文=室田美々 写真=山本あゆみ 旧校名 業種 建築年 規模 運営開始時期 改修費用 保田小学校 飲食料品小売・宿泊 昭和42年(19673,486.73㎡・27教室 平成2712月(201513億円 75 60

都民と町民が - dwl.gov-online.go.jp · 道の駅 保田小学校 閉校からとにかく開ける!の一心で 1年 9か月で開業 子どもたちが旧校舎棟の前にある

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文=室田美々 写真=山本あゆみ

都民と町民が

交差する、道の駅。

道の駅保ほ

た田小学校

千葉県・安あ

わ房郡鋸き

ょなんまち

南町

旧校名

業種

建築年

規模

運営開始時期

改修費用

保田小学校

飲食料品小売・宿泊

昭和42年(1967)

3,486.73㎡・27教室

平成27年12月(2015)

約13億円

海と山の豊かな自然に囲まれた千葉

県・南房総。その玄関口に広がる小

さな町に、全国的にも珍しい、廃校

を利用した道の駅がある。年間来館

者数は、町の人口約8000人に対

し、約75倍にあたる約60万人。その

数字を生み出す成功の秘訣とは? 

そこには「おもてなしの場」と「町

の人が輝けるステージ」をキーワー

ドに学校の歴史を最大限に生かした

独自のアイディアが詰まっていた。

道の駅 保田小学校

とにかく開ける!の一心で

閉校から1年9か月で開業

子どもたちが旧校舎棟の前にある

表彰台を見つけ、目を輝かせて走り

出した。我先によじ登るとバンザイ

と手を上げて満面の笑みがこぼれ

る。そんな微笑ましい光景に目を細

めながら建物内に入ると、懐かしい

空気に包まれた。メニューを書き出

した黒板、揚げパンが並ぶ給食の配

膳コンテナ、壁一面に飾られたトロ

フィー。かつて子どもたちが通った

校舎の面影がそこかしこで迎えてく

れる。ここを訪れる人たちは、その

記憶の欠片を拾い集めながら、過ぎ

去りし日々へ心を旅立たせる。

古くから「鋸の

こぎりやま山を

越えると肌着が

1枚いらない」と言われるほど温暖

な気候に恵まれた千葉県・南房総。

体育館の壁を取り払って耐震工事を施した直売所「きょなん楽市」。壁面には防火性に優れた半透明素材のポリカーボネートを採用。光が柔らかく差しこむ開放的な空間に。

だが、「更地にする気はまったく

なかった」と白石町長はきっぱりと

言う。というのも、鋸南町は高齢化

率約45%と全国の自治体のなかでも

高齢化最先端の町。2040年には

人口が4000人まで落ち込む推計

も出され、このままでは町がどんど

ん元気を失うのが目に見えていた。

町の経済を活性化させる起爆剤が必

要とされるなかで、白羽の矢を立て

たのが保田小学校の跡地利用だっ

た。2003年に耐震化の大規模工

事を終えていた点も舵を切る決め手

になったという。鋸南町では、少子

化に伴い小学校を1校に集約する統

廃合計画を早期から打ち立て、並行

して跡地利用の検討を重ねてきた。

2010年には住民の代表者を交え

た策定懇話会でグループワークを実

施。そこで挙がった「農作物の直売

所が欲しい」、「地域の人が働ける場

所を拡大したい」といった住民の意

