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93 本研究は,英語初学者である中学生に 対して強制アウトプット(ストーリー リテリング,ディクトグロス)を取り入れた授業を 実践し,不定詞の習得にどのような影響を及ぼすの かを検証したものである。強制アウトプットを取り 入れた授業は,それぞれ13時間実施された。授業実 践前,直後,4 週間後に行った自由英作文テストと 文法性判断テストにおける複雑性・正確性・流暢性 に関する分析から,ストーリーリテリング群には 4 週間後においても不定詞の使用数に効果が保持され ており,不定詞の使用を促す効果が特に見られるこ とが明らかとなった。ディクトグロス群には 4 週間 後にかけて意味内容に応じてエラーを訂正する問題 に改善が見られ,文構造の適切な使用を促す効果 が特に見られることが明らかとなった。また,ディ クトグロスは実践直後には不定詞の使用種類を,ス トーリーリテリングは 4 週間後にかけて不定詞の使 用数を有意に伸ばすことが明らかとなった。 問題と目的 1 アウトプットの役割として,⑴ 気付きを促す, 自分の言語表現が正しいのかを検証する,⑶ 語の形式的特徴について意識的に考える,⑷ 言語 形式を統語的に処理する能力が伸びることが挙げら れ る(Doughty & Williams, eds., 1998, Swain, 1985, 1995)。しかし英語初学者である中学生の多くは, 即時的な反応が必要なアウトプットに難しさを感じ うまく取り組むことができない。また,アウトプッ トした英文が正しいのかを検証したり,エラーに気 付いてもうまく修正したりすることができず,同じ 間違いを繰り返しがちである。中学生が即時的な反 応を必要とするアウトプットに難しさを感じる要因 として,注意を払う対象の多さとその処理が関係し ていると考えられる。学習者の注意容量は限られた ものであり,同時に注意を払える対象は限られてい る(白畑・冨田・村野井・若林, 2009)ことから, 英語初学者である中学生はアウトプットの際に生じ る注意すべき多くの対象を適切に処理することがで きていないと推測される。このような現状で次に求 められる指導は,中学生が即時的にアウトプットす ることを見据えながら,その場に応じてアウトプッ トする力を段階的に育成していくことであると考え られる。 Skehan and Foster2001)は,意味内容に焦点 を置いたアウトプットは学習者の注意を文構造に向 けないこと,使い慣れた文構造を選択することにつ ながり,全体的な完成度を低下させると指摘してい る。そこで筆者は,意味ある題材内容について理解 し,考えを深め,そしてその内容について英語で表 現する活動(村野井, 2006)に取り組ませることに 加え,アウトプットする英文の構造にも注意を向け させていき,文法事項に対する理解を深めさせる必 要があると考えた。そのような学習に慣れ親しませ ることで生徒が伝えたい内容をより適切にアウト プットできるようになることが推測される。 村野井(2006)が示す流れを基に文構造に注意を 向けさせる指導を具体化する方策として,筆者は学 んだ題材内容についてアウトプットさせるタスク活 動, つ ま り は 強 制 ア ウ ト プ ッ ト(Swain, 1985, 1995)に着目した。強制アウトプットの効果は,イ 中学校英語科における強制アウトプットが 不定詞の習得に与える影響 大分県/宇佐市立安心院中学校 教諭 山城 仁 申請時:大分県/佐伯市立昭和中学校 教諭 第 27 回 研究助成 英語能力向上をめざす教育実践 報告 実践部門 B 概 要

中学校英語科における強制アウトプットが 不定詞の …...95 中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響 第27回

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    本研究は,英語初学者である中学生に対して強制アウトプット(ストーリー

    リテリング,ディクトグロス)を取り入れた授業を実践し,不定詞の習得にどのような影響を及ぼすのかを検証したものである。強制アウトプットを取り入れた授業は,それぞれ13時間実施された。授業実践前,直後,4週間後に行った自由英作文テストと文法性判断テストにおける複雑性・正確性・流暢性に関する分析から,ストーリーリテリング群には 4週間後においても不定詞の使用数に効果が保持されており,不定詞の使用を促す効果が特に見られることが明らかとなった。ディクトグロス群には 4週間後にかけて意味内容に応じてエラーを訂正する問題に改善が見られ,文構造の適切な使用を促す効果が特に見られることが明らかとなった。また,ディクトグロスは実践直後には不定詞の使用種類を,ストーリーリテリングは 4週間後にかけて不定詞の使用数を有意に伸ばすことが明らかとなった。

    問題と目的1 アウトプットの役割として,⑴ 気付きを促す,⑵ 自分の言語表現が正しいのかを検証する,⑶ 言語の形式的特徴について意識的に考える,⑷ 言語形式を統語的に処理する能力が伸びることが挙げられ る(Doughty & Williams, eds., 1998, Swain, 1985, 1995)。しかし英語初学者である中学生の多くは,即時的な反応が必要なアウトプットに難しさを感じうまく取り組むことができない。また,アウトプットした英文が正しいのかを検証したり,エラーに気

