12
新中型民間機を中心とする設計技術及び生産技術 背景 航空機関係の状況は、2001 9 11 日の米国同時多発テロ事件(以下 911 テロ事件)、 アジアでの新型肺炎(以下 SARS)の感染、アフガニスタンおよびイラクでの紛争等による 3 年間の落ち込みの後、ようやく回復の兆しを見せており、米国の航空宇宙産業は、既に 堅調な軍事航空機事業に加えて民間航空機事業の回復により、 2004 年半ばには売り上げ予 想を上方修正した。又、ボーイングおよびエアバスは、2003 年から 2022 年までの今後 20 年間の GDP の伸びを年率 3%、旅客数の伸びを約 5%、貨物輸送の伸びを約 6%と予想してい る。航空貨物の場合、911 テロ事件や SARS の影響を受けずに、コンスタントな成長を記録 している点が特長である。更に、旅客数の内訳をみると、ボーイングの予測では、B747 ラス以上の大型機の市場占有率が 6%から 4%に低下するのに対して、 2 列通路のワイドボデ ィ機の占有率は 18%から 21%に増加する、としている。 これを反映してボーイングは、高効率な 2 地点間直接運航を想定した中型輸送機のリームライナー(以下 B787の開発を進めている。B787 は、標準型が座席数 217 席、航 続距離 8,500nm、短距離型が座席数 289 席、航続距離 3,500nm、ストレッチ型が座席数 257 席、航続距離 8,300nm という構成である。 2004 4 月末に開発がスタートし、 2007 年に初 飛行、 2008 年に市場投入の予定である。尚、最初のカスタマーの全日空からは 50 機の B787 を受注している。 他方エアバスは、ハブ・アンド・スポーク路線の運航を想定して超大型化を狙った A380 計画と、B787 と同じ市場を狙った A350 計画を進めている。A380 計画は、2000 年末に発表 された A3XX 計画がベースになっており、 500800 席の超大型機を 2006 年に市場投入する 計画で開発が進められている。一方の A350 は、3 クラス・245 人乗りで航続距離 8,600nm のA350-800 型と、 285 人乗りで航続距離 7,500nm 350-900 型を提案しており、複合材や アルミリチウム合金などの新材料と新技術の適用を計画している。複合材の適用比率は 31%で、新規設計の主翼をほとんど複合材化して重量軽減を図っている。又、コックピット とフライトシステムはA330 と共通化を図り、A330 A350 でパイロットレイティングの 共通化を考えている。開発費は 40 億ユーロで、2005 年半ばまでにローンチし、2009 年に 初飛行、2010 年から市場投入する計画である。エアバスの副社長によると、今後 250 席~ 300 席クラスでは 20 年間に貨物機を含めて 3,300 機の需要を予想しており、エアバスはこ のうち 50%のシェア獲得を目指している、とのことである。 本資料では、先ずこれら B787A380 及び A350 に適用が想定される設計技術及び将来民 間機を対象とした研究事例について解説し、続いて、航空機製造部門から見た機体開発に おけるコンピューターの役割について紹介する。 設計技術 B787A380 及び A350 のいずれの計画でも機体の軽量化が鍵であり、複合材料技術、精 密鋳造技術、摩擦攪拌接合技術、新アルミ合金等の新設計技術の広範な適用が想定されて いる。又、設計効率化技術についても、三次元の設計ソフトにより作成した Digital Mock Up(以下 DMU)を用いて、設計、工作等の関係者が同時並行的に作業を進めるコンカレン (公財)航空機国際共同開発促進基金 解説概要 16-4-5この解説概要に対するアンケートにご協力ください。 1

