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1 岐阜大学食品経済学研究室 ワーキングペーパー2015-1 休耕と減反制度のパネル分析 荒幡克己 要約 休耕田と減反の関係について、減反開始時点からの 50 年間、県別の農業構造等のデータ を用いて、パネル分析を行った。 その結果、第一に、「減反面積の割当」との関係は、休耕面積全体では、減反前半期では 有意であったが、減反後半期では有意でなかった。この結果は、減反と休耕とが、現時点 では関係が薄れていることを示している。休耕の中でもその度合が強い「耕作放棄田」は、 減反開始当初から有意ではなかった。 第二に、「農家の高齢化」については、休耕田全体については、減反前半期では正の符号 で有意となり、「農家が高齢化するほど休耕田が増加する」という常識的な理解と整合した。 即ち、かつては、減反と高齢化が休耕田発生の二大要因を形成していた。しかし、最近で はそうではない。 第三に、「過疎地帯」との関係については、計測結果は、減反前半では休耕田全体で見て も、耕作放棄水田で見ても、いずれも有意でなかった。最近になって、それは有意となっ たが、耕作放棄水田に関しては、イメージされるほどには大きな値ではない。 第四に、「中核的担い手のいる農家比率」と休耕との関係では、分析結果は、直近年の耕 作放棄水田では、弱いものの確かに負に有意であるが、それ以外は有意ではなかった。こ の計測結果は、いわゆる新規参入や青年農業者の就農促進といっても、園芸、畜産への就 農が多い実情からすれば、それだけでは休耕田解消が進まないことをも示唆するものと解 釈できる。 1. 緒言 昭和 45 年に減反制度がスタートした直後、減反の象徴と言えば、「休耕田」であった。 こうした初期の減反の報道取材を基に、秋田魁新報社(1971)が刊行した貴重な記録の書は、 その題名も「実りなき大地」であった。減反と休耕は、直結するイメージがある。 しかし、現代の減反は、その「減反割当面積に占める休耕による消化のウエイト」は、 それほど高くはない。それは、地域による差異があるものの、概ね 0~50%程度である。ま た、近年、確かに休耕田は多い。しかし、「休耕田に占める減反を理由とした休耕のウエイ

休耕と減反制度のパネル分析 - Gifu University1 岐阜大学食品経済学研究室 ワーキングペーパー2015-1 休耕と減反制度のパネル分析 荒幡克己

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岐阜大学食品経済学研究室

ワーキングペーパー2015-1

休耕と減反制度のパネル分析

荒幡克己

要約

休耕田と減反の関係について、減反開始時点からの 50 年間、県別の農業構造等のデータ

を用いて、パネル分析を行った。

その結果、第一に、「減反面積の割当」との関係は、休耕面積全体では、減反前半期では

有意であったが、減反後半期では有意でなかった。この結果は、減反と休耕とが、現時点

では関係が薄れていることを示している。休耕の中でもその度合が強い「耕作放棄田」は、

減反開始当初から有意ではなかった。

第二に、「農家の高齢化」については、休耕田全体については、減反前半期では正の符号

で有意となり、「農家が高齢化するほど休耕田が増加する」という常識的な理解と整合した。

即ち、かつては、減反と高齢化が休耕田発生の二大要因を形成していた。しかし、最近で

はそうではない。

第三に、「過疎地帯」との関係については、計測結果は、減反前半では休耕田全体で見て

も、耕作放棄水田で見ても、いずれも有意でなかった。最近になって、それは有意となっ

たが、耕作放棄水田に関しては、イメージされるほどには大きな値ではない。

第四に、「中核的担い手のいる農家比率」と休耕との関係では、分析結果は、直近年の耕

作放棄水田では、弱いものの確かに負に有意であるが、それ以外は有意ではなかった。こ

の計測結果は、いわゆる新規参入や青年農業者の就農促進といっても、園芸、畜産への就

農が多い実情からすれば、それだけでは休耕田解消が進まないことをも示唆するものと解

釈できる。

1. 緒言

昭和 45 年に減反制度がスタートした直後、減反の象徴と言えば、「休耕田」であった。

こうした初期の減反の報道取材を基に、秋田魁新報社(1971)が刊行した貴重な記録の書は、

その題名も「実りなき大地」であった。減反と休耕は、直結するイメージがある。

しかし、現代の減反は、その「減反割当面積に占める休耕による消化のウエイト」は、

それほど高くはない。それは、地域による差異があるものの、概ね 0~50%程度である。ま

た、近年、確かに休耕田は多い。しかし、「休耕田に占める減反を理由とした休耕のウエイ

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ト」は、それほど多くはない。その理由の過半は、むしろ高齢化・担い手不足等である。

付言すれば、そのことは逆に、仮に減反が廃止されとしても、そのまま休耕状態が続くこ

とが予想される。それは、むしろ「担い手不足」という深刻な日本農業の病理を象徴する

ものである。

さて、本稿の主題は、こうした「減反」と「休耕田」の関係を定量的に計測することで

ある。特に、こうした関係の歴史的経過はどうだったのか。いつごろから減反以外の理由

の休耕が増加したのか。そして、専門的には、センサスで言う「不作付け地」と「耕作放

棄」ではどのような相違があるのか。更に、「高齢化」、「担い手不足」等の「減反以外の休

耕理由」のうち、どの要因が支配的なのか。これらについては、定量的な知見は、未だに

得られていない。

そこで、本稿では、こうした課題に対して、計量モデルを構築して、減反開始の頃の 1960

年代末から現代までの約 50 年間の水田土地利用、農家構造に関するパネルデータを用いて、

統計的に検証することを目的とする。

2. 休耕田の発生動向(計量分析に先立つ予備的考察)

