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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10 07 はじめに 働き方改革に関する動きが加速している。政府は今 年3月に「働き方改革実行計画」をまとめ、長時間労 働の是正などの9つの検討テーマを示した。また、秋 には残業時間の上限規制などが盛り込まれた基本法が 国会に提出される見込みであり、企業によっては対応 を迫られる可能性も出てきている。 そこで、当センターでは働き方改革に向けた取組状 況を把握するため、県内企業を対象にアンケート調査 を実施し、先月の「センター月報9月号」にその結果 をまとめた。今月号では先進的な取り組みを行なって いる県外企業の事例を中心に、働き方改革の現状や推 進のポイントについてまとめた。 1.働き方改革の背景 (1)労働時間の高止まり 働き方改革に関する動きが進んでいる背景として は、労働時間の高止まりがあげられる。厚生労働省 「毎月勤労統計」によると、全国及び新潟県の一般労 働者の平均月間総実労働時間は、リーマン・ショック の影響で労働時間が一時的に減少した2009年を除く と、概ね横ばいで推移している(図表1)。 労働時間の短縮が進まないため、社員の健康被害に 図表1  一般労働者の平均月間総実労働時間の推移 (全国・新潟県、事業所規模5人以上) 図表2 全国の人口推移 162 166 170 174 178 (時間) 2007 09 11 13 15 (暦年) 全国 新潟 (資料)厚生労働省「毎月勤労統計」 0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 (万人) 1975 85 95 2005 15 25 35 (暦年) 総人口 年少人口(0~14歳) 生産年齢人口(15~64歳) 老年人口(65歳~) 予測 (資料)図表3に掲載 働き方改革の現状と推進のポイント

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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07

はじめに働き方改革に関する動きが加速している。政府は今

年3月に「働き方改革実行計画」をまとめ、長時間労

働の是正などの9つの検討テーマを示した。また、秋

には残業時間の上限規制などが盛り込まれた基本法が

国会に提出される見込みであり、企業によっては対応

を迫られる可能性も出てきている。

そこで、当センターでは働き方改革に向けた取組状

況を把握するため、県内企業を対象にアンケート調査

を実施し、先月の「センター月報9月号」にその結果

をまとめた。今月号では先進的な取り組みを行なって

いる県外企業の事例を中心に、働き方改革の現状や推

進のポイントについてまとめた。

1.働き方改革の背景(1)労働時間の高止まり

働き方改革に関する動きが進んでいる背景として

は、労働時間の高止まりがあげられる。厚生労働省

「毎月勤労統計」によると、全国及び新潟県の一般労

働者の平均月間総実労働時間は、リーマン・ショック

の影響で労働時間が一時的に減少した2009年を除く

と、概ね横ばいで推移している(図表1)。

労働時間の短縮が進まないため、社員の健康被害に

図表1 �一般労働者の平均月間総実労働時間の推移�(全国・新潟県、事業所規模5人以上)

図表2 全国の人口推移

162

166

170

174

178(時間)

2007 09 11 13 15(暦年)

全国 新潟

(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

14,000(万人)

1975 85 95 2005 15 25 35(暦年)

総人口 年少人口(0~14歳)生産年齢人口(15~64歳) 老年人口(65歳~)

