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Results of Research Activities 研究成果 9 技術開発ニュース No.151 2014-8 開発の背景 1 金属の耐摩耗性を向上させる表面改質技術として、焼 入れや窒化が一般的である。焼入れは、硬度が要求され るギヤなどの摺動部品に適用されている。窒化は、高温 使用環境で耐摩耗性が要求されるエンジン部品や、低ひ ずみが要求される金型などに適用されており、「ガス窒 化法」や「塩浴窒化法」が工業的に普及している。これら の表面改質技術では、ステンレス鋼(SUS304など)の 耐食性を確保しつつ耐摩耗性を向上させることが難し く、この課題解決に期待が寄せられている。 開発の目的 2 ステンレス鋼はクロム(Cr)を10.5%以上含む合金 鋼で、クロムが大気中の酸素と結合して不動態被膜を形 成するため耐食性が高い。特に強固な不動態被膜を有す るオーステナイト系ステンレス鋼は、その不動態被膜が 窒素の侵入を妨げるため窒化が最も困難で、前処理で不 動態被膜を除去し窒化しても、化合物層が形成されるこ とにより表面のクロム濃度が低下するため、耐食性を損 なうという課題があった。 そこで、既存の電気炉と取扱いが容易な固体窒化材を 活用し、ステンレス鋼の耐食性を活かしながら耐摩耗性 を向上させる金属の表面改質を行う窒化処理方法の開発 に取り組んだ。 開発技術の特徴 3 本研究では、温度制御性が良好で均一加熱が可能(第 1図)な一般的に普及している電気炉(第2図、ガス軟窒 化炉)を活用し、アンモニアガスを使用せず取扱いが容 易な固体窒化材を使用する点に特徴がある。従来の窒化 では処理温度一定で窒化するが、開発技術では、窒化層 形成速度を考慮しつつ化合物層が形成されないように、 処理温度を段階的に制御する(第3図)。これにより、窒 化が困難とされているオーステナイト系ステンレス鋼 に、化合物層のないS相(拡張オーステナイト相)と呼ば れる拡散層のみの窒化層を均一厚さに形成させることが 可能となった。 窒化層の形成状況については、顕微鏡による組織観察 X線による窒素元素の化合状態分析を行った。 ステンレス鋼の耐食・耐摩耗表面改質技術 電気炉を活用した固体窒化材による簡易なS相窒化処理 A surface treatment technology to improve the wear resistance of high corrosion resistance stainless steel Simplified S-phase nitriding with a solid nitride material and the application of an electric furnace (エネルギー応用研究所 都市・産業技術G ツール提案T機械部品などの耐摩耗性を向上させる金属表面改 質技術として、窒化処理が適用されている。ステンレ ス鋼(SUS304など)は、耐食性に優れているものの耐 摩耗性に劣るため、耐食性を確保しつつ耐摩耗性を向 上させる窒化技術に期待が寄せられている。本研究で は、電気炉の温度制御特性を掌握し、取扱いが容易な 固体窒化材を利用した工業的窒化技術を新たに開発 した。 (Industrial Solution Team, Urban and Industrial Technology Group, Energy Applications Research and Development Center) Nitriding is a metal surface treatment technology that improves the wear resistance of machine components or the like. Stainless steel (e.g. SUS304) has superior resistance to corrosion, but inferior resistance to wear; therefore, there is an increasing expectation for nitriding technology to improve wear resistance, while maintaining corrosion resistance. This research made full use of the temperature control characteristics of an electric furnace, and developed a new industrial nitriding technology using an easy-to-handle solid nitride material. 1図 電気炉内試料温度多点計測結果 ± 温度分布が均一な電気炉。 2図 電気炉内部写真 ※炉内に満遍なく配置された 電気ヒータ (ニッケルクローム発熱体) 第2図 電気炉内部写真

ステンレス鋼の耐食・耐摩耗表面改質技術...Ooooooooooo Ooooooo Oooooooooo Oooooooooooo ←メインタイトル(英訳) Oooooooo Oooooooooo Oooooooooo ←サブタイトル(英訳)

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Page 1: ステンレス鋼の耐食・耐摩耗表面改質技術...Ooooooooooo Ooooooo Oooooooooo Oooooooooooo ←メインタイトル(英訳) Oooooooo Oooooooooo Oooooooooo ←サブタイトル(英訳)

