6
建設労務安全 23・7 30 今回は、建設工事の三大災害(墜落・ 転落、建設機械・クレーン等、崩壊・倒 壊)の1つである「崩壊・倒壊」の中か ら、土砂崩壊を取り上げます。 土砂崩壊災害とは、地山の崩壊または 土石の落下による労働災害をいいます。 土砂崩壊は、地盤中の土塊内部で応力 の均衡が破れることで発生し、要因では 地盤の地形や地質、湧水等があり、誘因 としては地盤のこう配や降雨、融解凍結 等があります。 土砂崩壊は、土木・建築工事で共に多 く、「溝・構造物等の掘削壁面」の崩壊 が約7割弱を占め、次いで約2割が「法 面斜面」の崩壊です。土砂崩壊は一瞬に して発生しますが、出水・亀裂・落石な ど事前の点検で防げることがあります。 土砂崩壊には掘削作業が伴い、多くは 明り掘削です。「明り掘削」とは、ずい 道や立坑の掘削を除いた地山の掘削と土 砂搬出工事の総称です。安衛法令では、 安衛則第6章第1節〈明り掘削の作業〉 で規定しています。 安衛則第356条では、掘削面のこう配 の基準について定めていますが、これは 手掘りの場合で、パワー・ショベル等に よる機械掘削には適用がありません。し かし、安全技術基準として遵守します。 また、明り掘削で、逆打ち工法等の屋 外作業ではない場所では、掘削場所の明 るさを確保する必要があります(安衛則 第367条)。 災害事例に学ぶ安衛法令 本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者 と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安 衛法令を考える。今回は、三大災害の1つである、「崩壊・ 倒壊」の中から「土砂崩壊」を紹介する。 (編集部) 労働安全コンサルタント 笠原 秀樹 土砂崩壊 すかし掘り部が崩壊し下敷きに

すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

建設労務安全 23・730

今回は、建設工事の三大災害(墜落・

転落、建設機械・クレーン等、崩壊・倒

壊)の1つである「崩壊・倒壊」の中か

ら、土砂崩壊を取り上げます。

土砂崩壊災害とは、地山の崩壊または

土石の落下による労働災害をいいます。

土砂崩壊は、地盤中の土塊内部で応力

の均衡が破れることで発生し、要因では

地盤の地形や地質、湧水等があり、誘因

としては地盤のこう配や降雨、融解凍結

等があります。

土砂崩壊は、土木・建築工事で共に多

く、「溝・構造物等の掘削壁面」の崩壊

が約7割弱を占め、次いで約2割が「法

面斜面」の崩壊です。土砂崩壊は一瞬に

して発生しますが、出水・亀裂・落石な

ど事前の点検で防げることがあります。

土砂崩壊には掘削作業が伴い、多くは

明り掘削です。「明り掘削」とは、ずい

道や立坑の掘削を除いた地山の掘削と土

砂搬出工事の総称です。安衛法令では、

安衛則第6章第1節〈明り掘削の作業〉

で規定しています。

安衛則第356条では、掘削面のこう配

の基準について定めていますが、これは

手掘りの場合で、パワー・ショベル等に

よる機械掘削には適用がありません。し

かし、安全技術基準として遵守します。

また、明り掘削で、逆打ち工法等の屋

外作業ではない場所では、掘削場所の明

るさを確保する必要があります(安衛則

第367条)。

災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令

労働安全コンサルタント

笠原 秀樹労働安全コンサルタント

笠原 秀樹

本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安衛法令を考える。今回は、三大災害の1つである、「崩壊・倒壊」の中から「土砂崩壊」を紹介する。� (編集部)

災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令

労働安全コンサルタント

笠原 秀樹労働安全コンサルタント

笠原 秀樹

土砂崩壊

すかし掘り部が崩壊し下敷きに

Page 2: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

31 建設労務安全 23・7

逆打ち工法で、梁下のすかし掘り部分が崩壊して下敷きに逆打ち工法で、梁下のすかし掘り部分が崩壊して下敷きに1

災害事例に学ぶ安衛法令

●発生状況地上39階・地下3階の事務所ビル新築工事で、地下工事を逆打ち工法で施工中、地下

階の梁のコンクリート打設を終えた梁底型枠材を、ドラグショベルで掻き落とした後で、重機の運転席から降りて取り除いていた被災者(オペレーター兼普通作業員、45歳・経験22年)が、梁下のすかし掘り部分の土砂が崩壊して、下敷きになった。

