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1 平成 26 年度国土政策関係研究支援事業 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策についての研究 榊原雄一郎(関西大学経済学部)

自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

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平成 26 年度国土政策関係研究支援事業

自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車

クラスター形成のための振興政策についての研究

榊原雄一郎(関西大学経済学部)

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目 次

1. はじめに・・・・・5

1-1 問題意識・・・5

1-2 分析視角と課題・・・6

1-3 本稿の構成・・・8

2. 自動車産業と地域経済・・・・・11

2-1 自動車産業の立地変化・・・11

2-2 地域経済における自動車産業への期待・・・13

2-3 事例 トヨタグループと地域経済・・・14

3. トヨタグループにおける集積間分業・・・・・19

3-1 東北地域の自動車クラスターの構造・・・19

3-2 九州地域の自動車クラスターの構造・・・31

3-3 西三河地域の自動車クラスターの構造・・・36

3-4 日本国内 3 地域間での分業構造・・・28

4. 東北地域における自動車関連企業の集積・・・・・45

4-1 東北地域における自動車関連企業の集積・・・45

4-2 アンケート調査からみる地元企業の構造・・・49

5. 宮城県におけるクラスター形成政策・・・・・61

5-1 企業立地政策・・・61

5-2 クラスター形成政策とその推進組織・・・62

5-3 推進組織の事業内容と成果・・・63

6. 結びにかえて・・・・・67

資料編・・・・・71

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1. はじめに

1-1 問題意識

本研究の目的は,東北地域に形成しつつある自動車クラスター(以下「東北自動車クラ

スター」と略す)の振興策を検討することである。本研究ではトヨタグループの本拠地で

ある愛知県西三河地域外への完成車組み立て工場の展開において,西三河地域と新たな進

出地域である東北地域および九州地域間でどのような分業構造が形成されるのかを明らか

にするとともに,地元の自動車関連企業の集積構造について分析した上で,東北自動車ク

ラスターの振興策を検討することにしたい。

高度経済成長期以降,電気機械をはじめとして多くの産業では,三大都市圏から地方圏

へと生産拠点の進出を加速させてきた。今日こういった動きは海外にまで広がり,グロー

バルレベルでのネットワークの構築が進んでいる。こうした企業の他地域への生産拠点の

展開は,既存の企業の本拠地においては機能の一部を失うことから空洞化が懸念されてい

る(梅原 2011)。その一方で進出先では,工場の進出による地域経済の発展が期待されつつ

も,形成される地域経済は分工場の問題を抱えてきたことが指摘されている1(藤川 1999)。

いずれにしても高度経済成長期以降の日本企業は企業内地域間分業を一層進め,その中

で地方圏はそのネットワークに組み込まれようと様々な地域開発政策を進めてきた。こう

した地域開発政策および企業進出後の地域経済の変化は地域経済論および関連分野におい

て多くの研究成果を蓄積してきた。近年多くの注目を集めているのが自動車産業の地方圏

への進出であり,新たな自動車クラスターの形成であった。

さて,自動車産業における新たなクラスターの形成についての研究は,九州地域を研究

した藤川(1999),平田・小柳(2006),居城(2007),小林(2010),和田(2010),また

東北地域を研究した小林(2010)田中(2010)等の成果が存在する。また,自動車産業と

地方圏での新たなクラスター形成においてもっとも総合的な研究成果として藤原(2007)

が存在するなど,すでに一定の研究蓄積が存在する。しかし,これら先行研究はそれぞれ

のクラスターの内部に注目をしたものであり,クラスターの中心に位置し,ハブとなる企

業グループ内で行われるクラスター間分業の全体像を明らかにしていないという課題を抱

えている。このようにこれまでクラスターの研究は,おもにクラスター「内部」について

注目したものであり,クラスター「外部」については等閑視されてきたのである。

その一方で,トヨタグループの本拠地である愛知県西三河地域は,2000 年代半ばにはト

ヨタグループの生産増大に伴う地域経済の好景気から「強い愛知」との称賛を受けたが,

その後の「トヨタショック」では自動車産業に大きく依存するその地域経済の脆弱性が指

摘されている(梅原 2010;2011 など)。さらには新たな国内拠点の進展や海外生産の増大

1 ここでいう分工場の問題とは①頭脳の流出、②利益の域外流出、③イノベーション創造能

力の欠如、④弱い波及効果、⑤低水準な労働の 5 つを指す。

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によって西三河地域における地域的集積の空洞化も予言されている(塩見 2011)。しかし,

これら研究も新たな国内拠点形成の進展が,西三河地域にとってどのような意味を持つの

か地域経済の視点から詳細に検討されたものではない。

本研究では,新たな自動車産業の集積地である東北自動車クラスターについて取り上げ,

本拠地である西三河地域と進出地域である東北地域および九州地域2との間でどのような分

業構造が形成され,ここでの地域間分業構造のあり方がそれぞれの地域に対して有してい

る意味について検討する。あわせて,進出事業所とネットワークを形成する可能性がある

既存の地元企業の集積構造について検討する。2 つの視点から,新たな自動車産業の進出地

域である東北自動車クラスターの振興策について検討を進めることにしたい。

もっとも,本研究では企業グループ単位で地域的集積を分析しているため,九州地域の

ようにトヨタと日産といった複数の企業グループが君臨する複合型の企業城下町では地域

経済全体を見ることができない。その意味では既存の先行研究と本研究は補完的関係にあ

るといえる。

1-2 本稿の分析視角と課題

地域経済からみた場合,企業誘致の対象産業として自動車産業が他の産業と異なるのは,

自動車産業が進出先で企業城下町型集積を形成する点である。自動車産業では極めて多く

の部品が必要とされるので,例えば完成車工場の進出は,周辺に一定数の関連する産業や

サプライヤー企業を引き付ける。これによって企業城下町型集積が形成されるのである。

とはいえ,新たに形成される企業城下町型集積は,地域内において完結性の高い集積では

なく,本拠地とのつながりを持ったオープン型の集積となる。ここでの自動車産業の分工

業構造は,企業グループ内集積間分業(intra-firm, inter-agglomeration divisions of labor)

であり,その一部として進出地域に新たな企業城下町型集積が形成されるのである。

こうした理由から,自動車産業の地方展開および地方圏での新たな自動車クラスターの

形成を理解するためには,集積内部の構造に加え,グローバルレベルで形成される企業グ

ループ内集積間分業全体像を明らかにする必要があるのである。上記課題を解決するため

には,集積内部に注目してきた集積研究に加え,集積間分業を理解するために企業の地理

学の研究成果を組み合わせる必要がある(図表 1-1)。

本研究では進出先で形成される自動車クラスターの構造を,クラスターの中心に位置し

ハブとなる進出事業所に注目し,これら事業所の生産における集積間分業の構造,および

2 本稿では東北地域の中でも特に東北中部(宮城県、岩手県)を、九州地域では九州北部(福

岡県・大分県)を、トヨタグループを頂点とした企業城下町型クラスターの範囲として特

にまとまりの強い地域としてみている。先行研究では九州 7 県や東北 6 県を対象にしたも

のが多いが、それだと範囲としては広すぎかつ一つの経済的にまとまりのある地域とみら

れるのかには疑問が残る。例えば、九州でみれば自動車関連の事業所は南部の宮崎県等で

は非常に少なく、北部の福岡、大分に多く集まっている。

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中枢管理機能及び研究開発機能といった経済上部機能(中村 2004)における集積間分業の

構造から明らかにする。次いでこれら進出事業所と地域内ネットワークを形成する可能性

がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

産業に参入するのかについて明らかにする。その上でこれら 2 つの議論を統合し,東北自

動車クラスターの振興策を検討することにしたい。

図表 1-1 自動車クラスター研究の分析視角

(出所)著者作成。

それでは,進出先で形成される自動車クラスターはどのような特徴を有しているのか。

結論を先に言えば,進出先で形成される自動車クラスターは,進出事業所をハブとした企

業城下町型集積となる。ここで形成される地域経済内における分業構造のネットワークは

電機産業等の進出によって形成される単なる分工場型集積3よりも遙かに複雑で深いものに

なるのである4。このような理由から,後述するように多くの自治体が自動車産業の進出を

切望している。企業城下町型集積は分工場経済に比べ深い地域内分業構造を有していると

はいえ,マーシャル型産業集積に比べれば規模が大きい割に深みは浅い場合が多い。

しかし,進出先で形成される自動車クラスターのあり方は,企業ネットワーク全体の中

で,その事業所がどのような位置づけにあるのかによって決まってくるのであり,ここに

新たな自動車クラスター地域の研究に企業の地理学の研究成果を導入する必要性があるの

である。上位の位置づけとなる地域については,調達機能や研究開発機能の一部といった

経済上部機能が地域内に内包される可能性がある。後述するように自律的な地域経済の発

展を考える上でこのような経済上部機能の有無は極めて重要な意味を持つのである。

一方,こうした企業のネットワーク形成に対して,地域経済は単なる客体であるわけで

はない。例えば,これまでの地域開発政策では自治体による税制面の優遇といったインセ

ンティブを用いて企業誘致を進めたたが,企業のネットワーク形成においてより重要なの

3 ここでいう分工場型集積とは、地域的集積の類型化を行った Markusen(1996)の研究

におけるサテライト型であり、経済上部機能は有しない。 4 ここでいう企業城下町型集積とは、Markusen(1996)におけるハブ・アンド・スポーク

型であり、後述のように経済上部機能がある場合とない場合に分けられる。

企業の地理学 集積研究 自動車クラスターの研究

企業内集

積間分業 集積内部

進出事業所の

集積間分業

進出事業所と

地元企業のネ

ットワーク

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は地元企業の存在であろう。榊原(2005)で指摘したように,分工場経済の問題がおこる

のは,進出事業所が分工場であるという機能からのみくるではなく,進出地域に取引でき

るレベルの企業集積が乏しいという問題もあげられるのである。その意味では進出先自治

体はいかに地元企業を育成・発掘するのか,ということが重要になるであろう。こうした

方策によって,自治体はより主体的に地域経済を発展させるイニシアティブをとることが

可能になる。

このように,地域においてクラスターが形成されるためには,こうした進出企業に注目

するのに加えて,地域にどのような地元企業が集積しているのかという 2 つの視点が重要

になる。すなわち,分工場経済が抱える問題を乗り越え,進出企業と地元企業が有機的に

結びついたクラスターへと発展を遂げるためには地元企業の集積にも注目する必要がある。

本研究では企業城下町型クラスターの頂点に位置する進出事業所の企業内集積間分業のネ

ットワーク,および地元企業の集積という 2 つの視点から新たに形成されつつある自動車

クラスターの発展について検討を進めることにしたい。

本研究では,トヨタグループの進出によって新たに形成された東北自動車クラスターが

どのような構造を持ち,かつ経済上部機能を有しているのかについて,本拠地である西三

河地域,九州地域との三地域間での集積間分業から明らかにする。あわせて,東北地域の

地元企業に注目し,どのような技術を持った企業が集積し,どのようにして自動車産業へ

参入したのかを明らかにする。

1-3 本研究の構成

本研究では以下のように議論を展開する。

2.では自動車産業と地域経済の関係について取り扱う。2-1 では近年の自動車産業の立地

変化について概観する。2-2 では,近年の地方圏における自動車産業への期待の高まりを理

解するため,地域経済における自動車産業の意義について検討する。続く 2-3 では事例研究

として,トヨタグループの本拠地である愛知県を事例に自動車産業の発展が地域経済に持

つ可能性と課題について検討する。

3.ではトヨタグループにおける日本国内の集積間分業について扱う。本章の議論は企業の

地学に属する。まず 3-1 では東北地域にどのように事業所が進出し,どのような地域的集積

が形成されたのかについて検討を進める。3-2 ではトヨタグループの九州地域への進出につ

いて扱う。ここでも九州地域にどのように事業所が進出し,どのような地域的集積が形成

されたのかについて検討を進める。3-3 ではトヨタグループの本拠地である愛知県西三河地

域の構造について取り扱う。3-4 ではここまでの議論を踏まえ,本拠地である西三河地域と

九州地域,東北地域がどのような分業関係にあるのか検討し,そこからそれぞれの地域の

発展の可能性について検討を進めることにしたい。

4.では東北地域において進出事業所とネットワークを形成することが期待される地元企

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業に注目する。ここでは,進出事業所と地元企業のネットワークに注目し議論を進める。

4-1 では東北地域における地元企業の有する技術について検討を進める。4-2 では本研究で

著者が実施したアンケート調査の結果をもとに,地元企業がどのような強みを有し,現在

自動車産業とどのような関係を有しているのか,また自動車産業へ参入するに至った経緯

を明らかにする。

5.では宮城県を事例にクラスター形成政策についてみていく。5-1 ではクラスター形成の

前提となる企業立地政策について取り上げる。5-2 では宮城県における自動車産業振興策を

クラスター形成の中心組織から検討する。続く 5-3 では同組織の成果と課題について明らか

にする。

* * *

本稿では広く自動車産業と地域経済について議論をするため,著者のこれまでの研究成

果の一部を加筆・修正して掲載している。もととなる論文は以下のとおりである。

・ 榊原雄一郎(2008);「地方工業都市:自動車工業集積地域・愛知県西三河地域」(所収

中村剛治郎編『基本ケースで学ぶ地域経済学』有斐閣アルマ)。

・ 榊原雄一郎(2011);「工業地域の進化についての研究-トヨタグループと名古屋大

都市圏を事例に-」(所収『都市経済の諸相』関西大学経済政治研究所)。

・ 榊原雄一郎(2014);「トヨタグループの国内展開と地域経済についての研究;西三河・

九州北部・東北中部自動車集積の分業構造の分析から」『産業学会研究年報』No.29。

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2. 自動車産業と地域経済

2-1 自動車産業の立地変化

自動車産業は近年大きな立地変化を経験している。立地における大きな変化とは,グロ

ーバルな生産体制の進展に伴う,①海外拠点の形成および②日本国内での新たな拠点の形

成が進んでいるということである。

まず①の側面から見ていきたい。自動車産業は現在急速に海外生産を進めているため,

国内のみの分業を見ていたのでは全体像は見えない可能性がある。図表 2-1 はトヨタ自動車

の生産台数を国内,海外に分けて示したものである。2003 年以降の海外生産台数の増加は

目覚ましく,2007 年には初めて海外生産が国内生産を上回っている。2012 年においては国

内生産 329.3 万台(40.0%)に対して海外生産は 524.4 万台(60.0%)であった5。

図表 2-1 トヨタ自動車の生産台数(国内・海外)の推移(単位;万台)

(出所)トヨタ自動車 HP より著者作成。

また自動車産業においてもっとも海外展開が進んでいる企業としてホンダがあげられる

が,ホンダの 2014 年における国内生産は 95.8 万台(21.3%)だったのに対して海外生産

は 355.6 万台(78.7%)であった。ちなみにホンダの 2010 年の生産台数は国内が 99.3 万台

(27.3%)であったのに対して海外が 265.1 万台(72.7%)であった。2010 年から 2014

年にかけてホンダは約 90 万台生産量を増加させたが,そのほとんどが海外生産の増大によ

るものであり,国内生産は若干ながら減らしている。

このように現在国内で生産されるのは限られた部分であるが,後述のように国内拠点は

5 トヨタ自動車 HP;

http://www.toyota.co.jp/jpn/company/about_toyota/monthly_data/j001_11.html より。

0

1,000,000

2,000,000

3,000,000

4,000,000

5,000,000

6,000,000

20

02年

20

03年

20

04年

20

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07年

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09年

20

10年

20

11年

20

12年

国内生産台数

海外生産台数

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生産台数からのみでは測れない重要性がある。こうした理由から,本稿ではとりあえず議

