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非言語コミュニケーションはどのように示されるか -意見不一致場面を中心に- 炫樹 1.はじめに 本研究の目的は、日韓の意見不一致場面に焦点をあて、その発話を相手に伝える際に使われ る非言語ストラテジーの異同を明らかにすることにある。本稿でいう意見不一致とは、相手と 意見が合わず反対意見を言ったり、相手の意に沿えなかったり、不満な状況を引き起こした相 手に対して表出される不満行動など、会話参加者同士の間に見られるネガティブな発話を指 す。これらの行動は、人間関係に対立を生み出しかねない言語行動であり、Brown & Levinson 1987、以下 B&L)が提唱したポライトネスとも関係がある。B&L は円滑なコミュニケーシ ョンや円満な人間関係を維持するための言語的なストラテジーを「ネガティブ・ポライトネ ス」と「ポジティブ・ポライトネス」の 2 つに分けている。ネガティブ・ポライトネスとは、 他人から邪魔されたくないというネガティブ・フェイスを配慮するストラテジーである。例え ば、習慣的な間接表現を用いる、お詫びをするなどのような聞き手に敬意を示す行為がこれに 該当する。一方、ポジティブ・ポライトネスとは、他人に好かれたい、あるいは承認されたい というポジティブ・フェイスに働きかけるストラテジーである。例えば、親しみを示したり、 冗談、仲間である印となるような言葉を使ったり、相手との共通点を探したりするなどの行為 がこれに該当する。これらの説明を踏まえて考えてみると意見不一致表明は、相手のフェイス を脅かす危険性をはらんでいる FTAFace Threatening Act、以下 FTA)に該当する。その FTA を最小限にするためには特別な配慮や丁寧さが求められる。また時には、FTA を最大化 するためにその反対の言語コミュニケーション及び非言語コミュニケーション(Nonverbal Communication、以下 NVC)が表れるであろう。 既存の言語行動に関する先行研究を見てみると、言語ストラテジーのみが関心の対象になっ ており、非言語ストラテジーについて言及しているものは、あまりないのが現状である。断 り・依頼・反対・不満、意見不一致表明などのような相手のフェイスを脅かす FTA と関係す る行為における NVC は、その場の雰囲気や対人関係を調節する重要な役割を果たす。特に、 同じ職場の仲間との対立が起こる場合は、相手のフェイスを考え、失礼にならないように言語 的にもまた非言語的にもさまざまな工夫が必要になる。たとえ、言語表現がやや直接的であっ たとしても、その場に適切な NVC は、その言語表現を和らげる効果がある。なぜなら NVC はその表現のフィードバックの働きをするからである。にもかかわらず、言語行動と NVC 非言語コミュニケーションはどのように示されるか

非言語コミュニケーションはどのように示されるか · 2018-03-31 · 非言語コミュニケーションはどのように示されるか -意見不一致場面を中心に-

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非言語コミュニケーションはどのように示されるか-意見不一致場面を中心に-