●なぜ……元請:�逆打ち工法の施工計画の不備、下請負事業者に対する技術上の指導及び必要な措置の不備(安衛法29条の2)

� 事業者:重機オペレーターの非専従、掘削補助作業者の不足逆打ち工法では、一般的には地下階梁を梁底位置まで掘削した地盤面に、型枠合板を敷

いて梁底を施工します。捨てコンを施工して行う場合もあります。

掘削土以外は残土として認められませんから、型枠材は選り分ける必要があります。そ

こで、オペレーター兼作業者である被災者は重機を降りて、以後の作業の支障になる型枠

材を選別作業中に、すかし掘り状態であった上部掘削土の崩壊で被災しました。作業主任

者は近くで監視中でした。

建設工事により副次的に得られた建設発生土(残土)は、建設副産物で廃棄物ではあり

ませんが、木片が混入すれば廃棄物です(資源有効利用促進法、廃棄物処理法)。

「すかし掘り」とは、たぬき掘りとも呼ばれ、崖などの垂直面を下から掘って土砂の自

重で崩壊させる危険な掘削方法をいいます。

●こうする……元請:�逆打ち工法の問題点の総点検と対策、下請負事業者への指導(安衛法29条の2、安衛則634条の2第1号)

� � 事業者:�すかし掘りの危険性周知、型枠材処理の専任作業者の配置、型枠材の集積場所・搬出等の計画、点検者の指名(安衛則358条)、作業主任者の再選任

事例シートでは、「作業主任者は作業を直接指揮する等の職務を果たしていなかった」

としています(※1)。掘削に伴う型枠材の発生は事前に分かっていたことで、その処理

を専任の作業者を付けず、オペレーターに兼務させたことは事業者の怠慢です。

事業者は、明り掘削の作業を行うときは、地山の崩壊、土石の落下の危険を防止するた

Page 3: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

建設労務安全 23・732

【関連条文】 ※1(安衛則第360条)、※2(同358条)、※3(同534条第1号)、※4(昭34・5・15 基発第367号)、※5(安衛則第356条)、※6(同357条)、※7(同361条)、※8(同534条)

●発生状況ビル新築工事に伴う雨水排水管敷設工事において、掘削側面に露出していた土止め(柱

列式地下連続壁)のソイルセメント壁が高さ約1m、長さ約7mに渡りはがれて崩壊、溝の底部で床ならし中の作業者2人(職種・年齢等不明)が被災した。1人は死亡、もう1人は足の骨を折る重傷。

●なぜ……�元請:掘削部分の資料等の提供と技術指導不足(安衛法29条の2)�事業者:土止め支保工の未設置

被災者2人は、ビル新築工事に伴う雨水排水管敷設工事で幅0.7m、深さ1.5mの溝を掘

り、掘削底面に塩ビ管の埋設作業を行っていました。土止め支保工は未設置です。

事例では、掘削深さが2m未満ですから作業主任者の選任は必要ありません(※1)。

●こうする……元請:柱列式地下連続壁の崩壊原因の調査と結果の公表�� 事業者:土止め支保工の設置、安全教育の実施事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

