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はじめに ANCA 関連血管炎が間質性肺炎を高率に合併 することは近年よく報告されているが多彩な 全身症状が表出しない限りその診断は困難で ある今回呼吸器症状ならびに上肺野優位の 間質性陰影で発症し治療経過中に腎血管炎冠動脈血管炎を合併したと思われる 1 例を経験 したのでそれを報告する症  例 症 例:M.M. 50 女性主 訴:発熱咳そう 既往歴:小児喘息14 歳時に最終発作), 薬剤アレルギー あり詳細不明個人歴:飲酒歴 機会飲酒喫煙歴 なし常用薬 特になし 家族歴:姉 リウマチ疑父 肺結核 現病歴:2002 4 20 日頃より咳そうを 自覚していた同年 5 1 日近医を受診した際呼吸器感染症が疑われた症状が改善しないた 5 4 日受診時にアジスロマイシンAZMが処方されたが奏効せず5 8 日レボフロ キサシンLVFX),5 10 日からはミノマイシ MINOへと内服抗生剤が変更されているしかし発熱と咳そうは持続し全身倦怠感食欲低下のため1 ヶ月で約 5kg の体重減少が 認められた原因精査加療目的に 5 16 日当 院紹介受診初診時胸部 X 線上両側上肺野に 間質陰影が認められ肺炎疑いで入院となった入院時身体所見:身長 156cm体重 48.5kg体温 37.9 脈拍 120 / 呼吸数 16 / 血圧 106/70mmHg下肢遠位側に点状紫斑あり眼瞼結膜貧血なし眼球結膜黄疸なし充血あり右耳難聴あり項部硬直なしリンパ節腫張 なし心雑音なし呼吸音両側上肺野で fine crackle を聴取する腹部平坦軟圧痛なし蠕動音正常両下腿に軽度浮腫ありFig1.胸部レントゲン 入院時0 病日両側上肺野に限局し肺野末梢に強い間質陰影 を呈する間質性肺炎像あり 呼吸機能検査13 病日 ):%VC 75.3 FEV 1.0% 76.0 拘束性障害あり 心臓超音波17 病日):駆出率 68% 左室 拡張末期径 40mm 左室収縮末期径 25mm 入院後経過:胸部 X 線写真の所見から好酸 球性肺炎非定型好酸菌肺炎肺結核が鑑別 にあげられた入院時よりセフトリアキソン CTRXとエリスロマイシンEMの点滴静 注を開始し熱型をおったが開始 3 日目にも 体温 38 から解熱せず抗生剤を中止診断 目的に血液培養痰培養好酸菌染色等施行 したが明らかな微生物感染は確定できなかっ 経気管支肺生検を施行したが間質への炎 症細胞浸潤のほか特記すべき所見認めず診断 未確定のまま安静鎮咳薬の対症療法で経過 をみた咳そうならびにときに 38 を超え る稽留熱が持続しさらに第 20 病日に右上肢診断困難な間質性肺炎に合併した ANCA 関連腎炎の 1 例 丸 山 真 弓  神 出 毅一郎  鈴 木 大 輔 谷 亀 光 則  遠 藤 正 之  堺   秀 人 東海大学医学部付属病院 腎代謝内分泌内科 Key WordANCA 関連血管炎冠動脈血管炎心不全 - 17 - 第 39 回神奈川腎炎研究会

診断困難な間質性肺炎に合併したANCA関連腎炎の1例 · 2016. 9. 13. · しかし,発熱と咳そうは持続し,全身倦怠感, 食欲低下のため,1ヶ月で約5kgの体重減少が

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Page 1: 診断困難な間質性肺炎に合併したANCA関連腎炎の1例 · 2016. 9. 13. · しかし,発熱と咳そうは持続し,全身倦怠感, 食欲低下のため,1ヶ月で約5kgの体重減少が

はじめにANCA関連血管炎が間質性肺炎を高率に合併

することは近年よく報告されているが,多彩な全身症状が表出しない限り,その診断は困難である。今回,呼吸器症状ならびに上肺野優位の間質性陰影で発症し,治療経過中に腎血管炎,冠動脈血管炎を合併したと思われる1例を経験したので,それを報告する。

