8
31 KOYO Engineering Journal No.160 (2001) 1.はじめに において, によってほぼ する.しかし がら, られ する. るほ するこ らか ある.そ いこ “がた れ, “蛙 (かわず )” れる がある. ,一 いランダム して されており,HDD スピンドル きるこ がある.こ きに すい.こ メカニズム ある 域に 域が する.ま た,影 するパラメータが に多く, あって 態によって したりし かった す.さらに, い, るこ ある.したがって, ために ある. について する. ラメータ して, 圧, アンバランスを げた.また パラメータに え, すきま (レース案 すきま,ポケットすきま), トラクション ,ラジアル について した. に, 握するために, および す角 について った. 2.試験軸受・保持器と試験装置 表1図1および を,図2いた す. われている が多く っているが, ,渦 変位 るように した. して, )案 だが, する ( すきまを0.3mmIn a high speed ball bearing, the analysis of cage vibration is extremely difficult, because it is a typically non-linear vibration. The cage sound of high speed rolling bearings has been described as a random vibration without particular vibration components. It may occur at low temperature or in high viscosity oil lubrication. Abnormal cage vibration can cause serious damage to the cage. Therefore, the analysis of cage vibration is very important to the design of optimized bearings. This paper describes the experimental and theoretical investigation on sound, vibration and motion of cage in a high speed ball bearing. Cage sound, radial vibration and radial motion are explained through the results of the experiment. The experimental parameters are temperature, oil viscosity, pre-load, rotor acceleration, and cage unbalance. In addition to these parameters, cage clearance, traction coefficient and radial load are applied by theoretical analysis. This paper also discusses the vibration components of cage angular vibration in the frequency domain. Key Words: ball bearing analysis, cage, sound, vibration, motion, non-linear vibration 高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析 Dynamic Analysis of Sound, Vibration and Motion of Cages in High Speed Ball Bearings S. TADA

ENGINEERING JOURNAL No - eb-cat.ds-navi.co.jpeb-cat.ds-navi.co.jp/jpn/jtekt/tech/ej/img/no160/160_07.pdf · KOYO Engineering Journal No.160 (2001) 31 論 文 1.はじめに 低速回転下において,軸受の性能評価は静解析

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31KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

論  文

1.はじめに

低速回転下において,軸受の性能評価は静解析

によってほぼ満足する.しかしながら,高速回転

時では静解析で得られない不可思議な挙動が発生

する.軸受の振動は,高速回転になるほど,顕著

に発生することは経験上明らかである.その中で

も保持器の振動は,明確な支持部材がないことか

ら振動学的には“がた系の非線型振動”と呼ばれ,

“蛙音(かわず音)”と呼ばれる保持器音を発生す

る場合がある.

高速回転時の保持器音は,一定の周波数を持た

ないランダム振動として認知されており,HDD

スピンドル用の軸受や工作機械主軸用の軸受など

で確認できることがある.この振動は,経験的に

低温下での駆動や潤滑油の粘度が高いときに発生

しやすい.この発生メカニズムは非常に複雑で,

ある回転速度域に不安定領域が必ず存在する.ま

た,影響するパラメータが非常に多く,低温下で

あっても運転状態によって発生したりしなかった

りと,非常に不安定な挙動を示す.さらに,発生

時には強烈な振動を伴い,時には保持器の損傷に

まで至ることもある.したがって,保持器の最適

設計のためには,保持器振動の解析は重要である.

本報では,保持器音の本質と保持器振動・挙動

の実験・数値解析結果について報告する.実験パ

ラメータとして,温度,粘度,予圧,回転加速度,

保持器アンバランスをとり上げた.また数値解析

では,実験パラメータに加え,保持器のすきま

(レース案内すきま,ポケットすきま),保持器と

他要素間のトラクション係数,ラジアル荷重など

についても検討した.最後に,実験では測定困難

な保持器周方向の挙動を把握するために,保持器

の自転および振れ回り周波数,玉周方向の変動周

波数,保持器幾何学中心と質量中心のなす角度の

関係についても数値解析を行った.

