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1
2020年第50回天文・天体物理若手夏の学校
集録
重宇
2
重力・宇宙論分科会
3
index
重宇 1 渡邉勇輝 波動光学で見るブラックホール
重宇 2 天羽将也 4次元 Einstein-Gauss-Bonnet理論における静的球対称ブラックホールの周りの性質
重宇 3 郭優佳 AdS backgroundの4次元Gauss Bonnet 時空における球対称ブラックホールの熱力学,相
転移,Joule Thomson効果について
重宇 4 野村皇太 一般的な非線形電磁気の枠組みにおけるブラックホールの安定性
重宇 5 秋葉健志 宇宙初期のクエーサーによる21cm線シグナルへ影響
重宇 6 坂本陽菜 初代星が再電離に与える影響と 将来観測機器での観測可能性
重宇 7 角谷健斗 銀河団での散乱によって生じる CMBの偏光を用いた密度ゆらぎの再構築
重宇 9 日下公亨 重力波信号の検出に用いるMatched Filterについて
重宇 10 豊島弥洋 バースト重力波のデータ解析
重宇 11 窪田圭一郎 Effective-one-body 形式
重宇 12 中村拓人 ブラックホール周囲の光子球と重力波の準固有振動
重宇 13 荻尾真吾 銀河中心領域でのMeV ガンマ線探査から探る暗黒物質
重宇 14 阿部正太郎 ダークマター探索の現状と将来
重宇 15 谷口貴紀 擬似スペクトル法を用いた cosmic shearパワースペクトルの測定手法
重宇 16 村上広椰 機械学習を用いた暗黒物質質量への制限
重宇 17 森下薫能 複数場に拡張したインフレーションモデルの検証
重宇 18 三倉祐輔 Inflation in the Palatini formalism
重宇 19 柄本耀介 インフレーションにおける原始揺らぎの非ガウス性について
重宇 20 岡野創 背景重力波の非ガウス性の直接観測可能性
重宇 21 三木大輔 重力相互作用による量子もつれの生成
重宇 22 吉田萌生 量子ビット回路での Hawking輻射のモデル化によるファイアウォールの再現
重宇 23 佐藤琢磨 ブラックホール近傍の漸近的対称性
重宇 24 古郡秀雄 場の理論のドレス状態から探る BMS漸近対称性
重宇 25 佐藤崇永 アクシオンと天体進化
重宇 26 物部武瑠 初期宇宙における Primordial BlackHoleの放射
重宇 27 沼尻光太 f(R) = R+α R2 gravity における中性子星の質量-半径関係: purely metric formulation
と torsion formulation の比較
重宇 29 大河内雄志 すばる HSCのデータを用いた銀河のクラスタリングと弱重力レンズ効果の二点相関によ
る重力理論の検証法
重宇 31 河合宏紀 深層学習を用いた重力レンズマップのノイズ除去
重宇 33 村田知瞭 非等方時空における Spectator axion-SU(2)モデルの等方化についての解析
重宇 34 三嶋洋介 原始重力波のスペクトル指数が正となるスローロール・インフレーションモデルにおける
再加熱機構
重宇 35 斎藤大生 Barrow entropyと時空の熱力学を用いた修正宇宙論
重宇 36 間仁田侑典 “空間方向”の一般座標変換に対する不変性を破るダークエネルギーの低エネルギー有効
場理論
重宇 37 高島智昭 5 次元宇宙と膜宇宙 ブレーンワールドの重力
重宇 38 古賀一成 真空崩壊におけるバブル時空の生成と触媒効果による宇宙定数の決定
重宇 39 田中海 宇宙の真空泡のダイナミクスと不安定性
重宇 40 時聡志 マイクロレンズ効果による宇宙ひもパラメータの制限
重宇 41 浅見拓紀 漸近 AdS時空における Einstein-Vlasov系の熱的安定性
重宇 42 櫻井優介 (1+1)次元 Infinite Derivative Gravity における厳密解と時空特異点の回避について
重宇 43 太田渓介 Janis-Newman Algorithmとその拡張について
重宇 44 原健太郎 アインシュタイン計量からインスタントンを作る
4
index
佐田彩夏 Holographic Entanglement Entropy
小久保裕貴 Calculates Spectral index for Multiple Scalar Fields
山下晃毅 大スケールの非一様等方性を持つ宇宙での構造形成
須永真穂 (2+1)次元レギュラーブラックホール時空における光子のホライゾン内部の軌道
丸尾洋平 動的な時空での光子球の発展の理解
浅利響 宇宙の熱的な発展について
HurwitzSaul Review: The Detection of the Cosmic Neutrino Background
重見優奈 5次元ブラックホールにおける Penrose過程とエネルギー抽出効率
奥家健太 自己相互作用ダークマターの作るボゾンスター
迫田康暉 Quadratic Estimatorを用いた重力レンズ測定と想定されるバイアス
5
——–index
重宇1
波動光学で見るブラックホール立教大学大学院理学研究科物理学専攻
渡邉勇輝
6
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
波動光学で見るブラックホール渡邉 勇輝 (立教大学大学院 理学研究科)
Abstract
今回のレビューでは [1]を扱う。ブラックホールの影響を受ける時空間においての波の散乱は長きにわたって研究されてきた。直接の応用として断面積や、波の観点からブラックホールの性質の議論が行われ、後方散乱波によるブラックホールグローリーの存在が明らかになるなどした。[1]では像の構成の観点から波の伝播を考察する。幾何光学においてはヌル測地線を考えることでブラックホールの像が得られるが、その像を波動光学の枠組みにおいても得ることができるかを考える。
1 Introduction
長きにわたるブラックホールによる波の散乱の研究の主目的は、ブラックホールの性質の理解や、波がブラックホール時空でどのように伝播するかを研究することにあった。多くの研究がなされ、散乱断面積やブラックホールグローリーなど様々な現象が明らかになった。またカーブラックホールの場合 Super
radienceのような特徴的な現象が存在することが解明された。今回レビューする [1]のモチベーションは散乱された光によってどのようにブラックホールの姿が観測されるかを考えることにある。シュワルツシルトブラックホールについて考え c = G = ℏ = 1
の単位系を用いる。
2 ブラックホールによる波の散乱2.1 シュワルツシルト時空における波動方
程式シュワルツシルト時空における波動方程式は
Φ =1√−g
∂µ(√−ggµν∂νΦ) = S
で表される。S は光源を示す項である。シュワルツシルト時空の計量により波動方程式は
−(1− 2M
r
)−1∂2Φ
∂t2+
1
r2∂
∂r
[r2(1− 2M
r
)∂Φ
∂r
]+
1
r2
[1
sin θ
∂
∂θ
(sin θ
∂Φ
∂θ
)+
∂2Φ
∂ϕ2
]= S
で表される。r = 0にはブラックホールの中心が位置する。r = rs,θ = π に点光源があり、中心と光源を結ぶ直線を z軸とする。r = robs, θ = θ0に観測者がいる状況を考える。
BH 光源
𝑍
観測者 𝜃0
図 1: 位置関係
軸対称性より ∂ϕΦ = 0,∂ϕS = 0を課し、Φ = rΦ
と x = r + 2M ln(r/2M − 1)を導入し、光源が単色光を発するとして Φ ∝ e−iωt を仮定すると
∂2Φ
∂x2+
1
r2
(1− 2M
r
)1
sin θ
∂
∂θ
(sin θ
∂Φ
∂θ
)
+
[ω2 − 2M
r3
(1− 2M
r
)]Φ = S(r − rs, θ − π) (1)
と書き直せる。この時、
S(r − rs, θ − π) =1
r
(1− 2M
r
)δ(r − rs)δ(cos θ + 1)
である。
7
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2.2 束縛条件先に導いた波動方程式を解くためにいくつかの束
縛条件を課す。r = 2M において波は完全に内向きであるから束縛条件
(∂xΦ− ∂tΦ)∣∣∣x→−∞
= 0
を課す。また無限遠方から入射する波がないものと考えてもう一つの束縛条件
(∂xΦ + ∂tΦ)∣∣∣xouter
= 0
を課す。加えて系の軸対称性により Φが θに関して偶関数であるので z軸上で
∂Φ
∂θ
∣∣∣∣∣θ=0,π
= 0 (2)
を課す。(1)式は θ = 0, πで発散するが、(2)式とテーラー展開によって z軸上では
∂2xΦ +
2
r2
(1−
2M
r
)∂2θ Φ +
[ω2 −
2M
r3
(1−
2M
r
)]Φ
= S(r − rs, θ − π)
のようになる。また点源まわりの微小な距離だけ離れた点 Pでの束縛条件としてWKB近似から
ΦP =ΦP
rP∼ A
lPSexp
(iωlPS√
1− 2M/rP
)を課す。Aは振幅、lPSは光源と点P間の距離である。重力が弱いと仮定した場合 (1)式は
∇2ΦN +
(ω2 +
4Mω2
r
)∇2ΦN = 0
の形に変形でき、解を求めると束縛条件から
ΦN (θ0) = eπωMΓ(1− 2iωM)eiωr cos θ0
×1F1(2iωM, ; iωr(1− cos θ0)) (3)
を得る。
3 像の構成3.1 像を構成する式前章ではシュワルツシルト時空における波動方程
式を求めた。この章ではどのように波動から像を得る
かを考える。時空間を伝播した光は「レンズ」によって回折されスクリーンに入射する。ここで伝播した光をΦ、回折された光をΦT、スクリーンに入射した光を ΦI とする。スクリーンとレンズは Z 軸上にあり、Z = 0にレンズ、Z = f にスクリーンが存在するとする。またレンズ上における点を X = (X,Y )、スクリーン上の点を XI = (XI , YI)とする (図 2参照)。
(𝑋, 𝑌) (𝑋𝐼 , 𝑌𝐼)
𝑓 𝑍
Φ Φ𝑇 Φ𝐼
𝑙
図 2: レンズ、スクリーンの位置関係
この時 Φと ΦT は
ΦT (X) = e−iω|X|22f Φ(X)
の関係にある。点源が Z = −f にある時、|X| ≪ f
とすると、
Φ(X) = eiω√
|X|2+f2 ≈ eiω(f+|X|22f )
よりΦT (X) = eiωf を得る。したがって回折波は平面波となる。スクリーン上の波ΦIはFresnell-Kirchhoff
の式により
ΦI(XI) ∝∫|X|≤d
d2XΦ(X)e−iω|X|22f × eiωl
l
dはレンズの半径。lにレンズ-スクリーン間の光路長を代入して |X| ≪ f の下で計算すると、
ΦI(XI) ∝∫|X|≤d
d2XΦ(X)e−iωf (XI ·X) (4)
を得る。スクリーン上の波は入射波のフーリエ変換によって得られ、画像の構成が可能になる。
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2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3.2 光線近似入射波をWKB近似によってあらわすことを考え
ると入射波は
Φ(X) = AeiωS(X)
= A exp
[iω
(S(X∗) +
1
2S′′(X∗)(X − X∗)
2 + · · · ))]
ここで X∗ = (X∗, Y∗)はヌル測地線とレンズの交点である。この X∗ は作用の極値をとる点に対応するため S′(X∗) = 0となる。従って、
ΦI(XI) ∝∫|X|≤d
d2X exp
[iω
S′′
2(X − X∗)
2 −XI · X
f
]
∝J1
(ωd|S′′X∗ + XI/f |
)ωd|S′′X∗ + XI/f |
2段目に至る変形で ωS′′d2 ≪ 2πを仮定し、
Jn(x) =i−n
2π
∫ 2π
0
e−i(nϕ+x cosϕ)dϕ
x′J1(x′) =
∫ x′
0
xJ0(x)dx
の 2つの式を用いた。また幾何光学近似 ωd ≫ 1を取ると
ΦI(XI) ∝ δ2(XI + fS′′X∗)
となり、光線で考えた場合は像が点になることがわかり、幾何光学における結果と矛盾のないこともわかる。
4 スペクトルとブラックホールの像
図 3では (3)式のスペクトルを、図 4では (3)式の波動がある時、前章の (4)式を用いて得られる画像を示す。θ0 = 0ではくっきりとリングが見えるのに対して、θ0 = π/4では光源からの直接の光とブラックホールを回り込んだ光により光源が 2つ現れていることがわかる。
-1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0θ0
2
4
6
8
10
12
14
ΦN
図 3: r = 20M,Mω = 12での (3)式のスペクトル横軸は θ0、縦軸は |ΦN |
図 4: r = 20M,Mω = 12, d/r = 0.2でのブラックホールの像。左は θ0 = 0,右は θ0 = π/4。この図そのものは [1]からの引用。
5 Conclusion&future work
以上まででシュワルツシルトブラックホールにより回折された光からブラックホールの像を構築することができた。z軸上ではリングがはっきりと構成されること、角度がつくと光源が 2つに分かれて見えることが確かめられた。今回準備期間の都合上 1パターンの状況で画像を構成するにとどまったが今後様々な質量、周波数の光で画像を構成することを目指す。またカーブラックホールによる回折では同様のセットアップでどのような像が得られるかを考えていきたい。
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2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Acknowledgement
今回このような機会を設けていただいた事務局の皆様と、まだまだ拙い理解の私相手にもかかわらず根気よく議論に付き合っていくださった理論物理学研究室の先輩の皆様に多大な感謝を申し上げます。
Reference
[1] K. Kanai & Y. Nambu, ”Viewing Black Holes byWaves” Class. Quant. Grav. 30, 175002(2013)
[2] J. A. H. Futterman, F. A. Handler, & R. A.Matzner, Scattering from black holes (CambridgeUniv. Press, 1988).
[3] K. K. Sharma, Optics: principles and apprications(Academic Press,2006).
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重宇2
4次元 Einstein-Gauss-Bonnet理論における静的球対称ブラックホールの周りの性質
京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻天羽将也
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2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
4次元Einstein-Gauss-Bonnet理論における静的球対称ブラックホールの周りの性質
天羽 将也 (京都大学 基礎物理学研究所)
Abstract
D次元 Einstein-Gauss-Bonnet(EGB)理論とは,一般相対性理論のいくつかの性質を保ちつつ,ラグランジアンが曲率の 2次まで含むように拡張した理論であり,弦理論の低エネルギー極限としても得られることが知られている.この理論は,Einstein-Hilbert作用に Gauss–Bonnet項と呼ばれるものを付け加えた作用で記述される.Gauss–Bonnet項は,従来の理論において 4次元では運動方程式に寄与しない. これを踏まえ,Glavanと Linは,Gauss-Bonnet項が 4次元で運動方程式に寄与する新しい理論を提唱した.この理論は一般相対性理論と異なる興味深い性質が確認されており,特異点を回避することが期待され,提唱以降,この新しい重力理論に基づいた研究が活発になされてきた. 本稿では,静的球対称ブラックホールの event horizon,photon sphere,shadowに着目し,4次元 EGB
理論と一般相対性理論の違いを確認した.photon sphereとは,ブラックホールなどの周りを回る粒子の軌道を特徴づけるものであり,shadowとは無限遠方からブラックホールを見た時に暗く見える領域の大きさを指し,これらを用いた 4次元 EGB理論の検証が期待される.一般相対性理論で静的球対称な場合について成り立つと予想されている event horizonなどの半径の間の不等式が,4次元 EGB理論においては破れる場合があることを確認し,4次元 EGB理論の性質を探る.
1 Introduction
一般相対性理論は非常に成功を収めてきた重力理論であるが,ある条件の下で非物理的な振る舞いをすることが特異点定理によって導かれる,などの観点から修正の必要性が議論されている.一般相対性理論の物理的な性質の多くを保ったまま修正を加えた理論の一つに,D次元 EGB理論がある.この理論は一般相対性理論の自然な拡張であるばかりでなく,弦理論の低エネルギー有効理論としても得られることからも注目を集めてきた.しかし,4次元ではEGB理論は一般相対性理論に帰着することが知られている.昨年,D次元 EGB理論に変更を施すことにより,
4次元でも一般相対性理論と異なる運動方程式を与える,4 次元 EGB 理論 (Glavan & Lin 2020) が提唱された.この理論は一般相対性理論の持つ性質の多くを持つこと,及び特異点を回避することが期待され,この新理論の提唱以来,4 次元 EGB 理論のwell-definedness に関する研究 (Gurses et al. 2020;
Aoki et al. 2020) など,4 次元 EGB 理論に関して多くの研究が活発に行われてきた.本稿では,4次元EGB理論が正しいと仮定し(あるいは機能する範囲内で),ブラックホールの周りの photon sphere,shadow,event horizonの半径を調べることによって4次元 EGB理論の性質を探る.次節以降の流れは次の通りである,まず,2章で従
来のEGB理論を基に 4次元EGB理論の導入を試み,その後 3章で球対称ブラックホールの周りの粒子軌道などの半径についてレビューする.4章にてブラックホールの周りの粒子の軌道などを議論し,一般相対性理論の結果と比較することにより,4次元 EGB
理論の特徴に迫る.
2 4次元EGB理論昨年提唱された 4次元 EGB理論は,従来の D次元 EGB 理論を基に結合定数を変更することによって議論される.そこで,4次元 EGB理論の説明に先立って D次元 EGB理論について説明する.
12
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2.1 D次元EGB理論Lovelock (Lovelock 1974)は,D次元において,真
空における運動方程式EAB = 0(A,B = 0, ..., D−1)
について次の条件 1~3を要請したときの重力理論の一般的な作用を構成した
1. EAB = EBA
2. EAB は計量と計量の 1階微分と 2階微分のみで記述される
3. EAB;B = 0.
この要請の下で,重力理論の作用は次のものに限られる
S =
∫dDx
√−g
t∑n=0
αnR(n).
但し,tは,Dが偶数のとき t = (D− 2)/2,Dが奇数のとき t = (D− 1)/2で定められ,αnは定数であり,R(n) は,n = 0についてR(0) = 1,n ≥ 1について,
R(n) =1
2nδµ1ν1···µnνn
α1β1···αnβn
n∏r=1
Rαrβrµrνr
,
δµ1ν1···µnνn
α1β1···αnβn=
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
δµ1α1
δµ1
β1δµ1α2
· · · δµ1
βn
δν1α1
δν1
β1δν1α2
· · · δν1
βn
δµ2α1
δµ2
β1δµ2α2
· · · δµ2
βn
......
......
δνnα1
δνn
β1δνnα2
· · · δνn
βn
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣で与えられる.この作用で記述される理論はLovelock
重力理論と呼ばれる.特に,4 次元の時,Lovelock
重力理論は一般相対性理論に帰着する.また,n ≥3 で αn = 0 が 0 となる作用で記述される理論は,Einstein-Gauss-Bonnet(EGB)理論と呼ばれ,5次元,6次元における Lovelock重力理論は EGB理論となる.D次元で,EGB理論の作用は,換算Planck
質量Mpや宇宙定数 Λを用いて書き換え,次の形で与えられる:
S =
∫dDx
√−g
[M2
p
2(R− 2Λ) + αG
].
但し,G は
G = R2 − 4RµνRµν +RµνρσRµνρσ
で与えられ,αGはGauss-Bonnet項と呼ばれる.また,4 次元で EGB 理論の作用を考えると,Gauss-
Bonnet項の寄与は運動方程式に現れず,一般相対性理論に帰着することが知られている.
2.2 運動方程式のGからの寄与がα(D−4)
に比例する例:maximally symmet-
ric時空D 次元 EGB 理論からの 4 次元 EGB 理論の構成を具体的に確認するため,maximally symmet-
ric 時空を考える.D 次元 EGB 理論における Rie-
mann tensor は,定数 Λ を用いて M2pR
µνρσ =
(δµρ δνσ − δµσδ
νρ )Λ/(D − 1) で与えられる.SGB =
α∫dDx
√−gG の計量による変分をとることで,運
動方程式における Gauss-Bonnet項の寄与は,次の式で表されることが分かる:gνρ√−g
δSGB
δgµν= α× (D − 2)(D − 3)(D − 4)
2(D − 1)M4P
× Λ2δµν.
運動方程式の Gauss-Bonnet 項の寄与が D = 4 で確かに 0 となることが確認できる.そこで,α →α/(D − 4)と rescalingした理論を考えると,
gνρ√−g
δSGB
δgµν= α× (D − 2)(D − 3)
2(D − 1)M4P
× Λ2δµν
となる.最後に D → 4 とすれば 4 次元で Gauss-
Bonnet項の寄与が入った運動方程式を得る.
2.3 4次元EGB理論の構成前節で,maximally symmetric時空において,4次
元で Gauss-Bonnet項の寄与が入った運動方程式を得た.他にも FLRWなどの例で運動方程式の Gからの寄与が α(D− 4)に比例することから,同じことを一般の時空でできると予想を立て,同様の手続きによって,GBの寄与の入った 4次元の重力理論の構成を試みる.これが,4次元 EGB理論のアイデアであ
13
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
る.すなわち,従来の EGB理論で α → α/(D − 4)
と rescalingして運動方程式を導出した後,D → 4として 4次元の理論を構成を試みる.このようにして構成された 4次元 EGB理論では,運動方程式が計量と計量の 1階微分と 2階微分のみで書かれる,など一般相対性理論に近い性質を持つことや,一般相対性理論で問題とされる特異点が回避できることが期待され,研究が進められている.
2.4 4次元EGB理論における真空静的球対称解
4次元 EGB理論における真空静的球対称解は次で与えられる:
ds2 = −fdt2 + f−1dr2 + r2dΩ2D−2.
但し,f は,
f = 1 +r2
2α
[1−
(1 +
8αM
r3
)1/2]
で与えられる.この解は,α → 0で一般相対性理論のSchwarzschild解に帰着する.また,α = 0の場合について,r = 0付近で斥力がはたらくという,一般相対性理論と異なる振る舞いを示す.さらに,Kretschmann
不変量(= RαβγδRαβγδ)という曲率を表すスカラー
について,一般相対性理論での Schwarzschild解ではr = 0で発散する一方,α = 0を満たす 4次元 EGB
理論では,発散が現れない.Kretschmann不変量の発散は特異点定理の意味での特異点と必ずしも一致しないものの,Kretschmann不変量が有限となる例の多くで特異点が現れないことから,特異点の回避を期待し議論するモチべーションとなる.4次元 EGB
理論の性質を探るため,このブラックホールの性質を次章で調べる.
3 静的球対称ブラックホールの周りの粒子軌道などの半径
4 次元 EGB 理論の性質を探るために,一般相対性理論でよく知られた photon sphere,shadow,
event horizonの半径について考える.ここで,pho-
ton sphereとは静的球対称な時空において,3次元の面であって,その面上の任意の点からその面に接する任意の方向に出た光がその面上を進み続けるものである.shadowとは,ブラックホールを無限遠方から見た時に,ブラックホールの奥からの光が隠れ,影として見える領域である.一般相対性理論では静的球対称ブラックホールの
周りの Rh(event horizon の半径),Rph(photon
sphereの半径),Rsh(shadowの半径)の間に次の関係が成り立つことが予想されており,いくつかの例において成り立つことが示されている (Lu & Lyu
2020)
1
2Rh ≤ 1
3Rph ≤ 1
3√3Rsh ≤ M. (1)
この不等式は,一般相対性理論において,静的球対称ブラックホールの質量が定められたとき,photon
sphere,shadow,event horizonの半径が上限を持つことを意味し,さらに Schwarzschild解のときに等号が成立することから,Schwarzschild解のときにこれらの半径が最大であることを主張している.(1)式を用いて一般相対性理論と比較することにより,4次元EGB理論の性質に迫ることができる.
4 4 次元 EGB 理論でのブラックホールの周りの粒子軌道などの半径
4 次元 EGB 理論において,photon sphere,shadow,event horizonの半径を調べ,(1)式が成り立つかどうか議論する.α = 0(一般相対性理論の場合)で 1になるように
半径Rを規格化し,M = 1として,photon sphere,shadow,event horizon について,α − R 関係をプロットして図 1を得る.photon sphere,shadow,event horizonのいずれも
αに関して単調減少であり,event horizon,photon
sphere,shadowの順に αによる変化を受けやすい.
14
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 1: 4 次元 EGB 理論の真空静的球対称時空でのα−R関係
これら 3つの半径について,1
2Rh ≤ 1
3Rph ≤ 1
3√3Rsh ≤ M, (α ≥ 0),
1
2Rh ≥ 1
3Rph ≥ 1
3√3Rsh ≥ M, (α ≤ 0),
が成り立つことが分かった (Guo & Li 2020).いずれも等号成立は α = 0のときに限る.4次元 EGB理論での真空静的球対称時空において,(1)式と比較して,α ≥ 0のとき一般相対性理論と同じ不等式,α ≤ 0のとき一般相対性理論と逆の不等式に従うことが分かる.したがって,一般相対性理論において (1)式が成り立つとする予想が正しいとすると,α ≤ 0のときの 4次元 EGB理論が一般相対性理論と異なる性質を有することを意味する.
5 Conclusion & Discussion
従来のEGB理論で α → α/(D−4)と rescalingして D → 4の極限をとることで,一般相対性理論とは異なる運動方程式に従う 4次元 EGB理論を考えた.この理論では,一般相対性理論で静的球対称ブラックホール解で発散したKretschmann不変量について,対応する解において発散しないなど,一般相対性理論と異なる性質が確認された.本稿では,4 次元 EGB 理論における photon
sphere,shadow,event horizonの半径を調べ,α ≥ 0
のとき一般相対性理論の不等式 (1) と同じ不等式,α ≤ 0のとき (1)と逆の不等式を得た.
最後に,4 次元 EGB 理論の構成に関して一つ注意点を述べる.4 次元 EGB 理論の構成の際,D 次元 EGB 理論において Gauss-Bonnet 項の運動方程式への寄与が α(D − 4)の形で現れることを仮定し,α → α/(D − 4)と rescalingすることで極限が有限の値に決まることを用いた.では D次元 EGB理論の一般の解に対してこの仮定は妥当だろうか?答えは NOであり,一般には 4次元への極限は存在しない (Gurses et al. 2020).ではここまでの議論は全く無意味なものになってしまったのか,と言うとそうではない.本稿では触れなかったが,4次元 EGB理論をさらに修正し,適切な理論を構成する試みがなされており (Aoki et al. 2020),他のより適切な理論における特別な場合が,今回考えた 4次元 EGB理論になっているケースなどが考えられている.このような理論での真空静的球対称解に対して,今回考えた議論が適用できる.今後も 4次元 EGB理論の性質について幅広い観
点からの解明が期待される.
Acknowledgement
議論にお付き合いいただきました基礎物理学研究所宇宙グループ,京都大学天体核研究室の皆様に感謝申し上げます.また,新型コロナウイルスの影響により対面で開催できない異例の状況下,運営等ご尽力下さった全ての方に御礼申し上げます.
Reference
D. Glavan and C. Lin, Phys. Rev. Lett. 124, no. 8,081301 (2020).
Gurses M, Sisman T C, and Tekin B,arXiv:2004.03390 (2020).
K.Aoki, M.A.Gorji, S.Mukohyama, arXiv:2005.03859(2020).
D. Lovelock, J.Math.Phys. 12 (1974) 498.
H. Lu and H. D. Lyu, Phys. Rev. D 101, no. 4, 044059(2020).
TM. Guo and P. C. Li, arXiv:2003.02523 (2020).
15
——–index
重宇3
AdS backgroundの4次元Gauss Bonnet 時空における球対称ブラックホールの熱力学,相転移,
Joule Thomson効果について名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
郭優佳
16
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
AdS backgroundの4次元Gauss Bonnet 時空における球対称ブ
ラックホールの熱力学,相転移,Joule Thomson効果について
郭 優佳 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
AdS背景時空における 4D novel Einstein Gauss Bonnet gravityの球対称なブラックホールの熱力
学についての論文 [1] をレビューする.4D EGBブラックホールの状態方程式は van der Waals状態
方程式に似た構造を持つため,液体-気体間の相転移と同じようにブラックホール解の相転移が起こ
る.4D EGB BHは特異点がなく,また電荷の有無に関わらず相転移や Joule Thomson 効果が見ら
れることであることが特徴である.
1 Introduction
Lovelock定理の主張は,「(i)(3+1)次元時空,(ii)
微分同相写像で不変である,(iii)metric compati-
bility,(iv)2階微分の運動方程式」の 4つを仮定し
た時に考えられる重力の運動方程式は,唯一Ein-
stein方程式だけであるというものだ.(i)の仮定を
除く場合,つまり (4+1)次元以上では (ii)から (iii)
の仮定を満たす重力理論は一般に Lovelock grav-
ityであると考えられている.Lovelock gravityは
Einstein-Hilbert作用SEHに,Riemannテンソル
の高次の多項式 (Lovelock作用項)を加えることで
GRを拡張した内容になっている.非自明なLove-
lock作用項は, 最低次では (4+1)次元の Lovelock
gravityで見ることができ,Einstein Gauss Bon-
net(EGB) gravityと呼ばれている.EGB gravity
の作用は以下で与えられる.
S = SEH + SGB (1)
ただし,
SEH =1
16π
∫dDx
√−g
[M2
P
2R− Λ
](2)
SGB =1
16π
∫dDx
√−gαG. (3)
αは結合定数,また Gauss Bonnet項 G =
RµνρσR
ρσµν − 4Rµ
νRνµ +R2で与えられる.計量
の変分 δgµν による SGB の変分は
gνρ√−g
δSGB
δgµρ= −2Rµα
ρσRρσνα + 4Rµα
νβRβα
+4RµαR
αν − 2RRµ
ν +1
2Gδµν.
(4)
式 (4)のトレースを取ると
gµν√−g
δSGB
δgµν= (D − 4)× α
2G (5)
となる.これより D=4次元の場合には式 (5)の
左辺が 0になることが確認できる.トレースのみ
ならず一般に 4次元では SGB が surface term と
なるため,EoMに寄与するのは SEH だけであり
Lovelock定理が満たされている.
しかし今年,Lovelock gravityをバイパスできる
重力理論が発表され注目を集めた.[2]上記のEGB
gravityについて
α → α
D − 4(6)
と結合定数を rescalingすることで式 (5)などEoM
に寄与する (D− 4)の因子が打ち消され,D → 4
の極限でもSGBがEoMに寄与する.これより (i)
から (iv)の仮定を満たしながら SGB の寄与を含
む重力理論を考えることができるためLovelock定
理をバイパスできる.この理論は novel 4D EGB
gravityと呼ばれている.
以下1では AdS 背景時空での nobel 4D EGB
gravityにおける球対称な BHの熱力学的特性を
見ていく.2章ではBH解と熱力学量をまとめる.
3章では BHの状態方程式に注目し,解空間での
相転移を見る.4 章では BH の Joule Thomson
効果を見る.5章では以上の内容について議論を
行う.
1c = ℏ = G = kB = 1 の自然単位系を用いる.
17
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 4D EGB BHの熱力学
AdS背景時空における novel 4D EGB gravity
の作用は
S =1
16π
∫dDx
√−g
[M2
P
2R− Λ +
α
D − 4G].
(7)
電荷をもつBHについて考える場合には上記の作
用に FµνFµν の Maxwell項を入れる.球対称な
BH解 [3] は
ds2 = −f(r)dt2 +1
f(r)dr2 + r2dΩ2. (8)
ただし
f(r) = 1+r2
2α
[1−
√1 + 4α
(− 1
l2+
2M
r3− Q2
r4
)].
(9)
lはAdS lengthで Λ = − 3l2 を満たす.M は BH
の質量で,f(r+) = 0(r+ は外側の horizon)より
M =
[r3
2l2+
Q2
2r+
α
2r+
r
2
]r=r+
(10)
の表式で与えられる.Qは電荷である.
次に BH の熱力学量をまとめる.P および V
をBH熱力学量として採用する,extended phase
spaceでのBH熱力学を考える.まず系の圧力Pは
宇宙項を用いてP = − Λ8π で与えられる.Hawking
温度は surface gravity κを用いて
T =κ
2π=
f ′(r+)
4π= −
α− 8πPr4+ +Q2 − r2+4πr3+ + 8παr+
.
(11)
また,BHの熱力学第 1法則は
dM = TdS + V dP +ΦdQ+Adα (12)
と書ける.ただし Φおよび Aはそれぞれ Q,α
に共役な熱力学量.式 (12)の表式よりM がエン
タルピーであることが分かる.式 (12)より,系の
エントロピーは
S =
∫dM(r+)
T (r+)= πr2+ + 4πα log(r+) (13)
であることが分かる.また熱力学量としての体
積は
V =
(∂M
∂P
)S,Q,α
=4
3πr3+ (14)
であり,BHの体積と等しいことが確認できる.
3 BHの相転移現象
式 (11)より,BHの状態方程式は以下のように
書ける.
P =
[Q2
8πr4+
α
8πr4+
αT
r3− 1
8πr2+
T
2r
]r=r+
(15)
これを書き直すと
P =
(1
v+
8α
v3
)T − 1
2πv+
2(Q2 + α)
πv4(16)
が得られる.ただし v ≡ 2r+ は 4D AdS背景時
空のRN BHの specific volume.式 (16)は自然単
位系で表したが,元に戻す場合には
P → ℏcl2P
P, T → ℏckB
T, (17)
また specific volumeは v ≡ 2l2P r+と rescalingす
ればよい.以下ではまた自然単位系を採用する.
式 (16)は van der Waalsの状態方程式とよく
似ていることが確認できる.van der Waals気体
の気体-液体相転移と同じように,BHの相転移に
ついて考えることができる.臨界点では以下の関
係式が成り立っている.(∂P
∂v
)T
=
(∂2P
∂v2
)T
= 0 (18)
また,臨界温度,臨界圧力,臨界体積は以下であることが計算できる.
Tc =
(8α+ 3Q2 −
√48α2 + 9Q4 + 48αQ2
)48πα2
√6α+ 3Q2 −
√48α2 + 9Q4 + 48αQ2
(19)
Pc =9α+ 6Q2 +
√48α2 + 9Q4 + 48αQ2
24π(6α+ 3Q2 +√
48α2 + 9Q4 + 48αQ2)2
(20)
Vc =4
3π(6α+ 3Q2 +
√48α2 + 9Q4 + 48αQ2
)3/2
(21)
式 (16) を v についてプロットしたものが図 1
である.これより臨界温度よりも低い温度で相転
移現象が確認できる.この時,ある圧力 P での
specific volume vによって small black hole(SBH)
と large black hole(LBH)の 2つの安定な相の間
で相転移する.
18
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 4 6 8 10
0.0000
0.0005
0.0010
0.0015
0.0020
0.0025
0.0030
2 4 6 8 10
0.0000
0.0005
0.0010
0.0015
0.0020
0.0025
0.0030
Figure 1: P − v 平面で等温線をプロットした図.上はQ = 1,下は Q = 0 の場合についてプロットした.
Gibbons自由エネルギーの温度依存性からも相転移が確認できる.Gibbons 自由エネルギーは以下の表式で書ける.
G(P, T ) ≡ M − TS
=
[(r2 + 4α log(r))(α− 8πPr4 +Q2 − r2)
4(r3 + 2αr)
+4πPr3
3+
Q2
2r+
α
2r+
r
2
]r=r+
(22)
ただし,r+は状態方程式 (15)を満たす P, T に
ついての関数.これを T についてプロットしたも
のが図 2である.臨界圧力よりも圧力が小さいと
0.0210 0.0215 0.0220 0.0225 0.0230
0.96
0.98
1.00
1.02
1.04
1.06
1.08
1.10
T
G
Figure 2: G-T 平面での等圧線の図.赤い線が P = Pc,青い線が P > Pc,黒い線が P < Pc を表している.Q =1, α = 1 とした.
き等圧線が swallow tail状に交わり,同じGを与
える T が複数ある場合が確認できる.電荷がない
場合にも同じ特徴のグラフが描ける.これより電
荷の有無に関わらず SBH-LBH相転移が起きてい
ると考えられる.最後に等圧比熱 CP の r+ 依存性から相転移を
見る.等圧比熱の表式は
CP = T
(∂S
∂T
)P
= 2π(2α+ r2)2(−α+ 8πPr4 −Q2 + r2)
×2α2 + 8πPr6 + r4(48παP − 1)
+Q2(2α+ 3r2) + 5αr2−1. (23)
これを r+についてプロットしたものが図 3であ
る.臨界圧力よりも小さい圧力では 2か所で発散
し,r+ の大小によって安定な SBH相, 不安定な
intermediate black hole(IBH)相, 安定な LBH相
の 3つがあることが確認できる.臨界圧力の時に
は SBHと LBHの 2つの相があることが分かる.
また,電荷にかかわらず同じような相転移が見ら
れることが分かる.
4 BHのJoule Thomson効果
ある容器 (P1, V1, T1)に入った気体を小さな穴
を通して別の容器 (P2(< P1), V2, T2)に移し,気
体を徐々に膨張させる状態変化について考えよう.
この時, E を気体のエネルギーとすると状態変化
の前後で E + PV ≡ H(エンタルピー)が保存
する.T1 ≃ T2 ≡ T の場合,膨張によって気体の
温度が上がるか下がるかが T に依存する.これ
が Joule Thomson 効果である.気体の温度変化
が逆転するときの T を逆転温度 Ti と呼ぶ.
BH でも Joule Thomson 効果を見ることがで
きる.気体の温度変化が逆転する様子を見るため
に,T −P 平面での等エンタルピー線をプロット
することを考える.まず式 (10)よりBHのエンタ
ルピーは BHの質量に対応している.次に等エン
タルピー線の傾き µJ は以下のように計算できる.
µJ =
(∂T
∂P
)M
=1
CP
[T
(∂V
∂T
)P
− V
](24)
また逆転温度 Ti は等エンタルピー線の極値であ
るため,µJ = 0より
Ti = V
(∂T
∂V
)P
. (25)
式 (11)を用いて具体的な表式を書くと
Ti =
[1
12πr(2α+ r2)2
×2α2 + 8πP (r6 + 6αr4)
+Q2(2α+ 3r2)− r4 + 5αr2]
r=r+.(26)
19
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 4 6 8 10
0
2000
4000
6000
8000
10 000
r+
CP
2 4 6 8 10
0
20 000
40 000
60 000
80 000
100 000
r+
CP
2 3 4 5 6
-100 000
-50 000
0
50 000
100 000
r+
CP
Figure 3: CP の r+ 依存性をプロットした.左が P > Pc,真ん中が P = Pc,右が P < Pc を表している.赤い線はQ = 1,青い線は Q = 0 をプロットしていて,α = 1 と設定した.
これを式 (11)と連立させて r+ について解いた
ものを式 (26)に代入すれば逆転温度の P 依存性
が分かる.図 4に T −P 平面での等エンタルピー
5
6
7
8
9
0 50 100 150
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
P
T
Figure 4: T −P 平面での異なるM ごとの等エンタルピー線.赤い線は逆転温度をプロットした.Q = 1, α = 1 と設定した.
線と逆転温度をプロットした.これより逆転温度
よりも高温の時には P が下がると温度が上がり,
逆転温度よりも低温の場合には P が下がると温
度が下がり Joule Thomson効果が確かめられる.
電荷がない場合にも同じ特徴のグラフが描ける.
5 Discussions
4D novel EGB gravityにおける球対称 BH解
の熱力学を学んだ.P − V 平面図,G − T 平面
図,および CP の r+ 依存性から相転移が起こる
ことが確認でき,また T − P 平面での等エンタ
ルピー線から Joule Thomson 効果が見られた.
今回のBH熱力学には大きく 2つの特徴がある.
1つは,電荷の有無に関わらず同じ熱力学的現
象が確かめられたことだ.α = 0の場合,つまり
GRでの 4D RN AdS BHの状態方程式は
P =T
v− 1
2πv2+
2Q2
πv4(27)
と書ける.[4] このとき Q = 0 の場合には相転移
をしないので,電荷が BH相転移において重要な
役割を果たすと考えられていた.しかし今回見た
4D EGB BHでは電荷の有無にかかわらず相転移
が起こることが分かった.これは,式 (16)を式
(27)と比較すると,αが電荷の働きをしているか
らだと考えられる.
もう一つ特徴的なのは,4D EGB BH解が特異
点を持っていないことである.特異点のない BH
でも相転移や Joule Thomson 効果を確認するこ
とができた.
今後このようなブラックホールの熱力学現象を
通して,詳細なブラックホールの熱力学的性質や
その微視的構造が解明されることが期待されて
いる.
References
[1] Kartheek Hegde, A. Naveena Kumara,C. L. Ahmed Rizwan, Ajith K. M., andMd Sabir Ali. Thermodynamics, phase transi-tion and joule thomson expansion of novel 4-dgauss bonnet ads black hole, 2020.
[2] Drazen Glavan and Chunshan Lin. Einstein-gauss-bonnet gravity in four-dimensional space-time. Physical Review Letters, 124(8), Feb 2020.ISSN 1079-7114.
[3] Pedro G.S. Fernandes. Charged black holes inads spaces in 4d einstein gauss-bonnet gravity.Physics Letters B, 805:135468, Jun 2020. ISSN0370-2693.
[4] David Kubiznak and Robert B. Mann. P - vcriticality of charged ads black holes. Journal ofHigh Energy Physics, 2012(7), Jul 2012. ISSN1029-8479.
[5] David Kubiznak, Robert B Mann, and MaeTeo. Black hole chemistry: thermodynamicswith lambda. Classical and Quantum Gravity,34:063001, Mar 2017. ISSN 1361-6382.
20
——–index
重宇4
一般的な非線形電磁気の枠組みにおけるブラックホールの安定性
神戸大学理学研究科物理学専攻野村皇太
21
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
一般的な非線形電磁気の枠組みにおけるブラックホールの安定性
野村 皇太 (神戸大学大学院理学研究科)
Abstract
電磁場を含む重力理論は、典型的には電磁場の強さ Fµν からなるスカラー FµνFµν を取り入れた Einstein–
Maxwell理論で記述される。この理論における荷電ブラックホールは摂動に対して安定であることが過去に
示されている。それでは、FµνFµν だけでなく、Fµν とその双対 Fµν から構成される一般の関数を含む理論
におけるブラックホールは安定だろうか? 例えば、電磁場中の量子効果は Fµν と Fµν を組み合わせた非線
形項によって有効的に記述されることが知られている。このような非線形な電磁気的効果がブラックホール
の安定性にどのような影響を及ぼすかは非自明な問題である。そこで本記事では、ラグランジアンに Fµν と
Fµν の任意関数が含まれるような一般的な非線形電磁気の枠組みにおけるブラックホールの安定性について
議論する。また、安定性条件の適用例として、Born–Infeld理論におけるブラックホールが摂動的に安定で
あることを示す。
1 Introduction
ブラックホール連星からの重力波観測や影の直接
撮像などによって、ブラックホールの存在は実証さ
れ、今や精密観測の対象となりつつある。ブラック
ホールは天体物理の分野において興味深い研究対象
であることは間違いないが、それと同時に理論物理
学においても重要な地位にある。特に、ブラックホー
ルは「重力」に対する理解を深める機会を与えてく
れる。ブラックホールに関する話題で特筆すべきも
のは、その摂動的安定性である。一般相対論におい
ては、単純なクラスのブラックホールは摂動に対し
て安定であることが示されている。例えば、球対称真
空解である Schwarzschildブラックホールの安定性解
析は (Regge & Wheeler 1957)および (Zerilli 1970)
によってなされ、その後に (Zerilli 1974)などによっ
てEinstein–Maxwell理論における荷電ブラックホー
ルへ解析が拡張された。
ブラックホールに関するもう一つの興味深い話題
は、その地平線内部での特異点の出現である。実際、
Penroseと Hawkingの特異点定理は、適当なエネル
ギー条件を満たす物質を伴う古典的一般相対論にお
いては、特異点の形成が避けられないことを主張し
ている。現在のところ、そのような特異点は何らか
の量子効果によって取り除かれるという考え方が支
配的である。この立場から見ると、一般相対論は紫
外完備な量子重力理論に対する低エネルギー有効理
論に過ぎない。ゆえに、未知の高エネルギー重力理
論にアプローチするためには、物質の量子効果を考
慮しなければならないだろう。典型的には、物質の
量子効果を加味した低エネルギー有効理論は物質場
の高次の項を含む。例えば、量子効果を取り入れた
電磁力学の有効理論として、電磁場の強さ Fµν とそ
の双対 Fµνの高次の項を含んだEuler–Heisenberg理
論がある。ブラックホールの特異点を物質の量子効
果で取り除こうとするならば、その効果がブラック
ホールの安定性に影響を与えるかもしれない。した
がって、Fµν と Fµν の高次の項の寄与を含む、非線
形電磁気の枠組みにおけるブラックホールの安定性
を解析することは非常に重要だと言える。
本研究では、ラグランジアンに Fµν と Fµν の一般
の関数が含まれる非線形電磁気の枠組みにおけるブ
ラックホール時空を考え、その上の計量と電磁場の
摂動の運動方程式を導出し、ブラックホールが摂動
に対して安定であるための条件を導出した。なお、本
発表は (Nomura et al. 2020)に基づく。
2 Charged black hole
本研究では一般的な非線形電磁気の枠組みにおけ
る一般相対論を取り扱う。つまり、A = Aµdxµを電
22
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
磁場として、作用は電磁場の強さ F = 12Fµνdx
µ ∧dxν = dAだけでなくその双対 F = 1
2 Fµνdxµ∧dxν =
14ϵµνρσF
ρσdxµ ∧dxν からの寄与を含む。この枠組み
での作用は、一般に次の形で与えられる。
S[g,A] =
∫d4x
√−g
[1
16πG(R− 2Λ)− L(F , F)
](1)
ここでRは計量 g = gµνdxµdxν に関するRicciスカ
ラー、Λは宇宙定数、GはNewtonの重力定数、gは
gµν の行列式、Lは次で定義されるスカラー
F :=1
4FµνF
µν (2)
F :=1
4Fµν F
µν =1
8ϵµνρσF
µνF ρσ (3)
の一般の関数である。
計量 gµν に関して作用の変分を取ることにより、
Einstein方程式
Gµν = 8πGTµ
ν (4)
を得る。ここでGµν は gµν から計算される Einstein
テンソルの成分、Tµν は電磁場のエネルギー・運動
量テンソルの成分
Tµν = LFFµλF
νλ + δνµ
(LF F − L − Λ
8πG
)(5)
である。ここで LF := ∂L/∂F , LF := ∂L/∂F である。同様に、電磁場 Aµ に関して作用の変分を取れ
ば、電磁場の運動方程式
∇µ
(LFF
µν + LF Fµν)= 0 (6)
が得られる。ここで ∇µ は gµν に関する共変微分を
表す。
ここでは、背景時空として球対称な磁場を伴った
ブラックホール解を考える。つまり、背景の電磁場
の配位 F は、qを定数として
F =1
2Fµνdx
µ ∧ dxν = q sin θ dθ ∧ dϕ (7)
とする。このとき、スカラー量 (2), (3)の背景での
値 F ,¯F は
F =q2
2r4,
¯F = 0 (8)
となる。定数 qは、∫S2
F =
∫ π
0
dθ
∫ 2π
0
dϕ sin θ q = 4πq (9)
より、この時空における全磁荷に相当する量である。
なお、場の強さ (7)をもたらす背景電磁ポテンシャル
Aは、
A = Aµdxµ = q(±1− cos θ) dϕ (10)
と取れる。背景の球対称ブラックホール時空を記述
する計量 gは Einstein方程式を使うことで
g = gµνdxµdxν = −f(r) dt2 +
1
f(r)dr2 + r2 dΩ2
(11)
と書かれる。ここで dΩ2 = dθ2 + sin2 θ dϕ2 であり、
関数 f(r)は
f(r) = 1− 2GM
r− Λ
3r2 − 2GMq(r)
r(12)
で与えられる。ただしM は任意定数(ブラックホー
ルの質量に相当する量)で、Mq(r)は
Mq(r) := 4π
∫dr r2L
(q2
2r4, 0
)(13)
である。一方で、電磁場の運動方程式 (6)の t成分
から
LFF
(q2
2r4, 0
)= 0 (14)
が成り立つ。この関係式により、Lを F の級数で展開したとき、1次の係数は消えなければならないこ
とが分かる。すなわち、Lの関数形は
L(F , F) = L0(F) +∞∑
n=2
1
n!Ln(F)Fn , (15)
で与えられる。ここで L0 および Ln は F の任意関数である。
3 Equations of motion for
black hole perturbations
ブラックホール時空上の計量と電磁場の摂動のダ
イナミクスを調べるために、
gµν = gµν + δgµν (16)
Fµν = Fµν + δFµν (17)
23
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
と書く。バーのついた量が Sec. 2で調べた球対称背
景、δgµν と δFµν がそれぞれ計量と電磁場の摂動で
ある。
背景の球対称性から、摂動を解析する際には、摂
動をテンソル球面調和関数の基底で展開し、その動
径方向の依存性と角度依存性を分離するのが便利で
ある。その後、摂動をパリティの下での変換性によ
り次のように分類することができる。
δgµν = δg−µν + δg+µν (18)
δFµν = δF−µν + δF+
µν (19)
ここで δg−µν と δF−µν は、l を球面調和関数の方位量
子数として、パリティ変換の下で (−1)l+1 の因子が
現れる項であり、しばしば「パリティ奇」あるいは
「軸性」の項と呼ばれる。一方、δg+µν と δF+µν はパリ
ティの下で (−1)lの因子が付く「パリティ偶」または
「極性」の項である。(Regge & Wheeler 1957)に倣っ
て適当なゲージを取ると、パリティ奇の計量の摂動
は (t, r, θ, ϕ)座標での行列として次のように表せる。
δg−µν =∑l,m
0 0 −[h0/ sin θ] ∂ϕ h0 sin θ ∂θ
0 0 −[h1/ sin θ] ∂ϕ h1 sin θ ∂θ
⋆ ⋆ 0 0
⋆ ⋆ 0 0
Ylm
(20)
ここで Ylm = Ylm(θ, ϕ)は球面調和関数、h0, h1 は
モード (l,m)ごとに与えられる (t, r)の関数である。
なお、スター ⋆の成分は対称性から決まる。
パリティ偶の電磁場の摂動は (Zerilli 1974)に倣っ
て次のように表記する。
δF+µν =
∑l,m
0 f+
01 f+02 ∂θ f+
02 ∂ϕ
× 0 f+12 ∂θ f+
12 ∂ϕ
× × 0 0
× × 0 0
Ylm (21)
ここで f+01, f
+02, f
+12,f
+23 はモード (l,m)ごとに与え
られる (t, r)の関数である。バツ ×の成分は反対称性から決まる。
摂動展開 (16), (17)を運動方程式 (4), (6)に代入
し、摂動に関して線形化することにより、線形摂動
の運動方程式を得ることができる。背景磁場はパリ
ティ奇、背景計量はパリティ偶であるため、線形摂
動論においては、一方でパリティ奇の計量摂動とパ
リティ偶の電磁場摂動が混ざり合って一つの運動方
程式系をなし、他方、パリティ偶の計量摂動とパリ
ティ奇の電磁場摂動が混ざり合って一つの運動方程
式系をなす。ここでは紙面の都合により l ≥ 2にお
ける「パリティ奇の計量摂動とパリティ偶の電磁場
摂動」のタイプの運動方程式のみを以下に記載する。
なお、以下は時間に関して Fourier変換したもので
ある。つまり、∂t → −iωの置き換えを施している。
1
f
[r
d
dr∗
(1
r2d
dr∗(rR−))+ ω2R−
]−V I
11R− − V I12E = 0 (22)
1
f
[√|LF |
d
dr∗
(1
LF
d
dr∗
(√|LF |E
))+sgn(LF )ω
2E]− V I
22E − V I21R− = 0 (23)
ここで fdr∗ = dr,
R− :=fh1√
8πG(−iω)r(24)
E :=
√2 r2
l(l + 1)√
(l + 2)(l − 1)|LF |
×(LF − q2
r4LFF
)f+01 (25)
および
V I11 =
(l + 2)(l − 1)
r2(26)
V I12 = V I
21 =q√16πG(l + 2)(l − 1)|LF |
r3(27)
V I22 = |LF |
[l(l + 1)
r21
LF − (q2/r4)LFF
+16πGq2
r4
](28)
である。
上の方程式により摂動 h1, f+01のダイナミクスが決
まる。同じタイプに含まれる他の変数 h0, f+02, f
+12の
ダイナミクスも、h1 と f+01 が与えられれば決まる。
4 Stability conditions
一般的な非線形電磁気の枠組みにおけるブラック
ホール摂動のうち、「パリティ奇の計量摂動とパリ
24
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ティ偶の電磁場摂動」のダイナミクスは方程式 (22),
(23)で決まることが分かった。ブラックホールが摂
動に対して安定であるためには、摂動が指数関数的
に増大しなければ良い。つまり、ポテンシャル行列
VI =
(V I11 V I
12
⋆ V I22
)(29)
が正定値であれば良い。同様の考察をもう一つのタ
イプ「パリティ偶の計量摂動とパリティ奇の電磁場
摂動」に対しても繰り返すことができる。最終的に、
ブラックホールが摂動的に安定であるための十分条
件は、次で与えられることが分かる。
L(F , 0) +Λ
8πG> 0 (30)
LF (F , 0) > 0 (31)
1− 2FLFF (F , 0)
LF (F , 0)> 0 (32)
0 < f
(1 + 2F LFF (F , 0)
LF (F , 0)
)< 3 (33)
5 Application
非線形電磁気理論の例として、Born–Infeld理論を
考えてみる。Born–Infeld理論は 1930年代に電子の
自己エネルギーの発散を取り除くために考えられた
有効理論で、ラグランジアンは µを質量次元を持つ
パラメータとして
L(F , F) = µ4
√1 +
2Fµ4
− F2
µ8− µ4 (34)
で与えられる。このとき、ブラックホール計量に含
まれる関数 f は超幾何関数 2F1 を用いて
f(r) = 1− 2GM
r+
8πGµ4r2
3
×[1− 2F1
(−3
4,−1
2,1
4,− q2
µ4r4
)](35)
となる。安定性に関わる量は次のように評価される。
LF (F , 0) =1√
1 + 2F/µ4(36)
1− 2FLFF (F , 0)
LF (F , 0)= 1 +
2Fµ4
(37)
1 + 2F LFF (F , 0)
LF (F , 0)=
1
1 + 2F/µ4(38)
これらはすべて正である。さらに、(38)は 1より小
さい。したがって、安定性条件 (30)–(33)は(宇宙定
数が負でない限り)常に満たされ、Born–Infeld理論
におけるブラックホールは摂動に対して安定である
ことが分かる。
6 Conclusion
本研究では、電磁場の強さ Fµν とその双対 Fµν を
作用に含む一般的な非線形電磁気の枠組みにおける
ブラックホールに焦点を当て、その上の線形摂動の
運動方程式を導いた。また、その運動方程式からブ
ラックホールの摂動的安定条件を読み出した。この
条件を適用することで、Born–Infeld理論におけるブ
ラックホールは安定であることが分かった。本研究
では簡単のため磁荷を帯びたブラックホールを扱っ
たが、電磁双対変換によって電荷を帯びたブラック
ホールにも以上の解析は適用できると考えられる。
本研究で扱った作用 (1)は静的一様な電磁場にお
ける有効理論として典型的に生じるものである。し
かし、さらに一般的な非線形電磁気の枠組みとして、
∂µFνρ∂µF νρ といった高階微分相互作用を考えるこ
ともできるだろう。このような相互作用がブラック
ホールの安定性にどのような影響を及ぼすかは非自
明であり、その解明は今後の課題である。
Reference
Tullio Regge, & John A. Wheeler, “Stability of aSchwarzschild singularity,” Phys. Rev. 108 (1957)1063
Frank J. Zerilli, “Effective potential for even par-ity Regge-Wheeler gravitational perturbation equa-tions,” Phys. Rev. Lett. 24 (1970) 737
Frank J. Zerilli, “Perturbation analysis for gravita-tional and electromagnetic radiation in a Reissner-Nordstroem geometry,” Phys. Rev. D9 (1974) 860
Kimihiro Nomura, Daisuke Yoshida, & Jiro Soda, “Sta-bility of magnetic black holes in general nonlinearelectrodynamics,” Phys. Rev. D101 (2020) 124026
25
——–index
重宇5
宇宙初期のクエーサーによる21cm線シグナルへ影響
筑波大学数理物質科学研究科物理学学位プログラム
秋葉健志
26
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
宇宙初期のクエーサーによる21cm線シグナルへ影響秋葉健志 (筑波大学大学院 理工情報生命学術院 数理物質科学研究群)
Abstract
インフレーション後、宇宙は膨張によって冷え、約 38万年後に原子核に電子が取り込まれて宇宙の晴れ上がりをむかえる。そこから約4億年後に初代星ができるまで、宇宙で光り輝く星はなく暗黒時代と呼ばれている。その間ガスは中性であり、宇宙を隈無く満たしている。その後、初代星、初代銀河形成が進むと、それらの紫外線によって、銀河間ガスは再び電離した状態となる。これは宇宙再電離と呼ばれ、遠方銀河クエーサーの Gunn-Peterson効果や宇宙背景放射の観測により、赤方偏移10頃(宇宙誕生5億年後)に始まり赤方偏移6(宇宙誕生10億年後)までに完了したことがわかっている。中性水素は星や銀河の周りから徐々に電離し始め、電離領域は宇宙全体に広がっていったと考えられる。しかしこれまでの観測からでは電離源が何であるかや電離構造の進化まではわかっていない。そこで近年発展している電波観測によって中性水素ガスの時間的空間的発展を、水素原子から発せられる超微細構造線(21cm線)によって直接観測することが提案されており、宇宙初期の天体形成や電離構造のモデルが必要になっている。Ross et al. (2019)では大規模な数値シミュレーションを用いて、宇宙大規模構造とともに21cm線シグナルの構造をモデル化した。本講演では Ross et al. (2019)の論文についてのレビューを行う。Ross et al.(2019)の計算によると、暗黒時代から初代星が生まれる宇宙の夜明けの時期では、中性水素の温度が、クエーサーなどのX線放射天体の数、分布に依存し、21cm線の非等方性に強く寄与することがわかった。一方で、宇宙再電離期のクエーサーの観測は非常に少ないため、Ross et al.(2019)のクエーサーのモデル化には大きな不定性がある。
1 Introduction
宇宙再電離期は初めて形成された明るい天体によって宇宙が電離する時期である。現在、宇宙再電離は観測から赤方偏移 10頃に始まり6頃に終わったという時期の制限しか得られておらず、この他宇宙再電離についての宇宙物理はよくわかっていない。初期の天体が形成される一方で IGM(Intergalactic Medium
銀河間物質)中の中性水素ガスは天体からの加熱の影響を受け、21cm線シグナルはこれを反映する。IGM
の加熱には平均自由行程が大きい X線のみが寄与すると考えられるので、21cm線シグナルは X線源のスペクトル、数、分布によって強く影響を受ける。
2 Methods
2.1 The simulation
N体シミュレーションによって大規模構造の進化を計算し、輻射輸送の計算を行った。
2.2 Sources
2.2.1 Stellar sources
時間当たりの電離光子の発生数は、Mをハロー質量として
Nγ = gγMΩb
mp(10Myr)Ωo(1)
で与えられ、
gγ = f∗fescNi10Myr
∆t(2)
であり f∗、fesc、Niはそれぞれ星形成率、エスケープフラクション、バリオン当たりの電離光子生成率である。
2.2.2 HMXBs
HMXBs(High Mass X-ray Binaries)はDMハローに存在し、そのスペクトルは
Lh(ν) ∝ ν−αhx (3)
27
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
で、αhx = 1.5と与える。エネルギー幅は 272.08eVか
ら 5441.60eVを考え、これは次の QSOsについても同様である。
2.2.3 QSOs
Lq(ν) ∝ ν−αqx (4)
シミュレーション体積中の QSO(Quasi-Steller Ob-
jects) の数密度は QXLF(QSO X-ray Luminosity
Functions)を積分することによって得られ、
nq(z) =
∫ Lmax
Lmin
Φ(L, z)dL (5)
ここでΦ(L, z) ∝ (1+z)−2で、X線の光度Lxは1042−1047ergs−1である。またαq
x = 0.8, 1.6とし、硬X 線と軟X 線を考える。
2.3 The 21cm signal
21cm線シグナルは中性水素原子のスピン温度 Ts
と TCMBの大小によって放出か吸収かが決まり、
δTb = (1− TCMB
Ts)3λ3
0A10T∗nHI
32πH(z)(1 + z)(6)
で与えられる。ここでT∗は 21cm線のエネルギーギャップに対応し、A10はアインシュタイン A係数( =
2.85× 10−15s−1)である。スピン温度 Tsは水素原子のスピンシングレット状態とスピントリプレット状態の数比を反映し、ガスの力学的温度 TK、色温度 Tα
とその結合定数によって
Ts =TCMB + yαTα + ycTK
1 + yα + yc(7)
と与えられる。(Field 1958)
3 Results
シミュレーションは S1から S5まで 5つ行った。S1ではX線源は考えず、S2から S5ではX線源を考え、その種類をスペクトル指数によって示したのが表1である。各シミュレーションにおける 21cm線シグ
表 1: シミュレーションごとの X線源の種類S1 S2 S3 S4 S5
αhx(HMXBs) - - - 1.5 1.5
αqx(QSOs) - 0.8 1.6 - 0.8
ナルの時間発展の結果を図 1に示す。いずれのシミュレーションにおいても、始めと終わりは 21cmシグナルは 0であり白色になっている。これらは、始めは中性水素ガス温度が CMB温度と等しくなっており終わりは再電離によって中性水素自体がなくなっていることに対応している。図 1の 2段目 (S2)3段目 (S3)
は QSOを含むモデルに対応し、赤方偏移が 15頃でQSO周辺と思われる IGMに加熱が効き、シグナルのコントラストが最も強く出ている。また HMXBs
を含む4段目 (S4)5段目 (S5)のモデルはQSOのみを含むモデルよりも宇宙全体の加熱が早く、赤方偏移 14頃から放射のシグナルになっている。
Skewness(y) =1
N
∑Ni=0(yi − y)3
σ3(8)
Kurtosis(y) =1
N
∑Ni=0(yi − y)4
σ4(9)
の統計量を考える。ここでN は全データ数、yは yの平均値、σは yの分散である。δTbについてこの二つの統計量を図示したのが図 2である。図 2からQSOを含むモデルでは、シグナルの分布の左右非対称を表す上図の Skewness、また尖度を表す下図のKurtosisによって、QSOの痕跡を検出できる可能性を示している。
4 Conclusion
中性水素の温度がQSOなどのX線放射天体の数、分布に依存し 21cm線の非等方性に強く寄与することがわかった。また宇宙初期のQSOを 21cm線シグナルによって観測可能であることがわかった。しかし観測結果が少ないためQXLFを使ったモデル化には不定性がある。
28
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 1: 21cm線シグナルの時間変化
図 2: 21cm線シグナルの統計量
29
——–index
重宇6
初代星が再電離に与える影響と 将来観測機器での観測可能性
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻坂本陽菜
30
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
初代星が再電離に与える影響と将来観測機器での観測可能性
坂本陽菜 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
銀河間物質 (IGM)は、宇宙の密度ゆらぎの成長の結果誕生した天体からの電離光子により、z ∼ 6より前ま
でに電離が行われたことが観測的に示唆されている。この IGMが電離される過程を宇宙再電離という。IGM
を電離する電離光子源の有力な候補は若い銀河で、若い銀河は星形成において水素分子が必要であるミニハ
ロー (MH)と原子冷却ハロー (ACH)で形成される。ところが再電離の一般的なシミュレーションではMH
からの寄与は無視されることが多いが、その寄与が無視できるほど小さいかは明らかではない。本研究では
電離史のモデルとして電離光子源に ACHのみを考慮する場合と ACHとMH両方を考慮したものを考え、
MHが再電離史に与える影響を見積もる。この電離史の違いが CMBの E-mode偏光のパワースペクトルの
大角度スケールに現れると期待される。本研究では、CMBの E-mode偏光のパワースペクトルを主成分分
析 (PCA)と呼ばれる統計手法とマルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC)を用い解析することで、MHの影
響を調査する。
1 Introduction
現在広く支持されている現代宇宙論によれば、誕
生直後非常に熱かった宇宙は膨張と共に徐々に冷え
