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固体酸化物型燃料電池(SOFC)の研究開発 1. はじめに わが国では 2011 年の東日本大震災 以降,原子力発電から化石燃料による 火力発電へのシフトが進み,発電によ る CO2 排出量が増大している (1) .これ を受けて,化石燃料からの高効率発電 技術の開発が進められており,なかで も 50% を超える高効率発電が可能な 固体酸化物型燃料電池(SOFC)シス テムの普及が期待されている. 都市ガスを燃料とする主に家庭用の SOFC システムはすでに市販されてお り,現在は出力の大きな業務用 SOFC システムの開発が国の後押しを得なが ら進められている (2) 本稿では一般的な SOFC システム の概要に触れつつ,SOFC 本体(ここ ではセルスタックと呼ぶ)の研究開発 の一端を紹介する. 2.SOFC システム概要 SOFC はセルがセラミックでできて おり,650℃~1 000℃の超高温域で作 動することが特徴である.一般的な SOFC システムの概要を図1 に示す. 燃料となる都市ガスは水と混合され, 燃料改質器で水素を含む改質ガスにあ らかじめ変換される.この改質ガスと 予熱空気をセルスタックに送り込み, 電気化学反応によって電力を取り出 す.発電に使われなかった燃料と空気 は燃焼させて燃料改質と空気予熱に必 要な熱を供給し,最終的に排出される. 3. セルスタックの研究開発 セルの断面模式図を図2 に示した. 燃料,空気の両電極は数 μm の空隙を 有する多孔体である.供給ガスは電極 内 を 拡 散 し て 燃 料 極 の 三 相(Ni / YSZ / 空隙)界面で発熱を伴う電気 化学的反応を起こし,電流が取り出さ れる. また,改質ガス中に残存する炭化水 素燃料と水蒸気は,燃料極に含まれる Ni 表面上で水蒸気改質と呼ばれる吸 熱反応を起こす.この反応を活用すれ ばセル面での局所的な温度制御が可能 となり信頼性向上が期待できる.ただ し,制御の鍵となる電極上での反応速 度が正確にわかっていないため,前 述したようにセルスタック前段の燃 料改質器で炭化水素燃料をほぼ完全 に改質しているのが実情である. これらの反応を狙いどおりに制御 するためには,“実際の電極微構造に 基づいた”ガスの拡散,反応速度, セルの高温機械強度等々,多分野に わたる現象を紐 ひも 解き,お互いの背反 関係まで把握することが必要となる. これは並大抵のことではなく,SOFC システムの普及を長らく阻んできた. 近年,諸分野の最先端の研究者が 集い,数値解析技術や計測分析手法 が大きく進展し,セル内部現象が徐々 に定量的に明らかになってきている. ここではそれに大きな役割を果たし た FIB-SEM(focused ion beam  scanning  electron  microscopy) に よ るセル微構造定量化技術を紹介する. 手順を図3 に示す.FIB で断面加 工しSEMで撮像した連続断面画像 を,三次元デジタル構造に再構築す る.さらに演算を加えることによっ て,多孔度や屈曲度,三相界面の密度, Ni 比表面積など数多くの微構造パラ メータを算出することができる (3) これらをもとに,たとえば電気化学 反応的観点からガスの拡散性と良好 な反応性を両立する具体的な構造探 索が行われている.筆者らはこの技術 を応用して実際の電極構造に基づい た水蒸気改質反応速度を導出し (4) ,実 際のセルスタックの温度制御技術開 発に取り組んでいる.実際の微構造を 定量化できるようになった恩恵は極 めて大きく,今後さまざまな視点から のメカニズム解明が期待される. 4. おわりに SOFC は考慮すべき現象が非常に広 く,FIB-SEM に限らずさまざまな手 法で精力的に研究が行われている.そ れらの知見を吸収しつつ,技術者とし て SOFC の普及に尽力する所存である. (原稿受付 2016 年 10 月 3 日) 〔杉原真一 (株)デンソー〕 ●文 献 ( 1 )資源エネルギー庁,日本のエネルギー http://www.enecho.meti.go.jp/about/ pamphlet/pdf/energy_in_japan2015.pdf ( 2 )NEDO 固体酸化物型燃料電池等実用化推 進技術開発 http://www.nedo.go.jp/activities/ ZZJP_100060.html ( 3 )Iwai, H., ほか,Quantification of SOFC an- ode microstructure based on dual beam FIB-SEM technique, J.Power Sources 195(2010),955-961. ( 4 )Sugihara, S., Kawamura, Y. and Iwai, H., Rate Equation of Steam-methane Reform- ing Reaction on Ni-YSZ Cermet Consider- ing its Porous Microstructure, 7th Europe- an Thermal-Sciences Conference ,(2016- 6) . SEM 撮像) FIB 連続 断面 画像 燃料極 三次元 再構築 演算・多孔度 ・屈曲度 ・三相界面密度 ・Ni 比表面積 物質輸送 電気化学反応 水蒸気 改質反応 黒:空隙 白:Ni 灰:YSZ (断面加工) 図 3 FIB-SEM での燃料極微構造定量 化手順 空気 都市 ガス 排気ガス 空気 予熱器 燃料 改質器 燃焼器 650 ~ 1 000℃ 電力 セルスタック 図 1 SOFC システム概要 図 2 SOFC セル断面模式図 三相界面 (Ni/YSZ/ 空隙) 空気(O2空気極 電解質 燃料極 改質ガス 排出ガス 改質反応:吸熱 H2+O 2- → H2O+2e 電気化学反応:発熱 LSC ※1 など :e ,O 2- 伝導 YSZ ※2 :O 2- 伝導 Ni :e 伝導 :触媒 CH4+2H2O → 4H2+CO2 (H2, CH4, H2O など) Ni 表面 e e 0 2- 0 2- 1 ランタンストロンチウムコバルタイト 2 イットリア安定化ジルコニア ─ 43 ─ 日本機械学会誌 2016. 12 Vol. 119 No. 1177 687

