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インフルエンザとは 東北大学医学系研究科 感染制御・検査診断学分野 山田 充啓 第2回東北感染制御ネットワークフォーラム 感染制御ベーシックレクチャー

インフルエンザとは · • インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染 することによってよって起きる感染症である。 • 70年も前にウイルスが分離されて以来、インフル

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Page 1: インフルエンザとは · • インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染 することによってよって起きる感染症である。 • 70年も前にウイルスが分離されて以来、インフル

インフルエンザとは東北大学医学系研究科

感染制御・検査診断学分野

山田 充啓

第2回東北感染制御ネットワークフォーラム感染制御ベーシックレクチャー

Page 2: インフルエンザとは · • インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染 することによってよって起きる感染症である。 • 70年も前にウイルスが分離されて以来、インフル

インフルエンザとはどのような病気か?

「インフルエンザ」とはインフルエンザウイルスに感染して起きる感染症である

(インフルエンザ(influenza):イタリア語で意味は「影響」)

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感 染 症 とは

微生物

侵入・増殖して

さまざまな症状を

起こすこと

が にヒト

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インフルエンザ

感染症(例えばインフルエンザ)は伝播する。

急性心筋梗塞

非感染症(例えば心筋梗塞)は伝播しない。

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代表的な微生物とそれぞれの特徴

微生物

真菌

細菌

ウイルス

細胞構造

真核生物

原核生物

他の生物の代謝系を利用

核酸

DNA + RNA

DNA + RNA

DNAまたはRNAのいずれか

無細胞培地での発育

不可

光学顕微鏡での観察

不可

ウイルスは、それ自身単独では増殖できず、他の生物の細胞内に感染して初めて増殖可能となる。

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インフルエンザウイルスの電子顕微鏡像

CDC(米国疾病予防管理センター)Web SiteよりCDC(米国疾病予防管理センター)websiteより引用

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インフルエンザウイルス

• オルトミクソウイルス科に属する。

• 粒子径80~120nm のウイルスである。

• 細胞膜に由来するエンベロープを持つ。

• マイナス鎖の一本鎖RNAをゲノムとして持つ。

• ウイルスの内部構造蛋白(M1蛋白とNP蛋白)の抗原性の違いによりA型、B型、C型の3種類に分類されている。

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RNA分節

血清型ヒト以外の宿主(HA、NA)

A型 8 トリ、ブタなど(16.9)

B型 8 ヒトのみ(1.1)

C型 7 ブタNAなし

インフルエンザウイルスの種類

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A型インフルエンザウイルス

遺伝子は8つのRNA分節に別れているそれぞれの分節はウィルス蛋白質の情報をコードしている。

HA(ヘマグルチニン)NA(ノイラミニダーゼ)PA(RNAポリメラーゼ αサブユニット)PB1(RNAポリメラーゼ β1サブユニット)PB2(RNAポリメラーゼ β2サブユニット)M(マトリクス蛋白、M1&M2)NP(核蛋白)NS(非構造蛋白、NS1&NS2)

A型インフルエンザウイルスの遺伝子から計10種類の蛋白質が合成される。

M2蛋白

M1蛋白

ヘマグルチニン(HA)

ノイラミニダーゼ(NA)

RNAポリメラーゼ核蛋白とウイルスゲノムRNA

Illustrated by Y. Tambe

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ヘマグルチニン:HA

ノイラミニダーゼ:NA

A型インフルエンザウイルスの亜型

H1N1

Hemagglutinin (H)16種類

Neuraminidase (N) 9種類

16 X 9=144種類

A型インフルエンザウイルス

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A型インフルエンザウイルスの宿主と亜型分布

北海道大学大学院獣医学研究科 微生物学教室 websiteより引用

H1N1:スペインかぜ、Aソ連型H2N2:アジアかぜH3N2:香港かぜ、A香港型

H5N1H7N7H9N2

ヒトに感染した鳥インフルエンザ

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル①ヘマグルチニン(HA)の開裂

気道上皮細胞や黄色ブドウ球菌などの細菌が分泌するタンパク質分解酵素がHAを切断・開裂する。この現象は細胞内部でウイルス粒子から遺伝子が放出される際に重要。

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル

気道上皮細胞

細胞表面にある糖タンパク質のシアル酸残基にヘマグルチニンが結合、ウイルスが細胞表面に吸着する。

②吸着

シアル酸残基を持つ糖タンパク質

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル③ウイルスの取り込み

細胞の飲食作用(エンドサイトーシス)によってウイルスは受動的に細胞内に取り込まれる。

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル④膜融合

エンドソーム内の酸性環境に暴露されると、ウイルス粒子状のHAの膜融合活性が現れ、ウイルス膜とエンドソーム膜が融合する。

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル⑤脱殻

M2タンパク質の働きによって水素イオンがウイルス粒子内部に流入し、ウイルス粒子内部が酸性化する。酸性化によりウイルス殻を形成しているM1タンパク質が崩壊、ウイルスゲノム複合体が細胞質に放出される。放出後ゲノムは細胞核に移行する。

細胞核

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル⑥ウイルスゲノムの転写・複製

核内に移行したウイルスゲノムRNAから転写(mRNAの合成)及び複製(ウイルスゲノムRNAの合成)が行われる。合成されたmRNAは細胞質に移動、ウイルスタンパク質が合成される。

mRNA

複製されたゲノムRNA

mRNA

ウイルス構成蛋白の合成

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル⑦ウイルス粒子の再構築

合成されたウィルス蛋白質及び複製されたウイルスゲノムRNAは細胞表面に移動、子孫ウイルス粒子が形成される。

mRNA

ウイルス構成蛋白ウイルスゲノム

複合体

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A型インフルエンザウイルスの増殖サイクル

ノイラミニダーゼによって細胞表面のシアル酸を分解することによって、子孫ウイルスは細胞表面より放出される。子孫ウイルスは新たな細胞への感染が可能となる。

気道上皮細胞

シアル酸の分解

⑧ウイルス粒子の放出

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連続抗原変異(小変異:抗原ドリフト)

