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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ Title �COPDAuthor(s) �, Journal �, 118(6): 505-511 URL http://doi.org/10.15041/tdcgakuho.118.505 Right Description

慢性閉塞性肺疾患(COPD)における歯周病と栄養 …ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/4775/1/118_505.pdfCOPDでないと診断され,かつ口腔検査を受けた7

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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,

Available from http://ir.tdc.ac.jp/

Title慢性閉塞性肺疾患(COPD)における歯周病と栄養状態の

検討

Author(s) 寺嶋, 毅

Journal 歯科学報, 118(6): 505-511

URL http://doi.org/10.15041/tdcgakuho.118.505

Right

Description

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関連医学の進歩・現状

慢性閉塞性肺疾患(COPD)における歯周病と栄養状態の検討

寺嶋 毅

はじめに

慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonarydisease:COPD)は長期間にわたって有害な物質を吸入し,それらが末梢気道に沈着することで引き起こされる炎症性肺疾患である。我が国では大多数の症例において長期間の喫煙習慣が原因であり,20歳頃から喫煙を開始し,50歳から70歳頃に労作時の呼吸困難や慢性の咳,痰を自覚するようになり医療機関を受診し診断される。中でも労作時の息切れは緩徐であるが進行性であり,その程度は modified

British Medical Research Council(mMRC)グレードを用いて表される。全く息切れがない(mMRC0度)からはじまり,初期には階段や上り坂で息切れを自覚し(mMRC 1度),次第に平坦な道でも息切れを生じ同世代のひととは同じ速度で歩けなくなる(mMRC 2度)。その後,数分あるいは100mくらいの距離の歩行でも息切れのために休むようになり(mMRC 3度),最終的には着替えや家の中での生活でも息が切れるようになる(mMRC 4度)。病理学的に肺気腫,臨床的に慢性気管支炎と呼ばれていた疾患であるが,その区別は難しく現在はCOPDと総称されている。呼吸機能検査によって1秒率(1秒量/努力肺活量)が0.7未満で診断される。世界的にみると,COPDの患者数は2億人,年間死亡者数は300万人と推定されている。我が国でも患者数は推定約530万人,死亡数は2015年には

約16,000人,死亡順位10位である。COPD患者の多くは重度の喫煙歴があるため,

高血圧,糖尿病や心疾患などの生活習慣病を有していることが珍しくない。喫煙や生活習慣などの共通の危険因子があるものの,虚血性心疾患,心不全,骨粗鬆症,糖尿病,貧血,うつなどの併存疾患が多いことに関して,COPDは肺だけの単一臓器に限局した疾患ではなく全身に炎症をきたしている病態ととらえられている。インターロイキン(IL)-6,腫瘍壊死因子(TNF)-αなどの炎症性サイトカインが関与していることが推定されており,慢性消耗の結果サルコペニアもきたしやすい1)。これらの併存疾患も含めた管理が予後や生活の質(QOL)に影響するため,併存疾患に関する研究が多くなされている。一方,歯周病も,糖尿病をはじめ,心疾患,脳血管疾患,認知症,関節リュウマチ,骨粗鬆症などの発症や進行に影響を及ぼしていることが報告されている2)。このように,COPDと歯周病はともに多臓器の併存疾患が多く全身の慢性炎症に関与していることは興味深い。年齢,喫煙,健康に対する意識や社会的要因などの共通のリスクファクターを有することに加えて,COPDと歯周病は相互の病態の発症や進行に関与している可能性がある(図1)。図1上は酸素吸入治療中の COPD患者の口腔の写真を示す。COPD患者では,残存歯数が少ないこと,口腔内の衛生状態がよくない印象をもったことが COPDと歯周病との関連に注目したきっかけで

キーワード:歯周病,COPD,低アルブミン血症,栄養状 Takeshi TERASHIMA : Periodontitis and nutritional status 態,サルコペニア in chronic obstructive pulmonary disease(COPD)(De-

