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セラミックス材料学(亀川厚則) 1 セラミックス材料学 室蘭工業大学 亀川 厚則 第1章 セラミックス概論 セラミックス材料学の分野は、直系的には無機化学や結晶化学、固体物性学を基礎として、粉末冶金や 材料工学など工学的な学問から成立ち、応用面では様々な物理、化学、工学の要素の知識を必要とす る。この分野の初学者として学べるよう、本章ではまずセラミックスの概略について述べた後、これま での復習をかねて幾つかの内容について概説する。 1-1.セラミックスとは 材料は、セラミックス、金属、高分子材料に大 別される。代表的な高分子であるプラスチックの 主鎖は共有結合で強いが、分子間の水素結合やフ ァンデルワールス結合は弱く、そのため柔軟では あるが耐熱性が低い。鉄、アルミニウム、銅など 金属は、原子が規則配列した構造(結晶)に自由 電子をゆるく共有した金属結合ため、導電性や展 性・延性を示す。セラミックスは主として陽性元 素(陽イオン)と陰性元素(陰イオン)の化合物 であり、強いイオン結合と共有結合からなるため 変形しにくく、また様々な電子状態をとるため絶 縁性、誘電性、半導性など多様な機能を発現する。 セラミックス(ceramics )とは、古くからセラミックスの教科書として知られる W.D. Kingery Introduction to Ceramics」においてギリシャ語で陶器などを意味する Keramos を語源として、基本的成 分あるいはその大部分が無機の非金属物質から構成されている固体と定義している。 今日の電子産業などで高度な原料、製造工程を経て高機能を備えたものをファインセラミックスと呼 ぶが、土器に代表される伝統的なセラミックスは 人類の歴史上、金属材料よりもはるかに古くから 人工的に造られてきた材料である。セラミックス には、主に陶磁器、耐火物、ガラス、セメントや ファインセラミックスなどに分類される。 陶磁器などのオールドセラミックスとファインセラミックスの違いは、主に原料とその製造法に起因 する。オールドセラミックスは陶石、長石、粘 土など、天然の鉱物を用いて混合し、成形、焼 成するといった方法で造られる。これに対しフ ァインセラミックスは、高純度に精製した天然 1-1 各材料の化学状態の比較 1-2 Al(金属)Al2O3(セラミックス)の物性比較 1-1 セラミックスの分類 1-2 代表的なセラミックスの製造プロセス 材料 化学結合 金属 金属 金属結合 プラスチック 非金属・有機物 共有結合 ファン・デル・ワールス結合 セラミックス 非金属・無機物 イオン結合 共有結合 材料 物性 融点 比抵抗 (Ωcm) モース硬度 金属 Al (アルミニウム) 660 2.8 × 10 -8 3以下 セラミックス Al 2 O 3 (アルミナ) 2030 10 14 以上 9 陶磁器 耐火物 ガラス セメント ファインセラミックス セラミックス 煆焼(仮焼) sol-gel法 など 原料調整

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Page 1: セラミックス材料学セラミックス材料学(亀川厚則) 1 セラミックス材料学 室蘭工業大学 亀川 厚則 第1章 セラミックス概論 セラミックス材料学の分野は、直系的には無機化学や結晶化学、固体物性学を基礎として、粉末冶金や

セラミックス材料学(亀川厚則)

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セラミックス材料学 室蘭工業大学 亀川 厚則

第 1 章 セラミックス概論 セラミックス材料学の分野は、直系的には無機化学や結晶化学、固体物性学を基礎として、粉末冶金や材料工学など工学的な学問から成立ち、応用面では様々な物理、化学、工学の要素の知識を必要とする。この分野の初学者として学べるよう、本章ではまずセラミックスの概略について述べた後、これまでの復習をかねて幾つかの内容について概説する。

1-1.セラミックスとは

材料は、セラミックス、金属、高分子材料に大別される。代表的な高分子であるプラスチックの主鎖は共有結合で強いが、分子間の水素結合やファンデルワールス結合は弱く、そのため柔軟ではあるが耐熱性が低い。鉄、アルミニウム、銅など金属は、原子が規則配列した構造(結晶)に自由電子をゆるく共有した金属結合ため、導電性や展性・延性を示す。セラミックスは主として陽性元素(陽イオン)と陰性元素(陰イオン)の化合物であり、強いイオン結合と共有結合からなるため変形しにくく、また様々な電子状態をとるため絶縁性、誘電性、半導性など多様な機能を発現する。