予測

(資料)図表3に掲載

働き方改革の現状と推進のポイント

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

08

つながるケースが生じているほか、育児・介護と仕事

の両立が難しい状況が続いており、女性のキャリア形

成にも悪影響を及ぼしている。さらには、労働生産性

が改善されない一因ともなっている。

(2)人口の減少2つ目の背景としては、人口の減少があげられる。

総務省「国勢調査」と国立社会保障・人口問題研究所

「日本の将来推計人口」によると、全国の総人口は10

年の1億2,806万人をピークに減少に転じており、30

年に1億1,913万人になると予測されている(図表2)。

同様に新潟県の総人口も1995年をピークに減少してい

る(図表3)。

なかでも、生産活動に従事しうる生産年齢人口(15

~64歳)は、総人口よりも早い95年をピークに減少し

ており、今後、さらなる労働力人口の減少が見込まれ

ている。また、新潟県の生産年齢人口も、全国より早

い85年をピークに減少に転じている。

したがって、労働力を確保するためには、意欲が

あっても育児などで働くことができない女性や、元気

な高齢者に活躍してもらう必要性が一段と高まってい

る。そのため、育児・介護と仕事を両立できる労働環

境の整備が求められている。

(3)人材不足3つ目の背景としては、企業での人材不足があげら

れる。厚生労働省「一般職業紹介状況」によると、足

元7月の全国の有効求人倍率(季節調整値)は1.52倍

となり、バブル期の最高値であった1.46倍(90年7月)

を上回って推移している(図表4)。また7月の新潟

県の有効求人倍率(季節調整値)も、全国と同じ1.52

倍となっている。

景気の回復が続き、企業の求人数が増加しているこ

とに加え、生産年齢人口の減少で求職者数が減少して

いることもあり、労働力市場における需給は逼迫して

いる。このような売り手市場のなかで、採用を有利に

進めるために、労働環境の整備に注目する企業は多い。

図表3 新潟県の人口推移

図表4 �有効求人倍率(季節調整値)の推移�(全国・新潟県)

0

50

100

150

200

250

300(万人)

1975 85 95 2005 15 25 35(暦年)

総人口 年少人口(0~14歳)生産年齢人口(15~64歳) 老年人口(65歳~)

予測

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1.6

1.8

2.0(倍)

1985 90 95 2000 05 10 15(暦年)

全国 新潟

(資料)厚生労働省「一般職業紹介状況」

(資料)�図表2、3ともに、2015年実績値までは、総務省統計局「国勢調査」。2020年以降の予測値は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計、出生中位(死亡中位)推計)」

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

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2.働き方改革とは(1)政府が進める働き方改革

今年3月に政府は「働き方改革実行計画」をまとめ

た。そのなかで9つの検討テーマが掲げられ、政府が

進める改革の方向性が示された(図表5)。今後、こ

れらのテーマに沿って、具体的な法整備が進められる

予定となっている。

(2)�企業における4つの取り組みテーマとその効果、並びに県内企業の取組状況

政府の示した方向性に沿って労働環境を実際に整備

するのは企業である。そこで、本稿では政府が推進す

る9つのテーマを企業側から捉え直し、下記のとおり

4つにまとめた。

また、2017年5月に当センターが実施した「2017年

上期 新潟県企業動向調査」(以下、「企業動向調査」)