東京歯科大学市川総合病院呼吸器内科 partment of Respiratory Medicine, Tokyo Dental College(2018年8月16日受付,2018年10月3日受理) Ichikawa General Hospital)http : //doi.org/10 .15041 /tdcgakuho.118 .505連絡先:〒272 ‐8513 千葉県市川市菅野5-11-13

東京歯科大学市川総合病院呼吸器内科 寺嶋 毅

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506 寺嶋:慢性閉塞性肺疾患における歯周病と栄養状態

図1 COPDと歯周病との関連

ある。図1下の胸部 CTでは肺野に低吸収領域と血管陰影の狭小化を認める。図1下左に呼吸不全で死亡された COPD症例の肺の病理解剖の写真を示したが,肺に黒色の炭粉が沈着している。右下のミクロの写真では破壊された肺胞壁を認め,病理学的に気腫化が確認された。

COPDと歯周病の疫学的関連

COPDと歯周病の疫学的関連を検討した過去の代表的な報告を紹介したい。米国での対象者1,118人を25年間追跡したコホート研究では,ベースライン時の歯槽骨の消失(alveolar bone loss:ABL)が最も顕著な群で1.8倍 COPD発症率が高かったことより,歯周病は COPD発症の危険因子であることが示唆された3)。さらに米国で13,792人を対象とした大規模な横断研究で,COPD群では歯槽骨の吸収(attachment loss:AL)が大きく,平均3mm以上の ALをもつ者は,1.45倍 COPD有病率が高く,年齢や喫煙歴などの交絡因子で調整しても歯周病が重度であるほど,より COPDを有している割合が高いことが示された4)。また,ノルウェーでのケースコントロール研究では,130人の COPD患者,50人の非 COPD患者を比較したところ,COPD群では歯周病が多かった5)。中国でのケースコントロール研究においても,581人の COPD患者,438人の非COPD患者を比較したところ,COPDの重症度が

高いほど,plaque index(PI),pocket depth(PD),AL,ABLで評価した歯周病の程度は重く,残存歯数が少なかったことより,重症の COPDでは歯周病も重度であることが示唆された6)。一方,関連がなかったという報告もある。米国で7,625人を対象とした大規模な横断研究で平均4mm以上の ALを持つ者で,COPDの有病率は1.48倍であったが95%信頼区間0.90-2.43と有意な関連を認めなかった7)。14の観察研究をメタ解析した報告では,3,988人の COPD患者と22,871人のコントロールを比較すると,歯周病があると2.08倍 COPDの有病率が高かった8)。過去の報告を分析した総説では,関連があったという報告,関連がなかったという報告の両者を引用し,対象の選択方法や歯周病の評価方法,年齢や喫煙歴などの寄与因子の調整などが異なることが,結論がまちまちである一因と考察している8-10)。

COPDにおける歯周病と栄養状態についての検討

COPDと歯周病は相互に発症や進行に影響を与えていること,その一つとして COPDにおいて歯周病を併発することで栄養状態を低下させ COPDの自然経過に関与しているという仮説のもと,我々は COPDにおける歯周病の有病率,歯周病の病態が COPD患者の栄養状態に与える影響について検

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507 歯科学報 Vol.118,No.6(2018)

討した。その研究結果について以下に示す11)。東京歯科大学市川総合病院に通院中の COPD患

者(COPD群;n=60)と,人間ドック受診者のうちCOPDでないと診断され,かつ口腔検査を受けた76名を対象とした。76名のうち41名は喫煙歴があり(非 COPD喫煙群),35名は非喫煙者(非 COPD非喫煙群)であった。歯周病や口腔内の状態は残存歯数,歯周プローブをポケットに軽圧で挿入した際のポケット底部からの出血(bleeding on probing:BOP),歯肉辺縁からプローブ先端までの距離(PD)を用いて評価した。栄養状態は Body mass index(BMI),除脂肪体重,血清アルブミン値を用いて評価した。表1に COPD群,非 COPD喫煙群,非 COPD非

