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特集 1 思考過程のことですが,看護師が行う臨床推論は診 断をつけるわけではありませんので,医師が行う臨 床推論とは内容が違います。医師が行う臨床推論を 看護師が患者の状態を的確に把握するために用いる ことができれば,緊急度や重症度の判断ができ,患 者の状態に合ったタイムリーで的確な看護が提供で きるのではないかと思います。 看護師が行う臨床推論 では,看護師が行う臨床推論の思考過程について 解説していきます。そもそも,皆さんは意識せずに 臨床推論を行っています。例えば,受診した患者が 「急に胸が締め付けられるように痛くなりました」 と言っていたら,どのような疾患を想像しますか。 ほとんどの方は"心筋梗塞"を想像したのではない かと思います。この考え方は,パターン認識という 思考過程に当てはまります。多くの看護師は,意識 せずにこのパターン認識を行いながら看護を行って います。 パターン認識は直感的思考とも呼ばれ,このパ 臨床推論とは 皆さん,臨床推論という言葉を聞いたことがある でしょうか。看護教育において臨床推論の講義を受 けたことのない看護師が大半なのではないかと思い ます。臨床推論とは,患者の訴え(症候)から考え 得るすべての病気(鑑別診断)を挙げ,一つひとつ を体系的・分析的アプローチで診断する思考過程の ことです( 図1)。その方法は,パターン認識, ヒューリスティクス,多分岐法,徹底的検討法など があります。医師は,これらの思考過程を用いた臨 床推論から疾患の診断を行っています。 看護師が行う 臨床推論の思考過程 臨床推論とは症候から疾患の診断をつけるまでの 臨床判断力を高める臨床推論 独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター 救急科 診療看護師  国島正義 2007年広島国際大学を卒業し,呉医療センター・中国が んセンターに入職。救命救急センターに勤務し,2015年 東京医療保健大学大学院修士課程を修了。同年,日本NP教育大学院協議会が 定めるナース・プラクティショナー(NP)資格認定資格を取得。以後,診療看護 師として救急科に所属。救急科医師の指示下で救急外来における初期診療およ び救急科入院患者管理を行うと共に,他科医師から依頼を受け,入院患者の末 梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)挿入などの活動を行っている。 所属学会:日本NP学会,日本臨床救急医学会,日本静脈経腸栄養学会。 プランナーの言葉臨床推論は,医師が疾患を診断するための思考過程です。そのため,看護師にとって 聞き慣れない言葉かもしれません。しかしながら,看護師もさまざまな情報からアセスメントを行い,臨 床推論で患者に何が起こっているのかを考えながら看護しているはずです。本特集では,4・5月号と 6・7月号の2回にわたり,看護師が行う臨床推論を解説し,患者がよく訴える症候について症例に沿っ て考え方を学んでいただきたいと思います。 独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター 救急科 診療看護師  国島正義 プランナー ポイント 臨床推論という考え方を知ることで, 看護師の陥りやすい考え方を見直すことが できる。 臨床推論に必要な情報とその収集方法について, 無意識ではなく根拠を持ってできるようになる ことが重要である。 患者の情報や検査結果を総合的に考え, 緊急度・重症度の判断につなげる考え方を 身に付ける。 2 呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.3

臨床判断力を高める臨床推論 - nissoken.com · 臨床推論とは 皆さん,臨床推論という言葉を聞いたことがある でしょうか。看護教育において臨床推論の講義を受

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Page 1: 臨床判断力を高める臨床推論 - nissoken.com · 臨床推論とは 皆さん,臨床推論という言葉を聞いたことがある でしょうか。看護教育において臨床推論の講義を受

