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鉄欠乏性貧血の発症要因に関する研究ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/1/14202/201605272018028454… · ぞれPA静 注2週 後に2540±870mg/dl, 497± 31mg/dlの

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岡 山 医 誌(1991) 103, 813~821

鉄欠乏性貧血の発症要因に関する研究

第2編

鉄 漏 出 性 貧 血 の 動 物 モ デ ル 作 製 の 試 み と そ の 評 価

岡山大 学 医学部 第二 内科学 教室(指 導:木 村郁郎 教授)

中 西 徳 彦

(平成3年3月22日 受稿)

Key words: iron deficiency anemia, iron-losing anemia, puromycin aminonucleoside

緒 言

体 内鉄 量 が常 に一 定 に保 たれ てい るこ とにつ

い ては,以 前 よ り吸 収段 階の 調節機 構 が考 え ら

れ てお り, Hahn1)とGranick2)ら のmucosal

block theory以 来 多 くの検討 が なされているが,

体外 への鉄 の排 泄 に よ る調節 機構 は充分 検討 さ

れ ては いな い.鉄 欠乏性 貧 血の 原因 につ いて も

鉄喪 失 は消化 管 出血や 月経過 多に よ る失血 以外

には考 え られ てお らず,鉄 排 泄過 剰 に よる貧血

とい う病 態 はほ とん ど考 え られて いない.し か

し,明 らか な 出血 源 が存在 しない に もか かわ ら

ず59Feを 用 いたwhole body iron countingで

正 常人 に比 し59Feの 体 内か らの減 少の早い鉄欠

乏 性貧 血症例 が存在 することも報 告 されている3).

か か る症 例 は従来 の検 査法 で は検 出で きない程

度 の微 量 の出血 があ る もの と考 えられ ているが,

教 室の 木村 は消化 管粘 膜 の鉄 の吸収 と排 泄の検

討 か ら粘 膜 内外 の 鉄 量 の 動 態 に よ る粘 膜 平衡

mucosal equilibriumの 存在 を想定 し,そ の破

綻 に よ る鉄 漏 出性 貧 血iron-losing anemiaな る

概 念 を提 唱 した4-6).

教 室 の宮 田 は幼若 ラ ッ トに鉄 の キ レー ト剤 で

あ るdesferrioxamineを 投 与す るこ とに よ り,

非 ヘ ミン鉄 の尿 中へ の喪 失 を惹起 させ それ に よ

り実験 的 に肝臓 内非 ヘ ミン鉄 の減少 を伴 う低 色

素 性貧 血 モデ ルが作 製 で きる こ とを示 した7).こ

の非ヘ ミン鉄 の過 剰 排泄 に よ る鉄 欠乏性 貧血 の

モ デル は 木 村 の提 唱 す る鉄 漏 出性 貧 血iron-

losing anemia4)の 存在 の可能性 を支持 す るもの

と思 われ る.し か し,直 接 的に鉄 をキ レー トす

る薬 剤 であ るdesferrioxamineに よ る鉄欠 乏状

態 の モデル は,鉄 漏 出性貧 血の モデ ル とはい い

難 い.筆 者 は 第1編 に お い てPuromycin

aminonucleoside (PA)投 与 におけ るネ フ ロー

ゼモデル8)では含糖酸 化鉄 の尿 中への クリアラン

スが著 明 に亢進 してい る こ とを示 した.そ こで

PAを 長期 少量投与 して軽微 な腎障 害 を惹起 さ

せ る と尿 中へ鉄 が喪 失 して鉄 欠乏性貧 血が で き

るの では ないか と考 え,以 下 の動物実 験 を行 っ

た.

対 象 と 方 法

1. 対 象

実 験動物 はWistar系 雄 性ラ ッ トを用 いた.

2. 方 法

1) PA単 回投与法 に よ る,尿 中鉄排 泄 の検

PA投 与量 に よる尿,血 液学 的,生 化 学 的変

化 を知 る 目的 で体 重100gあ た り1, 2.5, 5, 15

mgのPAを 尾静 脈 よ り一 回注射 した.各 群9匹

ず つ用意 しさ らに同数 の対 照群 を同 じ飼料,環

境 で飼育 した.飼 料 は オ リエ ン タルMF (片山

化 学)を 用 いた. PA静 注 後1, 2, 4週 目にPA

群,対 照群 各3匹 ずつ各 々の ラッ トにつ きCBC,

血 清鉄,尿 中鉄,血 清 アル ブ ミン,血 清 クレア

チニ ン,尿 蛋 白,肝 臓 内鉄量 を測定 し, PA群

と対照群 とを比較 した.尿,血 液,脱 血 肝組織

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は 第1編 と同 じ方 法 で得 た.

