があります。ただし、進路

    指導は中学校・高等学校における教

    育活動として見なされてきたのに対

    し、キャリア教育は幼児教育、初等

    教育段階から高等教育段階まで長期

    の期間にわたる幅の広さに特徴があ

    ります。

     進路指導・キャリア教育には、高

    校の先生たちも悩んでいるようです。

    高校教員を対象とした調査(注1)によ

    ると、90%の高校教員が進路指導・

    キャリア教育を難しいと感じていま

    す。難しいと感じている理由を見る

    と、生徒の問題として、「進路選択・

    決定能力の不足」「学習意欲の低下」

    「職業観・勤労観の未発達」などが

    多く挙がります。

     自由記述の回答からは、「(生徒

    は)自分が何がしたいのかわからな

    い」「自分の将来を考えられない」と

    いった選択・決定ができないという

    問題と、「ひとつの情報だけで判断す

    る傾向がある」「好き嫌いだけで仕事

    を考える」といった選択・決定がで

    きても考え方の幅が狭く、選択肢を

    広く捉えることができないという問

    題があることが見えてきます。

     現在の進路指導は、具体的な進路

    先の決定、つまり進学先や就職先を

    決めることが優先されています。一

    方でキャリア教育は、勤労観、職業

    観や汎用的な能力など、一般性が高

    い教育目標を掲げる傾向があり、仕

    事の世界が具体的にイメージできな

    いという課題があります。そのため、

    ほとんど将来について考えていない

    生徒がいる一方、非常に狭い範囲に

    絞り込んでしまう生徒もいるという

    両極端ともいえる進路選択の問題が

    高校の現場に存在し、そのため高校

    教員は進路指導・キャリア教育を難

    しいと考えているようです。

     さらに、高校生対象の意識調査(注2)

    を見ると、高校生が進路選択につい

    て気がかりに思うこととして、「自分

    に合っているものがわからない」「や

    りたいことが見つからない、わから

    ない」といった回答が上位に挙がっ

    ています。これまでのキャリア教育

    は、生徒一人ひとりの個性を自ら把

    握し、それを実現することに高い価

    “職業的意義のある教育”の展開が求められる

    東京大学大学院教育学研究科 本田 由紀 教授

    値をおいており、好きなことや取り

    組みたいことなど生徒の興味、関心

    や自己の個性、適性などを重視して

    きました。しかし、調査結果を見る

    限り、それらを見つけられない生徒

    も多いようです。

     なお、高校生が進路選択について

    気がかりなこととして最も多く挙げ

    たのは、「学力が足りないかもしれな

    い」というものでした。進路を選択

    する側である高校生が、進学先や就

    職先に自分が選択・選抜してもらえ

    る基準を満たしているかについて不

    安視するという、かつての受験競争

    の負の遺産ともいえる考え方が、未

    だに高校の教育現場に強く影響して

    いる点は問題です。

    「適応」と「抵抗」の要素を併せ持つ職業的意義のある教育が必要

    ——これからの進路指導やキャリア教育をどのように変えていくことが必要でしょうか。 私は、高校段階でもっと“職業的

    意義のある教育”を行うことが必要

    だと考えています。

     例えば、OECDのPISA2006(学

    習到達度調査)の結果を見ると、日

    本の高校1年生は、「科学を勉強す

    ることは、職を得るために役立つ」

    について「とてもそう思う」「そう思

    う 」 と回 答 した割 合 が約4割

    (OECD平均:約6割)など、高校で

    (注1)リクルート「2014 年 高校の進路指導・キャリア教育に関する調査」(注2)リクルート「第6回 高校生と保護者の進路に関する意識調査」(2013 年)Kawaijuku Guideline 2016.7・874

