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『不都合な真実』における 環境主義と環境経済システムの視点 制御情報工学科 武内 佑允 指導教官:福屋 利信 1

『不都合な真実』における 環境主義と環境経済システムの視点 · 2013-02-22 · 参. 考文献 An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming

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『不都合な真実』における

環境主義と環境経済システムの視点

制御情報工学科 武内 佑允

指導教官:福屋 利信

1

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目次 序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 第1章 『不都合な真実』に至る道程:アメリカの自然と環境主義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第1節 アメリカの自然と社会、そして環境主義の芽生え 1)「新しい楽園」としてのアメリカと「アメリカン・アダム」 2)アメリカン・ドリームの原型 3)産業主義の台頭と自然と機械の織りなす中間的景観 4)アメリカン・ドリームの変質 5)アメリカン・ドリームの変質の具現者 6)緑色の世界から灰色の世界へ 7)高度経済成長にともなう加速度的環境破壊への意識の芽生え 第2節 環境保護運動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 1)アースデイ 2)アースデイ以後 3)環境法と経済成長 4)第三の波の台頭と戦略 5)第三の波に対する批判 6)環境運動の成果と課題 第3節 環境経済システムの構築 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 1)新しい環境と経済の関係 2)サービサイジングというビジネスモデル 3)サービサイジングの具体的事例 4)ものづくりの企業が「ものを売らない」ビジネスへ 第2章 『不都合な真実』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 第1節 誕生の背景 第2節 環境文学の視点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 1)Henry D. Thoreau の影響 2)Rachel Carson の影響 3)Bob Dylan の影響 第3節 『不都合な真実』の発するメッセージ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36

1)Al Gore の環境運動 2) 地球温暖化の原理 3) 地球温暖化の影響

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第4節 環境経済の視点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 1)地球温暖化に対する誤解 2)地球環境と経済の新しい関係 3)環境によいものが売れる時代 第3章 Think Globally Act Locally ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 第1節 宇部市の環境対策 第2節 温室効果ガス測定(宇部市各所) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50第3節 地域の地球温暖化防止応援キャンペーン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55

結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58

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序論

今日まで世界の環境主義(ecologism)をリードしてきたのは、他に類を見ない規模とスピ

ードで自然を破壊する一方で、常に自然との共存の可能性を模索してきたアメリカである。そ

してその模索は、広大なる大地の存在ゆえの土地所有への願望こそが、大洋を越えて、あら

ゆる生活の場から人々を移住せしめたアメリカが抱えざるを得なかった宿命的課題であった。

フロンティア・ラインの西漸は、とりもなおさず、厳しい自然と人間との闘いであり、機械は、弱

い人間が自然と対峙する際、持たざるを得なかった文明の力であった。

アメリカにおいて加速度的に環境破壊が進んだのは、第二次世界大戦(1941-45)後か

ら1960年代にかけての高度成長期である。環境思想学者の Anna Bramwell は、「高度経済

成長がもたらしてくれた消費文化を享受するのに忙しかった社会のメインストリームは、その

間、環境主義にはほとんど耳を傾けなかった」(Bramwell, 2)と指摘している。環境破壊が強く

意識され、それを食い止めようとする環境主義が世の注目を集めるには、1970年代の到来

を待たなければならなかった。その頃には、アメリカ中で大勢の人々が環境汚染・環境破壊

に怒りを表し、人類を生態的な終末に引き込む力に抵抗しようとする運動が起こっていた。

1970年に第一回アースデイが開催されたことは、アメリカ式物質主義の生活様式に対して

深い疑念が大衆レベルにまで広がっていたことを意味していた。

環境主義の論理的支柱はエコクリティシズム(ecological criticism)が担った。それは、従

来のディスクール(文章化されたものすべてを指す言葉)と社会の意味のネットワークを、ディ

スクールと社会の成立基盤である自然と土地にまで広げ、エコロジーの生命のネットワーク

原理を文学批評のコンセプトとする地球時代の新しい批評論である。

エコクリティシズムは、Henry David Thoreau(代表作『森の生活』1854)の生み出した科

学的ディスクールと詩的語りの結合をモデルにした散文ジャンルを核とする。1995年に出版

された Lawrence Buell の『エコロジカルな想像力 -- ソロー、ネイチャーライティングとアメリ

カ文化の形成』は、エコクリティシズムを「文学と環境の関係を環境保護主義者の主張にコミ

ットする精神で研究すること」(Buell, 65)と定義している。

Henry D. Thoreau

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環境保護運動やエコクリティシズムといった環境主義に根ざしたアプローチに対して、最

近で

マネジ

メント

は、これまで環境主義とは二項対立を成すと考えられてきた産業主義の側においても環

境への配慮がなされるようになってきた。環境にやさしい科学技術、すなわち環境工学

(ecological engineering)という概念が生まれたのである。これは、1970年代にアメリカで目

をふいた環境主義が世界的に大きな広がりをみせ、環境保護法の成立が契機となって、世

の工学者たちに環境意識を芽生えさせ、ひいては産業界に環境保護の大切さを浸透せしめ

たゆえである。この流れをさらに推進して行くうえで必要不可欠なものとして、最近では環境

経済システムの構築が叫ばれている。人類の適切な経済発展を前提とするなら、環境保護

運動も経済マインドを持たなければ継続性(sustainability)を維持できないであろう。

本研究の目的は、上記のような環境主義、環境工学の延長線上に生まれた環境

という概念を正確に把握し、話題の書 Al Gore の『不都合な真実』に脈打つ環境文学の

流れと環境経済マインドを検証しようとするものである。研究手法としては、まず『不都合な真

実』が生まれたアメリカの文学的あるいは社会的背景を探る。次に、有効な環境経済システ

ムの構築こそが、現在の経済発展を妨げることなく地球環境を整えるというスキームにとって、

最重要課題であることを主張する。その具体例としては、サービサイジングという新しいビジ

ネスモデルを提示する。そして、『不都合な真実』に存在する環境文学と環境経済の視点を指

摘し、『不都合な真実』の中に描かれた環境主義の正統性を指摘する。加えて、Gore の精神

の実践例として、宇部市の地球温暖化対策の実情を紹介し、その効果を実際のデータ観測

をまじえて解析する。

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参考文献

An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming and What We

Tokyo: The Sakai Agency, 2006.

ods. London: David Publishers Ltd., 1992.

998)

用文献

Anna. Ecology in the Twentieth Century. New Haven: Yale University Press, 1989.

Cambridge: Harvard University Press, 1995.

Gore, Al.

Can Do About It.

Thoreau, Henry David. Walden, Or Life in the Wo

ハロルド・フロム他著 伊藤詔子他訳 『緑の文学批評:エコクリティシズム』 (松柏社、

1

Bramwell,

Buell, Lawrence. The Environmental Imagination: Thoreau, Nature Writings and the

Formation of American Culture.

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第1章 『不都合な真実』に至る道程 : アメリカの自然と環境主義

17世紀のヨーロッパ人や、その子孫であるアメリカ人がアメリカに抱いていたのは、輝か

カは、「創世記」のエデンをもう一度

手に

が開かれた。当然ながらヨーロ

ッパ人の心は期待で夢中になった。まだ無垢の半球を目のあたりにして、ベルギ

、旧世界の飢えた者たちを満足させるのに十分な自然を有する夢の楽

だったのである。そしてその夢の歴史は、アメリカのフロンティア・ラインを東から西へと押し

到着したマサチューセッツ植民地の

人々

ングランドの二つの植民地のほうが神話化したのは、

その

第1節:アメリカの自然と社会、そして環境主義の芽生え

1) 「新しい楽園」としてのアメリカと「アメリカン・アダム」

しい楽園のイメージであったろう。新たに発見されたアメリ

入れ、新しくて損なわれていない理想の田園を現実のものとしようとしたのであった。そし

て、その崇高な行為を遂行していく自分たちを「アメリカン・アダム」と呼んだ。Leo Marx は著

書『楽園と機械文明』(1967)に以下のように書いている。

新鮮な緑の風景のなかで、新しい生活への広い扉

ウスの田園詩が描いた幻想の姿を、現実にできるのではないかと思った。

(Marx, 25)

このように、アメリカは

進めていった開拓者たちの辿った道筋と同義であった。

1620年にメイフラワー号でプリマスに移住してきたピルグリム・ファーザーズや、十年後

の1630年に英国王からの特許状を携えてセーレムに

が、アメリカの開拓者の始祖である。彼らは、ヨーロッパで始められた宗教改革をニュー・

イングランドで継続しようとしたピューリタンたちであり、自分たちの移住経験を聖書に出てく

るカナンの定住になぞらえ、荒野の中に神の国を建設しようとした。さらに、こうした宗教的使

命を帯びた彼らの行為は、「聖書に基づく国家」(Bible Commonwealth)を目標に掲げることに

よって一層神聖化されるに至った。ヨーロッパのような歴史を持たないゆえに、根拠となる「過

去」を自己創造しなければならなかったアメリカにおいては、荒野を耕す自分たちアメリカ人を

「新しいアダム」に見立て、「新しいエルサレム」を作ろうとし始めた出発点を「アメリカの過去」

に仕立てる必要があったと言えよう。

アメリカの植民地開設ということに関していえば、1607年のヴァージニアのジェームス

タウンのほうが先であるが、ニュー・イ

地方の厳しい気候と環境が、自己を厳しく律して神に奉仕していこうとするアメリカの宗

教精神に一致したためである。ヴァージニア植民地の植民者たちが夢見たものは、その温暖

な気候がもたらす豊かな自然のなかで快適な生活を送ることであった。彼らは原罪を犯す前

の無垢なアダムがひたすら快楽を求めて過ごした「エデンの園」のイメージを、太陽の光りの

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溢れるヴァージニアの地に投影させた。それに対して、ニュー・イングランドの植民者が目指

したものは、原罪を犯し楽園を追放された「新しいアダム」が、原罪を背負いつつ荒涼とした大

地の土(adamah: Adam の語源))を耕作して、人間と自然が調和した「新しい楽園」を築くこと

であった。

2) アメリカン・ドリームの原型

初期のアメリカの理想は、社会階層による差別も搾取もない新大陸で、ヨーロッパでは

りユートピアを築くことであった。この夢は、荒野と表現され

ること

リタ

。ピューリタンたちのユートピア建設の夢は、

ピル

める者と貧しい者との間に、ヨーロッパにおけるような隔たりは

ない。僅かな町を除けば、我々はノヴァ・スコシアからウエスト・フロリダまで土地の

「最も完全な社会」こそが、初期のアメリカの夢に他ならなかっ

。アメリカン・ドリームの原型は、巨万の富を少数の人たちが得ることではなく、額に汗して

農業国家としての「新しいエルサレム」建設が完成しつつあった一方で、1789年から

不可能な自由・平等の社会、つま

の多いアメリカの厳しい自然環境、財と呼べるものをほとんど持ち込んでこなかった移

住者たちの経済状況などを考えると、容易に成就できなかったと思われる。しかし、Max

Weber(1864-1920)が The Protestant Ethic and The Spirits of Capitalism (1930) に指摘して

いるように、「魂の救済を得ようとして勤労・節約に励み、神の国の建設を目指したピュー

ニズムの慎ましやかな経済倫理は、皮肉にも富の蓄積を可能にして、ある意味では消費を美

徳とする資本主義」(Weber, 9)を助長した。加えて、功利主義と合理主義を推進し、富への道

を説いた Benjamin Franklin (1706-90)がアメリカの啓蒙主義のチャンピオンになり、富を肯定

するアメリカ特有の精神が醸成されていった。

こうした精神性に支えられて、18世紀後半のアメリカに、やっと人と自然の力が結集した

「農園的楽園」と言える社会が出現するに至った

グリム・ファーザーズがプリマス植民地を開設しておよそ百年後にやっと実現したのであ

る。St. John Crèvecoeur は、この楽園を『あるアメリカの農夫からの手紙』(1782)のなかで、

以下のように紹介している。

ここアメリカでは、富

耕作者なのだ。……ここには、我々に重労働を強いり、我々を飢えさせたり、血を

流させたりする君主はいないし、我々は世界で最も完全な社会に住んでいる。

(Crèvecoeur, 108)

