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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 25 釧路湿原の水循環と地下水の動向について Research on Hydrological Cycle and Groundwater Condition in Kushiro Mire 工藤 啓介 *  中津川  誠 ** Keisuke KUDO and Makoto NAKATSUGAWA 報 文 北海道の東部に位置する釧路湿原は近年湿地面積が減少し、ハンノキ林の拡大によって植生が急激 に変化している。ハンノキ林拡大の要因としては、湿原周辺域での流域開発に伴う土砂流入や地下水 位の変化などが考えられているが、現時点では科学的な因果関係が十分解明されていない状況にある。 そこで、この問題を考えるには湿原全体の水循環と地下水の動向を把握する必要がある。 本報告では、湿原における水循環と地下水の動向について以下の検討結果を示す。 (1)釧路川流域内及び周辺で観測されている気象・水文データをもとに、理論 Variogram を適用し た Kriging 法を用いて、過去15 ヵ年にわたる湿原内の約1㎞×1㎞メッシュ気象・水文値の空 間分布を推定した。 (2)長期熱・水収支モデルを用いて積雪量、融雪量、蒸発散量といった水文諸量を推定し、積雪・融 雪を含む流域水収支の定量化を図った。また数値フィルター法による地下水流出成分の分離を行 い、地下水涵養量を推定した。 (3)既往の地下水位・地質データをもとに、帯水層厚、透水係数といった水理地質定数を面的に推定 し、二次元非定常地下水モデルを用いて地下水シミュレーションを行い、地下水の動向を把握す ることを目指した。 湿原の保全には流域全体を見据えた総合的な対策が必要であり、本報告で提案した方法論や結果が 今後の保全対策を考える上で役立つと考えられる。 《キーワード:湿原;水循環;流域水収支;地下水涵養量;地下水変化》 Kushiro Mire, in eastern Hokkaido, has experienced a decrease of its wetland area and a rapid change in vegetation due to expansion of forest of Japanese alder. Factors in the alder expansion are thought to be inflow of soil and change in groundwater level due to development of land around the mire. However, scientific causality has not yet been elucidated at present. To clarify this, it is necessary to determine hydrologic cycle and groundwater condition in the mire as a whole. This paper reports the results of studies on hydrologic cycle and groundwater condition in the marsh: (1)We estimated spatial distribution of meteorological and hydrological variables for 1 ㎞ by 1 ㎞ meshes in the mire for the last 15 years. The estimation was done using the Kriging method based on the theoretical variogram for meteorological and hydrological data observed in Kushiro River basin and its environs. (2)We quantified basin water balance, considering snowpack and snowmelt, by estimating hydrological variables such as water equivalent of snowpack, snowmelt amount and evapotranspiration rate, using the long-term heat/water-balance model. Also, groundwater recharge rate was estimated using the numerical filtering method for separation of groundwater runoff components. (3)To determine groundwater condition, based on the existing data on groundwater level and geology we made an area-wide estimation of hydrological and geological constants such as thickness of aquifers and coefficient of permeability, and we performed a simulation of groundwater using the two-dimensional unsteady groundwater model. Preserving the mire will require comprehensive measures for the entire basin. We believe that the methods and the results presented in this paper will be helpful for the development of preservation measures. 《Keywords: mire, hydrological cycle, basin water balance, groundwater recharge rate, changes in groundwater》

釧路湿原の水循環と地下水の動向について …《Keywords: mire, hydrological cycle, basin water balance, groundwater recharge rate, changes in groundwater》 26 北海道開発土木研究所月報

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 25

釧路湿原の水循環と地下水の動向について

Research on Hydrological Cycle and Groundwater Conditionin Kushiro Mire

工藤 啓介 *  中津川  誠 **

Keisuke KUDO and Makoto NAKATSUGAWA

報 文

 北海道の東部に位置する釧路湿原は近年湿地面積が減少し、ハンノキ林の拡大によって植生が急激に変化している。ハンノキ林拡大の要因としては、湿原周辺域での流域開発に伴う土砂流入や地下水位の変化などが考えられているが、現時点では科学的な因果関係が十分解明されていない状況にある。そこで、この問題を考えるには湿原全体の水循環と地下水の動向を把握する必要がある。 本報告では、湿原における水循環と地下水の動向について以下の検討結果を示す。(1)釧路川流域内及び周辺で観測されている気象・水文データをもとに、理論Variogram を適用し

たKriging 法を用いて、過去15 ヵ年にわたる湿原内の約1㎞×1㎞メッシュ気象・水文値の空間分布を推定した。

(2)長期熱・水収支モデルを用いて積雪量、融雪量、蒸発散量といった水文諸量を推定し、積雪・融雪を含む流域水収支の定量化を図った。また数値フィルター法による地下水流出成分の分離を行い、地下水涵養量を推定した。

(3)既往の地下水位・地質データをもとに、帯水層厚、透水係数といった水理地質定数を面的に推定し、二次元非定常地下水モデルを用いて地下水シミュレーションを行い、地下水の動向を把握することを目指した。

 湿原の保全には流域全体を見据えた総合的な対策が必要であり、本報告で提案した方法論や結果が今後の保全対策を考える上で役立つと考えられる。《キーワード:湿原;水循環;流域水収支;地下水涵養量;地下水変化》

 Kushiro Mire, in eastern Hokkaido, has experienced a decrease of its wetland area and a rapid change in vegetation due to expansion of forest of Japanese alder. Factors in the alder expansion are thought to be inflow of soil and change in groundwater level due to development of land around the mire. However, scientific causality has not yet been elucidated at present. To clarify this, it is necessary to determine hydrologic cycle and groundwater condition in the mire as a whole.  This paper reports the results of studies on hydrologic cycle and groundwater condition in the marsh: (1)We estimated spatial distribution of meteorological and hydrological variables for 1 ㎞ by 1 ㎞

meshes in the mire for the last 15 years. The estimation was done using the Kriging method based on the theoretical variogram for meteorological and hydrological data observed in Kushiro River basin and its environs.

(2)We quantified basin water balance, considering snowpack and snowmelt, by estimating hydrological variables such as water equivalent of snowpack, snowmelt amount and evapotranspiration rate, using the long-term heat/water-balance model. Also, groundwater recharge rate was estimated using the numerical filtering method for separation of groundwater runoff components.

(3)To determine groundwater condition, based on the existing data on groundwater level and geology we made an area-wide estimation of hydrological and geological constants such as thickness of aquifers and coefficient of permeability, and we performed a simulation of groundwater using the two-dimensional unsteady groundwater model.

 Preserving the mire will require comprehensive measures for the entire basin. We believe that the methods and the results presented in this paper will be helpful for the development of preservation measures. 《Keywords: mire, hydrological cycle, basin water balance, groundwater recharge rate, changes in groundwater》

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26 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

図-1 釧路湿原のハンノキ

(2004.11.10 温根内ビジ

ターセンターにて撮影)

1.はじめに

 北海道の東部に広く分布する釧路湿原では近年湿地面積が減少し、ハンノキ林(図-1)の急激な拡大による植生変化が問題となっている。図-2は釧路自然再生協議会ホームページ1)より引用した釧路湿原におけるハンノキ林の変遷を示した図であるが、1947~1998年までの約50年間で湿原面積が約20%減少し、ハンノキ林の分布域は1998年時点で湿原面積の約30%に達している。 ハンノキ林の拡大要因として、湿原周辺域の開発による土砂流入や地下水位の変化、湿原への栄養塩供給などが原因として考えられており、釧路湿原内の地下水変化に関して、湿原植生と地下水変動パターンを調べた辻井ら2)や Kriging 法により湿原内の地下水空間分布について解析した藤間ら3)による研究実績がある。また、新庄4)や橘ら5)による研究実績から、河川改修により土砂供給が増えている地域や窒素、リンなどの栄養塩濃度の高い湧水が供給されている箇所にハンノキ林が繁茂する傾向にあることが報告されている。 しかしながら、現時点では科学的な因果関係が十分理解されているとは言えず、ハンノキ林拡大の因果関係を解明する上で、湿原における全般的な水循環や地下水の動向に着目する必要があると考え、湿原における水循環と地下水の動向を把握するための検討を行った。

