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●2018年(平成30年)12 月1 日発行 国際交流委員会ニュース(お問い合わせは各委員会へお願いいたします) 10 主な内容 No.36 ❖マレーシア弁護士会との交流報告 ❖カンボジア弁護士会民事執行セミナー報告 公式ページのライブ中継で 3000人にリーチ! 「セミナーをカンボジア弁護士会(BAKC)の公 式ページでライブ中継したい。」BAKCから提案が あったのは、BAKC・日弁連共催セミナーの10日前 だった。参加希望者が定員を大幅に超えていること を受け、可能な限り多くの弁護士がセミナーを受講 できるよう Web配信を試みたいというのである。 この提案に対し日本側からも積極的な協力の意思を 伝え、プノンペンで開催されたセミナーは、BAKC にとって、また日弁連の国際司法支援活動において も初めて、Web上で同時配信が行われることになっ た。セミナー当日(2018年8月30日)、満員の熱気 に包まれた会場の中心にビデオカメラが設置され、 講師の説明や質疑応答が全世界に向けてライブ中継 された。結果的にこの企画は大成功であり、当日だ けで3000ものアクセスがあった。私たちはその成 果に大きな達成感を得るとともに、改めてカンボジ ア弁護士の法律の学習への意欲を強く感じることと なった(なお、リーチ数には弁護士以外の大学教員 や学生なども含まれている。)。 国際司法支援活動において、どのように成果を拡 大し大きなインパクトを生じさせるのかは極めて重 要な問題である。カンボジアでは、法曹養成の過程 でも、実務に就いてからも、法を深く掘り下げて実 践的に学ぶ機会が限定されているのが実情であり、 日弁連は、カンボジア弁護士が法を正しく活用し、 人々の権利が保障されるよう、BAKCと協力し継続 的にセミナーを実施してきた。ただし、セミナー参 加人数には限度があるため、成果の波及には限界も あった。Webを活用したライブ中継は、そのチャレ ンジを克服する有効な手段であり、今後の日弁連の 国際司法支援の取組みにおいて積極的に検討すべき であろう。 カンボジア人講師との コラボレーション この新しい試みが行われた今回のセミナーでは、 不動産の強制競売や抵当権の実行、不動産譲渡担保 等について、日本人講師(当委員会の吉澤敏行弁護 士と私、法務省法務総合研究所国際協力部(ICD) の鈴木一子教官)とカンボジア人講師とが共同で解 説・質疑応答を行った。カンボジアでは国土の約3 割の土地が現在も未登記であり、法が予定していな い未登記土地の強制競売や担保をどう扱うかが実務 上問題となっている。また、法に規定のない不動産 譲渡担保については、カンボジア最高裁が虚偽表示 を理由とする無効判決を出している。このような実 務上の問題に関して、具体例をベースに活発な議論 が行われた。 カンボジア民事手続法の実務及び理論は、社会背 景の相違等から、母法である日本法と異なる展開が 見られ、日本人講師がカンボジア法の解説を行うこ とには限界も生じる。そこで、今回のセミナーでは、 カンボジア弁護士 Iv Poly氏に共同講師としてカン ボジア特有の問題を担当いただいた。日本人講師が 法の基礎理論や解釈の視点を示しつつ、現地弁護士 がカンボジアの実情を踏まえた解説を加えることに より、セミナーは大変有意義なものとなった。今後 もこのようなコラボレーションは必須であろう。 今後に向けて カンボジアでは現政権による野党の弾圧など民主 主義の後退が見られ、国際社会はカンボジア政府に 対する支援に慎重になっているが、そのような状況 だからこそ、市民の人権保障の砦である弁護士の能 力向上支援を民間ベースで行うことには大きな意義 があろう。支援が現政権の人権抑圧を助長すること のないよう配慮しつつ、民対民の協力を強化するこ とが、カンボジアにおける法の支配の実現につなが ろう。 最後になったが、今回のセミナー開催に当たって は、当委員会の篠田陽一郎弁護士をはじめとする国 際協力機構カンボジア民法・民事訴訟法運用改善プ ロジェクト関係各位、現地の日本人弁護士各位、 ICD関係各位に多大なご尽力を頂いた。