2.試験軸受・保持器と試験装置

表1,図1に試験軸受および装置を,図2に試

験で用いた保持器を示す.現在使われている保持

器は樹脂製のものが多くなっているが,保持器挙

動解析時は,渦電流式の非接触変位計で検出でき

るように黄銅製保持器を使用した.黄銅保持器A

には振動低減対策の一例として,

・外輪(内輪併用)案内保持器:通常外輪案内だが,

保持器弾性変形時に内輪でも案内する保持器

(外輪案内すきまを0.3mm,内輪-保持器間の

In a high speed ball bearing, the analysis of cage vibration is extremely difficult, because it is a typicallynon-linear vibration. The cage sound of high speed rolling bearings has been described as a random vibrationwithout particular vibration components. It may occur at low temperature or in high viscosity oil lubrication.Abnormal cage vibration can cause serious damage to the cage. Therefore, the analysis of cage vibration isvery important to the design of optimized bearings.

This paper describes the experimental and theoretical investigation on sound, vibration and motion of cagein a high speed ball bearing. Cage sound, radial vibration and radial motion are explained through the resultsof the experiment. The experimental parameters are temperature, oil viscosity, pre-load, rotor acceleration,and cage unbalance. In addition to these parameters, cage clearance, traction coefficient and radial load areapplied by theoretical analysis. This paper also discusses the vibration components of cage angular vibrationin the frequency domain.

Key Words: ball bearing analysis, cage, sound, vibration, motion, non-linear vibration

高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析多田誠二

Dynamic Analysis of Sound, Vibration and Motion of Cages in High Speed Ball Bearings

S. TADA

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

32 KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

すきまを0.4mm(すきま差0.1mmにした保持器)

・内径側逃げの付与:潤滑性能の向上と,オイル

エア潤滑による保持器挙動の安定化

の2点をとり上げ,実験でその効果を確かめた.

黄銅保持器Bと樹脂保持器は,通常の外輪案内・

内径側逃げなしである.また黄銅保持器では,保

持器アンバランスを約30g・mmとした.なお,

これらの実験条件の中には保持器音再現のため

に,非常に厳しい運転条件が多くある.通常の状

態で保持器音が出ることがまれであることを付け

加えておく.ただし,悪条件が重なれば,保持器

音が発生することも事実である.

論  文

表1 試験軸受Test bearing

試験軸受 工作機械主軸用セラミック玉軸受

内径×外径×幅 φ80×φ140×22

玉径(玉数) 9.525(27個)

保持器材質 フェノール樹脂

潤滑方法 オイル&エア潤滑

回転速度 内輪回転 0~15 000min-1

予圧方式 定位置予圧

加速度ピックアップ�試験軸受(FB)�

G3G5

G2

G1

G4

ω�χ�

回転軸�

z

y

A'

A

試験軸受(RB)�

変位計(G5)�変位計�

冷風�

保持器�

変位計G1~G4�(保持器半径方向測定)�

サポート軸受�間座①�間座②�

A-A'断面�

騒音計(マイク)�

図1 保持器振動・挙動測定装置�Measuring apparatus for cage vibration and behavior

非接触変位計�

内径側逃げ�

黄銅保持器A� 黄銅保持器B� 樹脂保持器�

図2 試験保持器と非接触変位計取り付け位置�Test cages and setting position of sensor

約845Hz

約1 280Hz

約1 315Hz 約1 480Hz

保持器音発生�1 200~2 000Hz�6 600~12 000min-1

減速�定常�加速回転�

時間経過�

0 2.5kHz 0 2.5kHz

0 2.5kHz 0 2.5kHz

(a)回転軸アキシアル振動(変位)�

(c)振動加速度�

(b)回転軸ラジアル振動(変位)�

(d)音響�

6 600minー1

16秒�

図3 樹脂保持器を用いた加速・減速試験の3次元周波数分析� 加速・減速:0~15 000min-1�油    :VG68�外輪温度:13℃�

3-dimension frequency analysis of resin cage�

−20�Mag�−80

−10�Mag�−50

−20�Mag�−80

−20�Mag�−60

Hann

Hann

Hann

Hann

3.保持器音の特徴

図3に樹脂保持器を用いた0~15 000min-1の

加速・減速試験結果を示す.

