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No A case study of educational assistance with a videotape monitoring for requirement expressions of an autistic child 山本 美知子          江田 裕介 YAMAMOTO Michiko EDA Yusuke AMUS American Psychiatric Association DSM Tager Flusberg Tager Flusberg Schopler Greene

自閉症児の要求言語行動の援助に関する事例研究repository.center.wakayama-u.ac.jp/files/public/0/... · 為の系列に関するフレーム的知識構造(Greene,1990)

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和歌山大学教育学部教育実践総合センター紀要 No.16 2006

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自閉症児の要求言語行動の援助に関する事例研究

- ビデオモニターによる場面認識の向上と表現スクリプト -

A case study of educational assistance with a videotape monitoring for requirement expressions of an autistic child

山本 美知子          江田 裕介

             YAMAMOTO Michiko         EDA Yusuke

            (AMUS 個別指導教室)        (和歌山大学教育学部 )

 自閉症児のコミュニケーション支援の方法として、ビデオモニターによる場面理解と表現スクリプトの適用を試

み、その効果を検証した。対象児本人が過去の自分の活動をモニターし、スクリプトとして整理することで、場面

理解の向上を図った。また母親と共にビデオモニターを行い、母親の言葉かけや、接し方に対して助言を行った。

その経過における発話内容の変化や、母子それぞれの発話回数・内容の変化を分析した。その結果、対象児はビデ

オモニターによって自分の行動を切り出すことが可能になり、スクリプトの視覚化により行動の系列を理解するこ

とで、要求言語の有意な増加につながった。しかし、文脈の意味理解にまでは至らなかった。また母親がビデオモ

ニターにより自身の言葉かけにおける問題点を把握し、対応が変わることで親子間の会話が成立する場面も増加し

た。

キーワード:自閉症、ビデオモニター、スクリプト、日常生活場面、母親支援

1.問題

 自閉性障害は American Psychiatric Association

(1994)の DSM -Ⅳ『精神疾患の分類と手引き』によ

ると、(1)対人的相互反応による質的な障害、(2)

意思伝達の質的な障害、(3)行動や興味の限局とい

う三つの症状の存在が診断基準となっている。その中

で意思伝達の質的な障害として自閉症児の言語特徴が

具体的に記載されている。また、視線や表情、身ぶり

といった非言語の対人的相互反応は、コミュニケーシ

ョンの基盤となるものであり、言語と非言語の両面で

コミュニケーションの問題が自閉症児における障害の

基本的症状であることがわかる。また、自閉症は特徴

的な行動によって診断される症候群であり、その特

徴には個人差が大きく、話し言葉を持たない重度の精

神遅滞をともなう者から、知的に高い機能をもつ者

まで幅を持ってとらえられている(西村 ,2001;杉山

,2005)。言語は、認知や社会情緒的発達と相互に関係

しながら発達するため、発達のばらつきを広汎に抱え

ている自閉症の言語は、障害も広汎となることが考

えられる(Tager-Flusberg,1994;長崎 ,1998;石坂

,1998)。

 こうした自閉症児にとって、コミュニケーショ

ン支援は社会適応のためにも重要な課題となる(高

橋 ,1997;大井 ,2004)。その支援を具体的に考え

るとき、自閉症児はとりわけ伝達的側面(語用論

機能、会話能力、ものの言い方)に問題を抱えて

いるといわれ(Tager-Flusberg,1994;西村 ,1998;

Schopler,1985)、多様な語用論的アプローチが言語支

援の方法として提唱されるようになった。

 語用を困難とする要素の一つとして、自閉症児は関

係を意味する語を適切に使いこなすことが非常に難し

く、文脈の読み取りが困難であることが挙げられる。

その弱さに対して、スクリプトによる支援が考えられ

ている(長崎 ,1998)。

 スクリプトは日常生活場面における特定の文脈の行

為の系列に関するフレーム的知識構造(Greene,1990)