2.釧路湿原の概要

 釧路湿原は、北海道東部の太平洋側に南北約36㎞、東西約25㎞の範囲で分布し、湿原面積は18,290ha である。1987年に周囲の丘陵地を含む湿原域26,861ha が釧路湿原国立公園に指定され、その特別保護区と湿原の

三大湖沼であるシラルトロ沼、塘路湖、達古武沼を含む7,863ha がラムサール条約登録湿地に指定されている6)(図-3参照)。 釧路湿原の東側を流れる釧路川は、上流端を屈斜路湖とする幹川流路延長154㎞、流域面積2,510㎢、流域内人口177,000人の道内有数の一級河川であり、途中オソベツ川などといった主要支川と合流して南下し、最後は太平洋に注いでいる。また釧路湿原の西側には釧路川とともに釧路湿原の沖積層を形成した阿寒川が流れている。 湿原内には氷河時代の遺存種といわれるキタサンショウウオ、イイジマルリボシヤンマ、クロイサザアミなどが生息しており、日本有数の野生生物の貴重な生息環境となっている。湿原域は標高が20m以下で大部分が2~5mと低く、表面に1~4mの泥炭が分布している。 釧路湿原の植生については過去に新庄7)による研究実績があり、湿原域の約63%がヨシ・スゲ類の優先する低層湿原、約8%をミズゴケ類の分布する中間湿原、約30%がハンノキ湿地林で構成されていると報告されている。図-4は釧路湿原の植生分類を示した図であるが、広範囲にわたる低層湿原の他、湿原中央部には高層湿原も見られる。

3.水循環解析

 水循環解析を行う際のフローを図-5に示す。 水循環解析は、解析対象範囲を釧路湿原内に指定されている遊水地区域(面積105㎢:図-6参照)として、湿原を含む釧路川流域内及び周辺で観測されている気象・水文データを整理し、必要に応じて気象データの補正処理を行う。その後、解析対象範囲を約1㎞×1㎞メッシュに分割し、水文諸量の推定の際必要となる

図-2 釧路湿原における湿原面積の減少とハンノキ林の拡大

(釧路湿原自然再生プロジェクト HP1)より)

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 27

図-3 釧路湿原の概要

図-4 釧路湿原の植生分類図

(釧路湿原自然再生プロジェクト HP8)より)

気象・水文メッシュ値及び基本パラメータを面的に推定する。最後に推定した気象・水文メッシュ値及び基本パラメータを解析モデルに与えて水文諸量を推定し、流域水収支を推算する。また、釧路川及び主要支川で観測されている河川流量データをもとに地下水流出(供給)成分の分離を行い、水文諸量の推定結果に基づき釧路湿原の地下水涵養量を推定する。

3.1 釧路川流域の気象動向

 本報告では、釧路川流域内及び周辺に設置されている気象官署及びアメダス(ともに気象庁が管理)、雨量テレメータ及び雪裡樋門(ともに北海道開発局が管理)で観測されている気象・水文データ(風速、気温、湿度、日照時間、日射量、降水量、積雪深)、釧路川及び釧路川の主要支川に設置されている水位流量観測所(北海道開発局が管理)で観測されている河川流量データ(いずれも日データ)を用いた。表-1に使用データの諸元を、図-6に観測所位置図を示す。 次に、釧路湿原近傍に位置する鶴居及び塘路AMeDAS観測所における気象・水文データをもとに、

図-5 水循環解析フロー図

表-1 使用気象・水文・河川流量データ諸元

図-6 観測所位置図

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28 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

釧路湿原周辺の気候的特徴について整理する。 図-7は鶴居AMeDAS観測所における月平均気温と月間日照時間の季節変化(1981 ~ 2003年の平均)を示した図である。年平均気温は5.3℃であり、最寒月の1月で-7.9℃、最暖月の8月で18.5℃となっている。また年間日照時間は153.5hr であり、夏期(7~8月)に少なく、融雪期(3~5月)に多い傾向となっているが、これは夏期に海岸から内陸部に侵入する海霧の影響により日射が遮られることによるものであると考えられる。 図-8は鶴居AMeDAS観測所における年平均気温と年間日照時間の長期的トレンド(1981 ~ 2003年の5年移動平均値)を示した図である。1980年代後半から1990年代前半にかけて年平均気温は上昇し、年間日照時間は減少しているものの、それ以降は概ね安定している。 図-9は塘路AMeDAS観測所における月間降水量と鶴居AMeDAS観測所における月最大積雪深の季節変化(1981 ~ 2003年の平均)を示した図である。年間降水量は1,091㎜であり、9月で137㎜と最も多く、2月の20㎜が最小となっており、寒候期(11 ~4月)の降水量が少ない。また年最大積雪深は3月の43㎝であることから、釧路湿原は冷涼少雪の気候的特徴の上に形成されているといえる。

 図-10は塘路AMeDAS観測所における年間降水量と鶴居AMeDAS観測所における年最大積雪深の長期的トレンド(1984 ~ 2003年の5年移動平均値)を示した図である。多少の増減を繰り返しながら、近年はやや増加傾向にある。

3.2 釧路川の水文動向

 次に、釧路川に位置する屈斜路・弟子屈・標茶・広里水位流量観測所における河川流量データをもとに、釧路川の流況について整理する。 図-11は釧路湿原の上流に位置する標茶水位流量観測所と釧路湿原の直下流に位置する広里水位流量観測所の月流出高の季節変化(1981 ~ 2003年の平均)を示した図である。年流出高は標茶で887㎜、広里で908㎜であり、釧路湿原の上下流で約20㎜程度の差を有している。なお標茶水位流量観測所より上流に位置する屈斜路・弟子屈水位流量観測所における年流出高は、それぞれ811㎜、810㎜となっており、弟子屈・標茶間に相対的に流出の大きな領域があることが推察される。季節変化を見ると、冬期間でやや少ないものの、流出高の変動が極めて小さいことがわかる。 図-12は弟子屈・標茶・広里水位流量観測所における豊水、平水、低水、渇水の各比流量(1981 ~ 2003年の平均)を示した図である。釧路川の上下流で流況

図-7 鶴居 AMeDAS 観測所の月平均気温と月間日照時間

(1981 ~ 2003年の平均)

図-9 塘路・鶴居 AMeDAS 観測所の月間降水量と

月最大積雪深(1981 ~ 2003年の平均)

図-8 鶴居 AMeDAS 観測所の年平均気温と年間日照

時間の5年移動平均値(1981 ~ 2003年)

図-10 塘路・鶴居 AMeDAS 観測所の年間降水量と年

最大積雪深の5年移動平均値

(1984 ~ 2003年の平均)

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 29

がほとんど変わらず、さらに流況の安定性から見ると、釧路川では渇水流量が平水流量の70%程度となっており、流況の安定している河川であることがわかる。河川水位・流量が安定していることは、河川との関わりから見て釧路湿原の環境を維持するためには有利な条件であるとも言える。 また、図-13は弟子屈・標茶・広里水位流量観測所における年流出高の経年変化を示した図であるが、各水位流量観測所間で系統的な差を有していることがわかる。また流出高のトレンドとしては1980年代後半にかけて減少しているものの、それ以降1990年代後半まで増加傾向にあり、現在は流出高の変動が小さい傾向にあることがわかる。

3.3 水循環解析モデル

 本報告では、口澤ら9)や羽山ら10)の研究などで採用実績があり、モデルの妥当性が確認されている長期熱・水収支モデルを採用することとし、気象・水文データ及び標高データ、LAI(葉面積指数)、バルク輸送係数、蒸発効率、アルベド、受光係数比などの基本パラメータを与え、蒸発散量、融雪量、積雪量などの水文諸量の推定を行う。 蒸発散量は、地被や植被の状態によって左右される。より高い精度で熱フラックスを推定するため、地表面(土壌または積雪面)及び植被層の熱収支を、近藤11)

によって提案されている2層モデルに基づき、次式のように定式化した。

 (1)

(2)