症  例症 例:M.M. 50歳,女性。主 訴:発熱,咳そう既往歴:小児喘息(14歳時に最終発作),    薬剤アレルギー あり(詳細不明)個人歴:飲酒歴 機会飲酒,喫煙歴 なし,    常用薬 特になし家族歴:姉 リウマチ疑,父 肺結核現病歴:2002年4月20日頃より,咳そうを

自覚していた。同年5月1日近医を受診した際,呼吸器感染症が疑われた。症状が改善しないため5月4日受診時にアジスロマイシン(AZM)が処方されたが,奏効せず,5月8日レボフロキサシン(LVFX),5月10日からはミノマイシン(MINO)へと内服抗生剤が変更されている。しかし,発熱と咳そうは持続し,全身倦怠感,食欲低下のため,1ヶ月で約5kgの体重減少が認められた。原因精査,加療目的に5月16日当院紹介受診。初診時胸部X線上,両側上肺野に

間質陰影が認められ,肺炎疑いで入院となった。入院時身体所見:身長156cm,体重48.5kg,

体温37.9℃,脈拍120回 /分,呼吸数16回 /分,血圧106/70mmHg,下肢遠位側に点状紫斑あり,眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし充血あり,右耳難聴あり,項部硬直なし,リンパ節腫張なし,心雑音なし,呼吸音両側上肺野でfine crackleを聴取する,腹部平坦軟,圧痛なし,腸蠕動音正常,両下腿に軽度浮腫あり。Fig1.胸部レントゲン 入院時(第0病日)

両側上肺野に限局し,肺野末梢に強い間質陰影を呈する間質性肺炎像あり呼 吸 機 能 検 査( 第13病 日 ):%VC 75.3

FEV1.0% 76.0 拘束性障害あり心臓超音波(第17病日):駆出率 68% 左室

拡張末期径 40mm 左室収縮末期径 25mm

入院後経過:胸部X線写真の所見から,好酸球性肺炎,非定型好酸菌肺炎,肺結核が鑑別にあげられた。入院時より,セフトリアキソン(CTRX)とエリスロマイシン(EM)の点滴静注を開始し,熱型をおったが,開始3日目にも体温38℃から解熱せず,抗生剤を中止。診断目的に血液培養,痰培養,好酸菌染色等施行したが,明らかな微生物感染は確定できなかった。経気管支肺生検を施行したが,間質への炎症細胞浸潤のほか特記すべき所見認めず,診断未確定のまま,安静,鎮咳薬の対症療法で経過をみた。咳そうならびに,ときに38℃を超える稽留熱が持続し,さらに第20病日に右上肢,

診断困難な間質性肺炎に合併したANCA関連腎炎の1例

丸 山 真 弓  神 出 毅一郎  鈴 木 大 輔谷 亀 光 則  遠 藤 正 之  堺   秀 人

東海大学医学部付属病院 腎代謝内分泌内科 Key Word:ANCA関連血管炎,冠動脈血管炎,心不全

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両下肢に異常知覚が出現。第26病日(尿定性) タンパク 1+ 潜血+ /- 白血球 1+ (尿沈渣)顆粒円柱 1+ 上皮円柱 2+ 白血球円柱 2+と,尿所見上に異常が認められ,腎生検施行前の第41病日には喘息発作が出現した。副鼻腔炎,多発単神経炎所見,血清MPO-

ANCA176EU,さらに喘息発症という臨床経過から,Churg-Strauss症候群を疑い,生検前ではあったがANCA関連血管炎の臨床的診断のもと,第42病日,ステロイド・パルス療法を開始。肺生検上に血管炎所見が認められなかったことから,小~中等大の血管炎が予測され,より多くの情報を得るため腎生検が選択された。第48病日に腎生検を施行したところ,好酸球浸潤は認めなかったが,腎組織にて輸入・輸出