    付いてもうまく修正したりすることができず,同じ間違いを繰り返しがちである。中学生が即時的な反応を必要とするアウトプットに難しさを感じる要因として,注意を払う対象の多さとその処理が関係していると考えられる。学習者の注意容量は限られたものであり,同時に注意を払える対象は限られている(白畑・冨田・村野井・若林, 2009)ことから,英語初学者である中学生はアウトプットの際に生じる注意すべき多くの対象を適切に処理することができていないと推測される。このような現状で次に求められる指導は,中学生が即時的にアウトプットすることを見据えながら,その場に応じてアウトプットする力を段階的に育成していくことであると考えられる。 Skehan and Foster(2001)は,意味内容に焦点を置いたアウトプットは学習者の注意を文構造に向けないこと,使い慣れた文構造を選択することにつながり,全体的な完成度を低下させると指摘している。そこで筆者は,意味ある題材内容について理解し,考えを深め,そしてその内容について英語で表現する活動(村野井, 2006)に取り組ませることに加え,アウトプットする英文の構造にも注意を向けさせていき,文法事項に対する理解を深めさせる必要があると考えた。そのような学習に慣れ親しませることで生徒が伝えたい内容をより適切にアウトプットできるようになることが推測される。 村野井(2006)が示す流れを基に文構造に注意を向けさせる指導を具体化する方策として,筆者は学んだ題材内容についてアウトプットさせるタスク活動,つまりは強制アウトプット(Swain, 1985, 1995)に着目した。強制アウトプットの効果は,イ

    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    大分県/宇佐市立安心院中学校 教諭 山城 仁申請時:大分県/佐伯市立昭和中学校 教諭

    第 27 回 研究助成

    英語能力向上をめざす教育実践報告 Ⅰ実践部門B

    概 要

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    ンプットと学習者の言語知識が比較されることでその違いに気付くこと(Swain & Lapkin, 1995)が挙げられる。また英語初学者が強制アウトプットに取り組むことによる利点は以下の 2点が考えられる。第 1に,文構造に注意を向けさせることにより,生徒は目標とする文法事項の文構造や使用場面,意味内容における理解を深めることができる。第 2に,アウトプットした英文を分析することで,教師はどの文法事項に生徒がつまずきを感じているのかを把握することが可能となる。それらをモデル文と比較させたりフィードバックを与えたりすることで生徒一人一人の能力に応じた文法指導をすることができる。これらの視点を取り入れた強制アウトプットを実践する手立てとしては,ストーリーリテリング(村野井, 2006)やディクトグロス(Wajnryb, 1990)が挙げられる。 村野井(2006)によれば,ストーリーリテリングとは,聞くこと,読むことを通して理解した教科書本文の内容を,口頭で再生する活動である。アメリカ人スペイン語学習者を対象として事前プランニングを取り入れたストーリーリテリングを実践した Ortega(1999)は,複雑性(発話文における語数)や流暢性(話す速度)が伸長したことをまとめている。また,語彙の種類には変容がないものの,語順について母語話者のように使用することができるようになったことを報告している。日本人高校生を対象とした池邉(2004)では,学習した題材内容について再構成させるストーリーリテリング活動を 5か月間に計15回行った。その結果,流暢性(自由英作文の総語数)に効果が見られたことを報告している。 Wajnryb(1990)によれば,ディクトグロスとは,まず初めに比較的短く内容の濃いまとまった文章を教師が普通のスピードで数回読み,学習者はメモを取りながら聞いた後,聞き取った語句を基にペアまたはグループでそれぞれの情報を持ち合い,協同的にテキストを復元する活動である。カナダのイマージョンクラスにおいて時制の習得を目標にディクトグロスを実践した Kowal and Swain(1997)では,学習者ははっきりと時制に注意を向けたわけではなかったことをまとめている。結論としてディクトグロスは特定の文法事項の習得よりも,統語を処理する能力全般の伸長に適切であることを報告している。日本人中学生を対象とした今井(2005)は,文

    法知識の活性化を図るタスク活動を行った後に,同じタスクをする群,ディクトグロスをする群,何も実施しない群に分け,特定の文法事項(現在形・過去形)の定着に与える効果を検証した。その結果,タスク後にディクトグロスに取り組んだ群は,現在形,過去形の文法事項の理解の定着に有効であり,正確性(発話文における正確な文の割合)や流暢性(総発話語彙数)に効果があることを報告している。 本研究では,学習し理解を深めた題材内容をストーリーリテリングの手順に沿ってアウトプットをする群,ディクトグロスの手順に沿ってアウトプットする群に分け,各群がどのように特定の文法事項(不定詞)を習得していくのかを検証することを目的とする。検証の手続きとして次の 2点を実施した。1点目は,英語初学者が無理なく取り組むことができるようにストーリーリテリング,ディクトグロスの実践方法を工夫することであった。2点目は,プレテスト,ポストテスト,遅延ポストテスト(自由英作文テスト,文法性判断テスト)を実施し,各群の不定詞の使用の変容を複雑性・正確性・流暢性の指標や事例から分析することであった。本研究で取り上げた文法事項である不定詞は,⑴ 筆者が教えた過年度生が難しいと感じている文法事項(質問紙調査による),⑵ 単元において指導する文構造が 1種類である(複数の文構造を扱わない)文法事項の 2点を検討した結果である。それぞれの群が不定詞の各用法をどのように使用し,習得を深めているのかについても各自由英作文テスト,文法性判断テストの事例から検証することとした。