H3N2(香港型)シドニー株

HA

NA

・ ・

・・

H3N2(香港型)パナマ株

HA

NA

インフルエンザウイルスの変異

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不連続抗原変異(大変異:抗原シフト)

インフルエンザウイルスの変異

H1N1

HA

NA

H2N2

HA

NA

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ヒトウイルスα2-6シアル酸に結合

インフルエンザウイルスレセプター:シアル酸を末端に持つ糖タンパク質・脂質

トリウイルスα2-3シアル酸に結合

インフルエンザウイルスの宿主の壁

α2-3結合シアル酸

α2-6結合シアル酸

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ハイブリッドウイルスの出現機構

ヒトウイルスα2-6シアル酸に結合

トリウイルスα2-3シアル酸に結合

α2-3結合シアル酸

α2-6結合シアル酸

α2-3結合α2-6結合シアル酸

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インフルエンザの臨床

発熱、頭痛、筋痛、関節痛、全身倦怠感

ウイルス分離(最も信頼のおける診断法)

血清抗体価の測定(ペア血清)

咳、鼻汁などの上気道炎症状、消化器症状

通常は約1週間で軽快する

抗原検索キット(迅速診断)

PCR (ウイルスゲノムの検出)

インフルエンザ肺炎(発症後1〜2日)

細菌性肺炎(症状軽快後)

混合型肺炎(発症後3〜4日)

インフルエンザ脳症(発症後2日以内)

臨床症状

合併症

検査

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感染後からの日数

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

潜伏期は1日~3日

ウイルス排出は発症前1日と発症後7日間前後(解熱後2日間まで)

発熱は3-7日間

抗体価の上昇は発症約2週間後

インフルエンザの時間経過

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インフルエンザの流行時期

1月 3月 11月

(週)

(年)

定点あたりの報告数

12月4月国立感染症研究所 感染症情報センターwebsiteより引用

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インフルエンザの治療

抗インフルエンザ薬として現在市販されているものは、

アマンタジン(シンメトレルなど)とノイラミニダーゼ

(NA)阻害薬のオセルタミビル(タミフル、経口薬)とザ

ナミビル(リレンザ、吸入薬)である。

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塩酸アマンタジン(シンメトレル)

ザナミビル(リレンザ)

リン酸オセルタミビル(タミフル)

インフルエンザの治療

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抗ウイルス薬の作用点

親ウイルス

吸着吸着

出芽

膜融合

翻訳

脱殻ウイルスゲノム

エンドソーム

ウイルス蛋白質(RNAポリメラーゼ、核蛋白)

複製されたウイルスゲノム

mRNA

放出

子孫ウイルス

ザナミビル・オセルタミビルはノイラミニダーゼを阻害することによってウィルスの放出を阻害する。

HA回裂

アマンタジンはM2蛋白質を阻害することによって脱殻を阻害する。

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• 通常のかぜ(急性上気道炎)のほとんどはインフルエンザ

ウイルス以外のウイルスによる感染症であるため、抗菌薬

も抗インフルエンザウイルス薬も不要である。

• 過去のインフルエンザ流行時の死亡の原因は、インフルエ

ンザに続発する細菌性肺炎であり、乳幼児・高齢者、種々

の基礎疾患を有し、細菌感染症のリスクの高い患者には、

抗菌薬の予防投薬を行う必要が示唆されている。

• 高齢者や脾摘者では肺炎球菌ワクチンの接種が勧められる。

インフルエンザの治療

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それまでとは違ったインフルエンザが、ある地域に発生し、各国に爆発的に流行すること

インフルエンザパンデミックとは?

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20世紀に起こったパンデミックインフルエンザ

A(H1N1) A(H2N2) A(H3N2)

1918

アジア風邪

1968

4000-5000万人が死亡

200万人が死亡 100万人が死亡

スペインイン風邪

1957

香港風邪

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パンデミックインフルエンザの出現

1918

アジア風邪

1968

スペインイン風邪

1957

香港風邪

PB1HANA

PB1HA

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新型インフルエンザの出現

G Neumann et al. Nature 459, 931-939 (2009)

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新型インフルエンザの出現

R. J. Garten et al., Science 325, 197 -201 (2009)

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従来のパンデミックにおける人口に対する感染者の割合

1918 New York

1918 Manchester

1918 Leicester

1957 London

1968 Kansas city

0

10

20

30

40

(%)スペインかぜ アジアかぜ 香港かぜ

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1918 スペイン風邪

最初の夏の時点はmild

その後 長期間冬まで続く

The New England Journal of Medicine 2009; 360

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6年のうち3回冬季に流行が

出現

1957 アジア風邪

The New England Journal of Medicine 2009; 360

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開始はmild

第二波に大きな流行

1968 香港風邪

The New England Journal of Medicine 2009; 360

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まとめ

• インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染することによってよって起きる感染症である。

• 70年も前にウイルスが分離されて以来、インフルエンザウイルスの研究が進められ、ワクチンも早い時期から実用化され改良が続けられている。しかしながらインフルエンザはいまだに人類の脅威となる、未解決の感染症である。

• これまでのインフルエンザのパンデミックの教訓も含め、インフルエンザに対する十分な理解が、現在の新型インフルエンザに対処するうえで、重要である。