論を国内生産に限定することにし,海外生産を含めたグローバル規模での全体像について

の検討は別の研究で行うことにしたい。

次に②の自動車産業の日本国内での立地変化についてみていきたい。ここでは日本国内

の地域を 7 地域(東北,関東,東海,近畿,中国,九州,その他)に分ける。ちなみに関

東;東京・神奈川・埼玉・千葉・栃木・群馬・茨城,東海;愛知・岐阜・三重・静岡,近

畿;大阪・京都・兵庫・奈良・滋賀・和歌山,中国;広島・岡山・山口・鳥取・島根,九

州;福岡・大分・熊本・佐賀・長崎・鹿児島・宮崎,その他は上記以外の道県である。図

表 2-2 は国内主要自動車メーカー8 社の主要拠点を示したものである。なお,本社所在地は

第 1 本社のみを,生産拠点は完成車メーカー本体の組み立ておよび部品生産の事業所に加

えて車体組み立てを行う生産子会社の事業所のみを含め,部品を生産する子会社の事業所

は含めていない。

図表 2-2 自動車メーカーの立地

トヨタ 日産 ホンダ マツダ 三菱 スバル スズキ ダイハツ

中心 1(関東) ○ ☆◎○6 ☆◎○4 ◎ ☆ ☆◎○4 ◎

中心 2(東海) ☆◎○

13

○4 ◎○2 ☆○5

中心 3(近畿) ○1 ○2 ☆○2

中心 4(中国) ☆◎○4 ○1

新規 1(九州) ○3 ○2 ○1

新規 2(東北) ○2 ○1

(出所)各社 HP より著者作成。

注)・☆;本社(第 1 本社の所在地のみ) ◎;研究所 ○生産拠点およびその数(ただし,

各社完成車メーカー本体及び自動車の組み立て生産子会社のみカウント)

図表からわかるように完成車メーカーの本社が立地しているのは関東,東海,近畿,中

国であり,本研究ではこれらを自動車産業の中心地域とすることにしたい。中心地域でも

特に関東と東海は複数の企業の本社および研究所,多くの事業所が集まる,国内屈指の自

動車産業一大集積地である。関東地域には日産,ホンダ,三菱自動車,スバル(富士重工

業)の本社および主要事業所が,東海にはトヨタ,スズキの本社およびホンダ,三菱自動

車の主要事業所が立地している。一方,本社の立地はないが近年新たな自動車産業の集積

地域として発展を見せているのが九州と東北である。九州は日産,トヨタ,ダイハツ系の

組み立て工場が,東北にはトヨタ系の組み立て工場が立地している。

次に完成車メーカーの立地変化についてみてみたい。図表 2-3 は自動車メーカーの日本国

内における工場(完成車メーカー本体の工場に組み立てを行う生産子会社を加えたもの)

の立地変化(1970 年→現在)を見たものである。

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図表 2-3 自動車メーカーの立地変化(1970 年→現在)

トヨタ 日産 ホンダ マツダ 三菱 スバル スズキ ダイハ

増減

中心1(関東) -2 +1 +1-1 -1 -2

中心2(東海) +6 +2 +6

中心3(近畿) +1 +1

中心4(中国) +2 +2

新規1(九州) +3 +2 +1 +6

新規2(東北) +2 +1 +3

合計 +11 +1 +1 +2 +1 0 +2 0 +18

(出所)各社沿革より著者作成。

注)自動車メーカー9 社の事業所および組み立て生産子会社の新規設立,閉鎖のみ掲載。組

み立てから他の製品への転換等(例えば愛知機械工業等)については掲載していない。

1970 年から現在までに日本国内では工場数において 18 の増加があった。日本国内のう

ち最も新しいのはホンダ埼玉製作所寄居工場(2013 年稼働)である。この時期多くの工場

の新規立地がみられたのは東海および九州,東北である。一方,中心集積の関東地域では

ホンダ寄居工場を含め 2 工場の新規立地があったが,4 工場が閉鎖された。また東海地域で

最も新しいのは電子制御部品等を生産するトヨタ広瀬工場(1989 年稼働)であり,それ以

降の新規立地はない。それに対して,九州は東北では 1970 年以前に自動車の完成車工場は

存在しなかったが,日産,トヨタ,ダイハツ系の完成車工場の進出によって,新たな拠点

を形成しつつある。

2-2 地域経済における自動車産業への期待

グローバル生産体制の進展によって日本国内での新規投資は以前と比べて限られたもの

になるが,その中でも特に地方が期待を込めるのが自動車産業である。地方において自動

車産業が注目を集めるのには以下の 2 つの理由があると思われる。

一つは,自動車産業は成熟産業であるが,日本の自動車産業はグローバルレベルでみた

場合の競争力を有しているため,誘致・育成産業として注目を集めている。例えば,やや

データは古くなるが 2008 年度における日本車の世界シェアは約 33%6であり,極めて高い

競争力を維持していることがうかがえる。

また,こうした表層の競争力のみではなく深層の競争力においても日本の自動車産業は

グローバルレベルでの競争力を有しているといえる。例えば,今日主要な環境自動車の一

角にまで成長したハイブリッドカーはトヨタ及びホンダが積極的に手掛けてきたものであ

6 http://oica.net/wp-content/uploads/world-ranking-2008.pdf より。海外で生産されるもの

も含む。

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る。今日では多くのメーカーがハイブリッドカーを作るようになったことから,もはやト

ヨタやホンダの独壇場ということにはならないが,両社はハイブリッドカーにおいて多大

なフィードバックを得ている。次世代環境車が何になるのかは現状ではわからないが,ハ

イブリッドカーの経験は日本の自動車産業にとって大いに役に立つであろう7。こうしたこ

とから日本の自動車産業の競争力が急に落ちることは考えにくく,自動車産業の振興は地

方から極めて魅力的に見えるのである。

自動車産業が地域振興で注目を集める 2 つ目の理由は,その分業の広さにある。自動車

産業においては一台の自動車を作るのに必要なパーツは 3 万点とも言われており,極めて

多くの関連産業を必要とする。このような分業の「必要性」が,これまで経済地理学や地

域経済学といった関連分野で議論されてきた,地域経済発展の理論である移出基盤成長論

や地域内産業連関的発展論と親和性が高いのである。とはいえ,自動車産業を誘致すれば

自然に地元企業との間でネットワークが形成されクラスターが形成されるわけではない。

ここで言っているのは,例えばかつての地域開発政策における中心的誘致産業である石油

化学や鉄鋼といった素材型産業と比較して自動車産業は産業特性上分業を必要とするとい

っているにすぎないのである8(榊原 2008)。地域内で分業が形成され,クラスターを形成

するかどうかはその後の地域産業政策が重要になるのである。

図表 2-4 自動車産業(左)と分工場経済(右)の構造

(出所)著者作成。

2-3 事例 トヨタグループと地域経済

2-3-1 愛知経済の特徴

ここでは自動車産業が地域経済に与える影響を検討するため,事例研究としてトヨタグ

ループとその本拠地である愛知経済との関係についてみていく。まず愛知経済の特徴につ

7 例えばトヨタの次世代環境自動車「ミライ」は主要電装部分をハイブリットカー・プリウ

スと共有することによって品質の安定性と低価格を実現している。 8 地域内で分業が形成されないのは、そもそも素材産業のように分業を必要としない場合と、

仮に分業を必要とする産業であっても、グローバルレベルで企業内地域間分業の一分工場

である場合を分けて考える必要がある。

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いて,三大都市圏の他の中心府県である東京都経済および大阪府経済(以下「東京経済」

および「大阪経済」と略す)と比較しながら概観し,「強い愛知」の実態について確認する。

まず圏域単位9での経済を比較してみよう。次の図表 2-5 は東京圏,大阪圏と名古屋圏の経

済指標を比較したものである。本指標は圏域における全国での構成比を人口の構成比で割

ったものである。1 より大きければ人口の構成比以上に集積していることを示している。

図表 2-5 指標でみる名古屋圏の地位

項目 年次 東京圏 名古屋圏 大阪圏

人口(全国の構成比) 2000 26.3% 8.7% 14.5%

総生産 2001 1.17 1.10 0.98

県民所得 2001 1.16 1.09 0.97

製造品出荷額 2002 0.74 2.00 0.89

卸売年間販売額 2002 1.72 1.07 1.10

小売り年間販売額 2002 1.04 1.02 0.99

情報サービス業 2002 2.67 0.56 0.72

広告業 2002 2.49 0.60 0.99

全国銀行預貯金残高 2003 1.58 0.86 1.21

全国銀行貸出残高 2003 1.92 0.64 1.08

本社数 2001 1.35 0.93 0.98

輸出額 2003 1.53 2.18 1.36

輸入額 2003 1.64 1.21 1.23

(出所)名古屋都市産業振興公社編(2004)より著者作成。

愛知県は製造品出荷額が日本一であり,愛知経済の特徴はその卓越した工業にある。そ

れを反映して名古屋圏でみても製造業出荷額で高い数値を示している。また強い工業を反

映し,輸出額についても極めて強い数値となっている。中枢管理機能として本社数につい

ては東京圏および大阪圏に及ばないが,指標では大阪圏とほぼ同等である。かつて三大都

市圏には生産機能と中枢管理機能が二重に集積していたが(寺西 1990),東京圏および大阪

圏は高度経済成長期以降,生産機能を大幅に失ってきた。その一方で名古屋圏は生産機能

を高めていったのである。そして後にみるように愛知経済の中枢管理機能は,こうした地

域の生産機能と一体化しているところに特徴があるのである。また,人口,県内総生産と

いった規模の指標では東京圏,大阪圏より劣るが,成長率は高い。愛知県の県内総生産は

100 万人以上人口の多い大阪府とほぼ肩を並べるところまで来ているのである。

地域経済の発展は人口の吸引を伴う。そこで次の図表 2-6 は 1970 年の人口を 100 とした

時のその後の人口の推移を示したものである。圏域でみれば東京圏の人口増加率が最も高

9 東京圏;東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県。大阪圏;大阪府,京都府,兵庫県,奈良県。

Page 16: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

16

いが,愛知県自体の人口増加率も総じて高くなっている。東京圏では中心である東京都の

人口が増えず圏域全体としては大幅に増加するというドーナツ化が進む一方で,名古屋圏

では中心となる愛知県が人口の増加をけん引している。

図表 2-6 3 大都市圏の人口の変化(1970 年=100)

(出所)日本統計年鑑より著者作成。

さて,図 3 は近年の 3 都府県の域内総生産成長率(実質)を示したものである。その中

でも特に目を引くのが愛知県の変動幅の大きさである。2005 年から 2007 年までは極めて

高い成長率を示したがリーマンショックによるトヨタグループ減産のダメージが大きく表

れた 2008 年及び 2009 年には極めて大きく落ち込んでいる。こうした愛知県の変化に対し

て大阪府はずっと低空飛行であったがリーマンショック後の落ち込みは比較的少ない。も

っともその後の回復も早くはないという問題を抱えている

愛知県は日本で屈指の産業地域であり,日本の中心的工業地域となっている。愛知経済

の中心となっているのは自動車産業であり,同時にこれと関連する金属加工や機械などの

自動車産業を支える様々な産業も発達している。そして自動車産業の中心にある企業が,

世界最大規模の自動車メーカーであるトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ」)である。

90

100

110

120

130

140

150

160

東京圏

名古屋圏

大阪圏

東京都

愛知県

大阪府

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17

図表 2-7 近年の 3 都府県の経済成長率(実質;%)

(出所)各都府県民経済計算より著者作成。

2-3-2 自動車産業と地域経済:「名古屋とばし」から「強い愛知」,「トヨタショック」へ

愛知経済の評価は近年極めて大きく変化している。高度経済成長期における三大都市圏

とその末弟としての名古屋圏,主に 1990 年代の「名古屋とばし」,2000 年代中盤頃の「強

い愛知」論10とリーマンショックを契機とした「トヨタショック」とそれと関連した地域経

済の脆弱性についての議論である。現在の愛知経済を検討する上でこの 3 つの議論を外す

ことはできない。ここでは高度経済成長期以降の愛知経済の評価の変遷をみていきたい。

高度経済成長期までに三大都市圏のひとつと評されるようになった名古屋圏は,小さい

ながらも独立した全国レベルの中枢管理機能を持った都市であると評価された(寺西 1990)。

しかし,その後の東京一極集中が進む過程で,愛知経済の地盤沈下が徐々に明らかになっ

た。それを端的に示すのが「名古屋とばし」といわれる一連の出来事である。これは直接

的には,1992 年に東海道新幹線でひかりにかわる最上位種別となった「のぞみ」が 1 日 1

本とはいえ名古屋駅を通過するダイヤが組まれたことを指す。全体としては東京,大阪に

対する名古屋圏の劣位を明示した一連の出来事に使われてきた。1980 年代以降,大阪大都

市圏においても対東京で地盤沈下が進んでいたが,1990 年代は特に愛知経済の評価が低く

なった時期であったといえよう。

1990 年代とはうって変わって 2000 年半ばから 2007 年頃にかけては,愛知経済は好調な

地域として注目を集めた。これは「強い愛知」「元気な愛知」といったように様々な形容詞

10 ここでは「強い西三河地域」といった愛知経済に含まれる地域経済の評価の総称として

用いている。

-10

-8

-6

-4

-2

0

2

4

6

8

東京都

愛知県

大阪府

強い愛知

トヨタショック

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がつけられ,様々な名称で呼ばれている。図表 2-7 でみたように愛知経済の成長率は他の大