挙げていますが、撤去すれば外側の埋め土の措置が必要でしょう。

新築工事現場で山留め壁として使っていたSMWソイルセメント柱頭部が崩壊することは

驚きです。その理由を知りたいのですが、事例シートには何の記載もありません。

め点検者を指名し、その日の作業開始前や大雨、中震以上の地震の後に、作業個所を点検

する必要があります(※2)。なお、点検の実施は、このほかに足場や車両系建設機械等

で40余あります。点検者の資格はありません。

安衛法令に「すかし掘り」の用語はありませんが、通達で「すかし掘り」を禁止する趣

旨であること、と「すかし掘り」の語句を使っています(※3、4)。

手掘り作業時の掘削面のこう配は規定があり(※5、6)、明り掘削の作業を行うときは、

地山の崩壊による危険防止等、安全なこう配を確保することとしています(※2、7、8)。

排水管敷設工事で、ソイルセメント壁の一部がはがれて崩落排水管敷設工事で、ソイルセメント壁の一部がはがれて崩落2

Page 4: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

33 建設労務安全 23・7

連続壁周辺の埋め戻し作業か、当該作業の掘削作業時にドラグショベル等の重機のバケッ

ト等がソイルセメント柱頭部に大きな損傷を与えたことが考えられます。

SMWは、現場の土とセメントスラリーを混合し、多軸混練オーガー機で地盤を削孔し、

先端よりセメントスラリーを吐出して削孔混練を行い、ソイルセメントの壁体を造ります。連

続壁とするためには、軸穴を次の削孔にラップさせ造成します。

ソイルセメント壁は、土圧や水圧の外力にも抵抗することができるため、多くの現場で採

用している工法です。市街地の工事では、ソイルセメントの軸穴にH型鋼等を入れて強度を

高めて使用します。

事例の場合は鋼芯が入っていないようですが、SMW施工業者の話では、現場の状況等で

芯材なし、あるいは芯材を地盤面より低く施工することがあるそうです。ソイルセメント柱は

現場の土質強度よりも高く設計していますから、連続壁が崩れ落ちるとは予想しないことで、

原因究明と公表が求められます。

災害事例に学ぶ安衛法令

【関連条文】 ※1(安衛則第359条)、※2(同361条)

コンクリート打設中に、法面が崩壊して作業者 3人が被災コンクリート打設中に、法面が崩壊して作業者 3人が被災3

●発生状況既存水路のずい道上の道路が豪雨により崩壊したため、ブロック積みの擁壁を設置し、重

力式擁壁やアーチ補強等で補強して道路を復旧し舗装する工事。道路面より8m下から法面の角度を約2分こう配(約78度)で掘削し、災害発生当日は、

被災者3人が道路下の基礎部分のコンクリート打設作業に従事していたところ、基礎部分の法面上部が崩壊し被災した。

●なぜ……�元請:�作業計画の不備、技術上の指導不備(安衛法29条の2、安衛則634条の2)

� 事業者:当初の法面こう配を変更し急こう配とした法面は当初の計画では、5分こう配(約63度)でしたが、掘削法面の上方に水道管があ

ることが分かり、正確な位置を発注者に問い合わせましたが対処されないまま工事が進め

られ、水道管を残すため法面角度を約2分こう配(約78度)に変更して掘削しました。

事例シートは原因を、①崩壊した地山は、過去に盛土した粘土混じりの土質で崩壊災害

Page 5: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

建設労務安全 23・734

下水道管敷設工事で、掘削面が崩壊下水道管敷設工事で、掘削面が崩壊4

【関連条文】 ※1(安衛則第356条)、※2(同358条)、※3(通達:昭46・4・15 基発第309号)

の前日は雨だった、②始業点検を怠った、③5分こう配を約2分の急こう配にしたこと――

を挙げています。

●こうする……元請:�発注者へ埋設管位置等の敏速な情報提供の要請、計画の作成(安衛法30条1項、安衛則638条の3)