この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

新中型民間機を中心とする設計技術及び生産技術

1 背景

航空機関係の状況は、2001年 9月 11日の米国同時多発テロ事件(以下 911 テロ事件)、

アジアでの新型肺炎(以下 SARS)の感染、アフガニスタンおよびイラクでの紛争等による

3年間の落ち込みの後、ようやく回復の兆しを見せており、米国の航空宇宙産業は、既に

堅調な軍事航空機事業に加えて民間航空機事業の回復により、2004 年半ばには売り上げ予

想を上方修正した。又、ボーイングおよびエアバスは、2003 年から 2022年までの今後 20

年間の GDPの伸びを年率 3%、旅客数の伸びを約 5%、貨物輸送の伸びを約 6%と予想してい

る。航空貨物の場合、911テロ事件や SARS の影響を受けずに、コンスタントな成長を記録

している点が特長である。更に、旅客数の内訳をみると、ボーイングの予測では、B747ク

ラス以上の大型機の市場占有率が 6%から 4%に低下するのに対して、2列通路のワイドボデ

ィ機の占有率は 18%から 21%に増加する、としている。

これを反映してボーイングは、高効率な 2地点間直接運航を想定した中型輸送機の“ド

リームライナー(以下 B787)”の開発を進めている。B787 は、標準型が座席数 217席、航

続距離 8,500nm、短距離型が座席数 289席、航続距離 3,500nm、ストレッチ型が座席数 257

席、航続距離 8,300nmという構成である。2004 年 4月末に開発がスタートし、2007 年に初

飛行、2008 年に市場投入の予定である。尚、最初のカスタマーの全日空からは 50機の B787

を受注している。

他方エアバスは、ハブ・アンド・スポーク路線の運航を想定して超大型化を狙った A380

計画と、B787と同じ市場を狙った A350計画を進めている。A380計画は、2000 年末に発表

された A3XX 計画がベースになっており、500~800席の超大型機を 2006 年に市場投入する

計画で開発が進められている。一方の A350は、3クラス・245人乗りで航続距離 8,600nm

のA350-800 型と、285 人乗りで航続距離 7,500nmの 350-900型を提案しており、複合材や

アルミリチウム合金などの新材料と新技術の適用を計画している。複合材の適用比率は

31%で、新規設計の主翼をほとんど複合材化して重量軽減を図っている。又、コックピット

とフライトシステムはA330 と共通化を図り、A330と A350でパイロットレイティングの

共通化を考えている。開発費は 40億ユーロで、2005年半ばまでにローンチし、2009年に

初飛行、2010年から市場投入する計画である。エアバスの副社長によると、今後 250席~

300 席クラスでは 20 年間に貨物機を含めて 3,300機の需要を予想しており、エアバスはこ

のうち 50%のシェア獲得を目指している、とのことである。

本資料では、先ずこれら B787、A380 及び A350 に適用が想定される設計技術及び将来民

間機を対象とした研究事例について解説し、続いて、航空機製造部門から見た機体開発に

おけるコンピューターの役割について紹介する。

2 設計技術

B787、A380 及び A350 のいずれの計画でも機体の軽量化が鍵であり、複合材料技術、精

密鋳造技術、摩擦攪拌接合技術、新アルミ合金等の新設計技術の広範な適用が想定されて

いる。又、設計効率化技術についても、三次元の設計ソフトにより作成した Digital Mock

Up(以下 DMU)を用いて、設計、工作等の関係者が同時並行的に作業を進めるコンカレン

(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要 16-4-5】

この解説概要に対するアンケートにご協力ください。

1

Page 2: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

ト・エンジニアリングの手法が広く用いられている。尚、本手法はボーイングや日本のメ

ーカーのみならず、ブラジルのエンブラエル等のリージョナル機の開発においてもその適

用が進んでいる。

設計効率化技術の詳細については平成 14年度のホームページ記事を参照いただくとし

て、ここでは軽量化技術の状況を中心に述べ、B787計画、A380 計画への適用状況、並びに

B787に適用が計画されているヘルスモニタリング技術のわが国の研究状況について述べ

る。更に、将来民間機への適用を目指した我が国の新技術の研究事例として衝撃解析手法

について紹介する。

2.1 軽量化技術

(1)複合材料技術

最近の軽量化技術の代表は、複合材料の多用である。

B787計画では、尾翼、フロアビーム等に加え、主翼、胴体の主構造に複合材の適用が想

定されており、機体重量の 50%以上に達するといわれている。本計画では、シアトルのボ

ーイングに川崎重工、三菱重工、富士重工の日本メーカーをはじめ、ボート、アレニア等

のパートナー各社が集結し、開発検討作業を行っている。2003年 12月 15日に ATO(

Authorization To Offer)がボーイング役員会で承認され、又一歩 B787の実現化が進んだ。

A380計画では、尾翼に加えて後部与圧隔壁、中央翼にも複合材が適用されており、胴体

にはアルミニウム箔とガラス繊維布を接着した強化積層板の“GLARE”等の新材料が使用さ

れる。本計画には、日本の機体メーカーや部品メーカーも分担製造に参加している。

B787で広範囲に適用が計画されている複合材料については、1970年代には動翼類、ドア

