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1 龍谷大学世界仏教文化研究センター 応用研究部門 人間・科学・宗教オープンリサーチセンター 常設研究「世界の苦悩に向き合う智慧と慈悲―仏教の実践的研究」 Center for Humanities, Science and Religion “Buddhist Wisdom and Compassion in Response to Suffering in the World: Practical Buddhist Studies” 人間・科学・宗教オープンリサーチセンター長 鍋島直樹 「世界仏教文化研究センター」の研究目的 龍谷大学は、建学の精神である「浄土真宗の精神」すなわち「生きとし生けるもの全てを 迷いから悟りに転換させたいという阿弥陀仏の誓願」を依りどころとし、その願いに生かさ れ、「真実の道を歩まれた親鸞聖人の生き方に学び、真実を求め、真実に生き、真実を顕か にすることのできる」人間育成をめざしている。「世界仏教文化研究センター」は、本学の 特色ある建学の精神を研究面において具現化しようとするものである。 本研究センターは、仏教を機軸とした総合的学術研究を、基礎研究部門、国際交流推進部 門および応用研究部門の三部門による連携の下に推進し、「人間・科学・宗教」の三領域が 融合した新たな知の創造に努め、仏教研究の国際的ハブを構築すると共に、その成果を効果 的に教育へ還元することを目的とする。 1 仏教の総合的学術研究 仏教の思想・歴史・文化に関する総合的学術研究を行い、かつ現代世界の諸課題・苦 悩に応答する実践的な仏教研究を推進する。 2 「人間・科学・宗教」の三領域の融合による学際的研究と新たな知の創出 「人間・科学・宗教」の三つの領域を融合することにより、21 世紀における新たな 知を創造する。国内外の研究者が交流できる世界的な研究拠点を形成し、人間の苦悩や 地球規模の危機に対して、仏教の知見から、解決への道筋を示すことに取り組む。 3 仏教研究の国際的プラットフォーム形成 アジア、アメリカ、ヨーロッパなど海外の大学・研究機関と協力し、海外の研究者・ 仏教者・宗教者との相互交流を促進する。総合的学術研究の成果を、国際研究部門にお いて E Journal を刊行し、ウェブサイトで英語など諸外国語によって発信する。 4 学部・大学院教育プログラムの展開 世界仏教文化研究センターは、学部・大学院を含めた講義・シンポジウムと連携し、 次世代を担う学生や研究者を育成する。情報コミュニケーション・テクノロジー (Information Communication Technology: ICT)を駆使して世界の大学・研究機関とリ アルタイムでつなぎ、大学院並びに学部における教育にも有効に活用する。また、遺跡 調査など海外研究機関からの協力要請に際し、迅速に対応できる体制を構築する。

龍谷大学世界仏教文化研究センター - Ryukoku University · 2019-03-06 · 地球規模の危機に対して、仏教の知見から、解決への道筋を示すことに取り組む。

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龍谷大学世界仏教文化研究センター

応用研究部門 人間・科学・宗教オープンリサーチセンター

常設研究「世界の苦悩に向き合う智慧と慈悲―仏教の実践的研究」

Center for Humanities, Science and Religion

“Buddhist Wisdom and Compassion in Response to Suffering in the World: Practical

Buddhist Studies”