お礼申し上 げたい。 マレーシア弁護士会との交流報告 国際交流委員会 委員長  池内 稚利 カンボジア弁護士会民事執行セミナー報告 国際交流委員会幹事  佐藤 直史 第1 視察訪問 2018年6月1日から6日まで、かねてから日弁連に 友好協定の締結を申し入れていたマレーシア弁護士 会の視察のため、 マレーシアを訪問した。今回の視 察団は、日弁連の組織内部でも国際活動をより活性 化させるべきとの考えから、関心のある委員会の参 加を呼びかけ、国際交流委員会、国際人権問題委員 会、中小企業の海外展開業務の法的支援に関する WG及び法律サービス展開本部(国際業務推進セン ター)の4委員会合同で、総勢19名となった。マレー シア弁護士会訪問を企画した理由は、先方からの熱 心な申入れがあったことに加えて、これまで日弁連 はイスラム法(シャリア法)が適用される国との交 流がなかったため、イスラム法が適用されるマレー シアが交流の対象として検討に値すると考えたから である。 相手の弁護士会を理解するためには相手国の歴史 を理解する必要があるとの認識の下、まずマレーシ アの旧都マラッカを見学し、それから、クアラルン プールに入ってマレーシア弁護士会で視察訪問を 行った。 マレーシアの弁護士制度は、1947年弁護士法に 始まる。マレーシア弁護士会はマレー半島の12州を 管轄する強制加入の団体で、歴史的経緯から東マ レーシアのサバ州とサラワク州にはそれぞれ別の弁 護士会があり統一の動きはない。法曹資格はマレー 半島と東マレーシアで異ならない。マレー半島の 12州にはそれぞれ州弁護士会もある。弁護士数は マレー半島で約18,000名で、なんとその内の53%が 女性である。サバ州とサラワク州の弁護士数は合計 で3,000人程度である。 マレーシア弁護士会は、会長1名、副会長1名のほ か、38名からなる理事会があり、事務局は、資格審 査、財務、会員サービス、広報の活動をし、その他 36の委員会がある。懲戒は、弁護士会外部に設け た懲戒委員会が行っている。 視察の結果マレーシア弁護士会は、①マレーシア の大部分の弁護士を代表する弁護士会であり、②マ レーシア独立以前から設立されている歴史のある弁 護士会であり、弁護士職と市民の利益を守ることを 目的とした強制加入団体であり、③独自の機関を有 して自律的に活動していることが分かった。また、 イスラム法は、イスラム教徒に対してのみ適用され、 しかも適用される事項も限定されていることも分 かった。 第2 国際マレーシア法律会議 (International Malaysia Law Conference 2018「IMLC」) その後、マレーシア弁護士会訪問中に誘いを受け た、同会が主催する IMLCに参加した。IMLCは2年 に一度開催されており、今年は、8月14日から17日 までの4日間で、前半が国内部門、後半が国際部門 となっており、私は国際部門に参加した。参加者は、 初日が最大で約500名であったそうである。 私が参加して驚いたのは、IBA(国際法曹協会)、 LAWASIA(アジア太平洋法律家協会)、UIA(国 際弁護士連盟)、AIAC(アジア国際仲裁センター)、 AIPPI(国際知的財産保護協会)、ドイツ連邦弁護 士連合会、フランス全国弁護士会評議会、英国法曹 協会、香港律師会といった世界中の著名な法曹団体 が、各種セミナーのホストの中に入っていたことで ある。しかも、日本では LAWASIAを開催するに当 たって、登録作業やビザ発給といった一部の業務を 外部の会社に委託したが、マレーシア弁護士会は経 費節減のため、それらも自ら行ったとのことである。 尊敬の念を禁じえなかった。 第3 総括 マレーシア調査視察及び IMLC参加の結果、国際 交流委員会としては、マレーシア弁護士会は友好協 定締結先としての適性を有していると判断し、日弁 連執行部にその旨上申し、2019年2月19日に、日弁 連でマレーシア弁護士会をお迎えし、友好協定締結 式と記念セミナーを開催する予定である。開催が決 定したあかつきには、多くの会員の皆さんにご参加 いただきたい。 マレーシア弁護士会 VARUGHESE会長らとの記念写真