類に炭素繊維強化プラスチック材料(以下 CFRP)の適用が始まり、1980年代からは一次構

造の尾翼へ適用が拡大した。現在、ビジネス機では全複合材の機体も現れているが、旅客

機の分野では、胴体や主翼への適用は研究段階である。複合材料は、表面平滑度が優れて

いるので空力特性の向上につながるとともに、金属構造と比較して 15%~20%の重量軽減の

効果があるものの、一方で製造コストが高いという課題がある。上述のような広範囲な複

合材料の適用に当たっては、単に従来のアルミ構造を複合材料に置き換えるだけではなく、

その特性を活かした一体成型の新構造様式を想定して、軽量化、低コスト化等の適用効果

を上げる必要があり、B787計画ではこの点が大きな課題になる。

又、複合材一体構造では非破壊検査法の確立が課題であり、特にエアラインでの使用を

想定した検査法の確立が不可欠である。エアラインでの使用を想定した検査法としては、

X線探傷検査、超音波探傷検査、タッピング検査等の手法がある。しかし、これらの非破

壊検査法を胴体や主翼のような大面積の部位に適用するには課題が多い。このため近年で

は、複合材料の中に光ファイバを埋め込んだ“ヘルスモニタリング技術”の開発が行われ

ており、昇降扉や貨物扉の開口部のような地上支援機材との接触による損傷発生の可能性

が高い部位に適用すれば効果が高いと考えられている。わが国のヘルスモニタリング技術

の研究状況については後述する。

(2)精密鋳造技術

従来の鋳造材料は、強度が低い、強度がばらつき信頼性が低い等の欠点があったが、近

年は材料の改善と鋳造技術の進歩により、強度特性のバラツキが低減している。航空機に

主として適用されていた Al-Si-Mg系合金の D357.0が開発され、鍛造材と同等以上の特性

2

Page 3: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

をもつバラツキを実現し、MIL-HDBK-5に A値、B値が設定された。D357.0は、強度特性項

目によっては 2024材、7075材と同等の特性を示すので、航空機への適用の可能性が高く、

鋳造の特性を活かして設計すれば、継ぎ手部の重ね代省略、ファスナ孔の省略等の利点が

あり、鍛造材による従来構造と比較して軽量・低コスト設計が可能である。

海外民間機では、低コスト化達成のため鋳造品の適用が進んでおり、エアバスの A300、

A320の貨物ドア、ボーイングの B737 の各種扉類等に適用事例があり、低コスト化、軽量

化を達成している。又、軍用機では、F-22戦闘機の翼胴結合金具や C-17輸送機のロンジ

ロン等の高信頼性が要求される部位への適用事例がある。

日本における精密鋳造技術研究事例については、平成 14年度のホームページ記事を参照

いただきたい。

(3)摩擦攪拌接合技術

摩擦攪拌接合技術は、融点以下の温度で接合することにより、金属の組成を変えること

なく接合が可能になる技術である。具体的には、2種の金属の間に挿入したピン(接合ツ

ール)を回転させることにより摩擦熱を発生させて金属を軟化させ、融点以下の温度で攪

拌して接合する。6000 系、8000系のアルミ合金を対象にして鉄道車両等に適用した事例が

あり、我が国でも札幌市の地下鉄車両等へ適用されている。

この技術を航空機用高力アルミ合金の 2000系、7000系に適用する研究も進められてい

る。この技術により、従来は溶接が不可能であった 2000 系、7000 系合金の溶接が可能に

なり、航空機に適用した場合、継ぎ手部の重量軽減、部品点数の低減、クラックの起点に

なるファスナ孔削減による品質の向上、という利点がある。一方で、これらの航空機用高

力アルミ合金に適した接合条件(回転速度、送り速度等)の設定、継ぎ手部の強度評価、内

部品質評価、等の技術課題があり、航空機メーカー等で研究が進められている。

日本での摩擦攪拌接合技術の研究事例については、平成 14年度のホームページ記事を参

照いただきたい。

2.2 B787 への適用技術

図2-1に示すように、ボーイングが

開発中の B787における構造関係に占め

る日本メーカーのワークシェアは 35%に

達しており、前胴、主翼、中央翼の開発

検討に参加している。

2003年 6月にボーイングは、B787の主

翼、胴体を含む一次構造の大部分に先進

複合材料である CFRP を適用すると発表

した。これが実現すれば、ジェット旅客

機の主翼と胴体では初の適用になる。

尚、主翼の一部には、チタン合金と炭

素繊維を組み合わせた複合材料の TiGr

が適用される。

ボーイングは、CFRP の適用により外観品質が向上し、乗客の快適性も向上する、として

いる。具体的には、複合材料は腐食と疲労に対する耐性が優れているので、キャビン与圧

図2-1 B787における構造関係のワークシェア

B787

3

Page 4: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

高度を従来機の 8,000 フィートから 6,000 フィートに低減し、相対湿度を 5%から 20~25%

に向上させることが可能になり、乗客の快適性が向上する、としている。又、複合材料の

適用による軽量化で、燃料消費量及び着陸料の低減が可能になると共に、一体化により製

造治具や部品点数も低減する、としている。複合材料の適用で問題になる製造コストにつ

いては、加工技術の改良によりコスト低減を図っているとのことである。複合材料の適用

と合わせて、ボーイングは、運用者に機体構造の健全性に関するリアルタイムで連続的な

データを提供するため、ヘルスモニタリング技術の適用も検討している。ヘルスモニタリ

ング技術とは、構造物に埋め込んだセンサにより衝撃を検知し構造の健全性(耐荷能力等)