セラミックス(ceramics)とは、古くからセラミックスの教科書として知られる W.D. Kingery の「Introduction to Ceramics」においてギリシャ語で陶器などを意味する Keramos を語源として、基本的成分あるいはその大部分が無機の非金属物質から構成されている固体と定義している。

今日の電子産業などで高度な原料、製造工程を経て高機能を備えたものをファインセラミックスと呼ぶが、土器に代表される伝統的なセラミックスは人類の歴史上、金属材料よりもはるかに古くから人工的に造られてきた材料である。セラミックスには、主に陶磁器、耐火物、ガラス、セメントやファインセラミックスなどに分類される。

陶磁器などのオールドセラミックスとファインセラミックスの違いは、主に原料とその製造法に起因する。オールドセラミックスは陶石、長石、粘土など、天然の鉱物を用いて混合し、成形、焼成するといった方法で造られる。これに対しファインセラミックスは、高純度に精製した天然

表 1-1 各材料の化学状態の比較

表 1-2 Al(金属)と Al2O3(セラミックス)の物性比較

図 1-1 セラミックスの分類

図 1-2 代表的なセラミックスの製造プロセス

材材料料 化化学学結結合合金属 金属 金属結合

プラスチック 非金属・有機物 共有結合ファン・デル・ワールス結合

セラミックス 非金属・無機物 イオン結合共有結合

材材料料 物物性性 融融点点((℃℃))

比比抵抵抗抗((ΩΩccmm))

モモーースス硬硬度度

金属 Al(アルミニウム) 660 2.8 × 10-8 3以下

セラミックス Al2O3(アルミナ) 2030 1014以上 9

陶磁器 耐火物 ガラス セメント ファインセラミックス

セラミックス

煆焼(仮焼)sol-gel法

など

原料調整成 形 焼 成 加 工 製 品

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原料や、化学的プロセスにより合成した人工原料、天然には存在しない化合物などを使う。製造工程も十分に制御されたプロセスによって造られる。

特にファインセラミックスは、電気的、磁気的、電子的、光学的、化学的、生化学的、機械的に優れた性質、高度な機能を有しており、電子・電気産業だけでなく機械・自動車、情報通信、医療などさまざまな分野で活躍している。1993 年(平成 5 年)には、JIS のファインセラミックス関連用語(JIS-R1600)が制定され、以下のように「ファインセラミックス」が定義されている。

JIS-R1600:ファインセラミックス

目的の機能を十分に発現させるため、化学組成、微細組織、形状及び製造工程を精密に制御して製造したもので、主として非金属の無機物質から成るセラミックス

1-2.代表的なセラミックスとその用途

表 1-3 代表的なセラミックスとその用途 化学式 一般的な呼称 対応する天然鉱物 主な用途

酸化物

単酸化物

Al2O3

ZrO2 MgO SiO2

TiO2 CeO2 ZnO SnO2

UO2

アルミナ(alumina) ジルコニア(zirconia) マグネシア(magnesia) シリカ(silica) 酸化チタン、チタニア 酸化セリウム、セリア 酸化亜鉛 酸化スズ 酸化ウラン、ウラニア

コランダム(corundum)* バデライト(baddeleyite) ペリクレース(periclase) 石英(quartz)など多数 ルチル(rutile) アナターゼ(anatase) 錫石(cassiterite)

高温材料、電子部品 高温材料、イオン伝導体 耐火物、塩基性触媒 光学材料、宝石 白色顔料 光触媒、色素増感太陽電池 ガラス研磨剤、光学膜 電子材料(バリスタ) 透明導電膜 核燃料

複酸化物

Na2O・11Al2O3 3Al2O3・2SiO2

Y3Al5O12 BaTiO3 BaFe12O19

β-アルミナ(β-alumina) ムライト(mullite) YAG チタン酸バリウム、BT バリウムヘキサフェライト

ムライト(mullite)