  • 学んでいる内容が将来の仕事と関連

    すると考える割合が、他国と比べて

    低いようです。PISA2012での数学

    に関する調査でも同様の結果です。

    民間企業の調査でも「どうしてこん

    なことを勉強しなければいけないの

    かと思う」と回答する生徒が半数以

    上に上ります。高校での学びと生活

    や仕事とのレリバンス(関連性)が

    欠けており、学習している科目が実

    際の生活や仕事の場面でどのように

    使われているか想像できないため、

    生徒の学習意欲が高まらないのです。

     進学校の場合は、家庭や学校が学

    ぶ目的として「大学入試」を挙げ、

    生徒も学習に取り組みますが、進路

    多様校などでは、そうした動機付け

    は働きにくいです。そのため生徒は、

    十分な学力を備えないまま社会に出

    て行くことになってしまいます。

    ——“職業的意義のある教育”とは具体的にはどのようなものでしょうか。

     私は教育の職業的意義には「適

    応」と「抵抗」の2つの側面がある

    と考えています。

     「適応」とは、仕事を遂行するため

    に必要な分野別の知識とスキル、経

    済・社会全体の中での各分野の位置

    付けや変化に関する俯瞰的・現実的

    な認識を形成することです。高校の

    進路指導・キャリア教育では、早期

    から特定の分野を選んで職業調べな

    どをさせがちですが、例えば仕事の

    世界の「見取り図」<図表1>を示し、全体像を生徒に理解させるとと

    もに、各分野の「リアル」な姿を経

    験してもらうことが必要だと考えて

    います。

     他方の「抵抗」とは、不当な働か

    せ方や労働条件、非効率的・不合理

    な仕事の進め方を是正していくため

    の知識とスキルを形成することです。

    現在の労働環境は、「ブラック企業」

    「ブラックバイト」といった厳しい側

    面もあります。このような問題のある

    環境に過剰に適応しようとすると、心

    身の健康や時には生命までも損ねる

    ことにもなりかねません。労働法規

    の基本的な考え方を知り、必要に応

    じて専門家と連携を取り、合法的に

    職場を是正するための最低限のノウ

    ハウ、つまり良い意味での「抵抗」

    も要素として組み込まれている必要

    があるのです。

     私は“職業的意義のある教育”の

    イメージとして、<図表2>のようなカリキュラムを提案しています。「適

    応」と「抵抗」の2つの側面を散り

    ばめていることが特徴です。高校1・

    2年次に、それぞれ月2時間程度の

    授業を行うことを想定しています。

     そして2012年~ 2013年にかけて、

    その一部を抜粋した「仕事のリアル」

    という実験授業を2つの高校で実践

    しました。

    「仕事のリアル」実験授業効果は一定の期間維持される

     「仕事のリアル」は、高校1年生を

    対象に、2時間続きの授業を行いま

    した。テーマは「労働法」と「金

    融」の2つで、それぞれ「抵抗」と

    「適応」に該当します。

     「労働法」の授業は、職場で不当な

    働かされ方をした際に、どのように

    対応するかを学びます。「金融」を選

    んだ理由は、金融業という産業分野

    が確立していることに加えて、お金

    はどのような仕事に就いても関係す

    るためです。

     授業は労働法に詳しいNPOと金

    融教育の専門家の協力を得て行いま

    した。専門家に全て任せるのではな

    く、高校教員と議論を重ねることで、

    単に知識を伝えるだけではなく、高

    校生に興味を持ってもらえて、参加

    4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12 月 1月 2月 3月

    高校1年

    年間予定の説明

    <適応> ①:も のづくりの仕事

    <適応> ②:金融の仕事

    <抵抗> ①:職 場の諸問題

    (夏休み)<適応> ③:国際的な仕事

    <適応> ④:ケアの仕事

    <適応> ⑤:人・モノを運ぶ仕事

    <抵抗> ②:職 場の諸問題への対処方法

    <適応> ⑥:情 報を届ける仕事

    <適応> ⑦:安 全を守る仕事

    年間の総括

    高校2年

    年間予定の説明

    <適応>Ⅰ:地域課題からビジネスの芽を探す

    <抵抗> Ⅰ:ブラック企業の見分け方

    (夏休み) <適応>Ⅱ:地域ビジネスの運営管理のために必要なこと

    <抵抗>Ⅱ:ブラック企業をどうなくしてゆくか

    <適応>Ⅲ:高校卒業後の進路に関連する仕事の実状の調査と発表

    分野別の仕事(□-業界 ・-会社 * -職業例)