細動脈,血管極への炎症細胞浸潤が確認され,ANCA関連血管炎の確定診断に至った。ステロイド・パルス療法(m-PSL 1000mg)2クールおよび,経口ステロイド投与(PSL 40mg/日)を開始したところ,上強膜炎,神経障害,難聴は速やかに改善した。しかし,心電図上にQS

pattrenが出現,第60病日に心不全を呈し,心臓超音波にてびまん性心筋収縮機能低下が指摘された。パルス療法後,経口ステロイド継続中(PSL 35mg/日)の心不全合併に対し冠動脈造影ならびに心筋生検を施行した。冠動脈造影にて末梢の閉塞が全体的に認められた。心筋生検上には好酸球浸潤ならびに血管炎は認めず,心筋の脂肪変性,脱落と繊維化が認められた。冠動脈造影所見および心筋生検所見からANCA

表1.検査所見

<血算>WBC 15.0×103× /μ l

RBC 3.97×106μ l Hb 11.8g/dl

HT 36.3%PLT 47.0×104/μ l赤沈 106mm/1hr

<生化学>TP 9.0g/dl

Alb 3.1g/dl

GOT 19U/l

GPT 20U/l

LDH 223U/l

ALP 243U/l

γ -GTP 25U/l

AMY 73U/l

UA 2.7mg/dl

BUN 7mg/dl

Cr 0.7mg/dl

Na 137mEq/l

K 3.5mEq/l

CL 98mEq/l

Ca 8.6 mg/dl

IP 3.6 mg/dl

T-Bil 0.3mg/dl

CRP 11.88mg/dl

Fe 13μg/dl

UIBC 175μg/Dl

TIBC 162μg/Dl

フェリチン 326ng/ml

<血液ガス(Room Air)>pH 7.496

PCO2 32.2mmHg

PO2 76mmHG

HCO3- 24.3 mEq/l

SaO2 96.3%

<免疫血清>IgG 2560mg/dl

IgA 831mg/dl

IgM 157mg/dl

IgE 9760IU/ml

C3 102mg/dl

C4 28mg/dl

CH50 76.4CH50U/ml

ANA 40倍抗 ss-DNA抗体(-)抗Sm抗体(-)抗RNP抗体(-)抗SS-A抗体(-)抗SS-B抗体(-)PR3-ANCA <10EU

MPO-ANCA 176EU

<蛋白分画>Alb 36.1%

α -1 5.9%

α -2 16.0%

β 13.0%

γ 29.0%

A/G 0.56

<尿検査>(尿定性)比重 1.015 pH 6.0

蛋白(+ /-)糖(-)ケトン体(-)潜血(1+)白血球(+/-)ウロビリノーゲン(-)(尿沈渣)赤血球 1-4/HF

白血球 5-9/HF

扁平上皮 1-4/HF

移行上皮 <1/HF

尿細管上皮 1-4/HF

硝子円柱 1+

上皮円柱 1+

<その他>Ccr 44ml/min

血中β2MG 2.68μg/ml

尿中β2MG 0.40μg/ml

NAG 15.9U/l

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関連血管炎に伴う心筋虚血と判断し,シクロフォスファミド100mg/日併用療法開始。寛解導入療法へと移行した。平成14年12月現在,発症から6ヶ月経過するに至り,ANCA値は陰性化し,腎症候,肺症候,血管炎症候の再燃なく,維持療法(PSL 20mg/日)にて経過観察中である。病理所見:fig2.肺生検(第12病日)肺胞壁

は中等度のリンパ球系細胞浸潤と疎な線維化病変のために,びまん性に肥厚し,2型肺胞上皮細胞の増生を伴う。肺胞領域の間質性線維化病変が主体で,肉芽腫性病変,好酸球は認められない。fig3.腎生検(第50病日)光顕写真:おおよ

そ40個の糸球体が確認された。一部の糸球体にメサンギウム領域の拡大が認められた。糸球体の約20%に軽度の炎症細胞の浸潤と半月体形成への移行像が認められた。血管極の輸出入動脈に限局した激しい炎症はあるが,肉芽の形成は認めらなかった。心臓超音波(第70病日): 駆出率 29% 左室