    方法22.1 検証授業の概要2.1.1 分析対象と検証テスト 2014年10月から11月にかけて,公立中学校 2年生2クラスを対象に13時間の授業実践を行った。各クラスをそれぞれストーリーリテリング群(男子19名,女子17名)とディクトグロス群(男子20名,女子17名)とした。授業実践の効果を検証するために,プレテスト(将来もう一度行きたい修学旅行の場所ベスト 3),ポストテスト(将来してみたいことベスト 3),遅延ポストテスト(将来行ってみたい国,場所ベスト 3)として自由英作文テスト(各

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    第 27 回 研究助成 B 実践部門・報告Ⅰ

    10分),文法性判断テストを実施し,その内容を分析した。自由英作文テストについては,生徒が交流している台湾の生徒に手紙を書くことを前提に,学校行事などについて体験したことを知らせるテーマを設定した。また,自由英作文テストの事前プランニングとして,テーマに対する考えをマッピングさせる活動(各 5分)に取り組ませた。

    2.1.2 授業実践 表 1にはストーリーリテリング,ディクトグロスを取り入れた単元構成を示している。本研究で使用した New Crown English Series 2 Lesson 5は,GET Part 1,GET Part 2,READ から構成されている。My Dream というテーマの下,READ において登場人物である久美の将来の夢が書かれている単元である。単元の最終目標として,自分の将来の夢について発表することを生徒に示し,その目標達成のための手立てとしてストーリーリテリング,ディクトグロスの各活動を取り入れた。GET Part 1,GET Part 2ではまずオーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,内容理解のための Q&A,ドリル活動,文法説明を両群とも同じ展開で偏りなく行った。その後,ストーリーリテリング群にはストーリーリテリングの手順を,ディクトグロス群にはディクトグロスの手順を取り入れ,それぞれの活動の実際を体感させた。新しく学ぶ文法事項については特に注意を向けさせ,アウトプットする内容に加えるように指示をした。READ ではまずオーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,内容理解のための Q&A を行った。その後,各群に対し「久美の将来の夢を紹介する」ことをテーマとして掲げ,題材内容についてストーリーリテリング,ディ

    クトグロスに取り組ませた。それぞれの活動後,生徒には自分自身の将来の夢についてマッピングさせ,口頭発表に取り組ませた。口頭発表の際は,キーワードをマッピングさせたハンドアウトを基に,即時的に英文を作成することを意識させて取り組ませた。以下に READ において取り組んだストーリーリテリング,ディクトグロスの指導手順を示す。

    【ストーリーリテリングの指導手順】 READ で行うストーリーリテリングにおいて,生徒が取り組む課題は「久美の将来の夢を伝える」ことであった。生徒には題材内容についてのオーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,内容理解のための Q&A に取り組ませ,題材内容を理解させた。また,英文に慣れさせるための音読として,生徒の熟達度を確認しながらバズリーディング,リードアンドルックアップ,オーバーラッピングに段階的に取り組ませた。その後,ストーリーリテリングを以下の手順で行った(図 1)。⑴ 題材内容を表す挿絵にキーワードを書き込んだハンドアウトを配布し,ストーリーリテリングを実演することでモデルを示した。その後,キーワードを基に口頭で英文を再構成すること,わからない箇所は本文を振り返ることを指示して実際に取り組ませた。

    ⑵ 教師は生徒が再構成している発話内容を聞き,新出の文法事項を中心に正確に使用できているかを確認しながら机間指導をした。新出の文法事項は黒板上に明示しておき,正確な使用ができていない生徒や使用が見られない生徒が常時注意を向けることができるようにした。

    ⑶ 生徒は題材内容について発話できるようになっ

    単元 時 ストーリーリテリング群 ディクトグロス群

    GET Part 1

    1~2 オーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,Q&A,ドリル,文法説明3 ストーリーリテリング 1 ディクトグロス 1

    GET Part 2

    4~5 オーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,Q&A,ドリル,文法説明6 ストーリーリテリング 2 ディクトグロス 2

    READ

    7~8 オーラルイントロダクション,リスニング,黙読,音読,Q&A,ドリル,文法説明9~10 ストーリーリテリング 3 ディクトグロス 311~13「自分の夢」について口頭発表

    ■表 1:強制アウトプットを取り入れた単元構成

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    たことを聞き手役の生徒に口頭発表した。その際キーワードのハンドアウトからなるべく目を離すこと,アイコンタクトを取りながら口頭発表することを指示した。発表後はキーワードを基に口頭発表した英文を別に用意したハンドアウトに記述させることで学習した形式の定着を図った。

     ストーリーリテリングを行うにあたっては,生徒が学習し,記憶に保持している形式をそのまま発話してしまい,言語操作をせずにアウトプットしたり,インプットと生徒の言語知識が比較されなかったりすることを回避するため,手順を展開する際に以下の 2点の工夫を行った。 1点目は,再構成する英文は,教科書本文と違う表現になってもよい,キーワードの順序が入れ替わってもよい,情報を加えたり,省いたりしてもよいと指示したことである。このような指示をすることにより,生徒が独自の英文を考えたり,文法事項を操作したりすることが可能となる。したがって,教科書本文をそのまま利用するという意識に変化をもたらすことができる。