任 炫樹

1.はじめに本研究の目的は、日韓の意見不一致場面に焦点をあて、その発話を相手に伝える際に使われ

る非言語ストラテジーの異同を明らかにすることにある。本稿でいう意見不一致とは、相手と

意見が合わず反対意見を言ったり、相手の意に沿えなかったり、不満な状況を引き起こした相

手に対して表出される不満行動など、会話参加者同士の間に見られるネガティブな発話を指

す。これらの行動は、人間関係に対立を生み出しかねない言語行動であり、Brown & Levinson

(1987、以下 B&L)が提唱したポライトネスとも関係がある。B&L は円滑なコミュニケーシ

ョンや円満な人間関係を維持するための言語的なストラテジーを「ネガティブ・ポライトネ

ス」と「ポジティブ・ポライトネス」の 2つに分けている。ネガティブ・ポライトネスとは、

他人から邪魔されたくないというネガティブ・フェイスを配慮するストラテジーである。例え

ば、習慣的な間接表現を用いる、お詫びをするなどのような聞き手に敬意を示す行為がこれに

該当する。一方、ポジティブ・ポライトネスとは、他人に好かれたい、あるいは承認されたい

というポジティブ・フェイスに働きかけるストラテジーである。例えば、親しみを示したり、

冗談、仲間である印となるような言葉を使ったり、相手との共通点を探したりするなどの行為

がこれに該当する。これらの説明を踏まえて考えてみると意見不一致表明は、相手のフェイス

を脅かす危険性をはらんでいる FTA(Face Threatening Act、以下 FTA)に該当する。その

FTA を最小限にするためには特別な配慮や丁寧さが求められる。また時には、FTA を最大化

するためにその反対の言語コミュニケーション及び非言語コミュニケーション(Nonverbal

Communication、以下 NVC)が表れるであろう。

既存の言語行動に関する先行研究を見てみると、言語ストラテジーのみが関心の対象になっ

ており、非言語ストラテジーについて言及しているものは、あまりないのが現状である。断

り・依頼・反対・不満、意見不一致表明などのような相手のフェイスを脅かす FTA と関係す

る行為における NVC は、その場の雰囲気や対人関係を調節する重要な役割を果たす。特に、

同じ職場の仲間との対立が起こる場合は、相手のフェイスを考え、失礼にならないように言語

的にもまた非言語的にもさまざまな工夫が必要になる。たとえ、言語表現がやや直接的であっ

たとしても、その場に適切な NVC は、その言語表現を和らげる効果がある。なぜなら NVC

はその表現のフィードバックの働きをするからである。にもかかわらず、言語行動と NVC は

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 1 ―

別々の領域から扱われてきた。

本稿では、意見不一致を表明する際に見られるアイ・コンタクトを重点的に取り上げる。ま

たその周辺を探る際に、スキンシップについても部分的ながら触れることにする。交わされる

話の中で NVC が果たす機能や両文化の NVC の異同について考察することにする。

言うまでもなく、意見不一致表明における言語行動および NVC のストラテジーには状況に

より個人差がある。しかし、個人差を越えた何かが日本語母語話者(日本語版)と韓国母語話

者(韓国語版)の間に観察されるとすればそれは指摘するに値するものであると考えられる。

日韓リメイクテレビドラマから抜粋した意見不一致場面を取り上げ、それらに見られる

NVC について考察した結果、日本語版では、自分の意見を相手に伝える際に、アイ・コンタ

クトをできるだけ避けようとする傾向があるが、韓国語版ではそれをあまり気にかけず、相手

を見て意見を表明する傾向が強いことが明らかになった。

2.先行研究と作品概要2.1 先行研究

NVC に関する先行研究をいくつかまとめてみる。

非言語伝達は言語情報伝達に対して、繰り返しを否定、代用、相補、抑揚、調節する役割を

果たす(Knapp 1978)。Knapp(1978 : 38)では、非言語情報伝達に関する理論的研究を以下の

ように 7つに下位分類している。

1.体の動き、すなわち動作学

2.体の特徴

3.接触行動

4.準言語(声の質と音声化)

