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-91- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 《論 文》 やま かわ たく 大阪府立大学大学院経済学研究科 観光・地域創造分野博士後期課程 新しい観光のコンセプト ― 韓国における「公正旅行」と訪日観光 ― 1.はじめに 1-1 研究の背景と目的 訪日外国人旅行者(以下、訪日外客) の数は、2015年10月に1,630万人を超え た。同月の観光庁の発表では、訪日外客 のインバウンド消費額も1四半期基準 (2015年7月~9月)で初めて1兆円を突 破しており、年間インバウンド消費額は 4兆円に及ぶ。訪日外客が激増した背景 には、為替などの経済的情勢や航空座席 供給量の増大に加え、中国や東南アジア 諸国への査証条件の緩和という訪日外客 誘致における国策的努力の成果がある。 しかし、その反面で訪日外客の大都市圏 ならびに有名観光地への集中や訪日観光 における市場の偏向などが顕在化してお り、訪日外客の地方誘致という観点から は依然として課題が存在している。 東京都の調査 によると、2015年1月か ら3月に東京都を訪れた外国人旅行者数 は255万人であり、年間概算としては約 1,000万人になる。この統計には各地方を 経由して東京都を訪れている旅行者や観 光が主目的ではない外国人も含まれてい るものの、いずれにしても著しい集中状 態であることが伺える。また、同期間中 に成田・羽田・関西空港から入国した訪 日外客数は、訪日外客全体の約70%(436 万人中298万人)であった。いずれの空港 とも就航都市数や運航便数の面では日本 の玄関口として機能する空港とは言え、 やはり大都市圏への集中化は顕著と言え るであろう。このような訪日外客の一極 集中化は訪日外客誘致における地域間の 不均衡を生み出し、観光立国の実現とい う国策を推進する上でのリスク要因にな りかねない。加えて、訪日外客の一極集 中化は観光需要の飽和状態を引き起こ し、政府が掲げている訪日観光における 「ジャパン・クオリティ」の低下という別 のリスクを招く可能性も考えられる。 本研究は、訪日外客の一極集中化によ って国際観光から取り残されている訪日 外客の地方誘致における新しいマーケテ ィング・コンセプトの提起を試みるもの であり、本稿は大きく4つの部分から構 成される。第2章では、新しいマーケテ ィング・コンセプトとしての「公正旅行」 について考察する前提として、公正貿易 (Fair Trade)の理念を基にするフェアト ラベル(Fair Travel)を中心にその他の ニューツーリズムにおける概念を確認 し、フェアトラベルの思想をアレンジし て韓国で発展しつつある「公正旅行」の 特徴を整理する。第3章では、主として 韓国における「公正旅行」への事業的な 取り組みについて記述している。情報化 社会の発展と市場の成熟化は、観光にお ける旅行会社の役割の変化を必然とさせ る。つまり、観光での新たな潮流を創造 することが旅行会社には求められてお り、これは持続可能な観光産業の担い手 としての重大な使命でもある。具体的に は、近年の韓国における海外旅行形態の 特徴と「公正旅行」との関係を確認する とともに、2015年4月に韓国で実施した 「公正旅行」に関わる現地事業者へのヒア リング調査で明らかになった幾つかの事 業的取り組みを具体的事例として提示し ている。それに続く第4章では、旅行商 品を造成して市場に流通させる事業を通 じて仲介者的に旅行者と旅行先(地域) に関与する旅行会社に対して求められる 役割と責任を「公正旅行」との関係から 論じている。そして、第5章と第6章で は、今後の訪日外客の地方誘致に対する 新しいマーケティング・コンセプトとし ての「公正旅行」がもたらす作用とコン セプトの親和性について考察している。 チェ ジェ ヒョン 大阪府立大学大学院経済学研究科 観光・地域創造分野博士後期課程 Various factors influence how much a local area can attract inbound travelers; besides physical elements like an accessibility, appeal of tourism products offered and convenience, a sense of values of foreign tourists also plays a role to a certain degree. In this paper, a basic concept of the “Fair Travel” and its case studies are examined, which is already socially recognized in Korea and is gathering attention as one of recent trends in traveling abroad. Authors also discuss how they can be applied to local Japanese inbound policy and strategies. キーワード:訪日観光、訪日外客、地方観光、公正旅行、旅行の本質 Keyword:Inbound tourism, Foreign tourists visiting Japan, Local & Regional tourism, Fair Travel, Essence of traveling

新しい観光のコンセプト - JAFIT - 日本国際観光学会-91- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 論 文 山 やま 川 かわ 拓 たく 也

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

《論 文》

山や ま

川か わ

 拓た く

也や 大阪府立大学大学院経済学研究科

観光・地域創造分野博士後期課程

新しい観光のコンセプト―韓国における「公正旅行」と訪日観光―

1.はじめに

1-1 研究の背景と目的

 訪日外国人旅行者(以下、訪日外客)