をモニターする技術である。このヘルスモニタリング技術と材料特性の改善により、構造

修理の要求を早期に把握することができるので、運用者が整備作業計画を効率的に立案す

ることが可能になるものと期待される。

2.3 A380への適用技術

次に、構造設計技術の観点から A380 の適用技術について述べる。A380では、種々の新

技術を採用して重量を大幅に軽減し、燃費を向上させる計画である。その一例が CFRP であ

る。エアバスは、A320等の既存航空機ですでに CFRPを採用しているが、A380では、垂直

安定板ボックス、方向舵、水平安定板、昇降舵に加えて、中央翼、二階の床のフロアビー

ムと胴体後部の圧力隔壁にも CFRPが適用されている。主翼にはアルミニウム合金が適用さ

れているが、前縁は熱可塑性プラスチックが使われ、又、胴体の二次部材にも同じく熱可

塑性プラスチックが適用されている。更に、これらの他に水平安定版および垂直安定板の

前縁の桁などにも熱可塑性プラスチックの適用の可能性を検討中である。

エアバスによると、A380の構造材のうち約 40%は最新の CFRP 等から構成され、軽量化と

共に運航信頼性やメンテナンス性、そして改修における作業性等の面で大きなメリットが

期待されている、とのことである。

更に、A380 では胴体上部の外板に GLAREを適用している。GLAREは、アルミニウムより

も密度が約 10%低く、疲労や損傷に対して非常に強く、又、耐食性にも優れている材料で、

エアバスによると 800 キログラムの重量軽減につながるとのことである。

2.4 わが国のヘルスモニタリング技術の研究

ヘルスモニタリング技術とは、構造・材料中に埋め込まれたセンサにより、製造中の品

3000Upper P

anel

Ф1500

STA3000

STA2000

STA1000

STA0

Side

Upper

LowerSECTION

3000Upper P

anel

Ф1500

STA3000STA3000

STA2000STA2000

STA1000STA1000

STA0

STA0

Side

Upper

Lower

Side

Upper

LowerSECTION

図2-2 デモンストレータ試験供試体概要

4

Page 5: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

質管理のみならず、運用中の荷重、歪、温度、亀裂発生等を監視して不意の破壊による事

故を防ぐと共に、定期点検項目を減らして整備コストの低減を図り、又、個機ごとに寿命

を管理して最大限に活用することによりライフサイクル・コストの低減を図ろうとするも

のである。

我が国では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究「知的材料・構造

システムの研究開発」の一環として、東京大学が中心となって研究が行われており、複合

材料埋め込み光ファイバによるヘルスモニタリング技術の開発を行い、平成 14年度には航

空機の胴体構造を模擬した直径 1.5m、長さ 3.0mの円筒状供試体を用いたデモンストレー

タ試験が、(財)次世代金属・複合材料研究開発協会(RIMCOF)の指導のもとに、川崎重工、

三菱重工、富士重工が参画して実施され、その有効性を実証した。供試体の概要を図2-

2に示す。詳細については、平成 15年度のホームページ記事を参考されたい。

2.5 将来民間機への適用を目指した新技術の開発状況

(1)衝撃解析手法の研究

将来民間機への適用を目指した新技術として、旅客機胴体断面のクラッシュ衝撃解析の

研究について紹介する。

航空機のクラッシュ事故時の客室構造安全性研究における重要研究課題の一つに、衝撃

解析手法の確立がある。本研究によって精度及び計算機動性の良い解析手法が確立できれ

ば、僅かなコストで様々なクラッシュ条件の事故を再現することが可能になり、設計ツー