� 事業者:法面を安全なこう配で施工、雨水等の処理、点検者の指名手掘りによる地山の掘削面のこう配は、岩盤または堅い粘土からなる地山以外の地山

は、掘削面の高さが5m以上の場合は掘削面のこう配を60度以下としています(※1)。

事例の場合は機械掘りですから該当しませんが、法規定は掘削時の労働者の法面崩壊に

よる危険を回避するための措置であり、この規定は法面下部で作業を行うとき等には配慮

すべきと思います。

地山は自然状態の地盤ではなく粘土混じりの盛土であり、水処理対策もなく、78度のこ

う配は無理がありました。

点検について、事業者は明り掘削作業を行うときは、地山の崩壊等の危険防止措置とし

て、点検者を指名し、作業個所及びその周辺の地山について、その日の作業を開始する前、

大雨や中震以上の地震の後には、浮き石及び亀裂の有無、状態、含水、湧水、凍結の状態

の変化を点検させること等の規定があります(※2)。

「大雨」とは、1回の降雨量が50mm以上の降雨です(※3)。

●発生状況下水道管(塩ビ管:直径0.2m、長さ4m)を幅1.3m、深さ2.5mの掘削溝に全長900

mに渡って敷設する工事で、災害発生当日までに150本(600m)の敷設を終えていた。当日は、朝から5mずつ作業を進め、被災者(土工、50歳代・経験10年)と同僚1人は、5本目を敷設するためドラグショベルで掘削された掘削底に降りて塩ビ管を土嚢で固定中に突然、掘削法面の粘土層が崩壊し下敷きになり死亡した。この場所は5年前に埋め立てられた地盤であった。

Page 6: すかし掘り部が崩壊し下敷きに · 2017-01-02 · 事例シートは、対策として土止め支保工の設置(※2)、またはソイルセメント壁の撤去を

35 建設労務安全 23・7

災害事例に学ぶ安衛法令

●なぜ……元請:�埋設場所が埋め土であること等の技術資料の未提供、注意・指導不備(安衛法29条の2)

� 事業者:�雨による含水、湧水への対策を怠った(安衛則361条)、不適任な作業主任者の選任(安衛法14条)

浚渫土、建設残土、山砂等で埋め立てられた地盤は、地盤面から50cmは砂れきで、そ

の下は砂やシルトが混じった粘土層でした。そのため、砂れき層部分は開口幅を2.7mと

し、両側に法面こう配をつけ(35度)、粘土層部分は幅1.3mで垂直に掘削しました。

当日は、1本目の敷設時に、前夜の雨の影響で粘土層と砂れき層の間から出水していた

ため、鋼矢板を間隔をあけて数本打ち込んでいました。2本目の敷設時以降も水は出てい

ましたが、何も土砂崩壊防止の措置は行わずに作業を続けました。地山の掘削作業主任者

はいましたが、適切な作業方法等の指示はありませんでした。

●こうする……�元請:作業に関する技術情報の提供と計画の指導� 事業者:�土止め支保工の設置、有能な作業主任者の選任、事業者と

組織の改革明り掘削を行う場合において、地山の崩壊や土石の落下による作業の危険があるとき

は、事業者は土止め支保工を設け、防護網を張り、労働者の立入禁止措置を講じる必要

があります(※1)。事例では、地盤は埋め土であり、前夜の降雨による粘土層上面か

らの出水で、崩壊は十分に予測されたことです。1本目の敷設時に粘土層上から出水し

ていることに気がつき、危険を感じて鋼矢板を施工しています。その判断と措置は不十

分なもので、この時点で作業主任者は十分な支保工の設置または作業を中止すべきでし

た。

1本目施工後、4本まで無事に施工できたため、繰り返し作業で安全意識が薄れたこ

とも災害の要因となったようです。

崩壊した土砂は、高さ1m、長さ1.5m、幅0.5mで、重さは約1.3tありました。

事例シートでは原因として、土止め支保工の未設置と、作業主任者は選任されている

ものの、適切な作業方法の指導・指示が行われていなかったことを挙げています。

これは推測するに、作業主任者は有資格者ですが経験が浅く年齢も若い、作業の実施

に当たっては作業主任者の資格のない職長的立場の年長者が取り仕切り、作業主任者は

発言できない立場であった可能性があります。このような場合、事業者はその役割分担

を明確に指示する必要があります。

作業主任者の選任は、事業者としてその者が工事に最適であると判断して選任したの

ですから、事業者は選任の責を負うことになります(※2、3、4)。

この事例のような、管きょの敷設等の小規模な溝掘削作業を行うときは、「土止め先

行工法に関するガイドライン」(※5)が参考になります。

【関連条文】 ※1(安衛則第361条)、※2(安衛法第14条)、※3(安衛則第359条)、※4(同360条)、※5(通達:平15・12・17 基発第1217001号)