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-1ω 音韻論の自然性と言語の習得 Naturalness inPhonologyand LanguageAcquisition Yasuhide KOBA YASHI Abstract Fromthepointoflanguageuniversalsandlanguageacquisition thispaperattempts to findwhysomesegmentsorsomeruleswhichd cribephonologicalphenomenaaremore natualthanothers. Themorethed criptionofhumanlanguagereflectsthenaturalness oflanguag e thebetteritis. lnthispaperthenaturalnessofphonologyisdiscussedfrom thepointofviewbothofSPEtheoryandStampe'snaturalphonology anditisconcluded thatthenatualnessoflanguageandlanguageacquisitionarenotsofullydescribedbythe SPE markedness theory as by Stampe's natual phonology which makes a distinction betweenphonologicalprocessesandacquiredphonologicalrules. .はじめに 音韻規則の自然性については,どこの言語にも見られる一般的な規則と,他の言語にはめ ったに見られない個別言語の規則があろう O 母音の鼻音の前での鼻音化や, 阻害音 (ob- struent) の語末での無声化は普遍的な規則であるが,英語の jtj jdj が母音間で[[J に発音される弾音規則(自aprule) や,日本語の jtj jdjjmj の前で破擦音 (affri- cate) になるのは,個別言語の特徴である。しかし,これらの現象も良くみると,歯茎閉鎖、 (alveolar stop) が,母音問では舌の先端での完全閉鎖をゆるめて,弾くような音になる のは自然であるし,歯茎破裂音 (alveolar plosive) を発音する際の舌端が, 次の/田/の 為, うしろヘヲ|かれて摩擦を起こし,破擦音 [cJ (ニ ts) に発音されるのも,調音上自然な 現象だと言える。音韻変化は,どの言語にも共通して見られる現象であれば自然であるけれ ども個別言語の現象は自然ではないとは,一概に言えないのである O それに対して, [Il ektnk ]'electric' [Il εktrIs ItI]‘electricity' のように, jkj j i/の 前で [sJ になる規則とか,日本語の jkak-ta/[kaitaJ1"書いた」となる過去形の規則は 習得規則であり,自然な規則とは言えない。

音韻論の自然性と言語の習得 - Hiroshima Universityharp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hju/file/5841/20140605115839/...-110- (小林泰秀) この論文では,ある分節素,あるいは,ある音韻現象を表わす規則が,他のものより自然

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  • -1ωー

    音韻論の自然 性と言語の習得

    林 泰 秀

    Naturalness in Phonology and Language Acquisition

    Yasuhide KOBA YASHI

    Abstract

    From the point of language universals and language acquisition, this paper attempts to

    find why some segments or some rules which d田 cribephonological phenomena are more

    natual than others. The more the d倍 criptionof human language reflects the naturalness

    of language, the better it is. ln this paper the naturalness of phonology is discussed from

    the point of view both of SPE theory and Stampe's natural phonology, and it is concluded

    that the natualness of language and language acquisition are not so fully described by the

    SPE markedness theory as by Stampe's natual phonology, which makes a distinction

    between phonological processes and acquired phonological rules.

    , .はじめに音韻規則の自然性については,どこの言語にも見られる一般的な規則と,他の言語にはめ

    ったに見られない個別言語の規則があろう O 母音の鼻音の前での鼻音化や, 阻害音 (ob-

    struent) の語末での無声化は普遍的な規則であるが,英語の jtj と jdjが母音間で[[J

    に発音される弾音規則(自aprule)や,日本語の jtjと jdjが jmj の前で破擦音 (affri-

    cate)になるのは,個別言語の特徴である。しかし,これらの現象も良くみると,歯茎閉鎖、

    音 (alveolarstop)が,母音問では舌の先端での完全閉鎖をゆるめて,弾くような音になる

    のは自然であるし,歯茎破裂音 (alveolarplosive) を発音する際の舌端が, 次の/田/の

    為, うしろヘヲ|かれて摩擦を起こし,破擦音 [cJ (ニts) に発音されるのも,調音上自然な

    現象だと言える。音韻変化は,どの言語にも共通して見られる現象であれば自然であるけれ

    ども個別言語の現象は自然ではないとは,一概に言えないのである O

    それに対して, [Ilektnk ] 'electric', [IlεktrIsItI]‘electricity' のように, jkj が ji/の

    前で [sJになる規則とか,日本語の jkak-ta/が [kaitaJ1"書いた」となる過去形の規則は

    習得規則であり,自然な規則とは言えない。

  • -110- (小林泰秀)

    この論文では,ある分節素,あるいは,ある音韻現象を表わす規則が,他のものより自然

    であるというのはどういうことかを,言語の普遍性と幼児による言語習得の面から探ってい

    きたし、。人間言語の描写は,自然性を反映するものであればある程,すぐれたものであると

    言えるo Chomsky-Halleの TheSound Pattern of English (SPE)に見られる理論と,

    Stampeの自然音韻論の両面から,音韻論の自然性をみて行こう O

    2. 有標化理論と言語の自然性

    Chomsky・Halleは SPEで有標化理論 (markednesstheory)を提起している O それは,

    ある特定の分節素は普遍的に多くの言語に見られるが,ある分節素は限られた言語にしか見

    い出せないことから,頻度数の多い分節素がより自然性が高いとするものである O 一般的言

    語現象に照らし,自然であれば u(unmar ked,無標),そうでなければ m (marked.有標)

    として,これを普遍的規則によって [+Jか [-Jに指定する。無標化素性の数が多い程自

    然性が高く,有標化素性の多い程自然、性が低くなるo [+Jと [-Jの指定をすでに受けて

    いる素性は,有標化素性とみなされる O

    A.母音

    SPE (409)で、は,有標化理論での母音体系を次のように表わしている O

    1. a u 記 3 e O U t a O A

    low U U U 宜1 宜1 U U U U 宜1 U U

    high U U U U U ロ1 m U U U ロ1 ロ1

    back U + ロ1 U + + m + round U U U U ロ1 U U ロ1 m ロ1 ロ1 m

    complexity 。1 1 2 2 2 2 2 2 3 3 3 複雑性 (complexity) の少ない程,その分節素は自然性が高いことになるから, /a/がー

    番自然な,頻度数の多い母音である。この複雑性は,母音体系の自然性をも表わせるo SPE

    に次のように述べられているD

    2. The complexity of a system is equal to the sum of the mar ked features of its

    members.

    この定義からして 3母音体系では /ai u/が合せて複雑性が 2であり 5母音体系で

    は /ai u e 0/が合せて複雑性が 6で,最も自然な母音体系だと言える。

    3. 母音の有標化現定

    1の表の有標,無標の母音は,普遍的規則である次の有標化規定 (markingconventions)

    (SPE: 405)により,弁別的素性が[十]か [-Jの指定を受ける O

  • 音韻論の自然性と言語の習得

    [+low]/I u back 1( ( 1) [u low]→ il u round |}

    ~ [-low]

    -111ー

    r u back 1 ( 1 )により, / a /は |Uround |である為[十low] となり,その他の [ulow] は

    [ -low] となり D しかし,有標の指定を受ける/詑=>;:s/ は, [+ ]の指定を受け[+low]

    となるo

    (ll) [+low]一→[-high]

    (ll)により, /a a =>坦/は[-high] となる O

    (皿) [u high]一一令[+high]

    (皿)により, /i u u を/は[+high] となり, [high] に対して有標である /e0 O A/

    は, [-]の指定を受ける o (ll)と(皿)はこの順序に適用されるので, (ll)ですでに[-high]