であり、スクリプトがそれを獲得する過程において、

そのスクリプトの要素に対応した、言語の意味、伝達

意図の理解と表出が平行して行われると考えられてい

る(長崎、1994)。

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自閉症児の要求言語行動の援助に関する事例研究

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 また、自己理解の弱さに対しては、ビデオ視聴によ

り自己に注意を向け、知覚像と内的イメージのずれを

自覚化させる(Buss,1980)と言われ、自己をビデオモニ

ターして、自己理解を促進させる支援が考えられる。

 さらに自閉症児は、構造化された指導場面で習得し

た言語の般化が困難であることが指摘されているが、

(出口・山本 ,1985;杉山 ,1987;長崎 ,1998;大井

,2004)、言葉の獲得のためには、日常生活の中で対

人、対物関係の土台をしっかり築くことが大切であり

(小椋 ,1997)、また日常生活場面での動機付けを喚起

しやすいプログラムを提供するなど日常的言語指導法

が提唱されている(Koegel,1994)。また家庭との協力

は不可欠である(Koegel,1995;西村 ,1998)と言わ

れるが、自閉症児の親は、子どもの要求内容を文脈か

ら先取り的に関わることが多く、その家族の状況やニ

ーズに合わせた親教育プログラム(Koegel,1995)が

必要となる。

2.目的

 本研究では、自閉症児の要求言語行動を援助するた

め、臨床的に有効な方法を検討する。

 具体的には、自閉症児の一事例の家庭指導において

対話の場面や文脈理解のためにスクリプトを利用し、

また自己理解のためのビデオモニターを実施する。 

(1)スクリプトにより場面や文脈の理解が深まるか

(2)ビデオモニターにより、自己理解が深まるか

(3) 生活文脈の中で調理作業を行うことで発話が促

進されるのか

(4) 母子の関係性を支援することで、母子の会話は

変化するか

これらの結果の分析を通して、自閉症児の行動や認

知の特性に即したコミュニケーション支援のあり方を

考察する。

3.研究方法

3.1.対象者

対象児 男子 15 歳3ヵ月(研究開始時)

        養護学校中学部3年

   診断名:自閉症   

   知能検査結果:WISC -Ⅲ 全検査 IQ54

          言語性 IQ46 動作性 IQ72

     群指数 (言語理解 50 未満・知覚統合 79・

       注意記憶 65・処理速度 52)

 コミュニケーションの状態:学校では、特定の友達

に興味を示すが、わざとぶつかる、追い掛け回す等

で、相手から拒否されると物に当たる行動も見られ

た。注意されると、「もうしません」と言いながら、

同じ行動を繰り返している。家庭では、思い通りにな

らず、いらいらした時は、パターン言語や質問を繰り

返し母親が困ることが多い。言葉で自分の気持ちを表

現することが難しく、また「教えて下さい」と言える

が、内容を説明できない等、言語・コミュニケーショ

ンの問題が多い。

 また思春期を迎えた対象児に対し、指示が多い母親

の言葉かけを考え直し、対象児の思いや発達を理解し

た上での親子関係の見直しが必要である。

3.2.研究計画

(1) 調理場面における母子の会話を各期5セッショ

ン、ビデオに記録する。

1期-ベースライン期 母子2名で調理する。

 支援・アドバイスは行わず、ビデオ記録のみ行う。

2 期-調理実施前に、母子で前回のビデオモニターを

行い、支援・アドバイスは行わない。

3 期-前回のビデオモニターしながら母親指導を行

い、その後母子で調理を行う。

4 期-ビデオモニターしながら対象児のスクリプト作

成及び言語支援を行う。その後母子調理を行う。

(2)具体的な支援

1期-ビデオ記録・観察のみ行う。

2期-ビデオ映像を見せる。ビデオ記録を行う。

3期-母親支援を行い、その後ビデオ記録を行う。

  1)母親の良い関わり方の承認・賞賛

  2) 対象児のことばの意味にとらわれない・気持

ちの理解・受容

  3) 具体的な関わり方(指示を少なく・言動を待つ)

4期-対象児指導を行う。ビデオ記録を行う。

  1)ビデオモニターと質問による自己理解

  2) ビデオモニターによる調理スクリプト表の作成

  3)質問方法の確認

   ・ 材料の数量に関する質問(何個ですか・何杯

ですか・どのくらいですか・・)