Naイオン伝導体 耐火物 レーザーホスト材料 誘電体、圧電体 永久磁石

非酸化物

元素

C 黒鉛(graphite) 黒鉛(graphite) 電極、高温材料 C ダイヤモンド(diamond) ダイヤモンド(diamond) 切削工具、宝石

窒化物

Si3N4 窒化ケイ素 高温構造材料 TiN 窒化チタン 切削工具、宝飾品 AlN 窒化アルミニウム 放熱絶縁材料 SiAlON サイアロン 高温構造材料、蛍光体

炭化物

SiC 炭化ケイ素 モアサナイト(moissanite) 研磨剤、高温用発熱体 TiC 炭化チタン 切削工具、耐摩耗材 W2C,WC 炭化タングステン 超硬工具、電極材料 B4C 炭化ホウ素 原子炉制御材、耐摩耗材

硼化物

TiB2 ホウ化チタン 超硬質材料 ZrB2 ホウ化ジルコニウム 超硬質材料 LaB6 ホウ化ランタン 高輝度電子源

珪化物

MoSi2 モリブデンシリサイド 発熱体 FeSi2 鉄シリサイド 熱電変換素子 BaSi2 バリウムシリサイド 化合物半導体

* 単結晶アルミナをサファイア(sapphire)とも呼ぶ。天然鉱物のサファイアは Fe2O3 などの不純物を含むが、合成品の単結晶は高純度のアルミナである。

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セラミックスは、その組成によって酸化物セラミックス(oxide ceramics)と非酸化物セラミックス(non-oxide ceramics)に大別される。酸化物は単一の金属元素の酸化物からなる単酸化物(単純酸化物、single oxide)と複酸化物(複合酸化物、double oxide または multiple oxide)にさらに区分される。非酸化物セラミックスの中には、窒化物(nitride)、炭化物(carbide)、ホウ化物(boride)、ケイ化物(silicide)などがさらに含まれる。工学的な観点では、大気炉で焼成可能な(比較的安価な)酸化物と、雰囲気炉(あるいは真空炉)での焼成が必要な(高価な)非酸化物、と考えてよいであろう。

表 1-3 に代表的なセラミックスとその用途を示す。ここで、冒頭の Al2O3は酸化アルミニウム(aluminum

oxide)であるが、アルミナ(alumina)という慣用名が広く使われる。一般的にセラミックスは、高融点、高硬度、化学的安定性といった優れた性質を持つことから、過酷環境下での構造材料等に適しており、構造用セラミックス(engineering ceramics)としての応用が数多く開発されてきた。その一方で、電気的、磁気的、光学的に優れた性能を発揮する場合も多く、機能性セラミックス(functional ceramics)としても広く活用されている。

1-3.エリンガム図

酸化物のエリンガム図(Ellingham Diagram)は種々の酸化物の安定性をその平衡酸素分圧, 𝑝𝑝"#と関連させて表すものであるから、反応式は次のように酸素ガス 1 モル当たりで統一し軸とするパラメータを統一する。

2M + O2= 2MO

4/3M + O2= 2/3M2O3

金属と酸化物が標準状態にあるとすると平衡定数𝐾𝐾は、

𝐾𝐾 =1𝑝𝑝"#

となり、平衡状態(∆𝐺𝐺 = 0, ∆𝐺𝐺° = −𝑅𝑅𝑅𝑅 ln 𝐾𝐾)では

∆𝐺𝐺° = 𝑅𝑅𝑅𝑅 ln 𝑝𝑝"#

と表せる(∆𝐺𝐺°は標準反応ギブスエネルギー)。この式は、仮に M を平衡𝑝𝑝"#より低い酸素分圧下におくと M は酸化されず、高い酸素分圧下ではすべて酸化物になることを意味する。

図 1-3 に酸化のエリンガム図を示す。ここで各々の線の勾配は–∆S°を示す(𝑑𝑑∆𝐺𝐺°/𝑑𝑑𝑅𝑅 = −∆𝑆𝑆°)。これらの線は実際にはほとんで直線とみなせる。つまり、反応(反応式の左辺)と生成物(反応式の右辺)の熱容量の差∆𝐶𝐶5を 0 と見なしているためである。また直線の折点は金属やその酸化物の相変態(融点、沸