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

33KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

論  文

同図は回転軸のアキシアルおよびラジアル振

動,振動加速度,音響値を同時測定した結果で,保

持器音は6 000min-1付近から発生し,12 000min-1

付近で消滅する.装置の振動加速度を見ると,保

持器音発生時に測定周波数全域で白色雑音的

(White noise)な振動が認められる.これに対し,

音響値では保持器音発生時に約1 200~2 000Hz

付近にピークが認められる.この付近には試験装

置における回転系のラジアル1~2次およびアキ

シアル1次の固有振動数が存在していることをモ

ード解析および打撃試験で確認している.回転軸

のラジアル・アキシアル振動もそれらの振動数付

近で若干のピークが認められる.なお,一連の加

速・減速を1サイクルとした場合,サイクルを数

度繰り返すと保持器音はサイクルごとに小さくなっ

ていき,最終的に消滅する.このことは,軸受の昇

温によって潤滑油の粘度が低下したためと考える.

以上の結果から,保持器音とはある回転速度の

範囲で発生し,その振動はランダム振動であり,

それが試験装置を打撃して回転系の固有振動数で

音(通常保持器音といわれる音)が発生していると

言える.

4.保持器半径方向の振動・挙動解析

4.1 実験結果

図4に樹脂保持器を用い,運転条件をパラメー

タとした振動加速度の測定結果を示す.ここでい

う振動加速度とは,保持器音発生時のオーバーオ

ール値である.ここで,図(c)の軸受予圧におい

て横軸を試験装置の締め付けトルクとしたが,初

期予圧は軸受外輪押え蓋の締め付けトルクを大き

くするほど低下する構造となっている.これらの

結果を見ると運転条件によって,保持器振動(音)

の大きさに違いが生じていることがわかる.つま

り,①軸受温度が低く,②油粘度が高く,③内輪

回転加速度が大きく,④軸受予圧が低くなるほど

保持器音が発生しやすい.なお,振動加速度が約

40m/s2以下では保持器音を聞き取ることはでき

なかった.

図5に黄銅保持器Bを用いた加速回転時におけ

る保持器幾何学中心y方向(水平方向)の挙動と振

動加速度を同時測定した結果を,図6に黄銅保持

器AおよびBの幾何学中心挙動(ラジアル方向の

リサージュ図)の代表例を示す.図5より,保持

器音の発生前後で保持器挙動に明らかな違いがあ

ることが分かる.図6上図のリサージュ図を見る

と,保持器の挙動が低速時に案内面の1点に集中

しているものが,ある回転速度を境に不安定な挙

動になっていることがわかる.なお,図中のスケ

VG10�VG32�VG68

10 15 20 25 30

外輪温度,℃�

(a)油粘度, 外輪温度の影響�

振動加速度,m/s2

内輪回転加速度,s-2

(b)内輪回転加速度の影響�

締め付けトルク,N・m

(c)軸受予圧の影響�

0

20

40

60

80

振動加速度,m/s2

0

20

40

60

80

振動加速度,m/s2

0

20

40

60

80

10 15 20 25 30 35

0 5 10 15 20 25 30

(約15.5℃, VG68)�

(約14.4℃, VG68)�

図4 運転条件による樹脂保持器振動�Cage vibration by operating conditions

無次元変位� 過渡状態�

過渡状態開始�

1点集中�

−1.5−1−0.500.511.5

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

振動加速度�

m/s2

保持器音発生�

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

−250255075

図5 加速回転時の保持器変位と�保持器振動の関係(黄銅保持器B)�

Displacement and vibration of cage (brass cage B)

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

34 KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

論  文

ールは実際の変位を案内すきまで除して無次元化

しており,スケール“1”は外輪案内面に接触し

た状態に相当する.

一方,黄銅保持器Aの挙動は,9 600min-1以上

では外輪案内面一杯に振れ回っており,その中間

に不安定な領域があることが分かるが,保持器音

は発生しなかった.よって保持器挙動形態は,回

転速度の増加とともに通常,

一点集中 → 過渡状態 → 円形振れ回り

へと変化しており,黄銅保持器Bでは,過渡状態

で保持器音が発生している.保持器音発生時は非

常に不安定な三角形状をしており,保持器が外輪

案内面に衝突して弾性変形を起こしている(図中

矢印で示した案内面を超えた領域)ことが確認で

きる.ここで,以降,保持器音が発生する起点,

つまり挙動が1点集中から過渡状態に入る回転速

度を過渡状態開始回転速度と呼ぶことにする.な

お,保持器の不安定な振動は自励振動の一種であ

るが,詳細は割愛する.また,黄銅保持器Aにお

いて,非常に悪条件を課したにも関わらず,保持

器音は発生しなかった.よって,ここで示した保

持器音低減の手法は保持器音対策の一助となると

考える.