   ・ 方法の教示要求―動詞の名詞化(切る→切り

方・開ける→開け方教えて下さい・・・)

3.3.評価の手続き

(1)対象児の発話内容の変化

  1)ビデオにより母子の会話を記録する。

  2) 対象児の発話内容をカテゴリに分類する。(2

名によるビデオ分析)カテゴリは Table 1 に

示したように、Ⅰ鼻歌、Ⅱパターン発話、Ⅲ

一次感情発話(①反復・連想②よびかけ・相

槌③感情)、Ⅳ作業にともなった発話(①実

行・確認②報告③感想・状況説明)、Ⅴやり

とり発話(①応答・自答②意思・感想③要求)

である。

  3) 各カテゴリの発話回数をセッションごとに集

計する。

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  4) 発話内容分類項目Ⅰ~Ⅴを1期から4期の4

水準に分け、分散分析を行う。

    1.対象児の発話内容分類項目の変化 

    2.対象児の発話内容分類下位項目の変化

(2)対象児と母親の発話回数の変化その相関

(3)母子の会話記録の分析 

(4)質的な変化    

4.結果 

4.1対象児の発話内容の変化

 発話内容をカテゴリごとに集計し、それぞれ各期の

発話回数の平均を算出し、分析を行った。その結果を

(Table 1)に表す。

 4期を4水準に分け、分散分析を行った。その結果

を表に示す(Table 2)。

(1)対象児の発話内容分類項目の変化 

 発話内容分類項目において変化がみられたのは、Ⅳ

作業にともなった発話、Ⅴやりとり発話であり、1期

2期に比べ、3期4期が5%水準で有意に増加した。

(Fig. 1)

(2)対象児の発話内容分類下位項目の変化

 発話内容分類項目の下位項目で変化があったのが、

Ⅳ作業にともなった発話の①実行・確認が1期2期に

比較し、3期4期が5%水準で有意に増加し、②報

告が1期2期に比べ、3期が5%水準で有意に増加し

た。そのグラフを示す(F ig. 2)。

 またⅤやりとり発話の①応答・自答が1期2期に比

較し、3期4期が5%水準で有意に増加し、③要求

(教示・情報・許諾)が1期2期3期に比較し、4期

が5%水準で有意に増加した。そのグラフを示す(F

ig. 3)。

(Table 1)対象児発話内容の分類と発話回数平均と標準偏差<開始時より 15 分間>

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(Table 1)対象児発話内容の分類と発話回数平均と標準偏差<開始時より 15 分間>