ここでの農本主義を土台とした

耕作に努力した者なら例外なく土地を所有できるという小市民的公平性を基盤としていた。そ

してそれを可能にしてくれていたのは、土地の供給源としてのフロンティアの存在と、違った宗

教や文化が混在する多様性を受け入れる社会体制であった。

3) 産業主義の台頭と自然と機械の織りなす中間的景観

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1861年にかけてのアメリカ産業革命が機械化を促進し、次第に小規模農業の成立を不可

能に

であり、力の用具であり、速力であり、

音で

さらに、M. de Tocquevill 1840)のなかで、機械が

たらした文化について、次のような卓越した洞察力を披露している。

関車はその完全な象徴である。なぜならその意味は詩人によって付加される必要

していった。それでもアメリカ合衆国第三代大統領 Thomas Jefferson(在任期間 1801-

1809)は、自然と機械はバランスをとりつつ調和していけると考えていた。彼は機械を、アメリ

カの荒野を農業と工業が融和する中間的景観社会に変え得るものとして位置づけたのであ

る。その楽天的過ぎるくらいの農本主義の根底には、経済的道徳的中心としての土地に対す

る信頼の強さがあった。彼が機械を田園的理想に対する脅威とみなかったのには、それなり

の時代背景があった。一つには、当時、変化の使者としてのテクノロジーという概念がほとん

ど存在しなかったことがあげられよう。ハーバード大学の教授 Jacob Bigelow は、「今日我々

が産業主義と呼ぶものの特徴は、そのころすでに現われていたが、それを表す言葉もなけれ

ば、それが完全に新しい生活様式を生むという考えもなかった」(Bigelow, 223)としている。テ

クノロジーという言葉が生み出されたのは1829年のことであり、その言葉がアメリカ社会に

いきわたるまでには、いま少し時間が必要であった。

1830年代に入ると、機械は急速に大衆の心を捉えるようになっていった。それに拍車を

かけたのが鉄道の発達であった。それは時代の代表

あり、火であり、鉄であり、煙であった。鉄道計画、鉄道事故、鉄道の利潤、鉄道の速力

についての記事が新聞紙上をうめた。鉄道は魅惑的なテーマとなり、歌に、政治家の演説に、

そしてノン・フィクションあるいはフィクションとして雑誌に取り上げられた。鉄道は、機械文明

の化身であった。Charles Caldwell は、『鉄道の道徳的影響とその他の間接的影響』(1832)の

なかで、鉄道の発達によって、「将来アメリカ人は、都市の知識、洗練、優雅と、田舎の美徳

および純粋性とを結合してあわせもつであろう」(Caldwell, 300)と述べ、機械と自然、都市と田

舎との間の前例のない調和を予言している。

自然と機械文明が織りなす中間風景

e は、『アメリカにおけるデモクラシー』(

機械技術は、そのメッセージを直接的に、もったいぶらず、言葉もなしに伝える。機

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がなく、その物的属性に内存するからである。景観のなかに強力な能率的な機械

を見ることは、現在の過去に対する優越性を知ることである。(Tocqueville, 148)

で武装することによって、いまや自然と機械の共存という新たなる夢を実現できると思われ

だ」

(福屋

脈々

1890年の国勢調査によってフロンティアの消滅 たとき、万人の努力に報い

る土地供給が不可 失われてしまった。それと同時に、

の延長線上にあった自然と機械 観も束の間の夢のごとく消え去って

いった。アメリカとアメリカ人は、無尽蔵と思われたアメリカの自然の豊かさを賞味し尽くしてい

このような機械文明に対する賞賛は、人類の止むことなき進歩に対する信仰を結果的に是認

するものであった。機械は、フロンティアと同様、無産階級の増大を食い止め、彼らに民主的

な平等主義をもたらすものとして位置づけられたのである。アメリカは、この新しい文明の

た。実際、当時のアメリカの工業化は、脱農業化を意味せず、工業と農業との相互市場化を

通じて、農業自体の拡大発展をともなっていた。19世紀中葉のアメリカは、18世紀にほぼ完

成した理想の農業国家から農工業国家へと発展を遂げようとしていたのであった。

当時のアメリカ人たちは、「自分たちの将来に対して無限の可能性を感じることができ、

すべてが上昇線を描いていた時代から生まれた自信に満ちた精神風土を形成していた。そし

てその精神性は、文学の世界にも反映された。人間の力を最大限に評価しようとするロマン

ティシズムは、人間は神の位置まで一気に超越できるとしたアメリカ超越主義を生ん

151)。代表的な存在である Ralph Waldo Emerson(1803-82)は、「自分の性質に従っ

ているもののみが正しく、そうでないものは間違っている。人間はどんなに反対にあっても、自

分を信じて行動するべきだ」(Emerson, 50)という「自己信頼」(Self-Reliance)の精神を説いた。

この Emerson の精神は、現在でもアメリカ人のなかで、アメリカ的個人主義の原型として

と受け継がれている。しかし、より現実的な観点から言えば、そのような個人の理想と社会の

理想とを同時に夢見ることができたのは、19世紀中葉から末期までの半世紀にも満たない

短い時間であった。

Ralph Waldo Emerson

が告げられ

能になり、「最も完全な社会」の公平性は

そ とが融合した中間的景

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たの

、土地所有への高い実現性を前提としたものであっただけに、フロンティアという

地の供給源が絶たれるとともに社会の主流からすべり落ちてしまった。それと時を同じくし

部へと方向転換していった。1920年の国勢調査では、初め

て都

そが、唯一のアメリカの夢の後継者であり、

アメリ

ム」の追及の試みの「偉

さ」と「愚かさ」(本来 "great" という言葉は、この二つの意味を両義性として持っている)を

変遷を読み解くテクストとしては、最も優れたもの

の一

である。それ以降20世紀のアメリカの夢は、自然のなかではなく、発展し始めた産業社

会の富が集約された都市のなかで求められることになる。建国以来約一世紀以上もの間、絶

え間なく大地と恋をしてきたアメリカ人たちは、今度は抜きさしならぬ機械との恋に落ちていく

のである。

4) アメリカン・ドリームの変質

Franklin が提唱した、富の獲得が社会への貢献につながるべきであるとしたアメリカ独自

の道徳性は

て、人の流れは地方部から都市

市部の人口が地方部のそれを上回ったことが明らかにされた。そして、産業革命によっ

て工業化されたアメリカの都市部においては、有機的な土地が生み出した作物に代わって、

無機的な機械が作り出した数々の製品が人々の暮らしを支配するようになり、「アメリカン・ド

リーム」は、物質的成功の夢へと変質していった。

当然のことながら、限られた土地に多くの人間の暮す大都市では、この変質した「アメリ

カン・ドリーム」は、もはやかつてのように誰にでもかなう公平な夢ではあり得なかった。時の

経過とともに、より早くからアメリカにやってきて富を増大していたアングロ・サクソン系プロテ

スタント(White Anglo-Saxon Protestant=WASP)こ

カの精神を最も完全に具現化した理想的姿であるという排斥主義(nativism)が、アメリ

カの一般常識になっていた。既得権を守ろうとする WASP を頂点とし、アイルランドやイタリ

アからのカトリック系移民(non-WASP)をその下に位置づける白人間での階層社会が形成さ

れたのである。都市は、フロンティアには決して存在しなかった階層的ヒエラルキー、社会階

層意識と言ったものを誕生せしめた。そこでは、アングロ・サクソン系以外の階層にとってのア

メリカの夢は、非常に困難な、あるいは、一握りの例外的成功者のみが手にすることができる

夢へと完全に変質していた。その結果、失われたアメリカ的道徳性の代わりに、なりふりかま

わない競争心が前面に押し出されてくるのは必然であった。こうした競争型の社会にあって

は、自然と機械文明との調和を求める意識は急激に薄れていった。

5) アメリカン・ドリームの変質の具現者

アメリカ文学のキャノンとして確固たる評価を受けている F. Scott Fitzgerald の The

Great Gatsby (1925) は、主題が主人公 Gatsby の「アメリカン・ドリー

描いたものであるがゆえに、アメリカの夢の

つとなっている。

この作品は、1922年の春から1924年の秋にかけてのニューヨーク近郊に舞台設定が

なされている。Gatsby はそのとき31-2歳だったとされているので、生まれたのは1890年

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頃ということになる。すなわち、フロンティア消滅が宣言された年にほぼ一致する。これは作者

が意図したプロット上の仕掛けであったか否かに関わらず、象徴的かつ時代的意味を帯びて

いる

ル体操と壁磨き ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午前6:15-30

電気の勉強など ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午前7:15-8:15

・・・・・・・・・・・・・・・・午前8:30-午後4:30

5:00

一日おきに入浴すること

金すること

(Fitzgerald, 125)

間割と生活指針は、とても規則正しいものにな

祈り」よりも「勤労」であるとし、「勤労」により

こと

できる。加えて、Max Weber が「営利の追求を敵視するピューリタニズムの経済論は、実は

。幼い頃の Gatsby の心に、開拓者たちと同様の慎ましやかな生活態度や生きるうえでの

教訓、つまりフロンティア・スピリッツが存在したことは、彼の愛読書に記されていた日課表に

明らかである。

時間割

起床 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午前6:00

ダンベ

仕事 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

野球とスポーツ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午後4:30-

弁舌、身のこなしの練習とそれをものにする方法 ・・・・・・午後5:00-6:0

発明に必要な勉強 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午後7:00-9:00

決意一般

時間を無駄にしないこと

喫煙、噛みタバコは二度としないこと

週に一冊ためになる本を読むこと

週に5ドル[消して]3ドル貯

両親にもっと孝行すること

James Gatz(Gatsby の本名)少年の一日の時

っている。ここには、神に奉仕する最良の道は「

善をつむことが「富の道」につらなるとした Benjamin Franklin の道徳観の一端を垣間見る

ピューリタンの勤労・節約の精神によって富が自然に蓄積され、逆説的に資本主義につなが

る」(Weber, 12)と主張したときの「勤労・節約の精神」もうかがわれる。しかし、ピューリタン的

道徳心が富の蓄積につながっていたのは、勤労に対して公平な土地取得を可能にしていた

フロンティアが無尽蔵だと思われていた頃までのことである。1890年にフロンティアが消滅し

てからは、必ずしも勤労・節約が富の蓄積につながらなくなった。さらには、労働に対する搾

取が蔓延しつつあったゆえに、収入格差は広がる一方であった。

その時流を敏感に感じ取った Gatz 少年は、ピューリタン的勤労精神と決別する。彼は

時間割と生活指針を書き込んだ愛読書を実家に置き去り、自らを「神の子」(Fitzgerald, 95)と

称し、自らの観念によって、一気に社会の頂点を目指す 'Jay Gatsby' に変身していく。この

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自己創造には、Ralph Waldo Emerson の「自己信頼」と、底辺から頂上へ一気に駆け上ろうと