拡張末期径 52mm 左室収縮末期径 44mm

心筋TF(第73病日):駆出率 23% 拡張終期容量 122ml 収縮終期容量 93ml 1回拍出量

28ml

fig4.冠動脈造影(第80病日):左冠動脈心室中隔枝,右冠動脈後下行枝の分枝が確認できないfig5.心筋生検(第94病日):心筋線維の減

少と,軽度の炎症細胞の浸潤と組織球が認められた。肉芽組織は認められず,血管炎の所見も認めなかった。しかし,心筋細胞胞体の脂肪変性が目立ち,虚血の存在が示唆された。

Fig1.胸部レントゲン

fig2.肺生検

fig3.腎生検

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fig3.腎生検

fig4.冠動脈造影

fig5.心筋生検

考  察検査所見では血算でHb 11.8g/dl,Ht 36.3%,

PLT 47.0×104/μlと貧血と血小板増多が認められ慢性炎症の存在が示唆された。生化学ではCRP 11.8mg/dlと上昇が認められた。血液ガスはAaDo2開大を伴う,軽度の呼吸性アルカローシスを呈していた。免疫血清学的検査ではIgG 2560mg/dl,IgA 831mg/dl,IgM 157mg/dlと免疫グロブリンの上昇を認め,とくに血清IgE 9760IU/mlと,異常高値を示した。補体正常,リウマトイド因子は陰性であった。尿所見では,蛋白,糖は陰性であったが,潜血1+,尿沈渣では上皮円柱1+を認めたが,糸球体障害を積極的に示唆する所見は認めなかった。本症例は胸部レントゲン上で好酸球性肺炎が

疑われ,血清 IgEが異常高値を示し,副鼻腔炎,多発単神経炎所見,喘息発症という経過からMPO-ANCA関連血管炎という疾患概念の中で,当初Churg-Strauss症候群にきわめて近い病態を示した。しかし白血球分画上に好酸球の増多は認められず(好酸球<2%),血管外の好酸球浸潤も一貫して確認されていない。病理所見において,経気管支肺生検標本の所

見はnonspecific interstitial pneumonia (NSIP) pat-

tern,あるいは,usual interstitial pneumonia (UIP) patternであり,好酸球の浸潤,肉芽腫の形成は認められなかった。しかし,両側上肺野優位の浸潤陰は IPとしても例外的であった。肺生検

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の所見をうけて,我々は中小動脈の血管炎の存在を疑い,腎生検を施行した。ANCA関連血管炎は,一般的に様々なサイズ,型,局在をしめすが,本症例では腎生検組織において,糸球体炎症に乏しく,細動脈レベルに強い血管炎が確認された。壊死性糸球体腎炎の所見はごく一部にとどまったが,肺生検で血管炎所見を認めない,その理由は傷害される血管径の違いにあると考えられた。しかし腎生検組織においても好酸球の浸潤は確認されず,Churg-Strauss症候群の診断基準は満たされなかった。さらに,Microscopic polyangiitis (MPA)とし

ても,急速進行性糸球体腎炎としては腎障害がごく軽度にとどまり(第50病日でCr 1.1mg/dl

が最大値,以後Cr 0.7mg/dl),組織上も壊死性半月体形成性腎炎所見に乏しく,また,円柱がステロイド開始前に消失していたことから,MPAとしても非定型的であった。我々は,以上の結果より,本症例をChurg-Strauss症候群類似のMPO-ANCA関連血管炎という大きな概念の中で捉えることとした。

MPO-ANCA関連血管炎とは血管炎を基盤としてもたらされる多種多様の臨床病態ないしは疾患群の総称であり,血管炎を主病変とする独立した疾患(原発性)もあれば,基礎疾患に血管炎を伴う病態(続発性)もみられる。原発性の病態は,障害を受ける血管の太さにより分類されるものであり,本症例のように,いずれの疾患概念も満たさないMPO-ANCA関連血管炎の存在も考えられる。本症例が,治療経過において心不全を合併

し,冠動脈造影検査で末梢の血管の途絶が確認されたことは,非常に興味深いものであった。MPO-ANCA関連血管炎において特に消化管出血や脳梗塞,心筋梗塞はPN型血管炎でよくみられる症状であるが,その他いずれのタイプの血管炎においても血管の壊死を起こせば出血,血栓形成,狭窄による臓器虚血などの症状を生じる。今回,ステロイド治療によって,肺の画像や,腎炎所見が改善したのちに起こってきた