ルとして設計初期段階から用いることで、システマチックに客室安全性を確保することが

可能となる。

尚、近年の電算機の急激なる発達と共に自動車分野等で進歩した“有限要素法衝撃解析

手法”は、衝撃様相の表現自由度が高い新世代の解析手法として期待されているが、本解

析手法による乗員/座席/胴体構造の連成挙動を含めた航空機分野への研究適用例につい

ては殆ど見あたらない状況にある。

このような状況下で、航空機を対象とした衝撃解析手法確立の基礎を築くために、宇宙

航空研究開発機構(以下JAXA)との共同研究として川崎重工が実施した旅客機実機胴体断

面の落下試験、旅客機用客室座席

の衝撃試験、及び試験取得データ

をもとに実施した乗員/座席/胴

体構造連成挙動を含めたクラッシ

ュ衝撃解析研究などの成果が報告

されている。

ここでは、その概要を紹介する。

・落下試験

まず、旅客機胴体断面落下試験

の概要を図2-3に示す。

供試体は、YS-11型実機胴体から

乗客座席3列分相当の長さの後胴

部分と前胴部分とを切り出した

ものであり、JAXAの落下試験設備を用いて試験を実施している。

後胴部分(6.1m/s落下) 前胴部分(7.6m/s落下)

図2-3 旅客機胴体断面落下試験の概要

5

Page 6: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

・座席衝撃試験

次に、天龍工業の試験装置を借用して実施した座席衝撃試験の状況を図2-4に示す。

・解析モデル

又、本研究において実施されたクラッシュ衝撃解析に用いられた旅客機胴体断面の解析

モデル概要を図2-5に、乗員/座席モデル概要を図2-6に示す。

・乗員挙動様相比較及び時歴比較

次に、乗員/座席レベルでの前方衝撃に対する試験と解析との乗員挙動様相比較を図2

図2-4 旅客機用客室座席の衝撃試験

下方衝撃 9G試験 前方衝撃 10G試験

前胴部分 後胴部分

図2-5 旅客機胴体断面 MADYMO解析モデル概要

図2-6 LS-DYNA3D GEBOD乗員/座席モデル概要

6

Page 7: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

-7(次ページ)に、下方衝撃に対する乗員胸部上下Gの試験と解析との時歴比較を図2

-8に示す。

この比較結果により、各モデルは試験との妥当な一致を示すことが確認されている。

図2-8座席衝撃試験とシミュレーションとの乗員胸部上下G比較

図2-7 座席衝撃試験とシミュレーションとの挙動様相比較

試験結果 GEBODモデル MADYMO FAAモデル Humanモデル

7

Page 8: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

・落下試験とシミュレーションとの挙動様相比較

次に、旅客機胴体断面レベルとしての試験と解析の衝撃様相比較結果を図2-9に示す。

これにより、試験での衝撃過程を妥当にシミュレーションしていることが確認される。

試験結果 LS-DYNA3Dモデル MADYMOモデル

図2-9 旅客機胴体断面落下試験とシミュレーションとの挙動様相比較

(後胴、落下速度 6.1m/s)

8

Page 9: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

・一般的な衝撃挙動の解析推定事例

最後に、本解析モデルを用いて、一般的な滑走路面上への下方・前方複合衝撃ケースに

ついて、衝撃挙動の解析推定を行った結果の一例を図2-10に示す。

・研究成果

以上の研究から、航空機の客室構造安全性における重要技術課題であるクラッシュ解析

手法確立の見通しが取得された。

又、今後は検討範囲を胴体断面のみでなく、全機レベルに拡張して検討する必要性が指

摘されている。

図2-10 旅客機胴体断面の下方・前方複合衝撃挙動 解析例

(MADYMO、落下速度 6.1m/s、前進速度 8.2m/s)

