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鉄筋コンクリート梁の付着破壊防止のための設計法に関する研究
東京工業大学 ⻄村康志郎
2020年日本建築学会賞(論文) 受賞
第1章 序論
1. 1 研究の背景
鉄筋コンクリートの曲げ材では、曲げ耐力を発揮させるため、あるいは必要なせん断力の伝達能力を確保するため、鉄筋−コンクリート間の付着が重要となる。現在の設計では、図1に示す3つの付着割裂モードを想定し、鉄筋1本ごとに付着応力度の検定が行われている。近年、鉄筋コンクリート造建物では鉄筋量が増大しており、2段配筋だけでなく、基礎梁では3
段以上の配筋も見られる。現在の付着検定方法は、次のような問題を抱えている。多段配筋における内側鉄筋の付着強度評価が困難である。
局所的な付着割裂モードを見逃している可能性がある。
図1 付着割裂モード
Side split mode
Corner split mode
V-notch split mode
1. 2 研究の意義
図1に示した3つの付着割裂モードは、いずれも異形鉄筋によるコンクリートの割り裂きによるものなので、同一の強度式で評価可能である。しかし、割裂モードによって部材性能に及ぼす影響は異なる。サイドスプリットでは全ての引張鉄筋で付着劣化を生じるため、部材の耐力が低下する。しかし、Vノッチスプリットやコーナースプリットの場合は、他の鉄筋の付着が健全ならば直ちに部材の耐力低下を引き起こすとは限らない。本研究の意義:付着破壊が部材性能に与える影響を考慮し、全引張鉄筋の付着破壊と、一部の主筋の局所破壊を区別した新しい設計概念を提示した。
鉄筋群の引抜実験により、これまでに示されなかった付着割裂モードを発見し、付着強度評価方法を提案した。
第2章 せん断耐力に与える付着の影響と多段配筋梁の付着耐力評価法
2. 1 梁のせん断耐力に与える付着の影響
「鉄筋コンクリート造建物の靱性保証型耐震設計指針・同解説」では、付着破壊の影響するせん断耐力式が示されているが、せん断補強筋の降伏は想定されていない。このモデルを、付着割裂面とせん断補強筋の降伏を伴う場合にも拡張した。その結果、図2の“割裂面が降伏する場合”の関係が得られる。
図2 せん断強度τ’とせん断補強筋強さpwσwyの関係
P1
P4
P2
P3
pw σwyOνσB /2
)( wywBwyw pp σνσσ −
割裂面が降伏しない場合
割裂面が降伏する場合
τ’
τ’=τ’=2 pw σwy
P5
①
②
②
②
③
④
2. 1 梁のせん断耐力に与える付着の影響
拡張したモデルを用いて、せん断耐力に与えるせん断補強筋比増大の効果とせん断補強筋強度増大の効果は異なることを定性的に示した。
図3に示すように、付着の降伏を伴う場合の塑性論モデル(アーチ・トラスモデル)と大野・荒川式は同等であることを示した。
図3 大野・荒川式と塑性論モデルの比較
0
5
10
15
20
0 10 20 30 40 50 60
νσ
B/2
[N
/mm
2]
σB [N/mm2]
0.23 ku kp (σB+18)
[ ku=1, kp=1]
νσB
2
0.0
0.4
0.8
1.2
1.6
0 2 4 6 8 10
(D/j
) t
anθ
L/d
tanθ [D/d=1.27]
1
L/d+0.23
D
j
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
0 1 2 3 4 5
式(2
9)第
2項
[N/m
m2]
pwσ wy[N/mm2]
L/D=2
L/D=3
L/D=5
L/D=10大野・荒川式 第2項
P4
P5
2. 2 多段配筋の総付着耐力評価法および梁部材での付着設計法の提案
サイドスプリットの強度を付着割裂による破壊面のせん断強度と考え(図4)、サイドスプリット破壊した過去の引抜実験結果を再評価し、全引張鉄筋の総付着耐力式を提案した。
2段配筋梁を模した引抜実験を行い、1段目鉄筋の付着応力度の大きさにかかわらず、提案した総付着耐力式で実験結果を評価できることを示した(図5)。
図4 引抜実験での破壊面
Ts
A
B C
ld
D E
b
破壊面
Ts1
B CTs2
ld
破壊面
b0
200
400
600
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8
C3C3-F24
T3C3-F24
M3C2-F24
T3C2-F24
∆TMAX [kN] Eq. (1); N=5
Eq. (1); N=6
pw [%]
図5 2段配筋の引抜実験結果
2. 2 多段配筋の総付着耐力評価法および梁部材での付着設計法の提案
付着割裂破壊を生じる梁のせん断耐力について、多段配筋やカットオフ筋を含む場合にも適用できる耐力評価方法を提案した。