特集1

思考過程のことですが,看護師が行う臨床推論は診

断をつけるわけではありませんので,医師が行う臨

床推論とは内容が違います。医師が行う臨床推論を

看護師が患者の状態を的確に把握するために用いる

ことができれば,緊急度や重症度の判断ができ,患

者の状態に合ったタイムリーで的確な看護が提供で

きるのではないかと思います。

看護師が行う臨床推論 では,看護師が行う臨床推論の思考過程について

解説していきます。そもそも,皆さんは意識せずに

臨床推論を行っています。例えば,受診した患者が

「急に胸が締め付けられるように痛くなりました」

と言っていたら,どのような疾患を想像しますか。

ほとんどの方は"心筋梗塞"を想像したのではない

かと思います。この考え方は,パターン認識という

思考過程に当てはまります。多くの看護師は,意識

せずにこのパターン認識を行いながら看護を行って

います。

 パターン認識は直感的思考とも呼ばれ,このパ

臨床推論とは 皆さん,臨床推論という言葉を聞いたことがある

でしょうか。看護教育において臨床推論の講義を受

けたことのない看護師が大半なのではないかと思い

ます。臨床推論とは,患者の訴え(症候)から考え

得るすべての病気(鑑別診断)を挙げ,一つひとつ

を体系的・分析的アプローチで診断する思考過程の

ことです(図1)。その方法は,パターン認識,

ヒューリスティクス,多分岐法,徹底的検討法など

があります。医師は,これらの思考過程を用いた臨

床推論から疾患の診断を行っています。

看護師が行う臨床推論の思考過程

 臨床推論とは症候から疾患の診断をつけるまでの

臨床判断力を高める臨床推論独立行政法人国立病院機構

呉医療センター・中国がんセンター 救急科

診療看護師 国島正義2007年広島国際大学を卒業し,呉医療センター・中国がんセンターに入職。救命救急センターに勤務し,2015年東京医療保健大学大学院修士課程を修了。同年,日本NP教育大学院協議会が定めるナース・プラクティショナー(NP)資格認定資格を取得。以後,診療看護師として救急科に所属。救急科医師の指示下で救急外来における初期診療および救急科入院患者管理を行うと共に,他科医師から依頼を受け,入院患者の末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)挿入などの活動を行っている。所属学会:日本NP学会,日本臨床救急医学会,日本静脈経腸栄養学会。

プランナーの言葉●臨床推論は,医師が疾患を診断するための思考過程です。そのため,看護師にとって聞き慣れない言葉かもしれません。しかしながら,看護師もさまざまな情報からアセスメントを行い,臨床推論で患者に何が起こっているのかを考えながら看護しているはずです。本特集では,4・5月号と6・7月号の2回にわたり,看護師が行う臨床推論を解説し,患者がよく訴える症候について症例に沿って考え方を学んでいただきたいと思います。

独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター 救急科 診療看護師 国島正義プランナー

ポイント●臨床推論という考え方を知ることで,看護師の陥りやすい考え方を見直すことができる。

●臨床推論に必要な情報とその収集方法について,無意識ではなく根拠を持ってできるようになることが重要である。

●患者の情報や検査結果を総合的に考え,緊急度・重症度の判断につなげる考え方を身に付ける。

2 呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.3

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ターンだったらこれだろうと,直感的に患者の状態

をとらえます。臨床経験が豊富なベテラン看護師

は,さまざまなパターンを経験しているため,類似

した実践経験や実践的知識から答えを導き出すこと

ができます。

 一方,臨床経験が少ない看護師は,実践経験や実

践的知識が不足しているため,必要な情報や検査方

法などが分からず,行動に移すことができません。

皆さんも,新人のころに先輩看護師に指導されたこ

とがあるのではないでしょうか。臨床経験や実践的

知識を日々積み重ねることで,実践能力や知識が向

上し,自分で判断して行動できるようになると,"仕

事ができるようになった"と感じることでしょう。

 しかし,本当にそれだけで良い看護ができるよう

になったと言えるのでしょうか。なぜ,このような

言い方をするかというと,看護師の行うパターン認

識において,その根拠のないことが多いからです。

看護師が行う臨床推論において大事なことは,なぜ

このパターンに至るのかという根拠を十分に理解す

ることです。

根拠を考える パターン認識における根拠を理解するとはどうい

うことか,例を用いて説明します。患者が,「急に

胸が締め付けられるように痛くなりました」と受診

した場合と,「何か胸が痛いんです」と言って受診

した場合の違いはどうでしょうか。後者では,「心

筋梗塞だったら嫌だな」と思うくらいではないで

しょうか。この2つの言い方で何が違うのでしょう

か。それは,情報量が違うのです。

 前者では,"急に""胸が締め付けられる"という

2つのキーワードが入っています。"急に"という

のは,急性発症の可能性を高めるキーワードです。

急性発症の疾患は,"詰まった(閉塞)""破れた(穿

孔)""ちぎれた(断裂)"のいずれかが原因となる

ことが多いです。もう一つの"胸が締め付けられる"