    クリーニング・清掃

    宗教関係・神社・仏閣・教会

    食品

    ・食品販売商店・コンビニ   ・レストラン・スーパー *栄養士、調理師、パティシエ

    ホテル

    スポーツ

    デパート

    食品メーカー

    観光・レジャー旅行会社・スキーゴルフ・遊園地動物園・水族館 *獣医

    農業

    園芸漁業

    鉄道

    航空流通・運送

    ・バス・トラック・タクシー ・郵便・宅配便 ・引越

    ファッション・アパレル・皮革

    *理美容師

    化粧品

    芸術 マスコミ新聞・雑誌・放送*記者・アナウンサー芸能-音楽・映画

    *歌手・役者・漫画家*デザイナー*陶芸家・貴金属

    農業機械造船

    自動車

    製造業

    建築・土木設計・機械家具、家電、寝具、文具、パルプ、容器、日用品、洗剤

    インフラ・電気・ガス

    医療機器

    製薬

    医療

    病院・診療所*医師・看護師*薬剤師*臨床検査技師

    *理学療法*作業療法

    福祉・介護*介護士*保育士

    通信・携帯・ネット

    団体職員・JA・ユニセフ

    教育

    学校・大学・幼稚園*教員 行政職 *公務員

    警備

    消防・警察 法律*弁護士*判事・検事

    生活

    人間

    文化

    社会システム

    銀行・証券会社保険

    金融関係

    (資料作成:東京大学附属中等教育学校教諭 廣井直美氏)

    Kawaijuku Guideline 2016.7・8 75

    高校生の進路選択を考える 第2回

    <図表1>仕事の世界の見取り図

    <図表2>高校 1 年次、2 年次を通じた「職業的意義のある教育」のカリキュラムイメージ(月 2 時間程度を想定)