ここで、式(1)は地表面、式(2)は植被層の熱収支式である。なお、fvは放射に対する植被層の透過率、R↓は下向きの正味放射量(W/㎡)、QGは土壌または積雪に供給される熱フラックス(W/㎡)、QRは降雨によって供給される熱フラックス(W/㎡)、Hg及びHvは各々地表面(土壌または積雪面)及び植被層からの顕熱フラックス(W/㎡)、lEg及び lEvは各々地表面(土壌または積雪面)及び植被層からの潜熱フラックス(W/ ㎡)、lIは植被層からの遮断蒸発に伴う潜熱フラックス(W/㎡)、Tg及び Tvは各々地表面(土壌または積雪面)及び植被層の代表温度(K)、εは射出率(土壌面 =1.00、積雪面 =0.97)、σは Stefan-Boltzmann 定数(=5.67×10-8W/ ㎡ /K4)である。 積雪のない状態の地表面に供給される熱フラックスQGは、解析対象を日平均値として扱う場合微少項となることから、本研究では QG=0W/ ㎡とした。また、積雪がある場合、積雪面に供給される熱フラックスは次式とした。

         (3)ここで、QMは融雪表面での融雪熱量(W/㎡)、QBは底面融雪量(W/㎡)である。なお、QBは1㎜ /d の融雪に相当する熱量(=-3.86 W/ ㎡)を与えることとした。 これらの式により、各層の代表温度 Tg及び Tvを算出すると同時に、融雪熱量 QMについても算出する。さらに、これらの値を用いて蒸発散量、積雪量を算出する。以下に、代表温度 Tg及び Tv、融雪量、蒸発散量、積雪量の算出方法を示す。

3.3.1 代表温度及び融雪量の算出方法

 式(3)は、融雪の規模により積雪表面での融雪熱

図-11 標茶・広里水位流量観測所の月流出高

(1981 ~ 2003年の平均)

図-12 弟子屈・標茶・広里水位流量観測所の流況

(1981 ~ 2003年の平均)

図-13 弟子屈・標茶・広里水位流量観測所の

年流出高の経年変化

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30 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

量 QMが変化するため、一意には決まらない。そこで、以下に示す手法により算出した。(1)積雪面で融雪が起きないものと仮定し(QG=0W/㎡、

QB=-3.86W/ ㎡)、式(1)及び式(2)を解く。得られた Tgを積雪温度(仮値)TSとする。

(2)TS≦0℃のときは、積雪表面での融雪が起きないものとし、(1)で仮定した値が求めるべき QGとなる。

(3)TS>0℃のときは、Tg=TS=0℃とする。このときの植被層温度 Tvは式(2)で算出する。これら Tg及び Tvより、式(3)を用いて QGが得られる。

 以上の手法で、Tg及び Tv、QGを算出し、得られたQGから式(3)より QMが決定し、融雪量が求まる。

3.3.2 蒸発散量の算出方法

 顕熱フラックスは、各層の代表温度 Tg及び Tvより、式(4)及び式(5)より算出する。また、潜熱フラックスは式(6)及び式(7)で算出する。 (4) (5)

(6)

(7)

ここで、Uは代表高度での風速(m/s)、Tは代表高度での気温(℃)、Cpは空気の定圧比熱(=1,004J/kg/K)、ρは空気密度(kg/ ㎥)、CHg、CHvは地表面(土壌または積雪面)~大気間及び植被層~大気間のバルク輸送係数、lは蒸発潜熱(=2.50×106J/Kg)、βg、βvは地表面(土壌または積雪面)及び植被層の蒸発効率、e及び eSATは代表温度での水蒸気圧(hPa)及び飽和水蒸気圧(hPa)、pは大気圧(hPa)である。 降水による遮断蒸発潜熱は、近藤11)の知見に基づいて推定し、降雪も降雨と同様に遮断蒸発を推定する。遮断蒸発に伴う潜熱フラックスは、降水強度によって場合分けを行い、以下のように推定した。(1)降水強度が弱い場合

    のとき

             (8)

(2)降水強度が強い場合

    のとき

        (9)

ここで、   (10)   (11)   (12)   (13)

ここで、Prは降水量(㎜ /d)、IPOTは遮断蒸発能(㎜/d)、τpは降水継続時間(hr)、Fは放射に対する葉面の傾きを表すファクター(=0.5;等方的)、LAIは葉面積指数、Sは最大保水量(=2.0㎜)、Ω* は降水が樹体にぶつかる確率、Ωは樹冠の閉鎖率(=0.9)である。

3.3.3 積雪水量・積雪深・積雪密度の算出方法

 積雪量・積雪深については、積雪に関する状態変量を定式化した式(14)~式(16)を採用し、以下の方法により算定することとした。

(14)

(15)

(16)

ここで、式(14)は積雪水量を算出する積雪の水収支式、式(15)は積雪深の推定式であり、3.3.1節で算出した融雪量及び積雪蒸発量を式(14)及び式(15)に与えることにより、時刻 tにおける積雪水量及び積雪深が算出される。また式(16)は積雪密度の推定式である。なお、Sw(t)は積雪水量(㎜)、Sd(t)は積雪深(㎜)、Sf(t)は降雪深(㎜)、M(t)は融雪量(㎜)、E(t)は積雪蒸発量(㎜)、ρwは水の密度(=1,000kg/ ㎥)、ρs(t)は積雪密度(kg/ ㎥)、ρsfは降雪密度(kg/ ㎥)、ηsは全層沈下率である。(積雪密度 ρs(t)及び全層沈下率 ηsの設定手法については3.6.3節、降雪密度ρsfの設定手法については3.7節を参照)

3.4 気象データの補正処理

 本報告で用いた気象・水文データの内、風速、気温、積雪深については、観測値が観測地点の標高(観測高)の影響を受けることから、標高に対する増減率を用いて観測データの補正処理を行った。また、湿度、日射量については観測地点数が少ないことから、観測データを用いて非観測地点における気象値の推定を行った。

3.4.1 風速データの補正処理

 風速は一般的に標高に対して対数的に変化することが知られている。平成13年度報告書12)では、式(17)に示す対数則を用いて地上高2mの値に補正処理を

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 31

行っており、本報告でも次式によって風速設置高における観測データを一律地上測定高2mの値に補正した。 (17)ここで、u2は地上測定高2mでの風速(m/s)、uHは観測データ(㎜)、Hは風速計設置地上高(m)である。

3.4.2 気温データの補正処理

 気温は一般的に標高の高低に対して直線的に変化することが知られており、口澤ら9)の研究では気温減率としてγ=0.65℃/100m(=0.0065℃/m)を与えている。 図-14は2000 ~ 2003年における気温観測地点での4年平均気温と気温観測地点の温度計設置標高の相関関係を示した図であるが、平均気温は標高に対応して直線的に変化している。この相関関係から得られた相関式より、釧路川流域における気温減率をγ =0.41℃/100m(=0.0041℃ /m)として、観測データから温度計設置標高に気温減率を乗じた値を差し引き、観測地点の海面高標高(0m)の値に補正した。

3.4.3 積雪深データの補正処理

 積雪深は気温と同様、標高の高低に対して直線的に変化することが考えられる。 図-15は2000 ~ 2003年における積雪深観測地点での4年最大積雪深と観測地点標高の相関関係を示した図であるが、年最大積雪深は標高に対応して直線的に変化している。したがって相関関係から得られた相関式より、釧路川流域における積雪深増率をγ=24㎝ /m(=0.24m/m)として、観測データから観測地点標高に積雪深増率を乗じた値を差し引き、観測地点の海面高標高(0m)の値に補正した。

3.4.4 湿度データの推定

 湿度は釧路気象官署と雪裡樋門の2箇所で観測されているが、設置地点が海域周辺もしくは湿原の下流域であり、湿原域のある内陸部と海域では湿度が大きく異なるものと考えられる。したがって以下に示す手法

で非観測地点における湿度を推定した。(1)釧路気象官署及び非観測地点における気温データ

をもとに、式(18)で表されるTetens 式より各地点での飽和水蒸気圧を算出する。

(2)算出した釧路気象官署の飽和水蒸気圧と湿度データをもとに、式(19)より釧路気象官署における水蒸気圧を算出する。

(3)非観測地点における水蒸気圧は釧路気象官署における水蒸気圧に等しいと仮定する。

(4)非観測地点における気温から、式(18)によって飽和水蒸気圧を算出し、(2)、(3)の考え方で得られた水蒸気圧をもとに式(19)によって非観測地点における湿度を推定する。