    となった分節素には, (ill)の規定は適用されない。

    (N) [+high]一→[-low]

    (1), (ll), (圃)で充分であり ,(N)の規定は必要ないようであるが, SPE にこの規定

    r +high 1 が書かれているのは, |+low |の分節素が存在しないことを, (ll)と(N)の規定で示した

    い為である D

    (V) 川 叫→[+ back]/[五](V)により, [back] に有標である低母音 /a=>/が後舌母音となり,低母音であるが後

    舌性に有標である/缶詰/にはこの規定が適用されず,後舌性に対して[-Jの指定を受ける。

    I [αround]/I aback I (羽) [u round]一一→ L-low J

    t [-ro叫/[弓干]

    r +back 1 (羽)により lT1 |で [round]に無標の /u0/は[十round] となるが,有標であ

    I -lOW

    r -back 1 る/を A/は [-round] となる。 -low で [round]に無標の /ie/は[-round] と

    なるが,有標である /uδ/は[+round] となる。低母音はすべて[-round]である。

    ( 1 )~(羽)の有標化規定により,弁別的素性は,次のような[+Jか[一〕の指定を受ける O

    4. a U aぅ 3 e O U 士 ;:s O A

    low + + + +

    high + + + +

    back + + + + + +

    round + + + +

  • ワ臼 (小林泰秀)

    B.子音

    SPEの412ページに挙げられている子音の体系表示のうち,英語の主な分節素を挙げると

    次のようになるO

    1. f S ロ1 n D P t 。S C C k

    nasal ロ1 ロ1 立1 n n n n 11 n n n n

    low u U U U U U U U U u U U

    high U u U U U U U U U U U U

    back U U U u U U U U U m ロ1 U

    antenor U U 立1 U U U U U U m ロ1 ロ1

    coronal ロ1 U U ロ1 + U U + U U U

    contlnuant U U U U ロ1 U ロ1 ロ1 u 11 ロ1 U

    delayed release U U U U U U U U 立1 u U U

    strident U U U U U U ロ1 U U u U U

    complexity 2 1 2 1 2 1 2 1 2 2 3 1

    子音の体系を表わす上の表から,鼻音では /n/が,破裂音では /pt k/が,きしみ音

    (strident)では /s/がそれぞれ複雑性が 1で,最も自然な音であることが分る。

    2. 子音の有標化規定

    SPE の有標化規定 (405-407)に従って, 子音の素性がどのように [+Jか [-Jの指定

    を受けるか説明しよう 1の子音の体系表に挙げた分節素に限つての規定であるので.SPE

    のを簡略化しているものもある。

    ( 1) [u nasalJ一→[-nasalJ

    ( 1 )により./m n u/は[十nasalJ となるが,他の子音は無標の為[-nasalJ となる。

    (n) [u lowJ一→[-lowJ

    1の表に挙げた子音はすべて[lowJに対して無標であるので, [-]の指定を受けるo

    I [ -highJ/1ごっ二-:11(a)C ID) [u highJ一→{トu aut4ト

    t [ +highJ/I;-孟 11C b)

    (ID)の(a)により, [::2klである /mn p f t 6 s c/は[-highJ となり, (b)によ

    り [mantJである /uc s k/は[+high] となる O

    I [-backJ/ I二て二:-IICa)CN) [u backJ一→{トu aut4ト

    l [+backJ/ 1 m ant 1I (b) CN)の(a)により, [u backJのうち [anteriorJに無標の /mn p f t e s c/は[-backJ

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -113ー

    となり, (b)により, [anterior]に有標の /uk/は[+back]となる。片品/は [anterior]

    に対し有標であるが, [back] に対しでも有標であるので, [十]の指定は受けず, [ー]の

    指定を受けることになる。

    (V) [u ant]一→[-ant] 無標の [anterior]は[ー]の指定を受け,有標のものは[十]の指定を受ける。これは又,

    B.lの表に挙げた子音に関する限り, [+high] であれば [-anterior],[-high]であれ

    ば[+anterior] であるので, [high] と [anterior] は対立関係にあると言える。 (V)によ

    り無標の /mn p f t e s c/は[-anterior] となり,有標の /uC 5 k/ は[+ anterior]

    となるo

    (羽) [u corJ一→

    (a)

    、、,ノ'D

    't、、

    (c)

    (羽)の(a)により, [z::;al] である /u/が[-coronalJ となり, (b)により,

    二出kJである川/は[+coro叫, [士出k]である /k/ は[-coronalJ となるO αが[+Jの時は, [-αback]は, [ーJx[十J=[-Jで[-back] に, αが[ー]の時は,

    [-Jx[ーJ=[+J で[+back] になるので, [back] と [coronal] は対立関係にある。

    (羽)の(c)により[十 anterior]な /ne s/は[+coronalJ となるo [十anterior] である

    が [coronal]に対して有標である /mf/は[-coronal] となる O

    CW) [u cont]一→[一cont]

    [continuant] に無標の /mn U p t c C k/は[-continuant],つまり, [+stop] であ

    り, [continuant]に対して有標の /fe s 5/は[+continuant]であるO

    (咽) [ +contJ一→[+delayedreleaseJ この規定は [continuant] と [delayed release] が同化関係にあることを表わす。[十

    continuant] である /fe s 51は[十delayed release] となる。しかし,他の分節素がすべ

    て[-delayed release]になる訳ではなく,次の規定により [+Jか [-Jになる。

    J [十delrel]/I -ant I ( ( a) (DC) [u delayed release]一→~ L Tu

  • AU3 (小林泰秀)

    release] となっている。 (b)により他の無標のものはすべて[-delayed release] となる

    が,有標の /c/は [+Jとなる O

    CX) [u strident]→ [αstriden叫αdelrel ] [strident]に無標の分節素が十かーかは, [deleyed release]が[+Jか[-Jによるのであり,

    この二つの素性は同化関係にあるo CX)の規定により [+delayedrelease]である /fs c C 益/は[+ strident] となり, [-delayed release]である /mn D p t k/は[-strident] と

    なる。[十delayedrelease]であるが [strident]に有標である /θ/は[-strident] となる。

    子音の有標化規定により, [十]と [-J の指定を受けた素性をまとめてみると次のよう

    になる O

    4. f C s k ロ1 n 。P t 。 S C

    nasal + + +

    low

    high + + + +

    back + +

    antenor + 十 + + + + + +

    coronal + + + 十 + + +

    contmuant + + + +

    delayed release + + + + + +

    strident + 十 + + +

    [voice] とL、う素性に対する有標性について述べて来なかったが, SPE (406)に次のよ

    うな規定が書かれている O

    4. [u v 一vo州ic悶刷C白叫e吋]→→[ 一voiω州iたC[一sonoraヨantり]な子音は無声音が自然でで、あり, [voice] に対して無標であるが,有声音は

    有標である D 従って,有声の[-sonorant] な子音は,無声のものより複雑性が一つ多い。

    例えば, /p/は複雑性が 1だが /b/は2である O

    3. 数の尺度と有標化理論

    以上述べてきた有標化規定が, どれだけ自然性を反映するものであるかを,数の尺度 (e-

    valuation measure)と比較してみよう D

    A.母音

    次の二つの規則を比べてみよう。

    1. (i) i-→u

  • . _.‘、 ρ"-,"..;;:、:s.... .:

