370 感染症学雑誌 第53巻 第8号

両 側 性 胸 水 貯 溜 を み たMycoplasma

pneumoniae肺 炎 の1例

川崎市 立川崎病院 内科

安 達 正 則 松 岡 康 夫 東 冬 彦 藤 森 一 平

(昭和54年2月7日 受付)

(昭和54年3月200受 理)

Key words: Mycoplasma pneumoniae, pneumonia, Pleural effusion,

は じめ に

人 体 か ら 分 離 され て い るMycoplasmaは 現 在

まで8種 を数 え て い るが,Mycoplasma pneumo-

niae(以 下M.pneumoniae)を ま人 に 対 す る病 原 性

が 明 らか となつ て い る 唯 一 のMycoplasmaで あ

る1).M.pneumoniaeは 主 と して呼 吸器 感 染 症 を

引 き お こす が,ほ ぼ全 身 の諸 臓 器 を侵 し多 彩 な臨

床 症 状 を 呈 し得 る2).M.Pneumoniaeに 感 染 す る

とそ の3-10%は 肺 炎 にな るが,肺 炎 の病 原 体 と

してM-pneumoniaeの 占 め る位 置 は大 き く,非

流 行 年 で も肺 炎 の10-33%はM.pneumoniaelこ

よる も の で あ り.3-4年 毎 の 流行 年 に は この割

合 は 著 し く 増 加 す る こ とが 知 られ て い る3).M.

pneumoniae肺 炎 のX線 像 に つ い て は これ 迄 多 く

の 文 献 が あ り肺 陰 影 は 一側 性 で 区域 性 で あ る事 が

多 く,ま た 胸 水貯 留 は 稀 で あ る こ とが強 調 さ れ て

きた2)4)～6).

我 々は 両 側 に胸 水貯 留 を 認 め,二 葉 にわ た る肺

陰 影 を きた したM.pneumoniae肺 炎 で低 ガ ンマ

グ ロブ リ ン血症 を 伴 つ た 症 例 を 経 験 した の で,若

干 の文 献 的 考 察 を 加 え 報 告 す る.

症 例 報 告

症例:41歳,主 婦.主 訴:発 熱,咳 嗽,胸 痛.

家 族 歴,既 往 歴 に 特記 す べ き事 な し.

現 病 歴:1975年8月 中 旬 よ り咽 頭 部 の 異和 感 が

あ り,8月29日 近 医受 診.上 気 道 炎 の 診 断 に て

セ フ ァ レキ シ ン2.0g/day投 与 され た が31日 よ り

37.5℃ ～39℃ の発 熱 が1週 間持 続.こ の 頃 よ り咳

嗽.喀 痰(粘 液 膿 性),胸 痛 な どが 出 現 し,9月9

口 入院 した.

入 院 時 現 症:体 格,栄 養 中 等,脈 拍96/分,整.

血圧110/60mmHg.呼 吸 数28/分,起 坐 呼 吸 を 認

む.体 温37.2℃.チ ア ノ ー ゼ,浮 腫 な し.胸 部 で

は左 下 肺 野 に 濁 音界 が あ り,声 音 振 盤 消 失 を 認

め,両 側 中,下 肺 野 に て 有 響 性 の小 水 泡 性 ラ音 聴

取 す る.

入 院時 検 査 成 績(Tablel):赤 沈1時 間 値49

mm-白 血 球 数5,100/mm3で 左 方移 動 な し.血 清

蛋 自 では ガ ンマ グ ロブ リ ン が0.59/100mlと 減 少

して い た.免 疫 血清 学 的 検 査 で はCRP5+.Co-

ombs'test陰 性.寒 冷 凝 集 反 応4倍 以 下.M.pneu-

moniae抗 体 価 は128倍 で あ っ た.入 院 時 の胸 部

X線(Fig.1)で は 右 下 肺 野 に 網 状結 節状 陰影,

Fig. 1 Chest roentgenogram with bilateral lower

lobe infiltrate and left pleural effusion, Septom-

ber 9, 1975.

昭和54年8月20日371

Table 1 Admission laboratory findings .

Fig. 2 Clinical course of the patient .

左 下 肺 野 に均 質 な陰 影 を 認 め た.た だ ち に胸 腔 穿

刺 を行 い30m1の 混濁 した 胸 水 を 採 取 し,蛋 白含

有 量 は3.59/100mlで 細菌 培 養,細 胞診 共 に陰 性

で あ つ た.な お,ツ ベ ル ク リン反 応 は2回 行 い,

疑 陽 性 と陰 性 を示 した.

入 院 後 経 過(Fig.2):入 院 後 も セ フ ァ レキ シ

ン2.0g/dayを 継続 投 与 した が,臨 床 症 状 の 改 善

は見 られ ず,さ らに2日 後 の胸 部x線(Fig.3)

で は右 上中葉 間 胸 膜 腔 に胸 水貯 留 も認 め た .9月

Fig. 3 Chest roentgenogram with bilateral pleural

effusions, September 11, 1975.

16日 に は 左胸 水 は減 少 傾 向 を示 した が ,右 肺 野 の

均 質 な陰 影 と右 上中 葉 胸 水 貯 留 は ほ とん ど変 化 し

なか つ た-こ の 時M.pneumoniaeのCF抗 体 価

が 前 回 の128倍 か ら1,024倍 と有 意 の 上昇 を み ,セ

フ ァ レキ シ ソ 投 与 を 中 止 した :こ の 間 寒 冷 凝 集

反 応 も4倍 か ら512倍 と 上昇 して いた が,貧 血 は

372 感染症学雑誌 第53巻 第8号

Fig. 4 Chest roentgenogram, showing resolution of

infiltrates and effusions, September 29, 1975.