付着割裂破壊したRC梁の実験結果と計算値を比較し、サイドスプリットの場合は(図6上と中央)、せん断耐力計算値で評価可能であることを示した(図7)。ただし、カットオフ筋の局所的な付着破壊については(図6下)、別途検討が必要である。
図6 付着破壊面の位置 図7 せん断耐力の実験値と計算値
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
1段B 2段B
1段S 2段S
1段FB 2段FB
せん断強度sQcal / 曲げ強度f Qcal
実験値
Qexp
/ 曲げ強度
f Q
ca
l 修正式
第3章 コンクリートに直線定着された引張鉄筋群の局所付着破壊に関する実験研究
3. 1 局所付着破壊の存在
引張鉄筋群の一部が局所的に付着破壊し得ることを引抜実験により示した(図8)。1段配筋の試験体では、横補強筋比や降伏強度が異なっても最大荷重がほぼ同じとなる結果が得られ(図9)、内側3本の鉄筋が上方へ付着破壊したと考えられる。
2段配筋の試験体では、横補強筋比は変えずに横補強筋の足の数をパラメータとした。横補強筋の足の数が多いほど、側面に近い鉄筋2本を拘束する横補強筋は減るため、それら2本の付着強度が低下し、側面方向へ付着破壊することを示した。
図8 最大荷重時に付着破壊した鉄筋(⿊丸)
図9 引張荷重−引抜変位関係(1段配筋)
0
100
200
300
400
500
0 1 2 3 4 5 6
∆T (kN)
Aδ lave
(mm)
2.5t2s685-C5
2.5t2s345-C5
2.5t2s295-C5
0 1 2 3 4 5 6
∆T (kN)
Aδ lave
(mm)
5.1t2s685-C5
5.1t2s345-C5
5.1t2s295-C5
3. 2 局所付着破壊モデルと強度評価法の提案
側方への割裂線と上方への割裂線を仮定し(図10)、付着強度評価式を提案した。提案式は、靱性保証指針の付着強度式から展開しており、その際、コーナースプリット型の付着強度式の誤りを指摘し、係数を修正した。
図10 付着割裂モードの提案:側方割裂(左図)と上方割裂(右図)
30°
√3 (2Cmin+db)+ΣCn+N’db
σw Aw
σcst
Cn Cn
σcstw w w
cst
b
N A
N sd
σσ
′=
′
In this case: Nw’=1, N’=3
Cmin
σcst
σw Aw
σw Aw
σcst
2 w wcst
b
A
N sd
σσ =
′
σcst
Cn
In this case: N’=2
3. 2 局所付着破壊モデルと強度評価法の提案
実験値と計算値を比較し(図11)、局所破壊の付着強度は提案式で、サイドスプリット破壊は第2章の総付着耐力式で評価できることを示した。すなわち、総付着耐力式を梁のせん断耐力式に適用すれば、サイドスプリット型の破壊は梁のせん断設計で検定し、せん断耐力に達する前の局所的な付着破壊は鉄筋ごとの付着の検定で防止可能であることを示した。
図11 実験値と計算値の比較
0.00 0.50 1.00 1.50 2.00
Single layer
Double layers
Single layer (Ref.3)
Double layers (Ref.3)
∆Tlocal / ∆Tshear
No.1-2
(α =1.5)
No.3-2
(α = 1.5)No.2-2
(α =1.4)
No.2-1
(α =1.6)
No.3-1
(α =2.0) No.1-1 (α =2.0)
∆T
MA
X/
∆T
shea
r
0.00 0.50 1.00 1.50 2.00
Single layer
Double layers
topτbu / shearτbu1
No.3-1
No.3-2
No.1-1
No.2-1
No.2-2No.1-2
τb
MA
X/
shea
rτb
u1
0.00 0.50 1.00 1.50 2.00
1EE-2EE
1WE-2WE
lateralτbu / shearτbu1-2
No.3-1
No.2-1
No.3-2
No.1-1
1.50
1.25
1.00
0.75
0.50
0.25
0.00
τb
MA
X/
shea
rτb
u1-2
第4章 鉄筋コンクリート基礎梁の付着の設計法
4. 1 シアスパン比の小さい梁のせん断耐力
シアスパン比の小さい基礎梁などでは、せん断設計で付着割裂破壊を防止するほうが現実的である。過去の実験結果を用いてせん断耐力評価式を検証し、大野・荒川式で評価することが実用的であること、靱性保証指針のせん断耐力式は評価精度が悪いことを示した(図12)。
靱性保証指針のせん断耐力式では、せん断補強筋を増加させるとせん断耐力計算値が低下する場合があり、その原因がトラス機構とアーチ機構の有効断面積の違いにあることを指摘した。
図12 RC梁のせん断強度実験値と計算値の比較
0
0.5
1
1.5
2
2.5
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
τex
p/ τ