    音韻論の自然性と言語の習得 戸hd

    (量)ー→+

    SPE (401) に述べられているように, (i)の方が(五)よりも文法上多く起り得るもので

    あるから,数の尺度の評価法ではより簡潔に記述されるべきである。簡潔性があればある

    程,その記述に妥当性があると言える 1の(i )と(五)の規則は次のように記述されるo

    r -back 1 r . 1 L , I ~!",~\,;,A • r +back 1 l' . (i) I + high 1 I一→I~~;~~d I

    I -rouna

    r -back 1 (五) I +high 一→[+backJ

    I -rouna

    変化した素性を数える数の尺度に基づく評価方法では, (亙)の方がより自然な変化とな

    るo 実際には(i )の変化がより自然なものと考えられるので,変化する素性が少ない程,そ

    の規則に簡潔性があり妥当性が強いという方法では,音韻現象の自然性が反映されない。

    ( i )と(五)の変化を有標化理論に基づく,複雑性を数えると L、う方法で記述してみよう o

    1". ( i )

    [ulOW1 「1110Wu high I~I u high -back ,--,.-, + back u round I I u round

    '-u low l ru low l I u high I~I u high I , -back ,--,.-,十back , I u round 1 1 m round I

    ¥ノHU

    /f

    ‘、、

    [一], [+ J, [mJ の指定を受けた素性の数によって複雑性を判断すると i" の(i )の

    変化は[-backJ と[+backJで複雑性が 2であり, (益)は(i )に更に [mroundJが加え

    られて複雑性が 3となる。従って,有標化理論の評価方法では変化の自然、性が記述出来ると

    言える1)。

    有標化理論が数の尺度による評価法に比べて必ずしも自然性を反映していると思われない

    例もあるO

    2. 一一--)>e

    2f. 「|+--lhboaiwgch k ト[ -highJ “開-[:b込ack LILbta九ck1

    liround 11正roundJ2'の数の尺度では変化する素性は一つであり,最も自然な変化と言えるが, 2"の規定で

    1 )清水克正氏の「生成音韻論概説」の240ー241ページにも述べられているので参照されたし。

  • -116- (小林泰秀)

    は複雑性が 3で/i/→/を/の変化と同じであり, /i/→juj よりは不自然な変化と言える。

    有標化理論が正しいとすると ,pin一戸n,lit-let の発音の区別が日本人には難しいのに,

    kick-cook, fit-footの区別が出来るのは, [1] と [ε] の調音点の間隔が [1] と [u] の

    場合よりも短かし、為,より似たように発音されるからであり, [1] と [ε] が互いに交替L

    易い為ではないであろう。 jujが jejや jijよりも自然な分節素というのは,より自然に

    発音されて, より多く起り得るということである O 言語の習得と有標化理論の関係について

    は後でくわしく述べるが,幼児の場合, [tacu] "-' [taCi] r二つJ(2才 4ヶ月), [cu・ki]"-' [とi・ki]r積み木J(2才 1ヶ月), [pa・cu]'"'-'[pa・ci]rパンツJ(2才 4ヶ月)のように, ji/

    と jujの音素対立がなされていないことからも, ji/→jujの変化が jij→jejよりも自然

    と言えよう O 従って,数の尺度によって非常に簡潔で自然であると記述される変化は,有標

    化理論では複雑性で評価出来ることになる。しかしながら,次の例のように,有標化理論の

    複雑性の数が必ずしも変化の自然性を反映しないものもある O

    3. a一一今4

    3'. I ~十 lhboalwgch k トlzEユ]初日体backl J:b弘ack1 u round「iよroundjja/→/を/の変化は,数の尺度では素性の変化が 2つであるが,有標化理論に基づく複雑

    性は 2であり, ji/→jujの変化と自然性が同じということになる。しかし, /ajが[汀と

    発音される場合はほとんどないけれども,高母音が[-t]に発音される場合は多い。幼児の

    言語で次のように jujが[汁に発音される場合がある。

    sac-i rシャツ] (2才2ヶ月), sドmerすずめJ(2才 2ヶ月)2)

    更に,高母音がド]に発音されるものに英語の [b廿d]‘bird',[kirtJ}] 'curtain'や日本

    語の方言に見られる [8臼汀「寿司J,[c討を]r土J等がある。

    {~}→をが複雑性が 3 であり, ja/→jijが複雑性が 2で、あるからと言って,jaj→/を/がより自然な変化だと言えないという問題がある O 更に,例えば jij→ji/の場合,変化がな

    いのであるから,数の尺度では全く素性の変化を記述しないのであるが,有標化理論では変

    化がないにもかかわらず, ji/が [back]に[ー]の指定を受けている為,複雑性2という

    数が出ると L、う矛盾が生じるo

    2)資料は拙稿「幼児言語の音韻論的研究(l)Jからのものである。

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -117-

    B.子音

    次に子音を見てみよう。 SPE(401)にも述べられているように, (i)の方が(量)より多

    くの言語に見られる,自然な変化と言える O

    1. (i) t-→s (五) t-→e

    数の尺度による,変化した素性を表わす評価法では,次のようになるO

    +ant

    +:~~__ r +cont 1 1'. (i) 1-ーど c ト→|十delrell

    _ d~rrel I L + strid J -strid

    十ant十cor

    (五) I二rl→13:fled-del rel I -strid

    数の尺度では(五)の方が簡潔であってより自然な変化のように思われるが,有標化規定で

    は逆の評価が出る O

    I u ant I u ant l十cor I u cor

    1". ( i) I u cont ト→im cont I u del rel I I u del rel I u strid I u strid

    I u ant I u ant I +cor I u cor

    (u) I u cont ト→Im cont I u del rel I I u del rel I I u strid I m strid I

    1"の(i )は複雑性が 2であり, (五)は 3である。

    英語の /θ/を発音する場合,日本語を話す者は「エリザベスJElizabeth, 1"スリルJthrill

    のように [s]に,イタリア語やスペイン語を話す者は [t]に発音する。どちらが自然な変

    化であるかを,数の尺度と有標化規定で見てみよう O

    2. (i)

    (証)

    6一一一~S

    かー今t

    、1/

    HB

    fs¥

    llfstd

    'za且e

    r

    -

    w

    n

    l

    u

    o

    e

    cd

    「t

    L

    F

    E

    E

    t

    -

    1

    1

    -

    iillit--Illl1J「

    11111111111」

    -

    B

    E

    A

    -

    -

    -

    A

    e

    e

    rd

    十は

    1d

    M町

    mdMMωm・d凶

    accAU

    FaceAug

    +

    +

    +

    +

    2'. (i)

  • -118- (小林泰秀)

    2". ( i )

    u ant l I u ant u cor I u cor ロ1cont 1-一一令 m cont u del rel I I u del rel I m strid I u strid