人間・科学・宗教オープンリサーチセンター長

鍋島直樹

「世界仏教文化研究センター」の研究目的

龍谷大学は、建学の精神である「浄土真宗の精神」すなわち「生きとし生けるもの全てを

迷いから悟りに転換させたいという阿弥陀仏の誓願」を依りどころとし、その願いに生かさ

れ、「真実の道を歩まれた親鸞聖人の生き方に学び、真実を求め、真実に生き、真実を顕か

にすることのできる」人間育成をめざしている。「世界仏教文化研究センター」は、本学の

特色ある建学の精神を研究面において具現化しようとするものである。

本研究センターは、仏教を機軸とした総合的学術研究を、基礎研究部門、国際交流推進部

門および応用研究部門の三部門による連携の下に推進し、「人間・科学・宗教」の三領域が

融合した新たな知の創造に努め、仏教研究の国際的ハブを構築すると共に、その成果を効果

的に教育へ還元することを目的とする。

1 仏教の総合的学術研究

仏教の思想・歴史・文化に関する総合的学術研究を行い、かつ現代世界の諸課題・苦

悩に応答する実践的な仏教研究を推進する。

2 「人間・科学・宗教」の三領域の融合による学際的研究と新たな知の創出

「人間・科学・宗教」の三つの領域を融合することにより、21 世紀における新たな

知を創造する。国内外の研究者が交流できる世界的な研究拠点を形成し、人間の苦悩や

地球規模の危機に対して、仏教の知見から、解決への道筋を示すことに取り組む。

3 仏教研究の国際的プラットフォーム形成

アジア、アメリカ、ヨーロッパなど海外の大学・研究機関と協力し、海外の研究者・

仏教者・宗教者との相互交流を促進する。総合的学術研究の成果を、国際研究部門にお

いて E Journal を刊行し、ウェブサイトで英語など諸外国語によって発信する。

4 学部・大学院教育プログラムの展開

世界仏教文化研究センターは、学部・大学院を含めた講義・シンポジウムと連携し、

次世代を担う学生や研究者を育成する。情報コミュニケーション・テクノロジー

(Information Communication Technology: ICT)を駆使して世界の大学・研究機関とリ

アルタイムでつなぎ、大学院並びに学部における教育にも有効に活用する。また、遺跡

調査など海外研究機関からの協力要請に際し、迅速に対応できる体制を構築する。

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2018 年度成果概要

(1)国際シンポジウム ハーバード神学大学院との教育研究交流

2018 年 5 月 31 日(木)に、世界仏教文化研究センターの協力により、龍谷大学大学院

実践真宗学研究科創設 10 周年記念国際シンポジウムが、那須英勝(龍谷大学大学院実践

真宗学研究科長補佐・龍谷大学文学部教授)、リサ・グランバック(龍谷大学大学院実践

真宗学研究科講師)の通訳と進行により、大宮学舎清和館にて開催された。「世界の苦悩

に向き合う智慧と慈悲-仏教の実践的研究のための新視座」と題し、二人から提言と大学

院生の応答がなされた。ハーバード大学は 1636 年、イギリスからニューイングランドに

移住してきたキリスト教ピューリタンによって、「学識を有した牧師の伝道と社会実践」

を目的にマサシューセッツ州に創設された。最初の寄付者ジョン・ハーバード John

Harvard の名にちなんで、ハーバード・カレッジと名づけられた。まず、ハーバード大学

神学大学院 副院長のジャネット・ギャツォ教授は、チベット仏教に学んできた経験とキ

リスト教の実践神学の伝統に学び、米国で、Buddhist Ministry Initiative という大学院教

育、すなわち、仏教に基づいて世界の平安のために実践するリーダーを養成する仏教伝道

教育について紹介された。ハーバード大学神学大学院(Harvard Divinity School: HDS)で

は、「仏教伝道者教育」について、HDS ホームページで次の通り説明している。

Buddhist Ministry Initiative

With the support of a generous gift from the Robert H. N. Ho Family Foundation,

Harvard Divinity School has expanded its oerings in ministerial training to include an

eight-year pilot project in the study of Buddhist ministry.

The Buddhist Ministry Initiative at Harvard Divinity School—the rst of its kind at a

divinity school within a research university—trains future Buddhist religious

professionals in terms appropriate to modern, global conditions. Drawing on the

strengths of Harvard's unique faculty resources in the academic study of religion and

Buddhist studies, the Buddhist Ministry Initiative coordinates a range of courses on the

history, thought, and practice of Buddhism, in Buddhist languages, and in Buddhist arts

of ministry. The initiative also supports the eld education of Buddhist ministry students

in hospitals and other sites of pastoral care, and oers the insights of Buddhist textual

traditions and practices to students from all religious traditions who study ministry at

HDS.

Regular faculty members and visiting lecturers from Buddhist communities teach courses

on pastoral care and counseling, preaching and worship, spiritual formation, social

activism, leadership, and denominational polity, highlighting the application of Buddhist

principles to socially engaged action in the world. Students in the program also have the

opportunity to choose from the many courses oered more broadly at HDS and other

Schools at Harvard for their arts of ministry requirements, in such areas as psychology

and counseling, education, conict resolution, community organizing, and leadership

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development. (参照:https://hds.harvard.edu/academics/buddhist-ministry-initiative)

「ハーバード神学大学院における仏教伝道者教育の提唱(Buddhist Ministry Initiative)」

ハーバード神学大学院は、Robert H.N. Ho 財団からの多大なるご支援を頂き、その

宗教者養成課程で提供される内容を拡大し、仏教伝道者教育(Buddhist Ministry

Initiative)を研究するための8年間のパイロットプロジェクトを加えることができた。

ハーバード神学大学院における仏教伝道者教育の提唱(Buddhist Ministry Initiative)

は、研究大学に所属する神学大学院においては初めての試みであり、それは現代の、グ

ローバル化の状況に対応することができる、将来を担う宗教の専門家としての仏教者

の養成を目的とするものである。ハーバード大にユニークな宗教と仏教のアカデミッ

クな研究に取り組む教授陣の強みを生かし、この仏教伝道者教育プログラムでは、仏教

の歴史、思想、そして仏教の実践修行に関する様々な講義と、仏教言語や、仏教伝道の

方法論のコースを統合して運営されている。この教育プログラムは、また、仏教伝道者

教育プログラムの受講者が病院その他のパストラルケアの実践の場での実習(field

education)のサポートも行うと同時に、仏教聖典の伝統と実践修行のから得られる深

い知識を、ハーバード神学大学院で宗教伝道を学ぶ他の全ての宗教的伝統に属する学

生に提供する。

本学の専任教員と様々な仏教徒のコミュニティーからの客員講師が、パストラルケ

アとカウンセリング、布教と礼拝、霊性形成(spiritual formation)、社会活動、リーダ

ーシップ、教団組織に関する講義を、世界的視野で仏教の教えを社会参加の行動に応用

することを最重点として、それぞれの講義を担当します。このプログラムを受講する学

生は、さらに、それぞれの伝道者教育の受講要件に基づいて、心理学とカウンセリング、

教育学、紛争解決論、コミュニティー組織論、リーダーシップ養成講座など、ハーバー

ド神学大学院やその他のハーバード大学内で開講されている数多くの講義を受講する

機会も与えられている。(日本語訳 那須英勝)

