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豊田市矢作川研究所 月報 CONTENTS ●トマトの受粉に役立つマルハナバチ ●アリの社会性 ●ハサミムシの生態 ●今月の一枚 ●第3回矢作川学校ミニシンポジウム開催案内 ●鮎めし 今月は…社会性昆虫の生活 小出哲哉 トマトの受粉に役立つマルハナバチ 「マルハナバチ」は日本ではあまり馴染みのないハ チですが、ミツバチと同じ仲間で、花の蜜を吸い、花 粉を集めます。日本では14種が知られています。春先、 矢作川流域(岡崎より上流)でもミツバツツジに訪花 している真っ黒でお尻の赤い、毛むくじゃらなコマル ハナバチを見ることができます。マルハナバチは花粉 を集める特殊な「技」を持っています。写真のように 花にぶら下がり、葯にかみつき、胸の筋肉を動かすこ とで、花を「ゆすって」花粉を落とし、落とした花粉 をお腹で受けて集めます。花粉は子供(幼虫)を育て る餌にするのです。マルハナバチは社会性昆虫である ため、女王バチと働きバチ、雄バチがいます。幼虫の 餌となる花粉をせっせと集めて回るのは働きバチです (女王バチも働きバチが産まれるまでは集めます)。 一方、トマトは風媒花のため、風で揺らされること によって花粉が落ち、受粉します。そのため、風の無 い温室内では受粉できません。そこで、風に替わって マルハナバチが受粉を助けています。トマトの花を順 番に回って花粉を集めると同時に受粉させていきます。 静かな温室では、花を揺するときに発する振動音がツ ー、ツーと聞こえるほどです。ちなみに、ミツバチは その技を持っていないので、トマトの花粉を集めるこ とができず、もともと蜜の出ないトマトの花には行き ません。 マルハナバチによって受粉したトマト(自然着果)は、 従来行われていたホルモン処理によって着果したトマ トよりも糖度が高く、ビタミンCも多いことがわかっ ています。また、ホルモン処理を行う労力の削減や、 減農薬化へも貢献しています。愛知県の大玉トマトの 80%、ミニトマトの95%の農家がマルハナバチを利用 しています。日本全体では年間7万コロニー(巣箱)も のマルハナバチが利用されています。このようにマル ハナバチはなくてはならない重要な農業資材なのです。 さて、トマトに利用されているマルハナバチの種類 はセイヨウオオマルハナバチとクロマルハナバチです。 セイヨウオオマルハナバチはユーラシア大陸原産です。 一方、クロマルハナバチは在来種なのですが、農業用 に使われている巣箱は、両種ともほとんどが海外から 輸入されています。 残念なことに、セイヨウオオマルハナバチが温室か ら逃げ出し、生態系へ悪影響が及び始めました。その ため、2006年 9 月に特定外来生物に指定されました。 セイヨウオオマルハナバチを利用するためには、温室 にネットを張って逃げ出さないようにし、環境大臣の 許可を得る必要があります。クロマルハナバチは在来 種であるため、許可は要りませんが、同様に逃げ出さ ないようにネットを張って利用すべきです。 マルハナバチはとても有益な農業資材ですから、環 境に配慮しながら、安全かつ適正に末永く使っていき たいものです。 (こいで てつや、 愛知県農業総合試験場 主任研究員) やく トマトを訪花中のセイヨウオオマルハナバチ

