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Regional 【地域レポート】 アニメ舞台の聖地巡礼を 観光振興に活かす アニメ 作品などの舞台やモデルとなった場所、多数のアニメファンが訪問する 「聖地巡礼」 きを観光振興もうとする地域増加しているこうしたファンのきをどのように、観光振興けているのか、聖地巡礼による誘客への事例から地域観光振興 への活用のヒントをった経済月報 2018.3 ◆作品の世界観を追体験する「聖地巡礼」 ◆作品の世界観を追体験する「聖地巡礼」 映画、ドラマ、小説などの映像・文学作品に ゆかりのある地域を訪れる観光行動は、以前 から各地でみられてきたが、近年はアニメや 漫画等において物語の舞台やモデルとなった 場所である“聖地”を実際に訪問する「聖地巡 礼」がアニメファンの中で増えている。聖地 を訪れるファンは、アニメに描かれる場所や モデルとなった建造物などを巡り、登場シー ンと同じ構図で写真を撮ることで、作品の世 界観を追体験している。 こうした動きは、人気作品の登場やメディ アの多様化等によってアニメ放送が増え始め た2000年代前半頃から各地でみられ始めた。 そして、07年に『らき☆すた』というアニメの 舞台となった埼玉県久喜市(旧鷲宮町)を訪れ る人が増加したことを契機に、聖地巡礼ブー ムが広まったとされている。 ◆聖地巡礼を促進する新たな動き ◆聖地巡礼を促進する新たな動き 最近では、2016年に大ヒットしたアニメ映 画『君の名は。』のモデルとなったといわれる 岐阜県飛騨市等を訪れる人が急増した。また、 大手旅行会社も聖地巡礼を組み込んだツアー 商品の開発に乗り出している。 同年には、アニメ聖地をきっかけに観光資 源の掘り起こしや訪日観光客を呼び込むため の組織「一般社団法人アニメツーリズム協会」 が設立された。同協会は海外への情報発信を 強化するとともに、広域周遊観光ルートの策 定や、当該地域と連携した経済効果のさらな る創出を図るため、翌17年、国内外のアニメ ファンの投票をベースにアニメの権利者や地 域の意見も集約し、『訪れてみたい日本のアニ メ聖地88(2018年版)』を発表した (図表) また、観光庁は「アニメツーリズム」を観光 振興事業の新たなテーマと捉え、「テーマ別観 光による地方誘客事業」における17年度の新 規追加テーマの一つに選定した。このように、 地方創生において観光産業が注目を集める昨 今、官民で聖地巡礼を促進する新たな動きが 活発化している。

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Regional

【地域レポート】

アニメ舞台の聖地巡礼を観光振興に活かす

 アニメ作品などの舞台やモデルとなった場所を、多数のアニメファンが訪問する「聖地巡礼」の動きを観光振興に取り込もうとする地域が増加している。こうしたファンの動きをどのように捉え、観光振興に結び付けているのか、聖地巡礼による誘客への取り組み事例から地域観光振興への活用のヒントを探った。