点など)を表している。

C + O2= CO2 の線は、ほとんど水平線になっているが、これは 1 モルの CO2 のエントロピーが 1 モルの C と 1 モルの O2 のエントロピーの和とほとんど等しいためである。2C + O2= 2CO の線はこれに対して大きな負の勾配をもつ。ここで注意しなければならないことは、上式の∆𝐺𝐺°の導出過程からもわかるように、これら両反応とも CO および CO2 は 1 気圧(標準状態)として計算されていることである。

また、自由エネルギーが小さい物質ほど安定であることから、C + O2= CO2 や 2C + O2= 2CO の線よりも大きな値(グラフでいうところのこれらの線より上方の位置)をもつ金属酸化物は炭素で還元できる

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ことになる。エリンガム図にはこれまでに知られているすべての元素のデータを挙げていないが、この図からは酸化物が最も安定な金属はカルシウムであることが容易に読み取れる。

図 1-3 酸化物のエリンガム図(日本金属学会『金属物理化学』より)

[ 標準反応自由エネルギーと温度の関係 ]

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1-4.格子欠陥

原子、イオンあるいは分子などが理想的に整然と配列している完全な結晶を得ることは非常に難しい。実際の結晶には、わずかではあるが不純物が存在していたり、あるいは、規則性が壊れて配列に乱れが生じ、不完全な部分が存在している。この構造上の乱れを格子欠陥(lattice defect)という。

格子欠陥は、固体の電気的、機械的、光学的などの基本的な性質に大きな影響を与えるので、これの把握は重要なことである。

格子欠陥は、その形状から表 1-4 のように分類される。

表 1-4 格子欠陥の分類

点欠陥 空孔、格子間原子、不純物原子、(置換原子、)帯電空孔(色中心)

線欠陥 転位(刃状、らせん状)

面欠陥 結晶粒界、(双晶面、)積層欠陥、結晶表面

次に、主要な格子欠陥について説明をする

(1)点欠陥(point defect)

原子やイオンが 1 個または数個で、不完全な欠陥がある場合を点欠陥という。代表的なものを図 1-4 に示す。(a)の空孔とは、原子やイオンが本来あるべき場所から欠落している状態で、結晶の内部でよくみられる。(b)の格子間原子(イオン)は、固溶体(多くは金属-非金属)中にみられる。鉄の中に固溶している炭素はその代表例といえる。(c)の不純物原子(イオン)は、不純物の原子(イオン)が結晶の組成原子(イオン)と置換して、その格子点を占めたり、あるいは、格子間に存在している状態である。

(a) 空孔 (b) 格子間原子(イオン) (c) 不純物原子(イオン)

図1-4 点欠陥の分類

これらの欠陥は、一般にいくつか組み合わさった形で存在している。その代表的なものを次にあげる。

① ショットキー欠陥(Schottky defect)

たとえば、AX 型化合物で A と X が同数の空孔をつくっている欠陥で、が、空孔分だけ密度の低下がみられる(図 1-5 (a) )。MgO

など多くのイオン結晶でみられる点欠陥である。

② フレンケル欠陥(Frenkel defect)

(a) ショットキー欠陥 (b) フレンケル欠陥

図 1-5 点欠陥の型例

:A原子(Az+イオン):X原子(Xz-イオン)

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原子(イオン)が格子点からはずれて格子間原子(イオン)となり、もとの格子点は空孔となる(図1-5 (b) )。化学量論的組成および密度は変わらない。Y2O3, AgBr, AgCl などの例があり、格子間位置が大きいか、イオン半径が小さいときにみられる欠陥構造である。

③ 色中心(color-center):F中心とV中心

イオン結晶中で、陽イオンと陰イオンが非化学量論的に空孔をつくるとき、電荷を補償するために、それぞれの空孔の量に相当する電子と正孔(ホール)が生じる。陰イオン空孔に電子が捕獲されたとき、これを F 中心という。また、陽イオン空孔に正孔が捕獲されたとき、これを V 中心という。両者とも色中心という。