において、4つのテーマにおける取組状況について県

内企業1,000社にアンケートを行なった。その概況も

先月号に続けて紹介する。

①労働生産性の向上による長時間労働の是正労働生産性の向上による長時間労働の是正とは、業

務の見直しや早帰りの実施、省人化に向けた設備・シ

ステム投資などを行なうことを指す。企業にとって

は、ムダの排除や社員の健康増進による労働生産性の

向上が望める。

なお、「企業動向調査」によると、所定外労働時間

の削減(長時間労働の是正)について「取り組んでい

る」と回答した企業の割合は70.8%となり、このうち

『どちらかというと削減された』と回答した企業は

72.6%、『どちらかというと削減されていない』と回

答した企業は27.5%であった。一方、所定外労働時間

の削減について「取り組んでいない」と回答した企業

は23.0%だったほか、「所定外労働は行なっていない」

と回答した企業は6.3%であった。

②柔軟な働き方がしやすい環境整備柔軟な働き方がしやすい環境整備とは、時短勤務や

テレワークの導入などにより、育児・介護と仕事の両

立が行ないやすい勤務制度を充実させることや、副

業・兼業の容認などにより柔軟な働き方がしやすい環

境を整備することなどである。企業にとっては、社員

の定着による離職率の低下、フルタイムでは働けない

人材の活用といった効果が期待される。

「企業動向調査」において、柔軟な働き方の実現に

向けた勤務形態の導入状況について尋ねると、「時差

出勤制度」が19.3%と最も高く、次いで「育児や介護

以外の事由で利用できる短時間勤務制度」が17.8%と

なった。柔軟な働き方がしやすい環境整備に向けて各

種勤務制度を導入している企業の割合は、他の3テー

マに比べて、やや低い傾向がみられた。

③多様な人材の活用多様な人材の活用とは、女性や高齢者の活躍促進、

1.非正規雇用の処遇改善

2.賃金引き上げと労働生産性向上

3.長時間労働の是正

4.柔軟な働き方がしやすい環境整備

5.�病気の治療、子育て・介護等と仕事の両立、障がい者就労の推進

6.外国人材の受け入れ

7.女性・若者が活躍しやすい環境整備

8.�雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の充実

9.高齢者の就業促進

(資料)首相官邸「働き方改革実行計画」

図表5 政府が進める9つの検討テーマ

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

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障がい者の雇用推進、外国人材の活用などの取り組み

を行なうことを指す。企業にとっては、多様な人材の

確保や多様な人材による新たな視点からの商品開発、

イノベーションの創出といった効果が望める。

「企業動向調査」によると、多様な人材の活用につ

いての取組状況については、「65歳以降の再雇用・勤

務延長制度の導入」が44.0%と最も高く、次いで「65

歳までの定年延長」が31.6%となり、高齢者の活躍を

推進している企業の割合が高かった。一方、「障がい

者の雇用」や「女性管理職・役員の増加」については

規模によって差がみられた。

④処遇改善による非正規雇用労働者の活躍促進処遇改善による非正規雇用労働者の活躍促進とは、

非正規雇用労働者の正社員登用や、同一労働・同一賃

金などに取り組むことである。企業にとっては、非正

規雇用労働者のモチベーションアップ、定着率の向

上、人材確保といった効果が期待できる。

「企業動向調査」によると、非正規雇用労働者の処

遇改善の取組状況については、「正社員への登用」が

52.6%と最も高かった一方で、「正社員と非正規雇用

労働者の賃金格差の縮小」は10.5%にとどまった。

「企業動向調査」によると、残業の削減には県内企

業の多くが取り組んでいるのに対して、柔軟な働き方

がしやすい環境整備に向けた勤務制度の導入に関して

は低い水準にとどまった。このように県内企業では各

テーマへの取組状況には差がみられたほか、自由回答

には「働き方改革に取り組み始めたばかり」という声

も多かった。

そこで、県外において働き方改革に対し先進的に取

り組み、成果が出ている事例を、各テーマに沿って4

つ紹介する。なお、事例は規模や業種のバランスを考

慮して取り上げている。

3.事例紹介

長時間労働と休日出勤が多い職場であったシステム開発を手掛けるSCSKは、業界の特性上、長

時間労働や休日出勤が多い職場であった。その影響で、

昼休みには疲れて机に伏して寝ている社員が散見された。

そのような状況を経営トップが目の当たりにし「社

員の健康を犠牲にした事業は有り得ない。このままで

は会社の未来は無い」と考え改革を決意した。そこに