マレーシア弁護士会との交流報告 池内 稚利 · 2020-01-31 · 相手の弁護士会を理解するためには相手国の歴史 を理解する必要があるとの認識の下、まずマレーシ

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Page 1: マレーシア弁護士会との交流報告 池内 稚利 · 2020-01-31 · 相手の弁護士会を理解するためには相手国の歴史 を理解する必要があるとの認識の下、まずマレーシ

 ●2018年(平成30年)12 月 1 日発行 � 国際交流委員会ニュース(お問い合わせは各委員会へお願いいたします) 10 主な内容

No.36

❖マレーシア弁護士会との交流報告

❖カンボジア弁護士会民事執行セミナー報告

公式ページのライブ中継で� 3000人にリーチ!

 「セミナーをカンボジア弁護士会(BAKC)の公式ページでライブ中継したい。」BAKCから提案があったのは、BAKC・日弁連共催セミナーの10日前だった。参加希望者が定員を大幅に超えていることを受け、可能な限り多くの弁護士がセミナーを受講できるよう Web配信を試みたいというのである。この提案に対し日本側からも積極的な協力の意思を伝え、プノンペンで開催されたセミナーは、BAKCにとって、また日弁連の国際司法支援活動においても初めて、Web上で同時配信が行われることになった。セミナー当日(2018年8月30日)、満員の熱気に包まれた会場の中心にビデオカメラが設置され、講師の説明や質疑応答が全世界に向けてライブ中継された。結果的にこの企画は大成功であり、当日だけで3000ものアクセスがあった。私たちはその成果に大きな達成感を得るとともに、改めてカンボジア弁護士の法律の学習への意欲を強く感じることとなった(なお、リーチ数には弁護士以外の大学教員や学生なども含まれている。)。 国際司法支援活動において、どのように成果を拡大し大きなインパクトを生じさせるのかは極めて重要な問題である。カンボジアでは、法曹養成の過程でも、実務に就いてからも、法を深く掘り下げて実

践的に学ぶ機会が限定されているのが実情であり、日弁連は、カンボジア弁護士が法を正しく活用し、人々の権利が保障されるよう、BAKCと協力し継続的にセミナーを実施してきた。ただし、セミナー参加人数には限度があるため、成果の波及には限界もあった。Webを活用したライブ中継は、そのチャレンジを克服する有効な手段であり、今後の日弁連の国際司法支援の取組みにおいて積極的に検討すべきであろう。

カンボジア人講師との� コラボレーション

 この新しい試みが行われた今回のセミナーでは、不動産の強制競売や抵当権の実行、不動産譲渡担保等について、日本人講師(当委員会の吉澤敏行弁護士と私、法務省法務総合研究所国際協力部(ICD)の鈴木一子教官)とカンボジア人講師とが共同で解説・質疑応答を行った。カンボジアでは国土の約3割の土地が現在も未登記であり、法が予定していない未登記土地の強制競売や担保をどう扱うかが実務上問題となっている。また、法に規定のない不動産譲渡担保については、カンボジア最高裁が虚偽表示を理由とする無効判決を出している。このような実務上の問題に関して、具体例をベースに活発な議論が行われた。 カンボジア民事手続法の実務及び理論は、社会背

景の相違等から、母法である日本法と異なる展開が見られ、日本人講師がカンボジア法の解説を行うことには限界も生じる。そこで、今回のセミナーでは、カンボジア弁護士 Iv Poly氏に共同講師としてカンボジア特有の問題を担当いただいた。日本人講師が法の基礎理論や解釈の視点を示しつつ、現地弁護士がカンボジアの実情を踏まえた解説を加えることにより、セミナーは大変有意義なものとなった。今後もこのようなコラボレーションは必須であろう。

今後に向けて

 カンボジアでは現政権による野党の弾圧など民主主義の後退が見られ、国際社会はカンボジア政府に対する支援に慎重になっているが、そのような状況だからこそ、市民の人権保障の砦である弁護士の能力向上支援を民間ベースで行うことには大きな意義があろう。支援が現政権の人権抑圧を助長することのないよう配慮しつつ、民対民の協力を強化することが、カンボジアにおける法の支配の実現につながろう。 最後になったが、今回のセミナー開催に当たっては、当委員会の篠田陽一郎弁護士をはじめとする国際協力機構カンボジア民法・民事訴訟法運用改善プロジェクト関係各位、現地の日本人弁護士各位、ICD関係各位に多大なご尽力を頂いた。お礼申し上げたい。

