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耳鼻臨床 101:4;299~302, 2008 299 FDG-PETにて 健 側 喉 頭 に偽 陽 性 を 示した一側喉頭麻痺症例 阿部 晃治・押川 千恵 ・田村 公一・武田 憲昭 False-positive FDG-PET Finding in the Contralateral Laryrix of Pati ents with Unilateral Laryngeal Palsy Koji Abe, Chie Oshikawa, Koichi Tamara and Noriaki Takeda (The University of Tokushima School of Medicine) Positron emission tomography with 18F-fluorodeoxyglucose(FDG-PET)is useful for the diagnosis of head and neck cancers. We report 5 cases of abnormal FDG uptake in the contralateral larynx of patients with unilateral laryngeal palsy due to lung cancer, lung metastasis of breast cancer, lung metastasis of me- sopharyngeal cancer, idiopathic cause and laryngeal cancer after complete remission. We concluded that overactivity of the laryngeal muscles that compensated for the paralyzed vocal cord caused a false-positive PET finding with abnormal uptake of FDG in the contralateral larynx of patients with unilateral laryngeal palsy. Key words:false-positive finding, FDG, PET, laryngeal palsy は じめ に FDG-PET検 査 は, 腫 瘍 組 織 にお い て ブ ドウ糖 代 謝 が 正 常組織より亢進していることを利用した機能画像診断検 査であ り, さま ざま な 領域 の 悪 性腫 瘍 の 診 断 に利用 され て い る. 悪 性腫 瘍 で は ブ ドウ糖 代 謝 が 活 発 とな り, ブ ド ウ糖 代 謝 を 反 映 す るF-18標 識フルオロデオキシグルコー ス(FDG)の集 積 が 亢 進 す る. 頭 頸部 癌 にお い て も,原 発巣 の診 断, 頸 部 リン パ節 転 移 の検 索, 重 複 癌 や 遠 隔転 の検 索,放射線 治療後 の残存 の有 無, 腫 瘍 再 発 の判定 な どに有 用 で あ る1)2). しか し,PET検査 にお け るFDGの 集 積 は, 必 ず しも 悪 性 腫 瘍 に特 異 的 とい うわ け で は な い3). ブ ドウ糖 をエ ネ ル ギー 源 とす る脳 や 心 臓 に はFDGが強 く集 積 し, FDG の排泄路で ある腎か ら膀胱へ の尿路系 にも集積す る. ま た, 活 性 化 されたマクロファージや肉芽組織ではブドウ 糖の取 り込みが亢進す るた め, サ ル コイ ドー シスや活動 性の結核などの炎症にもFDGが 集積する.良性腫瘍で あ って も, 細 胞 密 度 が 高 い腫 瘍 にはFDGが 集積 す る こ とが 知 られ て い る. FDGが生 理 的 に集 積 す る 部 位 が あ り,頭 頸 部 領域 で は 口蓋扁 桃 な どの リン パ組 織 に集 積 す る. さらに,運動負荷後 の筋 組 織 に もFDGが 集 積 す る こ とが知 られ て い る. 回, われ われ は一 側 喉 頭 麻 痺 患 者 のFDG-PET検 に お い て,正 常 で あ る健 側 喉 頭 にFDGの集 積 を 認 め,腫 瘍病変 との鑑別が必要で あった症例 を経験 した. 頭 頸 部 癌 のPET検査 にお い て 注 意 す べ き偽 陽 性 所 見 と して 報 告 す る. 症 例1:73歳, 女性. 現病歴:肺癌にて徳島大学病院呼吸器内科にて加療中 で あ った.平 成17年頃 よ り嗄 声,誤 嚥 を認 めて い た. 呼 吸 器 内 科 で 行 っ たFDG-PET検 査 に て喉 頭 へ のFDGの異 常 集 積(SUVmax:5.4)を 認めたため,喉頭腫瘍が疑わ 徳島大学耳鼻咽喉科学教室

FDG-PETに て健側喉頭に偽陽性を False-positive …...耳鼻臨床 101:4 PETと 一側喉頭麻痺 301 初診時所見:電 子スコープによる観察では, 左声帯は

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耳 鼻 臨 床 101:4;299~302, 2008 299

FDG-PETに て 健 側 喉 頭 に偽 陽 性 を

示 した一 側 喉 頭 麻 痺 症 例

阿部 晃治 ・押川 千恵 ・田村 公一 ・武田 憲昭

False-positive FDG-PET Finding in the Contralateral

Laryrix of Pati ents with Unilateral Laryngeal Palsy

Koji Abe, Chie Oshikawa, Koichi Tamara and Noriaki Takeda

(The University of Tokushima School of Medicine)

Positron emission tomography with 18F-fluorodeoxyglucose(FDG-PET)is useful for the diagnosis of

head and neck cancers. We report 5 cases of abnormal FDG uptake in the contralateral larynx of patients

with unilateral laryngeal palsy due to lung cancer, lung metastasis of breast cancer, lung metastasis of me-

sopharyngeal cancer, idiopathic cause and laryngeal cancer after complete remission. We concluded that

overactivity of the laryngeal muscles that compensated for the paralyzed vocal cord caused a false-positivePET finding with abnormal uptake of FDG in the contralateral larynx of patients with unilateral laryngeal

palsy.