以上の背景と問題意識を基に、次節では、休耕田の発生及びその増減と減反の関係、及

び「減反以外の要因」による休耕増加を説明する構造的な指標として、「農業高齢化」、「担

い手不足」、「過疎化」を説明変数とするモデルを構築し、計量分析を行う。

本節では、これに先立ち、各従属変数の過去の 40 年間の推移を辿り、その概観を掴み、

分析の予備的考察を行う。

(1) データの性格と休耕概念の吟味

水田の外観として休耕状態にあるのは、統計上、農林業センサスでは、「不作付け地」と

「耕作放棄地」と称されている区分である。両者は、ただし、あくまで統計上の区分であ

り、外観として観察する限りでは、区別はつかない。極論を言うならば、それは、統計調

査上の自己申告に過ぎないから、「不作付け」、即ち「耕作継続の意思はあるが、差し当た

り何も作付けていない」という回答であるにもかかわらず、その実、全くその意思はなく、

耕作放棄で、実態上も灌木が生えるまで放棄している、ということもある。しかし、概し

て言うならば、管理粗放化の度合いが甚だしいのは、「耕作放棄」に多いのは事実であろう。

そこで、本稿では、休耕全体を表す指標として、「不作付け地」プラス「耕作放棄地」を

用いることとする。そして、それとは別に、「耕作放棄地」のみを取り出して、管理度合の

粗放な水田の指標とする。この二つの指標、「休耕全体」と「耕作放棄地」を従属変数とし

て設定する。

ところで、耕作放棄地については、これを所有する農家等の属性によって、どこまで含

めるかに関して、議論の余地がある。 小では、販売農家の耕作放棄地のみをカウントす

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る方法がある。 大は、土地持ち非農家の耕作放棄地を含めた場合(ただし、それでも、5a

未満の所有しかない非農家は、含まれない。また、統計上は、不在地主か在村地主かは一

切記述がない。把握できれば不在地主でも土地持ち非農家1、逆に把握できなければ、在村

でも、土地持ち非農家にもならない。)である2。

しかし、問題点は、「自給的農家」、「土地持ち非農家」、「土地持ち非農家よりもさらに小

さい農家」では、不作付け地の面積が全く把握できないことである3。よって、不作付けが

わからない以上、これら三つの範疇の農家について、その耕作放棄の面積だけをカウント

するのは、あまり適切ではない4。

これらの事情を総合勘案して、本稿では、 小捕捉と 大捕捉の中間を取って、自給的

農家までの耕作放棄地及び不作付け地の捕捉とする。この場合、耕作放棄については全て

わかるが、不作付けの自給的農家分は、掴めないまま、ということになる。これは、不作

付けのみのを取り出して議論する際には、やや正確さを欠く。しかし、「自給的農家が所有

しつつも、耕作放棄でもなく、作付けでもない」という「不作付け」の面積は、「休耕田全

体面積」の中で影響をあたえるほど大きな比重を占めることは考え難い。よって、「休耕田

全体」の議論であれば、それほど深刻なデータの読み違いが生ずることはないものと考え

られる。

(2) 休耕田全体の動向

図 1A~F は、センサスデータにより五年おきの休耕率の推移を県別に見たものである。そ

1 「土地持ち非農家」は、統計概念としてはそれで良いが、一般市民感覚としては、ミスリ

ーディングのおそれもある。この定義は、「15 万円以下の販売額でしかも 10a 未満の耕作

しかない」ということであるから、確かに「業として営む」農家とは言い難いかもしれな

い。しかし、本人がどう意識しているかは別である。年寄り夫婦で、一反歩弱の水田を持

ち、9 俵を収穫する程度だったとしても、自家用 2 俵、息子夫婦、娘夫婦にそれぞれ 2 俵ず

つ縁故米として送っても、まだ 3 俵余る。こういう老夫婦ならば、統計上は「土地持ち非

農家」となるものの、「農家」という意識は持っているであろう。 2 「土地持ち非農家」よりも更に経営を縮小した農家もある。例えば自家用野菜だけを 4アール作付けているような農家である。これも、野菜であれば、結構な手間となり、自家

用+縁故の仕送り等で、熱心に一年中野菜作りに励んでいる、ということもある。農業従

事の時間は長く、本人の意識も「農家」である。しかし、統計上は、「土地持ち非農家」の

範疇からも外れる。これらの農家は、統計上は全く把握されない。各市町村の調査名簿に

は残っているとも多いが、判定の結果、対象外となる。 3 これら三者の「耕作放棄地」面積にしても、統計的に、それ自体を計測しようとして、主

目的としてデータが把握される訳ではない。これらの脱農過程にある農家群を、「農家らし

い農家」である「販売農家」と区別するために、その「判定材料」として、「所有する農地

を貸し付けるか、自分で耕作するのか、それとも耕作放棄なのか」を尋ねる調査項目があ

る。いわば、この農家分類判定の調査項目が存在することによる副産物として、たまたま

「耕作放棄」の「面積」が分かるだけなのである。 4 まして、「土地持ち非農家」、と「それよりも縮小した農家」は、経営耕地自体が掴めない。

これに対して、「自給的農家」は、不作付け面積は不明であるものの、微小であり、「作付

面積」と「耕作放棄面積」はわかるので、およその経営耕地面積は把握できると見て良い。

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れぞれ、調査時点が各年 1 月であるため、前年の作付けを表していることに注意しつつ、