たとされている。宇宙誕生後おおよそ 38万年後、電
子と原子核が結びつき宇宙は中性になる。この結果
として、光子はバリオンと相互作用できなくなって
いき光が直進できるようになる。天体の存在しない
暗黒時代は初代星が形成されることで終わりを迎え
る。初代星ができてから構造形成が進み、星や銀河
ができることで銀河間媒質 (IGM)の中性水素は電離
されていき、赤方偏移 z がおよそ 6の頃に水素の電
離が終わったと考えられている。これを宇宙の再電
離という。
IGMを電離する有力な候補は若い銀河である。この
頃の若い銀河の源になる天体として、質量が105M⊙−108M⊙程度のミニハロー (MH)と質量が 108M⊙以
上である原子冷却ハロー (ACH)が挙げられる。MH
は星形成において水素分子による冷却が必要なハロー
であり、原子冷却ハローは水素原子による冷却で星
形成を行うハローである。
しかしながら、従来の大規模な再電離のシミュレー
ションではMHからの寄与を無視していることが多
い。これは、MHの質量が小さく高い分解能を必要
とするために、計算コストの面で難しいという理由
と、LW-feedbackと呼ばれるフィードバックによっ
て水素分子が解離され、MHでの星形成が抑制され
ると予想されていたという理由があったからである。
だが、本当にMHからの寄与が無視できるほど小さ
いかは明らかではない。
本研究ではまず、宇宙論的スケールでの輻射流体シ
ミュレーションを行う。モデルは電離光子源にACH
のみを考慮する場合と ACHとMH両方を考慮した
ものを考え、MHが再電離史に与える影響を見積も
る。MHを考慮した場合 z ∼ 35から電離が始まる
が、徐々に LW-feedbackによりMHによる星形成が
抑制され電離度の上昇が抑えられるため、z ∼ 10頃
までは再電離が進行せず電離度が数%のまま推移す
る。z < 10以降では ACHからの電離光子が支配的
になるため二つのモデルでの違いは見られなくなる。
この電離史の違いについて、特に高赤方偏移での電
離史の違いをみることは難しい。そのため、CMBの
E-mode偏光のパワースペクトルに着目する。
CMBのE-mode偏光は、最終散乱面の温度の四重
極成分の情報を持った光子が電子にぶつかるトムソ
ン散乱により引き起こされる。CMBのE-mode偏光
のパワースペクトルは最終散乱面からの光が電子に
より散乱された回数の情報、すなわち自由電子の多
さの情報を持っている。そのため、CMBの E-mode
31
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
偏光のパワースペクトルによって再電離の情報を得
ることができる。
観測量である角度パワースペクトルCℓの ℓは天球
面の分割数を表すので、ℓ が小さい方が見ているス
ケールが大きいことになる。そのため、ℓが小さい方
がより最近の情報を反映する。大雑把には ℓ = 100
の時のスケールが宇宙の晴れ上がりの時のスケール
である。
CEEℓ の ℓと赤方偏移 zには大雑把に対応が見られ
るものの、一対一対応がない。すなわち CEEℓ (zi)へ
の寄与と CEEℓ (zj)への寄与は独立ではなく、その影
響を見積もるのは非常に難しい。それを示したのが
図 1である。
図 1: CEEℓ の xef id(z)微分と ℓの関係。xe,fid(z)が
どのような電離史かについては 2章で述べる。
そのため、主成分分析 (PCA)と呼ばれる統計手法
を用い解析することを考える。PCAは観測に対して
感度の高い情報を優先的に選ぶことが可能な手法で
ある。
PCAを用いて高赤方偏移での電離史への影響を見
積もり、初代星からの影響を見積もるのが、本研究
の目的となっている。
2 手法
PCAではあるデータの共分散行列を対角化し、固
有値の大きい順に並べる操作を行う。この章では、
PCAを用いてどのように電離史を制限するかについ
て、具体的に式を用いて説明する。
2.1 主成分分析
今回データの共分散行列として、フィッシャー行列
と呼ばれる行列、
Fα,β =∑ℓ
(∂ logCℓ
∂λα
)(∂ logCℓ
∂λβ
)(1)
を考える。Cℓは角度パワースペクトルである。また、
λには一般には制限を見積もりたいパラメータを入
れる。今回は電離度への制限を見積もりたいので、パ
ラメータ λに電離度 xe,fid(z)を採用する。xe,fid(z)
という電離史は次のようなものである。
xe,fid(z) =
1 (z < 6)
0.3 (6 < z < 30)
0 (30 < z)
(2)
これを用いて電離史をパラメータとしたフィッシャー
行列
Fij =
ℓmax∑ℓ=2
(ℓ+
1
2
)∂ logCEE
ℓ
∂xe,fid(zi)
∂ logCEEℓ
∂xe,fid(zj)(3)
を考える。この行列について固有値方程式を解いて
固有ベクトルを求める。すなわち fisher-matrixを次
のように変形すると次のように書ける。
Fi,j = (Nz + 1)−2Nz∑µ=1
Sµ(zi)σµSµ(zj) (4)
ここで Sµは固有ベクトル、σµは固有値、Nzは赤方
偏移ビンの数である。Sµは次のように規格化されて
いる。
Nz∑µ=1
Sµ(zi)Sµ(zj) = (Nz + 1)δij (5)
この Sµ について示した図が図 2である。
32
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 2: µ = 1, 2, 3, 4の固有ベクトル
対角化の際、固有値が大きい順に µ を決定する。
この一連の操作を主成分分析という。
次に、固有ベクトルを用いて任意の電離史 xe(z)を
表現する。xe(z)は次のように書くことができる。
xe(z) = xe,fid +
Nmax∑µ=1
mµSµ (6)
ただし係数mµ は次のように書かれる。
mµ =
∫ zmax
zmindzSµ[xe(z)− xe,fid(z)]
zmax − zmin(7)
原理的には Nmax まで足しあげれば電離史を完全に
再現する。主成分分析は寄与の大きい情報から拾え
るため、Nmax まで足し上げなくとも多くの情報を
得ることができる。この利点は、PCAを用いるモチ
ベーションの一つである。
2.2 制限方法
本研究ではこのmµ をパラメータとして電離史を
制限することを考える。mµへの制限はマルコフ連鎖
モンテカルロ法 (MCMC)を用いる。ΛCDMモデル
で用いられる宇宙論パラメータに加えて、mµをパラ
メータとして推定を行った。
2.3 制限に用いる電離史について
本研究では電離史のモデルとして電離光子源にMH
を特別考慮しない場合と ACHとMH両方を考慮し
たものを考え、二つの電離史の場合に対応する mµ
と、MCMC で推定される mµ とを比較する。この
二つの電離史について図 3に示す。赤線の電離史は、
図 3: 電離史
z = 10の時に xe(z) = 10−4 を初期条件として仮定
し、密度が高い領域から電離すると仮定して準数値的
に電離史を計算した時の平均の電離史となっている。
こちらは比較的急激に電離したモデルとなっている。
一方青い線の電離史についてはAhn et al. (2012)よ
り引用した、MHと ACHを考慮に入れた輻射輸送
シミュレーションから求めた電離史となっている。
3 結果
CEEℓ から MCMC を用いて推定される
m1,m2,m3,m4 を、前述した電離史の時に式
(7) を用いて求めたの値とともに示したのが図 4 と
図 5である。MCMCにはWMAPの 9年目の観測
結果を用いた。
図 4: m1 とm2
33
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 5: m3 とm4
濃い部分がMCMCで推定した時の 1σの範囲内と
なっていて、薄い部分が 2σの範囲内となっている。
青い丸の点はMHを考慮に入れた際の電離史でのmµ
である。一方黒い三角の点はMHを考慮に入れてい
ない、ACHのみを考慮に入れた際の電離史でのmµ
の点を示したものとなっている。
図 4では、MHを考慮したものが 1σの範囲内であ
りMHを考慮していないものについては 2σ の範囲
内に入っている。図 5についてはMHも考慮したも
のも、ACHのみ考慮したものも両方、1σ の範囲内
に入っている。
4 まとめと今後の課題
本研究は、CMBの Emode偏光の角度パワースペ
クトルをPCAを用いて解析することで、電離史に関
係するパラメータmµを求め、MCMCを用いて予想
されるmµの範囲を比較することでMHの影響を見
積もることを目的とした。
結果としては、図 4を見る限りでは、MHを考慮
したものが 1σ の範囲内でありMHを考慮していな
いものについては 2σ の範囲内に入っている。主成
分分析という手法はその性質上、番号の小さい主成
分がよりたくさんの情報量を持っている。ここから、
電離史についてはMHを考慮したモデルの方がより
もっともらしいと示唆されているのではないかと推
察する。この結果は、おおよそ 10年前の観測結果を
用いての計算である。日々観測器の精度は上がって
いるため、例えば、将来の観測器 LiteBIRDを用い
た場合、1σ や 2σ の範囲がより狭くなり、よりはっ
きりと制限がつけられるようになるのではないかと
予想する。これを今後の課題として取り組みたい。
Acknowledgement
本発表において、ご指導してくださった宇宙論研
究室のスタッフと先輩の皆さまに感謝申し上げます。
特に准教授の市來淨與さん、研究員の長谷川賢二さ
ん、博士課程の田中俊行さん、簑口睦美さん、安藤
梨花さん、阿部克哉さん、修士課程の迫田康暉さん、
古郡国彦さんには、大変お世話になりました。お忙
しい中、議論や助言に時間を割いてくださったこと
にこの場を借りて感謝申し上げます。
また、このような情勢の中、夏の学校の企画運営
をしてくださった方々へ、厚く御礼申し上げます。
Reference
Ahn, K., Iliev, I. T., Shapiro, P. R., et al. 2012, APJI,756, L16
Mortonson, M. J. & Hu, W. 2008, APJ, 672, 737
Hu, W. & Holder, G. P. 2003, PRD, 68, 023001
34
——–index
重宇7
銀河団での散乱によって生じるCMBの偏光を用いた密度ゆらぎの再構築
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻角谷健斗
35
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
銀河団での散乱によって生じるCMB偏光を用いた密度ゆらぎ再構築
角谷 健斗 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
宇宙論を精査するために、宇宙の大規模構造の進化、ひいては密度ゆらぎの発展を知ることは非常に重要で
ある。しかし、宇宙空間の構造を観測した場合、観測点が遠く離れるほど過去の姿を観測することになり、
同じ地点の構造を異なる時刻で観測することができない。そのため異なる地点の構造から推定される物質ゆ
らぎの成長率は不定性を大きく含んでいる。この問題の解決策として、同じ地点の構造を異なる時刻で観測
する新しい手法を確立し揺らぎの成長率を直接測定することがあげられる。
今回は異なる時刻における構造を測定する方法として銀河団によって散乱される宇宙マイクロ波背景放射
(Cosmic Microwave Background,CMB)の偏光を観測し、最終散乱面から我々の間の領域の晴れ上がり時で
の CMB温度ゆらぎを再現することを考えた。先行研究 [1]では、CMB光子が銀河団を通過する際に、銀河
団内部の自由電子に散乱され、銀河団まわりの最終散乱面上での CMB温度ゆらぎの四重極成分に由来する
偏光を生じることが示されている。多数の銀河団に対してこの偏光を観測することで、最終散乱面から我々
の間の領域の、晴れ上がり時での CMB温度ゆらぎを再構築することが期待できる。本研究ではシミュレー
ションにより様々な位置にある銀河団で散乱された CMB光子の偏光の情報から、我々の光円錐内における
再結合時の温度揺らぎを推定した。また、与えた再結合時のゆらぎと CMB偏光により再現したゆらぎを比
較することで手法の検証を行い、さらに再現率と用いる銀河団の関係性を検証した。本発表では実際に行っ
た数値計算の結果を報告し、また時間があれば実際の観測と理想的なシミュレーションでの状況の違いにつ
いても議論する。
1 Introduction
現在の宇宙論では構造の進化率を様々な領域の構
造の観測結果から統計的に計測している。しかし本
来の意味での構造の成長率とは、1つの構造の時間
発展である。従って現在の用いられている計測手法で
は1つの構造の成長率を直接測ることができず、複
数の構造から推定した量となってしまい不定性が大
きくなってしまう。
そこで本研究では1つの構造の時間発展から成長率
を計測する新しい手法を確立することを目指す。現
在成長率の計算が統計的な結果をもとに行われてい
る理由は、構造の時間進化から直接成長率を測るた
めには2つ以上の異なる時刻での姿を観測する必要
があるのに対し、直接観測では構造の姿は観測点か
らの距離によって決まる時刻での姿しか観測するこ
とができないからである。そこで銀河団によって散乱
される宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave
Background,CMB) の偏光の情報から間接的に同じ
地点の異なる時刻での姿を観測する方法を考えた。
銀河団周りの最終散乱面から銀河団に入射したCMB
光子は銀河団内にある自由電子によってトムソン散乱
される。このトムソン散乱によって散乱されたCMB
光子は銀河団周りの最終散乱面上の四重極温度ゆら
ぎに由来する偏光を生じることが先行研究 [1]で示さ
れている。この偏光を観測することによって銀河団
周りの最終散乱面に対応する領域の晴れ上がり時の
密度ゆらぎを再構築し、直接観測された構造と比較
することによって同じ地点の構造から直接成長率を
測ることが可能となる。
しかしながら、現実問題として現在の観測精度はこ
の成長率測定手法を用いるのに必要な精度には遠く
及ばず、すぐにこの手法を運用するということはか
なり厳しい。そこで今回は実際の観測の前段階とし
てこの手法の妥当性を示すテストシミュレーション
を行った。ここでは最終散乱面から飛び出したCMB
光子が銀河団内にある自由電子によるトムソン散乱
36
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
のみを経由し、その他の寄与は全く考えない非常に
理想的な状況を考えた。具体的には擬似観測Mapと
しての偏光の情報から他の領域の偏光を推定するシ
ミュレーションを行い、cosmic varianceと比較し推
定の妥当性を調べた。
2 トムソン散乱による偏光の生成
図 1: 散乱光の生成過程
自由電子に入射する光を考える。図1では z 軸方
向に進行する y軸に振幅ベクトル ϵを持つ入射光と
振幅ベクトル ϵ′を持つ散乱光を表している。この入
射光が電子に入射すると、自由電子は電場の振動に
よって y軸方向に振動する。この電子の y軸方向の
振動によって散乱光が生成されるが、光は横波であ
るため振動方向へは進行することができない。従っ
て散乱角度に対する散乱確率を表す微分散乱断面積
dσ/dΩはdσ
dΩ∝ (ϵ · ϵ′)2 (1)
となる。
図 2: 無偏光の入射光から散乱による偏光の生成過程
次に図2のようにそれぞれ振幅の異なる2つの無
偏光の光が z軸、y軸方向から自由電子に入射し x軸
方向に散乱する場合を考える。前述のように光は振
動方向に進行できないため、散乱光には入射光の持
つ成分のうち散乱面に水平な成分は消え垂直な成分
のみが残る。この過程により元々無偏光であった光
から入射光の振幅の大きさの違いによって偏光を生
成することができる。
3 銀河団でのトムソン散乱により
生じる偏光
本研究では銀河団によって偏光されたCMBから、
晴れ上がり時の密度ゆらぎを再構築する。銀河団に
よって散乱され我々に届く CMBは銀河団周りの最
終散乱面上から飛んでくる。従ってこの散乱光を扱
うには銀河団周りの最終散乱面上での温度ゆらぎと
散乱光の偏光を関連付けておく必要がある。
位置 xでの銀河団周りの最終散乱面上での温度ゆら
ぎ δT/T (x)は銀河団を原点とした極座標上で球面調
和関数展開すると
δT
T(x, n, T ) =
∑l,m
alm(x)Ylm(n) (2)
と書き表すことができる。ここで nは銀河団を原点
とした極座標上での視線方向ベクトルである。また
この球面調和関数の展開係数 alm(x)には温度ゆらぎ
の情報が入っているため、ルジャンドル多項式展開
した温度ゆらぎ∆T,l を用いて
alm(x) = 4π
∫d3keik·x(−i)−l∆T,lY
∗lm(k) (3)
と表すことができる。ここで kは波数空間上の原点
を中心とした視線方向ベクトルを表す。今回は銀河
団によるトムソン散乱によって生成された偏光をス
トークスパラメータQ,U によって表す。前節で述べ
たように散乱光の偏光は入射光の温度異方性によっ
て生じる。ストークスパラメータは直交した座標に
よって定義するため、銀河団中心に見た最終散乱面
の温度に四重極異方性があれば偏光が生じることに
なる。したがってQ,U は最終散乱面上の四重極温度
異方性により決まり、温度ゆらぎの球面調和関数展
37
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
開係数の四重極成分である a2mとスピン 2の球面調
和関数 ±2Y2m(n)を用いて
Q(x)± iU(x) = −√6
10τ∑m
a2m(x)±2Y2m(x) (4)
とすることができる。ただし、ここで xは観測者を
原点とした極座標上での方向ベクトルであり、スピ
ン 2の球面調和関数 ±2Y2m(n′, θ, ϕ)は [2]の表式を
用い
±2Y2,2 =√
564π (1− cosϕ)2 exp(2iθ)
±2Y2,1 = −√
516π sinϕ(1− cosϕ) exp(iθ)
±2Y2,0 =√
1532π sin2 ϕ
±2Y2,−1 = −√
516π sinϕ(1∓ cosϕ) exp(−iθ)
±2Y2,−2 =√
564π (1± cosϕ)2 exp(−2iθ)
であるとした。
4 シミュレーションデータの生成法
まず、初期曲率ゆらぎRini(k)を無次元パワースペ
クトル
P(k) = As
(k
k∗
)ns−1
(5)
を分散としたガウシアン乱数によって生成する。(k∗ =
0.05Mpc−1) この初期ゆらぎに、z = 1までの時間進
化を与える Transfer function ∆l(k, τ)をかけること
によってゆらぎ
∆l(k, τ) = ∆l(k, τ)Rini(k) (6)
を生成する。
図 3: 使用する四重極温度ゆらぎのTransfer function
このゆらぎに対して (3),(4)式の過程を踏むと位置
xの銀河団による偏光Q(x)± iU(x)を生成すること
ができる。また、grid上の全点に銀河団があるとして
この一連の過程により生成したQのMapが図4であ
る。四重極成分によって復元しているため数Gpc以
上のスケールのゆらぎが支配的であることが分かる。
図 4: 生成した Qmap(z=0)
5 シミュレーション内容
本研究では格子点を 83として、格子点全てに銀河
団があると仮定した場合でのテストシミュレーション
を行った。まず、波数空間上での初期ゆらぎを生成す
る。この生成した初期ゆらぎから z = 1でのTransfer
functionを用いて密度ゆらぎを再現し、中心のマス
と中心から 15Gpc以上離れた点を取り除くことで、
図5のように銀河団に散乱されて生じるストークス
Qの擬似観測Mapを作成した。
図 5: 中心を隠した Q Map(擬似観測Map)
38
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
擬似観測Mapのストークスと推定した初期ゆらぎ
によって生成したストークスの差が最小になるよう
に fittingし、初期ゆらぎを推定する。推定した初期
ゆらぎから擬似観測Mapで隠した領域に対応する球
面調和関数の展開係数 a2m(x)を計算し、この推定さ
れた a2m(x)と隠す前の正解の展開係数を比較するこ
とで fittingによる再現の精度を調べた。
このシミュレーションは実際の観測で得られた銀河
団による偏光の情報から、偏光の情報が得られなかっ
た領域の密度ゆらぎを推定することのテストシミュ
レーションとなっている。
6 結果と結論
正解として作成した展開係数 a2mと fittingから推
定した展開係数の値をmごとに図 6に示した。
図 6: 正解の展開係数 (青)と推定された展開係数 (赤)
の比較。縦軸が中心のマスに対応する展開係数を表
し、横軸がmを表す。また、cosmic variance(左端)
は正解と推定値とのズレの比較対象。
cosmic variance ≈ 10−5 と比較することで、それぞ
れのmに対して推定値はかなり精度よく再現できて
いることが見てとれる。この結果から簡単な条件の
下では観測で得られた偏光の情報から、偏光の情報
が得られなかった領域の密度ゆらぎを推定すること
は可能であることが示された。
7 Future work
今回は 83 マスで z = 1の Transfer functionのみ
を用いた擬似的な宇宙を使い、シミュレーションを
行なった。この内容はテストシミュレーションとして
も初歩段階であり、より現実に近づけたシミュレー
ションを行うには銀河団をバラバラに配置したり grid
数をもっと増やしたり様々な redshiftsでの Transfer
functionを用いたりしなければならない。今後はこ
のような条件によって現実に近づけた場合や今回の
シミュレーションで考慮しなかった物理的効果を考
えた場合などでも再現の妥当性を示すことができる
のかを調べていくことを今後の研究課題として取り
組んでいこうと考えている。
Reference
[1]Portsmouth, J. , PRD, 70, 063504 (2004)
[2]W. Hu & M. White, Phys. Rev. D 56, 596 (1997)
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——–index
重宇9
重力波信号の検出に用いるMatched Filterについて
新潟大学自然科学研究科数理物質科学専攻日下公亨
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2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
重力波データ解析で用いられるMatched Filterの原理
日下 公亨 (新潟大学大学院 自然科学研究科)
Abstract
約 100年前にアインシュタインによって予言された重力波は,2015年に初めて直接観測された。現在ア
メリカの LIGO, イタリアの Virgo, 日本の KAGRA等の重力波検出器が稼動中であり,電波や X線等さま
ざまな観測手段との連携によるマルチメッセンジャー天文学が花開こうとしている。重力波観測で得られる
のは重力波信号と検出器のノイズが合わさったものであるため,大きなノイズの中から非常に微弱な重力波
信号を取り出すためにMatched Filterという手法が用いられる。これは理論的に予測される重力波波形のテ
ンプレートを用いて,信号対雑音比(SNR)を最大にするフィルタである。本発表ではMatched Filterの
原理を紹介する。
1 Introduction
2015年にアメリカの LIGOで初検出された重力波
はブラックホールの連星合体によって発生したもの
であった。地球に到達したときの振幅は 10−21 程度
で,地球と太陽の間の距離を水素原子 1個分だけ動
かす程度に過ぎないほど小さなものであった。この
ように重力波信号は非常に微弱で,検出器のノイズ
の中に埋もれてしまう。理論的に重力波波形が精度
良く予測できる場合は,出力信号に適切なフィルタ
をかけて SNR を最大にすることができる。これを
Matched Filter解析と呼ぶ。
本発表ではフーリエ変換と逆変換をそれぞれ以下
のように定義する。
X(f) =
∫ ∞
−∞dt x(t)e−2πift (1)
x(t) =
∫ ∞
−∞df X(f)e2πift (2)
2 Matched Filterの原理
検出器の出力信号 s(t)は,重力波信号 h(t)とノイ
ズ n(t)の和である(ただし n(t)は定常ガウスノイズ
とする)。
s(t) = h(t) + n(t) (3)
この出力信号にフィルタをかけたものは, K(t)をフィ
ルタ関数として以下のように表される。
s ≡∫ ∞
−∞dt s(t)K(t) (4)
=
∫ ∞
−∞df s(f)K∗(f) (5)
ここで ˜ はフーリエ変換,∗ は複素共役である。ま
た (2)から (3)式を導く際に Parsevalの定理を用い
ている。
ここからは SNRを最大にする K(f)の形を考えて
いく。重力波信号のみがあるときの sの期待値を S,
ノイズのみがあるときの sの二乗平均平方根をN と
する。
S ≡ ⟨s(t)⟩ =∫ ∞
−∞df h(f)K∗(f) (6)
N2 = [⟨s2⟩ − ⟨s⟩2]h=0
= ⟨s2(t)⟩h=0 (∵ ⟨n(t)⟩ = 0)
=
∫ ∞
−∞dtdt′ K(t)K(t′)⟨n(t)n(t′)⟩
=
∫ ∞
−∞df
1
2Sn(f)|K(f)|2(
∵ ⟨n∗(f)n(f ′)⟩ = 1
2δ(f − f ′)Sn(f)
)(7)
ここで Sn(f)はノイズスペクトル密度で,以下で定
義される。単位は Hz−1 であり,検出器に依る量で
ある。
1
2Sn(f) ≡
∫ ∞
−∞dτ ⟨n(t+ τ)n(t)⟩e2πift (8)
41
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
(4), (5)式から SNRは以下のように書ける。
S
N=
∫∞−∞ df h(f)K∗(f)[∫∞
−∞ df (1/2)Sn(f)|K(f)|2]1/2 (9)
次に実関数 A(t), B(t)に対して内積を
(A|B) ≡ Re
∫ ∞
−∞df
A∗(f )B(f )
(1/2)Sn(f )
= 4Re
∫ ∞
0
dfA∗(f )B(f )
Sn(f )(10)
と定義すると,SNRは
S
N=
(u|h)(u|u)1/2
= (n|h) (11)
と書ける。ここで u(t),単位ベクトル nはそれぞれ
u(f) ≡ 1
2Sn(f)K(f) (12)
n ≡ u
(u|u)1/2(13)
で定義される関数である。SNRは (11)式のように n
と hの内積で書けるため,n // hすなわち u(f) ∝h(f)のとき最大値
S
N= (h|h)1/2 (14)
をとる。このときフィルタ関数は
K(f) = consth(f )
Sn(f )(15)
であり,これがMatched Filterの定義である。
3 GW150914への適用
Matched Filter を用いて重力波信号を探すには,
理論的に予測された重力波波形(テンプレート)
htemplate(t)が必要である。コンパクト連星合体のイ
ンスパイラル期で発生する重力波は数値計算によっ
て精度良く波形を予測できるため,Macthed Filter
の適用が可能である。u(f) = h(f)として(このと
き const = 2),式 (13)で h(t) → htemplate(t)とお
き出力信号をフィルタリングする。
s =
∫ ∞
−∞df s(f)K∗(f)
= 2
∫ ∞
−∞df
(h(f) + n(f))h∗template(f)
Sn(f)(16)
n(f) と h∗template は相関を持たないため,h(f) を
残したままノイズの影響を除去することができる。
htemplate(t)は天体の質量やスピン等のパラメータに
依存する。様々なパラメータ値について sを計算し,
SNRがあらかじめ設定した閾値を超えたら重力波信
号があると判断する。
以下で,検出器の出力信号にMatched Filterをかけ
た解析結果を見ていく。図はLIGOが公開している重
力波データ解析のEvent tutorial(https://www.gw-
openscience.org/s/events/GW150914/)から引用し
たものである(詳細は URL先を参照されたい)。
図 1: 重力波 (GW150914) を捉えた LIGO の出力
信号
初検出された重力波(GW150914)が到来したとき
の LIGOの時系列データを図 1に示す。赤色はHan-
ford, 緑色は Livingstonの検出器である。横軸が 0の
ときに重力波信号が来ているが,全体的にかかって
いるノイズに埋もれて全く見えない。Hanfordの出
力信号にMatched Filterをかけると,SNRは図 2の
ようになる。
図 2: Matched Filterをかけたときの SNR
最適な htemplate(t)を適用し,横軸が 0のとき大きな
SNRが得られた。横軸 0の近傍でホワイトニングや
42
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
バンドパスフィルタリングをして得られた重力波波
形(赤色)と htemplate(t)(黒色)を重ねたものを図
3に示す。この 2つがよく一致していることが見て
取れる。
図 3: 検出した重力波信号と理論波形 htemplate(t)
このように,Matched Filterによってノイズの中か
ら重力波信号を検出することができた。
4 Discussion
Matched Filterは有用な解析手法であるが,大量
のパラメータ値について htemplate(t)を生成し相関を
取るため大きな計算コストがかかってしまうという
側面もある。また超新星爆発のように重力波波形が
精度良く予測できない発生源については適用するこ
とができない。
本発表の議論では n(t) は定常ガウスノイズであ
ると仮定しているが,実際の検出器においてはこの
通りでないことが多い。その場合には n(t)が偶然に
htemplate(t)と大きな相関を持ってしまい,重力波信
号が到来していないにも関わらず大きな SNR が得
られてしまうことがある。これの対応策として複数
の検出器でのコインシデンス解析が用いられている。
それぞれの重力波到来時刻の時間差に制限をつける
ことで,非ガウスノイズによって発生するトリガー
を除去することができる。
Acknowledgement
本発表にあたり,ご指導くださった宇宙物理学研
究室の皆様に深く感謝いたします。
Reference
Michele Maggiore, Gravitational Waves Volume1: The-ory and Experiments, 2008, Oxford University Press
43
——–index
重宇10
バースト重力波のデータ解析新潟大学自然科学研究科数理物質科学専攻
豊島弥洋
44
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
バースト重力波のデータ解析
豊島 弥洋 (新潟大学大学院 自然科学研究科)
Abstract
アインシュタインの一般相対性理論によって予言されてきた重力波が,2015年に世界で初めて LIGOにて
検出された.ここで検出された重力波は連星ブラックホールの合体によるものであった.その後,2017年に
も連星中性子星の合体による重力波も検出された.しかし,検出する重力波信号は検出器のノイズに比べて
非常に微弱であるため,重力波検出においてフィルタリング技術が重要になる.このフィルタリングでは,
Matched Filteringという理論的に予想された重力波の波形を用いて,信号対雑音比 (SN比) を最大にする
手法がよく用いられている.
しかし,大質量連星の合体や,超新星爆発では,非常に短い時間で複雑な波形の重力波,つまりバースト的な
重力波が発生することが実際の観測やシミュレーションなどから知られている.このバースト重力波のデー
タ解析では,重力波の波形を理論的に予測することが難しいため,Matched Filteringを用いた観測は難し
い.そこで,波形の予測を必要としない Excess Power Methodを用いる.
以下では,Excess Power Methodの原理,またMatched Filteringと比較した際の優位性について議論して
いく.
1 Introduction
アインシュタインの一般相対性理論によって重力
波が予言されてきた.重力波とは質量を持った物体
が加速運動することによって発生する波である.こ
の重力波の発生源として,中性子星やブラックホー
ルなどの連星(コンパクト連星)の合体や,超新星
爆発などが考えられている.この重力波だが,2015
年に世界で初めて米国の重力波検出器 LIGOにて検
出された.ここで検出された重力波は連星ブラック
ホールの合体によるものであった.
図 1: GW150914の重力波波形 (B. P. Abbott, et al.
2016)
図 1にGW150914(2015年 9月 14日に LIGOに
て検出された重力波)の波形を示す.図 1からもわか
るように,重力波は検出器のノイズに大きく影響され
るため,フィルタリング技術が重要になる.重力波解
析においてよく用いられている手法として,Matched
Filteringというものがある.Matched Filteringとは,
理論的に予想された重力波の波形を用いて,信号対
雑音比(SN比)を最大にする手法である.
ここで,バースト重力波のデータ解析について考
える.バースト重力波は非常に短い時間で複雑な波
形の重力波であり,コンパクト連星の合体の直前や
超新星爆発の際に発生する重力波である.そのため,
バースト重力波のデータ解析では,波形の予測を必
要とするMatched Filteringを用いた解析は困難であ
る.そこで,波形の予測を必要としないExcess Power
Methodを用いたデータ解析を用いたデータ解析に
ついて議論していく.
45
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 Matched Filtering
検出器からの出力信号を s(t)として時間 tの関数
として考える.出力信号にはGW信号と検出器のノ
イズが含まれていることを考えると,出力信号 s(t)
は (1)式で書くことができる.
s(t) = h(t) + n(t) (1)
ここで h(t)が GW信号を表し,n(t)が検出器のノ
イズを表している.また,ノイズのスペクトル密度
Sn(f)もデルタ関数を用いて (2)式のように書くこ
とができる.
⟨n∗(f)n(f ′)⟩ = δ(f − f ′)1
2Sn(f) (2)
ここで n(f)は n(t)のフーリエ変換を表し,∗は複素共役を表す.次に (3)式でフィルタ関数K(t)を定義
する.
s =
∫ ∞
−∞dt s(t)K(t) (3)
また,GW 信号が存在するときの s の期待値を S,
GW信号が存在しないときの sの実効値をN として
次のように書く.
S =
∫ ∞
−∞df h(f)K∗(f) (4)
N2 =
∫ ∞
−∞df
1
2Sn(f)|K(f)|2 (5)
そして,信号対雑音比(SN比)を定義し,整理して
(6)式の形で書くことができる.
S
N= 4
∫ ∞
0
df|h(f)|2
Sn(f)(6)
GW波形が理論計算である程度予測できる場合,SN
比があるしきい値を超えたら「イベント」として記録
する.求めたい信号に「マッチ」するように「フィル
タリング」するため,この手法をMatched Filtering
と呼ぶ.
3 Excess Power Method
3.1 原理
重力波検出器は δt間隔でサンプリングしているた
め,検出器からの出力信号 s(t)を (7)式のように離
散化する必要がある.
sj ≡ s(tstart + j∆t) ≡ s(tj) (7)
j = 0, 1, ... , N でカウントを表し,tstartはカウント
の開始時間である.そして (8)もしくは (9)式のよう
に書くことで離散フーリエ変換を行うことができる.
sk =N−1∑j=0
sj exp
2πi
Njk
(8)
sk =N−1∑j=0
s(tj) exp 2πi(tj − tstart) fk (9)
fk =k
N∆t=
k
T
また,ノイズのノイズのスペクトル密度Sn(f)も (10)
式のように書ける.
⟨n∗knk′⟩ = δkk′
1
2Sk (10)
ここで,Sk は Sk ≡ Sn(fk)で定義している.
バースト重力波信号の情報として,継続時間 T,周
波数帯域 F = f2 − f1(f1 = k1/T,f2 = k2/T)が
わかっているとすると,カウント開始時間 tstartごと
に (11)式を書くことができる.
E = 4
k2∑k=k1
|sk|2
Sk(11)
これを Excess Power Statisticと呼ぶ.tstart ごとに
Eを計算し,あるしきい値を超えたら「イベント」と
して記録する.この手法を Excess Power Methodと
呼ぶ.
検出器から出力されたデータに重力波信号が存在
しない場合,Excess Power Statisticは次のように書
ける.
E0 = 4
k2∑k=k1
|nk|2
Sk(12)
ノイズが平均 0,分散 1のガウス分布に従うと考える
と,自由度 2(k2 − k1) = 2FT のカイ二乗分布 (平均
2FT ,分散 4FT )に従うことがわかる.((k2−k1)/T =
f2 − f1 ≡ F)
46
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
検出器から出力されたデータに重力波信号が存在
する場合,Excess Power Statistic は次のように書
ける.
E = 4
k2∑k=k1
|nk|2
Sk+ 4
k2∑k=k1
|hk|2
Sk(13)
と書ける.ここで (13)式の重力波成分を ρとして次
のように定義する.
ρ2 ≡ 4
k2∑k=k1
|hk|2
Sk(14)
すると,E は自由度 2FT,非心度 ρ2 の非心カイ二
乗分布 (平均 2FT + ρ2, 分散 FT + 4ρ2)に従うこと
がわかる.
Excess Power Methodの SN比をについて考える
ために,重力波信号有りのEを重力波信号無しのE0
で割る.
S
N=
E
E0=
(1 +
2
FT
k2∑k=k1
|hk|2
Sk
) 12
(15)
(6)式と比較すると,Matched Filteringの SN比~
(2FT )1/2で現れる信号を,Excess Power Methodの
SN比~1で検出可能であることがわかる.
4 Excess Power Methodの優位
性
4.1 NS-NS連星合体
まず,中性子星(NS)同士の連星合体から発生す
る重力波の解析について考える.実際の観測結果に
基づいて合体時間は T ∼ 25 s,周波数幅はF ∼ 1000
Hzとして 2FT を計算する.
2FT ∼ 5× 104, (2FT )12 ∼ 200
よって,Matched Filteringの SN比 200の信号が解
析できることがわかるが,ここまで大きい SN比の
信号であれば Matched Filtering で十分に解析可能
であるため,Excess Power Methodの優位性は無い.
4.2 BH-BH連星合体
次にブラックホール(BH)同士の連星合体から発
生する重力波の解析について考える.まず周波数幅
は BHの準固有振動を考える.
F ∼ fqnr =c3
2πGm
次に合体時間は安定した円軌道を維持できるシュバル
ツシルト半径の3倍を光速 cで割った程度と考える.
T ∼ 3rsc
=6Gm
c3
そして 2FT を計算すると,
2FT ∼ 1, (2FT )12 ∼ 1
となる.よって,Matched Filteringの SN比 1の信
号が解析できることがわかり.Excess Power Method
はMatched Filteringより優位性が高いと考えられる.
4.3 超新星爆発
最後に超新星爆発から発生する重力波の解析につ
いて考える.
図 2: 理論計算による超新星爆発の重力波波形.横軸
が時間 (ms)で縦軸が周波数 (kHz).(Takami Kuroda
2016)
47
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
合体時間と周波数幅は図 2(Takami Kuroda 2016)
より,T ∼ 200 ms,F ∼ 1000 Hzとして 2FT を計
算する.
2FT ∼ 200, (2FT )12 ∼ 14
となる.よって,Matched Filteringの SN比 14の信
号が解析できることがわかり.Excess Power Method
はMatched Filteringより優位性が高いと考えられる.
5 Conclusion
Excess Power Method を用いたデータ解析では,
重力波信号の継続時間と周波数幅の情報しか必要に
ならないため,Matched Filteringでは解析が困難で
ある波形の予測が困難である重力波信号の解析が可
能になることがわかった.
また,NS-NS連星合体,BH-BH連星合体,超新星
爆発のうちBH-BH連星合体と超新星爆発から発生す
る重力波信号のデータ解析で,Excess Power Method
はMatched Filteringより優位性が高いことがわかっ
た.そのため,Excess Power Methodを用いたデー
タ解析は,バースト重力波に対して有用であると考
えられる.
Reference
[1] Michele Maggiore 2008, Gravitational Waves VOL-UME 1: THEORY AND EXPERIMENTS” OX-FORD UNIVERSITY PRESS
[2] B. P. Abbott, et al. 2016, PRL 116, 061102
[3]Takami Kuroda 2016, The Astrophysical Journal Let-ters, 829:L14
48
——–index
重宇11
Effective-one-body 形式京都大学理学研究科窪田圭一郎
49
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Effective one-body formalism
窪田圭一郎 (京都大学 基礎物理学研究所)
Abstract
2015年に Advanced LIGOによって初めて連星ブラックホールからの重力波が観測された。連星ブラックホール合体時に放出される重力波のデータ解析において、重力波源の質量やスピンを測定するためには正確な重力波波形が必要である。数値相対論による重力波波形の高精度の計算には巨大な計算機資源が必要となるため、ブラックホールの質量やスピンを事細かに変化させて調べ尽くすことは難しい。そのため実際のデータ解析では数値計算結果から計算コストが軽い解析的モデルを構築する手法が取られている。そのような波形モデルを構築する方法として Effective one-body (EOB) formalism[3,4]がある。この発表では EOB
formalismを [1,2]を参考にレビューする。 ブラックホールからの重力波波形はブラックホールが共通重心の周りを公転しながら近づく inspiral phase、ブラックホールが合体する merger phase、合体後に形成されたブラックホールの準固有振動によって重力波が生成される ringdown phaseの3つの phaseからなる。 EOB[3,4]ではポストニュートン展開を活用しinspiral phaseの重力波を EOB approachで表し、ringdown phaseの重力波をブラックホール摂動論で表し、適切に結合することで十分精度のよい近似的な重力波波形を記述する。
1 Introduction
2015年に LIGOによって初めて連星ブラックホール (BBH)合体からの重力波が、2017年に LIGOとVirgoによって連星中性子星 (BNS)合体による重力波が観測され重力波天文学の幕が開けた。BBH やBNS合体によって放出される重力波のデータ解析では正確な重力波波形のテンプレートが必要である。正確な重力波波形は数値相対論によって計算されるが、高精度の計算には巨大な計算機資源が必要となるためブラックホールの質量比やスピンなどを事細かに変化させて調べつくすことは難しい。そのため、実際のデータ解析では数値計算の結果から解析的モデルを構築する手法が取られている。そのような波形モデルを構築する手法の一つとしてEffective one-body
formalism [3,4]がある。EOB formalismの構成は以下である。
1. 連星 BHの運動に対して保存するハミルトニアン部分を記述
2. 重力放射の効果の記述
3. 連星系からの重力波波形を描く
本発表では [1,2]を参考に、BHのスピンを無視したEOB重力波波形の記述について構成1を重点的にレビューする。
2 連星ブラックホールのConser-
vative dynamics
Post Newton 展開 (PN 展開)1では early
inspiral(u := GM/c2R ≲ 1/6) 2程度までしか連星の dynamicsを正確に記述することができない。ここで、M は連星 BH の合計質量、R は BH の間の距離である。PN展開の結果に含まれる解析的な情報を使って late inspiral(u ≳ 1/12)の dynammics
を記述する方法として EOB approachがある。簡単のため 2PN3までの EOB approachを考える。
EOB の出発点は PN 展開で計算された、保存する2PNの Hamiltonianである。重心系 (p1 + p2 = 0)
1PN展開では速度 v が光速 cよりも小さいとき、一般相対性理論の枠組みで v/cをパラメータとして摂動論的に運動方程式などを展開する。
2Schwarzschild BH の場合これは ISCO(Innermost StableCircular Orbit)に対応する。また、rISCO = 3rSchwarzschild である。
3nPN は (v/c)2n のオーダーである。
50
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
に移ることにより、相対運動 (q = q1−q2,p = p1 =
−p2)を記述する Hamiltonianが得られる。
Hrel2PN(q,p) = H0(q,p) +
H2(q,p)
c2+
H4(q,p)
c4(1)
H0(q,p)は相対運動に対する Newton近似:
H0(q,p) =1
2µp2 +
GMµ
q(2)
であり、H2(q,p)は 1PN補正:
H2(q,p) = − 1
8µ3(1− 3ν)p4 − GMµ
2qµ
[(3 + ν)p2
+ν(n · p)2]+(GMµ)2
2q2(3)
H4(q,p)は 2PN補正:
H4(q,p) =1
16µ5
(1− 5v + 5ν2
)p6
+GMµ
8qµ3
[(5− 20ν − 3v2
)p4
−2ν2p2(n · p)2 − 3v2(n · p)4]
+(GMµ)2
2q2µ
[(5 + 8ν)p2 + 3ν(n · p)2
]− (GMµ)3
4q3(1 + 3ν) (4)
である。ここで、BHの質量をそれぞれm1, m2とし、µ = m1m2/M, q = |q|, n = q/q, ν = µ/M4である。H0(q,p)はNewton力学でよく知られた external
mass M の周りをまわる換算質量 µのテスト粒子のHamiltonianになっている。EOB approachはこれを一般相対論に拡張したものであり、”式 (1)で与えられるPN展開された二体問題の dynamics”を”計量が gextµν (x
λ,M)で与えられる時空の測地線を運動する質量m0 の effectiveな一体問題の dynamics”に置き換える。EOB approach では”二体問題の dynamics”
と”effective な一体問題の dynamics”が等しくなるような外部計量 gextµν (x
λ,M) を探す。これを探すにあたり 2つの dynamicsの間の対応関係がほしいのだが、文献 [3]で量子力学からの類推を考えることで対応関係を得ている。具体的にはれぞれの dynamics
においてエネルギーを作用変数で表し、作用変数が一致することを課すことで対応関係を得ている。
4ν は m1 ≪ m2 のとき最小値 0、m1 = m2 のとき最大値1/4 をとる。
2.1 連星の dynamics
連星の dynamicsを表すPN Hamiltonian Hrel2PN(1)
式は時間並進と空間回転のもとで不変である。そのためエネルギー Erel
2PN := Hrel2PNと角運動量 J := q × p
が保存し、極座標で S を時間と角度方向に分けることができる。
S = −Erel2PN t+ Jφ+ Sr(r = |q|, Erel
2PN, J)
Hamilton-Jacobi方程式:
H
(q,p =
∂S
∂q
)+
∂S
∂t= 0
を解くと、2PNのエネルギーErel2PNと角度方向の作用
変数 J = ℓℏ = 12π
∮Lpφdφ、Delauny作用変数 N =
nℏ = Ir +J (動径方向の作用変数:Ir = 12π
∮Lprdr)
の座標に依存しない関係が得られる。
Erel2PN(n, ℓ) = −1
2µα2
n2
[1 +
α2
c2
(c11nℓ
+c20n2
)+α4
c4
( c13nℓ3
+c22n2ℓ2
+c31n3ℓ
+c40n4
)](5)
ここで cij は ν に依存した無次元係数である。このエネルギーの形はBohr-Sommerfeldの原子核モデルに等しく、n = N/ℏ, ℓ = J/ℏはそれぞれ主量子数、方位量子数に、α = GMµ/ℏ = Gm1m2/ℏは微細構造定数に対応している。
2.2 effectiveな一体問題の dynamics
外部計量を静的球対称時空:
ds2 = gextµν dxµdxν
= −A(R)c2dT 2 +B(R)dR2 + C(R)R2dΩ
とし、Schwarzshild gauge (C(R) = 1)をとる。そして計量の (T, T )と (R,R)成分を u = GM/(c2R)で展開する。
A(R) = 1 + a1u+ a2u2 + a3u
3 + · · ·
B(R) = 1 + b1u+ b2u2 + · · ·
時空が静球対称なので連星の dynamicsのときと同様にエネルギーと角運動量が保存し、Seff が以下のようにかける。
Seff = −Eefft+ Jeffφ+ SReff(R, Eeff , Jeff)
51
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
これを相対論的力学における Hamilton-Jacobi方程式5:
gµνext∂Seff
∂xµ
∂Seff
∂xν+m2
0c2 = 0 (6)
に代入して解くと、effectiveな一体問題のエネルギーEeff が得られる。
Eeff (neff , ℓeff)
= m0c2 − 1
2m0
α2
n2eff
[1 +
α2
c2
(ceff11
neffℓeff+
ceff20n2eff
)+α4
c4
(ceff13
neffℓ3eff+
ceff22n2effℓ
2eff
+ceff31
n3effℓeff
+ceff40n4eff
)](7)
ここで ceffij は外部計量の係数 ak, bk に依存した無次元係数である。
2.3 連星と effectiveな一体問題の関係以上で realな二体問題 (連星)と effectiveな一体問
題それぞれについてエネルギーが作用変数を用いて表された。次に、その間の対応関係を導出したいのだが、連星のエネルギー (5)と effectiveな一体問題のエネルギー (7)は同じ静止質量の効果を入れているわけではないので、これらのエネルギーを直接比較することはできない6。文献 [3]では以下の条件を課すことで対応関係を得ている。(i) テスト粒子の質量が換算質量に等しい7:
m0 = µ
(ii) 作用変数が realと effectiveで一致8:
n = neff, ℓ = ℓeff
5この共変 Hamilton-Jacobi 方程式は 3+1 分解した Hamil-
tonian Heff = Neff
√m2
0 + P ieffPeff i + N i
effPeff i に対するHamilton-Jacobi 方程式 Heff(R, ∂Seff/∂R) + ∂Seff/∂t = 0に一致する [2]。
6realな二体問題では質量がm1,m2 の BHがあるので、realなエネルギー (5) には静止質量として合計質量 Mc2 が加わる。effectiveな一体問題では質量m0のテスト粒子があるが、Newton近似を考えるとm0 は換算質量 µになるはずであるから effectiveなエネルギー (7) には静止質量として換算質量 µ が加わる。
7Newton 近似を考えるとテスト粒子は換算質量に等しいという要請は自然。
8量子力学では作用変数が量子化 (Bohr-Sommerfeldの量子化条件) されるので、量子力学からの類推によりこのように選ぶことが自然。
(iii) 外部計量が uの最低次で Schwarzschild時空に一致する:
a1 = −2, b1 = 2
(iv) effectiveなエネルギーを realなエネルギーで展開:Eeffµc2
− 1 =Erel
real
µc2
(1 + α1
Erelreal
µc2+ α2
(Erel
real
µc2
)2
+ · · ·
)これらの条件を課し、連星と effectiveな一体問題のエネルギーを比較することで未知係数 αi, ai, bi が定まり、2つのエネルギーの間の関係式:Eeffµc2
= 1 +Erel
real
µc2
(1 +
ν
2
Erelreal
µc2
)=
(Etoteff )
2 −m21c
4 −m22c
4
2m1m2c4(8)
と effectiveな時空における外部計量:
A2PN(R) = 1− 2u+ 2νu3 (9)
B2PN(R) = 1 + 2u+ (4− 6ν)u2 (10)
が求まる。ここで、(Etoteff )2 = (Mc2+Erel
real)2である。
ν = µ/M は 0、つまりテスト粒子極限m1 ≪ m2
のときに外部計量は Schwarzshild計量に一致する。従って、ν はテスト粒子極限と 2PN の結果との間を繋ぐパラメータになっている。ここで、式 (9)(10)
が単純な形になっていることに注目しておきたい。EOBの出発点である 2PNのHamiltonianの 1PN補正 (3)と 2PN補正 (4)は 11項の ν に依存する項が含まれる。この 11項に含まれる係数の情報は、EOB
で effectiveな一体問題に置き換えると式 (9)(10)のνに依存する 2項に縮退する。3PNではEOBによって更に劇的に縮退する。エネルギーの対応関係式 (8)を変形すると Etot
eff がEeff を用いて表せる。9 これにより、EOBにおいて連星を記述する Hamiltonian HEOBは以下のように表せる。
HEOB (r, pr∗ , φ) =Hreal
EOB
M=
√1 + 2ν
(Heff − 1
)effective な Hamiltonian Heff は Hmilton-Jacobi 方程式 (6)から以下のようになる。
Heff =
√p2r∗ +A(r)
(1 +
p2φr2
)9以下 c = 1
52
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ここで t = T/(GM), R∗ =∫dR(B/A)1/2, r =
R/(GM), pr∗ = PR∗/µ, pϕ = Pϕ/(µGM)である。
3 重力波放射による反作用重力波放射による反作用は pϕの正準方程式に、PN
展開で計算された角運動量フラックス Fφ を加えることで記述される。10従って重力波放射による反作用を入れた連星の dynamicsを表す正準方程式は以下のようになる。
dr
dt=
(A
B
)1/2∂HEOB
∂pr∗
dprrdt
= −(A
B
)1/2∂HEOB
∂r
Ω :=dφ
dt=
∂HEOB
∂pφdpφdt
= Fφ (11)
4 EOB重力波波形EOB重力波波形はEOB dynamics (11)式から計算
された inspiralと plungeの重力波波形 hinsplunge22 (t)
と、ブラックホール摂動論で計算された重力波波形hringdown22 (t)を時刻 tmで繋げることで得られる。tm
は EOB dynamicsで Ωが最大になる時刻である。
hEOB22 (t)
= θ (tm − t)hinsplunge22 (t) + θ (t− tm)hringdown
22 (t)
この集録では入れなかったが、EOBでは PN展開の結果を使うときに Talor展開した形ではなく、適切な resummationした形を使うことで late inspiral
を上手く記述する。そのよう resummationなどを用いて改良された EOB重力波波形と数値相対論による重力波波形を図 1に示す。図 1の下図は上図の合体付近を拡大したものである。数値相対論重力波波形とよく一致していることが示されている。文献 [6]
によると 2つの重力波波形の位相差は ∆ϕ ≤ ±0.01
であり、これは数値誤差の範囲である。10最低次ではゲージを適切に選ぶことにより動径方向の重力波放射による反作用を 0 にできる [5]。
図 1: EOB重力波波形(赤線)とCaltech-Cornellによる数値相対論重力波波形(黒線)[6]。2つの重力波波形がよく一致していることが示されている。
Acknowledgement
本発表にあたり議論と多くの助言をしていただいた基礎物理学研究所、天体核研究室の皆様に感謝いたします。
Reference
[1] T. Damour 2008, World Sientific, arXiv:0802.4047
[2] S,Balmelli 2015, ”An Effective-One-Body Descrip-tion of Spinning Binaries”,https://doi.org/10.5167/uzh-119513
[3] A. Buonanno, & T. Damour 1999, PhysRevD,arXiv:gr-qc/9811091
[4] A. Buonanno, & T. Damour 2000, PhysRevD,arXiv:gr-qc/0005034
[5] A. Buonanno, & T. Damour 2000, PhysRevD,arXiv:gr-qc/0001013
[6] A. Nagar, & T. Damour 2009, PhysRevD,arXiv:0902.0136
53
——–index
重宇12
ブラックホール周囲の光子球と重力波の準固有振動
近畿大学総合理工学研究科理学専攻中村拓人
54
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ブラックホール周囲の光子球と重力波の準固有振動
中村 拓人 (近畿大学大学院 総合理工学研究科)
Abstract
2015年に LIGOによってブラックホール連星の合体に伴う重力波が初観測された (B.P. Abbott et al. 2016)。
その後も次々と重力波イベントが観測されている。これによって本格的に重力波天文学の幕開けとなった。
それに伴って、ブラックホールから放出される重力波について理解する重要性が高まってきている。
重力波の理論研究は、近年では数値計算によるものが大きく発展したが、様々な近似を用いた解析的研究も進
められてきた。後者関して、例えば、重力波は振動数が十分大きな極限 (eikonal極限)において、幾何光学近
似を用いることで光子のような無質量粒子の軌道として考えることができる。一方、ブラックホールの周囲
の幾何学は光子の円軌道の集合である光子球 (photon sphere)により特徴付けられる。一般的に光子の円軌
道は不安定である。2019年に Event Horizon Telescopeによってブラックホールの影が撮影されたが (The
EHT Collaboration 2019)、この影の輪郭は photon sphereから漏れ出た光子である。実は、この photon
sphere近傍の光子円軌道の不安定性がブラックホールからの重力波の準固有振動 (QNMs)と関連している
ことがわかっている。特に、カオスを議論する際に、カオスの強さを評価する量である Lyapunov指数を用
いて QNMsと光子軌道の不安定との関係を定量的に評価する方法が提案された (V. Cardoso et al. 2015)。
しかし、この Lyapunov指数を用いた方法は現在のところ静的時空の場合に限定されている。そこで、今後
ブラックホール連星の合体のような興味のある動的な時空の解析に備えて、この Lyapunov指数の方法を拡
張できないかを議論したい。観測されている重力波が連星系によることからも、今後、この議論の重要性は
ますます大きくなると考えられる。以上の動機に基づいて本発表ではブラックホールの合体を記述する厳密
解の 1つである Kastor-Traschen解 (D. Kastor & J. Traschen 2015)についても解説したい。
1 Introduction
一般相対性理論によると、質量やエネルギーが存
在すると時空が歪む。この時空の歪みが光速で伝播
する現象が重力波である。2015年 LIGOによって直
接観測に成功した。この後も次々と重力波イベント
が観測され、重力波天文学の幕開けとなった。初め
て観測された重力波はブラックホール連星によるも
のであったことからもわかるように、今後ブラック
ホールから放出される重力波について理解する必要
性が高まっていくことが予想される。
光子などの無質量粒子の円軌道は不安定であること
がわかっている。光子の円軌道の集合を光子球 (pho-
ton sphere)と呼ぶが、2019年にEvent Horizon Tele-
scopeによって観測されたM87銀河中心ブラックホー
ルシャドウ (The EHT Collaboration 2019)の輪郭が
photon sphereから漏れ出た光子である。またブラッ
クホールの幾何学はこの photon sphereで特徴付け
ることができる。
重力波が振動数の大きな極限 (eikonal極限)では、
幾何光学近似を用いることができ無質量粒子 (グラ
ビトン)の軌道として考えることができるということ
を用いて無質量粒子の軌道から重力波の情報を得る。
この方法の良い点は波の方程式を解くよりも粒子の
軌道の計算のほうが簡単なところである。
2 photon sphereの安定性
静的球対称時空の線素の一般形は以下で表される。
ds2 = −f(r)dt2 + 1
h(r)dr2 + r2dΩ2,
dΩ2 ≡ dθ2 + sin2 θdφ2.
(1)
光子の運動を記述する Lagrangianは
L =1
2gµν x
µxν , (2)
55
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
であり、ドットは affineパラメータ微分を表す。ま
た、無質量粒子の場合
gµν xµxν = 0, (3)
をみたすので、Eular-Lagrange方程式より、初期条
件を θ = π2 , θ = 0とすると、
f t = E, (4)
r2φ = L, (5)
となる。ここで、E はエネルギー Lは角運動量であ
る。これらより、
r2 + Vr = 0, (6)
Vr ≡ −h(E2
f− L2
r2
), (7)
となる。
photon sphere の安定性を最も簡単な例である
Schwarzchild時空中で考えてみる。Schwarzchild時
空では f(r) = h(r) = 1− 2Mr なので、以下のように
なる。
r + V = E2, (8)
V ≡ −f L2
r2. (9)
これより、粒子が円軌道をする条件は r = r = 0な
ので、光子球はエネルギーが有効ポテンシャルの極
値と等しいところである。図 1より、photon sphere
が不安定であることも見てとれる。また、ポテンシャ
ルが鋭いほど円軌道を保つことが難しく、より多く
の光子が photon sphereから離れることがわかる。
r/M11 22 33 44 55 66 77 88 99 1010 1111 1212 1313
V
00
図 1: Schwarzchild時空中の光子の有効ポテンシャル
3 Lyapunov指数
カオス性がどれぐらい強いかを表す指標として、
Lyapunov指数が存在する。静球対称時空において、
Lyapunov指数 λ0 は以下のようになる。
λ0 =√K1K2, (10)
K1 = t−1 d
dr
(∂L∂r
), (11)
K2 = (tgrr)−1. (12)
これを計算すると、円軌道の場合は Vr = V ′r = 0な
ので、
λ0 =
√−V
′′r (rc)
2t2, (13)
である。ここでプライムは r 微分、rc は photon
sphereの半径を表す。これより、ポテンシャルの鋭
さを表す V ′′ が Lyapunov指数と関係していること
がわかる。
4 準固有振動 (QNMs)
どんな物体にも固有振動が存在し、もちろんブラッ
クホールにも存在する。しかし、ブラックホールの
振動は時空の振動なので、重力波を放出して減衰し
ていく。これは event horizonと無限遠では重力波は
抜け出るが戻ってこないためである。このような振
動モードを準固有振動 (QNMs)という。
ブラックホール連星の合体に伴う重力波は 3つの
フェーズから放出される。1つ目は、2つのブラック
ホールが共通重心の周囲を回転しながら近づく「In-
spiral」、2つ目が 2つのブラックホールが潮汐変形し
て合体に至る「Marger」、3つ目が合体したブラック
ホールが安定な 1つのブラックホールになる「Ring-
down」である (図 2)。最後の Ringdownにおいて、
QNMsが重要となる。QNMsはブラックホールの質
量と角運動量のみに依存するので、Ringdown波形
から合体後のブラックホールの特徴がわかる。
5 重力波の方程式
重力波は背景時空計量からの摂動として考えるこ
とができる。Einstein方程式から計量摂動の従う波
56
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 2: LIGOによってはじめて観測された重力波イベ
ントGW150914の数値計算結果と各フェーズの対応
関係
動方程式が導出される。背景時空が Schwarzchild時
空などの特別な時空において、スカラー場に対する
背景時空におけるKlein-Gordon的な方程式系に帰着
できる。一般の背景時空において、単純なスカラー
場の方程式系に帰着するかは非自明である。
曲がった時空における無質量スカラー場の Klein-
Gordon方程式は以下のように表される。
1√−g
∂µ(√−ggµν∂νΦ) = 0. (14)
「静的」で「球対称」な時空を考えているので、以下
のように変数分離できる。
Φ =∞∑l=0
l∑m=−l
ψlm(r)
rYlm(θ, φ)e−iωt. (15)
ここで、Ylm(θ, φ)は球面調和関数である。これより、
d2ψ(r)
dx2+Q(r)ψ(r) = 0, (16)
dr
dx≡ (fh)1/2, (17)
となる。eikonal極限 (l → ∞)ではQ(r)以下のよう
になる。
Q(r) = ω2 − fl2
r2≡ ω2 − V0. (18)
6 幾何光学近似
波動方程式を微小な摂動パラメータ ϵを導入して
以下のように表す。
ϵ2d2ψ(x)
dx2= Q(x)ψ(x). (19)
この解を
ψ(x) ∼ exp
[1
ϵ
∞∑n=0
ϵnSn(x)
], (20)
これは、O(ϵ0)の粒子としての描像に微小な波の効
果を追加していく近似である。O(ϵ1)までの結果を
用いると、以下のように Lyaunov指数 λ0 と QNMs
振動数 ωQNMs の関係性が得られる (V. Cardoso et
al. 2015).
ωQNMs = Ωcl − i
(n+
1
2
)|λ0|. (21)
ここで、Ωc ≡ φtは光子の角運動量である。この式か
ら、無質量粒子が不安定な円軌道から離れることを
波の観点からみると、波の減衰に対応していること
がわかる、
7 Kastor-Traschen解
前節までの Lyapunov指数を用いた解析は静的時
空の場合に限定されている。私の研究の目標はこの手
法を動的な時空に拡張することである。動的な時空の
例として、Einstein方程式の厳密解の 1つにKastor-
Traschen解 (D. Kastor & J. Traschen 2015)がある。
この解ではブラックホールの合体について記述する
ことが可能である。
Kasor-Traschen解は cosmological coordinatesに
おいて、以下のように表される。
ds2 = −dτ2
U2+ U2
(dr2 + r2dΩ2
), Aτ = U−1,
U = Hτ± +∑i
Mi
|r − ri|, H = ±
√Λ
3, (22)
ここで、Λは宇宙定数、A = (Aτ , 0, 0, 0)は電磁ポテン
シャルである。この解は各質量と電荷が等しく (Mi =
|Qi|)宇宙定数をもつマルチブラックホール解である。
57
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
H = −√
Λ/3で総質量M < Mc =√
3/(16Λ)の解
はブラックホールが合体する様子を記述する。
ブラックホールの定義として動的な時空では局所
的に定義できる apparent horizonが便利である。ap-
parent horizonは面に垂直で外向きの null測地線束
の膨張率がゼロとなる閉じた 2次元面である。また、
apparent horizonが存在するなら、その外側に event
horizonが存在し、定常時空なら 2つの horizonは一
致する。apparent horizonのうち、black hole hori-
zon(BH’s)の内部をブラックホールと定義する。
Kastor-Traschen解では初期 (τ− ≪ 0)では各質量
を囲むような BH’sが存在するが、後期 (τ− ∼ 0)で
は各質量を囲む BH’sに加えて全ての質量中心を囲
む BH’sが存在する (D.R. Brill et al. 1994)。
原点から 0.1離れたブラックホールが 2個存在し、
総質量M = 0.5Mcのケースにおける apparent hori-
zon の位置の数値計算による結果が図 3 である (K.
Nakao et al. 1995)。図 3(a)と図 3(b)において、BH’s
は小さくて見えていないが、各質量中心を囲むよう
に存在する。また、時間が経過して図 3(c)では各質
量中心を囲むBH’sに加えて、両方の質量中心を囲む
BH’sも存在することが見てとれる。よって、τ− ∼ 0
においてブラックホールは合体することがわかる。
図 3: M = 0.5Mcのケースで各時間における appar-
ent horizon の位置 (a) : τ− = 130H−1, (b) : τ− =
70H−1, (c) : τ− = 0.914H−1
また、event horizonが合体することが解析的にだ
けでなく数値計算でも確かめられている (D. Ida et
al. 1998)。2つの質量中心が原点から 0.1離れM =
0.8Mcのケースの結果が図 4で、これを見ると event
horizonは最初には各質量中心を囲むように存在する
が、ある時間を境に両方の質量中心を囲むように存
在することが確認できる。
図 4: M = 0.8Mc のケースで event horizonの時間
発展。閉じた曲線は τ− = const. 面における event
horizonを表す。
8 今後の展望
Kastor-Traschen 時空等の動的な時空において、
Lyapunov 指数を用いた解析をおこなうために、ま
ずは静的球対称時空における photon sphereのよう
なものを議論していきたい。
Reference
B.P. Abbott et al., Phys. Rev. Lett. 116, 061102 (2016).
The Event Horizon Telescope Collaboration, Astrophys.J. 875, L1 (2019).
V. Cardoso, A.S. Miranda, E.Berti, H. Witek and V.T.Zanchin, Phys. Rev. D 79, 064016 (2009).
D. Kastor and J. Traschen, Phys. Rev. D 47, 5370(1993).
D.R. Brill, G.T. Horowitz, D. Kastor and J. Traschen,Phys. Rev. D 49 840 (1994).