は「たとえ一時的に業績が悪化したとしても、健康的

な職場環境を実現させる」という覚悟があった。12年

より経営トップの強力なリーダーシップのもと、残業

の削減と有給休暇の取得推進に取り組み始めた。

一部の部署から残業半減の試みを始めるまず4月に、フレックスタイム制を全社に導入する

など、個々人が業務の繁閑に合わせた柔軟な働き方が

できる環境を整えた。その上で4~6月で残業が多

い、全体の2割にあたる32部署に対し、7~9月では

残業を半減するようトップが指示し、残業半減運動を

実施した。各部署で試行錯誤しながら残業半減に取り

組み、半数にあたる16部署が4割以上の削減の実績を

出すことができた。

そして、各部署で効果があった施策をあげてもらっ

たところ、「業務の見直し/負荷分散」「リフレッシュ

デー(ノー残業デー)の推進」など、特に目新しいも

のではなく、基本的な施策をしっかり取り組んでいた

ことが分かった(図表6)。効果があった施策につい

ては社内イントラネットを通じて発信するなど、生産

性を高める取り組みを全社に広げていった。

労働生産性の向上による長時間労働の是正SCSK株式会社(東京都江東区)

社員:11,910名、資本金211.5億円

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

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経営トップが自ら率先して意識改革を進める経営トップは自らが率先して、役職員の意識改革に

取り組んだ。残業や有休の状況は、毎月2回役員会で

報告された。役員会では、経営トップが「働き方改革」

に対する熱い想いを語るとともに、時間管理に関する

具体的な指導や指示が行なわれた。その内容は、全社

員が閲覧できる社内イントラネットに掲載し、全社員

に直接、経営トップの本気度を伝えた。

また、お客様や役職員のご家族に対しても、当社の

取り組みをご理解頂く必要があるとして、経営トップ

が残業削減と休暇取得へのご理解と協力を依頼する手

紙を出した。

残業を削減しながら、増益を続ける経営トップが健康的な職場環境の実現に本気で取り

組み、インセンティブも含めたいくつもの施策を打ち

出し、全役職員の心に訴え続けたことで徐々に、役職

員の意識は変わっていった。

このような継続した取り組みの結果、08年度には同

社の1月あたりの平均残業時間は35.3時間であった

が、16年度には17.8時間となり、ほぼ半減させること

に成功している。また有給休暇取得日数も08年度の

13.0日から、16年度には18.7日に増加した。

1人あたりの労働時間を減少させながら、営業利益

は10年度の140億円から、16年の337億円へと倍以上の

増加となり、業績も好調を維持している。

きっかけは介護を抱えた社員の採用公共工事や民間工事の電気設備設計・施工を手掛け

る向洋電機土木では、かねてから人材不足に直面して

おり、働く時間に制約のある社員でも活躍できる環境

を整備する必要があると社長が考えていた。このよう

ななか、07年に介護を抱えた社員を採用した。そして

その社員を、組織づくりを行なう総務・人事の専担者

とし、介護や育児に直面している社員でも働きやす

く、働きがいのある職場となるように、様々な取り組

みを始めていった。

低コストでテレワークの導入を進めるまずは有給休暇取得率の向上や定時退社の推進、短

時間勤務制度の拡充(子供が小学校を卒業するまで)

などの労働環境の整備を進めていった。

さらに、遠隔地でもインターネットを経由して、介

護や育児を抱えながらでも仕事ができるテレワークの

実現を目指した。テレワークを実現するためにはIT

システムを導入する必要があったが、初期費用や運用

費用が大きくなることを避けるため、無料で利用でき

るソフトウェアを活用して、遠隔地からでも打ち合わ

せ、工事進捗管理、資材管理、仕様書作成等が行なえ

るITシステムを自社で構築していった。

一方、セキュリティを確保する観点から、ノートパ

ソコンやスマートフォンの全社員への支給や、通信回

線の安全性向上のため、相応の経費が必要となること

が課題としてあがっていた。そこで、テレワークの導

柔軟な働き方がしやすい環境整備向洋電機土木株式会社(神奈川県横浜市)社員33名(うち男性24名、女性9名)、資本金3,700万円

No. 施 策 実施数

1 業務の見直し/負荷分散 22

2 リフレッシュデー(ノー残業デー)の推進 20

3 日次(朝礼・終礼)/週次での確認 19

4 フレックス・裁量労働の活用 18

5 会議の効率化 17

次点 直行/直帰の励行 10

※集計条件:�残業半減運動の結果報告において、効果が高かったと回答した施策の件数(複数回答)