F 中心は、可視光を吸収するので、これの存在する結晶には色がつく。ダイヤモンドは電子衝撃によって青い色彩を発する。また、水晶は中性子照射によって褐色を帯びる。ハロゲン化アルカリに X 線を照射すると、色中心が生成することがよく知られている。

④ 電荷の補償、原子価制御

結晶の構成原子(イオン)に、原子価を異にする不純物原子(イオン)が置換されると、近くの格子点に電子または正孔を形成して、電気的中性を保とうとする。これを電荷の補償という。

たとえば、純粋なシリコン[Si(IV)]結晶(真正半導体)に、微量のリン[P(V)]を置換すると電子が生成する n 型半導体や、ホウ素[B(III)]の微量置換で正孔が生成する p 型半導体の不純物半導体がある。

遷移金属イオンを含む化合物の場合、これに原子価の変わらないイオン(遷移金属イオンと異なる原子価のイオン)を微量添加すると、電気的中性を保つために不純物イオンの原子価は変わり得ないので、いくつかの原子価をとり得る遷移金属イオンが原子価を変えるか、あるいは空孔を生成することになる。このように、異原子価イオンで置換することによって、遷移金属イオンの原子価を変えることを原子価制御(valency control)という。

たとえば、NiO に Li2O を固溶させると、Li+の導入によりその数に応じた正電荷が不足するため、Li+

と同数の Ni3+の生成によってその不足分を補償する。これによって、電気的性質が大幅に変化する。

(2)線欠陥(line defect)- 転位(dislocation)

結晶内のずれに起因し、連続した線状として起きている原子の変位を転位という、転位を有する結晶の機械的強度は、転位のまったくない理想的な結晶から計算された強度よりもはるかに低い。

転位には刃状転位(edge dislocation)とらせん転位(screw dislocation)がある(図 1-6)。

(a) 刃状転位 (b) らせん転位

図 1-6 各種転位とすべり面(塩川『無機材料入門』より)

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(3)面欠陥(plane defect)

① 粒界(grain boundary)

固体材料はたいてい単結晶ではなく、互いに勝手な方向に乱雑に並んだ微結晶の集合体、つまり多結晶体(polycrystalline)である。それら微結晶(結晶、グレイン、grain とよぶ)間の境界を結晶粒界(単に粒界)という、粒界の部分および近辺は原子配列の周期性が欠落し、格子欠陥の集合体とみられる。また、空孔の生成や不純物の集合または排斥があったり、不純物により他のが析出することもあり、粒界の物性は結晶内部とかなり違っている。そこでこれらの点を留意しなければならない。しかし、粒界のこのような性質をうまく利用したものに、セラミックバリスターがある。

結晶内のある断層を境界にして、一つの領域が他の領域の鏡像になっている場合、この一対を双晶(twin)とよぶ。

② 積層欠陥(stacking fault)

面心立方格子は、ABCABC...の層の積み重ねから形成されている。積層欠陥はこのような繰り返しに狂いが生じ、間違った順序になった場合に出現する。たとえば、ABCBCABC..., ABCABACABC...のように、A が欠けたり、余分に挿入されたりする。ABABAB...では、A, B 以外の C が導入されたり、B の代りに C が入ったりする。AA 型の積層欠陥は、きわめて起り難い。

積層欠陥は、何かある種の弾性ひずみの存在によって起るとみられている。粘土鉱物などの層間の結合力の弱い層状構造のものにみられる。

③ 表面(surface)

結晶の表面は、半面を異種の物質に囲まれているので、結晶内部に比べて高いエネルギー状態にある。この表面がもつ内部よりも過剰のエネルギーを表面エネルギー(surface energy)とよんでいる。

表面が高いエネルギー状態にあるのは不安定で実際的ではないので、安定になろうとして、表面原子の再配列を起したりすることもある。しかし、一般的には、外部の気体分子などを吸着し、表面をこれらの分子の層で覆っている。清浄な表面を必要とするときは、これらの吸着分子を取り除く必要があるが、この操作は大変困難で、10-10Torr 程度の超高真空中で加熱したり、Ar などの不活性ガスでイオン衝撃したり、時には結晶を割って新鮮で清浄な面を得ることもある。