(18) (19)ここで、eSATは飽和水蒸気圧(hPa)、Tは気温(℃)、rh は湿度(%)、eは水蒸気圧(hPa)である。

3.4.5 日射量データの推定

 日射量は雪裡樋門の1箇所で観測されているが、湿原域のある内陸部と海域では日射量が大きく異なるものと考えられる。また雪裡樋門では日照時間の観測が行われていないため、雪裡樋門における日照時間と日射量の相関から推定することは困難である。 図-16は2003年における釧路気象官署での日照時間Nと可照時間 N0(雲や大気による減光がないとして計算される可能な最大日照時間)の比と、雪裡樋門での日射量データ Sdと全天日射量 S0d(単位面積の水平面に入射する太陽放射の総量)の比の相関関係を示した図である。日照時間比と日射量比には直線的な正の相関が見られることから、相関関係から得られた相関式に非観測地点における日照時間を与え、非観測地点の日射量を推定した。

3.5 気象・水文メッシュ値の推定

 補正処理した風速、気温、積雪深データ、推定した

図-14 年平均気温と温度計設置標高の関係

(2000 ~ 2003年の平均)

図-15 年最大積雪深と観測地点標高の関係

(2000 ~ 2003年の平均)

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32 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

湿度、日射量データ及び日照時間、降水量データをもとに、式(20)に示す距離に応じた補間法を用いて、約1㎞×1㎞(国土数値情報の3次メッシュ)における気象・水文メッシュ値を推定した。

(20)

ここで、z(X0)は任意メッシュでの推定気象・水文メッシュ値、z(Xi)は観測所 Xiにおける観測データ、diは観測所間距離、Nは di離れた観測所と対をなすデータ数である。 なお気温及び積雪深については、距離に応じた補間法により得られたメッシュ値が海面高標高における値であることから、メッシュ標高データと気温減率、積雪深増率を用いて、メッシュ毎に実標高における気象・水文メッシュ値に再補正した。 図-17に推定した気象・水文メッシュ値より算出した釧路川流域の1989 ~ 2003年の年平均気温の空間分布を示す。

3.6 基本パラメータの設定

3.6.1 バルク輸送係数・蒸発効率・アルベドの設定

 長期熱・水収支モデルに与える基本パラメータの内、地表面及び植被層におけるバルク輸送係数、蒸発効率、アルベドについては、近藤11)が提案する地被状態別の文献値(表-2及び表-3)を参考に、国土数値情報の3次メッシュ土地利用データ(図-18)より土地利用分類毎に基準値を設定し、メッシュ内の土地利用面積と基準値の加重平均によりメッシュ代表値を設定した。なお積雪面のアルベドについては、口澤ら9)

の研究で提案されている式(21)より算出するものとし、積雪がない場合のアルベドの最低値を α=0.20とした。 (21)ここで、αはアルベド、Tは気温(℃)である。

図-16 釧路気象官署における日照時間比と雪裡樋門における日射量比の関係(2003年)

図-17 釧路川流域における年平均気

温の空間分布(1989~ 2003年の平均)

図-18 釧路川流域の土地利用

(平成3年データ)

(a) 4月        (b) 7月

図-19 釧路川流域の月別 LAI 分布

表-3 アルベド

表-2 バルク輸送係数及び蒸発効率

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 33

3.6.2 LAI の設定

 森林の効果を現す LAI については、石井ら13)による LAI 月別値(図-19)を採用することとした。

3.6.3 積雪密度の設定

 積雪密度及び積雪の全層沈下率(式(15)参照)については、釧路川流域や釧路湿原内でのデータが得られなかったことから、羽山ら10)の研究で得られている最小積雪密度280kg/ ㎥で全層沈下率0.999、最大積雪密度500kg/ ㎥で全層沈下率0.985を採用し、変化する積雪密度に応じて按分し与えるものとした。

3.6.4 雨雪判別温度の推定

 長期熱・水収支モデルで積雪量、融雪量を推定する際、メッシュ毎に与えた降水量が降雨か降雪か判別する必要があることから、湿度データをもとに近藤11)

が提案する式(22)より雨雪判別温度を算出し、気温との比較から降雨か降雪かの判別をすることとした。 (22) ここで、TCは雨雪判別温度(℃)、Tは気温(℃)、rhは湿度(%)である。 図-20は、1989 ~ 2003年の鶴居AMeDAS 観測所における推定湿度より推定した雨雪判別温度と降雨・降雪状態における気温との関係を示した図である。降水量>0において、降雪深>0ならば降雪状態、降雪深≦0ならば降雨状態としたが、判別温度を境に降雨と降雪が概ね判別できている。

3.6.5 日射量の斜面補正

 日射量は、水平面が受けるエネルギーであり、地表面が傾いている場合には、日射量と地表面が受けるエネルギーは一致しないことから、地形勾配(斜面の傾き)の影響を考慮した日射量の斜面補正を実施した。 日射量の斜面補正は、式(23)~式(28)より水平面及び傾斜面の日平均受光係数を算出し、式(29)よ

り日平均受光係数の比(傾斜面日平均受光係数 /水平面日平均受光係数)を、3.4.5節で推定した日射量(水平面)に乗し、傾斜面における日射量に換算した。

(23)

ここで、 (24)

(25) (26) (27) (28)

(29)

ここで、cos θは日平均受光係数、H1及び H2は南中を0として南中と日の出及び日の入りのなす時角(ラジアン)、φは緯度(ラジアン)、δは太陽の赤緯(ラジアン)、θ1はメッシュの南北方向の傾斜(ラジアン:南向きを正)、θ2はメッシュの東西方向の傾斜(ラジアン:西向きを正)、S1及び S2は水平面及び傾斜面が受ける日射量、a1及び a2は水平面(θ1= θ2= 0として算出)及び傾斜面の日平均受光係数である。

3.7 水文諸量の推定

 推定した気象・水文メッシュ値及び基本パラメータをもとに、長期熱・水収支モデルにより釧路湿原遊水地区域及び釧路川に位置する水位流量観測所(屈斜路、弟子屈、標茶、広里)の支配流域について、水文諸量(蒸発散量、積雪量(積雪深、積雪水量)、融雪量)の推定を行った。なお、長期熱・水収支モデルで与える降雪密度 ρsfについては、流域内一定として、釧路川流域内の釧路気象官署及びAMeDAS観測所(川湯、標茶、鶴居)における積雪深の再現性が良好となるよう試行錯誤の上設定し、降雪密度 ρsf=200kg/㎥とした。 図-21及び図-22は釧路気象官署及び鶴居AMeDAS観測所における1989 ~ 2003年の積雪深・融雪量の計算結果を示した図であるが、積雪深や消雪のタイミングなどが概ね妥当に推定されており、長期熱・水収支モデルがほぼ妥当な結果を与えているといえる。 また、図-23は遊水地区域における1989 ~ 2003年の降雨量、降雪水量、総蒸発散量(植被層蒸散量、遮断蒸発量、地表面蒸散量の合計)の経年変化を示した図であるが、降雨量は762㎜ /yr ~ 1,336㎜ /yr、降雪水量は114㎜ /yr ~ 418㎜ /yr と大きく変動しているのに比べ、総蒸発散量は249㎜ /yr ~ 308㎜ /yr となっている。 図-24は遊水地区域における2000 ~ 2003年の植被

図-20 雨雪判別温度と降雨・降雪状態における気温の関係

(鶴居 AMeDAS 観測所:1989 ~ 2003年)

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34 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