というキーワードは,心筋梗塞でよく見られる症状

です。

 これだけの情報でも,患者の訴えに対して疑って

いる病態の根拠を考えることができます。この根拠

が分かっていれば,看護師間のコミュニケーション

や医師への報告がスムーズに行えるはずです。

パターン認識の落とし穴 思考過程であるパターン認識には落とし穴がある

ということを理解しておいてください。看護師が陥

りやすい落とし穴です。パターン認識は直感的に患

者の状態をとらえるため,一つの疾患に絞って考え

られがちです。これの何が悪いのかというと,ほか

の疾患が隠れている可能性があるにもかかわらず,

想起した疾患だけを見てしまうことです。胸が痛く

なる疾患は心筋梗塞だけではありません。気胸や大

動脈解離なども胸痛を生じます。死に至る可能性が

最も高い疾患について考えることも大事ですが,そ

のほかの危険な疾患も考えながら行動すべきです。

 そのためには,どのように情報を集めて,どのよ

うな順番で検査を進めていくのかを考えなければな

りません。臨床推論をしながら根拠を持って考える

ことができるようになれば,より良い看護につなが

るはずです。

救急疾患全般の初療で行うこと(問診,身体診察,検査結果,エコー,X線,CT,MRIなど) 初療では,問診と身体診察を行った上で,必要な

検査を行っていきます。行える検査は施設によって

診察② 検査②

疾患C疾患B

疾患B 確定診断

疾患を特定するためには知識や技術が必要

患者の訴え

疾患B 疾患C

診察① 検査①

疾患A 疾患D

■図1 臨床推論の思考過程の流れ

呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.3 3

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違いはあると思いますが,緊急時に行う検査はある

程度限られます。その限られた検査について,疾患

を特定するために組み合わせて行っていきます。

 検査は,行えば良いというものではありません。

検査を行えば医療費が掛かりますし,保険点数上不

必要な検査は行えません。そのため,問診や身体診

察から臨床推論を行い,その上で必要な検査を選択

しなければなりません。

問診 看護師にとって身近なのは,問診と身体診察で

す。問診や身体診察は,初療時だけではなく,病棟

での患者対応や観察においても重要な項目です。身

体診察については次稿以降で事例に沿って解説しま

すので,本稿では問診について述べていきます。

 まず,患者から情報を収集する時,自分たちがど

のような話し方をしているのか考えてみてくださ

い。患者に訴えを自由に話してもらい,それを聞く

人もいれば,こちらから症状の有無について質問を

している人もいるのではないでしょうか。これらの

質問法はそれぞれ特徴があります(表1)。

 前者はopen-ended questionといって,患者が自

由に話す方法です。この方法では,患者は看護師に

話を聞いてもらうことで満足感が得られます。しか

し,病院に来た患者は悪いところをすべて訴えるこ

ともあり,「今何が一番困っているのか」といった

最も重要な情報が不明瞭になってしまうことがあり

ます。そのため,open-ended questionに加えて

focused questionを行えば,重要な情報を明確化さ

せていくことができるでしょう。

 次に,後者はclosed questionといって,質問に対

し「はい」「いいえ」,「ある」「ない」などの決まっ

た回答をもらうことで,医療者側が知りたい情報を

明確化することができます。しかし,患者は自由に

発言できず,最も聞いてもらいたいことが言えてい

ない可能性があります。そのため,情報量が少なく

なり,重要な情報を見逃してしまう可能性が出てき

質問法 内容

OPQRST SAMPLE

neutral question(中立的質問)

open-ended question(開放型質問)

closed question(閉鎖型質問)

focused question(重点的質問)

multiple choice question(多項目質問)

OPQRST

●答えが一つしかない質問法で,面接を始める時や患者背景を尋ねる時に用いられる●「それでどうされました?」など,患者に話を続けてもらうことを促す質問方法もneutral questionに含まれる

●患者が自由に話すことができる質問法●一つの質問でさまざまな情報が得られ患者の満足感にもつながるが,話がまとまらず間延びしてしまうことがあるので,要約を挟むなど適宜工夫する

●患者が「はい」「いいえ」で答えられるような質問法●診断に必要な情報を確実に得られるが,情報量自体は少ない●多用すると患者の意思は軽視され,患者の満足感も少ない●open-ended questionだけでは足りない情報を補充する役割がある

●個々の症状や時間の流れなど,特定の話題に焦点を当てる質問法●患者の訴えのあいまいな部分を明確化する●open-ended questionの一種である

●選択肢を提示して選んでもらう質問法●鑑別診断の情報が欲しい時,患者の答えが要領を得ない時などに用いられる

onsetpalliatiive/provocativequality/quantityregion/ radiation/ related symptomassociated symptom/severitytime course

発症様式増悪・寛解因子症状の性質場所・放散の有無・関連症状随伴症状・強さ時間経過

SAMPLE

signallergymedicationpast medical historylast mealevent

症状アレルギーの有無薬歴既往歴最後に摂取した食事何が起きたのか

■表1 さまざまな質問法とその特徴

古谷伸之編:診察と手技がみえる Vol.1,第2版,P.11,メディックメディア,2007.より引用,改変

4 呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.3