心不全に対して,経過中に心筋逸脱酵素の増加が明らかでなかったため,診断が遅れた事実は否めない。血管炎症候群は,時に無症候性の心筋虚血を起こしうる事が報告されている。今回我々はMPO-ANCA関連血管炎に冠動脈末梢の血管炎を合併し,生命予後に深く関与すると思われる慢性心不全へ至った症例を経験したので報告した。

ま と め50才女性のANCA関連血管炎の1例を経験し

た。本症例は経過中に心不全を併発し,冠動脈造影所見で,冠動脈の細小血管炎による心筋虚血と考えられた。ANCA関連血管炎においては常に心疾患の合併を考慮し,定期的に心電図,心臓超音波を行うことが必要と考えられる。

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討  論 乳原 では,臨床の立場からどうぞ,佐藤先生。佐藤 帝京大学の佐藤といいます。今回,入院前のレントゲンはないですか。間質性肺炎は今回起こったものなのか,以前からあったものなのか。丸山 残念ながら,このときが初診でして,前医での写真も,たまたまその病院にかかったというだけで,それ以前の写真がなかったのですね。すみません,わかりません。佐藤 肺生検で好酸球の浸潤がないというお話でしたが,血管はどうでしたか。丸山 少なくとも肺の生検で得られた組織のなかでは,血管炎という所見が得られなくて,腎臓内科にもっと大きい血管が炎症を起こしているのではないかということで,コンサルトがあったような状況です。佐藤 肺には,血管はとれていたわけですね。それでは,病的な所見はないと考えていいわけですか。丸山 はい。認められませんでした。佐藤 そうすると,最後に診断になってしまいますが,Churg-Straussでもないということになると,PNはどうでしょう。丸山 PNに関しては,それもどうかと思ったのですが,症状としてmicroscopic PNにしては肺出血の所見がまったくなく,肺の病変そのものは先ほどの入院時の肺のレントゲン,CTで見られた所見以上に悪くはならなかったのです。むしろ,治療を開始する前に症状そのものは IgEが高値,さらにこのあと13,000まで上がったのですが,またCRPもずっと高値を示していましたが,プレドニンを始める前から肺の異常陰影そのものは軽快していました。ですから,microscopic PNには肺の所見が弱すぎると思います。佐藤 ありがとうございました。乳原 よろしいですか。心筋障害は血管炎の合併症として通常みることは少ないのですが,こ

れが出てきたときにChurg-Straussを疑うと,循環器のドクターは言っていました。臨床として総合的に見ると,多発性単神経炎のようなものもあったり,喘息もあったり,好酸球は必ずしもないけれど,組織的にはそこがとらえられていないのかもしれませんけれど,どちらかといえば肺病変もChurg-Straussの場合は多彩なものであっていい,と成書には書かれていますので,むしろChurg-Straussといったほうがいいような気が,私はしますけれども。どなたか,ご意見がほかにおありでしょうか。山口 先生,心筋の生検でずいぶん脂肪浸潤が強いのですが,その理由は何ですか。あれは右室から採られているのでしょう。丸山 右室から採られて,それはうちの病理の先生も言っていたのですが,こういう症例はあまり見たことがなく,わからないと言われまして,こちらでも調べがそれ以上できませんでした。すみません。乳原 では,臨床的な質問はよろしいでしょうか。山口 【スライド】腎臓のほうはあまり問題がないと思います。いま演者が話したように fo-

calなnecrotizingなグルメルnephritisとcrescentic

なnephritisということで,たしかにFibrinoid

necrosisが糸球体のタフトの一部に起きて,周りに炎症細胞浸潤を伴っていますし,一部の小葉間動脈の末梢ぐらいのところでしょうか。少し内膜の肥厚があって,軽い炎症を伴っているようなところが,ちょこちょこと見られています。【スライド】このように少し古い,Fibrousになって,その上にまた新しいFibrinoid depositがありますので,新旧入り混じったような形の糸球体病変。この辺はやや,どういうわけか尿細管間質病変が広がっているところがあります。ですから,もしかすると血管の病変がある程度からんでいるのかもしれません。少しこの辺もややFibrousで,肉芽,granulomatousとは言えないように思いますが,そういう感じの病変です。