マレーシア弁護士会との交流報告 国際交流委員会 委員長 池内 稚利

カンボジア弁護士会民事執行セミナー報告 国際交流委員会幹事 佐藤 直史

第1 視察訪問

 2018年6月1日から6日まで、かねてから日弁連に友好協定の締結を申し入れていたマレーシア弁護士会の視察のため、 マレーシアを訪問した。今回の視察団は、日弁連の組織内部でも国際活動をより活性化させるべきとの考えから、関心のある委員会の参加を呼びかけ、国際交流委員会、国際人権問題委員会、中小企業の海外展開業務の法的支援に関するWG及び法律サービス展開本部(国際業務推進センター)の4委員会合同で、総勢19名となった。マレーシア弁護士会訪問を企画した理由は、先方からの熱心な申入れがあったことに加えて、これまで日弁連はイスラム法(シャリア法)が適用される国との交流がなかったため、イスラム法が適用されるマレーシアが交流の対象として検討に値すると考えたからである。 相手の弁護士会を理解するためには相手国の歴史を理解する必要があるとの認識の下、まずマレーシアの旧都マラッカを見学し、それから、クアラルンプールに入ってマレーシア弁護士会で視察訪問を行った。 マレーシアの弁護士制度は、1947年弁護士法に始まる。マレーシア弁護士会はマレー半島の12州を管轄する強制加入の団体で、歴史的経緯から東マレーシアのサバ州とサラワク州にはそれぞれ別の弁護士会があり統一の動きはない。法曹資格はマレー半島と東マレーシアで異ならない。マレー半島の12州にはそれぞれ州弁護士会もある。弁護士数は

マレー半島で約18,000名で、なんとその内の53%が女性である。サバ州とサラワク州の弁護士数は合計で3,000人程度である。 マレーシア弁護士会は、会長1名、副会長1名のほか、38名からなる理事会があり、事務局は、資格審査、財務、会員サービス、広報の活動をし、その他36の委員会がある。懲戒は、弁護士会外部に設けた懲戒委員会が行っている。 視察の結果マレーシア弁護士会は、①マレーシアの大部分の弁護士を代表する弁護士会であり、②マレーシア独立以前から設立されている歴史のある弁護士会であり、弁護士職と市民の利益を守ることを目的とした強制加入団体であり、③独自の機関を有して自律的に活動していることが分かった。また、イスラム法は、イスラム教徒に対してのみ適用され、しかも適用される事項も限定されていることも分かった。

第2 国際マレーシア法律会議(International Malaysia Law Conference 2018「IMLC」)

 その後、マレーシア弁護士会訪問中に誘いを受けた、同会が主催する IMLCに参加した。IMLCは2年に一度開催されており、今年は、8月14日から17日までの4日間で、前半が国内部門、後半が国際部門となっており、私は国際部門に参加した。参加者は、初日が最大で約500名であったそうである。 私が参加して驚いたのは、IBA(国際法曹協会)、LAWASIA(アジア太平洋法律家協会)、UIA(国

際弁護士連盟)、AIAC(アジア国際仲裁センター)、AIPPI(国際知的財産保護協会)、ドイツ連邦弁護士連合会、フランス全国弁護士会評議会、英国法曹協会、香港律師会といった世界中の著名な法曹団体が、各種セミナーのホストの中に入っていたことである。しかも、日本では LAWASIAを開催するに当たって、登録作業やビザ発給といった一部の業務を外部の会社に委託したが、マレーシア弁護士会は経費節減のため、それらも自ら行ったとのことである。尊敬の念を禁じえなかった。

第3 総括

 マレーシア調査視察及び IMLC参加の結果、国際交流委員会としては、マレーシア弁護士会は友好協定締結先としての適性を有していると判断し、日弁連執行部にその旨上申し、2019年2月19日に、日弁連でマレーシア弁護士会をお迎えし、友好協定締結式と記念セミナーを開催する予定である。開催が決定したあかつきには、多くの会員の皆さんにご参加いただきたい。

マレーシア弁護士会 VARUGHESE会長らとの記念写真