県別推移を見よう。

図 1 休耕水田比率の推移: A(北海道、東北), B(関東), C(北陸、東山), D(東海、近畿等)

(縦軸目盛は、水田面積に対する「不作付け地+耕作放棄地」の割合(%)、以下同じ)

資料: 農林水産省統計部、「農林業センサス」。

関東では、千葉、茨城が低位の休耕率であることが顕著に見られる。このことから、減

反未達成により、これらの県で配分を無視した過剰作付が行われたことが、休耕率の低下

をもたらしたことが示唆される。愛知県、奈良県についても、同様の傾向があり、過剰作

付が休耕率の低下をもたらしたものと考えられる。

これに対して、岐阜県では、高めの休耕率であることが一貫している。昭和 55 年時点か

らこの傾向が明瞭である。岐阜県、特に東濃地域は、歴史的に兼業深化地帯であった。こ

のことが、高い休耕率にも影響しているものと考えられる。

全国的に各県共通して見られる動きとして、平成 7 年センサスから 12 年センサスの間で、

休耕率が大幅に増加していることが挙げられる。それは、作付けとしては、平成 6 年産米

から 11 年産米への変化である。前者平成 6 年は、前年の大冷害を受けた特異的な減反緩和

年である。後者は、緊急生産調整対策の年であり、「100 年 ha を超えた減反」と言われた時

期である。

この間の減反割り当て面積の大幅な増加が、休耕率の顕著な増加をもたらしたことは事

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実であろう。しかし、それだけではない。減反消化の方法として、それまで消極的に容認

されていた、休耕を意味する「保全管理」、「自己保全管理」といった減反手法に加えて、

この時期から、積極的に休耕での対応を奨励する「調整水田」が平成 7 年からが登場した

ことが大きなインパクトであった。政府は、この年から、平成 5 年冷害を受けた米需給の

逼迫という事態を教訓として、潜在的な米生産余力を維持していくことを狙い、「良好に管

理された休耕」を是とする方針に転換したのであった。

このインパクトは、東北、北陸と言った、稲単作地帯で大きかったことは、想像に難く

ない。しかし、データを見ると、それ以外の県でも、極めて大きく、しかも広範に及んで

いることがわかる。例えば、律儀に減反を遵守していた栃木県、石川県、滋賀県等で、そ

の増加率が大きいことがわかる。

西日本に眼を転じてみると、中国四国は、平成 6 年から 11 年への調整水田のインパクト

が大きいのに対して、九州は弱いことがわかる。そして、そのあとの平成 17 年から現在に

かけての回復(休耕率の低下)では、中国四国では、東日本ほどには回復せず、高い休耕率が

この時の後遺症として残ったのに対して、九州は、元々インパクトが小さかった上に、回

復は強く、北海道を除けば、全国的にも も低い休耕率の地域となっている。この背景に

は、高齢化、担い手不足等で野菜作等高収益作物への取組みが低調な中国四国では、減反

消化として休耕に頼る傾向が強いのに対して、担い手も多く、気候的にも水田裏作での野

菜作等が元々盛んであった九州では、休耕と言う手段を採用しなくとも減反消化が適切に

行われてきたことが指摘できる。

図 1-E(中国四国), F(九州)

資料: 農林水産省統計部、「農林業センサス」。

現在、休耕率が 10%を超えて高いところは、震災の影響があった宮城県を別とすれば、

岐阜、滋賀、兵庫、広島、山口、香川県である。栃木県も、これにかなり近い 9%台である。

共通点は、水田地帯で、これといった畜産、園芸等の振興作目がなく、兼業深化地帯であ

る。岐阜は、歴史的には当初から休耕率が高い。しかし、ブロックローテーションで組織

的水田営農を展開してきた滋賀県でも高い休耕率となって回復していないことは、これま

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でにない問題である。また、歴史的経過を辿れば、かつて米麦二毛作地帯で全国的にも高

