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高速コンピュータ冷却に用いる電子スピンを利用した 磁気冷凍材料の開発 松本圭介 愛媛大学大学院理工学研究科 790-8577 愛媛県松山市文京町 3 Study of Magnetocaloric materials for a wide temperature range Keisuke Matsumoto Graduate School of Sciences and Engineering, Ehime University 790-8577 3, Bunkyo-cho, Matsuyama, Ehime, Japan 研究背景 はじめに 近年の温暖化への対応から省エネ対策が喫緊の 課題となっている.空調を始めとした冷凍は,電 力を大きく使用する.そこで,次世代の冷凍技術 として磁気冷凍が注目を集めている.特徴は,可 逆変化であることから原理的に高効率,ノンフロ ンであることから環境に優しいといった点である. 産業利用としては,エアコンなどの空調や冷蔵庫 などが大きなターゲットである.高速コンピュー タにおいても,演算による排熱を除去するために, 水冷式による冷却が行われている.磁気冷凍を利 用すれば,水温の管理も可能になると考えられる. このように,磁気冷凍は応用先が幅広く,産業に 与える影響が大きいため,期待の大きい冷却手法 である. 磁気冷凍の原理 磁気冷凍は,磁場を利用して磁性体の磁気的状 態を変化させる,磁気熱量効果を使用した冷却技 術である.もともとは 1 K 以下をつくり出すため に考案された方法である [1].図1に磁気エントロ ピーの温度依存性を示す.エントロピーは乱雑さ を表す物理量である.磁性体に磁場を印加すると, スピンは磁場方向に揃うので乱雑さが減少する. つまり(1)のようにエントロピーが減少する.この 変化分を磁気エントロピー変化(Sm)という.断熱 状態で磁場を取り去る場合,エントロピーは変化 しないので,(2)のように温度が下がる.これが, 断熱消磁冷却である.先述の通り,これは極低温 向けの冷却方式である.室温で利用する場合は, 格子のエントロピー(格子比熱)の寄与が大きい ので,格子比熱に蓄熱する能動型蓄冷方式が検討 1. ゼロ磁場と磁場中での磁気エント ロピーの温度依存性.

高速コンピュータ冷却に用いる電子スピンを利用した 磁気冷 …は,x=0 (HfFe 2)では,二次の常磁性-強磁性相転移 を示すが,0.14≤x≤0.2

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高速コンピュータ冷却に用いる電子スピンを利用した

磁気冷凍材料の開発

松本圭介

愛媛大学大学院理工学研究科

〒790-8577 愛媛県松山市文京町 3

Study of Magnetocaloric materials for a wide temperature range

Keisuke Matsumoto

Graduate School of Sciences and Engineering, Ehime University

790-8577 3, Bunkyo-cho, Matsuyama, Ehime, Japan

研究背景

はじめに

近年の温暖化への対応から省エネ対策が喫緊の

課題となっている.空調を始めとした冷凍は,電

力を大きく使用する.そこで,次世代の冷凍技術

として磁気冷凍が注目を集めている.特徴は,可

逆変化であることから原理的に高効率,ノンフロ

ンであることから環境に優しいといった点である.

産業利用としては,エアコンなどの空調や冷蔵庫

などが大きなターゲットである.高速コンピュー

タにおいても,演算による排熱を除去するために,

水冷式による冷却が行われている.磁気冷凍を利

用すれば,水温の管理も可能になると考えられる.

このように,磁気冷凍は応用先が幅広く,産業に

与える影響が大きいため,期待の大きい冷却手法

である.

磁気冷凍の原理

磁気冷凍は,磁場を利用して磁性体の磁気的状

態を変化させる,磁気熱量効果を使用した冷却技

術である.もともとは 1 K 以下をつくり出すため

に考案された方法である [1].図1に磁気エントロ

ピーの温度依存性を示す.エントロピーは乱雑さ

を表す物理量である.磁性体に磁場を印加すると,

スピンは磁場方向に揃うので乱雑さが減少する.

つまり(1)のようにエントロピーが減少する.この

変化分を磁気エントロピー変化(Sm)という.断熱

状態で磁場を取り去る場合,エントロピーは変化

しないので,(2)のように温度が下がる.これが,

断熱消磁冷却である.先述の通り,これは極低温

向けの冷却方式である.室温で利用する場合は,

格子のエントロピー(格子比熱)の寄与が大きい

ので,格子比熱に蓄熱する能動型蓄冷方式が検討

図 1. ゼロ磁場と磁場中での磁気エント

ロピーの温度依存性.

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されている [2].

磁気冷凍材料における重要な物理量は,先に述

べたSmである.Smは,材料の磁気的性質が大き

く変化する磁気相転移近傍の温度で大きくなる.