9

Page 10: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

3 生産技術

3.1 航空機製造部門から見た機体開発におけるコンピューターの役割

航空機の新規開発は非常に大掛かりなものであり、多くの資源を必要とする。又、開発

を決定する時点において、売れるか売れないかの確約は無い。これが、かつて民間航空機

の開発を、社運をかけた“スポーティーゲーム(John Newhouse著)”と称された理由であ

る。このため、航空機は、それ以外の工業製品に比べて、極端に新規開発のインターバル

が長いものになっている。

ボーイングの場合、B767以降の新規開発パターンを見ると、B767のローンチが 1978年、

B777が 1990 年、そして B787 が 2004 年と、航空機の新規開発は 10年以上のインターバル

を置いて開始されている。10年というと、航空機に限らずいろいろな分野において大きな

技術的発展がある。B767、B777、B787 の開発においては、その時代の最新の技術が活用さ

れている。したがって、それぞれ全く違った開発システムとなっている。

一方、近年のコンピューターの発達、IT技術の発達は目覚しいものがあり、これらの恩

恵は各家庭レベルにまで達している。当然のことながら、産業界にも浸透し、いろいろな

ところでいろいろな恩恵をもたらし、無くてはならない存在になっている。航空機開発に

おいても同様である。

そこで、ここではこのコンピューターに着目し、開発の手法としてそれぞれのプロジェ

クトの開発においてどのような役割を果たしたか、果たしているかについて、製造分野を

中心にその変遷を整理してみる。尚、本項では強度解析等の技術分野におけるコンピュー

ターの使われ方については言及しない。

3.2 B767開発におけるコンピュ-ターの使われ方

1978年にローンチされた B767においては、図面は手書きで画かれ、正式に発行される

図面は紙のものであった。図面上には寸法が示されていたので、当時すでに存在していた

数値制御(以下 NC)による機械加工のプログラムを作成するには、まず、部品の形状を図

面から読み取りプログラムの中で形状を定義する作業か

ら始めなければならなかった。又、プログラムの方法も

ホストコンピューターに端末を介してデータを入力する

のではなく、穿孔されたカードを介してプログラムを構

築していくという方法であった。

その後のストレッチタイプ(B767-300、1980年ローン

チ)の開発においては、図面を画く作業に部分的にはコ

ンピューターを利用したシステムが使われたものの、正

式に発行されるのは相変わらず紙の図面であった。NCプ

ログラムの作成においても端末からデータを入力する形

にはなったが、相変わらず NCプログラム構築時に図面に

示された寸法を使って部品形状データを定義していた。

3.3 B777開発におけるコンピューターの使われ方

B777がローンチされた 1990年当時は、マッキントッシュや DOSベースのパーソナル・

コンピューターが市場に出始め、事務作業、メールのやり取り等に広まりつつあった。

汎用機

(ホストコンピューター)

データ入力用

穿孔カード

1980年代当初の NCプログラミング

10

Page 11: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

汎用機

(ホストコンピューター)