位な耕地利用率を誇っていた香川県が減反政策の打撃を も大きく受けて、低位の耕地利

用率と高田休耕率に転落していった経過は、十分にレビューする必要があろう。また、香

川県は、傾斜地水田との関係もテーマである。広島県、山口県は、過疎との関係が重要で

ある。

(3) 耕作放棄水田の動向

図 2 には、耕作放棄水田の比率を示した。休耕田全体では、平成 7 年から 12 年にかけて

の「調整水田」導入の影響等、減反政策の制度的変化の影響が見られたが、耕作放棄水田

比率では、こうしたこの比率は、減反政策の影響と見られる増減は、ほとんど観察できな

い。概して言えば、減反政策の影響をほとんど受けずに、高齢化、過疎化、担い手不足と

うの構造的な要因によって、継続的に増加してきたことが示唆される。

地域別に見ると、概して北日本、東日本では、耕作放棄水田比率は比較的低位である。

歴史的にも、現時点でも、耕作放棄水田の深刻さでは、西日本が問題であり、東日本はそ

れほどではないことがわかる。特に北海道の低さは目立つ。この他、東北では秋田、山形、

関東では栃木、北陸では、新潟、富山は低く、また、兼業深化地帯であるものの、福井が

低い。

ただし、細部を見ていくと、東日本の中では、例外的に、静岡県が比較的早い時期から

の高い耕作放棄率であったことがわかる。平成 2 年時点で、既に 7%に近い耕作放棄率とな

っており、これはその時点では、全国一であった。静岡県は、太平洋ベルト地帯で地価は

高騰し、転用機会も多く、一方兼業も深化して脱農過程は進行しつおり、こうした背景で

高い耕作放棄率になったものと考えられる。現時点では 10%程度である。

図 2 耕作放棄水田率の推移: A(北海道、東北), B(関東), C(北陸、東山), D(東海、近畿等)

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千葉

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資料: 農林水産省統計部、「農林業センサス」。

また、千葉県は、休耕田全体の比率は比較的低かったものの、耕作放棄水田は、周囲の

他県よりも多く、8%程度になっている。ここでも、静岡県と同様に、地価高騰、転用機会

豊富、兼業深化という背景から耕作放棄率は高いものと考えられる。

一方、西日本では、東日本と比較して、全般的に高い耕作放棄率となっている。現時点

では、長崎県が全国一の耕作放棄水田率であり,13%前後の数値となっている。これは、多

分に離島を抱えた地域であることが影響しているものと考えられる。とはいえ、離島以外

での耕作放棄問題も深刻であることは事実である。筆者は、実際に、長崎県半島部を訪問

調査する機会があったが、その際にも、高い耕作放棄水田率が実感できた。その背景には、

この地域では、火山性土壌に起因して、山襞が深く抉られた地形となっており、谷筋の水

田区画は、長辺でも、精々30~40m 程度しか取れず、短辺は傾斜に対応して 10~20m 程度で

あり、 大区画でも 7a 程度、多くは 5a 区画以下であることが多い。地形的に極めて悪条件

で、耕作放棄となる可能性が高いことが窺えた。

この他では、近畿では奈良県、中国四国では、島根、広島、山口、九州では鹿児島が、

10%前後の耕作放棄率に達している。

一方、低い方では、滋賀県が顕著であり、九州では福岡もかなり低い。これに続く低率

のところは、近畿では、兵庫である。中四国は、概して高い耕作放棄水田率となっている

が、四国では、相対的には香川が低い。九州は、歴史的には佐賀県が低かったが、平成 22

年では、急に悪化した。

図 2 E(中国四国), F(九州)

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資料: 農林水産省統計部、「農林業センサス」。

3. 分析モデル

それでは、分析に進む。分析目的を確認する、冒頭に述べたように、「減反以外の理由に

よる休耕の蔓延」という現象について、これを定量的に計測することが目的である。休耕

田の比率を従属変数とし、減反率及び他の要因を説明変数に加えた重回帰式により分析す

る。

用いた説明変数は、減反率の他に、「高齢化」を表す指標として、「基幹的農業従事者の

うち 60 歳以上が占める割合」(以下、「高齢農家率」という)、「担い手」を表す指標として、

「60 歳未満の男子専従者がいる農家の割合」(以下、「中核農家率」という)、過疎化を表す

指標として、「DID までの時間距離が 30 分以上の集落が全集落に占める比率」(以下、過疎

化率という)、合わせて 4 説明変数である。

データソースは、既に述べたように休耕関係は、農林業センサス、高齢農家率、中核農

家率、過疎化率は、いずれも同様に農林業センサス、減反率は、農林水産省生産局の「「水

田農業経営確立対策調査結果表」等(時期により名称は異なる)を用いた。なお、「過疎化率」

は、 新年の平成 22 年センサスでのみ得られる指標であるため、以下では、クロスセクシ

ョン方向の固定効果では使えない、等他の説明変数とは異なる扱いとなる。

(1) 単位根検定

パネルデータの単位根検定は、実に多くの検定方法が考案されており、どれを採用する

かは、悩ましい問題である。Maddala(2001)によれば、パネルデータの単位根検定は、百家

争鳴の感があり、その優劣が比較されているが、そもそも帰無仮説自体が、「単一クロスセ

クションでの単位根の存在をも逃さずに検出するもの」なのか、それとも「全クロスセク

ションを通じての検出するもの」なのか等、大きく異なる設定となっているので、「単純比

較は意味がない」と指摘している。北村(2005)も、帰無仮説、対立仮説が異なる各種のパネ

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ルデータの単位根検定方法では、相互に代替関係にあるとは言えない旨を指摘している。

とはいえ、実務的には、いずれかの検出方法の数値に依拠して、単位根があるのかない

のかを判定しなければならない。Verbeek(2012)は、"Second Generation Panel Unit Root Tests"

と称して、 新の論争を紹介しているが、そこで注目している Cross-Sectionally Augmented

Dickey-Fuller test (CADF)は、既存統計ソフトで簡単に大量に作業ができるものではない。

本稿で用いる変数は、説明変数、従属変数ともに、時間の結果とともに減反率の上昇、

高齢化の進行、耕作放棄地の拡大等、一定方向に変化しているものが多く、単位根が強く

疑われるものであり、それによる「見せかけの相関」も危惧される。そこで、Maddala(2001)