都市圏の中心都府を大きく上回っていた。こうした経済面での好調さは,地域内自治体の

財政状況にも反映されていた。近年では北海道夕張市が財政再建団体に転落するなど,多

くの地方自治体が財政難であえぐ中で,愛知県では 2009-2011 年の 3 カ年平均の財政力指

数で1を超える地方交付税の不交付団体が26市町村/全54市町村中となっていることから,

愛知県の各自治体は財政的にみれば極めて裕福であったといえる。

一方,2007 年の金融危機以降のグローバル経済の冷え込みを受けて,トヨタグループで

は急激に販売台数を減らしていった。これはトヨタグループが地域経済の中心である愛知

経済を直撃した。これは「トヨタショック」といわれ,先にみた梅原(2010)のように同

地域の地域経済の脆弱性を指摘する研究・記事が相次いだ。図 3 からわかるようにこの時

の愛知の経済成長率は他の地域を上回る極めて大きなマイナスとなった。また,財政力指

数でみれば,2011 年の単年度でみた場合,1 を超える自治体はわずか 14 市町村まで激減し

ているのである。

このように愛知経済の発展及びリーマンショック後の経済の大減速は,同地域の産業を

けん引する自動車産業に影響を受ける部分がきわめて大きい。愛知経済は高度経済成長期

以降,全国レベルの中枢管理機能を低下させてきたが,近年の「強い愛知」と言われた時

代において,同地域の経済をけん引したのが自動車産業であった。しかし,リーマンショ

ック後の自動車産業の減速期には同地域は極めて深刻な不況を経験することになる。特に

愛知経済は地域全体で巨大な自動車クラスターを形成しており,県内企業の多くが自動車

産業のネットワークに組み込まれていたことから,自動車産業の減速が地域経済に与える

影響は大きかったのである。

ここまで見てきたように,自動車産業はその生産規模,その分業の広さから地域経済に

与える影響は極めて大きい。過度の依存は地域経済の脆弱性につながる可能性もあるが,

地域経済のけん引役となる可能性も有しているのである。

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19

3. 東北地域の自動車クラスターとクラスター間分業

本章ではトヨタグループのクラスター間分業について検討する。ここでは生産において

各クラスターの頂点に位置する完成車メーカーおよび tier.1 サプライヤーに注目し,これ

ら事業所が形成する分業のネットワークを明らかにすることによって,クラスター間分業

の構造を明らかにする。その上で,クラスター間分業の中に東北自動車クラスターを位置

づけ,発展の可能性について検討することにしたい。3-1 では東北自動車クラスターにつ

いて取り上げる。3-2 ではトヨタ第 2 の拠点である九州自動車クラスターについて取り上

げる。3-3 ではトヨタグループの本拠地である愛知西三河自動車クラスターについて取り

上げ,3-4 では 3 つのクラスター間分業の構造について検討を進める。

3-1. 東北地域の自動車クラスターの構造

本節では東北地域への自動車産業の進出とその構造および地域経済について分析する。

特にここでは進出事業所の組織構造および機能,本拠地との関係について検討を進める。

3-1-1 東北地域への進出

本節では東北中部地域への自動車産業の進出とその構造および地域経済について分析す

る。図表 3-1 は岩手県および宮城県における輸送用機械の出荷額を示したものである。東北

地域の自動車産業は岩手県に 1993 年に関東自動車工業・岩手工場(現;トヨタ自動車東北・

岩手工場)が建設されたことから本格化する。岩手県の自動車生産県としての歴史は九州

北部地域に比べ浅い。2012 年現在,岩手県の輸送用機械の従業者数は 7,440 人(9.2%),

工業品出荷額は 6,858 億円(31.2%),付加価値額は 1,088 億円(17.1%)である(カッコ

内は全製造業に占める割合)。工業品出荷額では長年県内で第 1 位だった電子部品を上回っ

ている。宮城県における自動車生産は 2010 年にトヨタの生産子会社であるセントラル自動

車(現;トヨタ自動車東日本,)が本社および工場を神奈川県相模原市から移転してきたこ

とから本格化する。それ以前は輸送用機械の比率は決して高いものではなかったが,同社

の進出以降,同社の本格的稼働,さらには周辺に関連する企業を集めるであろうことから,

今後は徐々にその割合を高めていくことが予想される。2012 年現在,宮城県の輸送用機械

の従業者数は 8,313 人(8.0%),工業品出荷額は 2,465 億円(7.4%),付加価値額は 477 億

円(5.2%)に過ぎないが,トヨタ自動車東日本本社工場が本格稼働すれば同社のみで 1,800

億円程度の生産額を誇る11ことから翌年以降この数値は大きく変わることが予想される。

11 七十七銀行編(2009)より。

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図表 3-1 岩手県・宮城県における輸送用機械の出荷額(単位;億円)

(出所)各県工業統計調査より作成。

東北地域への最初のトヨタグループの進出は 1992年 7月にアイシン精機の生産子会社で

あるアイシン東北が岩手県胆沢郡金ヶ崎町に立地したことから始まる。翌 1993 年 11 月に

は初の完成車工場である関東自動車岩手工場が隣接に立地,2011 年 1 月には 2 つ目の完成

車工場となるセントラル自動車宮城大衝工場が稼働し始めた。2012 年 7 月には関東自動車

工業,セントラル自動車,そしてトヨタ自動車東北の 3 社が合併しトヨタ自動車東日本が

設立された(図表 3-2)。

図表 3-2 東北中部地域の主要自動車工場

工場名 所在地 生産品目 生産開始 従業者数

アイシン東北 岩手県金ヶ崎町 自動車部品 1992 年 7 月 約 390 名

トヨタ自動車東

日本・岩手工場

岩手県金ヶ崎町 完成車 1993 年 11 月 約 2,300 名

トヨタ自動車東

日本・大和工場

宮城県大和町 自動車部品 1997 年 7 月 約 470 名

トヨタ自動車東

日本・本社・宮城

大衝工場

宮城県大衝村 完成車 2011 年 1 月 約 1,600 名

(出所)著者作成。

東北中部地域では旧関東自動車工業岩手工場の進出以降徐々に周辺に関連する企業を引

き寄せ,トヨタグループにおける国内第 3 の拠点が形成されていくことになる。特に集積

の中心となる旧関東自動車工業岩手工場の増産や旧セントラル自動車の宮城県への移転は,

周辺に多くの関連企業を引き寄せた。次の図表 3-3 は 2007 年までの岩手県内の自動車関連

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

宮城県

岩手県

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21

産業の新規進出を示したものである12。

図表 3-3 岩手県内への自動車関連工場の進出(社)

(出所)『岩手県商工観光労働部資料』2008 年より作成。

岩手県で自動車関連企業の進出が多くなっているのは関東自動車工業岩手工場の操業開

始直前および同工場の増産発表後であり,自動車産業における企業城下町型集積の形成の

果たす完成車工場の存在は極めて大きいといえる。2010 年以降は旧トヨタ自動車東北でエ

ンジン生産がスタートし,2010 年 1 月にはハイブリット車用のバッテリーを提供するプラ

イムアース EV エナジー(旧パナソニック EV エナジー)が宮城県内でバッテリー生産を開

始,さらに隣接する福島県にはエアコンを製造するデンソー東日本が立地するなど,完成

車工場の進出,増産をきっかけに産業集積が徐々に厚くなっていく様子がうかがえる13。

2012 年 12 月にはトヨタ自動車東日本宮城第三工場で小型ハイブリットカー・アクア向け

のエンジン生産が開始された。

3-1-2 進出事業所の構造

それでは東北地域に進出した,クラスターの頂点に位置する完成車工場や Tier.1 メーカ

ーはどのような組織構造と機能を有しているのであろうか。本研究ではこれら企業に調査

12 同資料は 2008 年に作成されたものであり、2008 年以降の数値は同資料からはわからな

い。 13 とはいえ、田中(2010)によれば、一部の関連サプライヤーは東北中部地域で集積を形

成するために進出したものではないという。例えばトヨタ東北設立時は関東自動車工業岩

手工場等への納入を予定していたわけではなく、当初の進出理由は本拠地である西三河地

域の労働力不足への対応であったという。これは本稿 3-1-3 での A 東北の事例とも整合性

がある。

0

1

2

3

4

5

6

71991年

1992年

1993年

1994年

1995年

1996年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

新規立地数

関東自動車工業岩

手工場操業開始

関東自動車工業岩

手工場増産発表

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票を送り回答をお願いした。なお,調査票の内容については,資料編「『東北地域における

自動車クラスター形成』についてのアンケート調査」を参照のこと。ここでは事例研究と

して調査票に回答をしていただいたトヨテツ東北,東北イノアック,アイシン高丘東北,

トヨタ自動車東日本岩手工場の 4 事業所を取り上げる。このうち,トヨタ東日本岩手工場

は関東自動車岩手工場として東北で初めての完成車工場であった。また,東北イノアック

小牛田工場とトヨタ東日本岩手工場は生産子会社の分工場という位置づけである。4 事業所

の概要については次の図表 3-4 を参照にされたい。なお,ここでの議論は特に断りがない限

りすべて事業所単位である。

図表 3-4 事例 4 事業所の概要

会社名 県名 生産品目,加工工程 お得意先 進出方法

トヨテツ東北 宮城県 自動車用部品(プレス加工,溶接

加工,組立加工,塗装)

トヨタ自動車

東日本

1

東北イノアック小

牛田工場

宮城県 自動車部品,情報部品,ゴム部

品,住宅関連資材

イノアックコー

ポレーション

1

アイシン高丘東北 宮城県 自動車・同附属品製造業 トヨタ自動車

東日本

2

トヨタ自動車東日

本岩手工場

岩手県 自動車製造 トヨタ自動車 1

注)進出方法については「1;完全なる新規投資」,「2;地元企業の工場棟一部を買収」

(出所)調査票より著者作成。

次に事業所の機能についてみてみたい。ここでは事業所の機能を「企画・開発」「試作・

加工」「量産品生産」「販売先決定」「購買(外注先選定)」「人事(採用等)」「投資決定」の

7 つの機能に分け,それぞれについて事業所が有している機能の強弱について聞いた。その

機能がない場合は 1 を,有しているが弱い場合は 2 を,一部有している場合は 3 を中心的

機能である場合は 4 を選択してもらった。4 事業所の各機能を示したものが次の図表 3-5 で

ある。

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図表 3-5 4 事業所の機能

(出所)調査票より著者作成。

東北イノアックが意思決定から生産に関わる非常に広い機能を有するのに対して,トヨ

タ東日本岩手工場は量産品生産機能が極めて強いが意思決定関係の機能は極めて弱くなっ

ているのが特徴的である。アイシン高丘東北はトヨタ東日本岩手工場同様,意思決定に関

わる部分は弱いが試作・加工機能は強くなっている。

こうした事業所の機能を裏付けるため,次に事業所の人員配置についてみてみよう。こ

こでは事業所の人員の配置を「営業」「調達・外注」「研究開発」「生産技術」「人事・総務」

「生産・現場」「その他」に分け,それぞれに配置されている人員(常勤)の人数について

聞いた。その結果が図表 3-6 である。

図表 3-6 4 事業所の人員配置

会社名 営業 調達・

外注

研究開

生産技

人事・

総務

生産・

現場 その他

トヨテツ東北 0 2 0 0 5 93 66

東北イノアック小

牛田 7 1 6 8 7 84 23

アイシン高丘東北 0 0 0 5 3 174 19

トヨタ東日本岩手

工場 0 0 9 0 40 2,500 0

(出所)調査票より著者作成。

すべての事業所で生産・現場の人員が多く配置されているが,特徴的なのはアイシン高

丘東北,トヨタ東日本岩手ともに営業,調達・外注に人員が配置されていない。また,ト

ヨテツ東北も営業はなし,調達・外注の人員配置も極めて少ない。3 事業所で営業の人員が

0

1

2

3

4企画・開発

試作・加工

量産品生産

販売先決定 購買

人事

投資

トヨテツ東北

東北イノアック 小

牛田工場

アイシン高丘東北

トヨタ自動車東日本

岩手工場

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配置されていないのは,これら事業が親会社のネットワークに深く組み込まれ,独自の製

品販売を必要としないためである。なお,トヨテツ東北とアイシン高丘東北の主要お得意

先はトヨタ東日本,トヨタ東日本岩手工場の主要お得意先はトヨタ自動車となっている。

それでは,研究開発機能については企業グループ全体でみた場合どこで行われているか。

企業グループ内で研究開発がどこで行われているかをたずねたところ,トヨテツ東北とア

イシン高丘東北は自社内に独立した研究開発部署は存在せず,アイシン高丘東北では研究

開発は主に親企業であるアイシン高丘で行われているとの回答であった。一方,東北イノ

アック小牛田は自事業所内にある自社の研究開発部署で,トヨタ東日本岩手は,自事業所

以外に立地している自社の研究開発部署(東富士)で行われている。

次に原材料の調達先や外注企業の選定についてみてみよう。こうした調達先・外注先の

選定については 4 事業所すべてが「お得意先・親会社の指定・主導による」と回答した。

これは人員配置において調達・外注の人員が少なかった(図表 3-6)ことと整合する。

さて,トヨタ東日本岩手は,外注比率が 70%を超え東北地域で常時取引のある14外注先が

200 ある15にもかかわらず,事業所内に独自の調達機能が弱い。それに対してアイシン高丘

東北は現在東北地域で外注先がない。これは同社が親会社であるアイシン高丘より多くの

部品を支給され,それを組み立ててトヨタ東日本に納入しているからである。同社の地域

経済との関わり合いは安い労働力や相対的に安価な土地,自治体のサポートおよびトヨタ

東日本との後方連関である。

次に外注先と取引を開始したきっかけについて検討する。「材料の購入先・外注先からの

紹介」「お得意先・親企業からの紹介・指示」「商社・問屋からの紹介」「公的機関からの紹

介・マッチング」「外注先からの売り込み」「展示会から商談につながった」「外注先の HP

を見て」のそれぞれについて取引に結びつくことが多い場合は 3,あまり多くない場合は 2,

ほとんどない場合は 1 を選択してもらった(図表 3-7)。

回答から見ると「お得意先・親企業からの紹介・指示」がきっかけで取引に結びつくこ

とが多いようである。これはこれらの事業所が独自の調達機能が弱く,調達先・外注先の

選定にあたっては「お得意先・親会社の指定・主導による」こととも整合的である。「材料

の購入先・外注先からの紹介」が取引に結びつくことも多いようである。

14 「常時取引がある」とは月に一回以上何らかの取引があることを指す。 15 ここでの 200 という数値は同事業所に製品を納入している企業・事業所の数である。

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25

図表 3-7 外注先と取引を開始したきっかけ

(出所)調査票より著者作成。

3-1-3 事例研究 A 東北の生産リンケージ

自動車関連事業の特徴をより深く理解するため,ここでは A 東北を事例に同社の生産ネ

ットワークおよび地域経済との関わり合いについてみていきたい16。A 東北はトヨタ系

Tier.1 サプライヤー大手の生産子会社である。東北地域への進出は関東自動車が岩手県に進

出する以前の 1992 年である。同社は東北自動車クラスターを形成する極めて重要なアクタ

ーであり,同社の生産リンケージおよび地域経済との関わり合いから,東北自動車クラス

ターの構造の一端を理解することにしたい。

さて,同社の主要生産品目は大きく機関系部品,車体系部品,電子系部品,駆動系部品,

その他工機・県産の 4 つに分かれている。2014 年度の売り上げ(見込み)は 108 億円(う

ち機関系部品 21 億,車体系部品 31 億,電子系部品 37 億,駆動系部品 17 億,その他 2 億)

である。

16 ここでの議論は A 東北前社長 N 氏へのヒアリングによる。ヒアリング内容の詳細につい

ては資料編を参照のこと。

00.5

11.5

22.5

3

材料購入

先・外注先

得意先・親

企業

商社・問屋

公的機関 外注先売込

展示会

外注先HP

トヨテツ東北

東北イノアック小牛田

アイシン高丘東北

トヨタ東日本岩手工場

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図表 3-8 A 東北の売り上げ構成(億円)

(出所)N 氏講演用資料より著者作成。

A 東北の事業活動の範囲であるが,設計開発機能は本体である A 精機にあり,A 東北に

はない。生産技術以降が A 東北の仕事となる。とはいえ,同社は独自の調達機能を有し,

専任の調達要員を現在 4 名配置している。

さて,同社の主力製品の変化をみると生産子会社の特性が見えてくる。同社は 1992 年に

操業を開始したが,当初の設立経緯は本拠地である西三河地域での労働力の逼迫に伴う労

働力指向による立地であった。操業開始時の生産内容は機関系部品の組み立てであった。

当時は,部品は A 精機からの 100%支給であり,それを組み立て,すべてを再び A 精機に

戻していた。

図表 3-9 操業開始時の A 東北の生産リンケージ

(出所)ヒアリングより著者作成。

その後,1993 年に関東自動車が隣接地に進出したことによって車体系部品が伸びる。A

0

20

40

60

80

100

120

140

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

機関系

車体系

電子系

駆動系

県産・工機

電子系部品移管

関東自動車

小型車中心に

トヨタ東日本

設立

A 東北

→組立

A 精機 A 精機

100%

支給

100%

納入

操業開始時

労働力指向

機関系部品

愛知県

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東北は中級品以上の車体系部品を生産しており17,また関東自動車も当初中級以上の自動車