    ⑴ キーワードの理解・ 教師はキーワードを提示し,生徒に題材内容を振り返らせる。・ 教師はキーワードを基にストーリーリテリングを実演しモデルを示す。

    ⑵ 発表練習(個人練習)・ 題材内容を表す絵にキーワードが記入されているハンドアウトを基に内容を再構成させる。・ 教師は机間指導をし,生徒の発話内容に対してエラーにフィードバックを与えたり,発話を促したりする。

    ⑶ 口頭発表(ペアワーク)・ 生徒をペアにさせ,題材内容についてハンドアウトを参照しながらお互いに口頭発表をさせる。・ 教師は生徒がアイコンタクトを取ったり,ジェスチャーを加えたりできている様子を全体で共有する。

    ▶図 1:ストーリーリテリングの指導手順

      2点目は,READ は登場人物が自分の夢を説明する内容になっているため,その内容を第 3者に説明する英文を考え,口頭発表するように意識させたことである。この工夫を通して,発表する自覚を生徒に持たせること,題材内容や英文を身近に感じさせることに配慮した。

    【ディクトグロスの指導手順】 READ で行うディクトグロスにおいて,生徒が取り組む課題は「久美の将来の夢を聞き取り,メモしたことを基にその内容について説明する文を書いてまとめる」ことであった。READ の導入については,ストーリーリテリング群に取り組ませた導入と同じ手順で行った。その後,ディクトグロスを以下の手順で行った(図 2)。⑴ 生徒が聞き取った際にキーワードとして書き入れるチャンクの適切な長さを示すため,ストーリーリテリング群にハンドアウトで示したのと同じキーワードを黒板上に明示し説明した。その後,教科書本文の段落(導入,本文,結論)に応じて作成したハンドアウトを配布し,その中に聞き取ったキーワードを記入していくように指示をした。生徒の熟達度を考慮した上で,各英文の範読後に一定の間がある音声を 2回繰り返して聞かせた。書き取ったキーワードを基に,個人で英文を再構成させる時間を始めに確保した。

    ⑵ 個人で作成させた英文を持ち寄り,ペアで英文を仕上げさせた。内容を最後まで書き上げることと英文の正確さを確認することを指示し,日本語で話し合わせながら活動に取り組ませた。

    ⑶ 仕上げた英文は教科書本文と比較させたり,教師によるフィードバックを与えたりし,間違いを赤ペンで修正させた。見直し後,修正した箇所を正確に書くように意識させ,キーワードを見ながら再度再構成に取り組ませた。

     ディクトグロスにおいても,ストーリーリテリングと同じように生徒が言語操作をせずにアウトプットしたり,インプットと生徒の言語知識が比較されなかったりすることを回避する必要がある。そのためにストーリーリテリングで取り入れた 2点の工夫を加えてライティングをさせた。また,英文を創出するためにペアで相談する際は,不定詞を意識的に取り上げさせ,その意味内容や文構造について必ず検討するように指示をした。ペア相手が不定詞の文構造や意味内容を理解していない場合は,それらを説明し理解させる活動に取り組ませた。

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    第 27 回 研究助成 B 実践部門・報告Ⅰ

    ⑴ ディクテーション・ 教師はキーワードを提示し,生徒に題材内容を振り返らせる。・ READ の英文を2回繰り返して聞かせる。その際,聞き取った単語や語句をハンドアウトに記入させる。

    ⑵ 再構成(個人・ペアワーク)・ まず個人で聞き取った単語や語句を基に内容を再構成させる。・ その後,作成した英文を持ち寄りペアで相談しながら英文を再構成させる。

    ⑶ 再考・再構成・ 生徒が仕上げた英文を教師が確認し,エラーにチェックを入れる。生徒にチェックがある箇所を再考させる。・ 生徒に再考した箇所に注意させ,再び題材内容を表す英文を再構成させる。

    ▶図 2:ディクトグロスの指導手順

    2.2 分析手続き 本研究における複雑性・正確性・流暢性に関する概念は,Wolfe-Quintero, Inagaki, and Kim(1998)を基 に,Skehan and Foster(1999),Housen, Kuiken, and Vedder(2012)から援用したものである。

    2.2.1 複雑性 複雑性について Wolfe-Quintero et al.(1998)では,文法事項の多様さやその巧みな使用を挙げている。英文が文法的に複雑化するということは文法事項の構造を使用して基本的な表現ができるようになることであり,かつ文法事項を組み合わせるなどして発展させた使用ができるようになることである。Skehan and Foster(1999)では,学習者が適切に使用できていない文法事項を扱えるようになることで複雑化が伸長すると述べている。使用できる文法事項が増えていくことにより中間言語の再構成が行われると同時に,より高次な表現をすることが可能となる。不定詞を使用した表現ができるようになることで,具体的な理由を述べたり説明をしたりすることができる。また既習の知識と不定詞を組み合わせて表現することで伝えたい内容をより適切に表現することが可能となる。そこで本研究における複雑性として,使用する不定詞の数,使用する不定詞の種類(最大値 3)を設定した。