の数は、2015年10月に1,630万人を超え

た。同月の観光庁の発表では、訪日外客

のインバウンド消費額も1四半期基準

(2015年7月~9月)で初めて1兆円を突

破しており、年間インバウンド消費額は

4兆円に及ぶ。訪日外客が激増した背景

には、為替などの経済的情勢や航空座席

供給量の増大に加え、中国や東南アジア

諸国への査証条件の緩和という訪日外客

誘致における国策的努力の成果がある。

しかし、その反面で訪日外客の大都市圏

ならびに有名観光地への集中や訪日観光

における市場の偏向などが顕在化してお

り、訪日外客の地方誘致という観点から

は依然として課題が存在している。

 東京都の調査1によると、2015年1月か

ら3月に東京都を訪れた外国人旅行者数

は255万人であり、年間概算としては約

1,000万人になる。この統計には各地方を

経由して東京都を訪れている旅行者や観

光が主目的ではない外国人も含まれてい

るものの、いずれにしても著しい集中状

態であることが伺える。また、同期間中

に成田・羽田・関西空港から入国した訪

日外客数は、訪日外客全体の約70%(436

万人中298万人)であった。いずれの空港

とも就航都市数や運航便数の面では日本

の玄関口として機能する空港とは言え、

やはり大都市圏への集中化は顕著と言え

るであろう。このような訪日外客の一極

集中化は訪日外客誘致における地域間の

不均衡を生み出し、観光立国の実現とい

う国策を推進する上でのリスク要因にな

りかねない。加えて、訪日外客の一極集

中化は観光需要の飽和状態を引き起こ

し、政府が掲げている訪日観光における

「ジャパン・クオリティ」の低下という別

のリスクを招く可能性も考えられる。

 本研究は、訪日外客の一極集中化によ

って国際観光から取り残されている訪日

外客の地方誘致における新しいマーケテ

ィング・コンセプトの提起を試みるもの

であり、本稿は大きく4つの部分から構

成される。第2章では、新しいマーケテ

ィング・コンセプトとしての「公正旅行」

について考察する前提として、公正貿易

(Fair Trade)の理念を基にするフェアト

ラベル(Fair Travel)を中心にその他の

ニューツーリズムにおける概念を確認

し、フェアトラベルの思想をアレンジし

て韓国で発展しつつある「公正旅行」の

特徴を整理する。第3章では、主として

韓国における「公正旅行」への事業的な

取り組みについて記述している。情報化

社会の発展と市場の成熟化は、観光にお

ける旅行会社の役割の変化を必然とさせ

る。つまり、観光での新たな潮流を創造

することが旅行会社には求められてお

り、これは持続可能な観光産業の担い手

としての重大な使命でもある。具体的に

は、近年の韓国における海外旅行形態の

特徴と「公正旅行」との関係を確認する

とともに、2015年4月に韓国で実施した

「公正旅行」に関わる現地事業者へのヒア

リング調査で明らかになった幾つかの事

業的取り組みを具体的事例として提示し

ている。それに続く第4章では、旅行商

品を造成して市場に流通させる事業を通

じて仲介者的に旅行者と旅行先(地域)

に関与する旅行会社に対して求められる

役割と責任を「公正旅行」との関係から

論じている。そして、第5章と第6章で

は、今後の訪日外客の地方誘致に対する

新しいマーケティング・コンセプトとし

ての「公正旅行」がもたらす作用とコン

セプトの親和性について考察している。

崔チ ェ

  載ジ ェ

弦ヒョン 大阪府立大学大学院経済学研究科

観光・地域創造分野博士後期課程

Various factors influence how much a local area can attract inbound travelers; besides physical elements like an accessibility,

appeal of tourism products offered and convenience, a sense of values of foreign tourists also plays a role to a certain degree. In

this paper, a basic concept of the “Fair Travel” and its case studies are examined, which is already socially recognized in Korea

and is gathering attention as one of recent trends in traveling abroad. Authors also discuss how they can be applied to local

Japanese inbound policy and strategies.

キーワード:訪日観光、訪日外客、地方観光、公正旅行、旅行の本質

Keyword:Inbound tourism, Foreign tourists visiting Japan, Local & Regional tourism, Fair Travel, Essence of traveling

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

2.フェアトラベルと「公正旅行」

2-1 フェアトラベルの概要

 世界の観光規模を俯瞰すると、観光人

口は年々増加して2014年には11億人以上

が観光を経験しており、特に中国や東南

アジアを中心に経済発展が進むアジア地

域での国際観光の成長が著しい。観光収

支も世界のGDPの9%を占めており、輸

出額の6%(1兆5000億ドル)にも達す

る。また、2014年の統計によれば、世界

の有職人口の約10%が観光業に従事して

おり、2030年には世界の観光人口が18億

人に上ると予測されるほど観光は世界

的 巨 大 産 業 に な っ て い る(UNWTO

Tourism Highlights、2015)。

 しかし、観光産業の発展には、同時に

自然破壊や環境汚染などの裏面性も内包

していることを見過ごしてはならない。

観光開発が地域社会の雇用創出に役立っ

ている反面、観光から得られる利益の多

くが G7に属する多国籍企業にもたらさ

れているとして、Pamela Nowicka(2007)