喫煙の背景や検査値を平均±標準偏差で示した。年齢,喫煙指数は COPD群で非 COPD喫煙群,非COPD非喫煙群よりも高値であった。非 COPD非喫煙群で女性の割合が高く,除脂肪体重は低値で

あった。COPD群の標準に対する1秒量の割合は70 ±28%で,非 COPD喫煙群,非 COPD非喫煙群では100%以上であった。BMI は群間で差を認めなかった。血清アルブミン値は COPD群で低値であった。表2に口腔内の状態を示した。COPD群では残

存歯数は12.3±9.7本と減少し,BOP陽性者の割合が90.6%と上昇,PDの平均値は3.8±1.1mmと高値であった。残存歯数に占める PD 4mm以上の歯の本数の割合,PD 4mm以上の歯の本数の割合が30%以上である人数の割合も COPD群で高値であった。図2に COPD群における PD 4mm以上の歯の

本数と血清アルブミン値との関連を示した。PD 4mm以上の歯の本数が多いほど血清アルブミン値が低値であった。アルブミンは慢性炎症でも低下するが CRP は相関がなかったことより,アルブミン値の低下は低栄養を反映していると考えられた。

表1 対象者の特徴

COPD群 非 COPD喫煙群 非COPD非喫煙群(n=60) (n=41) (n=35)

年歴(歳) 73.9 ± 7.6*† 66.2 ± 5.8 63.9 ± 5.7性別,男/女 55:5† 37:4† 12:23喫煙歴,箱-年数 68.9 ± 36.6*† 34.7 ± 26.9† 0標準に対する1秒量の割合(%) 70 ± 28 *† 104 ± 16 108 ± 171秒量/努力肺活量(%) 54.1 ± 10.5*† 78.5 ± 4.6 79.8 ± 5.1

BMI(kg/m2) 23.0 ± 3.3 24.4 ± 4.0 23.5 ± 3.0除脂肪体重(kg) 47.8 ± 8.0‡ 49.9 ± 8.6‡ 42.6 ± 7.9血清アルブミン(g/dL) 4.13 ± 0.35 *† 4.32 ± 0.23 4.42 ± 0.18血清 CRP(mg/dL) 0.15 ± 0.14 0.13 ± 0.13 0.13 ± 0.17

平均 ± 標準偏差.*p<0.0001,vs非 COPD喫煙群; †p<0.0001,vs非 COPD非喫煙群; ‡p<0.05,vs非 COPD非喫煙群

表2 口腔内の状態

COPD群 非 COPD喫煙群 非COPD非喫煙群(n=60) (n=41) (n=35)

残存歯数(本) 12.3 ± 9.7*† 22.1 ± 7.2 23.4 ± 6.3BOP陽性者の割合(%) 90.6*† 57.5 65.7

PD(mm) 3.8 ± 1.1*† 3.0 ± 0.6 2.9 ± 1.1

PD 4mmの歯数 5.8 ± 5.2 4.4 ± 3.7 4.4 ± 4.8

PD 4mmの歯数/残存歯数(%) 49.2 ± 34.3*† 20.2 ± 17.2 19.8 ± 22.6

PD 4mmの歯数/残存歯数が30%以上の人数の割合(%) 70.0*† 25.6 29.4

平均 ± 標準偏差.*p<0.0001,vs 非 COPD喫煙群; †p<0.0001,vs 非 COPD非喫煙群

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508 寺嶋:慢性閉塞性肺疾患における歯周病と栄養状態

図2 Pocket depth 4mm以上の歯の本数と血清アルブミン値との関連

以上より我が国の検討においても COPDでは歯周病の有病率が高いことが示唆された。また,COPD群では他群に比較して血清アルブミンが低値であり,さらに歯周病の程度が強いほど血清アルブミンが低値であったことより COPDでは歯周病の病態が栄養状態に影響している可能性が示唆された。