層蒸散量、遮断蒸発量、地表面蒸散量の日別平均値の季節変化を示した図である。地表面蒸散量は融雪期に上昇し、夏期を境に減少し始め積雪が始まる11月下旬には0に近い値となっている。また、植被層蒸散量は年間を通じて大きな変動を示しておらず、降水による遮断蒸発が蒸発散の大部分を占めていることがわかる。1989 ~ 2003年における各蒸発散量の平均値は、植被層蒸散量34㎜ /yr、遮断蒸発量178㎜ /yr、地表面蒸散量66㎜ /yr で総蒸発散量278㎜ /yr となり、降水による遮断蒸発が総蒸発散量の約60%となっている。 次に長期熱・水収支モデルより得られた蒸発散量と、これまで提案されている蒸発散量の推定手法に気象・水文メッシュ値及び基本パラメータを与えて推定した、遊水地区域の蒸発散量の比較を行った。なお、推定手法としては、可能蒸発散量の推定手法であるThornthwaite 法9)、Hamon 法9)、Penman 法9)及び実蒸発散量の推定手法であるPenman-Monteith法9)、Brutzaert-Stricker 法(補完法)9)、単層モデル法9)を採用することとした。既往の推定手法による1989 ~2003年の可能蒸発散量及び実蒸発散量の算出結果を表

-4及び表-5に示す。 表-4より、遊水地区域の可能蒸発散量は概ね350~500㎜ /yr となっていることがわかる。また、表-5

図-21 長期熱・水収支モデルによる積雪深・融雪量の計算結果(釧路気象官署:1989 ~ 2003年)

図-22 長期熱・水収支モデルによる積雪深・融雪量の計算結果(鶴居 AMeDAS 観測所:1989 ~ 2003年)

図-23 降雨量、降雪水量、総蒸発散量の経年変化

(遊水地区域:1989 ~ 2003年)

図-24 植被層蒸散量、遮断蒸発量、地表面蒸散量の

経年変化(遊水地区域:2000 ~ 2003年の平均)

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 35

より、単層モデルによる実蒸発散量は遊水地区域の可能蒸発散量は他の手法に比べ若干小さい値を示しているものの、Penman-Monteith 法、Brutzaert-Stricker 法は概ね年間260 ~ 280㎜ /yr となっており、長期熱・水収支モデルによる推定結果(278㎜ /yr)に近い値を示していることがわかる。 表-6は、1989 ~ 2003年における各推定手法による可能蒸発散量と長期熱・水収支モデルによる推定結果から得られる蒸発散比(=実蒸発散量/可能蒸発散量)の月別平均値を示した表であるが、いずれの推定手法においても蒸発散比は季節的に変化しており、年平均蒸発散比は概ね0.60~ 0.80となっていることがわかる。

3.8 流域水収支の検証

 推定した降雨量、降雪水量、蒸発散量をもとに、釧

路湿原遊水地区域及び釧路川に位置する水位流量観測所の支配流域について流域水収支の検証を行った。表

-7に釧路湿原遊水地区域及び釧路川に位置する水位流量観測所の支配流域における2000 ~ 2003年の4年流域水収支の検証結果を示す。降雨量は700 ~ 900㎜/yr 程度、降雪水量は200 ~ 500㎜ /yr 程度、蒸発散量は200 ~ 300㎜ /yr 程度となっており、降雨量と降雪水量の合計から総蒸発散量を差し引いた有効降水量は800 ~ 1100㎜ /yr 程度となった。有効降水量と水位流量観測所の支配流域からの流出高(観測流量を流域面積で除し換算)の差分は50 ~ 170㎜ /yr 程度となっており、流域内の水文諸量の推定がほぼ妥当になされているといえる。また、下流域を包含する程、有効降水量と流出高の差分が小さくなっているが、これは上流域では相対的に降水よりも流出が少なく、他流域への地下水として流出する傾向にあることが考えられる。

表-4 可能蒸発散量の算出結果

(遊水地区域:1989 ~ 2003年)

表 -5 実蒸発散量の算出結果

(遊水地区域:1989 ~ 2003年)

表-7 流域水収支の検証結果

(2000 ~ 2003年の平均)

表-6 蒸発散比の算出結果

(遊水地区域:1989 ~ 2003年)

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36 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

3.9 地下水涵養量の推定

 地下水の動向を把握するためには、釧路湿原全体の水収支を考慮することが重要であり、特に降雨・降雪の地下水への涵養を把握した上でシミュレーションに適用することが必要である。しかしながら実際は、広範囲に分布する涵養量を実測することは困難である。そこで本報告では、釧路川及び釧路川の主要支川の河川流量を成分分離することにより地下水流出が全流出に占める割合を算出し、それをもとに釧路湿原の地下水涵養量(涵養率)を推定した。

3.9.1 河川流量の成分分離

 流出現象は降雨や融雪の土壌への浸透や貯留などの作用によって、流出の早い表面・中間流出成分と流出の遅い地下水流出成分に分離される。ここで流出成分の分離方法として、羽山ら10)の研究などで採用実績のある数値フィルター法を採用する。日野ら14)によると各流出成分は下記に示す式で表すことができる。

(30)

(31) (32)ここで、qsは表面・中間流出成分流量(㎥ /s)、qgは地下水流出成分流量(㎥ /s)、qは実測流量(㎥ /s)、βは qsを負にしないための重み係数(≦1)、δは減衰係数、Tcは時定数(day)である。 本報告では、釧路湿原周辺の釧路川及び釧路川の主要支川に位置する水位流量観測所(五十石、岩保木、広里、下久著呂、雪裡、幌呂)における2000 ~ 2003年の観測日流量データを用いて、河川流量の成分分離を行った。減衰係数については非振動条件を勘案し、δ =2.1とした。また時定数 Tcについては、各水位流量観測所における河川流量ハイドロの非洪水期(10~2月)の逓減部を解析し、それぞれ五十石 Tc=22(days)、岩保木 Tc=21(days)、広里 Tc=20(days)、下久著呂 Tc=22(days)、雪裡 Tc=21(days)、幌呂Tc=23(days)とした。河川流量の成分分離の一例として、図-25に2003年の広里水位流量観測所における河川流量の成分分離結果を示す。また、表-8に各水位流量観測所における河川流量の成分分離結果より得られた全流出に占める地下水流出成分の割合を示す。 表-8より、全流出に占める地下水流出成分の割合は60 ~ 70%程度と比較的大きく、釧路湿原を含む釧路川流域の水環境は地下水が大きな役割を担っていると考えられる。

3.9.2 水収支を考慮した地下水涵養量の推算

 地下水への涵養率を算定するため、河川流量の成分分離結果をもとに、釧路湿原遊水地区域における表面・中間流出量と地下水流出量の水収支を整理した。なお遊水地区域に供給される降雨・降雪量として、表-7

に示す長期熱・水収支モデルより推定した有効降水量の2000 ~ 2003年の平均値834㎜ /yr を採用した。また遊水地区域に流入する各河川の地下水流出成分の割合については、表-8に示す2000 ~ 2003年の平均値を採用した。 遊水地区域上流に位置する五十石(釧路川)・下久著呂(久著呂川)・雪裡(雪裡川)・幌呂(幌呂川)水位流量観測所からの流入量及びその他周辺流域からの流入量(沢水、湧水)からの流入量と、遊水地区域下流に位置する広里水位流量観測所からの流出量を考慮すると、広里水位流量観測所での水収支は下記の式で表すことができる。

(33)

(34)ここで、Qは広里水位流量観測所からの流出量(㎥ /yr)、Qiは遊水地区域上流に位置する五十石・下久著呂・雪裡・幌呂水位流量観測所及びその他周辺流域からの流入量(㎥ /yr)、Qsは広里水位流量観測所の表面・中間流出量(㎥ /yr)、Qgは広里水位流量観測所の地下水流出量(㎥ /yr)、Rは有効降水量(m/yr)、Aは遊水地区域面積(㎡)である。また河川流量の成分分離結果より得られた全流出に占める地下水流出成分の比率(広里水位流量観測所で a=0.81)を与え、表面・

図-25 数値フィルター法による河川流量の成分分離

結果(広里水位流量観測所:2003年)

表-8 全流出に占める地下水流出成分の割合

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 37

中間流出成分、地下水流出成分それぞれの水収支を考えると、式(45)及び式(46)の通りとなる。

   (35)

   (36)