は自身の著書「The No-Nonsense Guide

to Tourism」の中で従来的なマスツーリ

ズムに垣間見える相対的な搾取の様相に

対する批判をしている。

 ここで、後述の韓国における「公正旅

行」とは何かを具体化するために、幾つ

かの類似した旅行形態の概念を説明して

おきたい。まずはフェアトラベル(Fair

Travel、Fair Trade Tourism)であるが、

これは既述のような観光における不均衡

や不条理の改善を端緒に社会学的な思考

から生まれたものである。従来の楽しむ

ことだけを優先する旅行によって引き起

こされる環境汚染・自然破壊・浪費・不

平等への反省と旅行を通じた貧しい地域

の人々への援助という趣旨を基に、1980

年代に消費者(旅行者)の「責任」の観

点からアメリカを中心に広まった考え方

とされる。フェアトラベルの基本理念は、

主に立場の弱い途上国の労働者の生活改

善と自立援助のための公正貿易(Fair

Trade)に通ずる。フェアトレードは、対

話・透明性・敬意を基盤とし、より公平

な条件下で国際貿易を行うことを目指

し、特に「南」の立場の弱い生産者や労

働者に対し、より良い貿易条件を提供し

権利を守ることで持続可能な発展に貢献

することが目的である(FLO・WFTO・

EFTA)。その後、2000年代に入りヨーロ

ッパを中心にこのフェアトレードの理念

を旅行事業に取り入れたのが現在のフェ

アトラベルとされており2、フェアトラベ

ルには公正な消費(取引)と地域社会へ

の貢献という要素が含まれている。南ア

フリカを中心に持続可能で責任ある観光

産業の発展に努めるNPO団体であるFair

Trade Tourismでは、フェアトラベルを

「人権、文化、環境のための公正な購買と

行為、そして公正な賃金と労働条件、更

には公平な分配と尊敬に基づく旅行であ

る」と定義し、「観光における空間、資

源、労働、知識を提供する地域住民の利

益の保証を通じた持続可能な観光の実

現」がフェアトラベルの目的であるとし

ている。すなわち、観光に提供される土

地・資源・労働力や知識は、地域の人々

がその恩恵を享受できるものでなければ

ならないということであり、その目標に

おいては「責任(responsibility)」・「持

続可能性(sustainability)」・「公正労働

(working conditions)」・「公正な購買と

構造(purchasing and operations)」・「地

元 の 権 利 と 利 益(benefits and human

rights)」・「文化と環境への配慮(culture

and environment)」といった表現が用い

られている。

 次に、近年日本でも多く議論されてい

るエコツーリズムであるが、国際エコ

ツ ー リ ズ ム 協 会(The International

Ecotourism Society)の定義を引用する

と、エコツーリズムは「環境を保全し、

地域の人々の幸福を維持するための理解

と教育を必要とする自然と地域への責任

ある旅行」であり、教育にはゲストとホ

ス ト の 両 方 を 含 む と 説 明 し て い る

(TIES、2015)。その為、エコツーリズム

では個人的経験や環境に対する意識を重

視しており、自然・地域社会・文化への

深い理解と認識が必要とされる。

 なお、日本では2007年6月の「観光立

国推進基本計画」で新たな観光旅行分野

の開拓によるニューツーリズムの推進が

提唱されており、新たな観光旅行分野の

例には長期滞在型観光・エコツーリズム・

グリーンツーリズム・文化観光・産業観

光・ヘルスツーリズム・フラワーツーリ

ズム・フィルムツーリズム、船旅の魅力

向上や都市の農山漁村の共生・対流など

が挙げられている。この中から公正旅行

の概念と関連性があると考えられるグ

リーンツーリズムに関して少し記述す

る。同基本計画によると、グリーンツー

リズムは「緑豊かな農山漁村地域におい

て、その自然・文化・人々との交流を楽

しむ滞在型の余暇活動、農山漁村で楽し

むゆとりある休暇」と定義付けされてい

る。また、農山漁村余暇法では、農村滞

在型余暇活動を「主として都市の住民が

余暇を利用して農村に滞在しつつ行う農

作業の体験その他農業に対する理解を深

めるための活動」と定めている。これら

を総合すると、グリーンツーリズムの本

質とは、観光を通じて農山漁村の人々の

日常すなわち彼らの生活における文化や

様式を体験して交流を実現する行為、あ

るいはその形態を意味していると言える

であろう。

2-2 フェアトラベルから「公正旅行」へ

 前項において、フェアトラベルは発展

途上国を主な対象とする公正貿易(Fair

Trade)の考え方から発展したものであ

ると説明した。しかし、韓国の「公正旅

行」はフェアトラベルとその思想を共に

するものの、必ずしもフェアトレードや

フェアトラベルのように貧困地域あるい

は発展途上国を主要な対象とするもので

はない。なぜならば、韓国で少しずつ社

会的ニーズとして広まりつつある「公正

旅行」は、私達が経験してきた消費中心

の従来的な旅行に対する反省と旅行会社

の過度な収益追求によって作られた旅行

商品に対する懐疑を端緒に、旅行業にお

ける構造的不条理を是正するための新し

い旅行形態の模索として観光マーケティ

ングや観光マネジメントなど経営学的な

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

思考が基盤となってスタートしているか

らである。

 Oh Ik-Keun(2011)は、「公正旅行」を

観光主体間の相互理解と尊重を基に、配分

と相互発展を実践する観光文化であると

定義している。この定義の中では、観光主

体を主に観光に関わる企業と観光客に大

分しており、相互の配慮と公正な機会、そ

して透明性と客観性を重視している。つま

り、旅行者と企業間の公正な取引の関係と

して「公正旅行」を説明している。また、

Kim So-Yun(2011)は、「公正旅行」を明

確に定義することは難しいとしながらも、

Pro-poor tourism、Responsible tourism、

Maral tourism のような観光の新しい形態

と同様の文脈で捉え、「公正旅行」の参加

対象や観光動機、旅行方法などの細部の

特徴を学際的な視点で議論する必要があ

るとしている。

 本稿で用いる「公正旅行」は、一般的

に消費者を保護するために用いられる企

業と旅行者の公正な取引だけでは無く

て、観光における旅行者の消費行為と企

業の生産・流通行為、更には旅行地に対

する姿勢で求められる一定の「文化的責

任」を内包するものとして用いる。換言

すると、地元の人々の文化と生活(時間

と空間)を尊重し、その地の人々の生活

様式を体験して交流を行い、観光での消

費が地域貢献につながることを心掛ける

ものである(表1)。これによる「公正旅

行」の本質を示すと、旅行を単なる消費

の対象では無く「関係」を築くものとし

て旅行における価値を旅行者自らが学び

造り上げるものであり、どこに行くかで

はなくどのような旅行にするかという旅

行者が持つ「価値観」と「姿勢」を基盤

に、旅行に対する「文化的責任」を強調

するものとして理解することになる

(図1)。その為、第4章で詳述するが「公

正旅行」における責任は商品造成と流通

に携わる旅行会社にも深く関係してくる

ものになる。

 このような文脈からすると、「公正旅

行」はフェアトラベルからニューツーリ

ズムまでの多くの要素を複合的に内包し

ており、Kim So-Yun が論じるように定

義上の明確な区分は難しい。しかし、「公

正旅行」は韓国語で「良い旅行・正しい

旅行」と表現されることもあり、旅行者

自らが旅行を造り上げその行為に対する