  • や体験もしてもらえるような工夫を準

    備段階から考えて作り込むことが重

    要です。

     それぞれのテーマをわかりやすく

    伝えるために、ニュース番組のビデ

    オやインターネット上の素材も活用

    して、リアリティを伝えることに配慮

    しました。テキストやプリントも併

    用しましたが、解説に終始せず、グ

    ループディスカッションや発表、

    ロールプレイなどを盛り込んで双方

    向的な授業としました。実際に手や

    体を動かして、主体的に参加する形

    式にすることは授業の要素として大

    切です。

     授業後のアンケートで「とてもそ

    う感じた」「まあそう感じた」の割合

    を見ると、労働法授業「仕事をする

    上で役立ちそう」(63.4%、34.1%)、

    金融授業「仕事をする上で役立ちそ

    う」(43.2%、40.5%)など、肯定的

    な意見が多いのですが、労働法授業

    「実感がわかなかった」(4.9%、

    31.7%)、金融授業「実感がわかな

    かった」(18.9%、32.4%)といった

    反応も見られ、よりわかりやすく、よ

    りリアリティを伝える授業へと改善

    する余地があると感じました。

     また、授業を受ける前にもアン

    ケート調査を行っており、事前と事

    後で同じ質問項目への回答を比較す

    ることで知識と態度がどのように変化

    したかも調べています。アンケート

    結果を見ると、「労働法」の授業では

    「職場に不満があっても我慢すべき」

    について「とてもそう思う」「まあそ

    う思 う 」 の割 合 が下 がっ たり

    (75.0%→31.5%)、「金融」では

    「(金融業は)社会の役に立つ仕事だ」

    の「とてもそう思う」の割合が上

    がったりする(12.5%→48.6%)な

    ど、授業の狙いが生徒に伝わったと

    感じました。

     ただし、これは授業を受けた直後

    の調査であるため、当然の変化とい

    えるかもしれません。そのため、1年

    後に同じ生徒を対象に、もう一度同

    じアンケート調査を行いました。こ

    れにより授業の残存効果がわかりま

    す。この1年後のアンケート調査は、

    実験授業を受けていない同学年の生

    徒に対しても行い、比較を行いまし

    た。その結果、1年後になると授業を

    受けた効果はやや薄れてはいるもの

    の、授業を受けていない生徒とは明

    確な相違が見られる項目があり、統

    計的にも有意な差が確認されていま

    す。

     さらにこのアンケート調査を実験

    授業の2年後にも実施したところ、効

    果は消えていました。しかし、授業

    の効果が残存している期間中に、以

    前の授業の記憶を喚起し、さらに発

    展させるような刺激を与えれば、授

    業の内容を思い出してもらえる可能

    性があります。高校現場は多忙であ

    り、難しいかもしれませんが、何か

    の機会に、授業の内容を振り返らせ

    るような声をかけることで、効果を持

    続させることができると考えています。

    地域との連携により高校の負担を軽減

    ——職業的意義のある授業の導入にはどのような課題がありますか。 職業的意義のある授業を行うため

    には、高校教員と、その分野の専門

    家が連携して授業を作っていく必要

    があります。そこで、地域の協力が

    不可欠になります。

     しかし、高校現場は多忙ですから、

    地域との協力関係を築くことまで各

    高校単位で行うことは難しいでしょ

    う。教育委員会や商工会議所、中小

    企業同友会などが一緒に授業を開発

    する受け皿となるような組織を作り、

    個別の専門家と個別の高校をマッチ

    ングするような取り組みを、全国的

    に広めていく必要があると考えてい

    ます。

     また、法政大学の児美川孝一郎教

    授の『夢があふれる社会に希望はあ

    るか』(ベスト新書、2016年)には、

    「やりたいこと」「やれること」「やる

    べきこと」の3つの軸で「夢」を考

    えてはどうか、という記述があります。

    これまでの小中高校では、「やりたい

    こと」を非常に重視して「将来の夢」

    を考えさせ、そこから逆算したライ

    フプランを描かせるといったキャリ

    ア教育がなされてきましたが、やり

    たいことを実現できる人はあまり多く

    ありません。そこで、他の軸でも

    「夢」を考えてみたらどうかというも

    のです。私が以前から考えてきたこ

    とと同様で、興味深く読みました。

     私の実験授業では、日本社会の課

    題などを伝え、「やるべきこと」を考

    えさせています。しかし、「やれるこ

    と」をどう拡充するかについてはま

    だまだ課題が多いです。専門学科や、

    普通科の職業系専門コースのように、

    基礎的ではあっても具体的なスキル

    を育む取り組みを、普通科でも、状

    況に応じて行っていただきたいと考

    えます。

     現在の日本社会は、高齢化、少子

    化などさまざまな課題によって大き

    な変革を迫られています。従来の進

    路指導やキャリア教育では、これか

    らの社会を支える人材の育成には十

    分ではありません。それぞれの高校

    が、それぞれの特性を活かして、仕

    事のリアルを伝え、“職業的意義のあ

    る教育”への取り組みを行うことが求

    められているのではないでしょうか。

    Kawaijuku Guideline 2016.7・876

  • 大学の教育改善は進むものの学生の学習時間は伸びていない

    ——先生は、「全国大学生調査」(注1)