    、1ノHHU

    /,,、、

    I u ant l I u ant u cor I +cor

    I m cont ト一一)>1u cont lu dehelll U delrel m strid I u strid

    以上のことから,数の尺度では /6/は [tJ よりも [sJ に変わるのが自然のようである

    が,有標化規定では共に複雑性が 3で自然性が同じであるo 同じだから, 日本語を話す者と

    イタリア語を話す者に共に, /6/が [sJにも [tJにも発言されているかと言うとそうでは

    なく, 日本人は [sJ に,イタリア人は [tJ に発言しているD 日本人が [sJ に置き換える

    のは,摩擦音として一番近い日本語の発音が [sJである為近い発音に聞こえるからであり,

    イタリア人やスペイン人が [tJに発音するのは,teatro (Eng. theater), madre (Eng. moth-

    er)の語のように,英語の thが tあるいは d につづられている為と考えられる。日本人

    の英語を全然知らない子供は,私の調べた所で、は, [6Jは [sJに聞こえ, [dJは [dJある

    いは[[Jに聞こえるようであるo そのように聞こえるということは,その音に置き換える

    可能性が強いということであって,それは更に,互いに変化し易いということになろう o 前

    に pinと penは我々日本人に区別がつきにくいと述べたが,それは調音上回と [eJ の

    中間に位置する [IJ が日本語にない為であり,英語を母国語とする者は,幼児でさえ [iJ

    と [eJを互いに自由変異として発音することはめったになし、。 Smith(1973)によると,彼

    の息子 Amahlは摩擦音が習得される前は /θ/を [tJ と閉鎖音に発音するが 3才を過ぎ

    ると [sJに発音する。/色/は語頭の場合は [zJ に発音されずに [dJ に発音され,母音間

    では [dJからやがては [zJに発音されるd 以下はその例であるが,( )内の数字は Amahl

    の発達段階 (s回ge)を示すものであるが, くわしくは後で述べる。

    。→t→s [thiUkJ (14)→[siukJ (26) think, [klotJ (15)→[klosJ (27) cloth

    a→d/非-[di:zJ (22) these, [disJ (21) thu

    る→d→z [wa:d3 J (9)→[fa:z3J(24) father, [bod3J (14)→[bOZ3J(29) bother

    有標化規定によると, /θ/→/s/と /6/→/t/は複雑性が同じであるが,言語間で相違が

    見られるし,幼児の言語習得をどこまで反映するものであるのかはっきりしない。一般に

    [ ~川一b二ふ~J の素性で表わされる歯茎音の硬[c句1/川n/→[ωJ1J)と摩擦音 (ν/sν/→[β益匂J)がなるのであるが,日本語の破裂音と摩擦音の自然性を数の尺度と有標化規定で記述出来るか見てみよう o

    3. (i) tー→と介ーi

  • 3'. (i)

    3". ( i )

    音韻論の自然性と言語の習得 -119ー

    311」

    'u・k

    gbn~

    'hu'o

    十一

    rill」

    ,,,,J'

    寸l11111J

    e

    h

    r

    d

    -屯

    ud.n

    had剖

    +一++

    「1111111lL

    4

    -

    lili--Ili--111111J

    -

    e

    f

    f

    i削

    h1沼。

    r1・d

    v

    -M司副町

    ω.mm,創出

    JdnLULuacvCAU剖

    一一一一++一一一一

    、1/

    Hn且〆{、、

    ¥,ノHn

    〆't、、

    -nasal -high -back +ant +cor +VOlce ー cont-del rel -strid

    →[iZell-[羽u nasal l r u nasal u high I u high u back I m back u ant I m ant 十cor トー今 ucor u VOlce I u VOlce u cont I u cont u del rel I I u del rel

    strid I u strid

    、、,ノ"n r'a¥

    r u !lasal l I u !l~s~l I u high i u high u back I m back u ant I m ant +cor トー~i u cor 区1 VOlce 1 1 m VOl( u cont I u cont Lu del rel ilU del rel u strid I u strid

    3,......,3"の(i )は無声音 /t/で(五)は有声音 /d/の場合である。数の尺度からも有標化規

    定からも,言語に普遍的で自然な現象と言われる硬口蓋化が,かなり複雑なもののように思

    われる。

    では次に摩擦音の硬口蓋化を見てみよう o

    4. (i) s.-→益.j-i

    (量) j-→}/一一i

    -high -back 十ant

    I ~J +highl / _r十high1 4人 (i)132ce|→ |-ant|/一 |-back|

    十cont十delrel 十strid

  • -120ー (小林泰秀)

    、、,ノ日

    nu

    /t

    、¥

    41/. ( i )

    111111111li--」

    -E-A

    E

    e

    e

    、A,叫J司

    i

    i

    P

    H

    b

    L

    V

    A

    '

    1

    A

    ,割引

    Mr.mnib

    --baovoe位

    h

    e

    e

    d

    ummumuuu

    「ーlill11111111L

    Illi--ilill1111」

    '・・A

    euL

    'U・K

    ・氾

    tr'd

    gctron1斗n

    ianovo-M:

    hbaccds

    uuu十

    mumu

    ltill11Elfl-BElli---L

    、、Jノ“明且

    'a、、

    4'"'-'4"の(i )は摩擦音の無声音の硬口蓋化を, (五)は有戸音の硬口蓋化を表わすのである

    が,日本語の場合 /s/が[益]になるように /z/が[勾になるのではなく,基底の音素

    /z/が実際の発音では[j]であって,それが硬口蓋化して日]となる。

    前にも述べたように, SPEの規定によると[+ sonorant] (鳴音)な分節素は有戸音が自然

    であり, [-sonorant] な子音は無声音が自然である。この規定によれば[-sonorantJ な

    有声子音は [voiceJ に対して有標である Q このことが分節素の変化の自然性にも表わされ

    るとすれば, 3"と 4"の(証)に見られるように,有声の場合は複雑性が二つ多いので,硬

    口蓋化は無声音に起り易く,有声音に起りにくいことになろうが,もしそうだとしたら,有

    声音が有声音のままであるよりは,無声音になった方が自然であるという矛盾した結果が得

    られる O 従って,硬口蓋化のような同化の現象は, 3"と4"の(u)のような有標化規定より

    r + higt 1 tT¥ #,-;-r.- 立。 r+ high 1 },?" は, (i)の数の尺度の方が,次の |-backlの別て子日か |-backlLなるという同化現象を良く描写している。 3'と4'の規則をまとめてみると歯茎音の硬口蓋化は次のようになる。

    r ~n~nl i i+high l 、1-ant 1, r十high1

    5. I丁e:11JL l-----rl + del rel V一一I-bえklL.' ¥.,VL .J L +strid

    有標化理論は二つの分節素の素性問の関係をとらえるの有効である場合が多いが,ある環

    境に於いて他の要素の影響を受けてある素性が変化する場合(例えば同化)には,二つの分

    節素だけの変化をとらえて自然性を識別することは出来ない。従って,有標化規定では 3と

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -121ー

    4から t→との変化の方が s→るの変化より複雑性が少なく自然な変化のようであるが,高

    母音の前という条件を考慮すると, /t/が /s/より硬口蓋化し易いということは言えなし、。

    むしろ数の尺度の評価法に表わされるように, 3'( i )の規則よりど(i )の規則の方が硬口蓋

    化の自然、性を反映しているようである。

    以上数の尺度の評価法と有標化規定による評価法を比べながら,有標化理論がどのぐらい

    自然、性を反映するものであるか若干述べてきたが,ある分節素が有標か無標かの識別が,は

    たしてその分節素自体の自然性を証明することになるのか疑問が残ると同時に,幼児の言語

    習得にどのような役割を果しているのか探る必要があろう G

    4. 言語習得と言語の自然性

    SPEの有標化理論では,母音も子音も無標化素性が多ければ,それだけ複雑性が低く,

    より自然性があると考えられると述べたが,それは又,幼児が言語を習得する過程に於いて

    も見られると言われている。このことについて, Schane (1970: 286) は次のように述べて

    いる。

    Among related segments which di旺erin mar kedness, it has been noted that the unmarked member generally has a higher frequency of occurrence. Also it is the

    unmarked member which is most likely to occur 五rst in the acquisition of

    language and to be found in the phonological systems of a wide variety of

    languages.