責任が強調されることで旅行者が自らの

旅行における本質的な価値を見出すため

に省察する一連のプロセスが「公正旅行」

における最大特徴でもある。また、正し

い旅行・フェア(公正)な旅行の実践に

おいては一定の不便を経験することもあ

るが、その不便は外部からの強要では無

く自らの意志で受容するという旅行者の

自律的姿勢に基づくものである。

3.「公正旅行」に対する韓国の取り組み

3-1 韓国における「公正旅行」の萌芽

 韓国では、1989年の海外旅行自由化以

降の海外渡航者数が年々増え続けてお

り、2014年には1,400万人が海外に渡航し

ている(表2)。全国民5,000万人の約3

割が年間を通じて一回は出国しているこ

とになり、この数値は総人口比試算で同

年の日本人出国者数1,690万人のおおよ

そ2倍以上になる。

 韓国で海外旅行が一般化した背景に

は、他の先進諸国と同様に情報化社会の

発展によって旅行情報の入手が容易にな

ったこともある。これを消費者の旅行購

買行動の面から見ると、旅行会社が製品

化したパッケージツアー商品に参加して

受動的な異文化経験をするのではなく、

旅行者が主体的に旅行をデザインするこ

とが可能になった。最近の韓国の海外旅

行形態をみると、実際にその多くを自由

形が占めており3(図2)、韓国では既存

のパッケージツアー商品の内容に関する

尊重(現地の人々)現地の人々を尊重し労働力を酷使せず適正料金を心がける。

[単なる同情や経験を積む目的ではなく関係構築に努める]

実践(現地との分け合い)[現地人が運営する宿、飲食店、交通、旅行会社を利用する][積極的なフィードバックで持続可能な旅行に助力する]

礼儀(現地の文化や習慣)[旅行地の生活習慣や宗教を尊重し礼儀を尽くす][現地の文化遺産を毀損しない]

配慮(環境に優しい旅行)科学洗剤の使用を最小限にし、使い捨てを減らす努力をする。電気と水の節約と、飛行機の利用を減らし環境に配慮する。

(筆者作成)

〈表1〉 「公正旅行」のコンセプト

  出国者数 伸び率(%)2000 5,508,242…  2001 6,084,476… 10.5…2002 7,123,407… 17.1…2003 7,086,133… -0.5…2004 8,825,585… 24.5…2005 10,080,143… 14.2…2006 11,609,879… 15.2…2007 13,324,977… 14.82008 11,996,094… -10.02009 9,494,111… -20.92010 12,488,364… 31.52011 12,693,733… 1.62012 13,736,976… 8.22013 14,846,485… 8.12014 16,080,684… 8.3

(出所:韓国統計庁データより筆者作成)

〈表2〉 韓国人海外旅行出国者数

環 境 保 護 地 域 社 会 に 貢 献

自 ら が 作 る 旅 行

消 費 で は な く 関 係 志 向

旅 行 は 行 く の で は な く [ す る ] : 学 び +哲 学 → 実 践

地 球 と 地 域 が 笑 う 旅 行 : 歩 く 旅 行 + 使 い 捨 て の 抑 止

友 達 に な る 旅 行 : 現 地 文 化 体 験 +語 り 合 う

〈図1〉 「公正旅行」の本質

(出所:共感万歳の冊子を参考に筆者作成)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

問題点を指摘する声も多い。

 問題の一例を挙げると、2013年韓国公

正取引委員会の「旅行代理店別燃油サー

チャージ及び航空 TAX 過多付加現況調

査」で、一部の旅行会社が顧客に過剰な

請求をしていたことが明らかになった。

韓国消費者院の報道資料では、最近3年

間に同院に寄せられた旅行商品に対する

相談数32,000件中の20%程度が現地での

オプショナルツアーの追加料金要求に関

するものであり、旅行会社がパッケージ

ツアー商品の低収益を補うための業界内

での慣行が原因とされている(Korea

Consumer Agency、2015)。これを受け

て、同院と韓国観光公社及び韓国旅行業

協会が現地オプショナルツアーの運用の

合理化に向けた改善策の実施に乗り出す

など、問題への対応を行なっている。

 韓国の「公正旅行」は、このような旅

行業の構造的な不条理に対する是正と新

しい価値観への社会的要求として登場し

たものである4。また、「公正旅行」とい

う新しい発想の萌芽には、旅行における

主導権の変化も大きな影響を与えてい

る。パッケージツアー商品が全盛期を迎

えていた時代には、旅行会社が選択を主

導していた。しかし、情報化が進むにつ

れて個人でも旅行会社を経由せず旅行手

配や情報収集が可能になり、とりわけ

2000年以降は多くのバックパッカー(個

人)や小グループでの海外旅行が活発に

なった。このように、旅行における意思

決定の主導権が旅行者自身に移るように

なったことが旅行における新しいスタイ

ルや価値観の要求を増幅させ、「公正旅

行」を形成することへと繋がっていった

(HW Na, 2015)。それに加えて、前述の

ような旅行商品の価値に対する再考を契

機として2007年に施行された社会的企業

育成法に後押しされる形で従来からのオ

ルタナティブとして始まったのが現在の

韓国における「公正旅行」なのである5。

3-2 韓国における「公正旅行」への事

業的取り組み

 筆者らは、2015年4月に韓国国内で「公

正旅行」を専門的に取り扱う旅行企業・

団体4社に対するヒアリング調査を実施

した。本項では、ヒアリング調査で明ら

かになった各社における事業的な取り組

み事例から見える個別的特色を以下にま

とめた。

①「国際民衆連帯」(KHIS, Korean House

of International Solidarity)

 KHIS は人権団体として1999年に活動

を開始した NGO であり、2009年から公

正旅行に関わる活動を始めた。主に中国

の貴州省や雲南省、内モンゴルの少数民

族地域を取り扱っており、年200~300名、

月に一度程度のツアーを開催する。2009

年2月に主催した中国雲南少数民族探訪

プロジェクトが韓国における「公正旅行」

の始まりと言われており、その後5年間

で45回の同類のプロジェクトを実施して

いる。KHIS が実施する公正旅行商品の

特徴は、担当者が必ず現地に赴いて現地

の人々との直接的なコミュニケーション

を基に企画する点にある。また、参加す

る旅行者に対して事前に現地知識を学

習・保持することを求めており、定期的

に講演会を開催するなど公正旅行の啓蒙

活動にも注力している。同団体の公正旅

行商品では、現地での移動に際しては飛

行機ではなくバスで移動することを推奨

しており、環境保全に貢献すると共によ

り身近に現地の風景を感じることを心掛

けていると担当者は言う。現地住民が運

営する宿やレストランを利用して買い物

は在来市場で行うことによって、現地の

人々が利益を享受できるようにする。そ

して、現地の人々が生活の中で営為して

来た固有の伝統文化(イベントなど)を

一連のプロセスから参加し体験すること

は、単なる見物や疑似体験を超えて消え

去る伝統の復活にも貢献する。同団体で

は、これらのプロセスを通じて参加者と

住民が共に充足できる旅行を目指す。ま

た、小中学生を伴う家族旅行の場合には、

現地の小学校を訪問する日程が組み込ま

れて現地の学生との交流を図るなど、教

育旅行の一環としても活用している。旅

行を終えた感想では、現地の人々との触

れ合いを通じて異文化交流の真意と大き

な共感を得たとの意見が多く、旅行に対

する新しい価値観への共鳴へと繋がって

いると担当者は言う。

②「共感万歳」(Fair Travel Korea)(旅

行会社)