する

た当時の社会状況において、non-WASP の Gatsby にとっ

てそ

、「アメリカン・ドリー

ム」の

The Great Gatsby という作品の奥 のテクストとしても非常に有

効であり、その環境描写が巧みな点 る。例えば、初めてアメリカの自然を目の当

たりにしたヨーロッパ人の脅威と希 のような鮮やかかつスケールの大きな筆致で

られている。

超越主義の影響が色濃い。

Gatsby は自身の夢の場を大都会ニューヨークに求めるわけであるが、彼の中西部から

都市部への移住も、農村部より都市部の人口が上回ったアメリカの史実にあくまで忠実であ

る。加えて、Gatsby が成功の場を「暗黒社会」に求めざるを得なかった背景には、WASP が

支配者階層のほとんどを占めてい

こにしか夢の場が残っていなかった厳しい現実が存在していた。このように Gatsby の

夢の追求過程を綴った The Great Gatsby は、アメリカの夢とそれを実現しようとする場の変

遷、さらには、その変遷の原因となった社会史を包括しているのである。

また、Gatsby の追求した富は「けばけばしい世俗の美」(Fitzgerald, 129)と表現され、他

人を蹴落としてでも掴み取る強引さが必要不可欠な類の富であったとされている。Gatsby は、

体内に宿していた農村型の公平性を基盤とした「アメリカン・ドリームの原型」を捨て去り、都

市型競争社会での「新しいアメリカン・ドリーム」を追求したという意味で

変質の具現者であった。しかし、彼の求めた夢は、すでに WASP によって占められてい

た夢であり、叶う可能性のほとんどない挑戦であったところに、理想を追い求める「偉大さ」と

現実を直視できない「愚かさ」が混在する。

6) 緑色の世界から灰色の世界へ

深さは、エコクリティシズム

があげられ

望は、以下

その昔オランダの水夫たちの眼に前に開けたみずみずしい緑の胸のような新世界

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が、次第に意識に浮かんできた。……かつて人間の夢という夢のなかでも、最後

のそして最大の夢を、そっと小声で唆したのだ。移ろいゆく束の間、うっとりとして、

人間はこの大陸を目の前にして息をつめたに違いない。わかりもしないし、望みも

しない美的な観想に迫られて、脅威を感ずる能力と釣り合った何ものかと、歴史上

いた時代のアメリカへのノスタル

アもみごとに掬い取っている。

にずうっと拡がり、窓にキラキラし始めて、ウィスコンシンの小さい駅々のぼんやり

てくる。夕食をすませて、寒いデッキを戻ってきながら、そ

の空気を深く吸い込み、この地方でこそ、僕たちも水を得た魚のようになるのだと

われは概して、夢想家とは未

を読むことのできる人だと考えがちであるが、夢想家は実は過去を読むことができる人で

最後の対面をしたに違いない。(Fitzgerald, 225)

ここに描き出された大地の魅力に誘発されて、多くの人々がアメリカに移住してきた。アメリカ

合衆国の建国が、この豊かな自然を基盤としていることを、Fitzgerald は巧みな文体で伝えて

いる。

加えて、自然と機械とが織りなした中間的景観を呈して

汽車が駅を出て、冬の夜のなかへ向かって進み、雪らしい雪、僕たちの雪が身近

とした灯りが、汽車の傍らをすれ違うころともなると、鋭く荒々しく緊張したものが、

さっと空気のなかに入っ

いう、何ともいえない意識が生まれる。それが僕の中西部なのだ。一面の小麦畑

でもなく、大草原でもなく、青春時代の、胸もわくわくするような帰省の列車であり、

霜の降りた夜の街燈や橇のついた鈴であり、灯りのついた窓から雪の上に投げ出

された西洋柊の花輪の影がそうなのだ。(Ibid., 108)

自然と機械文明の象徴である鉄道が、中西部の人々の深層心理において無理なく融合して

いたことが推し量られる一節である。ここでの僕とは語り手の Nick であり、彼は中西部への

回帰指向を引きずっていたことがわかる。しかし Gatsby にとっての中西部は、戻るつもりなど

なく、もはや夢の場ではあり得なかった遠い過去であった。われ

あり、使い果たされたもの、物質として消滅してしまいもはや手にすることができないものをよ

く承知している人のことである。過去を熟知しているからこそ未来を夢見ることが可能なので

ある。このコンテクストにおいて、Gatsby はまさしく夢想家であった。

Gatsby は、過酷な現実社会のなかで夢を追いかけていた。都市は一握りの成功者と大

多数の失敗者を生み出し、比喩的に言えば、失敗者の生活の場は、都市の富の創造に不可

欠の燃焼過程で排出された灰が溜まる場所に他ならなかった。そうした場所は、アメリカのあ

らゆる都市の周辺に無数に存在した。「灰の楽園」とも呼ぶべきおぞましい居住空間を

Fitzgerald は生々しく描写している。

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ウエスト・エッグとニューヨークのほぼ中間で、いきなり車道と鉄道が合して、

4分の1マイルほど並んで走っている。そのために、かなり広い土地ができている。

そこは灰の谷で、山の背や丘やグロテスクな庭に、灰が麦のように生えている異

様な農場である。そこでは家といい、煙突といい、立ち昇る煙まで、灰で包まれて

いる。そればかりではない。ずいぶんと及びもつかない努力の賜物だと思うが、人

て、成功の夢に敗れた場

、即座に戻ることを余儀なくされるリアルな場所であった。Gatsby は、そのリアリティを認識

7) 高 と

アメリカの目標からまった

はずされていた。1950年代からはじまった右肩上がりの経済成長のなかでも、行き過ぎた

かった。世界を一つの

機械

ジを読み取ることは容易である。

テレ

間まで灰でできていると言ってもいいくらいだ。(Ibid., 22)

「灰の谷」を見下ろすかのように、メガネをかけた眼科医の眼だけがデフォルメされた広告塔

が立っている。この不気味な広告塔は、機械を新たな神に仕立て上げた産業主義のメタファ

ーであると同時に、Henry Adams が「ダイナモ」(Adams, 5)と称した「機械の巨大な力」のメタ

ファーであった。この「灰の楽園」は、non-WASP の Gatsby にとっ

していない、あるいは認識できないふりをしたロマンティシストとして描かれている。ロマンティ

シストとは、過去と未来に生き現在を無視する傾向が強い存在である。

The Great Gatsby には、アメリカの原風景である緑の世界から人工の風景である灰色

の世界への景観の変遷が、その過程での中間的景観までも含みつつ、アレゴリカルなまでに

分かり易く提示されている。Gatsby の物語が、富の追求をメインテーマにしながらも、エコクリ

ティシズムのテクストでもある理由は、この意味においてである。

度成長に もなう加速度的環境破壊と環境への意識の芽生え

第一次世界大戦後の未曾有の好景気は、都市空間における夢の追求という「Gatsby 現

象」を生み落とし、アメリカ中に「灰の楽園」を現出せしめた。さらに第二次世界大戦後の高度

成長の初期、ずさんな楽天主義と物質主義のために、環境保護は

経済成長が生態系におよぼす危険を憂慮する意識は芽生えてはこな

とみなす「機械論」を拠所にして、人間は科学とテクノロジーの力で自然を征服でき、管

理できるのだと、アメリカ人は信じていたのであった。1960年代に入って初めて、環境保護

の必要性がやっと有識者の間で囁かれるようになってくる。それは、高度成長の裏で進行す

る環境破壊が、顕在化しつつあったことと無関係ではない。

1960年代はじめ、広告評議会(AC)が提供して全米で広く放映されたテレビ・コマーシ

ャルには、廃棄物の散らばる風景のなかをさまようインディアンが登場した。涙の一筋が彼の

頬をつたわる。ねらいははっきりしている。「コロンブスが新大陸へ辿り着いたとき、アメリカは

先住民族が暮す美しい土地だったのに、その土地は二世紀たらずの時間が経過したいま、

汚染されている。浄化をはじめるときがきた!」というメッセー

ビの視聴者は、住む家を汚し、大量の廃棄物をだす、過剰消費者の国ができてしまった

不都合な現実を突きつけられたのであった。

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この現実を文学の世界において描き出した作品が、Rachel Carson の『沈黙の春』

(Silent Spring, 1962)である。『沈黙の春』は、人類が地球資源を危険な速さで使い尽くしてい

ることを世に知らしめただけでなく、現代環境保護運動の議論の基礎を創始した本であると言

ってもよい。Carson は、一般大衆の想像力に潜んでいた科学の不吉なイメージに対して、新

しい側面を開示することに貢献した。彼女が描写するように、物理学は軍と結託して第二次

世界 業生

Carson は、大衆文化の き、街の伝道者、フォークシ

ンガー、ビート詩人の暗い予言を反 出した。その社会批

判は、最新 える場合、地球の容量

越えてしまうのではないかという懸念とむすびついているものだ。彼女の本は発売されるや

なやベストセラーになり、時のケネディー大統領はこれを国家の政策に対し重要な意味を

持つものとみなした(Brooks, 285; Graham, 51)。そして、1960年代初頭、ニューヨークのフォ

ーク

大戦を終結させる核爆弾を作り、農業科学は農業ビジネスと結託し、短期的には農

産物を増やすが、長期的には農業技術の進歩によって栄えた市民そのものの安全な環境を

脅かす化学製品を作り出した。「変化の急激さと新しい状態が創り出される速さは、自然のゆ

ったりしたペースというよりは、むしろ人間の激しく無思慮なペースの結果起こっている」

(Carson, 126)と彼女は警告している。その警告は、生物学者として200を超える論文を読破

した科学的根拠ゆえに、圧倒的な説得力を携えている。

Rachel Carson

土着的トーンにそって環境問題を描

響させつつ、一つの社会批判を生み

の科学的発見によって技術的に進化した文明の成長を支

・シーンのニューカマーの一人に過ぎなかった Bob Dylan は、『沈黙の春』のテーマを取

り上げてスターになり、1963年にはプロテストソング「ひどい雨が降りそうなんだ」をヒットさ

せた。

深い森の一番奥までいきたい

そこは手に何も持たない多くの人々があつまるところ

そこは毒が川にあふれ

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死刑執行人の顔が、いつもすっぽり隠されているところ

(中略) ひどい雨が降りそうなんだ

(Dylan)

環境への関心が高まる 分的ながら、環境という新

しい価値がしだいに認識され、 うになった。60年代の対抗文化

(counterculture)の影響を受けた若 園共同体をつくって、自然へ戻る道を模索し

た。その試みはほとんど失敗したけ 刺激を反映して、環境を無視し傷

ける物質重視の生活様式を拒否する人々が増加していった。それが、70年代の本格的な

境主義と環境保護運動へつながってい 。

Bob Dylan

と、生活の場の選び方に関しても、部

緑との共存が優先されるよ

者たちが、田

れども、彼らから受けた

環 くのである

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参考文献

Carson, Rachel. Silent Spring. New York: Houghton, 1962.

Franklin, Benjamin. The Way to Wealth and Works of Wisdom from Benjamin Franklin’s Poor

ed. Nathan G. Goodman, The Franklin Institute, 1938.

Fukuya, Toshinobu. Self-Reliance in Gatsby. Tokyo: Keio University Press, 1997.

Adams, Henry. The Education of Henry Adams. Boston: Houghton Mifflin, 1946.

Bigelow, Jacob. Elements of Technology, Boston: Bantam Book, 1948.

aul. Speaking for Nature: How Literary Naturalists from Henry Thoreau to Rachel

San Francisco: Sierra Club, 1980.

Caldwell, Charles. “Thoughts on the Moral and Other Indirect Influences of Rail-Roads,”

N

Emerson, Ralph Waldo. “Self-Reliance,” in The Complete Works of Ralph Waldo Emerson

Fitzgerald, F. Scott. The Great Gatsby. New York: Charles Scribner’s Sons, 1925.