    一方 Stampe の自然音韻論では,過程 (process) と規則 (rule) を区別し,生得的過程

    (innate process) は人聞が生まれながらにして備えた言語能力としての一連の心的操作

    (mental operation)であり,習得的規則 (acquiredrule)は経験的に,後天的に習得される

    音韻制約,あるいは置換であるとしている。有標化理論では言語習得上のある規則が生得的

    なものか,習得的なものかの区別がなされないのに対し, Stampeはこの二つをはっきり区

    別して考えようとしている O

    Stampe (1973a: 1)は過程を次のように定義しているO

    A phonological process is a mental operation that applies in speech to substitute,

    for a class of sounds or sound sequences presenting a specifi.c common di伍culty

    to the speech capacity of the individual, an alternative class identical but lacking

    the di伍cultproperty.

    (音韻過程とは,個個人の調音能力にとって共通して特に困難である一群の音,ある

    いは音連続に対して,その困難な特性を除いては同一である代わりの音,あるいは音連

  • 秀)泰林(小-122-

    続の置換を話す際に適用する一種の心的操作である0)

    Stampeは過程と置換を同義的に用いているようであるが,生得的過程は,全ての人間が

    生まれながらにして持っている調音上の諸制約を反映したものであると言えよう O

    のSPE 言語に普遍的現象と思われる音韻上の過程を,幼児の言語を中心に考え,次に,

    この論文で使用される主な資料は, Velten (1943)の娘, Joanと前述の Smithの息子,

    Amahlと私の娘,恵理子(以下E)の発音からのものである。 Joanと

    )内の数字は,小数点前が年を,小数点後が月を表わす。 Amahl

    )内の数字は,次のような年令を示している。 (Smith1973 : 208)

    Stampeの自然音韻論のどちらが言語の自然性をより良く描写するものであ

    るか議論しよう。

    有標化理論と,

    Eの年令を表わす

    の発達段階を表わす

    日一

    s

    From

    years days Stage

    137 144 152 157 175 196 203 215 227 242 256 271 285 298 312 333 355 10 38 70 98 128 158 206 282 355

    22222222222222222333333333

    60 115 130 134 139 148 156 164 189 198 207 219 233 247 261 275 289 300 317 345 359 22 45 78 104 133 159 208 286

    22222222222222222222233333333

    12345678901234567890123456789

    11111111112222222222

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -123ー

    1. 3母音体系の中では, /i, a, u/が他のどんな 3母体系より自然である。

    この音韻過程を幼児の初期の母音と比較してみると, Joan の2才までの母音は [a] と

    [u]であり 2才 1ヶ月に [i]が [u] の自由変異として現われる D

    [ap] (0. 11) up, [ba] (1. 0) bottle, bang, [busJ (1. 3) push, [hwut] (1. 9) loot, [fut] "-'

    [fit] (2. 1) loot, [udz]"-'[idz](1.2) edge, [duza]'"'-'[diza] (2. 1) dizzy.

    Eも初期に現われる母音は [a,u, i] で 1才 5ヶ月で、は 2音節語の場合最初の音節の

    母音は [a] となり,第 2音節の母音は歯茎音の次では [i] で,両居音の次では [0] と発

    音される場合が多い。しかし,総体的にEの初期の母音は [a,u, i]だと言えよう。 8ヶ月

    で初めて語の意味が認認出来る。

    [abu] (0. 2), [ab] (0. 2) [ama] (0. 3), [u:] (0. 3), [a:J (0.3), [baba] (0.8), [mama] (0. 8)

    「まだ,玉J. [hai] (0.9), rはL、j, [iyada] (0. 9) r",、ゃだj, [tu] (1. 5) r靴j, [dati]

    (1. 5) r電気j, [mam.o] (1. 5) rとんぼJ, [papo] (1. 5) r電車J, [abo] (1. 5) r指J,[mati] (1. 5) r町J,以上 Joan とEの母音に関する限り 1の過程を裏付けることになるのだが, Leopold

    (1953 : 136-137) は,母音の初期の習得について,更にくわしく次のように述べている O

    The brief cooing phase of the second month was characterized by a coexistence

    of low front and center vowels ([ a, a,ε, A, ~]) and high back [u] and [u];

    higher front vowels were missing.…・・・ In the first month of the second year, the

    high [i] was contrasted with low [a] and experimentally with high back [u], so

    that briesy the contrast three-vowel system was realized.

    有標化理論によると /a/は複雑性0で最も多くの言語に見られる最も自然な母音であり,

    次に/i/と /u/がそれぞれ複雑性が 1で自然な母音なので,この三つの母音が幼児言語に

    於いて最も初期に現われるのは当然のように思われるが,これら三つの分節素が他のものよ

    り調音上容易であるかどうかは問題であるo

    自然音韻論では,調音上最も容易な母音である [aJ が発音されるのは,他の母音を [aJ

    よりむずかしいものにしている諸制約があり,他のすべての母音を [a] に変えてしまう過

    程があるからである。人間の調音能力に存在する,持って持まれてきた諸制約をーっす。つ抑

    圧することによって音声を区別していくのだが,その母音の対立も,初期の段階では調音上

    容易なものの間で行われるはずで, [a], [i], [u]の対立よりもむしろLeopoldの述べてい

    る2ヶ月の母音が自然なものであろう D 又,そこには当然幼児個人による調音上の差が見ら

    れるであろう C しかしながら,一般的に言って,人聞が過程の抑圧を経て三頂点にある [a]

    [i], [uJ の対立を確立するのは,調音上容易であるという理由と共に, patternの面が考え

  • -124- (小林泰秀)

    られる。

    2. 前方性 (anterior)子音は非前方性子音より早く現れるO

    Velten (1943: 83)は.Joanの最初の子音対立は閉鎖音の p-tであり 4つの子音の対

    p m ~ p f 立は t n か t sであると述べている O

    Eは前の 1のデータに見られるように,前方性子音が初期に現われ,最初の子音は両唐音

    である。 1才6ヶ月で軟口蓋閉鎖音. [k, u]が初めて現われる口

    [kokoJ (1. 6) rここJ. [uouo](1.6) rりんごJ.自然音韻論によると,前方性子音より非前方性子音の発音を困難にしている制約群があり,

    それに対応する過程群がある為 [pJや [t]に発音されるのだが,全面的に過程群が適用さ

    れると,他の子音をすべて両居音にしてしまうことになる。つまり, [pJ→[t]→[k]の順で

    習得する段階があるO

    SPEの有標化理論では,複雑性の同じ 1である /p/,/tん/k/の自然性は比較出来ない。

    有標的か無標的かの識別は,分節素自体の自然性を表わしているとは言えないのである。

    3. 有声阻害音は語末で無声音になる。

    3の普遍的現象は, ドイツ語で Bund は [buntJ と発音されるが,属格の場合 [bund~s]

    Bunゐsと発音されることで良く知られているが Joanにも 2才までこの現象が見られるo

    [but] bread, [zutsJ seeds, [bat] bad, [duf] stove, [zus] shoes

    Amahlは阻害音は結末では無声音であるが,有声の摩擦音は発音されない。

    [l?ik](4) big, [l?it] (5) bridge, [e:k] (2) egg, [ga:tJ (4) card, [wAp](4) rub, [n::>iIJ (4)

    noise, [mm] (6) move.

    Schane (1970: 286)は,阻害音の [voice] に対しての有標性を, SPEの規定と同じよ

    うに,次のように述べている O

    ……two segments, such as /p/ and /b/, may di旺'eronly to the extent that the

    former is UNMARKED for voicing, whereas the latter is MARKED for this

    feature. Implicit in the notion of mar kedness is the assumption that the unmar ked

    member represents the less complex or normal state. . . . . . . Thus, volceless is the

    normal state for obstruents.