を生産していたため,同社における車体系部品の生産が伸びたのである。ピーク時には 2004

年で 47 億円の売り上げがあり,当時の主力製品はドアフレームとパワーシートであった。

ただし,このような地域内ネットワークを持った関東自動車と A 東北であったが,両社は

当初からこのようなネットワークを想定して戦略的に近接地に立地したものではない。A 東

北では関東自動車の進出後,近接地に完成車の組み立て工場があるということでその近接

性を活かす方法を考えた。

しかし,トヨタグループ内で関東自動車のポジションが中型車の生産から小型車の生産

にシフトしたため,それによって 2005 年以降車体系部品が急速に減少した。こうした売り

上げの大幅減という問題に対処するため,2005 年より電子系部品のラインを A 精機半田電

子工場より 3 本移管し,以降同社では電子系部品が主力製品となっていく。また,2011 年

よりトヨタ東日本で生産される HV カー「アクア」用のドアフレームを生し,アクアが大

ヒットしたため,再び車体系が伸びる。2013 年以降,主力の電子系部品ラインを A 精機衣

浦工場に 1 本,中国工場に 1 本戻すことが本体である A 精機で決定され,それによって同

社の電子系部品の売り上げが停滞する。このように同社で生産される製品はトヨタグルー

プ内での戦略に大きく影響を受けながら変化していることがわかる。

次に東北地域の外注先についてみていこう。現在同社の外注先は 28 社(うち東北 6 県の

工場は 23 社)であり,現地調達率は 29%(2013 年)である。2006 年当時は 20 社弱,現

調率は 9%であった。2013 年現在における部品ごとの東北 6 県からの現地調達率は機関系

41%,車体系 5%,電子系 44%,駆動系 20%となっており,部品によってばらつきが大き

い(図表 3-6)。

図表 3-10 A 東北の現地調達率(2013 年)

(出所)N 氏講演用資料より著者作成。

17 A 精機グループで小型車の車体系部品はシロキが担当とのこと。

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

駆動系 電子 車体 機関 全体

現地調達率

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28

電子系部品で現地調達率が高いのは,もともと東北地域に電子系部品を生産する企業が

集積していたためである。電気機械関係の企業は大きな設備投資がなくても自動車産業に

参入できる可能性があるという。一方,車体系部品の現地調達率が低いのは東北にハイテ

ン材(高張力鋼板)等のプレスができる企業がほとんどいないためである。また,機関系

部品では以前より福島県に進出していた日産系の企業,山形県のハッピー工業系の関連企

業の集積があったため現地化が進んだ。さて,2011 年からトヨタ東日本で製造するアクア

用の車体部品が伸びた。ただ車体系部品の現地調達率が低いため,車体部品が伸びたこと

によって全体の現地調達率が低下した。現地調達率が最も高かったときには 33%程度まで

いったとのことである。

さて,それではどのようにして外注先を探しているのであろうか。外注先と取引を開始

するきっかけとしては,自治体に地元企業の技術マップを作ってもらいそこから外注先候

補になりそうな企業を見つけ出し連絡するケースと,自治体に紹介を依頼するケースが多

いとのことであった。外注先の選定にあたっては,A 東北の調達担当者,品質担当者が候補

企業の技術と品質をチェックしている。選定においては基本本体である A 精機の取引要件

を満たす必要があるが,東北地域では満たせない企業も多い。その場合,A 東北の責任で取

引を認めてもらったケースもある。ただ,取引開始後問題が多発したケースもあり,外注

先に根本的な改善策を求めたこともある。取引を開始する際には自治体に与信を依頼した

ケースもあるとのことであった。

ここまでの議論から A 東北と地域経済の関係についてまとめてみたい。図表 3-5 で示し

たように,当初の A 東北と地域経済との関わり合いは,労働力の確保および,自治体のサ

ポートの 2 点が中心であった。しかし,現調化率が上がりトヨタ東日本が設立されると生

産リンケージの面で地域経済との関わり合いが出てきた。ただし,A 東北の生産ネットワー

クを地域経済とのかかわりを見ると部品によって特徴が大きく異なることがわかる。ドア

フレームなどの車体系部品は,仕入れ先がほぼ A 精機であり,地元企業との関わり合いが

薄い。一方で納入先はトヨタ東日本やトヨタ北海道が中心で,地域内で後方連関がみられ

る。それに対して電子系部品は納入先がほぼすべて A 精機であり地域経済との関わり合い

が薄いのに対して,部品や加工では 44%の現地調達化を達成しており,地域内で前方連関

がみられる。A東北の生産ネットワークと地域経済との関わり合いを示したものが図表3-11

である。

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29

図表 3-11 A 東北の生産リンケージと地域経済

(出所)ヒアリングより著者作成。

3-1-4 集積の構造

東北中部地域では関連するサプライヤーの進出に伴い,地域内でのリンケージは徐々に

密になっている。現地調達率は 1993 年の 26%から 2008 年には 43%まで上昇した(小林

2010,p.79)が,地元地域からの調達についてはほとんどが随伴して進出サプライヤーから

のものである(田中 2010,p.79)。地元調達率が高いものとして,九州地域同様に車体系部

品のような重量があるもの,かさばるものが主である。

このように,東北地域では 1993 年以降進出した完成車メーカーを頂点とした企業城下町

型集積が形成されつつある。ここで形成されつつある地域内ネットワークは,九州北部地

域同様に,電機関係の分工場進出によって形成される分工場経済よりも複雑なものである

が,歴史が浅いこともあり集積は九州北部地域ほど厚くない。また,主要部品については,

九州北部地域同様に西三河・東海地域等からの調達が多い。部品点数ベース(荷重ベース)

で地域別調達先を見ると東海 72.5%(63%),東北 21.0%(28%),関東 6.4%(6%)とな

っている(田中 2010,p.79)。部品点数ベースと荷重ベースのシェアを比較すれば,東海か

らの部品は 1 点当たりの重さが相対的に軽く,逆に東北から調達される部品は 1 点当たり

の重さが相対的に重いことがわかる。

さて,経済上部機能についてみれば,その機能は極めて乏しい。全社的意思決定に関す

る中枢管理機能はもちろんのこと,研究開発機能および調達の決定は極めて弱い。トヨタ

グループの東北地域の拠点化という戦略のもとで,3 社合併により設立されたトヨタ自動車

A 精機

95%

支給

車体系部品

労働力指向

自治体のサポート

トヨタ東日

本・北海道

後方連関

地場企業

電子系部品

44%

現調化

A 精機

前方連関

A 東北

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東日本は本社を宮城県黒川郡大衝村においているが,独自の調達機能は弱く,その位置づ

けはトヨタグループの生産分工場の域を大きく出るものではない。

ただし,トヨタ自動車東日本はもともとトヨタグループ内で一部の車種の企画開発を行

っている旧関東自動車工業が合併してできた企業であるので,同社自体が分工場的位置づ

けに過ぎないということを意味しているわけではない。同社の東富士総合センター(静岡

県)には開発本部 1,163 名,生産技術本部 637 名の人員を有している(田中 2012)。この

点において,徐々に機能を拡大しているとはいえ「純粋な」生産子会社として設立された

トヨタ自動車九州とは性格が異なる。

こうした中枢管理機能の欠如を端的に表すのが部品の流れにおける物流と商流の分離で

ある。先に指摘したように,物流でみれば重くかさばり特に技術力を必要とされない部品

の多くは,現地に進出したサプライヤーから直接岩手工場などの完成車工場に納入される

が,これら部品は商流でみれば帳簿上はトヨタ自動車からの有償支給という形になる。す

なわち,九州北部地域同様に,帳簿上は東北中部から西三河地域へ一度渡り再び東北中部

地域へ戻ってくる形となるのである。研究開発機能については,岩手工場内に開発センタ

ー東北が設立されたため,まったくないというわけではない。さらに本社隣接地にはトヨ

タ自動車東日本学園が建設され,地元の人材育成を進める予定である。

なお,こうした東北中部地域におけるトヨタ自動車東日本 3 事業所の位置づけは,一つ

はトヨタグループ全体の中で,もう一つは同社社内の中でという二重の関係性から決定さ

れることになろう。分工場や純粋な生産子会社とは異なるこのようなトヨタ自動車東日本

が有する独自性が東北中部地域の発展にどのようにつながっていくのかについては注意深

く観察する必要があろう18。

18 居城(2007)によると、トヨタ自動車九州の位置づけは関東自動車工業(現トヨタ自動

車東日本)と同列であると指摘している。しかし、この点については、両社の歴史的経緯

の違いを意識しもう少し検討してみる必要がある。

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図表 3-12 東北中部地域と西三河地域の関係

(出所)著者作成。

3-2. 九州地域の自動車クラスターの構造

本節では東北地域同様,1970 年代以降自動車の完成車組み立て工場が進出し新たな自動

車クラスターを形成しつつある九州地域についてみていく。

3-2-1 九州北部地域への自動車産業の進出

本節では九州北部地域への自動車産業の進出とその構造および地域経済について分析す

る。ここでは主に完成車工場が立地する福岡県および大分県を取り上げる。さて,図表 3-13

は福岡県および大分県における輸送用機械の出荷額を示したものである。福岡県には 1975

年に日産九州工場が建設されたことから,自動車生産県としての歴史は比較的長い。現在

は 4 つの完成車工場を有するまでに至っている(図表 3-14)。2012 年現在,福岡県の輸送

用機械の従業者数は 23,175 人(10.9%),工業品出荷額は 24,590 億円(29.6%),付加価値

額は 8,489 億円(30.4%)である(カッコ内は県内全製造業に占める割合)。大分県におけ

る自動車生産は 2004 年にダイハツの生産子会社であるダイハツ九州・大分工場が稼働した

ことから始まる。それ以前は輸送用機械の比率は決して高いものではなかったが,ダイハ

ツ九州の進出以降,徐々にその割合を高めている。2012 年現在,大分県の輸送用機械の従

業者数は 8,591 人(13.2%),工業品出荷額は 6,120 億円(14.7%),付加価値額は 72 億円

(7.5%)である。なお,本研究ではトヨタグループを中心に議論を進めていくが,同地域

には日産系の事業所も多く進出している。九州と東北で最も異なるのは九州が複数の核を

持つクラスターであるということである。こうした違いを理解した上で九州自動車クラス

ターの特徴を見ていくことにしたい。

トヨタ自動車

本社

西三河地域

東北

部品工場

部品工場

部品工場

容積・重量大

技術的に低度の部品

地域内から 43%

部品工場

部品工場

関東・東海

部品工場

組み立て工場 研究開発・生産

トヨタ東日本

容量・重量小

技術的に高度な部品

東海・関東から

帳簿上の流れ

(名目上の流れ)

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32

図表 3-13 福岡県,大分県における輸送用機械の出荷額(単位;億円)

(出所)各県工業統計調査より作成。

さて,1975 年の日産自動車九州工場の進出以降,九州北部地域にはトヨタ自動車,ダイ

ハツが進出し,西三河・東海地域,関東地域に次ぐ第三の生産量を誇る自動車集積地域へ

と変わりつつある。次の図表 3-14 は九州北部地域の主な自動車工場を示したものである。

図表 3-14 九州北部地域の主要自動車工場

工場名 所在地 生産品目 生産開始 従業者数

日産自動車・九州

工場

福岡県苅田町 完成車 1975 年 4 月 約 4,540 名

トヨタ自動車九

州・宮田工場・本

福岡県宮若市 完成車 1992 年 12 月 約 3,800 名

ダイハツ九州・大

分工場

大分県中津市 完成車 2004 年 12 月 約 2,650 名

トヨタ自動車九

州・小倉工場

福 岡 県 北 九 州

市・苅田町

ハイブリット車用

トランスアクスル

2005 年 8 月 約 200 名

トヨタ自動車九

州・苅田工場

福岡県苅田町 自動車用エンジ

2005 年 12 月 約 1,200 名

ダイハツ九州・久

留米工場

福岡県久留米市 乗用車用エンジ

2008 年 8 月 約 250 名

日産車体九州 福岡県苅田町 完成車 2009 年 9 月 約 1,000 名*

(出所)九州地域産業活性化センター(2008)より。

注)*同書執筆時の推計値。

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

20

00年

20

01年

20

02年

20

03年

20

04年

20

05年

20

06年

20

07年

20

08年

20

09年

20

10年

20

11年

20

12年

福岡県

大分県

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九州北部地域への進出は自動車の完成車メーカーおよびその関連企業の完成車工場が先

に進出し,その後徐々に関連する事業所を集めている。図表 3-15 は近年の福岡・大分にお

ける自動車関連部品工場の参入数を示したものである。

図表 3-15 福岡・大分における自動車関連部品工場の参入数

(出所)『九州経済調査月報』2008 年 12 月号より作成。

自動車部品工業の進出は福岡県,大分県に集中していることが読み取れる。なお,2007

年には九州 7 県で 52 社の進出があったがリーマンショック後の生産調整により,2008 年

は進出数が大幅に減少している。2008 年までの累計で福岡県には 208 社,大分県には 112

社が進出している。九州 7 県ではこれまで 602 社が進出しているが,福岡県が最も多く九

州 7 県での比率は 36.5%を占め,大分県がそれに続く 18.6%となっている。また,2007 年

以降は佐賀県や熊本県にも自動車関連部品工場の進出が相当数みられるようになり,こう

いった動きは自動車クラスターの広域化をうかがわせる。

このように九州北部地域に進出してきたのは,先の完成車工場の進出に牽引された,ト

ヨタ紡織九州,デンソー北九州製作所,アイシン九州といった Tier1 と呼ばれるサプライヤ

ーであり,これらの事業所および生産子会社の九州北部地域進出によって集積の厚みを増

している。

3-2-2 九州自動車クラスターの構造

次に九州地域の集積の構造について検討を進めよう。同地域で作られる最終製品という

視点からすれば,九州北部地域のレベルは自動車産業の中心地域である西三河・東海地域,

関東地域と差はないといえる。例えば,トヨタグループでは同社最高峰ブランドであるレ

クサスの組み立ておよびエンジン生産を行っている。今日において,その地域で作られる

0

5

10

15

20

25

福岡県

大分県

九州その他

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34

最終製品という視点からみれば九州北部地域はトヨタグループの最高級の自動車を生産し

ているのである

さて,九州北部地域では,関連する Tiar1 サプライヤーの進出に伴い,地域内でのリン

ケージが徐々に密になっている。地元調達率をみると九州全域からの調達率は50%であり19,

関連産業が高度に集積している中部,関東と比べれば相当低いが,後でみる東北地域より

は幾分高くなっている(図表 3-16)。

図表 3-16 部品調達における域内調達率(%)