Graham, Frank, Jr. Since Silent Spring. Boston: Houghton, 1970.

den: Technology and the Pastoral Ideal in America. New

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Richard’s Almanack,

引用文献

Brooks, P

Carson Have Shaped America.

ew England Magazine, Ⅱ(April, 1832).

Crèvecoeur, J. H. St. John. Letters from an American Farmer. New York: Dolphin Books,

1782.

Dylan, Bob. "A Hard Rain's A Gonna Fall." New York: Knopf, 1973.

2nd ed. New York: AMS Press, 1979.

Marx, Leo. The Machine in the Gar

Y

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“M. de Tocqueville on Democracy in America,” Edinburgh Review, October, 1840.

Weber, Max. The Protestant Ethic and Spirits of Capitalism. London: Unwin Paperbacks,

1930.

頼」(佛教大学英文学論集、1999) 福屋利信 「Gatsby のなかの自己信

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第2節 環境保護運動

) アースデイ

1970年4月22日、その日のアメリカでは、若者を主として2千万人もの人々が、街路や

学構内、水辺や広場、政府と地方政府の前に集い、環境の現状への危機感と不安を表明

るデモを繰り広げた。その日はアースデイと命名された。現在世界各地で繰り広げられて

ーブメントの起源であり、地球規模の環境革命が始まった記念日

あった。アースデイの全米組織者だった Denis Hayes は、ずっとあとの会合で、アースデイ

れたデモとして人間の歴史上、最大級のものだったという意味のことを言っ

てい

長らく環境を軽視してきたア いかかった恐怖が、アースデイを機に

して、新しい政治エネルギーに凝 イの以前と以後には、大きな変化が

見られた。アースデイを基軸にした変 法律、経済、企業、科学、政治、

教育、宗教、ジャーナリズ 資源を守るなど、

球を救うための社会諸制度を生み出していく。ゆえに2千万人のアースデイ・デモの参加者

を「環境十字軍」と呼んだ当時の高揚も、大袈裟とのそしりを受けることはないであろう。

ys

いる一連のアースデイ・ム

のデモは、組織さ

る。歴史上の最大の行事であったか否かはともかく、全米の人々が結集して、自然と人

間との関係への不安を表明したという点で、かつてこれほど大きなデモはなかった。

Denis Hayes

メリカの民衆の心に襲

縮し始めた。アースデ

化のうねりは、アメリカの

ムの根底にまで及び、汚染を減らし、共有の自然

アースデイ前後の環境運動を指揮したのは、主に法科大学院生たちであった。Denis

Hayes はハーバード大学の法科大学院生であったし、自然資源防衛評議会(NRDC)を立ち

上げた Richard Ayres はエール大学の法科大学院生であった。そして、彼らの運動を資金

面や政治的側面から支援したのが、アメリカ民主党上院議員の Gaylord Nelson であった。彼

は、Aldo Leopold の『野生のうたが聞こえる』(A Sad County Almanac, 1948)や Rachel

Carson の『沈黙の春』を読んでいた政治家であったという。

では、なぜ当時の環境運動が大学を基点にしたのだろうか。その答えは、Samuel Ha

の Beauty, Health, and Permanence: Environmental Politics in the United States, 1955-1985

(1985)のなかに見出される。

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第二次世界大戦後に豊かさを増したアメリカ人の間に「新しい価値観」が生ま

れた。戦前にくらべて余暇が増え教育水準も高くなって、人々は現代産業の与えて

な環境運動のなかで小さなこ

カ人の間に生まれた新しい価値観」とは、もっと厳密に言えば、

存の価値観に取って代

る新しい価値観の総体が対抗文化と呼ばれたものであった。

の抗議行動様式は、公民権

動の指導者 Martin Luther King, Jr. 牧師とその協力者たちがこの国で初めて行った非暴

範とした。

シェラ・クラブは、法廷を 基金を作った。環境

のための行動隊(EA (汚染企業12社)にとっ

離した環境政策研究所(FPI)は、

このように「緑」の組織 済学

・組織者・資金提供者・著述家・政治活動家を増やして、政府の決断に影響をおよぼすよう

にな

くれるものとは違う「心地よさ」を求めた。これは多様

とかも知れないが、じつは大切な意味がある。(Hays, 25)

ここでHaysが言っている「アメリ

アメリカの大学生の間に生まれた価値観と言える。「戦後のベビーブーマーたちが高度成長

の恩恵で大挙して大学に進むようになり、そこで受けた高等教育をもとに、既存の体制がつく

りだした政治機構や思想・文化を拒否し、自分たちの価値観でアメリカ社会の流れを先導して

いこうとする動きが起こっていた」(福屋, 23)のである。そして、その既

2) アースデイ以後

アースデイの余波として、グリーンピースのような新しい環境主義組織が現われて、その

鋭い社会感覚を自然界への関心に結びつけた。グリーンピースの人々は、核実験に干渉す

るため小船で海にのりだして、捕鯨船につきあたり、それがもとで団体の活動範囲は海の生

きものをはじめ、いろいろな自然界を守ることへと広がった。彼ら

力による抵抗の戦術を

グリーンピースがとらえた大気汚染の映像

とおして目標を実現するために、法廷弁護

)は、最悪の公害企業である「ダーティ・ダズン」

て無視できない有権者団体となった。地球の友(FE)から分

環境問題に関する政策を提案し、ロビー活動を行った。

は、しだいに専門性の高い法律家やロビイスト・科学者・経

った。控えめではあったけれど、環境主義者たちは、法律制定の過程そのものに手をひ

ろげて、産業ロビイストと張りあった。環境主義者のもつ資金と動員できる人数はとても法人

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には及ばなかったにしても、もはや企業や経営者はワシントンを独り占めできなくなった。緑

の活動家は、マスメディアの共感と注目を浴びるようになり、それによってアメリカ大衆の広い

支持

5兆ドル経済のなかでもかなりの金額だと言える。未来資

研究所(RF)によると、1980年代の末、アメリカでは50万人から100万人、すなわちアメ

%から1.0%が公害管理企業に雇われていた。

であり、ついで石

炭・製

告し、Russell Train は、「環境主義がビジ

ネス

こへきて、一段と

業化したのである。

義全米団体は、産業の用いる大規模な宣伝技術を活動のな

かに取り入れるようになった。ほとんどすべての団体が広報担当の専門職員を抱え、広報部

という強い味方を勝取った。

3) 環境法と経済成長

アースデイ革命は事実上、全米の経済をあらゆる面で変えている。いちばんはっきりし

た変化は、1970年代に次々に成立した環境法の影響で、汚染管理という新事業が生まれ

てきたことである。アメリカで公害規制計画を実現するために直接かかった総費用は、1992

年で1250億ドルであった。これは

リカの労働力人口の0.5

反面、公害の規制に巨額の資本が使われて、アメリカの経済成長が多少とも鈍ったこと

は否めない。ハーバード大学経済研究所が報告した研究によると、公害規制は資本投資を

吸収して、経済成長に有意な減少をおこしている。公害規制計画を進め資本金が流用された

ことで、1974年から1985年まで、アメリカの国民総生産は、予想値より年率平均で0.2%

ほど低くなった。公害発生産業は、環境各法からはっきりした影響を受け、最大の資金を規制

がらみの技術開発に投入しなければならなかった。その第一が自動車産業

鋼・化学工業であったと、報告されている。

しかし、アースデイ以後、年とともに政府も産業界も、経済成長を長期にわたって続ける

には、環境の防衛は邪魔どころか、どうしても必要であると気づくようになった。財界も産業界

も、「環境規制」は、アメリカで事業を行えば、必ずつきまとう問題だと理解した。企業は、自分

を環境にとって良い市民とみられたいと感じるようになり、環境規制に対し、露骨な抵抗など

はしなくなった。ハーバード大学ケネディ研究所は、多くの企業が環境を重んじる行動をとるこ

とを第一とした企業文化を身につけている現状を報

社会全体にわたり制度化されるに至った」(Train, 44)と分析している。

4) 第三の波の台頭と戦略

1960年代の対抗文化の自然保護精神を第一の波とし、1970年のアースデイに始ま

った戦闘的な活動を第二の波として、1990年代に入って、第三の波が出現していた。この第

三の波は、多くの点で以前よりも現実的で専門的になっていて、目標を達成するためには、

政治経済的勢力と協調するほうへ傾きさえもする。環境主義者の主流は、こ

1990年代、多くの環境主

門さえ開設したところもあった。環境保護有権者連盟(LCV)やシエラ・クラブ政治活動委員会

などは、選挙では立候補者を推薦し、多額の資金を使う。ロック歌手や映画スターを環境キャ

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ンペーンのアイコンに仕立てることが常套手段となった。エンター・テイメント業界もこの流れ

に反応し、「ライブ・エイド」をはじめとする各種のチャリティー・コンサートを開催した。

環境防衛基金(EDF)理事長 は、「進歩をこばむ勢力の益々巧妙になる

る」(Krupp, 27)と語っている。Krupp は精力的な、学者風の若者で、アースデイの頃には高

校生だったが、第三の波の旗手へと成長していた。

らに興味をひく傾向として、いくつもの環境主義団体が、企業向けに経済的な誘導策

(マーケティング・インセンティブ)を提唱し始めたことがあげられる。例えば環境防衛基金

(EDF)は、Krupp のもとで、酸性雨の原因物質の排出を減らした企業は報償クレジットを受

け取

5)

シエラ・クラブを離れた Douglas Scott は、「私は第三の波をあまり信用していない。あれ

なれるという考え方なのだ。しかし、そう思える時期を待ってい

たら環境の悪化はどんどん進んでしまうのだ」(Scott, 67)と明言している。急進的なディープ・

33)と苦言を呈している。

ライブ・エイド・1990

Frederic Krupp

反応に対抗するため、環境運動は科学者や技術者やエコノミストをさらに多数必要としてい

る、という制度を工夫した。そしてそれは、法案のなかに組み入れられ法律の一部となっ

た。環境悪化に対抗するため、公然と市場方式を受け入れようとする考え方が、環境主義の

主流のなかにも出てきたのである。

第三の波に対する批判

古くからの環境主義者のなかには、第三の波の進路に危惧の念を抱く人々がいる。第

三の波以後の環境団体は、プロ化してしまい、アースデイのあとに続いた運動に見られたよう

な、使命感に裏打ちされた熱情と誠意を失ってはいないか。環境主義が一つの出世手段にな

って、幹部は、企業経営者や政府高官など、本来は戦うべき相手と似てきたのではないか。

こうした批判は、随所に見受けられる

は、産業主義の人間と友人に

エコロジーに根ざした、激しい行動主義をとる団体であるアース・ファーストの創立者 David

Forman は、「第三の波の連中は、経済的妥当性を認めるあまり、商売人の役を演じている

にすぎない。産業主義のロビイストが環境主義のためにお膳立てした政治的な妥協などに連

らなるのはやめるべきである」(Forman,

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6) 環境運動の成果と課題

Making Peace with the Pla 現状を綿密に分析したうえで、

に移された。ところがそ

結果、努力は成功したとは言いがたい。統計上から見ても、環境の質を回復しようとした大

帰している事実がまぎれもなく存在する。

の要求に対して

今は、そんなこと

環境主義者の言うことも、政府環境局の言うことも、どちらも正当性を持つ。しかし、相反

20世紀中葉に芽をふき、いろんな闘争と粘り強い交渉を繰り返してきた環境運動は、果

たして成果をあげたと言い切れるのだろうか。アースデイから20年もたった1990年の著書

net で Barry Commoner は、環境の

これに正確に答えるのは「なかなか難しい」(Commoner, 6)と書いている。

議会は環境の改善を要求した。環境保護庁は環境目標を達成しようと、念を入れて細部

まで工夫をこらした。決まったことはたいてい、少なくとも一部は実行

がかりな政府の努力が失敗に

しかし一方で、環境局長官も努めた Ruckelshous は、バーモント州の環境団体を前にし

て、国民に次のように考えて欲しいと訴えている。

もしも国家権力が安逸をむさぼり続け、1960年代末期の社会

何の反応も示していなかったらどうなっていたか。いま手にしている環境改善など

望むべくもなく、大きな破壊を経験していたはずであり、もっと住みにくい社会にな

っていたはずである。1960年代にすでに汚れきっていた多くの河川は、油脂を大

量に含んでいたので、マッチで火がついたかも知れない。しかし

はない。(National Geographic, March, 1990, 63)

する両者の間にも、環境対策はいまだ最善の戦略を見出せないでいるという共通認識は存

在する。環境問題への取り組み方は、いまだ試行錯誤のなかである。そして、解決されるべ

き課題は山ずみなのである。

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参考文献

引用文献

Commoner, Barry. Making Peace with the Planet. London: Pantheon Books, 1994.

an, David. The Wealth Creators New York: New Holland Publishers Ltd, 1998.