K. Nakao, T. Shiromizu and S.A. Hayward, Phys. Rev.D 52, 796 (1995).
D. Ida, K.Nakao, M. Shiino and S.A. Hayward, Phys.Rev. D 58, 121501 (1998).
58
——–index
重宇13
銀河中心領域でのMeV ガンマ線探査から探る暗黒物質
京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻荻尾真吾
59
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
銀河中心領域でのMeVガンマ線探査から探る暗黒物質
荻尾 真吾 (京都大大学大院 理学研究科)
Abstract
暗黒物質の正体は物理学における大きな謎である。暗黒物質の有力な候補として、3 MeV ∼ 120 TeVの質
量を持つWeakly-Interacting Massive Particles (WIMP)がある [1][2]。地上実験では主に GeV-TeVの質
量を持つWIMPを狙う一方、宇宙からのMeVガンマ線を観測することでMeV程度の質量を持つ暗黒物質
が探れる可能性がある。我々はMeV領域における新たなコンプトンカメラ (ETCC)の開発を進めている。
2018年には SMILE-2+として銀河中心領域の観測を行った。その結果、MeVガンマ線が通常の理論予想を
遥かに超えた量で到来しており、更に電子・陽電子消滅線の発生源が銀河面より離れた領域まで広がって存
在する可能性が示唆された。この結果は、MeVガンマ線の一部が暗黒物質由来であることと矛盾しない。
1 概要
現在の宇宙像に暗黒物質の存在は不可欠であるが、
その特定には至っていない。暗黒物質の候補物質とし
てもっとも有力なのはWeakly Interacting Massive
Particle(WIMP)と呼ばれる物質である。WIMPは
3 MeV ∼ 120 TeVのいずれかの質量を持ち、弱い力
でしか物質と相互作用しないと考えられている [1][2]。
WIMP探索の直接探査と呼ばれる地上実験は数多く、
例えば XENON1Tなどが知られる [3]。これら直接
探査は、暗黒物質と原子核反跳を捉える実験が多く、
WIMPの断面積は 10 GeV以上の領域でかなり制限
がついてきている (図 1)。一方で、WIMPの質量mX
図 1: 横軸をWIMPの質量、縦軸を暗黒物質と核子
の相互作用断面積とし、各探索実験の結果より導か
れる上限値をプロットした [3]。
がMeV領域にある場合、数十GeV以上の質量を持
つ原子核との反跳では捉えられない可能性が高い。
WIMPの探索のためには、新たにMeV領域での実
験が待たれる。
暗黒物質の間接探査と呼ばれる方法では、図 2のよ
うな暗黒物質が通常物質への対消滅を経て生成され
る光子を捉える方法で探索が行われている。銀河に
おける暗黒物質の分布モデルとして、銀河面から離
れた領域で銀河を取り巻くように、いわゆるハロー
状に暗黒物質が存在するとするモデルが提案されて
いる [8]。従って、暗黒物質由来の光子は、その分布
を反映した空間分布になるはずで、銀河中心領域か
らよく検出されるはずである。銀河中心領域のスペ
図 2: 暗黒物質から通常物質、そして対消滅してガン
マ線生成へと至るダイアグラム。
クトル (図 3)は、100keV以下は通常の星から、GeV
領域では中性 π中間子の崩壊からよく説明されるが、
その中間に当たるMeV領域では現在の理論で説明で
きるより遥かに多いガンマ線が観測されており、そ
の由来は明らかになっていない。MeV領域のスペク
トルを理解するには、その空間分布とスペクトルの
60
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 3: 系内拡散ガンマ線の各実験によるデータ点と、
理論曲線をプロットしたもの [7]。各データ点につい
て、赤は INTEGRAL/SPI、緑はCOMPTEL、黒は
Fermi -LATにより得られた点である。≲ 100 MeV
では理論曲線とよく一致する一方で、それ以下では
実験値のほうが遥かに多い。
詳細な構造を知る必要があるが、観測上の困難から
よくわかっていない。もし、暗黒物質の質量が直接
探査で探しにくいMeV領域に存在すれば、銀河中心
領域のスペクトルのMeV領域に特徴的な寄与を示す
かもしれず、暗黒物質探査の観点からも、MeV領域
の詳細なスペクトルの分析は急務と言える。
天の川銀河が暗黒物質の対消滅線でMeV領域で明
るく光るなら、他の銀河についても同様にMeV領域
で暗黒物質由来のガンマ線がよく見えるはずである。
そのためには、天の川銀河以外の銀河からの光の重
ね合わせである系外拡散ガンマ線を詳しく調べる必
要がある。系外拡散ガンマ線のうち、≲ 0.5 MeVは
セイファート銀河などから、20 MeV ≲ ではブレーザーなどからの放射によってよく起源が説明される
[4][5]。しかし、0.5 MeV ≲ mX ≲ 20 MeVの領域に
ついては、実験的手法の未発達により、正確なデー
タ点が得られていないため、系外拡散ガンマ線の発
生源の同定には至っていない。この発生源の説明と
して、暗黒物質、primordial black holeなどが挙げ
られている。例えば、MeV以上の暗黒物質が存在す
る場合、0.5 MeV ≲ mX ≲ 20 MeVの領域で特徴的
なスペクトルカーブ (図 4)が得られるという指摘が
ある [6]。しかし、系内拡散ガンマ線と同様の観測上
図 4: 横軸エネルギー、縦軸を放射強度としたとき
の、暗黒物質の系外拡散ガンマ線への寄与。暗黒物
質の質量 mX により、hν ∼ mX には特徴的なカッ
トオフが現れる。それ以下の連続成分は暗黒物質の
対消滅により生成した電子・陽電子による制動放射
によるもので、これら電子・陽電子の対消滅により、
511 keVに鋭いピークが現れる。
の困難から理解が進んでいないのが現状である。も
し、MeVの系外拡散ガンマ線が暗黒物質 (質量の 2
乗に比例)や primordial black hole(質量に比例)であ
るなら、銀河の活動性に依存するのではなく、近傍
の銀河がより強く見えるはずであるが、MeV領域で
は系外拡散ガンマ線の非一様性の報告もない。これ
らの理由から、系外拡散ガンマ線の詳細スペクトル
や非一様性の観測が望まれている。
2 MeVガンマ線イメージング
ガンマ線天文学における検出器では、スペクトル
の構造及び発生源の空間分布を捉えるために、ガンマ
線のエネルギーと到来方向の 2つを得る必要がある。
また、到来方向を得る単純な方法として、視野を狭
める方法が挙げられるが、MeV領域ほどの高エネル
ギー粒子は到来する絶対数が少なく、SN比の観点か
61
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ら見て精度の良い観測にはならない。そこで、MeV
ガンマ線検出には工夫が必要になってくる。一方で、
MeV領域のガンマ線はコンプトン散乱が優位である
ために、検出器の筐体などで散乱したガンマ線、宇
宙線と筐体との相互作用で生じたガンマ線など、バッ
クグラウンドが非常に多く、これらが観測を困難に
している。以上より、ガンマ線のエネルギーと到来
方向を取得し、高雑音下でも見たいガンマ線イベン
トを取り出すことのできるMeVガンマ線検出器の開
発が必要であるといえる。
そこで、我々は Sub-MeV gamma-ray Imaging
Loaded-on-balloon Experiment(SMILE) の下で、
MeVガンマ線検出器である electron-tracking Comp-
ton camera(ETCC)の開発及びETCCを搭載した気
球実験を行い、MeVガンマ線の精度の良い観測を目
指している。ETCC はガス飛跡検出器 (Time Pro-
jection Chamber:TPC) とシンチレーション検出器
からなる (図 5)。到来したガンマ線は TPC 中のガ
ス原子に束縛された電子とコンプトン散乱を起こす。
ETCC は、TPC において反跳電子のエネルギーと
反跳方向、シンチレーション検出器において散乱ガ
ンマ線のエネルギーと散乱方向を取得することで、
元々の入射ガンマ線のエネルギーと到来方向を一意
に再構成することが可能である。SMILE計画の第一
段階であった 2006年の SMILE-Iでは、大量の雑音
環境下での宇宙拡散・大気ガンマ線の観測に成功した
[9]。第二段階の SMILE-2+では、銀河中心領域の電
子・陽電子対消滅線とかに星雲のイメージングの実
証を目指し、2018年に観測が行われた。SMILE-2+
の観測結果は目下解析中であるが、銀河中心領域の
電子・陽電子消滅線を 5σ、かに星雲を 3σの有意度
で観測に成功しつつある。また、SMILE計画は次期
計画として SMILE-3を計画している。SMILE-2+は
ETCCの性能評価の性格が強かったが、SMILE-3で
は SMILE-2+、COMPTEL の感度より一桁下の感
度を有し、本格的に新たなサイエンスを目指す実験
として立案されている (図 6)。SMILE-3での観測が
成功すれば、暗黒物質探索に新たな視点が生まれる
ことが期待される。
図 5: ETCCの模式図。入射ガンマ線はTPC内のガ
スでコンプトン散乱を起こす。散乱ガンマ線をシン
チレーション検出器で捉える一方、TPCで反跳電子
を捉える。こうすることで、入射ガンマ線のエネル
ギーと到来方向を一意に定めることが可能である。
図 6: 横軸をエネルギー、縦軸に各ガンマ線実験の感
度をとった。
3 SMILE-2+解析結果
図 7は SMILE-2+で銀河中心領域を観測したとき
得られた結果を加えた系内拡散ガンマ線のスペクト
ルである。これは、先に述べた INTEGRAL/SPIや
62
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
COMPTELの結果と矛盾せず、理論曲線を大きく上
回るガンマ線が検出された。このガンマ線の発生源
は今のところ不明であるが、暗黒物質起源であるこ
とと全く矛盾のない結果である。図 8は銀河中心を
図 7: 系内拡散ガンマ線のスペクトルの従来結果 (図
3)に、SMILE-2+の結果を加えた図。
0度とする天頂角に対するスペクトル構造の変化を
表している。右上 (b)のスペクトルから、天頂角 30
度を超える領域から電子・陽電子消滅線の 511 keV
のピークが見て取れる。天頂角 30度以上というのは
銀河中心から外れた暗い領域であり、この電子・陽
電子消滅線は通常の天体現象起源でない、我々のよ
く知らない放射機構が存在する可能性を示唆してい
る。銀河面を取り巻く暗黒物質のハロー構造モデル
と合わせると、暗黒物質起源である可能性も十分に
ある。
4 結論
以上の結果が示すように、暗黒物質の特定を目指
す上で、系内・系外拡散ガンマ線の観測は重要であ
ると言える。科学実験を目指す SMILE-3でその正体
に迫られることが十分に期待される。
図 8: 左上、右上、左下は、順に右下の図で示される
領域 (a)天頂角 30度まで、(b)天頂角 30度から 35
度、(c)天頂角 35度から 60度までの領域からのガン
マ線スペクトルである。この時、天頂角 0度は銀河
中心にとっている。
Reference
[1] Ho, C. M., Scherrer, R. J. 2013, Phys. Rev., D87,023505
[2] Griest, K., Kamionkowski, M. 1990, Phys. Rev.Lett., 64, 615
[3] E. Aprile, J. Aalbers, et al., 2018, Phys. Rev. Lett.,121, 111302
[4] A. Comastri, G. Setti, G. Zamorani, and G.Hasinger, 1995, Astron. Astrophys. 296, 1
[5] M. H. Salamon and F.W. Stecker, 1994, Astrophys.J. Lett. 430, L21.
[6] Kyungjin Ahn and Eiichiro Komatsu., 2005, Phys.Rev., D72, 061301(R)
[7] A. W. Strong. 7 Jan 2011. arXiv:1101.1381
[8] Julio F. Navarro, Carlos S. Frenk, Simon D. M.White., 1997, Astrophys. J., 490:493-508
[9] A. Takada, H. Kubo, H. Nishimura, et al., 2011,ApJ733, 13
63
——–index
重宇14
ダークマター探索の現状と将来東京大学理学系研究科物理学専攻
阿部正太郎
64
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ダークマター探索の現状と将来
阿部正太郎 (東京大学大学院理学系研究科)
Abstract
現代物理学最大の謎の 1つに暗黒物質がある。暗黒物質探査の手法として,直接探索・間接探索・加速器実験の
主に 3つがある。暗黒物質の候補は様々あるが,その中でもWeakly Interacting Massive Particles (WIMPs)
が有力とされている。間接探索の成果の 1つとして,解像型大気チェレンコフ望遠鏡の 1つである H.E.S.S.
の観測から,1TeV 付近の質量領域におけるWIMPsの対消滅断面積に最も強い上限値 2× 10−26 cm3/s を
与えている。しかしこれまでの観測では発見まで至っていない。
次世代型地上ガンマ線望遠鏡 Cherenkov Telescope Array (CTA)は,現行の解像型大気チェレンコフ望遠
鏡と比較して,特に観測可能エネルギー範囲,感度,エネルギー分解能の 3点で性能が向上し,ガンマ線天
文学に新たな知見をもたらすことを期待されている。
以上を踏まえ,WIMPs探索に関する CTAの展望について,銀河系の矮小楕円体銀河を観測する戦略と銀河
中心近傍を観測する戦略に基づきそれぞれ議論した。その結果,2つの戦略が相補的に機能することで,CTA
がWIMPs発見に至る可能性は十分見込まれることが分かった。
1 序論
現代物理学最大の謎の 1つに暗黒物質がある。暗黒
物質の候補は様々あるが,その中でも冷たい暗黒物質
(Cold Dark Matter, CDM)と呼ばれる非相対論的な
運動をしている素粒子が,宇宙大規模構造との整合
性の観点で有力な候補となっている。その中でも特
にWeakly Interacting Massive Particles (WIMPs)
は,暗黒物質が弱い相互作用と同程度の相互作用を
する素粒子であるという仮定に基づいた暗黒物質候
補であるが,暗黒物質残存量を明白に説明できる可
能性があるという理由により,有望視されている。
暗黒物質探査の手法として,直接探索・間接探索・
加速器実験の主に 3つがあり,これらは探索できる
暗黒物質の質量や散乱断面積が異なるため,相補的
に活用されている。WIMPsの質量はGeV-TeV付近
のオーダーとなり,対消滅によってガンマ線が放出
されると予想されているため,ガンマ線を用いた間
接探索では,このWIMPs対消滅由来のガンマ線を
捉えることが目標となる。
2 ガンマ線によるWIMPs探索
立体角∆Ω の領域からのWIMPs対消滅によるガ
ンマ線の微分フラックスは,
dΦ(∆Ω, Eγ)
dEγ
=1
4π
⟨σannv⟩2m2
χ
[∑i
BRi
dN iγ
dEγ
]J(∆Ω) (1)
で表される [1]。右辺に関して,⟨σannv⟩ は WIMP
の反応断面積と 2 つの WIMPs の相対速度の積
であり,(速度平均)対消滅断面積と呼ばれる。∑i BRi dN
iγ
/dEγ = dNγ/dEγ は,すべての対消
滅経路に対してそのフラックスに分岐比をかけたも
のの和である。mχ はWIMPsの質量である。J は
‘J-factor’と呼ばれ,WIMPsの密度の 2乗を視線方
向に積分したものである:
J =
∫∆Ω
dΩ
∫line of sight
ds ρ2(s,Ω) (2)
WIMPs の対消滅断面積は,暗黒物質残存量から
3× 10−26 cm3/sと推定されている [2]。WIMPsの間
接探索では,この対消滅断面積に対応するフラック
スのガンマ線を検出できるだけの感度に観測装置が
到達できるかどうかが鍵となる。次節では,現行の
65
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
観測装置によるガンマ線を用いたWIMPs探索の結
果について,観測対象とすべき 2つの天体を例に挙
げつつ議論する。
3 観測対象天体と先行研究
3.1 矮小楕円体銀河
3.1.1 特徴
矮小楕円体銀河 (dwarf spheroidal galaxy, dSph)
は,光度の小さい銀河系の伴銀河である。dSphsは
暗黒物資探索において次の 2つの理由で有効なター
ゲットである。まず,宇宙空間の中でも暗黒物質に
満ちた空間であるためである。標準物質に対する暗
黒物質の存在量の比を示唆する質量光度比は,一般
的な銀河がO(1)程度の値であるのに対して,dSphs
は O(100)にも達する [1]。そして,星間物質がほと
んどなく星形成も起こらないことで,ガンマ線の背
景放射が少ないためである [1]。
なお,dSphsは主に 2種類に分けて議論されること
に留意する。まず,光度の小さい “ultra-faint dSphs”
と呼ばれる種類のものであり,Segue 1,Ursa Major
IIなどがある。次に,光度が大きく比較的早期に発
見された “classical dSphs”と呼ばれる種類のもので
あり,Ursa Minorや Sclptor,Dracoなどがある。
3.1.2 先行研究
まず,観測対象として最適な dSphについて議論が
されていることを確認する。WIMPsが多く存在す
ることが求められるため,原理的には J-factorの大
きさと J-factorの不定性の小ささに基づいて議論さ
れる。これまでの観測から,classical dSphsは ultra-
faint dSphs と比較して J-factor の不定性が小さい
ことが判明している [4]。一方で,J-factor の値は
ultra-faint dSphs の方が大きく,Ursa Major II の
log10(J/GeV2cm−5) = 19.38 ± 0.39 は dSphs全体
の中で最大である [5]。加えて,CTAでは角度分解
能が現行の解像型大気チェレンコフ望遠鏡 (Imaging
Atmospheric Cherenkov Telescope, IACT)と比較し
て向上したため,J-factorの角度依存性の議論がで
き,対消滅断面積により強い上限を与える解析手法
が研究されている [6]。CTAの角度分解能に対応し
て,J-factorの積分範囲を 0.1 としたときの場合の
classical dSphsにおける J-factorの最大値は,Draco
の log10(J0.1/GeV2cm−5) = 18.69±0.16である [2]。12
101 102 103 104
DM Mass (GeV)
1027
1026
1025
1024
1023
hvi
(cm
3s
1)
bb
Ackermann et al. (2015)
Nominal sample
Median Expected
68% Containment
95% Containment
Thermal Relic Cross Section(Steigman et al. 2012)
101 102 103 104
DM Mass (GeV)
1027
1026
1025
1024
1023
hvi
(cm
3s
1)
+
Ackermann et al. (2015)
Nominal sample
Median Expected
68% Containment
95% Containment
Thermal Relic Cross Section(Steigman et al. 2012)
Figure 9. Upper limits (95% confidence level) on the DM annihilation cross section derived from a combined analysis of the nominaltarget sample for the bb (left) and + (right) channels. Bands for the expected sensitivity are calculated by repeating the same analysison 300 randomly selected sets of high-Galactic-latitude blank fields in the LAT data. The dashed line shows the median expected sensitivitywhile the bands represent the 68% and 95% quantiles. Spectroscopically measured J-factors are used when available; otherwise, J-factorsare predicted photometrically with an uncertainty of 0.6 dex (solid red line). The solid black line shows the observed limit from thecombined analysis of 15 dSphs from Ackermann et al. (2015b). The closed contours and marker show the best-fit regions (at 2 confidence)in cross-section and mass from several DM interpretations of the GCE: green contour (Gordon & Macias 2013), red contour (Daylan et al.2016), orange data point (Abazajian et al. 2014), purple contour (Calore et al. 2015). The dashed gray curve corresponds to the thermalrelic cross section from Steigman et al. (2012).
sensitivity is a factor of 1.5 for hard annihilation spec-tra (e.g., the + channel) compared to the medianexpected limits in Ackermann et al. (2015b). More pre-cisely determined J-factors are expected to improve thesensitivity by up to a factor of 2, motivating deeper spec-troscopic observations both with current facilities and fu-ture thirty-meter class telescopes (Bernstein et al. 2014;Skidmore et al. 2015).
The limits derived from LAT data coincident with con-firmed and candidate dSphs do not yet conclusively con-firm or refute a DM interpretation of the GCE (Gor-don & Macias 2013; Daylan et al. 2016; Abazajian et al.2014; Calore et al. 2015). Relative to the combined anal-ysis of Ackermann et al. (2015b), the limits derived hereare up to a factor of 2 more constraining at large DMmasses (m
DM,bb & 1 TeV and mDM,+ & 70 GeV)and a factor of 1.5 less constraining for lower DMmasses. The weaker limits obtained at low DM masscan be attributed to low-significance excesses coincidentwith some of the nearby and recently discovered stellarsystems, i.e., Reticulum II and Tucana III. While theexcesses associated with these targets are broadly con-sistent with the DM spectrum and cross section fit tothe GCE, we refrain from a more extensive DM interpre-tation due to the low significance of these excesses, theuncertainties in the J-factors of these targets, and thelack of any significant signal in the combined analysis.
Ongoing Fermi -LAT observations, more preciseJ-factor determinations with deeper spectroscopy, andsearches for new dSphs in large optical surveys will eachcontribute to the future sensitivity of DM searches usingMilky Way satellites (Charles et al. 2016). In particular,the Large Synoptic Survey Telescope (Ivezic et al. 2008)is expected to find hundreds of new Milky Way satellitegalaxies (Tollerud et al. 2008; Hargis et al. 2014). Due tothe diculty in acquiring spectroscopic observations andthe relative accessibility of -ray observations, it seemslikely that -ray analysis will precede J-factor determi-nations in many cases. To facilitate updates to the DM
search as spectroscopic J-factors become available, thelikelihood profiles for each energy bin used to derive our-ray flux upper limits will be made publicly available.We plan to augment this resource as more new systemsare discovered.
After the completion of this analysis, we became awareof an independent study of LAT Pass 8 data coincidentwith DES Y2 dSph candidates (Li et al. 2016). The -rayresults associated with individual targets are consistentbetween the two works; however, the samples selected forcombined analysis are di↵erent.
ACKNOWLEDGMENTS
We would like to thank Tim Linden and Dan Hooperfor helpful and engaging conversations. We also thankthe anonymous referee for thoughtful and constructivefeedback on this manuscript.
The Fermi LAT Collaboration acknowledges generousongoing support from a number of agencies and insti-tutes that have supported both the development and theoperation of the LAT as well as scientific data analysis.These include the National Aeronautics and Space Ad-ministration and the Department of Energy in the UnitedStates, the Commissariat a l’Energie Atomique and theCentre National de la Recherche Scientifique / InstitutNational de Physique Nucleaire et de Physique des Par-ticules in France, the Agenzia Spaziale Italiana and theIstituto Nazionale di Fisica Nucleare in Italy, the Min-istry of Education, Culture, Sports, Science and Technol-ogy (MEXT), High Energy Accelerator Research Organi-zation (KEK) and Japan Aerospace Exploration Agency(JAXA) in Japan, and the K. A. Wallenberg Founda-tion, the Swedish Research Council and the Swedish Na-tional Space Board in Sweden. Additional support forscience analysis during the operations phase is gratefullyacknowledged from the Istituto Nazionale di Astrofisicain Italy and the Centre National d’Etudes Spatiales inFrance.
Funding for the DES Projects has been provided bythe U.S. Department of Energy, the U.S. National Sci-
図 1: Fermi-LAT による dSphs 観測に基づくWIMPs の質量に対する速度平均対消滅断面積上限。対消滅チャンネルは ττ。緑(黄)色のバンドは信頼度 1σ(2σ) の領域である。点や等高線は,銀河中心観測によって得られたWIMPs の最良領域である。Fig.9 in Ref.[7].
図 1 は宇宙望遠鏡 Fermi-LAT による観測から得
られた対消滅断面積の上限値であり,これによると
WIMPs質量に 100GeVの下限を与えることができ
る [7]。加えて,100GeV以上の範囲において,対消
滅断面積に 10−24-10−25 cm3s−1 程度の上限を与え
ている。なお,この「上限値」は,得られたWIMPs
の対消滅断面積に対する 95%信頼水準として与えら
れるものとし,以降でも同様の意味で用いる。
3.2 天の川銀河中心
3.2.1 特徴
宇宙大規模構造シミュレーションなどから,天の
川銀河中心およびその近傍では,暗黒物質ハロー内
における暗黒物質の密度が最も大きいと考えられて
いる [8]。すなわち,対消滅によるガンマ線がその領
域から強く放射していると想定できる。したがって,
暗黒物質の存在量の観点では,銀河中心およびその
近傍を観測することはWIMPs探索においては有効
である。一方で,銀河中心に存在するガンマ線源の
Sgr A*や銀河面からの強度の高い放射があるため,
WIMPsのシグナルが埋もれてしまうという問題が
ある [1]。すなわち,観測的観点では,バックグラウ
ンドを如何に減らして観測するか,が課題となる。
66
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
そのため,暗黒物質探索は銀河中心ではなくその
近傍である,天体由来のガンマ線が少ない領域で行
う。現行の IACTの角度分解能が最高で数分角程度
であることを考えると,銀河中心から ± 0.3 の領
域を取り除くことで,銀河面などからのガンマ線を
排除できる [1]。
3.2.2 得られている上限5
(TeV)DMm0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3
(cm
〉 v
σ〈
-2710
-2610
-2510
-2410
-2310
-2210
Observed, this workExpected68% Containment95% ContainmentH.E.S.S 112h (2011)
Thermal relic density
-W+ W→254h, DM DM Einasto profile
(TeV)DMm0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3
(cm
〉 v
σ〈
-2710
-2610
-2510
-2410
-2310
-2210
Observed, this workExpected68% Containment95% Containment
Thermal relic density
-τ+τ →254h, DM DM Einasto profile
FIG. 1: Constraints on the velocity-weighted annihilation cross section hvi for the W+W (left panel) and + (right panel)channels derived from observations taken over 10 years of the inner 300 pc of the GC region with H.E.S.S. The constraintsfor the bb, tt and µ+µ channels are given in Fig. 4 in Supplemental Material [16]. The constraints are expressed as 95%C. L. upper limits as a function of the DM mass mDM. The observed limit is shown as black solid line. The expectationsare obtained from 1000 Poisson realizations of the background measured in blank-field observations at high Galactic latitudes.The mean expected limit (black dotted line) together with the 68% (green band) and 95% (yellow band) C. L. containmentbands are shown. The blue solid line corresponds to the limits derived in a previous analysis of 4 years (112 h of live time)of GC observations by H.E.S.S. [10]. The horizontal black long-dashed line corresponds to the thermal relic velocity-weightedannihilation cross section (natural scale).
(TeV)DMm0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3 (
cm〉
vσ〈
-2710
-2610
-2510
-2410
-2310
-2210
Einasto
Einasto 2
NFW H.E.S.S. 112h (2011), Einasto
Thermal relic density
-W+ W→254h, DM DM
(TeV)DMm0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3 (
cm〉
vσ〈
-2710
-2610
-2510
-2410
-2310
-2210
MAGIC Segue 1 H.E.S.S. dSph stackingThis workH.E.S.S. GC Halo 112hFermi LAT 15 dSph, 6 years, Pass 8
Thermal relic density
-W+ W→254h, DM DM
FIG. 2: Left: Impact of the DM density distribution on the constraints on the velocity-weighted annihilation cross section hvi.The constraints expressed in terms of 95% C. L. upper limits are shown as a function of the DM mass mDM in the W+W
channels for the Einasto profile (solid black line), another parametrization of the Einasto profile (dotted black line), and theNFW profile (long dashed-dotted black line), respectively. Right: Comparison of constraints on the W+W channels with theprevious published H.E.S.S. limits from 112 hours of observations of the GC [10] (blue line), the limits from the observations of15 dwarf galaxy satellites of the Milky Way by the Fermi satellite [23] (green line), the limits from 157 hours of observations ofthe dwarf galaxy Segue 1 [24] (red line), and the combined analysis of observations of 4 dwarf galaxies by H.E.S.S. [25] (brownline).
increase of the sensitivity of the analysis presented here. In the right panel of Fig. 1, the observed 95% C. L. up-
図 2: H.E.S.S. による銀河中心観測に基づくWIMPs の質量に対する速度平均対消滅断面積の上限。対消滅チャンネルは上図がW+W−。緑(黄)色のバンドは信頼度 1σ(2σ) の領域である。Fig.1 in Ref.[3].
図 2は,IACTの 1つであるH.E.S.S.による 10年
間に及ぶ観測から得られた対消滅断面積の上限値で
ある [3]。対消滅断面積に対する最も強い上限は,対
消滅チャンネルがW+W− である場合に,WIMPs質
量 1TeVにおいて 2× 10−26 cm3s−1 である。なお,
同観測からは,対消滅チャンネルが τ+τ− である場合
に,WIMPs質量 1.5TeVにおいて 6× 10−26 cm3s−1
の上限を与えている [3]。
4 CTAの観測戦略
4.1 Cherenkov Telescope Array
次世代型地上ガンマ線望遠鏡 Cherenkov Telescope
Array (CTA) では,現行の IACTと比較して特に次
の 3つの性能が改善され,暗黒物質発見を期待されて
いる。まず,Fermi-LATでは感度の落ちる 100GeV
程度のエネルギー領域に感度がある。理論的に期待
される暗黒物質質量範囲が 100GeV から数 TeVで
あるため効果が大きい。次に,H.E.S.S.と比較して
10倍程度高い感度を持つ。最後に,エネルギー分解
能が改善された。WIMPsが対消滅することで生じる
特定のエネルギーを持つ素粒子のシグナルを,スペ
クトルから探索する精度に貢献する。以下では,ガ
ンマ線によるWIMPs探索に関する CTAの果たす
役割について,2つの観測戦略に基づき議論を行う。
4.2 矮小楕円体銀河観測
4. Dark Matter Programme 4.2 Strategy
DM mass (TeV)0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3 v
(cm
σ
27−10
26−10
25−10
24−10
23−10
22−10
21−10CTA Sculptor dSph
Statistical errors only
b100 h, bb500 h, b
-τ+τ500 h, -W+500 h, W
DM mass (TeV)0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3 v
(cm
σ
27−10
26−10
25−10
24−10
23−10
22−10
21−10
CTA Sculptor dSph
bNFW profile, b
100 h, Stat. only100 h, 0.3 % Syst.100 h, 1 % Syst.500 h, Stat. only500 h, 0.3 % Syst.500 h, 1 % Syst.
Figure 4.10 – Left: CTA sensitivity for hvi from observation of the classical dwarf galaxy Sculptor for differentannihilation modes as indicated. Right: CTA sensitivity for bb annihilation modes for different conditions; blackline is for 100 h of observation and red line for 500 h. The solid lines are the sensitivities only taking intostatistical errors while dashed and dotted curves take into account systematics as indicated in the figure. Thedashed horizontal line shows the thermal cross-section of 3 1026cm3s1.
DM mass (TeV)0.05 0.1 0.2 1 2 3 4 5 10 20 30
)-1 s3 v
(cm
σ
27−10
26−10
25−10
24−10
23−10
CTA dSphs
b500 h, bStatistical errors only
Sculptor
Draco
Coma Berenices
Segue 1
Figure 4.11 – CTA Sensitivity for hvi from 500 h observation of the classical dSphs Draco and Sculptor, andthe ultra-faint dwarf galaxies Segue 1 and Coma Berenices as indicated. Dashed lines correspond to onestandard deviation uncertainties on the J-factors. Sensitivity is computed assuming the bb annihilation modeand statistical errors only are taken into account. The dashed horizontal line shows the thermal cross-sectionof 3 1026cm3s1.
4.2.3 Large Magellanic Cloud
Description
The Large Magellanic Cloud (LMC) is a nearby satellite galaxy at high Galactic latitude and it has theshape of a disk seen nearly face-on. At a distance of only 50 kpc, and with a large dark mattermass of 1010 M, the LMC is a candidate for indirect dark matter searches which has long beenrecognized as a potentially favorable target [146]. The mass of the LMC of 1% of the Milky Way makesit interesting even though its distance, at six times further away than the Galactic Centre, gives a largesignal reduction. The LMC is an extended source for CTA. Most of the emission lies within the CTA field
Cherenkov Telescope ArrayScience with CTA
Page 54 of 213
図 3: WIMPs の質量に対する速度平均対消滅断面積の CTA による観測限界。それぞれの観測対象 dSph に対して 500 時間観測することを想定した。点線は信頼度 1σ の範囲を表す。対消滅チャンネルはbb。Fig.4.11 in Ref.[2].
図 3は,CTAにより dSphsを観測したときに得
られることが想定される対消滅断面積の上限である。
図 3によると,最も強い制限を与えうるのはWIMPs
が数 100GeV程度の質量である場合の 10−23-10−24
cm3s−1 である。この結果からも,ultra-faint dSphs
である Segue 1 や Coma Berenices の方が classical
dSphsであるDracoや Sculptorと比較して,対消滅
断面積に対してより強い制限を与えるが,同時に不
定性も大きいことが分かる。
4.3 銀河中心近傍観測
図 4は,銀河中心近傍を観測したときに想定される
対消滅断面積の上限である。図 4によると,最も強い
制限を与えうるのはWIMPsが 1TeV程度の質量で
ある場合の 10−26 cm3s−1 であり,H.E.S.S.により得
67
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
られる制限よりも強いことが確認できる。最も重要な
ことは,求められている断面積の値 3× 10−26 cm3/s
にこれまでよりも広い質量範囲で到達しうることで
あり,これはWIMPsの予想されている質量範囲と
も重なるため,WIMPsの発見が期待できる。
101 102 103 104 105
m [GeV]
1027
1026
1025
hvi
max
cm3s
1
Thermal hvi (DarkSUSY)
signal: Einasto, bb
CTA GC projection, this work
HESS GC
Fermi dSphs (6 years) + MAGIC Segue 1
Fermi dSphs (18 years) + LSST, projection
102 103 104 105
m [GeV]
1027
1026
1025
hvi
max
cm3s
1
Thermal hvi (DarkSUSY)
signal: Einasto,W +W w/o EW corr.
CTA GC projection, this work
HESS GC
Fermi dSphs (6 years) + MAGIC Segue 1
Fermi dSphs (18 years) + LSST, projection
Figure 14: The CTA sensitivity curves derived in this work (black line, see Fig. 5) for thebb (left) and W
+W
(right) channels, shown together with the current limits from Fermi-LAT observation of dSph galaxies (cyan) [174] and H.E.S.S. observations of the GC (purple)[162]. In addition we show the projection [186] of the Fermi-LAT sensitivity where futuredSphs discoveries with LSST are taken into account (dashed green). Note that the projectedsensitivity of CTA shown here includes our estimate of systematic uncertainties (1% overallnormalisation error and a spatial correlation length of 0.1); for the corresponding results forthe initial construction configuration of CTA, see Appendix A.
In arriving at the above conclusions, a major motivation of our work was also to ex-plore the most promising data analysis procedures. We therefore confronted the traditionalON/OFF analysis technique with a template fitting analysis procedure, still not yet widelyexplored by IACT collaborations. In Appendix C.4 we demonstrate that for the set of Fermi-LAT inspired IE models and given the CTA sensitivity, this technique leads to a decidedlybetter performance. As is typical for template fitting procedures, the main source of un-certainty lies in the systematic errors originating from the event classification and/or themodelling of the emission components. We include such systematic errors directly in thelikelihood, in a parametric way, thereby accounting for their spatial and energy correlations(sections 6.1 and 6.2). Ideally, the output of such an ‘agnostic’ approach to studying theimpact of instrumental systematic errors can be used for future IRF optimisation once CTAis fully operational.
It is worth stressing that the relative impact of the various sources of uncertainties onthe DM sensitivity was difficult to judge prior to this study. For example, CTA is expectedto greatly advance the measurement of large-scale interstellar emission at TeV energies, thuseffectively identifying an additional background component and thereby potentially loweringthe constraining power of CTA to a DM signal (compared to the situation where such a back-ground would not be present). An important result of our analysis is that the impact of thislarge-scale diffuse component is rather limited, as long as the associated modelling uncertain-ties are not very large (IE
S . 10%). While a smaller value of IES presently appears rather
optimistic given the best existing models, it is expected to become a realistic assumptiononce the IE models can be tuned to actual CTA measurements. In that case instrumental
systematic uncertainties will continue to play the dominant role in constraining a signal. Forlarger uncertainties in the IE component on the other hand, the impact on the DM sensitivitycan be comparable to that from purely instrumental effects.
Sub-threshold sources could turn out to be an additional important source of systematics,though based on the current study their impact appears to be more limited. We also included
– 33 –
101 102 103 104 105
m [GeV]
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hvi
max
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1
Thermal hvi (DarkSUSY)
signal: Einasto, bb
CTA GC projection, this work
HESS GC
Fermi dSphs (6 years) + MAGIC Segue 1
Fermi dSphs (18 years) + LSST, projection
102 103 104 105
m [GeV]
1027
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hvi
max
cm3s
1
Thermal hvi (DarkSUSY)
signal: Einasto,W +W w/o EW corr.
CTA GC projection, this work
HESS GC
Fermi dSphs (6 years) + MAGIC Segue 1
Fermi dSphs (18 years) + LSST, projection
Figure 14: The CTA sensitivity curves derived in this work (black line, see Fig. 5) for thebb (left) and W
+W
(right) channels, shown together with the current limits from Fermi-LAT observation of dSph galaxies (cyan) [174] and H.E.S.S. observations of the GC (purple)[162]. In addition we show the projection [186] of the Fermi-LAT sensitivity where futuredSphs discoveries with LSST are taken into account (dashed green). Note that the projectedsensitivity of CTA shown here includes our estimate of systematic uncertainties (1% overallnormalisation error and a spatial correlation length of 0.1); for the corresponding results forthe initial construction configuration of CTA, see Appendix A.
In arriving at the above conclusions, a major motivation of our work was also to ex-plore the most promising data analysis procedures. We therefore confronted the traditionalON/OFF analysis technique with a template fitting analysis procedure, still not yet widelyexplored by IACT collaborations. In Appendix C.4 we demonstrate that for the set of Fermi-LAT inspired IE models and given the CTA sensitivity, this technique leads to a decidedlybetter performance. As is typical for template fitting procedures, the main source of un-certainty lies in the systematic errors originating from the event classification and/or themodelling of the emission components. We include such systematic errors directly in thelikelihood, in a parametric way, thereby accounting for their spatial and energy correlations(sections 6.1 and 6.2). Ideally, the output of such an ‘agnostic’ approach to studying theimpact of instrumental systematic errors can be used for future IRF optimisation once CTAis fully operational.
It is worth stressing that the relative impact of the various sources of uncertainties onthe DM sensitivity was difficult to judge prior to this study. For example, CTA is expectedto greatly advance the measurement of large-scale interstellar emission at TeV energies, thuseffectively identifying an additional background component and thereby potentially loweringthe constraining power of CTA to a DM signal (compared to the situation where such a back-ground would not be present). An important result of our analysis is that the impact of thislarge-scale diffuse component is rather limited, as long as the associated modelling uncertain-ties are not very large (IE
S . 10%). While a smaller value of IES presently appears rather
optimistic given the best existing models, it is expected to become a realistic assumptiononce the IE models can be tuned to actual CTA measurements. In that case instrumental
systematic uncertainties will continue to play the dominant role in constraining a signal. Forlarger uncertainties in the IE component on the other hand, the impact on the DM sensitivitycan be comparable to that from purely instrumental effects.
Sub-threshold sources could turn out to be an additional important source of systematics,though based on the current study their impact appears to be more limited. We also included
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図 4: 銀河中心近傍を観測した際の,WIMPs の質量に対する速度平均対消滅断面積の CTA による観測限界(黒線)。bb に対消滅する場合が上図,W+W− の場合が下図である。Fermi-LAT による dSphsの観測による上限(シアン線)および H.E.S.S. による銀河中心近傍の観測(紫線)も記載している。緑(黄)色のバンドは MonteCarlo simulation に基づく信頼度 1σ(2σ) の領域である。Fig.14in [9]
5 結論
CTAによる暗黒物質探索について,dSphsを観測
する場合を 4.2節で,そして銀河中心近傍を観測す
る場合を 4.3節で外観した。
4.2節では,まず図 3から,WIMPsの対消滅断面
積 ⟨σannv⟩ に関して,CTAは 10−23-10−24 cm3/s 程
度まで検出できると分かった。加えて,dSphsはバッ
クグラウンドが小さく,銀河中心観測の場合と比較
すると系統誤差の小さい結果を得られる。すなわち,
WIMPs対消滅断面積に対してより保守的な上限を
与えられる。
次に 4.3節では,銀河中心近傍を観測する戦略が有
望であることが分かった。図 4で,CTAによる銀河
中心近傍を 500時間観測することを通じ,予想され
ているWIMPsの対消滅断面積 3× 10−26 cm3/s ま
で到達しうることが示され,今後もさらに改善され
ることが期待されている。一方で,銀河中心は天体
由来のガンマ線の放射も多く,このバックグラウン
ド除去が課題となってくる。
以上から,本講演で扱った 2つの戦略が相補的に
機能することで,CTAがWIMPs発見をする可能性
が十分見込まれることが分かった。
Reference
[1] M. Doro et al. (the CTA Collaboration) 2012.arXiv:1208.5356v1
[2] B.S. Acharya et al. (The Cherenkov Telescope Ar-ray Consortium) 2018. arXiv:1709.07997v2
[3] H. Abdallah et al. (The H.E.S.S. collaboration)2016. arXiv:1607.08142v1
[4] M. Ackermann et al. (The Fermi-LAT Collabora-tion) 2014. arXiv:1310.0828v2
[5] N.W.Evans et al. 2016. arXiv:1604.05599v2
[6] N. Hiroshima et al. 2019. arXiv:1905.12940v1
[7] A. Albert et al. (The Fermi-LAT and DES collab-orations) 2016. arXiv:1611.03184v1
[8] L. Bergstrom, P. Ullio and J. H. Buckley. 1998.arXiv:astro-ph/9712318v1
[9] A. Acharya et al. (The Cherenkov Telescope ArrayConsortium) 2020. arXiv:2007.16129
[10] J. Hisano et al. 2003. arXiv:astro-ph/0307216v1
68
——–index
重宇15
擬似スペクトル法を用いたcosmic shearパワースペクトルの測定手法
東京大学理学系研究科物理学専攻谷口貴紀
69
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
疑似スペクトル法を用いた cosmic shearパワースペクトルの測定手法
谷口 貴紀 (東京大学大学院 理学系研究科)
Abstract
遠方銀河から我々へ届く光の経路は、途中に存在する物質の重力場によって曲げられるため、観測される銀
河形状には歪みが生じる(弱い重力レンズ効果)。したがって、多数の銀河の観測から系統的な銀河形状の歪
み (cosmic shear)を測定することで、宇宙の大規模構造の物質分布を再構成することができる。
cosmic shearの解析において、互いに波数の異なるパワースペクトル間の共分散は、対応する2点相関関数
の共分散よりも扱いやすいため、誤差の評価という観点からはパワースペクトルを用いることが望ましい。
しかし実際の観測領域は明るい星などの影響で一部がマスクされた形状をしているため、cosmic shearの波
数空間への変換は自明ではない。すなわち、相関関数を直接的に変換すると、マスクされた領域とデータの
ある領域で畳み込みが生じ、正しいパワースペクトルが得られないという問題がある。
C. Hikage et al.(2011)では、CMB解析で用いられてきた擬似スペクトル法を cosmic shear解析に応用す
ることで、上記の観測的効果の影響を取り除いて cosmic shearパワースペクトルを得る手法が開発されてい
る。この手法をシミュレーションデータに対して適用することで、観測領域の約 25%がマスクされている場
合でも、1%以下の精度で真のパワースペクトルが復元できることが確認された。
発表者は、上記の手法をもとにして、cosmic shearの観測からより高次の統計量であるバイスペクトルを
測定する手法の開発研究を行っており、本発表では C. Hikage et al.(2011)のレビューを行う。
1 Introduction
遠方天体から出た光は、宇宙の大規模構造の重力
により曲がった経路をとるため、観測される遠方銀
河の形状には歪みが生じる。この銀河形状の歪みに
は、我々と銀河の間にある物質分布の情報が含まれ
るため、多数の銀河を観測して系統的な銀河形状の
歪み (cosmic shear)を測定することで、宇宙の大規
模構造の質量分布を再構成することができる。
cosmic shearの解析では、主に 2点相関関数が利
用されてきた。実際の銀河サーベイにおいてデータ
が得られる領域は整った形状をしておらず、明るい
星などの影響により一部がマスクされた形となって
いるが、相関関数はそのような観測データからも比
較的容易に得られるという利点がある。一方で、距
離スケールの異なる相関関数どうしで大きな相関を
持つため、相関関数どうしの共分散、すなわち誤差
の扱いは難しい。2点相関関数を波数空間へ変換し
たパワースペクトルによる解析はあまり行われてい
ないが、異なる波数のパワースペクトルどうしの相
関は、非線形領域においても比較的うまく扱えるた
め、測定量の誤差の扱いという点ではパワースペク
トルを利用することが望ましい。しかし、先述した
マスクを含む複雑な観測領域では、cosmic shearを
そのまま波数空間へ変換すると正しいパワースペク
トルが得られないという問題がある。
今回レビューを行なう C. Hikage et al.(2011) で
は、大スケールの cosmic shear観測に対応した full-
sky approachと小スケールの観測に対応した flat-sky
approachという 2つの場合について、観測領域の効
果の影響を取り除いて正確なパワースペクトルを得
る手法が提案されている。さらに、シミュレーショ
ンにより作成した歪み場に対して提案した手法を用
いることにより、確かに正しくパワースペクトルが
得られることが確認されている。
2 Methodology
full-sky approachと flat-sky approachそれぞれに
ついて、観測から得られる疑似パワースペクトルか
らパワースペクトルを得る式を見る。
70
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2.1 full-sky formalism
観測領域が2次元平面とみなせないような、広い
範囲を対象とした観測を考える。
弱い重力レンズ効果による銀河像の歪みを表す歪
み場を γ1(n)、γ2(n)とする。nは角度方向を示す単
位ベクトルである。波数空間へ変換した歪み場を考
え、座標の回転操作を行なうことで、座標に依らな
い歪み場のモード E、Bが得られる。これらは
Elm± iBlm =
∮dΩn[γ1(n)± iγ2(n)]±2Y
∗lm(n) (1)
γ1(n)± iγ2(n) =∑lm
[Elm ± iBlm]±2Ylm(n) (2)
という関係で結びついている。ここで、±2Ylm(n)は
スピン 2の球面調和関数である。cosmic shearのパ
ワースペクトルは
CEEl ≡ 1
2l + 1
∑m
|Elm|2 (3)
CBBl ≡ 1
2l + 1
∑m
|Blm|2 (4)
CEBl ≡ 1
2l + 1
∑m
ElmB∗lm (5)
で表される。弱い重力レンズ効果はスカラー量の重
力ポテンシャルにより引き起こされるため、物理的
な自由度は1であり、Blm は理論的には 0 となる。
したがって、観測から得られた Bモードに関する値
CBBl を見ることで、系統誤差を見積もることができ
る。実際に観測される歪み場 γ1、γ2は観測領域の制
限により、
γ1(n)± iγ2(n) = K(n)(γ1(n)± iγ2(n)) (6)
と表される。nに対応した領域が完全にマスクされ
ている場合にはK=0、完全に観測可能な場合はK=1
である。これに対応して、実際に直接測定される疑
似E/Bモード Elm/Blmと真のE/Bモードの関係は
Elm ± iBlm =∑l′m′
(El′m′ ± iBl′m′)±2Wll′mm′ (7)
となる。Wll′mm′ は畳み込みのカーネルである。
Elm/Blm モードについても、(3)∼(5)式と同様に疑
似パワースペクトル CEEl などが定義でき、パワース
ペクトル、疑似パワースペクトルの定義及び (7)式
から
Cl =∑l′
Mll′F2l′Cl′ + Nl (8)
が得られる。ここで、Cl = (CEEl ,CBB
l ,CEBl )(Clに
ついても同様)であり、Fl は lについてのピクセル
の window functionである。Nlは、銀河そのものが
もつ形状に由来するショットノイズのパワースペク
トルである。Mll′ は疑似パワースペクトルと真のパ
ワースペクトルを結びつける 3× 3行列である。(8)
式をClについて解くことで、疑似パワースペクトル
から真のパワースペクトを導く式が得られる。lにつ
いて適当なビンを設定し、ビン bのパワースペクト
ル Cb として、
Cb ≡l∈b∑l
PblCl (9)
Pbl ≡l(l + 1)
2π
1
l(b+1)min − l
(b)min
(10)
と定めると
Cb = M−1bb′
l′∈b′∑l
Pb′l(Cl − ⟨Nl⟩) (11)
により、パワースペクトルが得られる。ここで、Mbb′
は
Mbb′ =l∈b∑l
Pbl
l′∈b′∑l′
2π
l′(l′ + 1)Mll′F
2l′ (12)
である。
2.2 flat-sky folmalism
球面曲率が無視でき、観測領域が2次元平面とみ
なせる狭い領域における観測を考える。このとき、歪
み場とそのフーリエ空間での E/Bモードの関係は
Efk±iBf
k =
∫dΩn[γ1(n)±iγ2(n)]e
i(k·n±2φk) (13)
となる。nは (1)式の nをある点の近傍で2次元ベ
クトルとして近似したものである。ここでは、観測
的効果を、観測領域の境界部と内部で分けて扱う。
まず観測領域の境界部については、zero-paddding
71
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
により、領域を正方形にできるため、正方形領域で
の観測的効果を考える。1辺が Lの長さの領域での
疑似 E/Bモードは
Efk±iBf
k =
∫d2k′
(2π)2(Ef
k′±iBfk′)Sk−k′e±2iφk′ (14)
となる。ここで Sk は window function である。パ
ワースペクトルを
⟨EfkE
f∗k′ ⟩ ≡ (2π)2δ2D(k+ k′)CEE
k (15)
と定義(CBBk 、CEB
k も同様)すると、2.1と類似し
た手順により、観測領域境界の効果を含んだ疑似パ
ワースペクトルCfk と真のパワースペクトルの関係
Cfk =
∑k′
MSkk′C
fk′ (16)
が得られる。MSkk′ は、Cf
k、Cfk′ の定義から得られ
る変換行列である。
次に、観測領域内部のマスクの効果を考える。
Efk/B
fk と観測領域内部のマスク効果を含んだ疑似
E/Bモードの関係は、(7)式と同様であり、2.1と同
様の手順で領域内部の観測的効果も含んだ疑似パワー
スペクトル Cfkが、Mκ
kk′ を変換行列として以下のよ
うに与えられる。
Cfk =
∑k′
Mκkk′C
fk′ (17)
(16)(17)式をCfkについて解くことで、実際の観測で
得られる疑似パワースペクトル Cfk から真のパワー
スペクトルが得られる。2.1と同様に kについてビン
を設定し、対応するパワースペクトルをCfb とすると
Cfb = M−1
bb′
k∈b′∑k
Pb′k(Ck − ⟨Nk⟩) (18)
となり、(18)式より、cosmic shearの疑似パワース
ペクトルから真のパワースペクトルが得られる。こ
こでMbb′ は (16)(17)及び (9)式に対応したビンの定
義から得られた行列である。
3 Simulations of shear maps
前章で得られた式を利用した計算コードで正しい
パワースペクトルが得られることを、シミュレーショ
ンにより作成した cosmic shearデータを用いて確認
した。
3.1 full simulations in flat-sky limit
2.2 で得た手法を確認するために、M. Sato et
al.(2009) により作成された cosmic shear のデータ
を用いた。M. Sato et al.(2009)では、z < 1につい
ては 1辺 240 h−1MpcのボックスサイズでのN体シ
ミュレーション、z > 1については 1辺 480h−1Mpc
のボックスサイズでの N体シミュレーションで質量
分布を生成し、それに対して ray-tracing simulation
を行なうことで cosmic shearのデータを得ている。
ray-tracing simulation では、120h−1Mpc ごとにレ
ンズ面を設定し、各面ごとに近傍の質量分布を投影
して重力ポテンシャルを求め、光源からの光はレン
ズ面を通過するときのみ進路を変えると仮定して光
の経路の計算を行なった。5 × 5の円錐内かつ z=1
の領域に 20482のグリッドを設け、各グリッドから観
測者に向けて光が放射されるとし、その光の経路の
変化から cosmic shearを求めた。測定するパワース
ペクトルの統計誤差を減らすために 1000realization
のシミュレーションから最終的な cosmic shearのパ
ワースペクトルを得た。
3.2 Gaussian simulations in full-sky
limit
2.1で得た手法を確認するために、2000平方度の
長方形領域において、ガウス分布にしたがう cosmic
shearを作成した。作成の際に用いたピクセルサイズ
は ∼ 4 arcminであった。
3.3 simulating realistic masks
実際の地上観測を想定して、3.1、3.2で得られた
cosmic shearのデータにマスクを付加した。明るい
星に対応する効果として、半径を 0.2∼2 arcminの範
囲からランダムに決めた円形のマスクをランダムな
位置に付加した。さらに、半径が r=1 arcmin以上の
円形マスクについては、観測機器の飽和効果に対応
するものとして、0.2r×5rの長方形マスクを重さねて
付加した。また、観測素子の不具合に対応するマス
クとして、あるy方向の行にある全てのピクセルを
72
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
5%の確率で全て覆った。それぞれのマスクは重なっ
ても良いものとして、全体で約 25%の領域を覆った。
3.4 intlinsic ellipcities
銀河が持つ固有の楕円率により、測定されるパワー
スペクトルには誤差が生じる。銀河どうしで楕円率
の相関がないと仮定すると、パワースペクトルに加
えられるノイズ項は
Nl =σ2ϵ
ng(19)
と表される。ここで σϵは銀河の楕円率の2乗平均平
方根であり、ng は銀河の平均数密度である。ここで
は、σϵ = 0.22、ng = 30 arcmin−2 とした。
マスクを加えた cosmic shearのデータを作成した
後、3.1の flat-sky limitの cosmic shearに対しては
分散が σ2ϵ /ngΩpixであるガウス分布のノイズを加え、
3.2の full-sky limitの cosmic shearに対しては分散
σ2ϵ /fngΩpix のノイズを加えた。ここで、Ωpix はピ
クセルサイズ、fpix ∼ 0.75はマスクされていない領
域の割合である。
4 Results
図1は、intlinsic ellipcityの効果を含んだ flat-sky
limit の cosmic shear データから得られたパワース
ペクトル CEEl のグラフである。実線がシミュレー
ションデータそのもののパワースペクトル、三角の
点がマスクされたデータから直接的に得られた疑似
パワースペクトル、丸い点が2章の方法を用いて再
現されたパワースペクトルである。また、点線は、元
のデータをマスクの効果を考慮して畳み込んで得ら
れた疑似パワースペクトルである。図2は、intlinsic
ellipcityの効果を含んだ full-sky limitのデータに関
する同様のグラフである。
いずれの場合においても、マスクされたデータから
直接得られた疑似パワースペクトルは、真のパワー
スペクトルより小さくなっているのに対し、2章の方
法により得られたパワースペクトルは、真のパワー
スペクトルと良く一致していることがわかる。
図 1: flat-sky limitの cosmic shearパワースペクトル
図 2: full-sky limitの cosmic shearパワースペクトル
5 Conclusion
C. Hikage et al.(2011)は、観測的効果を考慮して、
cosmic shearの測定からパワースペクトルを求める
手法を開発した。シミュレーションで得られた cosmic
shearのデータに疑似パワースペクトル法を適用する
と、約 25%の領域が観測的効果によりマスクされて
いた場合においても、データがもつ本来のパワース
ペクトルを確かに再現できることがわかった。
Reference
C. Hikage, M. Takada, T. Hamana and D. Spergel, 2011,Mon. Not. R. Astron. Soc. 412, 65
M. Sato, T. Hamana, R. Takahashi, M. Takada, N.Yoshida, T. Matsubara, N. Sugiyama, 2009, ApJ,701, 945
73
——–index
重宇16
機械学習を用いた暗黒物質質量への制限名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
村上広椰
74
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
機械学習を用いた暗黒物質質量への制限
村上 広椰 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
宇宙の大規模構造形成の際、主な重力源となるのは暗黒物質であるとされている。その性質について不明な
点は多いが、質量は大規模構造に影響するため、銀河分布の二点相関関数を用いた解析によって暗黒物質質
量に制限を与える研究は行われている。しかし、現在の制限は有力な暗黒物質のモデル制限をするには未だ
不十分である。問題点として、暗黒物質質量が影響を及ぼすのは大規模構造の小スケールの構造だが、この
スケールでは二点相関関数よりも高次の統計量に情報が流出してしまう。従ってより強力な制限のためには
この高次統計の情報が不可欠であるが、しかし、三点以上の多点の相関を計算することは計算コストの面で
非常に難しい。そこで本研究では、新たな解析の手法として機械学習の一種である畳み込みニューラルネッ
トワーク (CNN)に注目する。本研究では N体シミュレーションデータから得られた暗黒物質分布のデータ
を用いて CNNの訓練および評価を行い、CNNおよび二点相関関数を用いたシミュレーションデータの解析
結果を比較した結果について報告する。
1 Introduction
現在、ΛCDMモデルと呼ばれる宇宙論モデルは広
く受け入れられている。 しかし、このモデルにおい
て暗黒物質は cold dark matter(CDM)、すなわち非
常に重く、暗黒物質は消滅反応が凍結する際に非相
対論的であるという仮定がなされるのみで、質量な
どの具体的な性質は明らかでない。
暗黒物質は宇宙のエネルギー密度のおよそ 26 %
を占めるとされるが (Planck Collaboration et al.