    2.2.2 正確性 正確性について Wolfe-Quintero et al.(1998)で

    は,書くこと,話すことを通して実際にコミュニケーションを図る際にエラーを避けようとする能力であり,母語話者などが使用する自然な言語と学習者のアウトプットの比較によって測定されるべきであると述べている。Skehan and Foster(1999)では,より難しいレベルで適切な言語使用にチャレンジしながらも,エラーを誘発する文構造の使用を避ける能力を挙げている。生徒は学習したばかりの文法事項を適切に運用することは,より難しいレベルにチャレンジすることであると言える。そこで不定詞に対するエラーはどのように変容するのかを検討するため,本研究ではエラーのない不定詞の割合を正確性として設定した。また,各自由英作文テストにおいて使用がない例についてはエラーとして測定することとした。

    2.2.3 流暢性 流暢性について Wolfe-Quintero et al.(1998)では,意味を理解しながら言語を即時的に処理すること,かつ言語操作・運用を適切に行うことを挙げている。Housen et al.(2012)では,伝えようとする意味内容に必要な第 2言語情報を取捨選択する処理速度や効率といった学習者の第 2言語における知識体系を司る能力であることを述べている。そこで本研究では,生徒が不定詞の意味を理解し処理するインプットから言語を操作したり運用したりするアウトプットへの流れを流暢性として設定した。流暢性を測る観点として,反応速度(latency)を基に考察を加えた Sanz, Lin, Lado, Bowden, and Stafford(2009)を参考にし,文法性判断テストに指標を設けることとした。日本人英語初学者を対象とした文法性判断テストを作成するため,白畑他(2009)を参考に,制限時間内に文脈から判断して答える問題(問題 A,最大値10),音声を聞いて答える問題(問題 B,最大値10),意味内容に応じてエラーを訂正する問題(問題 C,最大値 8)を設定した。

    2.2.4 事例分析 事例分析にあたっては,ストーリーリテリング群とディクトグロス群のそれぞれに与える影響を考察するため,自由英作文テストの英文と文法性判断テストにおける解答を具体的に見ていくこととした。統計的な分析と同じく,複雑性,正確性,流暢性の指標から分析を行った。

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    結果33.1 ストーリーリテリング群における

    変容3.1.1 複雑性 表 2より,不定詞の使用数においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),ポストテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。不定詞の使用種類においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ストーリーリテリング群には,不定詞の使用数においては効果が4週間後においても保持されており,不定詞の使用種類においては,効果が 4週間後も持続していると言える。

    複雑性 プレ ポスト 遅延

    不定詞の使用数M 0.03 1.94 3.19

    SD 0.16 1.84 2.75

    不定詞の使用種類M 0.03 0.81 1.00

    SD 0.16 0.46 0.62

    ■表 2:ストーリーリテリング群における複雑性の指標の変化

    3.1.2 正確性 表 3より,エラーのない不定詞の割合においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ストーリーリテリング群には,不定詞の正確な使用に対する効果が 4週間後においても持続していると言える。

    正確性 プレ ポスト 遅延

    エラーのない 不定詞の割合

    M 0.03 0.61 0.62

    SD 0.16 0.46 0.45

    ■表 3:ストーリーリテリング群における正確性の指標の変化

    3.1.3 流暢性 表 4より,問題 A においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .05)に有意差が見られた。問題 B においては,有意差はなく,効果が見られないこと

    が明らかとなった。問題 C においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ストーリーリテリング群には,文脈から判断して答える問題,意味内容に応じてエラーを訂正する問題に対する効果が 4週間後においても持続していると言える。

    流暢性 プレ ポスト 遅延

    問題 AM 3.78 4.72 4.53

    SD 1.96 2.32 1.89

    問題 BM 5.81 6.42 5.97

    SD 2.03 2.18 2.02

    問題 CM 2.25 3.36 3.28

    SD 1.88 2.20 2.26

    ■表 4:ストーリーリテリング群における流暢性の指標の変化

    3.1.4 ストーリーリテリング群における事例分析

     不定詞に焦点を置きながらストーリーリテリングを通してアウトプットをした学習者は,統計的な分析より複雑性,正確性,流暢性の一部に変化があったことが明らかとなった。本節では,自由英作文テストと文法性判断テストにおける事例を取り上げ,不定詞の習得に対する変化の内実について検討する。事例は,ストーリーリテリング群における生徒 A・B・C によるものである。生徒 A・B・C を対象としたのは,これらの生徒全員が不定詞について授業実践前に低い理解であり,授業実践後における検証テストと文法性判断テストにおいて伸長が見られたことによるものである。 プレテストにおける自由英作文テストでは,将来もう一度行ってみたい修学旅行の場所を述べたり,それらの場所を説明したりするために不定詞の使用をすることが考えられた。しかしプレテストの段階では未習であったため不定詞の使用は生徒 A・B・C の英文には見られず,全体の中でも 1例だけであった。この段階で使用していた主な文法事項は過去形であった。ポストテストの段階では,I want to be a nurse. I want to help people.(生徒 A)のように名詞用法である want to を使用した英文を多く表現するようになった。しかし生徒 A・B・C に副詞用法,形容詞用法の使用は見られなかった。不定詞