経済月報2018.3

◆作品の世界観を追体験する「聖地巡礼」◆作品の世界観を追体験する「聖地巡礼」 映画、ドラマ、小説などの映像・文学作品に

ゆかりのある地域を訪れる観光行動は、以前

から各地でみられてきたが、近年はアニメや

漫画等において物語の舞台やモデルとなった

場所である“聖地”を実際に訪問する「聖地巡

礼」がアニメファンの中で増えている。聖地

を訪れるファンは、アニメに描かれる場所や

モデルとなった建造物などを巡り、登場シー

ンと同じ構図で写真を撮ることで、作品の世

界観を追体験している。

 こうした動きは、人気作品の登場やメディ

アの多様化等によってアニメ放送が増え始め

た2000年代前半頃から各地でみられ始めた。

そして、07年に『らき☆すた』というアニメの

舞台となった埼玉県久喜市(旧鷲宮町)を訪れ

る人が増加したことを契機に、聖地巡礼ブー

ムが広まったとされている。

◆聖地巡礼を促進する新たな動き◆聖地巡礼を促進する新たな動き

 最近では、2016年に大ヒットしたアニメ映

画『君の名は。』のモデルとなったといわれる

岐阜県飛騨市等を訪れる人が急増した。また、

大手旅行会社も聖地巡礼を組み込んだツアー

商品の開発に乗り出している。

 同年には、アニメ聖地をきっかけに観光資

源の掘り起こしや訪日観光客を呼び込むため

の組織「一般社団法人アニメツーリズム協会」

が設立された。同協会は海外への情報発信を

強化するとともに、広域周遊観光ルートの策

定や、当該地域と連携した経済効果のさらな

る創出を図るため、翌17年、国内外のアニメ

ファンの投票をベースにアニメの権利者や地

域の意見も集約し、『訪れてみたい日本のアニ

メ聖地88(2018年版)』を発表した(図表)。

 また、観光庁は「アニメツーリズム」を観光

振興事業の新たなテーマと捉え、「テーマ別観

光による地方誘客事業」における17年度の新

規追加テーマの一つに選定した。このように、

地方創生において観光産業が注目を集める昨

今、官民で聖地巡礼を促進する新たな動きが

活発化している。

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【地域レポート】

アニメ舞台の聖地巡礼を観光振興に活かす

 アニメ作品などの舞台やモデルとなった場所を、多数のアニメファンが訪問する「聖地巡礼」の動きを観光振興に取り込もうとする地域が増加している。こうしたファンの動きをどのように捉え、観光振興に結び付けているのか、聖地巡礼による誘客への取り組み事例から地域観光振興への活用のヒントを探った。

Regional

経済月報2018.3

 これまで、聖地巡礼は「一部の熱心なファン

だけのもの」と捉えられてきたが、ここにきて

観光振興に取り込もうとする地域が増えてい

る。以下では、ファンと地域との交流や、製作

者との関係構築により、聖地巡礼を地域の活

性化につなげている事例を紹介したい。

 小諸市は、2012年1~3月にテレビ放映さ

れたアニメ『あの夏で待ってる(以下、「なつま

ち」という)』の舞台となった。この作品は高

校生の青春にSF的要素も盛り込んだ内容で、

市内に実際にある駅や商店街などが登場し、

放映開始直後から熱心なファンが訪れるよう

になった。こうした動きに対して市や観光協

会は、地域の受け入れ態勢の整備不足やファ

ンのマナー等の問題による住民とのトラブル

を懸念し、まずは対応窓口を整え、正確な情報

を提供する必要があると考えた。

 そこで、市・観光協会・商工会議所などのメ

ンバーによる「なつまちおもてなしプロジェ

クト」を同年3月に発足させた。なお、この作

品の準備段階から市のフィルムコミッション

が積極的に協力していたことから、プロジェ

クト発足後もアニメ製作者との良好な関係構

築につながった。

「意見交換会」でファンの思いを具体化「意見交換会」でファンの思いを具体化 同プロジェクトでまず取り組んだのが、ファ

ンの思いや要望を知るための「意見交換会」で

ある。当日は首都圏などから200人以上が集

まり、ファンと地域をつなぐ数多くのアイデ

アが出された。そして、これらの意見を参考

にさまざまな企画を具体化し、実施していっ

たのである。

 その一つが、市内の商店をファンが巡るカー

ドラリーの実施だ。対象となる商店で500円

以上購入した人にキャラクターが描かれたカー

ドを進呈し、カードを一定枚数集めた人には

『なつまち』のグッズをプレゼントした。2012

~14年の3年間で計2万4千枚のカードが配

布され、参加者の宿泊費や交通費を含めた総

消費額の推計は累計で約6,600万円に及んだ。

こうした市内におけるグッズ開発やイベント

開催に当たっては、作品のイメージや製作者

が有する諸権利を損なわないよう、同プロジェ

「あの夏で待ってる」小諸市

「ガールズ&パンツァー」茨城県大洗町

図表 主な『アニメ聖地88(2018年版)』選定地

※赤色:『アニメ聖地88(2018年版)』に     選定された場所のある都道府県

(資料)一般社団法人アニメツーリズム協会『訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2018年版)』より https://animetourism88.com/ja