COPDと歯周病が関連する機序

COPDと歯周病との関連を検討する上でいくつかの機序が考えられる。COPD患者では,1日あたりの歯を磨く回数が少ない,年間の平均歯科受診回数が少ない,定期的なスケーリングを受ける機会が少ないなど,口腔衛生習慣が劣っていることが報告されている12)。このことから,COPD患者は口腔衛生習慣に乏しいために歯周病の有病率が高いということがいえるかもしれない。この場合,健康に対する意識が低い,経済レベルが低い,喫煙習慣があることなど共通の危険因子が,口腔衛生習慣が乏しいことにもつながり,一方で,COPDの発症にも関与するという考え方もできる(図1)。また,COPDに由来する炎症性メディエーターが肺局所から口腔内に波及し,歯周病の発症あるいは進行に関与している可能性も考えられる。同様に歯周病に関与している病原菌,病原菌と歯周組織との相互作用で生じた炎症性メディエーターが口腔局所から全身,あるいは肺に波及して COPDの発症や進行に

関与している可能性もあり得る。さらには遺伝的素因や生活習慣により炎症の増大や組織の損傷を起こしやすい宿主が,喫煙曝露や歯周病菌の持続感染の結果 COPDと歯周病をともに発症しやすい可能性もある。

COPDの急性増悪と歯周病の関連

COPDでは息切れなどの症状は日内変動や季節による変化があり,早朝や冬期など気温が低いときに調子が悪いことがしばしば見受けられる。通常でも症状の変動はあるものの,その変動幅を超えて救急外来を受診したり,入院となることを急性増悪という。ウィルス感染や過労が原因となることが多い。急性増悪の頻度が年間0回より1-2回,さらに3回以上の症例では予後が悪いことが報告されている13)。興味あることに急性増悪の回数に歯周病の程度が影響しているという報告がある。COPD患者392人を増悪回数が1年に2回未満であった群と,2回以上であった群に分けて,歯周病の状態をPD,Bleeding index,AL,PI で評価,口腔衛生習慣を歯を磨く回数や歯科受診回数で評価した。その結果,頻回な増悪に寄与した独立した因子として,残存歯数が25本未満,PI が高い,歯磨きの習慣が乏しいことがあげられた14)。それでは,口腔内の衛生状態を改善することにより COPDの急性増悪を減らすことができるのであろうか。用手的なスケーリングに加えて超音波器具を用いたスケーリングという処置を1年間行った結果,急性増悪の頻度が年間平均3回から2回に減ったと報告されている15)。中国からの報告でも用手的なスケーリングをした群では,2年間の介入の後,頻回(年間2回以上)に増悪する割合が30%から15%に減少,用手的なスケーリングに超音波器具を用いたスケーリングを加えた群では45%から30%に減少した16)。対象患者数は少ないが,COPD患者では歯科的な介入によって口腔内の衛生状態や歯周病を改善することで急性増悪を予防できる可能性を示唆し,さらには予後を改善させることにもつながるかもしれない。

COPDとサルコペニアの関連

COPDでたびたび認められる症状は咳,痰,息苦しさ,労作時の息切れであり,呼吸機能の低下が

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509 歯科学報 Vol.118,No.6(2018)

進行して病状が重度になると,痰の切れが悪くなり息切れも強くなる。同時に,息切れのために日常生活や外出に支障をきたすこともある。日常生活における動作や歩行により容易に息が切れると,いろいろな作業や外出を控えるようになり,体を動かさないこと,活動範囲が狭まることで,元気がなくなる,精神的な落ち込みをきたす,よく眠れないなどのさまざまな体調不良にもつながる。COPDにおいて総合的に病状を把握する簡便なツールとして