見とアイディアをもとに廃校活用の

骨組みが作成されたという。 

閉校からわずか1年9か月という

スピードで開業に漕ぎつけたのも注

目すべき点だ。その動きの根底に

あったのは「閉校後では遅い」とい

う危機感。校舎も住宅と同じように

その鋸山の南側に広がる鋸き

ょなんまち

南町は、

南房総の玄関口にあたる小さな町。

可憐な白い花を咲かす日本水仙、頼

朝桜、紫陽花など、四季を通して花

の香りに包まれ、人々を癒している。

そんな里山に佇むのが「都市交流施

設・道の駅保ほ

た田小学校」だ。

旧保田小学校の卒業生であり、プ

ロジェクトを主導した鋸南町長の白

石治和さんは、「私が通っていた当

時は木造校舎で汲み取り式トイレで

ね。バケツで汲み取って担いで運ん

だよ」と笑いながら振り返る。その

頃は約700人の生徒がいたが、時

代とともに少子化が進み、2014

年3月の閉校時には75人まで減少。

明治21年(1889)の開校から大

正、昭和、平成と時を刻んで子ども

たちを見守り続けた学び舎は126

年の歴史に幕を閉じた。

1999年から5期にわたって鋸南町長を務める白石治和さん。就任当初から町の魅力を伝える花観光に力を入れる。

運営形態

道の駅 保田小学校

地元作家の作品や鋸南町のおみやげを扱う「鋸南百貨店

快」。体育館の床材を貼り合わせた壁の装飾が圧巻!

旧校舎棟の2階部分に「まちの縁側」を増築。アーケードの役割も担い、雨に濡れずに食事や買い物を楽しめる。

旧校舎棟の前に置かれた表彰台。一等賞の台を狙って走り出す子どもの姿も。人気の記念撮影スポットだ。

空き家になると一気に老朽化が進

み、その分、改修費がかさむ。開業

後に行うイベントが決まらないな

ど、完全な形でのスタートではな

かったが、建物を遊ばせておくわけ

にはいかなかった。「とにかく開け

る!」。その一心でプロジェクトを

推進したと白石町長は語る。

 

プロポーザル審査を採用し

 

唯一無二な施設を目指す

名称に掲げた「都市交流施設」が

示すように、施設の真の目的は都心

から人を呼びこみ、町の人々が経済

活動を行えるステージをつくること

だった。だが、批判的な意見もぶつ

けられたという。「予算をかけても

元が取れない、すぐに潰れちゃう

よって」と白石町長は苦笑する。し

かし、「絶対に人が来る」と確信が

あった。その根拠としたのが、富津

館山道路の鋸南保田インター出口の

目の前に建つ立地の良さだ。東京都

内からアクアライン利用で1時間

ちょっと。さらに施設前を鴨川市へ

抜ける主要地方道鴨川保田線が走

り、交通の要所として価値が高いと

踏んだ。施設のデザインや設計は公

募型のプロポーザル審査に知恵を委

ねた。

「審査に向けて町が掲げたことは、

校舎を残すこと、小学校の雰囲気を

なくさないことでした。学校はそこ

にかかわった人に限らず人々にとっ

て思い入れのある場所。廃校活用す

るなら学校の歴史を生かした施設に

しなくては意味がない。これだけは

譲れない条件でした」

全国から寄せられた応募数は37

点。その中から6点にしぼり、住民

に見える形で公開審査を行った結

果、4社の建築設計事務所の共同体

「N.A.S.A.