トマトの受粉に役立つマルハナバチ...豊田市矢作川研究所 月報 CONTENTS トマトの受粉に役立つマルハナバチ アリの社会性 ハサミムシの生態

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豊田市矢作川研究所 月報

CONTENTS ●トマトの受粉に役立つマルハナバチ ●アリの社会性

●ハサミムシの生態

●今月の一枚

●第3回矢作川学校ミニシンポジウム開催案内

●鮎めし

    今月は…社会性昆虫の生活

小出哲哉

トマトの受粉に役立つマルハナバチ

 「マルハナバチ」は日本ではあまり馴染みのないハ

チですが、ミツバチと同じ仲間で、花の蜜を吸い、花

粉を集めます。日本では14種が知られています。春先、

矢作川流域(岡崎より上流)でもミツバツツジに訪花

している真っ黒でお尻の赤い、毛むくじゃらなコマル

ハナバチを見ることができます。マルハナバチは花粉

を集める特殊な「技」を持っています。写真のように

花にぶら下がり、葯にかみつき、胸の筋肉を動かすこ

とで、花を「ゆすって」花粉を落とし、落とした花粉

をお腹で受けて集めます。花粉は子供(幼虫)を育て

る餌にするのです。マルハナバチは社会性昆虫である

ため、女王バチと働きバチ、雄バチがいます。幼虫の

餌となる花粉をせっせと集めて回るのは働きバチです

(女王バチも働きバチが産まれるまでは集めます)。

 一方、トマトは風媒花のため、風で揺らされること

によって花粉が落ち、受粉します。そのため、風の無

い温室内では受粉できません。そこで、風に替わって

マルハナバチが受粉を助けています。トマトの花を順

番に回って花粉を集めると同時に受粉させていきます。

静かな温室では、花を揺するときに発する振動音がツ

ー、ツーと聞こえるほどです。ちなみに、ミツバチは

その技を持っていないので、トマトの花粉を集めるこ

とができず、もともと蜜の出ないトマトの花には行き

ません。

 マルハナバチによって受粉したトマト(自然着果)は、

従来行われていたホルモン処理によって着果したトマ

トよりも糖度が高く、ビタミンCも多いことがわかっ

ています。また、ホルモン処理を行う労力の削減や、

減農薬化へも貢献しています。愛知県の大玉トマトの

80%、ミニトマトの95%の農家がマルハナバチを利用

しています。日本全体では年間7万コロニー(巣箱)も

のマルハナバチが利用されています。このようにマル

ハナバチはなくてはならない重要な農業資材なのです。

 さて、トマトに利用されているマルハナバチの種類

はセイヨウオオマルハナバチとクロマルハナバチです。

セイヨウオオマルハナバチはユーラシア大陸原産です。

一方、クロマルハナバチは在来種なのですが、農業用

に使われている巣箱は、両種ともほとんどが海外から

輸入されています。

 残念なことに、セイヨウオオマルハナバチが温室か

ら逃げ出し、生態系へ悪影響が及び始めました。その

ため、2006年9月に特定外来生物に指定されました。

セイヨウオオマルハナバチを利用するためには、温室

にネットを張って逃げ出さないようにし、環境大臣の

許可を得る必要があります。クロマルハナバチは在来

種であるため、許可は要りませんが、同様に逃げ出さ

ないようにネットを張って利用すべきです。

 マルハナバチはとても有益な農業資材ですから、環

境に配慮しながら、安全かつ適正に末永く使っていき

たいものです。

(こいで てつや、

         愛知県農業総合試験場 主任研究員)

やく

トマトを訪花中のセイヨウオオマルハナバチ

受精すれば雌に、受精せずに単為発生すると雄になり

ます。女王は交尾で受け取った精子を貯めた受精嚢の

口を開け閉めするだけで雄・雌を生み分けることが出

来ます。まず雑用係の働きアリの数を増やし、十分な

餌を集められるようになると一部の幼虫に栄養価の高

い餌を与えて、次世代を担う新生女王と繁殖のみに必

要な雄アリを生産します。雄は繁殖に必要な機能以外

は非常にシンプルな構造で、およそ同種とは思えない

ほど形態が異なっています。

 様々な環境に適応したアリは多様な社会形態を進化

させました。一つの巣に何世代もの女王が生活する多

女王性(多雌性)では、一つの巣が何十年も継続します。

そしてその多女王性の種には同巣の何匹かの女王が働

きアリを連れて移動し新しい巣を形成する種が知られ

ています。もともと同じ巣のメンバーであるため元の

巣との交流が維持され、いくつかの巣があたかも一つ

の巣のような状態を持ちます。これをスーパーコロニ

ーと呼びます。特定外来生物に指定されているアルゼ

ンチンアリもスーパーコロニーをつくることによって、

侵入地で他のアリを駆逐してしまうことが問題視され

ています。

 さらに社会寄生をするアリも知られています。ヤド

リウメマツアリは近縁種のウメマツアリの巣に居候し、

自分の働きアリを産みません。トゲアリはクロヤマア

リに寄生した巣内のもとの種を次第に駆逐し、その巣

を奪い取ってしまいます。この他にアミメアリという

種は女王アリと働きアリの階層が分化せず、働きアリ

は全て繁殖が可能で、基本的には単為生殖で増えてい

きます。このアリの繁殖戦略はまだ全て解明されては

いませんが、アリの進化の究極的な形かもしれません。

(あべ あきひさ、 名城大学院農学研究科修士課程)