5.近接学

6.人口品

7.環境

ここで主に検討するのは、7つのうち、1番の体の動き(動作学)と 3番の接触行動である。

その中でも本稿と直接に関係するアイ・コンタクトを中心に見ていくことにする。

Kendon(1967 : 22-63)は凝視の機能を下記に示す 4つの機能に分けている。

1.認知機能:被験者は符号化が難しくなると視線をそらす傾向がある。

2.モニターの機能:被験者は思考単位の区切りを示し、話し合っている相手の注意力と反

応をチェックするために相手を見る傾向がある。

3.調節機能:見ることによって反応したほうがいいかしないほうがいいかを調節する。

4.表現機能:見ることによって、関与と覚醒の程度を信号として送ることができる。

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 2 ―

さらに Kendon は、目の動きの分類法を次の 4つに分けている。

1.フィードバックを求める場合。

2.情報伝達の回路を調節する場合。

3.特定の対人関係(地位、態度、人格の差など)の脈絡で論ずる場合。

4.距離が要素の一つである場合。

Kendon によれば、人は他人の反応に関するフィードバックを求める場合、アイ・コンタク

トを行うという。例えば、発話を終えると A は B を見る。B が話し始めると A は B を見つ

づけ、B の発話が長くなると、アイ・コンタクトをあまり行わなくなる傾向があると報告して

いる。アイ・コンタクトはまた情報伝達の回路が開いていることを合図したいときにも起こ

る。レストランでウェイターと目が合うことを求めているときには、基本的に情報伝達の回路

が開いていることを示すが、接触を拒みたいときは、アイ・コンタクトが減り、情報伝達の回

路が閉じられていることを意味する。アイ・コンタクトはしばしば相互者間の関係の性質を明

らかにする場合がある。アイ・コンタクトを行うことは参加、仲間入りの欲求を表現してお

り、所属欲求の強い人たちは、より視線を返す傾向がある。また、距離と視線は密接な関係に

あり、アイ・コンタクトは情報伝達を行っている相手との距離が遠くなるに従って増える。こ

の場合のアイ・コンタクトは心理的に情報伝達者間の距離を縮める機能を果たす。反対に 2人

の間が近くなると、アイ・コンタクトは少なくなる。Kendon の研究は視線研究の基礎となっ

ており、多くの研究に影響を与えた貴重な研究資料である。

相互注視の度合を決める要因は、Kendon(1967)が指摘する目の機能のほかに「性別」「性

格」「話題」にも関与するとブァーガス(1987)はいう。それには、「話している」、「聞いてい

る」、「黙っている」のいずれの状況においても、またその頻度、持続時間、対応度などいずれ

の尺度で測ってみても、注視率は女性が男性を超えていると報告されている。性別だけではな

く、性格もアイ・コンタクトに影響を及ぼす。心理テストで外向型、内向型と判定された人を

比べてみると、外向型のほうが注視の頻度も高く持続時間も長いと説明している。さらに、対

話の際の話題も、アイ・コンタクトに影響を与える一つの要因になる。話題が深刻でなく、話

者どうしが気楽に話し合えるようなものであれば、注視率は増大するが、反対に面倒な問題が

話題になり、そのため対話の当事者が気まずさ、恥ずかしさ、悲しさ、ことばで表現すること

の難しさなどを感じている場合には、アイ・コンタクトは最小限になると報告している。

一方、韓国の学界では NVC についての研究はまだ関心の対象になっていない。それは

NVC のような微視的で周辺的な現象よりは巨視的で社会的な研究が関心の対象にされてきた

ためである(��� 1995 : 3)。NVC を日韓対照研究の観点から扱っている研究も生越

(1995)、���(1998)、任炫樹(2002)などにとどまっている。ここでは、���(同)の

研究を取り上げることにする。同氏は「動作学」「接触学」「空間学」に焦点をあてて、韓国人

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 3 ―

大学生と日本人大学生を対象とし、アンケート調査を行なっている。それによれば、韓国人の

場合は、年齢と親疎関係の 2つが視線に大きな影響を与えるのに対して、日本人の場合は、親

疎関係が視線に影響を与えるという。また、日韓ともに、目上の人の前では正座をしなければ

ならないという意識をもっているが、その坐り方には相違が見られたと指摘している。例え

ば、韓国人の男性はあぐら、女性は横坐りをすると答えているが、日本人は男女ともに膝を屈

して坐ると答えている。さらに、同性の友人と歩くとき、韓国の女性の場合は、腕を組むなど

身体接触を頻繁に行うのに対して、日本人はほとんど接触をしないと報告している。空間使用

意識において、日本人は他人と自分の空間をはっきり区別するのに対して、韓国人は日本人ほ

ど区別しない傾向があるという。

この調査報告は、一般に知られている常識を客観的かつ数量的に確認・検証したものである

が、NVC に関する調査を質問紙法によるアンケート調査のみに頼った点に疑問が残る。アン

ケート調査は非言語行動に対する意識調査にすぎないため、それを補うための視聴覚資料が望

まれるであろう。

2.2 作品概要

考察の対象とした作品は、原作が日本語版である『ハケンの品格』(2007)1話~10話(約

478分)と、その韓国語版『��� �(職場の神)』(2013)1話~16話(約 1020分)であ

る。

まず、原作『ハケンの品格』(日)の概要について述べる。同ドラマは、2007年 1月 10日

から 3月 14日にかけて日本テレビ系にて放送された(全 10話)。主人公の大前は、高難度の

資格を 26種類取得しており、様々な分野で活躍するエリート派遣社員である。派遣先の大手

食品会社「S&F」では正社員(東海林など)と対立しながらも様々な問題や仕事を解決してい