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    第 27 回 研究助成 B 実践部門・報告Ⅰ

    の使用におけるエラーについては,I want to travel with my friend.(生徒 B)のように正しく使用できている一方で,同じ用法の使用にもかかわらず I want to public servant. と表現をしているなど,すべての文について正しく使用できていない事例が見られた。遅延ポストテストの段階になると,名詞 用 法 に 加 え I want to visit the USA to go to Disneyland.(生徒 A),I want to go to Hawaii to swim in the sea. I want to go to France to watch

    “エッフェル塔.”(生徒 C)のように副詞用法を使用している例が見られるようになった。 プレテストにおける文法性判断テスト(28点満点)では,14点(生徒 A),17点(生徒 B),12点(生徒 C)であった。ポストテストの段階で生徒 A・B・C に変容が見られたのは問題 C であった。問題 C は意味内容に応じて例文内のエラーを訂正する問題である。プレテストの段階では不定詞は未習であったため,無解答が多く見られた。ポストテストの段階では,1点から 7点(生徒 A),2点から 5点(生徒 B),1点から 5点(生徒 C)へと点数が向 上 し た。I want to visit China someday.(I want visiting China someday.),Tom went to the gym to play volleyball.(Tom went to the gym played volleyball.),I want something to drink.(I want something drink.)(生徒 A)のように文中のエラーに気付き,不定詞を使用して訂正をすることができていた。しかし,遅延ポストテストの段階では 4点(生徒 A),5点(生徒 B),4点(生徒 C)となった。解答には,I want to something to eat.(生徒 A)や I want to something eat.(生徒 C)のように名詞用法と形容詞用法を混同している例,エラーなしと判断している例が見られた。 これらの自由英作文テストと文法性判断テストの変化を併せて検討すると,生徒 A・B・C は授業で学習した題材内容についてキーワードを基に英文を創出したり,モデル文と比較したりする活動を通して不定詞をより複雑に使用する運用面,不定詞の文構造,使用場面などの理解面について変化できていたと推察できる。 キーワードを基にしながら題材内容について表現する発話練習を重ねていく中で,モデル文と自分が発話する英文を比較し文法事項のエラーに気付いたり,ペアで互いの発話を聞きモデル文にない英文を取り入れようとしたり,できたことを通して不定詞

    の運用や文法事項に対する理解が深まったと考えられる。その一方で,時間経過とともに各用法の使い分けに課題が見られるようになった。 ストーリーリテリングを通してアウトプットをすることができていても,学習した内容は即時に自在に運用できるようになるのではなく,生徒は表現しやすい文構造に注意を向けていることが明らかとなった。遅延ポストテストにおいて生徒 A・C が副詞用法を使用していたのは,名詞用法への習熟が図られたため,副詞用法へ注意が向いたことによるものであると推察できる。形容詞用法への習熟と使用場面の指導に対する工夫がさらに必要であることも明らかである。また,短い英文を聞いてその後の会話として適切な文を選択する問題 B については,生徒 A・B・C ともにプレテストの段階から正しい答えを選択することができていた。このことから,生徒は不定詞に対する習熟にかかわらず,英文の意味内容を聞いて解釈することができると考えられる。

    3.2 ディクトグロス群における変容3.2.1 複雑性 表 5より,不定詞の使用数においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。不定詞の使用種類においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ディクトグロス群には,不定詞の使用数,不定詞の使用種類に対する効果が4週間後においても持続していると言える。

    複雑性 プレ ポスト 遅延

    不定詞の使用数M 0.00 2.76 2.78

    SD 0.00 2.33 2.66

    不定詞の使用種類M 0.00 1.03 0.86

    SD 0.00 0.49 0.53

    ■表 5:ディクトグロス群における複雑性の指標の変化

    3.2.2 正確性 表 6より,エラーのない不定詞の割合においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ディクトグロス群には,不定詞の正確な使用に対する効果が 4週間後においても持続していると

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    言える。

    正確性 プレ ポスト 遅延

    エラーのない 不定詞の割合

    M 0.00 0.53 0.62

    SD 0.00 0.46 0.46

    ■表 6:ディクトグロス群における正確性の指標の変化

    3.2.3 流暢性 表 7より,問題 A においては,プレテストとポストテスト間に有意差が見られた(p < .05)。問題 B においては,有意差は見られず,効果が見られないことが明らかとなった。問題 C においては,プレテストとポストテスト間(p < .01),プレテストと遅延ポストテスト間(p < .01)に有意差が見られた。ディクトグロス群には文脈から判断して答える問題に対する効果は 4週間後には効果が見られなくなると言える。また,意味内容に応じてエラーを訂正する問題に対する効果が 4週間後においても持続していると言える。