固体酸化物型燃料電池(SOFC)の研究開発FIB-SEM technique, J.Power Sources,195(2010),955-961. (4)Sugihara, S., Kawamura, Y. and Iwai, H., Rate Equation of

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Page 1: 固体酸化物型燃料電池(SOFC)の研究開発FIB-SEM technique, J.Power Sources,195(2010),955-961. (4)Sugihara, S., Kawamura, Y. and Iwai, H., Rate Equation of

固体酸化物型燃料電池(SOFC)の研究開発

1.はじめに わが国では 2011 年の東日本大震災以降,原子力発電から化石燃料による火力発電へのシフトが進み,発電によるCO2 排出量が増大している(1).これを受けて,化石燃料からの高効率発電技術の開発が進められており,なかでも 50% を超える高効率発電が可能な固体酸化物型燃料電池(SOFC)システムの普及が期待されている. 都市ガスを燃料とする主に家庭用のSOFCシステムはすでに市販されており,現在は出力の大きな業務用 SOFCシステムの開発が国の後押しを得ながら進められている(2). 本稿では一般的な SOFC システムの概要に触れつつ,SOFC本体(ここではセルスタックと呼ぶ)の研究開発の一端を紹介する.2.SOFCシステム概要 SOFCはセルがセラミックでできており,650℃~1 000℃の超高温域で作動することが特徴である.一般的なSOFCシステムの概要を図 1に示す.燃料となる都市ガスは水と混合され,燃料改質器で水素を含む改質ガスにあらかじめ変換される.この改質ガスと予熱空気をセルスタックに送り込み,電気化学反応によって電力を取り出す.発電に使われなかった燃料と空気は燃焼させて燃料改質と空気予熱に必要な熱を供給し,最終的に排出される.3. セルスタックの研究開発 セルの断面模式図を図 2に示した.燃料,空気の両電極は数 μmの空隙を有する多孔体である.供給ガスは電極内を拡散して燃料極の三相(Ni /YSZ / 空隙)界面で発熱を伴う電気化学的反応を起こし,電流が取り出される. また,改質ガス中に残存する炭化水素燃料と水蒸気は,燃料極に含まれるNi 表面上で水蒸気改質と呼ばれる吸熱反応を起こす.この反応を活用すればセル面での局所的な温度制御が可能となり信頼性向上が期待できる.ただし,制御の鍵となる電極上での反応速