 2010年に大学生の活動から始まった企

業である。海外旅行のみならず、忘れが

ちな地域の文化や農村の暮らしを体験し

参加するものとして捉えて、「公正旅行」

を国内の地域観光促進にも活用してい

る。海外旅行の商品企画では半年以上の

時間と複数回に渡る現地調査を経た上で

作られた綿密な計画を基にして一つの商

品を作り上げており、担当者によると同

社が企画する公正旅行商品は6ヶ月以

上・10回以上の現地探訪・100回以上の会

議によって一つの商品を作り上げること

をモットーにしており、旅行を企画する

際には地域社会との連携と理解を図るた

めに必ず現地の NPO や NGO、地域コミ

ュニティをコンタクト先にしていると言

う。また、同社の公正旅行商品では旅行

の売上の90%を地域社会に還元すること

ができ、利益の10%を環境団体に寄付を

して、一回の旅行で10人の現地住民を直

〈図2〉 韓国人の海外旅行形態

(出所:…海 外 旅 行 実 態 調 査 2014、Korean…Travel…Times を基に筆者作成)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

接的・間接的に雇用することが商品企画

に組み込まれるとも言う。同社では、現

地に対する配慮だけではなく参加者に対

しても10人が旅行をする際には1人の低

所得層の子供を旅行に招くなど、全ての

人々が旅行の機会に恵まれることを目指

す。また、同社では「公正旅行」を「意

味」を見つけるための教育的旅行と捉え

た上で、旅行での物語性を重視して企画

された学生旅行の運営や独自プログラム

による公正旅行企画者の養成と国内外で

の教育支援活動なども展開している。

③「優しい旅行」(Good Travel)(旅行

会社)

 2009年に韓国初の「公正旅行」を扱う

専門旅行会社として創業した同社は、韓

国の公正旅行市場における中心的な役割

を担っている。日本を含むアジア圏を中

心にアメリカ、ヨーロッパなどの公正旅

行商品を取り扱う。なお、パッケージ商

品のみならず、ボランティア旅行や地方

自治体の教育研修旅行も積極的に提案し

ている。同社の特徴の一つが、現地に対

して公正旅行の理解を深める活動や地元

の積極的な協調システムを作ることにあ

る。公正旅行商品を企画する際には、現

地協力パートナーとして同社の趣旨に賛

同する現地の NGO や NPO、地元の協同

組合などの活用を重視している。それに

よって当事者としての地元の協力が得ら

れ、現地との交流を深化させることが可

能になると担当者は説明する。また、「持

続可能な観光・社会的ネットワーク

(KAST)」の主要メンバーとして、持続

可能な観光と社会ならびに求められる企

業責任に関する啓蒙活動にも力を入れて

いる。

④「トラベラーズマップ」(Travelers’

MAP)(旅行会社)

 同社は、旅行会社としては初めて韓国

政府から「社会的企業」の認証を受けて

いる。2009年に地域社会と連携した「公

正旅行」を目標に創業した同社は、韓国

の公正旅行事業者の中で最も規模が大き

く、内容も国内外・教育・シニア向けな

ど多岐にわたる。近年の韓国では個人旅

行(FIT)が海外旅行の主流であること

は概述のとおりだが、それにも関わらず

同社では個人旅行の取扱は皆無であり15

名未満の比較的小規模なグループに特化

する。その理由は、「公正旅行」が目指す

現地の人々との深い交流という特性の下

では、大人数の団体ツアーのみならず

FIT でも限界があるとの考えによる。更

に同社の特筆すべき特徴は、現地手配を

行うスタッフの育成に自社の教育プログ

ラムを適用した教育を実施することで

「公正旅行」と旅行業への理解を深め、そ

の上でソーシャル・フランチャイズ方式

による事業パートナーとして開業の手助

けをするという、「公正旅行」の理念の拡

大と現地の経済と雇用における両面的支

援の実現にある。

3-3 韓国における公正旅行商品の現状

 公正旅行商品を取り扱う韓国の旅行会

社の現況(2014年)として、各社とも利用

者は年々増加しており、満足度(図3)や

再購入(リピート)率も高い(共感万歳、

2015)。韓国における公正旅行商品のパイ

オニアでもあり、現在も幅広い活動を展開

しているトラベラーズマップ(Travelers’