シンポジウム最後に、ギャツォ教授は、龍谷大学臨床宗教師研修と Ryukoku Interfaith

Chaplaincy Episode 3 の英語版映画に感銘し、「トレーニング自体が悲しみの現場で人々

のケアをすることにつながっている。もとに戻れない死の現実とその悲嘆に向き合いつづ

ける姿勢が、仏教者の実践として感じ取られる。」とコメントした。鍋島は「臨床宗教師

は、相手に自分の答えを与えて去る存在ではなく、その方の解決のつかない悲しみを如来

とともにうめきながら悲しみ、解決できるように向き合う覚悟をもった宗教者である」と

応答した。鍋島は「宗教者は現場でケアを提供しようとするのではなく、苦しみに生きる

人に学ぶ姿勢が大切である」と話すと、ギャツォ副院長は「同感である。そのためにも、

自分自身が苦しみとは何かを学ばなければならない」とうなずいた。今後もハーバード大

学神学大学院と実践真宗学研究科とが、国際的なパートナーシップを築いていきたい。

(2)グリーフケア公開講座の継続と進展

第二に、上智大学グリーフケア研究所と龍谷大学世界仏教文化研究センター応用研究部

門人間・科学・宗教オープンリサーチセンターとの連携によるグリーフケア公開講座「悲嘆

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に学ぶ」の研究成果である。悲嘆は取り除くことや和らげることに重きを置きがちである。

しかし最も重要なことは、「喪失に伴う悲嘆がそのまま光となって、その悲しみに暮れてい

る人々の羅針盤になる」ということである。また、その講座受講者の申し込みは 100 名を

超え、看護師や喪失経験者、宗教者が継続して受講している。この講座運営での収益は、上

智大学との定款に基づき、世界仏教文化研究センター応用研究部門に分配された。髙木慶子

特任所長、島薗進所長らと共に、2019 年 5 月から、グリーフケア公開講座を再スタートす

ることが確定した。本講座は、講座に参加することそれ自体が、悲しみに向き合い、自己を

知る時間となっていることが特徴的である。

(3)実践的研究「臨床宗教師の挑戦」の継続と進展

第三に、2019 年 1 月 17 日「臨床宗教師の挑戦」を開催し、臨床宗教師の役割について

ふりかえることができた。鍋島は、映画「Ryukoku Interfaith Chaplaincy Episode 5: 臨床

宗教師研修で学んだ大切な物語」を製作上映し、その映画で、臨床宗教師の役割について

次のように説明した。

臨床宗教師は、くずかごのように、相手の思いを受けとめる。では、ただ傾聴するだ

けなのか?傾聴は「支援と挑戦」。くずかごの私は、その方の問題解決のために一緒

に考え、その方の希望に沿うように、諦めずにチームで挑戦しつづける。傾聴は「悲

しみから生まれる愛の継承」。私のくずかごは、その方から夢や愛情をいただいて宝

石箱になる。大慈にいだかれて、その物語の宝石が私たちの心に輝きつづける。My

“wastebasket” receives dreams and love from each person, and it will be a jewel box.

With great compassion, the jewels of each story keep shining in our hearts.

いや・・・私がくずかごなのか。本当のくずかごは、限りなく優しい仏さまの心。何も

できずに立ち尽くす私の悲しみも、仏さまは黙って受けとめてくださる。大地のよう

にいつも私を支えている。

これが臨床宗教師の役割であり、宗教者ならではの傾聴の特質である。

(4)大学院生の研究参画と若手研究者 PD と RA の研究推進

第四に、大学院生の研究センター事業への参画と若手研究者 PD と RA の研究推進が本

研究センターの成果である。

まず、大学院生によって、2018 年 5 月 31 日の国際シンポジウム「世界の苦悩に向き合

う智慧と慈悲」において研究発表が行われたことである。ジャネット・ギャツォ教授のレ

スポンデントとして登壇した大学院実践真宗学研究科 3 年生の奥田章吾と廣田聡美の発表

は、自分たちの宗教実践の取り組み、LIFE SONGS や児童福祉活動を紹介し、若い世代に

どのように宗教の必要性を伝えていったらよいのかという悩みもありのままに吐露したも

のであった。ギャツォ教授は、奥田に対して、「Life Songs の活動は、次世代の若い人々

に宗教の尊さを伝えるすばらしい実践である。ハーバード大学の大学院生も同様の宗教音

楽活動に取り組んでいるので、本学でも受け入れられるだろう」と語った。また廣田に対

して、「人は誰しも必ず宗教を必要とする時がくる。宗教のよさを表現して伝えつづける

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ことによって、おのずと未来が開かれる。この世界においてリーダーシップをもてるかど