ここで、aiは遊水地区域に流入する各河川の地下水流出成分の比率、a'は遊水地区域における地下水涵養率である。その他周辺流域の地下水流出成分の比率 a5と遊水地区域における地下水涵養率 a'が未知数であることから、式(35)及び式(36)を連立させ、a5及び a'を算出した結果、それぞれ a5=0.79、a'=0.93となった。 図-26に遊水地区域における2000 ~ 2003年の日平均水収支の模式図を、図-27に遊水地区域に流入する地下水量の内訳を示す。 地下水涵養量の推定結果より、遊水地区域にもたらされる降雨・降雪の大部分が地下水として涵養されることがわかった。また遊水地区域における地下水の収支から、地下水流出成分として1日あたり遊水地区域に約430万㎥流入し、約470万㎥釧路川へ流出することがわかった。また釧路川を除いた地下水流入量の約50%が遊水地区域周辺の流域からの沢水や湧水であり、降雨・降雪の地下水への涵養は地下水量全体の10%となっており、釧路湿原の地下水に対し周辺からの沢水や湧水が大きく寄与しているものと考えられる。

4.地下水解析

 水循環解析を行う際のフローを図-28に示す。地下水解析はまず釧路湿原内で観測されている地下水位データ及び水理地質データを整理し、解析対象範囲を釧路湿原遊水地区域を含む図-29に示す範囲として、解析対象範囲を約250m ×250m 三角形メッシュに分割し、地下水シミュレーションの境界条件及び基本パラメータを設定する。次に地下水シミュレーションの際必要となる初期地下水位及び初期透水量係数を面的に推定する。最後に推定した初期地下水位、初期透水量係数及び基本パラメータを解析モデルに与え、地下水シミュレーションを実施する。

4.1 釧路湿原の地下水

 本報告では、釧路湿原内に設置されている地下水観測井(北海道開発局が管理:図-30)で観測されている地下水位データ(日平均データ)及び釧路湿原内で過去に検討されている水理地質データを用いた。 辻井ら2)の研究によると、釧路湿原の低位泥炭地(低層湿原)では、降雨のほか高位泥炭地(高層湿原)及

び周辺地域からの流入水を集水することにより、水位上昇が大きいことが示されている。また釧路川に位置する岩保木水位流量観測所における河川水位との比較により、低位泥炭地の地下水位と河川水位は密接に関連していることも示されている。 図-31はNO.3501及び NO.4601地点の地下水位と、岩保木水位流量観測所における河川水位、釧路気象官署の降水量データを比較した図である。図-31より

図-26 遊水地区域における流入量・流出量の収支

(2000 ~ 2003年の日平均)

図-27 遊水地区域に流入する地下水量の内訳

(釧路川を除く:2000 ~ 2003年の平均)

図-28 地下水解析フロー図

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38 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

NO.3501地点の地下水位変動が大きく、河川水位や降水量と連動して変化していることがわかる。NO.3501地点は下流よりも地盤高が低く、集水されやすい地形となっているため、辻井ら2)が示しているように水位変動が大きくなるものと考えられる。 図-32は2001年4月~ 2002年3月におけるNO.4403地点の地下水位と、岩保木水位流量観測所における河川水位を比較した図である。NO.4403地点のように、地盤高が周辺よりも高い地点や地盤高が低く常時冠水しているような地点では、逆に比較的水位が安定しており、出水時の急激な水位上昇の際影響が及んでいる

ことがわかる。 また、図-33はNO.3501地点における2000 ~ 2003年の地下水位と水位流量観測所における河川水位の相関関係を、通年、出水期(4~ 10月)、非出水期(11~3月)の3期に分けて比較した図である。NO.3501地点の地下水位と各水位流量観測所との相関を取った結果、出水期では河川水位との相関が高いのに対し、非出水期では相関が低いことがわかった。このようなことから、地下水変動に対し降雨が大きな影響を及ぼしていることが推察される。

4.2 地下水解析モデル

 季節的な地下水位の変動をシミュレーションするに当たり、本報告では羽山ら10)の研究で採用実績がありモデルの妥当性が確認されている二次元非定常地下水モデルを採用した。二次元非定常地下水モデルは式(37)で表される。

(37)

ここに、hは地下水位(m)、Tは透水量係数(㎡ /s)、qは涵養量または揚水量(m/s)、Sは貯留係数である。 また非定常計算をするにあたり有限要素法を適用し、設定した境界条件及び貯留係数、帯水層厚などの

図-29 解析対象範囲及び地質断面測線

図-30 地下水観測井位置図

図-31 NO.3501及び NO.4601地点における地下水位

と降水量、河川水位の比較(2002年4月~ 2003年3月)

図-32  NO.4403地点における地下水位と降水量、河

川水位の比較(2001年4月~ 2002年3月)

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 39

基本パラメータや推定した初期地下水位及び初期透水係数を与え、2000 ~ 2003年を解析対象期間として月単位で地下水シミュレーションを行う。

4.3 境界条件及び基本パラメータの設定

 解析対象範囲は、釧路川と周辺山間部に囲まれた釧路湿原遊水地区域を含む湿原域(面積111㎢:図-29

参照)とした。また、解析メッシュは、水循環解析における解析メッシュとの整合性を図るとともに、釧路湿原内の地下水変動をより詳細に把握することを考慮し、約250m ×250m メッシュ(国土数値情報の3次メッシュの1/4)の半分の三角形メッシュとした。解析対象範囲を2041個の節点と3797個のメッシュ(要素)に分割し、境界条件及び基本パラメータの設定を行った。

4.3.1 境界条件の設定

 地下水シミュレーションの境界条件として、釧路川、久著呂川、雪裡川、幌呂川の4河川、釧路湿原内の2湖沼及び釧路湿原下流端に位置する排水路1幹線を水頭境界、周辺山間部と湿原域との境界を流量依存境界に設定した(図-34)。 水頭境界の内4河川については、釧路湿原内の河川横断形状が把握できず、不等流計算等による内挿水位の算出が困難であったことから、各河川の水位流量観測所で観測されている河川水位データより、地形勾配を考慮し水位流量観測所間距離の按分により算出した水位を節点毎に内挿し、簡易的に設定した。また水頭境界の内2湖沼及び排水路1幹線についても、水位データが観測されていないことから、河川の内挿水位から水面勾配が地形勾配に等しいものとして節点毎に水位を算出し、簡易的に設定した。また流量依存境界として設定する解析対象範囲外からの流入量(湧水量)は、以下に示す手法により設定した。

(1)平成16年11月に実施された北海道開発局・北海道大学の合同調査により得られた湧水量データの内、解析対象範囲の節点と一致する地点(基準地点1地点)における湧水量を流入量基準値として採用する。

(2)流量依存境界の節点標高が高い地点では流入量も大きくなるものとして、各節点における流量依存境界の平均標高に対する標高比を算出し、基準地点と各節点の標高比の比率を流入量基準値に乗じ、各節点における流入量を算出する。

4.3.2 基本パラメータの設定

 地下水シミュレーションに与える基本パラメータの内、標高については国土地理院の数値地図250mメッシュ標高データを採用し、貯留係数については釧路湿原における貯留係数の推定事例がなく、水理地質に関する調査データに乏しいことから、羽山ら10)のサロベツ湿原での研究成果を参考に S=0.25とした。解析対象範囲の標高コンター図を図-35に示す。 また、帯水層については、山崎15)による研究成果において第四紀完新世時代の地層が有力な帯水層であるとされていることから、釧路湿原の土質断面図(図-36及び図-37)を参考に、第四紀完新世時代の地層を不圧帯水層(最大層厚約80m)と見なした。また第四紀完新世時代の地層の基底標高を帯水層基底標高として、推定した初期地下水位から帯水層基底標高を差し引いて帯水層厚(4~ 63m)を設定した。なお土質断面図が解析対象範囲をすべて網羅していないことから、帯水層が不明な範囲の帯水層基底標高は、把握できる基底標高をもとに、式(38)で示されるような距離に応じた補間法を用いて推定した。

(38)

  (a)通年             (b)4~ 10月           (c)11 ~3月

図-33  NO.3501地点における地下水位と河川水位の関係(2000 ~ 2003年)

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40 北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月

ここで、z(X0)は任意節点での推定帯水層基底面標高(m)、z(Xi)は地質断面測線上の地点 Xiにおける帯水層基底面標高(m)、diは地点間距離、Nは di離れた地点と対をなすデータ数である。 図-38に帯水層厚の推定結果を示すが、釧路湿原の北西部(雪裡川・幌呂川の流入部付近)で帯水層が小さく、釧路川に向かうにつれて帯水層厚が大きくなっていることがわかる。また地下水シミュレーションに季節的な降雨・降雪の変化を考慮するため、3.7節で推定された降雨量、降雪水量、蒸発散量の月別推算値(空間分布値)を解析メッシュ毎に与えることとした。