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【スライド】動脈硬化は少し,この方は50歳にしては,最近は40歳,50歳でも動脈硬化はずいぶん強いのですね。私は女子医で移植のゼロナナとか,何かを見ているのですが,ドナーの腎臓を見ますと40歳ぐらいでも相当動脈硬化が強い人がいますので。女性でも,最近は強くなっています。通常の観念から言うと,動脈硬化がやや強い。先ほどお示しのように,vascu-

lar poleに近いところにnecrotizingな,segmental

な病変が見られています。【スライド】先ほどの細動脈で,やはり中膜筋が消失して,PASに少し濃染するような物質が壁内に入り込んでいますので,あまり炎症性の細胞がないのですが,動脈には何か起きているだろうと言えます。【スライド】これはElastica van Giesonで弾性線維を見ますと,普通,ここはcircularになくてはいけないのですが,一部少し消失しているのか,branchなのか,はっきりしませんが,内弾性板の消失を思わせるような病変があって,内腔が狭くなっているので細動脈炎と言えると思います。【スライド】あるいは,それをずっと追っていきますと中膜の消失がありますので,何らかの血管炎,このようにグロメロイドに毛細血管腔が変に肉芽様に出てきていますので,よくこういうものは血管炎のあとの器質化で,こういうグロメロイドな血管内皮の再生が起こります。きれいなFibrinoid necrosisが糸球体には見られております。【スライド】別なところですが,おそらく動脈の断面だろうと思いますが,内側に recanaliza-

tionしたような内腔ができていまして,その周りに少し炎症細胞がからんで,周りの中膜筋はほとんどわからなくなっているようなところです。これはgranulomatousになっているので写真を撮ったのですが。Churg-Straussのときには,たしかにeosinophiliaがだいたいは腎障害が出てくる場合にもありますので,あまり私もeosinophiliaは気がついていませんが,一部よ

く尿細管の周囲,あるいは血管炎のところにこのような,ややgranulomatousな病変がChurg-

Straussの場合には出やすいのが,1つのメルクマールにはなると思いますが,eosinoはたしかに目立たないように思います。【スライド】これも同じで血管だろうと思いますが,recanalizationしたような内腔ができあがって,これが本来の動脈壁でほとんど中膜性板は失われて,recanalizationしたようなところで血管炎が以前にあって,そういう現象が起きているだろうことを思わせる病変です。focal

necrotizingなネフライシスとangitis,比較的細い小葉間動脈の末梢に起きているということで,全体としてはANCA関連の血管炎ということで理解できるだろうと思います。以上です。乳原 では,次に。重松 【スライド01】私のほうからも少し付け加えます。この症例では肺生検,心筋生検までやってあるのですが,一番情報が豊富なのは腎生検であったということですね。Churg-Strauss

なのか,そのほかの病変かということを結論づけるのはなかなか難しいのですが,やはり糸球体に首座のある血管炎症候群と,私は見てはどうかという意見です。ディスカッションで出したいのは糸球体病変のことと,先ほど山口先生も出されたのですが,この辺にTubulitis,間質性炎症が強いということがありました。これについて話をしたいと思います。【スライド02,03,04】これは糸球体の病変ですが,出すところは皆同じで,糸球体病変で,necrotizing and crescentic GNが出ていて,血管炎症候群の糸球体病変として非常に典型的な像です。フレッシュな像が出ています。 それから,血管炎はどうかというと,全通性のnecrotizingのangitisは起こっていないけれども,end vasculitis程度の軽い炎症は起こっているということです。これも全部血管炎のカテゴリーで括れるだろうということです。【スライド05,07,08】PAM染色はnecrotiz-