うかは、あなた自身の覚悟、勇敢さによる」と言い、大学院生にエールを送った。このギ

ャツォ教授の真心は大学院生に伝わり、大学院生は目を輝かせた。

次に、2018 年度より採用された PD 大澤絢子と RA 内手弘太は徐々にチームワークを築

き、グリーフケア公開講座の運営を上智大学グリーフケア研究所の研究者やスタッフと共

に丁寧に運営することができた。PD、RA の主な研究支援活動として、①国際シンポジウ

ムの開催準備と運営、②特別講義での研究成果発表、➁グリーフケア公開講座の運営、参

加者に資料を配布し、講師を講義環境を整えることのよる研究支援、③グリーフケア公開

講座、特別講義、国際シンポジウムの成果概要報告文の作成、④論文執筆、⑤年次報告書

の作成、⑥ホームページでの活動紹介ならびに成果概要紹介、⑦日本臨床宗教師会などの

学会運営などの面で、本センターを前進させた。

博士研究員 PD の大澤絢子は、英語力を活かし、特に国際シンポジウム「世界の苦悩に向

き合う智慧と慈悲」の開催に際して、「Ryukoku Interfaith Chaplaincy Episode 3」の映画を

英語に翻訳し、かつ、5 月 31 日当日のジャネット・ギャツォ教授の基調講演のサポートを

おこなった。また、龍谷大学文学部の真宗教学史 A・B において、(1)『親鸞伝絵』の複

数の作品の成立過程と覚如の製作意図、(2)大正時代における親鸞文学作品、倉田百三『出

家とその弟子』の概要と意義、の特別講義を行い、多くの学生が感銘した。大澤の研究成果

は、覚如や親鸞を、悩める人間として、また、真実の愛を求めつづけた人間として探求し、

ついには如来の大悲にいだかれて、自らの愚かさを素直に受けとめることのできた人間と

して、身近に受け止めなおすことができるところにある。また、近代大正期の親鸞伝に関す

る大澤絢子の研究業績が認められ、同朋舎新社『親鸞文学全集 大正編』全 13 巻の監修・

解説を任されて、成果が順次出版されている。本出版の目的は、大正期に刊行された親鸞を

題材にした文学作品を復刻し、大正期の人々が求めた親鸞に関する物語を再び読んで、庶民

に何が求められていたかを明らかにすることである。親鸞が人々の愛と罪を理解し、真実に

照らされて悩みながら生き抜くことを応援していることが感じられる。特筆すべきは、大澤

絢子が、2019 年度から大谷大学真宗総合研究所の研究員に就職内定したことである。彼女

の研究が進展することを念じ、本学の研究にも貢献していただきたい。

研究助手 RA の内手弘太は、龍溪章雄指導教授の下で、課程博士論文をまとめ、近代真宗

教学に関する論文と提出できたことである。島地黙雷、前田慧雲、梅原真隆、普賢大円など

の教学の特質に新しい知見を見出してまとめられたものであり、今後の審査が期待される。

また、2019 年度から本学文学部真宗学科非常勤講師として内定し、真宗教学史講読などを

担当予定であり、浄土真宗総合研究所でも研究活動を進める予定である。2019 年 1 月 17 日

の新春シンポジウム「臨床宗教師の挑戦」の運営において、上映やパワポ発表などを組み合

わせたプログラムを陰で支え、成功に導いてくれた。このように大学院生が研究に参画し、

若手研究者が人間味あふれる研究を進めていることが成果概要の一つでもある。

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1.常設研究センターの概要

応用研究部門「人間・科学・宗教オープンリサーチセンター(Center for Humanities,

Science and Religion 略称 CHSR)」は、仏教・浄土教を機軸として、現代世界の苦悩や悲

嘆に全人的に向き合い、社会の困難を和らげることにつながる実践を産みだす研究を推進

する。医療をはじめ、諸科学と協力し、生老病死の苦悩を超える仏教の智慧と慈悲に学びな

がら、仏教の救済観の意義を生かした研究をめざす。

人間・科学・宗教オープンリサーチセンターは、常設研究センターとして、常設研究と時限

的な「萌芽的公募研究」(共同研究 1 件、個人研究 1 件)を置く。

常設研究テーマ「世界の苦悩に向き合う仏教の智慧と慈悲―仏教の実践的研究」

1 常設研究センターが取り組む研究課題

(1)仏教を機軸とした宗教教育への継承と開発(他者への思いやりや生命への慈しみを育

む情操教育、道徳と宗教、臨床宗教教育、宗教多元時代の宗教間教育)

(2)宗教と医療・社会福祉の連携による患者・家族の全人的支援(死生学、緩和ケア、

グリーフケア、臨床宗教師養成)

(3)仏教と社会実践(大震災復興支援、自殺対策・自死遺族支援、地域寺院活性化)

(4)仏教と環境保護・経済(縁起的生命観の社会的活用、地球と人類の持続可能性)

(5)平和のための宗教間協力と宗教間対話(interfaith partnership for peace)