2) PA連 続投 与方 法 に よる尿 中鉄排 泄 の検

PAの 尿 蛋 白増 加 は静注 後2~3週 間続 き以

後 は尿 蛋 白はほ ぼ正常 に復 す る こ とがPA単 回

投 与 の結果 判明 したの で, PAを2週 毎 に静 注

しPAの 長期 投 与 におけ る血液学 的変化 を検 討

した.ま たPAの 投 与量 も単 回投与 の結果尿 蛋

白の増加 の得 られ る最少 量 と して体 重100gあ た

り5mgと し, PA群 と対照群 各12匹 を同 じ条件

で飼育 し,実 験 開始 後2, 4, 6, 10週 目で単 回

投与 の際 と同 じ要領 で3匹 ずつ 屠殺 し同様 の項

目につ いて検討 した.さ らに,一 部肝,脾,腎

における組織学的検討も加えた.

図1  PA 15mg, PA 5mg単 回投 与 時の 体 重変 動

PA15mg投 与群 で は対照 に比 し40%の 成 長 障

害 が認 め られたが,5mg投 与群 では対 照 と差 が

み られず2.5mg群, 1mg群 で も同様 で あ った.

図2  PA単 回投与後の含糖酸化鉄尿 中クリア ラン

スの経時的変動

結 果

1. PA単 回投与法による尿中鉄排泄の検討

図3  PA単 回投与後の血清アルブ ミンの変動

図4  PA単 回投与後のヘモグロビン値の変動

PAを1, 2.5, 5, 15mgと 単 回投 与 しその後

の体重 増加 の傾 向 をみ る と15mg群 では対 照に 比

し約40%の 成 長障 害 が認め られ たが,5mg以 下

で は差 は認 め られ なか った(図1).次 に尿 蛋 白

の推移 を検討 す る と, 15mg, 5mg投 与群 で はそれ

ぞれPA静 注2週 後 に2540±870mg/dl, 497±

31mg/dlの 著 明 な尿 蛋 白を認め,この投 与量でPA

が 腎糸球 体 に作用 したこ とを示 した, 2.5mg投 与

群, 1mg投 与群 ではそ れぞれ63±36mg/dl, 66±

15mg/dlと 対照群 の40±3mg/dlに 比 し有 意な蛋 白

尿 は認 め られ なか った.さ らに一部 この尿 蛋 白

をSDS-PAGEに 展開 し蛋 白組成 を分析 した と

ころ,大 部分 は アル ブ ミンであ ったが相 当量 の

鉄 飽和 トラン スフェ リン を確 認 した.さ らに,

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腎障害動物モデルによる貧血の成因に関する研究  815

第1編 と同様 の方 法 を用 いて含糖 酸化 鉄 に よ る

尿 中鉄 ク リア ラン スをみ る と, 15mg群, 5mg群,

2.5㎎ 群, 1mg群 の いずれ も2週 目には対 照群 に

比 し有 意 に亢進 してお り, 4週 目には15mg群 のみ

対 照群 に坊 し高 か った(図2).血 清ア ルブ ミン

の低 下 は15㎎ 群, 5㎎ 群 で1, 2週 に顕著 であ り,

2.5mg群 では対 照群 よ り低下 はす る ものの有 意 な

変 化 では なか った(図3).こ れ ら尿蛋 白,血 清

アルブ ミン量 の変化 は1, 2週 では著 明 であった

が4週 では対照群 と同 じレベ ルに 回復 した. PA

投与群 の鉄 ク リア ランス は4週 目に も対照群 よ

り高値 を示 し,鉄 ク リア ラン スでみ る腎か らの

排 泄機 構 の回復 には時 間が よ り必 要 であ る と考

え られ た.

表1  PA5mg/100g体 重投与群 と対照群 との各種

血液生化学検査の比較

(* p<0.01vs対 照 群) 図5  PA連 続投与に よる尿中鉄 の変動

対照群 PA群

図6  対照群 とPA群 の腎鉄染色標本

末梢血の血液学的検討ではヘモグロビン値が

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15mg群 及 び5mg群 で2週 目に有意 の低 下 を認 め

たが4週 目には対照 と同 じレベ ルに回復 した(図

4).そ の他LDH, T-Bilirubin,網 状赤 血球数

白血 球数,骨 髄 細胞M/E比 を検討 した ところ,

PA投 与群 にお いてT-Bilirubinが やや 高 い傾

向 を認め たが, LDH,網 状赤 血球 は変化 を示 さ

ず,明 らか な溶血所 見 は認め られ なか った(表

1).