設計共同体」の案が採用

された。その提案のなかで町が予期

していなかったのが体育館と校舎2

階の活用法だ。多目的ホールのよう

に使う予定だった体育館は壁を取り

払って耐震工事を施し、道の駅の顔

1階に地元の飲食店や「こどもひろば」などの施設、2階に簡易宿泊施設「学びの宿」が入居する旧校舎棟。

ジャングルジムやボールプールで遊べる「こどもひろば」。子どもたちが羽を伸ばして遊べる場所。

鋸山から切り出した房州石を積み上げた薪窯ピッツァを楽しめるイタリアンレストラン「De Pe GONZO」。

日帰り入浴もできる「里の小湯」。ラジオ体操に参加してスタンプを集めると入浴券がもらえるイベントも実施。

音楽室は防音効果や鏡張りの壁面を生かし、楽器練習やダンス教室などを行えるレンタルスペースに活用。

となる直売所「きょなん楽市」に。

店舗やレンタルオフィスなどの入居

を想定していた校舎2階は簡易宿泊

施設「学びの宿」に生まれ変わり、

利用者に「学校に泊まる」という楽

しみを提供しながら、非常時には避

難所に活用できるメリットを生ん

だ。また、職員室の建物2階部分に

入浴施設を増設した。

改修費は2013年から2016

年までの4か年度で総額約13億円。

町の一般財源3億円のほか、国や県

の各種交付金を最大限に利用した。

町の一般財源が年間40億円だから大

きな出費だ。まさに小さな町の一大

事業。しかし、フタを開けると、週

末ともなれば駐車場に入りきれない

車で渋滞ができるほどの賑わいを見

せ、初年度から黒字続きとなってい

る。施設の名称も呼び水になった。

旧校舎棟の2階に増築した「まちの縁側」。平均台や机を再利用し、観光客の休憩所として日中は自由に使用できる。

教室を半分に仕切って設計した客室。黒板やロッカーをそのまま生かし、オリジナルの畳ベッドを置いた懐かしい空間。

道の駅 保田小学校

都市交流施設・道の駅 保田小学校千葉県安房郡鋸南町保田724

Tel. 0470-29-5530

http://hotasho.jp

9:00~18:00 無休

白石町長は「学校の名称を使うこと

は付加価値になる」と仮称に入れて

いた「保田小学校」の文字を最後ま

で外さないと譲らなかったという。

その読みが功を奏し、小学校を生か

した全国的にも珍しい道の駅として

認知度を高め、多くの来館者を呼ぶ

ことにつながった。

 

おもてなしの場となり

 

町の人々が輝くステージに

人をおもてなしする場にしたい。

それが白石町長の施設に寄せる想

い。「道の駅を起点に町内をめぐり、

地元の人たちのぬくもりに触れ、再

びここへ戻ってきてほしい」。

その想いを形にしたのが「町のコ

ンシェルジュ」だ。有人化すること

で人との触れ合いを大事にしたとい

う。建物は旧校舎棟と直売所の間に

学校の渡り廊下のような屋根付きの

通路をつくり、雨に濡れずに施設内

を回れる工夫を施した。また、「ま

ちの縁側」も特徴の一つ。旧校舎棟

2階の客室に沿って広がる約幅4m

×長さ70mの空間は、日中は観光客

と住民が交流できる場に、夜は宿泊

者のリビングになる。窓から吹き込

む風に触れた瞬間、虫の声をBGM

に校舎で過ごす夏の夜の光景が浮か

び、さぞや郷愁を誘う体験になるだ

ろうと胸が踊る。

「無駄なスペースも多いでしょ?で

も無駄があっていい。それがゆとり

になるから」

その言葉を借りるならば、この施

設で最も無駄に思われかねないのが

旧校舎前に広がる「里の原っぱ」だ

ろうか。だが、このスペースこそが

白石町長がこだわった場所だ。駐車

エリアにしたらいいという声もあっ

た。しかし、白石町長は「鋸南町は

『花の町』。ここに花の咲く小さな里

山の景色をつくり、人々を迎えた

かった。花が咲いて怒る人はいない

でしょ?」と笑う。この日は水色の

紫陽花が咲き、来館者が足を止めて

鑑賞のひとときを楽しんでいた。夏

は建物の入り口で真っ赤なブーゲン

ビリアのアーチが迎えてくれる。

そして、道の駅の開業で「販売場

所が広がり、売り上げも上がった」

と喜びの声を上げているのが直売所

「きょなん楽市」の出荷者組合の会

員たちだ。現在は約200名まで増

え、野菜や生花、趣味を生かしたク

ラフト品が並ぶ。だが、そこに町の

特産品の海産物は見当たらない。実

はそれも戦略のひとつ。町内にある

ふたつの漁協が運営する施設や個人

店へ足を伸ばしてもらいたいから。

「町の活力を循環させることが道の

駅の役割。この場所をステージに住

民がやりたいことを実現することが

町の元気につながる」

学び舎は道の駅に姿を変えた現在

もこの場所から希望の光を生み、町

が輝くことを見守り続けている。

旧校舎棟2階の「まちの縁側」から眺める景色。目の前に四季折々の花が咲く「里の原っぱ」が広がる。

「cafe金次郎」の入り口に佇む二宮金次郎像。校舎の改修に合わせてきれいに磨かれ、訪れる人々を迎えている。

旬を迎えたビワが並ぶ直売所。保健室のベッドなど実際に使用していた学校の備品を什器として利用している。

「鋸南百貨店 快」の店先では、給食用コンテナに落花生を並べて販売。跳び箱も逆さにして商品棚として活用。