度が正確にわかっていないため,前述したようにセルスタック前段の燃料改質器で炭化水素燃料をほぼ完全に改質しているのが実情である. これらの反応を狙いどおりに制御するためには,“実際の電極微構造に基づいた”ガスの拡散,反応速度,セルの高温機械強度等々,多分野にわたる現象を紐

ひも

解き,お互いの背反関係まで把握することが必要となる.これは並大抵のことではなく,SOFCシステムの普及を長らく阻んできた. 近年,諸分野の最先端の研究者が集い,数値解析技術や計測分析手法が大きく進展し,セル内部現象が徐々に定量的に明らかになってきている.ここではそれに大きな役割を果たした FIB-SEM(focused  ion  beam scanning electron microscopy)によるセル微構造定量化技術を紹介する. 手順を図 3に示す.FIB で断面加工し SEM で撮像した連続断面画像を,三次元デジタル構造に再構築する.さらに演算を加えることによって,多孔度や屈曲度,三相界面の密度,Ni 比表面積など数多くの微構造パラメータを算出することができる(3). これらをもとに,たとえば電気化学反応的観点からガスの拡散性と良好な反応性を両立する具体的な構造探索が行われている.筆者らはこの技術を応用して実際の電極構造に基づいた水蒸気改質反応速度を導出し(4),実際のセルスタックの温度制御技術開発に取り組んでいる.実際の微構造を定量化できるようになった恩恵は極めて大きく,今後さまざまな視点から

のメカニズム解明が期待される.4. おわりに SOFCは考慮すべき現象が非常に広く,FIB-SEMに限らずさまざまな手法で精力的に研究が行われている.それらの知見を吸収しつつ,技術者としてSOFCの普及に尽力する所存である.(原稿受付 2016 年 10 月 3 日)

〔杉原真一 (株)デンソー〕

●文 献( 1 )資源エネルギー庁,日本のエネルギー

http://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/pdf/energy_in_japan2015.pdf

( 2 )NEDO 固体酸化物型燃料電池等実用化推進技術開発ht tp ://www.nedo .go . jp/ac t i v i t i es/ZZJP_100060.html

( 3 )Iwai, H., ほか,Quantification of SOFC an-ode microstructure based on dual beam FIB-SEM technique, J.Power Sources,195(2010),955-961.

( 4 )Sugihara, S., Kawamura, Y. and Iwai, H., Rate Equation of Steam-methane Reform-ing Reaction on Ni-YSZ Cermet Consider-ing its Porous Microstructure, 7th Europe-an Thermal-Sciences Conference, (2016-6).

SEM(撮像) FIB

連続断面画像

燃料極三次元再構築

演算・多孔度  ・屈曲度  ・三相界面密度  ・Ni 比表面積

物質輸送電気化学反応水蒸気改質反応

黒:空隙白:Ni灰:YSZ

(断面加工)

図 3 FIB-SEMでの燃料極微構造定量化手順

空気

都市ガス

排気ガス

空気予熱器

燃料改質器

燃焼器

650 ~1 000℃

電力

セルスタック

図 1 SOFCシステム概要

図 2 SOFCセル断面模式図

三相界面(Ni/YSZ/ 空隙)

空気(O2)空気極

電解質

燃料極

改質ガス 排出ガス

改質反応:吸熱

H2+O2- → H2O+2e-電気化学反応:発熱

LSC※1 など:e-,O2-伝導

YSZ※2

:O2-伝導

Ni:e-伝導:触媒

CH4+2H2O → 4H2+CO2

(H2, CH4, H2O など)

Ni 表面

e-

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※ 1 ランタンストロンチウムコバルタイト※ 2 イットリア安定化ジルコニア

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日本機械学会誌 2016. 12 Vol. 119 No.1177 687

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