も指摘しているように、パネル分析の単位根検定では も一般的に用いられている Levin,

Lin and Chu のテスト(LL 検定)を判定基準の一つとしつつも、より検出力の強い検定方法を

用いる。

Levin, Lin and Chu は、全クロスセクションで共通の単位根過程があると仮定しての推定

である。Kennedy(2012)は、Hlouskova and Wagner が「モンテカルロ実験の結果に基づき Levin ,

lin and Chu が も推薦できる方法である」として指摘していることを引用しつつ、暗にこの

方法の妥当性を支持している。しかし、Hsiao(2002)も指摘しているように、LL 検定の「共

通の単位根過程がある」との仮定は、ある意味では強すぎる制約である。

本稿では、これを緩めた検定方法として Im, Pesaran and Shinのテスト(IPS検定)を用いる。

その検出力は LL 検定よりも高い。Maddala も、LL 検定の次に、比較的よく用いられる検定

として、共通の単位根過程ではない想定では IPS 検定を挙げている。松浦・マッケンジー

(2012)が指摘するように、IPS 検定は、その 大の欠点として、balanced data でのみ使える、

という制約があるが、本稿のデータは balanced panel であり、この心配はない。なお、補足

的に、単一時系列の単位根検定では も馴染のある ADF の検定結果も見ていくこととする。

単位根検定の手順としては、山澤(2004)の指摘に従い、まず定数項、トレンド項の双方を

入れたモデルで、目的とする変数をレベルで推定し、トレンドが有意の場合には、そのま

ま単位根検定結果を受け入れる。トレンドが有意でない場合は、トレンドを除いたモデル

で推定し、これを検定結果とする。さらに、全てについて一通り一階差分の単位根検定も

行う。

表 1 単位根検定(P 値のみを掲載)

変数 トレンド、定数項を含むモデル

による実数(level 値)の検定

1 期差分を取った検定

不作付け地率 (0.0000***) 0.2529 (0.0389**) (0.0000***) 0.0000*** (0.0000***)

耕作放棄地率 (0.0000***) 0.8400 (0.9819) (0.0000***) 0.0007*** (0.0001***)

休耕率合計 (0.0000***) 0.4323 (0.2825) (0.0000***) 0.0000*** (0.0000***)

減反率 (0.0000***) 0.0043*** (0.0000***) (0.0000***) 0.0000*** (0.0000***)

高齢農家率 (0.0000***) 0.0028*** (0.0000***) (0.0000***) 0.0000*** (0.0000***)

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中核農家率 (0.0000***) 0.8798 (0.9957) (0.0000***) 0.0000*** (0.0000***)

資料: 農林水産省統計部;「農林業センサス」、同省生産局; 「水田農業経営確立対策調査結果表等。

注) 1) 表左の( )内は LL 検定、中央は IPS 検定、右( )内は ADF 検定である。

2) 過疎化率は、単年度のみのデータであるため、単位根検定対象からは外す。

3) トレンドは、全ての変数で有意であったため、レベルの数値に関する定数項のみの単位根検定は、掲載

を省略する。

このように、 も検出力の高い IPS 検定では、多くの変数で単位根が検出されたので、1

期の差分を取った変数による分析とする。ただし、念のため、推定後の誤差項について、

単位根検定をもう一度行い、確認することとする。

(2) 固定効果、ランダム効果等の選択のための諸検定

次に、固定効果、ランダム効果等の選択に関する諸検定を二段階に分けて行った。第一

段階では、これらの類型毎の各種の検定結果を比較し、妥当な 1, 2 の選択肢を残す。第二

段階では、それぞれについて GLS の方法まで含めた比較を行う。

A. 第一段階選抜

表 2-1 パネル推定形式選択のための検定: 第一段階

説明変数 pooled cross-

fixed

cross-

random

period

fixed

period

random

減反率 +0.398*** +0.400*** +0.398*** +0.100*** +0.129***

高齢農家率 +0.211*** +0.203* +0.211*** +0.062△ +0.067△

中核農家率 -0.062 -0.073 -0.062△ +0.003*** -0.000

DID30 +0.004 -------- +0.004 +0.007 +0.007

R2 0.5454 0.5040 0.5454 0.7723 0.0438

DW 比 2.0506 2.1420 2.0506 2.0888 2.1321

F-test, or ausmantest ---------- × ▼ ○ ×

資料: 農林水産省統計部;「農林業センサス」、同省生産局; 「水田農業経営確立対策調査結果表等。

分析目的からすれば、県別の差異を捨象した分析が望ましいので、クロスセクション方

向の固定効果を試みたが、有意でなかった。この原因は、差分を取った推定式であるため、

Wooldridge(2009)も指摘するように、これはクロスセクション方向の固定効果を減ずる方向

に作用するので、有意でなくなったものと考えられる。クロスセクション方向のランダム

効果については、実質的に Pooled 推定より優れるとは言えず、選択ではない。これに対し

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て、時間軸方向の固定効果は有意であった。また、ハウスマンテストの結果は、時間軸方