アリの社会性 阿部晃久

 アリは現在日本に273種〔日本産アリ類データーベ

ースグループ 2003日本産アリ類全種図鑑:以下アリ

図鑑と省略〕が知られています。アリ類の多くは道端

や公園、家の庭など私たちの身近な所に多数生息して

います。この身近なアリは社会性(集団を作り、女王

や働きアリのような階層がある生活をする性質)を持

つことが知られています。

 アリ以外にも同じハチ目のスズメバチ科やミツバチ

科およびシロアリ(名前は似ていますがシロアリは全

く違う分類群に属します)やアブラムシも社会性を持

つことが知られ、これらをまとめて社会性昆虫と呼び

ます。アリは約1億2500万年前にスズメバチの先祖と

分かれ、ハチとの競合を避けた結果、地中営巣性と夜

行性、そして高度な社会性を獲得しました。その後

6000万年ほど前にアリは爆発的な適応放散を遂げて、

現在のように様々な環境に生息する多種多様な種が進

化してきました。アリの社会性は、歴史の長さや多様

性から見て社会性を持つ昆虫の中で群を抜いています

(アリ図鑑)。

 アリの社会性の進化は、外敵から身を守りながら雌

アリが共同で営巣する多雌創設から始まり、少ない餌

で多くの個体を養うために、翅や生殖器官を持たずあ

まりコストのかからない個体を作りました。これが働

きアリ(雌)の始まりで、外敵と戦うよう適応した兵

隊アリ(雌)と共に、女王アリとの間で役割分担がで

きました。役割分担はアリの社会性を進化させる上で

非常に重要で、アリが発達させた性決定機構や栄養の

善し悪しによる階層の育て分けが重要な役割を持って

います(アリ図鑑)。

 アリではハチと同様、雌がつくった卵が雄の精子と

はね

のう

アズマオオズアリの各階層

女王アリ 兵隊アリ 雄アリ 働きアリ 女王アリ 兵隊アリ

1mmmm

雄アリ 働きアリ

1mm1mmmm1mm1mmmm1mm

ハサミムシの生態 ~ハサミムシ類の卵保護習性とコブハサミムシの母親殺し~

河野勝行

卵を保護しているコブハサミムシ(石を持ち上げて撮影)

(こうの かつゆき、野菜茶業研究所 主任研究員、

           名古屋昆虫同好会 編集幹事)