図表6 残業削減に取り組んだ部署の効果のあった施策

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

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取り組みが評価され、人気企業に同社のこうした取り組みは高く評価され、厚生労働

大臣表彰「輝くテレワーク賞」や横浜市「よこはま

グッドバランス賞」などの各賞を受賞した。企業の魅

力度が向上し、以前は入社希望者が集まりにくい時期

もあったが、最近では募集人員1名のところ、600人

もの応募があるほどの人気企業となっている。

人手不足のなか、休日の工場の稼働が課題家電・自動車部品製造を手掛ける加藤製作所では、

取引先からの製品に対する高精度な加工や短納期への

要望が年々高まっていた。そのため、高性能な製造設

備を導入したものの、人手が足りずに稼働率を上げる

ことができなかった。

こうしたなか、定年を迎えた高齢者でも、働きたい

と思っている人が多いという外部機関によるアンケー

ト調査結果を社長がみたことをきっかけに、休日を高

多様な人材の活用株式会社加藤製作所(岐阜県中津川市)社員107名(うち高齢者54名)、資本金2,000万円

入によって得られる移動時間の削減効果や、社員の定

着率向上による効果などをあらかじめ金額で算出し、

効果が費用を上回ることがわかったため、経費を支出

する意思決定ができた。

その結果、テレワークを導入し、現場事務所や自宅

等で仕事を行なうことで、介護・育児と仕事の両立が

できるようになった。また、打ち合わせや日報作成作

業などが自宅や現場で行なえるようになり、現場への

直行直帰が増えて移動時間が大幅に削減された。それ

まで残業時間は1月あたり20~30時間程度行なわれて

いたが、テレワークを導入後、ほぼ残業がない状況を

実現できている。

増えたプライベートの時間で資格取得を推進同社では残業時間を大幅に削減できたことに留まら

ず、増えたプライベートの時間を使って、仕事と関連

する資格取得に向けて社員が努力できる職場環境も整

えている。具体的には週1回、自社で資格取得のため

の勉強会を自由参加形式で開催している。

また、社員とその家族も交えた面談のなかで、資格

取得を通じて昇進・昇格などのキャリアアップにつな

げる方法を案内している。この面談により、家族から

の理解と協力を得やすくなり、社員の資格取得への意

欲を高めることができている。

この結果、通常2割程度の資格試験の合格率を、勉

強会に参加した社員では8割にまで上昇させ、有資格

者を増加させることに成功している。資格者が増加す

ると、公共工事の入札時に有利となりやすく、入札数

が増え売上高を増加させることができた。人員数は08

年比で3割増程度に抑えながら、売上高は倍以上を達

成しており、業績は好調に推移している。

▲テレワークのイメージ図

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

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調査働き方改革の現状と推進のポイント

13

齢者中心に稼働させることができないかと考えた。

一方、「高齢者に働いてもらうことは危険では」「長

く続けられないのでは」との懐疑的な意見も社内に

あった。そのため、社長は全社員を集めて、高齢者を

新たに採用して休日も工場を稼働させる経営上のメ

リットと、繁忙期の負担が軽減される社員にとっての

メリット、双方にメリットがあることを何度も説明

し、社内の理解を徐々に得ていった。

60歳以上に制限した新規社員の採用を開始こうした準備を行ない、60歳以上の高齢者に限定し

た新規社員の採用をハーローワークで試みた。しか

し、前例がないため応募する高齢者はいなかった。

そこで、「意欲のある方求めます。男女問わず。た

だし年齢制限あり。60歳以上の方。」というキャッチ

コピーをつけた折込チラシを作成し、高齢者の活躍す

る場を提供したいという社長の想いも記載して、市内

に配布した。その結果、「働くところがないと諦めて

いた」「まだ働き続けたい」といった声が寄せられ、

当初の想定を上回る100人以上が面接に訪れた。面接

の際は、年下の社員に指導されたとしても、前向きに

捉えて仕事に取り組むことができる人材が良いと考