成果公開方法:グリーフケア公開講座、特別講義・シンポジウム、HP 報告書・書籍出版、

なお、2015 年度~2019 年度の文部科学省戦略的研究基盤形成支援事業「アジア仏教文化

研究センター」と協力して応用研究部門の研究を遂行することができる。

2 米国仏教大学院現代真宗学研究所(Center for Contemporary Shin Buddhist Studies,

Institute Buddhist Studies, Berkeley)との国際共同研究

2018 年度~国際研究部門と応用研究部門との協力によって推進する。

研究目的:「親鸞思想と世界」に関するオープンフォーラム・・・・常設研究課題に取り組む

成果公開方法:HP での成果公開、書籍出版、辞書や翻訳の企画支援

2.人間・科学・宗教オープンリサーチセンターの設置理念 2002

1.建学の精神に基づいた研究教育の推進

龍谷大学は建学の精神に基づき、生きとし生けるもの全てを迷いから悟りに転換させた

いという阿弥陀仏の誓願を依りどころとし、その願いに生かされ、真実の道を歩まれた親鸞

の生き方に学び、「真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする」ことのできる人間育成を

めざしている。そのために「人間・科学・宗教」の三領域が融合する新たな知の創造に努め、

平等、自立、内省、感謝、平和に結びつく研究に取り組んでいる。人間・科学・宗教オープ

ンリサーチセンターは、それを具現化しうるセンターである。

2.「人間・科学・宗教」の三領域の連携による学際的研究と新たな知の創出

およそ「人間」とは、仏教において生きとし生けるものの一員、衆生であり、迷いと罪業

を重ねて生死輪廻する凡夫でありつつ、自己中心的な傲慢さを反省し、世界の安穏を願って

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生きようとする菩薩的存在でもあるとされる。

「科学」とは、現象の構造や法則性を解明し、その成果を

社会の技術や政策に反映させるための知見である。その科学

の応用には、生活向上や生命の保護に寄与する光の側面と、

核兵器や環境破壊などに悪用される影の側面とがある。

「宗教」とは、窮極的危機に際して、自己を照らし生きる

意味に気づかせ、人類の歩むべき方向を示す羅針盤のような

働きを有する。宗教とは自己の姿を映す鏡であり、大悲に照らされて、人類の光と闇をふり

かえり、宗教と科学とが対話協力しながら世界を安寧に導いていくことが求められる。

ふりかえってみると、20 世紀における「科学」的成果は高度な文明を生み出し、世界の

経済的発展をうながした。人間・科学・宗教オープンリサーチセンターは、21 世紀まで「科

学」的成果がもたらした光の側面とともに、環境破壊、核兵器、戦争などに象徴される闇の

側面をふりかえり、仏教の智慧と慈悲を基盤にして、世界の抱える苦悩や悲嘆に向き合い、

仏教・浄土教が世界の課題解決のために貢献しうる道を探求する。具体的には、人間のより

深い価値、すなわち、命の無常さに思いをいたし、生きとし生けるものへの慈しみを育む死

生学を研究する。一人ひとりの生命を尊重する智慧と慈悲を礎にして、世界の安穏と平和に

つながる研究教育を次世代に継承していきたい。

3.人間・科学・宗教オープンリサーチセンターの歴史と第三者評価

2002 年に文部科学省私立大学学術高度化推進事業「仏教生命観に基づく人間科学の総合

研究」が採択されて以来、文科省プロジェクト採択 3 回、龍谷大学学術高度化推進事業採択

1 回を経て、2015 年度より世界仏教文化研究センター応用研究部門を担う。

2002 年度~2006 年度 文科省最終評価 AA

文部科学省私立大学高度化推進事業「仏教生命観に基づく人間科学の総合研究」

2007 年度~2009 年度 継続 文科省最終評価 AB

文部科学省私立大学高度化推進事業「仏教生命観に基づく人間科学の総合研究」

2010 年度~2012 年度 文科省最終評価 BB

文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業

「死生観と超越 仏教と諸科学の学際的研究」

2013 年度~2015 年度 龍谷大学選定研究プロジェクト 第三者評価 AA

「仏教・浄土教を機軸としたグリーフサポートと救済観の総合的研究」

2016 年度~ 世界仏教文化研究センター応用研究部門・常設研究センター

「世界の苦悩に向き合う智慧と慈悲―仏教の実践的研究」

協力機関 上智大学グリーフケア研究所、東北大学大学院文学研究科、IBS, BSC 等