(出所)九州産業活性化センター(2006)より。

もっとも,地域内で調達される部品であっても調達先は随伴して進出した Tier1 サプライ

ヤーの生産子会社からの場合がほとんどであり,地元企業がそのリンケージに参入するの

は容易なことではない(藤川 1999)。また,トヨタが直接関与する部品において九州で生産

されていないのは,トランスミッションくらいであり今後九州北部で調達率を上げるため

にはサプライヤーの動向が重要となる(平田・小柳 2006)。

さて,このように九州北部地域に進出した Tier1 企業およびその生産子会社であるが,ど

のような業種が多かったのであろうか。この点を探ることで九州北部集積の特徴を知るこ

とができる。九州北部地域へ進出したサプライヤーのうち協豊会に所属する企業は 53 社で

あり,協豊会全体の 26.1%を占めている。これを部会別にみるとボディ部会 94 社中 34 社

(36.2%)なのに対してユニット部会 109 社中 19 社(17.4%)と極めて低くなっている。

またダイハツの協力会である協友会でみれば総数 198 社中 53 社(26.8%)が進出している

が,部会別にみるとプレス部会が 19 社中 11 社(57.9%),車体部会が 69 社中 25 社(36.2%)

進出しているのに対して,機能部品部会が 72 社中 12 社(16.7%),鋳鍛切削部会に至って

は 38 社中 5 社(13.2%)となっている(九州経済調査会 2005)。こうした状況から小林(2010)

19 ここでいう九州全域とは九州 7 県のこと。本稿の範囲である九州北部 2 県に限ればこの

数値はもう少し低くなるであろうが、先に述べたように自動車産業は九州北部地域に偏っ

て立地している。

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

東北 関東 中部 近畿 中国 九州

域内調達率

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は,比較的容積が大きく重量が重い車体部品や技術的にさほど高度でないものは進出に随

伴した企業が担当しているが,高度な技術を要しかつ容量が小さく器量の機能部品の多く

は本拠地である東海地方や多くの自動車関連産業が集積する関東地域から供給を受けてい

ることを指摘している(小林 2010,p.96)。その一方,トヨタ自動車九州内ではエンジン生

産およびハイブリット部品といった一部高度機能部品の生産も開始しており,地域内での

生産品目の高度化が進んでいることが確認できる。

これを地域的集積という視点からみれば,九州地域ではトヨタ自動車の生産子会社であ

るトヨタ自動車九州を頂点とした企業城下町型集積が形成され徐々に集積が深化しつつあ

ると言える。集積の深化は,トヨタ自動車九州の周辺地域に Tier1 サプライヤーの生産子会

社が集まりつつあることによる。トヨタ自動車の生産子会社であるトヨタ自動車九州を頂

点に,その下に西三河地域を中心に本社を持つ Tier1 サプライヤーの生産子会社が集まる構

造は,さながら西三河地域の縮小版である「リトル西三河」が九州北部地域に形成されて

いるといえよう。もっとも,「マザー」である西三河地域とリトル西三河である九州北部集

積には量的な規模の大小ではなく質的な相違が存在する。この点については後述する。

さて,次に経済上部機能についてみれば,九州北部地域は生産量の割にその機能は極め

て乏しい。トヨタ自動車九州および随伴して進出したサプライヤーの生産子会社は全社的

意思決定に関する中枢管理機能はもちろんのこと,研究開発機能は弱く,かつそれぞれの

事業所は独自の調達機能は極めて弱い。もっとも母工場の機能を有している事業所もある。

事業所の機能からすれば,それぞれの事業所はレクサスのような同社最高峰ブランドの製

品を生産しているとはいえ,本社の指示通り生産することが至上命題となる分工場の域を

出たものではない。

このように,進出した事業所に機能を端的に表すのが部品の流れである。藤川(1999)

が指摘したように, 物流でみれば重くかさばり特に技術力を必要とされない部品の多く

は,現地に進出した関連企業から直接されるがトヨタ自動車九州宮田工場等の完成車工場

に納入されるが,商流でみれば帳簿上はトヨタ自動車からの有償支給という形になる。す

なわち,これら部品の商流は帳簿上では九州から西三河地域へ一度渡り,再び九州地域へ

戻ってくる形となるのである。

藤川(1999)は,事業所における独自の調達機能の欠如は,情報収集能力のなさからそ

れぞれの地域内において新たなサプライヤーを見つけ出す機能の欠如を意味し,地域内に

おける新たなリンケージ形成の妨げになることを指摘している。もっとも,こうした問題

は分工場の調達機能の欠如にのみ帰することができるわけではない。もう一つの地方圏に

おける地域経済の問題として,そもそも自動車産業のネットワークに参入できる能力があ

る地元企業が少ないという問題があげられる(榊原 2005;和田 2010)。この 2 つの問題に

より,九州地域では徐々に地域内リンケージの高密度化が進んでいるが,それはトヨタグ

ループの企業が西三河・東海地域から進出してきたからであり,地元企業を数多く巻き込

んで新たな集積が形成されつつあるわけではない。九州地域の構造と西三河地域との関係

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36

を示したのが次の図表 3-17 である。

図表 3-17 九州北部地域と西三河地域の関係

(出所)著者作成。

3-3. 西三河地域の自動車クラスターの構造

本節ではトヨタグループの本拠地である愛知県西三河地域について取り上げる。

3-3-1 西三河地域の産業構造

本節で取り上げる愛知県西三河地域とは愛知県中部の豊田市,岡崎市を中心とした 9 市 1

町(豊田市,岡崎市,刈谷市,安城市,西尾市,碧南市,知立市,高浜市,みよし市,額

田郡幸田町)のことを指す。西三河地域は豊田市や岡崎市,刈谷市などの複数の核を持ち

つつも,全体として一つのある程度まとまった経済・文化圏を形成している。

西三河地域の産業の特徴は,卓越した工業にあり,その中心にはトヨタグループがいる。

たとえば,この地域における工業出荷額等は,2005 年度でおよそ 18.7 兆円であるが,これ

は阪神工業地帯を有する大阪府よりも多い数値となっている。こうしたことから,西三河

地域は日本で屈指の産業地域の一つであるといえる。西三河地域の工業の中心となってい

るのは自動車産業であり,同時にこれと関連する金属加工や機械などの自動車産業を支え

る様々な産業も発達している。

3-3-2 トヨタグループと地域経済

西三河地域にはトヨタ自動車を中心として,数多くの自動車関連企業の事業所が立地し

ている。まずトヨタ自動車本体の立地についてみると,同社は豊田市に本社機能および研

トヨタ自動車

本社

組み立て工場

西三河地域

九州北部

部品工場

部品工場

部品工場

容積・重量大

技術的に低度の部品

地域内から約 50%

部品工場

部品工場

国外 約10%

部品工場

トヨタ九州

容量・重量小

技術的に高度な部品

東海・関東から 40%

実際の部品の流れ

商流=帳簿上の流れ

(名目上の流れ)

Page 37: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

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究開発機能の一部を立地させている。海外営業部などの機能を有する第二本社は東京にあ

るが,最も重要な戦略にかかわる中枢管理機能は豊田市にある。また,豊田本社にはデザ

イン,プロトタイプの研究開発とその企画,車両の評価等を行うテクニカルセンターが併

設されている。次に同社の国内生産拠点についてみると,12 の国内生産拠点のうち田原工

場(愛知県田原市)を除いた 11 生産拠点を西三河地域に立地させている。また,このうち

衣浦工場(碧南市)を除く 10 生産拠点が,本社所在地である豊田市および隣接する三好町

に立地している。

図表 3-18 トヨタ自動車の生産拠点

工場名 所在地 操業開始年 事業内容,生産品目

本社工場 愛知県豊田市 1938 年 車体組立

元町工場 愛知県豊田市 1959 年 車体組立

上郷工場 愛知県豊田市 1965 年 エンジン

高岡工場 愛知県豊田市 1966 年 車体組立

三好工場 愛知県三好町 1968 年 足廻り,小物部品

堤工場 愛知県豊田市 1970 年 車体組立

明知工場 愛知県三好町 1973 年 エンジン,足廻り鋳造部品,機械部品

下山工場 愛知県三好町 1975 年 エンジン,排ガス対策部品

衣浦工場 愛知県碧南市 1978 年 駆動関係部品

田原工場 愛知県田原市 1979 年 車体組立

貞宝工場 愛知県豊田市 1986 年 機械設備,鋳鍛造型及び樹脂成形型

広瀬工場 愛知県豊田市 1989 年 電子部品,半導体等の研究開発及び生産

出所:http://www.toyota.co.jp/jp/facilities/manufacturing/より作成。

注:所在地の太字は西三河地域内の拠点を示す。

次にトヨタ自動車と関係の深い,豊田自動織機やデンソー,アイシン精機などのグルー

プ企業の立地についてみると(図表 3-19),グループ企業 12 社のうち豊田自動織機,アイ

シン精機,デンソー,トヨタ車体,トヨタ紡織の 5 社が刈谷市に本社を立地させている。

また,これらグループ企業各社は,多くの生産拠点を西三河地域に立地させている。たと

えばアイシン精機は,国内の 11 生産拠点すべてを愛知県内に立地させており,そのうち 9

生産拠点を西三河地域に立地させている(豊田市 1,刈谷市 2,安城市 2,西尾市 2,碧南

市 2)。同様にデンソーは,国内 9 生産拠点のうち 6 生産拠点を西三河地域に立地させてい

る(刈谷市 1,安城市 2,西尾市 2,幸田町 1)。

図表 3-19 西三河地域におけるトヨタグループの事業所の立地

トヨタ本体 トヨタグループ

豊田市 ☆◎○○○○○○○ ○○○○○○○○○○

みよし市 ○○○

刈谷市 ☆☆☆◎◎○○○○○○○○○○

Page 38: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

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岡崎市 ◎○○

安城市 ○○○○

高浜市 ○○

碧南市 ○ ○○○

西尾市 ○○○○

幸田町 ○

出所:著者作成。

さらに,西三河地域にはトヨタ自動車やこれらグループ企業と取引関係のある企業も数

多く立地している。西三河地域で輸送用機械に属する事業所数は 4 人以上の事業所で 867

であるが,このうちかなりの事業所がトヨタグループとなんらかの取引関係があるものと

思われる。また,自動車産業とかかわり合いの深い金属製品や一般機械,電気機械の事業

所も 1,854 あるが,このうち半数程度はトヨタグループとなんらかの取引関係があると思

われる。このように西三河地域には,トヨタ自動車やトヨタグループ企業の中枢管理機能

から研究開発機能,さらには生産機能の多くが立地している。こうしたことから,西三河

地域はトヨタグループの中心クラスターといえるのである。

さて,西三河地域の集積の構造を生産面からみると,トヨタグループを核としたハブ・

アンド・スポークであり,企業城下町型集積であるといえる。こうした構造は東北,九州

と同様であるが,これら両地域と異なるのは分業の構造が両地域と比べてはるかに幅が広

く深いこと,そして中枢管理機能があることである。

近年では前節でみたように九州,東北への生産機能の分散が進んでいるが,その中で西

三河地域がトヨタグループに対して持つ意味は極めて大きい。次節では 3 クラスター間の

分業構造について検討し,各クラスターの発展の可能性について検討を進める。

3-4. 日本国内 3 地域間での分業構造

3-4-1 企業内 3 地域間分業の構造

かつてトヨタグループは西三河地域を唯一の本拠地としてきたが,今日において日本国

内生産は西三河地域,九州地域,そして東北地域という 3 つの地域でなされている。トヨ

タグループではこの 3 クラスターで企業グループ内集積間分業が形成されているのである。

九州北部,東北中部という新たな 2 つの拠点が形成される過程は,当初本拠地での労働力

不足の中での地方展開として始まったが,その後周辺に関連するサプライヤーの生産子会

社を集め,先に指摘したように両地域に「リトル西三河」ともいうべき西三河地域のクロ

ーン集積が形成されつつある。さて,トヨタグループの地域別生産台数を示したものが次

の図表 3-20 である。生産台数では西三河地域が全体の約 7 割を占めているが九州,東北も

生産台数を伸ばしている。

Page 39: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

39

図表 3-20 トヨタグループの地域別生産台数(2012 年)

地域 西三河・東海 九州 東北

生産台数(千台) 1,834 299 520

構成比(%) 69.1 11.3 19.6

中心車種 - レクサス 小型車

注)

・ダイハツ,富士重工業は含まず。トヨタ自動車本体及び組立子会社であるトヨタ車体,

トヨタ九州,トヨタ東日本の数値。

・西三河・東海はトヨタ本体+トヨタ車体+トヨタ東日本の静岡県東富士工場生産分の合計,

東北はトヨタ東日本の生産台数から東富士工場を引いたもの。

(出所)著者作成。

さて,九州自動車クラスターや東北自動車クラスターは,トヨタ自動車九州,トヨタ自

動車東日本といったトヨタ自動車の完成車メーカーを頂点とする企業城下町型の集積であ

り,その周辺に西三河地域などを本拠地とする Tier1 サプライヤーの生産子会社を集積させ

ている。とはいえ,現時点においてリトル西三河とマザーである西三河地域は量的な規模

の違いのみならず,質的な差異を有している。前章までに見たように,九州北部,東北中

部には数多くのサプライヤーが進出したが,随伴して進出したのは比較的容積が大きく重

量が重い車体部品や技術的にさほど高度でないものを生産する企業であり,高度な技術を

要しかつ容量が小さく器量の機能部品の多くは本拠地である西三河地域を含む東海地方や

多くの自動車関連産業が集積する関東地域から供給を受けている。また,調達機能を含む

意思決定機能は極めて弱い。

さて,今後九州北部および東北中部地域の集積が自律的な発展を遂げるために必要とな

る調達機能について,2 地域と本社所在地である西三河地域の役割分担について確認したい。

居城(2007)の議論から,上記 3 地域およびグローバルの調達拠点である北米・欧州・タ

イの開発調達機能の役割分担をまとめると以下の図表 3-21 のようになる。九州北部および

東北中部地域の役割は,本社管理の下での国内及び海外市場向け車両の組み立てである。

両地域で生産される車両の開発及び調達機能は本社に属するものであり,ここに両地域が

割り込み独自の役割を担うことは容易なことではない。

Page 40: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

40

図表 3-21 各地域の機能分担

地域 機能

日本

(=中心

集積)

西三河

(トヨタ本社)

・全世界で展開される開発・調達機能の戦略立案と調整

・日本市場向けに開発される新型車の開発・調達機能

・All トヨタ社の開発・調達人材の教育・育成

(九州北部) *本社管理の下での車両(高級車)組み立て

(東北中部) *本社管理の下での車両(小型車)組み立て

北米 ・北米市場向け車両の開発・調達

欧州 ・欧州市場向け車両の開発・調達

タイ ・アジアおよび他の発展途上国市場向け IMV 車両の開発・調達

(出所)居城(2007)をもとに著者加筆・作成。

トヨタグループは九州北部,東北中部地域に,新たな生産拠点となる西三河地域のクロ

ーン集積を形成し,一部の生産機能を移転させつつも,意思決定及び研究開発,さらには

主要な機能部品生産といった重要な機能は未だ西三河地域に内部化している。こうしたこ

とからトヨタグループの九州北部・東北中部への展開は,西三河地域の生産機能の外延的

拡大と理解することができる。西三河地域からの Tier1 の生産子会社の進出は,九州北部,

東北中部地域からすれば集積の厚みの増大という文脈で理解されるが,西三河地域からす

ればこうした動きこそが外延的拡大を表すものなのである。このように,グローバルレベ

ルでの役割分担の中でみれば,両地域は本社所在地である西三河地域の下に組み込まれな

がら,その一端を担っているのである。日本国内のレベルでみれば西三河地域と九州北部,

東北中部は集積間分業のネットワークを形成しているが,グローバルレベルでみた場合,

西三河地域と九州北部,東北中部はトヨタグループの「メイド・イン・ジャパン」を担う

グループの中核ともいうべき,日本全体に広がるより大きな一つの自動車集積の一部とい

うことができるのである。この意味からすれば九州北部,東北中部地域の集積が置かれた

位置づけは,中心集積内の周辺集積,ということになろう。これを価値連鎖から図示した

のが次の図表 3-22 である20。

20 図 8 で九州北部と東北北部の詳細な違いを捨象している。両集積の違いについては今後

の課題とさせていただく。

Page 41: 自動車産業のクラスター間分業と東北地域における自動車 クラスター形成のための振興政策につい … · がある地元企業に注目し,地元企業の集積の構造およびこれら企業群がどのように自動車