Results of Research Activities研究成果

9技術開発ニュース No.151/ 2014-8

開発の背景1 金属の耐摩耗性を向上させる表面改質技術として、焼入れや窒化が一般的である。焼入れは、硬度が要求されるギヤなどの摺動部品に適用されている。窒化は、高温使用環境で耐摩耗性が要求されるエンジン部品や、低ひずみが要求される金型などに適用されており、「ガス窒化法」や「塩浴窒化法」が工業的に普及している。これらの表面改質技術では、ステンレス鋼(SUS304など)の耐食性を確保しつつ耐摩耗性を向上させることが難しく、この課題解決に期待が寄せられている。

開発の目的2 ステンレス鋼はクロム(Cr)を10.5%以上含む合金鋼で、クロムが大気中の酸素と結合して不動態被膜を形成するため耐食性が高い。特に強固な不動態被膜を有するオーステナイト系ステンレス鋼は、その不動態被膜が窒素の侵入を妨げるため窒化が最も困難で、前処理で不動態被膜を除去し窒化しても、化合物層が形成されることにより表面のクロム濃度が低下するため、耐食性を損なうという課題があった。 そこで、既存の電気炉と取扱いが容易な固体窒化材を活用し、ステンレス鋼の耐食性を活かしながら耐摩耗性を向上させる金属の表面改質を行う窒化処理方法の開発に取り組んだ。

開発技術の特徴3 本研究では、温度制御性が良好で均一加熱が可能(第1図)な一般的に普及している電気炉(第2図、ガス軟窒化炉)を活用し、アンモニアガスを使用せず取扱いが容易な固体窒化材を使用する点に特徴がある。従来の窒化

では処理温度一定で窒化するが、開発技術では、窒化層形成速度を考慮しつつ化合物層が形成されないように、処理温度を段階的に制御する(第3図)。これにより、窒化が困難とされているオーステナイト系ステンレス鋼に、化合物層のないS相(拡張オーステナイト相)と呼ばれる拡散層のみの窒化層を均一厚さに形成させることが可能となった。

 窒化層の形成状況については、顕微鏡による組織観察とX線による窒素元素の化合状態分析を行った。

ステンレス鋼の耐食・耐摩耗表面改質技術電気炉を活用した固体窒化材による簡易なS相窒化処理A surface treatment technology to improve the wear resistance of high corrosion resistance stainless steelSimplified S-phase nitriding with a solid nitride material and the application of an electric furnace

(エネルギー応用研究所 都市・産業技術G ツール提案T) 機械部品などの耐摩耗性を向上させる金属表面改質技術として、窒化処理が適用されている。ステンレス鋼(SUS304など)は、耐食性に優れているものの耐摩耗性に劣るため、耐食性を確保しつつ耐摩耗性を向上させる窒化技術に期待が寄せられている。本研究では、電気炉の温度制御特性を掌握し、取扱いが容易な固体窒化材を利用した工業的窒化技術を新たに開発した。

(Industrial Solution Team, Urban and Industrial Technology Group, Energy Applications Research and Development Center)

Nitriding is a metal surface treatment technology that improves the wear resistance of machine components or the like. Stainless steel (e.g. SUS304) has superior resistance to corrosion, but inferior resistance to wear; therefore, there is an increasing expectation for nitriding technology to improve wear resistance, while maintaining corrosion resistance. This research made full use of the temperature control characteristics of an electric furnace, and developed a new industrial nitriding technology using an easy-to-handle solid nitride material.

第1図 電気炉内試料温度多点計測結果

技術開発ニュース No.151/ 2014-7

±2℃以内温度分布が均一な電気炉。

ステンレス鋼の耐食・耐摩耗表面改質技術

電気炉を活用した固体窒化材による簡易なS相窒化処理

Ooooooooooo Ooooooo Oooooooooo Oooooooooooo ←メインタイトル(英訳) Oooooooo Oooooooooo Oooooooooo ←サブタイトル(英訳)

(エネルギー応用研究所 都市・産業技術G ツール提案T)