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4.研究の目的・意義

世界における生老病死の苦悩と悲嘆を学ぶ意義は、人々がそれぞれの死を見つめ、限りあ

る人生の意味や人間を見直し、互いに愛情をもって接するというところにある。仏教の生死

観は、死生観と同様に、あらゆるものが無常にして稀有であることを自覚させるとともに、

曠劫より久しく輪廻し罪を重ねているという反省を促し、時空を超えてあらゆる存在が相

互に関係しあっている一体感も育む。医療・社会福祉の連携により、生老病死の四苦を超え

る仏教死生観とビハーラの意義を再評価し、生きることの意味、死から生まれる志願、慈愛、

感謝を育む教育を世界に発信する。はるか昔、旧石器の時代の人々はすでに墓を作り、花を

手向けて、亡き人への慈しみを表した。人類は世界のあらゆる地域で、聖なるものに見守ら

れ、病人を看取った。戦争の悲しみから、非暴力と平和を誓った。災害による死別の悲しみ

から、防災を願って手を合わせる。別離は、愛情の尊さや人生の意味に気づかせ、死を超え

た依りどころを求めさせる。そこで、仏教の人間観、死生観、救済観に学び、生老病死に関

わる人間の苦悩と悲嘆に向き合い、その苦悩と悲嘆を超えていく道を解明するのが、この研

究目的・意義である。

第一研究領域

グリーフケアと宗教 実践モデル臨床研究

第二研究領域

親鸞浄土教の死生観と救済観を礎とした実践の演繹法的

研究

第三研究領域

ビハーラと臨床宗教師の帰納法的研究

仏教と医療の融合

仏教と環境保護

平和のための宗教間協力

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5.研究年次計画

平成 30(2018)年度 グリーフケア公開講座、学術講演、IBS と研究交流、被災地・医療

福祉機関ビハーラ施設 Field Study・Home Page、年次報告書、成果出版

平成 31(2019)年度 グリーフケア公開講座、学術講演、国際会議、IBS と研究交流、シ

ンポジウム、被災地・医療福祉機関ビハーラ関連施設 Field Study・HP、年次報告書、

平成 32(2020)年度 グリーフケア公開講座、学術講演、IBS と研究交流、シンポジウム、

被災地・医療福祉機関ビハーラ施設 Field Study、HP、年次報告書、成果出版

平成 33(2021)年度 グリーフケア公開講座、学術講演、IBS と研究交流、シンポジウム、

被災地・医療福祉機関ビハーラ施設 Filed Study、HP、年次報告書、成果出版

平成 34(2022)年度 グリーフケア公開講座、学術講演、IBS との研究交流、被災地、医

療福祉機関ビハーラ施設 Field Study、Home Page、年次報告書、成果出版

6.三つの研究領域の相互研鑽

(1)第一研究領域「グリーフケアと宗教―実践モデルの臨床研究」

大切な人やものを喪失する悲しみ(グリーフ)は、すべての人がそれぞれのライフステー

ジで経験する。家族や自分自身の病気、ペットの死、生き別れ、死別、学校や職場における

いじめ、友達との別れ、失恋、卒業、離婚、孤立、挫折、失業などによって引き起こされる。

悲しみには後悔が伴う。しかも人は死別の悲しみを経験することを通して、亡き人から受け

た愛情に気づく。深い悲しみから、他者や自然への慈しみも生まれてくる。喪失の悲しみは、

大切なものが何かを教えてくれる。それぞれの時代に、宗教・思想が誕生した背景には、人々

に深い悲しみや迫害があった。そしてその深い悲しみからこそ、生き抜く宗教的な智慧と慈

しみが生み出されていった。本講座では、悲しみを理解し、悲しみを見つめることを通して

生きることの意味、死の意味を考える。

グリーフケア公開講座 前期 8 回・後期 8 回

主催 上智大学グリーフケア研究所・龍谷大学世界仏教文化研究センター応用研究部門

人間・科学・宗教オープンリサーチセンター

協力 京都大学こころの未来研究センター

場所 上智大学グリーフケア研究所大阪サテライトキャンパス

(2)第二研究領域「親鸞浄土教の死生観・救済観を礎とした実践の演繹法的研究」

幾世紀にもわたって何億人もの人たちが、さまざまな地域の宗教から計り知れない恩恵

をこうむってきた。宗教者の愛と慈しみが、孤独の中にある人々の苦悩や悲嘆にぬくもり

となって届き、生きる勇気と希望を与えてきた。

宗教的実践とは、宗教的救済観を依りどころにして、相手の苦悩に寄り添い、相手の人生

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観、価値観を尊重しながら、相手に応じた教説を提供し、生きる力を育むことである。仏教・