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図表 3-22 価値連鎖から見た西三河地域と九州北部・東北中部の関係

(出所)著者作成。

3-4-2 自動車産業の進出と地域経済

このようなトヨタグループ内における集積間分業の中で,その重要な拠点として位置付

けられた九州北部地域,東北中部地域はいくつかの問題を抱えながらも,他の地域よりも

経済的に発展することができた。先にみたように,両地域において自動車産業は地域経済

の中心となりつつある。両地域において他の産業が縮小する中で自動車産業の拡大は地域

経済を支えるのに大いに役立っている。両地域経済は「中心の周辺」というポジションの

下で,発展の可能性と課題の両方を内包しているのである21。

これら地域ではサプライヤー企業の進出が進み,徐々に地域経済内でのネットワークが

濃くなっていく中で集積として厚みを増しつつある。中心集積の一端を担うため,①進出

事業所は最新鋭の生産設備を備えており,そこで生産される車種も最先端の技術が詰め込

まれている。こうしたネットワークの増大は地域経済としても②地域内産業連関的発展(中

村 2004)へとつながる可能性を有している。また,③このような地域的集積の厚みの増大

と地域内リンケージの高密度化は,ネットワーク内に組み込まれている企業の移転コスト

21 本稿では自動車集積を研究対象として議論を進めているため、自動車産業への依存によ

る地域経済の脆弱性の問題についてはここでは議論しない。

九州北部・東北中部

西三河地域

企業進出による

集積の厚み増大

調達 工程

部品

組み

立て

研究

開発

意思

決定

意思

決定

研究

開発 調達

工程

部品

組み

立て

主要部品の

搬送

北米 欧州

タイ

九州北部・東北中部

工程

部品

中国

地域統括

会社 生産会社

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を高くし,進出企業が地域から撤退するリスクを低下させることにもつながる。

もっとも,両地域の地域的集積は意思決定機能を持たない分工場を中心とした企業城下

町型のクラスターであり,「中心の周辺」に過ぎないため,両地域経済はいくつかの問題も

抱えている。それは①ネットワークが特定の企業グループ内のみで発展し広がりに欠ける

こと,②意思決定機能の欠如による新たな集積内ネットワークを形成する能力の欠如の問

題(藤川 1999),そして③企業戦略組み込まれることによる地域経済の自立性の低下と脆弱

性の増大,といった問題である。①については企業城下町型集積特有の問題であり,中心

である西三河地域でもほぼ同様の問題を抱えている(榊原 2008)。②についてはいわゆる分

工場の諸問題として定式化された問題である。現地調達率が上がったとはいえ,それは随

伴したサプライヤーが増えたからであり,地元企業の参入はなかなか容易ではない状況が

続いている22。③に関しては,トヨタグループの戦略如何によって正にも負にも地域経済が

大きな影響を受ける可能性があるということである。例えば,旧トヨタ東北が生産する製

品は,トヨタ全体のグローバルネットワークの中でたびたび変更されてきた23。さらに九州

北部,東北中部における集積の形成は群馬県,神奈川県といった以前の集積を廃棄した24う

えで作られたものである。また,九州北部,東北中部ともに西三河地域の経済上部機能に

組み込まれた地域であるため,自治体が期待するような「独自の機能持つ自動車クラスタ

ー」に進化することは現時点で困難であるといえよう。

図表 3-23 クラスター発展の可能性

生産機能 研究開発機能 中枢管理機能

「中心の中心」

クラスター発

展の可能性

生産機能は一部で縮小

する。母工場機能は維

持。

車体に近い部分で機能

は分散化するが基礎部

分は保持。

グローバルレベルでの

中枢管理機能を保持。

「中心の周辺」

クラスター(=

東北地域 etc.)

発展の可能性

生産規模の拡大,技術

的な高度化は可能。製

品レベルでは「中心」

集積と差なし。

生産技術・開発で高度

化は可能だが基礎部分

は「中心」集積で行わ

れるため不可能。

ローカルレベルでは一

定程度可能だがグロー

バルレベルでの高度化

は困難。

(出所)著者作成。

こうした問題にたいして自治体は様々な努力をしている。企業誘致に対する補助金だけ

ではなく,地元企業の技術力の向上やマッチング等,様々な取り組みが行われている25。一

方,進出企業の側でも一部で機能の向上がみられる。例えば,前述のようにトヨタ東北岩

22 とはいえ、相対的に歴史がある九州北部地域では、徐々にではあるが地場産業の自動車

産業への参入がみられるとの指摘がある(平田・小柳 2006)。 23 田中(2010)を参照。 24 ダイハツ九州は群馬県前橋市にあったダイハツ車体の全面移転、セントラル自動車は神

奈川県相模原市にあった本社工場を閉鎖して全面移転した。なお、自動車工場閉鎖後の地

域経済についての研究は藤原(2007)を参照。 25 自治体の取り組みについては本稿 5 章を参照。

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手工場内には開発センター東北が開設され,現在は 45 名体制へと拡充されている。また同

工場には調達部の人員が常駐しており(田中 2012),将来的には開発から調達の一部を担う

ことが期待されている。また,トヨタグループが進出した九州,東北地域は,三大都市圏

を除けば機械産業の集積が厚い地域でもあるという優位性を有している。その一方,こう

した地域産業の自動車への参入は地域内でのネットワークを深化させ,進出企業を地域内

へ埋め込むことにもつながる。

3-4-3 集積間分業から見た東北地域発展の可能性

ここまで見てきたように 1990 年代以降,トヨタグループは九州と東北地域にリトル愛知

となる集積を形成し,順次生産の移管を進めてきた。こうした国内分散の動きから,進出

地域では新たなクラスターの形成に期待がかかる一方で,本拠地である西三河地域の雇用

の流出と空洞化を指摘する研究もある(例えば,塩見 2010)。それでは国内分散が進む中で

トヨタグループにとっての東北地域や西三河地域といったそれぞれの地域が持つ意味とは

いったいどういうものなのだろうか。

東北地域や九州地域における生産機能の拡充は,今後も進展することが予想されるが,

しかしそこには一定の上限があると言える。近年は急速な海外生産の増大が進んだが,そ

れでも日本国内では生産量がほとんど低下しなかったが,これは図表 2-1 からもわかるよう

に,リーマンショック以前は海外生産が伸びつつも国内生産も伸びていたからであった。

今後,東北地域や九州地域において生産量の増加が順調に続くかどうかは,トヨタグルー

プ全体の生産量がどうなるのかに依存することになるであろう。しかしこれまでのような

右肩上がりの生産台数の増加は想定しづらいであろう26。グローバル市場において現地生産

が進み,かつ国内市場が停滞する中で,国内生産の一つの目安は「国内生産 300 万台27」と

いう数字になるであろう。こうした制約のもとで,東北地域や九州地域では一定程度まで

生産台数を伸ばしていくことが予想される。

こうした生産台数の増加は東北地域や九州地域のクラスターの機能の強化につながる。

現時点で両地域の生産規模からみて進出をためらっているサプライヤーが生産台数の増加

とともに進出してくる可能性が出てくるのである。その意味で,生産台数の増加は単にク

ラスターの量的拡大のみならず質的な発展にもつながるのである。

それでは東北地域や九州地域における研究開発機能は今後どうなるのであろうか。近年

ではそれぞれの市場に適した商品を開発するため,現地(市場に近い場所)での研究開発

の進展が進んでいるが,これは現地においてプラットフォームからパワートレーンすべて

26 トヨタグループはハイブリット技術、品質等いくつかの点において優位性を持っている

と考えられるが、2000 年初頭のような毎年のように生産拡大が続くことはないものと考え

ている。 27 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK09043_Z00C14A5000000/より。

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を研究し開発することを意味しているわけではない。莫大な費用がかかりかつ規模の経済

が働くプラットフォームやパワートレーンの開発は,今後も西三河地域がグローバルレベ

ルでの中心にとどまるであろう。図表 3-21 でみたように現地化が進んでいるのはあくまで

アッパーボディ部分であり,より基礎研究に近い部分は西三河地域でなされている28。

もっとも,図表 3-21 でみたように今日において東北地域や九州地域はアッパーボディ部

分の研究開発機能でさえも有していない。両地域は西三河地域の下に包摂された同一の集

積地域の一部であり,同一の市場向けの製品を生産するため,独自の市場を有する海外拠

点と異なり,これら地域で独自にアッパーボディの開発を進める必然性は高いとは言えな

いのである。例えば,東北地域では小型車の拠点を目指しているが,小型車は西三河地域

でも生産していることから東北地域がトヨタ唯一の小型車の拠点になることは考えにくい

のである29。

ここまでみたように東北地域,九州地域は時間をかけながら徐々に集積としての厚さを

増しつつあるが,中枢管理機能や研究開発機能から見れば,これらの地域が「質的に」実

際の西三河地域と同等の集積にまで成長することは容易ではない。しかしながら,生産機

能においてはまだ発展の余地がある。こうした進出事業所の充実が地域経済への発展につ

ながるためには地元企業の重要となる。それでは東北地域の地元企業の集積はどうなって

いるのか。事象では東北地域の地元企業の集積についてみていく。

28 プラットフォームの開発は莫大なコストがかかるため、近年は VW グループの MQB プ

ラットフォーム戦略にみられるようにプラットフォームの数を絞る一方で柔軟性の高いも

のが志向されるようになった。このようなメガ・プラットフォーム構想が進むと研究開発

は集中化されると言える。 29 製品での地域間分業をおこない、特定の地域を特定の車種の生産に特化させることは大

企業が有する事業所間での生産移管によって生産量の変化に柔軟に対応するという優位性

の放棄につながる。

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4. 東北地域における自動車関連企業の集積

前章ではクラスターの頂点に位置する完成車企業および tier.1 企業を中心に,三地域の分

業について論じてきたが,周辺地域において分工場経済の問題を乗り越え,クラスターの

発展を進めるためには,進出事業所が形成するネットワークの受け入れ先となる地元企業

の集積が重要となる。そこで本章では自動車産業への参入を図る東北地域の地元企業の集

積について明らかにすることにしたい。ここで取り上げる地元企業は,既に自動車産業へ

の参入を果たしているか,今後同産業に参入を目指している地元企業群のことである。な

お,ここでいう地元企業というのは 2 つのタイプが存在する。一つは東北地域の地場企業

で,同地域で創業し発展してきた企業群である。もう一つは自動車産業が進出する以前に

東北地域に進出した企業群である。後者はかつての誘致企業である場合もある。本研究で

は自動車産業の進出事業所と対になる言葉として,これら企業群を含め地元企業という用

語を使う。

本章では以下の通り議論を展開する。まず 4-1 では東北地域においてどのような技術を有

する企業が集積しているのかを明らかにする。つづく 4-2 では宮城県を事例に自動車関連企

業の実態を明らかにする。4-3 では宮城県および岩手県のネットワーク受け入れ先となる地

元企業を対象に行ったアンケート調査の結果から,両県におけるネットワーク受け入れ企

業の実態を明らかにする。

4-1 東北地域におけるネットワーク受け入れ企業の集積

4-1-1 東北地域企業の保有する技術

本章では,東北地域において自動車産業のネットワーク受け入れ先となる企業がどのよ

うな技術を有しているのかを経済産業省東北産業局発行『東北の自動車関連企業マップ』

2015 年から明らかにしていく。同書では東北 6 県に新潟県を加えた 7 県の企業・事業所が

どのような技術を保有しているのかを示している。

図表 4-1 は東北 6 県プラス新潟県企業・事業所の保有する技術の分布を示したものであ

る。1,318 の企業事業所が掲載されており,2,711 の技術を保有している。1 事業所当たり

の保有技術は 2.1 である。技術の内容についてみると機械加工が最も多く 523(19.3%),

次いで金型・治工具の 411(15.2%),プレス加工 254(9.7%),電子部品の・デバイスの

実装・組立 249(9.2%)の順となっている(N=2,711)。東北地域にはもともと電機関係の

集積があることから,これら技術の集積があったと言える。

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図表 4-1 東北地域+新潟県の保有する技術

(出所)『東北の自動車関連企業マップ』より著者作成。

とはいえ,東北地域の企業集積およびこれら企業が保有している技術には地域差が存在

する。そこで次に県別に掲載企業の保有する技術を見てみたい。次の図表 4-2 は立地県別に

見た保有技術を示している。事業所数でみた場合,最も掲載事業所数が多いのは福島県 313,

宮城県 288,岩手県 254 の順であるが,保有する技術でみると宮城県が最も多く,次いで

福島県となっている。保有する技術,事業所数でみても宮城県,福島県,岩手県,山形県

に大きな集積がみられる。

0

100

200

300

400

500

600

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図表 4-2 県別に見た保有する技術

(出所)『東北の自動車関連企業マップ』より著者作成。

次に掲載事業所の増減についてみてみよう。『東北の自動車関連企業マップ』の 2015 年

版と 2012 年版での掲載企業数を比較すると東北 6 県30では 1,262 から 1,260 へ 2 事業所の

減であった。県別でみると青森県 6 減(63→57),岩手県 13 増(241→254),秋田県 1 増

(105→106),宮城県 17 増(271→288),山形県 43 減(285→242),福島県 16 増(297

→313)であった。なお,掲載事業所の増加は,新規に企業の開業や誘致が進んだというよ

りは既存企業の発掘が進み掲載企業が増えたと考えるのが妥当であろう。

4-1-2 宮城県における自動車関連企業の特徴

それでは東北地域にはどのような地元企業が集積しているのか。ここでは宮城県を事例

に同県においてにどのような企業が存在し,自動車産業への参入や,さらなる自動車産業

での取引拡大を目指しているのか。ここではみやぎ自動車産業振興会編『必冊 宮城の仕

事人 2014』からその特徴を追ってみたい。なお,同書では表紙に「自動車産業に参入を目

指す宮城県内企業と県内自動車主要企業を紹介」と記されている。後者の自動車産業主要

企業というのが,主に企業誘致等によって新たに進出したトヨタ東日本のような自動車関

連企業群である。同書はこれら自動車関連の進出企業と宮城県の既存企業のマッチングを

図るために編集されたものである。本節では同書に記載のある企業のうち,これら主要企

業を除いた宮城県の既存企業・事業所群の特徴を見ていきたい。これら地元企業が,自動

車クラスター形成の際の宮城県におけるネットワーク受け入れ先の候補となる。

30 2012 年版では新潟県は掲載されていない。

0

100

200

300

400

500

600

700

青森県 岩手県 秋田県 宮城県 山形県 福島県 新潟県

自動機・装置等

金型・治工具

車載電装

電子部品・デバイスの実装・

組立

縫製、その他

表面処理

特殊加工

機械加工

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さて,同書では「自動車産業に参入を目指す」とあるが,製品の紹介を確認すると数社

