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2 3 森里海 Vol.1 森里海 Vol.1 雪原には足跡ひとつない。 発した声は反射できずに行方不明。 だれもいない、人類が生まれる前の地球を想像する。 一 直 線 にならび、生えそろう木々が 人間のいとなみの痕跡をまざまざと見せつける。 鼻にぬける空気の冷たさに気づく。 からだが熱を発して、わたしの存在を宣言する。 私のいない世界にはもうもどれない。 自然はもう、私のいない世界にもどれない。 この地は、かつては森だったという。雪の下には、広大な畑と人工的 な一直線の道路が広がり、人間による開拓の歴史を伝える。 「十勝の春」(2017年3月11日、北海道十勝、撮影・時任美乃理) 古代と比較すると、 現代の脊椎動物の絶滅速度は 100~1000倍といわれている 出典・ Millennium Ecosystem Assessment "Ecosystems and Human Well-Being : Synthesis", 2005 1970~2014年のあいだに 生物多様性の豊かさが60%消失 出典・WWF インターナショナル「生きている地球指数」

雪原には足跡ひとつない。...4 5 「上谷の倒木」(2016年7月8日、芦生研究林、撮影・伊勢武史) 倒れた木を苔がおおう。棺桶に投げいれられる花束みたいに、

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Page 1: 雪原には足跡ひとつない。...4 5 「上谷の倒木」(2016年7月8日、芦生研究林、撮影・伊勢武史) 倒れた木を苔がおおう。棺桶に投げいれられる花束みたいに、

2 3森里海 Vol.1 森里海 Vol.1

雪原には足跡ひとつない。

発した声は反射できずに行方不明。

だれもいない、人類が生まれる前の地球を想像する。

           !

一直線にならび、生えそろう木々が

人間のいとなみの痕跡をまざまざと見せつける。

鼻にぬける空気の冷たさに気づく。

からだが熱を発して、わたしの存在を宣言する。

私のいない世界にはもうもどれない。

自然はもう、私のいない世界にもどれない。

この地は、かつては森だったという。雪の下には、広大な畑と人工的な一直線の道路が広がり、人間による開拓の歴史を伝える。「十勝の春」(2017年3月11日、北海道十勝、撮影・時任美乃理)

古代と比較すると、現代の脊椎動物の絶滅速度は100~1000倍といわれている出典・Millennium Ecosystem Assessment 編 "Ecosystems and Human Well-Being : Synthesis", 2005

1970~2014年のあいだに生物多様性の豊かさが60%消失出典・WWFインターナショナル「生きている地球指数」

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「上谷の倒木」(2016年7月8日、芦生研究林、撮影・伊勢武史)

倒れた木を苔がおおう。

棺桶に投げいれられる花束みたいに、

生と死の輪郭をかたどっている。

緑色が増えるほどに、彼の存在は消えてゆく。

かつて彼だったからだのうえで、赤んぼうが芽を出した。

それがだれかを知らぬまま、

赤んぼうはつぎの時代をかけぬける。

前の時代もそんなふう、つぎの時代もそんなふう。

森、里、海にはそれぞれの内部に種々の環とそれらの連なりが存在する。

京都大学フィールド科学教育研究センター『森里海連環学──森から海までの統合的管理を目指して』

森里海 Vol.1 森里海 Vol.1

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6 7森里海 Vol.1 森里海 Vol.1

耳をつんざく轟音を背に 鈍色が飛ぶ

ぎらりと光る

しぶきが飛び散り、鈍色のいのちを祝う

かすめたコンクリートブロックがうろこをはがす

白く濁った鋭い破片が、表皮を傷つける

すすむ視界を茶色が染める

恐れることなく、一心不乱に飛び、跳ね、泳ぐ

そこの二つの目の玉よ

すぐに忘れる感動なら きれいな水をくれ

わたしが飛ぶのはわたしのためだ

わたしがつなぐいのちのためだ

森林からの流出水は最終的に海に到達するまで、さまざまな生物に生息する場を与え、すべての生命を支えている。

京都大学フィールド科学教育研究センター『森里海連環学──森から海までの統合的管理を目指して』

環境問題といわれるが、環境に問題があるのではない。問題は、自身の行動が環境に対して与える影響を認識できず、その自主規制ができず、その社会合意ができない人間の側にある。

京都大学フィールド科学教育研究センター『森里海連環学──森から海までの統合的管理を目指して』