Map)の担当者は、「利用者の大半が経験

者あるいは経験者からの紹介であること」

ならびに「現地の人々との出会いと交流が

高い評価を得ていること」を説明する。ま

た、旅行業界の取り組みとしては、概述の

とおり同種商品を取り扱う複数企業によ

る業界団体「持続可能な観光・社会的企

業ネットワーク(The Korean Association

for Sustainable Tourism)」を結成し、「公

正旅行」の理念に沿う形で地域社会と環

境および人々に対する責任ある旅行の普

及に努めている。

 しかしながら、韓国でも「公正旅行」

に対する理解が必ずしも十分とは言えな

い。その理由の一つとしては、一般に価

格が高くて不便で面白くないとの先入観

にある。「公正旅行商品を紹介する際に最

も難しい部分が価格への理解を得ること

だ」と国際民主連帯の関係者は言う。例

えば、同団体が販売する中国の少数民族

を訪ねる4泊5日の公正旅行商品は129

万ウォン(約13万円)程度の費用が掛か

る。しかし、韓国の大手旅行会社が販売

する中国への一般的なパッケージツアー

商品は60万ウォン(約6万円)台が平均

的な価格帯であり、この違いがたびたび

消費者の誤解を生む。公正旅行商品の価

格が高く感じられる理由の一つに、一般

的なパッケージツアーにおける商品価格

設定の仕掛けがある。実際に原価に満た

ない価格を設定して集客をした後に現地

でのオプショナルツアー販売やショッピ

ング手数料、ガイドのチップなどによる

利益補てんを行うことも少なく無い。そ

の結果として消費者は当初の商品価格以

上の参加料金の出費を余儀なくされるこ

ともあるが、公正旅行商品では旅行者の

個人的な支出以外の費用は殆ど発生しな

い。これを受けて、トラベラーズマップ

社の担当者は、「同条件では公正旅行商品

が結果的には安い旅行になる。大手を含

む5社で比較した場合、観光客向けのシ

ョッピング施設が存在しないために一般

の旅行会社では廉価のパッケージツアー

0% 5% 10% 15% 20% 25% 30% 35%

その他

現地人との出会い

環境を考える旅行

倫理的な消費

現地文化の体験と理解

自らが作り上げる旅行

〈図3〉 公正旅行商品の満足度

(出所:共感万歳「2010年フィリピン公正旅行満足度調査」から筆者作成)

Page 6: 新しい観光のコンセプト - JAFIT - 日本国際観光学会-91- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 論 文 山 やま 川 かわ 拓 たく 也

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

商品が作りにくいネパールの山間地域へ

のツアーでは乗継便を利用する1社を除

いてトラベラーズマップ社が最も安い商

品を提供している」と説明する。また、

「公正旅行」をする際の不便要素の一つと

される宿泊や移動に関しては、同商品を

扱う Good Travel 社によると「現地の宿

泊や移動へのクレームは10%未満であ

る。また、公正旅行商品の企画では宿泊

や移動などの全体の日程を綿密な現地調

査を基に調整しており、更には参加者の

フィードバックを反映して常に改善や再

編をする結果、参加者にとっても利便性

が高い上質な旅行商品になる」とのこと

であり、「公正旅行」の参加費に対するイ

メージは旅行前と旅行後では実際に大き

く変わっている(図4)。

 ところで、韓国での公正旅行商品への

取り組みは旅行会社に限ったことではな

い。現在の韓国では政府としても「公正

旅行」を推奨しており、まだ少数ではあ

るが官民連携による教育や専門家養成に

も取り組んでいる。また、韓国内におけ

る「公正旅行」の活用の一例として、い

わゆる多文化家庭に対して地域社会への

共存と理解を深める手段としても用いら

れている。韓国における多文化家庭とは、

両親またはどちらかが外国人である家庭

のことを指す。一部の自治体では、多文

化家庭に対して地域の伝統や文化と暮ら

しをより深く理解して地域社会に溶け込

むことを手助けするためのプロジェクト

として、実際に「公正旅行」のコンセプ

トを活用している事例もある。また、韓

国文化体育観光部・韓国文化観光研究院

では、地元を再認識するための「地元を

訪ねる ― 地元愛プロジェクト」への取り

組みを通じて「公正旅行」のコンセプト

を支援し奨励している。京畿道華城市は、

シティツアーに「公正旅行」のコンセプ

トを自治体として初めて導入した。参加

者には使い捨ての代わりに個人のコップ

やタオルなどを各自で準備してもらい、

街中を1時間以上歩いて地元の市場や食

事などを楽しみ、参加費の一部を地域社

会のために寄付するシステムとなってい

る6。

4.「公正旅行」における旅行会社の役割

と責任

 前章まで、韓国の「公正旅行」におけ

る基本的な考え方についての記述をして

きた。それに基づくと、韓国の公正旅行

商品における価値は「旅行者の異文化接

触の経験により得られる意味から創造さ

れる価値 ― 海外旅行における文化的価

値」(山川、2015)であり、観光旅行にお

ける機能的価値の詰め合わせセットのよ

うな従来型のパッケージツアーとは商品

における価値性質が根本的に異なるよう

である。特に第3章では、2015年4月に

韓国で実施した関係者ヒアリングならび

に関連資料を基に、旅行業だけではなく

社会的要求の一つとして「公正旅行」が

広まりつつある韓国の現状を調査に協力

してくれた4社の事例を交えて記述した

が、その中で明らかになったこととして

韓国における「公正旅行」への事業的取

り組みの過程では各社ともが「教育」に

力点を置いているということであろう。

このことは、日本の旅行会社による現在

のパッケージツアー商品のマーケティン

グと比較した場合において大きく異なる

点でもある。

 日本の旅行会社における従来的なパッ

ケージツアー商品のマーケティングは、

旅行業界の歴史的かつ政治的背景を基に

構築されたフォーディズム的方法論が基

盤となっており7、それは「規模の経済性

に依拠した規格大量生産体制」、「機能的

価値(プロダクト・スペック)の重視」、

「マ ー ケ テ ィ ン グ 4P(Product, Price,

Promotion, Place)による定量性の重視」

による規格化と同質化を志向する商品生

産システムを意味する。その中では、旅

行者の異文化接触の経験も「モノ」とし

ての異文化・観光コンテンツに変換され、

機能的価値を尺度とするフォーディズム

的方法論によるマーケティングの仕組み

へと組み込まれていく。これらを日本の

旅行会社における固定的な価値基準によ

る一方通行的な価値創造への取り組みと

捉えた場合、従来的なパッケージツアー

商品は「海外旅行における文化的価値」

を阻害する可能性があることを否定する

ことができない。

 既述のとおり、韓国では「公正旅行」

を環境と現地の人々に配慮しつつ彼らの

生活の中に溶け込む旅行としており、ど

こに行くかだけでは無くてどのように旅

行するかという旅行者に求められる姿勢

と責任を強調する。これに基づく場合、

公正旅行商品における価値の最大化を図

るためには、ツアーを造成して流通させ

る旅行会社・受け入れる現地・参加する

旅行者といった観光におけるステークホ

ルダー間での価値創造に向けての協働的

な取り組みが不可欠となる(図5)。それ

ゆえに公正旅行商品のマーケティングで

は、旅行者とその旅行者を受け入れる現

地に対して「海外旅行における文化的価

値」への理解を促していくことが旅行会

社としての重要な役割となり、その取り

組みが持続可能な観光における旅行会社

の企業としての責任にも繋がるのであ

る。その為、旅行者の異文化接触におけ

るメディエーターとして旅行商品の造成

と流通に携わる旅行会社とその担当者自

〈図4〉 「公正旅行」の参加費に対するイメージ

(出所:…Fair…Travel…Korea会社案内資料から筆者作成)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