図7  PA連 続投与による血清アルブ ミンの変動

図8  PA連 続投与に よるTIBCの 変動

2. PA連 続投 与法 に よ る尿 中鉄排 泄 の検 討

前 述 した ご と くPAに よる尿 中鉄排 泄増 加,

尿蛋 白増加 の作用 は一 時的 な ものであったため,

連 続投 与 す るこ とに よって持続 的 な尿 中鉄 排泄

亢進 を惹起 させ うるか ど うか を試み た.体 重100

gあ た り5mgのPAを2週 毎 に投 与す る と,尿

中鉄 はPA群 で持続 的 に排 泄 され た(図5).

か か るPA投 与10週 目での 腎組織 のHE染 色

標本 をみ る と, PA群 で は尿 細管 細胞 の変性,

細胞 分裂像 の増加,間 質 の増 生が み られ,鉄 染

色標本では近位尿細管に可染性鉄顆粒の増加が

みられたが,糸 球体,遠 位尿細管,間 質への可

染性鉄顆粒は認められなかった(図6).

図9  PA連 続投与による血清 クレアチニンの変動

図10 PA連 続投与によるヘモグロビン値の変動

3. PA連 続 投与 に よるその他 の影 響

尿 蛋 白は持 続的 に排泄 され て いたが,血 清 ア

ルブ ミン, TIBCの 変化 は4週 目 まで は軽度 の

低下 に とどまっていた ものの, 6週 以降 は著明 に

低下 した(図7, 8).血 清 クレア チニ ンの変動

は6週 目までは正常 範囲 内 であ ったが10週 目に

は高値 とな り,ネ フ ローゼ か ら腎不全 へ移行 し

た もの と考 え られ た(図9).

ヘ モ グ ロビン値 は2週 目よ り明 らか な低 下が

み られ たが(図10), 2~6週 の変化 と6~10週 に

か けて の変 化 とは 明 らか に異 な る態度 を示 し6

週 目以降 はPA投 与 に よる付 加 的要 因がヘ モ グ

ロビン合成 に影響 を及 ぼ した可能 性が考 え られ

た.

肝 臓 内鉄 量 は4週 目までは対照 群 に比 しや や

低 値 を示 したが, 6週 以 降は逆に対照群 に比 し著

明に増 加 して いた(図11).肝 臓 の組織 標本 は,

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腎障害動物モデルによる貧血の成因に関する研究  817

HE染 色 で は明 らか な変 化 はみ られ なか っ た も

のの,鉄 染 色 で は10週 目では グ リソン鞘周 囲 の

肝実 質細 胞 内に可染 性鉄 顆粒 の増加 がみ られ た

(図12).な お,脾,骨 髄 にお け る組 織像 に は特

徴 的 な変 化 は認 め られな か った.

考 察

鉄 欠乏性 貧血 の一 因 として,第1編 で得 られ

た成績 か ら鉄漏 出性 貧血 の 存在 を想定 し,本 編

では持 続的 な トラン スフ ェ リン鉄 の尿 中へ の排

泄 をおこ して鉄 欠 乏性貧 血 の動物 モデ ル を作 る

こ と を試 み る 目的 で, Puromycin aminonu

cleoside (PA)に よ るネフ ローゼ モデ ルの ラ ッ

トを作 製 しその鉄代 謝 を検 討 した.第2編 で は

PAを15mg/100gBW静 注 し8日 後 に観 察 し,尿

中鉄 排 泄亢進 を認 め たがHb値 は有 意 な変化 が

認め られ なかっ た.一 方,本 編の実 験 でPAの

5mg及 び15mg/100gBW単 回静 脈 内投 与 では, 2

週 後 にHbの 低 下,尿 中鉄 の増加,尿 蛋 白の増

加 が み られ たが いずれ も4週 目に は正 常 に復 し

てお り, PAの 効 果 は可逆的 な もの と考 え られ

た.そ こでPAの2週 毎 の連 続投 与 を行 う と持

続的 な貧血,低 蛋 白血症,尿 蛋 白の増加 と同 時

に尿 中鉄 の増加 がみ られ るこ とが判 明 し,本 編

の 目的に ある程 度か なう動物 モデルが得 られた.