図7に加速回転時における軸受予圧と油粘度を

パラメータとした黄銅保持器Bの幾何学中心y方

向における解析結果を示す.同結果より,予圧が

小さく,油粘度が高いほど過渡状態開始回転速度

が高くなっている.図5の結果と総合すると,保

持器音は過渡状態開始回転速度が高いほど発生し

やすく,振動レベルが高いと言える.

4.2 数値解析結果

図8に軸受動解析ソフト“ADORE(Advanced

Dynamics of Rolling Elements)1)”を用いた保持

黄銅保持器B�外輪案内�

内径側逃げなし�

黄銅保持器A�外輪(内輪併用)案内�内径側逃げあり�

保持器の衝突,弾性変形あり�

−1

0

1

−1

0

1

−1

0

1

−1

0

1

−1

0

1

−1 0 1

−1

0

1

−1 0 1−1

0

1

−1 0 1−1

0

1

−1 0 1−1

0

1

−1 0 1−1

0

1

−1 0 1

−1 0 1 −1 0 1 −1 0 1 −1 0 1

4 800min-1 6 000min-1 7 200min-1 9 600min-1 12 000min-1

fw

図6 定速回転時の保持器の挙動(VG68,外輪温度約15℃)�Cage behaviour at constant rotation

過渡状態開始�

−1.5−1−0.500.511.5

無次元変位�

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

(a)予圧大,VG32(過渡領域開始回転速度5 400min-1)�

過渡状態開始�

−1.5−1−0.500.511.5

無次元変位�

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

(b)予圧大,VG68(過渡領域開始回転速度6 200min-1)�

過渡状態開始�

−1.5−1−0.500.511.5

無次元変位�

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

(c)予圧小,VG32(過渡領域開始回転速度7 100min-1)�

過渡状態開始�

−1.5−1−0.500.511.5

無次元変位�

0 2 000 4 000 6 000 8 000 10 000 12 000

内輪回転速度,min-1

(d)予圧小,VG68(過渡領域開始回転速度8 500min-1)�

図7 内輪加速回転時の保持器挙動(黄銅保持器B)Cage behavior at acceralation

器幾何学中心挙動の動解析結果の一例を示す.

この結果は,黄銅保持器Bに相当する解析モデ

ル(内径側逃げなし)で,アンバランス10g・mm

とした場合の解析結果である.同結果より,その

挙動形態は図6に示した黄銅保持器Aの実験結果

と良く一致していることがわかる.また,過渡状

態時に,保持器が案内面と衝突して弾性変形を起

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

35KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

論  文

こしていることが確認できる.なお,今回の解析

モデルでは,保持器音に相当する三角形状の挙動

は得られなかった.

4.3 保持器半径方向挙動のまとめ

実験,数値解析でパラメータの影響を検証した

結果を表2に示す.解析では,保持器音の発生に

関わる明確な挙動の変化は確認できなかったが,

過渡状態開始回転速度に変化が認められた.これ

らの結果のうち,保持器アンバランスのみ遠心力

の影響によって他のパラメータと傾向が異なる

が,それ以外では,過渡状態をできるだけ低速回

転で開始させることが,安定した保持器挙動で運

転できると考える(ただし,保持器アンバランス

は小さいほどよい).これらのパラメータは,任

意のものを変更するだけでも効果がある.

5.保持器周方向の振動解析

保持器音発生時の振動はランダム振動であり,

保持器半径方向の挙動も同様であることは,3.1

で述べた.また,これらの周波数は,ランダム振

動を除き,保持器自転速度および公転速度(振れ

まわり速度)と一致しているが,ここでは保持器

周方向(角方向)の振動に着目し,自転周波数と振

れ回り周波数が一致しない理由を解説する.考察

は,保持器,玉の周方向振動に着目して数値解析

を行った結果を紹介する.ここで考察するパラメ

ータは,保持器回転角変動と玉ピッチ誤差変動で

ある.次項でこれらの定義について概説する.