浄土教の人間観、死生観、救済観を依りどころとする宗教的実践の姿勢とは何かを明らかに

したい。如来の大いなる慈悲に抱かれ、御同朋として、困難にあえぐ人のそばにいて話を聞

き、相手の人生の全行程をまるごと認めるところから宗教的実践が始まる。ケアとは、様々

な面を持つその人の人生の物語をそのままに受けとめることであり、苦境の中で相手が示

す優しさや真心に学ぶことである。礼拝は、忙しい日常の中で自己をふりかえり、忘れてい

る大切なものに気づかせる。追悼法要は、苦楽を共にした家族縁者が集まり、仏前に手を合

わせて、故人を追慕し、聖教を読誦して仏徳を讃嘆し、報謝の大道を歩む推進力となる。

こうした親鸞浄土教の実践理念は、「御同朋御同行」「自信教人信」「摂取不捨」「報恩感謝

(知恩報徳)」「常行大悲」「ぬくもりとおかげさま」「屑籠のように人々の悩みを受けとめる」

「くつろぎ」などに表され、決して見捨てられることのない仏の大悲に抱かれて、御同朋と

して人々の悲しみに寄り添うというビハーラ活動の理念に表れている。

(3)第三研究領域「医療と社会福祉と仏教の連携によるビハーラ活動と臨床宗教師の帰納

法的研究」

1)「苦悩と悲嘆に寄り添う臨床宗教師―臨床宗教教育の可能性」

本研究プロジェクトは、教育と連動し、大学院教育プログラムに展開する形で進める。特

に、東北大学大学院文学研究科実践宗教学寄附講座と龍谷大学大学院実践真宗学研究科の

臨床宗教師研修は、スピリチュアルケアと宗教的ケア、グリーフケアを理論と臨床の両面か

ら教育研究している。臨床宗教師研修の開設によって改めて研究の方向生と課題を確認で

きた。臨床宗教師研修は、宗教者として全存在をかけて人々の苦悩や悲嘆に向き合い、そこ

から感じ取られるケア対象者の宗教性を尊重し、公共空間で実践可能な「スピリチュアルケ

ア」と「宗教的ケア」を学ぶことを目的とする。

① 「傾聴」と「スピリチュアルケア」の能力向上

② 「宗教間対話」「宗教協力」の能力向上

③ 自らの死生観と人生観を養う。

④ 宗教者以外の諸機関との連携方法を学ぶ

⑤ 幅広い「宗教的ケア」の提供方法を学ぶ

この臨床面での教育研究は、大学院実践真宗学研究科と連携し、東日本大震災被災地、仮

設住宅集会場、阪神淡路大震災被災地遺族との交流、あそかビハーラ病院(緩和ケア)、ビ

ハーラ本願寺、常清の里(高齢者社会福祉施設)、橘保育園・橘デイサービスセンター(統

合型社会福祉施設)、広島平和記念資料館と追悼記念館における被爆者講話と交流、キリス

ト教 NCC 宗教研究所のドイツ人聖職者との宗教者間交流、神戸赤十字病院「災害遺族の心

のケア」研修など 150 時間を超える研修を行い、その会話記録検討会、臨床宗教師研修の

ふりかえりなどを行う。その反省と成果報告と新たな展望を踏まえて、新春シンポジウム

「臨床宗教師の反省と展望」を開催する予定である。

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死が間近に迫った患者とその家族、突然の災害で愛する人を失った人たちには、その喪失

に伴う悲しみや後悔が残っている。グリーフ(喪失に伴う悲嘆)ケアを必要とする人々に、

臨床宗教師が果たすべき役割とは何か。それは医師、看護師ら専門職とチームを組んで、ケ

ア対象者の悲しみや苦しみに全人的に向き合い、その人の支えとなるものとのつながりを

再確認し、生きる力を取り戻せるように支援することである。特に、生きる意味への問い、

死後の不安などについて、ケア対象者の人生観、信仰を尊重して支えることが臨床宗教師に

求められる。臨床宗教師は、一人ひとりの解決のつかない課題に向き合い、相手と共に答え

を探す宗教者である。

2)「医療と宗教の連携による患者・家族の全人的支援」

治癒の見込みの少なくなった患者は、身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛・スピリチ

ュアルな苦痛を抱えているとされる。「スピリチュアル(spiritual)」に関して、世界保健機

関(1993)では、「身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の『生』の全体像を構成す

る一因とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念とかかわっている

ことが多い。特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和

解、価値の確認等と関連していることが多い」(『がんの痛みからの解放とパリアティ

ブ・ケア』)と示している。スピリチュアルな苦痛とは、自己を喪失していく時に、「な

ぜ私がこんな目にあわなければならないのか」「私の人生は何だったのだろう」という生

きる意味への問いとなってあらわれる。未解決な問題に心悩ませ、死後の不安から神や仏

への救いを求める気持ちでもある。スピリチュアルケア、心のケアとは、未解決な問題を

解決し、自分の支えとなるものを再確認することを通して、生きる力を取り戻す援助であ

る。自己を支えとなるものには、家族や友達、恋人、過去からの自分自身、神や仏という

超越的存在とのとつながりなどがあるだろう。

患者の心の平安を尊重するために、欧米のチャプレン(Chaplain)のような聖職者が、日

本でも緩和ケアチームにおいて求められている。具体的には、東日本大震災直後から、宗教

者による災害ボランティア活動が継続的に進められ、2012 年から東北大学大学院において

臨床宗教師研修が始められた。臨床宗教師とは、欧米のチャプレンと同様に、伝統のある宗

教教団に認定された聖職者(僧侶、神父、牧師等)が、医療、社会福祉、被災地などにおい

て、施設スタッフとチームワークを組んで、人々の悲しみに寄り添う人をさす。宗教からの

終末期ケアにおいて重要なことは、患者の多様な価値観を受けとめ、布教伝道を目的としな

いことである。それによって、宗教にまつわる「信者獲得」や「対立」というイメージも払

拭される。ケアの源泉に、「何かをすることではなく、そばにいることである(”Not doing,

but being”)」という言葉がある。絶望的な状況におかれている人に、何もできなくてもそば

にいて、手を握ったり、話すのを聞いたりするだけで支えになることをこの言葉は教えてい

る。患者は自分自身のことをすべて理解してもらうことを望んでいるのではない。「自分自

身のことをわかっていてくれるかのように誰かにみつめられていること」が患者の願いで

ある。患者は苦しみの中でも、ささやかな楽しみを求めている。病床で笑うことは心和らぐ。

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患者の心のケアとは、全人的な苦しみにあえぐ患者のそばにいて、うれしかったことや辛か