図11  PA連 続投与 による肝臓内鉄量の変動

対照群 PA群

図12  対照群 とPA群 の肝鉄染色標本

今 回 の 腎 障 害 動 物 モ デ ル 作 製 に 用 い たPur

omycinは 尿 蛋 白増 加 を起 こす こ とが 知 られ て い

る.そ の機 序 につ いて は, horseradish peroxidase

やdextranを 使 った実 験8)に よ りcharge barrier

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とsize barrierの 障害 に よ り尿 蛋 白増加 が起 こ

る とされ,特 に前 者 の障害 が主 であ る と考 え ら

れ てい る. PAは 腎糸球 体 のheparan sulfateの

減少 をお こす とともに上皮 細胞 に対 し強 い代 謝

障 害 をお こす こ とに よ りGBMのASが 減 少 し

尿 蛋 白が増加 す る と考 え られ てい る9).かか る動

物 モ デル での鉄 の尿 中排 泄 ・尿 蛋 白増加 に伴 う

変 化 として, PAを 投与 したラ ッ トの腎 の組織

標 本 をみ ると, PA連 続 投与 の10週 目の ラ ッ ト

のHE染 色 で間質 細 胞の増生 と尿細 管上皮 細胞

の破壊,再 生像 が み られ,さ らに鉄 染色 で は主

に近位 尿 細管 に鉄顆 粒 の沈着 がみ られ てい た.

この現象 の解 釈 については次 の2通 りが あろ う.

第1に 糸 球体 か ら濾過 され た鉄 が再 吸収 に よ り

沈着 した との解釈 で あ る.こ の再 吸収 の機 序 に

つ いて は,ラ ッ トの 腎の トラ ンスフ ェ リンレセ

プ ター は近位 尿細 管 には ほ とん どな く遠位 尿細

管 に 多 い との報 告 もあ り, receptor-mediated

uptakeで はな く非特 異的 な再 吸収 に よるものか

も知 れ な い.第2の 解釈 として は腎尿細 管細 胞

のbasolateral sideか らの血清 中の鉄 の取 り込

み の増加 であ る.尿 細管上 皮細 胞 のbasolateral

sideに はtransferrin receptorが 存在す る とさ

れ て い るので,こ の部位 か らの鉄 の吸収 増加 で

あ る とす る とreceptor-mediated uptakeで あ

るがtransferrin receptorの 発現 は 多 くの報 告

では細 胞 内鉄 量 に よ りdown regulationを 受 け

てお り,尿細 管上皮 でのtransferrin receptor発

現 もそ うであ る とす れば かか るPA投 与 腎での

TfR発 現 は極 少数 であ るはず で, PA投 与 ラ ッ

トの血 清鉄 が低値 であ るに もか かわ らず尿 細管

上 皮細 胞 に過 剰 の鉄 が沈着 す る と考 え るの は困

難 で あ る.

一方,肝 臓 につ いては,体 内鉄 が減 少す れば

それ に平行 して肝 臓 内鉄量 も低 下す るはず であ

るが連 続投 与 の際のPA群 で は尿 中鉄 増加 が持

続 してい たに もかか わ らず肝臓 内鉄量 が増加 し

てい た.こ れ は血清 アル ブ ミン と ともにTIBC

も減 少 して い る ため 鉄 の 運 搬 能 力 が低 下 し,

atransferrinemiaに 近 い状 態 になっているため,

肝 臓 よ りの鉄 の移 動 が制 限 され たのか も しれ な

い.ま た,尿 中鉄 漏 出に ともない消化 管 よ りの

鉄 吸収 が亢進 し,さ らに炎症 に伴 う網 内系 の鉄

取 り込 み増加 の一 現象 と して肝 臓 に鉄 が増加 し

て い る可能性 も考 え られ る.

一 方,今 回作製 したPA投 与 に よ る貧 血 モデ

ル では,正 球 性 色素性 貧血 を示 し赤 血球数,ヘ

モ グ ロビン値 ともに低 下 して お り,そ の成 因に

つ いては鉄 欠乏 以外 に失血,溶 血.骨 髄造 血 能

の低下,炎 症 に伴 う貧 血,腎 性貧 血 な ども考 え

られ た.

まず,失 血 につい て であ るが,解 剖 時 肉眼 的

に腹 腔内,消 化 管内,膀 胱 内 に出血 がみ られ な

か った こ とよ りヘ モグ ロビ ンの低 下 を惹起 す る

ほ どの 出血 は まず否定 的 であ る と考 え られ る.