4.4 初期地下水位の推定

 初期地下水位は、羽山ら10)の研究で採用実績があり、張ら16)が提案するROKMT法を用いて推定を行った。ROKMT法において、任意地点 xにおけるある時刻での地下水位は式(39)によって与えられる。 (39)ここで、m(x)は空間トレンド成分、ε(x)は空間

構造に依存する確率変数である。地下水位の空間トレンド成分は各地下水観測井における観測地下水位データを用いて、式(40)のような多項式からなる回帰式

図-34 境界条件 図-35 標高コンター図

図-36 釧路湿原土質横断図(A-A’断面:図-30参照) 図-37 釧路湿原土質横断図(B-B’断面:図-30参照)

図-38 帯水層厚

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北海道開発土木研究所月報 №626 2005年7月 41

によって推定する。 (40)

ここで、x、yは座標、a0,…a5は係数で重回帰分析によって求める。ROKMT法は地形標高を補助的な情報として利用するもので空間トレンド成分を式(41)のように修正したものを用いる。

(41)ここで、zは地形標高(m)である。 観測地下水位データから式(41)より得られる空間トレンド成分を差し引いて剰余を計算し、この剰余が正規分布に従うという前提で、OK 法(Ordinary Kriging 法16))を用いて剰余の空間分布を推定する。仮に剰余が正規分布に従わない場合は、K-S 検定(Kolmogorov-Smirnov 検定)より剰余の空間分布を検定し、式(41)の空間トレンド成分の方程式の次数を増やして再度OK法を適用するような試行錯誤過程を繰り返す。最終的に推定した剰余と式(41)から算出した空間トレンド成分を合わせて、式(39)より任意地点における地下水位を算出した。 本報告では、まず釧路湿原内における2000年1月の地下水位データ及び河川水位データ(いずれも月平均値)をもとに、式(41)より地下水観測井における空間トレンド成分を推定した。次に推定した空間トレンド成分を地下水位データから差し引いて算出した地下水観測井における剰余にK-S 検定を実施した。その結果、式(41)の空間トレンド成分の方程式の次数を2次(a9の項まで適用)として算出した剰余について、有意水準5%のK-S 統計量(=0.080)に対して、テスト統計量(=0.075)が小さく正規分布に従うことが確認できた。 図-39に地下水観測井における剰余のヒストグラムとK-S検定結果を示す。なお、式(41)に示す空間トレンド成分の方程式の係数は、a0=-0.68431、a1=6.748E-05、a2=-1.238E-04、a3=0.84797、a4=-2.006E-08、a5=5.986E-08、a6=-5.308E-05、a7=-4.534E-09、a8=3.213E-06、a9=-0.00244となった。 次に算出した地下水観測井における剰余をもとに、式(42)~式(45)に示す Variogram を適用したOK法を用いて、剰余の空間分布を推定した。 剰余の空間分布は式(43)の線形回帰式より推定し、式(43)における重み係数は、式(44)及び式(45)より推定した。なお γ(d)はVariogramであり,式(42)で示されるように一定距離 d離れた2点において剰余の差の分散を一般化するものである。

図-39 剰余のヒストグラム及び K-S 検定結果

(42)

(43)

(44)

(45)

ここで、z(X0)は任意節点での推定剰余、z(X0)は地下水観測井における剰余、N(d)は d離れた地下水観測井と対をなすデータ数である。 Variogram を推定した結果、地下水観測井間の距離と剰余の間に明確な相関関係が見られ、理論Variogram として球状型モデルが最も近似していることがわかった。したがって理論Variogram として球状型モデルを採用することとした。なお球状型モデルは式(46)で表される。

(46)

 なお、剰余のVariogramの係数は、C0=0、C1=0.4941、a=3993となった。図-40に剰余のVariogramを示す。 図-41は剰余の推定結果を示した図であるが、釧路湿原遊水地右岸築堤の堤内側や久著呂川、雪裡川の流入部付近で剰余が高い傾向にあることがわかった。 図-42は、面的に推定した剰余と空間トレンド成分を足し合わせて推定した初期地下水位の空間分布を示した図であるが、釧路湿原の下流部では地下水位が低く、上流に向かうにつれて地下水位が高くなっているのがわかる。 図-43は、2000年1月の地下水位データ及び河川水

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4.5 初期透水係数の推定

 式(37)の二次元地下水流は次(47)でも表される。 (47)ここで、∆2hは地下水位のラプラス演算子である。節点の地下水位がわかれば、式(47)よりラプラス演算子が得られ、透水量係数を式(48)から逆算することができる。

(48)

そこで、解析対象範囲の節点毎にラプラス演算子を計算し、透水量係数を計算することとした。なお、実際

位データを直接OK法に適用し推定した初期地下水位の空間分布を示した図である。なお、初期地下水位の推定にあたり、図-44に示すVariogramを採用した。図-42及び図-43を比較すると、ROKMT法による推定結果の方がOK法による推定結果に比べ、地形による地下水位の変化を反映しており、初期地下水位が良好に推定されているものと考える。 また、初期地下水位が観測地下水位データを再現できているか検討するため、地下水観測井における2000年1月の観測地下水位データと推定した初期地下水位の比較を行った。比較結果を図-45に示すが、推定した初期地下水位は観測地下水位を概ね再現していることから、推定した初期地下水位により地下水シミュレーションを行うこととした。

図-40 剰余の Variogram(球状型モデル)

図-41 剰余の空間分布

図-42 初期地下水位の空間分布

図-43 地下水位・河川水位データを用いた

OK 法による地下水位の空間分布

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値であり、現場透水試験から得られた透水係数の上限値と下限値に帯水層厚を乗じて設定する。なお、設定した上限値と下限値の制約条件を満足する透水量係数が仮に n個あればその対数をとり、正規分布に従えばlog10Tに関して Variogram を適用した OK法により任意地点での透水量係数を推定することとした。 図-46に初期地下水位から算出したラプラス演算子の空間分布を、表-9に帯水層である第四紀完新世時代の地層別の層厚と現場透水試験結果を示す。また qは、3.8節の長期熱・水収支モデルより解析対象範囲の節点毎に有効降水量を推定し、3.9.2節で推定した地下水涵養率(a=0.93)を乗じて、1日あたりの地下水涵養量を算出し、初期透水係数を設定する際の入力値とした。 qを初期地下水位から算出したラプラス演算子で除し、透水量係数を算出した結果、透水量係数のうち透水量係数の制約条件を満足する透水量係数が429個あったため、その対数をとってK-S 検定を実施した。その結果、有意水準5%のK-S 統計量(=0.065)に対して、テスト統計量(=0.062)が小さく正規分布に従うことが確認できたことから、OK法を用いて log10Tの空間分布を推定した。 図-47に log10Tのヒストグラムと K-S 検定結果を示す。また、理論 Variogram は、式(46)で表され

の現場透水試験と帯水層厚を考慮して下記の制約条件を導入することとした。 (49)ここに、Tmin と Tmax は透水量係数の下限値および上限

図-44 OK 法に適用した Variogram

図-45 観測地下水位と推定した初期地下水位の比較

図-46 ラプラス演算子の空間分布

表-9 現場透水試験結果(透水係数の制約条件)

図-47 log10Tのヒストグラム及び K-S 検定結果

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4.6 地下水シミュレーション

 4.3節~4.5節で設定した境界条件、基本パラメータ、初期地下水位、初期透水係数をもとに、二次元非定常地下水モデルによる地下水シミュレーションを実施した。地下水観測井NO.3501地点及びNO.3803地点における観測地下水位と地下水シミュレーションから得られた地下水位を比較し、図-50及び図-51に示す。図-50及び図-51より、地下水観測井の地点によっては計算値の方が地下水位の変動量が大きく再現されているものの、地下水位の季節的な変化を概ね再現できており、モデルに与えた諸条件が概ね妥当であると考える。 また、図-52は地下水観測井NO.3501地点における地下水位(実測値、計算値)と3.7節で推算した流域平均降水量(降雨量+降雪水量)、岩保木水位流量