宮 城 県茨 城 県埼 玉 県

東 京 都

神奈川県

長 野 県

岐 阜 県京 都 府鳥 取 県佐 賀 県

石巻市 石ノ森萬画館 大洗町 ガールズ&パンツァー 最終章 久喜市 らき☆すた 千代田区 ラブライブ! 他 世田谷区 長谷川町子美術館 他 箱根町 「エヴァンゲリオン」シリーズ、弱虫ペダル 大町市 おねがい☆ティーチャー 上田市 サマーウォーズ 飛騨市 君の名は。 京都市 京都国際マンガミュージアム 他 境港市 水木しげるロード 唐津市 ユーリ!!! on ICE

都道府県 自治体 作品名・施設名

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経済月報2018.3

クトが慎重に調整・交渉を重ねたことで円滑

に実施された。

 さらに、毎年8月に開催される夏祭り「こも

ろドカンショ」でもファンと住民が交流でき

る仕組みを整えた。12年に、来訪したファン

が祭りの踊りを楽しめるよう「なつまち連」の

結成を呼びかけたところ約30人が参加した。

翌年からは有料ながらグッズの特典を付ける

と、希望者はさらに増加し、ピーク時は約120

人が参加するまでになった。直近の17年も約

80人が参加するなど、ファンも楽しめる夏祭

りとして定着するようになっている。

アニメを活用した交流や活性化の継続アニメを活用した交流や活性化の継続 『なつまち』の放送から6年が経つが、現在

も同プロジェクトはツイッターやフェイスブッ

ク等を通じて情報発信を続けている。また、

聖地巡礼の受け入れに積極的だった喫茶店や

土産物店では、訪れたアニメファンが店のファ

ンになり、今でも定期的に来店している。さ

らに、これまでの経験が活かされて他のアニ

メでも小諸市が舞台として取り上げられたほ

か、『なつまち』の声優が市の新しい観光プロ

モーション映像のナレーションを務めること

になるなど、アニメを活用した交流や地域の

活性化が続いている。

 プロジェクトの主要メンバーで、「こもろ観

光局」の花岡隆太氏は、「これからも、来訪者

がアニメの世界観を味わい、街のファンになっ

てもらえるよう、風景や環境を大切にし、楽し

みながら活動していきたい」と、さらなる地域

振興につなげたい意向だ。

 茨城県の太平洋岸にある大洗町は、2012年

10月~13年3月に放送されたアニメ『ガール

ズ&パンツァー(以下、「ガルパン」という)』

の舞台となった。この作品は、女子高生が戦

車同士で戦う「戦車道」が華道や茶道のような

女性の嗜みとされている架空の世界を題材に

しており、テレビ放送後も劇場版の映画が公

開されるなど、ヒット作として知られている。

作品の中に登場する風景は大洗の街並みが忠

実に再現され、繰り広げられる迫力ある戦闘

シーンの中でもたびたび登場し、同じ場所や

空間を共有・体験しようと放送開始時から数

多くのファンが訪れるようになった。

 こうした動きに対応するため、町の商工会

青年部を中心にユニークな活動が展開された。

街中にキャラクターと店主のパネルを設置街中にキャラクターと店主のパネルを設置 当初は作品を広くPRするため、観光施設等

に一部のキャラクターパネルを設置していた

が、街中へも人を呼び込もうと、計54体のキャ

ラクターパネルを作成し、13年3月から商店

街等の各店へ設置を始めた。さらに、訪れた

ファンとの交流をより促すため、店主の等身

大パネルも同様に設置した。これらのパネル

を活用したスタンプラリーの実施もあり、次

第に各店舗へ通うファンが増えていった。こ

うした動きに伴い、商工会でキャラクターバッ

ジを作成し各商店で購入特典として配布した

ところ、ご当地グッズとしてファンの人気が小諸市観光案内所の前に設置されているパネル(右上)「こもろドカンショ」の『なつまち連』の様子(下)