ったことに耳を傾け、様々な面を持つ患者の人生をまるごと認めることであるといえるだ

ろう。

3)「自殺予防対策と自死遺族の支援」

日本は、自死で亡くなられる方が平成 10 年以降年間 3 万人を超え、平成 23 年は 3 万

人を下回ったが、先進国の中では抜きん出た値となっている。社会的な施策として、平成

18 年 6 月に「自殺対策基本法」が成立し、平成 20 年 3 月厚生労働省が招集した有識者検

討会により「自殺未遂者・自殺者親族等のケアに関するガイドライン作成のための指針」

が公表された。現在、救命救急センターでの自殺予防活動などの取り組みが始まっており、

岩手医科大学や横浜市立大学では、自殺企図者に対するケア・モデルを作成し、未遂者の

家族および未遂者本人へのケアが実践されている。しかし、上記の取り組みは、自死予防

に重点が置かれ、遺族支援については不十分である。救命救急センターにおける自死遺族

の調査をすでに実施し、暫定的な自死遺族の支援モデルを作成したが、データ蓄積はまだ

不十分な状況である。そのため、今後も継続し、救命救急センターでの自死遺族の調査研

究を実施し、自死遺族の支援モデルの改良に努めていくことを本研究の目的とする。

2018 年、日本では、大学生を含めた若者の死亡原因の第 1 位が自殺である。また、日本

の自殺死亡率(人口 10 万人当たりの自殺者数)は、欧米の自殺死亡率をはるかに上回

り、高い水準となっている。大学生をはじめ青年期にあっては、学校生活でのいじめ、失

恋、勉学不振、就職の不安に悩み、また、家庭内問題、薬物依存などに直面して悩み、自

殺を考えることがある。さらには、友人や家族が自殺するという悲しみに遭遇することも

ある。成人では、40 歳代~60 歳代の自殺が過去に比べて増加している。突然のリスト

ラ、倒産、多重債務、犯罪などに巻き込まれて、個人の力ではどうすることもできない事

態から自殺が生じている。このように自殺は個人の問題ではなく、その人が生きている社

会や経済の闇を映し出している。自殺の現状、自死・ 自殺の危険を示すサインを理解

し、自殺を防止するとともに、自死遺族に寄り添い支援することが求められる。「自

殺」、自ら殺すという表現は心に突き刺さるため、遺族の気持ちを配慮して、その悲しみ

を込めた「自死」という表現を用いられている。日本中世の親鸞は、「さるべき業縁のも

よほさばいかなるふるまひもすべし」 (『歎異抄』後序)と説いた。人はいのちの尊さ

を自覚していても、すさんだ状況によっては思いもかけない行動をとってしまうものだろ

う。貧困と飢饉に喘ぐ時代、親鸞は「臨終の善悪をば申さず」と仲間に手紙を送り、いか

なる死も愛しく尊いと受けとめた。自死念慮者や自死遺族の悲しみに向き合い、自死の問

題を、医療や看護学などと連携しながら、経済・生活対策レベル、宗教的な救いの角度か

らも見つめたい。

4)「慈悲と非暴力を機軸とした平和構築 平和のための宗教者間協力と対話」

仏教の社会倫理は、世俗価値を超えた仏教の縁起的生命観に支えられている。「一切の生

きとし生けるものは幸せであれ」(『スッタニパータ』一四七偈)「すべてのものは暴力に

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おびえる。すべてのものにとって自己はいとしい。己が身にひきくらべて殺してはなら

ぬ。殺さしめてはならぬ。」(『ダンマパダ』一三〇偈)「世のなか安穏なれ、仏法ひろま

れ」(親鸞『御消息集』七)等と説かれるように、仏教を機軸とする臨床宗教師は、非暴

力と平和な社会の実現を願う。

他宗教と対話することは、相互の宗教的死生観や平和観を学びあい、宗教の社会的役割

を確かめ合う機会になる。また、同じ宗教者として、世界の苦難を和らげるために、宗教

間で協力する道も開かれる。大学院実践真宗学研究科では、宗教間対話を実際に行い、

NCC(日本キリスト教協議会)宗教研究所による「日本の諸宗教研修と対話プログラム」

(ISCP: Interreligious Study in Japan Program)と連携し、龍谷大学を訪れて日本文化や

日本の宗教・仏教を学ぼうとする、キリスト教文化に育ったドイツからの留学生と対話し

て、相互の宗教的実践や死生観をわかちあい、自らの宗教者としての可能性を探ってい

る。