く。厳しい派遣社員の実態をそのまま反映しながらも大前を通して実際には起こりえないこと

を大袈裟にかつ面白く、温かく伝えようとした。普通ならば上司に言えないことを淡々と言う

大前の姿は、派遣社員として働いている人たちの共感を得るなど、このドラマは放映当時、最

高資料率 26%を記録し、話題を呼んだ。

リメイク版の『��� �(職場の神)』は、2013年 4月 1日から 5月 21日まで韓国 KBS

で放映された。日本のドラマ放映回数とは異なり、全 16話である。ドラマの概要や主要人物

は原作と大体似ている。一方で、派遣という雇用形態が韓国ではあまり存在しないため、契約

社員という形で表れる。このような理由で、原作の題名をそのまま訳せなかったであろう。大

手食品会社 Y 醤(=S&F)に派遣されたスーパー契約職のミス・キム(=大前)を取り囲ん

だ正社員との職場生活を描いている。日本語版は週 1回の放映だが、韓国語版は週 2回の放映

である点、途中の CM も挟まない点の理由から後者のほうがドラマの長さも 2倍以上ある。

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 4 ―

そのため、大幅にストーリーが追加されている。日本語版の場合は、過去と現在がそれぞれ独

立されているが、韓国語版の場合は、過去と現在が絡まり合う展開を見せている。例えば、

2007年におきた銀行火事事件をきっかけに、キム・チョムスン(ミス・キムの本名)は自発

的に非正規職を宣言して本名代わりにミス・キムと名乗って 170種類の資格証を取得する。会

社で名望を受ける契約職で生きて行くことを決めた理由と過去の出来事とが結びついている。

キス・キムは、契約が成立した会社で残業・夜勤・業務外のことをする場合は、徹底的に手当

てを求め Y 醤の人たちとの関係に一線を引く。契約職である彼女がこのような要求が出来る

のは、多くの資格証を持ち、会社内業務と雑務を見事に処理できるからである。しかしそこ

で、チョン・ジュリ(=森)に自分の過去の姿を重ね合わせ、彼女を見舞う様々な危機から助

ける。また正社員たちと様々なトラブルや難関を乗り越えることによって、人に対する情とあ

りがたみを感じることが出来るようになる。原作とリメイクの両作品は、似ていながらもそれ

ぞれの登場人物の異なるリアリティや人間関係図から成り立つ。現実からかけ離れ過ぎない内

容であるため、両文化を比較対照するのにいい素材になり得ると考えられる。

3.アイ・コンタクトにも文化の差は表れるのかコミュニケーションは、大きく言語コミュニケーションと NVC に分けることができる。コ

ミュニケーションが成り立つには視線、表情、身振りなどの NVC が必須不可欠である。ま

た、NVC は丁寧さと深く関係があると思われる。同じ発話内容でも話し手の視線、表情、身

振りなどが加わることによって、聞き手の受け取り方は相当違ってくるのである。そのため、

たどたどしい発音や文法の間違いなどとは違って、適切でない NVC の使用は誤解を招くので

ある(任炫樹 2002 : 181)。

日本には「目は口ほどに物を言う」ということわざがあるように、韓国にもこれに類似した

「�� ��� �(目は心の窓)」ということわざがある。特に、韓国語には「目」に関するこ

とわざが 24種類もあるとされる。これは、日本も韓国も目にまつわるアイ・コンタクトがコ

ミュニケーションをはかる上で、非常に重要な役割を果たしているということを示唆してい

る。目の使い方に影響を与える要因は色々あるだろうが、話題の負担度によってもそれは相当

に違ってくると思われる。

本章では、日韓リメイク版の同場面に見られるアイ・コンタクトに焦点をあて、どのような

相違点が見られたのかについて述べる。

まず、日本語版と韓国語版における同場面を取り上げ、それぞれの傾向を観察してみる。

ちなみに、視線 ON(相手の目・顔を見ている状態)は で、視線 OFF(相手の目・顔

を見ていない状態)は下線「 」で示す。前をまっすぐ見ているものの、誰を、どこを見て

いるか判断が難しい場合は、波線「 」で、「***」の表示は 2秒以上のポーズを指す。

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 5 ―

非言語情報は{ }の中に示しておく(韓国語の例も同様である)。

〈例 1〉『ハケンの品格』(日)1話 48 : 05~51 : 32

-食事をしている大前の前に座る森(食堂で)-

森:あの…色々とご迷惑おかけして***{お辞儀しながら}申し訳ございませんでした。***私、皆

さんの足引っ張るだけですから辞めます。短い間ですがお世話になりました{お辞儀}。

店員:何しますか?

森:あっ最後だからご一緒してもいいですか?私、就職試験 23社落ちたんです。それで、大学卒業して

8ヵ月、アルバイト転々として群馬の両親には帰って来いって言われたんですけど、まだ東京に居れ

ばチャンスはあるんじゃないかなぁって。面談であの会社に行ったとき、こんな立派な所で働けたらな

ぁって凄い舞い上がっちゃって…でつい嘘までついちゃって…(ため息)でも、やっぱり駄目な人間

って何やっても駄目なんですね…。あんな会社で働けたら人生変わってたんだろうな。

大前:それは、大きな間違いだね。正社員になってもリストラ。あと潰れたら終わりだね、タイタニック沈

没みたいに。

森:はい?

大前:なのに会社のために毎日毎日、根回し、ごますり、出世レース、

森:あのそれって私

大前:無駄!全部、無駄!不景気が 100年続こうと、日本中の会社が潰れようと私は大丈夫。派遣が信じる

のは、自分と時給だけ。生きていく技術とスキルさえあれば、自分の生きたいように生きていける。

森:ひょっとして…励ましてくれてるんですか?

大前:{森をちらっと見てから店員に向かって}すみません、お茶ください!