cal(大野・荒川式
)
シアスパン比M/(Qd)
加力A
加力B平均値 1.6
変動係数 16%
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
τex
p/ τ
cal(靱性指針式
)
シアスパン比 M/(Qd)
加力A
加力B平均値 1.9
変動係数 29%
4. 2 多段配筋基礎梁におけるカットオフ筋の付着の検定法
有効せいdの範囲はテンションシフトを仮定するが、カットオフ筋では実況と異なる。RC規準(2018)では、せん断補強筋の引張力を介してカットオフ筋の付着力が有効せいdの範囲で伝達されるモデルを用い(図13左)、テンションシフトの規定を緩和する方法が提示された。本研究では、3段配筋基礎梁試験体の加力実験により、3段目カットオフ筋でその挙動を確認した(図13右)。
図13 付着応力伝達モデルと3段配筋梁試験体の実験結果
d
jcut
Tw
awσw∆ T
T T−∆ T∆ T
O
A Cx
dTw
dx
dTw
d T
d T
jcut
0
20
40
60
80
0 20 40 60
Mom
ent
of
bond
forc
e, M
b[k
N・
m]
Moment of tension in shear
reinforcement, Mw[kN・m]
1+2+3 layers
2+3 layers
3 layer
(2.0QAS)
(0.6%)(1.0%)
(1.7QAS)(1.4QAS)
第5章 結論
第1章では、研究背景として、多段配筋における内側鉄筋の付着強度評価が困難であること、局所的な付着割裂モードを見逃している可能性があることを述べ、本研究の意義を示した。
第2章では、付着割裂を生じる梁のせん断耐力に与えるせん断補強筋の効果や、付着割裂と大野・荒川式の関係について考察した。サイドスプリット破壊について、全引張鉄筋の総付着耐力式を提案した。総付着耐力式を梁のせん断耐力式に適用し、多段配筋やカットオフ筋を含む場合にも適用できる評価方法を提案した。
第3章では、局所的な付着破壊について、鉄筋群の引抜実験により、側方への付着割裂と上方への付着割裂が生じ得ることを示した。局所破壊についての付着強度式を提案し、実験結果と計算値が対応することを示した。サイドスプリット型の破壊は梁のせん断設計で検定し、せん断耐力に達する前の局所的な付着破壊は鉄筋ごとの付着の検定で防止可能であることを示した。
第4章では、付着の検定が厳しくなる基礎梁について、せん断耐力評価方法やカットオフ筋の付着検定方法について考察した。
受賞業績構成論文
1)⻄村康志郎,大⻄直毅:付着割裂とせん断補強筋の降伏を伴うRC梁のせん断強度に関する考察,日本建築学会構造系論文集, Vol.81, No.727, pp.1521-1529,
2016.9
2)⻄村康志郎,市之瀬敏勝,大⻄直毅:多段配筋RC梁のサイドスプリット型付着割裂耐力に関する考察 , 日本建築学会構造系論文集 , Vol.81, No.729,
pp.1903-1912, 2016.11
3) ⻄村 康志郎, 大⻄ 直毅: 付着⻑さの異なる引張鉄筋群の付着耐力に関する実験研究,日本建築学会構造系論文集, Vol.83, No.743, pp.155-165, 2018.1
4) ⻄村 康志郎, 川津 美月: コンクリートに直線定着された引張鉄筋群の局所付着破壊に関する実験研究, 日本建築学会構造系論文集, Vol.84, No.762,
pp.1103-1113, 2019.8
5) ⻄村 康志郎, 佐藤 圭太, 石垣 篤, 大⻄直毅: シアスパン比の小さいRC梁に対するせん断終局強度式の精度に関する考察, 日本建築学会構造系論文集,
Vol.79, No.701, pp.995-1003, 2014.7
6) 前川 優太, 今井 貴大, ⻄村 康志郎, 大⻄ 直毅: カットオフ筋を有する3段配筋RC梁の付着性状に関する研究,日本建築学会構造系論文集 , Vol.84,
No.757, pp.403- 413, 2019.3
謝辞本研究は北海道大学での研究成果をまとめたものです。先ずは、研究環境を整えてくださった 後藤康明 先生 に感謝と哀悼の意を表します。研究室は、大野和男 博士のもとで行われた鉄筋コンクリート梁のせん断耐力に関する一連の研究が有名で、梁試験体の試作品が残されていたのは感慨深いものがありました。荒川卓 博士の学位論文や柴田拓二博士の北海道大学工学部研究報告など、多くの研究資料に刺激を受け、参考にいたしました。城攻 先生には折に触れて激励と助言を頂きました。実験や研究の遂行にあたり、多くの卒業生や修了生が協力くださりました。学生時代および助手・助教と東京工業大学で学び、恩師の 瀧口克己先生から教わったことは私の研究の基本となっています。実験室では堀田久人先生から多くのことを学びました。枚挙にいとまがありませんが、関係各位へ厚く御礼申し上げます。最後に、支えてくれた家族に感謝します。