    Schane がここで述べていることは, rその言語に有声阻害音があれば,無声阻害音も存在するj とL、う言語の普遍性を反映するものであって,幼児の言語の場合,複雑性の少ない

    無声阻害音が有声音より早く現れるとは言えない。 Amahl は母音問ではむしろ有声音に発

    音し, Eの場合は最初の阻害音は [abu], [baba], [dada] のように有声音であり 1才5

    ヶ月では同じような環境で,有声音と無声音が区別されている。

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -125ー

    Amahl : [didi:] (6)→[lidi.] (9)→[liti:] (13)→[liω1] (14) little.

    [ga:bi:] (1)→[ga:bit] (2)→[ga:pit] (12)→[ka:pit] (14) carpet.

    E : [dado] (1. 5)→[dajo] (1. 7) rどうぞJ,[a・tu](1. 5)→[a.cu](1.7) r握手」。

    [voice]に対して無標の阻害音は,有標化規定で無声音に指定されるので,環境指定の無

    声化規則を適用する必要はないのであるが, [voice] に有標の阻害音には環境指定の有標化

    規定が必要となる O 次の規則は語末での無声化を表わす有標化規定と有標を用いない音韻規

    則である O

    a. [伽m vo叩叫…吋01悦ω州ice同c白吋e吋]→→[ト一v刊叩…吋01ω州lce同閃吋]ν吋ι/イι[し一……ran叩ant]凶nt]b. [ -sonorant]-→[ -voice]/一一一非

    実際には,幼児は最初から語末では阻害音を無声に発音しているのであるから,この現象

    は生得的であるO 上の aとbの規則には習得的か生得的かの説明がなされない。阻害音の無

    声化は有標,無標というよりも,阻害音というものは語末では無声音だと生得的にとらえら

    れているのであるから, bの規則の方が一般的で良いようである。自然音韻論では, bのよ

    うな阻害音の無声化の過程が存在するのは,語末,つまり,声帯の振動を起す音声が次に来

    ない場合には,無声音が有声音に比べて発音上容易である為とする。つまり,困難を取り除

    くことから生じると言える O 従ってドイツ語の場合は,幼児は発音し易い無声音をそのまま

    大人になっても発音しているが,英語で betと bedの区別が大人になってつくのは,阻害

    音無声化の過程が全面的に抑圧された為である O

    4. 母音は鼻音の前で鼻音化する。

    [kat] can'tと [kat]catの区別は,母音が鼻音化したかどうかによる。 [kat]は鼻子

    音の前で母音が鼻音化しそれから鼻子音が消去されたのであるが,規則の順序を逆にして

    最初に鼻子音を消去すると,母音は鼻音化しない。しかし幼児の言語には鼻母音が少ない

    のである。

    Joanの発音を見てみよう O

    [nan] lion, [nanJ thumb, [ats] ants, [han] hand, [manJ man

    Joanの発音からは,鼻音の前で母音の鼻音化する普遍的現象が見られないようであるが,

    そうではない。 Stampe(1973a : 18)によれば,lionが [nanJ と発音されるのは, [l]を

    鼻音化された母音 [a] の前で鼻音化し,次に [aJ を非鼻音化して [a] にする過程がある

    からだと述べている O

    Stampeによると [nanJは次のような過程を経ている O

    * [lanJ→日anJ→[凶1]→[nan]→[nanJ

    lion の例から,非鼻音化の過程は,基底表示だけでなく,表層表示に於いてもなされる

  • -126ー (小林泰秀)

    ([nanJ→[nanJ)のではなし、かと Stampeは述べている (1973a : 17-18)。従って, Joan

    の [atsJ も [manJ も,表層表示の同tsJ と [manJ が非鼻音化したものであると考えら

    れる。そして大人になって伊tsJ,[manJ と発音するのは,母音の鼻音化の過程による。次

    の例に見られるように,鼻音化は文脈依存の過程によるものであり,非鼻音化は文脈自由の

    過程によるものである D

    鼻音化(文脈依存)[bi.nzJ→[bi.z]

    非齢音化(文脈自由) [bi・zJ→[bi・zJ

    Amahl にも初期には鼻音化が行われず 2才半頃までは無声子音の前の鼻子音は消去さ

    れるO

    [qap] (1)→[thamp](13) stamp, [gok] (4)→Upuk] (12) gonk, [dams]---[das] (22)

    dance, [n詑 nti:wAn](15)→[naiti:wAn] (16) ninety-one.

    Eは 1才5ヶ月では Amahl のように無声子音の前の鼻子音を消去し 2才過ぎると,

    消去した鼻音の前の母音を長母音にする。

    [papu] (1. 5) 1"パンツj, [datiJ (1. 5) 1"電気j, [ba・bi](2. 2) 1"パンビj, [si・bu](2. 3)

    「新聞j. [0・bu](2.3)1"おんぶJo

    Amahlは鼻音同化と思われる [nomi] noisy, [inspεn~v] expensiveのような語が見ら

    れるが, Eにも次のように鼻音同化の現象が良く見られる Q

    [mam.oJ (1. 5) 1"とんぼj,[hemiJ (2. 2) 1"蛇j,[panayu](2.2) 1"ペダルj. [nameJ (2. 2)

    「なべj,[amunai] (2. 4) 1"危ない]。

    Eの [mam.o]や [amunai]のような子音の鼻音化は, Joanの [nanJ と同じくうしろ

    の鼻音母音によって鼻音化したと考えるよりも, [mam.oJ は後の [m] に完全に同化した

    ものであり,他の語は 2才 2ヶ月から 2才 4ヶ月に特に見られた,有声非継続音([-con-

    tinuant]) が鼻子音になる過程によるものだと考える方が妥当であろう。有声非継続音と鼻

    音との関係は,東北方言で有声非継続音の前の母音を鼻音化することでも分る。東北地方の

    母音の鼻音化は次のような規則になろう o

    a 日N/V一一[~おant ] b. V-→[ +nasalJ/一一[+nasal] c. N-ーリ/一一C3l

    3) aの規則で鼻子音を挿入するのは, この方言を話す者はゆっくり話すと [hembi], [minj-i-]と発音

    し,又,紙に書く時「へんび:J,rみんず」と書く為である。 従って cの規則は普通の速さで話す時の規則であり,この規則は [hako]rはんこJ[hotoga] r本当かJのように無声子音の前の鼻子音も消去する。

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -127ー

    例. hebi二→heNbiよ→heNbi二→hebir蛇J

    miji~→miNj己ー.miNjに→mij汀水J。

    幼児の言語には,母音の鼻音化と同時に非鼻音化の過程も存在するのであるから,この二

    種類の母音は,初期の段階から区別され得るものであると考えられる。次の Akan語の例

    は, Fromkin-Rodman (1978: 109)からのものであるが,環境によって鼻音化されたもの

    ではない。

    [ka] bite

    [五] come from

    [tu] pull

    [nsa] hand

    [ti] hate

    [pam] sew

    [ka] S.戸ak

    [fi] dirty

    [t11] hole/ゐn

    [nsa] liquor

    [ ci] squee%e

    [pam] confederate

    母音の [nasal]に対する[+]か[ー]の指定は,有標化規定で次のように表わきれる 0

    [以u nasω刈a部制制叫s悶叫叫a叫刈1日]→→[ 一na附ωa部制asal伺叫al叫τ玉可;二平ylJこの規定によって, [nasal] に対して無標の母音は[-nasal] となるが,有標のものは

    [ +nasal] となる。英語や日本語には, [nasal] に対して有標の母音は存在しないのである

    から問題はないが, Akan 語のように鼻母音と口腔鼻音が弁別的(示差的)にある言語に

    は,この規定は適用出来ないし,有標とか無標とかは問題とならなし、。

    有標化理論では /n/の複雑性が 2であるが /n/は 1である。幼児の鼻子音の発音から

    は,これら二つの発音は同時期か,あるいは,幼児により多少の差はあるが, [m]がむし

    ろ早い時期に現われるようである。これも又,有標的か無標的かが,分節音自体の自然性を

    反映していないことを裏づけるものであるo

    5. 無声子音は有声母音問で有声音となる。

    Joanの場合,阻害音の語頭での有声,無声の対立が見られるのは 2才 1ヶ月であり,語

    中(つまり,母音問)での対立がはっきりするのは,これより遅く, 2才3ヶ月だと Velten

    (p. 89)は次のように述べている O

    The oppositions /p-bん /t-d/,and /s-z/ cease to be neutralized in the

    initial position (25th).