身が「海外旅行における文化的価値」の

本質的な要素を理解し、マーケティング

活動における価値意識として保持してお

くことが重要な意味を持つ。

5.訪日外客の地方誘致と「公正旅行」

の応用

 これまでは近年の韓国における海外旅

行の特徴と「公正旅行」という潮流につ

いて考察をしてきた。現在の訪日外客数

(図6)を見ると、訪日旅行市場の偏りと

の懸念もあるものの中国・韓国・台湾の

3ヶ国だけで訪日外客全体の65%以上を

占めている。JNTO が発表した2015年10

月までの統計では、中国人旅行客が全体

の26%と最多で次が訪日韓国人旅行客で

ある。しかし、ここ十数年の間では平均

的に訪日韓国人市場が訪日外客の国別比

率に占める割合が高く(2003年から2015

年までの平均は26%)、地方からの入国者

も他の国(地域)からの訪日外客に比べ

ても多い。また、2013年の韓国文化観光

研究院の海外旅行動向調査によると、韓

国人の旅行ニーズとして「海外旅行では

現地文化を身近に感じたい」という目的

が多く、7~8割以上がオプショナルツ

アーを含む自由旅行型を利用しているこ

とが明らかになった。また、旅行先にお

ける主な活動内容でも「自然や風景を楽

しむこと」が23%で首位を占めるなど自

然と現地の風習に対する旅行者の評価が

高いことが伺えるとともに、新しい旅行

形態としての「公正旅行」も注目され始

めている。これらを考慮すると、訪日韓

国人市場における多様性は訪日外客の地

方誘致活動における今後の可能性を示唆

するものになるであろう。

 なお、訪日外客の地方誘致には幾つか

の影響要因が存在しており、商品性・利

便性・アクセスなどの物理的な要素であ

る(HJ Kim、2012)ことに加えて、旅行

者自身の旅行に対する姿勢が地方旅行に

適しているかどうかである(崔、2015)

ことが大きく関係している。地方旅行に

適する旅行者の姿勢とは、一般的には多

くの不便が伴うと想像される地方(田舎)

への旅行に対する先入観を克服しようと

する旅行者の姿勢と、自然と人々の生活

空間に自らの旅行としての価値をいかに

与えることできるかという旅行のデザイ

ンにおけるセンスを意味している。第2

章での記述も踏まえての「公正旅行」に

おける旅行スタイルとは、つまりは旅行

を構成する要素のすべてを受動でも強要

でも無く甘受しつつ、旅行者が自らの旅

行における価値を主体的に創造するため

の自律的な旅行の実践スタイルを意味す

るのである。

 ところで、韓国の旅行会社には既に日

本への公正旅行商品を展開する会社もあ

る。必ずしも全ての商品が地方に向けた

ツアーではないが、共通項としては地域

住民との積極的な交流を目標としてい

る。例えば、関西地方の商品では大阪の

アジア図書館やアジア文化センターを訪

問して図書館設立に関する話やアジア平

和について語り合う、地域住民により運

営される京都のアートセンターで伝統的

色染めを体験し歴史を学ぶ、大学の国際

平和博物館では日本と韓国そして東アジ

アの過去と将来の平和についての説明を

受けて共に考える時間を設けるなどがあ

る。更に九州地方の商品では、地域の

NPO や協同組合を訪ねて地域住民の話

から日韓の歴史を学ぶ、組合のレストラ

ンでは地域住民と一緒に地元の食材を使

った料理を作って交流するなどの多くの

事例がある。つまりは、単に旅行者が異

文化の表面だけを一方的に観て消費する

ような異文化接触の経験ではなく、地域

と地域住民との交流を通じた本物の異文

化接触の経験から本質を学び理解するた

めに旅行者が主体的に関与する旅行とし

て構成されているのである。

6.おわりに

 本研究は、訪日外客の地方誘致におけ

る新しいマーケティング・コンセプトの

Responsible Tour ism

環境に配慮 P ro tec t t he

E n v i ro n me nt

地域経済に貢献 Be ne f i t Lo ca l Communit ies

文化と人を尊重 Res pe c t Loca l

C u l tu re s

〈図5〉 「公正旅行」の価値創造サイクル

(出所:㈱ Travelers’…MAP 資料を基に筆者作成)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

10,000

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

14,000

16,000

18,000

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

全体 韓国 台湾 中国 香港 米国 タイ

〈図6〉 訪日外国人旅行者数

*注:2015年は10月までの推計(出所:JNTO マーケティングデータを基に筆者作成)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