向ではランダム効果よりも「固定効果」の方を適とする判定であった。

これらの結果、時間軸方向の固定効果のみが Pooling 推定よりも優れ適用可能な選択肢と

の結論を得た。

ただし、推定結果のパラメーターの値を見ると、プールド推計、クロスセクション固定

効果等と比較して、小さ目の値である。これは、時間軸方向の変化が、時間軸固定効果に

よってそれほど前面に出なくなり、クロスセクション方向の差が前面に出たことが強く影

響しているものと考えられる。本研究の分析目的からすれば、時間軸方向の変化が重要で

ある。このため、参考値として、プールド推計も求めることとする。

また、クロスセクションは、確かに固定効果として有意ではないものの、その理由を考

えると、社会経済条件、自然条件等が類似した隣接県同士等では、県別固定効果が有意に

ならない県が多かったものと考えられる。そこで、便法として、各県を個別にダミー変数

として入力し、有意なもののみを残して推定する、という変則的な方法を採用することと

した5。この値も、参考として求めることとする。

B. 第二段階選抜

GLS のタイプの選択では、系列相関及び分散不均一の発生状況を把握することが必要で

ある。初めに、およその傾向を探る簡便な方法として、一年分のデータのみを取り出して

プールドで推計し、クロスセクション方向の検定を行う。 新年についてこれを実施した

ところ、系列相関の検定である Breusch-Godfrey LM テストでは、P 値が 0.9882 となり、系

列相関はクロスセクション方向にはないことが確認された。分散不均一の検定である

Breusch-Pagan テストでは、p 値が 0.2738 となり、これも分散は均一であることが確認され

た。

同じく簡便な方法として、時間軸方向では、無作為に四県を取り出してプールドで推計

し、検定したところ、Breusch-Godfrey LM テストでは、P 値が 0.034, 0.019, 0.145, 0.111 とな

り、系列相関は時間軸方向では生じている可能性がかなり高いことが示唆された。分散不

均一の検定である Breusch-Pagan テストでは、p 値が 0.124, 0.607, 0.900, 0.518 となり、分散

不均一が生じている可能性はほとんどないことが示唆された。

5 こうした隣接県類似の現象が理由ならば、これに代わって、「県別ではなく、地方ブロッ

ク別に、例えば東北、関東、東海というように固定効果を計測すれば良いのではないか」

という考え方もあろう。しかし、この考え方は適切ではない。例えば、北陸の福井県と近

畿の滋賀県は、ともに「兼業機会が豊富で第二種兼業農家の比率が極めて高い、積雪地帯

の性格から水田単作で、二毛作による野菜作等がほとんど展開していない」等で共通性が

ある。即ち、県の類似性は、地方ブロック毎に区切られるものではなく、地方ブロックと

してまとめることは、かえって本来あるはずの県別相違を捨象し、分析を不鮮明とする。

したがって、県別データとしたまま、その中で有意性の高い県のダミー変数を摘出し設定

することが望ましい。

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よって、時間軸方向の系列相関を前提とした GLS、即ち「GLS period SUR」を採用し、