5.1 保持器回転角変動と玉ピッチ誤差変動

図9(a)に外輪および保持器中心の位置関係を示

す.保持器の中心には2通りの見方がある.つま

り,保持器の幾何学中心(Geometric Center)Gg

と質量中心(Mass Center)Gmである.両者の関

係を正確に把握するために,軸受本来の回転中心

である外輪(静止輪)の幾何学中心Goを用いた.

−1.5 −0.5 0.5 1.5−1.5 −0.5 0.5 1.5

1点集中� 過渡状態� 円形振れまわり�

弾性変形�

1点集中� 過渡状態� 円形振れまわり�

4 200min-1 4 800min-1 5 400min-1 9 000min-1 12 000min-1

−1.5

−0.5

0.5

1.5

−1.5

−0.5

0.5

1.5

−1.5

−0.5

0.5

1.5

−1.5

−0.5

0.5

1.5

−1.5

−0.5

0.5

1.5

−1.5 −0.5 0.5 1.5 −1.5 −0.5 0.5 1.5 −1.5 −0.5 0.5 1.5

図8 ADORE解析結果�黄銅製保持器�アンバランス10g・mm�

ADORE analysis

表2 実験および解析結果�Experiment and calculation results

No.

No.

パラメータ�

パラメータ�

保持器音�

内・外�

輪併用�

 外輪�

 のみ�

過渡状態開始�回転速度�

軸受予圧�

油粘度�

保持器アンバランス�

内輪回転加速度�

保持器内径側逃げ�

保持器案内方式�

1�

2�

3�

4�

1�

2�

3�

4�

5�

6�

7�

5�

6�

大   小� 大   小�

高   低�

大   小�

高   低�

大   小�

低   高�

大   小�

小   大�

低   高�

小   大�

小   大�

有   無�

低      高�

過渡状態開始�回転速度�

対策保持器では�

保持器音なし�

(a)実験による考察(加速回転,定速回転)�

(b)数値解析による考察(定速回転)�

ほとんど変化なし�

──�

変化なし�

変化なし�

変化なし�

予圧(定位置予圧の場合)�

油粘度�

保持器アンバランス�

内輪回転加速度�

トラクション係数�

すきま�

保持器-外輪間�

保持器-玉間�

玉-レース間�

保持器-外輪間�

保持器ポケット�

ラジアル荷重の方向�1点集中の収束�

位置が変化�

過渡状態開始回転速度で相関あり�

小� 大�低� 高�

図(a)のようにy軸上を回転角の原点とし,外

輪幾何学中心Goから保持器質量中心Gmおよび保

持器幾何学中心Ggを結ぶ線分のなす角(総回転角)

をそれぞれαおよびβとする.この時,α-βを

以降,保持器回転角変動と呼ぶことにする.

図9(b)に,任意の時間における玉位置の模式図

を示す.反時計回り(回転方向)に沿って玉に番号

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

36 KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

5.2 数値解析による各要素の周波数解析結果

ここでは,保持器の振れ回り速度および自転速

度と,前述のパラメータを用いて,これらの関係

を論じる.表3は解析に用いたパラメータをまと

めたものである.なお,表中のパラメータ記号の

添字は,周波数の低い順に付与している.