Hays, Samuel. Beauty, Health, and Permanence: Environmental Politics in the United States,

ambridge University Press, 1985.

Krupp, Frederic. Designing with Nature to Protect the Environment. New York: Johnson

Scott, Douglas. Greenhouse Effect and Sea Level Rise. New York: Van Nostrand Reinhold,

福屋利信、「The Greening of America における対抗文化の意識とロック・ミュージック」、

『ヘ (日本ソロー学会、2002)

アラン・ドレングソン 『ディープ・エコロジー:生き方から考える環境の思想』 (昭和堂、

2001)

Form

Cambridge: C

Books, 1994.

National Geographic, March. 1990.

Train, Russell. Man’s Responsibility for Nature. New York: Charles Scribner’s Sons, 1974.

1984.

ンリー・ソロー研究論集第28号』

25

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第3節 環境経済システムの構築

20世紀の社会は、先進国が大量生産・大量消費による豊かさを享受した時代であり、

れによって地球温暖化を招く二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを大量に排出してきた

代とも言える。それを支えてきたのは、化石燃料の大量使用と科学技術の進歩であった。

かし21世紀は、太陽発電など自然エネルギーの活用や燃料電池の技術を進歩させて、化

燃料への依存を回避する脱化石燃料の時代とせざるを得ない。それによって、経済と環境

題を両立して豊かな社会を持続的に発展できるかどうかは、またはそういう社会を維持す

間の知恵にかかっている。

1)

しろ企業のイメージ・アッ

になり、さらに適切な条件下では するというのである。これらによって、

可能ではなかろう。

べきか否かは、人間の選択あるいは人

新しい環境と経済の関係

近年、複雑化かつグローバル化した環境問題の解決のためには、企業の新しいビジネ

スモデルが注目されている。環境に配慮した企業活動を行うと、一般的に、企業のコスト負担

になり、収益性が低下すると考えられる傾向にある。すなわち、環境保護は、企業に求められ

る倫理的あるいは道徳的責務というイメージがある。しかしながら、最新の研究では、環境に

配慮した経営(以後環境経営と記す)の効果を積極的に捉える主張が出てきている。つまり、

環境経営の実践は、企業にとっては必ずしもマイナスにはならず、む

プ 、イノベーションを促進

フォーマンスに貢献することも不企業の競争力が向上し、財務パ

すでに、欧米の企業では幾つかの実証結果が得られている。日本企業においても、環

境パフォーマンスの向上と財務パフォーマンスの向上は両立し、環境と経済の好循環を実現

する方向に向かいつつあることが示されている。環境経営は決して道義的な義務ではなく、

企業の最終的な目標である収益性向上に合致する可能性が模索されていると言える。

環境と経済のバランス

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2) サービサイジングというビジネスモデル

環境配慮と企業の競争力に同時に寄与するビジネスモデルの類型とは何であろうか。こ

の問いに対する答えの一つとして、近年、サービサイジングというビジネスモデルの革新に関

する概念が提唱されている。これは、簡単に言えば、製品を販売するビジネスから、顧客に提

供する機能を向上させたサービス提供のビジネスに変換するというイノベーションである。

メーカーから製品を購入する消費者は、必ずしもその製品自体が欲しいわけではない。

重要なのは、製品機能を得ることであるが、そのためには、必ずしも製品を購入する必要は

無い。この考え方に基づけば、企業や家庭の消費者は、洗濯機の変わりにクリーニングのサ

ービスを、複写機ではなくコピーのサービスを、自動車より移動のサービスを買っても良いこ

とになる。製品を購入する代わりに製品の機能を提供するサービスを利用する行動に転換す

ることで、グリーン経済が生み出される可能性が存在する。

3) サービサイジングの具体的事例

日本企業のサービサイジングの代表的事例として、松下電工の「あかり安心サービス」

が挙げられる。「あかり安心サービス」は、ビルの経営者を対象に「証明」という機能を保証す

るサービスである。

顧客が蛍光灯の所有権を有するのではなく、松下電工の代理店が、蛍光灯を取り付け

るサービスを提供している。単純であるが、顧客は、蛍光灯を購入するよりも初期コストが削

減できるだけでなく、適切な照明量により過剰な電気代を抑えることで、ランニングコストが低

減する。また、見落とされがちな効果であるが、発注・在庫管理・廃棄物管理が容易になり、

人件費やスペースコストの削減につながる。一方、松下電工側は蛍光灯の販売量は削減す

る可能性があるものの、他社との差別化を図ることができる。さらに、廃棄物管理が効率的に

なされるため、環境負荷低減にも貢献するイノベーションである。

従来、日本企 と考えられてきた。

しかし、今後は、本業 ルが競争優位の重

松下電工「あかり安心サービス」のシステム

業の環境対応というコスト負担だけで、利益に繋がらない

のビジネス形態を見直し、環境対応のビジネスモデ

要な源泉の一つとして捉えることが必要であろう。

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4) ものづくりの企業が「ものを売らない」ビジネスへ

松下電工電材マーケティング本部宮木正俊氏は、「あかり安心サービス」のビジネスコン

セプトの基本理念を以下のように語っている。

良質のものを作りお客様に安価で提供する。これが私たち松下グループの基本と

なるビジネスモデルです。けれども資源は枯渇するものであることを考えると、従来

のやり方では限界が見えているのも事実でした。そこで私は環境をテーマに選び、

る「あかり」ならば、それが可能ではない

提供し続けることができるのではない

この宮木氏が たビジネス・コンテンツは、社内でもかなりの抵抗にあったという。しかし、

第1回エコプロダクツ大賞エコサ たことから、環境に関心の

高い企業から注目を集め、現 が両立した独自の環境経済シ

ステムを構築している。

ものを売らないビジネス、つまりサービサイジングを指向しました。

サービサイジングを実現するためには、常にお客様に便宜を提供できるサービス

でなくてはなりません。生活の必需品であ

か、ランプそのものではなく、良質なあかりを

か。そう考えながら、「あかり安心サービス」のベースをつめて行ったのです。(宮木,

186-7)

宮木正俊氏

用意し

ービス部門で環境大臣賞を受賞し

在では、収益性と環境への配慮

28

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参考文献

淡路剛久・植田和弘・川本隆史・長谷川公一、『リーディングス環境:法・経済・政策』(有斐

閣、2006)

見目洋子・在間敬子、『環境コミュニケーションのダイナミズム:市場インセンティブと市民社

会への浸透』(白桃書房、2006)

山地憲治、『エネルギー・環境・経済システム論』(岩波書房、2006)

吉澤正、『環境マネジメントで考える』(日本規格協会、2005)

用文献

、「ものづくりの松下電工が『ものを売らない』ビジネスへ」、『環境会議2007年春

』(株式会社宣伝会議、2007)

宮木正俊

29

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第2章 『不都合な真実』

1節 誕生の背景

1962年、Rachel Carson の『沈黙の春』によって地球環境の危機が声高に叫ばれた。

境主義という概念がアメリカに芽生えたのは1960年代である。それは機械の神「ダイナ

」に支配された高度経済成長期の物質主義に対する精神主義からのアンチテーゼであっ

。1970年代、その環境主義 伴うようになり、社会的ムーブメ

トを創造するに至った。そしてそ るかたちで、環境破壊を進行さ

ている企業の側にも環境工 が生まれた。1990年代以降は、

ーケティング・インセンティブ

が数多く出てきた。加えて、環

への配慮と企業収益 環境経済システム

も多くな

こうした状況下、2006年、Al Gore の『不都合な真実』が世に出た。著者の元アメリカ副

大統

要な課題と言い切っている。それだけに、彼が

示し

た は環境保護運動という実践を

のムーブメントの力に押され

学という科学技術の一分野

の手法の一つとしてのマ

ての商取引をする団体

を融合させたエコプロダクツの開発を推進し始め、

ってきた。

環境保護運動は職業化され、環境保護

を駆使して、政府や企業と環境をめぐっ

の構築に取り組む企業

領は、1960年代、環境意識の高揚の息吹を肌で感じ、1970年代、環境保護運動に参

画した体験を持つ。そして、1990年代以降の職業化した環境プロパーとも価値観を共有で

きるスタンスにいる。さらに、政治家であるがゆえに、環境経済の動向にも精通している。この

ように、環境問題の第一線に常に身を置いてきた Gore の著書『不都合な真実』は、確かな知

識と豊富な経験に基づいているだけに、抜き差しならぬ「不都合な真実」を我々に突きつけて

くる。

しかし、『不都合な真実』は絶望の書ではない。「地球環境の再生に対して我々ができる

こと」とされた副題がそれを如実に物語っている。Gore は、産業経済活動と地球環境とは表

裏一体であることを強く主張し、地球環境の許容枠内で、「持続性のある発展」(sustainable

development)を遂げることが、人類の最も重

た地球環境への危惧と再生の道への指標は、21世紀の地球環境にとって、重要な意味

を持つ。

Al Gore

30

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第2

々の心の変化を描いて見せた。自然と共存していた頃の人々は自然の中に神を

感じていたが、農本主義から産業主義に移行したとき機械の中に神を見始めたことを

Thoreau は強調している。しかし Thoreau は、産業主義の行き過ぎを指摘したのみであって、

科学技術を否定したわけではない。19世紀の超越主義文学の始祖である Emerson が精神

性を重んじ哲学的であったのに対し、その後継者である Thoreau は、実践的であり、農業機

械の発達が自然と対峙する人間の道具であると認識していた。

Gore も、科学技術の進歩を認めつつ、21世紀の科学技術の行き過ぎを指摘し、それが

現在の地球環境の危機的状況をもたらしたと主張しているのである。

分たちの現在 将来に与える結果を無視するという要因

が加わって、文明と地球との関係が全く変わってしまった。私たちは地球の生態系

果、生態系の中で最ももろい部分がボロボロと崩れつつあ

を如実に物語っている。彼は、

地球

るように、たった一人

時の政府に反抗した行動派の文学者であった。

節 環境文学の視点

1) Henry D. Thoreau の影響

Al Gore の『不都合な真実』の中に、Henry David Thoreau の『森の生活』の影響を読み

ることは、容易くは無いが可能である。Thoreau は、産業革命の行き過ぎを指摘し、それがも

たらした人

技術革新に、自 の行動が

と衝突しており、その結

る。(Gore, 3)