2018)、重力相互作用以外の相互作用はしない、も
しくは非常に弱い。そのため直接観測は未だ実現し
ておらず、様々なモデルが今も考察されている。例え
ば暗黒物質の質量については、ステライルニュートリ
ノモデルについては 1 keV∼1 MeV程度 (Boyarsky
et al. 2019)、WIMPSモデルについては 10 GeV ∼1 TeV(Alvarez et al. 2020)程度とされる。
暗黒物質のモデルを決定するために様々な観測、実
験が行われているが、本研究ではそのうちの一つ宇
宙の大規模構造の解析に着目する。大規模構造は宇
宙の初期密度揺らぎが重力を介して成長することで
形成されるが、暗黒物質は主要な重力源であり、そ
の質量は大規模構造に影響する。実際、これまでに
も二点相関関数と呼ばれる統計量を用いた解析は行
われており、少なくとも暗黒物質はO(1) keV程度よ
りも重い (Garzilli et al. 2019)という結果が得られ
ている。 しかしこの結果は上で挙げた様なモデルに
制限を与えるには至らないため、さらなる制限のた
めには二点相関関数を超える情報を取り出すための
解析手法が必要となる。暗黒物質はその質量が軽い
ほど小スケールの構造の成長を妨げるが、小スケー
ルでは二点相関関数からさらに高次の相関への情報
の流出が顕著なため、二点相関だけを用いて強力な
制限を与えるのは困難で、三点以上の相関の計算も
計算コストの面で難しい。
そこで本研究では、画像解析の手法として用いら
れている畳み込みニューラルネットワーク (Convo-
lutional Neural Network; CNN)に着目する。CNN
を用いた解析は宇宙論パラメーターの制限に用いら
れた例があり、既存の手法を超えた成果が得られる
ことが示唆されている (例:Ribli et al. (2019))。
本研究では、CNNを用いた大規模構造の解析によ
る暗黒物質質量への制限のデモンストレーションと
して、CDMを仮定したシミュレーションとそうで
ない暗黒物質 (Non-cold dark matter; NCDM)を仮
定したシミュレーションを判別するテストを二点相
関、CNNそれぞれを用いて行い、その性能の評価を
行った。
加えて本研究では、CNN の取り出す情報を調べ
75
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
るため、N体シミュレーションの代わりに Random
Gauss simulationを用いた場合の CNNの性能評価
についても調べる。
2章では行ったシミュレーションの概要、画像の作
成方法、二点相関関数と CNNの手法を節ごとにに
述べ、3章で性能評価の方法と結果を示し、4章でま
とめと展望について述べる。
2 Methods
2.1 Simulations
本研究ではいくつかの公開コードを用いて暗黒
物質粒子分布のシミュレーションを行った。シミュ
レーションの初期条件の統計的性質を表すパワース
ペクトル (二点相関のフーリエ変換) の計算のため
に CLASS(Lesgourgues 2011)、初期条件の作成のた
めに 2LPTic(Crocce et al. 2006)、シミュレーショ
ンの実行に Gadget-2(Springel 2005) を用いた。シ
ミュレーションは 200 Mpc/h(hは無次元ハッブル定
数)の立方体中における 10243個の粒子の、赤方偏移
20∼0.3の期間の重力相互作用を計算した。パワース
ペクトルの計算の際には、宇宙論パラメーターは全
て Planck Collaboration et al. (2018)のもの、すな
わち無次元ハッブル定数 h = 0.677、暗黒物質のエ
ネルギー密度の割合 Ωm = 0.262、暗黒エネルギー
密度の割合 ΩΛ = 0.689、バリオンのエネルギー密
度密度の割合 Ωb = 0.049、パワースペクトルの振
幅 ln 1010As = 3.047 を選び、暗黒物質の質量のみ
が異なる 10のモデルを考える。具体的には、CDM
モデルと、暗黒物質質量がそれぞれ対数スケールで
等間隔の値 102.33,102.66,· · · , 104.66,105 eVの 9つの
NCDMのモデルを仮定した。また、二点相関関数お
よび CNNのテストのためのシミュレーションとは
独立なデータでCNNを訓練するために、上記モデル
それぞれに対して初期ゆらぎ生成のための乱数 seed
が異なるシミュレーションを行った。すなわち、行っ
たシミュレーションの realizationは計 20である。
また本研究では、N体シミュレーションと二点相
関が同じで高次相関が 0である粒子分布を作成した
(Random Gauss simulation; RGS)。シミュレーショ
ンボックスを 200 Mpc/h× 200 Mpc/h×50 Mpc/h
200Mpc/h cube50Mpc/h
(projection)200Mpc/h
…
8x8 subregions 8x8 subregions w/ offset
STEP1 STEP2 STEP3
rotation/flip
200Mpc/h25Mpc/h
256x256 pixels
200Mpc/h cube50Mpc/h
(projection)200Mpc/h
…
8x8 subregions 8x8 subregions w/ offset
STEP1 STEP2 STEP3
rotation/flip
200Mpc/h25Mpc/h
256x256 pixels
図 1: 画像の作成手順
に分割し、粒子分布を 50 Mpc/h方向に沿って二次
元に射影して相関関数を計算、RGSを実行して二次
元粒子分布を得る。テスト用の 10種の N体シミュ
レーションの二点相関を用いてRGSを行った。これ
についても独立なCNNの訓練用、テスト用データを
得るために、粒子分布作成の際の乱数 seedが異なる
独立な二つのデータを各モデルについて作成した。
2.2 Images
本研究ではCNNの訓練、テストのために、シミュ
レーションから画像を作成する。シミュレーション
ボックスをRGS実行の際と同様に分割 (200 Mpc/h×200 Mpc /h×50 Mpc/h)、粒子分布を二次元に射影
した後、二次元領域をさらに分割し、最終的に 1ピ
クセルに含まれる粒子数とそのピクセルの画素値を
対応させた画像を作成する (詳細は図 1)。一枚の画
像は 256 pix× 256 pixで、画像のピクセルを区切る
位置をずらすことで画像を嵩増しし、各モデルに対
し 76,800枚ずつ画像を得た。1ピクセルに含まれる
領域は (25/256 Mpc/h)2、1画像に含まれる領域は
(25 Mpc/h)2となる。さらに、CNNの訓練時には画
像の反転および回転を行い、画像を増加させる。評価
時には反転、回転は行わない。RGSの結果に対して
も同様にして画像を作成し、各モデルに対し 76,800
枚ずつ画像を得た。
76
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2.3 Two-point correlation
二点相関関数は観測から宇宙論的な情報を取り出
す際一般に用いられる統計量であり、位置 rの密度
揺らぎ δ(r)の積の平均として
w(|r|) = ⟨δ(r1)δ(r2)⟩, (1)
で定義される。ここで、|r| = |r1 − r2|、⟨⟩は |r|についてのアンサンブル平均である。
本 研 究 で は 公 開 Python モ ジ ュ ー ル
TreeCorr(Jarvis 2015) を用いて 2 点相関の計
算を行った。二点相関の計算は画像作成の途中
で得られる二次元の粒子分布について計算し、
25/256 Mpc/h ≤ |r| ≤ 25 Mpc/hを対数スケール
で等間隔の binに分け、各 DMモデルのシミュレー
ションそれぞれに対し
w = (w(r1), · · · , w(r32)), (2)
を得た。また、3章での評価に用いる共分散行列は
Jackknife法を用いて得た 256サンプルを用いて、
Cij =n− 1
n
n∑k
[wJKk (ri)− wJK(ri)]
× [wJKk (rj)− wJK(rj)] ,
(3)
とした。wJKk は Jackknife法によって得られた k番
目のサンプル、wJK は Jackknifeサンプルに関して
平均をとった値である。
2.4 Convolutional Neural Network
CNNはフィルターを用いて画像から情報を取り出
す手法であり、このフィルターが訓練によって最適
化される。CNNの構造は、(Ribli et al. 2019)で用
いられた、畳み込み層が 18層の物を用いる。
2.2 節で得られた N 体シミュレーションおよび
RGSから得られた画像を用いて、CDMモデルとあ
るNCDMモデルを判別するCNNを訓練する。CNN
の出力 y = (y1, · · · , yn)に対して、損失関数はクロスエントロピー関数
E(w) = −∑k
yk ln (yk), (4)
を用いた。ここで、ykは入力画像に対する正解の出力
である。また、フィルターの値の更新は学習率 0.001
の確率的勾配降下法を用いた。
この CNNに評価データを入力すると、各入力画
像に対し
y(i|M) = (pCDM (i|M), pNCDM (i|M)) (5)
という出力が得られる。iは入力画像のラベル、M
は入力画像のモデル、pk(i|M)は入力画像に対する
CNNの予測で、入力画像がモデル kである確率を表
す。共分散行列は、CDMモデルのN = 76800枚の
画像サンプルに対する結果を用いて、
Cjk =1
N
N∑i
[(pj(i|CDM)− ⟨pj(CDM)⟩)
× (pk(i|CDM)− ⟨pk(CDM)⟩),
(6)
で定義した。尚、⟨pj(CDM)⟩ = 1N
N∑i
pj(i|CDM)で
ある。
3 Results
NCDM
図 2: p値の計算結果。横軸はNCDMモデルの質量、
縦軸は 1-p値であり、縦軸が 1に近いほどよく判別
できていると考えられる。
本研究では各手法の判別能力をカイ二乗検定で評
価した。カイ二乗値は
χ2k = D(k)C−1D(k), (7)
77
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
とした。kはCDMと比較するNCDMモデルのラベ
ルで、C−1は式 (3)及び式 (6)の逆行列、Dは二点相
関に対しては式 (1)、CNNに対しては式 (2)を用いる。
これに対し p値を計算し、N体×CNN、RGS×CNN、
N対 ×二点相関の結果を比較する。尚、p値は 0∼1
の値をとり、0に近いほどCDMとNCDMがよく判
別できているということに対応する。
図 2に結果を示す。二点相関関数 (破線)及びRGS
に対する CNN(点線)の結果をみると、NCDMの質
量増加に対する 1−p値の減少はほぼ同じであること
が分かる。RGSから得られた画像は二点相関の情報
のみしか含まれないため、二点相関よりも良い結果
にはならないと考えられ、結果は期待される通りで
ある。また、RGSに対する CNNの結果は二点相関
の結果と遜色なく、訓練された CNNは少なくとも
二点相関の情報は全て取り出せると考えられる。
N体に対するCNNの結果をみると他の 2手法に比
べて高い判別能力を示しており、CNNは訓練によっ
て 3次以上の高次相関等の情報を取り出した判別を
行うことができていると考えられる。
4 Summary & Future work
本研究の結果、CNNは二点相関以上の情報を取り
出した解析ができる可能性が示唆された。したがっ
て、既存の観測データを考えた場合でも、CNNを用
いることでこれまで以上に強いパラメーター制限等
の成果が期待できる。
また、CNNが二点相関以上の情報を取り出すこと
は分かるものの、具体的にどのような情報を用いてい
るかは分かっていない。CNNから得られる結果の解
釈のためにも情報源の解明は必要であり、三点以上の
高次相関や、peak counts、Minkowski functional等
との比較も考えられる ((Zorrilla Matilla et al. 2020)
などの研究例がある)。また、講演内容には含んでい
ないが、複数の NCDMモデルの判別なども本研究
では行っており、将来的には大規模構造解析からの
暗黒物質質量制限を目指す。そのために、CNNの構
造の改善や、CNNの訓練用シミュレーションの改善
(MHDシミュレーション等、より実際の観測に即し
た訓練データを得る)などを行っていく予定である。
Acknowledgement
本研究は名古屋大学高等研究院特任講師、西澤 淳
さんとの共同研究です。また、シミュレーション及
び CNNの計算において、国立天文台 CfCAの xc50
及び GPUクラスタを用いています。
Reference
Planck Collaboration, Aghanim, N., Akrami, Y., et al.2018, arXiv:1807.06209
Boyarsky, A., Drewes, M., Lasserre, T., et al. 2019,Progress in Particle and Nuclear Physics, 104, 1
Alvarez, A., Calore, F., Genina, A., et al. 2020,arXiv:2002.01229
Garzilli, A., Ruchayskiy, O., Magalich, A., et al. 2019,arXiv:1912.09397
Ribli, D., Pataki, B. A., & Csabai, I. 2019, Nature As-tronomy, 3, 93
Lesgourgues, J. 2011, arXiv:1104.2932
Crocce, M., Pueblas, S., & Scoccimarro, R. 2006, MN-RAS, 373, 369
Springel, V. 2005, MNRAS, 364, 1105
Jarvis, M. 2015, Astrophysics Source Code Library
Ribli, D., Pataki, B. A., Zorrilla Matilla, J. M., et al.2019, MNRAS, 490, 1843
Zorrilla Matilla, J. M., Sharma, M., Hsu, D., et al. 2020,arXiv:2007.06529
78
——–index
重宇17
複数場に拡張したインフレーションモデルの検証
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻森下薫能
79
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
複数場に拡張したインフレーションモデルの検証
森下 薫能 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
標準ビックバン理論の諸問題の解決策としてインフレーション理論が有力視されている。その物理はインフ
ラトンにより決定され、数多くのモデルは実際の観測結果との整合性を要する。近年では Planckの観測に
よるモデルの制限は広く知られている (1.)。Planckの観測ではスカラーのパワースペクトルの傾き ns と、
スカラーとテンソルのパワースペクトル (Pζ ,Pg)の比である rの値に制限が課されている。その観測結果に
より、単一場の ϕn のモデルは r の観点から否定的なものと考えられている。しかし、複数場のモデルは単
一場のモデルと比べ r の値を下げる可能性があるため、観測結果に一致する余地がある。そのため、本研究
では V = ϕn + χn という単純な複数場のモデルを用いて rの値を観測で許される値に下げることを考える。
本研究では ϕがインフラトン、χがカーバトンとして振る舞うモデルを考える。カーバトンはインフラトン
と異なり、インフレーションの物理には関与しない。また、曲率ゆらぎに非ガウス性が見られることも特徴
の 1つであり、この非ガウス性も実際の観測から制限が課されるものである (2.)。
本発表では、カーバトンを用いた複数場の ns, r の値の議論に加え、カーバトンの非ガウス性についても紹
介する。前者は (3.),後者は (2.)のレビューとなる。
1 Introduction
標準的なスローロールモデルでは、インフラトンが
ポテンシャル中を緩やかに転がることでインフレー
ションが実現される。数多くのインフレーションモ
デルは実際の観測結果を用いて制限される。本研究
では Planckの観測による制限に着目する。その観測
結果では単一場の V = ϕn のモデルは観測結果とは
一致せず、特に rの観点から否定的なものと考えられ
る。しかし、複数場のモデルは単一場のモデルと比
べ rの値を下げる可能性があるため、観測結果に一
致する余地がある。そこで、ϕ, χを共にインフラトン
として V = ϕn +χnという単純な複数場のモデルを
用いて実際に計算を試した。その結果を図 1に示す。
図 1では n = 2,V = 12m
2ϕϕ
2 + 12m
2χχ
2, (mχ = 5mϕ)
の計算を行った。r の値を下げることを目的とした
が、rの値は変化せず nsの値を下げる結果となった。
以上の結果を踏まえ、本研究では一方をインフレー
ションの物理に関与しないスカラー場であるカーバ
トンに変更した。以降では ϕをインフラトン、χを
カーバトンとして、ポテンシャルはインフラトンの
みの場合と同様に V = 12m
2ϕϕ
2 + 12m
2χχ
2とする。こ
の時カーバトンには χ ≲ Mpl という条件が課され、
0.92 0.93 0.94 0.95 0.96 0.97ns
0.05
0.10
0.15
r
single
multi
図 1: 赤と青の範囲が Planck の観測結果。V =12m
2ϕϕ
2 の単一場の結果が single,V = 12m
2ϕϕ
2 +12m
2χχ
2, (mχ = 5mϕ) の複数場の結果が multi のラ
ベルに対応する。複数場の場合は初期値を変えなが
ら複数の trajectoryに対して計算を行った。
インフレーション終了後 (H ∼ m程度)ポテンシャ
ルの底で振動を開始する。その際、カーバトンは圧
力のないダストのように振る舞い (ρχ ∝ a−3)、その
後 radiation(ρχ ∝ a−4)へと崩壊していく。
以下では、まずカーバトンの特徴である曲率揺らぎ
の非ガウス性について紹介した後、本研究の主題であ
るカーバトン理論における ns, rについて議論する。
80
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 曲率揺らぎの非ガウス性
この章では曲率揺らぎの非ガウス性について紹介
する。まず、曲率揺らぎを以下のように展開する。
ζ(t,x) = ζ1(t,x) +∞∑
n=2
1
n!ζn(t,x) (1)
ここで ζ1 はガウシアンであり、更に高次の項は
非ガウシアンである。(1) 式から非線形パラメータ
fNL, gNL を以下のように定義する。
ζ = ζ1 +3
5fNLζ
21 +
9
25gNLζ
31 +O(ζ41 ) (2)
ζ2 =6
5fNLζ
21 , ζ3 =
54
25gNLζ
31 (3)
以下では 2つの非線形パラメータの計算において
2 つの崩壊形式について議論する。一方は sudden-
decay、もう一方は non-instantaneous decayである。
前者はカーバトンが振動開始した直後一瞬で radia-
tionに崩壊する場合で、後者は振動開始後に段階的
に崩壊する場合である。後者は数値的に計算する必要
があり、前者は後者の近似的な解析解を求めることと
なる。数値計算には δN 形式を用いるため、separate
universeを仮定する。
2.1 Sudden-decay近似
まずは sudden-decay近似の場合について解析解を
与える。カーバトンが急速に radiationに崩壊するた
め、カーバトンと radiation間には相互作用がないも
のとする。カーバトンはHubble rateと崩壊率 Γが等
しくなる時 (H = Γ)に崩壊するとし、decay surface
は uniform total density hypersurfaceとする。この
時、decay surfaceにおいて全エネルギー密度が一様
であることを課すと以下の関係式が得られる。
(1− Ωχ,dec)e4(ζr−ζ) +Ωχ,dece
3(ζχ−ζ) = 1 (4)
ここで Ωχ,dec = ρχ/(ρr + ρχ)は decay timeで定
義される無次元量である。以降は簡単のためにカー
バトンの非線形成長は無視できるものとし、ζr = 0
として計算する。
ζ, ζχを (1)式に従い展開し、(4)式の各オーダーを確
認していく。まず、1次のオーダーは
ζ1 = rζχ1 (5)
となる。ここで
r =3Ωχ,dec
4− Ωχ,dec=
3ρχ3ρχ + 4ρχ
∣∣∣∣tdec
(6)
である。次に 2次・3次のオーダーを計算すると
fNL, gNL の表式を得られる。
fNL =5
4r− 5
3− 5
6r (7)
gNL =25
54
[9
4r2− 9
r− 1
2+ 10r + 3r2
](8)
2.2 Non-instantaneous decay
ここからは non-instantaneous decay の場合を数
値的に計算するための fNL, gNLの表式を導出してい
く。sudden-decayの場合と異なる点は大きく分けて
2点ある。まず 1点目は、(5)式で与えられた ζ1 と
ζχ1との線形関係式の係数である。今節では線形係数
rは以下の pの関数に従うこととなる (r = r(p))。
p ≡
[Ωχ
√H
Γ
]osc
(9)
右辺はカーバトンの振動開始時に評価される量で
あり、数値計算ではこの pがパラメータとなる。
2点目はカーバトンと radiationとの相互作用を考慮
することである。前節の場合と異なり、カーバトン
が段階的に radiationに崩壊するので両者間でのエネ
ルギー密度のやりとりを考慮する必要がある。以上
のことは Friedmann eq.と連続の式を用いることで
以下のように書き表すことができる。
dHinv
dN=
3 + Ωr
2Hinv (10)
dΩχ
dN= ΩχΩr − ΓΩχHinv (11)
dΩr
dN= ΓΩχHinv +Ωr(Ωr − 1) (12)
81
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ここで Hinv ≡ 1/H,Ωχ = ρχ/ρtot,Ωr =
ρr/ρtot, ρtot = ρχ + ρr である。
以上の点を踏まえ、δN 形式を用いるために ζを δχ∗
を用いて展開する。
ζ = N ′δχ∗ +1
2N ′′(δχ∗)
2 +1
6N ′′′(δχ∗)
3 + ... (13)
ここで δχ∗はhorizon exitにおけるカーバトン場の
揺らぎであり、*は horizon exit時点であることを示
す。また、プライムは δχによる微分を示す。(1),(13)
式を比較し、各オーダーを計算する。ただし、前述
の通り今回の計算では pをパラメータとして用いる
ため (13)式での N の微分を pによる微分の形式に
書き換える必要がある。前節と同様に 2次・3次の
オーダーを計算すると fNL, gNLの表式が得られる。
この時、r についても同様に pをパラメータとして
書き表すことが可能である。
r = 3pdN
dp(14)
fNL =5
6
[∂2N/∂p2
(∂N/∂p)2+
1
2p
1
∂N/∂p
](15)
gNL =25
54
[∂3N/∂p3
(∂N/∂p)3+
3
2p
∂2N/∂p2
(∂N/∂p)3
](16)
2.3 比較
前節までで 2つの形式での fNL, gNLを導出した。
これらの結果を比較することにより、カーバトン理
論における非ガウス性と、sudden-decayがどの程度
良い近似であるかを議論できる。図 2,4 に sudden-
decayの解析解と non-instantaneous decayの数値計
算解の結果を示す。横軸は sudden-decayの解析解に
合わせて r = ζ1/ζχ1とした。r0はグラフが横軸と交
わる点の rの値である。
fNL, gNL共に、r → 0, r → 1のとき sudden-decay
が良い近似であることがわかる。これらはそれぞれ
radiation優勢・カーバトン優勢の場合に対応する。
この時、非常に大きな non-Gaussianityが見られる。
しかし、今後の観測機器の発展により観測による制
限が強くなった場合には sudden-decayの近似は破綻
するため、カーバトン理論を用いる際には数値計算
をする必要があることがわかる。
non-instantaneous sudden-decay(analytic)
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0r˜
0.001
0.010
0.100
1
10
100
1000|fNL|
図 2: r < r0では fNl > 0, r > r0では fNl < 0
non-instantaneous sudden-decay(analytic)
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0r˜
0.01
0.10
1
10
100
1000|gNL|
図 3: r < r0では gNl < 0, r > r0では gNl > 0
3 複数場におけるns, r
以上でカーバトン理論における曲率揺らぎの非ガ
ウス性を紹介した。以下ではカーバトン理論での複
数場における ns, rについて議論する。一般的な議論
のためにポテンシャルを以下のように再定義する。
Vtot =1
p
ϕp
Mp−4pl
+1
2m2
σσ2 (17)
ϕがインフラトン,σがカーバトンである。この時、
slow-rollパラメータは e-follding number N と pを
用いて以下のように書ける。
ϵ =p
4N + p, η =
2(p− 1)
4N + p(18)
82
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ns, rは slow-rollパラメータを用いて書けるので同
様にN, pをパラメータとして書くことができる。
ns − 1 = − 1
1 +R
2(2 + p)
4N + p
+R
1 +R
[− 2p
4N + p+
2m2σ
3H2∗
](19)
r =16
1 +R
p
4N + p(20)
ここでR = Pζσ/Pζr である。(20)式よりR > 0で
あれば単一場の場合よりも rの値を抑えられる。ま
た、ns, rは共に p,N,mσの値を固定するとRの値を
パラメータとして観測との比較が可能となる。N =
50とN = 60の 2つの場合に対して、mσ = 10−6Mpl
として p = 2, 4, 6, 8のモデルを計算した。
図 4: N = 50が実線、N = 60が破線のグラフ。黒
と灰色の線の内側が Planckの観測で許される範囲。
r は将来的な CMB の Bmode 観測で期待される
10−3のオーダーまで観測可能と考える。結果を見る
と p = 2の場合では Planckの観測とは一致しないこ
とがわかる。例として ns = 0.965の時の各モデルの
Rの値の組合せを以下に示す。
N = 50 : Rp=4 = 90, Rp=6 = 707, Rp=8 = 1681 (21)
N = 60 : Rp=4 = 6, Rp=6 = 352, Rp=8 = 993 (22)
以上のような組み合わせが実現すれば、カーバト
ン理論における複数場ではPlanckの観測結果に一致
するモデルは考えることができる。mσを固定した場
合に p = 2のモデルは棄却されたため、mσ を変化
させた場合の結果も確認し発表の際に示す。
では、なぜカーバトン理論では rの値を下げることが
可能なのか記述する。まず、Pζは観測からPζ ∼ 10−9
とわかっており、Pg は Pg ∝ H2 である。つまり、
r = Pg/Pζ の値が下がることはHの値が下がること
に対応する。インフラトンのみが曲率揺らぎを生成
する場合はPζ ∼ H2/ϵ ∼ 10−9となり、ϵの値はモデ
ルによって決まる (∼ 0.01)ので、観測の値を再現す
るためには H の値は大きく下げることができない。
しかし、カーバトンを導入すると Pζ = P(ϕ)ζ + P(σ)
ζ
となり、P(σ)ζ ∼ δσ∗/σ ∼ H/σ なので σ の値を下げ
ることによりH の値も下げることが可能となる。こ
れはカーバトンがインフレーションの物理に関与し
ないスカラー場であるためのものである。
4 まとめと展望
本研究ではインフラトンとカーバトンを用いた複
数場モデルについて議論した。カーバトン理論の特
徴として曲率揺らぎの非ガウス性を紹介し、将来的
な観測による制限が課された場合ではカーバトンは
sudden-decayではなく数値計算を用いて扱う必要が
ある。また、本研究の主題である、Planckの観測に
一致する複数場モデルの検証については、紹介した
値であれば観測と一致するモデルを考えられるとい
う結論に至った。しかし、今回の結果はインフラト
ンと異なるスカラー場としてカーバトンを採用した
場合の結果である。そのため、今回の議論がより一
般の場合でも成り立つのか、成り立つならば課され
る条件は何か、等は今後の研究の課題である。
Reference
(1.)Planck 2018 result. X. Constraints on inflation
(2.)Misao Sasaki,Jussi Valiviita&David Wands
(2006),arXiv:astro-ph/0607627v3
(3.)Tomohiro Fujita,Masahiro Kawasaki&Shuichiro
Yokoyama(2014),arXiv:1404.0951v2
83
——–index
重宇18
Inflation in the Palatini formalism
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻三倉祐輔
84
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Inflation in the Palatini formalism
三倉 祐輔 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
Non-minimal couplingを持つ重力理論は観測的にも興味深く、幅広く研究されている。本研究では ξϕ2/M2pl
の non-minimal couplingを持ちポテンシャルが ϕn であるインフレーションモデルの観測量, スペクトル指
数 ns とテンソルスカラー比 r がインフレーションの e-folding数 N を用いて Palatini formalismでどう表
現されるか調べる。計量と接続を独立な変数とする Palatini formalismと計量のみが変数で接続はよく知る
Levi-Civita接続で与えられるとする metric formalismは Einstein-Hilbert作用においては同じ物理を記述
することが知られている。しかし non-minimal coupling を含むインフレーションモデルを考えるとき、2
つの形式で接続の書式が異なり、minimalな作用での場の再定義に違いが現れる。それに応じてインフレー
ションの観測量も異なってくる。Palatini formalismにおいて、スカラー場と重力の結合が強い状況 ξ ≫ 1
は n = 4の時のみ許されることがスローロールパラメーターを用いて計算でき、metric formalsimの予言と
比較して、ns は変えずに rを小さくすることができる。n = 4の場合は weak couplingのみ許されて、十分
に小さい時は chaotic inflationと等価となる。
1 Introduction
インフレーション理論は平坦性問題や地平線問題
といったビッグバン宇宙論が抱える初期状態に関す
る問題を解決するために提唱された。スカラー場 (イ
ンフラトン) がポテンシャルをゆっくり転がること
で急激な加速膨張が実現し、インフラトンの量子揺
らぎにより宇宙の豊かな構造ができたと考えられて
いる。CMB の観測によりインフレーションモデル
は制限されており、chaotic inflation のような単純
なモデルは観測的に好ましくないことが知られてい
る。このような単純なインフレーションモデルから
の1つの拡張として、スカラー場と重力の結合を加
える non-minimal inflationと呼ばれるものがある。
chaotic inflationに non-minimal couplingを加える
ことでテンソルスカラー比はminimalの時に比べて
小さくなり、観測的に好ましいパラメータ領域に予
言を与えることが知られている。また、non-minimal
coupling を含むモデルを考える際、通常の一般相対
論で用いられる幾何学とは異なるものを考えること
ができる。その異なる幾何学を採用すると、予測さ
れるインフレーションの観測量にも差異が生じるこ
とが知られており活発に研究されている。[1, 2]
本発表では non-minimal couplingを含む以下のラグ
ランジアン
LJ =√−g
[M2
pl
2
(1 + ξ
ϕ2
M2pl
)R
−1
2∂µϕ∂µϕ− λ
nϕn
](1)
をスタート地点とし、インフレーション理論の観測
量であるスペクトル指数 nsとテンソルスカラー比 r
の e-folding数を用いた書式を求め、観測と比較して
整合的かどうかを調べる。先行研究 [3]では n = 2, 4
の状況で2つの幾何学 (metric formalismと Palatini
formalism)を用いて議論している。そのため本発表
は先行研究のレビュー+少しの拡張という位置付け
で、特にあまり知られていない Palatini formalism
に主眼を置く。
2 Preparations
今回扱うモデルは1つのスカラー場のみを考える
が、重力との結合があるためよく知られている min-
imalな場合で計算された摂動は直接適用できない。
この節では異なる幾何学の扱いとよく知る摂動計算
の適用方法、また幾何学の違いにより現れるものを
説明する。
85
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2.1 Palatini formalism
多くの人にとって馴染み深い一般相対論は計量 gを
基本変数とし、接続に対する条件である torsion free
(Γρµν = Γρ
νµ) と metric compatibility (∇ρgµν = 0)
を課して理論が構築される。この計量のみを変数と
する形式は metric formalism と呼ばれる。このよう
な幾何学を採用すると、接続は計量を用いて
Γρµν =
1
2gρλ(∂µgνλ + ∂νgµλ − ∂λgµν) (2)
と一意に表され, これはよく Levi-Civita 接続と呼ば
れる。しかし、接続の定義には本来計量を導入する必
要はないため接続が Levi-Civita接続で書かれる必要
はない。接続と計量を結びつける条件metric compat-
ibility を外し、接続も計量と同じく自由度として扱
おうというのが Palatini formalism と呼ばれる形式
である。Einstein-Hilbert 作用を Palatini formalism
の視点で見てみると、接続による変分により接続が
Levi-Civitaとなるような拘束条件∇ρgµν = 0が導か
れる。つまりminimalな作用ではmetric formalism
とPalatini formalismは等価な理論となることがわか
る。本発表で扱うような non-minimal couplingを持
つような状況では、(1)の曲率項はΩ2 := 1+ξϕ2/M2pl
を用いて
L =√−g
[M2
pl
2Ω2(ϕ)R
](3)
と 表 さ れ る 。こ れ を 接 続 で 変 分 す る と
∇ρ(Ω2√−ggµν) = 0 となり、スカラー場の寄
与が含まれるため明らかに Levi-Civita 接続ではな
い。場の値が小さくなり ξϕ2/M2plが 1より十分に小
さくなると、接続は Levi-Civita 接続となり一般相
対論と等価となる。
2.2 Conformal 変換
インフレーションの摂動量は通常minimalな frame
で計算される。本発表のように non-minimal coupling
を持つ frame(Jordan frame) を扱う場合はまず min-
imal coupling の frame(Einstein frame)への変換を
施し、その後に摂動計算をすることが一般的である。
計量の変換 gµν = (1 + ξϕ2/M2pl)gµν により Jordan
frame から Einstein frame へと移ることが可能であ
り、この変換を conformal 変換と呼ぶ。Conformal
変換を施すと Jordan frameでの曲率項は
√−g
(1 + ξ
ϕ2
M2pl
)R →
√−gR (4)
となり、よく知る一般相対論と同じ形になることが計
算できる。ここでチルダは Einstein frame における
量であることを意味するが今後は必要な箇所以外のチ
ルダは省略する。conformal 変換 を使ってminimal
な作用を求めることになるが、この変換を施す際に
2つの formalism で違いが現れてくる。リッチスカ
ラー Rの変換は接続がどう変換されるかで決まり、
Ω2 = 1 + ξϕ2/M2plとすると、Palatini formalism と
metric formalismにおいて
R = Ω2R (Palatini) (5)
R = Ω2(R− 6Ω∇µ∇µΩ−1) (metric) (6)
と変換される。conformal変換後のラグランジアンは
LE =√−g
[M2
pl
2R−
M2pl + ξϕ2 + 6κξ2ϕ2
2Ω2(M2pl + ξϕ2)
(∂ϕ)2
− λ
n
ϕn
Ω4
](7)
と表されて、κ = 1が metric formalism、κ = 0が
Palatini formalismに対応する。摂動計算はminimal
gravity sector+ canonical scalar+potentialのセット
アップで計算されることから、(7)の運動項を新しい
場 χで再定義する。χと ϕの関係は
dϕ
dχ=
√Ω2(ϕ)(M2
pl + ξϕ2)
M2pl + ξϕ2 + 6κξ2ϕ2
(8)
で与えられ、新しい場 χとポテンシャル U(χ(ϕ)) :=λϕn
nΩ4 とすることで
L =√−g
[M2
pl
2R− 1
2(∂χ)2 − U(χ)
](9)
と書き直すことができる。このラグランジアンでは
もはや non-minimal couplingは存在せず、よく知る
摂動計算を直接適用することができる。
86
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3 ϕnポテンシャル
ここでの主題は、(1)で書かれるモデルの Palatini
formalism での観測量 nsと rが e-folding数N を用
いてどう表されるかを調べることである。インフレー
ションの重要な観測量であるスペクトル指数 ns とテ
ンソルスカラー比 rはスローロールパラメーター
ε =M2
pl
2
(U,χ
U
)2
, η = M2pl
U,χχ
U(10)
を用いて
ns = 1− 6ε+ 2η, r = 16ε (11)
と表される。ここで U,χ := dU/dχとする。スロー
ロールパラメーターを計算するのに必要な情報はEin-
stein frameでのポテンシャルU とその二階微分まで
で、それらは Jordan frameでの場 ϕを用いて
U =λ
n
ϕn
Ω4(12)
U,χ =λ
n
(nϕn−1
Ω3− 4
ϕn+1ξ
Ω5M2pl
)(13)
U,χχ =λ
n
(n(n− 1)ϕn−2
Ω2− ξ(7n+ 4)
ϕn
Ω4M2pl
+20ξ2ϕn+2
Ω6M4pl
)(14)
と表される。
3.1 Coupling parameter ξ
ξはスカラー場と重力の結合具合を決めるパラメー
ターでモデルの予言値に深く関わっている。まずス
カラー場と重力場が強く結合している状態 ξ ≫ 1を
考える。ξ ≫ 1を考えると、スローロールパラメー
ターは
ε ≃1
2(n− 4)2ξ (15)
η ≃(n− 4)2ξ (16)
と書ける。n = 4のとき、スローロールパラメーター
は ξ 程度のオーダーとなり ε, |η| ≪ 1というスロー
ロール条件を破ってしまう。つまり n = 4 の時は
strong couplingを考えることができない。そのため、
解析的に考える際は ξ ≪ 1である weak couplingと
ξ ≫ 1かつ n = 4である strong couplingの2つを考
えれば良い。
3.1.1 Weak coupling: ξ ≪ 1
まず場の値と e-folding 数 N の関係をみてみる。
e-folding数は
N(χ) =1
M2pl
∫ χ
χend
dχU
(dU
dχ
)−1
(17)
と定義され、
N =1
2ξ(n− 4)log
[n+ (n− 4)ξϕ2/M2
pl
n+ (n− 4)ξϕ2end/M
2pl
](18)
と計算される。インフレーション終了時の場の値を
代入することで場の値と e-folding数の関係を得るこ
とができる。インフレーションの終わりは ε = 1で
定義されることから、インフレーション終了時の場
の値は (12),(13)より
ε = 1 ⇒ ϕend ≃ n√2Mpl (19)
となる。この値を e-folding数 (18)に代入し、さらに
ξN ≪ 1を課すと
ϕ2 ≃ 2nNM2pl (20)
を得る。場の値と e-folding数が結びついたことから
観測量を e-folding数で書ける。スペクトル指数とテ
ンソルスカラー比は
ns − 1 = −n+ 2
2N− (n2 − 8n+ 8)ξ (21)
r =4n
N+ (8n2 − 64n)ξ (22)
と表される。これは non-minimal couplingがない状
況、つまり chaotic inflationと同じとなる。
3.1.2 Strong coupling: ξ ≫ 1
Non-minimal couplingが強く働く状況 ξ ≫ 1を考
える。この状況は n = 4のみ許されて、この時のス
87
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ローロールパラメーターは
ε =1
8ξN2
(1− 1
8ξN
)η =
1
2N
(−2 +
5
8
1
ξN
)(23)
となり、観測量のリーディング項は
ns − 1 ≃ − 2
N(24)
r ≃ 2
ξN2(25)
となる。ξの値が十分大きければ Palatini formalism
を用いた時のテンソルスカラー比の値はとても小さ
くなることがわかる。ξ の大きさはスカラー揺らぎ
のパワースペクトルの観測で評価できる。パワース
ペクトルは
P =1
24π2M4pl
U
ε⇒ P ≃ AN2
12πξ(26)
で与えられて、観測的にこのパワースペクトルはP =
2.1×10−9とわかっており、(1)の coupling constant
λが小さすぎなければ ξ は十分大きくなる。Metric
formalismにおける ϕ4 モデルの rの予言値は
rmetric =12
N2(27)
と計算されており、N = 60でO(10−3)程度の値を予
言する。r ∼ 10−3程度の感度がある LiteBIRDで重
力波が見つからなかった場合、non-minimal coupling
を持つ ϕ4 モデルは metric formalismでは棄却され
るが、Palatini formalism を考える場合は観測的に
許される。
4 Summary
Planck [4]等の観測により、最も単純なインフレー
ションモデルである chaotic inflationが好ましくな
いことが明らかになり、単純な模型からの拡張が幅
広く研究されている。Non-minimal couplingを持つ
モデルもその1つの例であり、その中に整合的なモ
デルも存在する。Non-minimal couplingを持つモデ
ルを用いてインフレーションの観測量を計算する際、
Palatini formalismと metric formalismと呼ばれる
異なる重力理論を背景理論とすることが可能である。
metric formalismは一般相対論でよく用いられる重力
理論で計量のみが自由度とされ、Palatini formalism
は計量と接続を独立な変数として扱う理論である。2
つの formalismは異なる幾何学であるため予言され
る観測量も当然異なってくる。chaotic inflationから
の拡張として ξϕ2 で重力と結合しポテンシャルが ϕn
を持つモデルを考える。インフラトンと重力の結合
の強さはパラメーター ξで表されていて、十分小さい
ときは結合のない状況、つまり chaotic inflation と
同じとなり、結合が強いときは chaotic inflation と
の違いが現れる。Palatini formalismを採用すると、
ϕ2 の結合に対して ϕ4 のポテンシャルでしか強結合
の状態が許されないことが計算で示される。強結合
を持つとき、十分大きい ξ を与えるとテンソルスカ
ラー比は ξ に反比例するためとても小さくなること
がわかる。
Acknowledgement
議論して下さった名古屋大学宇宙論研究室の皆様、夏の学校の関係者の皆様に感謝申し上げます。
Reference
[1] Tommi Tenkanen. Tracing the high energy the-ory of gravity: an introduction to Palatini infla-tion. Gen. Rel. Grav., 52(4):33, 2020. doi: 10.1007/s10714-020-02682-2.
[2] Florian Bauer and Durmus A. Demir. Inflation withNon-Minimal Coupling: Metric versus Palatini For-mulations. Phys. Lett. B, 665:222–226, 2008. doi:10.1016/j.physletb.2008.06.014.
[3] Tomo Takahashi and Tommi Tenkanen. Towardsdistinguishing variants of non-minimal inflation.JCAP, 04:035, 2019. doi: 10.1088/1475-7516/2019/04/035.
[4] Y. Akrami et al. Planck 2018 results. X. Constraintson inflation. 7 2018.
88
——–index
重宇19
インフレーションにおける原始揺らぎの非ガウス性について
京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻柄本耀介
89
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
インフレーションにおける原始揺らぎの非ガウス性について
柄本 耀介 (京都大学大学院 理学研究科)
Abstract
単一のスカラー場、インフラトンによるインフレーションのモデルにおいて生成される曲率揺らぎのバイ
スペクトルが、場の理論を用いてどのように計算されるかを紹介する。また、得られたバイスペクトルは、
その値が最も大きくなる極限 (squeezed limit)においてパワースペクトルの積で書くことが出来、これを用
いて CMBの観測によって単一のスカラー場によるインフレーションのモデルが棄却される可能性があった
ことを紹介する。
1 Introduction
現在の宇宙の構成や銀河などの構造は、そのすべ
てが宇宙初期に存在していた場の揺らぎ、「原始揺ら
ぎ」が成長して形成されたと考えられている。宇宙
初期にはインフレーションと呼ばれる宇宙全体が加
速膨張していた時期があったと考えられており原始
揺らぎもこの時期に生成されたと考えられているが、
現在の観測と整合性のとれる範囲の原始揺らぎのパ
ワースペクトルを予言するインフレーションのモデ
ルの数は現在でもまだまだ多く、それらから正しい
モデルを選択するためにはバイスペクトル以上の高
次のスペクトルについて議論されなくてはならない。
ある揺らぎがガウス分布に従う場合バイスペクト
ルはゼロになるため、ノンゼロのバイスペクトルを
持つ揺らぎは「非ガウス的な揺らぎ」と呼ばれるが、
インフレーションのモデルを制限するためにもバイ
スペクトルを解析的に計算し原始揺らぎの非ガウス
性について定量的な議論がなされる必要があるので
ある。
単一のスカラー場におけるインフレーション中
に生成される曲率揺らぎのバイスペクトルはMalda-
cena[1]において初めて計算された。以下ではまず三
章においてバイスペクトルがどのように計算される
かを概観し、その後四章で得られたバイスペクトル
を CMBのバイスペクトルと比較することでインフ
レーションのモデルが制限されることを紹介する。
2 バイスペクトルの計算
ここではまず、パワースペクトルの計算方法を述
べる。まず一様等方な時空中でのメトリック、およ
びインフラトン ϕの作用は
ds2 = −dt2 + e2ρ(t)dx2 (1)
S =SEH + SInfl
=m2
Pl
2
∫dx4√−gR−
− 1
2
∫dx4√−g(∂µϕ∂
µϕ+ V (ϕ)) (2)
と書ける。ここで eρ(t) :スケール因子(ρ(t)がハッ
ブルパラメーター)である。次にインフラトンとメ
トリックに摂動を加える。
ϕ(t, x) = ϕ(t) + δϕ(t, x) (3)
gµν(t, x) = gµν(t) + δgµν(t, x) (4)
座標変換の自由度、および作用を ADM分解した
時に課される二つの束縛条件を用いてゲージを固定
すると、スカラー型の摂動量については
uniform field gaugeδϕ(t, x) = 0
gµν(t, x) = −dt2 + e2ρ(t)+2ζ(t)dx2(5)
flat slicing gaugeδϕ(t, x) = φ(t, x)
gµν(t, x) = −dt2 + e2ρ(t)dx2(6)
90
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
の二つの便利なゲージがとれる。ここで ζ(t, x)は曲
率揺らぎであり、単一のスカラー場によるインフレー
ションにおいてはホライズンスケールを超えると一
定値になる。
uniform field gaugeを用いて作用 (2)を摂動展開
すると、
δS = S(1) + S(2) + · · · (7)
摂動の一次 S(1)はEOMそのものでありゼロとなる。
すなわち摂動の最低次は二次の作用 S(2) であり、
S(2) =
∫dtLfree
=1
2
∫dx4e3ρ
ρ4
ϕ2
(ζ2 − e−2ρ∂iζ∂
iζ)
(8)
これは調和振動子の作用そのもの(ただし時間とと
もに角振動数が減衰)であり、通常の場の量子論とほ
とんど同じ方法で正準量子化してパワースペクトル
を得ることが出来る。まず Bunch-Davis真空をとっ
て ζ を量子化すると
fk(t) =ρ2
2k3ϕ(1− ikη) (9)
を用いて
ζ(t, x) =
∫dk3
(2π)3
(fk(t)ake
ik·x + f∗k(t)a
†ke−ik·x
)(10)
となる。したがって時刻 tにおける de Sittor時空で
のパワースペクトル Pk は、十分初期には揺らぎは
Bunch-Davis真空中にいたと仮定して
(2π)3δ3(k1 + k2)Pk1
≡⟨ζk1
(t)ζk2(t)
⟩=
⟨0
∣∣∣∣eiHfreetζk1(t)ζk2
(t)e−iHfreet
∣∣∣∣0⟩= (2π)
3δ3(k1 + k2)
ρ4
2k13ϕ2
(1 + (k1η)2) (11)
→ (2π)3δ3(k1 + k2)
ρ∗4
2k13ϕ∗
2 (superhorizon scale)
となる。ここで ηは共形時間。バイスペクトルを得
るには同様に⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩を計算したら良い
ように思われるが、これは ζζζという積が a†や aを
3つ含むため、|0⟩に作用した時に明らかに 0になる。
この意味で曲率揺らぎ ζ はガウス的だといえる。
しかし、ここでは作用 S の二次の摂動までしか考
えていなかった(式(7))ことを思い出すと、式(1
1)中の |0⟩の時間発展は作用の三次摂動から得られるラグランジアンから摂動ハミルトニアンHintを構
成して相互作用描像で考えなくてはならない。すな
わち、
δS = S(2) + S(3) + · · · (12)
≡∫
dtLfree +
∫dtLint + · · · (13)
ζI(t) ≡ eiHfreetζ(t)e−iHfreet (14)
Uint(t) ≡ Te−i∫dt′Hint (15)
として、⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩
=⟨Ω∣∣U−1
int(t)ζIk1(t)ζIk2
(t)ζIk3(t)Uint(t)
∣∣Ω⟩ (16)
としなければならない。ここで |Ω⟩は全ハミルトニアンH = Hfree +Hint の基底状態である。
あとはLintの具体形さえ求めれば (16)は計算でき
るが、Lintを得るのは困難を伴う。なぜなら、(12)式
に従って作用を三次まで展開してもどの項がスロー
ロール条件下でドミナントか分からないからである。
しかし、もう一方のゲージ(6)を用いて摂動展開す
ると、このゲージではどの項がスローロール条件下
でドミナントか分かる形になる。つまりゲージ (6)を
用いてパワースペクトルの計算をすればよいように
思われるが、このゲージに出てくる摂動量 φ(t, x)は
ホライズンの外側で保存せず、しかもゲージ不変な
量ではない。従ってまずゲージ (6)によって作用を
摂動展開し、どの項がドミナントか特定した後ゲー
ジ(5)と(6)の間の関係式
ζ = − ρ
ϕφ (17)
を用いてゲージ (5)で作用の三次の項を計算すれば
よい。その結果
ζ = ζc +ϕ
2ϕρζ2c +
ϕ2
8ρ2ζ2c +
ϕ2
4ρ2∂−2
(ζc∂
2ζc)+ · · ·
(18)
91
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
を用いて
S(3) =
∫dtLint =
∫dx4 ϕ
4
ρ4e5ρρζc
2∂−2ζc + · · ·
(19)
を得る。ここで (18)式の · · · はホライズンの外側で減衰する項とスローロールパラメーターの高次の項
を表し、(19)の · · · はスローロールパラメーターの高次の項を表す。
Hint = −Lint として (16)のバイスペクトルの計
算結果は⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩
= (2π)3δ3(k1 + k2 + k3)
ρ∗8
8ϕ∗4m4
Pl
A∗
k31k32k
33
(20)
A∗ =2ϕ∗
ϕ∗ρ∗
∑i
k3i+
+ϕ2∗
ρ2∗
[1
2
∑i
k3i +1
2
∑i=j
kik2j + 4
∑i>j k
2i k
2j
k1 + k2 + k3
](21)
となる。(20) 式より明らかに k → 0 でバイスペク
トルは大きくなる。三つの ki を 0 にする極限が発
散するのは係数のδ関数の存在(時空の一様性を表
す)より自明であり、二つの波数のみを 0にもって
いく極限は同じく係数のδ関数の存在により結局三
つの波数すべてを 0にする極限と同一になるためこ
れも自明に発散。非自明な一つの波数 k1 → 0の極
限 (squeezed limit)を考えると
limk1→0
⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩
= (2π)3δ3(k1 + k2 + k3)(1− ns)Pk1Pk3 (22)
を得る。ここで nsはスペクトルインデックス。(22)
式より単一のインフラトンによるインフレーション
における曲率揺らぎのバイスペクトルは、その値が
最も大きくなる極限においてパワースペクトルの積
で書けることがわかる。
3 CMBの温度異方性のバイスペ
クトルとの比較
CMBの温度異方性のバイスペクトルは曲率揺らぎ
ζ のバイスペクトルによって与えられる [2]。ζ の非
ガウス性を与える一つの有力なモデルとして、局所
型非ガウス性と呼ばれるモデルを考える。このモデ
ルでは ζ はガウス分布に従う ζg を用いて
ζ(t, x) = ζg(t, x) +3
5fNLζ
2g (t, x) (23)
と書かれる。ここで fNLは定数。すると ζ のバイス
ペクトルは⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩
= (2π)3δ3(k1 + k2 + k3)
6
5fNL
(Pk1Pk3+
+ Pk1Pk2 + Pk2Pk3
)(24)
となる。Pk ∝ kns−4 であり、ns ≃ 0.96なのでバイ
スペクトル (24)もやはり k1 → 0極限で最大となる。
このとき (24)式中のパワースペクトル二つずつの積
のうち Pk1 を含む項がドミナントになり、係数のδ
関数より k2 ≃ k3。つまり、
limk1→0
⟨ζk1
(t)ζk2(t)ζk3
(t)⟩
= (2π)3δ3(k1 + k2 + k3)
12
5fNL
(Pk1Pk3
)(25)
を得る。これと (22)式を比較することによって
12
5fNL = 1− ns (26)
となるので、これを用いて単一のインフラトンによ
るインフレーションの棄却について議論できる [5]。
ns ≃ 0.96より (26)式は fNL ≃ 0.02を示唆する。
2002年の時点では COBE衛星による CMBの観測
から −58 < fNL < 134が示唆され [3]、fNL が 1よ
り十分大きな値を持つ可能性が指摘されていた。こ
の場合 (26)式は破綻し、単一のインフラトンによる
インフレーションは棄却される。しかし、2015年の
Planck衛星が得たデータにより fNL = 0.8± 5.0が
与えられ [4]これは fNL ≃ 0.02と矛盾しない。つま
り単一のインフラトンによるインフレーションのモ
デルは生き残った。
92
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
4 Acknowledgement
本講演に関して数多の面でサポートしていただい
た天体核研究室および基礎物理学研究所宇宙グルー
プの先輩方、同期の方々に感謝いたします。
Reference
[1] J.Maldacena, arXiv:astro-ph/0210603
[2] E.Komatsu, arXiv:astro-ph/0206039
[3] E.Komatsu et al., arXiv:astro-ph/0302223
[4] Planck Collaboration, Astron. Astrophys., 594,
A17 (2016)
[5] 小松英一郎「宇宙マイクロ波背景放射」新天文学
ライブラリー(日本評論社, 2019)
93
——–index
重宇20
背景重力波の非ガウス性の直接観測可能性東京工業大学理学院
岡野創
94
未提出
95
——–index
重宇21
重力相互作用による量子もつれの生成九州大学理学府物理学専攻
三木大輔
96
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
重力相互作用による量子もつれの生成
三木 大輔 (九州大学大学院 理学府 物理学専攻)
Abstract
量子重力について、多くの理論的研究が行われてきたが、未だ確立した理論はない。これは実験による検証
の欠如が一つの要因となっているが、近年、量子情報の量子もつれを利用した重力の量子性の検証模型がい
くつか提案された。量子もつれは量子的な操作によってのみ生成されるという性質があるため、重力により
量子もつれが生成されれば、重力は量子性をもつと言える。本講演では、この実験模型の一つ [1] をレビュー
する。この模型では、2つの粒子を重力により相互作用させた時に、量子もつれが生成されるかを議論する。
この時、粒子は周りの環境とも相互作用するので、系を量子開放系として考える必要がある。これにより、
粒子は環境によるデコヒーレンスの影響を受け、量子もつれは生じにくくなる。このような着目系と環境か
らなる系について、マスター方程式から密度行列を求め、量子もつれが生成するための条件及び量子もつれ
の観測できる時間スケールを議論する。
1 Introduction
重力が量子力学に従うのかということは物理学に
おいて基礎的な問題の一つである。重力を記述する
一般相対性理論と量子力学の統一に対し、量子重力
理論など様々な理論が提案されているが、完成には
至っていない。この要因として、これらの理論の実験
的検証が困難であることがあげられる。しかし、近
年の技術的な発展により、質量の大きな粒子を重ね
合わせ状態にすることが可能になってきた。これを
契機に、重力の量子性を検証する実験模型がいくつ
か提案された。これらの検証には、量子情報の量子
もつれが用いられる。
量子もつれは、量子力学特有の非局所的な相関で
あり、量子情報の分野において、LOCC(local opera-
tions and classical communication)では生成されな
いことが知られている。LOCCとは、Aと Bの 2つ
の系に対し、どちらか一方の系のみに任意の量子操
作を行う (局所操作)、または一方の系の古典的な情
報をもう一方の系に送る (古典通信)操作のことであ
る [2]。LOCCの操作で量子もつれが生成されないこ
とは、量子もつれを生成するには非局所的な量子操
作を行う必要があることを意味する。よって、重力
により量子もつれが生成されれば、重力は量子性を
もつということができる。
粒子の間の量子もつれを評価するときに、粒子は
その周りの環境と相互作用するので、系を量子開放
系として考える必要がある。この時、着目系は環境
によるデコヒーレンスの影響を受ける [3]。デコヒー
レンスとは、着目系と環境の相互作用により、着目
系の量子性が喪失する現象のことである。また、着
目系が量子的にもつれている際には、環境によるデ
コヒーレンスにより、着目系の量子もつれは次第に
失われてしまう。よって、着目系と環境の相互作用
が弱い間しか量子もつれは観測できない。
本講演では、実験模型の一つである [1] について
レビューする。ここで、環境は調和振動子の集まり
とし [3]、それによるデコヒーレンスも考慮する。ま
た、密度行列をマスター方程式から求め、2つの粒子
間の量子もつれについて議論する。
2 Methods
2.1 実験模型のセットアップ
この節では、提案された実験模型について詳しく
述べる。図 1のように、質量m1, m2 をもつ 2つの
粒子を距離 d離して置く。その後、Stern-Gerlach の
実験を利用し [3]、スピンにより、それぞれの粒子を
距離 L離れた位置の重ね合わせ状態にする。この時、
重ね合わせの方向は粒子の並ぶ方向と直交するよう
97
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
(a)
(b)
図 1: (a):実験模型のセットアップ。2つの粒子は距
離 d離れており、Stern-Gerlachの実験にように、そ
れぞれ距離 L 離れた位置の重ね合わせ状態にする。
ここで、粒子の並ぶ方向と重ね合わせの方向は直交
するように用意する。また、それぞれ左側の状態を
|↑⟩、右側の状態を |↓⟩として表す。このような重ね合わせ状態にある粒子が重力により相互作用する。そ
の後、最初に重ね合わせにした時と逆に、元の位置
に戻し、干渉させる。(b):平面における位置の重ね
合わせ状態。それぞれの粒子は長方形の頂点に位置
する。また、2つの粒子は近い位置では d、遠い位置
では√L2 + d2 離れている。
に用意する。また、重ね合わせ状態について、左の
位置にある状態を |↑⟩、右の位置にある状態を |↓⟩ と表す。この状態を初期状態として、
|Ψ(0)⟩ = 1√2(|↑1⟩+ |↓1⟩)⊗
1√2(|↑2⟩+ |↓2⟩), (1)
と表す。ここで、2つの粒子に働く重力を考える。2
つの粒子が近い位置にある状態 |↑1⟩ |↑2⟩、|↓1⟩ |↓2⟩について、重力ポテンシャルは −Gm1m2/d とな
る。また、遠い位置にある状態 |↑1⟩ |↓2⟩、|↑1⟩ |↓2⟩では、−Gm1m2/
√d2 + L2 となる。行列の基底状態を
|↑1⟩ |↑2⟩ , |↑1⟩ |↓2⟩ , |↓1⟩ |↑2⟩ , |↓1⟩ |↓2⟩ととると、重
力ポテンシャルによるハミルトニアンは
H = −∆
2σz1 ⊗ σz2 −
∆′
2I1 × I2, (2)
∆ = Gm1m2
(1
d− 1√
d2 + L2
)(3)
∆′ = Gm1m2
(1
d+
1√d2 + L2
), (4)
として、表すことができる。ここで、Iは単位行列で
あり、σz はパウリ行列である。このハミルトニアン
により状態を時間発展させる。
2.2 全体系の状態
この時、粒子を取り巻く環境の影響を考える。2つ
の粒子は粒子間の重力相互作用だけでなく、周りの
環境とも相互作用する。ここでは、spin-boson 模型
を考える [3]。各粒子は演算子 σz の固有状態 |↑⟩、|↓⟩で表され、環境は調和振動子の集まりとし、粒子の
位置演算子 σz のみとカップルする。また、粒子 1と
粒子 2は独立に環境と相互作用すると仮定し、それ
ぞれの粒子と環境の相互作用は Hiint = σzi ⊗ E と
表す。ここで、E は環境に作用する演算子であり、
i = 1, 2 として、それぞれの粒子を表す。この時、着
目系の密度行列の時間発展はマスター方程式に従い、
d
dtρ(t) = − i
ℏ[H, ρ(t)]− κ
4[σz1 ⊗ I2, [σz1 ⊗ I2, ρ(t)]]
− κ
4[I1 ⊗ σz2, [I1 ⊗ σz2, ρ(t)]], (5)
となる。ここで、κはデコヒーレンス率と呼ばれ、時
間の逆数の単位を持つ。右辺第一項はユニタリー発
展を表し、右辺第 2項、第 3項は環境と各粒子の相
互作用によるデコヒーレンスを表す。この方程式を
解くと
ρ(t) =1
4
1 ei
∆ℏ t−κt ei
∆ℏ t−κt e−2κt
e−i∆ℏ t−κt 1 e−2κt e−i∆
ℏ t−κt
e−i∆ℏ t−κt e−2κt 1 e−i∆
ℏ t−κt
e−2κt ei∆ℏ t−κt ei
∆ℏ t−κt 1
,
(6)
と な る 。こ こ で 、行 列 の 基 底 状 態 は
|↑1⟩ |↑2⟩ , |↑1⟩ |↓2⟩ , |↓1⟩ |↑2⟩ , |↓1⟩ |↓2⟩ と す る 。
98
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
また、初期状態は
ρ(0) = |Ψ(0)⟩ ⟨Ψ(0)|
=1
4
1 1 1 1
1 1 1 1
1 1 1 1
1 1 1 1
, (7)
とする。
2.3 量子もつれの評価
密度行列から量子もつれを評価する際、PPT cri-
terionと呼ばれる条件を用いる。これは、密度行列の
部分転置をとった行列の固有値のうち、少なくとも
一つが負の値をとっていれば、系はエンタングルし
ているという条件である [4]。部分転置とは、どちら
か一方の粒子の基底のみに対し転置をとる操作であ
る。ここで、密度行列の成分を 2 ⟨i| 1 ⟨j| ρ(t) |k⟩1 |l⟩2のように、それぞれの基底で表した時、粒子 2につ
いて部分転置を取ると 2 ⟨l| 1 ⟨j| ρ(t) |k⟩1 |i⟩2 のように、粒子 2についてのみ転置される。また、部分転
置をどちらの粒子に対して行っても、部分転置後の
行列の固有値は等しくなる。ここでは、粒子 2につ
いて (6) の部分転置をとると、
ρ(t)T2 =1
4
1 e−i∆
ℏ t−κt ei∆ℏ t−κt e−2κt
ei∆ℏ t−κt 1 e−2κt e−i∆
ℏ t−κt
e−i∆ℏ t−κt e−2κt 1 ei
∆ℏ t−κt
e−2κt ei∆ℏ t−κt e−i∆
ℏ t−κt 1
,
(8)
となる。この行列について、固有値を求めると、
λ± =1
2e−κt
(sinh(κt)± sin(
∆
ℏt)
), (9)
λ′± =
1
2e−κt
(cosh(κt)± cos(
∆
ℏt)
), (10)
となる。ここで、常に λ′± > 0は成立するので、負を
とりうる固有値は λ± である。これらをまとめると
λ =1
2e−κt
(sinh(κt)−
∣∣∣∣sin(∆ℏ t)
∣∣∣∣) , (11)
と表すことができる。また、ネガティビティを
N =∑λi<0
|λi| =∑i
|λi| − λi
2. (12)
と定義する。ここで、λi は (9)、(10)の 4つの固
有値に対応する。これより、固有値の少なくとも一
つが負をとれば、N > 0 であり、固有値がすべて正
であれば、N = 0 となる。
図 2: (11) で表される固有値 λ の振る舞い。横軸は
κt で無次元化され、ω = ∆/ℏκととる。ω ≤ 1の時、
常に 0 以上の値をとる。また、ω > 1の時、初期に
負をとるが、κt >∼ 1 では常に正となる。
図 3: 図 2に対応するネガティビティN の振る舞い。ω ≤ 1の時、常に 0 となる。また、ω > 1の時、初
期に正の値をとるが、κt >∼ 1 では常に 0 となる。
3 Results and Discussion
図 2 は (11) で表される固有値 λ、図 3 は対応する
ネガティビティ N の振る舞いを示す。ここで、横軸は κt にとり、無次元化している。また、ω = ∆/ℏκとした。PPT criterion から固有値が負、またはネガ
ティビティが正の時、量子もつれは生成される。よっ
て、ω = ∆/ℏκ > 1 の時、 重力により量子もつれが
99
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
生成されることが示される。ここで、∆ は (3) で表
される重力相互作用に対応し、 κ は デコヒーレンス
率である。重力により 2つの粒子を相互作用させて
も、環境によるデコヒーレンスの影響が強いと量子
もつれは生成されない。また、ω に関わらず、時間
とともに、デコヒーレンスの影響は強くなり、κt >∼ 1
では量子もつれは生じない。
∆/ℏκ > 1 かつ κt < 1 において、重力相互作用によ
り生成された量子もつれを観測できれば重力の量子
性を検証することができる。しかし、ここで評価し
たネガティビティは測定量ではないので、エンタン
グルメントウィットネスなどの別の測定量を評価し、
量子もつれの生成を確認する必要がある。この研究
では、量子もつれを観測するための実験のセットアッ
プを示した。
4 Conclusion
2つの質量をもつ粒子について、環境の影響を考
慮し、マスター方程式から粒子系の密度行列を求め
ることができた。また、求まった密度行列から、2粒
子間の量子もつれの生成について議論した。これに
より、∆/ℏκ > 1 の時に、量子もつれが生成される
ことを示した。また、環境によるデコヒーレンスに
より、κt >∼ 1 では量子もつれが消失することを示し
た。デコヒーレンスが強まる前に、量子もつれを観
測することができれば、重力が量子的であることを
示すことができ、この研究は観測のセットアップを
与える。
今後の研究としては、2粒子系から N粒子系へと
拡張した模型について、議論を進めている。この拡
張により、多体系の間の重力による量子もつれを評
価することができる。また、2粒子系では現れていな
い、重力によるデコヒーレンスについても議論を進
めている。
Reference
[1] H.Chau.Nguyen and F.Bernards 2020, Eur.
Phys. J. D 74, 69
[2] R. Horodecki, P. Horodecki, M. Horodecki and
K. Horodecki 2009, Rev.Mod.Phys. 81, 865
[3] M.Schlosshauer, Decoherence and the quantum-
to-classical transition, (Springer-Verlag, Berlin
Heidelberg 2007)
[4] A. Peres 1996, Phys. Rev. Lett.,77, 1413
100
——–index
重宇22
量子ビット回路でのHawking輻射のモデル化によるファイアウォールの再現
大阪市立大学理学研究科数物系専攻吉田萌生
101
未提出
102
——–index
重宇23
ブラックホール近傍の漸近的対称性立教大学理学研究科物理学専攻
佐藤琢磨
103
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ブラックホール近傍の漸近的対称性
佐藤 琢磨 (立教大学大学院 理学研究科)
Abstract
漸近的なキリングベクトルによる supertranslataionとは無数の対称性を与える変換の生成子の事で、これ
は角度依存性を持つことに起因する。しかしこの supertranslationの物理的解釈は今だ理解が不十分であり、
論文 [2]では null shellを用いた議論によりその物理的解釈を試みる。shellとは異なる二つの時空をきれいに
張り合わせたときの境界面の事を指し、この境界面で supertranslationを考える。このホライズン近傍での
supertranslationを考える動機の一つとして例えば論文 [3]は情報喪失問題が解決し得る事を提唱している。
今回レビューする論文 [1]は、非極限的 BHのホライズン近傍での漸近的なキリングベクトルを求める事に
より漸近的対称性を調べ、その生成子と代数を具体的に求める。そこでこの生成子が supertranslationであ
る事をみる。その後 null shellによる議論を用いて、ホライズン近傍でのシュバルツシルト時空で二つの時
空を supertranslationを用いたうえで接続し、ホランズン上のエネルギーを導出する。これは shellを用い
ないで導出できる保存量と一致し、null shellによる supertranslationの物理的解釈の試みを裏付けるもの
の一つとなる。
1 Introduction
ブラックホールに入射した情報はホーキング放射
によって入射情報に依存しない形で蒸発してしまう。
一方量子論においてはユニタリな時間発展において
情報を保存したままとりだせるはずである。これは
今日では情報喪失問題といわれている。この問題の
解決は量子重力理論の構築に向けて重要な手がかり
だと考えられていて、これまで多くの議論がされて
きているが根本的な理解までには及んでいない。
論文 [3] ではブラックホール近傍の supertransla-
tionを考えることにより情報喪失問題が解決し得る
ことを提唱している。この supertranslataionとは無
数の対称性を与える変換の生成子の事で、これは角
度依存性を持つことに起因する。
今回レビューする論文 [1]ではまずある null hyper-
surface近傍にGaussian null coordinatesを張る。こ
れはブラックホールが存在する時空のホライズン近
傍を念頭に置いている。この座標系に対して漸近的
なキリング方程式を解くことにより、漸近的なキリ
ングベクトルを得る。この漸近的なキリングベクト
ルによる変換の事を supertranslationといい、これ
が無数の対称性を持つことを見る。
またこの supertranslationの物理的解釈を図るた
め、null shellによるアプローチを論文 [2]により図
る。shellとは異なる二つの時空をきれいに張り合わ
せたときの境界面の事を指す。null shellとしてキリ
ングホライズンを選ぶとこの境界面上で時空を接続
するとき別の議論から supertranslationが生じるこ
とが知られている。シュバルツシルト時空のホライ
ズン近傍において、漸近的キリングべクトルを用い
て supertranslationを行い、shellの性質として知ら
れている保存量を導く。これは別の議論から導出で
きるホライズン上の保存量である事を見る。
2 ブラックホール近傍の
漸近的対称性
2.1 セットアップ
今回考えるセットアップは一般的にGaussian null
coordinatesとして知られている。ρ = 0を null hy-
persurface としてその近傍に xµ = (v, ρ, θ, ϕ) を張
る。v一定面に対して接ベクトル kα は
kα = gαβ∂βv (1)
と表せる。また v一定面に対してヌル測地線として
104
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
kµkµ = gµν∂µv∂νv = 0 (2)
と表せる。ρはアフィンパラメータとして kµ = dxµ
dρ =
δµρ を満たし、残りの角度成分は各線に沿って一定の
パラメータとする、すなわち kν∂νxA = 0
これより、
gρρ = gρA = 0, gvρ = 1 (3)
と exactに求まる。一方残りの成分は ρ = 0で角度
成分だけ残るとして ρ = 0で展開すると
gvv = −2ρκ(v, xA) +O(ρ2) (4)
gvA = ρθA(v, xA) +O(ρ2) (5)
gAB = ΩAB(v, xA) + ρλAB(v, x
A) +O(ρ2) (6)
これより ρ = 0で展開した計量 Gaussian null coor-
dinatesは
ds2 = −2κρdv2 + 2dvdρ (7)
+ 2ρθAdvdxA + (ΩAB + ρλAB)dx
AdxB
+∆gµνdxµdxν
ここで∆gµν は O(ρ2)を表す。
例としてシュバルツシルト時空を考える。このとき
ρ = 0はホライズンを表し、κは表面重力を表す。ρ
の 1次までの計量は
ds2 = −2κρdv2 + 2dvdρ+ (4M2 + 4Mρ)dθ2 (8)
+(4M2 sin2 θ + 4Mρ sin2 θ)dϕ2
以下シュバルツシルト時空を念頭に置き、ρ = 0は
ホライズンを表すとする。
2.2 漸近的キリングベクトル
(7)式に対して δgµνまでを許す asymptotic Killing
equationを考える。すなわち
Lξgρρ = Lξgvρ = LξgρA = 0
Lξgvv = O(ρ), LξgvA = O(ρ), LξgAB = O(1),
(9)
これを解くことで漸近的キリングベクトル
ξv = f(v, xA)
ξρ = −∂vfρ+12Ω
ABθA∂Bfρ2 +O(ρ3)
ξA = Y A(xB) + ΩAC∂Cfρ+12Ω
ADΩCBλDB∂Cfρ2 +O(ρ3)
(10)
を得る。f, Y A は ρに依存しない任意関数。この f
を伴う変換の事を supertranslation、Y Aを伴う変換
の事を superrotationという。
3 supertranslationの性質
以下 ∂vf = 0、すなわち f = f(xA)を仮定する。
このときホライズン上での supertranslationは
v → v + f(xA) (11)
と表せる (superrotation は 0 と仮定した) 以下に図
で supertranslationを表す。
105
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 1: translation
図 2: supertranslation
図より通常の translation と比較して supertransla-
tionは角度依存の自由度をもつ事が分かる。この漸
近的キリングベクトルをホライズン上 ρ = 0で考え
る。このとき代数的性質に着目すると、
[ξ1(f1, YA1 ), ξ2(f2, Y
A2 )] = ξ3(f12, Y
A12) (12)
where f12 = Y A1 ∂Af2 − Y A
2 ∂Af1,
Y A12 = Y B
1 ∂BYA2 − Y B
2 ∂BYA1
(13)
と新たな任意関数 f12, YA12 を定義することでリー代
数を成す事ができる。この意味で f, Y A は無数の対
称性を与える変換の生成子を表す。
4 null shellを用いた解析
ここまでの議論で導出した漸近的キリングベクト
ルによる supertranslationの物理的解釈を図るため
shellによる異なるアプローチをする。shellとは異な
る二つの時空をきれいに張り合わせたときの境界面
のことをいう。実際に時空の接続を図り、保存量を
導出する。
4.1 セットアップ
最初のセットアップの計量をシュバルツシルト時
空に適用すると
ds2± = −2κρ±dv2± + 2dv±dρ± (14)
+(4M2 + 4Mρ±)dθ2±
+(4M2 sin2 θ± + 4M sin2 θ±ρ±)dϕ2±
今、ρ = 0、すなわちホライズン上 Sigmaで時空の
接続を考える。ここで ρ < 0の領域では supertrans-
lation前の時空とし
(v = v−, ρ = ρ−, xA = xA−)
とする。一方 ρ > 0の領域では (10)式による変換、
すなわち supertranslationxα− → xα
+ = xα− + ξα を行
い、(superrotationの生成子 Y A(θ, ϕ)は 0と仮定)
(v+ = v + f(xA), ρ+ = ρ, xA+ = xA +ΩAC∂Cfρ)
これは接続条件 [gab] = 0を満たす。ここで []は
[Aµ] := Aµ|Σ+−Aµ|Σ− = 0 ⇒時空は連続 (15)
を表す。以下の計算では ΩAC∂Cf = 1とする。
4.2 null shellの一般的性質
null shell 上のエネルギー運動量テンソルは一般
的に
Sαβ = µnαnβ+jA(nαeβA+eαAnβ)+pσABeαAe
βB (16)
と表せる。ここで µ, jA, pは射影テンソル γ、nor-
malベクトル nα を用いて
µ = − 1
16πσABγAB , jA =
1
16πσABγB , (17)
p = − 1
16πγαβn
αnβ
と表すことができる、また射影テンソルは (1)式を
用いて
106
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
γab = kα[∂αgab] = [∂ρgab] (18)
との関係がある。これより、二つの時空の計量がわ
かれば射影テンソルが求められ、µ, jA, pを求めるこ
とができる。
4.3 ホライズン上の保存量
このセットアップに対して (17)式よりエネルギー
密度 µは
µ =κ
8πσAB∂Af∂Bf (19)
ここで σAB =diag(1, 1/ sin2 θ)を表す。これよりホ
ライズン上の全エネルギーはこれを角度方向で積分
して求めることができ、κ = 1/4M として
E[f(θ, ϕ)] =
∫dθdϕ
√|gAB |µ (20)
=1
32πM
∫dθdϕ
√|gAB |σAB∂Af∂Bf
(21)
この結果はホライズン上での conserved chargeを考
えたときの結果と一致する ([1]eq(28))。これらの結
果の一致は null shellによる議論で supertranslation
の性質を探ることが可能なことを意味している。
5 Conclusion and Discussion
今回はGaussian null coordinatesを具体的な時空
のホライズン近傍に定めることで、漸近的キリングベ
クトルを求めた。またそれによる変換を supertrans-
lationといい、無数の対称性を与える変換であるこ
とを見た。一方別の supertranslationへのアプロー
チとして null shellを用いた議論により、ホライズン
上のエネルギー保存量を導出し、物理的解釈を試み
た。これらの結果はブラックホールの無毛定理の他
に soft hairという別の毛があること示唆している。
今後はこの soft hairに関しても研究していきたい。
また今回 supertranslationの生成子 f の v依存性は
ないと仮定したが、本質的には、ブラックホールホ
ライズン近傍の v依存性は特筆すべき性質のひとつ
である。これに関しても理解を深めていきたい。
Acknowledgement
今回の発表の機会を与えてくださった夏の学校運
営スタッフの皆様、御支援くださった方々に深く感
謝いたします。また、本研究に関して多くの時間を
割いて下さった宇宙理論研究室の院生ゼミの皆さん
に対してこの場を借りてお礼申し上げます。特に多
くの助言や議論等をして下さった片桐さんに心から
感謝申し上げます。
Reference
[1] L.Donnay, et al. Phys.Rev.Lett.116, 091101(2016)
[2] S.Bhattacharjee and A.Bhattacharyya,Phys.Rev. D.98,104009(2018)
[3] S.W.Hawking, arXiv:1509.01147 [hep-th](2015)
107
——–index
重宇24
場の理論のドレス状態から探るBMS漸近対称性名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
古郡秀雄
108
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
場の理論のドレス状態から探る漸近対称性
古郡 秀雄 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
ゲージ条件と場の漸近的な振る舞いを共に保つ変換である漸近対称性と、場の理論の赤外発散を解決する際
に重要となる軟粒子定理の結びつきが、ブラックホールの情報問題を考える糸口となることが提案されてい
る。また、漸近対称性自体の理解もいくつかの議論が残っており、様々な観点から漸近対称性の理解を深め
ることは重要な課題と言える。本稿では場の理論の赤外発散を取り除くもう1つの方法であるドレス状態形
式を通して漸近対称性の理解を試みる。
1 序論
ゲージ条件と場の漸近的な振る舞いを共に保つ変換
である漸近対称性と、場の理論でのある過程 α→ β
の散乱振幅とその過程に軟粒子と呼ばれる低エネル
ギー無質量粒子の放出を加える過程 α→ β+γsoftの
散乱振幅を結びつける軟粒子定理とが密接に関わる
ことが知られている。これら 2つは更に、バルクで
の運動の痕跡が境界近傍でのゲージ場に刻まれると
いう、メモリー効果とも関係を結ぶ。A. Strominger
によってこれら 3つが等価であるという赤外三角関
係が提唱され、現在でもこれら赤外の物理は非常に
活発な分野である [1]。
これら赤外の物理がブラックホール (BH)の情報
損失問題を考える際の糸口になるのではないかとい
う興味深い指摘がある [2]。これは古典論的には BH
の地平面が、ゲージ理論や重力理論のもつ漸近対称
性に対応する無数の電荷を産毛のように生やすこと
で、BHを形成した粒子の情報を保持するという描像
で考えられ、量子論的には地平面上の軟光子や軟重
力子などがHawking放射と相関をもつことで発展の
ユニタリティを守るという描像であると考えられる。
これを期待すると、量子論での漸近対称性のあり方
を深く理解することは、重力をも考慮した量子論を
考える上で重要であろう。またその一方で、一般相
対論の漸近平坦時空がもつBMS漸近対称性には、超
回転という発散する電荷が生成する変換を含む形に
拡張できる可能性があるが、その物理的な是非に議
論が残っており、また、4より高次の時空では漸近対
称性の存在自体に様々な議論が残っている [3][4]。量
子論の視点から漸近対称性を覗くことはこれらの議
論を進める上でも有効な手段であろう。
ここでは我々の研究 [5] を基にし、量子電磁気学
(QED)におけるドレス状態と漸近対称性の結びつき
について論じる。講演では時間が許せば、この研究を
線形重力場の理論に応用する場合についても述べる。
2 電磁気学の漸近対称性
場の理論に入る前に、古典的な電磁気学の漸近対
称性がどのようなものかを [6]に基づいて論じる。[5]
では質量を持った荷電粒子で考えているが、ここで
は簡便のため荷電粒子の質量は 0とする。
背景の平坦時空を次の遅延座標 xµ = (u, r, xA)で
ds2 = −du2 − 2dudr + r2qABdxAdxB . (1)
のように書く。ここで、u := t − r は外向き光線の
族であり、rは動径座標、xAは球面座標、qAB は単
位球面の計量である。I ±を未来/過去無限遠として
ゲージ条件を
Ar = 0 , Au|I ± = 0. (2)
に固定し、Aµ の振る舞いを r → ∞に対して
AB = O(r0) , Au = O(r−1) (3)
と決める。この振る舞いはそれぞれエネルギー運動
量テンソルのヌル成分 Tuu が有限となること、電荷
109
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
が有限となることを保証する。電流を JMµ とすると、
Maxwell方程式∇νFνµ = JMµ のヌル成分は、
qBC∂uAu = ∂u∂BAC + qBC limr→∞
(r2JM
u
)(4)
で与えられる。(2)∼(4)を満たすゲージ変換
δAB |I + = ∂Bε+ , δAr = ∂rε+ , δAu = ∂uε+ (5)
が存在して、そのときの ε+ は
ε+ = ε+(xA) +O(r−1) (6)
であり、これは
Q+ε+ =
∫I +
−
qABdxAdxBε+(x
C)Fru (7)
によって生成される変換である。ここでI +− は未来
ヌル無限遠の u→ −∞極限で定義される。先進座標系 xµ = (v, r, xA), v := t + rでも同様の
議論ができる。すなわち、過去ヌル無限遠の v → ∞極限で定義されるI −
+ 上の大電荷
Q−ε− =
∫I −
+
qABdxAdxBε−(x
C)Frv (8)
によって δAB |I − = ∂Bε−(xC) の漸近対象性変換が
生成される。
Lorentz 対称性を満たすための整合性条件を議論
することでこれらが実は
ε+(xA) = ε−(x
A) , Q+ε+ = Q−
ε− (9)
の関係で結ばれるとわかる。ヌル無限遠I ±に現れ
る球面上の関数 εによるゲージ変換が電磁気学の漸
近対称性であり、これは大ゲージ変換と呼ばれるこ
ともある。また、Q±ε がこの漸近対称性に対応する電
荷であり、大電荷と呼ばれることもある。
3 ドレス状態形式
3.1 自由粒子状態で挟んだ S行列
ドレス状態形式に入る前に、通常の散乱問題につ
いて手短に振り返る。散乱問題では基準の時刻 t = 0
から十分遠い過去の”in”状態 |Ψ+α ⟩ から散乱を経て、
十分遠い未来で”out”状態 |Ψ−β ⟩へ遷移する確率を予
言する1。ここで、|Ψ+α ⟩, |Ψ−
β ⟩はそれぞれエネルギーEα,Eβ を固有値に持つ、考える系のハミルトニアン
H の固有状態である2。H を自由ハミルトニアンH0
と相互作用 V に分離してH = H0 + V と書くとき、
V が存在する場合に時々刻々と時間発展を追うこと
は困難である。そこで我々は十分遠い過去/未来では
相互作用が十分弱いことを仮定し、粒子描像を用い
て次で定義される S行列を計算する。
Sβα := ⟨Ψ−β |Ψ
+α ⟩ . (10)
粒子描像とは、”in”/”out”状態が漸近的にある自由
場の理論での自由粒子状態 |Φα⟩に対応すると考える描像である。自由場の描像を用いる相互作用表示3
を用いてこの対応を見ると、”in”状態の漸近状態は
次のようになる。
limt→−∞
|Ψ+α (t)⟩I := lim
t→−∞Ω(t) |Ψ+
α ⟩ ≃ |Φα⟩ . (11)
ここで Ω(t)は次のように Heisenberg表示の場と相
互作用表示の場をつなぐユニタリ演算子である。
O(x, t) = Ω†(x, t)OI(x, t)Ω(x, t). (12)
”out”についても同様で、S行列は粒子描像で
⟨Ψ−β |Ψ
+α ⟩ ≃ ⟨Φβ | SD |Φα⟩ (13)
となる。ここで SD は Dysonの S演算子
SD := limt′→∞ , t→−∞
Ω(t′)Ω†(t) = T exp
[−i
∫ ∞
−∞dτ V I(τ)
](14)
である。ここで記号 T は時間順序積を表す。これが粒子描像における S行列である。しかしこれは例え
ば QEDでは赤外発散の存在によって ill-definedで
ある。赤外発散の問題は無質量粒子の相互作用が存
在する場合に、そのループ補正の低エネルギー部分
からもたらされる。
1ここでは Heisenberg 表示を用いている.2もっとも、系の状態が与えられたハミルトニアンの完全な固
有状態であったら散乱など起きない。そこで厳密には波束から波束への遷移を考える必要がある。
3添字 I で相互作用表示を表す。
110
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3.2 漸近相互作用を考慮した S行列
ドレス状態形式は端的に言えば赤外発散を自由粒子
描像の破綻として捉える方法である。無質量粒子の相
互作用は十分遠くの未来と過去でも消えない。そのた
め、漸近状態を自由粒子状態ではなく、遠くの未来、
過去で残る漸近相互作用の影響を考慮したドレス状
態として扱う。この考え方はKulishと Faddeevによ
り始まったので、ドレス状態形式はKulish-Faddeev
形式とも呼ばれる [7]。
我々の方法ではまず、基準の時刻 t = 0から十分
遠くの過去 t = tI で、相互作用が無視できない可能
性を考慮して、次のように”in”状態を恒等的に書き
換える。∣∣Ψ+α
⟩≡ Ω†(tI)Ω(tI) lim
t→−∞Ω†(t)Ω(t)
∣∣Ψ+α
⟩. (15)
ここで (11)の対応を用いると、∣∣Ψ+α
⟩≃ Ω†(tI)SD(tI ,−∞) |Φα⟩ ,
SD(tI ,−∞) = limt→−∞
T exp
[−i
∫ tI
t
dτ V I(τ)
].