    の実施・分析など、大学教育や大学生の学習状況について研究されていますが、特徴的な結果はありますか。 今年3月に、2014年に実施された

    「大学生の学習実態に関する調査研

    究」(注2)の結果が公表されました。私

    も分析に加わったのですが、この調査

    結果と、2007年の「全国大学生調

    査」の結果を比べると、興味深い特

    徴が見られます。

     ひとつは、多くの大学で授業内容・

    方法の工夫が進んでいることです。

    「理解がしやすいように教え方が工夫

    されている」「グループワークなど学

    生が参加する機会がある」などの項

    目に対しては、「よくあった」「ある程

    度あった」と回答する学生の割合が

    増えています<図表1>。 しかし、学習時間はあまり変わって

    いません。つまり、大学は授業改善に

    取り組んでいるものの、それだけでは

    学生の学習時間は増えないのです。

    ——どのような授業改善を行うと、学生の学習時間は増えるのですか。 「全国大学生調査」によると、課題

    を多く出したり、出席確認を重視した

    りしても、あまり学習時間は増えませ

    ん。これに対して、授業中に学生の意

    見を求めたり、グループワークを行っ

    たりする「学生参加型の授業」は学

    習時間へのプラスの効果が大きく見

    られました。中でも、提出物にコメン

    トを付して返却することが最も効果的

    でした。私の経験としても、レポート

    にコメントをつけて学生に返してもう

    一度提出させると、1回目よりも時間

    をかけてしっかりと書いてくる印象が

    あります。

    高校卒業時に全てを決めなくても大学進学後にも将来を模索できる

    東京大学大学院教育学研究科 両角 亜希子 准教授

     また、教員によく相談している学生

    の方が、学習時間が長くなり、学生も

    成長を実感する割合が高くなる傾向

    があります。教員との接触の機会を

    多く設け、学習のこと、将来のこと、

    日常生活のことなど、さまざまなこと

    を相談できることで、学生は影響を受

    け、学習するようになるのです。

     ただし、日本の大学生は多くの授業

    を受講しており、アルバイトやサーク

    ル活動なども行っています。教員も

    担当する授業が多く、一つひとつの授

    業の準備にかけられる時間は限られて

    います。単純にレポートへのコメン

    トを増やしたり、ゼミを増やしたりす

    ると学生にも教員にも無理が生じます

    から、教員が担当する授業の数を減

    らすなど、大学教育全体でバランス

    を取る必要があります。授業改善が

    進みながら学習時間が増えないのは、

    そのような事情もあるのです。

     留学やボランティアなど、正課外

    活動を充実させる大学も増えていま

    す。ただし、正課外と言っても、正課

    のカリキュラムとの関連をある程度

    持たせる必要があります。外部の業

    者に任せきりにせず大学や教員が

    しっかり関わり、事前・事後に課題を

    与えて学生を振り返らせるなど、効果

    を高める工夫を行っているかどうかが

    重要です。しかし、そうした点は高校

    生にとっては見えにくい部分でしょう。

    (注1)全国大学生調査…東京大学大学経営・政策研究センターが、平成 17 ~ 21 年度文部科学省科学研究費補助金(学術創成研究費)の助成を受けて行った学生調査。調査は 2007 年1~7月に実施し、約5万人が回答した。

    (注2)大学生の学習実態に関する調査研究…国立教育政策研究所のプロジェクト研究(平成 25 ~ 27 年度)として、独立行政法人日本学生支援機構の「学生生活調査」と共同実施した調査。2014 年 11 月に実施し、約3万人が回答した。

    <図表1>授業内容・方法の変化0% 20% 40% 80%60% 100%

    88.2%88.8%

    64.8%74.9%

    38.0%

    33.8%41.6%

    61.2%

    25.9%36.7%

    小テストやレポートなどの中間課題が出される

    理解がしやすいように教え方が工夫されている

    グループワークなど学生が参加する機会がある

    TAなどによる補助的な指導がある

    適切なコメントが付されて課題などの提出物が返却される

    ■2007年度

    ■2014年度

    ※ 2007 年度は「全国大学生調査」、2014 年度は「大学生の学習実態に関する調査研究」(国立教育政策研究所「大学生の学習実態に関する調査研究について」より)

    「よくあった」、「ある程度あった」と回答した学生の比率(%)