分子の表面への吸着状態には、物理吸着(ファンデルワールス力による吸着)と化学吸着(分子のままか、原子に解離して表面原子と化学結合して吸着)の二つに分類されるが、前者は可逆的で、後者は不可逆的である。

表面の吸着能は、表面積の大小や表面に存在する官能基(活性炭:カルボニル基, シリカゲル:シラノール基など)によって大きく左右される。

触媒やセンサーは、表面のもつ特性を利用しているものである。この場合、表面の表面積の大きいことも重要であるが、表面状態もその性能に大きく影響するので、触媒やセンサーの目的に適した特別な表面状態を付与することが必要である。

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1-5.転移

転移には、融解(固相から液相)のような物質の 3 態間の転移だけでなく、固相間の相転移(transformation)もある。同一な化学組成で異なる結晶構造を示すとき、元素単体の場合は同素体(allotropy)といい、化合物の場合は多形(polymorphism)という。前者には炭素 C におけるダイヤモンド(等軸晶系)とグラファイト(六方晶系)とがあり、後者には、二酸化チタン TiO2 におけるアナターゼ、 ルチル(正方晶系)、 ブルッカイト(斜方晶系)や、二酸化ケイ素 SiO2 における石英、トリジマイト、クリストバライトがある。このような固体の相転移が観察される場合には、一定圧力下における温度による相変化と、一定温度下における圧力による相変化とがある。いずれの場合にも熱力学的には平衡状態であり、観察される相はその系のギブスの自由エネルギー(Gibbs free energy)が最小の状態である。すなわち、多形間の格子エネルギーも最小状態にあるといえる。図 1-7 に多形をもつ化合物の格子エネルギー変化を示す。ある物質の多形 I の格子エネルギーEI は温度または圧力とともに変化し、特定な温度または圧力を越えると異なる多形 II の格子エネルギーEII のほうが低くなり、多形 I から多形II に相転移する。この相転移が起こる温度または圧力を転移点という。転移点では、一般に密度やエンタルピーの不連続な変化、潜熱の出入りが認められ、このような転移様式を一次転移という(図 1-

8)。しかし、このような不連続性が認められない置換型合金の規則-不規則転移や、強磁性体の常磁性体への転移(二次転移)もある。また、原子の拡散という面からみると、原子がわずかに移動して新しい構造に変化する転移は容易であり、このような転移は速く、変位型転移(displacive transformation)と呼ばれる。これには可逆的な転移も多い。図 1-9 に示したように二酸化ケイ素のα-石英、β-石英間の転位が代表例である。一方、多くの転移は原子がかなり長い距離を移動して安定な構造になる。これは、もとの結晶構造が破壊され、原子が再配列して新しい結晶構造になる不可逆的転移である。この よ う な 転 移 は 遅 く 、 再 編 型 転 移(reconstructive transformation)と呼ばれる。たとえば、二酸化ケイ素のβ-石英からトリジマイトへの転移がその例である。構造面から転移をみると、高温型構造の方が低温型構造に比べて結晶の対称性が高く、たとえば、ジルコニアは低温で単斜晶系であるが、高温では正方晶、立方晶へと変化する。

(a) 一次転移

(b) 二次転移

図 1-8 一次、二次転移の熱力学的な理解

図 1-7 格子エネルギー変化

温度

温度

温度

低温安定相 高温安定相

エントロピー

定圧比熱

過冷却状態

加熱状態

Tc

過熱準安定状態

過冷却準安定状態

Tc

Tc

ギブスエネルギー

温度

温度

温度

低温相 高温相

ギブスエネルギー

エントロピー

定圧比熱

Tc

Tc

Tc

II→IIIの転移点

I→IIの転移点I

II

IIIEIIIEII

EI

因子(温度, 圧力など)格子エネルギー

, E

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図 1-9 転移の例(片山ら『工学のための無機材料科学』より)

1-6.固溶

母体の結晶構造を保ったまま、結晶中に異種原子が入り込んだ不完全な固体を固溶体と呼ぶ。図 1-10 に示したように置換型固溶体(substitutional solid solution)と侵入型固溶体(interstitial solid solution)とがある。