(16)
次に、時刻 t = tI での相互作用の効果を調べるため
に V I に自由場を代入し、各項の指数関数の肩にある
時刻 tI の係数の大きさを調べる。我々の基準ではこ
の係数がO(1/|tI |)で抑えられるような運動量空間の領域があれば、その領域内で 1/|tI |を展開パラメータとしたそのような項の主要項の和を漸近相互作用
として定義する。そうでないような項は激しく振動
して消える。つまり、相互作用は時刻 t = tI で
V I(tI) = V Ias(tI) + o(1/|tI |) (17)
のように漸近相互作用 V Ias が主として残る。t ≤ tI
のとき、V I(t)は近似的に V Ias(t)で書けるから、”in”
状態は近似的に
|Ψ+α ⟩ ≈ Ω†(tI)Ωas(tI ,−∞) |Φα⟩ ,
Ωas(tI ,−∞) := limt→−∞
T exp
[−i
∫ tI
t
dτ V Ias(τ)
].
(18)
のようにかける。そこで我々は”in”状態 |Ψ+α ⟩の十分
遠くの過去 t = tI における漸近状態 |Ψα(tI)⟩⟩を
|Ψα(tI)⟩⟩ := Ωas(tI ,−∞) |Φα⟩ . (19)
で定義する。”out”状態 |Ψ−β ⟩の十分遠くの未来 t =
tF における漸近状態 |Ψβ(tF )⟩⟩についても同様に定義すると、S行列 (10)は漸近状態の構成 (19)から分
かるように次の漸近 S行列 Sasβα(tF , tI) :
Sasβα(tF , tI) := ⟨⟨Ψβ(tF )|SD(tF , tI)|Ψα(tI)⟩⟩
= ⟨Φβ |Ω†as(tF ,∞)SD(tF , tI)Ωas(tI ,−∞) |Φα⟩
(20)
の極限に一致する。すなわち、
Sβα ≡ limtF→∞tI →−∞
Sasβα(tF , tI). (21)
3.3 QEDのドレス状態
QEDの相互作用
V I(t) = ie
∫d3xaµ(x)ψ(x)γ
µψ(x) (22)
の漸近相互作用は計算すると次のようになる。
V Ias(tI,F ) = e
∑h
∫0≤ω≤1/|tI,F |
d3k
(2π)3/2√2ω
×∫d3p vµp [ϵµ(k, h)a(k, h)e
ik·vptI,F + (h.c.)]ρ(p),
ω := k0 = |k| , vµp := pµ/Ep , Ep :=
√m2 + |p|2 ,
ρ(p) :=∑σ
[b†σ(p)bσ(p)− d†σ(p)dσ(p)
].
(23)
ここで、a(k, h)は運動量 k、ヘリシティhを持つ光
子の消滅演算子で、ϵµ(k, h)はその偏極ベクトルであ
る。また、bσ(p), dσ(p)はそれぞれスピン σ,運動量
pを持つ電子、陽電子の消滅演算子である。
真空を荷電粒子および光子それぞれの真空の直積
で |0; ψ⟩ ⊗ |0; γ⟩とかく。粒子描像の漸近状態が
|Φα⟩ = |ψα⟩ ⊗ |0; γ⟩ (24)
のように、光子を含まずに荷電粒子の自由状態でか
ける場合の”in”状態の漸近状態 |Ψα(tI)⟩⟩は、漸近相互作用 (23)および (20)を用いて計算すると
|Ψα(tI)⟩⟩ = eiθα |ψα⟩ ⊗ |fα(tI)⟩ , (25)
111
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
θα = limt→−∞
∑mn∈α
emen8πβmn
log(tI/t), (26)
|fα(tI)⟩ = exp
[∑h
Rh(tI)
]|0; γ⟩ , (27)
Rh(tI) :=
∫0≤ω≤1/|tI |
d3k[fα(k, h; tI)a†(k, h)− h.c.],
(28)
fα(k, h; tI) :=∑m∈α
em
(2π)3/2√2ω
pm · ϵ∗(k, h)k · pm
e−ik·vmtI
(29)
と求められる。ここでm,nの和は全ての始状態の荷
電粒子に対してとるものであり、em は m番目の粒
子の電荷、βmn :=√1− m4
(pm·pn)2は粒子の相対速度
を表す。表式から、|fα(tI)⟩はまさに軟光子のコヒーレント状態であり,exp[
∑hRh(tI)]はその並進演算
子 (Displacement operator)となっていることがわか
る。QEDの漸近状態はこのように光子がコヒーレン
トにまとわりついたドレス状態である。これらの表
式は荷電粒子の種類を増やしたり、硬い光子を入れ
る場合にも容易に拡張できる。同様にして終状態に
対応する漸近状態 |Ψβ(tF )⟩⟩を得ることができる。このとき、(20)は
Sasβα(tF , tI) = eiθβα(tF ,tI)
× ⟨fβ(tF )|fα(tI)⟩⟨ψβ |SD(tF , tI)|ψα⟩(30)
となるが、これは計算によって赤外発散がないこと
が示せる。
4 漸近対称性とドレス状態
漸近 S 行列 (30) のゲージ不変性を考える。
⟨ψβ |SD(T,−T )|ψα⟩は従来の S行列と思うとゲージ
不変であるから、⟨fβ(T )|fα(−T )⟩について議論すればよい。軟光子のコヒーレント状態 |fα(±T )⟩に対して,ϵµ(k, h) → ϵµ(k, h) + ε∗∓(k, h)kµ のゲージ変
換を施す。ここでゲージ変換の関数 ε±を 3次元運動
量空間上の 2乗可積分関数にとると,球面調和関数
Yℓm(k)を用いて一般に
ε±(k, h) =
∞∑i=−1
ℓi∑m=−ℓi
∞∑ℓi=0
ωiχ±(i)ℓimi
(h)Yℓimi(k)
(31)
とかける。このとき、(30)には次の赤外発散しうる
因子 exp[− 1
2(2π)3 limt→∞At
],
At := logΛ
1/t
∑h
∑ℓm
∣∣∣Qoutχ−(−1)ℓm (h)−Qinχ
+(−1)ℓm (h)
∣∣∣2(32)
がかかる。ここでQin/outは”in”/”out”状態の全電荷
とした.これは任意の h, ℓ,mに対して
Qoutχ−(−1)ℓm (h) = Qinχ
+(−1)ℓm (h) (33)
が成り立つときに限り S行列は不変であり,それ以
外の場合では S行列は 0となることを意味する。従
来の S行列の対称性からQout = Qinであるため、こ
のゲージ不変条件は”in”/”out”の漸近状態に対する
ゲージ変換の関数に対し、
ε−(k, h) = ε+(k, h) +O(1) (34)
を要請するものである。これらの関係は (9)の大電
荷保存則とそれによる大ゲージ変換に対応している。
5 結論と議論
本稿では電磁気学の漸近対称性が QEDのドレス
状態のゲージ不変性条件から現れることを見た。す
なわち、ドレス状態形式でゲージ不変性を要請する
と、S行列の対称性として大ゲージ対称性が現れる
のである。今回我々の提案した漸近状態の構成は形
式的には理論の詳細に依らないので、QED以外の無
質量粒子を含む理論に非自明な結果を与える可能性
があり、現在線形重力場の理論などで解析中である。
参考文献[1]A. Strominger, 2016, arXiv:1703.05448[2]S. Hawking, et al., 2016, Phys. Rev. Lett. 116(2016) 231301[3]A. Aggarwal, 2019, Phys. Rev. D 99 (2019) 026015[4]Eanna E. Flanagan, et al., 2020, JHEP. 01 (2020)002[5]H. Furugori, S.Nojiri, 2020, arXiv:2007.02518[6]T. He et al., 2014, JHEP 10 (2014), 112[7]P. P. Kulish, L. D. Faddeev, 1970, Theor. Math.Phys. 4 (1970), 745
112
——–index
重宇25
アクシオンと天体進化東北大学理学研究科物理学専攻
佐藤崇永
113
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
アクシオンと天体進化佐藤 崇永 (東北大学大学院 理学研究科)
Abstract
アクシオンは強い CP問題を解決する未発見の素粒子であり、同時に暗黒物質の候補として知られている。アクシオンはフェルミオン、電子、光子などと相互作用するが、このうち天体の進化からの制限によってaxion-electron-electron相互作用の強さには上限が与えられる。先日、暗黒物質探査実験 XENON1Tにおいて axion-like-particleによる影響とみられる痕跡が発見された。しかし、XENON1Tの結果を太陽で生成されたアクシオンで説明する場合には、その上限よりも大きな結合定数が必要である。つまり、この実験結果がもっともらしいかを知るためには、天体進化を深く理解することが重要である。本講演では、天体の進化を加速させる stellar coolingと呼ばれる現象がアクシオンの質量や相互作用の強さにどのように制限を与えるのかについて述べる。
1 Introduction
天体の観測的性質は表面温度と光度に対して plot
された HR図や色等級図によってよく示される。星はその一生のほとんどを水素燃焼に費やすが、その後の進化は初期質量によって分岐する。
図 1: HR図
太陽と同程度の質量の星は核の中の水素が燃え尽きると、主系列から the Red Giant Branch (RGB)Stageへと移行し、ヘリウムフラッシュの後、安定なヘリウム燃焼の段階、the Horizontal Branch (HB)
に移行する。太陽より数倍重い星はそれとは違った進化を示し、末路もそれぞれ異なる。観測から得られた色等級図からそれぞれの星が特定の stageにどの程度滞在していたかを見積もることができ、それと理論による数値計算の結果を比較することができる。しかし、アクシオンの存在が evolutionary tiime
に anomalyを引き起こすことが知られている。それについては本講演で述べる。
2 axion-photon coupling
星の進化における、axion-photon相互作用に最も支配的な過程は the Primakoff process
γ + Ze → a+ Ze (1)
であり、この過程によるエネルギー損失率は
ϵ ≃ 2.8× 10−31Z(ξ2)
(gaγ
GeV−1
)T 7
ρergg−1s−1 (2)
に従う。ここで Z(ξ2) は ξ2 ≡ (κS/2T )2 の関数
で、κS はデバイ・ヒュッケル波数である。具体形は
Z(ξ2) ≃(
1.037ξ2
1.01 + ξ2/5.4+
1.037ξ2
44 + 0.628ξ2
)ln
(3.85+
3.99
ξ2
)(3)
114
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
とかける。したがって、axion-photon相互作用の結合定数に
よって、エネルギー損失率が決まり、星の進化が早くなる。逆に言えば、天体進化を見ることで axionのcouplingに制限を加えることができる。特に、axion-photon相互作用は HB stageに影響を与える。
3 axion-electron coupling
axion-electron 相互作用で重要な過程はABC pro-
cessと呼ばれ、原子の再結合と脱励起(Atomic re-
combination&deexcitation)、Bremsstrahlung pro-
cess 、Compton process の頭文字を取ったものである。このうち恒星進化の計算に用いられるのはBとC
で、どちらも axionを生成する反応である。高密度、電子の縮退時に支配的になるのが Bremsstrahlung
process
e+ Ze → e+ Ze+ a (4)
であり、この過程による (電子が完全に縮退している時の)エネルギー損失率は
ϵ ≃ 8.6× 10−7O(1)gae2T 4
∑ XjZj2
Ajergg−1s−1
(5)
と表される。Xj , Zj , Aj はそれぞれ j 番目のイオンの相対質量密度、電荷、質量数である。このように、axion-electronの場合、損失率は結合定数と温度の他に星の化学組成にも依存することがわかる。熱的光子と電子の散乱によって axion を生成するCompton process
γ + e → γ + a (6)
の axion emission rateは温度に強い依存性を持つ。
ϵ ≃ 2.7× 10−22gae2 1
µe
(neffe
ne
)T 6ergg−1s−1 (7)
4 Results
式 (2)から分かる通り、Primakoff processは高温、低密度の星で卓越するため、そのような星を調べることで gaγに最も強い上限を与えることが出来る。そ
のような星の代表例は axionの sourceとしても期待されている、太陽である。現在の上限は
gaγ ≤ 2.7× 10−10GeV−1 (8)
となっている。太陽の他に、HB starsや中間質量星からも上限が決まる。axion-electron相互作用についての上限は、白色矮
星や赤色巨星から決まる。WDV(White Dwarf Vari-
ables)、RGB tipによる上限はそれぞれ次のように決まる。
gae ≤ 2.1× 10−13GeV−1 (9)
gae ≤ 3.1× 10−13GeV−1 (10)
5 Discussion/Conclusion
考察・結論は本講演で述べる。
Acknowledgement
本講演の機会を与えてくださった夏の学校の運営のみなさま、また本発表にアドバイスを下さった指導教官の方々に感謝を表します。
Reference
Luca Di Luzio ,Maurizio Giannotti ,Enrico Nardi,LucaVisinelli arXiv:2003.01100v3 [hep-ph] 3 Jul 2020
115
——–index
重宇26
初期宇宙におけるPrimordial BlackHoleの放射立教大学理学研究科物理学専攻
物部武瑠
116
未提出
117
——–index
重宇27
f (R) = R +αR2 gravity における中性子星の質量-半径関係: purely metric formulation と torsion
formulation の比較名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻素
粒子宇宙物理系沼尻光太
118
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
f(R) = R + αR2 gravityにおける中性子星の質量-半径関係:
purely metric formulationと torsion formulationの比較
沼尻 光太 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
本発表は (Feola et al. 2020) のレビューである. f(R) = R + αR2 で与えられる修正重力理論において,
metric, torsion formalism の 2 つの観点から中性子星 (NS) の質量-半径関係について議論する. 状態方程
式として LIGO の観測と整合しているものを仮定し, それぞれについて TOV 方程式を数値積分した結果,
metric formalism に対して, 解の安定性に対する条件から α > 0が要請され, αの増加に従って NSの全質
量及び compactnessが GRと比べて増加していく事が分かった. 一方, torsion formalism に対しては α < 0
が要請され, |α|が増加するほど全質量, compactnessが減少した. これは torsion自由度が repulsiveな場の
役割をしていると考えられる. 以上の結果より, 観測によってどちらの formalismがより適切か決定できる
と考えられる.
1 Introduction
中性子星 (NS)のような高密度の極限的環境では状
態方程式 (EoS)に加え, 重力も支配的となるが, NS
連星系に対する観測などにより, 一般相対論 (GR)
に基づいたNS 質量の上限 1.44M⊙ (Chandrasekhar
1931) は破られていることが観測されている (Ozel
and Freire 2016).そこで GR を拡張する様々な修正
重力理論においてNS formationについて議論されて
いる。中でも f(R) gravityは新たな自由度を scalar
場として導入し, これが non-baryonic dark matter
等に頼らない新たな重力のソースとなることから近
年注目を集めている.
本研究では
f(R) = R+ αR2 (1)
gravity について, LIGOの観測結果 (Abbott et al.
2017)と無矛盾な EoSのもとで, NSの質量-半径関
係を議論する. 計量のみが独立変数である Metric
formulation, torsionの自由度がある torsion formu-
lationの 2パターンを考え比較し, torsionが与える
影響などについて見ていく.
以下特筆しない限り c = G = 1とし, metricとし
て +,−,−,−を用いる.
2 Equations
2.1 The Metric Formulation
f(R) gravityにおける作用は以下である.
A =1
16π
∫d4x
√−g [f(R) + Lmatter] . (2)
場の方程式はmetricに対する変分を実行し
f ′(R)Rij −1
2f(R)gij − (∇i∇j − gij) f ′(R) = 8πΣij . (3)
Σij は物質場の energy-momentum tensor である.
Metricとしては次の静的球対称なもの
ds2 = e2ψdt2 − e2λdr2 − r2(dθ2 + sin2 θdϕ2
), (4)
を仮定し, 星内部の物質場として完全流体
Σij = diag(e2ψρ, e2λp, r2p, r2p sin2 θ
)(5)
を仮定する. 以上より, f(R) = R+αR2の場合,解く
べき方程式として TOV方程式及び Rの発展方程式dλ
dr=
1
4r [1 + α (2R+ rRr)]
·[e2λ
[16πr2ρ− 2− αR
(r2R+ 4
)]+4α
(r2Rr,r + 2rRr +R
)+ 2
], (6)
dψ
dr=
1
4r [1 + α (2R+ rRr)]
·[e2λ
[16πr2p+ 2 + αR
(r2R+ 4
)]− 4α (2rRr +R)− 2
](7)
119
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
d2R
dr2= Rr
(λr +
1
r
)+
1 + 2αR
2α
[1
r
(3ψr − λr +
2
r
)− e2λ
(R
2+
2
r2
)],
(8)
そして Bianchi恒等式∇iΣij = 0より連続方程式
dp
dr= −(ρ+ p)
dψ
dr, (9)
が得られる.
2.2 The Torsion Formulation
Torsionがある f(R) gravityでは独立変数として
metric g, torsion を持つ metric compatible linear
connection Γを用いる.
Matter spin densityが無い (matter部分に connec-
tion依存性がない)場合, (2)に対して g,Γで変分を
行えばそれぞれに対応する場の方程式が得られる:
f ′(R)Rij −1
2f(R)gij = 8πΣij , (10)
Tijh =
1
2f ′(R)
∂f ′(R)
∂xp(δpj δ
hi − δpi δ
hj
). (11)
(T は torsion tensor) f(R)の非線形性が torsionの
起源となっていることがわかる.
以上より, f(R) = R + αR2 における TOV 方程式・Rの発展方程式としてdλ
dr=
1
4r [1 + α (2R+ rRr)]
·[e2λ
[16πr2ρ− 2− αR
(r2R+ 4
)]+4α
[r2Rr,r + 2rRr +R−
3αr2R2r
2(1 + 2αR)
]+ 2
], (12)
dψ
dr=
1
4r [1 + α (2R+ rRr)]
·[e2λ
[16πr2p+ 2 + αR
(r2R+ 4
)]−4α
[2rRr +R+
3αr2R2r
2(1 + 2αR)
]− 2
], (13)
d2R
dr2= Rr
(λr +
1
r
)−
1 + 2αR
α
[1
r
(3ψr − λr +
2
r
)− e2λ
(R
2+
2
r2
)]−R2
r
(3α
1 + 2αR+
3ψr
Rr+
9
rRr
),
(14)
が得られる. (9)は共通である.
2.3 Junction Conditions
外部解との接続条件について考える. 先行研究よ
り, torsion formalism において f(R) = R + αR2
gravity の真空解は GR と一致することが分かって
いる (Capozziello and Vignolo 2010). また met-
ric formalism についても, α > 0 の場合球対称な
解として Schwarzschild解を持つことが分かってい
る (Mignemi and Wiltshire 1992).
以上より外部解として Schwarzschild解を採用し,
これと接続することを仮定する. このとき, 各パラ
メータの微分可能性について以下の条件がつく
(Deruelle et al. 2008), (Vignolo et al. 2018):
λ ∈ C0, ψ ∈ C1, R ∈ C1, (metric case)
λ ∈ C0, ψ ∈ C1,dR
dr∈ C0, (torsional case)
(15)
3 Numerical Aspects
今回は以下の様に数値計算を行う: metric formula-
tion, torsion formulation それぞれ 4つずつの発展方
程式に状態方程式 (EoS) p = p(ρ)を加えた5つずつの
方程式を解き, 数値解 p(r), λ(r), ψ(r), R(r), R′(r)を得る. p (Rs) ≈ 0となる半径RsをNSの半径とし,
e2λ(r) =
(1− 2
m(r)
r
)−1
, e2ψ(r) =
(1− 2
m(r)
r
),
(16)
を用いて1 NSの質量M = m(Rs),及び compactness
C = M/Rs を決定する.
EoSとしてはLIGOの観測結果からの制限 (Abbott
et al. 2017)を満たす APR4 , MPA1 , SLy , WFF1
を使用した 4パターンを考える.
数値積分を実行するには, r = 0での初期条件が必
要である. この内中心圧力 p(0) = pc (及び中心密度
ρc)は EoSから与えられ, Newtonian gravityとの類
推2 から λ(0) = 0, 積分を実行する上での安定性か
ら R′(0) = 0が要求される. ψ(0)については方程式
中に直接登場しないため任意定数の自由度があるが,
1後述する λ の振動的振舞のため, ψ(Rs) を用いて決定する.2(16) 参照.
120
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Exact
Schw
Schw fit
0 10 20 30 40
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
ℛ (km)
λ(r)
Metric f(R)
図 1: Metric form., SLy, α = 0.05での λ(r)
(Feola et al. 2020)
無限遠方での振る舞いとして
λ(r → ∞) ≈ M
r, ψ(r → ∞) ≈ −M
r
ρ(r → ∞) =p(r → ∞) = 0,
(17)
及び外部 Schwarzschild 解との接続条件を満たすよ
うに取るとする. R(0) = Rc については現在までの
観測との整合性から Rc ≈ RGR = 8π (3pc − ρc)を
取ることにする.
なお f(R) に含まれている α について, 接続条件
(15)を満たすこと, 及び方程式の数値解が発散しな
いことを要求すると, metric formalismでは α > 0,
torsion formalismでは α < 0が要請される. しかし,
この時以下で実際に見るように解に tachyonicな振
動が残ってしまい,無限遠方での振る舞い (17)の議
論に影響を与える. この振動は |α|が大きくなるほど成長するため, |α|の範囲を |α| ∈ [0.001, 0.1]に制限
する.
4 Results and Discussion
4.1 The Metric Formulation
図 1に EoSが SLy, α = 0.05の場合における演算
結果の一部 (λ) を示した. 数値解, 数値解と同質量
(M = 1.43M⊙) の Schwarzschild 解, 及び数値解の
外部部分を Schwarzschild解と fittingさせたもの3を
併記している.
3結果 NS の質量がM = 1.40M⊙ に修正される
GR
α=0.001
α=0.01
α=0.05
α=0.1
9 10 11 12 13 140.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
ℛ (km)
M/M
⊙
SLy
図 2: Metric form.でのM −R関係(Feola et al. 2020)
3 つのラインが (振動成分を除いて) 外部におい
て良い一致を示していることから, 外部解として
Schwarzschild 解を取ることはこの場合においても
適切な仮定であることがわかる4. また数値解に上述
の振動が現れている (R(r)などにも見られる).
図 2は EoSとして Slyを用いて αを変えて NSの
質量-半径関係をプロットしたものである. αの増加
に従って質量が増加していることが分かる. これは
他の EoSを用いた場合でも確認された.
これよりmetric formulationでの f(R) = R+αR2
gravityでは GRと比べて強重力となり, NSの質量
上限が引き上がることが示唆される. 別の見方では,
f(R) = R+ αR2 gravityでは Newton定数が
G→ Geff =G
f ′(R)=
G
1 + 2αR(18)
に変更されるが, α > 0, R < 0からより attractiveに
なったと考えられる.
4.2 The Torsion Formulation
(各パラメータについての議論は metric formula-
tionの場合と同様であったので割愛する) EoSとし
てWFF1の下で様々なα < 0について質量-半径関係
をプロットしたのが図 3である. Metric formulation
の場合とは逆に |α|が増加するほど質量が減少していることが分かる. これは αの符号が反転している
ことに由来する.
4(15) を満たすことも確認される.
121
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
GR
α=0.001
α=0.01
α=0.05
α=0.1
8 9 10 11 120.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
ℛ (km)
M/M
⊙
WFF1
図 3: Torsion form.でのM −R関係(Feola et al. 2020)
metric
Torsion
GR
9 10 11 12 13 140.0
0.5
1.0
1.5
2.0
ℛ (km)
M/M
⊙
SLy: α=0.1
図 4: Metric/Torsion form.での比較
(Feola et al. 2020)
|α| Cmet (M⊙/km) Ctor (M⊙/km)
0 0.23 0.23
0.001 0.23 0.23
0.01 0.23 0.23
0.05 0.24 0.22
1 0.24 0.21
表 1: αごとの compactness
((Feola et al. 2020)より抜粋)
M − R関係, compactness C = Mmax/Rmax を
metric, torsion formulationで比較したのが図 4 5,表
1である. これらを見ると正反対の挙動を示している
ことが分かるだろう. これは EoSの種類に関わらず
起こっている.
この現象は, torsion由来の成分が重力場をスクリー
ンし, より弱重力にするためだと考えられる. 実際,
(8)と (14)を見比べると追加項が原因であることが
5|α| = 0.1, EoS として SLy を用いたもの.
分かる. またこの現象は (18)においても α < 0を
代入するとGeff < Gとなることからも確認できる.
なお, NSの質量上限自体は torsionがあっても観測
(Ozel and Freire 2016) と矛盾しないため, torsion
formulation自体が棄却されるわけではない.
5 Conclusion
f(R) = R+αR2 gravityにおいてM−R関係を求めた結果, metric, torsion formulationそれぞれにつ
いてα > 0, α < 0が要求され, compacnessの増加/減
少し, metric formulationではより強重力に, torsion
foumulationではより弱重力になる事が分かった.
これより, 将来的に次世代型重力波検出器 (3G)な
どの観測から, 取り得る重力理論モデルに制限が付け
られると考えられる.
Reference
P. Feola, Xisco Jimenez Forteza, S. Capozziello,R. Cianci, and S. Vignolo. Physical Re-view D, 101(4), Feb 2020. ISSN 2470-0029.doi: 10.1103/physrevd.101.044037. URLhttp://dx.doi.org/10.1103/PhysRevD.101.044037.
Subrahmanyan Chandrasekhar. Astrophys. J., 74:81–82, 1931. doi: 10.1086/143324.
Feryal Ozel and Paulo Freire. Ann. Rev. Astron. Astro-phys., 54:401–440, 2016. doi: 10.1146/annurev-astro-081915-023322.
B.P. Abbott et al. Phys. Rev. Lett., 119(16):161101,2017. doi: 10.1103/PhysRevLett.119.161101.
Salvatore Capozziello and Stefano Vignolo.Annalen Phys., 19:238–248, 2010. doi:10.1002/andp.201010420.
Salvatore Mignemi and David L. Wiltshire. Phys.Rev. D, 46:1475–1506, 1992. doi: 10.1103/Phys-RevD.46.1475.
Nathalie Deruelle, Misao Sasaki, and Yuuiti Sendouda.Prog. Theor. Phys., 119:237–251, 2008. doi:10.1143/PTP.119.237.
Stefano Vignolo, Roberto Cianci, and Sante Car-loni. Class. Quant. Grav., 35(9):095014, 2018. doi:10.1088/1361-6382/aab6fe.
122
——–index
重宇29
すばるHSCのデータを用いた銀河のクラスタリングと弱重力レンズ効果の二点相関による重力
理論の検証法名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
大河内雄志
123
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
すばるHSCのデータを用いた銀河のクラスタリングと
弱重力レンズ効果の二点相関による重力理論の検証法
大河内 雄志 (名古屋大学大学院 理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻 修士課程1年)
Abstract
一般相対性理論の予言は、太陽系スケールでの観測とは高い精度で一致している。一方で、CMBの観測
と宇宙の大規模構造の観測から得られる S8 ≡ σ8
√Ωm0/0.3というパラメータの制限が 2.3σ のレベルで一
致していないことや、宇宙の加速膨張が観測されている現状を考えると、宇宙論的スケールでの重力が一
般相対性理論で正しく記述できているかは確かではない。本研究の目標は、すばる望遠鏡 Hyper Suprime-
Cam(HSC)による銀河の形状カタログから推定した重力レンズ信号と、Sloan Digital Sky Survey (SDSS)
Baryon Oscillation Spectroscopic Survey (BOSS) で得られた分光銀河の分布を用いて、弱重力レンズ効果
と銀河のクラスタリングの二点相関関数の解析を行い、大スケールでの重力理論を検証することである。こ
の目標を見据えて、本講演では、非相対論的物質と相対論的物質に対する重力を一般相対性理論から変更す
る現象論的な二つのパラメータを導入し、作成した擬似データを用いてこれらのパラメータの値の範囲に制
限を求めた結果を報告する。
1 導入
宇宙の加速膨張が観測されたことから、冷たいダー
クマター(以下 CDM)により宇宙の構造が成長し、
宇宙定数Λにより加速膨張が実現するとしたΛCDM
モデルが宇宙の標準モデルとして確立した。ところが、
PlanckのCMB測定から得られるS8 ≡ σ8
√Ωm0/0.3
というパラメータの制限と、KiDSによる大規模構造
の観測から得られた制限が 2.3σのレベルで一致して
いない (Hildebrandt et al. 2016) ことから、ΛCDM
モデルを拡張した宇宙論が考えられるようになった。
そのうちの一つが、重力の理論を一般相対性理論か
ら変更する「修正重力理論」である。一般相対性理
論の予言は、太陽系スケールでの観測とは高い精度
で一致している一方で、宇宙論的スケールでの重力
が一般相対性理論で正しく記述できているかは確か
ではない。物質は重力相互作用により密度の高い領
域に集まっていくので、物質分布の時間変化がわか
れば、あらゆるスケール・時刻での重力理論を検証
できることになる。ところが、宇宙の物質は重力相
互作用しかしない CDMが支配的であるため、物質
の分布を直接観測することはできない。そこで、重
力レンズ効果と銀河分布のデータから CDMを含む
全体の物質分布を推定し、理論と観測を比較するこ
とによって重力理論を検証する。
弱重力レンズ効果は、遠方にある銀河から発せら
れた光の経路が手前にある物質の重力場によって曲
げられる現象である。これにより、我々が観測する銀
河の像は本来の形状からは変形される。したがって、
この銀河像の歪みを測定することができれば、銀河
と観測者の間にある物質の分布を推定することがで
きる。ただし、弱重力レンズ効果により歪められた
銀河像の楕円率と、銀河の持つ本来の楕円率の差は
1よりも非常に小さいため、個々の銀河を観測した
だけでは弱重力レンズ効果による歪みは測定できな
い。そこで、銀河の持つ本来の楕円率はランダムな
量であると仮定し、多数の銀河の楕円率を測定して
平均をとることで、それぞれの銀河の弱重力レンズ
効果による歪みを統計的に導く必要がある。そのた
め、弱重力レンズ効果の観測においては、より多く
の銀河の形状をより正確に測定できることが重要と
なる。また、理論から予言できるのは物質分布の統
計的性質だけであり、物質分布そのものを予言する
ことはできない。したがって、理論と観測を比較す
124
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
るには、測定した弱重力レンズ効果による銀河像の
歪みの自己相関(以下 cosmic shear)から物質分布
の統計的性質を推定する必要がある。
また、銀河は質量密度の高い領域に形成されやす
いため、銀河分布は物質分布を反映することになる。
ところが、銀河分布が物質分布を直接的に表してい
るわけではない。そこで、銀河分布とその背景にあ
る銀河の像の歪みの相互相関(以下 g-g lensing)を
測定し、銀河の質量による重力レンズ効果を推定す
る。これにより、銀河分布と物質分布の関係を推定
し、銀河分布を物質分布に焼き直すことができる。さ
らに、銀河分布の統計的性質を推定するために、銀
河分布の自己相関(以下 galaxy clustering)も測定
する。
弱重力レンズ効果だけでなく銀河分布にも着目す
る利点は、単に理論と比較する観測量が増えること
で、得られる宇宙論的情報が増えることが期待され
るというだけではない。弱重力レンズ効果は相対論
的物質に、銀河分布は非相対論的物質に対する重力
と密接に関わっている。そのため、弱重力レンズ効
果と銀河分布を組み合わせた解析により、計量の時
間成分および空間成分の非一様性による重力をそれ
ぞれ独立に検証できることが期待される。
2章では本講演における重力理論の取り扱いにつ
いて説明し、3章では重力理論の検証に用いる数式
やデータを紹介する。最後に、4章では本稿のまと
めと今後の展望について述べる。
2 重力理論の変更
これまでの CMB観測の結果から、現在の宇宙が
大局的には平坦であることが示された。Friedmann-
Lemaıtre-Robertson-Walker 計量において、一様等
方な背景時空からのズレは微小であるとすると、宇
宙の線素は変数 Φと Ψを用いて、
ds2 = −(1 +
2Φ
c2
)c2dt2 + a2(t)
(1− 2Ψ
c2
)dx2
(1)
と書くことができる。ここで、aはスケールファク
ターであり、Φは宇宙の各点における時間の進み方
のゆらぎを表し、Ψは空間の等方的な膨張率のゆら
ぎを表す。ただし、Φ/c2, Ψ/c2 ≪ 1であるとする。
一般相対性理論においては、重力場中での非相対論
的物質(|xi/c| ≪ 1
)の測地線方程式がニュートンの
運動方程式に一致することを要請すると、Φがニュー
トン重力における重力ポテンシャルに一致すること
が導かれる。フーリエ空間でのポアソン方程式によ
り、Φは物質の質量密度ゆらぎ δm を用いて
Φ = −3Ωm0H02
2k2δma
(2)
で表される。ここで、H0 と Ωm0 はそれぞれ現在の
ハッブルパラメータと物質の密度パラメータである。
一方で、相対論的物質に対しては Φ+Ψが重力ポテ
ンシャルとして振る舞う。非等方的な圧力を無視し
た一般相対性理論では Φ = Ψが成り立つので、
Φ+Ψ = −3Ωm0H02
k2δma
(3)
が成り立つ。本研究では、二つの現象論的なパラメー
タ µ, Σを導入して、非相対論的物質と相対論的物質
に対する重力ポテンシャルを一般相対性理論から変
更する。
Φ = −3Ωm0H02
2k2δma
× µ(k, a) (4)
Φ + Ψ = −3Ωm0H02
k2δma
× Σ(k, a) (5)
µを導入したことにより、非相対論的物質のゆらぎ
の発展方程式は以下のように変更される。
δm + 2Hδm − 3
2ΩmH2δm × µ(k, a) = 0 (6)
なお、µ(k, a) = Σ(k, a) = 1の場合には、一般相対
性理論に一致する。
本講演では、先行研究 (DES-Collabolation 2019;
Planck-Collaboration 2018; Simpson et al. 2015)と
同様に、簡単のために µと Σのスケール依存性は考
えずに、一般相対性理論からのズレがΛCDMモデル
におけるダークエネルギーの密度パラメータ ΩΛ の
時間発展に比例することを仮定する。
µ(a) = 1 + µ0ΩΛ(a)
ΩΛ0(7)
Σ(a) = 1 + Σ0ΩΛ(a)
ΩΛ0(8)
このパラメータ化は、重力理論の変更により加速膨
張を説明できるという期待に基づいている。ダーク
125
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
エネルギーの影響と同じ時間スケールで一般相対性
理論からのズレが生じるとしていて、初期の宇宙で
は µ = Σ = 1となる。ただし、ΩΛ0は現在のダーク
エネルギーの密度パラメータである。
3 手法
CMB温度ゆらぎの角度パワースペクトルやマター
パワースペクトルなどの、宇宙論的観測量を計算す
るボルツマンコードCAMB(Code for Anisotropies
in the Microwave Background)に、動的なダーク
エネルギーやゆらぎの成長に対する現象論的な変更
を取り入れた MGCAMB(Modified Growth with
CAMB)(Zucca et al. 2019)を用いて、異なるµ0,Σ0
の値に対するマターパワースペクトル P (k, z) を得
る。このP (k, z)を用いて cosmic shear、g-g lensing、
galaxy clusteringを計算し、マルコフ連鎖モンテカ
ルロ法(以下MCMC)によってデータから許容され
うる µ0,Σ0 の値の範囲に制限を与える。
3.1 理論的な二点相関関数
cosmic shear ξ±(θ)は、弱重力レンズ効果による
歪みの角度パワースペクトル Pκ(l)を用いて
ξ+(θ) =
∫ ∞
0
ldl
2πJ0(lθ)Pκ(l) (9)
ξ−(θ) =
∫ ∞
0
ldl
2πJ4(lθ)Pκ(l) (10)
で与えられる。ここで、Ji(x)はベッセル関数であり、
Pκ(l)は
Pκ(l) =
(3Ωm0H
20
2c2
)2 ∫ ∞
0
cdz
H(z)g2(z)
×(1 + z)2Σ2(z)P
(l
χ(z), z
)(11)
g(z) =
∫ ∞
z
cdz′
H(z′)
χ(z′)− χ(z)
χ(z′)p(z) (12)
で与えられる。ただし、χ(z) と p(z) は赤方偏移
z に対する共動距離と光源銀河の個数密度を表し、∫∞0
cdz′
H(z′)p(z′) = 1となるように規格化されている。
また、本研究では、銀河の数密度ゆらぎ δg が物質
の質量密度ゆらぎ δm に比例しているという線形バ
イアスを仮定する。
δg(x, z) = bδm(x, z) (13)
ここで、バイアスパラメータ bは一般にスケール依存
性を持つが、本研究では簡単のため、定数として扱
う。この時、galaxy clustering w(R, z)と、g-g lensing
∆Σ(R, z)は
w(R, z) =
∫ ∞
0
kdk
2πJ0(kR)b2P (k, z) (14)
∆Σ(R, z) = ρm0
∫ ∞
0
kdk
2πJ2(kR)Σ(z)bP (k, z) (15)
で与えられる。ただし、Rは視線方向に垂直な方向
の距離を表す。また、ρm0 は現在の物質の平均密度
である。
3.2 データ
すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam(HSC) による
銀河の形状カタログ (Aihara et al. 2018) から推定さ
れた重力レンズ信号を、cosmic shearと g-g lensing
の光源銀河のデータとして用いる。本研究における
この HSC の強みは大きく分けて二つある。1つ目
は、解像度が高いため、銀河の形状を精度よく測定
できることである。2つ目は、遠方にある高赤方偏
移の銀河も観測できるため、多くの銀河を観測でき
ることである。したがって、多くの銀河の形状を精
度よく測定できるHSCは、多数の銀河の形状から統
計的に推定する必要のある重力レンズ信号を得るの
に適している。さらに、より高い赤方偏移の銀河を
観測できるということは、より過去の宇宙を見るこ
とができるということでもある。そのため、時間的
にも広い範囲にわたって重力理論を検証できること
になる。
一方で、galaxy clustering と g-g lensing のレン
ズ銀河の分布は、Sloan Digital Sky Survey (SDSS)
Baryon Oscillation Spectroscopic Survey (BOSS)で
得られた分光銀河の分布を用いる。元々BOSSは、初
期宇宙のバリオン音響振動によって刻まれる特徴的
126
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
なスケールを検出するために、遠方にあっても観測
できるクェーサーや明るい赤色銀河の空間分布をマッ
ピングするサーベイである。本研究では、0.15 < z <
0.35、0.43 < z < 0.55、0.55 < z < 0.70の領域にあ
る銀河のうち、光度関数でカットをかけたものをサ
ンプル (それぞれ LOWZ、CMASS1、CMASS2)と
して用いる (Alam et al. 2015)。BOSSは各銀河のス
ペクトルを測定して赤方偏移を高い精度で推定して
いるため、銀河の3次元的な分布を得るのに適して
いる。
4 まとめと今後の展望
cosmic shear、g-g lensing、galaxy clusteringを用
いることで、物質の分布の統計的な性質を推定する
だけでなく、相対論的物質と非相対論的物質に対す
る重力をそれぞれ独立に検証することができる。重
力理論の検証にあたって、高赤方偏移まで高い解像
度で測定できる HSCのデータを用いることにより、
これまでの大規模構造の観測よりも強い制限が得ら
れることが期待される。
本研究の目標は、3.2 で述べた HSC と BOSS の
データによる µ, Σを制限を得ることであるが、本
講演ではこの目標を見据えて、自分で作成した疑似
データによって µ, Σを制限を求めた結果を報告する
予定である。夏の学校以降では、Intrinsic Alignment
やバリオンフィードバックなど、重力レンズ信号や
物質の分布に影響を与える系統的な効果も取り入れ
た解析をする予定である。
Acknowledgement
本講演のために、お忙しい中時間を割いてご指導
して下さった皆様に、この場を借りて心より感謝申
し上げます。
Reference
Hildebrandt et al. 2016, MNRAS, vol.465, p.1454
DES Collabolation 2019, Phys. Rev. D99, 123505
Planck Collaboration 2018, arXiv:1807.06209 [astro-ph.CO]
Simpson et al. 2015, MNRAS, vol.429, p.2249
Zucca et al. 2019, JCAP 1905, 001
Aihara et al. 2018, PASJ vol.70, S4
Alam et al. 2015, The Astrophysical Journal, vol. 219,number. 1, p.12
127
——–index
重宇31
深層学習を用いた重力レンズマップのノイズ除去
東京大学理学系研究科物理学専攻河合宏紀
128
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
深層学習を用いた重力レンズマップのノイズ除去とその応用
河合 宏紀 (東京大学大学院 理学系研究科)
Abstract
重力レンズ効果による遠方銀河像の形状の変化を観測することによって、宇宙の物質分布が得られる。しか
し、実際の観測データにはノイズが含まれているため、 正確な情報を引き出すことは容易ではない。今回注
目された方法は、条件付き敵対的生成モデル (Conditional Generative Adversarial Networks, cGAN)と呼
ばれる深層学習ネットワークを用いた、重力レンズマップのノイズ除去である。 模擬観測データにこの手法
を適用することで、一点分布関数やパワースペクトルといった統計量の再現は可能であることが分かった。
一方で、微細なスケールの再現はできなかった。より正確にノイズ除去できるようになった暁には、様々な
応用例がある。今回はその一例として、大規模構造のボイドに注目したダークマターの制限について述べる。
1 Introduction
重力レンズ効果は宇宙の物質分布を調べるための
重要な手段の1つである。大規模構造の物質分布を
調べることで、宇宙の構造形成についての情報を得
られる。構造形成で重要になるものの一つに、ダー
クマターがある。
ダークマターの正体は未だ不明であり、様々なモ
デルが考えられている。代表的なものはCDM (Cold
Dark Matter) である。シミュレーションによると、
CDMモデルは大規模構造の観測結果を説明するのに
最適なモデルである。一方、銀河より小さいスケール
に注目すると、サブハローの個数が、実際の矮小銀河
の個数に比べて桁違いに多いという問題がある。そ
こで構造形成を抑制するような他のダークマターモ
デルも注目されており、WDM (Warm Dark Matter)
はその中の1つである。こういったモデルに対して
観測結果から制限を課すことが必要である。
重力レンズ効果は非常に有用であるが、実際の観
測結果にはノイズが含まれており、重力レンズ効果
のみを取り出すことは難しい。そこで、深層学習の
画像認識を用いることで、重力レンズマップのノイ
ズ除去をする方法が注目された。深層学習による画
像認識は、2014年に敵対的生成モデルが考案されて
以来、非常に精度が上がってきている。今回紹介す
る cGANは 2017年に出たものである。
以下では、まず重力レンズ効果の定式化の確認を
し、cGANの構造を説明をする。その後、cGANを
用いたノイズ除去の研究をレビューする。そして、さ
らに精度を高めるための改善策について述べる。最
後に応用例として、大規模構造のボイドに注目した
ダークマターモデルの制限について述べる。
2 Gravitational Lensing
2.1 Basics
重力レンズ効果によって星や銀河の形状が歪む。こ
の歪みは、観測された角度 θobsと重力レンズ効果が
ない場合の角度 θtrueを用いて、以下の 2× 2行列で
表される。
Aij =∂θitrue
∂θjobs≡
(1− κ− γ1 −γ2
−γ2 1− κ+ γ1
)(1)
ここで、κは収束場といい像の拡大率を表し、γ1, γ2
は歪み場といい2方向への像の歪みを表す。弱重力
レンズ効果の範囲 (κ, γ ≪ 1) では、以下のように κ
は物質分布 δm と関係付けられる。
κ(θ) =
∫ ∞
0
dχWκ(χ)δm(r(χ)θ, χ) (2)
Wκ(χ) =3
2
(H0
c
)2
Ωm0(1 + z(χ))r(χ)
×∫ ∞
χ
dχ′p(χ
′)r(χ
′ − χ)
r(χ′)(3)
129
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ここでは、平均化された κマップを考える。フィ
ルター関数 Uを用いて、
κ(θ) =
∫d2ϕ κ(θ − ϕ)U(ϕ) (4)
と定義される。この平均化された κマップは、歪み
場 γ からも求められる。
κ(θ) =
∫d2ϕ γ+(ϕ : θ)Q+(ϕ) (5)
ここで、γ+ は歪み場の接成分を表し、Q+ は U を
用いて表されるフィルター関数である。このように、
歪み場 γ から平均化された収束場 κを得ることがで
きる。
2.2 Noise
実際の観測では、主にシェイプノイズの影響があ
る。シェイプノイズとは、銀河の形が元々円形では
なく歪んでいることが起因となるノイズである。観
測される楕円率は、シェイプノイズと重力レンズ効
果による項に分解できる。
ϵobs = ϵN + γ (6)
このシェイプノイズは、背景銀河の数密度および注
目している角度スケールに依存した正規分布を考え
ることでよく近似できる。
P (ϵN) =1
πσ2N
exp
(− ϵ2Nσ2N
)(7)
σ2N =
σ2ϵ
ngalθ2pix(8)
式 (5)を用いることで収束場も同様に分解でき、
κobs = κN + κ (9)
となる。重力レンズ効果による項 κのみを取り出す
ことが求められる。
3 cGAN
重力レンズマップのノイズ除去をするために、深
層学習を使う。ここでは特に、条件付き敵対的生成
図 1: cGANの構造:上は生成器、下は判別器。Shi-
rasaki M. et al. (2019)より引用(一部改変)。
ネットワーク (Conditional Generative Adversarial
Networks, cGAN)を利用する。cGANは、目的に応
じて画像から画像への変換を行うようなネットワー
クである (Isola P. et al. 2016)。cGAN は生成器と
判別器から構成されている。生成器は複数の畳み込
み層・逆畳み込み層によって、入力画像から出力画
像を生成する。判別器は入力された画像が、生成器
が作った画像か本物の画像かを判別する。生成器は
判別器を騙せるように訓練していき、判別器は本物
の画像を見分けられるように訓練されていく。この
ように敵対的に学習させることで、より本物に近い
画像を出力できるようになった。
今回レビューする研究では、生成器に入力する画
像はノイズ付きの κobsマップで、そこに含まれるノ
イズを推定し、κNマップを出力させた。生成器と判
別器の詳しい構造は、図 1 に示した。生成器では、
まず 256 × 256ピクセルの入力画像を 8個の畳み込
み層によって 1 × 1ピクセルの 512枚の画像へと変
換していく。その後、8個の逆畳み込み層によって
256× 256ピクセルの出力画像を生成する。この際、
skip connectionによって入力画像を足し合わせなが
ら逆畳み込みをする。これにより、入力画像の情報
を反映させることができる。判別器では、本物の画
像か生成器が作った画像が入力される。4個の畳み
込み層を経た後に、[0, 1]の値を出力し、本物か生成
130
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
器が作ったものかを判断する。これらの値によって、
損失関数が計算され、パラメータが修正されていく。
4 Denoising Kappa Maps
with cGAN
cGANによる重力レンズマップのノイズ除去 (Shi-
rasaki M. et al. 2019)について述べる。
4.1 Method
まず、トレーニングデータとテストデータを作る。
一辺 240 h−1 Mpcの箱の中で N体シミュレーショ
ンを行うことで三次元の密度分布を作成する。次に、
光伝搬のレイ - トレーシング計算を行うことで、歪
み場のマップを得る。式 (5)に従って κマップを作成
する。次に、正規分布に従ったランダムなノイズ (式
(7)) を加えることで、κobsマップを作成する。これ
らを差をとることでノイズだけの κNマップを作成す
る (式 (9))。このようにして、κobsマップおよび κN
マップのペアを生成し、cGANへの入力とした。ト
レーニングデータは 60,000セット、テストデータは
1,000セット用意した。
30,000個のトレーニングデータを選択し、cGAN
に学習させた。30,000個のデータの選び方を変える
ことで、複数のネットワークを作った。次に、これら
のネットワークを評価するために、テストデータを
使う。それぞれのネットワークに、κobs マップを入
力し、出力を得た。これらの差をとることで、cGAN
によりノイズを除去され再構成された κマップを得
ることができる (Reconstructed map, κDL マップ)。
それぞれのネットワークから κDLマップを得られる。
統計誤差を減らすために、これらのマップの中央値
をとることで、それを最終的なノイズ除去した κDL
マップとして採用した。
これを本物の κマップ (Ground Truth, κtrueマッ
プ) と比較した。特に、一点分布関数とパワースペ
クトルを比較した。一点分布関数を比較する際、ピ
クセルの値を次のように規格化した。µをピクセル
の値の平均、σ を標準偏差として、(κ − µ)/σ とし
た。これにより、ピクセルの値が共に平均 0, 分散 1
となる。
4.2 Results
テストデータ 1,000個に対して、一点分布関数およ
びパワースペクトルの比較をした。図 2は、左が一点
分布関数の比較、右がパワースペクトルの比較の結
果である。赤い点がノイズ除去されたマップ (κDL)
で、緑の範囲は本物のマップ (κtrue) を表す。cGAN
により再構成されたマップは、本物のマップの誤差
の範囲内に概ね入っていることが分かる。つまり、こ
れらの統計量を必要としたときには、cGANによる
ノイズ除去は効果的であることが分かる。
図 2: κDL(赤)とκtrue(緑)の比較:左は一点分布関数、
右はパワースペクトル。Shirasaki M. et al. (2019)
より引用。
このように、統計量の再現はうまくいった一方で、
κDLと κtrueマップの詳細な構造は異なっていた。図
3は、cGANによりノイズ除去したマップの例であ
る。1番左の図は、ノイズ付きのマップで、これを
cGANに入力する。cGANによりノイズ除去したマッ
プは中央の図で、これに対応する本物の図は 1番右
の図である。一見したところ、構造の特徴を捉えて
いることが分かる。しかし、ピークの位置が異なっ
てるなど、数 Mpc 程度のマップの詳細な構造は再現
できていない。つまり大規模構造内の銀河や銀河団
の位置が実際とは異なる。
4.3 Discussion
cGANを使ってノイズ除去する方法は、統計量(一
点分布関数やパワースペクトル)を知るためには有
131
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 3: cGANのよりノイズ除去したマップの例と対
応する本物のマップ。Shirasaki M. et al. (2019)よ
り引用(一部改変)。
用な手法となりうることが分かった。しかし、より
詳細な構造の解析をする際には、今回の手法は使え
ない。さらなる改善が必要がある。今回ここでは、個
人的な意見を提案する。
まず、cGANを改善するためには、cGANがどの
ような特徴を捉えているかを知る必要がある。その
ために、生成器の中の畳み込み層の最下層(潜在空
間)を調べる方法がある。ネットワークが掴んだ特
徴量に従って潜在空間が張られるので、それを知る
ことができれば、ネットワークの改善ができるかも
しれない。
また、cGAN以外のネットワークを試すことも良
いであろう。トレーニングされた cGANにノイズレ
スなマップを入力したとしよう。今回の cGANでは、
ノイズを出力するので、ノイズレスなマップの入力
に対し、理想的には 0 マップが出力されるであろ
う。もし結果が 0マップでないならばノイズとシグ
ナルを区別できていないことになる。この問題は、
Identity problem と呼ばれる。Identity problemに
対応したネットワークとして、CycleGANが挙げら
れる。CycleGANを試してみるのは今後やるべき課
題の1つである。
5 Constraint on
Warm Dark Matter Model
今後深層学習によってノイズ除去がより正確にで
きるようになった時の応用例を紹介する。ここでは、
大規模構造のボイドに注目することでWDMの質量
制限が得られることについて紹介する。大規模構造
の統計や銀河ハローの内部構造の観測からダークマ
ターモデルの制限を与える研究はたくさん行われて
きた。しかし、ノイズを十分に落とすことができた
暁には、ボイド周辺の密度分布の解析が可能になる。
これが今までなされなかったのは、ノイズの相対的
寄与が大きかったためである。ボイドの同定や特徴
量については、銀河形成の影響が小さいというメリッ
トがある。その結果、銀河形成モデルに依存しない
ロバストな制限を与えることができる。
様々な質量のWDMモデルに対して形成されるボ
イドの様子が、シミュレーションを用いて研究され
ている (Yang L. F. et al. 2015)。質量を小さくする
とダークマターは”暖かく”なり、構造形成が抑制さ
れる。ボイドに注目すると、質量を軽くするにつれ
て、ボイドの密度の谷が浅くなることが分かった。ボ
イドに注目した解析は実際の観測データではまだ行
われていない。深層学習のアプローチでノイズが落
とすことができれば、可能になるであろう。
6 Conclusion
深層学習ネットワーク cGANを使った重力レンズ
マップのノイズ除去の性能について評価した。一点
分布関数やパワースペクトルの再現はできたものの、
詳細なスケールまで再現することはまだ出来ていな
い。もし、ノイズ除去がより高い精度でできるよう
になったら、観測的宇宙論に大きな飛躍をもたらす
ことになるだろう。その例の1つとして、大規模構
造のボイドに注目したダークマターモデルの制限を
紹介した。これは銀河形成モデルに依存しないため、
ロバストな制限を与えることができる。
Reference
Shirasaki M., Yoshida N. et al., 2019, Phys. Rev. D,100, 4
Isola P., Zhu J. et al., 2016, arXiv, 1611, 07004v3
Yang L. F., Neyrinck M. C. et al., 2015, Mon. Not. R.Astron. Soc., 000, 1-10
132
——–index
重宇33
非等方時空におけるSpectator axion-SU(2)モデルの等方化についての解析
立教大学理学研究科物理学専攻村田知瞭
133
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
非等方時空におけるSpectator Axion-SU(2)モデルの
等方化についての解析
村田 知瞭 (立教大学大学院 理学研究科)
Abstract
インフレーションは標準ビッグバン理論の諸問題を解決し、CMBや大規模構造などの様々な観測結果を説
明することができ、現在では有力な初期宇宙シナリオとなっている。多くのインフレーションモデルでは等
方的な初期条件を仮定しているが、インフレーションはその性質上、より一般的な初期条件から始まること
が期待される。本講演では等方という初期条件を外し、非等方初期条件におけるインフレーションモデルの
安定性について議論する。また、非等方なベクトル場を含むモデルが、インフレーションによって等方化さ
れない可能性があることが指摘されている。そこで、具体的なモデルとして axionと SU(2)ゲージ場が相互
作用している axion-SU(2)モデルと、これを spectatorとして加えた spectator axion-SU(2)モデルを用い
て数値的に解析した。
1 Introduction
インフレーションは標準ビッグバン理論の諸問題
を解決し、CMBや大規模構造などの様々な観測結果
を説明することができ、現在では有力な初期宇宙シ
ナリオとなっている。インフレーションはその性質
上、より一般的な初期条件から始まることが期待さ
れる。しかし、通常の解析ではインフレーション前も
一様等方を仮定している。そこで、本講演では等方
という初期条件を外した、非等方初期条件における
インフレーションを考える。非等方時空におけるイ
ンフレーションに対しては、Wald’s cosmic no-hair
theoremが知られている [2]。この定理の主張は、エ
ネルギー運動量テンソルに対して dominant energy
condition(DEC)と strong energy condition(SEC)が
課された状態で正の宇宙項があれば非等方性は等方
化される、というものである。しかしこれに対して
は反例があり、特に非等方なゲージ場を含むモデル
に対してはこの定理が成り立たないことが知られて
いる [3]。そこで、本講演ではスカラー場とゲージ場
が相互作用するモデルである、axion-SU(2)モデルを
考える。Axionとは、強いCP対称性問題の解決のた
めに導入された擬スカラー場で、超弦理論などから
もその存在が予言されている。このモデルにおける
axionとゲージ場の役割は、axionでインフレーショ
ンを起こし、ゲージ場は相互作用項を通して axion
の崩壊定数 f を不自然な調整なく選ぶことが出来る
ようにすることである。またこのモデルは、スロー
ロール条件下で非等方な初期条件に対し等方な解が
アトラクターになっていることが先行研究 [4]で確認
されている。しかし、この初期条件空間には議論され
ていない領域があり、本講演では [1]に基づいてその
ことも考慮して非等方性に対する安定性について再
検討を行う。また、axion-SU(2)を spectator sector
とした、spectator axion-SU(2)モデルも考える [1]。
spectatorとは、モデルに良い性質を与えることを目
的とした自身ではインフレーションを起こさない補
助的な場のことである。本講演では、このモデルに
対しても非等方初期条件における安定性を調べる。
2 Axion-SU(2) model
モデルの概要: Axion-SU(2)モデルの作用1は、
SA−S =
∫d4x
√−g[R
2− 1
4F aµνF
µνa − 1
2(∂µχ)
2
−µ4
(1 + cos
χ
f
)+λχ
4fF aµνF
µνa
](1)
で与えられる。χは axion、f は axionの崩壊定数、
µ, λ は結合定数である。F aµν は SU(2) ゲージ場 Aa
µ
1本講演では c = ℏ = MPl = 1 の単位系を用いる。
134
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
を用いて、
F aµν = ∂µA
aν − ∂νA
aµ − gAϵ
abcA
bµA
cν (2)
で与えられる。gA はゲージ場の結合定数、ϵabc は
SU(2)の構造定数で 3次元の完全反対称記号である。
第 5項は Chern-Simons項 (CS項)で
F aµνF
µνa =
1
2√−g
ϵµνρλF aµνF
aρλ (3)
で与えられる。ϵµνρσは 4次元の完全反対称記号であ
り、ϵ0123 = 1とする。
非等方性の追加: まず、非等方な時空を用意する。今回は Bianchi type I metric
ds2 = −dt2 + e2α(t)[e−4σ(t)dx2 + e2σ(t) (dy2 + dz2
)]を用いる。eα(t)はスケールファクターに相当し、σ(t)
は空間の非等方性を表す。次に非等方なゲージ場を
用意する。ゲージ自由度を用いて、ゲージ場の時間
成分を 0とする temporal gaugeを採用する。空間成
分に対しては ψi をゲージ場の各成分として
Aai = diag
(eα−2σψ1, e
α+σψ2, eα+σψ3
)(4)
の形を仮定する。計量に合わせ、ψ1 = ψ2 = ψ3 と
して、
ψ1(t) =ψ(t)
β2(t), ψ2(t) = ψ3(t) = β(t)ψ(t) (5)
の形を考える。ここで、ψ(t) は等方なゲージ場で、β(t)はゲージ場の非等方性を表す。β(t) = 0は定義上の特異点となっており、βの符号は反転しない。これらを用いて axion-SU(2)モデルのラグランジアンL を書き直すと、
L =3α+ 6α2 + 3σ2
+1
2β4
[ψ +
(α− 2σ − 2
β
β
)ψ
]2
+ β2
[ψ +
(α+ σ +
β
β
)ψ
]2
+1
2χ2 − µ4
[1 + cos
(χ
f
)]− g2A
(2 + β6
)2β2
ψ4 − 3λgAψ2(ψ + αψ)
χ
f(6)
となる。また、Bianchi type I時空におけるフリー
ドマン方程式は
α2 − σ2 =ρ
3, ρ = ρχ + ρA (7)
となる。ここで、ρχ, ρA はそれぞれ、
ρχ =1
2χ2 + µ4
[1 + cos
(χ
f
)](8)
ρA =1
2β4
[ψ +
(α− 2σ − 2
β
β
)ψ
]2
+ β2
[ψ +
(α+ σ +
β
β
)ψ
]2
+ g2A
(2 + β6
)2β2
ψ4
(9)
である。この式は数値計算の拘束条件として用いる。(6)式は σに陽に依存しないため、共役運動量が保
存する。この保存量をDとすると、(6)式より
σ =β4De−3α −
[ββ
(β6 + 2
)ψ2 + (ψ + αψ)
(β6 − 1
)ψ]
3β4 + (β6 + 2)ψ2
(10)
の関係が得られる。この式は σの初期条件を求める
のに使う。また、Dはスケールファクターの 3乗で
抑えられており、十分早く影響が小さくなると考え
られるので今回の計算ではD= 0とする。
数値計算: 数値計算では (6) から得られる χ, α,
σ, ψ, βについての運動方程式を用いる。(10)式から
σ = 0とするには β = 1とβ = 0であれば良いこと
が分かるので、βとβを非等方性の初期条件として選
ぶ。固定する初期条件は表 1のように決める。
表 1: 固定する初期条件H0 10−6 f 10−1
λ 2000 gA 2× 10−6
χ0 π × 10−3 χ0 0
ψ0 0 α 0
µの決め方は (7)に対するスローロール条件を考
えると、エネルギー密度は axionのポテンシャルが
優勢なので、
3H2 ≃ µ4
[1 + cos
(χ
f
)](11)
より、
µ =
3H20
1 + cos(
χ0
f
)1/4
(12)
135
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
として決める。また、ψ0はスローロール条件を課し
た χの運動方程式
3Hχ ≃ µ4
fsin
χ
f− 3gA
λ
fψ2(ψ +Hψ) (13)
と表 1から、
ψ0 =
(µ4 sin χ0
f
3gAλH0
)1/3
(14)
と決められる。αはここまでのパラメータを決めた
のち、(7)式から決める。
これらの初期条件を用いて、β, β の相空間に対す
る解軌道を描いたものが図 1である。
10 5 0 5 10
15
10
5
0
5
10
15
/H0
図 1: × が初期条件、• が等方解 (β, β/H0) = (1, 0)。−10 ≤ β ≤ 10,−10 ≤ β/H0 ≤ 10の範囲で初期条件を用意した。
ここから、図 1で考えた初期条件の下では、全ての
解軌道が等方解をアトラクターに持つことが分かる。
しかし、あらゆる初期条件において等方解が必ずア
トラクターとなるわけではないことが確認されてい
る。これを示したのが図 2左であり、βの 0付近に等
方化されない初期条件が存在することが分かる。こ
の原因としては、ゲージ場の運動エネルギーにあた
る (9)式の第 1項が β ≃ 0付近で大きくなりすぎて
しまい、系が不安定になるためであると考えられる。
また、β/H0についてより広い初期条件範囲にも等方
化されないことが図 2右から確認できる。したがっ
て、このモデルは一般に cosmic no-hair theoremに
反していることが確認できる。
3 Spectator axion-SU(2) model
モデルの概要: ここからは axion-SU(2)を inflatonの spectator として加えた、spectator axion-SU(2)
図 2: × が等方化されない初期条件、他は等方化される初期条件で等方化されたときの α の値を示している。左図は −2 ≤ β ≤ 2,−2 ≤ β/H0 ≤ 2、右図は −10 ≤ β ≤10,−100 ≤ β/H0 ≤ 100の範囲で初期条件を用意した。
モデルを考える。spectatorとは、モデルに良い性質を与えることを目的とした自身ではインフレーションを起こさない補助的な場のことである。ここから、inflatonの役目はインフレーションを起こすことのみとし、ϕについての運動方程式は解かず、ポテンシャルが宇宙項の役割を果たすと考える。このモデルの作用は
S = SA−S +
∫d4x
√−g
[− (∂µϕ)
2
2− V (ϕ)
](15)
となる。ここで SA−S は (1) 式で表される axion-
SU(2)の作用、ϕは inflaton、V (ϕ)は inflatonのポ
テンシャルである。inflatonのポテンシャルは axion
のポテンシャルとの比、
R ≡ V (ϕ)
µ4[1 + cos
(χf
)] (16)
の値を与えることで決めることにする。したがって、
Rが大きいほど inflatonの寄与が大きくなる。このモデルで変わる部分はエネルギー密度と圧力
であり、
ρ = ρχ + ρA + ρϕ (17)
P = χ2 − ρχ +ρA3
+ ϕ2 − ρϕ (18)
ρϕ =1
2ϕ2 +Rµ4
[1 + cos
(χ
f
)](19)
となる。また、[1]では inflatonも含めてインフレー
ションのスケールを GUTスケールと考えて µを
µ =
3H20
(1 +R)(1 + cos χ0
f
)1/4
(20)
のように決めている。しかし、これを用いて数値計
算を行うと後述のように [1]と異なる結果が導かれて
しまう。そこで今回は axionだけGUTスケールに固
136
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
定し、inflatonはGUTより一桁程度大きいスケール
まで許すと仮定して (12)式を採用することにする。
数値計算: まず、axion-SU(2)を spectatorとして
いれることで、非等方性が等方化されるまでの時間が
どのように変化するのか確認する (図 3)。Inflatonの
影響が小さいR = 0やR = 10に比べて、R = 100
はより短い時間で (β, β, σ) ≃ (1, 0, 0)に近づいてい
ることが分かる。ここから、spectatorとしていれる
ことでより早く等方化されることが確認できた。
図 3: 横軸は時間で縦軸は β(左上図),β(右上図)、σ(下図)。青、緑、赤の順に R = 0, 10, 100。
図 4: × が等方化されない初期条件を表す。−10 ≤ β ≤10,−100 ≤ β/H0 ≤ 100 の範囲で初期条件を用意した。左上から R = 10, 100, 500, 1000。
empty
次に、図 2と同様にして、等方化される初期条件の
領域を調べた (図 4)。この結果から、inflatonが優勢
になるほど βが大きい領域でも等方解がアトラクター
となる領域が広がることが分かる。これは inflatonに
より、ゲージ場の運動エネルギーの影響が薄まるた
めであると考えられる。しかし、inflatonを入れても
β が 0に近い領域では等方化されない領域が存在し
ていることが確認された。また、[1]と同じ初期条件
で計算した場合、等方化されない領域が広がり、[1]
の結論と異なる結果が得られる。
4 Conclusion
Axion-SU(2)モデルには等方な解がアトラクター
にならない初期条件が存在し、一般に cosmic no-hair
theoremに反していることが確認された。
spectator axion-SU(2)モデルでは、inflatonの影
響が大きいほどより早く等方化され、等方な解がア
トラクターとなる領域が広くなることが確認できた。
しかし、inflatonを入れても βが 0に近い領域では等
方化されない領域が存在していることが確認された。
今回は [1]とは違う µの定義を用いたが、今後はこ
れと (20)式のどちらがより適切であるかをより深く
検討したい。
Acknowledgement
本講演に際して、理論物理学研究室の皆様には、多
くの助言や議論にお付き合いして頂けましたこと感
謝致します。
Reference
[1] I. Wolfson, A. Maleknejad, and E. Komatsu,arXiv:2003.01617.