特に一次相転移の場合,エントロピーが不連続に

変化するため,二次相転移よりもSmが大きい.そ

のため,室温で磁気冷凍を行うには,一次磁気相

転移温度が室温近傍にある材料の開発が必要とな

る.これまでに,磁気冷凍材料として,水素化物

La-Fe-Si-H 系 [3]や有毒元素を含む Mn-Fe-P-As 系

[4]といった材料が開発されている.

本研究では,簡便な方法で作製でき毒性元素を

含まない六方晶 Hf1-xTaxFe2 [5]に着目した.この系

は,x=0 (HfFe2)では,二次の常磁性-強磁性相転移

を示すが,0.14≤x≤0.2 において,常磁性-反強磁性

-強磁性へと逐次相転移を示す [6].このとき反強

磁性-強磁性への相転移は一次相転移である.実際

に,x=0.125 では二次相転移的なブロードな比熱の

異常だったものが,x=0.175 では一次相転移に特徴

な鋭い比熱異常に変化している [7].一方で,同じ

置換量,例えば x=0.17 でも,アーク溶解で作製し

た as cast か,その試料に熱処理を行い均質化した

試料かで,磁気的挙動並びにSm の大きさが変わ

ることが報告されている [8]が,何が要因なのかは

明らかになっていない.

研究目的

本研究では,室温近傍での磁気冷凍材料開発と

して,Hf1-xTaxFe2の試料作製条件と磁性・磁気熱量

効果との関係について知見を得ることを目的とし

た.この研究により,Hf1-xTaxFe2 において大きな

Smを得る指針になると期待される.

実験方法

試料は,アルゴン雰囲気下でアーク溶解法によ

り作製した.原料は純度 99.9%以上のインゴット

を用い,仕込みは組成比通りとした.ここでは,Ta

置換量を,一次相転移を示すと報告のある x=0.17

に固定した.このアーク溶解した試料を as cast(以

降 A とする)とする.as cast 試料を石英管に真空

封入し,電気炉を用いて 1000 ℃,3 日間の熱処理

を施し急冷した.これを quenched 1(Q1)とする.

同様に 1100 ℃,7日間で急冷した試料を quenched

2(Q2)とする.粉末 X 線回折(XRD)装置

(PANalytical X’Pert Pro,線源 CuK)を利用して,室

温で構造解析を行った.磁化測定には Quantum

Design 社の SQUID 磁束計 (MPMS)を用いた.条

件は,温度 160<T<300 K,最大磁場 B=5 T である.

温度依存性の測定は,すべてゼロ磁場冷却過程

(ZFC)で行った.

実験結果・考察

図 2 に粉末 X 線回折パターンを示す.すべての

試料において,六方晶MgZn2型構造が主相である.

A と Q1 は指数のつかないピークはないが,Q2 に

おいては,酸化物である HfO2のピークが観測され

た.格子定数は,表 1 に示す通り,熱処理の条件

で大きな変化はなかったが,先行研究と比較する

図 2.Hf0.83Ta0.17Fe2の XRD パターン.上か

ら A,Q1,Q2,一番下は HfFe2の計算パタ

ーン.黒丸は HfO2の回折線を示す.

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と約 0.2 ~0.8 %大きかった.

図 3 に磁化の温度依存性を示す.A では,磁化

は温度降下に伴い緩やかに増加し,245 K 以下で

急増した.その後も最低温度まで緩やかに増加し

た.Q1 では,235 K 以下で一旦磁化が増加した後,

230 K 以下で磁化が上昇する傾きが小さくなった.

217 K 以下でも緩やかに増加した.Q2 は,260 K か

ら 215 K までは他の 2 つの試料に比べて弱い温度

依存性しか示さなかったが,215 K で不連続な磁

化の増加を示した.205 K 以下ではほぼ一定値を

とった.すべての試料で観測された磁化の急増は,

強磁性転移によるものと考えられる.一方,測定

温度範囲では,反強磁性秩序による磁化のカスプ

状の異常は観測されなかった.なお,先行研究で

は,300 K 以上で反強磁性秩序すると報告されて

いるため,300 K 以下で反強磁性秩序による異常

が観測されなかったこととは符合する [6].

図 4(a)~(c)にそれぞれ A,Q1,Q2 の磁化の磁場

依存性を示す.図 4(a)の A では,225 K から 235 K

までは強磁性的な磁場依存性だが,240 K 以上に

おいて,ある磁場で磁化が増加するメタ磁性を示

した.温度上昇により,メタ磁性に必要な磁場は

増加した.反強磁性秩序相と考えられる 280 K に

a (Å) c (Å)

A 4.931 8.068

Q1 4.932 8.073

Q2 4.932 8.069

表1.Hf0.83Ta0.17Fe2の見積もった格子定数.

(a)

(b)

(c)

図 4.上から Hf0.83Ta0.17Fe2の(a)A,(b)Q1,

(c)Q2 の磁化の磁場依存性

図 3.Hf0.83Ta0.17Fe2の B=0.1 T での磁化の温度

依存性.赤丸が A,緑三角が Q1,青三角が Q2.