その後これを再検定することとした。参考として、OLS のものも推定することとした。

表 2-2 パネル推定形式選択のための検定: 第二段階

説明

変数

pooled, OLS 特定県選択

型ダミー

OLS

period

fixed, OLS

pooled

period

SUR

特定県選択

型ダミー

period SUR

period-

fixed,period

SUR

減反率 +0.398*** +0.399*** +0.100*** +0.336*** +0.339*** +0.089***

高齢農家率 +0.211*** +0.207*** +0.062* +0.162*** +0.168*** +0.048**

中核農家率 -0.062** -0.061** +0.003 -0.066*** -0.057*** -0.026

DID30 +0.004 +0.000 +0.007* +0.005* +0.001 +0.007**

R2 0.5454 0.5508 0.7723 0.5579 0.5968 0.7849

DW 比 2.0506 2.1014 2.0888 2.0818 2.0649 1.9715

F-test ---------- --------- ○ ---------- ---------- ○

誤差項単位根 0.0000***◎ 0.0000***◎ 0.0000***◎ 0.0000***◎ 0.0000***◎ 0.0000***◎

誤差項系列相関 0.2926 ◎ 0.1237 ○ 0.1684 ○ 0.0229**× 0.0057***× 0.2132 ◎

資料: 農林水産省統計部;「農林業センサス」、同省生産局; 「水田農業経営確立対策調査結果表等。

注) 1) 標準偏差の共分散は、OLS については White の分散不均一対応型のものを、SUR については、共分

散は SUR 対応のものを用いている。

2) 誤差項の単位根検定は、検出力の強い IPS 検定を用いた。

第一段階で選んだ三通りの推定方法について、それぞれ SUR を用いた推定と、OLS によ

る推定の二通りを乗じた六通りについて、推定結果を示したものが上記の表である。

これを見ると、特定県のみを選択的に取り出してダミー変数として直接挿入した推定式

では、単なるプールド推計とほとんどパラメーターの値に変化ないことが明確である。こ

のため、こうした便法による推定は、敢えて参考値として出す必要性も乏しいことがわか

った。以下では、これについて、特に詳細に分析しないこととした。

SUR については、残念ながら二つの推定は、系列相関が誤差項にもあることがわかり、

適切な推定となっていないことがわかった。よって、これを除外する。

時間軸固定効果は、OLS でも SUR でも、パラメーターの値自体は、それほど大差がない。

このため、理論的にも正しい SUR のみを使用することとした。

以上の結果、プールド推計の OLS と時間軸方向の固定効果の SUR の二つを詳細に調べる

こととした。

4. 分析結果と考察

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(1) 不作付けと耕作放棄に分けての推定結果

不作付けと耕作放棄に分けて分析すると、減反率の影響については、予想通り、単なる

不作付けには減反が影響しているものの、耕作放棄にはそれほど強く影響していないこと

がわかる。とはいえ、pooled では、ある程度 0.049 の数値で有意であり、影響なしとまでは

言い切れないことがわかる。

表 3 不作付水田と耕作放棄水田にわけての分析

説明

変数

不作付 耕作放棄

pooled period-fixed, SUR pooled period-fixed, SUR

減反率 +0.364*** +0.085*** +0.049*** -0.008

高齢農家率 +0.210*** +0.049*** +0.020* +0.004

中核農家率 -0.022 -0.009 -0.040*** -0.019**

DID30 -0.007* -0.003 +0.010*** +0.006***

R2 0.5447 0.7620 0.1440 0.4073

DW 比 2.1546 1.9498 1.7674 2.0123

F-test ---------- 〇 ------------ 〇

誤差項単位根 0.0000***◎ 0.0000*** ◎ 0.0168** ○ 0.0000***◎

誤差項系列相関 0.0675* △ 0.6691 ◎ 0.0041***× 0.0328 ×

資料: 農林水産省統計部;「農林業センサス」、同省生産局; 「水田農業経営確立対策調査結果表等。

注) 1) 標準偏差の共分散は、OLS については White の分散不均一対応型のものを、SUR については、共分

散は SUR 対応のものを用いている。

2) 誤差項の単位根検定は、検出力の強い IPS 検定を用いた。

高齢農家率は、通説に従えば、耕作放棄に影響しそうであり、そこまで行かず「不作付

け」に踏み止まる割合では、高齢農家率に影響される度合いは弱いものと予想される。し

かし、推定結果は、こうした通説とは異なるものとなった。不作付け率の方が、高齢農家

率に強く影響されることが、時間軸固定効果でも、プールド推計でも同様であった。そし

て、耕作放棄では、その係数は、どちらの推定方法でも 1/10 程度であり、時間軸固定効果

では、有意でさえなかった。「高齢化により耕作放棄が増加し」という通説的理解には、疑

問を呈する結果となった。

しかし、冷静に考えてみれば、このことは頷ける。筆者が行った現地調査では、中国 P

県 S 農協関係者は、「作れなくなっても隣人、親戚に貸せば良い訳であり、耕作放棄にまで

至ってしまう背景には、何らかの地主本人の「人柄や人間関係」に問題等があることが多

い」と指摘している。高齢化してもそれだけならば、他人に頼めばよいのである。

中核農家比率は、ここでは明示的に耕作放棄増加には歯止めとなっていることが統計的

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に検証された。耕作放棄率では「負」に有意であった。ただし、不作付けに関しては、一

応負の符号であるものの、有意ではなかった。

「負」に有意とは、常識的理解からは大きく外れるものであるが、現場の実態を考えれ

ば、何等不思議はない。中核的担い手のような本格的専業農家は、土地利用型ではなく、

園芸、畜産に多い。こうした農家が多い地域では、概して土地利用型は低調であることが

少なくない。因果関係として担い手の増加が耕作放棄をもたらす、という訳ではないが、

数値が負の関係になることは、十分に考えられる。

DID 時間距離については、係数は小さいもの、耕作放棄では、強く有意であった。不作

付けは有意ではなかった。過疎地域ほど耕作放棄が多いことは、統計的にも検証された。

なお、不作付けについては、単位根、系列相関の問題は顕在化していないが、耕作放棄

では、一連の処理によっても単位根は良いものの、系列相関は残存していることがわかっ

た。計測結果、得にパラメーターの値については、やや不確定な要素もある、とみるべき

であろう。

(2) 期間を分けての検証

表 4 休耕田発生の要因分析

説明変数 休耕田全体 うち耕作放棄水田

1975-1990 1995-2010 1975-1990 1995-2010

差分(減反率) +0.086*** -0.037 +0.006 -0.047**

差分(基幹的農業従事者

60 歳以上(高齢者)比率)

+0.071*** +0.035 +0.015* -0.015

差分(60 歳以下男子農業

専従者のいる農家比率)

-0.036 -0.014 -0.004 -0.040*

(DID まで 30 分以上要

する集落の比率)

-0.000 +0.030*** +0.001 +0.013***

自由度修正済み決定係数 0.7356 0.7855 0.4280 0.4771

ダービー・ワトソン比 2.0367 1.9489 1.9411 1.9950

固定効果 F 検定 ○ ○ ○ ○

誤差項系列相関 0.4801 ○ 0.7778 ○ 0.4697 ○ 0.0857 △

資料: 農林水産省統計部;「農林業センサス」、同省生産局; 「水田農業経営確立対策調査結果表等。

注) 1) 41 の県別データを五年おきのセンサス年について 9 期にわたり取ったパネル分析である。サンプル

数は、41×9=369 である。

2) 単位根検定を行った結果、検出され、またトレンドでも除去できないため、差分を取り回帰式を立てた。

3) 減反強化、緩和の変動があるため、時間軸方向に固定効果を取った。F テストでも有意であった。なお、

クロスセクション方向での固定効果は F テストで有意ではない。

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4) 系列相関、分散不均一検出のため Breusch-Godfrey LM テスト、Breusch-Pagan テストを実施したところ、