森:とにかく、さっきは助けてくださってありがとうございました。

大前:別に助けてませんが。あれは業務の一環です。第一、あんた助かってないし。クビだね。今日ので

クビ。仕事を家に持って帰るなんてありえない。

森:すみません。{お辞儀}

大前:ダメだよ!私に謝ったって、クビはクビなんだから。

森:すみません…{お辞儀}

大前:{落ち込んでいる森をじっと見て}あと半日、時給の分だけはしっかり働く。私なら、そうするね。

{定食代 500円を置いて出ていく}

まず、例 1のストーリーの前後を説明する。森という派遣社員が派遣先の会社の大事な資料

を紛失するが、職場の派遣仲間である大前の助けにより資料を見つけるという内容である。森

は、大事な資料を持ち帰ってはいけない会社のルールを違反したため、契約終了期限前に同社

を辞めさせられる危機に陥る。森は、会社を離れる前に大前が通う食堂に行き、仕事上でかけ

た迷惑について謝罪をする。この際に、大前は、派遣という職業の厳しい現実を伝える。話題

は、話し手と聞き手、両方にとってさほど気楽ではないのが分かる。そして、アイ・コンタク

トの状況を見てみると、意識的にしろ、無意識的にしろ、森と大前はできるだけ相手の目を見

ないまま、自分の意見を表明する傾向がうかがえる。食事の場面ということもあり、大前はほ

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 6 ―

とんどの会話をテーブルのほうに視線を落としながら話すことによって目の前にいる森を見ず

に済む。これは、会話の相手との視線を自然に避けられる有効なストラテジーであると言えよ

う。最後のセリフの終結部のみ視線 ON になっている。

ブロズナハン(1988 : 216)は、持続した視線や凝視は他人に対する特別な感心、挑戦、無

礼を示すのに対して、視線をそらすことは無関心、興味なし、恐怖なし、嫌悪、困惑、内気、

尊敬を示すとしている。ところがこれは一般論であるとし、日本語母語話者の視線の接触の欠

如はむしろ丁寧さや尊敬を意味する場合が多いことから、それは必ずしも興味の欠如を意味し

ないと述べている。持続した視線 ON には「特別な感心」のようなポジティブな面もあるに

もかかわらず、日本語母語話者にとっては「挑戦」、「無礼」のようなネガティブな面が浮き彫

りにされているのではないかと思われる。日本語母語話者にとって、視線 ON→ON はネガテ

ィブな面が強調されるようだが、韓国語母語話者にとってアイ・コンタクトはどのような働き

をしているのだろうか。

〈例 2〉『��� �(職場の神)』(韓)2話 1 : 20 : 38~1 : 21 : 49

-���� �� � �� � ���(����)-

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-食事をしているミス・キムの前に座るチョン・ジュリ(食堂で)-

チョン・ジュリ:あの先輩もしかして***これ 6ヵ月分割ではダメですか?{書類を出しながら}

ミス・キム:{テーブルに視線を落とし}ダメです。

チョン・ジュリ:そしたら 3ヵ月はどうですか?

ミス・キム:明示された期間内に支給してください。

チョン・ジュリ:あんまりです。私は先輩が私と同じ同僚だと思って、それで先輩のためにこの業務も引き

受けたのに、先輩は私のためにこの程度の手当て一つさえ譲歩してくれないのですか?