[2] R. Wald, Phys. Rev. D28 (1983) 2118.
[3] A. Maleknejad, and M. Sheikh-Jabbari, Phys. Rev.D85 (2012) 123508.
[4] A. Maleknejad, and E. Erfani, JCAP 03 (2014) 016.
137
——–index
重宇34
原始重力波のスペクトル指数が正となるスローロール・インフレーションモデルにおける再加
熱機構立教大学理学研究科物理学専攻
三嶋洋介
138
未提出
139
——–index
重宇35
Barrow entropyと時空の熱力学を用いた修正宇宙論
名古屋大学素粒子宇宙物理学専攻(素粒子宇宙物理系)
斎藤大生
140
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Barrow entropyと時空の熱力学を用いた修正宇宙論
斎藤 大生 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
本講演は [Saridakis (2020)] の review である。量子補正を取り入れた black hole entropy の例として、
Barrow entropyが挙げられる。本講演では Barrow entropyと宇宙の horizonを関連づけることで得られる
宇宙論的方程式を導出し、その宇宙の進化を追った。Bekenstein-Hawking entropyを用いた場合は Friedman
方程式が得られるが、Barrow entropyを用いた場合は補正項が加わり、それを dark energyと見なす。その
寄与を計算した結果、初期ではmatter dominantだが現在では DE dominantとなる宇宙の進化を得ること
ができた。
1 導入
現在の宇宙は加速膨張していることが知られてい
るが、その起源は未だ明らかではない。その原因の
一つとして dark energy(DE)が提案されている。
一方で、重力と熱力学の間には対応関係があるこ
とが理論的な仮説として提唱されている。例えば、古
典的には balck hole(BH)の entropyはその表面積に
比例すると考えられている。しかし、BHは量子論の
下では粒子を生成放出することが知られており、そ
れを考慮すると entropyの対応物として表面積を用
いることは不適切である。このような背景から、量子
的な (あるいは補正を取り入れた)BH entropyとして
様々なmodelが研究されている。本講演では量子補
正を取り入れた BH entropyとして [Barrow (2020)]
において提案された Barrow entropy
SB =
(A
A0
)1+∆2
(1)
に注目する。そして、この entropyを重力の熱力学
に用いて一様等方宇宙における運動方程式を導出す
る。その際に Friedman方程式に補正項が生じるが、
それをDEの寄与とみなす。本講演ではmatter宇宙
に着目し、この様にして導入された DEが現在の宇
宙を説明できるかを見ていく。
2 時空の熱力学を用いた Fried-
man方程式の導出
Friedman-Robertson- Walker (FRW) metric
ds2 = −dt2 + a2(t)
(dr2
1− kr2+ r2dΩ2
)(2)
で記述される一様等方宇宙を考える。構成要素はmat-
terのみとする。この時空における見かけのhorizonは
rA =1√
H2 + ka2
(3)
と書ける。ここで H = aa は Hubble parameter で
ある。
上記の horizonに対して時空の熱力学を対応づけ
る。まず horizonの温度、entropyが
Th =1
2πrA(4)
Sh =1
4GA (5)
と書かれることを用いる。ここでA = 4πr2Aは hori-
zonの表面積である。
時間 dtの間に生じる熱は
δQ = −dE = A(ρm + pm)HrAdt (6)
と計算される。一方、熱力学関係式から δQ = TdS
であるが、これに式 (4)と (5)を代入して
−4πG(ρm + pm) = H − k
a2(7)
141
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
を得る。さらに、energy momentumが保存されるこ
とから得られる関係式
ρm + 3H(ρm + pm) = 0 (8)
を代入し積分することで
8πG
3ρm = H2 +
k
a2− Λ
3(9)
となる1。これは Friedman方程式に他ならない。
3 Barrow entropyを用いた場合
のmodel
前節の手続きに従って、修正されたmodelを得る。
ここで温度や熱は前節と同様であるが、entropy を
Barrow entropy
SB =
(A
A0
)1+∆2
(10)
として計算する。ここでAは見かけの表面積、A0は
Planck面積である。また ∆は量子補正の寄与を与
え、0 ≤ ∆ ≤ 1の範囲で変化する。∆ = 0の場合に
は古典的なものに帰着する。この entropyを用いる
と、Friedman方程式の代わりに
− (4π)(1−∆/2)A(1+∆/2)0
6(ρm + pm) =
2(2 + ∆)H − k
a2
(H2 + ka2 )∆/2
(11)
(4π)(1−∆/2)A(1+∆/2)0
6ρm =
2 +∆
2−∆
(H2 +
k
a2
)1−∆/2
− C
3A
(1+∆/2)0 (12)
という方程式が得られる。ここで C は積分定数で
ある。
式 (11)、(12)の Friedman方程式からの補正項を
DEと考えて式変形をする2と
H2 =8πG
3(ρm + ρDE) (13)
H = −4πG(ρm + pm + ρDE + pDE) (14)
1ここで、宇宙項 Λ は積分定数として生じる。2以下の議論では簡単のため k = 0 とする。
と書ける。ここで DE部分の状態方程式 (EoS) pa-
rameterは
wDE = −1−2H[1− β(1 + ∆
2 )H−∆]
Λ + 3H2[1− β(2+∆)2−∆ ]H−∆
(15)
と表現される。ここで、β = 4(4π)∆/2G
A1+∆/20
である。
以下では dust matter(pm = 0) の場合を考える。
Hubble parameterの時間変化は
H = − H2
2(1− ΩDE)[3(1− ΩDE) + (1 + z)Ω′
DE ] (16)
と書ける。ここで ΩDE = 8πG3H2 ρDE はDEの density
parameter であり
ΩDE = 1−H20Ωm0(1 + z)3
×
2−∆
β(2 + ∆)
[H2
0Ωm0(1 + z)3 +Λ
3
] 2∆−2
(17)
と書け、その時間変化は
Ω′DE =
2−∆
β(2 + ∆)
[1 +
Λ
3
1
Ωm0H20 (1 + z)3
] 4−∆∆−2
× 1
β(∆ + 2)[Ωm0H
20 (1 + z)3]
2∆−2
×[3∆Ωm0H
20 (1 + z)2 + (∆− 2)
Λ
1 + z
](18)
と計算される。宇宙項 Λは
Λ =3β(2 + ∆)
2−∆H2−∆
0 − 3H20Ωm0 (19)
と書ける。
4 宇宙の解析及びその結果
前節で与えた量の時間変化を以下に与える。
Ωm
ΩDE
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
0.2
0.4
0.6
0.8
z
Ω
図 1: density parameterの進化
142
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
-1.0
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
0.0
0.2
z
wDE
図 2: EoS parameterの進化
図 1は ∆ = 0.2の場合の matterと DEそれぞれ
の density parameter を redshift の関数として描い
たものである3。これによると、宇宙初期にはmatter
dominantであるがある時点でDEが卓越し、現在は
DE dominantとなる様子が再現されている。
また、図 2は∆ = 0.2の場合のDEのEoS param-
eterの変化を表している。これによると、現在では
wDE の値が −1に近く、観測事実と整合しているこ
とが分かる。
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0-1.5
-1.0
-0.5
0.0
0.5
z
wDE
図 3: EoS parameterの進化の∆による変化
図 3はEoS parameterの変化の∆依存性を表した
ものである。青、紫、赤、橙の点線がそれぞれ∆ = 0
、0.2、0.4、0.6 での値である。∆ = 0 では ΛCDM
modelに帰着することが分かるが、これは予想され
た結果である。∆を 0から増大させると、red shift z
が大きい時期に wDE が大きく、zが小さい時期には
wDEが小さくなることが分かる。このように、0でな
い∆を用いた場合にはquintessence-likeやphantom-
likeな状態の宇宙を表しうるのがこのmodelの特徴
である。
次に、十分未来におけるwDE の挙動を見る。z →−1の極限をとると、ΩDE → 1、Ω′
DE → 0、wDE →
3ここでmatterの現在の値としてΩm0 = 0.3を入れ、A0 = 1と規格化した。
−1という値になることが予想される。この結果は、
∆ = 0の場合には wDE は中間状態として様々な値
を取り得るが、最終的には∆の値によらず de-Sitter
解に落ち着くことを意味している。
最後に、宇宙項 Λがない場合の解析を行う。この
場合 paremeterは
ΩDE = 1− Ωm0(1 + z)3∆
∆−2 (20)
wDE =∆
2−∆
[1− Ωm0(1 + z)
3∆∆−2
]−1
(21)
と書ける。この場合には∆ = 0等の極限的な状況を
見てもΛCDM modelは生じない。従ってこの場合に
観測と整合させるためには 0でない∆を導入する必
要がある。式 (20)より、z が大きい領域では early-
time dark energyあるいは負のDE densityが得られ
る。後者は非物理的な状況であるが、radiationを追
加することで除外されると考えられる。
5 結論
Barrow により考案された量子補正を取り入れた
BH entropyを一様等方宇宙に適用し、時空の熱力学
を用いることで、修正されたFriedman方程式を導出
し、宇宙の発展を計算した。その際に生じた Fried-
man方程式からのズレはDEと考えた。その density
parameterに着目すると、matter dominantからDE
dominatへ遷移する宇宙の進化を再現できているこ
とが確認できた。また、補正項に対応する parameter
の大小によって DEの EoS parameterは様々な値を
とることが分かった。
将来への課題としては補正のparameter ∆をCMB
や BAOといった観測のデータから具体的に制限す
ることが挙げられる。
Reference
[1] E. N. Saridakis ”Modified cosmology through
spacetime thermodynamics and Barrow horizon
entropy” 2020, JCAP 07 (2020) 031
[2] J. D. Barrow ”The Area of a Rough Black Hole”
2020, Phys.Lett.B 808 (2020) 135643
143
——–index
重宇36
“空間方向”の一般座標変換に対する不変性を破るダークエネルギーの低エネルギー有効場
理論京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻
間仁田侑典
144
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
SO(N) Multi-Galileon
間仁田 侑典 (京都大学大学院 理学研究科)
Abstract
インフレーションやダークエネルギーを修正重力で説明しようとする研究が精力的に行われてい
る.修正重力理論の一つである,スカラーテンソル理論,その中でも特にmulti-Galileon理論を考
察した.multi-Galileon理論は N 個の追加のスカラー自由度を持つスカラーテンソル理論で,ラ
グラランジアン,運動方程式の両方が 2階以下の微分を含むものである.我々は,Minkowski背景
でmulti-Galileon理論にシフト対称性と SO(N)対称性を要請した.その結果,multi-Galileon理
論は強く制限を受け,定数の不定性を除いて一意に定まることがわかった.
1 Introduction
インフレーションは宇宙極初期にあったと考
えられる,準指数関数的な膨張である.これま
でのどんな宇宙論的観測とも無矛盾であり,ス
タンダードな宇宙論シナリオと見做されつつあ
る.一方,現在の宇宙も加速的な膨張をしてお
り,その源であるダークエネルギーは宇宙のエ
ネルギー密度の約 70%を占めことが,宇宙マイ
クロ波背景放射の観測によって明らかになった.
宇宙の歴史を解き明かそうという立場では,ど
ちらの加速膨張も非常に興味深いが,加速膨張
も駆動する物質の正体は明らかになっていない.
近年,宇宙の加速膨張の起源を修正重力によっ
て説明しようとする研究が精力的に行われてい
る.スカラーテンソル理論は修正重力理論の一
種で,一般相対性理論にも現れる 2つのテンソ
ル自由度に加え,スカラー自由度を持つ重力理
論である.本稿では,スカラー場の 2階微分含
むスカラーテンソル理論を考える.スカラー場
の 2階微分の導入には多くの動機があるが,そ
の 1つはDGPモデルと呼ばれるブレーンワール
ドシナリオである.4次元ブレーン上では,余剰
次元の自由度は 2階微分項を含むスカラー場と
して現れる.また,ある種のスカラー場の 2階
微分項は,短距離でスカラーテンソル理論を一
般相対論に帰着させる機構 (遮蔽機構)を持つこ
とも動機の一つである.
一般に,2階以上の高階微分項を持つ理論は,
Ostrogradskiゴーストと呼ばれる余分な力学自
由度を持つため,系全体が不安定になってしま
う.しかし,Ostrogradskiゴーストは運動方程
式を場の 2階微分までとなるよう制限すること
で回避可能だ.ラグランジアンと運動方程式の
両方が,場の 2階微分以下となる,最も一般的な
スカラーテンソル理論で,加えられたスカラー
自由度の数が 1の理論は,Horndeski理論と呼
ばれる.
スカラーテンソル理論において,追加のスカ
ラー自由度をN 個に増やすのは理論の自然な拡
張である.N 個のスカラー場を含むスカラーテ
ンソル理論の構造を調べるため,本稿では,固
定されたMinkowski上で,ラグランジアンと運
動方程式の両方がスカラー場の 2階微分までと
なるスカラー場理論 (multi-Galileon理論)に焦
点を当てる.
我々は,既に知られている multi-Galileon理
論にシフト対称性と SO(N)対称性を課すことで
理論に制限を与えた.これらの内部対称性を課
す動機は以下の 3点である.
1. DGPモデルにおいて,co-dimensionN の複
数ブレーンを考えると,余剰次元の自由度
145
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
は,4次元ブレーン上で,SO(N)対称性を
持つmulti-Galileon理論とみなされる.(K.
Hinterbichler et al. 2010)
2. solid inflation(S.Endlich et al. 2013),すな
わち,インフラトンが真空期待値を持つこ
とで自発的にシフト対称性や SO(N)対称性
を破るインフレーションモデルへの応用.
3. 流体の低エネルギー有効場理論を基礎とし
たダークエネルギーモデルの構築.
動機 3はセクション 5で議論する.
本稿では,multi-Galileon理論をレビューした
のち,シフト対称性と SO(N)対称性が課された
multi-Galileon理論を議論する.
2 Multi-Galileon 理論
multi-Galileon 理論をレビューする.d 次元
Minkowski時空でN個のスカラー場ϕI(x), (I =
1, · · · , N)の理論を考える.以降,アルファベッ
ト I, J,K · · · をスカラー場を区別する添字,ギリシャ文字 µ, ν, · · · を時空の添字とする.
1. ラグランジアンは 2階以下のスカラー場 ϕI
の微分を含む.
2. ラグランジアンはスカラー場 ϕI の 2階微分
の多項式である.
3. 運動方程式は 2階以下のスカラー場 ϕI の微
分を含む.
上記,3個の条件を同時に満たす最も一般的な作
用は,
S =
∫d4xA(ϕI , σIJ)
+
∫d4x
d−1∑m=1
A(I1···Im)(ϕI , σIJ)
× δµ1···µmν1···νm
∂ν1∂µ1ϕI1 · · · ∂νm∂µmϕIm ,
(1)
であることが (V. Sivanesan 2014) で証明
された.ただし,A(ϕI , σIJ) は,ϕI(x) と
σIJ(x) := ∂µϕI∂µϕJ の任意関数である.また,
A(I1···Im)(ϕI , σIJ) は,ϕI(x) と σIJ(x) の任意
関数で,
A(I1···Im),(JK) = A(I1···Im,JK) , (2)
という対称性を満たすものである.ここで,記
号”,”は σIJ での微分を表す.すなわち,任意の
σIJ の関数 G(σIJ)に対し,
G,IJ :=∂G
∂σIJ=
1
2
(∂G
∂σIJ+
∂G
∂σJI
), (3)
と作用する.
最近,(V. Sivanesan 2014)の証明には不足が
あり,条件 1-3を満たす作用は (1)だけでないこ
とが (E. Allys 2017)で指摘された.(1)には含
まれないが条件 1-3を満たす作用は,
Sext =
∫d4x(Lext1 + Lext2 + Lext3) , (4)
である.Lext1,Lext2,Lext3 はそれぞれ,以下で
定義されるラグランジアン密度である.
Lext1 =A[IJ][KL]Mδµ1µ2µ3ν1ν2ν3
× ∂µ1ϕI∂µ2
ϕJ∂ν1ϕK∂ν2ϕL∂µ3∂ν3ϕM ,
(5)
Lext2 =A[IJ][KL](MN)δµ1µ2µ3µ4ν1ν2ν3ν4
× ∂µ1ϕI∂µ2
ϕJ∂ν1ϕK∂ν2ϕL
× ∂µ3∂ν3ϕM∂µ4∂
ν4ϕN , (6)
Lext3 =A[IJK][LMN ]Oδµ1µ2µ3µ4ν1ν2ν3ν4
× ∂µ1ϕI∂µ2
ϕJ∂µ3ϕK∂ν1ϕL∂ν2ϕM∂ν3ϕN
× ∂µ4∂ν4ϕO. (7)
ただし,A[IJ][KL]M , A[IJ][KL](MN), A[IJK][KLM ]O
は以下の対称化条件を満たす,ϕI(x), σIJ(x)
の任意関数である.
A[IJ][KL]M,(OP ) = A[IJ][KL](M,OP ) , (8)
A[IJ][KL](MN),(OP ) = A[IJ][KL](MN,OP ) , (9)
A[IJK][LMN ]O,(PQ) = A[IJK][LMN ](O,PQ) .
(10)
146
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3 シフト不変なSO(N) multi-
Galielon 理論
3.1 SO(N) multi-Galileon理論
このセクションは preliminary な内容を含む
ので命題の主張のみを紹介し,証明は省略する.
multi-Galileonの作用 (1)に,次の内部変換に対
する不変性要請する.
• シフト変換 ϕI(x) → ϕI(x) + cI , ただし,
cI , (I = 1, · · · , N)はN 個の任意定数.
• 回転変換 ϕI → OIJϕ
J , OIJ ∈ SO(N) .
シフト対称性の要請より,係数関数 A, AI1···Im
は σIJ だけの関数になる.更に回転対称性の要
請より,A,AI1···Im を構成するのは,σIJ と不変
テンソル δIJ , ϵI1···IN のみとなる.したがって,
Aは [σ], [σ2], · · · , [σN ]の任意関数K で表せて,
A = K([σ], [σ2], · · · , [σN ]) . (11)
また,AI1···Im は,N が偶数の場合,構成要素
は全て偶数階のテンソルなので,奇数個の添字
を持つ係数関数AI1···Im は存在しない.また,N
が奇数の場合も,対称化条件 (2)の下では,奇
数個の添字を持つ係数関数 AI1···Im は存在しな
いことが示せる.すなわち,N によらず,mが
奇数の場合は,係数関数 AI1···Im は存在しない.
以下では偶数個の添字を持つ係数関数を調べる.
まず,最も簡単な 2 階微分項 AIJ を考える.
AIJ を σIJ の次数で展開する.
AIJ =∞∑
n=0
anAnIJ . (12)
AnIJ は,σIJ の n 次の関数である.また,
an, (n = 0, 1, · · · )は定数である.
Proposition 1. AnIJ は以下の漸化式により一
意に定まる.1
A0IJ = δIJ , (13)
An+1IJ = σI
KAnKJ +
1
2(n+ 1)δIJσ
KLAnKL .
(14)
次に,スカラー関数An([σ1], [σ2] · · · , [σn])を
次の漸化式を用いて定義する.
A0 = 2 , (15)
An+1 =1
n+ 1
[σ2IJ
∂An
∂σIJ+
1
2[σ]An
]. (16)
スカラー関数 Anを用いて,Proposition1. を一
般の係数関数AI1J1I2J2···IkJkの場合に拡張する.
Proposition 2. 次式により,係数関数
AI1J1I2J2···IkJkは,定数 anの不定性を除いて一
意に定まる.
AI1J1I2J2···IkJk=
∞∑n=0
anAn+k,I1J1,I2J2,··· ,IkJk
.
(17)
以上より,シフト不変な SO(N) multi-
Galileon理論のラグランジアン密度は,
L =K([σ], [σ2], · · · , [σN ])
+
⌊(D−1)/2⌋∑k=1
δα1β2···αkβkµ1ν1···µkνk
×
(k∏
i=1
∂µi∂αiϕIi∂νi∂βi
ϕJi
∂
∂σIiJi
) ∞∑n=0
aknAn+k . (18)
3.2 Extended terms
最近発見された multi-Galileon 項の場合も,
奇数個の内部空間添字を持つ係数関数は存在
しないことが証明できる.すなわち,Lext1 =
0, Lext3 = 0.
1An, n = 0, 1, · · · の規格化因子の不定性は (12)の定数an に吸収させることが可能である.
147
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Proposition 3. 次式により,Lext2 は,定数
an, bn, (n = 0, 1, · · · ) の不定性を除いて一意に定まる.
Lext2 =∞∑
n=0
[anδI[KδL]JA
nMN + bnδI[KAn
L]JMN
]× δµ1µ2µ3µ4
ν1ν2ν3ν4∂µ1
ϕI∂µ2ϕJ∂ν1ϕK∂ν2ϕL
× ∂µ3∂ν3ϕM∂µ4
∂ν4ϕN . (19)
4 Conclusion & Discussion
本稿では,セクション 2の条件 1-3に加え,シ
フト対称性と SO(N)対称性を満たす N 個のス
カラー場理論は,定数の不定性を除いて一意に
定まり,(18)と表せることを紹介した.また,新
たに見つかった Galileon項も定数不定性を除い
て一意に定まり (19)と表せることを紹介した.
以下では,シフト対称な SO(N) multi-
Galileon理論の応用例である,流体的な描像を
持つダークエネルギーモデルを考察する.3個の
スカラー場を持ち,シフト対称性,SO(3)対称
性に加え体積保存変換,
ϕI → ξI(ϕ1, ϕ2, ϕ3) , s.t. det
(∂ξI
∂ϕJ
)= 1 ,
(20)
に対する不変性を持つ作用の微分展開を考える.
特に,微分の低次のオーダーに着目する場合,こ
の理論は流体の低エネルギー有効場理論と呼ば
れる.この時,スカラー場 ϕI(x)は流体力学に
おける Lagrange座標とみなせる.
微分の最低次で,低エネルギー有効作用は,
S =
∫d4xK(detσIJ) , (21)
となるが,この作用は相対論的な完全流体を表す
ことが知られている (S. Dubovsky et al. 2006).
より高次の低エネルギー有効作用は,(18),(19)
でN = 3としたものに体積保存変換に対する不
変性を課すことで得られる2.実は,体積保存変2ただし,ゴーストフリーレベルでの議論.
換に対して不変な 2階微分項は存在しないこと
が示せる.すなわち,Minkowski背景での流体
的な描像を持つダークエネルギーモデルの作用
は,2階微分までのオーダーで (21)である.こ
れは,共変化された流体的なダークエネルギー
モデルは重力波の速度を光速からずらさないこ
とを意味する.
一般に,スカラーテンソル理論における重力
波の速度は光速からずれることが知られている.
一方,重力波,電磁波の同時観測から重力波の
速度と光速は 15桁の精度で一致することが知ら
れている.背後にある隠れた対称性が理論を制
限しているという仮説は自然だ.以上の議論は,
体積保存変換に対する不変性は,重力波の速度
を光速に一致させる隠れた対称性の一例である
ことを示している.
Acknowledgement
共同研究者として議論してくださった向山信
治氏,青木勝輝氏に感謝申し上げます.また,天
文・天体夏の学校をご支援下さった皆様に感謝
申し上げます.
Reference
K. Hinterbichler, M. Trodden & D. Wesley, Phys.Rev. D 82 (2010) 124018, [hep-th/1008.1305].
S. Endlich, A. Nicolis, & J. Wang, JCAP 10, 011(2013), [hep-th/1210.0569].
V. Sivanesan, Phys. Rev. D90 (2014) 104006, [gr-qc/1307.8081] .
E. Allys, Phys. Rev. D95 6 (2017) 064051, [gr-qc/1612.01972].
S. Dubovsky, T. Gregoire, A. Nicolis, & R. Rat-tazzi, JHEP 2006, 03, 025, [hep-th/0512260]
148
——–index
重宇37
5 次元宇宙と膜宇宙 ブレーンワールドの重力近畿大学総合理工学研究科理学専攻物理学分野
高島智昭
149
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
5 次元宇宙と膜宇宙~ブレーンワールドの重力~
高島 智昭 (近畿大学大学院 総合理工学研究科理学専攻物理学分野)
Abstract
ブレーンワールドモデルは我々の 4 次元宇宙が高次元時空の内部または境界の膜であるとする宇宙モデル
である。1999年にランドールとサンドラムによって余剰次元が指数関数的に歪曲している5次元反ド・ジッ
ター時空を用いたブレーンワールドモデルが発表された。膜宇宙モデルは今から 20 年前にランドールとサ
ンドラムの 2人によって発表されたモデルであるが、決して実験や観測によって否定されたわけではなく、
未だ研究は完成していない。余剰次元のコンパクト化に関して、古典的なカルツァ・クライン型モデルとは
際立って対照的な膜宇宙モデルは、ブラックホールの構造や宇宙誕生のしくみなど極限領域に関する今 後の
研究を通して、重力の理解に重要な示唆を与えてくれる可能性がある。本集録では、まず、5次元方向が歪
曲しているときの5次元反ド・ジッター時空の計量を示す。次にイスラエルの接続条件と Z2対称性によって
5次元曲率半径とブレーンの張力の関係を決める。さらに、ランドール・サンドラム模型についての重力波
摂動の振る舞いについての紹介する。
1 Introduction
この世界には「電磁気力」「強い力」「弱い力」「重力」
の 4つの力があり、それらを統合するには 1019GeV
レベルのエネルギーが期待される。しかし、現在、世
界最大の素粒子加速器の LHCでさえ 7TeVほどしか
到達できていない。よって、重力が統一されるほど
の実験は、地上では不可能となる。不思議なのは、電
弱統一のあと、次の力の統一までに、13桁から 17桁
もエネルギースケールの違いがあることである。こ
のことを素粒子論における階層性問題という。
1990年代の終わり、超弦理論から、階層性問題に
対する新しいアイデアが登場した。「我々の住む宇宙
そのものが、高次元空間の中を漂う膜のような 4次
元時空である。」という「ブレーンワールド」とい
う考えが、1998年、アルカニハメド、ディモポウロ
ス、ドゥバリの 3人によって発表された。このアイ
デアは古典的なカルツァ・クライン型のモデルとは
際立って対照的な余剰次元方向を含む宇宙を仮定し
た。[1] そして、1999年には、ランドールとサンドラ
ムによってブレーンの自己重力による余剰次元が指
数関数的に湾曲した高次元模型が提案された。[2]
2 5次元反ド・ジッター時空
今回は反ド・ジッター時空の表現の中でも、5次元
のポアンカレチャートと呼ばれる座標を用いて解説
する。
まず、計量は、以下のようになる。
dS2 = l2(du2
u2+ u2(−(cdt)
2+ dx2 + dy2 + dz2)) (1)
ここで、座標変換
u = l−1e−l−1y (2)
により、新しい座標 Y による指数関数的に歪曲した
5次元座標を考える。この式を (1)に代入すると以下
のようになる。
(3)dS2 = dy2+e−2l−1y(−(cdt)2+dx2+dy2+dz2)
= dy2 + e−2y/lηµνdxµdxν
というようになる。ここで、lは 5次元反ド・ジッター
時空の曲率半径を意味し、kは 5次元反ド・ジッター
時空の曲率となっている。
ランドール・サンドラム模型は、この5次元反ド・
ジッター時空の計量にさらにZ2対称性というブレー
ンの両側で対称であるということを課すことによっ
150
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
て以下のように求まる。[2]
dS2 = dy2 + e−2|y|/lηµνdxµdxν (4)
この式の4次元Minkowski計量 ηµν は我々の住む平
坦な 4次元ブレーンワールドを表している。
図 1: ランドール・サンドラム模型
3 ブレーンの張力 σと曲率半径 l
いま、4次元の extrinsic curvatureを以下のよう
に定義する。
Kµν = eµaeν
b = (1/2)∂ygµν (5)
さらに、Z2 対称性のもとでの接続条件は、
図 2: 超曲面によって 2つに分けられた時空
図 2の+側で、
Kµν(+) = −(k/2)(Tµν − (1/3)T gµν) (6)
Tµν = −σgµν + Tµν
であるから、接続条件は、
∂ygµν(+) = −k(Tµν − (1/3)Tgµν + (σ/3)gµν) (7)
さらに、Z2 対称性を表すと以下のようになる。
∂y(gµν)+ = −∂y(gµν)− (8)
ここで、∂y は余剰次元方向の微分である。
よって、ランドール・サンドラム模型でのイスラエ
ルの接続条件は、以下のようになる。
∂y(gµν)+ − ∂y(gµν)− ∼ G(5)σgµν (9)
ここで、G(5)は5次元時空での重力定数、σはブレー
ンの張力を表す定数である。
よって、
2∂y(gµν)+ ∼ G(5)σgµν (10)
で、gµν をランドール・サンドラム模型の計量の4次
元の部分で考えると、
l−1 ∼ G(5)σ
となる。これは、5次元反ド・ジッター時空の曲率
半径 lはブレーンの張力 σ に反比例することを表し
ている。[2]
また、摂動を含む計量
gµν = gµν + hµν
を junction condition (接続条件)に代入すると、
今度は、
(∂y + 2l−2)hµν = −k(Tµν − (1/3)Tgµν) (11)
を得る。[3]
4 ブレーン上の重力摂動
4.1 R・Sモデルでの運動方程式
いま、計量をランドール・サンドラム模型、
ds2 = gabdxadxb = dy2 + a2(y)ηµνdx
µdxν ,
とする。(ただし、a(y) = e- |y|/l 宇宙項は Λ =
- 6l- 2, ブレーンの張力は σ = 3/(4πG(5)l), と決
151
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
める。重力波摂動を考えた計量テンソルは以下のよ
うになる。
gab = gab + hab
さらに、Randall-Sundrum ゲージ条件を以下のよう
に決める。
h55 = hµ5 = 0, hνµ,ν = 0, hµ
µ = 0
ここで、ランドール・サンドラム模型でゼロになら
ないクリストッフェル記号は、
Γµν5 = −(1/2)gµν
,5
Γµ5ν = −(1/2)gµ
ν,5
となる。よって、結果的に、これらのクリストッフェ
ル記号からリッチテンソルは以下のようになる。
Rij = −(4/l2)gij
この事から、線形摂動のアインシュタイン方程式は
R(1)ij = −(4/l2)hij (12)
となる。
一方、クリストッフェル記号への 1次補正が、重力
波摂動を用いて、
Γikl
(1)= (1/2)(hi
k;l + hil;k − hkl
;i)
となる。
この 1次補正からリッチテンソルへの 1次補正は、
(13)R(1)ij
=(1/2)(−∇l∇lhij −∇i∇jhmm +∇l∇ihj
l +∇l∇jhli)
となり、
(12)と (13)から、アインシュタイン方程式は、
−∂y2hµν − a−2(y)(4)
hµν + (4/l2)hµν = 0 (14)
この式が重力波摂動についての運動方程式である。
[3]
4.2 重力波のためのグリーン関数
運動方程式:(14)を解くために、いま、
解をm = 0のとき,m = 0のときをそれぞれ、
u0 = eikα(xα−x′α)Z0(y) (15)
um = eikα(xα−x′α)Zm(y) (16)
とおく。
(1):m = 0の場合、
(∂y2 − 4/l2)u0 = 0 (17)
u0∝eikα(xα−x′α)a2(y) (18)
さらに、
(2):m = 0の場合、
まず、:ρ = a−1(y)と定義する。
l−2(ρ2∂ρ2 + ρ∂ρ + ρ2l2m2 − 4)um = 0 (19)
ただし、∂ρ は ρ(= a−1(y))についての偏微分。
ここで、Bessel関数:Zµ を用いて解 um は、
um = eikα(xα−x′α)Z2(ml/a) (20)
以上から、
(18)はゼロモード、(20)はカルツァ・クライン (KK)
モードという。ここで、遅延グリーン関数の形は、
GR(x, x′) = −
∫d4k
(2π)4
um(y)um(y′)
Ek2 (21)
Ek2 = m2 + k2 − (ω + iϵ)
2(22)
となっていて、よって、[3]
GR(x, x′) = −
∫d4k
(2π)4 e
ikα(xα−x′α)[a2(y)a2(y′)l−1
k2 − (ω + iϵ)2
+
∫ ∞
0
dmZ2(y)Z2(y
′)
m2 + k2 − (ω + iϵ)2 ]
(23)
4.3 グリーン関数による解
ここで、yと独立な、
ξ5 = ξ5(xρ)
ξµ = − l
2γµν(xρ),ν + ξµ(xρ)
を設定すると、ゲージ変換の方程式:
hµν = hµν − lξ5,µν − 2l−1γµν ξ5 + γρ(µξ
ρ,ν) (24)
となり、(11)は、結果的に以下のようになる。
(∂y + 2l−1)hµν = −kΣµν (25)
Σµν = −(Tµν − 1
3Tγµν)− 2k−1ξ5,µν (26)
152
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
以上から、運動方程式 (14)と接続条件 (25)をみたす
方程式は、
[∂y2 + a−2(4) − 4
l2+
4
lδ(y)]hµν = −2kΣµν (27)
一方、
(27)をみたす遅延グリーン関数は (23)であって、
[∂y2 + a−2(4) − 4
l2+
4
lδ(y)]GR(x, x
′) = δ(5)(x− x′) (28)
をみたしている。よって、解:
hµν(x) = −2k
∫d4x′GR(x, x
′)Σµν(x′) (29)
が得られる。[3]
この事から、重力波摂動は遅延グリーン関数に依存
していて、さらに、遅延グリーン関数はゼロモード
と KKモードを含んでいて、それらが重力波と関係
しているとわかる。
5 展望
本集録ではランドール・サンドラム模型を解説し
た。この模型が提唱されて以来、様々な修正や一般
化されたブレーンワールド模型が多くの研究者によ
り提案されてきた。今後の展望は、図 3のイメージ
のような様々な 5次元のブラックホールとブレーン
ワールドのダイナミカルな関係を理解したい。
Reference
[1]N.Arkani-Hamed,S.Dimopoulos,&G.R.Dvali,(1998)Phys.Lett.B429263-
272
[2]L.Randall,&R.Sundrum,(1999)Phys.Rev.Lett83.4890
[3]J.Garriga,&T.Tanaka,(2000)Phys.Rev.Lett84.2778
図 3: ブレーンワールドを貫通する 5次元ブラック
ホール
153
——–index
重宇38
真空崩壊におけるバブル時空の生成と触媒効果による宇宙定数の決定
九州大学理学府物理学専攻古賀一成
154
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
真空崩壊におけるバブル時空の生成と触媒効果による宇宙定数の決定
古賀 一成 (九州大理学府物理学専攻)
Abstract
本研究が提案する宇宙定数問題に対する解決策では、5次元時空が真空崩壊を起こす崩壊の境界面上に我々
の 4次元時空が存在する状況を考えている。この崩壊する 5次元時空に静的ブラックホール (BH)とストリ
ングクラウド (SC)が存在する場合に、境界面上の時空に物質と放射を実現し、さらにそこでの 4次元宇宙
定数が正の値となることが明らかにされている (S. Banerjee et al. 2019)。しかし BHや SCの触媒効果が
考慮されてはいなかったため、本研究は触媒効果を考慮することで、最も崩壊率が大きくなる場合に実現さ
れる宇宙定数の値を決定することができた (I. Koga & Y. Ookouchi 2019)。触媒効果とは、真空崩壊する時
空に BHや SCが存在していることにより、真空崩壊の崩壊率が触媒の存在しない時空の崩壊率より大きく
なることである (R. Gregory et al. 2014)。触媒となる BHと SCは 4次元での物質と放射に対応している
ため、物質と放射が現在の観測値を再現するように、BHと SCの値を固定することができる。このように
5次元の崩壊によって我々の 4次元の物質と放射を実現する場合に、真空の崩壊率が最も大きくなる崩壊を
触媒効果から調べた。その結果、崩壊率が最も大きくなる崩壊で生成されるバブル時空での 4次元宇宙定数
は、宇宙定数問題で我々が直面する量子論からの予想と実際の値との間に存在する 120桁もの差と一致する
値を導くことができた。このバブル時空上での 4次元宇宙定数の導出過程において、我々の宇宙の物質と放
射の値を再現するように触媒の値を固定し、真空の崩壊率を評価することのみで非常に小さな宇宙定数を説
明しているため、本研究では真空のエネルギーに関する変数を微調整することなく、宇宙定数問題に対する
1つの説明を提案することができている。
1 Introduction
素粒子標準理論は自然界の基本的な相互作用のう
ち強い力、弱い力、電磁相互作用を記述し、高エネル
ギー実験を非常によく説明できる理論である。2012
年に LHC の加速器実験によって、理論に現れる素
粒子のうち未発見であったヒッグス粒子が発見され、
標準理論は確立した理論となった。自然界の基本的
な相互作用の残りの1つである重力は一般相対性理
論によって記述され、この理論により時空の物理を
扱うことが可能となり、宇宙の成り立ちを研究する
ことができるようになった。さらに、一般相対論は
重力波の存在を予言しており、観測の困難さにより
長年直接観測をされていなかったが、ついに 2016年
LIGOによって重力波が直接観測された。
素粒子標準理論や一般相対論に代表されるように、
現代の物理は理論と実験において成功を収めている。
しかし、未だ未解決の問題も残っており、その問題の
1つに「宇宙定数問題」がある。これは量子論から
素朴に予想される真空のエネルギー密度の値に対し、
実際に宇宙論的な観測から得られた我々の宇宙の真
空のエネルギー密度 (宇宙定数)が非常に小さな値と
なっており、2つの値の間に 120桁もの差が存在し
ている問題である。量子論から現実の真空のエネル
ギーを導くには 120桁にも及ぶ真空のエネルギーに
関する変数の微調整をする必要があり、非常に不自
然に思える。この問題に対し様々な研究がなされて
きているが、未だに解決に至ってはいない。本研究
では、「宇宙定数が非常に小さな値に微調整すること
なく定まる」という宇宙定数の決定法を提案してお
り、宇宙定数が非常に小さな値となっていることへ
の1つの説明を提案したものである。この章では宇
宙定数問題で直面する 120桁の差を説明し、それに
対する取り組みを紹介する。
155
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
2 Method
本研究では 5次元時空が真空崩壊を起こす崩壊の
境界面に我々の 4次元時空が存在する状況を考えて
おり、さらに真空崩壊における触媒効果を取り入れ
ることで境界面上で実現される宇宙定数が、非常に
小さな値に自然に決まるという宇宙定数の決定法を
提案しているここでは真空崩壊とバブル時空の構成、
そして真空崩壊おける触媒効果について簡単に説明
する。
2.1 真空崩壊とバブル時空
古典論において、図 1のように、ポテンシャルの局
所的な極値 (偽真空)に存在している状態は自然にポ
テンシャル障壁を乗り越えてより低い極値 (真真空)
へと崩壊することはない。しかし、量子論を考える
と偽真空はトンネリングにより、真真空へ有限の時
間で崩壊することが知られており、この真空の 1次
相転移のことを真空崩壊と呼んでいる。崩壊は図 2
のように、偽真空の時空中に内側が真真空で満たさ
れているバブル (泡)が形成されることで始まり、そ
のバブルが広がっていくことで偽真空の崩壊が進ん
でいく。一度このバブルが形成されると、それは光
𝜑
𝑉(𝜑)
偽真空 真真空
図 1: 2つの極小値を持つスカラー場のポテンシャル
V (φ)のプロットで、エネルギーの高い偽真空はより
エネルギーの低い安定な真真空へと有限の時間で崩
壊する。
速度で広がり、偽真空の崩壊を引き起こす。バブル
は偽真空、真真空2つの時空の境界面なので、5次元
時空の境界面なのでバブル上では 4次元時空となっ
ており、このバブル上に実現される 4次元時空のこ
とをバブル時空と呼ぶことにする。先行研究におい
て崩壊する偽真空に静的なブラックホールとストリ
ングクラウドが存在すると、バブル時空上で放射と
物質のエネルギー密度に対応したものが得られ、バ
ブル時空で我々の宇宙を構成することが可能である
ことが明らかにされている。
5次元時空の崩壊を考えるだけでは、その崩壊に
自由度が残されており、バブル時空で実現される 4
次元での宇宙定数は自由な変数として残ったままと
なってしまい、非常に小さな値を自然に選ぶメカニ
ズムは存在していない。しかし、崩壊する時空に存
在している静的なブラックホールとストリングクラ
ウドが真空崩壊において触媒効果を持つことを考慮
すると、触媒の値に応じて最も実現しやすいバブル
時空について調べることが可能となる。さらに現在
我々の宇宙での物質と放射のエネルギー密度は観測
により求められているため、バブル時空においてこ
の値を再現するように崩壊前の触媒の量を決定する
ことができる。その値に触媒の値を固定した時最も
形成されやすいバブル時空での宇宙定数を求めると、
非常に小さな値となっていることが明らかとなった。
偽真空
バブル
真真空
図 2: 真空崩壊は偽真空の時空中に、内側が真真空の
時空であるバブルが形成されることで始まる。この
バブルは偽真空と真真空の境界になっており、形成
された後は光速度で広がり崩壊が進んでいく。
本研究ではブラックホールとストリングクラウド
が存在する時空が真空崩壊する場合を考えているた
156
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
め、そのような時空の計量は、
f(r) = 1− Λ5r2
6− 8G5M
3πr2− 2a
3r
で与えられ、バブルの運動方程式は、
R2
R2= − 1
R2+
Λ(4)
3+
8πG4
3
(M+l+ −M−l−2π2R4
+a+l+ − a−l−8πG5R3
)となる。これをみると、フリードマン方程式と同じ
形をしていることがわかり、ブラックホールからは
放射、ストリングクラウドからは物質に対応したも
のが得られることがわかる。またバブル上での宇宙
定数は、
Λ(4) = 8πG4
(3
8πG5
(1
l−− 1
l+
)− σ
), G4 =
2G5
l+ − l−
と 5次元の物理量で表すことができる。ここで、σは
バブルの張力であり、ここでは自由に選ぶことので
きる変数である。
2.2 触媒効果
先行研究により、4次元の真空崩壊においてブラッ
クホールが存在すると、真空の崩壊率が促進される
ことが知られている。これを真空崩壊における触媒
効果と呼び、本研究では 5次元時空へ触媒効果を拡
張し、さらにストリングクラウドがブラックホール
と同様に触媒効果を持つことを明らかにした。この
触媒効果を元に、現在の宇宙での放射と物質を再現
するような触媒が存在する 5次元時空が崩壊する際、
触媒効果からもっとも崩壊しやすい崩壊プロセスを
求め、それによりバブル上で実現される 4次元の宇
宙定数が非常に小さな値となり宇宙定数問題で直面
する 120桁の微調整を説明することができた。触媒
効果は崩壊率を数値計算することで求めており、様々
な場合で崩壊率を計算することでもっとも起こりや
すい崩壊プロセスを求めている。
3 Conclusion
本研究で行なったことは非常にシンプルで、ストリングクラウドとブラックホールが存在する 5次元
時空を崩壊させ、その崩壊の境界面上に我々の 4次元時空を構成するとき触媒効果によりもっとも構成されやすい時空を求めたというものである。具体的な崩壊率等は発表時にお見せしようと思う。
Reference
S. Banerjee, U. Danielsson, G. Dibitetto, S. Giri,&M. Schillo 2019, JHEP 1910 ,164
I. Koga, &Y. Ookouchi 2019, JHEP 1910, 281
R. Gregory, I. G. Moss, & B. Withers 2014, JHEP 1403,081 (2014)
157
——–index
重宇39
宇宙の真空泡のダイナミクスと不安定性近畿大学総合理工学研究科理学専攻
田中海
158
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
宇宙の真空泡のダイナミクスと不安定性
田中 海 (近畿大学大学院 総合理工学研究科)
Abstract
宇宙初期に関する有力な理論によれば、宇宙は量子ゆらぎから誕生し、インフレーションにより急激に膨張
し、そして熱いビッグバン宇宙へつながったと考えられている。インフレーションとその終了からビッグバ
ンへのつながりは一種の真空の相転移と考えられる。また、ビッグバン後の宇宙進化の過程においても宇宙
は様々な相転移をしてきたと考えられている。
相転移はしばしば位相欠陥とよばれる不連続な層を生み出す。我々の知る世界にも不連続層は多く存在して
おり、固相と液相の境界面 (異なる相を繋ぐ境界面)はその一例である。膨張宇宙の相転移に伴って生成され
得る位相欠陥には、モノポール、宇宙紐 (コズミック・ストリング)、真空泡 (ドメインウォール)などがあり、
もし存在すれば宇宙に大きな影響を与えたと考えられる。
本発表では、膨張宇宙における相転移の結果生成されうる位相欠陥のうち、真空泡のダイナミクスについて
考察する。まず S.K.Blau et al. (1987)に基づき一般的に成り立つ公式として一般相対論における接続公式
の導出について紹介する。そしてその応用として、A.Aguirre & M.C.Johnson (2005)に基づき、偽の真空
領域として泡の内部にインフレーション宇宙に対応する de Sitter 時空を設定し、それを取り巻くように泡
の外部に真の真空領域として Schwarzschild de Sitter 時空を設定したモデルを考える。この時空におけるエ
ネルギー障壁の高さと宇宙の半径の関係をもとに、真空泡の古典的ダイナミクスを系統的に分類し、真空泡
を含む時空全体を含む大域構造を図示する。またこの真空泡の古典的ダイナミクスから、宇宙の無からの量
子論的な誕生を記述するトンネル効果の可能性について議論したい。
1 Introduction
宇宙の位相欠陥の一例である真空泡 (ドメインウ
ォール) は我々の観測的宇宙に進化した可能性があ
り、これについて議論することは我々の宇宙がどの
ような過程を経てきたかを議論する手掛かりになり
うる。
本研究の流れを説明する。真の真空と偽の真空の境
界面 (真空泡)は不連続な面であり、この不連続性に
ついて議論するために、まず一般相対論の接続公式
を紹介する。次に、ドメインウォールのダイナミク
スを見るために、時空の無限遠方領域を有限の領域
内に描き表すことができる点で便利なペンローズ図
を導入する。そして真の真空領域・偽の真空領域の
時空を設定し、ペンローズ図を用いて時空全体を含
む真空泡の大域構造を図示して、それらを系統的に
分類する。
2 接続公式
不連続面について考察するには、不連続な層を繋
ぎ合わせる接続公式を導出する必要がある。ここで
は S.K.Blau et al. (1987)を参考に、一般相対論にお
ける接続公式の導出を行う。
アインシュタイン方程式は
Rµν − 1
2gµνR = 8πTµν (1)
座標系にはガウス正規座標を導入する。4次元座標
に xµ = (τ, η, θ, ϕ)を設定し、3次元超曲面の座標に
ya = (τ, θ, ϕ)を設定する。この座標系において、計
量は
gηη = gηη = 1, giη = giη = 0 (2)
次に、時空の接続を考えるうえで重要な量である外
的曲率を導入する。曲がった時空で超曲面に対する
法線ベクトルを平行移動すると、そのベクトルは移
動した先の地点における法線ベクトルとは異なるベ
159
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 1: 外的曲率
クトルとなる (図 1)。外的曲率は、ガウス正規座標
を用いることで以下のように表される。
Kij = nα;βeαi e
βj = −Γη
ij (3)
ゼロでないクリストッフェル記号の成分は
Γkij =
(3)Γkij , Γη
ij = Kij , Γiηj = Ki
j (4)
これを用いてアインシュタイン方程式を解くと
Gij =
(3)Gij − (Ki
j − δijTrK),η − (TrK)Kij (5)
+1
2δij [TrK
2 + (TrK)2] = 8πT ij
これを用いると、外的曲率とドメインウォールのエ
ネルギー運動量テンソルを結びつける接続公式
[Kij ] = 8π(Si
j −1
2δijS) (6)
を求めることができる。ここで
[Kij ] = limϵ→0
1
2[Kij(η = +ϵ)−Kij(η = −ϵ)] (7)
である。(6)については、次でドメインウォールのエ
ネルギー運動量テンソルについて解析したのちに詳
しく解析する。
3 ドメインウォールのエネルギー
運動量テンソル
エネルギー運動量テンソルが保存することとドメイ
ンウォールが球対称であることから、ドメインウォー
ルのエネルギー運動量テンソルは
Sηη = 0, Sηi = 0, Sij|j = 0 (8)
のような特徴を持つことがわかる。ドメインウォー
ルの計量は
ds2Σ = −dτ2 + r2dΩ2 (9)
ここで dΩ2 = dθ2 + sin2 θdϕ2。これらを用いると、
ドメインウォールのエネルギー運動量テンソルは
Sµν(xi) = −σhµν(ya, η = 0) (10)
で表される。ここで σはドメインウォールのエネル
ギー密度である。
4 ドメインウォールの運動方程式
ここでは接続公式をドメインウォールに適用して
いく。
(6)、(10)を用いると
Kij |+ −Ki
j |− = −4πσδij (11)
これを計算するために、ドメインウォールの単位法線
ベクトルを求める必要がある。法線ベクトルと 4元
速度の直交性と規格化条件から単位法線ベクトルは
nα = (a−1r, β, 0, 0) (12)
ここで
a =
1 (Minkowski)
1− 2Mr (Schwarzschild)
1− 13Λr
2 (de Sitter)
(13)
β = ±(a+ r2)12 = a
dt
dτ(14)
これと (11)を用いると
β− − β+ = 4πσr (15)
に帰着する。
5 ペンローズ図
ドメインウォールの軌道を見るために、無限遠方の
領域を有限の領域に描き表すことができるペンロー
160
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 2: Schwarzschild時空のペンローズ図
ズ図を用意する。
例として図 2に Schwarzschild時空におけるペンロー
ズ図を示す。図 2内の赤の曲線は距離一定面を、青
の曲線は時間一定面を表す。また、J +は未来の光
的無限遠 (t = ∞, r = ∞)、J + 過去の光的無限遠
(t = −∞, r = ∞)、i+ は未来の時間的無限遠 (t =
∞)、i−は過去の時間的無限遠 (t = −∞)、i0は空間
的無限遠 (r = ∞)を表す。
6 内部・外部時空
球対称の偽の真空領域とそれを取り巻く真の真空
領域を考える。
真の真空領域には、宇宙定数Λ+を持つSchwarzschild
de Sitter時空を設定する。計量は
ds2+ = −asdsdt2 + a−1
sdsdr2 + r2dΩ2 (16)
asds = 1− 2M
r− 1
3Λ+r
2 (17)
で与えられる。ペンローズ図は図 3のように描かれ、
矢印は時間増加の向きを表す。
図 3: Schwarzschild de Sitter時空のペンローズ図
偽の真空領域には、宇宙定数 Λ−を持つ de Sitter時
空を設定する。計量は
ds2− = −adsdt2 + a−1
ds dr2 + r2dΩ2 (18)
ads = 1− 1
3Λ−r
2 (19)
で与えられる。ペンローズ図は図 4のように描かれ、
矢印は時間増加の向きを表す。
図 4: de Sitter時空のペンローズ図
7 ドメインウォールの軌道とポテ
ンシャル障壁
ドメインウォールの軌道を確認するためにポテン
シャル図を描いていく。
ドメインウォールが通過する領域の時間の向きは
βds = −adsdt
dτ, βsds = asds
dt
dτ(20)
で指定することができる。以下の無次元量
z = (L2
2M)
13 r, T =
L2
2kτ (21)
を用いてドメインウォールの軌道を単位質量をもつ
粒子の一次元運動に書き換えられる。ここで
k = 4πσ (22)
L2 =1
3[|(Λ− + Λ− + 3k2)2 − 4Λ−Λ+|]
12 (23)
である。これらを用いると、(15)は
(dz
dT)2 = Q− V (z) (24)
と書き換えられる。ここで
V (z) = −(z2 +2Y
z+
1
z4) (25)
Y =1
3
Λ+ − Λ−3k2
L2(26)
Q = − 4k2
(2M)23L
83
(27)
である。ポテンシャルの形が粒子の軌道を支配する
ので、宇宙定数の値を設定してモデルを立てていく。
また宇宙定数は以下のように書くことができる。
Λ+ = Ak2, Λ− = Bk2 (28)
161
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
例として、A = 9, B = 15のときのポテンシャル図
を図 5に示す。
図 5: A = 9, B = 15の時のポテンシャル図
グラフに示されている曲線の破線は内外部領域の
ホライズンと交わる点を、縦向きの破線は β の符号
が変わる点を表す。Q = constの線に書いてある数
字は左側にドメインウォールが通過する SdS時空の
領域を、右側にはドメインウォールが通過する dS時
空の領域を示している。
このポテンシャル図には、ドメインウォールの軌道
を決定するための情報が全て含まれている。これに
加えてA = 1, B = 6、A = 1, B = 2、A = 2.9, B = 3
の場合の解を含めたものを図 6と図 7に示す。
図 6: ドメインウォールの軌道 1
図 7: ドメインウォールの軌道 2
8 今後の展望
以上のように、本研究では一般相対論における接
続公式の導出と、それを適用してドメインウォールの
軌道を系統的に分類した。今後は図 6と図 7を用い
て、ドメインウォールの軌道について解釈を深め、宇
宙の無からの量子論的な誕生を記述するトンネル効
果の可能性について議論する準備を行っていきたい。
Reference
S.K.Blau, E.I.Guendenman, & A.H.Guth 1987,Phys.Rev.D35,1747
A.Aguirre & M.C.Johnson 2005, Phys.Rev.D72,103525
162
——–index
重宇40
マイクロレンズ効果による宇宙ひもパラメータの制限
東京大学理学系研究科物理学専攻時聡志
163
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
マイクロレンズ効果による宇宙ひもパラメータの制限
時聡志 (東京大学大学院 理学系研究科)
Abstract
初期宇宙での対称性の破れや超弦理論から、宇宙ひもという一次元の紐が存在する可能性が示唆されてい
る。宇宙ひもの張力を µとしたとき Gµは宇宙ひもを特徴付ける無次元パラメータで、これは宇宙ひもが生
成された時の初期宇宙の情報を含んでいることが知られている。従って、このパラメータの値を制限するこ
とは初期宇宙に関する理解に繋がる可能性がある。宇宙ひもはその周囲に円錐状の時空を作り、光や重力波
の強度が2倍に増幅される特徴的なマイクロレンズ効果を引き起こす。本研究では、この現象を用いてM31
及び銀河系バルジのマイクロレンズ効果の観測データからこのパラメータを制限することを試み、重力波の
マイクロレンズ効果に対し同様の手法を適用できるかについて考察した。
1 Introduction
初期宇宙では温度が下がるにつれ、複数のポテン
シャルの安定点(真空)の中から一つの真空が選ばれ
ることで作用の対称性が破られる自発的対称性の破
れが起こったと考えられている。これは宇宙の至る
所で起こるため、複数の場所で互いに異なる真空が
選ばれることがあり得るが、この時真空の境界にエ
ネルギーの高い特徴的な領域が形成される。このよ
うな領域は位相欠陥と呼ばれている。特にU(1)対称
性が破れる時、一次元のひも状の位相欠陥が形成さ
れ、これを(場の理論の)宇宙ひもと言う。対称性の
破れから自然に予言される宇宙ひも以外にも、超弦
理論でのインフレーションのシナリオから、マクロ
スコピックな fundamental stringがこの宇宙に存在
する可能性が示唆されている(cosmic superstring)。
ダークマターと同様、宇宙ひもの存在を探る手が
かりは重力相互作用のみであり、具体的な現象とし
ては宇宙ひもからの重力波放出と重力レンズがある。
宇宙ひもの張力を µとした時、Gµは無次元になり、
このパラメータが宇宙ひもの重力的な性質を特徴づ
ける唯一のパラメータである。場の理論の宇宙ひも
では、ηを対称性の破れのエネルギースケール、mpl
をプランク質量としてGµ ∼ (η/mpl)2であることが
知られており、超弦理論の宇宙ひもに関してはモデ
ルによって幅広い Gµの値が許されている。
Gµの観測的制限としては、CMBの温度揺らぎを
用いた制限としてGµ < 3.7×10−6が知られている。
またパルサータイミングによる重力波検出の手法を
用いた制限として Gµ ≲ 10−9 がある [1]。マイクロ
レンズ効果を用いた制限は難しいと考えられていた
が、近年 cosmic superstringの場合は stringがダー
クマターと似通った分布でクラスタリングしている
可能性が提唱され [3]、これに基づくと optical depth
が大幅に増大しマイクロレンズ効果による Gµの制
限が可能となる。本研究では、すばる HSC による
M31[2]及び OGLEによる銀河系バルジのマイクロ
レンズ観測データを用いて Gµに制限を与えること
を試みた。また、重力波に対するマイクロレンズに
対して同様の手法を適用することによる新たな制限
の可能性を考察する。
2 Theory & Methods
2.1 String Microlensing
いま z 軸に沿う無限に長い stringを考えると、z
軸周りの回転対称性、z 方向の Lorentz boost に対
する対称性から Tµν = µδ(x)δ(y)diag(1, 0, 0,−1)で
あることが分かる(metricの符号を (+,−,−,−)と
する)。正定数 µは線密度である。これを harmonic
gaugeでの線形 Einstein方程式
hµν = −16πGTµν , hµν ≡ hµν − 1
2ηµνh
σσ (1)
164
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
に入れて解き、適当な座標変換を行うと、解は
ds2 = dt2 − dz2 − dr2 − r2dθ2 (2)
の形に書ける。ここで 0 ≤ θ ≤ 2π(1− 4Gµ)であり、
∆ ≡ 8πGµ の角度が欠損している。従ってこれは
Minkowski metricではなく「円錐状」の時空である
が、localにはMinkowskiなので測地線は直線になる。
光源天体 Sと観測者の間に string (L)がある時、図 1
のように SO1と SO2が光源と観測者を結ぶ二つの測
地線であり、観測者は Sの二つの像を観測する。像の
O1
O2
LS
Δ
図 1: String Lensing: 観測点 O1 と O2 は同一の点である。
間の角度 δϕは、θstr を視線方向と stringの成す角、
ds = SO1, dd = LO1 とすると δϕ = dds/ds∆sin θstr
となり、典型的には 10−4arcsec程度と非常に小さい
ため現実の観測機器では二つの像を分解できず、光
源の強度が 2倍に増幅される現象が観測される。こ
れが stringによるマイクロレンズ効果である。増光
は stringから”Einstein半径”
RE,str ≡dddds2ds
∆sin θstr (3)
より内側の光源にのみ生じ、lens planeでの視線方
向に垂直な stringの速さを v⊥ とすれば一つのマイ
クロレンズイベントの持続時間 (”Einstein時間”)は
tE =2RE,str
v⊥=
ddddsds
∆
v⊥sin θstr (4)
で与えられる。
2.2 Optical Depth & Event Rates
ある瞬間に一つの光源が stringから RE,strの範囲
にある確率が optical depthであり、
τ = 2π
∫ ds
0
d[dd]RE,str
∫dl l
dn
dl(5)
2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0u
1.0
1.5
2.0 Point massCosmic string
図 2: Point massと stringによる light curveの比較。uは lensからの距離でそれぞれ RE = 1, RE,str = 1と規格化している。Point mass について impact parameter は0.5とした。
で与えられる。ここでnは stringの数密度、lは string
の長さであり、簡単のため θstr = π/2とした。
次に string microlensingの event rateを考える。
optical depthと同様厳密には θstr と v⊥ の分布を考
慮する必要があるが、これらは stringの非常に複雑
なダイナミクスに依存するため、rateの計算では近
似として v⊥ = c/2, θstr = π/4に固定する(lensing
を起こす stringのセグメントは典型的には相対論的
速度で運動している)。まず differential event rate
(期待イベント数の変化率)は
dΓ = 2πv⊥l sin θstrdn
dldl d[dd]. (6)
で与えられ、これを (4)を用いて書き換えると最終
的に
dΓ
dtE=
πdsc2
2∆√
d2s − 2√2dsc∆−1tE
∫dl l
[dn
dl(d+d ) +
dn
dl(d−d )
].