    流暢性 プレ ポスト 遅延

    問題 AM 4.08 4.81 4.30

    SD 1.95 1.94 2.52

    問題 BM 5.32 5.78 5.64

    SD 2.04 2.30 2.08

    問題 CM 2.46 3.19 3.43

    SD 1.48 1.80 2.14

    ■表 7:ディクトグロス群における流暢性の指標の変化

    3.2.4 ディクトグロス群における事例分析 不定詞に焦点を置きながらディクトグロスを通してアウトプットをした学習者は,統計的な分析より,複雑性,正確性,流暢性の一部に変化があったことが明らかとなった。ストーリーリテリング群における事例分析と同様の手順で変化の内実について検討する。事例はディクトグロス群における生徒 D・E・F である。これらの生徒を対象とした理由はストーリーリテリング群の事例分析と同様である。 プレテストにおける自由英作文テストでは,生徒 D・E・F は生徒 A・B・C と同じように不定詞の使用はなく,過去形を使用した表現をしていた。ポストテストの段階では I want to go to the moon to

    pick up the stone.(生徒 D),I want to work in a hospital in the future. I will study hard to work there.

    (生徒 E)のように,名詞用法,副詞用法を使用した例が見られるようになった。不定詞の使用におけるエラーについては,I want to world travel.(生徒 F)のように動詞の適切な使用にエラーが見られた。遅延ポストテストの段階では,生徒 D・E に副詞用法の使用は見られなくなったが,I want to eat delicious food. For example, I want to eat hamburger.(生徒 D)のような接続語や I want to go to the USA because there are many famous buildings.(生徒 E)のような従属接続詞を使用した表現が見られた。生徒 F は,I want to go to Australia. I want to swim in the sea. と正しく文構造を使用して表現できるようになった。生徒 E は,ポストテストの段階では不定詞の使用においてエラーは見られなかったものの,遅延ポストテストの段階では I want to visit the country is Italy. のようなエラーが見られた。この生徒 E のエラーについては,不定詞を使ってより発展的な英文を作成しようと試みた結果であるととらえられる。 プレテストにおける文法性判断テストでは,17点(生徒 D),18点(生徒 E),8点(生徒 F)であった。生徒 D・E・F はポストテストにおいては24点,22点,13点に向上しており,問題 A・B・C それぞれにおける点数の向上が見られた。遅延ポストテストにおいて生徒 D・E・F は22点,25点,20点と点数が向上した。プレテストと遅延ポストテストの比較から,生徒 E・F に顕著な向上が見られた。生徒 E については問題 C において 4点から 8点へと変容した。生徒 E は遅延ポストテストにおいて不定詞の各用法についてエラーを訂正し,適切に使用することができるようになっていた。生徒 F については問題 A が 3点から 8点,問題 C が 1点から 6点へ向上した。生徒 F は,ポストテストでの問題 A では,want to が表す内容を理解するにとどまっていたが,遅延ポストテストにおいて各用法が表す意味内容を理解し,適切な文脈を選択することができていた。問題 C においては,ポストテストの段階で Tom went to the gym to play volleyball.(Tom went to the gym played volleyball)などの副詞用法におけるエラーを訂正することができていた。遅延ポストテストの段階になると,There are many things to learn in this book.(There are many things

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    第 27 回 研究助成 B 実践部門・報告Ⅰ

    learned in this book.)や I want something to eat.(I want something eat.)と形容詞用法におけるエラーについても正しく訂正することができていた。 これらの自由英作文テストと文法性判断テストの変化を併せて検討すると,生徒 D・E・F は授業で学習した題材内容について聞き取ったキーワードを基に,協同して取り組みながら英文を創出するアウトプット活動を通して,不定詞を使用する運用面,不定詞の文構造に対する理解面について変化できていたと推察できる。 聞き取ったキーワードを基に題材内容を表す英文を再構成する中で,文構造を正しく使用した表現方法を話し合うことや,キーワードを結びつけたり接続語を使用したりしながら英文を創出することを通して不定詞の使用場面や不定詞に対する文構造,使用場面などの理解が深まったと考えられる。その一方で,時間経過とともに副詞用法を使用しなくなるという課題が見られた。 ディクトグロスを通して,文法事項や文構造に対する知識については時間経過とともに改善されていることが明らかとなった。ディクトグロス群においても形容詞用法への習熟と使用場面の指導に対する工夫が必要であることが明らかである。問題 B についてはストーリーリテリング群と同様の結果が得られた。

    3.2.5 ストーリーリテリング群—ディクトグロス群間における統計分析

     ストーリーリテリング群,ディクトグロス群の間に有意差が見られたものは,不定詞の使用種類におけるプレテストとポストテスト間(p < .05)(図3),不定詞の使用数におけるポストテストと遅延ポストテスト間(p < .05)(図 4)である。このことから,ディクトグロスを用いた指導はストーリーリテリングを用いた指導よりも有意に不定詞の使用種類を増やすこと,ストーリーリテリングを用いた指導はディクトグロスを用いた指導より 4週間後においても有意に不定詞の使用を促すことが明らかとなった。