{この時、ミス・キムはチョン・ジュリに背を向けている}

ミス・キム:今、私のためだと言いましたか? 私は絶対、誰かのために仕事はしない。ただ二つのためだ

けに働く。手当てと昼食時間。だから***手当ては早く返して昼食はこれからは他の場所

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 7 ―

で食べて。

チョン・ジュリ(=森)は、会議の資料が入っている USB を紛失する。この時に、助けて

くれたのが日本語版同様、ミス・キム(=大前)である。ミス・キムは、これも業務の一環だ

と言い放ち、チョン・ジュリに自分の時給を請求する。その額が、生活に困っているチョン・

ジュリには一括では返せないほど多額だったため、分割にしてほしいとミス・キムに頼む場面

である。原作では、会社の資料を無くした事に対する謝罪や助けてもらったお礼、迷惑をかけ

たことに対する謝罪が述べられている。一方、リメイク版のチョン・ジュリは、お礼や謝罪の

代わりにミス・キムが断った仕事を自分が引き受けて起きた出来事なのに時給を請求してくる

ミス・キムへの寂しい感情をストレートに伝える場面に変えられていた。原作の大前の性格

は、心を開いている者に対しては愛想よく接するが、それ以外の人に対して最低限の対応しか

しない。ミス・キムの性格もそれをそのまま反映しているが、アイ・コンタクトは異なってい

た。

視線に関しては、リメイク版では原作に比べて会話のほとんどを視線 ON のままにする傾

向が見られる。会話をする際には、食事の動作を止め、あえて相手を見る。このような場面設

定は、日本版より韓国版のほうが圧倒的に多い。また、韓国版と同じ場面状況と比較してみる

と、日本語版ではチラチラとしか相手を見ず、韓国語版より頻繁に視線をそらす傾向がうかが

える。これを裏付ける説がある。佐藤(1977 : 157)は日本人の視線の方向づけについて「視

線を合わすということは、心の中を透視させるということであり、おそらくは人間の信頼関係

のもっとも素朴で基本的な表現であるであろう。しかし、我々は、視線をそらしたまま、ある

いは時々視線を合わせ、あとは外らしたまま話をするほうがもっともしみじみした表情のある

会話が出来る、という感じ方を持っている」と述べている。日本語母語話者が持っているア

イ・コンタクトに対する基本的な考え方は、言いにくいことを言わざるを得ないネガティブな

場面でさらに浮き彫りになるようである。

2章の先行研究で見た話がより深刻化すればするほど相手の顔を見ることをできるだけ避け

ようとする傾向があるというアイ・コンタクトに関する一般論は、日本語母語話者には当ては

まるものの韓国母語話者には必ずしも当てはまらないと言える。

4.謝罪場面におけるアイ・コンタクトと対人関係調節相手と意見が一致しない場合、特に円滑な人間関係を維持していきたいと思う相手に対して

は、できるだけ失礼にならないようにさまざまな工夫が表れる。その工夫は、謝罪表現、感謝

表現、Hedge 表現、間接表現、対人関係調節方略、人称詞の使い方など、様々な角度から観察

できる。また、言語コミュニケーションと NVC とを結び付けて考察することによって、まだ

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 8 ―

さほど明確にされていない日本語母語話者と韓国語母語話者の言語ストラテジーと NVC(こ

こではお辞儀)との相関関係を社会言語学的観点から探ってみたい。相手と意見が合わないと

き、それを和らげようとよく使われる謝罪表現は、相手との間で起こる問題や摩擦を解決し、

人間関係を修復するために使われるストラテジーの一つである。

まず、下記の例 3の背景を説明する。「S&F」の水産部提案の国産マグロに関するプロジェ

クトに参加した東海林は、自分の責任でマグロの解体ショーを行うことになる。巨大マグロを

仕入れて、有名なマグロ解体師に仕事を頼み込むところまでは成功する。しかし、アクシデン

トが起こり、ショーは急に中止になる。そのことで、取引先の関係者やマグロ解体ショーを見

に来た顧客に対して主催側による謝罪を余儀なくされる。

〈例 3〉『ハケンの品格』(日)3話 0 : 35 : 15-0 : 39 : 35

東海林:本当に申し訳ございません。本日の解体ショーは{お辞儀しながら}中止とさせていただきます。

観客ら:えー{騒ぎ出す}

S&F 社員ら:本当に申し訳ありません。{お辞儀しながら}申し訳ありません申し訳ありません。

桐島部長:本当に{お辞儀しながら}申し訳ないこの責任はすべて***うちでとらせていただきます。

店長:とにかくこの場をどう乗り切っていいか考えてくださいよ。

取引先の部長:桐島さん***これはいったいどういうことですかね。{桐島部長は頭を下げたまま}

東海林:まことに***申し訳ございませんでした。{土下座をしたまま頭を下げ続ける}申し訳ございま

せん。申し訳ございません。

例 3における登場人物らの謝罪表現に注目したい。東海林、S&F 社員ら、桐島部長は、顧

客や取引先の店長や部長に謝罪をする際に、必ずと言ってもいいほど、お辞儀をしながら謝っ

ている。このお辞儀について井上(1982 : 108)は「わたしたちのあいさつ行動はお辞儀であ

る。このお辞儀という振る舞いの形式に忠実であれば、わたしたちは、相手の視線をお互いに

自然に避けあうことができるのである」と述べている。このお辞儀の形式はあいさつを交わす

場面だけではなく、謝る場面でもよく使われるが、これを上手に使いこなせば相手の視線を避

ける手段になるのである。お辞儀は相手に申し訳ない気持ちを表す丁寧さのみならず、アイ・

コンタクトとも緊密に関係しながら、日本文化に根付いている。

ここで、丁寧さと深く関係がある日本語母語話者のウチ・ソト・ヨソ意識について触れた

い。これらの概念については、しばしば取り上げられ、中山(1988 : 88)は、夫婦、親子、兄

弟といったような非常に親密な関係をウチ、自分とはまったく無関係な赤の他人をヨソ、学校

や職場、近隣の人々といったウチとヨソとの中間的、両義的な性格をもつ人々をソトとした場

合、過剰配慮はソトの人々とコミュニケーションする際に最大となり、ウチとヨソの人に対し

てはそれは弱まり、時にはまったく消失すると述べられている。さらに、笠原(1977)では、

ソト領域を「半知り」の人間関係と呼んでおり、対人恐怖はこの「半知り」の間柄においても

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 9 ―

っとも強く生じると述べられている。まさに S&F 側からすると取引先の店長は、ソト関係

(半知り)である。申し訳ない気持ちを視線 OFF にすることで最大化している。

それでは、この場面が韓国語版にどのように変容されているか見てみたい。

Y 醤(=S&F)では、ライバル社への対抗策として、ムチーム長(=里中)がテレビ番組で

見たという蟹さばき(=マグロ解体)の達人を呼んで、ケジャン(蟹の醤油漬け)ショーを行

うことで自社の醤油を売る「ケジャン直売プロモーション」を進めることになる。チャン・ギ

ュシック(=東海林)とムチーム長は早速達人のもとを訪れるが、連絡がつかない状態に陥

る。しかし、ジュリ(=森)が偶然トラックで営業中の達人を見つけ、なんとか交渉に漕ぎ着

ける。企画は注文段階から好評を呼ぶが、達人を乗せて運転していたギュジクが事故を起こ

し、ケジャンさばきショーが中止になってしまう。次の例 4には、その中止の話を聞いた顧客

の反応と主催側の謝罪や仕事を巡る複雑な絡み合いが表れている。

〈例 4〉『��� �(職場の神)』(韓)3話 0 : 50 : 30-0 : 52 : 28

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顧客 1:いい加減にして どうなっているのよ。

顧客 2:急に中止だなんて 話にならないわ。

顧客 3:私、この人のショーを見るために朝早くからブンダンから来たんですよ。

店長:申し訳ありません 申し訳ありません。その代わりに今日はこの新鮮な蟹を半額の 5匹 7500ウォン

で販売します。

顧客 4:ふざけないで それなら市場で買うわよ。

(取引先)店長:常務、お見えですか。

Y 醤部長:申し訳ありません 常務 すべての損失は弊社が補償します。{その後お辞儀)