「あの夏で待ってる」小諸市

「ガールズ&パンツァー」茨城県大洗町

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経済月報2018.3

高まった。延べ作成数は100万個を突破する

など大きな効果がみられている。

 また、パネルを設置した各店主との交流が

広がり、キャラクターの「誕生日会」など、数十

人から千人規模のファンが集まるイベントが

毎月のように町内で開催されるまでになった。

「ガルパン相談会」が権利交渉の窓口を担う「ガルパン相談会」が権利交渉の窓口を担う ファンと商店との交流が増える中で、町内

の各商店から、取り扱う商品やサービスに合

わせたオリジナルグッズを開発・販売したい

という相談が商工会に寄せられるようになっ

た。そこで商工会は、こうした地元の要望の

取りまとめや開発指導を行い、製作側への申

請手続きを担う窓口として「ガルパン相談会」

の開催を始め、現在も原則毎月第2・4金曜日

に実施している。

 このように、グッズ販売等に際し、関連する

諸権利を有する製作者と交渉する体制を商工

会が整えることで、店主は計画段階から気軽

に相談でき、また製作者と町との信頼関係も

構築され、公式グッズとしての承認が滞りな

く得られたという。

『ガルパン』の奇跡を地域全体で楽しむ『ガルパン』の奇跡を地域全体で楽しむ 大洗町では毎年11月に「大洗あんこう祭」が

開催され、例年約3万人が訪れている。それが、

『ガルパン』放送後に祭りの中で声優によるイ

ベント等が企画されると、一挙に13万人が集

まるほどの大イベントになった。また、東京

周辺への通勤も可能な立地であるため、アニ

メによる地域交流を契機とした町への移住者

も数十人単位で増えるといった効果もあった。

 商工会で活動の中心を担い、現在は大洗観

光協会の会長も務める大里明氏は、「『ガルパ

ン』の効果は町にとって奇跡的なものだった。

今後もファンを大切にし、製作側との良好な

関係を維持しながら、地域全体が楽しめるよ

うな活動を続けていきたい」と、聖地巡礼の効

果を最大限活用していきたい考えだ。

◆◆アニメ舞台を新たな地域資源として捉えるアニメ舞台を新たな地域資源として捉える

 アニメの聖地を訪れるファンの中には、キャ

ラクターの扮装を楽しむコスプレイヤーなど

もいる。しかし、そのようなファンが集まる

ことに対し、抵抗感を感じる住民や一般の観

光客は少なくない。今回紹介した小諸市と大

洗町では、いずれもそうしたファンに対する

ルールを策定し、場所等の制限に加え、過激な

格好や周囲に恐怖感を与えるような扮装をし

ないよう求めている。このように、アニメファ

ンだけでなく、住民や他の観光客も安心して

楽しめる環境作りが観光振興には不可欠とい

える。

 アニメの舞台になること自体は偶然的な要

素が強いといえるが、両地域ともそうした機

会に恵まれたことにより地域に新たな資源が

生まれたと捉えることで、振興策につなげて

いる。そして、製作者やファンとの信頼関係

を構築し、三者の交流や連携の体制を維持し

ながらアニメ放送後も地域からの情報発信を

継続していることが、一過性で終わらない息

の長い観光振興に結びついている。

� (主任研究員 寺嶋�孝太郎)

「割烹旅館肴屋本店」を営む大里氏とキャラクターのパネル(右上)「大洗あんこう祭」の際に商店街のイベントを訪れたアニメファン(下)