データ入力用端末

1980年代中頃の NCプログラミング

そのような中で CAD(Computer Aided

Design)の使い方は本格的になり、設計者が

コンピューター上で三次元のデジタル・デー

タを構築し、それを NC プログラミングに利用

したり、構成部品の三次元デジタル・データ

をコンピューター上で組立て、部品間の干渉

をチェックすることで図面不備による初期不

具合の減少に効果を挙げたり、具体的な効果

も出せるようになった。更に、このバーチャ

ルな組立てを大規模なものとしたものが DMUである。B777 以前のモデルでは、工場の一角

に置いてある実物大のモックアップ・モデルを利用し、配線・配管の寸法を決定し、世界

中で稼働中の機体に対し補用品を供給していた。B777 においては、三次元デジタル・デー

タを利用し、コンピューター上に DMUモデルを構築して、実物大のモックアップ・モデル

を製造・維持する必要を無くした。この実物大モックアップ・モデルは、飛んでいる機体

がある期間(一般的には 30 年と云われている)は維持しなくてはならないものなので、そ

れを省くことができたメリットは大きい。

3.4 B787等今後の航空機開発におけるコンピューターの使われ方

2000年代に入ってから、コンピューター単体の性能

向上、ならびにソフトウエアの発達、さらにネットワ

ーク技術の発展により、コンピューターを利用した加

工シミュレーション技術および生産シミュレーション

技術が実用の段階に到達してきている。今後は、これ

らの技術をうまく融合し、効率よく航空機開発を進め、

効率のよい製造へと結びつけることが重要になる。

以下にこれらの技術の最近の動向について述べる。

前述の B777 において採用されたコンピューター上

での干渉チェックや DMUは、Virtual Reality(以下

VR)技術を用いてのシミュレーションの走りと言える。

B787等これからの航空機開発においては、VRの適用

を更に進め、製造工程を動的に再現し、事前に問題点

の洗い出し等に活用する方向を志向している。今後の航空機開発では VR技術による事前検

証を実施しハードウエア製造時の戻り作業の無駄を排除し、低コスト、短スケジュール化

を押し進めている。

(1)要素技術に対するシミュレーション

最近、加工分野毎にコンピューターによるシミュレーション技術が開発されつつある。

その中でも、板金加工に対するシミュレーションがかなり進んでいるように思われる。

各種成形法に対し成形途中の被成形物の挙動、出来上がり状態がシミュレートできる。成

形条件、治工具の形状等を変更することで、出来上がりがどうなるかを予測することがで

きる。更に進んで、成形加工においては避けることのできない現象であるスプリングバッ

ク(金属の成形においては、成形力を除去したときに部品の形状が弾性範囲内で少し元に

1990年代中期以降の NCプログラミング

サーバー

PC

LAN

11

Page 12: この解説概要に対するアンケートにご協力ください …とフライトシステムはA330と共通化を図り、A330とA350でパイロットレイティングの

戻る現象が発生する。)を加工方法、加工条件を加味した上で正確にスプリングバックを加

工法、加工条件を加味した上で正確に予想し、予め治工具に反映しておくことも出来る。

この技術を活用することで、的確な成型方法が選択でき、スプリングバックの予測のみな

らず加工上の不具合発生をも予測でき、事前の対策検討も行うことができる。

機械加工分野においても、切削現象そのもののシミュレーションは試みられているが、

その現象の難しさから、まだ板金分野ほどの成熟度には達していない。ただし、もともと

コンピューターを広範に利用していた NC加工の分野では実際に部品を加工しなくても、NC

プログラムにミスが無いかを検証するためのシミュレーション・ソフトは実際に利用され

ている。

尚、複合材の分野においては、繊維方向のシミュレーション技術はあるが、成形後の歪

等、製造サイドがほしいと思っている技術はまだ見当たらないのが現状である。

表面処理分野においては、基本的な化学反応を扱うシミュレーション・ソフトはあるも

のの、航空機の生産現場で使用されている化学処理に利用できるまでには至っていない。

組立の分野においては、公差解析技術が今脚光を浴びている。各々の組立要素(部品)

の持つ公差から、組立品として最終的に持つ公差を計算するもので、今の主流であるファ

スナ孔で部品どうしを位置決めし、組み立てていく方式に必要な部品の孔位置公差を決定

するため使用することができる。また、VRを取り入れ、組立時のアクセス性検討なども行

えるようになってきた。

(2)生産に対するシミュレーション技術

航空機製造の特徴である多種少量生産においては、ひとつのワークセルに多種の部品を

投入し加工することになる。しかし、部品ごとにセル内での加工順序、加工時間、使用す

る治工具など部品ごとに条件が違っている。これら非常に複雑な条件を満たし、最も効率

の良い投入順序を見出すために、シミュレーション技術を活用することができる。又、工

場全体のレイアウト検討、物の流れ検討等にも利用し、事前検証を精度よく実施すること

で効率の良いレイアウトを実現することができる。

これらの技術は、バーチャル・ファクトリーとして、現在いろいろな産業において、そ

の使い方についての研究を開始したところである。

3.5 今後の動向

今後とも、パソコンの高性能化、ソフトウエア、ネットワーク技術の発達は続き、これ

に伴ってシミュレーション技術もますます普及し、取り扱える分野もますます広範になっ

てくるものと思われる。この技術をうまく活用し、効率の良い開発、製造を実現すること

が競争力を改善するキーになるものと考える。

以上

KEIRIN

この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。

この解説概要に対するアンケートにご協力ください。

12