え、人柄を重視して明るい性格の15人を採用した。

高齢社員が働きやすい環境をつくる当初は定型業務であるものの機械化できない業務

を、高齢社員用に切り分けて担当してもらった。ま

た、経験が浅いためラインの流れ作業ではなく、ライ

ンとは別で単独に動かす機械を担当するなどの仕事の

振り分けを工夫した。さらに、高齢社員からの改善提

案も積極的に出してもらうようにお願いし、掲示物や

指示書の文字を大きくしたり、写真やイラストを増や

したりして、一目で工程を理解できるようにした。高

齢社員から出た提案は、全社員にとって働きやすい職

場環境を整備するきっかけとなり、事故やミスの防

止、業務の効率改善にもつながった。

初期の頃は、高齢社員2人に正社員1人が管理・監

督していたものの、半年も経過すると、高齢社員15人

に正社員1人が管理・監督すれば良い状況となった。

なかには正社員と遜色ないスキルを身につける高齢社

員もでてきている。

休日の稼動が可能となり、低コスト化も実現製造経験のない高齢社員を育成しながら、徐々に慣

れてもらい工場の365日稼働を実現した。現在では、

60代・70代の元気な高齢社員が平日も含め数多く活躍

している。高齢社員の活躍により工場の稼働率が向上

し短納期が可能となったほか、機械の稼働時間が増加

したことにより、1製品あたりのコストも低減で

きた。

同社の高精度な加工や短納期への対応が評価され、

07年から12年までの6年間で、新規取引先数が14社増

え、売上高は年平均で7,000万円伸びている。

▲当時、多くの応募者を集めたチラシ

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

14

調査働き方改革の現状と推進のポイント

14

まで減少している。社員を対象としたアンケート調査

では、ほぼ全員が「職場環境が良い」「仕事に対する

意欲がある」 と回答している。

また、賃金の上昇により責任感も強まったため、以

前に比べ、どうしたらより利用者に喜んでもらえるか

を考えて、サービスを行なうパート社員が増えた。今

では、利用者アンケートにおいて「家庭的で立ち寄り

やすい」「温かく迎えてくれる」などの声が多く寄せ

られており、満足度も100%近い数値にまで達して

いる。

経費よりも効果の方が大きく、採用にも波及同一労働・同一賃金の導入により、人件費は増加し

た。しかし、離職者が減ることで採用や教育にかかる

経費も減り、サービスの質は向上した。そのため、全

体としては経費よりも効果の方が大きく上回って

いる。

また、合同説明会などの採用イベントに参加した際

には、こうした取り組みの評判を聞いた就職希望者

で、同法人のブースに人だかりができるなど、採用面

でも大きな効果を生んでいる。

以前は離職率の高い職場であった介護サービスを主力としているハートフルでは、当

初、非正規雇用労働者であるパート社員の割合が高

く、法人全体の賃金水準も低かった。

こうしたなかで、意欲が高く優秀な社員が「このま

までは生活できない」という理由で退職するという出

来事が起きた。また、主力の介護サービスを担う社員

のうち、2~6人が一度に退職してしまう事態も数回

あった。このような退職を防ぎ、優秀な人材を確保す

るには、処遇を改善する必要があると代表が考え、労

働環境の整備に取り組んでいった。

同一労働・同一賃金の実現を目指す具体的にはパート社員や契約社員の給料を、正社員

と同じ水準にする同一労働・同一賃金の導入を目指し

た。パート社員であっても能力のある人にスキルを活

かして正社員と同様の仕事に取り組んでもらい、その

成果が法人にもたらされれば双方にとってメリットが

あると考えた。

正社員の月給(基本給+職務手当+資格手当)の時

間あたりの金額を算出し、それに基づきパート社員の

時給を設定した。また、一度に全社員の時給を上げず

に、少人数から始め、雇用契約を切り替えるタイミン

グで徐々に介護事業部門全体に広げていった。そうす

ることで、賃金の急激な上昇を避け、コスト増の影響

を緩やかに吸収することができた。

退職者は大幅に減少し、満足度も向上こうした取り組みの結果、10~13年度は年平均18.5

名が退職していたが、足元では年平均4~5名程度に

処遇改善による非正規雇用労働者の活躍促進認定特定非営利活動法人ハートフル(群馬県高崎市)