論  文

β�

α�

保持器�

外輪�

y�

z�

d

e

Gm:保持器質量中心�Gg:保持器幾何学中心�Go:外輪幾何学中心�e:保持器の偏重心�d:保持器案内すきま� α:質量中心角� β:幾何学中心角�

(a)保持器質量中心と幾何学中心の位置関係�

GgGo

Gm

ωc

y

z

ω�

x

(b)玉の位置関係と周方向の玉ピッチ誤差�

B1

B2

B3

θ1

θ3

θ2

図9 保持器回転角変動と玉ピッチ誤差変動の定義�Definition of cage turning angle and ball pitch error

fluctuation

表3 周波数解析パラメータParameters of frequency analysis

動解析パラメータ 周波数記号

保持器自転周波数(玉公転周波数) fc

玉ピッチ誤差変動周波数 fp1,fp2,fp3

保持器回転角変動周波数 fg1,fg2,fg3

保持器振れ回り周波数 fw

(a)3 000min-1(1点集中)�

時間,s

(b)5 400min-1(過渡状態)�

時間,s

角度,deg

角度,deg

位相差�

図10 玉ピッチ誤差変動波形�Waveform of fluctuation of ball pitch error

B2-B1,degB3-B2,deg

−0.06

−0.04

−0.02

0.00

0.02

0.04

0.06

角度,deg

−0.06

−0.04

−0.02

0.00

0.02

0.04

0.06

−0.06

−0.04

−0.02

0.00

0.02

0.04

0.06

0.1 0.12 0.14 0.16 0.18

0.1 0.15 0.2 0.25 0.3

(c)12 000min-1(円形振れ回り)�

時間,s

0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

B2-B11周期�

B3-B21周期�

図10に保持器挙動形態ごとの,玉ピッチ誤差

変動波形を示す.ここで,解析モデルは,図8の

解析と同様だが,保持器アンバランスの影響を極

力小さくするため,0.1g・mmとした結果である.

図(a)の保持器挙動が1点集中の時は,玉ピッチ

誤差変動波形は単一な正弦波になっている.位相

差に着目すると,B3-B2に対してB2-B1の波形

が360°/玉数だけ位相が遅れていることから,玉

間ピッチがある基点で最小,その対角地点(180°

進んだ地点)で最大になっており,すべての玉が

同じ挙動をしていた.この現象は,ラジアル荷重

の影響によると思われる(ラジアル荷重の付加方

向によって一点集中の位置が変化することも解析

で確認されている;表2に表記).図(b),(c)に示

を付け,玉B1~B3に注目する.回転角の原点をy

軸上にとり,B1~B3のなす角をそれぞれθ1~θ3

とすると,

B2-B1:θ2-θ1-(360/Z)

B3-B1:θ3-θ2-(360/Z)

(ただし,Z:玉数)

を玉のピッチ誤差変動と呼ぶことにする.この値

は,等配された玉からの周方向の相対的なずれを

把握するために用いた.

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

37KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

図11に玉ピッチ誤差変動波形と保持器中心角

変動波形を示す.同図より,玉ピッチ誤差と保持

器中心角の変動波形は周期が等しいことがわか

る.このことは,周波数分析でも確認しており,

振れ回り時における他の2成分の出現周波数も一

致していた.また,保持器挙動が1点集中の時は,

回転速度が増加とともに周期が短くなるのに対

し,過渡状態を境に回転速度の増加とともに,主

成分の周期が長くなっていることが確認できた.

図12(a)は,過渡状態以降で,保持器が振れ回

り運動を開始した回転速度以降(過渡状態の一部

を含む)の周波数成分をプロットしたものである.

この結果より,保持器自転速度fcおよび玉ピッチ

誤差変動周波数の3次成分fp3(保持器回転角変動

の3次成分fg3)は,保持器の振れ回り速度fwに対し,

玉ピッチ誤差変動および保持器回転変動の1次成

分fp1(fg1)だけ大きくなっている.一方,玉ピッチ

誤差変動の2次成分であるfp2および保持器回転角

変動の2次成分fg2は保持器振れ回り速度fwに対し,

fp1(fg1)の周波数だけ小さくなっている.これらの

関係を式に示すと,

fw=fc-fp1(fg1)=fp1(fg1)+fp2(fg2) a

となる.