機械部品などの耐摩耗性を向上させる金属表面改質

技術として、窒化処理が適用されている。ステンレス

鋼(SUS304 など)は、耐食性に優れているものの

耐摩耗性に劣るため、耐食性を確保しつつ耐摩耗性を

向上させる窒化技術に期待が寄せられている。本研究

では、電気炉の温度制御特性を掌握し、取扱いが容易

な固体窒化材を利用した工業的窒化技術を新たに開

発した。

(Ooooooo Team, Ooooooooo Group,

Ooooooooooooooooooooooo)

Oooooooooooooooooooooooooooooooooooooo.Oooooooooooooooooooo,oooooooooooooooooooooooooooooooo,oooooooooooooooooooooo.Ooooooooooooooooooooooooooo,ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo,ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo,ooooooooooooooo.Oooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo,oooooooooooooooooooooooooooooooooooooo.Ooooooooooo,ooooooooooo,oooooooooooooooooooooooooooo.Oooooooooooo.ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo

開発の背景

金属の耐摩耗性を向上させる表面改質技術として、焼

入れや窒化が一般的である。焼入れは、硬度が要求され

るギヤなどの摺動部品に適用されている。窒化は、高温

使用環境で耐摩耗性が要求されるエンジン部品や、低ひ

ずみが要求される金型などに適用されており、「ガス窒

化法」や「塩浴窒化法」が工業的に普及している。これ

らの表面改質技術では、ステンレス鋼(SUS304 など)

の耐食性を確保しつつ耐摩耗性を向上させることが難

しく、この課題解決に期待が寄せられている。

開発の目的

ステンレス鋼はクロム(Cr)を 10.5%以上含む合金

鋼で、クロムが大気中の酸素と結合して不動態被膜を形

成するため耐食性が高い。特に強固な不動態被膜を有す

るオーステナイト系ステンレス鋼は、その不動態被膜が

窒素の侵入を妨げるため窒化が最も困難で、前処理で不

動態被膜を除去し窒化しても、化合物層が形成されるこ

とにより表面のクロム濃度が低下するため、耐食性を損

なうという課題があった。

そこで、既存の電気炉と取扱いが容易な固体窒化材を

活用し、ステンレス鋼の耐食性を活かしながら耐摩耗性

を向上させる金属の表面改質を行う窒化処理方法の開発

に取り組んだ。

開発技術の特徴

本研究では、温度制御性が良好で均一加熱が可能(第1

図)な一般的に普及している電気炉(第2図、ガス軟窒化炉)

を活用し、アンモニアガスを使用せず取扱いが容易な固体

窒化材を使用する点に特徴がある。従来の窒化では処理温

度一定で窒化するが、開発技術では、窒化層形成速度を考

慮しつつ化合物層が形成されないように、処理温度を段階

的に制御する(第3図)。これにより、窒化が困難とされ

ているオーステナイト系ステンレス鋼に、化合物層のない

S相(拡張オーステナイト相)と呼ばれる拡散層のみの窒

化層を均一厚さに形成させることが可能となった。

第1図 電気炉内試料温度多点計測結果

※炉内に満遍なく配置された

電気ヒータ

(ニッケルクローム発熱体)

第2図 電気炉内部写真

窒化層の形成状況については、顕微鏡による組織観察と

X線による窒素元素の化合状態分析を行った。

1

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部署/リード文

英訳スペース

第2図 電気炉内部写真

※炉内に満遍なく配置された

電気ヒータ

(ニッケルクローム発熱体)

第2図 電気炉内部写真

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Results of Research Activities 研究成果

10技術開発ニュース No.151/ 2014-8

 マーブル液でエッチングした試料断面を、光学顕微鏡により組織観察を行った結果、本開発技術で処理した試料は拡散層のみを確認した(第3図)。

 X線光電子分光分析(XPS)により、表面から深さ5μm相当部位の窒素スペクトルを分析した結果、従来温度での窒化試料のみ、鉄窒化物やクロム窒化物の結合エネルギーピークを確認でき、本開発技術での窒化試料は化合物層が形成されていないことを確認した(第4図)。

開発技術のメリット4(1)表面改質処理の性状・品質  • 通常の窒化よりも処理温度が低いため、処理品のひずみが小さい。

  • 電気炉の均一温度雰囲気と均一窒化ガス雰囲気での処理のため、均一厚さの窒化層を形成できる。

(2)作業効率性・経済性  •不動体被膜を除去するための、特別な前処理は不要。  •窒化後の化合物層の除去作業が不要。  •アンモニアガスやシアン酸塩を使用しない。  •窒化雰囲気ガス制御等の設備は不要。 以上より、簡易で低コストな窒化処理が可能となる。