次 にPA投 与後 の貧血 が起 きる まで比較 的短期

間 であ るこ とか ら溶血 が疑 われ るが,血 清 生化

学 的にbilirubinの 上昇 は認め る もの のLDH,

網状 赤血球 の増加,骨 髄M/E比 の低 下が ない

こ と,脾 臓の重 量が対 照群 に比 しPA群 で低 下

してい る ことな どが 溶血 と合 致せ ず,末 梢 血標

本 をみ て も赤血球 の 形態異 常 な どは明 らか で な

か っ た.

PAの 作 用機序 はさ らに, Puromycinの 構造

が ア ミノア シルtRNAの ア ミノ酸 末端部分 との

構 造が類似 してい るため リボゾームのD座 に結

合 して い るペ プチ ジルtRNAと ペプ チ ド転移 酵

素 に よって反応 しpeptidyl-puromycinを 生 じ,

リボゾームか ら遊離 す る.こ うい った蛋 白合成

障害の ほか にFriend erythroleukemia cellに

対 し分化 誘導 し増殖 を抑制 す る とい う報告 もあ

り10),骨髄造血 障害 が起 こ る可能 性 があ る.今 回

のPA群 の貧 血 につ い ては,早 い経過 で貧 血 が

起 きてい るこ とか ら骨髄低 形成 の みで は説明 で

きな い.ま た末 梢血 所見 で 白血 球数 は対照 群 と

PA群 とで差 がみ られ ない こ とも骨髄造 血障害

の程 度 の低 い こ とを示 して い る と思わ れ る. 3

系統 の うち赤 血球系 の みの低下 が み られ る とし

た ら,赤 芽球 癆 も考 慮 にい れなけ れば な らない

が,先 に述べ た よ うに経過 か ら考 え る と合 致 し

ない し, PA投 与後 の1週 目の骨 髄細 胞のM/

E比 をみ て も対照群 と明 らかな差 は なか った.

炎症 に伴 う貧血 の場合 は網 内系 に よ り鉄 の取

り込 みが増大 し造 血 におけ る鉄 利 用率 の低下,

血清鉄低 値 がみ られ る. Konijnら に よ る とラッ

トにturpentineを 投与 す る ことに よって炎 症 を

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腎障害動物モデルによる貧血の成因に関する研究  819

惹起 す る と肝 臓 及び脾 臓 のferritinの 増加 と血

清鉄 の低 下がみ られ る事 を報告 してい る11).炎症

時 にマ クロファー ジか ら放 出 され るinterleukin-

1 (IL-1)やtumor necrotizing factor (TNF)

に よ りHepG2細 胞 のdiferric transferrinの 取

り込 みが増加 し,さ らにtransferrinの 放 出の

低 下, ferritin合 成 の 増加 がみ られ た との報告 も

あ り12), PA投 与 に よって全 身に炎症 類似 の反 応

が惹 起 され,そ れ が ため に尿 中への鉄 の喪 失 と

ともに網 内系 へ鉄 の 取 り込 み が増大 し貧 血が起

きた可能 性 は あるが,さ らに検 討 が必要 と思 わ

れ る.

次 に腎障 害 に合 併 してみ られ る貧 血 はエ リス

ロポエチ ンの 腎臓 よ りの分泌 の低 下が主 な原 因

とされ,今 回 の モデル で もPA連 続投 与 に よる

変化 で は特 に10週 目で は血清 クレア チニ ンが増

加 した こ とか ら もエ リス ロポエ チ ンの低 下 に よ

る貧 血 であ る可能 性が 強 い.エ リスロ ポエ チ ン

の産 生 は,腎 の 間質細 胞で ある とい う報告13)とメ

サ ンギウム細 胞 であ るとい う報告14)があるが,い

ずれ に して も組織 へ の酸素供 給 の低 下に 反応 し

て分 泌 され る15).慢性 腎不 全 の際には腎の組織 障

害 の ためエ リス ロポエチ ンの分 泌能 が低下 す る

と考 え られて い る.今 回作製 したモデ ルはネ フ

ローゼ で あ り,持 続 す る尿蛋 白の ため に尿細管

細胞 の障害 が起 こ りさ らに 間質性 腎炎 が生 じた

と考 え られ る.一 般 に ネ フローゼ にお け る間 質

性 腎障害 の機序 と して,尿 蛋 白以 外に尿 中鉄 の

多寡 も関与 して いる とい う報告 もあ り16),本実 験

で の10週 目か らの貧 血 の亢進 に はエ リス ロポエ

チ ンの障 害 を含む 腎障害 が 関与 して い る可能 性

はあ る.