特に時間軸方向の系列相関が認められたため、一般化 小二乗法(GLS)を用い、時間方向での SUR モデル

とした。なお、推定後の残差についても、系列相関を検定し、問題ないことを確認した。

5) t 権威の結果、***は 1%水準で有意、**は 5%水準で有意、*は 10%水準で有意を表す。

6) 表左の欄の従属変数は、「不作付け」(耕作再開の意思あり)と「耕作放棄」の合計の水田面積に占める比

率である。表右は、このうち耕作放棄のみを取ったものである。

表 1-4 は、分析結果を示したものである。減反と休耕田の関係は、減反前半期では正の符

号で有意であった。ただし、差分を取っているため、減反開始当初の高い休耕率の状況は

観測期間外となるので、数値はそれほど高くはない。一方、 近の数値では有意ではなか

った。この結果は、減反と休耕とが、現時点では関係が薄れていることを示している。

減反と耕作放棄水田の関係は、かつてから有意でなかったが、 近では逆に負に有意と

いう結果になっている。ただし、これは、単に県別(クロスセクション)の差異が前面に出た

結果と考えるべきであろう。とはいえ、このように考えても、西日本の減反負担が高い県

で、耕作放棄率が高い県も多く、また東日本の減反優遇県で耕作放棄が少ない県もある。

更なる検証が必要であろう。

減反率以外の説明変数についても、興味深い計測結果となった。

二番目の変数は、「農家の高齢化」の指標である。休耕田全体については、減反前半期で

は正の符号で有意となり、「農家が高齢化するほど休耕田が増加する」という常識的な理解

と整合した。即ち、かつては、減反と高齢化が休耕田発生の二大要因を形成していた。し

かし、 近ではそうではない。推定結果は、県別の差異が前面に出る性格があるので、そ

の解釈として、現在では、高齢化が著しい県とそうではない県とで、前者が必ずしも休耕

田が多いとは言い切れない、ということを表している。耕作放棄水田に関しても、同様の

傾向がある。

三番目の変数は、かつては「中核農家」とも言われた指標で、労働力が充実した専業的

農家の指標である。こうした専業的農家の比率が高まれば、常識的には休耕田は減少する

はずであり、本来符号は負でなければならない。しかし、分析結果は、直近年の耕作放棄

水田では、弱いものの確かに負に有意であるが、それ以外は有意ではなかった。この計測

結果は、いわゆる新規参入や青年農業者の就農促進といっても、園芸、畜産への就農が多

い実情からすれば、それだけでは休耕田解消が進まないことをも示唆するものと解釈でき

る。

四番目の変数が大きいことは、いわゆる過疎地帯であることを意味する。そして、過疎

地帯、特に限界集落と呼ばれるようなところでは、荒れ果てた休耕田が広がる風景を連想

する人も多いであろう。こうした常識からすれば、特に耕作放棄水田で正に有意であるこ

とが予想される。

しかし、計測結果は、減反前半では休耕田全体で見ても、耕作放棄水田で見ても、いず

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れも有意でなかった。 近になって、それは有意となったが、耕作放棄水田に関しては、

イメージされるほどには大きな値ではない。

確かに奥地、過疎地の限界集落等で耕作放棄の度合いが深刻な水田が多いことは否定し

ないが、休耕田は、都市近郊でも起こっている。この計測結果は、いわゆる過疎問題と荒

れ果てた耕作放棄水田という連想イメージだけで休耕田問題をとらえるべきではない、と

いうことを示唆するものである。

5. 結論

本稿で得られた結論は、次の四点である。

第一に、「減反面積の割当」との関係は、休耕面積全体では、かつては有意であったが、

減反後半期では有意でなかった。休耕の中でもその度合が強い「耕作放棄田」は、減反開

始当初から有意ではなかった。

第二に、「農家の高齢化」については、休耕田全体については、減反前半期では正の符号

で有意となり、「農家が高齢化するほど休耕田が増加する」という常識的な理解と整合した。

即ち、かつては、減反と高齢化が休耕田発生の二大要因を形成していた。しかし、 近で

はそうではない。

第三に、「過疎地帯」との関係については、計測結果は、減反前半では休耕田全体で見て

も、耕作放棄水田で見ても、いずれも有意でなかった。 近になって、それは有意となっ

たが、耕作放棄水田に関しては、イメージされるほどには大きな値ではない。

確かに奥地、過疎地の限界集落等で耕作放棄の度合いが深刻な水田が多いことは否定し

ないが、休耕田は、都市近郊でも起こっている。この計測結果は、いわゆる過疎問題と荒

れ果てた耕作放棄水田という連想イメージだけで休耕田問題をとらえるべきではない、と

いうことを示唆するものである。

第四に、「中核的担い手のいる農家比率」と休耕との関係では、分析結果は、直近年の耕

作放棄水田では、弱いものの確かに負に有意であるが、それ以外は有意ではなかった。こ

の計測結果は、いわゆる新規参入や青年農業者の就農促進といっても、園芸、畜産への就

農が多い実情からすれば、それだけでは休耕田解消が進まないことをも示唆するものと解

釈できる。

引用文献

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