取引先の常務:こういうことは金がどうこうではなく複雑な問題ですからね。Y 醤との関係を見直すタイミ

ングかと。

Y 醤常務:どうか それだけは。

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 10 ―

チャン・ギュジク:{膝をつき前の方をまっすぐ凝視し}今回の件は私が責任を取ります。常務。

例 4は、例 3の韓国語版であり、内容や状況はほぼ同じである。例 3と同様、主催側と顧

客、主催側と取引先との間に深刻なビジネストラブルが起きている。例 3と例 4は内容として

は似ていても、発せられる言語表現と NVC には大きな差が見られる。

まず、謝罪表現とその NVC について述べる。例 3の日本語版の場合は、「申し訳ない」と

いう謝罪表現を反復しながら、深々と頭を下げ続ける。一方、韓国語版の場合は、顧客とのア

イ・コンタクトを取りながら謝罪をすることが特徴的であった。そして、謝罪の後は必ず聞き

手とアイ・コンタクトを図った後、具体的な代案を示す傾向がうかがえる。店長によるセリ

フ、「�� �� � ��� � � � 5��� 7500�� �������(その代わり

に今日はこの新鮮な蟹を半額の 5匹 7500ウォンで販売します。)やチャン・ギュジクの「��

� � ��� �� !"#�$%�(今回の件は私が責任を取ります。常務。)」のセリフも

前の方を見たまま表明されている。相手に信頼度を高めて、アピールしようとする意図が見て

取れる。

一般的な韓国人の視線の動き方は、言いにくいことや自分が不利な場面では視線を合わすの

を避ける傾向があると報告されている(&'( 1989)。不本意とは言え、相手の意向に添えな

い、その話を受け入れることができないのは、自分が不利な立場に立たされることでもある。

しかし、今回の両作品のドラマでは、全般的に、意見不一致場面で、相手の目を見るのが頻繁

に見られた。日本に比べ、韓国の場合には、視線 ON→ON が多い。これは韓国語母語話者の

アイ・コンタクトに対する意識と関係があると考えられる。要するに韓国では、アイ・コンタ

クトは失礼にあたらず、信頼性を与えるのであろう。

5.場を和らげる「スキンシップ」日本語版と韓国語版における同場面を比較してみると、韓国語版のほうがストレートな表現

が多用されているのが分かる。それに加え、韓国語母語話者は視線 ON のまま話を進めてい

ることから韓国人のコミュニケーションスタイルは、他文化圏からするとやや圧迫的に映るか

もしれない1。しかし、その圧迫感を和らげる NVC が存在する。それはスキンシップである。

生越(1995)は韓国のテレビ番組・映画を用いて、日本人と韓国人のお辞儀の違いを調べて

いる。それによれば、お辞儀が日韓両国でよく行われるのは共通しているが、日本人の場合は

身体接触を好まないのに対して、韓国人の場合は握手や頬ずり、ハグなどバラエーティに富ん

でいるという相違点も見られたという。さらに、日本では握手の習慣は視線と接触を嫌うとい────────────1 「アイ・コンタクト」は広い範囲で考えると「表情」の一部であり、二つは密接な関連があるとされている。厳密に言うと視線と表情の関係について言及すべきではあるが、表情に関する考察は稿を改めたい。

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 11 ―

う問題とからんで一般化していないが、韓国ではお辞儀と結びついて盛んであることを明らか

にしている。このような接触は、場合によっては、言葉の問題より誤解を招きかねないと生越

は指摘している。

生越の指摘の通り、下記の例 5からは、計 4回のスキンシップが見られる。この例は、4章

で取り上げた例 4の続きに当たる。中止になったケジャンショーがミス・キムの登場により無

事に行われ、その後、仕事の同僚同士で励まし合う場面である。

例 5において、強調しておきたい NVC の情報のところには二重下線(「 」)を引いてお

く。

〈例 5〉『��� �(職場の神)』(韓) 3話 0 : 52 : 15-0 : 56 : 07

��� ��

〈� � �� ��������� � �� 1��1� �� � !" #$ %� &� '� ()* �

+,����-.!" / 012 334 5&6 789 #$!" :; <=> �?@� AB C� DE

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G�:HI CJKL{MN4� KO6 P Q�}RR.