(3)耐食性 塩水噴霧試験(JIS Z 2371、100hr、材質SUS310S)を行った結果、化合物層が形成されている試料は第5図に示すとおりほぼ全面に赤錆が発生しているが、本処理による拡散層のみの試料は発錆がほとんどなく耐食性がより高いことを確認した。

(4)耐摩耗性 各試料を第6図に示す往復摺動試験機で摺動摩耗(同一の荷重・摺動回数で硬質コーティング球により各試料を摺動)させ、摩耗傷幅にて耐摩耗性を比較評価した。 その結果、開発窒化技術で拡散層のみを形成した試料は、摩耗傷幅が最も小さく耐摩耗性が優れていた(第7図)。

今後の展開5 一般に普及している電気炉(ガス軟窒化炉)を有効活用することができ、耐食性が高いためステンレス鋼で最も市場に普及しているオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を活かしながら耐摩耗性を向上させる表面改質技術を開発した。開発技術は、工業的に生産効率の向上・経済的メリットが大いに期待されるため、産業分野へのソリューション活動の一助となるよう普及促進を図っていきたい。

執筆者/鈴木基裕

現所属:岡崎支店営業部 法人営業G

第3図 窒化温度条件と窒化試料断面写真

時間

温度

時間

温度

<従来の窒化> 温度(500~590℃程度)一定

<開発窒化技術> 繊細な温度(450℃以下)制御

第 3 図 窒化温度条件と窒化試料断面写真

化合物層 (24μm)

拡散層 (15μm)

SUS304 母材

SUS304 母材

拡散層 (12μm)

第4図 XPS分析結果(窒素のスペクトル)

技術開発ニュース No.151/ 2014-7

100 150 200 250 300 350

未処理材

化合物層あり

◎拡散層のみ 磨耗傷幅

[μm]

時間

温度

時間

温度

2000

4000

6000

411 406 401 396 391

マーブル液でエッチングした試料断面を、光学顕微鏡に

より組織観察を行った結果、本開発技術で処理した試料は

拡散層のみを確認した(第3図)。

<従来の窒化> 温度(500~590℃程度)一定

<開発窒化技術> 繊細な温度(450℃以下)制御

第 3 図 窒化温度条件と窒化試料断面写真

X線光電子分光分析(XPS)により、表面から深さ5μm

相当部位の窒素スペクトルを分析した結果、従来温度での

窒化試料のみ、鉄窒化物やクロム窒化物の結合エネルギー

ピークを確認でき、本開発技術での窒化試料は化合物層が

形成されていないことを確認した(第4図)。

第 4 図 XPS分析結果(窒素のスペクトル)

開発技術のメリット

(1)表面改質処理の性状・品質

通常の窒化よりも処理温度が低いため、処理品のひず

みが小さい。

電気炉の均一温度雰囲気と均一窒化ガス雰囲気での

処理のため、均一厚さの窒化層を形成できる。

(2)作業効率性・経済性

不動体被膜を除去するための、特別な前処理は不要。

窒化後の化合物層の除去作業が不要。

アンモニアガスやシアン酸塩を使用しない。

窒化雰囲気ガス制御等の設備は不要。

以上より、簡易で低コストな窒化処理が可能となる。

(3)耐食性

塩水噴霧試験(JIS Z 2371、100hr、材質 SUS310S)を行った

結果、化合物層が形成されている試料は第 5 図に示すとお

りほぼ全面に赤錆が発生しているが、本処理による拡散層

のみの試料は発錆がほとんどなく耐食性がより高いこと

を確認した。

第5図 塩水噴霧試験結果

(4)耐摩耗性

各試料を第 6 図に示す往復摺動試験機で摺動摩耗(同一

の荷重・摺動回数で硬質コーティング球により各試料を

摺動)させ、摩耗傷幅にて耐摩耗性を比較評価した。

その結果、開発窒化技術で拡散層のみを形成した試料は、

摩耗傷幅が最も小さく耐摩耗性が優れていた(第 7 図)。

第 6 図 試験装置と試料摺動摩耗状況

第 7 図 耐摩耗性評価試験結果 (材質 SUS304)