Key words:false-positive finding, FDG, PET, laryngeal palsy

はじめに

FDG-PET検 査は, 腫瘍組織においてブ ドウ糖代謝が正

常組織より亢進していることを利用した機能画像診断検

査であり, さまざまな領域の悪性腫瘍の診断に利用 され

ている. 悪性腫瘍ではブ ドウ糖代謝が活発となり, ブ ド

ウ糖代謝を反映するF-18標 識フルオロデオキシグルコー

ス(FDG)の 集積が亢進する. 頭頸部癌においても, 原

発巣の診断, 頸部 リンパ節転移の検索, 重複癌や遠隔転

移の検索, 放射線治療後の残存の有無, 腫瘍再発の判定

などに有用である1)2).

しかし, PET検 査におけるFDGの 集積は, 必ず しも

悪性腫瘍に特異的 というわけではない3). ブ ドウ糖をエ

ネルギー源 とする脳や心臓にはFDGが 強 く集積し, FDG

の排泄路である腎から膀胱への尿路系にも集積する. ま

た, 活性化されたマクロファージや肉芽組織ではブドウ

糖の取 り込みが亢進するため, サルコイ ドーシスや活動

性の結核などの炎症にもFDGが 集積する. 良性腫瘍で

あっても, 細胞密度が高い腫瘍にはFDGが 集積するこ

とが知 られている. FDGが 生理的に集積する部位があ

り, 頭頸部領域では口蓋扁桃などのリンパ組織に集積す

る. さらに, 運動負荷後の筋組織にもFDGが 集積する

ことが知 られている.

今回, われわれは一側喉頭麻痺患者のFDG-PET検 査

において, 正常である健側喉頭にFDGの 集積を認め, 腫

瘍病変 との鑑別が必要であった症例を経験した. 頭頸部

癌のPET検 査において注意すべき偽陽性所見として報告

する.

症 例

症例1:73歳, 女性.

現病歴:肺 癌にて徳島大学病院呼吸器内科にて加療中

であった. 平成17年 頃より嗄声, 誤嚥を認めていた. 呼

吸器内科で行ったFDG-PET検 査にて喉頭へのFDGの 異

常集積(SUVmax:5.4)を 認めたため, 喉頭腫瘍が疑わ

徳島大学耳鼻咽喉科学教室

300 阿 部 晃 治, 他3名 耳 鼻 臨 床 101:4

図1 症 例1. 肺 癌 で 治 療 中.

図2 症例2. 乳癌の肺転移で治療 中

れ, 平成18年2月23日 に当科を紹介受診 した.

初診時所見:電 子スコープによる観察では, 左声帯は

傍正中位で固定 していた. PET/CTで は, 左上葉の肺癌

と縦隔リンパ節 と思われるFDG集 積を認めたため, 左

喉頭麻痺は, 肺癌の縦隔リンパ節転移による左反回神経

麻輝 と考えられた. 同時に, 健側である右喉頭にもFDG

の集積を認めた(図1右). しかし視診上, 右側の喉頭に

は明らかな異常所見を認めなかった(図1左). その後1

年にわたり定期的に診察を行っているが, 喉頭に腫瘍病

変の出現を認めていない.

症例2:74歳, 女性.

現病歴:徳 島大学病院内分泌外科にて乳癌の切除後に

肺転移をきたし, 加療中であった. 内分泌外科で行った

FDG-PET検 査で喉頭にFDGの 異常集積(SUV max:2.8)

を認めたため, 喉頭腫瘍が疑われ, 平成18年2月16日

に当科を紹介受診した.

耳鼻臨床 101:4 PETと 一側喉頭麻痺 301

初診時所見:電 子スコープによる観察では, 左声帯は

傍正中位で固定していた. PET/CTで は, 左上葉に乳癌

の肺転移と思われるFDG集 積を認めたため, 左喉頭麻

痺は, 乳癌の肺転移による左反回神経麻痺と考えられた.

同時に, 健側である右喉頭にもFDGの 集積を認めた(図

2右). しかし視診上, 右側の喉頭には明らかな異常所見

を認めなかった(図2左). その後1年 にわた り定期的に

診察を行っているが, 喉頭に腫瘍病変の出現を認めてい

ない.