論  文

(a)3 000min-1(1点集中)�

時間,s

角度,deg

図11 玉ピッチ誤差変動波形と保持器中心角変動波形�Waveform of fluctuation of ball pitch error and

cage central angle            �

−0.25

−0.15

−0.05

0.05

0.15

0.25

角度,deg

−4.0

−2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

角度,deg

−0.25

−0.15

−0.05

0.05

0.15

0.25

0.1 0.12 0.14 0.16 0.18 0.2

(b)5 400min-1(過渡状態)�

時間,s

0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

(c)12 000min-1(円形振れ回り)�

時間,s

0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

B2-B1,degα-β,deg

内輪回転周波数,Hz

内輪回転周波数�保持器自転周波数�保持器振れ回り周波数�

(a)解析結果�

(b)実験結果�

0

20

40

60

80

100

周波数,Hz

100 120 140 160 180 200

fc,fp3(fg3) fp1(fg1) fp2(fg2) fw

0

40

80

120

160

200

実回転周波数,Hz

20 40 60 80 100 120 140 160 180 200

内輪回転速度(設定周波数),Hz

図12 内輪回転速度と各周波数成分の推移�Transition of rotational speed of inner race and

frequency components          �

した過渡状態,円形振れ回り時には,単一波形で

はなく,複数の周期が複合されていることがわか

る.周波数分析結果は割愛するが,周波数分析に

よって,基準周期(大きな周期の波形)と,周期の

小さい(周波数の高い)2成分の計3成分が存在し

ている.

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-高速回転下における保持器音および振動・挙動の解析-

38 KOYO Engineering Journal No.160 (2001)

以上の結果より,保持器回転角変動は玉のピッ

チ誤差変動と一致しており,玉の振れ回り速度に

影響を与えているといえる.なお,純粋な保持器

の周方向振動(回転速度変動)では,保持器の回転

角変動周波数と一致する成分は認められなかっ

た.よって,保持器単体の周方向振動ではなく,

玉の進み遅れなどに関係した成分と思われる.ま

た,今回紹介した結果は,保持器のアンバランス

を非常に小さくした(0.1g・mm)ため,変動波形

がほぼゼロ点を中心に変動している.ただし,保

持器の回転角変動については,アンバランスを大

きくしていくと,回転方向に対し質量中心が絶え

ず幾何学中心の前方にいることを,解析結果の挙

動から確認している.しかしながら,変動周波数

そのものは,a式の関係と一致した.参考として,

黄銅保持器1で測定した保持器自転周波数fc,振

れ回り周波数fwの実験結果を図12(b)に示す.実

験結果でも,保持器振れ回り(過渡状態開始)以降,

計算結果と同様に振れ回り速度が自転速度に対し

て低く,回転速度の増加とともに,両者が接近し

ていくことがわかる.この原因が,玉のピッチ誤

差変動と関係していることは数値解析結果から推

定できる.なお,保持器幾何学中心が振れ回りに

移行する前の振れ回り周波数は,実際に振れ回り

を起こしていないため,参考値である.また,玉

のピッチ誤差変動,保持器回転角変動の高精度な

計測は現状では困難であり,今回は実現できなか

った.

6.おわりに

高速回転時の保持器音・振動および挙動につい

て,実験および動解析で得られた結果について報

告したが以下にまとめる.

a高速回転時の不安定な保持器振動は白色雑音的

なランダム振動であり,保持器が外輪案内面と

衝突することによって,試験装置回転系の固有

振動数を励振して保持器音が発生している.

s保持器の異常振動を低減するためには,表2に

示したパラメータを操作することで可能であ

る.

d保持器の異常振動(音)低減のための指針をまと

めると,以下のようになる.

(a)軸受運転条件

・定位置予圧:アキシアル荷重を大きくする

・定圧予圧:アキシアル荷重を小さくする

・油粘度を低くする

・軸受回転加速度を小さくする

(b)保持器設計

・保持器のアンバランスを小さくする

論  文

・保持器が自励振動を起こさないように振れ

止め効果を付加する

・オイルエア潤滑の場合は,保持器内径側逃

げを付加する

・振れ回り時のアンバランス軽減のため,保

持器-外輪間のすきまを小さくする

・保持器ポケットすきまと案内すきまを同じ

にする

・案内すきまを小さくする(軸受の低昇温化

にも効果あり)

f保持器中心角の挙動は,玉のピッチ誤差変動と

密接に関係している.

保持器の不安定な挙動による異常音発生を低減

するためには,保持器が絶えず自由な状態になら

ないように,ポケットすきま,案内すきまを可能

な限り小さくすることが重要である.ただし軸受

としての性能に対して完全に保持器音を防止する

ことはできないと考える.しかし,ここで述べた

内容である程度の対策はできると思われる.

参考文献

1)P.K. Gupta : Advanced Dynamics of Rolling

Elements, Springer -Verlag (1984).

筆 者

多田誠二*S. TADA

* 総合技術研究所 基礎技術研究所軸受研究部 工学博士