ここには、かつて Thoreau がニュー・イングランドの開拓者たちに訴えた人間性の喪失に対す

る啓蒙主義を垣間見ることである。Gore は、Thoreau と同じく、現実を突きつける。それがたと

え人類にとって「不都合な真実」であってでもある。この正義感溢れる人道主義とは対照的に、

一変して、次のくだりでは、人道主義の行き過ぎにより、「科学が果たす役割が損なわれない

か」(ibid.)との懸念を述べている。加えて、Gore は、理念より行動の人である。「地球温暖化

に対して我々が行動に移せること」という副題が、何よりそのこと

温暖化に対するスライドを見せながらの講演を全米で展開するという粘り強い行動をと

ったのである。Thoreau も、その著書『市民の反抗』(1849)で描かれてい

講演をする Al Gore

31

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2) Rachel Carson の影響

Carson の影響については、以下のように Gore は直接言及している。

母が姉と私に Rachel Carson の名書『沈黙の春』を呼んでくれて以来、そして特

に Roger Level 教授から地球温暖化という考え方を初めて聞いて以来、私は常に、

人間が自然に与える影響をもっと理解しようと努力してきた。そして、公職在職中

は、その害のある影響を弱める ─ そして最終的にはなくす ─ 政策の実行に努

めてきた。(Ibid., 9)

arson は、農薬被害について特にこだわった。それは、彼女の大地への信頼と愛情ゆえで

森』(1995)にも、彼女の農本主義が鮮やかな文体で綴られてい

る。G ときのほうが好き

という。彼にも Carson 同様の大地への愛着が培われているのである。Carson の影響は、

次の文脈に

だ母は、大変感銘を受けた。母はそれから10~12日連続で

その本を夕食後に読み聞かせてくれた。姉と私は、ダイニングテーブルで母のそば

力を手にしている、ということだ。……

何年もの間ワシントンと農場のあるカーセッジの間を行ったり来たりして暮らす

気づかず、Rachel

い、夏とクリスマスごと

C

ある。その遺稿集『失われた

ore は都会で半分、田舎で半分過ごした経験を持ち、農場で過ごした

も明白である。

大地を大事にする義務を教えてくれたのは父だったが、地球は人間の及ぼす害

に脆いことを最初に教えたくれたのは母だった。私が14歳だった時、Rachel Carson

の『沈黙の春』を読ん

に座って耳を傾けた。このことをよく覚えているのは、母が読んで聞かせたいと言っ

た本は、後にも先にもこの Carson の本だけだったからだ。……

私が子どもの頃教わった「大切に守る」という基本的な教えに、『沈黙の春』は新

しい教えをつなげてくれた。人間文明は今や、過去には全くあり得なかった形で環

境を大きく傷つける

活には、確かにマイナス面もあった。しかし、私はそのおかげで、自然観 ─ ま

たは環境に対する考え方と呼んでもよい ─ が身についたと思っている。ずっと農

場で育っていたら、自然をもっと当然のごとく考えるようになっていただろう。しかし、

夏が終わるたびに自然から離れなくはならなかった私は、自然の不在から逆に自

然がよく理解でき、その比べようのないすばらしさをより深く理解するようになったの

だ。ずっと都会で育っていたら、自分の生活に欠けているものにも

Carson の警告を我がこととして倫理的に理解することもなかっただろう。

1976年に議員に選出されると、妻と私は、私が育てられたこの特徴あるやり方

で自分の子どもたちを育てることにした。大都市で学校に通

農場に帰るという暮らしを始めたのだった。(Ibid., 255)

32

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3) B

年代の

対抗 』には存在

する。

に投げ込むと、ナッシュビルからカリフォルニアへと、道々でキャンプをしながら、米

国横断の自動車

翌年は、私たちはまたシボレーを運転して、キャンプを回った。今度はコロラドの

探検だ。ディッパーと私はいつも同じように、戸外に行きたい、逃げ

対抗文化がいつ始まりいつ終わったかの議論は、Woodstock Census (1979)が詳細に調査

帰志向は、対抗文化を支えたヒッピーたちの基本理

がなくしたものを忘れてしまうことは別物だ。自分の個

両親は Gore に地球環境問題を熱心に伝えた

ob Dylan の影響

1948年生まれの Gore は現在59歳である。ベビーブーマー世代であり、1960

文化を実体験したと推察できる。それを立証してくれる文章が『不都合な真実

1971年、私がベトナムから戻ると、妻のディッパーと私は、テントとコールマン・

トーブ、ランタン、バックパックを二つ買った。そしてその荷物をシボレーのトランク

旅行をした。

ロッキー山脈の

出したい、自然のままの場所でスケジュールに縛られない時間を過ごしたいという

衝動を感じる。(Ibid., 55)

をしている。それによると、「対抗文化の始まりと終わりは、カレンダー上の特定の時間で区切

ることはできず、それは人々の心の問題だ」(Weiner & Stilman, 78)としている。そうすると、

Gore 夫妻が自動車旅行に出かけた1971年は、彼らにとって、まさに対抗文化のうねりの

中にいたと判断できる。なぜなら、自然回

念だったからである。それが彼らにとって「衝動的」であったところに、彼らのヒップ感覚を読み

取れる。それをさらに決定的にしているのが、以下の Gore の言葉である。

何かをなくすことと、自分

33

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人的な体験を一般化すべきではないかもしれない。しかし、私たちの文明は、自分

こでのヒッピーたちへの言及は、Gore が対抗文化の中にいたことを証明してくれている。そ

たちが何をなくしたかを今にも忘れそうになっているのではないかと思う。そしてそ

の次には、自分たちがそれをなくしてしまったことすら忘れそうである。その原因の

一つは、自然と親しく交わる機会を一度も持ったことがないことだろう。ヒッピーのた

わ言のように聞こえるかもしれないが、この国の自然のままの宝物を見て、生き返

った気持ちにならない人がいるなんてことは、絶対ありえないと思う。我々は、ヒッピ

ーたちの自然志向を思い出さなくてはならない。(Gore, 123)

うなると、時代のカリスマ的存在であり、対抗文化を牽引した Bob Dylan の影響を受けている

ことに疑いの余地はない。この時代の若者文化の渦中にいたものが、Dylan の影響を免れる

ということはあり得なかった。Dylan がどれほど対抗文化に影響を与えたかは、Richard Reich

が『緑色革命』(1970)の中で、「Bob Dylan は、時代の語り部であり、新しい意識の真の預言

者である」(Reich, 270)と説得力のある説明をしている。

キャンプ中の Gore 夫妻

34

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参考文献

Carson, Rachel. The Edge of the Sea. Boston: Houghton Mifflin, 1995.

Gore, Al. An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming and What We

Can Do About It. Tokyo: The Sakai Agency, 2006.

Lear, Linda, ed. Lost Wood: The Discovered Writing of Rachel Carson. Boston: Beacon

Press, 1998.

引用文献

Carson, Rachel. Silent Spring. New York: Houghton, 1962.

Reich, Charles A. The Greening of America. New York: Bantam, 1970.

Weiner, Rex, and Deane Stilman. Woodstock Census: The Nationwide Survey of the Sixties

Generation. New York: Viking, 1979.

35

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第3節 『不都合な真実』の発するメッセージ

アメリカ合衆国は、1997年の京都議定書の決議内容に批准しなかったが、Al Gore は、

暖化汚染物質の抑制をめざす画期的な国内条約の草案に尽力した。「今起こっている温

化の大部分は人間が起こしているものであり、私たちが直ちに行動をとらない限り、地球と

う私たちの故郷にとって取り返しのつかない結果をもたらしてしまう」(Ibid., 133)ことを強く

蒙してきた。この基本理念をもとに映画『不都合な真実』が製作された。この映画は、環境

機をアメリカ人全体に知らしめる上で、絶大の効果を発揮した。そして後に、綿密な編集作

を経て、本として出版されるに至った。彼は、その本のなかで、「温暖化は、科学だけの問

ではなく、政治だけの問題でもない」(Ibid., 9)と言い、「全ての人が、地球に対する熱い気

ちとその運命に対する深い懸 を訴えている。以下は、地球環

問題に取り組む上での彼の

矛盾してい は警鐘を鳴らすべきことだけでは

なく、希望を持つべき は、「危険」を表す「危」と、「機

会」を表す「機」をあわせ 素の増加による水質汚染、温暖化

による海面上昇、森林 など、地球の気候はこのうえない危

には差し出されている 会」が我々の命題として突き

つけられているの 的な課題なのだ。未来世

く行動で答えることができる。未

来の子どもたちに感謝してもらえる未来を選ぶことができるのだ。(Ibid., 11)

1) Al Gore の環境運動

持 念を分かち合う」(Ibid.)必要性

基本姿勢である。

るようだが、私達が直面しているの

ことでもある。「危機」という言葉

たものである。二酸化炭

伐採による生物の絶滅

険をはらんでいる。しかし同時に、気候の危機を乗り越えていくという「機会」が私達

。言い換えれば、「立ち上がる機

である。これは倫理の問題であり、精神

けではな

代の問いかけに対し、私達は今、約束だ

『不都合な真実』の DVD のジャケット

36

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2) 地球

地球

なり赤外線

過させるが

ば地表の

地球

球に降り注

輻射によ 一度地

球に吸収されたエネルギーが温度に応じた波長(ここでは赤外線)で宇宙に放出されるもの

で、面積あたり絶対温度の4乗に比例する強度になる。太陽光を受ける地球の断面積と輻射

を放出する表面積の関係を考慮して具体的な数値を代入すると、下記の図が示すように、地

球へのエネルギーの出入りがバランスする温度は摂氏-18度なのである。

R2FA

反射(可視光)

黒体輻射(赤外線)

4πR σT

4πR σT = πR (1-A)F

T=[ (1-A) F / 4σ]

反射能 A(アルベド)=0.3

太陽定数 F = 1368 W/m

ボルツマン定数σ = 5.67×10 W/m K

太陽エネルギーの反射と輻射

温暖化の原理

温暖化は、温室効果ガスが原因である。その量が増加することで、大気の層が厚く

を逃がすことが困難になり温暖化が起こる。温室効果ガスの特徴は、太陽光を通

、赤外線の一部をとらえることである。しかし、この温室効果ガスが存在しなけれ

平均気温は摂氏-18度ぐらいになってしまうのでる。

の気温を決めている基本要因は、太陽である。下記の図に示すように、太陽が地

ぐエネルギー(これは太陽定数(面積あたりの太陽光の強さ=F)で決まり、反射と

って宇宙に戻される。反射は反射能(アルべド=A)によって決まる。輻射は、

π

2 4

2 4 2

1/4

2

-8 -2 -4

太陽 F[w/m2]

R

πR2

地球

T = 255K (-18℃)

37

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しかし、現実の地球の表面平均気温は摂氏15度である。実は-18度と15度の差を生

は基本的には地球の温度を生命にと

て快適な水準に保ってくれているのである。下記の図に示すように、地表温度(=T’)に応

て放出される赤外線の一部が CO2 など大気中の微量成分によって吸収され(吸収割合=

)、宇宙 出を抑制されることによって、表面温度の上昇をもたらしている。なお、その

度上昇をもたらしている温室効果のほ は水蒸気による。

地 宇

B:温室効果ガスによる

輻射エネルギーのトラップ率

地表温度 T´=[ (1-A) F / 4 (1-B)σ]1/4

地球の平均表面温度が決まる原理

現在、地球温暖化問題をも の化石燃料の燃焼や森林破

壊等

が顕在してきた。

) 地球温暖化の影響

温暖化の影響を最も受けてい は北 氷河である。北極は北極海に浮いているた

はるかに薄 したがって 氷の一 に、射

反射する。そして、氷のない海面は

の大部分を吸収してしまう。そ ると、水 上がるので、その付近の氷が溶けやすくな

。この「自己強 型フィードバック」の氷解が まさに である。

み出しているのが温室効果ガスであり、温室効果ガス

B への放

温 とんど

上 宙

B = 0.4

たらしているのは、水蒸気以外

によって大量に放出される CO2が大気中に溜まって引き起こした温室効果である。この

CO2 のほとんどは、人間の活動により発生している。大気中の CO2 の測定を最初に考案した

科学者である Roger Level 教授は、第二次世界大戦後、爆発的な人口増加に後押しされ、石

油、石炭を主な燃料源として地球規模で経済が拡大することから、大気中の二酸化炭素の量

がこれまでになく危険なほど増加するであろうことを予測した。Gore が学んだこともある Level

教授の予測は現実のものとなり、現在、以下のような温暖化の影響

るの 極の

い。

温が

、今

め、氷冠が南極の氷冠に比べて 部が解けるとすぐ、

し込んでくる太陽放射の大部分を 、反射した太陽放射の

熱 うす

る 北極で起こりつつあるの化

4πR2σT´4

B

1-B

T = 288K (15℃)