社員102名(うちパート社員50名)

▲�雇用形態に関わらず、全ての社員が高いモチベーションで、質の良いサービスを提供している

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新潟経済社会リサーチセンター センター月報 2017.10

15

調査働き方改革の現状と推進のポイント

15

4.推進のポイント紹介した事例を踏まえ、働き方改革を推進するうえ

で、重要となるポイントを以下にまとめた。

(1)�経営トップによる強力な�リーダーシップ

働き方を見直し、多様な人材が活躍してもらえる労

働環境を実現するには、従来のやり方を変えるケース

が多く、経験を積んだ社員ほど、変化に対する心理的

な負担や抵抗が大きい。そのため、経営トップが強い

決意を持ち、変革をリードするとともに、その意思を

組織内に徹底することで、社員の意識を変えていくこ

とが必要となる。

事例で紹介したSCSKは1万人以上を超える社員が

おり、全社員と直接話すことは難しい規模である。そ

のため、手紙や社内イントラネットなど、様々な方法

でトップ自らのメッセージを伝え、改革をリードして

いった。また、加藤製作所でも高齢者の新規採用にあ

たり、社長自らが説明を丁寧に重ねて、社内にあった

不安を払拭していった。

(2)経費と効果を見定める労働環境を整備する際には当初、経費の発生・増加

を伴うことが多い。事例で紹介した向洋電機土木や

ハートフルでは、テレワークや同一労働・同一賃金の

導入などで経費が発生・増加した。しかし、定着率が

改善して採用・教育費用が低減する効果や、モチベー

ションアップによる能力向上の効果の方が大きいと見

込めたため、新しい勤務制度や賃金体系の導入を進め

ることができた。

特に働き方改革では、業務・事務の効率化やみえる

化などを図り、ITシステムへ投資することが多い。

その時、経費を上回る効果を生み出せるのか、どのよ

うに運用していくのかをあらかじめ検討していくこと

が必要と思われる。

(3)小さく始める社員の処遇改善や新たな勤務形態の導入に取り組む

場合、賃金などの労働条件や勤務制度を変更すること

になる。一度、勤務制度や労働条件を変更すると、簡

単には以前の条件に戻すことは難しい場合が多い。

事例で紹介したSCSKでは、残業半減の試みを全体

の2割の部署から始めたほか、ハートフルでも同一労

働・同一賃金の導入を少人数から始め、徐々に拡大し

ていった。また、その効果は直ぐに出てくるわけでは

なく、時間を掛けて出てくることも多い。

そのため、小さく始めて社員の反応と企業経営への

負担を慎重に見定めつつ、組織全体へ広げていくこと

が重要だと考えられる。

おわりに本稿では働き方改革を4つのテーマに分け、それぞ

れにおける先進的な事例を紹介した。

一方、県内企業では働き方改革に向けて取り組みを

始めたばかりの企業も多い。働き方改革のテーマは多

岐にわたるため、各社にとって取り組みやすいテーマ

から始めることで、企業経営と社員の双方にとってメ

リットのある働き方が、多くの企業で広がっていくこ

とを期待したい。

そして、企業が抱える人材不足や労働生産性の向上

などの課題と、社員個人が抱える仕事と私生活の両立

の課題、その双方が解決されていくことが期待さ

れる。

(2017年9月 銀山 敏行)