結 果

喉頭麻痺患者の健側喉頭にPET/CTに てFDGの 異常

集積を認める所見は, 平成18年 の1年 間に5例 において

認められた(表1). いずれの症例もさまざまな原因で左

声帯が麻痺 しており, PET/CTに おいて右喉頭にFDGの

集積を認めた. しかし, 電子スコープによる観察では右

喉頭に腫瘍病変を認めなかった. さらに, 1年 以上の経

過観察でも, 喉頭に腫瘍病変の出現を認めなかった. こ

の結果から, 一側喉頭麻痺患者におけるPET検 査での健

側喉頭へのFDGの 異常集積は, 健側喉頭が代償性 に過

運動することによる偽陽性であると考えられた.

考 察

FDG-PET検 査は, 悪性腫瘍へのFDGの 取 り込みの特異

性か ら, 頭頸部悪性腫瘍の診断においても有用である1).

FDG-PET検 査の頭頸部悪性腫瘍の原発巣 に対する診断

精度は, 全国調査によって感度93%, 特異度96%, 正診

度94%と 報告 されている4). とくに, PET画 像とCT画

像を融合させたPET/CTは, 解剖学的に複雑な頭頸部領

域の悪性腫瘍の診断において, 原発巣の進展範囲, 頸部

リンパ節転移, 遠隔転移, 重複癌, 残存腫瘍, 再発腫瘍

の検索に非常に有用である1)2).

しかし, FDGの 取 り込みは悪性腫瘍のみに特異的では

ないため, PET検 査による頭頸部悪性腫瘍の診断にあ

たっては, FDG取 り込み亢進の偽陽性について注意して

お く必要がある5). 頭頸部における生理的集積部位 とし

て, 口蓋扁桃などのリンパ組織が重要である. また, 炎

症組織やWarthin腫 瘍などの一部の良性腫瘍にもFDGが

取 り込まれることにも注意が必要である.

ところが, 今回われわれは一側喉頭麻痺患者の健側喉

頭にFDGの 取 り込みが亢進した偽陽性症例を5例 経験

した. 一側の喉頭麻痺が発症すると声帯は多くの場合,

傍正中位に固定し, 声門の閉鎖が障害されて嗄声が発症

する. これに対して, 健側声帯が代償性に過運動するこ

とで声門閉鎖不全を改善するように働 く. また, 喉頭麻

痺患者では頻回の喀痰排出が必要であり, 胸腔内圧を上

げるために健常人より声門閉鎖が多 く行われるため, 声

帯の過運動が起こっているとも考えられる. これ らより,

健側声帯が代償性に過運動することで内喉頭筋の糖代謝

が活性化され, その結果FDG-PET検 査においてFDGが

強 く集積したと考えられた6)~8). 今回提示した2症 例で

はFDGの 取り込み量を表すSUV maxは2.8, 5.4と いう

値であった. この値だけで悪性腫瘍を疑 うかどうかの判

断はできないが, 過運動による筋肉はブ ドウ糖代謝が亢

進 し, 悪性腫瘍のレベルまでFDGの 取 り込みが亢進す

る場合もあるとされているため注意は必要である9). よっ

て一側喉頭麻痺患者では, 喉頭内筋にも生理的取 り込み

が増加する10)ため, 健側声帯が代償性に過運動すること

によりFDGが 集積し, 偽陽性を示すことがあると考え

られた.

一側喉頭麻痺の原因の一つに, 肺癌, 癌の肺転移など

の肺病変による反回神経麻痺がある. このような症例は,

診断および治療効果判定のためにFDG-PETを 撮影する

ことが多い. 一側喉頭麻痺による健側喉頭へのFDGの

異常集積を認めた場合, 肺癌患者は喫煙者が多 く喉頭癌

のリスクも高いため, 喉頭の重複癌を疑 うことになるの

で注意が必要である. 他科の医師が直接喉頭を診て診断

する事はまれ と思われるため, そのような症例は耳鼻咽

表1 PETで 健側喉頭に偽陽性を示した喉頭麻痺症例

302 阿 部 晃 治, 他3名 耳 鼻 臨 床 101:4

喉科へ紹介になることが多いと考えられる. そのため,

われわれ耳鼻咽喉科医も一側喉頭麻痺患者において健側

喉頭の偽陽性例があることについての知識は持っていな

ければならない.