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4.2.母子の発話回数の変化とその相関

対象児の発話回数が、母親の発話回数によって変化

するのか、発話回数を集計し比較した。発話回数比較

表を Table 3 に示す。対象児と母親の発話回数変化の

グラフを Fig. 4 に示す。

 対象児の発話回数の分散分析を行ったところ、

1期2期に比べ、3期4期が5%水準で有意に増加し

た。これは、3期の母親支援で、母親が発話回数を減

らし、対象児の発話を待ったこと、また4期の対象児

に対するスクリプト、質問方法の確認の支援に効果が

あったと言える。

 また対象児と母親の発話回数の相関を調べるため、

相関分析を行った。その結果、負の相関に有意傾向が

あった。(Table 4)に示す。

   (Table 3)  母子の発話回数比較表                <開始から 10 分間> 

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4.3.母子の会話記録の分析 

 対象児の「M君赤ちゃん投げました」という発話か

らの会話を 10 パターンと母親からの質問から始まっ

た会話を2パターン記録し、分析した。

 母親は対象児の「M君赤ちゃん投げました」という

発話を2期までは否定していたが、発話内容は、怒り

の気持ちの表現であることを3期の母親支援で説明し

た。母親が否定せず、受容し、気持ちに共感するとや

りとりの会話となった。

4.4.質的な変化 

 母親は3期のビデオモニターと母親支援により、自

分と対象児を見直し、できるだけ対象児に任せて、指

示を少なくすること、発話を意味としてとらえず共感

し、対象児の頑張りを認めるようになった。

 4期の対象児支援では、ビデオモニターによる感想

が言葉では聞かれなかったが、質問に「たのしかった」

「かたがつかれた」「やりたい」と書字することができ

た。

 ビデオモニターしながらのスクリプト表作成は、行

動を一つずつ切り取ることができたが、時々見逃すこ

とがあり、質問をする必要があった。

Table 4-1  対象児と母親の発話回数   N=20

   Mean  SD

対象児  52.2   19.0

母親   97.4  31.0

Table 4-2  対象児と母親の発話回数の相関

df = 1 & 18       

Var. r. F Test

A1 × A2 -0.43 4.05 +

+ p<.10 * p<.05 ** p<.01

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5.考察

5.1.スクリプトと

発話内容分類項目Ⅴやりとり発話(③要求)

の変化

 分散分析の結果1,2,3期に比較し、4期が5%水

準で有意に増加した。

 4期に対象児が自発的に調理に取り組む言動が見ら

れ、調理スクリプト表により行動の系列を理解したと

考えられる。それは書字による視覚化によって行動の

系列が整理され、自主的な言語行動や要求発話につな

がったと思われる。Grandin(1995)の「書いたほう

が理解しやすい」という説明にも一致する結果である。

また質問方法の確認や要求教示における動詞の名詞化

も要求発話の増加につながったと考えられる。

 しかし、調理スクリプト表を見ないと順番が入れ替

わったり、抜かしたりすることがあり、行動の系列記

憶である頭の中のスクリプトが一つずつばらばらで、

行動としての意味系列になっていない、スクリプトを

自分の中で意味として構造化できていないことが考え

られる。谷口(1998)は「発達障害児は環境変化を的

確に検出し、必要な情報を抽出して場面の意味を読み

取り、その環境変化に合わせて自己の行動を統制し、

されにその事態の流れをスクリプトとして蓄積(記憶、

学習)することに困難がある」と述べている。今後対

象児が頭の中でスクリプトとして記憶し、またそれを

使って他の場面への般化するためには、対象児にとっ

ての迫真的な単位を考えたり、他の文脈との関係性を

考えさせる支援(米澤 ,2005 私信)が必要となる。

5.2.ビデオモニターによる自己理解と

    発話内容分類項目 感情の変化

 発話内容の感情に関わる項目に1期から4期まで有

意な変化が見られなかった。

 対象児はビデオモニターにより自分の姿を視聴して

も、言葉で感想を述べることはなかった。自己のイメー

ジをもっていないため、画面の自分との比較が困難で

あったと思われる。しかし、書字で質問に答える形で

は、「りょうりがすきです」「にこっとしてました」「お

かあさんと Kくんとりょうりがうれしいです」と書く

ことができた。

 また対象児と母親が感情をともなったやりとりをす

る場面がみられたが、1期から4期まで対象児の感情

の発話は少なく、有意な変化がみられなかった。自閉

症児は感情表出に問題があり、自分と他者の情動を比

較する初期段階の欠損(Mundy&Sigman,1989)や自他

の境界があいまいであり、自他理解を促進させる機会

が少ない(遠藤 ,1996)などが考えられる。今後は多

様な場面での自分をビデオモニターし、自己像を比較

させる支援なども考えられる。

5.3.生活文脈の中での作業と

    発話内容分類項目Ⅳ作業にともなった発話

    の変化

 Ⅳ作業にともなった発話(①実行・確認)が1期2期

より3期4期が5%水準で有意に増加した。(②報告)