COPD assessment test(CAT)が用いられる。呼吸器の症状として咳,痰,息苦しさ,労作時の息切れの4項目,呼吸状態から関連する内容として,日常生活の制限の程度,外出のしやすさ,睡眠の様子,元気であるかの4項目,合計8項目の質問が含まれる。各項目につき0点が最も良い状態,5点が最も症状が重い状態であり,自己採点した点数を合計する。合計が10点以上の場合,COPDのためにさまざまな症状が生じて日常生活に少なからず影響していると判断される。CATの点数が急性増悪の程度,疾患の進行,予後と関連することが知られている17)。COPDは呼吸器症状をきたすだけではなく,日常の活動性の範囲を制限したり精神状態にも影響を及ぼす全身の疾患であることがわかる。実際,COPDでは呼吸機能の低下の程度のみな

らず,るい痩の有無,息切れの程度,日常生活における活動性が予後に影響する。代表的な指標として BODEインデックスが2004年の New England

Journal of Medicine に発表された。Bは BMI の頭文字で21 kg/m2未満の場合,るい痩があると評価し1点となる。Oは Airway obstruction(閉塞性障害)の程度で標準に対する1秒量の割合で,標準と同量の0点から,著しく少ない3点までポイントを付ける。Dは dyspnea(息切れ)の程度を評価し,mMRCグレードで0から1度は0点,最重症の mMRCグレード4度は3点となる。Eは Exercise tolerance(運動耐容量)を示し,6分間に歩行できる距離で評価する。350m以上は0点,一方150m未満は3点を付ける。COPD患者625名を追跡調査したところ,BODEインデックス4項目の合計点数が多いほど予後が不良であり,BODEインデックスは呼吸機能のみで評価するよりも正確に予後を予測できる指標であることが示された18)。

COPD患者の BMI,除脂肪体重に注目した検討において,COPDが重症であるほど BMI が低値で除脂肪体重が少なく,除脂肪体重が少ない群では予後が不良であった19)。除脂肪体重が少ないことは筋肉量が少ないことを意味する。COPDにおいて筋力と予後との関連も報告されており,大腿四頭筋の筋力が低下していると予後が不良であった20)。筋力の低下をきたす機序として,労作時の呼吸困難が強いために歩行や体を動かすことが少なくなること,慢性炎症や消耗,蛋白質の摂取量の減少などが推定される。呼吸機能の低下にとどまらず,筋肉量や筋力の低下にまで及ぶとさらに予後が不良であることがわかる。高齢者において筋肉量の減少,筋力の低下をきた

した状態をサルコペニアと称する。加齢や疾患により,筋肉量が減少すること,握力や下肢筋・体幹筋など全身の筋力低下をきたすこと,歩く速度が遅くなるなど身体機能の低下が起こることをサルコペニアという。日常の臨床の場では,握力の低下(男性26kg未満,女性18kg未満),歩行速度の低下(0.8m/s 未満),筋肉量の減少(二重エネルギーX線吸収測定法:男性7kg/m2未満,女性5.4kg/m2未満,生体インピーダンス解析法:男性7kg/m2未満,女性5.7kg/m2未満)の3項目を診断基準として用いることが多い21)。COPD患者ではサルコペニアに陥ることはしばしば観察される22)。息切れなどのために日常生活における活動性が減り筋肉量の減少や筋力の低下をきたすこと,炎症性サイトカインによる慢性消耗,食欲の低下や睡眠の質の低下などいろいろな機序や要因が考えられる。COPD患者ではいったんサルコペニアを併発すると予後は不良であり23),陥らないような早期からの対策が重要である。

咀嚼機能とサルコペニアの関連

口腔内の状態とサルコペニアとの関連を検討した報告を紹介する。残存歯数が少ないと,咀嚼が困難であるという症状が強いだけではなく,握力の低下,筋肉量の減少,歩行速度の低下が認められた24)。咀嚼困難感は自覚症状であるが,キシリトールガム(ロッテ)を用いて咀嚼機能を客観的に定量的に評価することができる25)。咀嚼による唾液の酸化作用でガムの色が緑から黄色,ピンク,赤と変化す