(7)
が得られる。ここで
d±d ≡ 1
2
(ds ±
√d2s − 2
√2dsc∆−1tE
)(8)
である。
2.3 Number Density
長い stringは horizon内に入ると交差・組み換えを
起こし loopが生成される。loopは重力波を放出しな
がら縮み蒸発していき、string networkは horizon内
の loop数が一定に保たれるように進化する。クラス
タリングがなければ loop数密度 (dn/d ln l)base は一
様になる。ここでは Chernoff & Tye [3]による loop
165
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
数密度
dn
d ln l(r) = GF(r)
(dn
d ln l
)base
= GF(r)n∗x
(1 + x)5/2µ−3/2−13 (9)
を用いる。ここで rは銀河系中心からの距離、µ−13 =
Gµ/10−13, x = l/lg で lg = 0.0206µ−13 pcである。
n∗ は数密度の次元を持つ定数で n∗ = n0 ≡ 1.15 ×10−6 kpc−3 である。本研究では fstr ≡ n∗/n0 をパ
ラメータとした。(dn/d ln l)baseは ΛCDMモデルの
下での一様な数密度であり、F(r)は stringのクラス
タリング、G は超弦理論による enhancementを表す
ファクターである。(9) は string の進化を特徴づけ
る stringの組み換え確率などの種々のパラメータ値
が固定された表式であるが、詳細は [3]に譲る。Gは1 ≤ G ≤ 104 の範囲の不定性があり、今回の計算で
は G = 102として G を含めたパラメータの不定性を無次元パラメータ fstr に集約した。
2.4 Finite Source & Wave Optics
2.1節では stringによって図 2に示したような離散
的な増光が生じることを述べたが、この議論では光
源の大きさと光の波動性が無視されている。これら
のいずれかが無視できなくなった場合、light curve
が変化し増光が抑えられるため、tEや Γを修正する
必要が生じる。
まず光源サイズの影響 (finite source effect)を考え
る。lensingによって fluxは変化しないため増光率は
像の面積の比 µfinite = Alensed/Aunlensedで与えられ、
これは解析的に計算できる。RE,str = 1と規格化さ
れた lens plane上で、光源の半径を r、stringと光源
の中心の距離を uとすると、light curveは図 3のよ
うになる。
2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0u
1.0
1.5
2.0
finite
r = 0r = 0.5r = 1
図 3: Finite sourceに対する light curve。
Finite source effectは r ≳ RE,str になると無視で
きなくなり、増光が著しく抑えられる。
Point massによる重力レンズでは、光の波長 λが
レンズの Schwarzschild半径程度になると波動性が無
視できなくなり、干渉によって light curveが振動す
ることが知られている (wave effect)。Stringにおけ
る同様の効果が [4]で計算されており、stringの場合
幾何光学近似は光の波数 kに対し kdddds/ds∆2 ≲ 1
の時破綻する。この時 [4]の厳密解に基づくと light
curveが図 4のように補正される。
1.5 1.0 0.5 0.0 0.5 1.0 1.5u
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
wave
G = 10 10
G = 10 10.5
G = 10 11
図 4: Wave effect込みの light curve。kdddds/ds = 1020
とした。kdddds/ds∆2 > 1になると light curveが激しく
振動する。
次節で述べるようにM31のマイクロレンズを用い
た場合、Gµ ∼ 10−10 付近に制限が得られるが、こ
の時 RE,str ≫ r⊙、また可視光 (λ ≃ 400 nm)に対し
kdddds/ds∆2 ≫ 1となるのでこれらの効果は無視す
ることができる。
3 Results
興味のあるタイムスケールにおける理論的なマイ
クロレンズ増光のイベント数はソースの数をNs、観
測時間を tobs として Nexp,str = Nstobs∫dtE
dΓdtEで
与えられる。Stringが存在すれば Astrophysical BH
など通常の天体によるイベント数を Nstellar として
Nstellar +Nexp,str 個のイベントが観測されるはずで
ある。観測されたイベントは全て通常の天体によるも
の (つまり stringによる観測イベント数Nobs,str = 0)
と仮定し (Null Hypothesis)、これに基づいてGµに対
し上述のモデルから fstrの事後分布P (fstr|d, Gµ) (d
はdata vector)を計算し、パラメータ空間の excluded
regionを求めた。fstrの priorとしては fstr ≥ 0の一
166
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
様分布を仮定した。HSCとOGLEのデータを用いた
計算結果を図 5に示す。Gµ ≃ 10−9.5, Gµ ≃ 10−13.5
付近のカットオフはそれぞれ HSCと OGLEの読み
出し時間(時間分解能)に対応する点で、tEがこれ
より短くなるような Gµの領域には意味がないため
に導入している。
14 13 12 11 10 9 8 7log10G
4
2
0
2
4
log 1
0 (n
1.15
×10
6kp
c3
)
OGLEM31
図 5: Gµに対する fstr の制限 (95% confidence level)。
Chernoffによる stringのクラスタリングが起こら
ない (F(r) ≡ 1) とすると、結果は図 6 のようにな
る。この領域では tE ∼ 10−6 secとタイムスケールが
短すぎるためこの結果に意味はなく、図 5の制限に
はクラスタリングによる数密度の enhancementが大
きく寄与していることが分かる。
23 22 21 20 19 18 17 16log10G
4
2
0
2
4
log 1
0 (n
1.15
×10
6kp
c3
)
図 6: F(r) ≡ 1の場合の結果 (M31)。
4 Discussion & Conclusion
重力波も光と同様にヌル測地線を通るため重力レン
ズを起こすことが知られている。近年LIGOとVirgo
により重力波が観測されているが、cosmic stringは
これらの重力波にレンジングを起こしうる。これに着
目し、重力波に対してM31と同様の手法でGµに対
して新たな制限を得られないかと考え、[5]で報告さ
れた 11回の重力波シグナルを用いて計算を行った。
重力波は読み出しが 10−3 sec程度と非常に速いため
小さい Gµに対して制限が得られるのではないかと
考えたが、残念ながら Gµ ∼ 10−40 と小さくなり過
ぎ、このような単純な考察だけでは良い制限は得ら
れないことが分かった。これは重力波の場合、ソース
は ds ∼ 1000Mpcの距離にあり、銀河系への string
のクラスタリングを考えたとしても optical depthへ
の主要な寄与は銀河間空間になり、距離が伸びるこ
とによる optical depthの増大よりも stringの密度の
減少の影響が大きく効いてしまうことが原因と考え
られる。
本研究では銀河系近傍のマイクロレンズ効果を用い
てGµと数密度に対し制限を得たが、これには string
のクラスタリングが大きく寄与している。宇宙にお
ける string の分布についてはまだ不明な点も多く、
銀河へのクラスタリングがChernoffの推定より数桁
小さくなるという主張も存在するため、より精密な
制限を得るためには今後の研究が待たれる。
Reference
[1] T. Vachaspati, L. Pogosian, and D. A. Steer,arXiv:1506.04039
[2] H. Niikura et al., Nature Astron. 3, 6, 524-534(2019).
[3] D. F. Chernoff and S. H. H. Tye, arXiv:1412.0579(2014).
[4] T. Suyama, T. Tanaka, and R. Takahashi, Phys.Rev. D 73, 024026 (2006).
[5] B. P. Abbott et al., arXiv: 1811.12907 (2018)
167
——–index
重宇41
漸近AdS時空におけるEinstein-Vlasov系の熱的安定性
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻浅見拓紀
168
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
漸近AdS時空におけるEinstein-Vlasov系の熱的安定性浅見 拓紀 (名古屋大学大学院 理学研究科)
Abstract
近年,負の宇宙項を持つ Einstein 方程式の解である AdS 時空が,非線形な摂動に対する不安定を持つことが示された.この不安定性は,AdS 時空の漸近構造と系の非線形性により時空中に生じた摂動が乱流を引き起こすことに起因しており,この性質から短波長高周波数モードが卓越するために最終状態を具体的に解いて求めることは困難である.そこで本講演では,AdS 時空において高周波数モードが卓越した状態を相対論的自己重力多体系(Einstein-Vlasov 系)によりモデル化することを考える.Einstein-Vlasov 系とは粒子の分布関数が Vlasov 方程式を満たし,かつその平均的密度と時空曲率が Einstein 方程式を満たす系である.ここでは特に,その球対称解の熱力学的安定性に注目する.自己重力多体系については Newton 重力の範疇では古くから盛んに研究が行われており,重力熱的不安定性と呼ばれる不安定性を持つことが示唆されている.本講演ではこの重力熱的不安定性の観点から Einstein-Vlasov 系の熱的な安定性について議論する.
1 Introduction
一般相対論において,負の宇宙定数を持つ時空でEinstein方程式の最も対称性の高い真空解はAdS時空と呼ばれる.AdS時空はそれ自身の遠方における漸近構造と系の非線形性に起因する不安定性を持つことが指摘されており (P. Bizon, et al. 2011),その不安定性はAdS不安定性と呼ばれ,AdSポテンシャルにより閉じ込められた摂動が非線形に干渉することで乱流が生じ,短波長高周波数モードが顕著になる(エネルギーカスケード)ことが原因と考えられている.このエネルギーカスケードにより,時空に対称性がない等の一般の場合にはその最終状態を直接的な数値計算などで得るのは困難とされている.そこで本研究では,AdS時空の最終状態への示唆を
得ることを目標に,エネルギーカスケードによって高周波数モードが顕著になった時空を Einstein-Vlasov
系でモデル化し,その安定性を調べる.これは,AdS時空のエネルギーカスケードによって高エネルギーモードが顕著になると,各モードが粒子のように振る舞うと考えられ,かつ粒子間の衝突による寄与は小さく,系全体が作る曲率スケールの寄与が支配的になることが期待できるためである.本研究で扱うEinstein-Vlasov系は自己重力により
束縛された多体系である.このような系の熱的安定性は,Newton重力の場合では (V. A. Antonov 1962)
や (T. Padmanabhan 1990)などで詳細な解析がなされており,重力熱的不安定性と呼ばれる不安定性を持つことが知られている.(T. Padmanabhan 1990)
では,壁に閉じ込められた多粒子系に対し,そのエントロピーが極大で熱力学的に安定となるような粒子分布の存在が示されている.本研究で扱う漸近 AdS
Einstein-Vlasov 系も AdS ポテンシャル中に閉じ込められた粒子系と捉えることができ,本研究における解析は (V. A. Antonov 1962)による解析の拡張となる.ここではEinstein-Vlasov系に注目して漸近AdSの解を構築し,そのエントロピーを求めることで Newton重力における解析との比較を行う.
2 Methods
2.1 Gravothermal instability
以下のBoltzmann方程式を満たす一粒子分布関数f(x, v, t)で記述される N体自己重力系を考える:
∂f
∂t+ v · ∂f
∂x−∇ϕ · ∂f
∂v= C[f ]. (1)
ここで,C[f ]は衝突項を表し,ϕは重力ポテンシャル:
ϕ(x, t) := −∫
d3yd3vf(y, v, t)
|x− y|(2)
169
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
で Poisson方程式
1
r2d
dr
(r2
dϕ(r)
dr
)= 4πρ(r) (3)
を満たす.ただし,ρ(x, t) :=∫d3vf(x, v, t)は質量
密度である.このとき,全エネルギーと全質量およびエントロピーは以下のような汎関数で与えられる:
E[f ] : =1
2
∫d3xd3v v2f +
1
2
∫d3x ρϕ,
M [f ] : =
∫d3xd3v f =:
∫d3x ρ,
S[f ] : = −∫
d3xd3v f ln f.
(4)
系が半径 R の球対称な断熱壁によって閉じ込められている場合(孤立系)を考える.このとき,系の全質量(粒子数)と全エネルギーは一定であるから,エントロピーが分布関数に関する任意の変分に対して極値となる解が平衡解となる.すなわち,変分 f → f + δf に対して
δS + αδM − βδE = 0 (5)
を満たす f(x, v, t)が平衡分布である.ここで,α, β
は Lagrangeの未定乗数である.Boltzmann方程式(1)からエントロピーは増大することが導かれる(H
定理)ので,エントロピーの二階変分が負となるとき,系は熱的に安定となる.したがって,二階変分:
δ2S = −∫
d3x
(βδρδϕ
2+
(δρ)2
2ρ
)(6)
− β2
3M
(∫d3x ϕδρ
)2
(7)
が 0になるときが臨界点である.以上から,孤立した自己重力多体系の平衡解とそ
の安定性を解析する.まず,平衡分布は,式 (5)よりBoltamann分布:
f(ε) = exp(α− 1− βϵ), ϵ :=v2
2+ ϕ (8)
が導かれる.これに対するPoisson方程式 (3)は,無次元変数
ρc := ρ(0), ϕ0 := ϕ(0), L0 := (4πρcβ)1/2, (9)
x := r/L0, n(x) := ρ/ρc, (10)
m(x) := M/M0, y(x) := β(ϕ− ϕ0). (11)
を導入すると,
1
x2
d
dx
(x2 dy
dx
)= e−y (12)
と書き直せる.方程式 (12)をx0 := R/L0まで解くことで,半径Rの断熱壁に閉じ込められた解が得られる.このような解を,無次元化された温度 τ = R/(βM)
と無次元化されたエネルギー λ = RE/M2で表すことを考える1.このとき,臨界条件 δ2S = 0は (7)を書き直すと,
dλ
dx= 0 (13)
であることが導ける.以上を踏まえて,平衡解と臨界点を図 1に示す.
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
−0.4 −0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
m/x
=M
/RT
λ=RE/M2
Spiral curve
stable
unstable
図 1 自己重力系の平衡解:螺旋状の曲線が式 (12)
の数値解を表しており,中心で λ = ∞である.この曲線が y軸に平行な直線と接するとき,その共有点が式 (13)を表す解となる.また,中心付近で系が安定であることが示せるので,最初に式 (13)が満たされる点が系が安定から不安定になる臨界点である.
図 1より,λにはある最小値 λcrit ≃ −0.335が存在し,その位置で系が不安定化することが分かる.またこのとき,ρc/ρ(R) = 709である.したがって平衡解は,次の三種類に分類することができる.
1. RE/M2 < −0.335のとき,平衡解は存在しない.
2. RE/M2 > −0.335 かつ ρc/ρ(R) > 709 のとき,エントロピーは極大ではなく,系は不安定である.
1詳細は省略するが,このように記述することで重力多体系の熱的安定性が系の比熱と大きく関係していることが確認できる.
170
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3. RE/M2 > −0.335かつ ρc/ρ(R) < 709のとき,エントロピーは極大で,系は安定である.
以上の議論は,Newton重力で断熱壁に閉じ込められた自己重力系の平衡解について,その安定性が系の大きさにより決定されることを意味する.本研究では,この断熱壁と AdSポテンシャルの類似性に注目し,AdSポテンシャルに閉じ込められたEinstein-Vlasov
系のエントロピーを求めることによりその安定性を議論する.
2.2 SSS Einstein-Vlasov system
静的球対称なEinstein-Vlasov系を考える.系は次の Vlasov方程式と Einstein方程式で記述される.pµ∇µf = pµ∂µf − Γi
ρσpρpσ ∂f
∂pi = 0
Gµν + Λgµν = 8πTµν , Tµν =∫
d3pE pµpνf(x, p)
(14)
ここで,f = f(x, p)は一粒子分布関数であり,運動量pµは一粒子の質量をmとして p2+m2 = 0をみたす.またエネルギー運動量テンソルは Tµν =
∫d3pE pµpνf
で与えられる.計量を
ds2 = −eν(r)dt2 + eλ(r)dr2 + r2dθ2 + r2 sin2 θdϕ2
(15)
とすると,Einstein方程式はρ(r) := −T 00 , p(r) := T r
r
としてν′ =(1− 2m(r)
r − Λ3 r
2)−1 (
m(r)r2 − Λ
3 r + 4πrp(r))
dm(r)dr = 4πr2ρ(r)
(16)
と書ける.今,時空は静的なので,時間的Killingベクトル ξµ(0)を用いて粒子のエネルギー ε := ξµ(0)pµを導入すると εは測地線に沿って保存する.したがって,分布関数が f = f(ε)とかけるとき,Vlasov方程式は自明に満たされる.そこで,本講演では以下の分布関数の 1パラメータ系列を仮定する:
fl(ε) = A(1 + βε)le−βε. (17)
ここでA, βは定数で,Newtonの場合のLagrange未定乗数に対応する.この系列は l = 0で平衡解である Boltzmann分布を再現する2.
2.3 Stability of EV system
解の 1パラメータ系列 (17)に対し,系のエントロピーを時間一定面 Σ上の積分として以下のように定義する:
S =
∫Σ
sµdΣµ, sµ := −∫
d3p
Epµf(ln f − 1). (18)
全静止質量(粒子数)M 及び全質量Mtot が一定であるという条件下においてパラメータ l を変化させたとき,エントロピーの値の変化を数値的に得ることで平衡解の安定性を議論する.静止質量及び全質量は以下で与えられる:
M := m
∫Σ
nµdΣµ, Mtot := m(R) (19)
ここで nµは粒子数密度流である.また,これは重力熱的エネルギーE := Mtot−M と静止質量を固定することと等価であるから,以降はM,E を用いることとする.
3 Results
3.1 Asymptotically flat case
はじめに,漸近平坦時空の場合に断熱壁で閉じ込めた系に対する解析結果を図 2に示す.図 2は,R/M
を一定のまま逆温度 β を変化させた際の相対的なエントロピー Sl/Sl=0−1の変化を,n = ρ(R)/ρcに対する依存性として示したものである. Newton系と同様に,ある値 ncritが存在し,n > ncritでは安定なのに対し,n < ncritでは不安定になっていることが確認できる.この値は ncrit ∼ 1.5× 10−3程度となっており,Newton系の場合よりも早く不安定性が生じることがわかる3.これは相対論的な効果により,重力の寄与が大きくなることで不安定性を助長していると考えられる.
2計算は複雑になるが,相対論でも Boltzmann 分布が平衡解になることが確認できる.
3Newton系の 1/ncrit = 709という値は静止質量密度に対する値であるのに対し,GR の場合は全質量密度に対する値であるから,値そのものの直接的な比較は実は困難である.実際には,
171
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
−0.06−0.04
−0.02 0
0.02 0.04
0.06 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
−14−12−10
−8−6−4−2 0 2 4 6 8
Phase transition
l ρe/ρc×103
Entr
opy (
Se/S
0−
1)×
10
8
図 2 漸近平坦の場合のエントロピー
3.2 Asymptotically AdS case
次に,漸近AdS時空でVlasov粒子系がAdSポテンシャルで閉じ込められた場合の解析を図 3に示す.図 3は,−Λm2 = −3として十分遠方(n ≪ 1)ま
3
3.2
3.4
3.6
3.8
4
4.2
4.4
4.6
4.8
5
-0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6
105(S/Sl=0-1)
l
Entropy
Entropy for E/M=0.13,R/M=100
図 3 漸近 AdSの場合のエントロピー
で解いた場合のエントロピーの変化である.断熱壁に閉じ込めた場合では,n ≪ 1では常に不安定となるのに対し,図 3の系では Boltzmann分布が安定な平衡解になっていることが確認できる4.
それぞれに対応する λcrit で比較するのが良い.図 2 での値はλcrit ∼ −0.05 程度であり,Newton の場合:λcrit ∼ −0.335 と比較して小さいことが確認できる.
4あくまでもこの系列に対する安定性であり,任意の変分に対する安定性をこの方法で確認するのは困難である.
4 Conclusion and Future work
AdS不安定性とその最終状態を動機として,漸近AdS時空中におけるEinstein-Vlasov系に対しその安定性を議論した.漸近平坦時空に対し,Gravothermal
instabilityの分野で知られているような断熱壁に閉じ込められた系を考えることで,Newton系よりも不安定性が早い段階で起きることが確認できた.さらに漸近 AdS時空で解析することで AdSポテンシャルで閉じ込められた系の安定性を解析し,AdSポテンシャルがVlasov系を閉じ込めることで断熱壁と同様に系を安定化させることを確認した.これは,本研究で考えた系列がAdS時空の最終状態としての安定解となる可能性を示唆する.今後の展望として,まず AdS 半径を大きくして
いくことで系が不安定解に相転移することを確認することが挙げられる.さらに,その相対論的な効果についても詳細に議論することを考えている.また,Einstein-Vlasov系の特徴として,分布関数の仮定を変更することで多種多様な解を構成することができる.そこで,非等方的な解や,それを応用したBlack
holeを含む解に対してもそのエントロピーを計算し,安定性を議論することが可能であるため,そのような拡張を考えている.
Acknowledgement
COVID-19による混乱の中,夏の学校開催にご尽力下さった SS20事務局に感謝いたします.
Reference
[1] P. Bizon, & A. Rostworowski 2011, Phys. Rev. Lett.107, 031102
[2] V. A. Antonov, 1962, Vest. Leningrad Univ., Vol. 7,p. 135
[3] T. Padmanabhan, 1990, Physics Reports, Vol. 188,No.5, pp. 285-362
172
——–index
重宇42
(1+1)次元 Infinite Derivative Gravity における厳密解と時空特異点の回避について
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻櫻井優介
173
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
(1+1) 次元 Infinite Derivative Gravity における厳密解と
時空特異点の回避について
櫻井 優介 (名古屋大学大学院 素粒子宇宙物理学研究科)
Abstract
一般相対論を用いるとブラックホール内部に曲率特異点が発生してしまう。しかしこのような点が現実に
存在するとは考えにくく、特異点が発生してしまうのは、一般相対論が超近距離領域での現象を正確に記述
できていないからだと考えられている。そのため特異点の発生しないようなより良い重力理論の構築が必要
になる。そのような理論の候補として、Infinite Derivative Gravity (IDG) と呼ばれる修正重力理論がある。
この IDG は弱場近似の範囲において特異点を発生させないことが先行研究によって確かめられている。本
稿では強重力場での IDG の厳密解を得ることを目的に研究し、厳密解として定曲率解を得た。
1 Introduction
空間に物質が存在するとそれによって時空はゆが
む。その最たる例がブラックホールで、その存在は
2015年、重力波の直接的な観測によって確認された。
ブラックホールの性質については一般相対論を用い
てよく説明できる。しかし全く問題がないわけでは
なく、その内の一つは「ブラックホールの特異点問
題」として知られている。
特異点では曲率や物質密度、圧力などが無限大に
発散してしまうので、そこでは様々な計算が破綻し
てしまい、物理学による予言力が失われてしまう。し
かし、強重力場での重力の量子効果まで考えると、こ
のような点は現実には存在しないだろうと考えられ
るため、様々な面から特異点の発生を回避する理論
の研究が進められている。主な指針としては、一般
相対論に量子力学を取り入れ、その量子論的効果に
よって特異点は現れないとする量子重力理論に基づ
く考え方や、一般相対論に修正を加えて特異点を回
避しようとする修正重力理論の考え方などがある。
そのような修正重力理論の一つにBiswasらによっ
て提唱された「Infinite Derivative Gravity (IDG) 」
がある。IDGは一般相対論で通常用いられるアイン
シュタイン-ヒルベルト作用に無限階の微分項を含ん
だ曲率の二次の項を加えることで、特異点生成の回
避を目指したものである。一般相対論の作用に高階
微分項を加えた高階重力理論は様々あるが、IDG は
有限階で止めずに無限階まで含めることに意義を持っ
ている。それは、有限階で止めずに無限階の微分項ま
で含めることで、ゴーストが現れないことが示され
ている事である。IDGを用いた重力場解には様々な
タイプのものが弱場近似の範囲で得られており、実
際に重力ポテンシャルや曲率が原点で発散しないこ
とが確かめられている [1]。しかし、IDGにおいて強
重力場を記述する厳密な解は未だに見つかっていな
い。
そこで本研究では(3+1)次元に比べて自由度が
少なく、方程式が単純化されると期待できる、(1+1)
次元、つまり空間 1次元と時間 1次元における IDG
の厳密解の構築を試みた。
2 先行研究
先行研究に基づいて、IDG がどのような理論であ
るかの説明をし、弱場近似解において特異点が発生
しないことを示す。
IDG は一般相対論に二次の曲率と無限回までの曲率
の微分項を加えることで作られる [2]。その作用は任
意の微分演算子 Oµ1ν1λ1σ1
µ2ν2λ2σ2を用いて最も一般的に、
S =
∫d4x
√−g
(R2+Rµ1ν1λ1σ1
Oµ1ν1λ1σ1
µ2ν2λ2σ2Rµ2ν2λ2σ2
)(1)
のように表される。作用の曲率の二次の項には
R, Rµν , Rµνλσ の内二つと共変微分を組み合わせて
174
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
作ることのできるあらゆる項が考えられるが、それら
は部分積分やビアンキの恒等式などを用いることで、
Sq =
∫d4x
√−gRµ1ν1λ1σ1
Oµ1ν1λ1σ1
µ2ν2λ2σ2Rµ2ν2λ2σ2
=
∫d4x
√−g
(RF1()R+RµνF2()Rµν
+RµνλσF3()Rµνλσ)
(2)
のように任意の微分演算子 F1, F2, F3を用いて書き
直すことができる。これらはダランベルシアン =
gµν∇µ∇ν の関数である。この形の作用を IDG の基
本的な作用として考えていく。
IDG を弱場近似条件下で解くと、物質があって
も特異点が発生しない解が得られる。その一例とし
て、静的球対称解を紹介する [1]。弱場条件
gµν = ηµν + hµν
(|hµν | ≪ 1
)(3)
の下で作用 (2) を O(h) までで書き直して変分を取
ると、
δS = −∫d4x
√−g
[12a()hµν
+ b()hσµ,σν +1
2c()(ηµνh
λσ,λσ + h,µν)
+1
2ηµνd()h+
1
2
f()
hλσ,λσµν
]δhµν
(4)
のように書き直せる。ただし、a, b, c, d, fはF1, F2, F3
を書き直したもので、
a+ b = 0 c+ d = 0 b+ c+ f = 0 (5)
を満たしているため、任意に定めることのできる微
分演算子は、a, b, c, d, f の内二つとなる。このことか
ら場の方程式は、
a()hµν + b()(hσµ,ν + hσνµ),σ
+ c()(ηµνhρσ,ρσ + h,µν) + ηµνd()h
+ f()−1hλσ,λσµν = −2κτµν (6)
ここで、κ = 8πG、τµν はエネルギー・運動量テンソ
ル。このようにして、弱場条件下での IDG の場の方
程式を得る。
物質場については、質量mの質点を仮定する。
τµν = ρδ0µδ0ν = mδ3(x)δ0µδ
0ν (7)
とする。メトリックを、静的球対称という条件から、
ds2 = −(1 + 2Φ)dt2 + (1− 2Ψ)dx2 (8)
とすると、場の方程式は
(a− 3c)[∇2Φ− 2∇2Ψ] = κρ
(c− a)∇2Φ− 2c∇2Ψ = −κρ (9)
と書ける。
未だ a, b, c, d, f の関数形を定めていない。そこで
まず簡単のため、f = 0とする。さらに、ゴースト
が現れないためには
a() = e−
M2s (10)
であればよいことが先行研究によって示されている
ので、ここでも同じようにする。ただし、Msは長さ
の次元を持つ定数。これによって場の方程式が確定
する。
解くとこの解は、Ψ = Φであり、
ds2 = −(1 + 2Φ)dt2 + (1− 2Φ)dx2
Φ = −Gmr
erf(rMs
2
)(11)
となる。このように IDG は弱場近似の範囲で特異点
を回避できている。同様に、Reissner型やKerr型の
解についても特異点が発生しないことが確かめられ
ている [3,4]。
3 (1+1) 次元における IDG の厳
密解
先行研究によって、IDG は弱場近似の範囲では特
異点の発生を回避することに成功していることが分
かった。そこで本研究では IDG を厳密に解き、特異
点の無いブラックホール解を構築することを目的と
した。(1+1) 次元では非自明な解を得るためにはス
カラー場 ϕを導入する必要がある。本研究では ϕと
無限階の微分項を導入した作用としていくつかのモ
デルを考え、その外部解を求めた。
175
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3.1 光円錐座標系を用いた解
スカラー場を導入した最も単純な作用として、
S =
∫d2x
√−g
M2p
2
(ψR+
1
M2s
RF ()R+1
2(∇ψ)2
)(12)
を考える。この作用をそれぞれ ϕと gµν で変分を取
り、物質場を真空とすると、場の方程式は次のよう
になる。
R−ψ = 0 (13)
ψ +1
M2s
(RF ()R+ 2F ()R+ Ω1) = 0 (14)
ただし、R(m) ≡ mR、F () =∑∞
n=0 fnnとして
Ω1 =∞∑
n=1
fn
n−1∑m=0
R(m)R(n−m) (15)
ここでメトリックを、ρ = ρ(x+, x−) を用いて光的
座標
ds2 = e2ρdx+dx− (16)
とすると、リッチスカラー Rと、任意のスカラー量
ϕに対するダランベリアンはそれぞれ、
R = gµνRµν
= −8e−2ρ∂+∂−ρ (17)
ϕ = gµν∇µ∇νϕ
= (g+−∇+∇− + g−+∇−∇+)ϕ
= −2e−2ρ∇+∂−ϕ− 2e−2ρ∇−∂+ϕ
= −4e−2ρ∂+∂−ϕ (18)
となるので、
ρ = u(x+) + v(x−) + C (C :定数)
ψ = f(x+) + g(x−) +D (D :定数) (19)
であれば R = 0 , ψ = 0となるので、2つの方程式
を満たすことができる。(1+1) 次元ではRµνλσ の自
由度は 1なので、この解はミンコフスキー時空に他
ならない。このモデルによって、理論が満たすべき
最も基本的な解としてのミンコフスキー時空を、解
として持つことが分かった。
3.2 R = AR となるメトリックを用いた解
次に (1+1) 次元重力理論の一つである JT モデル
を拡張した作用として、
S =
∫d2x
√−gψ
(F ()
R
2+ Λ
)(20)
を考えた。この作用をそれぞれ ϕと gµν で変分を取
り、物質場を真空とすると、場の方程式は次のよう
になる。
F ()R
2+ Λ = 0 (21)
2ψΛ− F ()ψ + ψF ()R−RF ()ψ + Ω = 0
(22)
ただし、
Ω =∞∑
n=1
fn
n−1∑m=0
ψ(m)R(n−m) (23)
すると、Λ > 0のとき、
ds2 = − cos2(√Λx)dt2 + dx2
ψ = α sin(√Λx) (α :定数) (24)
が R = 2Λ > 0の定曲率解となっている。
また同様に、Λ < 0のときは、
ds2 = − cosh2(√
|Λ|x)dt2 + dx2
ψ = α sinh(√
|Λ|x) (α :定数) (25)
が R = 2Λ < 0の定曲率解となっている。これらは
(1+1) 次元における dS/AdS時空である。
4 Conclusion and
Future Work
本研究では、(1+1)次元における IDGの厳密な真
空解を得た。作用を
S =
∫d2x
√−g
M2p
2
(ψR+
1
M2s
RF ()R+1
2(∇ψ)2
)
176
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
としてミンコフスキー時空解を得、一方で作用を
S =
∫d2x
√−gψ
(F ()
R
2+ Λ
)として AdS/dS時空解を得られた。
今後の展望としては、今回用いた計算の手法を
生かして、今回はできなかった (1+1) 次元の IDG
のブラックホール解を導くことと、それを (3+1) 次
元に拡張することである。そうすることで IDG の
目的である所の、特異点の回避が厳密にできている
のかを確かめる。また、現実のブラックホールの観
測結果と、IDGを用いて得られた時空の性質を比べ
て、どの程度現実世界を表現できているかを調べる
ことも将来的な課題となる。
5 Reference
[1] T.Biswas, E.Gerwick, T.Koivisto, & A.Mazumdar 2011, arXiv:1110.5249
[2] T.Biswas, AConroy, A.S.Koshelev, & A.Mazumdar 2014, arXiv:1308.2319
[3] L.Buoninfante, G.Harmsen, S.Maheshwari, & A.Mazumdar 2018, arXiv:1804.09624
[4] A.SCornell, G.Harmsen, G.Lambiase, & A.Mazumdar 2018, arXiv:1710.02162
177
——–index
重宇43
Janis-Newman Algorithmとその拡張について東京学芸大学教育学研究科物理学教室
太田渓介
178
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Janis-Newman Algorithmとその拡張について太田渓介 (東京学芸大学大学院)
Abstract
Janis-Newman Algorithm(JNA)は、アインシュタイン方程式の静的球対称解をシードメトリックとして、定常軸対称解を生成する非常にシンプルなアルゴリズムである。その簡単さからこれまで多くの解が JNA
によって生成され、また JNAの拡張についても広く議論されてきた。本発表では、これまで報告されてきた JNA適用について総括した。さらに、拡張された JNAによって 5次元の de Sitter coreを持つ Regular
BH解から 5次元 Regular-Myers-Perry (RMP)BH解を生成してその性質について論じた。
1 Introduction
一般相対性理論の重要な結果の中に、アインシュタイン方程式の解としてBH解が含まれる、という事実がある。しかし、アインシュタイン方程式は非線形微分方程式であることから、厳密解を得ることは難しい問題である。現実的な BHを記述できる Kerr解は、定常軸対称時空を仮定することで得られるが、一般相対性理論の登場から解が得られるまでにおよそ 50
年もの月日を要している。しかしその直後に、より簡単に Kerr解を生成する方法が Janisと Newmanによって提案された (Newman & Janis 1965)。彼らは、座標の複素化と複素座標変換によって Schwarzschild
解からKerr解を生成できることを示した。この処方を Janis-Newman Algorithm(JNA)と呼ぶ。JNA
は多くの注目を集め、適用可能条件やなぜ機能するのかといったことについて様々な議論がなされてきた。また、JNAと等価な様々なアルゴリズムも開発された。特に、ここでは Giampieriの処方 (Giampieri
1990)を採用している。JNAによってシードメトリックから生成された解は、一般に運動方程式を満たしているとは限らない。しかし、方程式を解くよりも簡単に新しい解を生成できるため、より複雑な構成の解を得ることができると期待される。JNAの拡張はこれまでに広く議論されてきた。例
えば、JNA を任意次元の時空に対しても適用できるようにする定式化が Erbinらによって提案された(Erbin & Lucien 2015)。任意次元に対する JNAは不完全であるものの、3次元と 5次元時空に対しては統一的に議論することができるようになった。実
際に、rotating BTZ解や、5次元Myers-Perry(MP)
解を生成できることが示された。このように、JNAは簡単に解を生成できるため非
常に有用である反面、議論の曖昧さから様々な誤った主張が存在する。そこで、本発表では JNA とその拡張について今まで報告されてきた成果を総括する。さらに、Erbinらによって提案された 5次元のJNAを用いて、Regular-Myers-Perry(RMP)解を生成し、その性質が de Sitter coreを持つ一般的なRegular BHと一致することを示した。
2 Jannis Newman Algorithm
まず、JNAについて簡単なレビューを行う。ただし、ここではオリジナルのNewman-Penrose形式を用いたものではなく、Giampieriの処方を紹介する。JNAは 4つのステップで構成される。
1. grr = 0 になるように null座標 (u, r)を導入する。ゲージ場が存在する場合には Ar = 0となるようにゲージ変換を行う。
2. uと rを複素数、メトリック関数やゲージ場の関数 fi(r)を(経験則に従って)実数値関数 fi(r, r)
に拡張する。
3. dxµ と fi(r, r)に対して、複素座標変換を行う。
4. Boyer-Lindquist座標への座標変換を行う。ここで、変換が有効な微分同相写像であることを確認する。
179
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
具体的に、シードメトリックとして Schwarzschild解を選んで、Kerr解を生成する。
ds2 = −f(r)dt2 + f(r)−1dr2 + r2dΩ22
f(r) = 1− 2m
r
(1)
まず、Eddington-Finkelstein座標 (u, r)をdu = dt−f−1drによって導入すると、
ds2 = −fdt2 + 2dudr + r2dΩ22 (2)
を得る。次に、(u, r)座標を複素化する。これには任意性があるが、経験則から
1
r→ 1
2
(1
r+
1
r
)=
Re r
|r|2, r2 → |r|2 (3)
となることが知られている。今の場合では、
f(r, r) = 1− 2mRe r
|r|2(4)
と複素化する。これに対して複素座標変換
u = u′ + ia cos θ, r = r′ − ia cos θ (5)
を行い、また dxµ については
du → du′ − a sin2 θ dϕ, dr → dr′ + a sin2 θ dϕ (6)
という置き換えを行うと、ds2 = −f (du′ − a sin2 θ dϕ)2 − 2 (du′ − a sin2 θ dϕ)
(dr′ + a sin2 θ dϕ) + ρ2dΩ2
f(r, r) = 1 +Q2 − 2mr′
ρ2
(7)
を得る。ここで、ρ2 = r′2 + a2 cos2 θ とした。最後に、Boyer-Lindquist座標への座標変換を行う。
du′ = dt′ − r2 + a2
∆dr′, dϕ = dϕ′ − a
∆dr′ (8)
ここで、∆(r) = fρ2 + a2 sin2 θとした。この変換が可積分であるためには、∆ = ∆(r)とならなければならない。具体的に∆計算すると、
∆ = −2mr + r2 + a2 (9)
となる。よって、今のケースではBL変換がwell de-
finedであることがわかる。BL変換が可積分である
かの確認はしばしば見落とされがちであるので注意が必要である。この可積分性を要請するとメトリック関数の複素化にかなりの制限がつく。最後に、簡単のためプライムを省略すれば、
ds2 =− f dt2 + 2a(f − 1) sin2 θ dtdϕ+ρ2
∆dr2
+ ρ2dθ2 + (ρ2 + fa2 sin2 θ) sin2 θ dϕ2
(10)
となって、Kerr解を得ることができる。
3 JNAの拡張前節で示した JNAは 4次元の場合に適用したが、
Erbinらによって任意の次元に統一的に拡張できることが示された。我々はこの方法を Schwarzachild型のメトリックを持つ非真空解に適用することを考えた。まず、3次元 BTZ BHに対して JNAを適用し、その結果既知の rotating Regular BTZ BHを得られることを確認した。しかし、この解の性質については既に議論が尽くされていることからそれ以上は扱わない。次に、5次元の Regular BHに対して JNA
を適用し、5次元RMP BHを生成した。特に、シードメトリックを Bardeen BHにした場合については既に議論されているが、ここでは一般的に、de Sittercoreを持つ Regular BHを考えて、その一般的性質について議論した。そこで、シードメトリックとしては
ds2 = −f(r)dt2 + f(r)−1dr2 + r2dΩ23
dΩ23 = dθ2 + sin2 θdϕ2 + cos2 θdφ2
f(r) = 1− µ(r)
r2
(11)
を用いた。また、この時空が
• 時空全域でWECを満たす
• 時空全域でエネルギー密度が正則
• 漸近的平坦な時、有限の ADM質量M を持つ
を満たすとすると、メトリック関数 µ(r)は次の性質を満たす。
• µ(r)は至る所で正であり、さらに単調増加する
180
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
• limr→0
µ(r) =Λ
6r4, Λ ≡ 8πρG(0)
• limr→∞
µ(r) =8
3πM
ここで、重力源のエネルギー密度を ρG(r)とした。このメトリックに対して 5次元に拡張した JNAを適用すると、
ds2 =− dt2 +r2ρ2
∆dr2 + ρ2 dθ2
+µ(r)
ρ2(dt+ a sin2 θ dϕ+ b cos2 θ dφ
)2+ (r2 + a2) sin2 θ dϕ2 + (r2 + b2) cos2 θ dφ2
(12)
を得る。ここで、
ρ2 = r2 + a2 cos2 θ + b2 sin2 θ
Π = (r2 + a2)(r2 + b2)
∆ = Π− µ(r)r2
(13)
とした。また、JNAの過程でメトリック関数 µ(r)を複素化しないことによって、Boyer-Lindquist座標への well definedな座標変換を持つことを確認できる。また、得られた解をアインシュタイン方程式に代入することによって、シードとした非真空解の物質分布が JNAによってどのように変更を受けるのかを調べることもできる。
4 5次元RMP BH解の性質JNAで得られた RMP BH解について以下のように解析した。まず、5次元MP BHが持っていた曲率特異点が、RMP BHでは解消されていることを確認する。クレッチマン不変量を計算すると、
K2 =RµνρσRµνρσ
=1
r2ρ12[ρ8µ′′2 − 4ρ4
(2ρ2µ′r +Aµ
)µ′′
+ 24ABµ2]r2 − 8ρ2Cµµ′r + 2ρ4Dµ′2
(14)
ここで、
A = ρ2 − 4r2, B = 3ρ2 − 4r2
C = ρ4 − 16ρ2r2 + 24r4, D = ρ4 − 6ρ2r2 + 16r4
である。これを原点近傍 r → 0で評価すると、
K2 ≃ Λ2
9
(44
r4
ρ4− 164
r6
ρ6+ 322
r8
ρ8− 288
r10
ρ10+ 96
r12
ρ12
)(15)
を得る。a2 cos2 θ + b2 sin2 θ = 0のときは、K2 ≃ 0
となり、時空はMinkowski flatになる。一方で、MP
BHでは発散する、a2 cos2 θ+ b2 sin2 θ= 0の場合を考える。この場合では ρ2 = r2 となるため、
K2 ≃ 10
9Λ2 (16)
となる。このように原点近傍でクレッチマン不変量は発散せず、有限の値をとることが分かる。他の曲率不変量を計算しても、MP BHでは発散していた量が有限の値をとることが示せる。他にも、MP BHではConical Singuralityが存在していたが、RMP BH
の場合にはそれが解消されていることも確認できた。これらの原因は、MP BHでは原点近傍に存在し
ていた Signular Ringが、RMP BHの場合にはぼやかされて de Sitter diskに置き換わったことであると予想できる。実際に、ϕ2-planeで局所的に回転していない観測者によって測られるエネルギー運動量テンソル
T mn = emµenνT
µν =1
8πemµe
nνG
µν
et =√
|gtt +Ωϕgtϕ +Ωφgtφ|dt
er =√
|grr|dr
eθ =√gθθdθ
eϕ =
√gϕϕgφφ − g2ϕφ
gφφ(−Ωϕdt+ dϕ)
eφ =√gφφ
(gtφgφφ
dt+gϕφgφφ
dϕ+ dφ
)(17)
を計算し、a2 cos2 θ+ b2 sin2 θ= 0の場合に r → 0の極限をとると、
− T 00 = T 11 = T 22 = T 33 = T 44 ≃ − Λ
8π
⇔− ρs = Pr = Pθ = Pϕ = Pφ ≃ − Λ
8π
(18)
を得る。したがって、a2 cos2 θ + b2 sin2 θ = 0の時は r → 0近傍の物質のエネルギー密度と圧力は宇宙定数と近似的に一致することが確かめられた。これはつまり、RMP BHは Singular ringの代わりに de
Sitter diskを有していることを示している。
181
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
次に、このような de Sitter diskを持つことによって BHの構造や性質にどのような影響を与えるか調べる。まず、Horizonについて調べる。Horizonの半径 r+ は次の方程式を満足する。
∆(r+) = (r2+ + a2)(r2+ + b2)− r2+µ(r+) = 0 (19)
したがって、関数∆(r)の振る舞いからHorizonについて考察できる。この関数の典型的な振る舞いを考えると、Horizonを 2つ持つ BH、Horizonが 1つに縮退した半径 r±の extremal BH、Horizonを持たない G-lumpの 3つの場合に分けることができる。しかし、物質分布が滑らかに正則化されることによって、RMP BHは同じADM質量を持つMP BHと比べてHorizon半径が小さくなり、G-lumpが生じやすくなっている。最後に、熱力学的な安定性を見るために、Hawking
温度と比熱について議論した。Hawking温度を計算すると
T+ =1
2π
(r4+ − a2b2
r+Π−
r2+µ′(r)|r=r+
2Π
)(20)
となる。µ(r)が単調増加することからµ′(r)|r=r+ > 0
となる。したがって、Regular BH の温度は、同じADM質量を持つ通常のMP BHよりも低くなる。これは、時空が滑らかに正則化されることによって重力源がぼやかされることに起因すると考えられる。Hawking 温度 T+ の典型的な振る舞いを考えると、r+ = r± において T+ = 0となり、また r+ = rc においてピークを持つ。したがって、一般に Regular
BHのHorizonが一つに縮退する時、Hakwking温度はゼロとなることが分かる。これは蒸発の最終状態でHorizonが一つに縮退してBHは絶対零度に達し、それ以上蒸発することはない物質が生じることを示している。また、比熱は
C+ =dM+
dT+=
4πM+T+
∂T+
∂r+
(21)
となる。ここで、M+(r+) = µ0(r+) > 0 と定義した。今、r+ = r±でHawking温度はゼロとなる。一方で、Hawking温度が r+ = rc においてピークを持つので、温度の微分は r+ = rcにおいてゼロとなり、
r+ < rcの場合には ∂r+T+は正の値、r+ > rcの場合には ∂r+T+は負の値をとることとなる。したがって、比熱C+は r+ > rcでは負の値をとるが、r+ = rcで発散し、r+ < rcでは正の値を持つようになる。さらに、r+ = r± においてゼロとなる。従って、次のような蒸発の過程を辿ると考えられる。まず、負の比熱を持つ BHは熱力学的に不安定であり、加速的に熱を放射して次第に痩せ細っていく。r+ = rsに達すると比熱が発散して熱力学的な相転移を引き起こし、負の比熱を持つ不安定相から正の比熱を持つ安定相に切り替わる。安定相においても緩やかな蒸発のプロセスは続き、最終的には r+ = r±において比熱がゼロとなる。これは温度変化によって BHの質量が変化しないことを表している。つまり、Regular BH
の remnantが熱力学的に安定した物質であり、エネルギーを放出して蒸発しないことを意味する。
5 Conclusion
ここではまず、JNAのレビューを行い、特に表記が簡単になる Giampieriの処方について述べた。その後、JNA の拡張として非真空解への適用について論じた。特に、5次元 RMP BHを JNAによって生成し、その一般的な性質を調べた。曲率特異点やConical Singularityは時空全域で正則になることがわかった。また、その原因を探るために正規直交基底を用いてエネルギー運動量テンソルの成分を計算し、Singular ringが de Sitter diskに置き換えられていることを確認した。また、この BHの構造がどう変化するかを調べるために、Horizon構造や熱力学的性質について議論した。今後の展望としては、任意次元の時空に適用できる JNAの拡張を完成させて、それを用いて生成した Regular BH解の構造を調べたい。
Reference
Newman and Janis. J Math Phys 6.6 (1965), 915-917.
Giampieri. Gravity Research Foundation (1990).
Erbin and Lucien. Class Quantum Gravity, 32.16(2015): 165004.
182
——–index
重宇44
アインシュタイン計量からインスタントンを作る
東京理科大学理学研究科科学教育専攻原健太郎
183
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
リッチ平坦計量からインスタントンを作る
原 健太郎 (東京理科大学大学院理学研究科)
Abstract
我々は H. S. Yang , & M. Salizzoni (2006) の一般化として、アインシュタイン計量がユークリッド空間上
の反自己双対 2-形式から対称 2-形式への写像によって局所的に構築することができることを示した。またこ
の逆としてアインシュタイン計量に少しの条件を課すことで反自己双対 2-形式を局所的に構築することがで
きることを示した。この物理学的意味についても議論する。
1 背景(重力理論・リーマン幾何学)
Definition 1. (M, g)を(準)リーマン多様体とす
る。レビ・チビタ接続 (リーマン接続)から定義され
るリッチ曲率を Rµν、スカラー曲率を Rとする。
Rµν +1
2Rgµν = 0
を満たすとき (M, g)をアインシュタイン多様体とい
う。また上記方程式を(真空の)アインシュタイン
方程式と呼ぶ。
2 背景(マクスウェル方程式・ゲー
ジ理論)
対称行列全体の集合をAltn (R)と表すこととする。つまり
Altn (R) :=F ∈ Mn (R) | FT = −F
と定義する。
Definition 2. 線形写像 ∗ : Alt4 (R) −→ Alt4 (R)を以下で定義する。
∗
0 F12 F13 F14
−F12 0 F23 F24
−F13 −F23 0 F34
−F14 −F24 −F34 0
:=
0 F34 −F24 F23
−F34 0 F14 −F13
F24 −F14 0 F12
−F23 F13 −F12 0
.
次に F を R4 上の Alt4 値函数 F (x)に格上げし、
R4 上の 2-形式
F (x)µν dxµ ∧ dxν ,(∗F (x)
)µν
dxµ ∧ dxν
を定義する。ここではアインシュタインの縮約記法
を使っている。
F :=
0 F12 F13 F14
−F12 0 F23 F24
−F13 −F23 0 F34
−F14 −F24 −F34 0
=
0 E1 E2 E3
−E1 0 −B3 B2
−E2 B3 0 −B1
−E3 −B2 B1 0
とし、
d(Fµνdxµ ∧ dxν
)= 0, d
((∗F)µν
dxµ ∧ dxν
)= 0
を仮定すると、Eµ を電場、Bµ を磁場とするマクス
ウェル方程式が導出される。そこで ∗F = −F とな
るような F をインスタントンという。
Fact 2.1. F がインスタントン条件とビアンキ恒等
式を同時に満たすならば、その F はヤン・ミルズ方
程式の解である。つまり
∗F = −F ,d(Fµνdxµ ∧ dxν
)= 0 =⇒ d
((∗F)µν
dxµ ∧ dxν
)= 0
が成立する。
184
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3 先行研究
S. Lee et al. (2013)においては N. Seiberg, & E.
Witten, (1999)の結果に基づいて 4 × 4反対称行列
F, F , θ の各成分に対して以下のような関係式を与え
ている。
Fµν =
(1
1 + FθF
)µν
µ, ν = 1, 2, 3, 4であり、
θ :=
0 −ζ 0 0
ζ 0 0 0
0 0 0 −ζ
0 0 ζ 0
(1)
である。また対称行列 G, gも
Gµν = δµν + (Fθ)µν =1
2(δµν + gµν)
のように与える。するとつまりは
gµν =
(2(E4 + F θ
)−1
− E4
)µν
ということになる。ただしE4は 4× 4単位行列であ
り F, F に関してはゲージ曲率、g,Gに関しては計量
を想定している。
S. Lee et al. (2013)においては F がビアンキ恒等
式を満たし、F が自己双対であるときの解の一つを
用いた場合 gが江口ハンソン計量になることを示し
ている。この計量はよく知られたケーラー・アイン
シュタイン計量の一例である。F がビアンキ恒等式
を満たすとき gがケーラー計量になることは知られ
ていたが、新たにK. Hara et al. (2015)において我々
はこの結果の一般化として F が自己双対であるとき
は gがエルミート・アインシュタイン計量になるこ
とを示した。つまり
Lemma 3.1. 反対称行列 F−, θ ∈ M4Rに対して対称行列 g ∈ M4Rを
g =
(2(E4 + F−θ
)−1
− E4
)で定義する。ただし
θ =
0 −ζ 0 0
ζ 0 0 0
0 0 0 −ζ
0 0 ζ 0
である。反対称行列 F− を R4 上の 2-形式と思った
時のホッジ作用素に対して
?F− = −F−
を満たす場合
det [g] = 1
となる。
Theorem 3.2. 局所的に R4 を C2 と同一視した場
合、エルミート接続に対するリッチ曲率は
Rjk = ∂j∂k log (det [g]) (2)
で計算される。つまり上記の条件 ?F− = −F−のも
とでは gが計量だとすると
Rjk = 0
すなわちリッチ平坦・アインシュタイン計量を意味
している。
ということを示した。自己双対である F の具体例と
してはインスタントン解がよく知られており、非可換
多様体上のインスタントン解についてはT. Ishikawa
et al. (2015)において計算されている。このインス
タントン解に対応するエルミート・アインシュタイ
ン計量が K. Hara et al. (2015)において計算されて
いる。
4 リッチ平坦計量からインスタン
トンを作る (主結果)
次に、先行研究のの逆について考える。これは、
「計量がリッチ平坦な場合、F インスタントンである
か?」という問いになる。先ずは g(F (x)
)が計量で
ある必要があるが、この条件だけから F (x)は「ほ
ぼ」 反自己双対であるという結論が出てしまう。そ
して「ほぼ」 反自己双対であるという条件に加えて
F (x)が「漸近的にゼロである」条件を課すと、F (x)
は反自己双対になってしまう。
Remark. まず F は交代行列ではあるが、先行研究と
は違いインスタントンであると仮定されていないた
185
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
め F は次のようになる事に注意する必要がある。
F (x)
=
0 F12 (x) F13 (x) F14 (x)
−F12 (x) 0 F23 (x) F24 (x)
−F13 (x) −F23 (x) 0 F34 (x)
−F14 (x) −F24 (x) −F34 (x) 0
.
Definition 3. θは (1)で定義したものとする。E4を
4×4の単位行列とし det[E4 − F (x) θ
]6= 0, であり
F (x)を 4× 4交代行列とする。4× 4行列 g(F (x)
)以下のように定義する。
g(F (x)
):= 2
(E4 − F (x) θ
)−1
− E4. (3)
前述の通り g(F (x)
)が計量である必要があるの
で、g(F (x)
)が対称行列であると仮定する。
Lemma 4.1. も し g(F (x)
)=
2(E4 − F (x) θ
)−1
− E4 が対称行列であると
仮定すると、
F (x) (4)
=
0 F12 (x) F13 (x) F14 (x)
−F12 (x) 0 F14 (x) −F13 (x)
−F13 (x) −F14 (x) 0 F34 (x)
−F14 (x) F13 (x) −F34 (x) 0
(5)
となる。
Proof. 素直に計算すれば結論が導き出される。
以下の記号は便利なので、今後使う。
Definition 4. FC (x)は以下の様に定義される。
FC (x) :=
(F11 (x) F12 (x)
F21 (x) F22 (x)
)
= −1
2
(iF12 (x) −F13 (x) + iF14 (x)
F13 (x) + iF14 (x) iF34 (x)
)
Proposition 4.2. もし g(F (x)
)が (3)と (4)を満
たすとすると、
Det[g(F (x)
)]= 1 + 8iηTr
[FC (x)
]− 32η2
(Tr[FC (x)
])2+O
(η3)
となる。
これ等の準備の後、リッチ曲率について調べてみる。
Lemma 4.3. g(F (x)
)が (3)と (4)を満たすとす
る。するとリッチ曲率 (2)は
Rjk
(F (x)
)= η∂j∂k
(F12 (x) + F34 (x)
)+O
(η2).
Proof.
Rjk (x) = ∂j∂k
[logDet
[g(F (x)
)]]= 2iη∂j∂kTr
[FC (x)
]− 8η2∂j∂k
(Tr[FC (x)
])2− 16η2Tr
[FC (x)
]∂j∂kTr
[FC (x)
]+ 16η2
(∂jTr
[FC (x)
])(∂kTr
[FC (x)
])− 32iη2Tr
[FC (x)
]∂j∂kTr
[FC (x)
]+O
(η3)
Definition 5 (asymptotic to zero). “f (z1, z2)が漸
近的にゼロ”とは以下の様に定義される。
lim|z1|2+|z2|2→∞
f (z1, z2) = 0.
次の「最大値原理」は、調和解析の有名な定理で
ある。
Fact 4.4 (Maximum principle). もし f : C2 −→ Cが以下の条件を満たすとき
∆f (z1, z2) = ∂1∂1f (z1, z2) + ∂2∂2f (z1, z2) = 0
f は調和関数と呼ばれる。調和関数は次の最大値原
理を満たす。K が U の空でないコンパクトな部分
集合である場合、Kに制限された f はKの境界でそ
の最大値と最小値を達成する。f が一定である場合
を除き、極大値または極小値を持つことは出来ない。
186
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Corollary 4.5. f ∈ C∞ (C2,R)とし、f (z1, z2)が
漸近的にゼロとする。もし任意の j と k に対して
∂j∂kf (z1, z2) = 0 が成り立つならば、
f (z1, z2) = 0
となる。
Proof. 先ず
∆f (z1, z2) = ∂1∂1f (z1, z2) + ∂2∂2f (z1, z2) = 0.
が成り立つため f は C2 上の調和函数となる。加え
て f が漸近的にゼロであることを合わせると
f (z1, z2) = 0.
ここでこれまでの結果を纏めてみる。
Remark. g(F (x)
)が対称行列であるという事とは
つまり
F (x) =
0 F12 (x) F13 (x) F14 (x)
−F12 (x) 0 F14 (x) −F13 (x)
−F13 (x) −F14 (x) 0 F34 (x)
−F14 (x) F13 (x) −F34 (x) 0
と い う こ と を 意 味 す る 。合 わ せ て Fij (x)
が 漸 近 的 に ゼ ロ で あ る こ と を 仮 定 す る と
∂j∂k
(F12 (x) + F34 (x)
)= 0となり、それは
F12 (x) = −F34 (x)
を意味する。
Theorem 4.6 (Main Theorem). もし Fij (x)が漸
近的にゼロであり、Rjk (x) ≡ 0 (mod η2) だとする
と F は反自己双対行列になる。つまり、
Rjk
(F (x)
)≡ 0 (mod η2), lim
|z1|2+|z2|2→∞F = 0 =⇒ ∗F− (x) = −F− (x)
Proof. もし Rjk (x) ≡ 0 (mod η2) ならば
∂j∂k
(F12 (x) + F34 (x)
)= 0 であり Fij (x) は
漸近的にゼロなので
∗F− (x) = −F− (x) .
Reference
H. S. Yang , & M. Salizzoni, Phys. Rev. Lett. 96(2006), 201602 doi:10.1103/PhysRevLett.96.201602[arXiv:hep-th/0512215 [hep-th]].
S. Lee, R. Roychowdhury, & H. S. Yang,2013 Phys.Rev. D 88 086007 doi:10.1103/PhysRevD.88.086007[arXiv:1211.0207 [hep-th]].
N. Seiberg, & E. Witten,1999 JHEP. 9 032, [hep-th/9908142].
T. Ishikawa, S. I. Kuroki, & A. Sako,2001 JHEP0111 068 doi:10.1088/1126-6708/2001/11/068 [hep-th/0109111].
K. Hara, A. Sako, & H. S. Yang, arXiv:1809.02328 [hep-th].
187
——–index
Holographic Entanglement Entropy
大阪市立大学理学研究科数物系専攻佐田彩夏
188
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Holographic Entanglement Entropy
佐田 彩夏 (大阪市立大学大学院 理学研究科)
Abstract
はじめにエンタングルメントエントロピーの定義や性質を紹介する。次に Anti-de-Sitter時空の特徴を述べ
AdS/CFT対応の考え方を紹介する。この応用として提案された笠・高柳公式を用いて AdS上で計算したエ
ンタングルメントエントロピーが共形場理論での結果に賛成するかを検討する。最後に漸近的に AdSとなる
BTZブラックホールのエンタングルメントエントロピーを求める。つまり論文 [1]に登場するパーツたちの
基礎的な概念からはじまる簡単なレビューである。
1 Introduction
エンタングルメントエントロピーは量子多体系で
の臨界現象の研究や量子情報理論での量子コンピュー
タへの応用により幅広く活躍している。ここでとり
あげる笠・高柳公式はAdS/CFT対応を用いて共形場
理論で計算したいエンタングルメントエントロピー
を AdS 時空上で計算する方法である。この公式は
Bekenstein-Hawking entropyの拡張のような形で記
述されており、ブラックホールのエントロピーをど
う解釈するか考える人たちにとって強力な助け船と
なるだろう。
2 Entanglement Entropy
エンタングルメントエントロピーは量子系の一部
が観測できないときに生じるエントロピーである。こ
の意味でブラックホールのエントロピーと似ている。
そのために場の量子論でエンタングルメントエント
ロピーは盛んに研究されてきた。ブラックホールの
エントロピーと関係づけると量子重力理論の発展の
ためのヒントが得られそうだからだろうか。ところ
で定義は部分系Aに制限した密度行列ρAに対する
von Neumann entropyである。つまり全系を2つの
領域 Aと B に分けたとき
SA = −TrA(ρA log ρA)
ρA = TrBρ
である。これは見えていないBの状態を見えている
Aで見積もっていることになり、どれくらい相関があ
るかという量子エンタングルメントの強さを表して
いると言える。主な特徴は3つある。全系が純粋状態
のとき SA = SBということと劣加法性と強劣加法性
が成り立つことだ。劣加法性はSA+SB ≥ SA+B、強
劣加法性は SA+B +SB+C ≥ SA+B+C +SB である。
3 Anti-de-Sitter space time
AdS時空は Lorentz空間での定曲率空間の一つで
ある。定曲率空間は断面曲率が一定の空間であり断
面曲率の正負、または 0によりさらに3つに分類で
きる。Riemann空間の場合、断面曲率が正ならば球
面、無ければ Euclid空間、負なら双曲空間となる。
今考えたい Lorentz空間の場合は正ならば de-Sitter
時空、無ければMinkowski時空、そして負の場合が
AdS時空である。興味深いことには断面曲率が一定
の場合成り立つ式
Rabcd = K(gacgbd − gadgbc)
と真空の Einstein方程式を使うと宇宙項と対応がつ
き、宇宙項が負の場合はAdS時空であることを確認
できる。
さらに定曲率空間は擬 Euclid空間の2次曲面として
つくることができる。n次元 AdSの場合は負符号が
2つと正符号が n-1個の計量符号をもつ擬 Euclid空
189
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
間から以下のように誘導される。
−(y0)2 − (y1)2 +
n∑i=2
(yi)2 = −a2
そしてこれらの yの設定のしかたにより好きな座標を
貼ることができる。有名なものにGlobal coordinates
や Poincare coordinatesがありこの後でも採用する。
時空の境界の様子について調べるにはペンローズ図
を描くとよい。静的 Einstein時空の有限領域に共形
埋め込みをするとMinkowski時空との大きな違いに
気づく。それは未来の光的無限遠境界が nullではな
く時間的になっていることだ。このおかげである時
刻一定面で起こったことはその後の未来の全ての領
域を覆うことはできない。
4 AdS/CFTcorrespondence
1997年に Maldacena氏が提案した AdS/CFT対
応はホログラフィー原理の一例になっている。ホログ
ラフィー原理とは、ある時空での重力理論がその境界
での重力を含まない場の理論と等価であるという主張
である。そのなかでも AdS/CFT対応は、AdS時空
上の量子重力理論がその境界上の共形場理論 (CFT)
と等価であるというものだ。これはAdS特有の時間
的な境界面にCFTがホログラムのように情報を落と
さずに写っているという考えになっている。AdSの
境界へ向かうことは場の理論のエネルギースケール
が紫外極限へ向かうことが対応づけられ、境界では
スケールを持たないCFTが対応するというわけであ
る。また共形場理論は共形対称性をもつため、対応
するAdS時空の次元が一次元多いことはその意味で
もつじつまが合う。
5 Ryu-Takayanagi formula
2006年に高柳氏と笠氏がAdS/CFT対応を用いて
エンタングルメントエントロピーを計算する方法を
提案した。それが以下の笠・高柳公式である。
SA =γA4G
ここでGはニュートンの重力定数である。この意味は
CFTで知りたい領域 Aのエンタングルメントエン
トロピー SAが、AdS/CFT対応により対応し、かつ
領域Aを境界にもつAdS時空上で、領域Aの端がつ
くる極小曲面 γAから求まるということである。(図 1
参照) 公式を見ると Bekenstein-Hawking entropy
の拡張として捉えられることが分かられるだろう。ま
た極小曲面に比例することからエンタングルメント
エントロピーの紹介した3つの性質を満たすことで
も信頼性を高める。
6 Computations
実際に笠・高柳公式を用いてエンタングルメント
エントロピーを計算してみる。ここでは (1)円周上の
部分系 Aのエンタングルメントエントロピーと (2)
無限にのびる帯上の部分系 Aのエンタングルメント
エントロピーについて取り上げる。まず (1)の状況
は図 2で示すように円周の長さが Lで部分系Aは長
さ lで定義される。角度 θで表すと 0 ≤ θ ≤ 2πlL の領
域を考えることになる。対応する 3次元AdSについ
て、ここでは円を反映しやすい Global coordinates
を採用する。これは以下の計量で表現される。
ds2 = R2(− cosh2 ρdt2 + dρ2 + sinh2 ρdθ2)
さらにこの時間一定面を考え境界付近 ρ = ρ∞で cut
offをいれる。つまりしなければならないことはAdS
の時間一定面上で cut offと Aの領域の両端の交点
で指定される2点を結ぶ測地線の長さを求めること
である。これは AdSの計量から Lagrangianを考え
Euler-Lagrange方程式を解き積分するといった一般
的な方法で解くことができる。しかし積分をしなく
とも解く方法もある。AdSの計量の時間一定面が双
曲面になっていることから、Minkowski時空上の超
曲面として捉え直すとよい。すると、Euclid空間の
超曲面では法ベクトルを含む 2次元平面とそれの交
線が測地線となる性質を利用することができること
に気づく。計算した測地線の長さを笠・高柳公式に
代入した結果は次のようになる。
SA =R
2Glog(eρ∞ sin(
πl
L))
CFTで求められている結果との比較のため、c = 3R2G
という中心電荷 cとAdS半径Rの関係式 (Brown, J.