    Kawaijuku Guideline 2016.7・8 77

    高校生の進路選択を考える 第2回

  • ——高校までの学習習慣や学習経験は、大学教育に影響を及ぼしますか。 「全国大学生調査」からは、高校時

    代の学習習慣によって、大学教育から

    受ける影響が変わることもわかってい

    ます。例えば、学習習慣がついている

    学生は、興味が湧くような授業をした

    り、理解しやすく授業をするなど、教

    員が授業を少し工夫することで学習時

    間が増えます。一方、学習習慣のない

    学生は、学び方がわかっていませんか

    ら、読むべき文献を伝えるなど、具体

    的に学習方法を指示する必要がありま

    す。また、学習習慣のある学生にも有

    効ですが、学習習慣のない学生には、

    アクティブラーニングを導入すること

    で学習時間が増える傾向があります。

    学生の学習行動は周囲の影響を受ける

    ——高校生が大学を選ぶとき、どのような点に注目すると良いですか。 大学教育の取り組みを見ることも大

    切ですが、どのような学生がいるかに

    も注目すると良いでしょう。

     「全国大学生調査」では、<図表2>のように学生を4つのタイプに分けて分析しました。すると、これ

    らのタイプの学生の割合が、周囲の

    学生の学習行動にも影響することが

    わかりました。

     例えば、高同調型の割合が全体の

    3分の1以上いる大学は、周囲の学生

    も刺激を受け、学習時間や読書量など

    も増えます。逆に疎外型の学生が4

    分の1以上になると、周囲の学生も学

    習しないまま学生生活を過ごしてしま

    います。学生も大学の学習環境に大

    きな影響を与えているのです。

     高同調型の学生が増えていく大学

    を見ると、きめ細かい学生支援に取り

    組んだり、低年次で学生に資格を取得

    させて学習習慣をつけさせるきっかけ

    にしたり、自学の状況に応じて、さま

    ざまな取り組みを行っています。な

    お、学生タイプと大学入試の偏差値

    には、あまり明確な関係は見られませ

    ん。いわゆる難関大学でも、疎外型の

    学生の割合が多い大学もあります。

     それぞれの大学にどのような学生が

    多いのか、また大学がどのような教育

    の取り組みを行っているのかは、高校

    生はあまり注目していないと思います

    し、見えにくいものです。進学を考え

    る大学の先輩などに、それぞれの大学

    の状況について聞いてみることが必要

    だと思います。

    大学でさまざまな経験をする中で将来の方向性は変わっていく

    ——高校での進路指導・キャリア教育についてはどうお考えですか。 一部の高校では、高校生の時点で

    職業や将来の目標を決めるような指導

    も行われているようです。しかし、高

    校生が思い浮かべられる職業には限り

    があり、そこから選ぶことは、自分自

    身で可能性を狭くすることにつながり

    ます。さらに、近年は社会の変化も大

    きいため、将来を考えることは従来よ

    りも難しくなっています。むしろ、大

    学入学時点で将来の目標が明確では

    なくても、大学に入ってからさまざま

    な経験をする中で、いろいろなことを

    決めていけば良いと私は思います。

     例えば、「全国大学生調査」や大卒

    職業人に行った調査の結果を見ると、

    やりたいことがあって大学に入っても、

    大学教育で何のインパクトも受けな

    かった学生、つまり大学教育の影響を

    受けなかった学生は、その後の職業生

    活もあまりうまくいっていないようで

    す。一方で、やりたいことを見つけて、

    さらにそれを深めた人や、やりたいこ

    とがなくても大学時代に何かを得た人

    の方が、獲得した能力や大学卒業後

    の職業生活の満足度が高いという結

    果が出ています。

     高同調型の学生であっても、目標が

    変わることはあり得ます。大学生活を

    通じて自分の適性を考え、実践してみ

    て、さらに考えを深化させて、進路に

    ついて考える貴重な時間が持てること

    が、大学の良い点だと思います。

     高校で無理に将来の進路を決めて

    しまうと、大学入学後にミスマッチを

    起こす恐れがあります。以前、全国の

    大学の学長に対して行った調査では、

    約8割の学長が大学教育のミスマッ

    チに対して問題意識を持っているとい

    う結果が出ました。

     複数学部を持つ大規模な大学であ

    れば、学内で転学部や転学科できる可

    能性もありますが、単科大学の場合は

    それも難しいでしょう。大学も事前に

    学びのイメージを伝えたり、入学前教

    育に力を入れたりしてミスマッチを防

    ごうとしていますが、深刻な問題です。

     大学も、社会も、もっと軌道修正を

    許すように変わっていくべきだと思い

    ますが、これから進路を選ぶ高校生に

    は、大学進学の時点で、極端に言えば

    就職の時点でも、将来の全てを無理や

    り決めようと思わなくても良いと伝え

    たいです。さまざまな経験をする中で、

    自分に合った働き方や生き方を模索

    し続けられると良いのではないでしょ

    うか。

    <図表2>「全国大学生調査」による学生類型

    【高同調型】学生自身の自己・社会認識が確立しており、大学教育の意図と将来展望が一致しているタイプ

    【独立型】 学生自身の自己・社会認識が確立してはいるが、これらから生じる「かまえ」と大学教育の意図が一致していないタイプ

    【受容型】学生自身の自己・社会認識は確立しておらず、大学の授業の自己への意味は不明確である。しかし、むしろ不明確だからこそ、大学教育に一定の期待を持ち、その要求に従おうとするタイプ

    【疎外型】 自己・社会認識が未確立で、大学教育の意図とも適合度が低いタイプ(2011 年8月 30 日 中四国IDEセミナー「大学生の自律的学習 -東大 CRUMP 調査からの検討-」資料より)

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