は1期2期に比べ3期が5%水準で有意に増加した。

 3期に母親の対象児に対する指示のことばが母親支

援において減少すると、対象児が作業をすすめるため

に実行・確認・報告の発話が増加したと考えられる。

報告が4期において減少したのは、調理スクリプト表

によって、確かめることが可能となり、母親に対する

報告が減ったと思われる。また、作業にともなって言

葉が増加したのは、言語の発生と発達は動作から動作

への転移である(Bruner,1976)と記述されているよ

うに、作業にともなって言葉が発生し、調理という場

面設定で発話が促進されたことが考えられる。しかし

反面、確認行動が習慣化し、作業の前に確認をし、母

親の返事がないと次へ進めないという傾向が見られ

た。自主的な行動のための今後の支援としては、自分

で考え行動する機会を増やす、母親は上手にできなく

ても対象児に任すなどが、必要となる。

5.4.母子の関係性の支援と

    母子の発話回数の相関と発話内容変化

 対象児の発話回数は1期2期に比べ、3期4期が

5%水準で有意に増加した。

 母子の発話回数は相関分析の結果、負の相関傾向に

とどまった。 

 母親支援により母親の指示のことばが減ると、対象

児の作業・確認のことばが増えたが、反面、母親の対

象児とのやりとりを引き出すことばかけが減ると、母

子共に発話数が減少する傾向が見られた。これはやり

とりをする会話は相互作用で正の相関の面もあり、母

子の発話回数は負の相関の有意傾向にとどまったと考

えられる。母親が3期の母子支援により、対象児のパ

ターン発話の意味にとらわれず、受容すると、対象児

も意思を表明し、新しい情報をつけ加えるなどのや

りとりとなった。障害児の言語は受け手の対応で大き

く変わり、またその文脈の起源がわかった時に理解で

きる(Kanner,1972;小林 ,2004)のである。しかし、

子どもの話したいことと無関係な応答は効果を上げな

い(大井 ,2001)と言われるように母親からの質問に

は興味がなく、やりとりの会話にならなかった。

 長崎は(1994)日常生活の文脈こそが言語を獲得す

る舞台となり、そこでの養育者や大人の関わり方が言

語の獲得を援助すると述べているが、本研究からも日

常生活場面での母子の作業と関係性を見直した母親の

関わりによって対象児の発話回数が増え、会話が成立

したと考えられる。

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自閉症児の要求言語行動の援助に関する事例研究

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37)関戸英紀(1996):自閉症児における書字を用い

た要求言語行動の形成とその般化促進-物品,人,

および社会的機能の般化を中心に-.特殊教育学

研究,34(2),1-10.

38)杉山登志郎(2000):自閉症の体験世界-高機能

自閉症の臨床研究から-.小児の精神と神経,

40(2),88-100.

39)杉山登志郎(2005):教師のための高機能広汎性

発達障害・教育マニュアル.少年写真新聞社.

40)Tager-Flusberg,H.(1994):Autism nature

diagnosis and treatment.野村東助・清水康夫

監訳,自閉症-その本態,診断および治療-.第

5章心理言語学的視点による自閉症児の言語発達

の考察.日本文化科学社.

41)Tager-Flusberg,H.(1993):Understanding other

minds.田原俊司訳,心の理論‐自閉症の視点か

ら-(上)第7章言語は自閉症児の心の理解につ

いて何を明らかにするのか.八千代出版.

42)高橋和子(1997):高機能自閉症児の会話能力を

育てる試み-応答能力から調整能力をめざして

-.特殊教育研究,34(5),99-108.

43)谷口清(1998):第5章注意.松野豊・茂木俊彦編.

障害児心理学.全障研出版部.

44)Tinbergen N.& Tinbergen E.A.(1984):

Autistic children new hope for cure.田口恒

夫訳 自閉症・治癒への道-文明社会への動物行

動学的アプローチ-.新書館.

45)十一元三(2004):自閉症論の変遷.こころの臨床,

23,3.星和書店.

46)十一元三・神尾陽子(2001):自閉症者の自己意

識の研究.児童青年精神医学とその近接領域,

42(1),1-9.

47)若林慎一郎・西村辨作(1988):自閉症児の言語治療.

岩崎学術出版社.

48)綿巻徹(1997):自閉症児における共感獲得表現

助詞「ね」の使用の欠如,事例研究.発達障害研

究,19,2.

49)Watson,L.,Lord,C.,Schffer,B. & Schopler,E.

(1989):Teaching spontaneous communication

to autistic and developmentally handicapped

children.佐々木正美・青山均監訳.自閉症のコ

ミュニケーション指導法.岩崎学術出版.

50)米澤好史(2001):12 章 記憶.米谷淳・米澤好

史編著.行動科学への招待.福村出版.