    [bu・bu]→[pu・bu]people, pa,戸r,aurple, c. f. [bu・bu]baby.

    [da.budz]→[ta. budz] cabbage, c. f. [da・budz]garbage.

    [za・du]→[sa・du]shadow, c. f. [za .du] ladder.

    The oppositions cease to be neutralized in the medial position also (27th).

  • -128- (小林泰秀)

    [pabu]→[papu]μtty, c. f. [pabu] probably,

    [nu.du]→[nu・tu]naked, c. f. [nu.du] needle,

    [du・za]→fdu.saJgrocer, c. f. [du・zu]daisy.

    Stampe (1969 : 447)によれば, Leopoldは [papa]を [baba]→[paba]→[papa] と¥"vう

    順で発音していると述べているが,これは又, loanの場合と同じであり,これは,まず子

    音を母音の前で有声化する段階があり,次に有声化は母音間だけとなり,最後にその過程も

    抑圧しているということになる O

    次に Amahlの例を見てみよう。

    [りe:ba)(2)→[be:1;>a] (11)→[pe:pa] (12) paper,

    [~idi:] (1)→[lidi:] (9)→[lital] (11) little,

    [inda:d] (2)→[intaid] (14)→[insaid] (23) inside.

    Amahlの場合も,音素上は loanと同じと考えられる。 Smithは,音素上は阻害音の有

    声,無声の対立はなく,すべて有戸音として次のように書いている (p.13)。

    stamp ー→[4εp] phonemically I dE:b I bump 一→[ドp] phonemically I bAb I

    drink 一→[gik] phonemically I gig I

    tent -→日Et] phonemically I dεdl

    uncle 一→[AgU] phonemically I AgU I

    empty 一→[εbi:] phonemically Iεbi: I

    thank you ~[gε9m] phonemically I gEgm I

    Smithの例から,阻害音は語頭では脱声化 (devocalized) された軟音(lenis)になるが,

    語中(母音間)では有声音のままであり,語末では無声音になることが分る。 Smithが上

    の例を挙げているのは,鼻子音が無声子音の前で消去されるという前述の規則を述べる為で

    あるが,これは又, Stampeの言うLeopoldの [papa] の過程と同じ過程が存在すること

    を意味していると言えよう。

    日本語の方言には, [kigu] r菊,聞く J,[kagaきi]rかかしJ,[kaju] r勝つ,活」のよう

    に,非継続音([-continuantJ )が母音間で有声音になるが, これは習得初期の段階から

    [kigu], [kaju] と発音していたもので,有声化過程が抑圧されないでそのまま方言として

    残っているのである O

    子音の有声化は,生成音韻論では,一般に次のような規則で表わされる。

    [ -voice]→[十voice]/[域ceJ-[説ce] しかしこの規則では,幼児が無声子音に発した時期が初めにあり,言語を習得するに従

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -129-

    って,子音を母音間で有声化するように解釈される。幼児の基底表示を大人の発音に求める

    ところに問題があると同時に, もし幼児がこの規則を適用しているのであれば,幼児の方が

    大人より多くの音韻規則を所有しているという,おかしな結果が生じる Q

    有声子音が無声音問で無声音になるとし、う言語を筆者は知らないが, 英語で [wlde]→

    [wIte] width のように無戸化する場合とか,日本語のように無戸子音間の,あるいは無声

    子音の次で語末に来る,アクセント (音声上の highpitch) のない母音(特に高母音)が

    無声化することはある。

    [s守E58jl「少しJ.[ci正asic唱]r地上室」しかしこの無声化も幼児の言語には見られないしへ現われない方言も多いことから,

    幼児の場合は,あ分節音は,有声音のに問では有声であるのが自然であり,無声音の聞で無

    声音になる現象は不自然であると言えるO

    6. 鼻子音の調音点は,次に来る閉鎖音と同じくなる。

    Stampe (1972 : 30)は,鼻子音の調音点同化について次のように述べている。

    The substitution of [m] for [nJ is a morphophonemic one, there being no

    general process ruling out /m/ in English. On the other hand, the substitution

    of [0] for [n] is allophonic, since [0] occurs only where it arises by assimilation.

    Stampeによると, /n/が調音点同化で [m]に発音されるのは形態音素(morphophone-

    mic) のレベルであって,形態素のレベルで、は /m/が基底であり,他方, [0]は同化の場

    合以外は起らないから, [n]の異音である D

    彼のこの考えは,体系的音素理論 (Systematicphonemic theory)の唱える, /n/が調音

    点同化で [m.n, 0] の三つの鼻子音に発音される,というのを否定し, [m]は形態素のス

    ペリングそのものがその基底表示だとしている。 例えば, [hmp] limp, [e:mb~sI] embassy,

    [kamp] campは基底の音素は /m/であるが, [Impos~bl] impossible, [εmplem] en-

    plane の [mJ は /n/ を基底表示とする。 それに対し, [hok] link, [k1oJ (

  • -130- (小林泰秀)

    [gitin] (12) kissing, [w:>:gin] (7) walking, [da:tin] (13) dancing.

    以上の例から./m/は語尾に於いても [n]に発音されることはないが. /m/は語尾で

    は [u]にならず [n]に発音される。

    文, Amahlには. [maip] (1)初ぴe,[Uek] (4) neckのように,鼻子音が後の音節の子音に調音点同化して. /n/が [m] や [u] に発音されることはあるが. [meik] (10) make,

    [man] (1) manのように, /m/が [n]や [u]に発音されることはない。

    次のEの例によると. [m] と [n]は弁別的ではなく,異音である。つまり,次の子音に

    調音点同化している O

    [bam・i]→[ba・bi]"-' [bamxi] rバンピj. [om.u]→[0・bu]"-' [omm] rおんぶj. [pan.aJ

    →[pa・daJ "-' [pama J rパンダj,[on・oJ→[0・do]"-' [ omo J r温度J。

    Eのこの例からだけでは,鼻子音の基底の音素は /n/ではなく./m/でも良さそうであ

    るが, /m/が [nJになることがないことから, /n/→[mJ と考えるべきであろうo

    [hmpJ limp, [kampJ campの [mJは,そのスベリングが m だから /m/が音素だ

    とは言えないが,体系的音素理論の言うように. /n/あるいは /N/ とする必要もなく,

    /m/で正しいだろうo 問題は形態音素規則として /n/を /m/に置換することはあって

    も,一形態素内の音韻規則として /n/を /m/に変えることがないとすることである。進

    行同化の例になるが, [hap中Jhappen, [bAtJ}J button, [rEk{)] reckonの例は,明らかに

    前の子音に調音点同化する音声規則で [nJが [mJ と [uJ になるものであり, [mJ, [n],

    [uJ と三つの音声は /n/の異音である O

    以上のことから,鼻子音の調音点同化とし、う過程については,形態音素のレベルとか,形

    態素のレベルとかに分けて考える必要がないようである。

    以上,主な音韻過程を述べて来たが,その音韻現象が生得的過程かどうかと言うのは,子

    供の言語だけでなく,大人の言語を見て決められる場合も多いのである。更にいくつかの生

    得的過程と思われるものを挙げ,簡単に議論しよう。

    7. 語中での声門閉鎖音を消去する。

    子供に見られるこの現象は,大人の発音を基底とするものである。

    [ha?早]→[ha中Jhappen, [bA?早]→[b五早Jbutton, [rジuJ→[ri::oJreckon.