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このように北極の氷が溶けると、地球の気候パターン全体が根本的に変わってしまう可

能性がある。北極の氷は過去40年間で40%縮小し、今後50~70年で消滅し、地球の平均

水位は6m上昇すると見られている。このままでは、地球上の陸地のかなりの区域が海に沈

むことになるのである。「災いを引き起こすのは、知らないことではない。知らないのに知って

いると思い込んでいることであるという、マーク・トウェインの有名な警句を肝に銘じなければ

ならない」(Ibid., 20)と Gore は力説する。

以上のような温暖化の影響を免れるには、原始社会の生活に戻ることが最も効果的なの

は言うまでもない。しかし、科学技術の発展の恩恵を受けてきた産業文明社会においては、

社会全体が原始社会に立ち戻ることは、不可能だと断言できよう。過去には決して戻れない

という時間の不可逆性と同じくらい自明のことである。そうすると、経済発展と環境改善とのバ

ランスを取りながら地球の未来像をイメージして行くという立場を取らざるを得ない。それを

Gore の言葉で言えば「持続可能な発展」の追及ということになろう。次の節では、経済と環境

の関係において、どのような対策が可能かについての Gore の提唱を概観する。

自己フィードバック型の氷解

39

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参考文献

Guggenheim, Davis. An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming

and What We Can Do About It. Hollywood: Participant Productions, 2006. [DVD]

ドネラ・H・メドウス、デニス・L・メドウス、枝廣淳子、『地球のなおし方』(ダイアモンド社、

2005)

山地憲治、『エネルギー・環境・経済システム論』(岩波新書、2006)

引用文献

Gore, Al. An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming and What We

Can Do About It. Tokyo: The Sakai Agency, 2006.

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第4節 環境経済の視点

る対抗文化

自然回帰志向のいずれをも、何らかのかたちで継承している。つまり、アメリカの環境主義

激するという、新しい環境経済システムを正しく理解している政治家でもある。

Gore は、アメリカ政府が国民に健全な経済か、健全な環境かのどちらかを選ばなくては

らないという選択を迫ろうとして、キャンペーンを張っているのは、国民に誤解を招くと訴え

として、ホワイトハウスが制作したパンフレット『グローバル・スチュワードシップ』

欺瞞を指摘している。Gore は、パンフレット内のイラストが政府の環境へのスタンスの稚拙

もとより、地球が存在しなければ金塊が象徴する経済的成功は意味を持たないのは自

明である。地球環境と経済との関係は、天秤にかけるような問題ではない。すべての前提に

健全な地球環境ありきである。それは、人が健康を害してしまったら、経済的成功は意味を持

たないのと同様である。そのことをブッシュ政権は忘れてしまっている。そして、国民に、「経

済発展を望むなら環境は犠牲にしなければならない」というメッセージを送っているのである。

それを証明するかのように、ホワイトハウスの環境政策担当の Philip Cooney は、問題は現

実のものではなく、そんなに深刻ではないし、いずれにしても私たちの責任ではないという主

旨の声明を発している。

Al Gore は、19世紀の Henry David Thoreau の行き過ぎた機械文明への危惧の念、19

60年代の Rachel Carson が鳴らした環境破壊への警鐘、Bob Dylan に代表され

の轍をしっかりと自分の足で踏みしめてきた人間なのである。そして、環境への配慮が経済

活動を刺

1) 地球温暖化に対する誤解

る。その一例

さを露呈していると言う。

『グローバル・スチュワードシップ』に描かれたイラスト

41

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2) 地球環境と経済の新しい関係

ore は、地球環境と経済発展は二者択一の問題ではなく、共存の関係にあると説く。

的な視野で物事を考えるようになっている。……

や組織にも大きな変化が

G

気候の危機を解決するための一つの鍵は、市場資本主義の強力な力を味方に

つけることだ。……多くのビジネス界のリーダーたちが自分の選択が地球環境に与

える影響を認識しつつあり、環境や地元社会への影響といった要素を値段に含め

始めている。こうしたリーダーたちは、これまでの短期的な手法を改めて、より長期

起こっている。例えば、今では、多く

3) 環境によいものが売れる時代

環境に良い製品を作って収益が上がっている実例として、自動車の燃費と時価総額の

関係をあげている。日本の自動車は、法律によって1リットルあたり19キロメートル以上の燃

費基準達成を求められていることをGoreは伝えている。それに比べて、アメリカの基準は、環

境のことを何も考えておらず、世の批判を浴びている中国よりも低いレベルだと指摘している。

その上で、日本の自動車メーカーとアメリカの自動車メーカーとの時価総額を比較している。

投資に携わる人々

の個人投資家や機関投資家が、自分の投資が気候変動に与える潜在的影響につ

いて考えることは賢明なことだと思っている。……投資を賢く選ぶことによって、気

候変動を止めるために役立ち、あらゆる分野における地球規模の持続可能性を支

え、かつ財政的にも良い結果を得ることができるのだ。(Gore, 222)

42

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境によいものを作れば、消費者はそれを品質の一つとし

て考

いる。環境面の改善が、経済面の利潤につながる時代なのだ」(Time, August, 2006, 223)と

発言した。

さらに Gore は、現在地球上の各地で発生している「不都合な真実」を、直視せよというメ

ッセージを発している。そして、現実を認識したなら、即行動を起こせと啓蒙している。彼が提

案している行動は、地球に住む一人ひとりが環境に対する懸念を持てば、容易にできること

ばかりである。今すぐできることから始めようと呼びかけているのである。

あなたにも、すぐにできる10の事

1. 省エネルギー型の電化製品や電球に交換しましよう。

2. 停車中は、エンジンを切り、エコ・ドライブしましょう。

3. リサイクル製品を積極的に、利用しましょう。

4. タイヤの空気圧をチェックしましょう。

車の燃費基準を上げれば、無駄なエネルギー消費を防げます。

5. こまめに蛇口をしめましょう。

水道の送水に使用されるエネルギーを削減することができます。

世界の燃費基準と温室効果ガス排出基準の比較:上

時価総額の変化:下

この事実が示しているのは、環

慮し、購買意欲をそそられるということである。消費者マインドは、もはや高性能の追求

一辺倒ではなく、健全な地球環境の存続が前提であることを認識していると言えよう。言い換

えれば、環境維持を優先させた持続性ある経済発展、すなわちサスティナビリティという Gore

の基本理念は、グローバル・スタンダードに成りつつあると言えよう。ゼネラル・エレクトリック

の最高経営責任者の Jeffry Ymelt は、「私たちは、環境に優しいことはお金にもなると考えて

43

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6. 過剰包装、レジ袋を断りましょう。買い物は、エコ・バックを使いましょう。

7. エアコンの設定温度を変えて、冷暖房のエネルギーを削減しましょう。

8. たくさんの木を植えましょう。

1本の木は、その生育中に1t以上の二酸化炭素を吸収することが出来ます。

9. 環境危機についてもっと学びましょう。そして、学んだ知識を行動に移しましょう。

子どもたちは、地球を壊さないで、と両親に言いましょう。

10.映画『不都合な真実』を見て、地球の危機について知り、友に勧めましょう。

(Ibid., 256)

最後に Gore は、具体的な行動を提示したあと、彼の理念で、環境主義の立場からの啓蒙書

である『不都合な真実』を締めくくっている。

今地球が危機に瀕しているのだ。私たちが地球上で生きる力、そして、一つの

文明として

であると信じている。(Ibid.,

の将来を有する力が問われているのである。私は、これは倫理の問題

333)

44

Page 45: 『不都合な真実』における 環境主義と環境経済システムの視点 · 2013-02-22 · 参. 考文献 An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming

参考文献

Literary

ng, 2005.

引用文献

2006.

Ymelt, Je

ドシップ』(研究社出版、2004)

Buell, Lawrence. The Future of Environmental Criticism: Environmental Crisis and

Imagination. Malden, MA: Blackwell Publishi

吉澤正、『環境マネジメントで考える』(日本規格協会、2005)

Gore, Al. An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming and What We

Can Do About It. Tokyo: The Sakai Agency,

ffry. Time. New York: August, 2006.

アメリカ政府、『グローバル・スチューワイ

45

Page 46: 『不都合な真実』における 環境主義と環境経済システムの視点 · 2013-02-22 · 参. 考文献 An Inconvenient Truth: The Planetary Emergency of Global Warming

第3章 Think Globally Act Locally

の第3章においては、地域規模での

“Think globally act locally”という言葉がある。「地球規模で物事を考え、身近なところか

ら行動を起こす」という意味である。第1章、第2章では、地球規模での考察をめぐらしてきた。

考察を行い、それを実際の行動に結び付る。地元宇部

定を行ない、最終的に、MAC

MUSIC AID CLUB)のエコ活動への協力に結びつけて行く。

市の環境対策

都市にもなった。以下に、宇部市環境共

課が作成した「宇部市の環境」(2006)の冒頭に掲げられた宇部市長の言葉を紹介する。

市の環境保護運動を検証し、加えて、市内各所で CO2 濃度測

第1節:宇部

宇部市は、「京都議定書」の精神を実践し「ISO 14001」を取得した。また、Al Goreの地球

規模の環境運動に共鳴し「グローバル 500 賞」受賞

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宇部市が環境大臣賞を受けた際の

『山口新聞』の記事(左)と表彰を受

ける藤田宇部市長(上)

宇部市は、産・学・官の協力を基盤にした環境保護支援体制である「宇部方式」を掲げ、

「宇部市地球温暖化対策ネットワーク」を設立した。さらに、「宇部コンビナート省エネ・温室効

果ガス削減研究協議会」は、環境主義をアカデミックな立場から推進して行こうとしている。宇

部市は、山口県の環境保護運動をリードする環境優先都市として、現在、世の注目を集めて

いる。その宇部市は、独自の環境法令を定めている。ここにその基本理念を引用する。

(基本理念)

環境の保全等は、市民、事業者、学識経験者及び市が、相互の信頼のもとに、

情報を積極的に公開し、科学的知見に基づく協議により問題の解決を図ってきたこ

れまでの精神を継承し行わなければならない。

環境の保全等は、現在及び将来の世代の市民が健全で恵み豊かな環境の恩

恵を享受するとともに、その環境が将来にわたって良好な状態で維持されるよう適

切に行われなければならない。・・・・・・

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地球環境の保全は、地域における環境が地球全体の環境に影響を及ぼしている

ことを認識し、着実かつ積極的に行われなければならない。(宇部の環境、147)

このような基本理念を実践するにあたり、宇部市では、以下のような環境審議委員会を設置

している。

48

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参考文献

宇部市環境共生課、『宇部市の環境』(宇部市、2006)

ームページ、http://www.ube.yamaguchi.jp/

宇部市ホ

引用文献

宇部市環境共生課、『宇部市の環境』(宇部市、2006)