提起への試みとして位置付けており、韓

国の「公正旅行」の特徴を中心に考察し

てきた。地方観光の特性から鑑みると、

「公正旅行」がもたらす価値観は訪日外客

の地方誘致における重要な影響要因とし

て作用するものになると考えられるので

あり、「公正旅行」や自然観光に対する韓

国での旅行ニーズの増大は訪日外客の地

方誘致にとって親和性が高い素質を持つ

市場としても理解することができるであ

ろう。「公正旅行」の本質は、多少の不便

感も旅行を構成する要素の一部として甘

受して地域の人々のリアルな生活を尊重

しつつ交流を重視することにある。また、

「公正旅行」の成立に際しては観光や旅行

に関与するステークホルダーとしての旅

行者(消費者)・旅行先(地域とその住民

および観光サービス提供者)・旅行会社

(商品造成流通者)における相互的な関係

性が重要な要素になり得ることを主張し

ておきたい。その意味で、本論は韓国人

市場での流行事象に対する限定的な説明

を意図するものでないことを強調してお

く必要がある。

 持続可能な訪日外客の誘致活動におい

ては、さまざまな要素や要因に対する包

括的かつ総体的な視点が重要であり、そ

れに基づいた継続的なマーケティングへ

の努力や市場ニーズの把握、食傷しない

観光商品の提案などが必要とされる。そ

の前提として、旅行者の嗜好や旅行形態・

行動様式は国や地域(市場)によって大

きく異なるという、ある意味では当然と

も言えることを訪日外客の地方誘致に携

わるマーケターは正確に理解しておく必

要がある。そして、市場での多様性に柔

軟に対応するとともに、観光における地

域環境や要素も正確に熟知しておかなけ

ればならない。なぜならば、地域におけ

る自らの環境や観光要素を熟知すること

は誘致活動での明確なターゲティングを

可能にするからである。したがって、旅

行者の価値観がもたらす観光行動への影

響に関する議論を継続的に展開して深化

させていくことは、今後の訪日外客の地

方誘致活動における新たな可能性と方向

性を考える上で極めて有意義なものにな

るのである。

参考文献

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た ― インバウンド・ツーリズム振興の

基本」虹有社

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動 ― 417」インスクリプト

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タープライズ」中央経済社

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方誘致に関する一考察 ― 韓国人マー

ケットの可能性と地方誘致における影

響要素」『日本国際観光学会論文集』22、

pp.45-50

・ 濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編(2009)

「社会学小辞典」有斐閣

・ 溝尾良隆他(2007)「地域におけるイン

バウンド観光マーケティング戦略」総

合研究開発機構

・ 山川拓也(2015)「海外旅行における文

化的価値を基盤とする旅行業の再定義

化 ― 旅行会社の商品マーケティング

戦略における文化論的視点」『日本国際

観光学会論文集』22、pp.97-101

・ IK Oh(오익근2011)「公正観光に向か

う政策(韓国語)」『韓国文化観光研究

院 ― 韓国観光政策』第43号、pp.74-78

・ SY Kim(김소윤2011)「新観光 ― 公正

な貿易としての公正観光(韓国語)」『京

畿大学観光総合研究所 ― 余暇観光研

究』Vol.17、pp.17-26

・ HJ Kim(김현주 2012)「訪日外来観光

客の地方分散のための政策方案(韓国

語)」『韓国文化観光研究院』、pp. ⅺ

・ Pamela Nowicka(2007) “The No-

Nonsense Guide to Tourism”, New

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・ Sally Blundell(2013) “The No-

Nonsense Guide to Fair Trade”, New

Internationalist

・ UNWTO(2015)“UNWTO Tourism

Highlights”, UNWTO

・ 韓国文化観光研究院 http://www.kcti.

re.kr

・ 日本政府観光局(JNTO)http://www.

jnto.go.jp

1  訪都旅行者数等の実態調査の結果、平

成27年1月から3月の外国人旅行者数

は前年同期比37.5%増の約255万人で

四半期としては過去最高を記録した。

また、平成26年の訪都旅行者による経

済波及効果は約12.0兆円だったことが

示された。公益財団法人東京財団、

2015.9.72  2001 年 に 設 立 さ れ た Responsible

Travel社(www.responsibletravel.com)

が、Fair Travelを旅行事業として広め

た先駆けとされている。同社は世界200

ヶ国・3000種類余りのFair Travel関連

の旅行商品を展開しており、新しい旅行

スタイルの提案と啓蒙にも積極的に努

めている。3  観光動向分析2014(韓国文化観光研究

院)ならびに日本国際観光学会例会発

表(崔載弦)、2015.34  韓国ではFair Travelを「公正旅行」と

韓国語で訳し用いている。本文中でも

説明しているが、韓国における「公正

旅行」はFair Trade(公正貿易)のよ

うに必ずしも途上国や第三世界だけを

対象にするものではない。旅行者(消

費者)・旅行先(地域とその住民ならび

に観光サービス提供者)・旅行会社(商

品造成流通者)における個々の責任・

配慮・尊重などへの思慮によってもた

らされる「快い旅行」を意味しており、

この意味を研究での基本的概念として

用いている。5  韓国の社会的企業育成法によると、社

会的企業は「社会的に弱い立場にある

階層に対して社会サービスや働き口の

提供または地域社会に貢献することに

よって地域住民の生活の質を高める等

の社会的目的を追求しつつ、財貨及び

サービスの生産・販売等の営業活動を

行う企業として社会的企業の認定を受

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

けた者を指す」と定義されている。こ

こで定義される社会サービスとは、「教

育・保健・社会福祉・環境及び文化分

野のサービスとこれに準ずるその他の

サービス」とされており、このことか

ら韓国において「公正旅行」は社会サー

ビスに属するとされている。6  華城議題21実践委員会「華城市シティ

ツアー」公式ホームページ(http://

www.hscitytour.co.kr)7  社会学小辞典(濱嶋・竹内・石川、2009)

によると、フォーディズムとは「フォー

ド(Ford H,1863-1947)が自動車の大

量生産に適用したベルト・コンベア・

システムを中心とする管理方式。大量

生産・大量消費を基礎とする社会形態

と生活様式を生み出した」とあり、モ

デルの概念基盤はテイラーの科学的管

理法にある。フォーディズムは、一般

的に工業製品における生産方式を示す

ため、サービス・ビジネスにおいては

フォーディズムの用語を使うことは本

来的に好ましくないのかも知れない。

しかし、日本におけるパッケージツ

アーのマーケティングは、大量輸送と

いう命題に対する航空会社あるいは航

空機メーカーの企業戦略に基づく歴史

的かつ政治的経緯に端を発しており、

現在でも基本的な構造に変化は見受け

られない。それゆえに、本研究では「フ

ォーディズム的方法論」として敢えて

表現することにする。

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】