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510 寺嶋:慢性閉塞性肺疾患における歯周病と栄養状態

る。被験者に1秒に1回のリズムで,1分間に合計60回咀嚼するように指示し,終了後にガムを出してもらう。製造会社の使用方法を参考に,緑色1点,黄色2点,ピンク色3点,赤色4点,鮮紅色5点とスコアを付ける。高齢者269名(平均年齢80.8歳)を被検者として咀嚼機能を評価したところ,カラースコアが5点で咀嚼機能が優であった者が16名,良(4点)が148名,並(3点)が78名,不良(2点)が21名,極めて不良(1点)が6名であった。カラースコア1-3点を咀嚼機能不良群,4-5点を良好群とすると,不良群では平均年齢が高く,残存歯数が少なかった。また,咀嚼機能不良群では,残存歯数が少ないことに加え,摂取できる食物形態の種類が少なかった26)。Murakami らも高齢者において同様の方法で咀嚼機能を評価し,年齢,BMI,咀嚼機能がサルコペニアに関連する独立した因子であったと報告している27)。カラースコアが2.8点以上と未満を境界として咀嚼機能が良好と不良とに分け,両群で高齢者に関わる多くの項目を比較したところ,咀嚼機能不良群では良好群と比較して,平均年齢が高いこと,BMI の低下,筋肉量の減少,残存歯数の減少,握力の低下,自立機能の低下,血清アルブミン値の低下,うつ傾向が認められた28)。これらの結果より高齢者において咀嚼機能の低下がサルコペニア,日常生活における自立力の低下,栄養状態の悪化,うつ傾向などと密接に関連していることがうかがえる。

COPDと咀嚼機能の関連

歯周病は歯の喪失の要因のひとつである。残存歯数が少なくなると咀嚼機能の低下や,摂食できる食物の種類や形態の幅を狭める26)。COPDでは重症になると筋肉量の減少,筋力の低下,すなわち,サルコペニアをきたし予後に影響する23)。我々も,COPD患者の咀嚼機能を検討したところ,咀嚼機能低下群では筋肉量の減少,残存歯数の減少を認めた(未発表データ)。その機序として,筋肉量の減少から咀嚼機能の低下をきたすこと,あるいは,咀嚼機能の低下により栄養状態が悪化し筋肉量の減少をきたすことなどが推察される。COPD患者においても歯の喪失は咀嚼機能の低下のみならず,筋肉量の減少,さらにはサルコペニアに深く影響を及ぼし

図3 COPDと咀嚼機能との関連

ている可能性が示唆され(図3),COPD患者の食生活を含めた QOL,日々の活動性,自立した生活,健康寿命,そして,予後を考える上で,歯周病の管理や,自身の歯を温存することの重要性が強調される。

おわりに

高齢社会において,健康寿命を維持することは高齢者自身や家族にとっても,医療者にとっても切なる願いである。サルコペニアは自立した生活や日々の活動性を損なう大きな問題である。COPDと歯周病は加齢とともに増加するが,慢性炎症,歯の喪失,咀嚼機能の低下,低栄養,サルコペニアなどを介して密に関連し,相互の病態の進行や予後に影響していると考えられる(図3)。相互関連を明らかにすることで,COPDと歯周病の両者がともに改善することが期待される。

本論文の要旨は,第305回東京歯科大学学会・例会(西暦2018年6月2日,東京)の特別講演において発表した。

著者の利益相反:開示すべき利益相反はない。

文 献1)Barnes PJ, Celli BR : Systemic manifestations and comorbidities of COPD. Eur Respir J, 33:1165-1185,2009.2)Scannapieco FA, Cantos A : Oral inflammation and in-fection, and chronic medical diseases : Implications for the elderly. Periodontol2000 ,72⑴:153-175,2016.3)Hayes C, Sparrow D, Cohen M, Vokonas PS, Garcia RI :

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511 歯科学報 Vol.118,No.6(2018)

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