今後の展開

一般に普及している電気炉(ガス軟窒化炉)を有効活用

することができ、耐食性が高いためステンレス鋼で最も市

場に普及しているオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性

を活かしながら耐摩耗性を向上させる表面改質技術を開発

した。開発技術は、工業的に生産効率の向上・経済的メリ

ットが大いに期待されるため、産業分野へのソリューショ

ン活動の一助となるよう普及促進を図っていきたい。

執筆者/鈴木基裕

4 5

結合エネルギー(Binding Energy)[eV]

[C/S] 従来温度での窒化試料

開発技術での窒化試料

鉄・クロム窒化物固

有の結合エネルギ

ーピークを確認

(未処理材 342μm)

第5図 塩水噴霧試験結果

化合物層あり 拡散層のみ

(ほぼ全面に発錆)

第6図 試験装置と試料摺動摩耗状況

摩耗傷幅

(未処理材342μm)

第7図 耐摩耗性評価試験結果 (材質SUS304)

技術開発ニュース No.151/ 2014-7

100 150 200 250 300 350

未処理材

化合物層あり

◎拡散層のみ 磨耗傷幅

[μm]

時間

温度

時間

温度

2000

4000

6000

411 406 401 396 391

マーブル液でエッチングした試料断面を、光学顕微鏡に

より組織観察を行った結果、本開発技術で処理した試料は

拡散層のみを確認した(第3図)。

<従来の窒化> 温度(500~590℃程度)一定

<開発窒化技術> 繊細な温度(450℃以下)制御

第 3 図 窒化温度条件と窒化試料断面写真

X線光電子分光分析(XPS)により、表面から深さ5μm

相当部位の窒素スペクトルを分析した結果、従来温度での

窒化試料のみ、鉄窒化物やクロム窒化物の結合エネルギー

ピークを確認でき、本開発技術での窒化試料は化合物層が

形成されていないことを確認した(第4図)。

第 4 図 XPS分析結果(窒素のスペクトル)

開発技術のメリット

(1)表面改質処理の性状・品質

通常の窒化よりも処理温度が低いため、処理品のひず

みが小さい。

電気炉の均一温度雰囲気と均一窒化ガス雰囲気での

処理のため、均一厚さの窒化層を形成できる。

(2)作業効率性・経済性

不動体被膜を除去するための、特別な前処理は不要。

窒化後の化合物層の除去作業が不要。

アンモニアガスやシアン酸塩を使用しない。

窒化雰囲気ガス制御等の設備は不要。

以上より、簡易で低コストな窒化処理が可能となる。

(3)耐食性

塩水噴霧試験(JIS Z 2371、100hr、材質 SUS310S)を行った

結果、化合物層が形成されている試料は第 5 図に示すとお

りほぼ全面に赤錆が発生しているが、本処理による拡散層

のみの試料は発錆がほとんどなく耐食性がより高いこと

を確認した。

第5図 塩水噴霧試験結果

(4)耐摩耗性

各試料を第 6 図に示す往復摺動試験機で摺動摩耗(同一

の荷重・摺動回数で硬質コーティング球により各試料を

摺動)させ、摩耗傷幅にて耐摩耗性を比較評価した。

その結果、開発窒化技術で拡散層のみを形成した試料は、

摩耗傷幅が最も小さく耐摩耗性が優れていた(第 7 図)。

第 6 図 試験装置と試料摺動摩耗状況

第 7 図 耐摩耗性評価試験結果 (材質 SUS304)

今後の展開

一般に普及している電気炉(ガス軟窒化炉)を有効活用

することができ、耐食性が高いためステンレス鋼で最も市

場に普及しているオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性

を活かしながら耐摩耗性を向上させる表面改質技術を開発

した。開発技術は、工業的に生産効率の向上・経済的メリ

ットが大いに期待されるため、産業分野へのソリューショ

ン活動の一助となるよう普及促進を図っていきたい。

執筆者/鈴木基裕

4 5

化合物層あり

(ほぼ全面に発錆) 拡散層のみ

化合物層 (24μm)

拡散層 (15μm)

SUS304 母材

SUS304 母材

拡散層 (12μm)

結合エネルギー(Binding Energy)[eV]

[C/S] 従来温度での窒化試料

開発技術での窒化試料

鉄・クロム窒化物固

有の結合エネルギ

ーピークを確認

(未処理材 342μm)

摩耗傷幅