190
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
D. Henneaux, M. (1986))を使う。また cut offの対
応 eρ∞ ∼ Lϵ を用いることで
SA =c
3log
L
ϵsin(
πl
L)
が得られ CFT での結果と一致するものとなってい
る。
次に (2)について考える。ここでは高次元の場合を
扱う。d+1次元CFTでのエンタングルメントエント
ロピーを以下の計量で表されるPoincare coordinates
を用いて d+2次元 AdS時空上の極小曲面から計算
する。
ds2 = R2
(dz2 − dx2
0 +∑d
i=1 dx2i
z2
)
図 3(既に時間一定面を表している。)で示すように
xiの i = 2, ..., dの方向に無限にのびている長さを L
とし、部分系 Aは −l/2 ≤ x1 ≤ l/2の領域に AdS
上で対応させる。このように設定することで zが x1
にのみ依存するので一般的な測地線を求める方法が
利用できる。以下のような結果が得られる。
SA =Rd
4G
[2
d− 1
(L
ϵ
)d−1
−2dπd/2
d− 1
(Γ(d+1
2d )
Γ( 12d )
)d(L
l
)d−1
この結果を厳密に比較することは難しい。なぜなら
CFTでの計算が困難なために結果が得られていない
からだ。しかしCとDを定数として次のような関数
形で表されることは知られており、このレベルでは
一致することが確認できる。
SA = C
(L
ϵ
)d−1
+D
(L
l
)d−1
また d = 3の場合で AdS5× S5上のタイプ IIB超弦
理論とN=4超対称ヤン・ミルズ理論のAdS/CFT対
応を用いた比較を考える。しかし現在 CFT での強
結合の場合を計算することはできていないため、代
わりに弱結合極限での結果を用いると cut offに依存
しない有限部分について、ずれてはいるが同じオー
ダーとなる。そうはいっても比較対象が異なってい
るためこのずれは期待されるべきものである。した
がって高次元のエンタングルメントエントロピーの
計算は、笠・高柳公式によってはじめて計算できる
ようになったのかもしれない。
7 BTZ Black hole
BTZブラックホール時空は原点から十分にはなれ
たところでAdSに似ている。これを漸近的にAdSな
時空という。つまりここでも AdS/CFT対応が成り
立つと期待できる。回転しない場合を考えると計量
は以下で表される。
ds2 = −r2 − r2+
R2dt2 +
R2
r2 − r2+dr2 + r2dx2
座標変換により以下の Global coordinatesに似た形
に行き着く。
ds2 = R2(− sinh2 ρdt2 + dρ2 + cosh2 ρdθ2)
すると円周上の場合と同様な方法で測地線の長さが
求まりエンタングルメントエントロピーは
SA =c
3log
β
ϵsinh(
πl
β)
となる。ここで温度 T = 1/βである。また βはwick
回転したBTZブラックホールの計量が原点でコニカ
ル特異点を持たないために設定されるユークリッド
時間の周期である。これは同じ有限温度をもつ2次元
CFTでの空間方向が無限にのびている場合の部分系
l上のエンタングルメントエントロピーの結果に等し
い。つまりブラックホールという避けなければなら
ない障壁があることは温度をもつ場合、つまり混合
状態の CFTに対応づけられる。このとき SA = SB
が成り立たないことはエンタングルメントエントロ
ピーの定義からでも、極小曲面が一致しないことか
らもわかる。さらに図 4に示すように部分系 Aの領
域を小さくしていくとその他の領域である部分系 B
のつくる極小曲面は途中で部分系 Aと同じ極小曲面
とブラックホールを覆うものに分かれた方が小さく
なる。このとき SB − SA = SBH が成り立つ。
8 Future work
まずはAdS/CFT対応について両者の知識を深め、
この対応が決して魔法のようなものではなく、そうで
191
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
なければならないものと思えるように勉強を進めた
い。特になぜMinkowski時空の null面ではなくAdS
時空の時間的な境界面が選ばれるのかを理解したい。
また、時間依存する時空での極小曲面を考えたい。そ
うすればCFTでのエンタングルメントエントロピー
からブラックホールのエントロピーを求めることで
ブラックホールの時間発展がわかるかもしれないと
考える。そこでCFTでの計算が難しくても観測量を
用いてエンタングルメントエントロピーを予想する
というアプローチの可能性も考えたい。
Figures
図 1: 笠・高柳公式の極小曲面
図 2: (1)円周上の場合
図 3: (2)無限にのびる帯上の場合
図 4: BTZ Black hole
Acknowledgement
このレビューにあたって多くの助言をくださった
吉野裕高氏、栗田泰生氏に心から感謝いたします。ま
た、質問を受け付けてくださった研究室の先輩方に
感謝いたします。
Reference
[1] S. Ryu and T. Takayanagi, Phys. Rev. Lett. 96(2006), 181602 [arXiv:hep-th/0603001 [hepth]]別冊数理科学 ホログラフィー原理と量子エンタングルメント 高柳匡 サイエンス社一般相対性理論 佐藤文隆, & 小玉英雄 1992, 岩波書店量子系のエンタングルメントと幾何学 ホログラフィー原理に基づく異分野横断の数理 松枝宏明 2016, 森北出版
192
——–index
Calculates Spectral index for Multiple Scalar Fields
大阪市立大学理学研究科数物系専攻小久保裕貴
193
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Calculate Spectral index for Multiple Scalar Fields
小久保 裕貴 (大阪市立大学大学院 理学研究科)
Abstract
一様等方宇宙における粒子地平面問題や平坦性問題を解決する理論として、宇宙初期に空間スケールが指数
関数的に膨張するというインフレーション理論がある。インフレーションはハッブルパラメーターより大き
な波長の古典揺らぎを生成し、これが初期揺らぎを与える。初期ゆらぎのスペクトル指数 ns とテンソルス
カラー比 r を比べたものがよく観測量として比較されるため、まずはスペクトル指数の計算方法を追うこと
を目標とした。考える場として最も簡単な単一スカラー場を勉強した後に最終的に複数スカラー場における
スペクトル指数の計算を目標にしている。
1 Introduction
宇宙初期に空間スケールの指数関数的な膨張があっ
たというインフレーション理論。この時に生成され
た揺らぎが現在の宇宙の構造の元になったと考えら
れている。実際に観測量できる値のスペクトル指数
を計算することでインフレーション理論の正当性に
ついて考えたい。
ここではまず単一のスカラー場がある場合の揺らぎ
について議論した後スペクトル指数を計算し、複数
のスカラー場がある場合のスペクトル指数の計算を
試みる。
2 単一スカラー場の初期揺らぎ
単一のスカラー場に対して一様等方成分の背景場
ϕ(τ)とそこからのズレの摂動成分 δϕ(x, τ)がある場
合を考える。この時計量は
g00 = −a2(1 + 2A) g0i = −a2Bigij = a2(γij + Cij)
となる (A,B,Cは摂動パラメーター)。ゲージ変換に
おけるゲージ不変量は
δϕ(GI) = δϕ− ϕ′(B(s) + E(s)′)
と計算できる。ここでB(s), E(s)は計量の摂動のB,C
のスカラーパートで ′は共形時間 τ での微分を表し
ている。この時スカラー場の運動方程式は
ϕ′′ + 2Hϕ′ + a2dV
dϕ= 0
δϕ′′ + 2Hδϕ′ − (∆− a2d2V
dϕ2)δϕ
− ϕ′(A′ −Bi|i − Ci
i′) + 2a2
dV
dϕA = 0
である (H = aH)。この条件でのバーディーン方程
式は
Φ′′ + 2
(H− ϕ′′
ϕ′
)+
1
3
(1 +
2ϕ′′
Hϕ′
)∆Φ
+ 2
(H′ −H ϕ′′
ϕ′
)= 4πGa2PϕΓϕ
であり (Φはゲージ不変ポテンシャル)、スカラー場
のエントロピー揺らぎ Γϕ は
PϕΓϕ = − 1
6πGHϕ′dV
dϕ∆ϕ
と計算できる。
ここでスローロール近似に関する関係式をいくつか
あげる。
ϕ′ ≃ − a2
3HdV
dϕ
ϕ′2 ≪ 2a2V (ϕ) ,∣∣ϕ′′ −Hϕ′∣∣≪ 3H
∣∣ϕ′∣∣ϕ′2 ≃ 2a2V
3ϵ , H′ ≃H2(1− ϵ) , ϕ′′ ≃ Hϕ′(1 + ϵ− η)
スローロールの最低次でエントロピー揺らぎは
Γϕ ≃ −4
3
∆Φ
H2
194
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
となる。フーリエ空間でこれは (k/H)2に比例するの
で、ハッブル半径より大きな波長ではエントロピー揺
らぎが無視できる。つまり単一スカラー場のスロー
ロール・インフレーションによる初期揺らぎは断熱
揺らぎとなる。
3 スペクトル指数
ϕ(GI) に変わるゲージ不変量の取り方が可能で
u = −aϕ′
Hζ
となる。ζ は曲率揺らぎ、uはムハノフ-佐々木変数
と呼ばれるものである。スカラー場の発展方程式と
バーディーン方程式をムハノフ-佐々木変数を使って
書くと
u′′ −∆u− z′′
zu = 0 , z =
aϕ′
Hとなり、この運動方程式を導く作用積分を導出する
ことができてそこから量子化の手続きを踏むことが
できる。フーリエ変換した uの真空期待値からゆら
ぎのパワースペクトル Pu(k, τ)を
⟨0 |u(k, τ)u(k′, τ)| 0⟩ = (2π)3δD3(k + k′)Pu(k, τ)
で定義する。この時ハッブル半径を超える波長に対
する曲率揺らぎに対するパワースペクトルは
Pζ(k) =2πGH2
ϵk3
(k
H
)2η−6ϵ
=2πH2
mpl2ϵk3
(k
H
)2η−6ϵ
となり、これを無次元化すると
Pζ(k) =4π
mpl2ϵ
(H
2π
)2(k
H
)2η−6ϵ
となる。これはスローロールの最低次で k依存性が
消えてスケールによらず一定になるのでスケール不
変スペクトルという。
初期曲率揺らぎのパワースペクトルに対する k依存
性を kns−1 と表すと
ns = 1− 6ϵ+ 2η
でこのnsが初期ゆらぎのスペクトル指数である。また
ns(k) = 1 +d lnPζ
d ln k
で有効スペクトル指数を定義できる。スローロール
パラメーターの微分やインフレーション中にハッブ
ルパラメーターがほぼ一定であることを利用すると
dns
d ln k= 16ϵη − 24ϵ2 − 2ξ2
4 複数のスカラー場
複数のスカラー場がある場合の一般的な作用は
S =
∫ [1
2habg
µν∂µϕa∂νϕ
b − V (ϕ)
]√−gd4x
とかける (hは ϕ空間の計量)。この時背景場に関す
る運動方程式は
Dϕa
dt+ 3Hϕa + habV,b = 0
となる。また摂動に関しては
3HDδϕk
a
dt−Ra
bcdϕbϕcδϕk
d = 3ϕaϕbhbcδϕkc
この場合の量子化の手続きは単一スカラー場の時に
習って
2π2
k3PRδ3(k − l) = ⟨Rk(t2)Rl
∗(t2)⟩
=∑α
∂N
∂ϕa
∂N
∂ϕbϕk
aαϕkbαδ3(k − l)
とパワースペクトルを定義できて、スペクトル指数は
nR − 1 =d lnPR
d ln k
= 3 +k3
2π2PR
∑α
∂N
∂ϕa
∂N
∂ϕb
D(ϕkaαϕk
bα)
∂ ln k
ここで単一スカラー場であればこの微分を容易に実
行できるが複数スカラー場の場合は計算が複雑にな
る。微分が(D
∂ ln k
)a=const
=
(D
∂ ln a
)k/a=const
−(
D
∂ ln a
)k=const
であることに注意して
nR − 1 = 2H
H2− 2
k3
2π2PR∑α
∂N
∂ϕa
(ϕaϕb
H2hbd +
1
3Ra
bcdϕbϕc
H2− V ;a
;d
V
)ϕk
daϕkeα ∂N
∂ϕe
195
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
これにスローロール条件を適用すると
nR − 1 = 2H
H2− 2
1 + ∂N∂ϕa
(13R
abcd V;bV;c
V 2 − V ;ad
V
)∂N∂ϕd
hef ∂N∂ϕe
∂N∂ϕf
とスペクトル指数を計算できる。
5 今後の展望
複数のスカラー場がある場合の計算は非常に複雑
なためこの論文を最後まできっちり追い切ることが
当面の目標です。そこから ns − r図を理解するため
にテンソル-スカラー比を勉強してより幅広く論文を
読めるようになりたいと考えています。
6 参考文献
宇宙論の物理 2014 (松原隆彦)。
Progress of Theoretical Physics, Vol. 95, No.1, Jan-
uary 1996(M. Sasaki and E. D. Stewart)。
196
——–index
大スケールの非一様等方性を持つ宇宙での構造形成
九州大学理学府物理学専攻山下晃毅
197
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Large scale structure with super-horizon isocurvature dark
energy
山下 晃毅 (九州大学大学院 理学府物理学専攻)
Abstract
標準宇宙模型では背景時空の空間的一様等方宇宙を仮定している(宇宙原理)。しかし、WMAPなどの観
測から大スケールで非一様性または非等方性の可能性を示唆する観測 (例えば、Eriksen et al (2007))が指摘
されている。今回は Supercurvature dark energy model(Y. Nan et al (2019))を動機として、大スケール
の非一様等方性を持つ宇宙の模型を調べた。今回の解析では、現在のホライズンスケールより十分大きなス
ケール(Superhorizon scale)で O(1)の揺らぎを持つスカラー場の模型を想定し、そのポテンシャルエネル
ギーが加速膨張を説明する模型を、大スケールでの非一様性を持つ宇宙原理を破る模型として考えた。また、
簡単化のためこの模型での空間曲率 K は K = 0を仮定し、この模型での銀河の構造形成について調べるこ
とによって、この模型が示す理論予言を解明することを目指す。銀河の構造形成について調べる前準備とし
て、本発表では Nanらの論文 ( Y.Nan,K. Yamamoto (in prep))をレビューする。まずは Super Horizon
scaleの揺らぎ (SH-mode)を持つ様々な量について紹介する。その後、SH-modeが従う式を Einstein方程
式、Klein-Gordon方程式、膨張宇宙での流体の保存則から導く。最後にそれを解くことによって SH-mode
が満たす解を求める。また、Discussionとして宇宙マイクロ背景放射 (CMB)の観測による SH-modeの制
限を用いてオーダー評価を行った。
1 Introduction
現在、Ia型超新星や宇宙マイクロ波 (CMB)の観測
によって、私達は加速膨張する宇宙に住んでいるこ
とが確認されている。この宇宙の膨張率は遷移赤方
偏移と呼ばれるある特定の赤方偏移で減速膨張から
加速膨張へ変化していることが分かっているが、こ
の相転移の実際の原因は未だ不明なままである。現
在の宇宙を説明するためには、一般相対性理論 (GR)
のなかでエネルギー源の存在を仮定するか、あるいは
GRを修正する模型が考えられている。GRでは現在
の宇宙の加速膨張は、一般にダークエネルギーと呼
ばれる何らかのエキゾチックなエネルギーによって
駆動されていることが分かっている。このダークエ
ネルギーは 1990年代後半から、冷暗黒物質 (CDM)
に加えて宇宙論の重要なテーマとなっており [1]、今
日の宇宙の全エネルギー密度の約 70%を占めている
ことが分かっている。膨張加速を説明する最も単純
で最も一般的な模型であるダークエネルギーとして
の宇宙定数模型は、広範な観測の結果と矛盾してお
らず、現在でも有力なものと考えられている。しかし
一方で、fine tunings problemや cosmic coincidence
problem[2,3]という 2つの大きな未解決問題を含ん
でいる。標準的な宇宙論的模型は大規模な等方性と
均質性を前提としているが、標準的な模型を超えた研
究がいくつか存在する。WMAPデータの解析 [4-6]
によると、宇宙には少量の異方性が存在する可能性
があることがわかっており。現在、標準模型の修正の
可能性が議論されている。 CMB実験 [7]や LSS観
測でも、同様に大域的・統計的等方性の破れを支持す
るものがある。近年、加速する宇宙の様々な側面を
研究するために、多数の異方性を持つ宇宙論模型が
構築されている [8-15]。今回はそのような異方性を持
つ宇宙論模型の中でも、Supercurvature mode dark
energy modelという特定のインフレーションシナリ
オに関連した開いた宇宙を仮定した確率的な大規模
非一様性を持つダークエネルギーの模型 [16]を簡単
化したもの考える。この模型をもう少し具体的に紹
介すると、現在のホライズンスケールより十分大き
なスケール(supercurvature scale)で O(1)の揺ら
198
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ぎを持つスカラー場のポテンシャルエネルギーが加
速膨張を説明する模型であり、大スケールでの非一
様性を持つので宇宙原理を破る模型である。今回は
簡単のため、この模型での空間曲率KをK = 0とし
た模型の Superhorizon mode dark enegy modelを
考える。この模型から導かれる理論予言を解明する
ことを目標として、今回は Superhorizon scaleの揺
らぎ (SH-mode)が従う方程式や、物質優勢期初期で
の解について調べた。
2 SH-modeについて
2.1 SH-modeの量
計算の前に、SH-modeに着目して紹介する。まず
は SH-modeの量として、スカラ―場 ϕ、重力ポテン
シャルΨ、曲率ポテンシャルΦ、密度揺らぎ δ、速度
場 vi があり、それぞれ
ϕ = ϕ0 + ϵ shϕ(t.x)
Ψ = ϵ shΨ(t,x)
Φ = ϵ shΦ(t,x)
δ = ϵ shδ(t,x)
vi = ϵ shvi(t,x)
と書ける。ここで SH-modeは非常に大きなスケール
の揺らぎであるためにホライズンスケール内ではそ
の振幅が微小量になる。これを ϵを用いて表してお
り、O(ϵ)の 2次以上は無視して考える。これらを用
いて線素 ds2 は
ds2 = −(1 + 2ϵ scΨ(t,x))dt2
+ a2(t)(1 + 2ϵ scΦ(t,x))δijxixj
と書ける。
次に SH-modeは多重極展開して四重極までで以下の
ように書き直すことができる。
shϕ(t,x) =
3∑n=1
T(n)i ϕ
(n)1 (t)xi +
5∑n=1
ϕ(n)2 (t)T
(n)ij xjxi
右辺1項目は dipole を表し、2項目は quadrupole
を表している。ここで出てきた T(n)i とは、具体的に
T(1)i =
√34π
1
0
0
,T(2)i =
√34π
0
1
0
T
(3)i =
√34π
0
0
1
と書けるような x成分の dipoleを
表すものであり、T(n)ij も同様に定義する。
初期条件としては、t = 0で shΦ(0,x) =sh Ψ(0,x) =
0であるとして等曲率揺らぎを仮定する。これは、初
期にダークエネルギーが支配的でないためである。
2.2 SH-modeの従う式
次は、SH-modeが従う式について紹介していく。
スカラー場が従う方程式はKlein-Gordon方程式 (ス
カラー場のポテンシャル V (ϕ)を 12m
2ϕ2 とした)で
ある。
1√−g
∂µ(√−ggµν∂νϕ)−m2ϕ = 0 (1)
重力 (曲率ポテンシャル・重力ポテンシャル)が従う
式は Einstein方程式である。
Gµν = 8πG(Tµ(m)
ν + Tµ(ϕ)ν ) (2)
ここで Tµ(m)ν は物質のエネルギー運動量テンソル 、
Tµ(ϕ)ν はスカラー場のエネルギー運動量テンソルで
ある。
物質 (密度揺らぎ、速度場)が従う式として膨張宇宙
での流体の保存則は
連続の式
∂ρ
∂t+ 3Hρ+
1
a∂i(ρv
i) + 3Φρ = 0 (3)
オイラー方程式
∂
∂t(ρvi) + 4Hρvi +
1
a∂j(ρv
ivj) +ρ
a
∂Ψ
∂xi+ 4Φρvi = 0
(4)
である。
この 4つからなる方程式系が今回の理論模型の基
礎方程式である。ここで、物質は dark matterのみ
であること仮定し、流体近似をして考えた。これら
の式に SH-modeの量を代入して SH-modeが従う式
を導出する。
199
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3 Result
まず Backgroundは
ϕ0(t) + 3H(t)ϕ0(t) +m2ϕ0(t) = 0
3H2 = 8πG(1
2ϕ20 +
1
2m2ϕ2
0 + ρ0)
(2a
a+H2) = 8πG(
1
2m2ϕ2
0 −1
2ϕ20)
ρ0 + 3Hρ0 = 0
に従う。ここで ρ0 : 密度の background、m : スカ
ラー場の質量である。
SH-modeも同様に
ϕl + 3Hϕl +m2ϕl + (3Φl − Ψl − 6HΨl)ϕ0
− 2Ψlϕ0 = 0
3H(Φl −HΨl) = 4πG(ρ0δl +m2ϕ0ϕl
− ϕ20Ψl + ϕ0ϕl)
Φl −HΨl = −4πG(ρ0V′l + ϕ0ϕl)
Ψl +Φl = 0
δl + 3Φl = 0
V ′l −Ψl = 0
V ′l ≡ −aVl
(l = 1, 2)
に従う。これらから SH-modeの解を求める。物質優
勢期初期 (a → 0 or t → 0)という条件の下では解析
的に解を求められ、backgroundの解は
ρ0 = 3H20Ωma−3M2
pl
ϕ0 = ϕ0F (1− m2t2
6)
M2pl =
1
8πG
となる。ここで F : const,Ωm :密度パラメータ,ϕ0 :
スカラー場の次元を持つ定数である。
SH-modeの解は
δ(n)l ≃ −27
22α(n)l m2rF t2
Φ(n)l ≃ 9
22α(n)l m2rF t2
V′(n)l ≃ − 3
22α(n)l m2rF t3
ϕ(n)l ≃ ϕ0α
(n)l (1− 1
6m2t2)
Ψ(n)l ≃ − 9
22α(n)l m2rF t2
r ≡ 1
6
(ϕ0
Mpl
)2
α(n)l : const
となる。
4 Discusssion
宇宙マイクロ背景放射(CMB)の観測から曲率ポ
テンシャルの quadrupoleと速度場の dipoleに以下
の制限があることが分かっている [17,18]。
shvi(dipole)(a = 1, xi =ei
H0) ≤ 1× 10−3
shΦ(quadrupole)(a = 1, xi =ei
H0) ≤ 7× 10−5
eiは単位ベクトル。これを用いて SH-modeに制限を
与える。
スカラー場の backgroundと SH-modeの解は
ϕ = ϕ0 + ϵ shϕ
ϕ0 = ϕ0ϕ0 ≡ ϕ0F (1− m2t2
6)
shϕ =3∑
n=1
ϕ(n)1 (t)T
(n)i xi +
5∑n=1
ϕ(n)2 (t)T
(n)ij xjxi
ϕ(n)l ≃ ϕ0α
(n)l (1− 1
6m2t2)
(l = 1, 2)
である。これより、
ϵ shϕ
ϕ0=
ϵ∑3
n=1 α(n)1 T
(n)i xi
F+
ϵ∑5
n=1 α(n)2 T
(n)ij xixj
F
≡ ∆1 +∆2
200
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
という Background の振幅に対して SH-mode の振
幅がどの程度あるかを表す量を定義する。∆1 は
SH-modeの dipoleの非一様性、∆2 は SH-modeの
quadrupoleの非一様性をあらわす。これに先ほどの
制限を用いると
shvi(a = 1, xi =ei
H0) ≃ 3
22
0.7
( 2740 )32
∆1 ≤ 10−3
∆1 ≤ 6× 10−3 (5)
shΦ(quadrupole)(a = 1, xi =ei
H0) =
2
11
(1− Ωm)
(Ωm)∆2
≤ 7× 10−5
∆2 ≤ 2× 10−4 (6)
以上より、2つの制限を求めた。∆1,∆2 を用いて δ
等の様々な量を表すことができるので、速度場と曲
率ポテンシャル以外の SH-modeの量に対する制限を
得られる。
5 まとめ
まずは SH-modeの様々な量について紹介し、SH-
modeが従う式を Einstein方程式、Klein-Gordon方
程式、膨張宇宙での流体の保存則から導いた。更に
それを解くことによって SH-modeが満たす解を求め
た。Discussionとして宇宙マイクロ背景放射 (CMB)
の観測による制限を用いて求めた解への制限を求め
た。
今後の展望として、今回求めた解を用いて大スケー
ル非一様性を持つ宇宙での銀河の構造形成について
調べていきたい。
6 参考文献
Reference
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D 9, 373 (2000)
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(2009)
[5]G. Hinshaw et al., Astrophys. J. Suppl. 148, 135
(2003)
[6]J. Jaffe et al., Astrophys. J. 629, L1 (2005)
[7]H. K. Eriksen, A. J. Banday, K. M. Gorski, F. K.
Hansen, P. B. Lilje, Astrophys. J. 660, L81 (2007)
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[11]R.K. Muharlyamov, T.N. Pankratyeva, In-
dian J. Phys. DOI:/10.1007/s12648-019-01559-8
(2019)
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99, 023516 (2019).
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[14]B.Mishra, Pratik P. Ray, S.K.J. Pacif, Eur.
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[16] Y. Nan, K. Yamamoto, H. Aoki, S. Iso, and D.
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Phys. Rev. Lett., 39, 898(1977)
[18]Rees, M. J., Sciama, D. W. , Nature, 217,
511(1968).
[19] Y.Nan,K. Yamamoto in prep
201
——–index
(2+1)次元レギュラーブラックホール時空における光子のホライゾン内部の軌道
東京学芸大学教育学研究科 教育実践専門職高度化専攻須永真穂
202
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
(2+1)次元レギュラーブラックホール時空における
光子のホライゾン内部の軌道
須永真穂 (東京学芸大学大学院 教育学研究科)
Abstract
本研究では、非可換幾何学に動機づけられたレギュラーブラックホールを取り上げ、ブラックホールの内
部構造について調べた。特に、(2+1)次元でのレギュラーブラックホール時空と BTZブラックホール時空
における光子の軌跡を調べ、比較した。その結果、(2+1)次元レギュラーブラックホール時空の外部での光
子の軌道のほうが外側に膨らんでいることが分かった。このことから、内部のソースの影響がホライゾン外
部の光子の軌道に影響を及ぼすという結論が得られた。
1 Introduction
ブラックホールは極めて高密度な天体であり、そ
の重力は非常に強く、光ですら脱出できなくなる領
域をもつ。その境界をホライゾンと呼ぶ。一般相対
性理論からは、ブラックホールの内部にはその強い
重力のためにブラックホール内部の物質が一点に集
まる特異点があると考えられるが、そこでは物質の
密度や曲率が発散しており、一般相対論が破綻する
という自己矛盾をはらむ。
そのため、ブラックホールの内部構造を詳細に調
べて、特異点の真の姿を明らかにすることはブラッ
クホールの研究に重要であり、様々なアプローチか
ら研究されている。そのひとつが一般相対論の枠組
みの中で、特異点の無いブラックホール解を考える
もので、それら特異点の無いブラックホールは総称
してレギュラーブラックホールと呼ばれる。
例えば、そのひとつに非可換幾何学に動機づけら
れた Noncommutative Black Hole (NCBH) がある
(Nicolini et al. 2006)。これは、座標に時空非可換
性の影響を考慮し、ガウシアンにぼやけた物質分布
を考えるというものである。
Nicoliniらは (3+1)次元の静的球対称解をはじめ、
様々なレギュラーブラックホールを考えたが、Ra-
hamanらはNicoliniらの研究を (2+1)次元に拡張し
た (Rahaman et al. 2013)。(2+1)次元で考えられる
ブラックホール時空は (3+1)次元ブラックホール時
空と同様の性質を持ち、なおかつ、時空の曲がり方
に局所的な自由度がないため、計算が単純になると
いう利点をもつ。つまり、(2+1)次元時空は比較的
簡単な計算から、大域的な重力の本質を知ることが
できるモデルだといえる。
そこで本研究では簡単のために、(2+1)次元での
レギュラーブラックホール時空における光子の軌跡
を調べた。これにより、物質分布をGaussianソース
に変更したことが光子の軌跡にどのような影響を及
ぼすのかを知ることが目的である。
2 (2+1)次元ブラックホール
1992年に (2+1)次元時空において初めて発見され
た負の宇宙項 Λを持つブラックホール解を BTZブ
ラックホールという。この解は、(3+1)次元時空の
ブラックホールが持つ、質量と電荷と角運動量だけ
を特徴としてもつ。BTZブラックホール時空は、ホ
ライゾンと特異点の両方が存在するが、レギュラー
ブラックホールは、内部に特異点を持たない。例え
ば、Nicoliniらによって提唱されたNoncommutative
Black Hole (NCBH)は、非可換幾何学に動機を持つ
物質分布を仮定することで、特異点を回避している。
具体的には、物質分布をデルタ関数型のものからガ
ウス関数型のものに修正することよりブラックホー
ル解を構築している。本研究で考える (2+1)次元レ
ギュラーブラックホール時空は、その内部に以下の
203
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ガウス関数型の質量分布を持つ。
ρ(r) =M
4πξexp
(− r2
4ξ
)(1)
ここで、M はブラックホールの全質量、ξは物質分
布の広がりを表すパラメーターである。この広がり
は、時空が非可換性を持つことをモデル化したもの
である。
ここで、静的円対称時空を考えると、線素は
ds2 = −f(r)dt2 +1
f(r)dr2 + r2dθ2 (2)
と仮定できる。
この系についてアインシュタイン方程式を解くと f(r)
は、
f(r) = −8M(1− exp
(− r2
4ξ
))+
r2
l2(3)
と求まる。ここで、lは曲率半径である。この解で ξ
を0に近づける極限をとったときの f(r) は BTZブ
ラックホール時空のものに一致する。
3 測地線
測地線とは、任意の時空において 2点間の距離が
最小になるように結んだ線のことである。平坦な時
空ではそれは直線になるが、曲がった時空上では曲
線になる。これは一般相対論では曲がった時空中の
自由粒子の軌道に相当する。測地線を求めるための
方程式は以下のように書ける。
d2xµ
dλ2+ Γµ
νσ
dxν
dλ
dxσ
dλ= 0 (4)
ここで、λは測地線を特徴づけるパラメーターであ
る。本研究では、この測地線方程式を式 (1),(2)およ
び(3)で表されるBTZブラックホール時空や (2+1)
次元レギュラーブラックホール時空を背景として解
き、光子の軌道を求めた。
4 (2+1)次元レギュラーブラック
ホール時空の有効ポテンシャル
光子の軌道を求めるために pµを相対論的運動量と
し、pµpµ = −ϵが成り立つことを使う。ここで、粒
子の質量m、光速 cがともに 1である単位系を用い
ている。ϵ = 1のとき有質量粒子、ϵ = 0のとき光子
のエネルギー運動量保存則を表す。今、静的対称円
時空について考えているため、pt , pϕは保存量にな
る。そこで、pt = −E , pϕ = Lとおく。有効ポテン
シャルを V (r)と定義すると、軌道の式( dr
dλ
)2
= E2 − V (r) (5)
V (r) = f(r)(ϵ+
L2
r2
)(6)
が求まる。図 1及び図 2はそれぞれ光子を BTZブ
ラックホール時空と (2+1)次元レギュラーブラック
ホール時空においてホライゾン外部から発射したと
きの有効ポテンシャルを表す。これらの有効ポテン
シャルを用いることで光子の定性的な振る舞いがわ
かる。また、本研究では、発射する粒子のエネルギー
を一定として打ち出した。グラフの縦軸はポテンシャ
ル、横軸は距離を表す。
図 1: BTZ ブラックホール時空における光子の有効ポテンシャル(E = 10,M = 1, l = 1)
図 2: (2+1) 次元レ ギュラ ー ブ ラックホール時空における光子の有効ポテンシャル(E = 10,M = 1, l = 1, ξ = 1.8)
5 (2+1)次元レギュラーブラック
ホール時空における光子の軌跡
図 1、図 2の有効ポテンシャルの範囲を満たすパラ
メーター領域で測地線を実際にプロットしたものが
図 3から図 6である。図 3と図 4はホライゾンの外
側から光子が発射されたときの軌道、図 5と図 6は
ホライゾンの内側から光子が発射されたときの軌道
である。図の中の円はホライゾンを表す。
図 3と図 4の軌道を比較した結果、BTZブラック
ホール時空と (2+1)次元レギュラーブラックホール
204
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 3: BTZ ブラックホール時空における光子のホライゾン外部から発射したときの軌道
図 4: (2+1) 次元レギュラーブラックホール時空における光子のホライゾ外部から発射したときの軌道
時空においてホライゾン外部から光子が発射された
とき、光子の振る舞いに変化が見られた。具体的に
は、BTZブラックホール時空でホライゾンの外部か
ら光子が発射されたときの軌跡に比べて、(2+1)次
元レギュラーブラックホール時空のホライゾンの外
部から光子が発射されたときのほうが軌道が外側に
膨らんでいた。つまり、(2+1)次元レギュラーブラッ
クホール内部のGaussianソースの影響はホライゾン
の外部の光子の軌道を外側に変化させるということ
がわかる。またここで、Gaussianソースによってホ
ライゾンの位置自体もわずかに変化している。この
ように、光子の軌道に変化が見られた原因としては、
ブラックホール内部の物質分布をデルタ関数型から
ガウス関数型にしたことにより、ブラックホール自
体が光子を引き付ける重力が小さくなったからであ
ると考えられる。
図 5: BTZ ブラックホール時空における光子のホライゾン内部から発射したときの軌道
図 6: (2+1) 次元レギュラーブラックホール時空における光子のホライゾン内部から発射したときの軌道
次に、図 5と図 6軌道を比較した結果、BTZブラッ
クホール時空と (2+1)次元レギュラーブラックホー
ル時空においてホライゾン内部から光子が発射され
たときにも光子の振る舞いに変化が見られた。BTZ
ブラックホール時空でホライゾンの内部から光子が
発射されたときの軌跡に比べて、(2+1)次元レギュ
ラーブラックホール時空のホライゾン内部から光子
が発射されたときのほうが軌道が外側に膨らんでい
た。このように、光子の軌道に変化が見られた原因
としては、ブラックホール内部の物質分布をデルタ
関数型からガンマ関数型にしたことにより、ブラッ
クホール自体が光子を引き付ける重力が小さくなっ
たからであると考えられる。
6 Conclusion
本研究では、ブラックホールの内部構造について
調べるために、(2+1)次元でのレギュラーブラック
ホール時空とBTZブラックホール時空における光子
の軌跡を調べた。今回は時空の非可換性を考慮に入
れることで物質が一点に集まることを防ぎ、特異点
を回避するモデルを考えたが、そこでは時空の非可
換性の効果をソースである流体にしか取り入れてい
ない。そのため、今後は時空自体を直接非可換化す
る方法についても考えていきたい。
7 Reference
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,geometry inspired Schwarzschild black hole,Phys.Lett.
B632(2006) 547
F.Rahaman et al., BTZblack holes inspired by
noncommutative geometry, Phys.Rev., D87(2013)084014
205
——–index
動的な時空での光子球の発展の理解大阪市立大理学研究科数物系専攻
丸尾洋平
206
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
動的な時空での光子球の発展の理解丸尾 洋平 (大阪市立大学大学院 理学研究科)
Abstract
私は現在読んでいる論文の内容を勉強しています。この論文では動的なブラックホール時空での光子球の発展を表す微分方程式を導出しています。そして、ブラックホールの質量が時間発展する動的なブラックホール時空である Vaidya時空を例にして光子半径を数値計算により求めます。私が現在勉強している部分ですが、ゆっくりと回転している Kerr-Vaidyaの時空の光子球の発展とブラックホール・シャドウも示しています。最後にアインシュタイン-ガウス-ボンネット重力の有効な重力子計量が提示されており、この論文では重力子球と光子球と対比されています。
1 Introduction
ブラックホール・シャドーの観測は、近年の宇宙物理の中で非常に重要なテーマである。ただ、ブラックホールは物質を継続的に付加し、大きくなるため一般には静止していません。したがって、静止していない光子球がどのように発展するかを理解することは非常に興味があることです。光子球が2階微分方程式によって示され、様々な動的ブラックホールの関連する微分方程式を解くことにより、回転および非回転のブラックホールの光子球の発展を調べ、いくつかの重要な結果を導きます。
2 静的な球対称なブラックホール時空での光子球
このセクションでは静的および球対称の時空における2階微分方程式となる光子球の発展方程式を導出します。静的な時空の計量をEddinton -Finkestein
座標を用いて
ds2 = −f (r) dv2 + 2drdr + r2dΩ2 (1)
球対称性より、θ=90°の平面を選択する。この時空では、赤道面に円形のヌル測地線が存在します。これは、赤道面に投影された光子球であり、光子円軌道と呼ばれる円を生成します。さらに、ヌル測地線ds=0を用いると
(dϕ
dv
)2
=1
r2phf (rph) (2)
が導出できる。動径方向 rでの測地線方程式はd2r
dλ2−∂f
∂r
(dr
dλ
)(dv
dλ
)+1
2fdf
dr
(dv
dλ
)−rf
(dϕ
dλ
)2
= 0
(3)
である。静的なので光子半径 rph = constから(dϕ
dv
)2
=1
2rph
∂f
∂r|rph (4)
2式と 4式から
rph∂f (r)
dr|rph = 2f (rph) (5)
導かれる。静的で球対称の時空での光子球の半径である。ブラックホールの質量Mとしシュワルツシルト時空を考えると f (r) = 1− 2M
rから、rph = 3Mが
確認できる。
3 動的な球対称なブラックホール時空での光子球
動的なブラックホールが存在する可能性のある物理現象として、ブラックホールがそれを囲む降着円盤に供給される。ブラックホールが物質を放出している。などが挙げられる。このようなブラックホールに関連した計量として、
ds2 = f (r, v) dv2 + 2drdr + r2dΩ2 (6)
207
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
として考えられる。(1)式と似ているが光子軌道が完全に異なる。それは、動的な時空での光子半径は時間発展 rph = rph (v)するからである。動的な時空での光子半径 (赤道面)の時間発展は上記の計量を用いて
d2rphdv2
+drphdv
[3
rphf (rph, v)−
3
2
df
dr|rph]−
2
rph
drphdv
2
+1
2
(f (rph, v)
df
dr
∣∣∣∣rph,v − df
dV
∣∣∣∣ rph,v) = 0 (7)
7式を注目すると関数 f(r, v)を決定する必要があります。3節では、f(r, v)をどのように決めるのかを、動的な時空である vaidya時空を用いて説明します。
4 vaidya時空での光子球の発展方程式
vaidya時空とはブラックホールの質量が時間と共に変化する時空を表している。2節で求めた光子球の発展方程式は Eddinton-Finkelstein座標 v を用いて
ds2 = −(1− 2M (v)
r
)+ 2drdr + r2dΩ2 (8)
で表す。ここで、ヌルエネルギー条件について考えてみる。vaidya時空がアインシュタイン方程式の解であるならば、それに対応する、エネルギー運動量テンソルが存在する。量子力学の効果が考慮せず、エネルギー運動量テンソルにヌルエネルギー条件を満たすので
Tab =1
4πr2dM (v)
dvδvaδvb (9)
よりdM (v)
dv≥ 0 (10)
つまり、質量関数はヌルエネルギー条件を満たすように決めなければならない。7式の方程式は数値計算によって計算する。しかし、2次の微分方程式を解くには、2つの境界条件が必要です。この論文では、ブラックホールが最終的に静的なブラックホールへ落ち着くと想定した。そのため、質量関数が一定値に近づく将来の時間 v = v0とすると、将来の境界条件は rph (v0) = 3M (v0) ,
drph (v0)
dv= 0としています。
5 vaidya時空での光子球の発展方程式 (数値計算
ここでは、vaidya時空の光子球の発展方程式を計算した結果を示します。光子球の発展を計算するために、特に滑らかに変化する質量関数に注意を向けます。論文では、質量関数を
M (v) =M0
2(1 + tanh (v)) (11)
と設定した。これはヌルエネルギー条件を満たし、将来の境界条件 rph (v → ∞) = 3M0,
drph (v → ∞)
dv=
0ここで、vaidya時空における見かけの地平線と事象の地平線を研究することができます。図1は時間 vに対して、上記で設定した質量関数の時間発展を表している。図1の質量関数を使用して 7式を数値計算した結果が図2に表している。そして、見かけの地平線と事象の地平線の時間発展を図3に表した。見かけの地平線が事象の地平線に一致していることがわかる。今回は、11式の質量関数を用いたが、論文では、他の質量関数を使用している。M0はブラックホールの質量の初期値で数値計算にはM0 = 1を採用している。
図 1: 質量関数の時間発展 PHYSICAL REVIEW
D 99, 104080 (2019)から引用
6 今後の展望ここでは、内向きの null座標 vを使用したが、外
向きの null座標 uでは、vaidya時空の計量が変わるため、座標 uでの光子球の発展方程式を求めると、時間発展とともにブラックホールの質量が減少していることが確認されている。これは、ブラックホールが時間とともにエネルギー放出により減少しているこ
208
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 2: 光子半径の時間発展 PHYSICAL REVIEW
D 99, 104080 (2019)から引用
図 3: 見かけの地平線と事象の地平線 PHYSICAL
REVIEW D 99, 104080 (2019)から引用
とを表す。現在、この動的ブラックホール・シャドウの理解をし、vaidya時空でのブラックホール・シャドウを数値計算で行いたいと考えています。また、論文では動的なブラックホールであるドジッター・vaidya時空についての数値計算も行われいるので、他の動的な時空でのシャドウを確認したいです。
Reference
Akash K Mishra,Sumanta,Chakraborty, and SudiptaSarkar, PHYSICAL REVIEW D 99, 104080 (2019)
209
——–index
宇宙の熱的な発展について東京工業大学理学院物理学系
浅利響
210
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
宇宙の熱的な発展について
浅利 響 (東京工業大学大学院 理学院物理学系)
Abstract
現在の宇宙になるまで、過去にはいくつかの出来事が存在する。それは宇宙の膨張に伴った宇宙の温度の変
化によって引き起こされる。
素粒子の標準モデルで言及できる最も高エネルギーでの現象は、電弱相転移である。そこでは、宇宙の温度
に対して、それよりも重い質量を持つ粒子が非相対論的になる。また、電弱相互作用における対称性の自発
的破れによってW± 粒子や Z 粒子が質量を獲得するなどの出来事が起こる。このように、各温度で様々な
現象が起こることを見る。
1 Introduction
宇宙の熱的な性質は温度と共に変化するが、より
高温となる初期の宇宙に遡っていくと素粒子の標準
モデルでは表せない領域になる。このため、これよ
り低い温度の宇宙の性質をここで見る。その中で最
も高温の時に起こる現象は電弱相転移である。また、
それよりも低いエネルギーの現象として、クォーク・
ハドロン転移が存在する。ここでは、この二つに主
に注目する。
2 電弱相転移
温度が 1TeV から 100GeV 程度の場合、素粒子の
標準モデルにある粒子は全て相対論的になる。そこか
ら温度が低くなり、100GeV 程度以下になると、対称
性の自発的破れ SU(2)L ⊗U(1)γ → U(1)EM が起こ
り、弱い相互作用を媒介するゲージ粒子のW±粒子
や Z 粒子が質量を獲得する。また、温度が 100GeV
程度になると、トップクォークやヒッグス粒子が非
相対論的になり、その粒子が寄与していた自由度の
分だけ有効自由度が変化する。
3 クォーク・ハドロン転移
宇宙の温度が 200MeV 程度になると、クォークは
自由粒子として存在することができなくなり、その
束縛状態であるハドロンになっていく。この転移で
は、クォークは強い相互作用をするグルーオンと共
にハドロンに閉じ込められる。すると、様々なハド
ロンが作り出されるが、クォークとグルーオンが有
効自由度に貴よしなくなり、この時点で有効自由度
が大きく変化する。
4 研究計画
上で述べたように、宇宙の温度が変化していくと、
それに伴って様々な相転移などの出来事が起こる。そ
こで、アクシオンのような物質の関与する相転移に
ついて研究したいと考えています。
Reference
松原隆彦 2014, 東京大学出版会
211
——–index
Review: The Detection of the Cosmic Neutrino
Background
東京工業大学理学研究科物理学科HurwitzSaul
212
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
Review: The Detection of the Cosmic Neutrino Background
Saul Hurwitz (Tokyo Institute of Technology, Graduate School of Science, Department of Physics)
Abstract
The ”capturing” of neutrinos on tritium via inverse beta decay at an experiment like PTOLEMY could
lead to direct detection of the CνB. From these experiments, many characteristics of our universe, and
neutrinos themselves, can be illuminated. Examples include whether neutrinos are Dirac or Majorana
particles, and whether or not there is a lepton asymmetry in our universe, among others. Phsyics
beyond the standard model, such as sterile neutrinos, is also considered.
1 Introduction
The standard model of particle physics and the
current theory of the hot big bang have had ma-
jor success in predicting observed phenomena from
aeons ago. Examples such as the cosmic microwave
background (CMB) and the abundances of light el-
ements in the epoch before stars began to form are
the earliest observations we have made of our uni-
verse.
At an even earlier time, the theory predicts the ex-
istence of a cosmic neutrino background (CνB). At
this point in our universe’s history, neutrinos ”de-
coupled” from other particles, meaning that inter-
actions with other particles were exceedingly rare,
even negligible. Because of this, neutrinos produced
then would be free streaming to this day, and can
provide information from the time they decoupled.
Unfortunately, owing to the expansion of the uni-
verse, these neutrinos would have lost most of their
momenta, and will be very non-relativistic. From
the standard model, we know that neutrinos inter-
act only via the weak interaction, and so are very
difficult to detect, even at high energy. Neutrinos
have been detected from astrophysical sources as
well as in labs, but these neutrinos had momenta
much larger than their masses.
Because of this low detection rate, the CνB has not
been directly observed, although indirect evidence
strongly supports its existence. In the coming years,
new detectors hope to capture these neutrinos from
billions of years ago, and provide a new lens through
which to see our past.
2 Theory
In the standard model, we consider that neutri-
nos are chiral, there are 3 flavours, and may be
Dirac or Majorana particles. Thus, at the time of
decoupling, only left-handed neutrinos and right-
handed antineutrinos (neutrinos in the Majorana
case) would exist.
The method of detection is inverse beta decay,
wherein a neutrino is captured by a particle and
ejects an electron and a daughter nucleus. In par-
ticular, we consider the case where the target parti-
cle is tritium, keeping the PTOLEMY experiment
in mind.
The smoking gun of a CνB neutrino is that the
ejected electron’s energy is 2mν higher than what
is possible in normal beta decay. What is measured
is the capture rate: the number of detections per
year, given by Γ = njσjvj , where n is the number
density, v, the velocity and σ is the cross section
of the interaction. This cross section is calculated
using 4-Fermi theory.
213
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
図 1: Here we see the spectrum of the cosmic neu-
trino background detections beside the usual beta
decay endpoint. Owing to issues with energy res-
olution, the peaks are sometimes indistinguishable,
depending on the neutrino mass and the energy res-
olution.
図 2: A more extreme example than the previous
figure, we see the same effects in play. For poor
energy resolution and small neutrino masses, the
cosmic neutrino background signal is lost behind
noise.
3 Discussion
The first characteristic we might be able to de-
tect is the mass ordering, and absolute masses. We
still do not know which is the lightest neutrino, as
we only have the absolute value of the differences
between them. In the graphs shown, we see that an
inverted hierarchy would give a much stronger sig-
nal, as ν1 is the most probable species in the mass
basis owing to the values in the PMNS matrix, so
if it also has the biggest mass, the signal furthest
from beta decay endpoint will also be the largest.
This is the best case scenario for a detection. The
absolute mass of a species can also be read off the
graph easily, as its peak would have an x-axis value
equal to its mass.
The next characteristic we can glean is whether
neutrinos are Dirac or Majorana fermions. Majo-
rana particles are their own antiparticle, so if neu-
trinos are Majorana fermions, the capture rate will
be doubled, as the“ antineutrinos”in the universe
are also neutrinos. Thus, a capture rate Gamma
twice that expected of a Dirac neutrino will be ev-
idence of neutrinos being Majorana particles.
We should also be able to see how neutrinos clus-
ter (the ones that have mass), as there should be
more around earth / the milky way than in vacuum.
This will provide more information about neutrino’s
masses and their gravitational interaction, by the
effect of clustering on the capture rate.
There is also non-standard physics to be consid-
ered. Sterile neutrinos that do not interact weakly,
but can be oscillated into, could exist. These would
be seen in the graphs above with a much larger
gap between the endpoint and the measured mass.
This sterile neutrino species could help explain is-
sues with solar and reactor neutrino experiments,
the hubble constant, tensor perturbations from the
very early universe, and an apparent excess in the
radiative degrees of freedom in the early universe.
Another characteristic we might be able to see
using the capture rate is a lepton asymmetry in the
early universe: this will cause a chemical potential
and enhance detections (or reduce them if there are
more antineutrinos). It might also be possible that
neutrinos decay, into lighter or sterile neutrinos or
something else – this can lead to enhancement or
drop depending on which hierarchy is correct. If
there is any non-standard thermal history, like a
change in the degrees of freedom between the time
214
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
of the CνB and the CMB, this will affect the capture
rate greatly as n, the number density, is a function
of T 3, where T is the temperature.
4 Conclusion
In conclusion, we expect a CνB to exist with cer-
tain properties based on our standard model. De-
tecting these neutrinos and their characteristics will
provide us with a lot of information about the cos-
mos, as well as neutrinos themselves and the stan-
dard model.
Reference:A.J Long, C. Lunardini, E. Sabancilar,
Detecting non-relativistic cosmic neutrinos by cap-
ture on tritium: phenomenology and physics poten-
tial, arXiv:1405.7654v2 [hep-ph], 2014.
215
——–index
5次元ブラックホールにおけるPenrose過程とエネルギー抽出効率
東京工業大学理学院物理学系物理学コース重見優奈
216
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
5次元回転ブラックホールにおけるPenrose過程とエネルギー抽出効率
重見 優奈 (東京工業大学 大学院 物理学系)
Abstract
ブラックホールは全ての物体を吸い込み光ですら抜け出せない強重力の天体である。しかしそのブラックホー
ルからエネルギーを抽出することが理論上可能であり、1964 年に Roger Penrose によって回転するブラッ
クホールから回転のエネルギーを引き抜く機構である Penrose 過程が提唱された。この Penrose 過程は粒
子のエネルギーが負の値を取りうるエルゴ領域の存在が不可欠であり、Reissner-Nordstorm ブラックホー
ル、Kerr-Newmanブラックホールでも電荷、電荷と角運動量をエネルギーとして取り出すことで行うこと
が可能である。ここで、素粒子統一理論の候補である超ひも理論、およびその場の理論の極限である超重力
理論において5次元回転ブラックホール解を構成できる。5 次元回転ブラックホールである BMPV ブラッ
クホールでの Penrose過程を考える。BMPVブラックホールを 5次元から 4次元にコンパクト化した際に
Kerr-Newmanブラックホールの時同様、角運動量と電荷の間にお互いを制限する関係が存在する。その条
件を Kerr-Newmanブラックホールの時と比較すると、BMPVブラックホールの方がより大きな電荷と角
運動量を同時に持つことが可能である。ゆえに Kerr-Newmanブラックホールと 4次元にコンパクト化した
BMPVブラックホールのエネルギー抽出効率を求め、比較をしたい。本研究ではその準備として5次元での
BMPVブラックホールでの Penrose過程におけるエネルギー抽出効率を調べる。
1 Introduction
1.1 Penrose過程
Penrose過程を考えるにはエルゴ領域の存在が不
可欠である。まず無限遠から正のエネルギーをもつ
粒子をエルゴ領域で 2つに分ける。片方の粒子のエ
ネルギーを負になるようにとるともう片方の粒子は
もとの粒子のエネルギーよりも大きくなる。この粒
子を取り出せばエネルギーをブラックホールから取
り出したことになる。
1.2 Kerr-Newmanブラックホール
Kerr-Newmanブラックホールの計量は以下で与え
られる。
ds2 = −ρ2∆
Σdt2 +
Σ
ρ2sin2 θ(dϕ− ωdt)2
+ρ2
∆dr2 + ρ2dθ2 (1)
ρ2 = r2 + a2 cos2 θ (2)
∆ = r2 − 2Mr + a2 +Q2 (3)
Σ = (r2 + a2)2 − a2∆sin2 θ (4)
ω =a(r2 + a2 −∆)
Σ(5)
ここで M はブラックホールの質量、J はブラック
ホールの角運動量、aは J = aM を満たす回転パラ
メータである。また、Kerr-Newman時空でのベクト
ルポテンシャルは
Aα =
(−Qrρ2, 0, 0,
Qr
ρ2a sin2 θ
)(6)
である。事象の地平線は
r+ =M +√M2 − (Q2 + a2) (7)
である。
1.3 BMPVブラックホール
BMPV ブラックホールの計量は以下で与えられ
る。素粒子統一理論の候補である超ひも理論、およ
217
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
びその場の理論の極限である超重力理論において、5
次元回転ブラックホール解を構成できる。その解を
BMPVブラックホールと呼び計量は以下で表すこと
ができる。
ds25 = −Ξ2(dt+Aidxi)2 + Ξ−1ds2E4 (8)
ここで, Ξ = [H2H5(1+ f)]−13 , ds2E4 は4次元ユーク
リッド空間 (xi) = (x, y, z, w)での計量を表し、極座標
変換x+iy = ρ cos θeiϕ, z+iw = −ρ sin θeiψ, (0 ≤ϕ, ψ < 2π, 0 ≤ θ < π
2 )を行うと
ds2E4 = dρ2
+ ρ2(dθ2 + cos2 θdϕ2 + sin2 θdψ2) (9)
と書ける。また、関数 HA(A = 2, 5),Ai, f は以下で
与えられる。
HA = 1 +Q
(A)H
ρ2, (10)
f =Q0
ρ2, (11)
Aϕ =Jϕ2ρ2
cos2 θ, (12)
Aψ =Jψ2ρ2
sin2 θ, (13)
ここで,Q(A)H , Q0, Jϕ Jψ, はBMPVブラックホール
の電荷と角運動量である.また,電場は
E(A)j = ∂j
(1
HA
)(14)
となる。
事象の地平線は ρ = 0に存在し、その表面積は以下
で与えられる。
AH = 2π2
√Q0Q
(2)H Q
(5)H − J2/8 (15)
J2 =J2phi + J2
ψ
2(16)
ゆえに、Q0, Q(2)H , Q
(5)H と Jϕ, Jψの間は以下の関係が
ある。
J2 ≤ 8Q0Q(2)H Q
(5)H (17)
2 Methods
荷電粒子のしたがう運動方程式を計算し、有効ポ
テンシャルを分離すると
r2 + Veff (r) = 0 (18)
Veff (r) ≤ 0 (19)
ここで、有効ポテンシャル Veff (r)は粒子の静止質
量 µ, 粒子の電荷 q, 粒子のエネルギー E, 粒子の角
運動量 L,ブラックホールの電荷 Q,ブラックホール
の角運動量 J をパラメータに含む関数である。こ
の不等式を粒子のエネルギーについて解くと,E ≤Emin(r), Emax(r) ≤ E となり、前者の解は無限遠
にて E = −µ に漸近し負の値になるため不適。また、Emin,max も q, µ,E, L,Q, J を含む関数。Kerr-
Newmanブラックホールも BMPVブラックホール
も事象の地平線上で粒子を 2 つに分けたときに最
大のエネルギー抽出効率を得る。このときのブラ
ックホールへ落ち込む粒子には添え字 in、取り出
す粒子の粒子の添え字は out をつける。このとき、
L = Lout + Lin, q = qout + qin, µ = µout + µin が成
立するのでこれを先ほどの Emax(r)に代入し、以下
の条件を得る。
Eoutmax(r,Q,M, J, q, qout, µ, µout, L) ≤ Eout (20)
Einmax(r,Q,M, J, q, qout, µ, µout, L) ≤ Ein (21)
エネルギー保存Eout+Ein = E,Ein < 0よりEout =
|Ein|+E ≤ |Einmax(r)|+E。ゆえに、取り出す粒子
のエネルギーを最大にするための条件は以下である。
Eoutmax(r,Q, J, µ, µout, q, qout, L) (22)
= |Einmax(r,Q, J, µ, µout, q, qout, L)|+ E (23)
3 Results
3.1 Kerr-NewmanブラックホールでのPenrose過程
Q, Jを同じ値に固定し、Lを変化させたときの qout
に対するエネルギー抽出効率は以下のようになる。エ
ネルギー抽出効率は Lの値に関わらず qoutに比例す
218
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
LKN = -6
LKN = -3
LKN = 0
-10 -5 0 5 100
2
4
6
8
10
qout
efficiencyηKN
図 1: エネルギー抽出効率
る。エネルギー抽出効率 ηと qoutとの関係を式で書
くと以下のようになる。
η = αqout + f(L) (24)
傾き αは事象の地平線上での静電ポテンシャルに一
致する。
3.2 BMPV ブラックホールでの Pen-
roise過程
Q, Jを同じ値に固定し、Lを変化させたときの qout
に対するエネルギー抽出効率は以下のようになる。エ
0 2 4 6 8 10
0
5
10
15
20
qoutBMPV
ηBMPV
図 2: エネルギー抽出効率
ネルギー抽出効率 η と qout の関係は Kerr-Newman
ブラックホールの時と同様に比例関係がある。
η = αqout + β (25)
傾きαはKerr-Newmanブラックホールの時同様、事
象の地平線上での静電ポテンシャルに一致する。残り
の項が Lに依存しなくなる。そこで、J2 ≤ 83Q
3(粒
子がホライズンまで到達できる条件)のもと、Qを固
定し、J の値を変化させたときのエネルギー抽出効
率 ηと qoutの関係は以下のようになった。以上から
𝐽𝐵 = 0
𝐽𝐵 = 1
𝐽𝐵 = 8/3
図 3: エネルギー抽出効率
J を増加させると最大のエネルギー抽出効率は増加
することが示唆される。
4 Conclusion
エネルギー抽出効率 ηと qoutの間には比例関係があ
りその傾きは粒子を分けた事象の地平線上での静電ポ
テンシャルに一致する。残りの部分はKerr=Newman
ブラックホールの場合は Lに依存するが BMPVブ
ラックホールの場合は Lに依存せず J に依存する。
Reference
Kei-ichi Maeda, Nobuyoshi Ohta, Makoto Tanabe.PhysRevD 74,104002. 2006.
219
——–index
自己相互作用ダークマターの作るボゾンスター大阪市立大学理学研究科数物系専攻
奥家健太
220
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
自己相互作用ダークマターの作るボゾンスター奥家 健太 (大阪市立大学大学院 理学研究科)
Abstract
自己相互作用ダークマターの作るボゾンスターに関する論文(Boson Stars from Self-interacting Dark
Matter )のレビューを行う。特に論文では無衝突ダークマターの抱える問題を解決するパラメータスベースに焦点を当てている。
1 Introduction
衝突のない場合のダークマターは宇宙の大規模構造を上手く説明する。一方で、銀河スケール以下を見た場合、様々なが発生する。(cusp-core問題、too-big-to-fail問題、衛生銀河の数)その一つの解決策として、自己相互作用をもつダークマター(SIDM)を考える方法がある。この論文では、SIDMの散乱断面積として CDMの持つ問題を解決できるような範囲について考える。
2 Methods とResults
2.1 SIDM parameter space
CDMの持つ問題を解決できるような SIDMの散乱断面積の範囲として
0.1cm2
g≤ σ
m≤ 1
cm2
g(1)
が有効である。また、SIDMのの系として、以下のようなものを考える
V (ϕ) =m2
2|ϕ|2 + λ
4|ϕ|4 (2)
このときの散乱断面積は
σ =λ2
64πm2(3)
となる。この結果を (1)式に代入すると、( m
1MeV
) 32
<|λ|10−3
< 3( m
1MeV
) 32
(4)
の範囲が有効となる。
2.2 相互作用が斥力の場合相互作用が反発の場合、Colpiの結果を用いること
が出来る。それは、結合された Einstein方程式とクライン・ゴルドン方程式から始まる。A′
A2x+
1
x2
(1− 1
A
)=
(Ω2
B+ 1
)σ2+
Λ
2σ4+
(σ′)2
A
B′
ABx− 1
x2
(1− 1
A
)=
(Ω2
B−1
)σ2 − Λ
2σ4 +
(σ′)2
A
σ′′+
(2
x+B′
2B− A′
2A
)σ′+A
[(Ω2
B− 1
)σ − Λσ3
]= 0
(5)
ここで x = mr、σ =√4πGΦ、Ω = ω/m、Λ =
λM2P/4πm
2で無次元化してある。静的で球対称な時空を仮定すると
ds2 = −B(r)dt2 +A(r)dr2 + r2dΩ2 (6)
となり、関数のA(x)は質量M(x)との間にA(x) =
(1 − 2M(x)/x)−1 の関係ある。また、(4)の範囲では、Λ ≫ 1となり、σ∗ = σΛ1/2、x∗ = xΛ−1/2、M∗ = MΛ−1/2と変数を変換すると、λ−1のつく項は無視できる。以上のことを用いると、方程式はかなりシンプルになる。
σ∗ =
√Ω2
B− 1
M′∗ = 4πx2∗ρ∗
B′
Bx∗
(1− 2M∗
x∗
)− 2M∗
x3∗= 8πp∗ (7)
221
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
ここで
ρ∗ =1
16π
(3Ω2
B+ 1
)(Ω2
B− 1
)p∗ =
1
16π
(Ω2
B− 1
)2
(8)
である。数値的にこれらの式を解くと、ボゾンスターの最大質量が
M < M repmax = 0.22
√λ
4π
M3P
m2(9)
とわかる。さらに、(4)の範囲で λの値が決まるので、ボゾンスターの最大質量の範囲は(
1MeV
m
) 54
3.42× 104M⊙
≤M repmax ≤
(1MeV
m
) 54
6.09× 104M⊙ (10)
となる。
2.3 相互作用が引力の場合相互作用が引力の場合、斥力とは違った方法で最
大質量が求められている。引力の場合の非相対論的な運動
Eψ(r) =
(−∇2
2m+ V (r) +
4πa
m|ψ(r)|2
)ψ(r) (11)
∇2V = 4πGmρ(r) (12)
方程式を数値的に解き解を分析している。このときの最大質量は、
M < Mattmax = m
√X
9|a|=
√320
27
Mp√|λ|
(13)
となる。ボゾンスターの最大質量の範囲は(1MeV
m
) 34
7.37× 10−9kg ≤
Mattmax ≤
(1MeV
m
) 34
1.31× 10−8kg (14)
となる。
2.4 SIDMの作るBSの密度BSが半径 R、質量M、数密度 nBSを持つと仮定
する。また、自由なDMの質量、数密度、自己相互作用断面積をそれぞれm、n、σと置く。DM粒子がほかの DM粒子もしくは BSと衝突する前の平均自由行程はそれぞれ lDM = (nσ)−1、lBS ∼ (nBSπR
2)−1
である。BSと DMの衝突が DM同士の衝突より稀であるとすると λDM ≪ λBS となる必要がある。また、DMの密度は ρDM =MnBS +mnであるこれらの結果を用いると
nBS ≪ σρDM
mπR2 +Mσ(15)
となる。自己相互作用を (3) 式とし、BS の半径を R ∼√|λ|MP/m
2 として評価すると、(15)式は
nBS ≪ ρDM
64πM2
P
|λ|m +M(16)
となる。相互作用が斥力の場合、最大質量は
√λM3
P/m2で
あるので、分母の 2項目が支配的になる。すると、数密度は
nrepBS ≪ m2ρDM√λM3
P
≈ 9× 10−9λ−1/2( m
1MeV
)2
pc−3
(17)
を満たす。したがって、この近似が有効な斥力的ボソン星間の最小平均距離は少なくとも
nrepBS ≈ 5× 102λ2/3( m
1MeV
)−2/3
pc (18)
である。相互作用が引力の場合、最大質量は ∼ MP/
√|λ|
であるので、(16)式の分母の 1項目が支配的になる。
nattBS ≪ |λ|mρDM
64πM2P
≈ 2× 10−5|λ| m
1MeVAU−3 (19)
が得られる。したがって、この近似の下で引力的なboson star 間の最小平均距離は
(nattBS)−1/3 ≈ 40(
|λ|m1MeV
)−1/3AU (20)
である。
222
2020年度 第 50回 天文・天体物理若手夏の学校
3 Conclusion
この論文では自己相互作用を持つダークマターがどのような星を作るかについて調べ、斥力と引力の場合それぞれで最大質量をもつことがわかった。(
1MeV
m
) 54
3.42× 104M⊙
≤M repmax ≤
(1MeV
m
) 54
6.09× 104M⊙ (21)
(1MeV
m
) 34
7.37× 10−9kg ≤
Mattmax ≤
(1MeV
m
) 34
1.31× 10−8kg (22)
この範囲の最大質量をもつボゾンスターが発見されると自己相互作用をもつダークマターがつくったボゾンスターである可能性がある。ただし、このようなボゾンスターがどのように形成されるかについては詳細に分析する必要がある。
Reference
Valeria Diemer, Keno Eilers, Betti Hartmann, Is-
abell Schaffer, and Catalin Toma Phys.Rev. D 88
2013 (レビューした論文)
M. Colpi, S. L. Shapiro and I. Wasserman, Phys.
Rev. Lett. 57, 2485 (1986).
D. J. Kaup, Phys. Rev. 172, 1331 (1968).
223
——–index
Quadratic Estimatorを用いた重力レンズ測定と想定されるバイアス
名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻迫田康暉
224
未提出