興 味 あ るこ とにHancockら は,ネ フ ロー ゼ

症候群 にお いて尿 中にtransferrinが 失 われ血

清鉄 の低 下 とと もに小球 性低 色素 性貧 血が み ら

れ た症例 を報 告 してい る17).その症 例 ではTIBC

が12μg/dlと 著 明 な低値 で あ り,貧血 の原因 とし

て尿 中へ の鉄 の喪失 のみ な らず貯 蔵鉄 の利 用障

害 の関与 も示唆 してい る.こ の症例 では尿 中へ

の鉄 の喪失 に よ る鉄 欠乏 が起 き ると,代 償性 に

消化 管か らの鉄 の吸収 が増 大 し喪失分 を補 うは

ず で あるが,低transferrin血 症 の ため消化 管

あ るいは網 内系 か ら骨髄 に輸送 し造血 に利 用 で

きな い もの と推 測 して い る.今 回の実 験 で出来

たモデ ルは この症例 に類似 した点が 多 く,腎 障

害 が軽微 す なわ ちエ リス ロポエチ ンが低下 しな

い程 度 でかつ尿 蛋 白は持続 的 に排 泄 され る よう

な病 態 では鉄 漏 出性 の貧 血が惹 起 され る可 能性

が あ る こ とを示唆 して い る と思 われ る.

結 論

第1編 においてPuromycin aminonucleoside

(PA)投 与 に よ り,尿 中鉄排 泄が亢 進す るこ と

を示 したが,さ らに長期 投与 に よ り鉄 代謝 に与

え る影響 を観 察 し以下 の結果 を得 た.

1. PAを ラ ッ トに投 与す る こ とに よ り尿 中鉄

排 泄亢進状 態 が得 られ た.

2. 体 重1009あ た り5mgのPAを2週 毎 に静

注 す るこ とによ って持 続 的な貧血 状 態が得 ら

れた.

3. PA連 続投 与に よって惹起 され る貧 血 は腎

性 因子 や炎症 性 因子な ど多様 な因子 の関与 し

た病態 で はあ るが,尿 中鉄排 泄亢進 に よ る鉄

欠乏状 態 もその一 因 と して重要 で ある と思 わ

れ た.

稿 を終 えるにあた り,御 指導 ・御校 閲を賜 った恩

師木村郁郎教授 に深甚の謝意 を表するとともに,終

始御 懇篤 なる御指 導 を賜っ た高橋 清講師,宗 田

良助手に深謝致 します.

(本論文の要 旨は第32回 日本臨床血液学会総会で発

表 した.)

文 献

1) Hahn PF, Bale WF, Ross JF, Balfour WM and Whipple GH: Radioactive iron absorption by the

gastrointestinal tract. Influence of anemia, anoxia and antecedent feeding. Distribution in growing

dogs. J Exp Med (1943) 78, 169-188.

2) Granick S: Ferritin. Its properties and significance for iron metabolism. Chem Rev (1946) 38, 379

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820  中 西 徳 彦

-403 .

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腎障害動物モデルによる貧血の成因に関する研究  821

Studies on pathogenesis in iron deficiency anemia

Part 2. Anemia induced by administration

of puromycin aminonucleoside

Norihiko NAKANISHI

Second Department of Internal Medicine,

Okayama University Medical School,

Okayama 700, Japan

(Director: Prof. I. Kimura)

Iron deficiency anemia results from various factors, such as blood loss, malabsorption, and

increased demand for iron due to pregnancy or growth. However, iron hyper-excretion has

not been reported except in the cases of bleeding. Previously, we found increased iron

excretion in the urine in patients with iron-losing anemia, such as idiopathic hypochromic

anemia.

To examine the relationship between iron excretion and anemia, puromycin aminonucleoside

(PA) was administered in rats to induce anemia. In such rats, considerable amounts of iron

were continuously excreted in the urine and the animals became anemic. However, the anemia

in this model was normocytic and normochromic, and the liver iron content was reversely

increased. In conclusion, PA administration in rats induces not only iron deficiency as

hyper-excretion but also abnormalities of iron metabolism as indicated by the other pathologi

cal findings, such as inflammatory change and renal failure.