 腹部の末端にハサミをもつハサミムシ類は、身近な

場所に棲息する種もいますので、どなたも一度ぐらい

は目にされたことがあるでしょう。物陰に潜んでいる

ことが多いハサミムシ類は、どことなく陰気な感じが

する虫かも知れませんが、実は面白い性質を持ってい

ます。それは、産んだ卵を母虫が保護する習性を持っ

ているということです。

 昆虫には様々な段階の社会性が見られますが、ハサ

ミムシ類に見られる卵保護習性もそのひとつと考える

ことができます。興味深いことに、産卵習性が明らか

にされているハサミムシ類にはすべて卵保護習性があ

ることが知られていますが、それ以上に高度な社会性

を持つ種はただの一種も知られていません。したがっ

てハサミムシ類の卵保護習性は、進化の過程における

ハサミムシ類の誕生とともに獲得されたものの、その

後はあまり変化していない習性と考えることができま

す。ハサミムシ類に比較的類縁関係が近いシロアリ類

が高度な社会生活を営んでいたり、ゴキブリ類の一部

が家族という単位での社会生活を営んでいたりという

のとは、非常に対照的に見えます。

 ハサミムシ類は卵を産んだ♀だけが卵を保護し、♂

は卵を保護しません。ですから、ハサミムシ類の社会

性は母子の関係として成立しています。産卵は地面の

石の下、地中に掘られた穴の中、樹皮の下、腐朽しか

けた落ち葉の隙間などでおこなわれますし、種によっ

て産卵場所は異なる傾向があります。一度に産まれる

卵の数は種によって異なり、少ないもので10数卵、多

いものでは100数十卵に達します。多くの種は年に数

回産卵しますが、コブハサミムシのように一回しか産

すき ま

ふ きゅう

卵しない種もあります。産卵時期は種によって異なり、

晩春から初秋にかけて産卵する種が多いですが、コブ

ハサミムシのように真冬に産卵する種もいます。卵が

孵化するまで、母虫は卵をなめたり、卵塊を積み替え

たりして、微生物の感染を防ぐとともに、捕食者から

卵を守ります。卵が孵化すると、母虫が餌を獲ってき

て幼虫に与える種もいますが、コブハサミムシのよう

に、母虫の体が幼虫の最初の餌になるものもいます。

ある程度餌を食べた幼虫は、産まれた場所を離れて単

独生活に入ります。

 真冬に産卵するコブハサミムシは、豊田市東部の山

間部で最もよく目につくハサミムシ類の一種です。春

先に山間部の谷筋で、日当り良好な河原の砂地にある

石を持ち上げてみると、卵を保護しているコブハサミ

ムシの♀を容易に見つけることができるでしょう。卵

の数は70~100個程度です。孵化するのは4月ぐらい

です。孵化した幼虫は、孵化後数日で母虫を食い殺し

てしまいます。運が良ければ、母虫を食べる幼虫を見

つけることができるでしょう。その後は河原やその周

辺の草や木の上で生活し、小昆虫や植物の花粉などを

食べて、4回の脱皮を経て初夏に成虫になります。真

夏には夏眠しているので目につかなくなりますが、秋

に再び活発に活動しはじめ、アザミやヨモギの花など

に集まり、交尾するのを見ることもできます。冬が近

づくと、♂と♀が1匹ずつつがいになって石の下など

に空間を作って産卵に備えます。年が明けた頃から産

卵が始まりますが、その頃になると、産卵された石の

近くなどで♂の死体が目につくようになります。その

後、春に卵が孵化するまで、♀は1匹で卵を保護しま

す。

 幼虫が母虫を食べる習性は、ハサミムシ類の社会性

の特殊な形と考えることができます。このような性質

をもつハサミムシ類は、まだコブハサミムシ以外には

知られていません。コブハサミムシの幼虫が母虫を食

べる習性が進化した背景として、孵化するのが春先の

餌の少ない時期であるため、母虫の体を食べることに

よって効果的に生存率を高められるということが、進

化の過程で有利に作用したためと考えられています。

かい ふ

 今月の一枚

 2005年の市町村合併によって、豊田市は矢作川源流部へ一挙に近づいた。私たちも郷土の広がりに応じ、行動範囲を広げざるを得ない。いつも見ている川の出所を、景観として脳裡に刻んでおくことも、視野を広げる糧として有効である。  豊田市は旧稲武町で長野県と岐阜県に接しているが、ちょうど3県の接点に三国山(標高1161.6m)がある。上の写真を撮影した日、この山の頂上へ上った。平坦な山なので、車が近くまでアプローチでき、登山感覚もなく頂上へ達した。驚いたことに北側の展望は、樹間から少し見られるだけであった。幸いその展望の中に、矢作川源流部・木曽山脈南端の山塊がその峰のすべてをさらしているのを望むことができた。雲が多く鮮明には撮影できなかったが、山の位置関係がよく分かる。標高差のあまりないこの山塊は、この付近一帯が隆起準平原面であることを教えてくれた。(田中 蕃)

 年の終わりは12月ですが、年度の終わりは3月。研究所員にとって年度末は1年の仕事のとりまとめに加え、シンポジウムやミニシンポジウムなどのイベントもあって年末よりも慌ただしくなる時期です。  来月号では例年のように、全研究員の今年度の研究成果報告をお届けします。                                 (洲崎)

日 時:平成19年3月3日(土) 13:00~16:00 場 所:豊田参合館 7階会議室(豊田市西町1-200) 発表者:愛知工業大学、椙山女学園大学、名古屋大学などの学生

かて

のう り

焼山

阿岳

掃木沢山

鯉子山

大川入山

横岳

1709.2m 1501m 1368m 1509.3m 1907.7m 1574m

矢作川源流の山々を一望

二〇〇六年八月十五日 三国山

(豊田市大野瀬町)

               (田中 蕃

撮影)

第3回 矢作川学校ミニシンポジウム開催案内