また, 症例によっては治療効果をみる目的でPETを 複

数回撮影する場合がある. 今回提示 した症例では複数回

FDG-PET撮 影した症例はなかったため, 偽陽性の再現性

がどの程度あるのか不明ではあるが, 一度偽陽性 と診断

された症例に対 して再度FDG-PETを 撮影する機会があ

れば, 沈黙の必要性を説明することが重要であると思わ

れる. どのくらいの時間沈黙を保てばよいのかは, 今後

の検討課題 と考える.

一側喉頭麻痺症例においてどの程度の割合で偽陽性が

起こるのか, 出現率についても検討する必要があるが,

本来FDG-PET検 査は悪性腫瘍に対 して行 う検査であり,

保険診療上もそのように規定されている. そのため一側

喉頭麻痺とい う診断だけでFDG-PETを 撮影することは

できないため, 一側喉頭麻痺患者におけるFDG-PETの

偽陽性率は不明である.

現在, FDG-PET検 査の際に行われている患者に対す

る注意 としては, 検査前 日および当日の激 しい運動 の禁

止, 検査4時 間以上前からの絶食 ・糖分を含むものの絶

飲, FDGの 注射から撮影開始までの安静待機, 撮影前の

排尿などがある. 今後は, PET検 査前には発声を控える

などの喉頭の筋運動の安静にも注意する必要があると思

われる. また, PET検 査における筋へのFDGの 取 り込

みを抑制するのはdiazepamの 経口投与が有効であるとさ

れてお り11), 今後, 考慮する必要があると思われる.

ま と め

一側喉頭麻痺患者のFDG -PET検 査において, 正常で

ある健側喉頭にFDGの 集積を認め, 腫瘍病変との鑑別

が必要であった症例を経験した. 一側の声帯麻痺に対し

て健側声帯が代償性に過運動することにより, 内喉頭筋

の糖代謝が活性化され, FDGが 強く集積したと考えられ

た. 頭頸部癌のPET検 査において, 一側喉頭麻痺患者の

健側喉頭へのFDGの 集積は, 注意すべき偽陽性所見で

あるとして報告した.

本 論 文 の 要 旨 は, 第69回 耳 鼻 咽 喉 科 臨 床 学 会(平 成19年7

月6日 ~7日, 東 京)に お い て 発 表 し た.

参 考 文 献

1)二 宮 洋, 古 屋 信 彦:頭 頸 部 癌 のFDG-PET. Biother 17:

215~222, 2003.

2)松 田 和 徳, 北 村 嘉 章, 関 根 和 教, 他:頭 頸 部 癌 の 診 断 に

FDG-PETが 有 用 で あ っ た4例. 耳 鼻 臨 床99:771~780,

2006.

3)小 口 和 浩:FDG-PETの 原 理 と 臨 床 的 有 用 性. 治 療 87:2948

~2955, 2005.

4)越 智 宏 暢:FDG-PET検 査 の 臨 床 的 有 用 性 と 医 療 経 済 効 果 に

関 す る 全 国 調 査:頭 頸 部 腫 瘍 に お け るFDG-PET検 査 成 績

の 全 国 調 査. Radioisotopes 49:110~113, 2000.

5)陣 之 内 正 史:FDG:PETの 適 応 と検 査 上 の 注 意 点. 臨 床 医

31:1521~1524, 2005.

6)Lee M, Ramaswamy MR, Lilien DL, et al.:Unilateral vocal

cord paralysis causes contralateral false-positive positron

emission tomography scans of the larynx. Ann Otol Rhinol

Laryngol 114:202~206, 2005.

7)Heller MT, Keltzer CC, Fukui MB, et al.:Superphysiologic

FDG uptake in the non-paralysed vocal cord:resolution of

false-positive PET result with combined PET-CT imaging.

Clin Positron Imaging 3:207~211, 2000.

8)Kamel EM, Goerres GW, Burger C, et al.:Reccurent laryn-

geal nerve palsy in patients with lung cancer:detection with

PET-CT image fusion:report of six cases. Radiology 224:153

~156, 2002 .

9)Fujimoto T, Itoh M, Tashiro M, et al.:Glucose uptake by indi-

vidual skeletal muscles during running using whole-body

positron emission tomography. Eur J-Appl Physiol 83:297~

302, 2000.

10)Kostakoglu L, Wong JC, Barrington SF, et al.:Speech-related

visualization of laryngeal muscles with fluorine-18-FDG. J

Nucl Med 37:1771~1773, 1996.

11)Barrington SF and Maisey MN:Skeletal nuscle uptake of fluo-

rine-18-FDG:effect of oral diazepam. J Nucl Med 37:1127~

1129, 1996.

原稿受付:平 成19年8月27日

原稿採択:平 成19年11月30日

別刷請求先:阿 部晃治

〒770-8503 徳 島市蔵本町3-18-15

徳 島大学 医学部耳鼻咽喉科学教室