-ST U V�-

〈%� &�W XY �〉

G�:Z)[��{\]R-" ^? _� 8)}`Ma 1b ]Rcd��.

`M:{efg hi9 �j�� KO6 klmn�}

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�j�:s �p tud���D�a�

-店内アナウンス-

〈お客様にお知らせ致します。この後、地下 1階、1階の食品コーナーにおきましてケジャン販売イベントを

行います。安眠島産のとれたての蟹を達人がその場で裁きます。ぜひ足をお運びください。繰り返します。〉

店長:代わりの人見つかった?{ムチーム長の肩に触れながら}ハッハー。

-ミス・キム登場-

〈ケジャンショーの終了後〉

店長:ありがとうございます。{握手しながら頭を下げる}常務、あ、お疲れ様でした。

常務:{顔に笑みを浮かべ無言のままチャン・ギュジクの肩を軽く触る}

部長:あ、ご苦労様。明日また会おうな{チャン・ギュジクの肩を軽く叩く}

チャン・ギュジク:はい。明日お目にかかります。部長。

例 5を見ると店長がムチーム長に対して「HI CJKL(代わりの人見つかった?)」と話

しながらムチームの肩を嬉しそうに軽く叩く。店長と常務は握手を交わし、常務は無言のまま

微笑みながらチャン・ギュジクの肩を叩く。部長もチャン・ギュジクに対して同じ行動を取る

ことがドラマの中で観察できた。これらの NVC をみるとある法則に気が付く。上記の例から

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 12 ―

も分かるように目上がまずイニシアチブを取ってスキンシップを行うことである。これによ

り、上下関係の中にも親しみを表現しうるのである。上の立場の人が気を回して下の人にスキ

ンシップを取ってこそ、たとえ絶対的に敬語を使わなくてはいけない相手でも親しさが確認さ

れるのである。握手の場合も基本的には目上が先に手を差し出し、それに応える形で目下が目

上の手を握る(任栄哲・井出 2004)。しかし、日本文化においては、スキンシップという

NVC が根付いていないため、異文化コミュニケーションにおいては誤解を招くこともある。

これは、あくまでも韓国文化を共有している人同士だからこそ理解できるであろう。まさに緊

張感が漂う場を和ませ、和らげることができるため、対人関係を調節する際に有効に働くスト

ラテジーなのである。ちなみに、原作の日本語版(例 5の同場面)には、常務が一生懸命にマ

グロ解体ショーを行う大前を前に、目を細めながら彼女を見つめる場面となっている。仕事仲

間との間に肩を叩くなどのスキンシップもまったく見られなかった。

6.終わりに本稿では、日韓対照社会言語学の観点から、意見不一致場面に見られる両言語の非言語スト

ラテジーについて考察を行い、次のような結論が導かれた。

1)日本語版では、アイ・コンタクトを気にしながら、会話を進めて行く。一方、韓国語版で

はそれをあまり気にせず、相手を見て自分の意見を表明する場合が多い。これは、アイ・

コンタクトに対する考え方が両文化で異なるためである。

2)謝罪行動を行う場合、日本語版では、お辞儀を伴う視線 OFF の傾向が強い。この行動は、

相手への控えめの気持ちを表している。反面韓国語版では、お辞儀を使う場合が多かった

ものの、お辞儀の後も必ず相手とアイ・コンタクトを図っている。この行動は、真の自分

の気持ちをアピールでき、ポジティブに働く。

3)韓国語版においては、意見不一致後の場を和らげる NVC としてスキンシップが頻繁に使

われている。これは、緊張した雰囲気を和らげる有効なストラテジーの一つとして表れ

る。

以上の結果は、『ハケンの品格』(日)と『��� �(職場の神)』(韓)から得られた資料

を基に分析したものであり、実際に行われている自然会話場面を分析したものではない。この

結果を日韓両言語の全体的な NVC の傾向として捉えるには本研究はまだ充分なものとは言え

ない。しかし、従来の研究ではあまり扱われることがなかった NVC についていくつかの新事

実を掘り起こすことができたと考えている。

今回の資料は、友達や恋人、家族同士の気楽な会話が中心となる内容ではなく、大手食品会

社を巡る社員同士の摩擦や理解について描いている。そのため、普段の日常生活では観察でき

ない斬新な場面設定も多々あった。このような理由を踏まえ今後の課題としては、他のリメイ

非言語コミュニケーションはどのように示されるか

― 13 ―

ク版ドラマとの比較及び多様な表現の使用頻度、それに伴われる NVC も視野に入れ、帰納的

な細かい作業を行っていきたい。

日本人韓国語学習者、韓国人日本語学習者及びお互いの国を訪れる観光客が増える傾向にあ

る今、両国の交流は過去よりさらに緊密になってきている。言語コミュニケーションのみなら

ず、誤解を招きやすい NVC の相違に関する知識についても言語教育に取り入れるべきであろ

う。

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非言語コミュニケーションはどのように示されるか

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