置換型固溶体は、ある結晶構造の格子点がまったく不規則に異種原子によって置き換えられた相である。二成分系状態図において二成分が任意の割合で置換する場合を「連続固溶(または全域固溶)」といい、両端成分の近傍でお互いの置換量に制限がある場合を「部分固溶(または制限域固溶)」という。この連続固溶体を形成するには、次に示すヒューム-ロザリー(Hume-Rothery)の経験則を満足する必要がある。

(1)結 晶 構 造 :結晶構造が同じである

(2)原子の大きさ :原子半径の差が 15%以内である

(3)電 気 陰 性 度 :電気陰性度がほとんど等しい

(4)原 子 価 :原子価が 2 以上異ならない

これらの条件を満たさない場合は連続固溶体が形成されにくく、固溶が制限され、化合物が形成されやすい。たとえば、MgO と NiO はいずれも岩塩型構造をとり、イオン半径(Shannon)も Mg2+= 0.072 nm

(配位数 6)と Ni2+= 0.069 nm(配位数 6)であり、ほぼ等しい。したがって、図 1-11 の MgO-NiO 系状態図に示すように連続固溶体を形成する。このような連続固溶体の融点は、MgO の 2,800 °C から NiO の 2,000°C まで連続的に変化する。また、固溶体の格子定数も組成に対して直線的に変化する。これをベガード則(Vegard's rule)といい、2 成分のそれぞれの格子定数のモル分率から固溶体組成の格子定数を求めることができる。逆に、固溶体の化学組成を格子定数から推定することもできる。図 1-12 に Al 中に固溶した Mg 量に対する立方晶 Al の格子定数を示す。Mg が固溶する組成領域で

α-石英(低温型) β-石英(高温型) トリジマイト

容易

Si

困難

O

(a) 置換型固溶体 (b) 侵入型固溶体

図 1-10 固溶体の種類

図 1-11 MgO-NiO 系状態図

:母相原子:異種原子

SS

L

MgONiO

Page 10: セラミックス材料学セラミックス材料学(亀川厚則) 1 セラミックス材料学 室蘭工業大学 亀川 厚則 第1章 セラミックス概論 セラミックス材料学の分野は、直系的には無機化学や結晶化学、固体物性学を基礎として、粉末冶金や

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は、ベガード則が成り立ち、格子定数が直線関係であることが分かる。一方、MgO と CaO との場合には、いずれも岩塩型構造であるが、Ca2+のイオン半径(Shannon)が 0.100nm(配位数 6)であり、Mg2+との差は 28%にもなり、図 1-13 に示すような部分固溶体を形成する。

侵入型固溶体は、結晶格子の間隙に異種原子が統計的に分布するように入り込んだ相である。これは単体金属に多くみられ H, B, C, N などの軽元素が母結晶の形を崩すことなく、格子間に入り込んで固溶する。この場合、侵入する原子の大きさは母結晶格子の隙間に対して十分に小さいことが条件である。

図 1-12 Mg 固溶量に対する立方晶 Al の格子定数

図 1-13 CaO-MgO 系状態図

【練習問題】 1-1)エリンガム図を用いて鉄のテルミット反応について説明せよ。なお、エリンガム図の縦軸は標準反

応ギブスエネルギー、横軸は温度であり、数値は任意軸でよい。図中に各反応の線の模式図(傾きと位置が重要)を描き、反応式も書き示せ。

1-2)ショットキー欠陥とフレンケル欠陥について、説明せよ。

1-3)一般に、気相⇄液相⇄固相のような状態変化は一次転移、二次転移のどちらか?その理由も述べよ。

1-4)固溶体形成に関するヒューム-ロザリーの経験則について、説明せよ。

1-5)Cu と Ni は面心立方構造であり、その原子半径はそれぞれ 0.128nm と 0.124nm で、全率固溶である。ベガード則が成り立つとして、Cu-30 at%Ni 合金の格子定数を予測せよ。

L

MgO CaO

(MgO)ss

(MgO)ss +L (CaO)ss +L

(CaO)ss

(MgO)ss +(CaO)ss