認 め な か つた.9月29日 の胸 部X線(Fig.4)で

は,わ ず か に胸 水 貯 留 が 認 め られ た が,肺 異常 陰

影 は ほ とん ど消 失 し,そ の後 経 過 も順 調 で10月9

日退 院 した.

考 案

従 来M.pneumoniae肺 炎 に お いて 胸 水 貯 留 を

認 め る例 は稀 と され て お り,Herbert5),Denny7

らに よつ て 胸 水 貯 留 が あ れ ば 他 の 原 因 に よる肺 炎

を考 えた 方 が よい と繰 返 し強 調 され て き た.実 際

Herbert,Mafson8),Jansson9)ら はM.pneumon-

iae肺 炎 で 胸 水 貯 留 を1例 も認 め な か つ た と報 告

して い る.こ れ に対 してFine10)ら は,29例 中6

例,お よそ26%6に 少 量 の 胸 水 貯 留 を 見 つ け た.

George11)ら は353例 中19例,お よそ5%6に 少 量 の

胸 水 貯 留 を認 め,Fineら の報 告 程 多 い もの では

な く,M.pneumoniae肺 炎 に お け る胸 水 貯 留 は

や は り稀 で あ る と 述 べ て い る.し か し,M.pn-

eumoniae肺 炎 で 著 明 な 胸 水貯 留 に 注 目 し た の

は,1967年Georgeら で,180例 の成 人 のM.pn-

eumoniae肺 炎 中1例 に 著 明 な胸 水貯 留 を み た と

記 載 した のが 第1例 口の報 告 で あ る.第2例 口は

Lewis15)ら に よ り報 告 され た 肺 膿 瘍 を 伴 つ たM-

pneumoniae肺 炎 の成 人 の症 例,第3例 目はNor-

iega16)ら の25歳 の男 性 で呼 吸 困 難 を きた し低 酸 素

血症 を伴 う重 篤 なM.pneumoniae肺 炎 の症 例 で

あ る.そ の後Munay2)ら は23歳 男性 の 症 例 を第

4例 目 と して 報 告 して い る.第5例 目は1975年

Chestcr17)ら が 報 告 した62歳 の女 性 で両 側 に 胸 水

貯 留 を み た例 で あ る.本 症 例 は 我 々が 文 献 で 調 べ

得 た 限 りで は,成 人 で は第6例 目の報 告 例 と思 わ

れ る.

M.pneumoniae感 染 症 で 肺 炎 病 変 の 成 立 す る

機 序 につ いて は多 くの推 論 が 出 され て い る.Bru-

nner18),Fernald19)ら"ま,]M.pneurnoniae肺 炎 が

主 と して年 長 児及 び成 人 に多 くみ られ,5歳 以 下

の 小 児 で はM.peumoniaeに 対 す る液 性 抗 体 が年

長 児 とほ ぼ 同頻 度 に検 出 され る に も拘 らず 発 症 す

る こ との 少 な い こ とに 着 目 し,幼 児期 の反 復 す る

感 染 に よつ て 獲 得 され た 細 胞性 免 疫 が肺 病変 の 出

現 に関 与 して い るの で は な い か と推 察 して い る.

す な わ ち,M.pneumoniaeに 対 す る感作 リ ン

パ 球 が局 所 で過 剰 の反 応 を お こす 事 に よる とい う

わ け で あ る.ま た,Foy20)ら は 免 疫 不 全 症 に お

け るM.pneumoniae感 染 症 で は 胸部X線 上 異 常

陰 影 を ほ とん ど生 じな か つ た こ とか らHostの 免

疫 応 答 が 肺 病 変 成 立 に 肝 要 で あ る と考 え て い る:

しか しなが ら本 症例 で は,低 ガ ンマ グ ロ ブ リン 血

症 を伴 つ て お り,ツ ベ ル ク リ ン反 応 は 陰 性 で 免 疫

反 応 は む しろ低 下 して いた と想 定 され た,し か も

強 い肺 病 変 を伴 つ て い た 事 はM.pneumoniaeに

よ る肺 病 変 が過 剰 免 疫 反 応 に基 づ く とい うBrun-

ner,Fernaldら の推 察 とは 合致 しな い と考 え られ

た.

ま と め

以上,わ れわ れ は,41歳 の発 熱,咳 喉,胸 痛 を

主 訴 と した 主婦 のM.pneumoniae肺 炎 の1例 に

か な り著 明 な 両 側性 の胸 水貯 留 が み られ た こ とを

報 告 した.M.pneumoniae肺 炎 に 著 明 な 胸 水 貯

留 を 伴 うこ とは 一般 に稀 で,文 献 上 は成 人 で は 第

6例 目に な る と考 え られ る.

な お,本 例 は γ-globulinが0.59/100mlと い う

低 ガ ンマ グ ロ ブ リソ.工宜1症を伴 つ て いた.

文 献

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昭和54年8月20日 373

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A Case of Pneumonia Due to Mycoplasma Pneumoniae with Bilateral

Pleural Effusion

Masanori ADACHI, Yasuo MATSUOKA, Fuyuhiko HIGASHI and

IppeiFUJIMORI

Kawasaki Municipal Hospital

A 41-year-old housewife with pneumonia due to M. pneumoniae is reported with particular

reference to marked pleural effusion observed. Her cardinal symptoms include fever, cough and

chest pain.

Massive pleural effusion has been rare in M. pneumoniae pneumonia and this is the sixth reported

case in the literature. Hypogammaglobulinemia of 0.5 g/100 ml. was also noted in this case.