る球状型モデルを採用した(図-48)。なお log10Tのバリオグラムの係数は C0=0.041、C1=0.034、a=9550となった。 次に推定した log10Tの対数をとって初期透水量係数を算出し、帯水層厚で除し初期透水係数を推定した。 推定した初期透水係数の空間分布を図-49に示す。初期透水係数の推定結果より、久著呂川、雪裡川、幌呂川など解析対象範囲の上流付近で初期透水係数が高く、釧路湿原内は概ね低い値となっていることが把握できた。なお泥炭の透水係数に関しては梅田17)による研究実績があり、北海道の高位泥炭土の分解度と透水係数の関係から、泥炭の透水係数を1.0×10-5 ~ 1.0×10-3(㎝ /s)程度としている。本報告で推定した透水係数は、概ね梅田が推算した透水係数の範囲内(m/dに換算すると0.9 ~ 86.4m/d)となっており、透水係数の設定が妥当であると考える。

図-48 log10Tの Variogram(球状型モデル)

図-49 初期透水係数の空間分布

図-50 地下水シミュレーション結果と観測地下水位

(NO.3501地点:2002年3月~ 2003年12月)

図-51 地下水シミュレーション結果と観測地下水位

(NO.3803地点:2000年1月~ 2003年12月)

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ROKMT法のいずれにおいても、釧路湿原の釧路川周辺で地下水位が低く、釧路湿原の遊水地右岸築堤(図

-30参照)付近や久著呂川、雪裡川、幌呂川の流入部付近で地下水位が高くなっていることが確認できた。また、釧路湿原の遊水地右岸築堤付近で比較的地下水位の季節変動が大きいことが確認できた。 図-55~図-57に、2001 ~ 2003年における月平均

観測所における河川水位を比較した図である。図-52

より、4.1節で示したように降水量、河川水位に連動して地下水位が変化していることが確認できた。 図-53及び図-54は、地下水シミュレーション結果及びROKMT法から算出した、2001 ~ 2003年における月別平均地下水位の空間分布(1、4、7、10月)を示した図であるが、地下水シミュレーション及び

(a)1月        (b)4月        (c)7月        (d)10月図-53 地下水シミュレーションによる月別平均地下水位の空間分布(2001 ~ 2003年)

(a)1月        (b)4月        (c)7月        (d)10月図-54 ROKMT 法による月別平均地下水位の空間分布(2001 ~ 2003年)

図-55 地下水シミュレーションによる地下水位年最大変化量の空間分布

(2001 ~ 2003年)

図-56 地下水シミュレーションによる地下水位分散値の空間分布

(2001 ~ 2003年)

図-57 地下水シミュレーションによる地盤高-平均地下水位の空間分布

(2001 ~ 2003年)

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を示した図であるが、図-55~図-60と図-61の比較により、ハンノキ林が繁茂している箇所で地下水深が浅く変動が大きい傾向にあることが確認でき、ハンノキ林と地下水変動の関係について興味深い結果が得られた。

5.まとめ

 本報告では釧路湿原を対象として、水循環解析及び地下水解析を実施した。その結果、以下に記す結果が得られた。(1)空間補間法を用いて釧路湿原内の気象・水文メッ

シュ値の推定を行った結果、釧路湿原の広域的な気象・水文値の空間分布を把握することができた。

(2)長期熱・水収支モデルを用いて釧路湿原の水文諸量及び流域水収支の定量化を行った結果、降雨量、降雪水量、蒸発散量の長期的な変動を把握することができた。

(3)数値フィルター法を用いて河川流量の成分分離を行い、水文諸量の推定結果も考慮して湿原域の涵養率を算出した結果、有効降水量の93%が地下水へ涵養されていると推定された。

(4)非定常地下水モデルを用いることにより、釧路湿原内の広域的な地下水の季節変動を把握することができた。

謝辞:本研究のために貴重な資料・データを提供していただいた北海道開発局釧路開発建設部治水課に謝意を表す。

参考文献

1)釧路湿原自然再生協議会ホームページ :   http://www.kushiro-wetland.jp/

地下水位の年最大変化量(年最大地下水位と年最小地下水位の差分)、月平均地下水位の分散値、地盤標高と2001 ~ 2003年における月平均地下水位の平均値(年平均水位)との高低差の空間分布を示す。図-55~図-57より、釧路湿原の遊水地右岸築堤付近や中央山際部付近で特に年最大変化量、分散値が大きい傾向にあり、地下水位が地盤高よりも高い状態にあることが確認できた。また、ROKMT法により算出した場合(図

-58~図-60)でも、釧路湿原の遊水地右岸築堤付近で年最大変化量、分散値が大きい傾向にあり、地下水位が地盤高よりも高い状態にあることが確認できた。図-55~図-60の結果を見ると、地下水シミュレーション及び ROKMT法により算出した各値の絶対値は必ずしも一致していないが、概ね同じ傾向を示してる。以上のことから、釧路湿原内の特に遊水地右岸築堤の堤内側において地下水位の変動が大きいことがわかる。 また、図-61は2.節の図-2で示した1996年における釧路湿原内のハンノキ林(緑色部分)の繁茂状況

図-58 ROKMT 法による地下水位年最大変化量の空間分布

(2001 ~ 2003年)

図-59 ROKMT 法による地下水位分散値の空間分布

(2001 ~ 2003年)

図-60 ROKMT 法による地盤高-平均地下水位の空間分布

(2001 ~ 2003年)

図-61 ハンノキ林の繁茂状況(1996年)

※釧路湿原自然再生協議会 HP1)より

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4)新庄久志 : 釧路湿原のハンノキ林 , (財)前田一歩園財団創立20周年記念論文集 , 北海道の湿原 , pp.17-33, 2002.

5)橘治国 , 中村信哉 , 中川亮 : 釧路湿原温根内地区の地下水質と土壌 , 財団法人前田一歩園財団創立20周年記念論文集 , 北海道の湿原 , pp.9-15, 2002.

6)釧路湿原国立公園ホームページ :   http://city.hokkai.or.jp/̃kkr946/7)新庄久志 : ハンノキに見る釧路湿原の変容 ,  (財)日本自然保護助成金 , 1994・1995年度研究助成報告所 , pp.223-229, 1997.

8)釧路湿原自然再生プロジェクトホームページ :  http://www.kushiro.env.gr.jp/saisei/top.html9)口澤寿 , 中津川誠 : 熱・水収支を考慮した流域スケールの積雪と蒸発散の推定 , 北海道開発土木研

究所月報報文 , No.588, pp.59-71, 1997. 10)羽山早織 , 中津川誠 : サロベツ湿原の地下水環境と植生変化について , 北海道開発土木研究所月報報文 , No.612, pp.3-20, 2004.

11)近藤純正 : 水環境の気象学 , 朝倉書店 , 1994.12)北海道開発土木研究所 : 平成13年度石狩川流域水文メッシュ情報作成業務報告書 , 2002.

13)石井孝 , 梨本真 , 下垣久 : 衛星データによる葉面積指数 LAI の推定 , 水文・水資源学会 , Vol.12. No.3, pp210-220, 2002.

14)日野幹雄 , 長谷部正彦 : 水文流出解析 , 森北出版 , 1985.

15)山崎暁 : 釧路平野の地下水 , 地下水技術 , Vol.34.No.12, pp5-17, 1992.

16)張祥偉 , 山本直樹 , 竹内邦良 , 石平博 , 中津川誠 , 羽山早織 : 情報不足条件下での広域地下水の非定常流動解析手法に関する研究-サロベツ湿原を例として- , 水文・水資源学会誌 , Vol.16.No.4, pp.349-367, 2003.

17)梅田安治 : 泥炭土 , アーバンクボタ・JUNE, 久保田鉄工株式会社 , 1985.

工藤 啓介 *Keisuke KUDO

平成16年度依頼研修員株式会社ドーコン

中津川  誠 **Makoto NAKATSUGAWA

国土交通省中部地方整備局豊橋河川事務所所長(元 環境研究室長)博士(工学)