ingを示すのに一番いい染色で,明らかに係蹄

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がここで破壊されているわけです。Fibrinoid

necrosisです。そして,それと一緒に滲出物がわっと外で出て,フレッシュな半月体,extracapillaryの炎症が起こっているということです。【スライド03】HEで見ますと,かなり硬化しているのではないかということと,これは演者が先ほど血管極型と言われたところで,血管極に始まって,ある程度少し時間が経ったのではないかと思われるような変化です。あまり強いFibrinoid壊死的な色合いではないわけです。【スライド06】このようになっていますので,ああいうフレッシュな病変のほかに insidiousに少しずつこのような病変が,血管炎的な病変があった可能性があるわけです。そうしますと,肺生検でフレッシュな血管炎は見つからなかったとおっしゃって,採られている肺生検の像は,肺胞腔がぺっちゃんこになって,collapse状態ですね。そのわりには肺胞壁はdiffuseに拡大して,肺線維症的な状態になっているわけです。そういうものを考えると,肺腎症候群のようなものがゆっくり進んでいることは,十分に考えられることではないかと思います。【スライド03,06】ここは古いcollapseのところに,また新しい病変が再発を思わせる像ですね。こういうことは,最初は起こらないはずです。これはおそらくcollapse状態になって,一応はここで炎症が治ったのですね。そのあとまたFibrinoid necrosisが起こったという,これは再発の像だと思います。【スライド04,05】問題はこれですが,はじめはこれも糸球体ではないかと思って見ていたのですが,これはずっと連続で見ていきますと,どうもそうではなさそうです。【スライド04,05】これですね。これは

glomerulusかと思ったのですが,ずっとほかの染色を見ていくと,これはトゥブルスですね。【スライド05】このようになります。この辺もまだ糸球体の可能性はありますが,どうしてもループを見つけることができませんでした。

このようなexudateがわっと出ているわけです。おそらく糸球体から出たのでしょうが,そういうものが間質病変を惹起する1つの有力な証拠ではないかと見ていきました。 ということでFibrinoid necrosis,急性のcrescentができる時期には,このような炎症性のmaterialはどっと尿細管のほうへ流れていき,二次的に尿細管にdamageを与えて,そして二次的な間質性 tubulo-interstitial nephritisを起こす可能性があることが,この腎生検から読み取れるのではないかと思いました。以上です。乳原 どうもありがとうございました。ただいまの病理の発表に対して,何か質問がございますでしょうか。はい,どうぞ。木村 聖マリアンナ医科大学の木村です。病理の先生にお伺いしたいのですが,こういう血管炎のときの糸球体病変は,先ほど演者の方もおっしゃったように血管極を巻き込んでくることが多いのではないかと思うのですが。先ほど,1つの糸球体でかなり tipのほうに変化が見られましたね。glomerular tipにnecrotizing regionが典型的なものがありましたが,そういうものと血管極を巻き込んでくる病変との違いは,どのように解釈すればよろしいのでしょうか。同じと考えてよろしいのでしょうか。重松 私のほうが先に言います。結局,血管炎に合併して糸球体に半月体形成性腎炎ができるときには,キャリバーが問題になるので,mi-

croscopic polyangitis的なものが主病変できているような症例は,だいたい血管極あたりにすごい病変が出てくることが多いです。むしろもっと末梢に,allergicのangitisと言われているような,capillary levelの小さな血管に起こってくるようなタイプのものでは,糸球体より末梢のtip regionに代表するような,ああいう形の末梢型のcrescenticな病変が出てくると思います。やはり血管炎のだいたいの分布に沿って,太いところ,細いところ,非常に細いところ,毛細血管レベル,むしろベニューのレベルというように,血管炎ですからサイズがずっと変わって

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くるわけです。その場所ごとによって,特徴的な分布が出てくると思います。乳原 どうもありがとうございました。Fibri-

noid necrosisが目立つ血管炎だということですが,ではどうぞ。森田 臨床の情報を無視して,純粋に形態学的に考えたときに,こういう症例をmicroscopic