を除いた多くの記載企業が自動車産業に参入済みである。また,ここでは宮城県の既存企

業との表現をしているがこれら企業がすべて宮城県の地場企業ではない。いくつかの事業

所は他地域に本社を有する分工場である。とはいえ,これら事業所も含めてみていくこと

にする。

図表 4-3 宮城県の既存企業・事業所の規模(従業員数)

(出所)『必冊 宮城の仕事人 2014』より著者作成。

図表 4-3 は宮城県の既存企業・事業所の規模を従業員数別に見たものである。主要企業の

多くが 300 人以上なのに対して,既存企業で 300 人を超えるのは 13.4%に過ぎない

(N=149)。その一方で,19 名以下の層もわずか 13.4%に過ぎない。最も多い層は 20 人~

49 人で構成比は 26.2%,次いで 50~99 人の 25.5%,100 人~299 人の 21.5%の順となる。

図表 4-4 は資本金から企業の規模をみたものである。ここでは 1,000 万~3,000 万円が最

も多く 38.1%,次いで 3,000 万~5,000 万円の 19.7%,1 億~10 億円 17.0%の順となった

(N=147)。

このように見てくると自動車産業への参入を目指す宮城県の既存企業・事業所群は零細

というわけでもなく一定の規模と資金力を有している中小・中堅企業と言える。自動車産

業に新たに参入するためには多くの設備投資が必要になるなど,零細企業ではそもそも参

入が困難であるためと思われる。

1人~3人, 3 4人~9人, 3

10人~19

人, 14

20人~49人,

39

50人~99人,

38

100人~299

人, 32

300人~, 20

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図表 4-4 宮城県の既存企業・事業所の規模(資本金)

(出所)『必冊 宮城の仕事人 2014』より著者作成。

さて,本社所在地についてみると 41 社,27.5%が宮城県外に本社に立地させている

(N=149)。県外の本社所在地としては神奈川県や東京都が多い。従業員数 300 人以上の事

業所でみれば 7 事業所 35.0%が県外本社の分工場であった(N=20%)。このように,東北

地域でのネットワーク受け入れ先候補となる地元企業には一定数の県外をルーツに持つ企

業が存在する。

4-2 アンケート調査からみる地元企業の構造

本節では著者が行ったアンケート調査から宮城県,岩手県におけるネットワーク受け入

れ先候補となる地元企業の特徴について明らかにする。

4-2-1 アンケート調査の内容

本研究では宮城県,岩手県のネットワーク受け入れ先候補となる地元企業群に対してア

ンケート調査を行った。アンケートの送付先としては宮城県企業については前掲『必冊 宮

城の仕事人 2014』から 149 事業所を,また岩手県においては「いわて自動車関連産業集積

促進協議会」の会員リスト31より 248 事業所の合計 397 事業所を抽出した32。アンケート調

31 http://www5.pref.iwate.jp/~hp0405/car/member.html より。 32 『必冊 宮城の仕事人 2014』およびいわて自動車関連産業集積促進協議会の会員リスト

にはクラスターの頂点に位置する自動車関連の進出事業所も掲載されているが、本アンケ

ート調査ではこれら事業所群を除いている。

1千万未満, 8

1~3千万, 56

3~5千万, 29

5千万~1億,

21

1~10億, 25

10億以上, 8

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査は 2015 年 2 月に郵送式で実施し,このうち 118 事業所より回答があり,うち有効回答は

113 で有効回答率は 28.5%であった。県別での回答数は宮城県の事業所が 47(41.6%),岩

手県の事業所が 66(58.4%)であった(N=113)。アンケートにおける質問内容は①回答企

業の規模や自動車産業への参入年(4-2-2),②回答企業の生産内容と経営上の強み(4-2-3),

③製品の納入先と売り上げに占める自動車産業の比率,トヨタ東日本設立後の売り上げの

変化(4-2-4),④自動車産業への参入の方法とそのための技術向上策,お得意先との取引形

態(4-2-5)についてである。なお,本アンケートの内容については資料編「『東北地域の製

造業と自動車産業の発展』についてのアンケート調査」を参照のこと。

4-2-2 回答事業所の概要

ここでは回答事業所の概要についてみていこう。図表 4-5 は回答事業所の操業開始年を示

したものである。事業所の操業開始のピークは 1970 年代と 1990 年代(ともに 23.2%)で

あり,次いで 1960 年代(15.2%),2000 年代以降(14.2%)と続いている(N=112)。比

較的新しい事業所が多いと言える。

図表 4-5 回答事業所の操業開始年

(出所)著者作成。

次に事業所と企業規模を,事業所の従業員数および企業の資本金から見てみよう。図表

4-6 は回答事業所の規模を事業所の常勤従業者数および企業の資本金からみたものである。

回答企業の規模で最も多いのは,資本金規模 1,000 万~3,000 万未満の事業所従業者数 20

~49 人の層で 20.4%,次いで 1,000 万~3,000 万未満の事業所従業者数 50~99 人の層で

8.8%となっている(N=113)。従業員数 19 人以下の層の数は多くない。回答企業の規模は

4-1-2 とほぼ同じ傾向にあり,アンケートの回答が母集団を代表していると言える。

0

5

10

15

20

25

30

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51

図表 4-6 回答事業所の規模(事業所の従業員数×資本金)

(出所)著者作成。

次に自動車産業への参入時期を見てみよう。ここでは早い時期よりアイシン東北や関東

自動車が進出した岩手県と,近年急速にトヨタ東日本をはじめとした事業所が集積しつつ

ある宮城県では時期が異なる可能性があることから,それぞれの県でみることにしたい。

図表 4-7 回答事業所の自動車への参入時期

(出所)著者作成。

~1千万未 1千~3千万未

3千万~5千万未 5千万~1億未

1億~10億未 10億~

0

5

10

15

20

25

0

5

10

15

20

25

30

35

宮城県

岩手県

合計

トヨタ東日本

設立

関東自動車

進出

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52

図表 4-7 は回答企業の自動車産業への参入時期を示したものである。宮城,岩手両県の合

計では 2000 年代が最も多く 37.3%,次いで 1990 年代の 17.6%,2010 年代の 14.7%の順

となっている(N=102)。2000 年代は関東自動車の増産が決定した時期,1990 年代はアイ

シン東北や関東自動車が岩手県に進出した時期,2010 年代はトヨタ東日本の設立と宮城県

周辺に関連企業が集積した時期である。県別でみた参入時期については岩手県の事業所の

ほうが宮城県よりも若干早いといったところだが両県の参入時期に大きな差はない。これ

はアイシン東北や関東自動車岩手工場の進出先である胆沢郡金ヶ崎町が岩手県の県南に位

置し宮城県にも近いこと,東北の自動車クラスターが西三河地域よりも凝縮性が低く広域

型のクラスターであることが理由であろう。

4-2-3 回答企業の事業内容

次に回答事業所の事業内容についてみていこう。図表 4-8 は回答事業の事業内容について

「①素材の生産」「②部品・部分品などの中間品の生産」「③加工請負(メッキ,部品加工

等)」「④完成品(自社製品)の生産が主」「⑤完成品(OEM 等他社製品)の生産が主」「⑥

その他」の中から最も近いと思うものを一つ選んでもらっている。最も多かったのは「部

品・部分品などの中間品の生産」40(38.5%)で次いで「加工請負(メッキ,部品加工等)」

18(17.3%)であった(N=104)。また「完成品(自社製品)の生産が主」も 17(16.3%)

あったことは注目に値する。その他としては生産設備という回答が多かった。

図表 4-8 回答事業所の生産内容について

(出所)著者作成。

次に経営上の強みについてみていこう。図表 4-9 は自社の経営上の強みとして最も近いと

思うものを「①発注先企業の指定通り正確に生産・加工すること」「②積極的に生産技術等

0 20 40 60

素材の生産

部品・部分品などの中間品の生産

加工請負(メッキ、部品加工等)

完成品(自社製品)の生産が主

完成品(OEM等他社製品)の生産が主

その他

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の改善・開発に取り組むこと」「③柔軟な生産システムを持つこと」「④優れた外注先と緊

密な連携を取り生産できること」「⑤発注先企業の要望に即し,製品の図面化と生産ができ

る」「⑥製品の企画・開発・提案力に強みを持つ」「⑦積極的な顧客開拓,新販売方法の開

発に強みを持つ」の中から選んでもらっている。

図表 4-9 回答事業所の経営上の強み

(出所)著者作成。

回答は予想通り,「①発注先企業の指定通り正確に生産・加工すること」53(53.5%)が

最も多くなったが,「⑥製品の企画・開発・提案力に強みを持つ」13(13.1%)や「⑦積極

的な顧客開拓,新販売方法の開発に強みを持つ」12(12.1%)が一定数あったのも注目し

たい(N=99)。

4-2-4 製品の納入先と自動車関連の比率

次に回答事業所の製品の納入先と売り上げに占める自動車関連の比率についてみていこ

う。次の図表 4-10 は回答事業所の自動車関連の比率を示したものである。なお,ここには

自動車未参入の事業所は含んでいない33。最も多かったのは 50%~であり 32(32.7%),次

いで~9%の 27(27.6%)であった(N=98)。

33 ここでの「~9%」の層は自動車関連の売り上げが 0 の企業は除いてある。すなわち、自

動車関連の売り上げが少しでもあるが 9%以下の企業がこの層に入る。

0 20 40 60

発注先企業の指定通り正確に生産・加工すること

積極的に生産技術等の改善・開発に取り組むこと

柔軟な生産システムを持つこと

優れた外注先と緊密な連携を取り生産できること

発注先企業の要望に即し、製品の図面化と生産が

できる

製品の企画・開発・提案力に強みを持つ

積極的な顧客開拓、新販売方法の開発に強みを持

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図表 4-10 自動車関連の売り上げ

(出所)著者作成。

次に売上高でみた場合の自動車関連納入先で第 1 位となる事業所の所在地を,「トヨタ自

動車東日本もしくはその系列企業」「東北地域(青森・秋田・岩手・宮城・山形・福島)に

立地するトヨタ東日本系列以外の自動車企業」「東北地域以外(関東・東海等)に立地する

自動車関連企業」から選んでもらった(図表 4-11)。

図表 4-11 自動車関連の売り上げ第 1 位の納入先

(出所)著者作成。

回答は意外にも「東北地域以外(関東・東海等)に立地する自動車関連企業」が最も多

く 46(48.9%),これに「トヨタ自動車東日本もしくはその系列企業」「東北地域(青森・

0

5

10

15

20

25

30

35

~9% 10~19% 20~29% 30~39% 40~49% 50%~

0 10 20 30 40 50

トヨタ東日本もしくはその系列

東北に立地するトヨタ東日本系以外

東北以外に立地する自動車企業

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秋田・岩手・宮城・山形・福島)に立地するトヨタ東日本系列以外の自動車企業」が 24(25.5%)

で続いた(N=94)。

それでは,トヨタ自動車東日本やその系列企業が宮城県や岩手県に進出したが,こうし

たトヨタグループの第 3 の拠点化はこれら企業の売り上げの増加につながったのだろうか。

ここでは現在および今後の見通し(10 年程度先)についてどの変化を聞いている。

図表 4-12 トヨタグループの進出と売り上げの変化

(出所)著者作成。

図表4-12からわかるように,現時点では売り上げが多くなったと回答したのが16(16.0%)

なのに対して変わらないとの回答が 84(84.0%)であった(N=100)。今のところトヨタの

第 3 の拠点化は一部の企業にしか恩恵となっていないようである。今後の見通し(10 年程

度先)についてみても変わらないが多く 60(65.2%)であるが,多くなる見通しとの回答

は 32(34.8%)に大幅に増加した(N=92)。現時点ではトヨタの第 3 の拠点化の影響は限

定的であるが,多くの企業が将来の売り上げ増に期待を寄せている。

4-2-5 自動車産業への参入のきっかけ

次に,これら事業所がどのように自動車産業へ参入したのかについて検討をする。自動

車産業への参入のきっかけとして「お得意先から紹介された」「商社,問屋等から紹介され

た」「公的機関(商工会議所,県・市町村の産業振興課等)からの紹介・マッチング」「自

社から自動車関連企業に売り込みをかけた」「展示会に出品しそれが取引へとつながった」

「材料の購入先・外注先から紹介された」「現在のお得意先から連絡があった」「自動車関

連の研究会に参加しそれが取引につながった」の中から一つ選んでもらった。

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

多くなった 変わらない

現在

今後

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図表 4-13 自動車産業への参入のきっかけ

(出所)著者作成。

自動車産業へのきっかけとして最も多かったのは「自社から自動車関連企業に売り込み

をかけた」23(27.1%),「現在のお得意先から連絡があった」22(25.9%)「お得意先から

紹介された」18(21.2%)「公的機関(商工会議所,県・市町村の産業振興課等)からの紹

介・マッチング」10(11.8%)となった(N=85)。自社の積極的な営業が新たな取引につ

ながっていることがうかがえる。また 2 番目に「現在のお得意先から連絡があった」との

回答が多かったが,進出事業所は技術マップなどで常に取引候補先を探している。

次にお得意先との取引形態についてみてみよう。お得意先との取引形態を「①お得意先

から図面を受け取り,工程についても詳細に指示され,貴社はそれに沿って生産する」「②

貴社がお得意先からの図面をもとに工程を決め,生産をする」「③お得意先から概略図面を

受け取り,貴社はその完成を任せられる」「④お得意先が示した仕様に応じて貴社が図面を

作成し,お得意先の承認を経て生産する」「⑤お得意先は貴社のカタログから製品を選んで

購入する」の 5 つから選んでもらった。上記選択肢は浅沼(1997)の「承認図方式」「貸与

図方式」の議論に対応しており,①に近いほど承認図メーカーとしての性質が強く,一方

④に近いと貸与図メーカーの性質が強くなる。なお,貸与図方式では自動車メーカーが基

本設計,及び詳細設計を共に行うが,承認図方式では自動車メーカーが基本設計を行うが

詳細設計については部品メーカーに任される。⑤においては基本設計と詳細設計の共に部

品メーカーが行うケースである。

ここでは,早い時期から自動車産業が発達している岩手県と後発の宮城県で差があるのか

を検討するため,両県で分けてみた(図表 4-14)

0 5 10 15 20 25

お得意先からの紹介

商社、問屋等からの紹介

公的機関からの紹介・マッチング

自社から売り込んだ

展示会に出品した

材料の購入先・外注先からの紹介

現在のお得意先から連絡

自動車関連の研究会に参加した

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図表 4-14 お得意先との取引形態

(出所)著者作成。

回答では「②貴社がお得意先からの図面をもとに工程を決め,生産をする」36(50.0%)

が最も多く,次いで「③お得意先から概略図面を受け取り,貴社はその完成を任せられる」

17(23.6%),「④お得意先が示した仕様に応じて貴社が図面を作成し,お得意先の承認を

経て生産する」10(13.9%)の順となった(N=72)。一定数ではあるが承認図メーカー的

な性質をもった企業が存在する。なお,取引方式について,宮城県と岩手県の間で顕著な

違いは見られず,また企業規模が大きいから承認図メーカー的な性質が強い,といったこ

とも見られなかった。

次に,自動車産業への参入時にもっとも困難であったことは何か。ここでは「コスト面

での要求が厳しい」「求められる品質レベルが高い」「大量生産に対する対応に苦慮した」「納

期についての要求が厳しい」の 4 つから回答してもらった(図表 4-15)