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おいても,0.1 T までの磁化の立ち上がりが鋭く,

1.5 emu/g ほどの値を示した.図 4(b)の Q1 でも,

210 K では一様強磁性の磁場依存性を示した.235

K になると,0.4 T で一旦上昇した後に緩やかに増

加し,1.0 T で再度折れ曲がりを示し,それ以上の

磁場では弱い増加を示した.Q1 では,270 K にお

いても,低磁場での磁化の増加が大きく,0.1 T で

4.2 emu/g ほどであった.図 4(c)の Q2 では,210 K

で強磁性,214 K では 0.1 T で折れ曲りを示した.

0.3 T からは急峻に磁化が増大し,飽和する傾向を

示した.Q2 でも,温度の上昇とともに,メタ磁性

に必要な磁場は増加した.255 K での低磁場での

磁場依存性から,0.1 T での磁化は 0.5 emu/g であ

り,他の 2 つの試料と比べると小さな値であった.

磁気エントロピー変化Sm は次のマクスウェル

の関係式から見積もった.

Δ𝑆m = ∫ (𝜕𝑀

𝜕𝑇)𝑑𝐵

𝐵

0

この式を下記のように近似する.

Δ𝑆m =1

𝑇2 − 𝑇1∫ [𝑀(𝑇2) − 𝑀(𝑇1)]𝑑𝐵𝐵

0

これは,様々な温度 Tiのもとで磁化 Mの磁場依存

性を測定し,磁場で積分すると,Smを求めること

ができることを示している.A,Q1,Q2 について,

図 4(a)~(c)から計算したSm の結果を図 5 に示す.

ピーク温度の位置は,磁場変化B=2 T,5 T とも

に,A で 248 K,Q1 で 238 K,Q2 で 217 K であっ

た.Q2 のSmの温度依存性は,一次転移物質に特

有なピークに対して非対称な温度依存性を示した.

また,ピーク値である|Sm|max は,B=2 T におい

て,Q2 の 6 J/kg K と一番大きく,A と Q1 は 5 J/kg

K であった.Q2 での値は,先行研究の 18 J/kg K

[8]と比べると 3 分の 1 であった.

磁化の磁場依存性において,A,Q1 では低磁場

でも磁化の立ち上がりを観測した.この磁化の上

昇は,試料中に強磁性である Fe 単体や HfFe2が含

まれていることを示唆する.Q1 は,磁化の温度依

存性に 2 つの異常を示した.これは,試料中の Ta

が不均一に分布しており,Ta 置換量の違う相がそ

れぞれ秩序化したことで,異常が 2 つ現れたと推

測される.一方,Q2 では,非常に鋭い磁化の異常

のみが観測された.このことは,Q1 での 1000 ℃,

3 日間から Q2 で 1100 ℃,7 日間と熱処理の温度

上昇と時間を増加させたことで Ta 元素がより均

一に分布したためだと考えられる.Q2 の磁化の低

磁場の磁場依存性においても立ち上がりが観測さ

れていないことから,Fe や HfFe2の量が少なくな

ったためだと考えられる.また,Q2 が A と Q1 よ

図 5.Hf0.83Ta0.17Fe2の磁気エントロピー変化の温度依存性.白抜きは磁場変化 2 T,塗りつぶしは 5 T.

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りも転移温度が低いのは,強磁性体の Fe や HfFe2

が減ったためではないかと考えられる.これまで

に,仕込み段階で Fe の量を増減させることで,磁

気熱量効果が大きくなる温度範囲を変えられると

いう報告があったが [9],今回の結果は,熱処理だ

けでも同様の効果が得られる可能性を示唆してい

る.熱処理前後での組成比や不純物相を同定,定

量分析するためにも,SEM-EDS などで元素分析を

行う必要がある.

まとめ

熱処理条件を変えた Hf0.83Ta0.17Fe2の磁性と磁気

熱量効果について調べた.磁気転移温度は A,Q1,

Q2 の順に低下し,Sm のピーク位置の温度も同様

に低下した.本研究で目標としていた室温よりも

温度は低いが,熱処理条件を変えることで,Smが

大きくなる温度を制御できることがわかった.ま

た,Q2の|Sm|maxが今回の試料で一番大きかった.

これは熱処理を高温・長時間行うことで,残存す

る Fe などが(Hf, Ta)Fe2相に固溶・均一化したため

だと考えられる.

謝辞

本研究は,高柳健次郎財団の助成を受けて実施

いたしました.共同実験者である石原憲氏,平岡

耕一教授に感謝いたします.また,MPMS を用い

た磁化測定では,愛媛大学理学部の小西健介准教

授,東京大学物性研究所の上床美也教授,郷地順

助教に協力いただきました.この場を借りて御礼

申し上げます.

参考文献

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