も含めたPNとして矛盾はないのでしょうか。それとも,どこかこれはPNとは違う病理組織像があるのでしょうか。病理の先生に教えていただきたいと思います。重松 私の考えでは,PNという言葉は血管のサイズで言っているわけですから,それをこの頃もっと小さなサイズのものはMPAという表現,microscopic polyangitisという言葉に言い換えています。そのなかにはむしろ細動脈レベルから毛細血管レベル,peritubular capillaryのレベル,そしてvenuleまで入ってくるわけです。ですから,そのようにスペクトラムの広いものですから,それを1つの言葉で表わす場合血管炎という表現よりも,私はendovasculitisという表現を使う,結局は内皮細胞のある内膜がまず侵襲されるのがきっかけになる脉管炎だと見ています。いまのご質問については,これはPN,これはMPAと病理としてはっきりできる場合もありますし,この症例のように血管のサイズがまたがっている場合には血管炎症候群の糸球体と言ったほうが,よく言えているのではないかという気がしております。山口 どちらかというと,こちらから質問をしたいのですが。MPAとしてイムノグロブリンが高く,IgEが非常に高値ですね。何かそういう病態とどのようにつながっているのかということが疑問ですが。そういう症例もなかにはあるのかどうか,まったく関連がないのかどうか,その辺を聞きたいのですが。乳原 山口先生の質問に対してどなたか,IgE

とか,それとの関係について答えられる方はいらっしゃいますか。 IgE血症は,喘息の人や,花粉症をもつ人に

も出現します。私も以前いろいろなことで測ったことがありますが,IgE血症の高い方はかなり高頻度に出てしまう。それがどのぐらい病的意義があるかどうかということは,それだけでは難しいような気がしますが,IgEに関してコメントのできる方はどなたかいらっしゃいますか。では,演者の方は何かございますか。いまの発表に対して,病理からのサジェッションに対して。丸山 私は経験が浅くて,IgEはアレルギー性の病気であれば全部上がると思っていたのですが,当初Churg-Straussを疑ったこともありまして,IgEと好酸球の関係はどういうものだろうかと思って,いろいろ調べてみたのですが,その2つの関係を相対として述べているものがなく,そちらのほうを調べきれませんでした。もし,先生方でどなたか,そういった関係についてご存じの方がいらっしゃれば,私も伺いたいと思います。申しわけありません。乳原 では,遠藤先生,何かありますか。遠藤 診断をどこに落とすかということで,主治医とdiscussionしたのですが,きょうはあまりはっきりChurg-Straussと言ってくれなかったのですが,こちらとしては「Churg-Straussでいいんじゃないの」と言ったのですが,すごく遠慮がちにそう言ってしまったので。乳原先生も,先ほどChurg-Straussでいいのではないかとおっしゃってくださったので,どこへ落とすか。重松先生が言われたように血管炎症候群が一番いいのではないかということはありますが,我々としてはChurg-Straussに入れていきたいと思います。乳原 確認をしたいのですが,心筋虚血,心筋障害は,治療によってよくなったのですか。なかなか,こういうものを見ることはないのですが。丸山 心臓はパルスをやって,プレドニン,シクロフォスファミドを始めて,それから1カ月後の心臓の超音波を見ても,ejection fraction

は24%,ほとんど改善を見られずに,循環器

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内科でもワーファリンを始められているような状況にあります。腎臓も残念ながら入院当初CCRで40ml/minぐらいでしたが,そちらも治療開始前,開始後,特に改善することなく,40ml/min前後で落ち着いてしまいました。さらなる増悪は,いまのところないです。乳原 では,佐藤先生。佐藤 私の浅い経験をお話ししたいと思いますが,何年か前だったと思いますが,リウマチ学会の血管炎のシンポジウムで出てきた話です。長沢先生をはじめ白井先生,小泉先生とか,そうそうたるメンバーのところで最終的な結論として,Churg-Straussという診断をつけるためには,組織に好酸球の浸潤があること,末血にeosinophiliaがあることを大前提にしようということになっているようです。 私は,演者が述べましたようにChurg-Strauss

という形ではなく,本当に systemic vasculitisという形のなかに入れておいたほうがいいのではないかと思います。そうしておかないと,大混乱をきたしてしまうことになると思います。 それから,山口先生の先ほどの IgEとの関係ですが,PNとかWegenerとか,血管炎症候群を呈する患者がなぜか IgEが高いか,要するにallergicな状態にあるわけです。小児喘息をやったとか,喘息であるとか,アトピーであるとかの既往歴がある人が比較的PN,Wegener,血管炎症候群になる頻度が,高いという報告はあったと思います。乳原 どうもありがとうございました。よろしいでしょうか。では,どうもありがとうございました。

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