最も多かったのが「コスト面での要求が厳しい」52(62.7%),次いで「求められる品質

レベルが高い」22(26.5%)の順となった(N=83)。なお,別のヒアリングで他業種から

自動車に参入した企業の方から,自動車産業はロットが多く大量生産への対応が非常に困

難であったとの話を聞いたが,今回の回答では「大量生産に対する対応に苦慮した」はわ

ずか 3 にとどまった。

なお,回答に入れていなかったが自動車産業に対応できる生産設備の導入ができるかど

うかも重要なポイントになるという。外注先の候補となる企業を探している進出事業所は

地元企業の生産設備を厳しくチェックしており,どのような生産設備を有するのかという

のはその企業が何ができるのかを示すことにつながる。後の 5-3 で述べる地元企業の技術と

生産設備の可視化はこの意味で重要なのである。

0 5 10 15 20 25 30 35 40

①工程も詳細に指示

②図面を受け取り自社で工程を決める

③概略図を受け取り完成を任される

④使用に応じて設計し承認の上で生産

⑤カタログから製品を選んで購入

宮城

岩手

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図表 4-15 参入時に最も苦労したこと

(出所)著者作成。

自動車産業参入時の技術向上策についてみていこう。ここでは技術向上の取り組みとし

て「お得意先からの技術指導」「機械メーカーからの技術指導」「公的機関等の技術向上セ

ミナー」「大学・公的機関との連携」の 4 項目について「①役に立った」「②どちらともい

えない」「③役に立たなかった」「④おこなっていない」の 4 つから選んでもらった。

図表 4-16 技術向上策の評価(%)

(出所)著者作成。

0 10 20 30 40 50 60

コスト面での要求レベルが厳しい

求められる品質レベルが高い

大量生産に対応するのに苦慮した

納期についての要求が厳しい

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

④おこっていない

③役に立たなかった

②どちらとも言えない

①役に立った

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図表 4-16 はそれぞれの技術向上策の評価の構成比を示したものである。行っている事業

所が多く,積極的な評価が多かったのがお得意先からの技術指導である。機械メーカーか

らの技術指導も,お得意様からの技術指導に比べれば行っている事業所が少ないが積極的

な評価が多い。大学・公的機関との連携は行っている事業所は少ないが,積極的な評価の

割合が高い。一方,公的機関等の技術向上セミナーについては,行っている事業所が多い

が厳しい評価が多いという結果になった。

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5. 宮城県における自動車クラスター形成政策

本章では宮城県を事例に,自動車クラスター形成政策について検討を進めたい。まず 5-1

ではクラスター形成政策の前提となる企業立地政策について検討を進める。5-2 ではクラス

ター形成政策の実施主体としてみやぎ自動車振興協議会について取り上げる。続く 5-3 では

協議会の事業内容について検討し,その成果について明らかにする。

5-1 企業立地政策

これまでの地域開発政策の柱は企業誘致政策である。地域産業の発展は企業誘致のみに

よって達成されるわけではないが34,今日においても企業誘致政策の重要性を過小評価する

ことはできない。新たな企業の進出は地域産業の発展にとって大きなきっかけになりうる。

企業誘致政策としては立地企業への立地奨励金や税の免除(図表 5-1),工業団地および

工業用インフラの一括提供などの手段がある。企業に様々な経済的インセンティブを与え,

当該地域に企業を呼び込もむことを狙っている。本研究の対象地域である宮城県や岩手県

においても様々な経済的インセンティブを準備している。

図表 5-1 宮城県における立地奨励金

投下固定資産

新規雇用者

奨励金交付率 交付限度

沿岸部 内陸部

ア 100億円以上 300人以上 投下固定資産額× 10% 20% 60億円

イ 50億円以上 100人以上 投下固定資産額× 10% 20% 20億円

ウ 20億円以上 50人以上 投下固定資産額× 7% 14% 10億円

エ 1億円以上 20人以上 投下固定資産額× 5% 10% 5億円

オ 1億円以上 3人以上 投下固定資産額× 3% 6% 3億円

(出所)http://www.pref.miyagi.jp/sanritu/ritchi_guide/yugu/index.html より。

もちろん,こうした経済的インセンティブを与えれば企業が自動的に立地するわけでは

ない。こうした経済的インセンティブは,既に多くの自治体が準備していることから,こ

うした経済的インセンティブの存在はいまや企業立地における前提条件であるといえる。

もっとも,宮城県等では津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金や原子力災害

周辺地域産業復興企業立地補助金といった他の地域にはない補助金も存在する点も付け加

えておきたい35。さて,企業はこうした自治体が提供する経済的インセンティブを前提とし

34 地域経済学及び関連する分野では、企業誘致政策のみに頼る地域産業発展戦略について

は多くの批判がなされてきた。 35 こうした特別な補助金はトヨタグループが東北地域に第三の拠点を形成する大きなイン

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つつ,様々な立地条件を検討する。例えば,東北地域では豊富な人材のプールが存在する

こと,東北新幹線や東北自動車道など交通網が発達しているという立地上の優勢を有して

いると言える。トヨタグループとの関わり合いでみれば,本拠地のある西三河地域では人

手不足が慢性化し,同グループにとって労働力の確保は極めて大きな課題であった。豊富

な労働力を有する同地域は極めて魅力的な条件を有していたといえる36。

5-2 クラスター形成政策とその推進組織

ここまでみてきたように,地域産業の振興において企業立地政策は極めて重要であるが,

企業立地が進めば自動的にクラスターが形成されるわけではない。これまでの地域開発政

策としての企業誘致政策の反省は,企業が特定の地域内に集積立地しても,有機的なつな

がりを持つクラスターにはならず,ウェーバーのいう偶然集積になってしまったことであ

る。そこで近年では,地域開発政策は単なる立地政策から一歩進み,立地企業及び地域産

業のクラスター化に向けて様々な取り組みが行われている。

ここでは東北地域における自動車産業振興策について宮城県を事例に取り上げる。現在

宮城県の自動車産業振興の中核組織となっているのが「みやぎ自動車産業振興協議会」で

ある。同協議会の設立は 2006 年であり,関東自動車工業(株)岩手工場の増産の動きに対

応したものであった(みやぎ自動車関連産業振興協議会 2012,p.3)。同協議会の目的は地元

企業の自動車関連産業への新規参入および取引の拡大,そしてその結果としての自動車ク

ラスターの形成である。

みやぎ自動車産業振興協議会の会員数は,創設時には 166 社・団体,うち製造業が 116

社(69.9%)であったものが,現在(2012 年 5 月)で 495 社・団体で,うち 289 社(構成

比 58.4%)が製造業となっている(図表 5-2)。

センティブになったとする意見もある。 36 それではなぜ東北地域がトヨタグループの第三の拠点にまでなったのかということにつ

いては、かなりの偶然によるものである。アイシン東北や関東自動車進出時から計画的に

進められてきたものではない(榊原 2014)。

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図表 5-2 みやぎ自動車振興会の会員数

(出所)みやぎ自動車関連産業振興協議会(2012)より著者作成。

5-3 推進組織の事業内容と成果

みやぎ自動車産業協議会の事業は大きく 4 つに分けられる。①マッチング,②技術力の

向上,③情報提供,④人材育成,でありいずれも自動車クラスターの形成を進める上で極

めて重要な事業である。

マッチング事業では,地元企業が自動車関連企業に自社技術や製品をアピールするため

の展示商談会の開催や,自動車関連企業からの発注ニーズに基づき地元企業を紹介する取

引のあっせんを行っている。

また,こうしたマッチング事業の前提となるのが,地元企業が保有する生産設備及び技

術の可視化であり,保有技術を示した企業マップの作成が極めて重要になる。例えば,み

やぎ自動車産業振興協議会発行の『必冊 みやぎの仕事人 2014』では,地元企業の紹介と

して,事業・商品・技術の紹介のほか,当該企業が一押しする車技術の内容,生産品目,

保有する生産設備の紹介が記載されている。また 4-1-1 で取り上げた東北 6 県及び新潟県で

発行している『東北の自動車関連企業マップ』では,企業の取扱い製品のほか,鍛造,鋳

造,プレス加工,表面処理といった技術分野として企業が保有する技術一覧がまとめられ

ている。こうした地元企業が保有する技術や生産設備を可視化することは,藤川(1999)

が指摘する分工場のローカルな情報収集能力の欠如という問題を緩和する役割を持つので

ある。

また,商談会は愛知県や関東地域で開催されており,トヨタグループのみならずホンダ

や日産も対象に行なわれている。直近では 2015 年 2 月 5 日から 6 日にかけて愛知県刈谷市

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

500

製造業

非製造業

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において開催され,東北 6 県および北海道,新潟県の自動車産業への参入を目指す企業 80

社が出展した(うち,宮城県企業は 10 社)37。

次の図は宮城県でのマッチング事業の成果であり,2011 年までに 137 の成約(うち,展

示会がきっかけ 79 件,あっせんがきっかけ 58 件)を得ることができた。このようなマッ

チング事業の重要性は 3-1-2 で取り上げた A 東北の事例からも明らかである。また,4-2-5

でみたように,自動車産業への参入のきっかけとして自治体のマッチングは「自社から自

動車関連企業に売り込みをかけた」,「現在のお得意先から連絡があった」,「お得意先から

紹介された」に次ぐ第 4 位であった。

図表 5-3 マッチング事業の実績

(出所)みやぎ自動車関連産業振興協議会(2012)より著者作成。

技術力向上については,自動車関連産業に参入するために必要な QCD 力を高めるための

生産現場改善活動や,宮城県産業技術総合センターが実施する自動車の基本そのものを学

ぶ自動車部品研修をおこなっている。生産現場改善活動にはこれまで述べ 43 社が,また自

動車部品研修にはのべ 74 社が参加した。なお,4-2-5 でみたように,公的機関等の技術向

上セミナーについては,参加している企業が多い一方で評価については相対的に厳しい意

見が多かった。

情報提供事業では,会員企業に自動車業界の商習慣を学ぶための各種セミナーや,業界

に関する各種情報を提供するためのメールマガジンの発行を行っている。セミナーのテー

マ・内容は生産改善事例の紹介や原価管理,品質管理,生産管理,安全管理等,多岐にわ

たっている。

人材育成事業では,東北 6 県及び新潟県の大学・高専・専門学校生を対象とし,自動車

関連産業の開発系人材の育成をめざした「みやぎインテリジェント人材育成センター」の

37 http://www5.pref.iwate.jp/~hp0405/tohokucar/date/2015kariya/2014ichiran.pdf

0

5

10

15

20

25

30

その他

鋳造・ダイカスト

機械加工

プレス

樹脂形成

表面処理

鍛造

生産設備

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運営を行っている。2014 年度の事業内容をみると38,8 月から 9 月にかけての開催で,共

通分野として,自動車の「生産・開発」「機能・構造」「工場見学」「業界研究セミナー」の

4 つの基本カリキュラムの上に,専門分野として「CAE(Computer Aided Engineering)」

と「電子制御」の 2 つの応用コースを設けている。センターの運営会議の議長は東北大学

の教授がつとめ,講師はトヨタグループなどの自動車企業関係者や大学から派遣されてい

る。このように同センターは産(トヨタグループ,ケーヒンなど)・学(東北大学,石巻専

修大学,東北学院大学,仙台高等技術専門学校など)・官の連携によって運営されている。

同事業の成果としては 2007 年から 2010 年の 4 年間で 465 人の学生が受講し,自動車関連

企業へ 41 名の受講生が就職している。

38 http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/265818.pdf

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5. 結びにかえて

近年自動車産業の立地は大きく変化している。トヨタグループにとって西三河地域はか

つて唯一無二の拠点であったが,近年は海外生産の進展および国内での新たな拠点の形成

によって状況は大きく変わりつつある。本研究では議論を国内での新たな拠点形成に議論

を絞り,国内新拠点である東北自動車クラスターの発展の方向性を検討してきた。本研究

では,3.で東北地域と西三河地域および九州地域との分業構造から,東北自動車クラスター

の位置づけについての検討を進め,そこからそれぞれのクラスターの発展の可能性につい

て展望をしてきた。また,4.ではクラスター内において進出事業所とのネットワークを形成

する可能性を有する地元企業の集積について検討し,この 2 つの視点から東北自動車クラ

スターの発展の可能性について検討を進めた。また 5.では宮城県を事例にクラスター形成

政策の内容について検討を進めた。

東北地域には,1990 年以降主に西三河地域に本拠を構えるトヨタグループの Tier1 企業

の進出が相次ぎ,完成車工場を頂点とした企業城下町型集積が形成されるに至った。東北

自動車クラスターは,西三河地域に拠点を置くトヨタ自動車や Tier1 サプライヤーの生産子

会社を中心に形成したクラスターであるという意味で,西三河地域の規模を縮小したミ

ニ・クローンであり,東北地域のリトル西三河化が進んでいるとみることができる。その

結果,東北地域や九州地域では,他の地域経済が衰退に苦しむ中で,一定の経済的繁栄を

享受することができた。

とはいえ,リトル西三河とマザーである西三河地域では量的な面のみならず質的な機能

の面で大きな差異が存在している。調達機能を含めた意思決定機能,研究開発機能といっ

た経済上部機能は西三河地域の下にあり,また主要部品は西三河地域より送られてきてい

るのである。とはいえ,東北や九州などの新たなクラスターは生産機能の一部の移管が進

み,少なくとも生産機能について言えば,今後も機能の拡大が進むことが予想される。そ

の一方で中枢管理機能や研究開発機能は今後も簡単には移管されそうにない。3.で既に指摘

したように,東北地域や九州地域での新たなクラスターの形成は西三河地域の生産機能の

外延的拡大であり,両地域に生産機能の一部を分散させつつ,開発及び調達機能について

はかなりの部分で西三河地域の下に統合させているのである。トヨタグループの東北地域,

九州地域への生産機能の分散の進展は,その一方で西三河地域への新たな機能の統合化と

セットで進んでいるのである。この点を前提とすれば東北自動車クラスターが「独自の中

枢管理機能・研究開発機能を持ったグローバルレベルにおける小型車の拠点」になるのは

現時点では困難であると言える。

とはいえ,生産機能においてのクラスター高度化の余地はまだまだ大きく,一方では

tier.1 サプライヤーの誘致により,もう一方では地場企業の育成と進出事業所とのマッチン

グによって地域内ネットワークが密になることが期待される。特に電子部品関係において

は,東北地域は既に一定の集積があることから,この分野からクラスターの形成が進んで

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いることが期待される。

さて,本稿に終えるにあたって本稿の課題を述べておきたい。本稿ではトヨタグループ

の国内展開を取り上げ,議論を展開してきた。しかし,少なくとも生産量でみれば国内生

産分は 40%強にすぎず,企業グループ内集積間分業の全体像を明らかにするためには海外

生産についても視野に入れる必要がある。

また,本研究は企業グループ単位で分析を進めたため,九州地域のように複数の企業グ

ループが並立する地域に対しては,その一部しか説明していないことになる。地域の視点

から集積を分析した先行研究と本研究を統合する必要がある。

* * *

謝辞

本研究を進めるにあたって,多くの方のご協力を得た。まず,アンケート調査,ヒアリン

グ調査に応じてくださった企業,個人の方々にお礼申し上げる。これらの方々のご協力な

しに本研究は成り立たなかった。また事務面から本研究をサポートしていただいた,(株)

オーエムシー,(株)ポラリス・セクレタリーズ・オフィス,本学社会連携部の方々に感謝

申し上げる。そして本研究を進める機会を与えてくださった国土交通省に感謝申し上げる。

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資料編

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