    この現象は,子供が,例えば [h詑 P早]を発音しようとして[つを消去するのであって.

    大人が [hap中]と発音している場合は適用しない。

    Joan : [bawaJ botton

    Amahl : [時ad:>nJ(1) botton

    日本語の音節を必ず子音で始まるものとすると, r愛」はj?a?ijを基底表示とし,語中

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -131ー

    の P/が消去されて [iai] となる。

    8. 音位転換

    /s/と /k/の音位転換は,幼児語に良く見られる。

    Amahl : [alk] (2)→[alkt] (14)→[a:ks] (21) ask, [dεk] (13)→[dεks] (21) desk.

    E : [kis-en] (2. 3) r石けんj,[ka-sto] (2. 3) rスカート j,[akusu・mu](2.4) rア

    イスクリーム」。

    9. 鼻子音と摩擦音の聞に口音閉鎖音 (oralstop)を挿入する [nts]か,その鼻子音を

    非成節母音に置換する [ys]。

    これは [dans]danceを [dants]か [da否]に発音する過程であるが,幼児の発音にも

    似たものが見られるo

    Amahl : [das}(22) dance.しかし, [le:tand] (17) lessons, [framt] (19) Franceのよう

    に摩擦音を閉鎖音に発音する場合には,この規則は適用不可能である。

    E : [deza] (1. 5)→[denca](3.4) r電車J。

    Amahlには, [das] の自由変異として [dams](22) もあり,閉鎖音挿入は見られなL、o

    Eの硬口蓋化は. [asobu] r遊ぶj,[empicu] r鉛筆」のように 3才過ぎても見られるのであるが, [き]が[己]に発音されるのは前に鼻子音がある為である(jns/→[nts]= [nc])。

    10.歯茎閉鎖音は,母音聞にあり,前の母音に強勢のある場合,有声弾音 (voicedflap)

    になる。

    この過程は次のような語に見られる。

    [phæ~ïn] patting, [pharin] padding, [phaoU] panning.

    英語の場合に母音問で [t,d, n] の舌端がゆるめられて弾音になるのは自然であるが,幼

    児の発音にはなし、。それは[f]が幼児にとってはむずかしく, [t, d,n]の方が易しい為で

    あろう。

    日本語の場合は /flと It,d, nlは別の音素であるので,この過程は見られなL、。日本

    語を話す幼児は,Iflを語頭では [d]に,語中では消去したり, [y]にする。

    [disu] (2. 2) rりすj,[diu・0](2.3)rりんごj. [ka-su](1.11) rからすj,[su-pa] (2. 3)

    「スリッパj,[sayu] (2. 2) r猿j. [miyuku] (2. 2) rミルクJ。

    弾音の消去は英語にも見られる。 (Stampe1972. : 55-56)

    [baiu] batting, [saast] saddest, [6Ir] thinner.

    11.母音は有声子音の前では長母音になる。

    この過程により, [be:d] bed, [raIId] rideと長母音になるが, [bεt] bet, [ralt] write

    は無声子音が母音の次に来ている為,長母音とはならない。

  • -132ー (小 林泰秀)

    幼児は,最初は長母音も短母音にする (E: [tatan] I父ちゃんj,[nunu] I牛乳j,Joan:

    [munJ moon, [hu] hole) のであるが,英語の幼児の長母音化は,単に有声子音の前とい

    うだけでなく,ある母音,例えば [A],[ε]が長母音 [a・]に発音されたり,強勢のある母

    音が長母音になったりする。くわしくは Velten(1943)を参照されたしo

    英語では [b吋]も [bε:d] も意味を変えないのであるが,日本語では [kosa]I濃さ」と

    [koxsa] I考査j, [so志0]I証拠」 と [言。盃否]I商港」のように,母音の長さによって意

    味が異なるので, この過程は見られなし、。

    12.子音は高位前舌母音 /i/や滑脱音 /y/の前で硬口蓋化する。

    Amahlには硬口蓋化は見られないが, E には高母音の前で硬口蓋化が起ると共に 2才

    6ヶ月を過ぎると [s]は[る]と発音される場合が多い。

    [kaSa] (2. 7) I傘J,[soxdeso] (2.8) Iそうでしょ j,[suna] (3. 3) I砂J,[Sentak:i] (3.3)

    「洗濯機J,[si:sox] (3. 7) Iシーソーj, [hacimicu] (2. 7) I蜂蜜J,[acui] (3. 0) I暑L、」。

    日本語の場合は /i/や /y/の前で子音が硬口蓋化するのであるが,世界の言語では,前

    舌母音や高母音の前で起る場合も多い (Bhat1978)。

    5. おわりに

    SPE理論と Stampeの自然音韻論で論じられている音韻の自然、性について,幼児の言語

    習得を中心に述べてきた。 SPEの有標化規定は,無標の素性が多ければ多い程,その分節

    素は複雑性が少なく,自然であり,それは同時に言語の自然、性(自然度)を表わし更には

    幼児の言語習得にも関係があるように言われてきたが, この論文で議論してきたように,必

    ずしもそうとは言えないのである O 有標化理論は,素性問の関係をとらえるのには非常に有

    効であるけれども,ある分節素自体が自然であることを証明するものではなく,それが無標

    的か有標的かを識別しているにすぎないと言える D

    SPE tこはある規則が生得的なものか,習得的なものかの識別は全く行われていないので,

    どのようにして幼児が音韻論を獲得するかの記述はなされない。言語についての理想的な

    speaker-hearerの知識を描写することが,幼児の言語習得を表わすこととはならないのであ

    る。例えば,自然音韻論では,幼児が過程群を一つずつ抑圧することによって音声を区別し

    ていくのだが, SPE の体系音素論の考えでは,音韻規則が一つずつ習得されていくのでは

    なく,幼児が多くの音韻規則を所有していて,習得と共にそれが減っていくということにな

    る。従って,例えばある幼児が jp,t, kjを [p] に発音する場合,自然音韻論では他の子

    音を両唐音 [p]にしてしまう過程がある為とするが, SPEでは規則でこれら対立する三音

    素を同じ音にする為,幼児がその規則を習得すると解釈される。

    一一

  • 音韻論の自然性と言語の習得 -133ー

    自然音韻論では,基底表示は自然、音素表示を指す。それは音素のレベル,形態音素のレベ

    ル,更には,大人の音声 (output) というように,必ずしも体系的音素のレベルと同一では

    ない。いったし、自然音素表示とは何なのかを,一層はっきりさせる必要があるD

    過程が人間に普遍的,生得的,無意識なものであるなら,なぜある言語には見られるが他

    の言語には見られないのか, という個別言語の音韻現象を見ながらの研究も大いに必要であ

    ろうし生得的過程と習得的規則をどの程度,又,どのようにして明確に出来るかも今後に

    残された問題で、あろう。

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