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    1.2

    遅延ポストプレ

    ディクトグロス群ストーリーリテリング群

    ▶図 3:不定詞の使用種類における平均の推移

    0.0

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    2.5

    3.0

    3.5

    遅延ポストプレ

    ディクトグロス群ストーリーリテリング群

    ▶図 4:不定詞の使用数における平均の推移

    考察4 本研究では,英語初学者に対して行う強制アウトプット(ストーリーリテリング,ディクトグロス)が不定詞の習得にどのような影響を与えるのかを検討するために,授業実践の計画・実施,自由英作文テスト・文法性判断テストにおける分析を行った。実践授業の計画・実施については,題材内容である My Dream を活用し,生徒が自分の将来の夢について考えたことについて即興的に英文を構成しながら発表することを目的とし,その目標を達成するための手立てとして強制アウトプットを位置づけた授業を計画・実施してきた。 自由英作文テスト・文法性判断テストと事例分析から各群において次のような結果を得ることができた。ストーリーリテリング群においてプレテストとポストテスト間で有意差が見られたのは,⑴ 複雑性(不定詞の使用数,不定詞の使用種類),⑵ 正確

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    性(エラーのない不定詞の割合),⑶ 流暢性の一部(問題 A:文脈から判断する問題,問題 C:意味内容に応じてエラーを訂正する問題)であった。またポストテストと遅延ポストテスト間で有意差が見られたのは,⑴ 複雑性(不定詞の使用数)であった。事例分析から不定詞の使用種類では,実践 4週間後の時点において,名詞用法,副詞用法を使用し,より複雑な表現をすることができていた。また文法事項に関する理解面において,実践後には文構造を正しく理解し,エラーを訂正することができていたが,4週間後には英文が表す意味内容と不定詞の文構造を一致させることに課題が見られた。 ディクトグロス群においてプレテストとポストテスト間で有意差が見られたのは,⑴ 複雑性(不定詞の使用数,不定詞の使用種類),⑵ 正確性(エラーのない不定詞の割合),⑶ 流暢性の一部(問題 A:文脈から判断する問題,問題 C:意味内容に応じてエラーを訂正する問題)であった。ポストテストと遅延ポストテスト間には有意差は見られなかった。事例分析から不定詞の使用種類においては,実践直後に名詞用法,副詞用法を使用した表現が見られたが, 4週間後には副詞用法の使用が見られなくなった。その一方で文と文のつながりを示す接続語を使用した英文が見られるようになった。意味内容と不定詞の文構造を一致させる問題については,実践直後から 4週間後にかけてディクトグロス群全体に改善が見られた。 ストーリーリテリング群とディクトグロス群間における統計分析から有意差が見られたのは,不定詞の使用種類におけるプレテストとポストテスト間,不定詞の使用数におけるポストテストと遅延ポストテスト間であった。したがって,ディクトグロスはストーリーリテリングよりも実践直後において不定詞を使い分ける力を伸ばすこと,ストーリーリテリングはディクトグロスよりも不定詞を繰り返しながら使用する力を伸ばすことが明らかとなった。

    結論5 本研究において,強制アウトプット(ストーリーリテリング,ディクトグロス)を取り入れて行った実践を複雑性,正確性,流暢性の観点から検証した結果,以下の点が明らかとなった。

     ストーリーリテリングは,実践直後に複雑性(不定詞の使用数,不定詞の使用種類),正確性(エラーのない不定詞の割合),流暢性の一部(文脈から判断する問題,意味内容に応じてエラーを訂正する問題)を高めるのに効果がある。それらは実践後 4週間の時点においても効果が持続されるが,複雑性の一部(不定詞の使用数)にはその効果が保持される。また,ストーリーリテリングはディクトグロスよりもポストテストと遅延ポストテスト間において複雑性の一部(不定詞の使用数)を有意に高める。 ディクトグロスは,実践直後に複雑性(不定詞の使用数,不定詞の使用種類),正確性(エラーのない不定詞の割合),流暢性の一部(文脈から判断する問題,意味内容に応じてエラーを訂正する問題)を高めるのに効果があり,実践 4週間後の時点においてもその効果が持続される。流暢性の一部(意味内容に応じてエラーを訂正する問題)については,実践直後から 4週間後にかけて意味内容に応じて適切に不定詞を使用し,処理される。また,ディクトグロスはストーリーリテリングよりも実践直後において複雑性の一部(不定詞の使用種類)を有意に高める。 今後の課題は,他の文法事項において強制アウトプットを取り入れた授業を計画・実践・評価することである。中学校の英語授業で扱う文法事項に対し強制アウトプットを位置づけた実践を展開していくことで,学習者の複雑性・正確性・流暢性にどのような変化があるかを検討することが必要であると言える。そうした作業は,各文法事項に対する効果的な指導のあり方をさらに検討することとなり,即時的にアウトプットができる生徒の育成方策を進展させると考えられる。

    謝 辞 この研究を発表する貴重な機会を与えてくださった,公益財団法人 日本英語検定協会にまず感謝の意を表します。選考委員の長 勝彦先生,大分大学教育福祉科学部附属教育実践総合センターの竹中真希子先生には大変お世話になりました。ここに記して感謝の意を表します。

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

    第 27 回 研究助成 B 実践部門・報告Ⅰ

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    参考文献(*は引用文献)

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    資 料

    資料 1:ストーリーリテリングにおけるハンドアウト

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    中学校英語科における強制アウトプットが不定詞の習得に与える影響

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    資料 2:ディクトグロスにおけるハンドアウト

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