山口新聞社、『山口新聞』(山口新聞社、1.19. 2007)

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第2節 温室効果ガス測定(宇部市各所)

) 測定方法

部、工場地帯、交通量の多い交差

、宇部高専キャンパス内において、それぞれ大気圧[hPa]、温度[℃]、湿度[%]、二酸化炭

素濃度[ppm]を測定した。この測定の目的は、宇部市内の二酸化炭素濃度を実測し、宇部市

環境対策の効果を分析することである。

2 である。

Test 435 マルチ環境測定器を用いて、宇部市の丘陵

[宇部市の概要]

位置と面積

本州の西端山口県の西南部に位置し、その面積は287.67km

気象

全般的には、年間を通じて温暖寡雨で降雪も少なく、典型的な瀬戸内海気候を示して

いる。卓越風向は東風で、夏季と冬季には季節風に支配されることもある。春秋季に

は海陸風もしばしば見受けられる。本市における最近の気象状況は下表の通り。

マルチ環境測定器(Test-435)

下関地方気象台宇部空港出張所観測

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2) 測定結果

化炭素濃度は、以下のごとくであった。

場所 時間 気圧 温度 湿度 CO2 濃度

それぞれの場所において測定された二酸

竜王山 A地点 14:00 1001.9 11.2 38.7 396

竜王山 B地点 1003.1 12.8 40.8 380

竜王山 C地点 1004.4 12.0 41.0 395

竜王山 D地点 1004.5 11.1 42.6 368

竜王山 E地点 1006.2 11.0 39.3 430

平均値 1004.0 11.6 40.5 393.8

宇部興産周辺 14:30 1018.2 15.2 24.9 731

14.7 26.5 675

13.7 26.2 561

15.6 25.8 616

15.4 24.4 515

平均値 14.9 25.6 619.6

交差点 15:00 1018.2 14.7 25.5 590

14.8 25.8 515

15.2 26.4 502

14.6 27.0 476

15.0 26.3 498

14.9 26.2 516.2 平均値

学校内 15:30 1014 12.8 42.7 418

12.4 42.5 414

12.7 43.0 420

13.0 43.1 417

13.1 42.9 416

平均値 12.8 42.8 417.0

宇部市 CO2 濃度測定結果

竜王山:宇部市近郊の小高い山 宇部興産:宇部市の工業地帯に位置する 交差点:宇部市中心街の交差点 学校内:宇部高専(常盤公園の隣に位置する)

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二酸化炭素濃度

393.8

619.6700

516.2600

417

10

20

30

400

500

竜王山 宇部興産 学校内

濃度

(p

pm

0

0

0

0

交差点

測定場

二酸化

417 427409

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

宇部市 広島 東京都

濃度

(ppm

炭素濃度

399 402

市 茨城県 愛知県

3) 考察

宇部市内4箇所では、工場地帯、交通量の多い交差点では二酸化炭素ガスの濃度が高 く、緑の多い 郊の山頂付近では低 う 通りの結果 られた。ち に、竜王山

では、天候もよく日が出ていたので草木の光合成により濃度が最も低かった。宇部興産周辺

では、周りに草木がなく煙突からは煙が多く出ていたので最も濃度が高かった。交通量の多

かった交差点では、歩道に植木があ が自動車の排 スの影響により 度が観測

された。宇部 、中間的数値が観測 れた。そ こ を宇部市 化炭素濃

度とした。理由は、宇部高専が工 置すること、加えて、広島市の

酸化炭素濃度と比較するためであった。宇部高専と広島市での測定地広島市立大学の立

専内の測定時の平均気温(13.3℃)とほぼ同じ13.5℃

化炭素濃度を実測した。残りの東京、茨城、愛知

均の値を引用した。

近 いとい 定説 が得 なみ

った 気ガ 高い濃

高専では さ して、 の値 の二酸

場地帯と住宅地の中間に位

地条件はほぼ同じであり、宇部高

の日に広島市立大学キャンパス内で二酸

の値は、その県が掲示している平

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場所 時間 気圧 温度 湿度 CO2 濃度

広島市立大学 14:00 1001.9 13.5 39.7 420

1003.1 13.4 40.0 421

1004.4 13.6 41.0 430

1004.5 13.3 42.2 435

1006.2 13.7 39.3 430

平均値 1004.0 13.5 40.5 427.2

広島市 CO2 濃度測定結果

広島市、東京都、茨城県、愛知県と宇部市との二酸化炭素濃度を比較し、分散分析

(ANOVA)をかけた。その結果、特に議論の対象となるべき有意の差は認められなかった。

このことから、次のことが言えよう。 「宇部市の環境への取り組みは評価できるものの、それが直接的に環境を改善する効

果にまでは至っていない。」 宇部市の今後の課題は、崇高な理念のもとに構築された優れた環境保全体制によって、

粘り強く環境改善に取り組み、実際のデータでも目に見える効果をあげていくことであろう。

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参考文献

Lummis, D rld wer a 0 e, Ban ooks, 2007.

引用文献

宇部市環境 、『宇部市の環 』(宇部 06

広島市ホームページ、http://lab.ipc.hiroshima-cu.ac.jp/co2/index.html

ouglas. If the Wo e a Vill ge of 10 Peopl New York: tam B

共生課 境 市、20 )

株式会社ユー・ドム・ホームページ、http://www.udom.co.jp/index.html

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第3節 地域の地球温暖化防止応援キャンペーン

宇部市のMAC(Music Aid Club)は、「愛する音楽」を通して、社会貢献に邁進して行こう

響・照明スタッフ、イベンターが集い、音楽での慰問、募金、その他ボランティアを旨とする

らゆる支援活動を目的とする。

2007年からは、地 る。少しでも多くの人に「省エ

」活動に関心を持ってもら 楽を通じて訴えかけている。

の活動が評価され、山 されたのが、山口県の地球温暖

防止応援ソング「エコしちゃ

身近にできる「省エネ活動」を綴った歌詞が、わかりやすく覚えやすいメロディーとレゲエ

リズムに乗って歌われる。県民に親しまれ、その環境意識を高揚することを期待されている。

AC会長の藤原利昭氏は、「エコロジーの社会的重要性を全ての人に理解していただき、環

境運動に一緒に参加してもらえる『掛け橋』となっていきたい」と述べている。

する団体である。プロ・アマを問わず地元のミュージシャン、デザイナー、イラストレーター、

野外ステージで演奏中の MAC のメンバー

球温暖化の防止対策にもコミットしてい

い、「地球に優しい」環境づくりを、音

口県知事からの要請を受けて製作

おう」である。

「エコしちゃおう」のオリジナル CD ジャケット

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加えて、ロックバンド「ピカソ」のリーダー辻畑鉄也氏が参画し、現在、よりグレード・アッ

る。

[辻畑

1956年2月29日 山口県宇部市生まれ

1974年 宇部高校卒業

1978年 慶應義塾大学卒業

1984年 ロックバンド「ピカソ」のボーカリストとしてレコードデビュー

これまでに、「めぞん一刻」のテーマソング・「シネマ」をはじめとするシングル

14枚、オリジナル・アルバム9枚、ベスト・アルバム7枚を発表。同時に、作曲家、

アレンジャー、プロデューサーとして活躍。

主な楽曲提供

松田聖子「Love」、「All of You」、「恋したら」、薬師丸ひろ子「瞳で話して」、田村英里子

ク・スクール」を開校、地元の新人アー

当福屋研究室は、この MAC の展開する地球温暖化防止応援キャンペーンを協賛している。 それは、この章のタイトルでもある "Think Globally Act Locally!"の精神のささやかな実践で

ある。加えて、指導教官の福屋利信教授は、2008年3月、日本エコクリティシズム学会シン

ポジアムにおいて、「イーグルスとエコロジー」と題して、ロック・ミュージック・シーンと環境主

義と

プしたサウンドで「エコしちゃおう」をレコーディング中であ

鉄也氏のプロフィール]

「東京ビーナス」、西村知美「16粒の角砂糖」、アマゾンズ「Kiss in the Dark」、我那覇

美奈「アノ雲ヲ追イカケヨウ」、彩恵美子「ピグマリオン」他多数。

2007年 宇部市小野湖畔に「ウーララ・ミュージッ

ティストの発掘、育成を行っている。

の関わりについて、講演を行う予定である。

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参考文献

Bu

ォールデン地区保護運動」、『豊かさと環境』(ミネルヴァ書房、

2007)

引用文献

MACホームページ、http://sound.jp/maclub

ell, Lawrence. The Future of Environmental Criticism: Environmental Crisis and Literary

Imagination. Oxford: Blackwell Publishing Ltd., 2005.

伊藤詔子、「イーグルスのウ

ウーララ・music clubホームページ、http://www.uhlala.jp

プロジェクト・ピカソ・ホーム・ページ、http://www.pro-picasso.com

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結論

、地球環境の危機が警鐘されるなか、環境工学という科学工学の一分野と環境

想という人文科学の一分野の叡智を融合させていくことが、環境保護の実践には不可欠と

とが大切だということである。環境問題

おいては、環境工学の発展とともに、地球と人間の生活のより良い関係を構築していこうと

論で述べたように、今日の環境意識と環境保護運動の基礎になっているものは、環境

義という思想哲学である。その思想的根源は、19世紀のアメリカ超越主義、特にヘンリー・

ビッド・ソローの『森の生活』(1854)に遡ることができる。第1章では、ソローの環境主義の

をレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962)に求め、集団的継承を1960年代

対抗文化の若者たちの環境意識に見出した。この作業は、指導教員の研究論文を先行研

究 年代に社会的関心事にまで拡大された環境

識こそが、1970年代の草の根的環境保護運動に結びついたことを検証した。

的存在と考える「ディープ・エコロ

ー」と、人間の社会生活の向上と共存する環境保護を訴える「シャロー・エコロジー」に二分

さ 問分野をも抱合しようと

みた。そしてその延長線上に、アル・ゴアの『不都合な真実』(2006)を捉えた。ゴアの主

する「持続性のある経済発展と環境保護」(Sustainable Development)の実践こそが現実的

打開策であると本論は提唱する。その最大の理由は、ゴアが1960年代の環境主義の萌

を敏感に感じ取った政治家であり、その頃から現在まで、粘り強く地道な活動を続けてきた

動の人であることが、数々の文献調査、彼の残した言葉などから判明したゆえである。

本論は、「地球規模で考え、地域規模で行動しよう」(Think Globally Act Locally!)という

葉の実践として、宇部市の環境対策の実情を宇部市環境共生課の協力のもとに調査した。

えて、宇部市と広島市の二酸化炭素濃度を実測した。

この調査・測定の結果、宇部市は、「京都議定書」の精神にのっとり、産学官を一体化し

環境保護体制、「宇部方式」を完成させていることを知った。しかし、広島市との二酸化炭

濃度の比較調査において有意の差が認められなかったことから、環境保護体制の整備が

質的な効果には結びついていないと言わざるを得ない。宇部市の今後の課題は、その整

された環境保護体制によって、効果を実証できる具体的数値目標を達成していくことにあ

う。

最後に、独自の環境保護運動を推進するボランティア団体、ミュージック・エイド・クラブ

の、福屋研究室の支援を報告している。それは、環境問題は、何より「行動」が最優先され

べきとする当研究室の理念のささやかな実践例である。

本論は

立場をとる。もっと具体的に言えば、工学者と人文学者がお互いの研究分野の成果を相互

に分かち合い、実際の環境保護運動につなげていくこ

る人道主義(humanism)が存在しなくてはならない。

個人的継承

にして論を組み立てていった。そして、1960

21世紀の環境主義は、何よりも地球そのものを第一義

れている。本論は、後者の視点を支持し、環境経済という新たな学